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『マルボロの夜』 作者:藤沢 / ショート*2 未分類
全角999.5文字
容量1999 bytes
原稿用紙約2.5枚
1000字短編。精神は不安定であるほど安定。
 僕、いや、私はコーヒーの湯気を眺めながら考えた。彼女はとても美しく綺麗だ。それだけであろうか。私はコーヒーを一口啜って心を静めた。本当にそれだけである。自分が一番分かっている。彼女がとても美しく綺麗であるというだけである。それだけのことで私はここまで追い詰められてしまったのだ。振り返れば一目瞭然である。私の背後にはぐしゃぐしゃになって散乱した書きかけのレターセット、そして、その中に吊るされたロープが一本。私は今にも傷だらけの体をそのロープにゆらゆらとゆだねてしまいそうである。私はコーヒーを啜って部屋を眺めた。こうなってしまったきっかけは何だったろうか。そもそも私と彼女は全くの無縁で、言わば、赤の他人なのである。互いの名前や住所などはもちろん何も知らず、私が立ち寄る本屋や喫茶店で彼女をよく見かけるので互いに顔を覚え、なんとなく会釈をする、その程度である。彼女はいつも誰かと一緒だった。ある時、彼女が友人と楽しそうに会話をしている様子を見ていた。次の瞬間に湧き起こった自分の気持ちに驚いた。私は「死にたい」と思ったのだ。死にたい死にたい死にたい。死にたい死にたい死にたい。頭の中で「死にたい」という言葉が何度も何度も呟かれていた。
 私は椅子の乗り、部屋のロープに首を引っ掛け、マルボロに火を点けた。じりじりと煙を上げる。煙と一緒に「死にたい死にたい」とぶつぶつ呟いてみた。ただそれだけで心が救われていく気がした。手首の傷を見た。血が滲んでいる。今にも破綻しそうな私の心にとって、死は温かすぎる。枯れた廃墟に雨が降るかのように、私の心は哀しみで潤っていく。心が暗く青く潤っていくことに快感を覚えるほど、私にとって哀しみは優しかった。人間とはなかなか単純な生き物らしい。「ただそれだけ」と思えるようなことで、死にたくなったり、救われたり、なんと単純で馬鹿らしく愚かな生き物だろう。マルボロの煙を吐いたとき、一瞬、彼女の顔が頭に浮かんだ。私という人間はなんと汚い存在なのだろうか、私は椅子を蹴った。ぐっと首に体重がかかる。意識が、遠のく。何枚もの写真を見ているかのように彼女の笑顔が頭に映る。あぁ……そうか。本当に単純なことだったのだ。ただ一言、たった一言だけでも、話をしてみたかっただけ。ただそれだけだったのかもしれない。そう思ったとき、私の頬は緩み、口からマルボロが音もたてずに落ちていった。
2011/09/19(Mon)15:58:40 公開 / 藤沢
■この作品の著作権は藤沢さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
かなり短い短編を書いてみたので投稿します。
この作品に対する感想 - 昇順
 はじめまして、作品読ませていただきました。
 文章そのものは、乾いた感じがスタイリッシュで、なかなか悪くないように思いました。ただ、如何せん僕には死に至る心の動きがどうにも伝わって来なくて、首をひねってしまいました。どうも、「死ぬ」という結末がまず先にあって、それ以外のことは付け足しのようになってしまっているのじゃないか、そのように感じられたのです。
本人にしか分からないような動機で死んでしまう、という展開自体は文学としてはもちろんありだと思うのですが、やはり何らかの説得力は必要なのではないか、恐らくそれはたった一行何かを足すことだけでも可能なのではないか、そんなことを思いました。
2011/09/20(Tue)20:11:420点天野橋立
最後まで読んでいただきありがとうございました。
また、感想も書いていただきありがとうございます。大変参考になります。
今回は1000字にまとめるという目標があったため、なかなか伝わりにくいという部分もあったかもしれませんね。
「死ぬ」という結末ですが、これはかなり迷ったところでして、最初、生死は決まっていませんでした。ただ、主人公の精神状態を考えて、「あぁ、彼はたぶん死を選んでしまうな」と自殺させることにしました。
説得力に欠けるのは、主人公自身「なぜ死んでしまいたくなるのかが本人もわからない。でも、なぜか気持ちが暗く、死んでしまいたいほど沈んでいる」という途方もない闇にとらわれていたからです。ただ、それを1000字でまとめきれなかったなと反省しています。
しかし、このくらいの表現で留めておいてよかったとも思っています。
さて、長文になってしまいました。申し訳ない。
また気が向いたら次回作も読んでください。
それでは。
2011/10/06(Thu)22:36:400点藤沢
 作品を読ませていただきました。
 文章自体は読みやすく、短い文章の中で情景も浮かんできました。ただ、主人公の死への切迫感と言うものが弱く、死という降着点に向けて強引に物語を進めている感がありました。1000字以内で書くという方針のようなので削った結果なのでしょうが、もう少し読者に対して主人公の感情を吐露して欲しかったです。
 では、次回作品を期待しています。
2011/10/10(Mon)00:13:160点甘木
最後まで読んでいただきありがとうございました。
また、感想も書いていただきありがとうございます。
今回は生きることへの怠惰を感じてもらいたい作品でした。
実際、主人公は死に対する恐怖は薄く、「あぁ、僕がいなくてもこんな感じで世界は回って、僕死んでも、あの子は幸せ」という意識を潜在的に持たせてキャラクターを付けました。ですので、死を意識する割りには、感情が薄く、切迫感や緊張感よりも、絶望に身を簡単にゆだねてしまう無気力な人間なのです。ただ、1000字という僕の自分勝手な方針があったので、主人公の頭の中を書ききれず終わってしまった気がします。HPには、完全に書ききったバージョンも書こうかと思っています。また、興味があればそちらも覗いてみてください。
読んでくれて本当にありがとうございました!
本当に本当に嬉しいのです。
2011/10/20(Thu)00:46:140点藤沢
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