- 『邪眼 -ヨコシマナコ- (未完)』 作者:葛西妃緒 / ファンタジー 異世界
-
全角13098.5文字
容量26197 bytes
原稿用紙約35.85枚
生まれきてから俺は一人ぼっちだった。だけどそれを望んだのは他でもない自分自身……。いつしか時が経ち俺はどうしようもない場所にいた。人生を終わらせようと思った時もある。それでも神はまだ俺を見捨ててはなかったのかもしれない。遠い違う世界で俺は新たな人生をスタートさせるのだから……。
-
また憂鬱な朝日が昇りカーテンの隙間から木漏れている。重い足を引きずる様に歩き出し台所に無造作に置かれた食パンを袋から取り出しそのまま口に詰め込んだ。もちろんほぼ無味であるが、今更味に拘るほど裕福な心を持っているわけではない。ただ空腹に耐えかねた身体が悲鳴を上げたから、それだけである。その後水道に口を近づけ蛇口を捻った。流れ出る水を喉を数度鳴らし喉の乾きを潤し終えると顔を離し手で口を拭いた
時計を見ると既に長針は8時を指していた。軽く顔を洗いそそくさと着替えを済ませると、アパートを出た。
「おや坊主。まだ居たんかいね」
急ごうと思った矢先の事なので少しイラつきはしたが、この声には聞き覚えがある。後ろを振り返ると自分が思った通りの人物がズコズコと燃えるゴミと黒のマジックで書かれたどう見てもコンビニの袋を数個手に持っていた。
「おはようございます、管理人さん」
「おう、おはようだね。坊主」
そう、このグラサンで長い白髪を後ろに結わえ、若干日に焼けた肌、ジャラジャラしたアクセサリーとキラキラと光る指輪をいくつもつけたバリバリといった感じのおばさん(これでも64歳というのだからおばさんなのだろう)が、このアパートの管理人 市ヶ谷 梅さんだ。
「ん?坊主。燃えるゴミを出さなくていいのかね?」
「あの……管理人さん。今日は燃えるゴミじゃなくて不燃ゴミの日ですよ」
「なぬぅ!?うぐ、そうか今日は不燃ゴミであったね……まぁ不燃ゴミでも回収する業者は一緒だから大丈夫だね。アハハハ」
このやりとりは今に始まった事ではなくいつもの事である。そもそもこの人はどんな日であれ燃えるゴミを出すのだから業者も堪ったもんじゃないだろう。
「そんなことより、坊主。学校はいいんかいね?」
「あ!!そうだった。そ、それじゃまたです。管理人さん」
俺は急いで学校へと走り向かった。
息切れを起しながらもぎりぎりで遅刻は免れ、自分のクラスの戸を開いた刹那に皆が先ほどまで廊下で聞こえて来た楽しそうな笑い声が一遍しコソコソとした声でざわつき始めた。自分の席に座ると、まるで何事も無かったようにまた話し声が聞こえるようになった。回りくどく言うつもりもないので言ってしまうが、俺……双月 葵はイジメにあっている。とはいえテレビドラマでやっているような暴力を受けているわけでもなく教科書に落書きや上靴が隠されるという古典的なものでもない。そもそも本当にイジメにあっているのかどうか自分自身よく分からないのが本音で俺の単なる被害妄想であり社会不適合者の言い訳に過ぎないと言われれば否定できないくらいの話なのである。しかし俺は知っている。クラスメイトいや地域住民全員が裏で俺をこう呼んでいる事を―――“呪いの子”このあだ名こそが俺がイジメを受けているという確固たる証拠であり最大のイジメの要因であるのに間違いない。
俺は幼稚園の頃から人との関わりを拒んでいた。何かに付けても人と交わる際は同調性や他人を敬う心が必要となってくるわけであって5歳の子供同士とはいえ少なからずそれを思わなければ喧嘩したり余計にめんどくさい事態になる事は明白なのだ。そこで俺は1人静かに絵本を読んだり誰も来ない場所に行き青い空と流れる雲をひたすらに眺める日々を過ごしていたわけである。保育士の先生はそんな俺を心配して話しかけたり俺の両親に相談してはいたがその行為自体が俺の心情を理解していない象徴だった。当然そんな捻くれた性格が高々一年二年で直るわけもなく小学生になっても幼稚園の時の様な日々を過ごしていたわけで今思えばこれだけならただの変人だとか普通のイジメられっ子で止まり呪いの子だなんて物騒なあだ名が付く事はなかっただろうに。俺にその兆候が現れたのは忘れもしない小学校4年生の秋のことだ。下校途中の俺はいつも通りの道をひたすらに歩んでいたのだが偶々視界の隅に同級生のガキ大将であった瀬戸君とその手下の田中君、斉藤君が公園の広場の中心で何かを取り囲んでいるのが見えた。いつもの俺だったら触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに見て見ぬ振りをするのが普通なはずなのにその時はどうしたわけか3人が何をしているのか気になって仕方がなかったのだ。近づいて物陰から覗くと不気味な笑みを浮かべながら目線を下にしているので辿っていくと3人の足の隙間から黒いふさふさした物体が横たわっていた。顔を動かして角度を変え見やるとどうやら黒い物体の正体はここらへんでイタズラで有名な黒猫らしかった。しかし俺も一度見たことがあるから分かるのであるが黒猫は人間を見ると必要以上に警戒して近づけば威嚇するかさっさと逃げてしまうばかりであれほど近づくのは至難の業なのである。どうやったのか不思議に思っているとその答えは瀬戸君の行動で容易く導かれる事になった。次の瞬間右足を振り上げ黒猫の尻尾を思いっきり踏みつけたのだ。黒猫は悲鳴を上げるが3人はゲラゲラと笑うばかりで一向にやめようとはせずまるで石ころを蹴るように暴行してゆく。俺は可愛そうと思いながらもきっと誰かが止めてくれると信じ自分で助けようとはしなかったいや出来なかったと言った方が良いのかもしれない。ガキ大将である瀬戸君に逆らえばあの黒猫のように俺が虐待を受けるのだから……。だが俺や黒猫にとっても不幸なことに公園には誰一人として現れる事はなく次第に黒猫は声を出すのも苦しくなったのか抵抗もせずぐったりと地面に蹲っていた。これ以上は生死に関わるのは当時の俺でも十分理解できたが今行ってどうしろというのだ?「やめろ!可愛そうじゃないか」という言葉で正義の矛を突き出しても暴力という名の銃で打ち抜かれ終わりではないか。自問自答を繰り返しているうちに3人達の虐待は終わっていた。何もしなかった罪悪感とコレでよかったのだという自己暗示が頭の中で入り乱れ結局は黒猫を助けられなかった現実だけが残っていた。その夜俺は眠れなかった。目を閉じれは3人の笑みとボロボロになった黒猫を思い出してしまいあの場にいて何もしなかった自分が今になって憎く思う事に気づけばさらに自分が憎くて憎くて堪らなかっのだ。翌日の下校時、俺は3人の前に立ち塞がった。
「なんだお前?何かようかよ?」
瀬戸君が問いかけるが何も言わず拳を握り締めて3人の顔を睨み続けた。もちろんその後は誰もいない駐車場の隅でいじめられたのは言うまでもないが俺が泣き始めると3人は人目を気にしながら帰ってしまった。俺は殴られた痛みよりも強烈な矛盾でいっぱいだった。あんなに黒猫は必死に鳴いていたのにも関わらず3人は蹴り続け殺してしまったのに俺が泣いたら何をするわけでもなく行ってしまうのは何故なのか。猫と人間という種は違っても1つの命としては同じなのではないだろうか……。俺はそんな事を考えながら泣いていた。自分の愚かさと黒猫への懺悔と3人の行為の矛盾に。その夜は不思議と何の苦も無く眠ることができたがさらに不思議だったのは短いながらも見た夢の内容だった。俺が真っ白な部屋の中で唯一ある鏡の前に立ちずっと自分と見詰め合っているのだ。それでも目を覚ませばもう日は昇っていた。泣いたおかげで少し心が軽くなったおかげかもしれないが学校へ行けば今日からはイジメられる者となるわけで憂鬱がこみ上げクラスの自分の席に座る頃には心の重さは元に戻っていた。ところが今日はどういうわけかチャイムが鳴っても例の3人の席はもぬけの殻で担任も教室に来るのが遅い。数十分経った頃に担任ではなく教頭が教室に入ってきた。立っていた生徒達を少し焦ったような口調で座らせると、口重そうに話し始めた。
「え〜……皆さんも気づいている通り、瀬戸君と田中君、斉藤君がいませんが、今朝登校中に事故にあってしまって今病院にいます。緑内先生はそのため先ほど病院に向かわれました」
翌日3人の机の上には花が飾れしばらく小学校全体に騒然とした空気が流れた。後日談ではあるが3人の死因は大型トラックが交差点に突っ込み丁度渡っていた3人が巻き込まれほぼ即死であったという……しかし不可解な点が幾つかあり、彼らが渡っていた交差点は3人の登校ルートではまったくないことやいつも早めに来て校庭で遊んでいるのにも関わらずその日に限って遅刻ぎりぎりの時間であったそうだ。しかし事件性もないこの話は単なる不運な事故として処理され月日が流れて小学校も明るさを取り戻すのはそう遅く無かった。
兆候は限りなく小さなものだった。自分でも気付かないほど小さな―――中学生に上がり俺の性格は見違えるほど変化……するわけもなく誰とも交わらない生活を送っていたがこの中学校は俗に言うヤンキーという存在が多かったしその分だけ校風も荒れたものだった。そういう輩がいるという事は当然俺のようなひ弱な奴が大抵被害に合うわけであり放課後、校舎裏の誰も来ないベターな場所でカツアゲにあった。
「なぁ……俺今日金ないんだよねぇ〜。ちょっとでいいから貸してくんねぇかな?」
漫画のような台詞に思わず噴出しそうになったがなんとか堪えた。物腰弱い口調で下手に出ているようだが前傾姿勢でガンを飛ばされてしまっては元も子もないのではないだろうか。しかしこういうのは素直に金を出すのが定石というわけで諦めよく俺はポケットから財布を取り出した。なんの反抗も無く金を出されたのが意外だったのか自ら要求したのにも関わらず中々金を受け取ろうとせず、めんどくさくなってしまった俺は男の胸ポケットに金を押し込めその場を立ち去ろうとしたのだがこの行為が良くなかったと今思えば反省している
「おい、ちょっと待てよ。何勝手に帰ってんだ?」
意味がわからん。金が欲しいと言うからくれてやったのにこれ以上に何をしろというのだ。とはいえ無視するという選択肢は俺のなかには存在しえない。渋々ではあるが男の方へと振り向き微笑みぎみで
「まだ何か?」
と問いかけてみた。しかし男は無言のまま先ほどより睨みつけながら歩み寄りながら先ほど俺が入れた札を取り出したかと思えば、それをグシャグシャに破った上に地面に捨て踏みつけたのだ。あぁなんてもったいない。い〜けないんだ、いけないんだ。札を破ったら違法なんだぞ。逮捕されるんだぞ。バーカバーカ……なんて下らない事を考えていたら男の顔が目と鼻の先まで近づいていた。
「もっとびびれやぁゴラァ!!」
こ……こいつ、DQNか!?そう男は正真正銘の御馬鹿様であり金を出せというのは脅し文句であって実際はびびった奴の顔を見て楽しむのがこいつの目的だったらしい。無駄にガンを飛ばしていた理由はそのためだったのかと納得したものの相手方はびびらない俺がまったくつまらないらしく、しまいには胸倉を掴んだ上でびびれやぁと怒号を飛ばしてきた。正直人と接する事で抱く心情は憂鬱でしかないため恐怖心は皆無であり、うわ唾飛ばしやがってきたねぇなぁとくらいとでしかなかった。演技でもいいからびびった方が良いのだろうが……めんどくさい。
「テメェ……生意気なんだよ!!」
突然として男は俺の胸倉を離し顔面に拳をぶつけてきた。理不尽にも程があるが高々一発程度で切れるほど俺の心は擦り切れていない。これでこの無駄な時間が終わるのであれば万々歳である。ところが、男は俺ににじり寄り再び拳を振るってきた。一発……二発……三発と必要以上の暴力が行われ打ち所が悪かったのか視界がぼやけて来たが、男はやめようとはしない。意識が薄れゆく中この馬鹿面を必死に睨んでいた。
「(死んじまえ!……死んじまえ!)」
そう心で呟きながら。
何十分いや何時間寝ていたか分からないが、ふっと目を覚ますと空は既に黒く染まり無数の星が瞬いていたさすがに春になったとはいえ夜になれば冬の寒さが蘇り痛めつけられた体をいじめる。なんとか自分に鞭を打って立ち上がりフラフラになりながらも家へと向かった。何してんだろ?帰り道自分の弱さと社会の不公平さをかみ締めざるを得なかった。ついでに言わせてもらえば両親は深夜勤務のため俺が起きて学校へ行く時間や学校から戻ってきて寝る頃に2人が帰ってくることはまずない。だから俺が顔面にいくら傷を負っていようが気にする人間はいないのだ。俺の心がやつれた原因はここにあるのかもしれない。その夜、何気なく横になってテレビを見ていたと思えば良い具合にうとうとし始めなんの迷いもなく俺は睡魔に溺れた。再び目を開けるとあの白い部屋に立っていた。
「ここは……あの時の……」
何年ぶりとなるだろうか。たった一度きりでありながらずっと俺の頭の中から離れることのなかった夢が今一度見るとは。周りを見渡すがやはり目の前にある鏡以外は何もない。俺はどこか恐れながらも鏡の前に立ち自分の姿を見つめた。不思議にも自分の顔には傷はなくすっきりとしているが、顔を触ってみるとズキッとした痛みが走る。しかししかめっ面をしているはずの鏡の俺は何事もなかったように平然と顔に手を触れているどうやらこの鏡は普通の鏡ではないらしい……。よく鏡の自分に話しかけると寿命が縮むだとか幽霊が出るだとか噂があるが俺はまったく信じてはいない。逆に寿命が縮むのはありがたい事ではあるし幽霊が出て呪われる体験をするのもいいだろう。さらに言えば夢の中で夢みたいな噂を実験するなんてまさに夢のまた夢ではないだろうか。
「お前は一体誰なんだ?」
俺は自分自身に向かってそう問いかけてみた。もちろん返答はないしただ無音の世界が広がっただけである少しでも何か起きると期待した自分が情けなくなってきた。その後も同じ質問をしたり色々な事を試してみたが結局顔の傷の出来事以外に不思議な現象はなかった。そうなってくると余りにもつまらなすぎる部屋で夢なら夢でもう少しくらい面白みがあっても良いだろうに。いい加減目を覚まそうと思った時微かではあったが声が聞こえた。
「……俺は」
再び声が聞こえる。今度ははっきりとした口調で間違いない……鏡の方向から聞こえた。俺は生唾を飲み込み慎重に近づく。先ほどと同じ距離になった所で俺は意を決して問いかけた。数秒の間が心拍数を上げ自らの心臓の音がうるさいほど緊張させられた。額からは汗が垂れ始め気づけば身体全体が火照っていたが彼の前で動くことが怖かった。汗が一滴顎の先端から地面に落ちると同時に彼は口を開いた。
「俺は―――」
ハァ……ハァハァ。俺は激しい動悸で目を覚ました。汗が滝のように噴出し服やベットのシーツまで濡れていた。なんだっていうんだ一体……。彼がなんと言おうとしたのか、そもそもあの部屋自体何なのか理解できない状況が頭の中で渦巻く。とりあえず異常なまでに乾いた喉を潤すため台所に向かった。丁度よく買ってきた水を飲み干すと落ち着きを取り戻し服を着替えたがその夜の俺にもう一度眠る勇気と余力は残っていなかった。
椅子の上で体育座りして目の前に時計を置きひたすらにその針を見つめ続けた。やがて夜が明けようやく短針が6時を指すと俺は制服に着替え家を出た。無論、学校はまだ開いてはいないが一人でいるのが怖くてしかたがなかった……学校とは逆方向ではあるが24時間営業のコンビニへと向かった。三十代半ば位の男性店員がやる気なくレジの奥で座っているが人を見て安堵を覚えた。用があるわけでもなくコンビニで時間を過ごすとなればやはり本を立ち見するしかないだろう。俺の性格が捻じ曲がっているせいかこういった雑誌や漫画を見ても何の興味も興奮も湧かずひたすらに無駄な時間が流れる。ふっと気づけば窓の外は静けさが無くなり出勤の車やサラリーマンが横切っていく。早めではあるがと思いながら手に取っていた雑誌を元に戻し学校へと歩き出した。ところがこんな時間だというのに学校へ近づくたびに人の数が増えているような気がする。謎をかかえながらも校門にたどり着くと何台かのパトカーが来客者用の駐車場に止まっている。周りを見渡すと昨日理不尽な暴力を受けた校舎裏に蟻のように人々が集っていた。どこから聞きつけたのか野次馬根性盛んなおばさま方が大半である。泥棒かと最初思ったが学校に侵入する意味も分からず何か小さな事件だとしたらこれ程警察が駆け付けるわけがない。
「(何か大きな事件なのか?)」
気になりはしたがあの群れの中に突入するほど馬鹿ではない。俺は横目で見やりながらも教室へと向かった
次々と教室に入ってくるクラスメイトが真っ先に口にするのはあの出来事についてではあるが、盗み聞きをした結果警察がいるから何かあったのかと群がっているだけであり実際に何があったのか知る者はいないらしかった。やれやれ使えない奴らだ。まぁ本当に重大な出来事ならば担任から何らかの報告があるだろう……。
ところが、俺の予想は見事にはずれ担任が来てもいつも通りに進めるだけで警察に関しては一言もいわず、クラスの内の一人が質問してみたが
「その事については追って報告する」
といった具合に流され他クラスの教師も明言は避けたという。教師さえも報告しないというのは一体どういう事だろうか?その日の生徒達の会話は今朝のことについてでもちきりだった。しかし5時間目が終わった休み時間に話は急展開を向かえる。上級生からの話なので本当かどうかは分からないが、親が警察官という生徒がいてコネで今朝のことについて情報をもらったらしい。
「……岡崎が飛び降りた!?」
教室にどよめきが起きた。何より驚いたのは俺だった。B組の岡崎と言えば昨日俺を校舎裏に呼び出したDQNで間違いない。一時教室は騒然となったがまさか……な。といった顔を浮かべ苦し紛れの笑顔を見せていた。前にもこんなことがあった気がする……。そうだ、小4の時に同じことがあった。そうあれも俺と前日に絡んで起きた事故だったんだっけ。もしかすると俺をいじめると死ぬとか?……ふっ考え過ぎか。それこそまさかなという話だ。6時間目が終了すると緊急全校集会という名目で生徒達は体育館に集合させられたが既に噂が広まった俺らは教師達のいつもとは違う雰囲気に薄々ではあるが噂の内容が本当であることを感じていた。校長が壇上に上がるとざわつきは消え沈黙があたりを包んだ。一礼して瞼を閉じたまま冷静にそれでいて淡々と話を始めた。今朝の一連の騒ぎがある生徒が飛び降りたのが原因である事、そしてその生徒は残念ながら死んでしまった事、警察から事件性はなく自殺であると伝えられた事を……。終始実名を公表しなかった理由は分からないがそれは大人の事情というものなのだろう。その後黙祷が捧げられ集会は終わった。
結局俺が中学校に在学中に体育館で黙祷を行ったのは岡崎を含め5回。不幸な事故や通り魔的犯行の被害者などどれもこれも理由は違うが彼らには共通して前日に俺と関わっていたという事実が存在した。4人目あたりから周りからの目が違くなっているのを覚えている。無理もあるまい……もし俺ではなく違う奴が俺のように関わるだけで死んでしまうというならば俺もそいつを避けて通るだろう。
「お〜らぁ、席に着けぇ!!チャイム鳴っとるぞぉ〜」
このクソみたいな学校生活を続ける意味はないと分かっているが、どこか違う場所へと行く資金もなければ仮に行けたとしてその新たな地でも俺が呪いの子になる可能性もあるわけであり、それならいっそこの世とおさらばするかと考えれば投げ出す勇気もない有様なのだ。テレビドラマやアニメのような非現実な未来を待ち望むような心くらい持ち合わせていれば少しはマシなのだろうがね。長々と昔を思い出したせいか眠くなってきたな。少し寝よう……。
目を覚まし眠気眼で時計を見上げると4時を回っていて教室内は俺一人が残されていた。窓から校庭を見れば野球部と陸上部が溌剌と身体を動かしている。別にこういった状況は珍しくないし俺もなんとも思っていないから良いのだが、何時間も同じ体勢で寝ていたからか節々が軋むのが問題だ。俺はぎこちない歩き方でアパートへと向かった。アパートの前まで来ると例のあの人が今朝と同じ服装でホウキを持ち掃除をしている。
「おう、おかえりだね。坊主」
「ただいまです。管理人さん」
梅さんは何か不思議そうに俺の顔を見つめるので、どうかしたましたかと聞くと
「……坊主は帰宅部じゃなかったかね?随分帰りが遅いね」
まぁそりゃ寝て放置されてしまいましたからね。とはいえ素直に答えて心配されるのもめんどくさいので
「あぁちょっと色々ありまして」
といった風にテキトーにお茶を濁し部屋へと逃げ込んだ。梅さんはこの地域で多分唯一俺を普通に接してくれる人間である。俺が高校へ通うためアパートを借りた同時期にこの地域へ梅さんは来たらしいので俺の噂をまだ知らないのだろう。既に知っているのかもしれないがそれでもなお話しかけてくれるならば実に良い人間というものだしこれから知るにしても現状として話ができる人がいるのはありがたい。今は昔のように人と接する事を拒もうとは思っていない。あの頃の自分は常に少し手を伸ばせば誰かとは話せ関係を持つまではできたろうが今となっては何をすることもできず、それがいかに生きてゆく上で重要なのかを最近気がついたのだ
無くしてから知るほど無意味なものはない。
「おーい、坊主」
梅さん?何かようなのだろうか?玄関へと急ぐとガチャガチャという物音と共に梅さんが部屋に乗り込んできた。
「管理人さん!?」
「坊主、上がるね」
断る前に上がっちゃってますし……。いやそもそも扉には鍵をしたはずなんだが、不思議に思っていると梅さんが入ってきてから振り回してる金属片はよく見れば鍵の形をしている。
「いやぁ〜さっき話すはずだったんだけどすっかり忘れてね。今思い出して来たってわけね」
話すためにマスターキーを使ったのか。プライバシーのへったくれも無い人だな。
「……まぁせっかく来て頂いたんですからお茶くらい出しますね」
「おう、頼んだね」
お茶と言いはしたが水分補給としての意味合いでは基本水道水しか飲まない俺にはお茶なんていう代物はない。しかしさすがに客人に水道水を出すわけもいかず片っ端から戸棚を漁ると幸運にも何かの景品でもらったであろう昆布納豆麦茶と書かれたパックを発見することに成功した。組み合わせの問題はもちろん気にしたが企業側がOKと判断したならクソまずい商品を作るわけがないだろうし結局は麦茶と括ってるのだからお茶には間違いない!大丈夫だ。問題ない。パックにお湯を注ぐと和風ダシと腐った豆と麦の香りが鼻を擽った。あはは、そのまんまじゃねぇか!!誰だ大丈夫なんて言った馬鹿は。やばい……こんな汚物臭漂う液体を客人に出すくらいなら水道水を出したほうがまだマシなんじゃ……いや、まぁ待て俺。日本には古来から良薬口に苦しということわざがあるではないか。つまりこれもまたしかり、味どうのこうのは二の次で
「あぁこれ健康にとっても良いので飲んでください」
なんて風に言えばなんとかなるはず。いやきっとなんとかなる。とはいえ出した本人が味を知らないのはいささか気がひけるところだな。俺は恐る恐るではあるが昆布納豆麦茶を口に含んだ。あぁなんだろう、お花畑が見えるよ……あは、アハハハ―――
「坊主、一体客人待たせて何してんのね。なっ!なんで白目引ん剥いて笑ってるんだね!気持ち悪い」
その後梅さんの献身的な介抱で目を覚ました俺がこうなった経緯を話すと梅さんはのた打ち回るほど笑い悶絶していた。ようやく落ち着いた梅さんはさっき話すはずだった話を喋りだした。
「まぁ実はね坊主、話っていうのは坊主の親御さんについてなんだね」
「俺の……両親がどうかしましたか?」
俺の両親は前にも言ったように共働きの上に深夜勤務で忙しく会うことすら難しい状況で、このアパートに移住するので何度か会話して金だけは工面する約束を取り付けてからは音信不通の毎日だった。それに俺の性格も相まって親とは仲が悪いとは言わないまでも一般家庭に比べれば冷えたものだろう。
「黙っていてくれとは言われたんだが、あたしゃ昔から隠し事が苦手でね。それに内容を聞いた限りこれは坊主に話した方がいいと思ってね」
「はぁ」
「今日の昼に、坊主の親父さんがこのアパートに来たんだね。本当は坊主に直接話したかったらしいんだね。でも会えないなら意味がないから黙っていてくれってね。」
「親父が?一体なんでですか?」
いやそもそも、いつもならその時間は爆睡しているはず。
「親父さんの仕事の関係で明日からアメリカに行くそうなんだね。それでお袋さんも一緒に連れて行くという話だったね。……いつ帰ってくるかは分からないそうだね」
「そうですか」
あっさりとした返事に梅さんはめんを食らったようだった。アメリカ?そう、いいじゃないかな。今更何を言いに来たかと思えばそんなものか。
「随分、落ち着いてるんだね?」
「俺と両親は昔からすれ違ってばっかりで、まともに会った記憶もありません。それこそ相手がどこか遠い国にいるような生活でしたから。だからこそ親父も伝える必要はないと思ったんでしょう」
「なるほど……ね。すまないね余計なお世話だったね」
「いえいえ、心配させてすいませんでした」
そろそろ帰ろうかと言ってくるような雰囲気だったのだが、梅さんがふっと時計を見やると急に悩ましい顔になりそそくさと台所へと向かい勝手に冷蔵庫や戸棚を物色し始めた。
「なっ何してるんですか、管理人さん」
「いやぁこんな時間で腹が減ったしね。それに坊主を見て前々から気になってたんだが栄養あるもんを食ってなさそうだからね。丁度いいからあたしが作ってあげようと思ってね」
「そんないいですよ。俺はちゃんと食べてますから」
「いいからいいから。遠慮しないね」
何度か断ってみたがそ知らぬふりをして流しに積まれた食器やフライパンを洗い始めた。結局梅さんの強引な手でその場を流されてしまい今日の晩飯は梅さんの手料理を頂くのが決定してしまった。しかし誰かが俺のために台所に立つ風景は新鮮だったのは白状しよう。梅さんの手際は家事の苦手な俺から見れば神がかった速さで山のような洗い物は消えていった。
「さてとこんなもんだね。片付けは終わったし次は調理……と行きたいところだけどね」
無論この部屋に食材という食材が転がっているわけがなく、冷蔵庫は新品同様の保管状態であるため調味料すら無い状態である。
「よくもまぁこれで生活できるね、坊主」
「それほどでもあります」
「褒めてないね。しょうがない買出しに行くしかないね」
梅さんは手短にあった紙の余白にスラスラと何かを書いていくとその部分だけを破りそれを俺に手渡した。ちなみに今俺の目の前で破られた紙は明日学校へ提出しなければならない進路選択の紙なのであるがまぁいいや。紙には、にんじん・たまねぎ・じゃがいもetc...が細かく書かれていた。
「えっと〜これは何でしょうか?」
「何って買ってくる物の一覧に決まってるね」
「誰が買ってくるのでしょうか?」
「何のためにそれを書いて渡したと思ってるね?」
「ですよね」
薄々分かってはいたが、強引に手料理を振舞うと言って始めたかと思えば買出しをしてこいというのはどこか違う気がする。
「何か文句あるのね?」
「いえ、まったくもってございません。有難くいってきます」
「おう、いってらっしゃい」
上着を羽織い外へ出ると先日からの冬の黄昏も止んでいて暖かさを感じた。梅さんにもらった紙を握り締めスーパーまでの5分程度の道を歩き始めた。到着すると俺は予め用意しておいたマスクを付け入店した。噂が広まって以来どこへ買い物をしてもレジ係の人間が怯え切った表情を浮かべたり全身が震えていたり、終いには逃げ出した店員さえいた。だからこういう時は顔がバレないようにマスクを付けることにしている。時間が時間だけに店内はガラガラで従業員の多くは暇そうにしている。そんな様子を眺めながらも食材を次々とかごの中へと入れる単純作業を繰り返し、考える必要もないためか買い物はすぐに終わった。いくら早く終わったとはいえ待っているのはあの梅さんであるから遅いだとか文句の1つくらい平気で飛ばしてくるだろう。ずっしりと重い買い物袋を持ちながら足早に帰路についた。しかしどうやら俺の人生に順調という言葉はないらしい。あと数十メートルという場所で全身黒ずくめの男達が立ちふさがったのである。見るからに怪しい上にどうも殺気立っている。瞬時に俺の脳内には選択肢が浮かんだ。1.戦う2.とりあえず謝る3.仲間を呼ぶ4.逃げる。1は確実に死亡フラグだとして3なんて仲間いねぇし。逃げても回り込まれて終了。2に決定だなこりゃ。
「すいませんでした。どちら様か存じませんがどうか穏便にお願いします」
瞬間、頭を下げ地面を向いているはずなのにも関わらず次に目を開けると夜空が見える。ッツ……。どんどんと顔面に痛みがこみ上げて来たかと思えば鼻から液体が滝のように流れ出てきた。どうやら目の前の男が膝蹴りを食らわしてきたようだった。
「ごめんなぁ〜。葵君。どんなに謝られてもやめる気はさらさらねぇんだわ……呪いの子なんていると皆安心して生活できないわけよ。それにそんな化け物を倒したなら恨まれるどころか感謝されるっしょ。一石二鳥っつわけで、死んでくれるかな?」
真正面から2人来たかと思えば右からも左からも襲いかかってくる。やはりよくある戦闘シーンのように一人ずつ向かってくるわけがないか。しょうがねぇ……思う存分殴ればいいじゃねぇか。顔面はもちろん脇腹、みぞおちに背中へと殴られ続けながらも俺はまったく別の事を考えていた。
「(あぁ。梅さん待たせてるや。どうしよう……怒ってるかなぁ)」
その時、男たちの身体の隙間から梅さんの姿が見えた気がした。まさかと思いもう一度同じ場所を探したがやはり誰もいなかった。死ぬ間際の幻なのかもしれない。もはや立っているのが難しく膝が折れ地面に倒れた
「死んどけやぁあああ!」
「(テメェが……死にやがれ)」
……?止めの一撃を食らわせるのかと思いきや何もしてこない。それどころかあんなに人数がいたのに周りは静まり返っていた。俺はなんとか腕を支えにして上体を起こすと目の前に白髪が靡いていた。
「管理人さん!?」
「遅いから迎えにきてやったね」
「誰だ?このクソババァは?」
梅さんは止めの一撃のはずであった拳をがっちりと握り抑えている。男は精一杯に力を入れてるのにも関わらずビクともしないのである。
「随分とあたしの住民を痛めつけてくれたね。お返しはきっちりさせてもらうね」
握っていた拳を捻り上げると男は汚い悲鳴をあげその場に倒れた。その様子を見た他の仲間は若干びびった感じではあったが相手が年老いた女性ということで引くに引けなかったのであろう。一斉に梅さんに向かって殴りかかったが、全ての腕はカスる事もなく一人、また一人と一撃で男達が倒れていく。それからはあっと言う間の出来事で彼らが引き上げるまでそう時間は掛からなかった。
「ありがとうございます、管理人さん」
俺は深々と礼をしたが梅さんは何の返答もなくツカツカと俺の側へと歩いてくる。不思議に思ったが何故か話しづらい雰囲気なので黙っていた。マジマジと俺の顔を見つめ終わるとふぅとため息がこぼれる。
「やっぱり坊主だったね」
「えっと……何がですか?」
「話は後だね坊主。アパートに戻るね」
話が見えないまま俺は梅さんの言われるがままにアパートへ戻った。梅さんにとりあえず傷をどうにかするように言われたのでいつものようにテキトーに治療し終わるとようやく口を開いてくれた。
「まぁ……あれだね。まだ“見えてる”から鏡で自分の目を見てくるといいね」
「鏡ですか?」
理由を聞いても答えてくれそうになかったので服従して壁に付けられた小さな鏡を覗き込んだ。
「目……目が青い!?」
見間違いかと思ったが、必要以上に瞬きをしたり目をこすったりしても左目は青く染まっている。
「どうして?なんで目が青く?」
「それはだね坊主。坊主が……邪眼を持ってるからさ」
-
2011/05/08(Sun)20:10:16 公開 / 葛西妃緒
■この作品の著作権は葛西妃緒さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
ご一読して頂きありがとうございました。
震災前に書き始めたのですが、色々とありましてGW中に巻き返そうと頑張りましたが結局さわりの部分までしか書けませんでした。すいません。
御感想・助言・ミスの発見がありましたらお気軽にお願いいたします。
ただ、これから学校が始まるので続編や書き直しは遅くなると思いますがご了承ください。