- 『人形と僕のおとぎ話』 作者:十五人 / 恋愛小説 未分類
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原稿用紙約12.75枚
遠い遠い国のお話。天才科学者がいたそうな。その彼が作ったロボットは特別製で、とても美しく優しく有能だったそうな。二人は幸せに仲良く暮らしていたが、ある日人々が彼らを訪れると、二人が床に倒れて死んでいた。そんなおとぎ話。どこかの近代国家。人形職人を父に持つ『僕』は父の作った人形に恋をした。そして、彼女をロボットに改造してみたはいいものの、どうにも記憶が24時間以上持たず、翌日には忘れてしまう。そんな二人の恋物語。
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「これが、お父さんの最高傑作だよ」
父に連れられて、僕は父の作業場にやってきた。父は街で一番の人形作りの腕を持つ、自慢の人形職人だった。
その父の作業場は、埃っぽくてたくさんの道具が床に散乱していた。机の端に積み上げられた設計図などの紙の山は今にも崩れ落ちそうだ。昼にもかかわらず薄暗いその部屋を見て、ずぼらな父のことだ、恐らくろくに掃除などしていないことは、いくら幼い僕でも容易に理解出来た。
しかし、この部屋の中には一つだけ、どうにもこの部屋に似合わない物がそこにあった。部屋の中央の椅子に、見知らぬとても美しい女の人が座っていたのだ。長い髪は綺麗なブロンドで、細い体に長い手足、肌は白磁のように真っ白だ。白いフリルをふんだんに使ったフワフワしたドレスを着ていた。とてもその女性に似合っていた。その女性は瞼を閉じて、まるで眠っているように死んでいるように、椅子にもたれかかって微動だにしなかった。
「この人……誰?」
「人、じゃないよ。 人形さ。 サンプルL-aだよ」
僕は信じられなかった。この人が…人形だなんて。今にも動き出しそうなくらい、良くできていた。それは、もう、言葉に言い表せないほどに。一瞬にして心を奪われた。それが、僕と彼女との出会い。そう、今から八年ほど前のことだ。
遠い遠い国のお話。天才科学者がいたそうな。その彼が作ったロボットは特別製で、とても美しく優しく有能だったそうな。二人は幸せに仲良く暮らしていたが、ある日人々が彼らを訪れると、二人が床に倒れて死んでいた。そんなおとぎ話。
「……ぁ!……マスター!!」
「……やぁ、おはよう」
澄んだ声に起こされて、僕はのそのそ起床した。目の前には、あの日見た美しい人形の顔。
「初めまして、マスター。どうぞよろしくお願いします」
「……」
彼女はにっこりと微笑み、起きたばかりでまだ意識が朦朧としている僕に深く頭を下げた。彼女は父の作った人形『サンプルL-a』。だが、少し僕が中身を弄って中に機械を入れ、動けるようにした。つまり、彼女は人形『サンプルL-a』の形をしたロボットだ。ちなみに僕は『サンプルL-a』から取って、ララと彼女を呼んでいる。
僕は七年前に大好きだった自慢の父が死に、ひたすらその事実を忘れるために家を出て勉強に没頭した。勉強して勉強して、気がつけば機械工学の頂点にいた。そして、世界で初めて『心』のプログラム化に成功した。僕はそのことで注目の的となった若き天才科学者、だそうだ。
父の形見であり、僕の……初恋の人形、ララに僕は『心』を取り付け、ロボットにすることにした。幸い上手くいって、ララが動き出したときは、もの凄く嬉しかった。初めて僕のことを『マスター』と呼んでくれたときのあの感動と言ったら……!
「ララ……」
「なんですかマスター?」
「愛してる」
ベッドに腰掛けたまま、僕は彼女にはっきりとそう言った。彼女は茹で蛸のように真っ赤に顔を赤くして、ぱくぱくと口を動かした。
「そそそそそそんなことっ! しょ、初対面でいきなり言われても……わ、私、そんな……い、嫌ではないんですよ?でも、あの……!」
顔を赤くしたまま彼女は、オロオロとうろたえた。僕はその様子を見て溜息を吐く。あぁ……またか。
彼女には一つ問題があった。それは、『心』の容量が異様に大きく記録装置が正常に作動しないこと。つまり、心はあるものの、24時間ほどしか記憶してくれないことだった。そう、次の日には昨日何があったかなんて、全く彼女は覚えていないのだ。一度メモを残すように言ったこともあるが、翌日に「あら、これはなんのメモですか」と平気で訊いてきたので止めた。この「愛してる」という言葉も、彼女ができてから毎日毎日彼女に囁き続けてきた言葉だ。でも、彼女はそんな事ちっとも知らない。いつも同じオロオロうろたえるという反応を繰り返すだけだった。
「ララ、ララ……」
「……? マスター、どうしてそんな悲しそうな顔をしているのですか? 私で良ければ力になりますよ? 何でも話して下さい」
健気なその言葉に僕はふふ、と小さく笑った。力になるも何も原因は君なんだよ、ララ。なんて言えるはずも無く、ただありがとうと言って頭を撫でた。まだ彼女は頭にはてなマークを浮かべたような、困ったような顔をしていた。なんだか、どうしてかな。体が重いよ。
彼女はとてもよく働く。家事全般はもちろん、書類の整理や僕の予定まで管理してくれている。彼女のおかげで、いつしかのあの作業場のように部屋に埃が溜まることはない。何かが無くなって慌ててそれを探すこともない。疲れているときは心配してくれたり、悲しんでいるときや失敗して落ち込んだときはいつも慰めてくれる。とても……とても優しく有能だ。
でも……僕のこの、胸の苦しい想いはどうしたらいいのだろう。気持ちをどんなに伝えても、彼女には残らない。日常生活では今のところ、記憶がなくなったことで何かトラブルが起きたことはない、日常生活に支障は起きない。そうこれは、僕の、僕だけの問題なんだ。好きな人が目の前にいる。気持ちも伝えられる。なのに、なのに……!どうせなら、壊してしまおうか。何回もそう考えたがどうしてもできない僕がいた。毎晩毎晩机に向かう。どうして……っ!理論的には完璧のハズなのにどうして記録装置が作動しないんだ!?頭が酷くゆらゆらする。頭痛がする……!
次の日 僕が机に向かっていたときだ。
「マスター……少しお休みになっては?」
また今朝記憶をなくしたララが、僕を心配そうに見ている。
「はは、そんなに具合が悪そうに見えるかい?」
「……その、顔色も少し悪そうに見えましたので……。 その、余計なお世話でしたか?」
ますますララの顔が心配そうに歪む。この頃、そう言えば少し忙しかったからなぁ……そういえばあまり寝てなかったかなぁ、なんだか体もだるいしなぁ。まだ不安そうにこちらの顔を覗き込むララが少しおかしくて健気で、自然と笑みがこぼれた。
「大丈夫さ、ララ。少し休むよ」
それを聞いてララの顔が一気に明るくなった。
「はい!私、これから頑張りますから、いつでも私に頼って下さい」
夢を見た。記録装置がなぜだか分からないけど正常に作動して、ララが僕のことを次の日になっても覚えてくれていて……。とても、とても嬉しかったのになぜだか僕は泣いていて。涙を流さないはずのララも、今までに見たことがないほど顔を歪めて泣きそうな顔をしていた。そんなララの顔に触れようと手を伸ばした。でも僕の体はいつになく重たく、結局ララに触れられることはなかった。悲しい、切ない、嬉しい、幸せ、そんな感情が全部混ざり合って、僕の胸をいっぱいにした。
目が覚めるといつも通りの日常が広がっていた。
「初めまして、マスター。どうぞよろしくお願いします」
「……ララ。 愛してる」
「そそそそそそんなことっ! しょ、初対面でいきなり言われても……わ、私、そんな……い、嫌ではないんですよ?でも、あの……!」
全く同じ反応を繰り返すララを見て、あぁやっぱりアレは夢だったかと少し肩を落とした。そのときだ。
「がふっ……!」
「マスターーっ!?」
咳をした途端に、口の中が血で満たされた。鉄臭い赤い液体が口からあふれ出して、床に落ちる。息がもの凄く苦しくなって、呼吸が上手くできない。咳き込むばかりで一向に息が吸えない。血の味がやけに濃く感じる。目眩がする。
「き、救急車をっ!」
ララの上ずった声が僕の耳に届いた。ぼやけた僕の視界でも何となくララが立ち上がったのが分かった。
「い……ら、ない、から」
ゲフッ、とまた血を吐いた。なんとか、途切れ途切れだけど声は出た。ララが立ち止まってまた僕の方へ引き返してきた。
「何を言っているんですかマスター! 早く……」
「……もう、て、おくれ……じゃないかな……はは。 自分の、命、の……長さく、らい……分かるよ」
本当は分かってたんだ。この頃、じゃない。ずっと前から体がしんどくて、頭が痛かった。ぱたり、床に小さな水の雫が落ちた。それが僕の流した涙だと気付くのに、少し時間を要した。
「く、やしい……なぁ、悲し、い……なぁ」
「もう……っ!もう、喋らないで下さい……っ!」
「……ララ、どう、して……君は、僕を覚えて、はくれ、ないの……か、なぁ」
ララはきょとんとした顔をした。でも、すぐその顔もくしゃくしゃになっていく。「嫌な顔だ、笑ってよ」そう言おうとしたのに声が擦れてでない。出るのは、ひゅー、ひゅーと言った微かな荒い呼吸の音だけだ。でも、最期の最期に伝えたいことがある。これだけは……、どうか……。
「あ、いし……て、る、きょう……だ、けで良い、忘……れ、ない……でよ……僕の……こと」
もう限界だ、声が出ない。血はあふれてあふれて止まりそうもない。やっとここで僕の恋にも幕が下りる。嬉しい……のかな?違うな、かなしい……「愛しい」んだ。目を閉じようとしたとき、ララの声が降ってきた。震えた、小さな小さな声だった。
「どうしてですか……? マスター……私、壊れちゃったのかも知れません……。 私の、し、知らない映像がいっぱい……いっぱい思い出されるんです。 マスターが『愛してる』って何回も、囁いてくれて……っ!」
思わず僕は飛び起きそうになった、でも体は一向に言うことを聞いてくれずなんとか瞼を持ち上げるのが精一杯だった。なんだろう、似たような場面を見たことがあるよ、そのときも僕は泣いていたね。ララの顔を見れば泣いていないはずなのに、泣けないはずなのにその頬には涙の筋が見えた気がした。
「幸せな、優しい……記憶、です」
……満足だよ。もう、いいよ。ありがとうありがとう。君はちゃんと僕を覚えていてくれた。それだけでとても嬉しいんだ。
「愛してるん、です」
神様も粋なことをするもんだ、最期にこんなこんな最上級の贈り物をもらえるなんて思わなかったよ。ありがとうありがとう。
ありがとう。
遠い遠い国のお話。天才科学者がいたそうな。その彼が作ったロボットは特別製で、とても美しく優しく有能だったそうな。二人は幸せに仲良く暮らしていたが、突然天才科学者は死んでしまう。死んだ彼を見て、彼女は何を思ったのだろうか。そして彼女は自らの死を望んだ。ただ二人の顔は酷く安らかで……
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2011/06/18(Sat)12:37:23 公開 / 十五人
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■作者からのメッセージ
どうも、初めまして。十五人です。こんな名前ですが実際は一人です。
初めての投稿でお恥ずかしい……!どうかアドバイスなど頂けたらと思います。
どうか読者の方々の心に残って頂ければ幸いです。