- 『LIVE』 作者:TAKE / 未分類 未分類
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恋人とはもう二カ月近く会っていない。チェリーとヴァージンが付き合い出してもある程度のコトが進む期間だ。
彼女が女優になる夢の為、コンクールに向けて土日も返上で毎日演劇の練習に励んでいるのだ。歳が三つ離れており、大学の一回生と高校二年生の関係だという事も大きい。疲れとストレスからか、最近は連絡を取り合う量も極端に少なくなり、こちらからメールを送らないと連絡が始まらない。
なんで俺は彼女と付き合ってるんだ? そう思う事もあったが、理由は明らかだった。
彼女が好きだからだ。
当たり前といえばそうとしか言えない話だが、住所も少し離れていると、それが重要な意味を持ったりする。
俺が大学祭でサークルのライブに出演する日、彼女はコンクールに出る事になっていた。ずっと誘おうと思っていたのに、神は皮肉だ。ことさら夢や目標に関しては、無駄に試練を投げかけてくる。
こうも会えない日が続くと、理不尽な気分になる。コンクールで勝ち進まなければ彼女の練習はそこで終わり、俺達は日曜日に駅で待ち合わせて、昼下がりには互いの肌をまさぐる事も出来るのだ……なんて事を考えてしまう。合わせる顔が無い。
ライブ会場で行われているリハで、俺と同じ一回生のグループが拙いバラードを奏でているのを、二回生の先輩カップルが互いに寄り添って眺めていた。その気だるい雰囲気がデート中にベンチで休憩している時の彼女を思い出させた。最初にはしゃぎ過ぎて、いつも途中で眠気が差すのだ。別に俺のデートプランが退屈ってわけじゃない。彼女がデートに求めるのは「二人でひっついていられる」事だ。いちゃつけたら何でも良いのだという。
ああ、クソ。
頭を掻いて視線を反らす。ドアを開け、隣の控室に移る。中には誰も居ない。
ライブで使用するアコースティックギターを取り、金属製のスライドバーを左手の薬指にはめ、右手にピックを持った。
椅子に座ってスライドバーを弦に当て、軽く左右に動かしながらストロークする。三〜四コードのブルージ―なリフを延々弾き続ける。
「渋いの弾いてるな」さっき同じくリハを眺めていた、俺が組んでるデュオの相方が入ってきて言った。俺はスライドバーを外し、指引きに切り替えて別のリフを奏でた。C→Am→Em→F――プレスリーが歌うCan’t help falling in my loveのイントロみたいなリズムだ。これをまた延々続ける。
リハの時間になり、相方を呼んで会場に入った。
ギターに取りつけたピックアップへケーブルを繋ぎ、アンプの音を調節し、マイクの音量をチェック。それらの作業が終わり、本番で演る二曲をフルコーラス通して歌う。照明が瞬き、俺と相方を照らす。
機材に問題も無く、演奏の失敗も無かった。「じゃあ本番はこれでよろしく」と音響を担う同学年の友人が言う。
「二番Aメロの最後、ちょっと弾いてくれ」控室に戻ってから相方が言った。リズム取りに不安があったのだという。
俺はギターをストロークした。明瞭なコードとテンポだ。相方はそれに合わせて歌った。
「OK。大丈夫だ」彼は言った。
何緊張してんだ、と俺は言ってやった。
「馬鹿言うな。ただ確認しただけだ」
そうかい。
会場がさわつき始めた。そろそろライブが始まるようだ。
控室を出て、目の前の防音扉を開ける。部長が前口上をマイクで言った後、一組目のグループが入った。
上手くもないが下手でもない演奏に、初ライブで一番手という緊張からかどもりがちのMC。それでも仲の良い部員の手助けで盛り上がっている。
二曲を演奏し終え、すぐに次のグループ。しっとりとしたかなり聞かせるギターを弾く男と、場慣れしていない女性ヴォーカル。互いが中和されてそこそこの演奏となった。
次のグループは初心者のみで構成されているが、全員ピアノは弾けるというガールズバンド。歌っている子は喋る時と全く違う声を出している。男性バンドのカバーをキーも変えずに演奏している為だ。
俺と相方の出番が来た。ユルい気分でステージに立ち、休憩している観客を呼び寄せる。
和気あいあいとした雰囲気の中、ギターをスタンバイする。なんで彼女が居ないんだ、なんてまた考えてしまう。
アカペラのサビで始まる曲だ。開き切った喉から響いた声をマイクにぶつける。
目の前にリハを眺めていた先輩カップルが互いの腕を絡めて立ち、体を揺らしている。スポットライトに照らされた逆光の中でうっすら笑ってる表情が窺える。
クソ……いちいち彼女の顔が頭の中に出てくる。ギターをミスったらどうすんだ。
A、Bメロから序々に駆け上がり、二番のサビからCメロにかけて盛り上がりは最高潮に達する。そこからギターのゆったりしたダウンストロークと共に最初のようにまたサビを歌い、静かなメロディで曲は締めくくられる。
曲調に合わないようなハイテンションで部員を含めた観客がスタンディングオペ―ションした。まあ、椅子が無いから元々立ってるんだが。
なかなかMCに移れない。俺は両手を前に出し、抑えてと合図をした。少し笑いが起こりながら静かになってゆく。
長いグループ名の説明と自己紹介をした後、相方が喋りたいと言うので、彼に任せた。相方は感謝の辞を述べるのだが、時折入る天然ボケに俺はツッコミを入れる。会場が暖まっている状態を保ち、次の曲に移った。二曲しか演らない内の最後の曲だ。
アップテンポだが突っ走りすぎない渋い曲調だ。有名作家が原案の小説を書き、通好みで有名なアーティストがそれを基に作詞作曲した。絆がテーマとなっている詞だ。
歌い始めで音響に違和感を感じた。
足元のモニタースピーカーからの音が聞こえないのだ。電源が入っていないのか、音量が小さいのか……とにかく自分に聞こえるギターの音は手元で鳴っている生音だけだった。
相方が歌うパートの間に、時折ミキサーを操作する友人の方を見る。言葉で伝える事が出来ないので、友人はどういった異変が起こっているのか各機器をチェックして調べていた。
この曲は恋愛の始まりを予感させるラヴソングであり、冷めた関係の修復を予感させるラヴソングでもある。語りの主人公と、彼が話す主人公がそれぞれ物語を構成しているのだ。
意外と近くに転がっている出会いと、必死で手繰り寄せた再会への軌跡。なんでこんな曲を選んじまったんだ。
この音は観客に届いてるのか? それとも惰性と雰囲気で盛り上がってるだけなのか? それすら今の俺には分からない。小さなハコだから、生音でもそこそこ聞こえるには聞こえるが……俺は有らん限りの力を込めてギターを弾き、叫ぶように歌った。相方もそれに付いてくる。
彼女との関係もそうだ。離れた場所で唯一二人が繋がる手段である携帯でのやり取りも放置しがちで、互いの存在が生活している中で薄くなり、便宜上で恋人を名乗っているだけのような感覚が続いている。意味も分からず何も聞こえず、腕を振り上げているだけかも知れない。
二番の後半辺りから、サビの歌詞一小節ごとに入っているタイトルの言葉を観客も共に叫んでいた。背筋に電気が走るような一体感だ。
なんで君はそこに居ないんだ。
なんで目の前で彼らと共に、俺と相方を見て笑っていないんだ。
こんな事言うと女々しいか? 別にいいさ。それで軽蔑するならさっさとこんな俺とは縁を切ってくれ。何も分からず付き合いを続ける方が罪を感じる。
俺からは切れない。ずるいと思うだろうが無理だ。だってこんな時でも関係なく、四六時中君を想ってしまうんだ。
愛してるんだ。
大サビまで歌い終わり、曲はアウトロのリフに入った。俺は無我夢中でギターを弾いた。相方はマイクを持ちながら手拍子をする。リフが一セット終わるごとに、タイトルの言葉だけが繰り返される。
三弦が切れた。
まだ弾き続ける。俺も相方も観客も叫び続けた。入口の防音扉も意味を成さなくなっている。
まだ絆はあるのか?
あるなら傍に居て、触れ合ってくれ。大した話をしなくてもいいから。
それだけでいいんだ。なのにどうしてこんなに難しいんだよ。
頼むから、今居るその場所を動かなくてもいいから聞いてくれ。この歌を、叫びを。
ラストで攻撃的にストロークした。手拍子が歓声と拍手に変わってゆく。
ああ……曲が終わる。
スポットライトに照らされた逆光の中で、観客の汗が見える。
三弦の鳴っていないAコードを最後に一度ダウンストロークすると共に、一切の光が消えた。
良かったよ、盛り上がった。
そんな言葉を部員にかけられながら、俺は相方と控室に戻った。汗だくの顔をタオルで拭った後、ペグに端が巻きついたままの弦を外し、丸く束ねてゴミ箱に捨てる。
その時、鞄の中で携帯が鳴った。
取り出して画面を見ると、彼女からメールが届いていた。コンクールを勝ち進んだという。
これであと二週間は会えないという事だ。
今はただ待つ事しか出来ない。それはたまらなくもどかしい事だし、同じ自問自答をあと何度繰り返すか分からない。でも他にどうしようもないんだ。
彼女も同じ気持ちを持っている事を願い、信じる。
次のグループを観る為、俺は控室を出た。
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2010/11/07(Sun)10:21:08 公開 / TAKE
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