- 『たろうのぼうけん!』 作者:HLN / ファンタジー 未分類
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原稿用紙約11.9枚
目が覚めたのは慣れないベッドと、見覚えの無い天井のある部屋だった。というか、それ以外になにも無い。自分がどうしてそんな場所にいるのかわからないし、何より自分の名前すら思い出せない。 突然入ってきたボブカットの女の子に告げられる、あなたは一度死んだんだよ……って、えぇ?! ご飯の時間だと今度はポニーテールでキツイ目をした女の子が入ってきた。え? 太郎って誰?? どうやら、呼び名がないと不便だから今日から俺の名前は太郎になったらしい。周りには色々な性格の美少女やとてつもなく強い男の人ばかり……俺はここで生きていけるのか?!
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【プロローグ】
東京某所。繁華街の明かりが届かない一本外れた裏路地を一人の少年が歩いていた。近所の高校の制服を着用していて、校章の色からするに二年生。肩には通学カバンと袋に入った竹刀を背負っている。髪は男にしては長く、目を少し過ぎたあたりで風に揺れている。今時の高校生には珍しく整髪量も使っていない。顔は普通で、ブスでもイケメンでもない本当に普通だ。ただ、剣道によって鍛えられたのであろう筋肉が細身でありながらもなんとなく威圧感を感じさせるようにシャツの胸から見え隠れしている。
少年は部活の帰りだった。高校に入学してから二年、毎日のように先輩に鍛え続けられ、やっと最近大会でも成績を残せるようになってきた。先輩には「お前は強くなれるよ、がんばれ」と激励の言葉を受け、自分でももっと強くなれるような気がしていた。それに、剣道部のマネージャーである一年の後輩ちゃんに先日告白を受け、それを快諾。付き合い始めて三日目という青春絶頂期なのであった。
でも世の中はそんなに甘くないわけであって、これからこの少年はそれを文字通り体に叩き込まれることになる。
自宅まであと二百メートルといったところで、少年は異変に気づいた。普通の人間なら何も感じずにスルーしていたであろう微かな『気』。剣道は礼儀を重んじ、心と体を鍛える武道であって、もちろん稽古の中には相手の気を感じるという分野も含まれている。その訓練の賜物であった。
「ん……?」
その気を感じた方向に振り返ってみる。裏路地からさらに一本外れた道、ちょっとした公園への道だ。昼間は子供や子供のママで賑わっている児童公園、その奥から何か禍々しい気を感じた。若さゆえの好奇心か、はたまた怖いもの見たさか……本来なら本能が危険を感じて近寄らないはずのその気配に、青春真っ盛りの少年はふらふらと近づいていった。それが地獄の蓋を開けてしまうというか、自分から蓋を開けて地獄巡業をやらかすようなマネだとはつゆ知らずに。
サクサクと落ち葉を踏み分けてたどり着いた公園は、一見すると普通の夜の公園にしか見えなかった。二本の水銀灯がかなり明るく辺りを照らしていて、ブランコやジャングルジム、砂場などのごく普通な公園。だが、ある一部分に限ってはそうではなかった。ジャングルジムの角からちょっと離れた公園の一番端の部分、明かりがちょうど届かなくなって薄暗くなっているところにそれはいた。
何かのような形であり、何の形でもない異形の物体。ぐねぐねと動く胴体や何本もある触手のような物、そしてそのすべてが黒というか灰色というか……とりあえず見ていて気分のいいものではないような色をしている。その触手は何かを捜し求めるようにかなりの勢いで動き回り、それに当たった鉄製のジャングルジムはボコボコに変形していた。
「う……あっ!」
声にならない声をあげ、少しずつ後ずさる。あまり広くない公園で怪物との距離は五十メートルと離れていなかった。足音を立てないように慎重に、だがなるべく早く後退していく。しかし、やはりこの少年は間が悪いというか、運が悪いというか……偶然か必然か、たまたまそこにあって、たまたま猫が着けていて、たまたま子供がいたずらで外した鈴を見事に蹴っ飛ばした。
『チリーンッ! コロコロコロ……リンッ」かかとで蹴られ、秋だというのに似つかわしくない涼しげな音を立てながら転がった鈴はやがて後ろにあったブランコの支柱に当たって止まる。刹那、強い風が吹いて砂や落ち葉を激しく舞い上げた。咄嗟に顔を覆った腕をどけると、すでに異形は目の前にいた。いや、正確には異形の触手が目の前に迫っていた。
『うごっ……っ!』
ニブい音をたてて腹へとめり込んだ触手は破壊的なパワーで少年の体を吹き飛ばす。軽く十メートル吹っ飛ばされた体は葉を落とし続けている広葉樹にブチ当たり、その衝撃の連鎖によって腹壁は破られ、内臓が派手に飛んでいった。体は重力に逆らうことができずに地面へと吸い寄せられる。嫌な音を立てながら体は崩れ落ちた。
(あぁ……俺死んだな)
あまりの出来事に正常な判断力を失った人間は、意外と冷静に物事を把握することができるらしい。少年もまた、自分の受けたダメージと周りの状況から自分の死を確信していた。横向きに崩れ落ちたので異形の姿は確認できないが、気配からこちらに近づいてくるのがわかるし、何より自分の周りに飛び散っている赤黒いモノが逃れようの無い死を突きつけてくれる。少年が意識を失う前に見たのは、どこぞの子供が放置したであろう砂場のスコップとバケツ、それに六本の足だった。
それと「死んだなコイツ」「あわわわわわ……」「現状は最悪ね、非戦闘員を巻き込んでしまうとは」という、冷静で、頼りなくて、的確な三つの声だった。
同時刻より少し前、三人の少女が街中を歩いていた。一人は和服の黒髪のポニーテールで鋭い眼光、油断無く周りを見渡している少女。もう一人、一番の背の小さい子はボブカットで何かのキャラクターのヘアピンを頭に着けている。まだ真冬ではないにも関わらず、水色のロングコートに身を包んでいる。最後、セミロングで真っ赤に燃えるような赤い髪をしている少女。軍服のようなカーキ色の服を着ていて、何か動きや歩き方も軍人のような少女。三人とも年齢は恐らく一五から一七才くらいで若く、見た目的にも深夜の町を徘徊するようには見えない。
三人はある物を探して町を闊歩していたが、やがて一番小さな女の子がその気配を察知、早急に現場へと向かった。走っていく先はかたつむり公園。どこにでもありそうな普通の公園だった。裏路地からさらに一本外れた道を行くその公園には、夜に立ち寄る人間なんて皆無、そんな所に三人の少女は入っていった。
そして、時はさっきの三人のセリフに戻る。
「どうしましょ〜……どうしましょ〜……」
オロオロしながら同じセリフしか言わない小さな子。そして腕組みをしながら死体を見下ろすクールな子。周りに人がいないことを確認しているナイスな子がそこにいた。
「OK、周りに人はいないみたい。この遺体の回収は後回しよ、アイツに逃げられたら元も子もないわ」
そして異形に顔を向ける。突然増えた人間に驚いたのか、また触手を振り回す動作に戻っているが、またいつ襲ってくるかわかったものではない。三人は、それぞれの獲物を取り出した。
「三十三式三節棍」「フェアリー・ロック」「ベレッタM92F」
名前を読んだだけで近くの空間に亀裂が入り、そこに手を差し込むと入れておいた物が取り出せる。俗に言う『魔法』だった。長さ六尺(一八〇センチ)ほどもある長い棒や、とても小さな女の子に持ち運びできるとは思えない鎖。日本という国で持ち運べるはずもない銃も出てくる。
二〇五七年、世界は現在まで進化を遂げ続けた科学と、新たに古文書が発掘、研究の末に復活した魔法とがせめぎあう世界になっていた。科学は主に建築などの生産方面に利用され、魔法は治癒などの生活方面に利用される。科学者と魔法使いは共に手を組み、環境破壊が進んだ地球を救わねばと奮闘していた。
魔法の復活、それは生活の質が向上すると同時に、人類に新たな危機をもたらす結果にもなった。黒魔術、禁じられた魔法や禁じられた材料を用いて行われる禁忌の魔法。それは失われた命を蘇らせることはおろか、世界の崩壊をも招く危険な魔術。例えば、工作のために作られたカッターが本来の目的に反して強盗に使われるように、魔法もまた悪用する人間が絶えなかった。北半球・南半球で統一されている二大政府は同時に法案を可決。本来の目的に反して魔法を使おうとする者を取り締まるために、警察とは別の集団が組織された。科学と魔法を同時に使いこなす者、火器銃器使用の戦闘エリートであり、同時に治癒などの補助エリートでもある。そんな者を集めた集団。
特一級魔道戦士部隊、通称『ペネトレイト』。バスケットボールでゴールに切り込むという意味があることから名づけられたこの名前は、常に前線で戦い続ける戦士たちの意気込みを表していた。
そして、公園で異形に対峙する三人もまた、ペネトレイトの隊員である。
「おおおおおっ!!」
和服の少女が気合一閃で異形に飛びかかる。すでにフェアリー・ロックという魔法の鎖で異形は動きを封じられていて、その上から軽く百発ほどの銃弾を浴びていたので、トドメをさすのはそれほど難しいことではなかった。
「九九連節、開放っ!」叫ぶと同時に、六尺棒が一気に鞭のようにしなった。しなりによって増幅された打撃は異形の体を二つに裂き、やがて霧散して異形は消えていった。
「終わりましたね♪」
ボブカットが嬉しそうにポニーテールの周りを跳ね回る。
「いいから少し落ち着け、そんなことではいつか足元をすくわれるぞ」
ポニーテールがボブカットをたしなめる。
「ええ……はい、現状を終了します……はい、帰還します」
周りが騒がしいというのに、赤髪は携帯電話で報告を済ませていた。
「さて……と」
赤髪が足元を見下ろす。
「コレ、どうしましょうか?」
足元には、一番最初に異形に出会った少年が変わり果てた姿で転がっていた。すでに血は地面に染み込んでほとんど乾いているが、飛び散った臓物は簡単に消えてくれない。
「こんな……ひどいです……」
ボブカットが悲しそうに目を伏せる。
「危険察知能力が低すぎる、大方こんな夜の公園に入ってくるということは何かしらの気配を感じたようだが、自分の技量を見誤ったな」
ポニーテールが切り捨てる。
「竹刀も落ちているし、武道で気を探る能力は身につけていたようね。でもちょっと力不足だったかしら? このままここに放置しておくわけにもいかないし……リンちゃん、悪いのだけれどフェアリー・ロックで本部まで運んでもらえるかしら?」
「うぅ……かわいそうですけど、失礼しますね」
ボブカットが手をかざすと、鎖が少年の体に巻きついた。そのまま中を見せないように何重にも絡み付いていく。
三人で大方の片付けを終えると、赤髪が転移魔法を詠唱。魔方陣と共に三人とひとつの姿は夜の闇に消えてしまった。
公園には、いつも通りの夜のような静寂と少しの闇が残っていた。
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2010/05/03(Mon)13:22:29 公開 / HLN
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■作者からのメッセージ
久しぶりに書きたくなったのでロクに設定も決めずに書き始めてしまいました(笑
おかしい所があればビシバシ指摘してやってくださいm(。。)m