- 『ニート警備』 作者:江保場狂壱 / ショート*2 未分類
-
全角4453.5文字
容量8907 bytes
原稿用紙約12.15枚
ニートが軽犯罪となり、そのための警備会社が作られた。俺の警備員としての仕事が始まった。
-
『ニート警備』
俺はニートだった。三十にもなってろくに就職したためしはなく、社会の歯車になるのが嫌で親の面倒になりっぱなしになっていた。
政府は増えるニート対策のために警備会社を作った。もともと働けるのに働かないのは軽犯罪に当たるとして、一月以内のうちにどこでもいいから就職しろと命令され、いくところがないならここにしろと命令されたのである。
命令を無視すればニート刑務所というか、超過疎村で畑仕事を無償でやらされるそうだ。さらに婚期の遅れた女性と無理やり結婚させられ、一生を土いじりで過ごされるらしいのだ。
俺はすぐに警備会社に就職した。仕事といっても制服を着て毎日決まった時間を歩くだけの楽な仕事だ。もっとも警備員になるには基本教育を十五時間、業務別教育をこれまた十五時間受けないといけないらしい。あと暴力団や前科者も一定の期間が過ぎないと警備員になれないらしい。初めて知った。俺の住む町には警備会社があったが、俺の就職する会社は新しい会社だ。警察官の制服とは似ているが違う制服を着て、制帽を被る。そして夜行チョッキを身につけ誘導灯を手にして、町を見回るのである。
二四時間、三交代だ。会社をリストラされた六十代が昼間働き、俺みたいにまだ若い奴は夜勤に回された。給料は最低賃金だが、深夜なので割り増しだという。それでもすずめの涙ほどだ。
他の警備会社はさぞかし自分たちを憎んでいると思いきや、そうでもなかった。俺たちは二四時間、三交代で見回りをするが、休日を調整するために他の警備会社に依頼するそうだ。おかげで公共事業が少ない時期に失業保険に入るか、休日が多くふて腐れていたが、自分たちの休みが休日と盆と正月になったと喜んでいた。
俺はニートでオタクだ。毎日漫画を読んで、ゲームで遊んで、フィギアを買ってニヤニヤする毎日だった。金は全部おふくろに払わせたが、おふくろは苦笑いを浮かべていた。
親父は六十代で毎日早起きして満員電車に揺られ、夜遅く帰ってきたが、このたびリストラになった。もっとも親父も一緒に警備会社に就職することができて、喜んでいた。おふくろは警備員に配給する弁当屋のパートで昼間は留守にしていた。
俺はもらった給料で好きなものを買った。今までおふくろからもらった小遣いは少なかったが、今はそれ以上のものが買えるので気分がよかった。おふくろは前みたいに苦笑いしなくなった。一応食費も渡しており、おふくろと親父の顔に生気があふれるようになった。
俺は警備員だが、特別な権限は与えられていない。警備行法第十五条というものがあり、警備業者や警備員はこの法律によってなんら特別な権限は与えられているものではないということだ。よく見る片道交通誘導で警備員が赤旗や白旗をふり、車を止めたりするが、あれは法律で決められているわけではなく、止まってくださいとお願いしているのだそうだ。
警備員は半年に一度、正確には四月一日から九月三十日までが前期で、十月一日から三月三十一日までが後期で、その期間に教育実習をしなくてはならないのだ。こちらは基本教育が五時間で、業務別教育が三時間である。教育には警備会社の支店長と管制が教えてくれるのだが、うちの支店長はうるさかった。身体は小柄だが声は雷鳴の如く大きかった。小さな巨人と呼ぶべきだろうか。
よく努力の過程で言い訳する人がいるが、うちは結果だけがほしいんだ。雨と風がひどかったと言い訳しても、それは大変だったね、で結果はどうなんだと聞かれるのである。
ただ本職の警備員は支店長を嫌っていた。仕事をろくに持ってこないくせにえらそうだというが、支店長も自分が仕事を探すのが仕事なのに、警備員が調べるなど小さな親切大きなお世話という人もいるそうだ。そして会社の方針に逆らったりすることが多く、同僚にも嫌われているという。表向きでは仲よさそうに見えるが、ちょっと顔が見えなくなれば、罵詈雑言を吐くのは辟易した。
一度別の警備会社の人と教育実習をしたが、一部の警備員は高校卒業したくせに禄に割り算のできない人間がいたりするのだ。この間は二十歳で掛け算、割り算ができない奴がいて驚いた。俺でも掛け算や割り算はできるのに、ゆとり教育はここまでダメ人間を生み出したのかと背筋が凍った。
俺の仕事は毎日町をぶらつくことだ。もっとも身だしなみはきちんとしなければならない。主に自動の通学路や住宅街の細かい道などを徘徊している。そして同じ地域は毎日回らない。あきにくくするためらしい。もっとも俺は夜勤だから歩く人は少ない。辺りは真っ暗で夜行チョッキと誘導灯の赤い光だけ目立っていた。
ある日俺はある家で不信な音を聞いた。家の中から何かを叩く音が聞こえたのだ。そして子供の泣き声も聞こえた。もしかすると児童虐待かもしれない。俺は速攻で会社に電話をかけた。すると児童相談所はすでに閉まっていると言われた。だがお前が悲鳴を聞いたのなら事件だ。警備員は法律に何ら権限はないが現行犯逮捕というものがある。それを使えと命じられた。なんて無責任だ。俺は電話の向こうの管制に悪態をついた。
俺は恐る恐る家のチャイムを鳴らした。五分後、柄の悪そうな男が出てきた。Vシネマでチンピラ役で出ていそうな風貌で、何やら息が荒かった。
「何のようだよ?」
「今子供の泣き声が聞こえたんですが」
「あぁ?そいつはうちの躾だよ。関係ない奴はすっこんでいろ!」
「でも、躾にしては深刻そうで……」
「うるせぇ!たかが棒振りで立ってるだけで給料もらっているくせに、俺様に意見するつもりか!」
男は乱暴にドアを閉めた。警備員はとにかく他の業者によっては棒を振ってるだけの仕事に見える。実際は作業員が作業に集中できるように警備しているわけだが、そうは見てくれないのだ。実際そう見えない警備員もいるから困り者だ。前に深夜で町を見回っており、電気会社のバケット車を警備員が立っていたが、作業員など見ておらず、携帯電話に夢中になっていたのを目撃したことがある。さすがの俺もアレはないなと思った。
俺はいったんその家を離れた。すると庭のほうから声が聞こえた。子供が丸裸で放り出された。子供の口にはガムテープでふさがれており、手足もガムテープで縛られていた。
やったのはさっきの男だ。男は母親らしい女性を抱きしめ、もがき苦しむ子供を見てにやにやと邪悪な笑みを浮かべていた。これはもう現行犯だ。俺は庭に駆け寄ると子供を抱きかかえ、警察に連絡した。相手はホラー映画の殺人鬼みたいにナイフを持って追いかけてきたが、警察官に捕まった。
現行犯逮捕が効いたのか男と母親は警察に逮捕された。しかも銃刀法違反が厳しくなり、ナイフを振り回していたからなおさらだ。子供は病院に緊急入院された。俺は後日子供を救ったとして感謝状をもらった。もっとも他人の敷地に無断で入ったので家宅侵入罪ぎりぎりだよと注意されたが、人命優先だったので免除された。
それ以来近所のおばさんたちの目が変わった。前は親に寄生する回虫だの、生き血を吸い取るヒルだの馬鹿にされたが、虐待された子供を救ったとして一種の英雄扱いになった。
子供を持つ母親は俺を見て、あの人は長坂で劉備の子を救った趙雲であるぞよと教えていた。俺は照れくさくなった。
それにしても俺はどうして子供を救ったのだろうか。専門家によれば児童虐待を見逃すのは群集心理で、大勢の人が子供の泣き声を聞いても、自分以外の誰かが連絡するだろうと、連絡しなくなるのだという。
俺の場合は一人で警備しており、近所は明かりが消えていた。子供の泣き声を聞いて助けられるのは俺一人だと思った。だから子供の命を救えたのだともっともらしいことをいった。
俺だけでなく全国でも似たようなケースが発覚した。警備員が町を二十四時間うろつくのだ。犯罪の抑止力となり、国の犯罪が減ったらしい。児童虐待も警備員に知られるのを恐れて虐待できなくなり、そのストレスで警備員に襲い掛かるケースが増えたという。
さらに最低賃金とはいえ税金も納めているのだ。金にゆとりがあるのでうちでは一年ぶりにすき焼きを堪能できた。親父のビールも八十八円の安い奴ではなく、発泡酒に格上げされたし、おふくろの化粧もよくなった。
国全体が景気がよくなってきたが、反対する団体もいる。基本的に日本国民だけしか警備会社に就職できないので、外国人労働者にもやらせろと文句を言い、税金の無駄遣いだと女性議員がテレビで宣伝したりしたが、無駄であった。景気は確実によくなったし、前の選挙でも反対した党には票が回らなかったからだ。
俺は二年近く警備会社に就職したが、支店長から交通誘導第二級の資格を取らないかと薦められた。資格者になれば生気の警備員の給料がもらえるし、一日百円プラスされるというのだ。俺は子供を助けて警備員が天職であることを理解した。早速俺は勉強して試験を受け、合格した。
今では俺は責任のある立場にいる。もっとも俺より先輩で十年以上勤務しているにもかかわらず、資格を持っていない人もいる。学校での成績は優秀だったが、頭の機転が鈍いのだ。言われたことをすぐ理解できないのである。
俺も成績はいいほうじゃなかった。それがいまじゃ、他の警備員たちを指揮し、引っ張っている。仕事は大変だが、心地よい疲労であった。
俺は親から働く楽しさを教えてもらってなかったのだ。親父は子供の頃はひどく苦労した。学校から帰っても遊ぶ暇がなく、家の手伝いにへとへとになっていたという。だからこそ、息子の俺には苦労をかけたくなかったというが、それはおかしな話である。
働いて金を稼ぐ喜び、楽しさを子供の頃から教えないことに問題があるのだ。
そういえば某団体が日本の就職率の高さに警鐘を鳴らしていた。過去の軍事国家、全体主義の復活をもくろんでいるのだと。隣の国の大統領は自国の犯罪者が警備員によって防がれたことに苦笑いを浮かべていたことをネットで知った。
ニートが消えたというのに、テレビでは日本はこのままでは終わる、早くこの制度をやめるべきだとコメンティターは訴えていた。某女性議員も特別番組を作って劇を演じるように訴えていた。
もしかしたらニートは某国の破壊工作なのではないか?日本の若者たちをニートにして労働力を削ぐのが目的ではないか?学校でも労働の重要性を教えなかったのもそうではないか?学校は異常なまでに学生のアルバイトを禁止にしていた。学生時代にこっそり隠れてバイトをしていた同級生は今セールスマンとして活躍しており、美人の奥さんをもらっている。政府の苦し紛れの策が功を成したのは皮肉であった。
さらに俺みたいに仕事をする楽しさに目覚めたのも計算外ではないか。
日本男児もまだまだ捨てたものではないということだ。自分で言うことではないが。
終わり
-
-
■作者からのメッセージ
自分も警備員なので、思いついた話です。実際は十年以上働いてますが、資格はひとつもありません。作中の警備員の心得などは本当です。
一応SFっぽくしましたが、SFとは思えない地味さ加減です。