- 『とら・トラ・虎っ! それでもあたしは女子高生(前編)』 作者:鋏屋 / SF お笑い
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全角16278文字
容量32556 bytes
原稿用紙約46.3枚
ルックスはそこそこ、でも頭が少々痛い14歳の女子高生、南雲鹿毛虎【なぐもかげとら】が入学金、授業料、僚、その他高校生活必要な費用ロハという条件に2つ返事で何も考えずに入った学校は、とんでもない学校だった!? 彼女の思い描いた憧れの高校生活とは真逆な学校で、彼女と彼女を取り巻く奇妙な面々の青春ドタバタコメディ。趣味全開の暴走ストーリーですが、どうかなま暖かい目で見てくれると助かりますw
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(前編)
さっきから「これでもか!」ってほど空から降る土砂降りの雨音が鼓膜を刺激している。いや鼓膜どころか、学校から支給された野戦用ポンチョの中までも浸透してくる雨水のおかげでブラやショーツまでびっちょり濡れて敏感な部分もやたらと刺激してくる。
今時の15歳の花の女子高生が絶対経験しないだろうな、とか頭の片隅で考えながら激しく叩き付ける雨のせいでぼやける前方視界を睨むと、あたしの12時の方向に、あたしと同じような格好をした奴が黙々と歩いているのが見える。
てか『12時の方向』って何よ!? 普通の女子高生じゃ絶対使わないだろ、そんな言葉っ! 普通に使っちゃってる自分が嫌すぎるっ!!
友達と楽しいおしゃべりとかは?
学校帰りに気の合う友達とチーズドックとかパクついたりは?
放課後に気になる男の子の部活練習姿にハートマークとかは?
え? なに? 何であたしこんな5.56mmの軍用ライフル片手に重量6キロのアタックザック背負ったまま野戦用ポンチョ被って、おまけに激土砂降りの雨のジャングルとか歩いちゃってるわけっ!? オマケにジャングルブーツに包まれた足がさっきからいやに痛くて絶対まめだらけになってそうだし!
言葉に出すのもしんどいので脳内でそう文句を垂れ流しておく。すると……
「鹿毛虎、お前遅い…… 早く歩け」
とあたしの背中から声が掛かる。あたしは足を止めてチラッと後ろを振り返った。あたしの6時には、前の奴と同じく似たような格好をした奴がピッタリくっついてきていた。
「……何だ?」
あたしが足を止めたことを疑問に思ったのか、そいつはポンチョのフードの下から睨むような視線をあたしに投げつけながらそう言った。
コイツ、女子に優しくしようとかさぁ…… つーかそもそもあんたにファーストネーム呼ばれる筋合い無いんだけど!
あたしの名前は南雲鹿毛虎【なぐもかげとら】
いやいやいや、正真正銘、本物の混じりっけ無しな女の子です。時代錯誤な父が半ばギャグで付けた名前で、それに即決同意した母もアレだが、間違いなく14才の乙女です。ま、そんな名前をあたしに付けた両親も中東で行方不明。たぶん天国でバカンスしてるだろうけどね。
「いや…… 何でもない」
あたしがそう言うと、その男は口元に滴る雨だか汗だかわからない雫を右腕で拭いながら吐き捨てるように言った。
「じゃあ前向いてさっさと歩け……」
思いやりとか優しさなんて1ミクロンも感じない、つーかはなから絶対籠もってない声だった。拭ってもまた垂れてくる滴をそのままに、その男は野戦用ポンチョのフードを深めに被り直した。
コイツの名前は昴乃鍾馗【すばるのしょうき】。あたしと同じクラスのクラスメイトの男子。こんな風に雨に濡れた姿なんかを見ると『水も滴るいい男』という言葉を思い出すけど、確かにコイツのルックスは上の中ぐらいで割とイケメン。『普通の学校』だったら周りの女子が放っておかないだろうなと思うのだが、あたし達の学校じゃ…… どうだろ?
でも、鍾馗の場合は性格でアウト。『他人のことを考えましょう』というプログラムがきっとコイツの脳内には無い。完全合理主義、若しくは超ドSの冷血野郎、それが昴乃鍾馗という男だ。
「残り2キロちょっとで山道に出るハズだ。予定の工程より20分弱遅れてる…… 体力的な面を考慮してタクティクスを変更した。はぐれないように赤城とお前を前にしているんだ、なんなら俺と蒼龍で前を歩くが?」
鍾馗のその声は、低いトーンにもかかわらずこんな土砂降りの雨の中でも良く聞き取れるほど響いた。するとあたしの前を歩いていた人間が振り返った。
「無理ですぅ〜っ! 今でももう倒れちゃうくらいヘトヘトなんです、昴乃君と蒼龍君で前歩かれたら私、きっと樹海で迷子になっちゃいますよぉぉぉ!!」
と泣きそうな声で、というか雨でわからないだけできっともう泣いてるだろうと思われる叫びを上げるのは私の前を歩く少女、赤城美玖【あかぎみく】だった。
「デジタルの申し子」ってな渾名があるくらいコンピュータとかそういったデジモノが超得意な反面、体力値ゼロどころかマイナスじゃね? ってぐらいの虚弱萌え系女子であたし達の隊のマスコット的存在。そもそも何でこんなポヤン娘がウチの学校に居るのかあたしには未だに謎だし。
「だって私、この前の体力測定もペケ値だったし、中間試験の戦闘技能判定もDマイナスだったんですよ? ううぅっ…… そしたら私、きっと野犬とかの餌になって…… わぁぁぁん、そんなのいやぁぁぁぁぁっ!」
と手に持っていたTW89【89式突撃銃】を抱きかかえながらその場に座り込み、とうとう美玖は本格的に泣き始めてしまった。栗毛の髪がべったりと頬にくっつけ、水滴だらけの赤い下縁眼鏡が今にも落ちそうな勢いだ。
「オオゥ、野犬いるデスカ? どこいるデスカ? 野犬食べるデスカ?」
すると鍾馗の後ろから同じくポンチョを着たのっぽの男がズレたイントネーションでズレまくった事を口にする。こんな状況で何でこんなに陽気なのかさっぱりわからない。こんな天気の中でも全く色あせない鮮やかブロンドヘヤーがこの男の脳天気ぶりを表してるようだった。てかこんなに土砂降りなのに、なんでフード被ってないのよあんたは?
この脳天気なガイジンはアルバート・カーチス。イギリスから留学してきたあたしのクラスで唯一の外人。ウチの学校は毎年何人か留学生を受け入れている。何でも高度な政治的理由が関連してるらしいけど、あたしは良くわからない。
にしても…… なんでこんなの入れたんだろ?
「アル、野犬は食っても旨くないぞ〜 代わりに猪狩ろうぜ。アレなら食える。ちっと筋張ってるけど慣れるとなかなか良いぞ。男ならアレだよ。酒の肴にはもってこいだ。汁にしても旨いしな」
とアルの後ろから現れた巨漢が、さっき鍾馗が言った蒼龍昌樹【そうりゅうまさき】。酒の肴ってあのね? 普通お酒は二十歳になってからだから。でもまあ身長187センチ、体重78キロってもう高校1年生じゃないわ、マジで。スポコン大好きの熱血萌え、趣味が筋トレのアドレナリン男。もう普通に暑苦しい。
「ワオっ! ワイルドボアー!? ワタシ初めて食べるマス。焼くデスカ? 煮るデスカ?日本人ワイルドクッキン得意デスネ! 何処イマスカ? コレで狩れマスカ?」
アルは少々言い回しのおかしい日本語でそう言いつつ片手に持つTW89を掲げる。
「強化ゴム弾頭で野生の猪なんて狩れる訳無いだろ。馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ。ほら、赤城も立って歩け!」
といいながら鍾馗は美玖の腕を取って立たせると自分の銃を肩に担いであたしを見た。「お前もだ鹿毛虎。いくら天性のGWV【Ground Walker Vehicle】の操縦技術があっても基礎体力が並以下じゃ戦闘には耐えられないからな」
そう皮肉っぽく、てか皮肉成分100%の言葉を吐き、鍾馗は首の所にあるポンチョの留め金具を締め直した。きっとコイツの口はこういうたぐいの言葉しか喋れないんだと思われ。
だからあたしは戦闘とかって全開興味ないんだけどっ! この学校卒業したらあたしは絶対海外で姿くらましてやるんだからっ!!
あたしも何か反論しようとしたけどやめた。これ以上余計なことで体力を消耗したくない。美玖じゃないけどワイルドなワンちゃん達の餌になるのだけはカンベンだし。
「あ〜あ、GWVなら楽なんだけどなぁ〜 てか僕と赤城さんはバックアップ志望なんですよ。GWV乗らないなら関係なくないです?」
で、少し遅れて歩いてきてそうトロそうな口調で口を挟んだのはあたし達の隊の最後の一人、雪風翔鶴【ゆきかぜしょうかく】だった。基本軍事&アニメヲタクの秋葉少年。確かにその知識は凄いけどそのほとんどが役に立たないという典型的なダメ男君。
「何を言う! 『箱車』にいたって戦場にいれば安全じゃない。男だろ、マタンキついてんだろ? 最後にものを言うのは体力と筋肉だ。な、翔鶴、あの空に一番輝くあの星を見ろ、あの星は……」
昌樹はそう言ってポンチョの裾から腕を出し、隆起した上腕二頭筋を披露しながら空を指さす。だから暑苦しいから止めなさいって…… そもそもこんな土砂降りで何処探せば星が見えるのよっ!!
「私マタンキ付いてないも〜ん。女の子だもぉぉぉぉん!」
するとまたまた大粒の涙をボロボロ垂らしながら座り込もうとする美玖を鍾馗が支える。こらこら、年頃の女の子がマタンキとか言ってちゃダメ。
「そこは泣くな美玖、鹿毛虎だって付いてない…… ハズだよな?」
と昌樹は微妙な間を取り一瞬考えた後そう言った。
カチンっ!
その瞬間あたしの手にしたTW89が火を噴き、特殊ゴム弾が昌樹の股間に直撃した。昌樹は「はうぅぅっ!!」と呻きながら前のめりに倒れた。
一応3バースト【3点射】で撃ったけど毎分750発を誇る連射スピードで、しかもこの距離だし潰れたかもね、フンっ!
天性の皮肉屋な冷血漢に熱血筋肉馬鹿野郎。脳天気外人に秋葉系ヲタ男と虚弱萌え娘。そしてあたしを含めたこの6人が、1年D組『コアラ隊』のメンバー。
ウチの高校は全学年AからDまでの4クラス制で1クラスぴったし24人。このクラス編成はアルファベットの順番がイコール成績順。もう言わなくてもわかると思うけど、当然あたらしらDクラスは最低ランク。はみ出し者や問題児が集められた我が校のお荷物。
で、24人の中で6人づつチームを組んで『小隊』を編成する。つまり1クラス4小隊というわけ。それでこの小隊で色々な訓練をこなしていくという……
ええそうです。ウチの学校は他の学校とはちょっと違う技能を学ぶ学校なんですよ。その名も『九段外自派遣特務官養成学校高等科』通称『とっかん高』。外自特務官、つまり海外での戦闘行為を目的とした特殊な技務官、ようは海外派兵専門の兵隊さんを量産する為の学校って訳。
卒業後は国連派遣専門の1組織に編成されるので、学生もその1構成員なんだけど、基本国内では日本の自衛官と一色端な扱いをされるというちょっとややこしい立ち位置。何でもこの国のえら〜い人達が各国からのディープな要求と、国内の反戦団体やら国勢団体やらからのエッジの効いた突き上げやら世論なんかの板挟みになって、苦し紛れに出した苦肉の策。派遣要員とそれを養成する機関を国内に設けることで、何とか国際的な体裁を保っているという綱渡り的な打開策だったらしい。とどのつまり、未だに不況から抜け出せないキビシイお財布事情から、紛争解決への貢献資金が出せなくなったので「こうなったら体で払いましょう」的な発想から生まれたってのが実情らしいけど、あたしもいまいち良くわからないんでその辺りはスルーね。
自衛官を養成する学校もいくつかあるけど、ウチは海外で起こるテロやら内戦やらに積極的に介入していくつーいわゆる『火消し役』な目的で組織される国連軍への参加専門なのでハッキリ言って自衛隊よりキツイ。そもそも『自衛』じゃないしね。まあそんな国際的な組織なのでおおっぴらに兵隊を養成しているっていう…… ほんとこんなの良く国会通ったよねマジで。
いや、あたしはね、まさか自分が行く学校がこんなぶっ飛んだ学校だとは全く思っていなかったのよ……
あたしの両親はあたしが中学の頃外国で爆破事件に巻き込まれて行方不明になった。その頃あたし達家族はお父さんの実家で2世帯で暮らしていて、私は日本でお留守番。祖父母達と一緒に日本で普通に中学生してた。でもその事件のショックで祖母が亡くなり、その後を追うように祖父も亡くなって結局あたし一人になった。
家や土地もローンの担保で取られて何にも残らず、両親の生命保険も行方不明では一銭も降りず、わずかな貯金もほとんど祖父母の葬式代に消えていった。今考えても哀しくなってくる。あたしってよく生きてきたよねマジでさ。
親戚って呼べる人はほとんど居ないあたしは結局施設送り。でもまたそこがどうにも性に合わなくて高校進学を期に全寮制の高校に行くことを考え、どこかにお金無くても入れる全寮制の学校無いかな〜ってな幸せな考えで探しているところにこの学校を見つけたの。
全寮制で奨学金の条件査定もほとんどザルだし、何より女子の制服が可愛いのなんの。で、施設を出たい一心で就学内容とか細かい部分をオールスルーで申し込んで、その後入学試験もパスして内定となった。入試問題も結構スラスラ書けて『あたしって結構頭良いんじゃない?』って思ったぐらい。
今思えば中学時代追試の常連だったあたしなんだから、それが『錯覚』なぐらい気が付けって感じ。それに何故あの時もっと良く調べ無かったんだろうと後悔の念で押しつぶされそうになるよ…… 馬鹿だったよね、あたしってさ、あははは…… はぁ。
高等部が3年、その後普通に入学している生徒は若干偏った進路選択の自由があるけど、あたしのような奨学金を使った生徒は確実にその上の科に進み、さらに3年兵站をたたき込まれ、卒業後は自動的に平和維持軍の特務機関に就職が決定するってシナリオ。
この慢性的な不況下の就職難なご時世で、高校の内定通知が手元に戻った時点で就職先が決定するっていう一撃フラグなシステムに、ありがたすぎて涙が出てきますよコラ。もう「逃がさねえぞ」感が見え見えじゃん。
ちょっと横道に逸れちゃったので話を元に戻そう。今あたし達はその訓練の場所に向かうべく、富士の樹海を目的地に向かって歩いている。いわゆる野外授業で一昨日の朝、千代田区の学校からバスで出発し鳴沢村を経由して天神山へ。季節が真逆なのでガラガラの富士天スキーリゾートの第2駐車場で降ろされ、あたし達は富士山の北側を大きく回り込んで自衛隊の富士演習キャンプに向かう事になった。しかも徒歩で……
あたし達だけじゃなく、富士山北側の樹海の中を1年生94名が小隊単位で山の東側にある富士演習キャンプに向かっているわけだ。直線距離にして約35キロ弱だけど、冷えた溶岩の足場の悪い樹海の中、しかも運が悪いことにこの雨のせいで出発からもう26時間が経過していた。6人とも昨日からほぼ歩き通しでもうクタクタのヘロヘロ状態だった。
「うぐぅ……っ て、てめぇ鹿毛虎、潰れたらどうすんだよ! 責任とってくれんのか!?」
股間を押さえて立ち上がった昌樹がそう言ってあたしを睨む。
「ふんっ、なによ、あんた鍛えてるんでしょ? いつも自慢してるじゃない。それに一つ潰れたってもう一つあるから大丈夫でしょ」
「大丈夫なもんかよっ! 俺の遺伝子を後世に伝えられなくなっちまうだろがっ!!」
「あんたみたいに暑苦しい奴増殖されたら地球温暖化がさらに悪化するわよ。あんたの種はあんたで終わらせちゃった方が地球のためでしょ」
「あんだとこのぉ! だからお前はモテないんだよ。澄ましておとなしくしてりゃ『深窓の令嬢』で通るものを、お前おかしいんだよ、女なら女らしくしろってんだ!」
「言ったなぁっ!」
「やるかこのぉっ!」
とお互いを睨みながら二人して銃口を突きつけ合う。すると横から鍾馗がポツリと呟く。「ふむ、確かにおかしい……」
「あんたも言うかっ!!」
あたしは昌樹に銃を向けながら隣に立つ鍾馗を睨んだ。大体ねぇ、そんなおとなしい女子がこんなふざけた学校に入るかつーのっ!!
「ん? ああ、違う。お前の事じゃない。俺はお前が男でも女でもどっちでも良いし興味もない」
はぁ? って何かムカつくんだけどその言い方。
鍾馗はそう言ってポンチョの下から小型のiPadの様な形の端末を出してディスプレイを覗き込んだ。
「みんな、Mギア出してくれ。鹿毛虎と蒼龍もじゃれ合ってないでさっさと出せ。GPMAPのブリーフィングモードだ」
鍾馗がそう言うとみんなもぞもぞと同じように端末を取り出す。あたしと昌樹も渋々銃を下げて端末を取り出した。
雨に濡れた大きな液晶パネルを片手で拭いながら小口にあるスイッチを押すと、待機モードから復旧しメイン画面が呼び出される。あたしのは可愛いワンちゃんの絵がはね回って消えていく動画が映し出されていった。この前美玖にいじって貰って入れて貰ったんだ。このワンちゃん♪
この携帯端末はウチの学校の生徒はみんな持っている学校側からの支給品で『ミーティングジャンクションギア』、通称『Mギア』という携帯作戦支援ツールだ。各々隊によって周波数を設定すれば半径50kmの交信域を誇る通信機にもなる。他にもサテライトシステムによるマッピングとGPS、さらにネットワークアクセスや部隊内でのマップを使ったリアルタイムブリーフィング。現行の武器や兵器のデータベース閲覧及び検索、カメラ機能に所持者のバイタルチェックや何故かカロリー計算まで出る何でもござれの端末なのだ。しかも200気圧の完全防水でこんな雨はおろか、水中でも使用可能という優れもの。
「俺達が今いるのがここ。さっきも言った通りあと2キロほどでこの登山道にで出る。この山道を抜ければ富士キャンプの西に出るはず……」
鍾馗がそう説明しながら端末を操作すると、あたしのモニターにはマップに現在位置と白い小さな矢印が映し出され、その白い矢印が鍾馗の指の動きに合わせて移動する。
「ここからまっすぐ進むと8%ほどのなだらかな勾配が続き、この地点で登山道に出るんだが、この場所は左右に森が続く一本道なんだ」
う〜ん、何が言いたいんだコイツ?
「だ〜か〜ら〜 なんだって言うのよ。ゴールはもうすぐって事でしょ? もう一踏ん張りでこのふざけたヘルマーチ【地獄の行進】から開放されると思うとほっとするわ」
ああ、早くシャワー浴びたいよ〜
「待ち伏せには絶好のポイントだ…… そうは思わないか?」
はぁ!?
「待ち伏せ? あんた何言ってんの?」
ここまで歩いてきてやっとゴールが目前なのよ? そもそも待ち伏せって何よ? 演習は明日。わかる? あたし達はその演習場に向かってるの。いい? まだ目的地にすら着いてないってのっ!
でも鍾馗は真面目に淡々と続ける。
「俺は一昨日、出発前に学園のサーバにアクセスしてこの毎年恒例である演習キャンプまでの新入生行軍記録を調べたんだ。詳細な内容は出てなかったが、代わりに過去のデータが出てた」
鍾馗は少し考えながらあたしの目を見て言った。
「去年、つまり現2年生のデータで目標時間までに到達できた隊が3チーム。全体の2割もいってない。96人中18人ってことは優秀なA組の連中でさえ全員たどり着かなかった計算になる」
時間内…… つまり2日目の20:00【フタマル・マルマル】までにキャンプに着かなかったってことか。
「当然D組は1隊も時間内に到達できていない。だがいいか? 今の2年生のD組だぞ? D組きっての怪物、東条咲麗子【とうじょうさくらこ】先輩が居たにもかかわらずだ」
あたしはごくりと唾を飲み込みながら東条先輩を頭の中で思い出していた。
東条先輩は学園で1,2位を争う美貌の持ち主で同学年はおろか、あたし達1年や上級の3年の男子までもが熱を上げる女子だった。
でもそんな容姿とは裏腹に、その戦闘技能は群を抜いており学科成績も優秀。毎年12月に小笠原で行われる全校挙げての戦技演習で去年、我が校始まって以来の天才コンビといわれるA組当時2年の三嶋院先輩と御殿山先輩率いるA組最終防衛ラインを、一年生ながら自分が指揮するGWV1小隊のみで突破し、A組司令部に奇襲を掛けるという離れ業をやってのけ、『怪物』という渾名までついた女の子だった。そもそも何であの人がD組にいるのかあたしはさっぱりわかりません。
「で、現3年、三嶋院先輩や御殿山先輩を擁する我が校始まって以来の人材の宝庫といわれた6期生の記録でさえ7チーム、42人しか居ない……」
確かに鍾馗の言うとおり、現3年生である6期生は今上げた2人の他にも優秀な先輩が多い粒ぞろいな期だって話し。A組のみならず、他の期だったらA組だっただろうって人がB組にも沢山いる。
「俺達が今いるこの場所からゴールまで直線距離で約2キロ。現在残り時間1時間を少し切った程度だ。多少予定から遅れたとはいえ、このまま行けば時間内到達は確実だ。赤城と雪風を考えてペースを合わせて来た俺達でさえだ。歴代の先輩達が苦労したこの行軍なのに…… おかしいと思わないか?」
そんな鍾馗の言葉に、一同お互いを見回し首を捻る。確かに言われてみればそんな気がしないでもないけど……
「ああ、言われてみりゃ確かに変だな」
昌樹は端末のマップに視線を移してそう言った。鍾馗は昌樹のその言葉に頷いた。
「ああ、だから俺はここまで来る間ずっと何らかの妨害があるものと全周警戒しながら歩いて来た。でも人為的な妨害やトラップ一つ無かった。出発地点から直線距離にして35キロ少々。いかに溶岩石の足場の悪い密林とはいえ、あの先輩達が時間内にたどり着けないなんて事は普通に考えたらあり得ない」
鍾馗は自分の考えを確かめるように低い声で言った。
「あんたそんなこと考えながら歩いていたんだ?」
そうあたしが軽く聞くと鍾馗は呆れた顔をしてため息を吐いた。
「はぁ…… 鹿毛虎、お前この前の中間考査で戦術理論何点だったんだ? 『行軍中は何時如何なる時においても全周警戒が基本である』行軍の基本7原則の一つだったろ」
「ははは、そういやそうだっけ……」
頭の中に28点の赤い文字が浮かんだ。来週追試なんだよねあたし。
「俺が先頭や殿を歩かないのも、何もお前と赤城のペースに合わしているってだけじゃない。『行軍中敵との交戦の可能性のある場合、指揮官は先頭に立ってはならない』って原則に則っているからだ。鹿毛虎、来週の追試も危ないんじゃないか?」
ぎくぎくっ! あ、改めて言われるとめっちゃ焦るじゃないっ!! てかなんであたしが追試なの知ってんのよっ!!
「よ、余計なお世話よ。あたしは直前でエンジンかかるタイプなの。やれば出来る子って昔から言われてたんだから!」
あたしは動揺を隠すようにそう言い返した。すると鍾馗は醒めた視線のまま「まあ、どうでも良いことだがな」と呟きマップに目を落とした。
かぁ〜っ! ム カ ツ ク〜っ! どうでも良いなら端から話し振るなってっ!!
そこに雪風が静かに口を挟んだ。
「なるほどね。目標地点まで残り3キロ地点、直線視界が開けてあともう少しって場面。疲労のピークと気の緩みを考慮したら、奇襲にはタイミングもバッチリって訳だよね」
まさかそんな疲れ切った生徒達を崖から突き落とすようなこと……
いや、ウチの学校ならあり得る。突き落としてさらに落ちた先に地雷を敷設するぐらいのことはやりかねない。やることに限度ってモノを知らないからね、ウチの学校の教官達。
う〜ん、何かそう考えると確実に待ち伏せされてそうな気がしてきたなぁ……
「で、どうするつもりなんですか? 昴乃三等陸士殿」
ちょっと芝居がかった言葉で昌樹は鍾馗にそう聞いた。あたし達1年生は全員準陸士。で、5月に行われる偏差試験での成績で1クラスで4人小隊長が選ばれ、その小隊長が三等陸士になる。その小隊長を軸に小隊が編成されるというわけ。
ちなみに2年生が基本三等陸士でその小隊長が二等陸士。三年生は基本二等陸士で小隊長は一等陸士となるが、成績優秀生徒はその上の陸士長か、さらに上の三等陸曹ってのにもなれる。さっき話しに出た3年生の三嶋院先輩は高等部唯一の三等陸曹で、その右腕と呼ばれる相方の御殿山先輩は同じく唯一の陸士長だった。
この階級は自衛隊の呼称と同じだけど、ウチの高校の学生は一応特務機関なので現行の自衛官のそれと照らし合わせると1階級上の扱いとなる。つまり1年生の小隊長は二等陸士であたし達ヒラは三等陸士。三嶋院先輩に至っては16才で早くも下に5階級も従える二等陸曹になってることになる。
高等部を卒業してもう3年就学すれば、卒業時には特務准陸尉(三等陸尉)、優秀なら21才で特務二等陸尉(一等陸尉)という現行自衛官なら尉官最高位になるって訳。
つまりぶっちゃけそっち方面では、あたし達は『エリート』って事になるんだけど、でもこの階級は学生期間は学園内だけのもので、課外演習や訓練任務以外で校門から一歩出れば何の権限もない。ま、当たり前だけどね。
「わかっててわざわざ特殊弾で蜂の巣にされることもないだろう? だから俺達『コアラ小隊』はこの奇襲予想ポイントの手前1キロ地点で左に折れ、山道を迂回して予想ポイントの向こう側に回る…… ここだ」
モニターのマップに赤いラインで鍾馗が示したルートが表示され、待ち伏せ予想ポイントの東側にピンク色の×が点滅していた。
「ここで敵の背面を突いたフロント3名が反転、恐らくアンブッシュしている敵を射撃。バックス3人は横合いの林から敵の側面を狙撃後、反転して東へ移動、そのままキャンプ方面へ進軍だ。この位置からじゃ少し行けば恐らくゴールであるキャンプの西門が目視できるだろう」
鍾馗が淡々と指示を出す。こういうときのコイツはちょっとクールでカッコイイかもしれない。
「そこで、タクティクスを入れ替える。俺と蒼龍、それに鹿毛虎がフロント。残りはバックスだ」
「ええ? あたしフロントなの!? ちょ、ちょっと待ってよ、あたし一応その、女の子……っ!」
思わず声がうわずった。でも鍾馗は極めて冷静にあたしに言い放つ。
「この場合女かどうかは関係ない。この面子で合理的に判断した結果の奇襲に最も有効なタクティクスだ。アサルトショット【突撃射撃】で正面が狙えない雪風じゃフロントは無理だし、アルじゃ目立ちすぎる。第一アルは元々狙撃が得意なバックス向きだ。となるとお前しか残ってない」
さっきカッコイイって思ったの却下っ! やっぱ単なる冷血野郎だった。
「ううっ……」
悔しいが全く反論できない。流石に美玖にフロント任すならあたしがやった方が遙かにマシな気がする。それもこんな土砂降りでなら尚更だ。美玖なら確実に転んで自爆する。前に初めてGWV乗っての授業で駐機姿勢から立ち上がる際に、オートバランサーシステムが付いてるのにもかかわらず、機体ひっくり返したもんね、この娘。ある意味それも凄いけど。
「さっき言った原則からだとナンセンスだが、ここは俺がトップ取りしてポイントマンをやる。お前は蒼龍とペア・フォローで俺のあとに続け。幸いこの雨だ、完全に背後が取れれば少々雑な接近でも気付かれないだろう」
「あ、あのさ、別に反転攻撃とか考えないでそのままコソ〜リ東へ抜けない? ほら、もうちょっと大回りで山道迂回してさぁ?」
と一応意見してみた。だって何でわざわざ危険なことしなきゃなんないの? ほら、あたし達疲れてるし、リスク回避、可能な限り戦闘は避けた方が良いじゃん。
「回避ルートに指向性のトリモチ地雷や激悪臭ブラスト爆弾仕掛けるぐらいやるよあの教官達じゃ。悪臭ゲルまみれのままその場で動けなくなるぞ」
ううっ、それは確かにあり得る。一般人だって入るかもしれない道だからとか関係なく、仮に一般人が引っかかっても『どっきりTV』のプラカード掲げながら現れてギャグで済ますぐらいはやってのけるだろう。ホントマジでネジ飛んでる気がするよ、ウチの教師。
「交戦の基本原則『常に敵に包囲・迂回されている事を念頭に置く事』さらに『敵の予想しうる行動は取らない事』俺達が考えることは相手も考えるということを常に頭の隅に置いて行動すべきだろ。そういやこれもテストに出てたな……」
くっ! い、イチイチ言わなくて良いからっ! 絶対コイツ性格悪いよマジで!
「それに一泡吹かせたいだろ? ここは小隊長である俺の判断と権限を行使させて貰う。よし、みんなマガジン交換、トリモチ弾装填!」
鍾馗は真顔でそう言ってTW89の特殊ゴム弾頭が詰まった弾倉を外して胸のホルダーに仕舞うと、コッキングレバーを引いて薬室に装填されていた初弾を弾いて腰のパウチに納めた。続いてさっきと反対の胸の弾倉ホルダーから別の弾倉を取り出してマガジンシュートにたたき込み再びコッキングレバーを引くと、カキンとこぎみ良い音がして初弾が薬室に納まる。周りのメンバーも鍾馗と同じ操作をしてマガジン交換作業をしていった。
このトリモチ弾とは弾頭に強力な粘着剤が詰まっていて、着弾すると中身が飛散し対象物にへばり付く特殊弾頭だった。1発の効果はたいしたこと無いけど、フルオートで相当数当たると相手を行動不能にすることができる弾丸だ。ちなみに除去するには専用の薬品を使えば綺麗に溶けて空気中に分解される。
「やっぱそうこなくっちゃな、鍾馗。それが男だ。大和魂だぜ!」
昌樹はそう言いながら弾倉をセットしてコッキングレバーを引き、銃身の下に付いてるバイポッド【銃支二脚】をいじっていた。すると何故かアルが昌樹の言葉に反応して声を上げる。
「オウっ! ヤマトソウルオ〜ケ〜ネ!! ところでワイルドボアースープはミソテイスティーデスカ?」
いいからあんたはちょっと黙ってて! 一端猪汁から離れなさいよ! てかそもそもあんたに大和魂関係ないでしょーがっ!!
それからあたし達はしばらく進むと鍾馗が不意に立ち止まりみんなを集めた。
「ここから左に折れて迂回路を取る。此処を下ったら、さっき言ったタクティクスチェンジだ」
鍾馗のその言葉に、あたしはチラリと左の方向を眺め、嫌な予感を感じたまま鍾馗に聞いてみる。だって鍾馗の示した場所は絶壁なんだもん!
「あ、あのさ鍾馗…… 左ってまさか此処を下るってこと?」
すると鍾馗はTW89のスリングを襷に掛け、銃を背中に回しながら、さも当たり前のように何の感情も伺えない声で答えた。
「ああ、何か問題でも?」
「問題大ありでしょ! 普通に崖じゃないっ!! あんた何考えてんの!?」
あたしの声に反応して美玖がその崖を覗き込み青ざめる。目にいっぱいの涙を溜めながら「ううっ、無理ですよぉぉぉ」と震える声で呟いた。
「だから良いんだ。奇襲は奇道、正道にあらず。なら尚更相手の考えの裏を付いた場所から仕掛けるべきだ。もっとも此処でもウチの学校じゃ『奇道』じゃ無いかもしれないぐらいだがな。おい蒼龍、ザイルと緊張器出してくれ。そこのでかい木の幹に縛ろう」
鍾馗の言葉に昌樹は「オッケー」と軽く答えて背中のアタックザックからザイルを取り出すと崖っぷちに生えてる大きな木の幹に縛り付けた。
「全員ハーネスとエイト環を出せ、懸垂下降用意!」
と鍾馗がみんなに指示を飛ばす。マジでここ降りるんですか……
「約12、3mってトコだな…… 俺が先に降りる。その後は鹿毛虎、雪風、アル、赤城の順で下降だ。蒼龍は何かあってもマズイからテールマンを頼む。みんなポイント取りに気を付けろよ、冷えた溶岩で皮膚を切るからな」
鍾馗は崖下を覗き込むとそう言いながらザイルの束を放り、2、3回靡かせてからザイル位置を調節した。
「ワオ! ベリーデンジャラスゥ! この高さだと、オッコチタラ1回は死にマスネ〜 とても痛ソウかもデス」
とアルが場違いに陽気な声で微妙にズレた日本語を喋る。痛いどころじゃ済まないし、『1回で死ぬ』ね、あんたがそう言うと2回目もありそうで嫌だし。
「わ、わわ、私無理ですぅぅっ! 絶対に無理ですよぉぉぉぉ!!」
美玖は今にも倒れそうな表情でぶるぶる震えている。まあ確かに美玖じゃこの天候でこの高さはキツイとあたしも思う。
「ぼ、僕も降りられるか自信ないよぉ。僕、高いところ苦手なんだよ」
美玖の隣にいた翔鶴も震えた声を出していた。この2人はあたしとはまた別の意味で間違ってこの学校に入ってきたとしか思えない。かく言うあたしもここから降りるのはかなり恐いよ。
「大丈夫だ赤城、俺が先に降りてやる。そしたら落ちても俺と鍾馗で受け止めてや……」
「いやそれは無理だ」
鍾馗は間髪入れずに昌樹の言葉を否定する。昌樹は眉を寄せて鍾馗に「お前そこはさぁ……」と抗議しかけるが、鍾馗はその言葉を遮り冷静に淡々とした口調で答える。
「落ちる高さにもよるだろうが、落下加速度の付いた人間1人の体重を俺とお前の2人で支えきれるとは思えん。まず間違いなく地面に叩き付けられるだろう。落ちた当人はもちろんのこと、受け止めようと試みた俺達も深刻なダメージを被るおそれがある。攻撃前の戦力温存を考えると止めた方が賢明だ。損失は落ちた当人だけで済む」
鍾馗はそう口にしながら黙々と手元のエイト環にザイルを通していく。
コ、コイツって野郎は……
鍾馗の言葉にメンバーは静まりかえる。言った昌樹に至ってはおでこに手を当てて土砂降りの空を仰いでるし。
「なんだ? 何かおかしなこと言ったか?」
その鍾馗の言葉に、昌樹は「なんでもねぇ……」と呟いてザイルの固定具合を確かめていた。そんな昌樹の仕草に鍾馗は少し首を傾げたがそれも一瞬のことで、また黙々と懸垂降下の準備をしていた。どうやら本気で分かっていないらしい。
別に仲間を助けることはコイツもある。だがコイツの場合それは全て計算というか、任務を遂行するために必要だからするという合理的な判断なんだ。そこに感情は一切含んではいない。仮にもし自分がその『深刻なダメージ』とやらを被った場合、確実に他の隊員を先に行かせる。それは仲間意識でもなければ、ましてや英雄的感情でもない。ただ純粋に目的を達成するための行動。鍾馗の頭にあるのは任務とそれを遂行する為だけの思考のみ。まったく、今までどういう生き方してきたのよあんた。
今の一件で美玖と翔鶴も半ば半べそで準備に取りかかった。するとアルがまた場違いな声で喋る。
「ウ〜ン、ワタシこういう時のニホンのことわざ知ってマ〜ス『雨ふってドシャクズレ』言いマスネ〜」
「「言わねぇよ――――っ!!」」
鍾馗を除いた全員がアルに非難の罵声を投げつけた。空気読めってこのアホ外人っ!!
てなわけで、あたし達は望む望まぬに関わらず、この土砂降りの中をザイルでダウンクリフするハメになった。まず鍾馗が降りてその次があたしだ。
フットタッチの蹴り込みが甘く途中でクルリとからだが回ったときはマジで恐かったけど何とか下に降りることができた。足が地面に付いた瞬間はほっとしたよ。
そしてあたしの次が翔鶴。あたしの倍ぐらいの時間を掛けて何とか降り、次にアルが妙な奇声をあげて降りてきた。この時点で本来なら奇襲じゃない気がする。
そして問題の美玖はもう雨だか涙だか鼻水だか分からない液体でぐちゃぐちゃな泣き顔のまま翔鶴より更に遅いスピードでゆっくり降りてきた。
「赤城、足下のフットポイント見ないと体が回るぞ! 下を見ろ」
と鍾馗は美玖に言うが、そりゃ無理でしょう? そもそも美玖はほとんど目開けてないと思うよ。
「下なんか見れませぇぇ〜ん!!」
「美玖〜! 手が逆だよ、左が前」
「え、えっと、左…… あわわっ、左ってどっちだっけ〜!」
ダメだ、恐怖で完全にパニってる。とりあえず左手がどっちだか再確認させる必要がありそう。
「お茶碗持つ方〜っ!」
「えとえと…… ああっ!? 私左利きだ〜! もうダメぇぇぇっ!」
分かってるじゃん!? もうダメの意味が分からないよ美玖!
「あ、赤城さんって左利きなの? じゃあ、け○おんの秋○雫ちゃんがベースネック握ってるのと反対の手だよ〜っ!!」
「わかりにくいわっ!!」
と思わず翔鶴の言葉に思いっきりつっこむが―――
「あ、そっかコッチが前だったぁ〜っ!!」
分かったんかいっっっ!?
「赤城〜! もうちょっとだガンバレ。肛門に力入れろっ!!」
「ふぁあい! でも蒼龍君それオープンなセクハラですぅぅ〜!」
「オオウ! アナルパワー!! グレートヘンタイ!」
黙れあんぽんたんどもっ!!
もう何なんだろうこの集団。他に誰もいないで良かった。あたしも一括りで見られなくて済むし。
その時、美玖の体が回転し、それに驚いて緩めてしまった手からザイルががするりと抜け、美玖の体がグラッと傾いたかと思うと6mぐらいの高さからズルッと落っこちた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「美玖っ! ブレーキングっ!!?」
美玖の悲鳴に被るようにあたしが声を上げた瞬間、隣にいた鍾馗が反応して美玖の落下地点に滑り込んだ。ちょっと信じられない反応だったが美玖はその滑り込んだ鍾馗の上に落下し、鍾馗がぐもった声を漏らした。慌ててあたし達も2人に駆け寄った。
美玖は目の焦点を空中に泳がせたまま放心状態で、丁度鍾馗に抱きかかえられた格好で鍾馗の腕の中に収まっていた。一方鍾馗は右手で美玖の肩を抱きながら左手で状態を起こしつつため息をついていた。
「2人とも大丈夫!? 怪我は無い?」
あたしの問いかけに美玖は放心状態でスルー。鍾馗は顎に付いた泥を肩で拭きながら「問題ない」と短く答えた。
「うえぇぇぇぇん! こ、こ、こわがったよぉぉぉ〜!!」
美玖は鍾馗が立ち上がらせるとあたしに抱きついて大泣き。鍾馗は泥だらけのポンチョのまま立ち上がると、さっき放り出したTW89を持ち上げチェックを始めた。そこに慌てて降りてきた昌樹が駆け寄り声を掛ける。
「おいおい、マジ焦ったぜ。大丈夫かよ2人とも!?」
「ああ、俺は腰を打った程度だ、問題ない。赤城は……」
と言いながら鍾馗は美玖を見る。
「ヒック、ううっ、美玖はね、ヒック、右手がね、ううっ、お茶碗持つ方でね、ヒック……」
と何だかよく分からない事をしゃくり上げながらあたしと翔鶴に説明していた。ショックで自分でも良くわかってないんだよきっと。
「……赤城も問題ないようだな」
鍾馗はそう昌樹に告げ、そしてホントにわずかだけど、その泥の付いた唇で薄く笑った。いや、笑ったように見えた。いやいやあたしの錯覚かもしれないけどさ。
「しかし何だよこのへそ曲がりがっ! さっきはあんな事言ってやがったくせによ」
と昌樹が鍾馗の肩を叩きながら言った。泥だらけのポンチョが叩かれるたびに泥が跳ねるのを心底鬱陶しそうに顔をしかめながら、鍾馗は冷静に答えた。
「再考した。援護の弾幕数が薄いと俺達の突撃成功率が低下する。当たらずとも生きた銃口は数があった方が有利だと思っただけだ。『全ての行動は例外を除いて全員で行うこと』と戦闘部隊の基本原則にもある。総合的に考えた結果ここで赤城を失うのは良くないと判断した。アレでも猫の手を借りるよりはマシだ」
鍾馗はそう説明しながらTW89にこびりついた泥を落としつつ、弾倉を外しレバーを何度か操作して作動をチェックしていた。何だかあたしにはその説明が言い訳みたいに聞こえた。
「赤城、お前ワンターンで結んだろ? 10mを超える長い懸垂の場合や、お前のように握力や腕力の少ない者はツーターンの方がワンクッションある分スピードを調節しやすい。それにターンの位置が低すぎる。だからすぐにバランスが崩れて回ってしまうんだ。頭より上でワンタンを作る方がやりやすいって習ったろ?」
鍾馗の言葉に美玖は涙を拭きながら頷いた。
「ごべんなざい〜 ううっ、そんでそんで、あ、ありがど〜 ううっ……」
「礼なんていらない。いいか赤城、戦闘部隊は生存が大前提だ。まずは生き残る術を憶えるんだ。恐くてもいい。けど自分の命を繋ぐ物は何であれ絶対に放しちゃだめだ。世間一般の連中はどうだか知らんが、俺達兵士は死んじゃダメなんだ。わかったか?」
美玖に向かってそう言う鍾馗の目は、何か少し普段と違っていた。何というか『熱』みたいな物を感じたんだ。
「うん、わ、わがった、ヒック、グズズ……っ」
美玖はそう頷いてズレた眼鏡を戻し鼻水をすすった。鍾馗はそれを見て「なら良い」と短く呟きTW89のスリングに肩を通し背を向けた。
昴乃鍾馗。う〜ん未だに良くわからない奴だな。
後編に続く
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2011/05/23(Mon)13:50:56 公開 / 鋏屋
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■作者からのメッセージ
初めての人は初めまして、いつも付き合ってくれる方は毎度どうも!
鋏屋でございます。
輪舞曲で無い頭を使ったので、今度は思いっきり脳天気で趣味全開の物を書きたくなって、昔考えたネタを書いてみました。テーマ性とか目的とかそんなもの一切無しです(マテコラ)
いや、ちょっとはあるかな……たぶん。
『とら、トラ、虎っ!』は1話か2話完結で進めていこうって考えた『ドタバタミリタリー系学園物』です。(何じゃそりゃ)ちょっと特殊な学校のかなり変わった連中の日常みたいなノリで書いてみようと思いました。今より少しだけ(?)未来な話でロボも出ます。GWV【Ground Walker Vehicle】って言って今回のお話しでチラッと出てます。アホみたいに凝った設定がありますが、それは鹿毛虎たちの授業で出てくるかもw 一応2足歩行の市街制圧用陸戦兵器ですが、元は地雷撤去や施設設営用の汎用重機なので弱っちいのなんのw 運用方法ではそこそこ使える兵器という設定です。
うん、はっきり言って趣味の世界。厨二ヲタ中年の馬鹿話に、それでも付き合ってくれる方が1人でも居てくれると嬉しいなぁ。
鋏屋でした。
鹿毛虎の年齢に誤りがあり訂正 5月13日