- 『弱虫カブトと白衣のウサギ 【序章〜一章途中】』 作者:木ノ葉のぶ / 異世界 ファンタジー
-
全角6127文字
容量12254 bytes
原稿用紙約19.25枚
世界のどこかにある、知の国と剛の国。その二国をつなぐ、冴えない少年と白衣の少女の物語。 互いの世界で必要とされなかった者同士が、もし、偶然にも出会ったとしたら。そんな話です。
-
零 圏外と公衆電話
国にひとつしかない公衆電話めがけて、彼は走った。
この時間帯なら空いているはずだ。
広場の時計を見る。四時五十六分。急がなければ。
夕暮れが、街全体を染めてゆく。行く人も急ぎ足だ。
五時の鐘が鳴り終わる前に、たどり着かなければ。彼は石の階段を一段飛ばしで駆け上がる。
彼女の心がどうか圏外でありませんようにと、祈りながら。
一 白衣と宿題
何やら外が騒がしい。
馬車の軽快な蹄の音や、見回り兵たちの怒鳴るような大声は普段通りでも、何か違った雰囲気が漂っている。
窓からそれをちらりと見たカブトは、読んでいた本に目を戻し、しばらく一点を見つめてからまた、埃っぽい館内に目を泳がせた。
一応掃除はしてあるものの、ひどくさびれた匂いが漂うのは、この図書館の利用者があまりに少ないからだろう、と考える。
「何か外で起きているようですね」
二階から降りて来た金髪の女性が、分厚い本を落とさぬようにゆっくり足を進めて来た。
「ん、何だろうね。多分俺らには関係ないけど」
額、そして目元までを覆いつくすように隠している前髪の奥から、少年の目が光った。
「そうですね。あ、お探しの本は見つかりましたか」
「ううん。まあ、もういいや。ここにないってことは多分どこにもないから、諦める」
剣術が上達するような本は、置いていないのだろうか。古文字(ルビ:いにしえもじ)に頼ることしか、今の彼にはできない。なんとかならないだろうか。
「一般の母国語で書かれた本なら他にあるかも知れませんよ」
「いいよ。別に大したことじゃあない」
奇妙な絵と記号が混じったような、一見すると末恐ろしい迷路のような分厚い本の一ページを閉じると、少年は席を立って彼女に一言訊いた。
「パロさん、帰ってくるらしいな」
「はい。近いうちに博物館の方から一時こちらに戻られるそうです。カブトさんがお話したがっていらしたとお伝えしましょうか」
「ああ、よろしく」
「かしこまりました」
深々と頭を下げた司書の少女を残し、カブトは図書館を出た。
カブトが感じた外の微妙な違和感は、彼が通りの反対側に目をやった時にその正体を現した。
煙る土埃の向こうに、何か白いものが見える。それをとりまく小さな人だかり。 目新しい珍獣でも持ち込まれたのだろうか。それとも奇術師の新しい手品か。鎧の兵士たちの大群や売り子たちの溜まり場を巧みに避けながら、カブトは目を凝らしてそれに近づいた。
人々の間をすり抜け、それの姿がカブトの目にくっきりと映った時、彼は息を飲んだ。
確かに珍獣といえば珍獣だった。
人の子。女。
女の子。
女の子が、道のはじっこ、大男なら気付かず蹴り飛ばしてしまいそうな所にしゃがみこんでいた。周囲の人々は、彼女の放つ異様さに立ち止まったり、じっと見つめたりしては、しばらくして離れていく。
白ウサギを思わせる赤くて少し濁った目と、やけに整ったおかっぱの真っ白い髪の毛、幼い顔立ちと、そのしゃがむような変な姿勢から、年は全く見当がつかない。しかし、地面の石ころや砂を細い指でいじくりまわしている姿は、母の帰りを待つ幼児のようにも見える。もし彼女が小柄でなかったら、あと、胸元を見ていなかったら、男だと思っていたかもしれない。
これがただの物乞いとか迷子だったら、通りを行く人々は気にも留めなかっただろう。
その人目を一気に引いたのは、その姿からだった。
全くどんな洗い方をしているのか、真っ白に輝くシミ一つない白い服――彼女の肩から足先まで届く長いもの――を着ていた。いわゆる白衣というやつだ。しかも、ぴっちりとボタンを閉めているのではなく、肩にかけるようにしてつっかけているだけ。地面について少し裾が土色になっている。
頭には巨大な眼鏡、ゴーグルとでもいうのだろうか、何に使うのか分からない不格好なものが乗っていた。レンズ部分は透き通っている。
白衣の下にまとう服も、この国では絶対に見られない。派手な桃色をした、胸部分が大きく開いたシャツと、脚部が見えるやけに短い衣類を付けているだけだった。
彼女の、白く柔らかそうな両脚とむきだしの膝が目に入り、カブトはゾクリとする。この国の女性は皆、長いスカートが主流だ。脚を見せるというのはありえないし、はしたない。
ふと、彼女が顔を地面から上げた。
ぱっと目が合う。
それは、きらきらした純粋な子供のようで、冷たいガラスでできた、人形の目のようにも見えた。
「……なんか」
彼女が呟いた。近くに居るものでも聞き取れないような、くもぐった声。
「なんか、くる」
その瞬間。
わあっと、後方で人々の叫びと金切り声が上がった。
「暴走だ!」
「暴れ馬が来るぞ!」
「逃げろ!皆逃げろお!」
行き交う人が一気に道の端へと殺到する。通りは一気に混乱状態となった。
角を曲がって表れたのは、狂った馬と、誰も乗っていない馬車。御者も見当たらない。
馬は何かに脅えるように目を剥き、ここがどこかも分からず、その全てを轢き殺そうと暴れていた。人々の顔が恐怖でいっぱいになる。出店の骨組みや、置き去りにされた商売道具が、無残な音を立てては蹴り飛ばされ、踏みつぶされた。
馬が嘶いて、突然体の向きを変えた。
焦点の合っていなかった目が、カブトをとらえる。一気にそちらへ傾く馬と馬車。
今さらどこへも逃げられない。後ろの少女のことを考える余裕さえなかった。
耳を塞ぎたくなるような蹄の音。視界が暴れる物体で覆われる。
あ、やばい。
死ぬ。
目の前に蹄が振り下ろされる。
一瞬のうちに頭の中に反響する絶望と共に、カブトは目をつぶった。衝撃に耐えようとする体に、嘶きが降りかかる。
カブトにとっての長い時間が過ぎた。喧騒だけ。衝撃は来ない。
気がつけば人々の絶叫が驚きへと変わっていた。
うっすら目を開けると、馬の顔がすぐそばにある。鼻息は荒いものの、顔つきが穏やかだ。
「ねえってば」
見上げれば、背に誰か乗っている。
「ちょっと、大丈夫?」
白衣の少女は、尻もちをついたままの少年に、手綱を握ってそう声を掛けたのだった。
「女に助けられるって、どんな気分?」
「別に……。死ななくて良かったってだけだよ」
まあ不名誉かもーだよね、とメニューを見ながら同じテンポで返してくる彼女は、まぎれもない、さっきの白衣少女だった。
カブトが馬に轢かれる直前、どうやったのか無人の馬にまたがった彼女は、その腕力と手綱の扱いだけで、馬を制御した。
目を見張る人々、やってきた警官達を前に、静かなところへ行きたいと彼女が頼んできたので、カブトは人ごみにまぎれてこっそりとこの小さな飲食店へとやってきた。客は昼食の時間にしては早いのでまだ数人。食べ物の種類は豊富で、ここらでは穴場である。酒場に似た活気のある雰囲気と、暗い店内なのに温かい感じがカブトのお気に入りだった。
牛乳とオムライスの大盛りという良く分からない注文をした少女は、楽しそうに少年に話しかける。
「あたしも馬って乗ったことなかったから、ちょいびびったけど……まあ可愛かったな」
「かわいい……?」
「今度うちで飼いたい、なんちゃって」
へにゃりと顔を歪めて笑う。少しハスキーな声でけらけらと笑う。
「あたし、この国に遊びに来たんだけど、すぐ迷子になっちゃって。なんかいい方法ないかなーって考えてるうちに、人いっぱい来ちゃってさ」
土くれをいじる姿はどう見ても観光客に見えなかった、とは言わなかった。
「……なあ、君って知の国から来たんだろ?」
「あたし? うん、そうだけど」
ああ、やっぱりと、カブトは呟いた。
剛の国、つまりはカブトの住んでいる国では、こう教えられる。
世界は二つの国でできている。
ひとつは、ここ、剛の国。
もうひとつは、海を隔てた、彼女の住んでいると思われる、知の国だ。
世界はこの二国と、海だけしかなくて、あまり遠くまで航海すると、世界の終りの淵まで行って、まっさかさまに落ちてしまうらしい。無論、カブトがそれを全て信じ込んでいるというわけでもないが。
もともとは一つの国だったらしいが、はっきりしたことは分かっていない。どちらも全く違った文明の発展をとげて、今に至るとされているが、実際カブトは知らない。
正直、ほとんど知らないのだ。
隣にある同じくらいの規模の国だが、住む人や国のあり方は全く違う。それぐらいなのだ。資料も、教師からの解説もない。あるのは先祖からの言い伝えくらいである。
よくわからないし、必要以上に干渉する必要もない。それが、剛の国の考えだった。
「どうしたの? 難しそうな顔してるけど」
「ああ、いや、俺、他の国に住んでる人見るの初めてだからさ。なんつーか、ちょっと驚いただけ」
むしろ、知の国のことを良く思っていない人はたくさんいる。知らないものというのは大抵奇妙に見えるものだから。きっと彼女を囲んでいた人々は、侵入者を見るような疑いと奇異の目で、彼女を見ていたのだろう。
「そっか。あたしも海外旅行はこれが初めてなんだ。全部初めてだからもうびっくりだよ」
笑いながら彼女は運ばれてきたオムライスにスプーンをぐさっと突き刺して、慣れない動作で口へ運ぶ。初めてなのだろうか、目を輝かせてすごい勢いで食べている。カブトが頼んだニンニクカレーはまだ来ない。
「そういえば、名前、なんていうの」
「む、あたしの?」
「うん」
「正式名称で言った方がいい?」
口をもふもふさせながら聞かれた。正式名称があるくらいだ、すごく長くて、もしかしたら王族の娘とかなのかもしれない。カブトが頷くと彼女は口に入っていたオムライスをごくんと飲みこみ、それを言った。
「19P7730LT64」
「え?」
「だから、19P7730LT64」
「え、ちょ、ちょっとまっ」
「だーかーら、19」
「ストップ、ストップ!」
「何でよお。正式名称って言ったのあんたでしょう」
「俺は、君の『名前』を教えてって言ったわけで、そういう国に登録された番号みたいなのは……」
とたんに彼女――もう何て呼べばいいか分からない――は目を丸くした。
「え……今のがあたしの名前だけど……?」
心の底から困惑した表情を浮かべられ、カブトの方が困る。
「……じゃあ、いつもは、その、どうやって呼ばれてんだよ、友達とかから」
「ううーん、知の国では基本的に名前で呼び合う習慣はないんだよなあ。あだ名とかは付けるんだけど。誰かを呼ぶ時も『ねえ』とか『おおーい』とか」
「人が大量にいるときは? 誰が誰だかわかんなくね?」
「そういうのはコンピューターが何とかしてくれるから別に」
突然自分の知らない言葉が出てきた。
「コンピューター?」
「あれっ、知らない? まあ、この辺じゃあ見かけないかあ。まあでも、あたしあだ名があるからそっちで呼んでほしいな。ジャンヌっていうの。あんたは?」
「……カブト」
「虫と一緒だねえー。凄い!」
何が。めずらしいと言われるより酷い気がした。
「……。知の国ってのは文字通り凄い技術が色々とあるらしいな」
「凄いって言うほどじゃあないよ。まあ確かに、時速三百五十キロの乗り物とか、タッチパネルとか、自動で動いてくれる階段なんかは 剛の国にはなかったけどね。って、何でそんな幽霊でも見たみたいな顔してんの」
カブトの頭の中知の国想像図は、少女の迷い込んだおとぎの国のような状態になってしまった。
「普通に考えてありえないだろ、それ……」
「そう? こっちに遊びに来てみればわかるよきっと」
不思議の国生まれの少女はまた笑った。赤い目が宝石のようだ。口元のご飯粒がそれを台無しにしているが。
「で、そのハイテク王国の女の子が、剛の国なんかに何の用なんだ?」
「あー、それにはいろいろあってなあ」
いつのまにか空になった皿をどけ、水を一気飲みすると、彼女は話し始めた。
「あたし、結構有名な中学通ってるんだけどさ」
「中学?」
「ああ、そっか。えっと、あたし今十五才なんだけど、あんたは?」
「数えで十六だから、同じだ」
「おお! びっくりだね。中学は、十三才から十五歳までの人たちがかようとこ。まあそこでさ、あたし結構頭悪くってさ、高校……十六才から行くところね、に行っちゃいけませんって校長から言われちゃって」
「頭が悪いから進学できないってことか?」
「そう」
それはつまり、目の前の彼女の試験の点数が悪かったり、学校内暴力なぞというものを起こしているということなのか。喋り方やしぐさは変だが、そこまで馬鹿にも見えない。馬鹿の振りというのか、ちゃらんぽらんというには少し違って見える。カブトは少し疑問に思いながらも先を聞く。
「それで、『どうしたら高校行かせてくれますかー』って聞いたら、『春休み中にちょっと他の国にでも行って修行してきなさい。そんですごいもの見つけて、すんごいレポート提出したらおっけー』って言われたから、こっちに来たんだよ」
さっきの言葉は訂正。やっぱりただの馬鹿だとカブトは心中で呟く。
「適当だな、校長」
「まあね。馬鹿なやつはいらないのさ、知の国ではね」
そう言葉を吐きだした彼女は、どうしてか悲しそうに見えた。
「つまり、剛の国に一時留学して人生修行をしてこいと」
「そんなとこ」
「めずらしいよな。剛の国の人間が知の国に行った話もあまり聞かないけど、知の国の人がこっちに渡ってくるのも初めて見たと思う」
「そうなんだ。道理であたしのこと皆が見てくるわけだ」
「正直、あれだけ見てくると迷惑だよな」
まるで見世物小屋の獣になったような錯覚を、あの瞬間だけでもカブトは覚えた。
「まあ、しょうがないよ。それに、この国に来たわけはもう一つあるんだ。小さい頃に知の国であたしが会った人がさ、剛の国の人で、その人に渡したいものがあるんだ」
「へえ、どんな?」
「教えたいけど、それなら……」
彼女はこっちを振り向いた。
なんとなくした嫌な予感は的中しそうだ。
「お願いが、二つあるんだよ」
にんまり笑う口元が、可愛いというより、怖い。なんか。
「一つは、もしよければ、今日一日私の観光案内をしてほしいんだ」
来ると思った。
「もう一つは、この昼ごはん代を君に払って欲しいんだ!」
それは来ないと思った!
「いや、少しは金持ってるだろ!」
「残念ながら来るときにこっちの通貨に両替するのを忘れたんだなあ!」
元気よく俺の知らない紙幣がぐしゃぐしゃ詰まった財布を見せてきやがった。
ちくしょう、これが男だったら断固拒否だ!
「わかったらさあ行こう!」
「ちょ、俺まだカレー食べてな……」
「お客様、こちらニンニクカレーになります」
「うわああああとで食べます! ついでにあとでお金払いますから!」
全く格好良くない捨て台詞を吐いたカブトは、女の子に引きずられながら、少ない客とウエイターに変な目で見られながら店を後にした。表はまだ明るい。
-
2011/01/24(Mon)19:17:54 公開 / 木ノ葉のぶ
■この作品の著作権は木ノ葉のぶさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
稚拙な文章をここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
はじめまして。木ノ葉と申します。
授業で短編小説を書いたのがきっかけで、突然長編を書いてみようという無謀なことをしてしまいました。右も左もわからない初心者です。この投稿もはたしてちゃんとできているのか……。
投稿は原稿用紙で10枚以上とありますので、もっと書き進めてからのほうがよかったのでしょうか。また、はじめの『零』の部分、短いのであれは序章にあたるのかがわかりません。ああいったものはつけないほうが良いのでしょうか。幼稚な質問で申し訳ありません。
良ければ間違いの指摘、アドバイスなどいただければ幸いです。