- 『悪霊退散っ!』 作者:音乃 / リアル・現代 ファンタジー
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全角2202文字
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原稿用紙約6.95枚
僕は、いつだって諦める人生だった。どんなことをされても我慢して、耐えて、そうやって生きてきて、これからもきっとそうやって生きていくんだろうな……そう思っていた。そんなとき、彼女が現れた。誰よりも強く、誰よりも美しい、留美(るみ)と名乗った彼女は、僕の家に住み始めることになる。だけど、それはきっと物語の幕がやっと上がった程度にすぎない。だって彼女は、丑三つ時の悪霊だから……
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――プロローグ 丑三つ時の悪霊――
『ボコッ!』
脳天に響くような鈍い音が聞こえると同時に、僕は宙を舞っていた。
殴られたんだ……そう気付くまでにそんなに時間はかからない。そのまま汚い裏路地に捨てられた生ゴミの袋へと頭から突っ込む。何かが醗酵してできた茶色い液体の酸っぱいようなすえた匂いが鼻についた。
(ああ、ボコって音がするからボコられるっていうのかな?)
誰かに頬を思いっきり殴られたにもかかわらず、僕はいつも通り冷静だった。だって、殴られることには慣れている。小学校から、今の高校に入るまで、僕はいつでも人に殴られる立場で生きてきた。そして多分これからも……だから諦めるしかないと思っていた。
事の始まりは家で飼っている猫が脱走したことからだった。
我が家には二匹の猫とその間に生まれた四匹の子猫がいるが、洗濯物を干しているうちに窓を開けていたことを失念し、全員が脱走してしまうという事件が起きた。だいたいそれが午前一時過ぎの話。
それから三十分ほどで親猫と三匹の子猫は無事帰還したものの、最後の一匹だけが帰ってこなかった。
一番器量のいい子猫だっただけに、僕は心配になって近所を探しに出た。猫餌の缶詰をスプーンで叩きながら名前を呼んで回る。
気付けば、家からは七百メートルほど離れた商店街の入り口まで来ていた。
僕の住む町は、それなりに栄えている。全国チェーンの大きなスーパーは元より、CDショップ、車の販売店や国立病院だってあるし、僕はまだ入ったことはないけど、キャバクラやパチンコ屋だって沢山ある。
そして、町が栄えているということは、それなりに色々な人種がいるわけであって……ついさっきの話になるが、僕はその中の一人と肩をぶつけあってしまったわけだ。
「いたっ……あ、すみません。余所見……」
「ってーな! どこ見て歩いてんだぁ?」
僕の謝罪の言葉は最後まで相手に伝わることはなかった。
それから僕は人気のない路地にまで連れて行かれ、そして今に至る……というのがここ一時間で起きた事件の経緯だ。
「おめーよぉ、人にぶつかっといてワビも入れネェのか? あぁ?」
不良グループ(後から三人ほど現れた)のリーダーと思われる一人が僕を睨みつける。
殴られた左頬はすでに腫れはじめ、左目はあまりよく見えていない。右目だけで相手の顔を見ると、まゆげ無しのパンチパーマが僕を覗き込んでいた。
(昔の不良かよ……)
思いはするが、それを口に出せるわけでもない。それに、いくらファッションが古かろうが、相手が僕より強いことには変わりないし、それで恐怖がなくなるわけでもない。
「す、すいませんでした……」
そう、僕にできるのは相手の怒りが収まるまで謝ることだけだ。痛む体を無理やりに起こし、頭を下げる。
「聞こえねーよボケ」
さらに僕のお腹めがけて足が飛んでくる。
「ぐほっ……」
息ができない……同級生にお腹を殴られたことはあるけど、やっぱ本場の蹴りは威力が違う。
「あっはは! ぐほっ……だってよ! ダッセェなオメー」
耳障りな笑い声の四重奏が不快だ。おしりや足が冷たいのは、生ゴミの袋から出てきた液体のせいか、それもまた僕の心を深く落ち込ませていく。
そして、もう完全に五体満足で家に帰ることを諦めかけたとき、僕の目に信じられない光景が飛び込んできた。
女の子が、壁に立っている。
ロリータファッションに身を包んだ少女が、左右を挟むビルの壁の右側に立っていた。まるでこっちが壁に張り付いているんじゃないかと錯覚するくらいの自然さで。
「情けないわねーアンタ」
こっちを見ながら笑っている顔に、僕はこんな状況にもかかわらず、心拍数を上げてしまった。顔も熱い、きっとこれは殴られたからじゃない。
「どうする? 助けてあげよーか?」
そのスカートも、髪の毛も、重力を完全に無視しているようで、本当にこっちが異世界にいるんじゃないかと思えるような、そんな普通の顔で、少女は僕に尋ねた。
「え……あ……」
答えることができない。頭が追いつかないってこういうことか……頭ではそんなことを考えているのに、質問に対する回答を口から出すことができない。
「そんな余裕ないかー、アンタ弱そうだモンね」
少女はそう言うと、深夜だというのに差していた日傘をたたむと、跳躍して『僕側の地面』に飛び降りた。
「なんだオメーは」
不良たちも、異常な光景に目を奪われていたらしいが、それもつかの間、突然現れた乱入者に警戒の姿勢を見せる。
「おいおい、よく見りゃカワイイ顔してんじゃねーの」
「ホントだ、いい女だぜコイツ」
「りょーちゃん、どーする?」
りょーちゃん、どうやらこいつがこのグループのリーダーらしい。そのりょーちゃんは、ゾッとそるような不快な笑みで、彼女に近づいた。
「持って帰るしかねーべ」
やめろ! そう言いたかったけど、体も頭も動かない……恐怖に縛られた自分を呪いながら、固く目を閉じようとしたとき、僕の耳に想像もしてなかったセリフが届いた。
「アンタら、なんか勘違いしてない?」
月明かりに映る少女の横顔は、歓喜に打ち震えているようで、少しだけ……笑っていた。
そこから、本当の地獄が始まった。
時刻は、午前二時。
僕の人生を大いに狂わせる、丑三つ時の悪霊が現れた瞬間だった。
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2011/03/27(Sun)07:17:09 公開 / 音乃
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■作者からのメッセージ
なんだか久々に書いてみたくなって投稿してみました。
なんか書いてないとどんどんダメになっていくみたいですね(汗 うまい表現法が思いつかなくて悶々としています。とりあえずはプロローグだけ……
リハビリがてら書いていきますので、よろしければごらんくださいませ。