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『HELL or HEAVEN』 作者:RYU / リアル・現代 ファンタジー
全角4018文字
容量8036 bytes
原稿用紙約12.95枚
大人びた少女、未来の幼馴染み、色は自殺した。しかし、大人になった未来の前に、色と名乗る青年が現れる。
「たとえ無意識といえど、他人を傷つけるなんて僕には出来ないな」
 色は珈琲ゼリーをスプーンで細かく潰しながら、ため息をつくように呟いた。
「だって考えてもみなよ、見ず知らずの人に恨まれるなんて辛いだろ?」
 そう言いながら、さりげなくわたしのクリームソーダを盗み飲む。わたしはその手をピシッと払うと、再びストローをくわえた。
「でも、恨まれてるかどうかは自分じゃ分からないよ」
「だから哀しいんじゃないか」
 色はいつも、こうして難しい質問をわたしにぶつけて楽しむ。わたしはといえば…少しだけ、それが面白くなってきている。
「ねえ未来、もしも僕が死んだらどうする?」
 これもやはり定番の質問。
「そうだな…たぶん一週間は泣き通しだな。そして七日目くらいに色を忘れて生きて行けそう」
「そうか、じゃあ僕は六日間は忘れられないで済むんだね」
 色は少しだけ嬉しそうな顔をして、ゼリーにシロップをとろとろと注いだ。わたしたちのいる和風喫茶に他に人はおらず、店員も奥に引っ込んでいた。
「僕のこと、忘れないでね。未来」
「当たり前でしょ、ぜったい忘れないよ」
 わたしはけらけら笑って、ソーダを一気に吸い上げた。ぷちぷちと泡が喉の奥で弾けて痛い。色も笑いながら、そんなわたしのほっぺたをつついた。
「いい子だね、未来」
 そう、わたしたちはこの距離感がちょうどいい。


   ◇   ◇


 わたしと色は、たまたま家が隣同士だっただけのおとなりさんだ。色のお母さんが、家にこもりがちなわたしのお母さんに毎朝挨拶してくれたのがきっかけで、わたしと色も、小さい頃から一緒に遊ぶようになった。色はお母さんと一緒で活発な男の子だったけど、わたしは女の子らしくしんねりとした、少し意地の悪い子供だったと思う。けれど、そんなわたしでも色は気に入ってくれているようで、中学生になった今も、時々喫茶店でお喋りをしたりする仲だ。
「なあ未来、そろそろ帰らないと…」
「あ、そうだね。うちお父さんが厳しいんだった」
「大丈夫か?もう六時過ぎてるけど…」
 色は心配そうな顔でわたしを喫茶店から出した。家まで続く長い坂道を二人で寄り添って歩く。
「なあ、未来のお父さんて…」
 色がそう言いかけた時だった。わたしの家の中から、何かが割れるようなガッシャーン、という音が響いた。
「テメエが金稼いでくれば済む話じゃねえかこのダラズが!」
 中からお父さんの怒鳴る声と、お母さんが泣いて謝る声が聞こえる。色がわたしの肩をつかみ、自分の方へ抱き寄せた。わたしは自分でも分かるくらい、足が震えていた。
「もういい!だったらこの金貰ってくからな!」
 お父さんは玄関から、少し分厚い封筒を左手に持って出て来た。作業着みたいな上下で、少し汗臭い。お父さんはわたしの姿を見つけると、少し気まずいと思ったのか、軽く咳払いをして家を出て行った。
「お父さん」
 わたしが呼び止めると、そそくさと立ち去ろうとしていたお父さんは立ち止まった。
「ここ、住宅街だから声響くの、あんまり大声出すのやめてよね、わたしが恥ずかしいから」
 お父さんはその言葉には応えずに、走り去って行った。わたしが家の中に入ると、お母さんは俯いてしくしく泣いていた。わたしは取り敢えず床に散らばったお皿の破片を片付け、掃除機をかけた。
「なあ未来、お父さん何のお仕事してるの?」
 色が、散らかった部屋の中を片付けながら聞いて来た。わたしは雑巾を洗いながら答えた。
「外交官」
「その前は弁護士だったよね」
 色は有無を言わさぬ口調でわたしを追いつめて行く。無意識なのかそれとも意識的なのか、わたしは徐々に逃げ場を失って行った。
「その前は音楽家、その前はタレント、その前は会社員、その前は先生…」
「もうやめてよっ!!」
 わたしの出した大声に、お母さんと色はビクッとして硬直した。
「なによ、人が黙ってるからって…」
 わたしは腹がたったので、片付けを全部色に押し付けようとおもった。自分の左手に握っていた雑巾を色の顔に思いきり叩き付けて、階段を上がって自分の部屋に帰る。部屋に入ると、ドアを閉めて鍵をかけた。
「ごめんね、あの子いっつもあんなんで…」
 階下からお母さんの謝る声が聞こえて来る。何が『あんなん』だ。自分はあんなロクデナシの男しか捕まえらんないくせに。娘のわたしにばっかり要求して。ホント腹がたつ。色が何を言ってるかは聞こえなかったが、おそらくわたしのことを良い様には言っていないだろう。わたしはベッドに寝っ転がると、ラジオのボリュームを最大に上げて枕に顔を埋めた。


   ◇   ◇


 翌朝は日曜日だった。わたしは制服のまま寝ていたことに気づき、下に降りてシャワーを浴びた。部屋着に着替えてリビングに出ると、お母さんがいかにも嫌そうな顔でわたしの全身をじろじろ見た。
「まあ、女の子がそんな格好で…」
「べつに、あんたのゴテゴテババアスタイルよかマシでしょ」
 わたしはフン、と鼻を鳴らし、冷蔵庫から牛乳を取り出して、パックのまま一気に飲み干した。それをぽいっとゴミ箱に放り投げる。
「ちょっと、ゴキブリが出るからちゃんと洗いなさいっていつも…」
 説教モードに入りそうなお母さんを放っておいて、わたしは自分の部屋にはいってパソコンを立ち上げた。インターネットに接続し、『お気に入り』からYoutubeを選び出す。
「今日は一日ダラダラするか…」
 わたしがそう決心した瞬間…『ピーンポーン』と下から不快な音が響いた。
「こんにちはー、未来いますかー」


   ◇   ◇


「…なんの用」
「いや、昨日のおわびにショッピング付き合ってあげようと思って」
「別に、迷惑なんだけど」
「そんなこというなって、な?」
 色はわたしを化粧品売り場に引っ張って行くと、わたしに似合う色のリップを探し始めた。オレンジ色のリップクリームを取り出し、わたしの唇に撫でるようにつける。
「ほら、明るくなった」
「悪かったね、暗くて。余計なお世話」
 わたしはなお構って来る色を無視して書店に入った。雑誌のコーナーで立ち止まり、今日は音楽雑誌の発売日だったと思い出す。一冊だけわたしが買っていた音楽情報誌は、他に買っている友達がいなかった。
「これください」
 財布から紙幣を取り出し、店員に差し出す。おつりを受け取ってレシートを袋に入れると、色をどうやって撒こうかと考えた。取り敢えずアイスクリームを買って、ちびちび食べ出す。
「退屈ね…」
 わたしはバスロータリーのベンチに腰掛けると、空を見上げた。


   ◇   ◇


「きょうはごめんね」
 家に帰ると、色からメールが来ていた。腹が立ったのでわざと返信しないで放っておくことにした。WたしはK対をベッドに放り投げると、ノートパソコンを床に置いてその前に寝っ転がった。カチカチとキーボードをいじっていると、なおも聞き慣れた着信音がベッドから鳴っている。
「しつこい…」
 わたしはケータイをぱか、と開いて液晶画面を確認した。新着メールは八件。色のメアドだけでもう七件あった。わたしは少しだけ許してやろうかとも思ったが、やっぱり放っておくことにした。わたしは天の邪鬼だから。
「おやすみ…」
 ケータイの電源を切ってベッドに潜り込む。わたしはだんだんと深い眠りに落ちて行った。


   ◇   ◇


 翌朝、わたしは部屋のドアをドンドンと叩く音で目が覚めた。
「なによこんな朝早く…」
 時計を確認すると、午前四時。わたしはベッドから起き上がってドアを開けた。すると、お母さんが真っ青な顔で立っていた。
「未来、早く着替えなさい。急ぐわよ」
「え、なにかあったの?まだ四時だよ?」
 わたしがぷうっとむくれると、お母さんはわたしの腕を引っ張り、パジャマの上にコートを着せた。サンダルのままで隣のお家へ行く。
「え、となりって…」
 玄関には色のお母さんが立っていて、わたしを見つけると、嬉しそうな顔で微笑んだ。でもその顔は一気にやつれていて、髪もボサボサだ。
「おばさん、色は…」
 わたしがそう言うと、お母さんは途端に泣き崩れた。
「うっ…うう…うっ…」
 小さく嗚咽を漏らす背中を、お母さんが優しく撫でる。わたしはその横を通り過ぎて、色の家の中に入った。インテリアが趣味のお母さんが彩った、色の家。わたしが最後に来た三年前と何も変わっていない。
「色…?」
 わたしは廊下をゆっくりと進んだ。奥に進むほどに生臭い匂いがするコトに気づいた。なんとなく血なまぐさい感じで、風呂場の方から漂って来る。
「なにこれ…」
 わたしはゆっくりと足を進めた。廊下に充満する血なまぐさい匂い、足元に残るぬるぬるとした感触…やけに静かな家の中。誰の息遣いも聞こえない。
「色…」
 わたしはドアを開けた。その瞬間、足ががくんと崩れ、立っていられなくなる、わたしは両手で口を抑えた。
「色!」
 色はバスタブの中に横たわっていた。左手には出刃包丁が握られ、刃は魚を切った後みたいに真っ赤に染まっている。首からは破裂した水風船みたいに血が溢れ、腹や胸、手首からもおびただしい血液が流れていた。水の入っていないバスタブは、色の流した血でまっ赤な水が溜まっている。
「どうして、どうして、こんな…」
 わたしはよろ、と色に近づいた。色の顔は苦痛も何もなく、ただ静かに目が閉じられていた。わたしは喉の奥に酸っぱいものを感じた。
「うっ…おえ…」
 バスルームの床に、黄色い吐瀉物が流れ落ちる。わたしは体をくの字に曲げて、後から後から吐いた。
「おえ…び…はあ…はあ…はあ…」
 あらかた吐いてしまうと、シャワーを使ってそれを流した。ついでに色の体もキレイに流してあげる。
「苦しかったね、色…ごめんね」
 わたしはそれしか言えなかった。だって…きっと、色を見捨てたのはわたしだから。
2010/07/18(Sun)09:40:47 公開 / RYU
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■作者からのメッセージ
よろしくおねがいします。
この作品に対する感想 - 昇順
RYU様はじめまして、頼家と申します。作品を読ませていただきました。
なかなかなお父様をお持ちの未来。そしてその未来の心の緩和剤(?)のような存在の色。展開がスムーズに流れ、読んでいて非常に心地よかったです!私如きでは、もはや特にご指摘できるような点は見当たらないのですが、あえて言うとすれば(これは私自身の読解力の低さに起因するのでしょうが)、若干結末が唐突に感じられました。おそらく冒頭に、色の最期の行動に対する伏線が貼られているのでしょうが、その後の地の文でも、もう少しそこに至る『ヒント』のような物を頂けると、私にとっては非常に助かります(←全く持って個人的(汗))
己も省みず生意気な事を申しましたが、落ち武者の戯言とと平にご容赦を。それでは、次回作もお待ちしております!
       頼家
2010/07/19(Mon)01:56:090点有馬 頼家
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