- 『襖の奥』 作者:飛燕 / 未分類 未分類
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原稿用紙約9.35枚
ずっと知られなかった襖の奥の秘密。両親が二人死んだことによってその秘密は美和(みわ)のもとに伝えられた。血で続く呪いのようなソレは、これからもずっと続いていく──。
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襖の奥
──襖の奥には、何があるのだろう。
私は時々そんなことを考えた。
私、山加美和(やまかみわ)の家は、正直言ってお金持ちである。掃除洗濯料理その他を受け持ってくれる、メイドと呼ばれる女性は数人いるし、部屋もそれなりに高価な質のよいもので揃えてある。だからといって服や家の飾りはギラギラしすぎるというわけではない。私は私なりの趣味で可愛い服をもっているし、家は母のデザインでシンプルで居心地のいいものになっている。母曰く、ギラギラさせたがる人は虚勢をはっているだけなんだとか。
私の家には、和室が五つある。そのうち二つは客間。あとの二つは両親のもの。最後の一つは私でさえも入ったことが無い開かずの間。
その和室の襖は、とても美しい。まだ子供といえる年代の私でさえもそう思うのだから、とても値打ちのあるものだと思う。
小さいころはよくその襖を開けてみたくて、人にみられぬように手を襖に伸ばしたりもした。だけど、それは襖に届く僅か十センチほど前で止まってしまう。届かせたいのに、手が自分のものではなくなったように動かなくなるのだ。
「真美(まみ)姉さん、襖の奥って、何があると思う?」
私は真美姉さんの部屋へ来ていた。真美姉さんは二つ上の十九歳。最近自分で働いてみたいとかでバイトを始めた。私よりも大人っぽく綺麗な姉さんは、私の憧れだった。私は正直言うと童顔だから。
「さあ……。ダメって言われたわけじゃないのに、襖に手を伸ばすと動かなくなっちゃうんだよね」
「そうそう」
相槌を打ちながら、オレンジジュース百パーセントを少し口に含む。オレンジの香りと味が口に広がった。
両親に聞いても誤魔化すだけではっきり答えられたことはなかった。その度イライラした気持ちと不満が胸の内に溜まったが、心のどこかでそれはとても当たり前のことだと思っている自分がいて、それはそれで仕方が無いのだと幼心にもわかっていたような気がする。
でもさ、と口を開こうとしたとき、酷く乱暴な音が部屋に響いた。ドアの向こうで誰かがドアを叩いたらしい。思わず顔を顰めながら扉を剥いた。酷く焦っているのだろうか、こんな乱暴に。
「しっ、失礼します! 真美様──と美和様、旦那様がお倒れになりました……」
青ざめた顔でそう告げたメイドである女性は、とにかく早くこちらへ、と姉と私の手を強く引っ張って広い廊下を走り出す。
頭が状況を理解できていなかった。広い廊下を始めてというほど全速力で走りながら、ぼんやりした頭でお父様がお倒れになったのだ、と思う。女性のわりにすごく早いそのメイドを追いながら、私はちらりと横の姉をみる。姉も女性同様青ざめた顔で困惑の表情を隠しきれていなかった。
自分ひとりだけ、状況を理解できずただ走っているようだった。
息が、苦しい。
「……もっ……走れませっ……」
ゼエゼエとお嬢様らしからぬ呼吸の仕方で息をしながら女性に向かって叫ぶ。女性は肩を少しあげながら、私を励まして走った。
「無理に走らせてしまって申し訳ありません。どうぞ」
息を整えつつ、父のベッドルームである部屋の扉を引く。ベッドには肩幅の広い父が苦しそうに目を閉じてシーツの中に身体を埋めていた。傍らに医者と思しき男性と、肩を震わせ泣く母の姿があった。こんな母の姿は始めてみるが、それさえもぼんやりと見てしまう私がいた。
まだ心臓がドクドクと波打って酸素の足りなくなった体に凄い勢いで血液を送る。
「真美、美和……」
「お母様……落ち着いて」
真美姉さんが慌てて走りよって母の肩を抱いた。まだ呆然と立っている私を真美姉さんが呼んだので、私も機械的にそちらへ歩み寄った。
医者が淡々とした様子で、母のほうを向く。
「奥様……、旦那様はもうもって二日──いや、一日でしょう。脳に大きな腫瘍があってもう手遅れです。血管を破ってしまったようで、もう手の施しようが──」
そこまで言ったとき、母の今まですすり泣くようだった声が一際大きくなった。
──父は、それから七時間後に、呆気なく息を引き取った。
さらにその二日後のこと。母は自殺をした。よほど父の死が哀しかったのだろう。首吊りだった。
屋敷の中は、暗い雰囲気で寒々とした場所になってしまった。今まで意気揚々と、冗談を言い合っていた明るいメイドたちが、俯き悲しみに目を濁らせて動くようになったのだ。
私にとったら、母と父はそんなに親しいものではなかったから、そこまでショックではなかったけれど、特別仲のよかった姉とその他のメイドたちは相当ショックを受けたようだった。
速やかに、静かに行われた葬式は、身内とメイドしかいなかった。
「あの、美和様。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
ふくよかで優しい目をした女性が私に声をかけたのは、葬式が終わって部屋に帰る途中のことだった。
「なんでしょうか……すみません、お名前を存じ上げないのですが……」
「春峰(はるみね)と申します」
「春峰さん、私の部屋へどうぞ」
長い廊下を歩く間、春峰という女性も私もなにも言わなかった。明かりが煌々と灯る廊下に静かな足音が僅かに響く。
「開かずの間がありますよね……」
深いソファに腰掛けた春峰は、開口一番にそういった。
「開かずの間のことについてなにかご存知なんですか!?」
思わずそういって身を乗り出した。なにか特別なことだとは思ったけれど、まさか開かずの間のこととは──。向き合った形で次の言葉を待つ間、ぐるぐると思考をめぐらせる。女性が次に口を開いたのは、私が言った三十秒ぐらい後のことだった。
「あそこを開けようとしたことはありますか?」
「ええ……開けることはできませんでしたが」
苦笑して、先ほど淹れたばかりの紅茶の中に角砂糖を落とす。静かに沈んだ砂糖を金色のスプーンで掻き混ぜると、カップにスプーンがぶつかって金属音がたった。
「そうでしょうね……あそこはこの家系の秘密が眠られている場所なので、強力なまじないをかけてあるんです」
「まじない?」
今時まじないなんて……と思い、思わず女性をまじまじとみつめてしまった。女性は苦笑して、「信じませんよね。普通」そう呟く。
「私の家は代々この山加家の秘密を次代へ極秘に伝えるために仕えているんです。きっと、江戸時代くらいからでしょうね」
「へえ……で、その秘密って?」
「その経緯は、ここに」
そういって差し出したのは数冊の赤い古びたノートだった。一冊目のノートには山加正造(やまかしょうぞう)、一と記されていて二冊目は違う名前と二、と記されている。
一、と記されたほうのノートを手にとると、何度も触れられた部分が磨り減っているのがわかった。
開くと何十年も前のものらしい、解読が難しそうな、なんとかわかる字で日記らしいものが記されていた。読み進めたページには、開かずの間のことが詳しく書いてあった。あの襖を開く方法も、この家系の秘密も。二冊目や三冊目も同様。ただ一番真新しいものだけは、一番最後が美和、真美へと父親の字で書いてあった。
全てを知った私は小さくため息をついて、読み終わるまでまっていた春峰へ向いた。
「……ありがとうございました、伝えていただいて」
そういって私は春峰へ頭を下げた。外では、もう鳥が朝を告げている。
*
赤いノートは今、私の手元にある。
姉は何も知らない。知る必要がないように思えたからだ。
この家系の秘密を握って、私は襖の戸を引いた。
誰にも教えることができないその秘密は、今は私がただ一人のその秘密を知るものだった。
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2010/03/25(Thu)20:29:15 公開 / 飛燕
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■作者からのメッセージ
最近ちょっと肉体的にも精神的にも疲れていて、どうも上手く小説を進めれないし、頑張って書いてもおかしなところが出てきてしまう始末なので、暇つぶしというか息抜きに書いて見ました。
秘密も結局明かされなかったし、おかしなところだらけだと思うのですが今はちょっと勘弁してください←
お手柔らかにお願いしますw