- 『IN THE BANK』 作者:TAKE / 未分類 未分類
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全角3256文字
容量6512 bytes
原稿用紙約10.3枚
安酒のような後味のクライムストーリーです。
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マルコムは銀行に居た。
彼は金を下ろしも預け入れもせず、ソファに座っている。最初、他に客は目測で五、六〇人だった。内八人が用事を済ませて出て行った。
カウンターで覆面を被った男が喚く。その隣で別の覆面男が受付の女を睨みつける。
マルコムは内心舌打ちをした。やかましい人間というのが彼は何より苦手だ。耳のワイヤレスイヤホンを奥に押し込んで騒音から逃れようと試みる。
続いて銃声がした。更に大きな音にマルコムは小さく口に出して「クソ」と言ったが、それは喚いている男の耳には届かなかった。
今だけの我慢だと、彼は自分に言い聞かせた。
不意に肩を叩かれ振り返ると、そこにヴィヴィアンが居た。
マルコムの元妻だ。二人がお互い一九歳の時に生まれた息子のJS――ジョン・サイモン――の親権は離婚の際に彼女が持ち、今日まで育ててきた。
「どうしてここに?」彼女はマルコムに言った。
「それはこの銀行に居る理由か? それとも強盗の人質になってる方か、どっちだ」彼はそう問い返した。
「どっちもよ」
「金銭面の用があってここに来たら、あいつらが入ってきた」ここに入ってから、ただソファに座っただけのマルコムは至極当たり前のように返答すると、カウンターに居る五人の男達を目で示した。内二人は奥の金庫室に消えている。
「だと思った」
「何故訊いた?」
話題が思いつかなかったと、ヴィヴィアンもまた至極当たり前のように返答した。
「呑気な態度ね、あなた」
「お互い様だ」
ヴィヴィアンは見張りに立つ覆面を見た。「どうして喋ってる私達に銃を向けないのかしら」
「意味が無いからだ」とマルコム。「目的はあくまで金を奪う事で、ここにあるのは貸金庫の中身を除けば全て国のものだ。人質が喋ったところで通報でもしない限り、警戒の必要は無い」
「強盗も呑気なものね」ヴィヴィアンは煙草を取り出そうとした。
「それはさすがによせ。武器になる」覆面がこちらを向き、マルコムは止めた。
「分かったわよ」彼女は煙草の箱を仕舞い、急に声を落として言った。「ところであなたは何を聞いてるの? その長い縮れ毛に隠れたイヤホンで」
「バレてたのか」マルコムは囁いた。「競馬だよ。今良いとこなんだから、チクるなよ」
「くだらない。言わないわよ、そんな事」
「どうも」
それから少しの間、二人の間には沈黙が続いた。覆面は人質の前をゆっくりと歩いている。
「仕事がトロいな」マルコムは呟いた。
「本当。いつまでかかるのかしら」とヴィヴィアン。
「……JSは今、どうしてるんだ?」
「去年家を出て、警察官になったわ」
「そりゃ頼もしいな」マルコムは目を細めた。
「ええ。親がショボくても、なんとかなるものね。今頃この銀行に突入する策を練ってるかも」
「だといいな」マルコムは時計を見た。「さっさと終わらせて欲しいよ、マジに」
金庫に居た覆面が黒い大容量のボストンバッグを持って出て来た。
所要時間一七分。金を袋詰めするのに、何をそんなに手間取ってたんだ? マルコムは思った。
「人質を解放」バッグを持つ一人が言った。「誰かに入口のロックを解除させろ」
見張りの覆面の一人が人質の前に迫り、役目を果たす者を選ぶ。
「俺が行こう」マルコムが立ち上がった。
「ちょっと」とヴィヴィアン。
「何ビビってんだ?」
「そうじゃなくて。この役目を引き受ける事で、ニュースに出て自慢されるのが嫌なのよ」
「するかよ。馬鹿言うな」彼は覆面の方に歩いていった。
覆面はマルコムの背中に銃を突き付け、そのまま二人は入口の方へ向かう。覆面は彼にに鍵を渡すと、外から死角になる位置に隠れた。
「時間がかかり過ぎだ」マルコムは言った。
「支店長がゴネるからだ。殺してやろうかと思ったが」と覆面。
「実行しなくて正解だな。パニックになるだけだ」マルコムは鍵をドアの鍵穴に差し込み、回した。「開けたぞ」
覆面は彼を再び人質の集団に戻した。
「よし、出ろ」バッグの覆面が言う。
こういう場面ではそれぞれの人間が持つ本質が表れる。解放感から泣きながら走る者、逆に笑いながら走る者、何の危険も理解しておらず、ただはしゃぐ子供、プライド高い実業家もゆったりと構えているつもりだが、足元は小走りだ。
強盗の一味は覆面を脱ぎ捨て、その中に紛れた。この混乱の中じゃ、外で待機している警官隊は二人が持っているバッグに気付く事も無い。
最後に出た者が疑われるとマルコムとヴィヴィアンは考え、他の人質のようにある程度急いで銀行を出た。
警察から型通りの事情聴取を受けた後、大通りで二人は別れを告げた。
「じゃあ、JSによろしく伝えといてくれ」とマルコム。
「ええ。たまには会いに来ればいいのに」とヴィヴィアン。
「俺の顔覚えてるか?」
「写真があるもの」
「まだ置いてたのか。とっとと再婚して捨てちまえよ」マルコムは笑った。「それじゃ」
「ええ」
二人は逆方向に歩き出した。
マルコムは公園に入った。
ジョギングする人々を眺めつつ、人気の少ない池のほとりにあるベンチへ辿り着いた。腰を下ろし、一息つく。
そのベンチにはアタッシュケースが置かれていた。マルコムはそれを膝の上に置き、上着の内ポケットから鍵を取り出す。
鍵を差し込んで回し、蓋を開けた。そこに入っているのは札束と一枚のメモだった。時間がオーバーした為、コンサルティング料を少し割増したとある。
マルコムは束を一つ取り、パラパラと捲った。すると一秒も経たない内に、彼は異変に気付いた。
紙幣の裏側が白いのだ、全て。
手触りを確認する。何でもない、ただのコピー用紙だ。他の束も手に取って調べたが、本物の紙幣は一枚も無かった。
どうなってる?
アタッシュケースを閉じ、地面に投げ捨てた。
立ち上がって公園を出ようとした時、彼は呼び止められた。声の方を見ると、そこには見覚えのある顔の人物が一人立っていた。
「ああ……」マルコムは記憶を探り、彼が誰なのかを思い出した。「JS」
「どこに行くんだ?」JSは薄い笑みを浮かべて言った。
「お前には関係ない」マルコムは言った。「さっき母さんに会ったよ」
「知ってる」JSは言った。
「何故知ってる?」
「勿論、俺が会わせたからさ。警察官の俺がね」
JSの後から、五人の男が来た。
「ああ、クソ」マルコムはうなだれた。五人の服には見覚えがあるが、首から上は全員知らない男だった。
「理解が早い」とJS。
「それだけが長所さ」マルコムは言った。
「実行犯は全員、決行直前に銀行の前で覆面を被ったところを拘束した。彼らに化けた捜査官のちょっとした体格の違いなどを悟られないよう、母さんにも協力して貰ったんだ」
マルコムは片耳に付けていたイヤホンを外した。
「それで傍受していた無線の情報もデタラメだ」とJS。「強盗には知恵を貸していただけのあなたを逮捕するには、現場を押さえるしかなかった」
「それでアレか」マルコムはアタッシュケースを示した。
JSは頷いた。「真っ直ぐここへ来るかどうか分からなかった為、作戦中に会議をした。それで『仕事』の時間が余計にかかった」
「結果俺は何の疑いも無く、真っ直ぐここへ来た」
「あなたは俺が思った以上に単純らしい」
「人間、そんなものさ」マルコムは笑った。「この状況……年貢の納め時ってやつか」
「そうだな」JSは左手を差し出した。
「ジョン・サイモン」マルコムも左手を差し出し、彼の名を呼んだ。「お前を誇りに思うよ」
「どうも」
二人は握手し、抱擁を交わした。
その直後、銃声が辺りに響いた。
マルコムは見開いた目でJSを見つめながらゆっくりと崩れ落ち、JSは右手に持った銃をホルスターに収めた。
「これも血なのかね……厄介なもんだよ」
そう言い捨てると、彼は金の詰まったボストンバッグと五人の共謀者を携え、公園を後にした。
後に残されたマルコムの血が地面を伝って池に流れ、水面をじわりと紅く染めた。
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2010/10/18(Mon)13:22:50 公開 / TAKE
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