- 『リリス』 作者:御影黒子 / SF 未分類
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全角4570文字
容量9140 bytes
原稿用紙約16.25枚
「神に、なってみたくはないか?」そんな言葉が、少年の人生を歪めてしまった。
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暗い夜の事だった。
森の奥、とある廃墟にて。
この廃墟は、元は研究所だった。
表舞台から消えたはずのその研究所に光が灯った事を、その時は、まだ誰も知らなかった。
数年前、そこで開発されたそのロボットは、
閉ざされた自分の世界から、静かに足を踏み出した。
月の光を全身に受けたその機械は、
森の外に広がる下界へと、静かに歩みだした。
光の元から消え去るはずだった、禁断のアンドロイドが。
1
外はすっかり暗くなっていた。
腕時計を確認すると、午後六時半を過ぎ、そろそろ七時に差し掛かろうかという所だった。
今は10月。この季節になると陽が落ちるのも早くなる。
秋だ。だがそんな感慨に浸る様な事は柄にも無いので、
僕は無言で、もう用が無くなった塾を後にする。
歩きながら考えた。
僕が感慨に浸るような柄ではない事は確かだが、もう少しこの街に秋の趣でもあれば、少しは違ったのではないか。そんな事を考えていた。
この街に秋独特の深みは無い。
二〇三十年。この国の名前はまだ日本だし、その首都が東京だという事も江戸時代から変わっていないが、
この東京は、僕が誕生した頃の原型を留めていない。
まだ十七歳の僕が誕生した頃、正確には僕が記憶にある頃の原型を留めていないのだから、
僕の父や母、増してや祖父、祖母の誕生した頃と、今の東京は同じ街と思えない程に違っている事と思う。
この街は、何時の間にか完全に機械化していた。
その機械化の主な原因として、「完全なアンドロイド開発の成功」等とニュースでやっていた気がするが、よく覚えていない。
アンドロイド。
要するに人工知能を持った人型のロボだ。
現代では、まるで人間と見分けがつかないようなアンドロイドが居たりする。
まるで人間と見分けがつかない。人間と同じように言葉を交わし、笑ったり泣いたりもできるという事だ。
だが、それはあくまでもプログラムであり、そこに本当の心は無い。
所詮は機械なのだ。
機械でできたこの街にも、心は無いのだ。
「なかなか面白い事を考える人間だ」
そんな声。
ぼーっと考え事をしつつも歩みを進めていた僕にとって、
甲高く、それでも不快ではないその少女の声は、驚くに値するものだった。
「いつからそこに、」
「ん? 今から」
彼女が何時から居たのか。
僕はそれだけが気になっていた。
ぼーっとしていたとはいえ、ちゃんと人は避けて通ってきた。
前方に人が居れば、嫌でも分かるはずだ。
だが、この少女が居ることだけは気が付かなかった。
少女は、黒い髪を横に結び、深緑色のブレザーに、チェックのスカートをはいていた。
どこからどう見ても学生だ。もしかしたら僕より年下かもしれない。
だが、この少女は悪びれる様子もなく勝手に話を進める。
「今?」
「そうだよ。あんたは…あー、丁度いいからテスト運行してみよう。
あんたは…朝倉 京介、十七歳。合ってる?」
不遜すぎる態度で言った。
だが、今の僕にその態度など気にできるはずもなかった。
見ず知らずの、たまたま道で会っただけの少女に、個人情報を言い当てられた。
名前だけでなく、年齢までも。
しかも、全て当たっている。
そんな混乱と動揺の中、「テスト運行」という言葉の意味を考える事は出来なかった。
「君、なんでそれを…」
「合ってるかどうか聞いてんの。質問にはちゃんと答えろって小学校で習わなかったか?」
「そんな事もできないのか」、とでも付け加えたそうな顔で言う。
一見して年下にも見える少女にこんなことを言われ、
最早何も言えなくなりそうだったが、
このまま黙っているのはもっと無様だと思い、悔しいながらも冷静を装って僕は言った。
「あ、合っているけど。どうしてそれを君が知っているのか、」
「役所の住民録見たに決まってるだろ。最近の人間はそんな事も分からないのか、堕ちたなあ」
それだけ言うと、少女は溜息をついた。
僕の頭の中では、「堕ちたなあ」という一言がいつまでも反響していた。
人間が、堕ちた?
そんなはずはない。人間は今まで必死に学習して、ここまでの文化を築き上げたじゃないか。
もしも人間が堕ちたというなら、僕は。
僕は、人間を――
「人間をやめるかい」
「あ、」
何時の間にか、少女は僕のすぐ近くに居た。
体が触れ合うか触れ合わないか、くらいの距離。
少女のグレーがかった瞳が、誘惑しているようだった。
「人間は堕ちた。でも、人間は神にだってなれる」
「人間が、神に…」
「そうさ」
少女の口元が、妖しく笑む。
駄目だ。これ以上聞いたら、戻れない。
僕は必死にその眼を見まいとするが、それは無理な事だった。
そして、少女の口から紡ぎ出された言葉は。
「あんた、神になってみたくはないか。
堕ちた全ての人間共から超越した存在に、なってみたくはないか」
神に。
堕ちた全ての人間とは離れた存在に。
その言葉は、さっきよりも僕の心の中で反響していた。
そうだ。僕は堕ちてなんかいない。
僕は堕ちてなんかいないんだ。
2
「どうしても欲しいのよ」
背中まで伸びた黒い髪を揺らしながら、彼女は言った。
彼女の名前は、園部 美央。
僕が通う高校のクラスメイトだ。
母の友人の子で、幼い頃から付き合いがある。
教室での席は僕の前で、休み時間、誰かに誘われる事がない僕によく構ってくる。
そんないつもの日常の通り、今も休み時間だった。
「…で、何だっけ?」
「京介君、聞いてなかったの?だから、アンドロイドよ。どうしてもアンドロイドが欲しいの」
呆れた顔をしながらも、美央はそう語る。
最初は呆れた顔で語っていたが、そのうち瞳が輝き始める。
頭が悪いという訳ではないのだが、夢見がちというか、美央はたまに理解できないことを言い出す。
そして、「どうしても欲しい」から始まる話を、僕はもう何度も聞かされている。
今度はアンドロイドだ。今までの例から見るに、まだマシな方だ。
「アンドロイドくらい、君の家の財力なら普通に買えるだろ。メイドだか何だかに雇えばどうだ?」
至極面倒くさそうに答える。
こう見えても、彼女の家は財力があった。
いや、どう見ても、と言うべきかもしれない。
この我侭な性格は、財力がある家に育ったからか、と今まで何度も思った。
美央は、僕の面倒くさそうな態度が見えないのか、まだ話を続けた。
「違うわ。ただのアンドロイドじゃ駄目なのよ。「リリス」が欲しいの」
少し首を振った後にそう言った。
「リリス」。
またよく分からない単語を持ち出してきた。
どうせ夢物語だ。そう思い、僕はその話を受け流す事を考える。
だが、駄目だ。美央の場合。受け流せば受け流す程、話がおかしな方向に飛んで行くのだ。
だから、僕は面倒ながらも付き合う事にした。
「で、「リリス」っていうのは?」
「禁断のアンドロイドのコードネームよ」
即座に答えが返ってきた。
見れば、美央の目は、一等星の如く輝いている。
美央がこの眼をしている時、大体僕が理解できない話をするのだ。
「禁断のアンドロイドっていうのはね、今はもう廃墟になった研究所で開発されたアンドロイドなの。
少女の姿をしていて、持つ者は神に匹敵する力を得るんですって。
でも、あんまり危険すぎたから量産はされなくて、一体しか無いんですって。素敵でしょ?絶対に欲しいわ」
何を言っているか意識してやっと聞き取れるくらいの早口で言う。
にしても、禁断のアンドロイドなんてあるわけ無いじゃないか。
頭は悪くないのだ。そのくらい考えればすぐに分かるだろうに、美央はそれをしない。
普通だったらこの辺で話が終わるはずなのだが、今日は妙に食い下がってくる。
僕は美央を邪魔に思い始め、奇妙な話を無視した。
3
学校が終わった。
僕はそのまま塾へ向かおうとする。
だが、目の前には美央が居た。
休み時間と同じように眼を輝かせて、仁王立ちしている。
ああ、嫌な予感がする。
「京介君、京介君はこれから私と図書館に行かなければいけないわ」
嫌な予感は的中した。
このパターンは、前にも何度かあった。
こういう時、僕は確実に美央の「欲しいもの」について調べさせられるのだ。
美央も調べていない事は無いのだが、そのうち興味が図書館の他の本に行く。
最終的には、僕だけが調べ物にあたり、そしてそれが無駄になる。それがいつものパターンだった。
「駄目だ。今から塾があるんだよ。分かったら退いてくれないか」
「退かないわ。私と塾どっちが大事なの? 私よね?」
思い切り高飛車に言う。
そうだ。美央はいつだって自分の事しか考えない。
この我侭な性格が僕は嫌いだ。
僕が振り切って進もうとしても、今日は妙に着いてくる。
振り切ろうとしても、自分の事だけ考えている。
ああ、邪魔だ。
僕がついに美央を睨みつけ、立ち止まって抗議しようとした時。異変が起こった。
僕が美央を睨みつけた瞬間、それに気付いた。
セーラータイプの制服の丁度中央に、穴が開いている。
衣服だけの穴ではない。その穴は、体を。
体を貫通している。
輝きに満ちた美央の目が見開かれ、そして光が消える。
後ろに倒れた美央の体は、まだ眼を開いたままだった。
僕は呆然としていた。
何が起こった。何が。一体何が。
僕は何をしたんだ。美央に、何を。
違う。僕は何もしていない。僕は何もしていないんだ。
では、誰が、何をしたんだ?
辺りには誰も居ない。
辺りには色が無い。
いつの間にか、僕が見ているのはただの白になっていた。
その白の中に存在するのは、僕と、目を開けたまま倒れた美央と、あとは。
「ご苦労様だ」
少女?
確かに、僕の目の前に少女が居た。
黒い髪は横に結ばれ、美央とは違うブレザーの制服を着た少女。
少女は笑っていた。妖しく笑っていた。
「君が、君が…美央、を」
僕は、その少女に手を伸ばした。
何故かは分からない。手が、動いていた。
この少女が、美央に何かをしたのか?
この少女が、美央を、殺したのか?
何故だ。何故。僕はどうしてここに居るんだ。
「違うさ」
少女は言った。
嗤いながら言った。
「この女を殺したのは、あんただよ」
僕が?
僕が美央を、殺した?
違う。僕は何もしていない。
僕は何も、
「あんたは神様だ。あたしは神様の僕だ。あんた、この女が邪魔だったんだろ?」
僕が、神?
ああ、そうか。この少女は。
この少女の名は。
「…リリス…」
掠れた声で、その名を呼んだ。
今の僕が出せたのは、その音だけだった。
ああ、視界が霞む。
何故だろう。僕は。僕はどうしてここに居るのだろう。
「どうしたんだい、あたしの名前なんか呼んで。何か頼みがあるのかい、神様?」
見下しながらも。
アンドロイドは、僕にそう言った。
「時間を戻してくれ! 美央が死ぬ前まで! 何でも…何でもできるんだろ!?」
僕は、その場に膝をついて哀願した。
自分より年下の少女に、僕は見下されていた。
悔しかった。消えてしまいたかった。
だが、それすらも気にならない。
「無理だ。」
それでさえ、アンドロイドは笑んでいた。
機械の笑み。本当の心など無い、機械的な笑み。
瞳に光は無い。光の無い眼で、僕は見下されている。
「だって、これはあんたが望んだ事だろ?神様」
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■作者からのメッセージ
初投稿です。初めまして、黒子と申します。
何とかルールだけは守れるよう尽力いたしました。
最終的にかなり嫌な話になってしまったと思います。
主人公の心理描写がちゃんとできるよう気をつけました。
感想等頂ければとても嬉しいです。
では、失礼致します。