- 『友人のふり』 作者:やるぞー / リアル・現代 未分類
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全角4867文字
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原稿用紙約14.45枚
二人の男が軽トラに乗って飛び出した。国道を海に向かって突き進む。海に向かうには理由があった。友人が攫われたのだ。
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二人の男が軽トラに乗って飛び出した。国道を海に向かって突き進む。
海に向かうには理由があった。友人が攫われたのだ。
シーン1・やや怯える尾田義人とポテチをつまむ高原浩司。冬。
三人で会う約束をした日、どういうわけか、そこには二人しかいなかった。
めんどくせぇ。あーめんどくせぇと尾田義人は思った。ここぞとばかりに棚からスナック菓子を盗み取り、ついでに一枚の写真を何処かから取り出してきた。ドアーを体当たりで開いた。
そのリビングには、尾田の振る舞いと無縁の雰囲気が漂っていた。間接照明が仄かなオレンジ色に壁を染め上げ、シックで落着きのある、とても上品な空間を演出していた。一部屋とは思えない広さだった。これがマンションの最上階というのだから驚くべきことだ。
向かいの壁際には、ハメ殺しの大きなガラス窓が一面にあった。基調の整った黒のアイアンレールから、上質なドレープカーテンが流れそれを覆う。不夜城と化した街が放つ、眩いほどの絶景をひた隠していた。
尾田は眼に届く僅かな薄あかりを頼りに歩いていき、黒皮モダンソファに腰を下ろした。先客はすでに隣に居て、正面の薄型テレビが流す洋画に見入っていた。
時計の針は夜九時を少し回ったところ。ゆったりと息を吐いた尾田は、おもむろにガラステーブルへとその一枚を滑らした。それからスナック袋を中央から裂くように広げ、立ててあったグラスに赤ワインを注いだ。勢いに任せて入れたのでグラスが少し傾いた。コルクが転がって闇に落ちた。
空気を纏った一枚の写真は摩擦を躱し、風に乗ったまま、ピッタリと彼の手元にまで届いた。
高原浩司は、さっそく流れてきた写真を摘み上げた。60インチある薄型液晶テレビの発する光に、それを翳す。写真は、驚くべきものだった。少なくとも、彼らにとってみては。
「……おいお前、どっからこんなものを」
高原は激しく、嬉々として唸った。
それは、まさに予想通りのリアクションだった。尾田は面白くなり思わず吹き出した。
写真は昨夜、たまたま部屋の整理をしていた時に出てきたものだった。書斎の引き出しの奥、カバーもかけられていない粗野な格好で、一枚だけひっそりとしていた。
なぜあの写真があんな暗い場所にあったのかを、尾田は知っていた。自分で隠しておいたのだから、当り前のことだ。知っていて、おそらく記憶から抹消していたのだと思う。本当は自分でもわからなかった。
確かに当時の自分にとって、やや不愉快なエピソードを含んだ写真ではある。が、今となれば、少なくとも一つの笑い話には出来る。そう思えたから、尾田はこの写真を持ち出してきた。
真夏の海の写真。四人の思い出。
高原はそれを見詰め、なにやらじっくりと物思いに耽けているようだった。光の加減によるのだろうが、なんとなく、そこには頬笑みと少し感傷的な面影があるような気がした。
まぁ、気のせいだろう。尾田はワインを喉へ流し入れ、やっぱりワインよりビールがいいなと思った。ビールのほうが根本的に好きなのだ。甘いお酒は好きではないのに。気がつけば、ちょっとだけ今朝のことを回想していた。
今朝の出来事、仕事へ出る前のこと。シャワーを浴びたら、もうそこに小枝子の姿はなかった。
めんどくせぇが、小枝子の帰りが遅いのは、やはりそのせいなのだろうか。
すっかり不愉快な気分が蒸し返してきて、一気に尾田はグラスを空にした。
もう一杯注ごうとして、まだ綺麗なままになっているグラスがあるのに気が付いた。
「お、わりぃわりぃ」
尾田はそう言ってボトルを手に取ったが、高原は注がれようとしたグラスに「いや、いい」といって大胆に遠慮した。
「え?」
「だって小枝子、もうすぐ帰ってくるだろ、さすがに」
「ああ、たぶんな」
「っていうか、勝手に開けて大丈夫か、コレ。こういうのオレよくわかんないけどさ、見た感じ高そうだし。やばくねーか」
「全然やばくねえって。なんか棚に飾ってあったみたいだけど、山ほどあんだから、一本ぐらい大丈夫だろ。そんくらい」
高原は人を小馬鹿にしたような、「ふっ」という笑い声を発した。
「なんだよ、なに笑ってんだよ浩司」
「いや、なんかさボコボコにされてる様が、なんでだろうな鮮明に浮かんできてさ。……殺すぞ、コレクションしてるってわかんねーのかよボケ、金出せハゲって」
「うっ」
さすがに女の声質とはまるで違うが、これは抑揚の付けかたなのか、それだけでこうもリアリティが出るとは信じがたいものがあるが、高原のモノマネはあいつの特徴をよく掴んでいて、尾田はゾッとした。情けないが急に大いなる不安を感じ始めた。
後で棚の配置を変えてちゃんと偽装工作をしなければ、尾田はそっと心に誓った。
「ま、まぁ、バレなきゃ大丈夫だろ。多分、大丈夫だって……」
「なんか自分に言い聞かせてるみたいだな、その言いかた」
「う、うるせぇよ」
急に弱弱しくなった尾田を高原は横目でちらと見やり、ほんの少しだけ、ほろ苦く頬笑んだ。
「……そうだな。バレなきゃ、いいな」
高原はそう言ってタバコをプカプカふかしはじめた。
テレビ画面に映っているのは、最近話題を攫ったばかりの映画だった。アカデミー賞に輝いた作品だと聞く。
人間だけど人間ではないような、というか人間ではそもそもないのか、奇妙な緑色をした生物が、CG合成の入り混じる中、必死の形相でアクションシーンを演じて、ドラゴンに乗って空を飛んだりした。
いつの間にか戦争になった。人間の強欲さがそれの引き金となったことは確かだ。森が戦闘によって次々に破壊されていく様子は、言いかたは悪いがなかなか美しいものだ。もちろん、森は守らなければならない。
さすがにブルーレイは最新フォーマットだけはあり、画質がきめ細かく鮮やかで、かなりの迫力は出ている。
しかし、どうも尾田はこれに興味を惹かれないのだった。確かにストーリーも映像も、凄まじい迫力なのは間違いないだろう。しかし、それに伴って、違う部分の旨みが薄まっている気がするのだ、なんとなくだけれども。あと、恋の要素っていうのは、そもそも必要なのか分からない。
何が言いたいのかと言うと、要するに、この映画を真面目に鑑賞しているわけではなかったのだった。だから急に戦争になったりする。なんとならば小枝子が帰ってくるまでの、いわば尺稼ぎ的な視聴だったというわけだ。本当にそのはずだったのだ。
……けれども、今や画面は最後のシーンを迎えている。
どういうわけか、タイトルコールから観だした映画がエンディングを迎えていた。
「あー面白かったな。やっぱすげーわこの画面で観ると、映画館行く必要ないなこれ」
「さすがに映画館のそれとは違うだろ」
「いやいや、物凄い迫力だぞ。最近の映画って凄いな」
「まぁな。あいかわらず邦画のCGはダメダメだけど」
「そうだな。邦画は本当に低レベルだよ。白けるもんな日本のCGで作ったシーンは」
「うん。もう消すぞ」
そんな会話を繰り返しながら、尾田はデッキを止め、間接照明を直接照明へと切り替えた。ボタン一つの操作で、部屋に明かりが広がった。
「はぁ、それにしても小枝子遅いじゃん。あ、これ食ってもいいか。ポテチ」
「おう、食え食え」
これも後で偽装工作しないとダメだな、と尾田はふと思った。
さっそく高原はポテチをポリポリとつまみ出した。
明るくなって二人の服装の違いが浮き彫りとなっていた。尾田は襟付きのシャツを着るなど割と綺麗めの服装だが、高原はダボダボのスウェット姿でかなりラフだった。髪の毛も眼が余裕で隠れるほど高原は長く、茶色がかっている。清潔感は尾田のほうがあった。
映画の感想を一通り述べ終えて、高原はテーブルに置かれた写真を手に取った。そして、改めてなにかを思い出したかのように、笑い出だした。
「これって、あれだよな。サーフィンやろうぜなんつって、行ったときのやつ」
「そうそう。誰が最初に言い出したんだっけ、お前か?」
「んなわけぇだろバカ。俺はいつも振り回されるばっかだったんだから。そういうお前じゃないのかよ、面倒なこと言いだしたの」
「は? んなわけねぇだろ。金なくてクソ忙しいのにバイトまでしてたんだぜ。俺たちじゃないってことは、卓郎だろ。まぁどうせあいつは女目当てだったんだろうけど」
「そうだな。小枝子は自分から何かするっていうよりは、勝手に付いてきて無茶苦茶するやつだったからな。いや、今も変わってないなそれは」
「っていうか余計おかしくなってるわ。もう手遅れだ」
「手遅れか、ははは確かにな。一人で夜遊びも慣れたもんか」
そう言って微笑み、高原はポケットからまたマイルドセブンを取りだした。ライターで火をつけた。
銀盤の灰皿には、すでに短くなった煙草がいくつも積まれていた。ここにまた無駄に二本のカスが乗っかるのか、そう思いながら尾田も煙草に火をつけた。こちらは外国製の値段がよろしいものだ。香りもいい。別にマイルドセブンがダメだと言っているわけではない。
尾田はプカプカと煙を吹き出し、壁の時計を確認した。自分が吹き出した白い煙で見にくかったが、それが晴れてくると十時に近づこうとする針の姿がしっかりと確認できた。
微かな不安を打ち消すように、尾田は口を開いた。
「そういや、卓郎と連絡とったりしてるか最近」
「いや、全然。あいつ都内と行ったり来たりしてるから、なかなかな。でも変わってないぜ。隙あれば女っていう感じで。飲んでても二言めには若いおねーちゃんの話だし、訊いちゃいねぇのにあそこの店が良かったとかなんとか勧めてくるからうざいったらないわ。お前の変態趣味には付き合ってられねぇから、暫く連絡してくるなって言っておいた」
「二十四になっても相変わらずだな。半年近く俺もあいつとは会ってないわ。メールとか電話ならたまにかかってくるけど」
「この時期は仕事、かなり忙しんだろ。会わなくていいって、とにかくキモイし」
「だな。よく考えたら全然、会わなくていいわ俺」
「ひどっ。ちょっとひどいな。まぁ、別にいいけど」
そう言って二人は無邪気に笑い合った。高原はいつも通りだ。いつも通り、なかなかいかすやつだ。
真夏の海をバックに写真に映る彼らは、専門学校時代の同級生で友達だった。気がつけば、いつも一緒に行動していた。特に夏は開放的な気分が過ぎて、金もないのに色々な場所へと遊びに行った。バカなこともたくさんした。
楽しかった。
写真を見つけたとき、尾田は痛いほどの切なさとそれだけではないものを感じた。そして、それは嘘ではなかったと、久しぶりに高原に会って、改めて思った。
そんな楽しくて忘れられない、熱い熱い夏はもう戻らないだろう。皆、須らく大人にならざるを得ないのだし、社会に出たら嫌なことも想像以上にたくさんあった。
それでも、未だに時間を見つけては集まる約束をして、卓郎とも連絡を取り合っていられるのは、本当に凄いことなのではないか。たぶん、大部分の人が学生時代の友人を心でいつも思っていながら、でも、どうしようもなく色々な理由で離れていく。
これも大人になったから、気付けたことか。そう考えるとそこまで悪くはないかもしれない、今の今も。
普通ではない今の俺たちの関係って、もしかしたら、いやもしかしないでも奇跡的な、とても幸せなことだ、と尾田は思った。大事にしたいと思った。大事にしてきたつもりだけど、もっともっと大事にしたい。
絶対に壊したくはない。
だからこそ、不貞腐れてんなよバカが。どこふらついてんだよ、めんどくせーな。と尾田はいらつく。
今朝のニュースでやっていた通りだ。気温は記録的なまでに下がってきている。もしかしたら雪が降り出すかもしれない。
写真に映る季節とは違う。今は、寒い寒い冬だった。十時になった。小枝子からの連絡はまだない。
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2010/12/20(Mon)04:27:04 公開 / やるぞー
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■作者からのメッセージ
どうも、久方ぶりです。やるぞーです!
今は主に卒論をやっていてちょっとやばいのですが、こういうとき、どうしても違う何かを書きたくなりますwww
たぶん大丈夫でしょう、卒論のほうは(えー
はい、ということで今回はちょっと大人な感じのお話を目指しています。構想では5話くらいで完結かな。
どうぞご意見・ご感想をよろしくお願いします。