- 『君と』 作者:一憂 / 恋愛小説 リアル・現代
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原稿用紙約4.9枚
貴女と出会った事、貴女と過ごした日々を僕は忘れない。たとえあのような形で終わりを迎える事が運命だとしても。
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「有難う。」彼女のこの一言を忘れられなくて、時々僕は後ろを振り返る。そこに誰もいる筈はないのに。
紗江との出会いは高校生の頃、文化祭の実行委員の打ち合わせでの出来事だった。
「あの、ちょっといいですか?」
クラスが違う女子にいきなり話しかけられ困惑する僕。彼女の顔立ちが整い綺麗で自分の頬が火照るのを感じ、慌てふためく。
「…うん、何?」
必死になって冷静を取り繕う。
「あっ、私2−4の橋本って言います。今度私たちのクラスとそちらのクラスの合同で出し物をやろうと思うんですが。今度クラスの方でこの事を聞いといて貰えます?」
「OK。明日にでも聞いてみる。」
「じゃあ明日の昼休みに又ここの会議室に来てください。」
「分かった。」
彼女はそれを聞くと他の女子と共に廊下に出て行ってしまった。なんだか今までに会ったことのない生物に遭遇した、そんな気持ちの昂ぶりが
自分の中に在ったのをこの時は認めたくなかったし、どこか恥ずかしかった。
僕はクラスの中でも真面目な部類に入る方で、今までの17年間親や先生に従順に生きてきたし、それが1番賢い生き方だと思っていた。今は学歴よりも人格を社会は問うんだっていっても、周りの、僕にとって従うべき存在はそれを良しとはしなかった。
人一倍努力しないと人の上に立てない、というのが僕の父の口癖だったがこの努力とはすなわち受験勉強、資格といったものと等号で結ばれる。
そんな僕だからこそ今まで自らを内へ内へと追いやり、今いる県内有数の進学校へ入学を果たしてからも普段喋る友達はたくさんいるものの、親友や彼女といった類のものができることはなかった。
自意識過剰とかではなくて、容姿も人並みだったし、健全な男子高校生のように異性にも興味はあった。でも、恋愛に時間を費やすのは普通の学校の男子だという偏見があり、同じ高校の付き合ってるやつを見ては軽蔑さえした。
お前は社会に出て人の上に立つんだという両親の言葉が常に頭にあり、それが今の僕を支えるプライド・目標・自負といったもの全て。
でもこの日はなんだかその支柱が一瞬不安定になったようで、家に帰ってからいつもの日課となっている勉強にもまったく手が入らなかった。
頭を抱えながら目を瞑ると、今日話した女子の、僕と面と向かって話す澄んだ瞳が何時までも追ってくる。
橋本っていったっけ。
結構大人しそうな奴だったけど、可愛いし彼氏は…第一僕とじゃ釣り合う訳も。
そんなことを考えては首を後ろにもたげて、ため息をつかずにはいられなかった。
今僕が考えているのは、これまで軽蔑してきた恋や愛というものに違いないことは自身でもはっきり自覚できる。正直女性というものをどこか異次元のモノとして遠ざけ倦厭していたことも確かだが、特定の個人にここまでの関心を持ったことが僕にはない。親、兄弟といったものさえ淡白な僕の感情の中では常に生活を共にするものといったものでしかなかったのに。
その日は結局次の日の予習をやるのが精一杯で、何かに追われる様にベッドへ向かい眠りに就いた。
次の日、いつもより早く目覚め、朝食もしっかり摂った僕だったが、学校に向かう足取りは当然のことながら、重い。
学校は家から徒歩で5分程度の場所にあるのだが、この日はその道程を15分もかけて歩き登校時間ぎりぎりに校門をくぐった。
先生方はいつも真面目に朝早く登校してくる僕が珍しかったのか会う度に
「どうした?具合でも悪いのか。」と声を掛けられる。
「いえ、ちょっと昨日夜更かしをしてしまって。」愛想笑いを浮かべながら通り過ぎる僕自身を今日はなんだか醜いと思った。
教室に着くと何時もの通り、「オハヨ〜」という挨拶をクラスの男女と交わす。日課であり、みんなも口々に挨拶を返す。
何時もと何一つ変わらない日常なのに女子の顔を思わずまじまじと見つめてしまう。だけど、そうしたことで僕を悩ます問題を何1つ解決することは叶わなかった。
あたり前だけど、半年以上一緒に過ごした女子を見て特別な感情が浮かび上がるわけもない。
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2010/07/12(Mon)20:45:33 公開 /
一憂
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■作者からのメッセージ
初めての小説です;
実体験に基づいて書いたのですが文章構成等問題がありましたら指摘していただけると幸いです。