- 『サンタな彼女は留学生』 作者:サル道 / ショート*2 未分類
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全角11006文字
容量22012 bytes
原稿用紙約33.55枚
そこらにいる普通の高校生である北神幸介、彼の元にある日サンタからの手紙が来た。その内容は理不尽きわまりないものだった。サンタクロースの研修生を、ホームステイさせろというものだったのだ。それからまもなく、サンタクロースの研修生のブロンド美少女、リプレ・ゼントア・ゲルーデが家に来ることになった。二人の珍道中はそこから始まった。
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波がかった金髪に澄んだ蒼い瞳、全体的にスリムな体系の綺麗な女の子が、俺の目の前にいる。平凡な高校一年生の俺にはあまりにも不釣合いな、異国の美少女。
名前はリプレ・ゼントア・ゲルーデという。
可愛いと美しいの両方を持ち合わせた美貌を持っていて、一たび街にでると注目の的になってしまう。だが、その美貌とは裏腹に、彼女の態度はお世辞にも華麗とはいいがたい。
「幸介、オーストラリアに行ってくるから、あんたは留守番してなさい!」
リプレは俺に向って、あまりにも唐突で理不尽な事を言ってきた。彼女が俺の家に来てから一年間、俺は彼女に振り回され続けてきた。
ある一通の手紙がきっかけで、リプレは俺の家に来たのだが……。
彼女は家に来て早々、俺の部屋を乗っ取り、俺を物置だった狭い部屋に追いやった。それだけならまだしも、リプレはなんと俺の入学した学校に一緒に入学していた。急な展開に俺は状況がつかめないでいたっけな。
彼女の透き通るような純真な金髪にその容姿が注目を浴びないわけがなく、横を歩いていた俺は学校に行くまでに、何度となく注目を浴びた。
そして、当然日本のことを知らないリプレは、必然的に俺を頼ってくるわけで……。
学校では入学早々、学校の全男子生徒を敵に回し、ひがまれる事になった。その他にもいろいろとトラブルがあった。思い出すだけでもきりがない。この1年、何一つ落ち着いたことがなかったような気がするな。
高校入学そうそう俺を振り回したのだ。だから、リプレにはその償いとして、彼女の付き添いで異国に行くことくらいは許して欲しい。
「絶対嫌だ、行くね。第一に俺が寒いとこ嫌いなの知ってるだろ?」
俺の必死の反論に、彼女は表情を変えずに俺を見据えていた。北半球の日本の今は冬だが、南半球のオーストラリアは夏だ。前々から行ってみたかった異国の地に、彼女の付き添いというだけで、ただでいけるのだ。なんとしても行かなくてはならない。
なぜ、彼女の付き添いとして、ただで異国にいけるのか?
それは……。
「ふん、迷惑よ。別にあんたなんかいなくたって、サンタ実地研修なんか一人でこなせるわ。だからわざわざついて来られても迷惑なのよ」
腕を組んで鼻をならす美少女リプレは、サンタクロース見習いもとい、サンタクロース養成学校、サンクローラアカデミーの生徒なのだ。今年の始まりに彼女は外地研修生として、俺の家にきた。もちろん両親に彼女がサンタ見習いということはふせてある。
というのも、彼女の学校があるサンタ共和国という国は、決して表に出てはいけないという国際条約が、全世界の国々の間で秘密裏に結ばれているかららしい。当然彼女の出身地やどこの学校の留学生かというのは、嘘以外の何物でもない。
とはいえ、逆にそんなのを大人な両親に信じろというほうが、無理な気がする。
だが、俺はリプレの正体を信じている。高校生にまでなってサンタクロースを信じるなんて、馬鹿にされるかもしれない。いや、確実に馬鹿にされる。それでも、俺はリプレがサンタクロースであることを信じる。
だが、何で俺がサンタのことを知っていてもいいのか、それは説明すると長くなるからやめておこう。とりあえず付き添いの俺は、リプレの正体を知っていても何ら問題はないということだ。
それにしても理不尽この上ない言い分だ。人をこの一年間散々振り回しておいて、そんな言い分通用するとでも?
通用するわけがない。だが、現実的な問題に直面していることに俺は気付いていた。
「なんで、一ヶ月以上も前に申請しておいたパスポートが、いまだに発行されないんだ?」
そう、この時のために予め俺は親父に法定代理人を頼み、一ヶ月前にパスポートの申請をしにいったのだ。しかし、予定日になっても一向にパスポートが発行されることはなく、窓口に行ってもまだ少し時間がかかるといわれ、軽くあしらわれるのだ。
「あらそう、ふ〜ん。それは残念ね。どうしても行きたいっていうなら来てもいいけど、幸介だけ不法入国者として捕まっても私は知らないわ」
悔しげに俺はリプレを睨みつけるが、彼女はつんと顔を横にそむけて、視線をずらした。
それは俺がいない方がいいということだろうか。
口をへの字に曲げて、俺は彼女に背を向けてあぐらをかいて腕を組む。良く考えろ。ここは俺の部屋、そして、リプレはわざわざ俺にオーストラリアに行くことを告げてきたのだ。これは一緒に来いという、彼女なりの意思表示じゃないのか?
だが、行きたくてもパスポートはないし、結局のところいけないじゃないか。
やっぱり嫌味か?
「なにすねてるの? 馬鹿じゃない。いつまでも、そうしてれば」
そういいつつもリプレは、俺の背後まで歩み寄ってきていた。
口ではそういっても態度は真逆である彼女、だが、どうしてもこれだけは嫌味なのか、それとも、本当は連れて行くつもりなのか、どちらかは分からない。
そのまま考え込んでいると、俺の肩にリプレの手が触れた。
反射的にリプレの方を向くと、彼女は慌てて顔を背けた。気のせいか彼女の頬がほんのり朱に染まっているように見えた。
「べ、別にあんたのためじゃないんだからね。ただ、私は……」
視線を横にしたまま、頬を朱に染めて、最後の方は聞き取れないほど弱々しい声でリプレは言っていた。
右手は俺の肩、左手は彼女の背中、一体何がそこにあるのだろうか。
「なんだよ、最後まで言ってくれよ。すっきりしないだろ」
俺の言葉に口をつんと尖らせたまま、リプレは背中に隠していた左手を差し出していた。その左手を見て俺は言葉を失った。
彼女の左手は紺色の手帳を持っていたのだ。日本の象徴の菊家紋の下にJAPANの文字、それは明らかにパスポートだった。受け取って中身を確認すると、北神 幸介という名前に加えて、身分を証明できる情報と写真も載っていた。
「ありがとう、まじで助かった!」
俺は思わず立ち上がり、リプレの左手を両手で握り締めて、ぶんぶんと上下に揺らしていた。リプレは恥ずかしそうに、だが、また悔しそうに俺を睨みつける。
「べ、べつに感謝される事なんてしてないんだから!」
そう言って俺の両手を振りほどいて、くるりと回り、俺に背を向けて颯爽と歩きだす。
これは要するに、俺に付いて来いという意思表示だ。間違いない。
だが、一つ、疑問が残る。パスポートの受領って確か本人しかできなかったような。
「なぁ、パスポートの受領って本人以外にできないんじゃないの?」
疑問を率直にぶつけると、彼女は足を止めて背を向けたまま答えた。
「私はサンタクロース候補生よ。このくらいのぎ、受け取りなんて朝飯前なんだから」
今ちょっと、何かいいかけたよね? ねえ? 「ぎ」ってなに?
いや細かい事は気にしてはいけない。それにこれはリプレの好意なんだ。ありがたく受け取っておくべきだろう。
とにかく、これで彼女の付き添いとして、オーストラリアにいけるのだ。待っていてくれ、永遠に続く砂浜と水平線、エアーズロック、オペラハウス、カンガルーにコアラにタスマニアデビル!
オーストラリアというだけで何の脈絡もない単語を並べた。だが、俺の興奮を満たすのには充分すぎた。
「早く支度しなさい! 別に置いていってもいいんだからね!」
妄想に入ろうとした俺に、リプレは顔だけこっちに向けてそう言い放つ。
「え、今すぐに出発するの?」
「当たり前でしょ!」
リプレはさも当然のごとく、腕を腰に当てて言っていた。
「え、ちょっと、まだ水着とかの用意が」
「いいわ。じゃあ、私一人で行ってくるから」
そう言って部屋の前でドアを開けるリプレ、その扉の向うには旅行用の鞄が準備されていた。
「少し時間をくれよ!」
「待ってあげない」
俺の必死の懇願を聞こうともせずに、リプレはそう言い残して思い切り扉を閉める。乾いた大きな音が、俺の部屋に響き渡る。
耳を押さえそうになるほど大きな音、しかし、ここでちんたらしている暇は無い。俺はすぐに準備に取り掛かる。
押入れから埃を被った黒いボストンバックを取り出して、その中に研修期間である4日分の着替えを入れる。通貨交換しておいた5万円分のオーストラリア$の入った財布も放り込む。水着も入れて、そのほかの色々と必要なものも入れた。
俺は紺色の疑惑のあるパスポートもいれて、バッグを持って勢い良く部屋を飛び出した。
とにかく急いで三階から一階に荷物を持って駆け降りる。それでも20分はかかっただろうか。
玄関にあるはずのリプレの靴はなく、俺は焦燥感を露にして靴を履き始める。母さんが騒がしさに気付いて、台所から顔をだしてこっちを見ていたが、今は構っていられない。
「幸介、ちゃんとリプレちゃんの両親に挨拶するのよ!」
急いでいた俺の耳に届く母さんの声に、鷹揚に手を振って「行ってきます」と声をかけてドアをあけた。リプレはおそらく里帰りするとでも、両親に説明したのだろう。
あいつ、やけに手際がいいな。
そんなことを思いながら、俺は外に出た。肺が凍りつくような空気を吸い込んでから、俺は辺りを見回した。薄らと雪が積もり、さながらホワイトクリスマスを演出してくれているように見える。
しかし、今はまだクリスマスではない。
家の塀の向うに反射する赤いテールランプに、黒のセダンのバンパーが見えた。リプレがちゃんと待ってくれていることに、俺は胸をほっと撫で下ろした。肩からずり落ちそうなっていたバックを、掛けなおしてから俺はその黒いセダンに乗り込んだ。
ガラの悪いフルスモークのブラックセダンの車、後部座席に座ると、隣には既にリプレが腕を組んで待っていた。
「さあ、行って!」
俺が乗り込むのを見ると、彼女は運転席の男に命令する。運転席に座っていた赤スーツを着た男が車を発進させる。
両親は疑問に思わないのかというと、それは心配ない。彼女はオーストラリアの富豪の娘ということで話を通しているからだ。車は閑静な住宅街を進みだして、スリップしないようにゆっくりと走り出す。
「あのさ」
俺の言葉に、ムスッと外をじっと見たままのリプレは答える。
「なによ?」
「俺、海外初めてなんだ」
なんでもない話、だが、ここは何か言っておかなければ、息もできなくなるほど空気が重くなりそうだ。だから、声をかける。
「それが、何か?」
彼女は目だけちらりと俺のほうに向けたかと思うと、すぐに外の流れる景色に目を移す。
「日本以外に行った事あるんだろ?」
「まあ、一応ね。で何か?」
リプレは頑固に腕を組んだまま、それでいて恥ずかしそうに答えていた。
「俺、日本でるの初めてだからさ、色々と教えてくれよ」
俺の言葉に、今度はちゃんとこっちに振り向いて、リプレは言った。
「いやよ」
リプレはそう言って車の窓の方へと、顔を向ける。俺からでは彼女の表情は窺えない。
「でも、どうしてもって言うなら教えてやらない事もないわ」
車のガラスがリプレの顔を反射させて、その表情が見れる。むすっとした相変わらずの無愛想な表情、だが、それでいてなぜか、俺には彼女が嬉しそうにしているように見れた。
窓ガラス越しに目が合って、俺はリプレの目を見ながら、笑顔で答えた。
「じゃあ、その時は頼むな」
急激に火照っていくリプレの耳、ブロンドのヘアから見えていたうなじまで真赤に染まっていた。
「ああ、あんたなんかに、おおお、教えたくなんかないんだから!」
彼女は慌てながら、俺の方に向いて顔をチラチラと見たあと、また車の窓に向き直る。
美少女となりにこんなやり取りをしているのを学校の友人に知られると、まず命はないだろうな。そう思いつつ、一向に高速道路に上がらない車を俺は気にしていた。空港に行くには高速道路を使わないと、数時間はかかる。それに加えてふと思う。
今の時間帯に空港からオーストラリア行きの便が出ているのだろうか……。
車は空港に向うどころか、その逆方向に向いだす。
「おい、空港には行かないのか?」
俺は抑えきれない疑問と不安を、運転手に問う。しかし、答えは返ってこない。
リプレを見ると、彼女は相変わらず流れる景色を見て、ときおり個人で自宅に飾りつけてあるイルミネーションを見て、「綺麗」と呟いている。
ずいぶんと余裕じゃないか。彼女がこの様子だとおそらく、おそらくだが、心配はいらないはず……。
一抹の不安を抱えつつ、俺は車のシートにもたれかかり、目を瞑った。正直、なにもかもが不安だ。いや、だが、彼女は世界で知られる? サンタ共和国のサンクローラアカデミー主席の人間だ。ここは彼女を信じよう。
「起きなさい! 着いたわ」
強い口調でリプレに声をかけられて、俺は薄らと目を開ける。どうやら目を瞑っている間に爆睡していたらしい。
車の室内電気がつけられていて、光の線が目に突き刺さって微妙にまぶしい。横にいた彼女は、いつの間にか俺の座っていた座席のほうのドアを開けて立っている。
外気が流れ込み、その冷たい空気が肺を凍りつかせる。
外をみれば、そこは閑静な住宅街から離れた、小さな滑走路だった。滑走路の上にある黒色セダン、その向こう側には真っ赤なトラックに、真っ赤に塗られたソリに繋がれたトナカイ八頭。
ん? トナカイにソリ……?
「あのさ、俺まだ寝ぼけてんのかな? なんかソリとトナカイが見えるんだけど」
まず日本ではありえない光景、いや、他の国でもこんな光景はそうやすやすと見られないだろう。というか、ソリとトナカイって定番すぎだろ。
俺が視線をトナカイたちに向けると、真っ赤なソリに繋がれたトナカイが退屈そうにこっちをみている。お願いだから、俺の言ったことをリプレに否定してほしい。
しかし、現実離れした現実は、そう甘くはなかった。
「寝ぼけてないわよ。あれはソリにトナカイよ」
まて、おい。移動するのにソリってどういうことだ?
それ以前に、いつの間にリプレはその真っ赤なミニスカートのサンタコスプレに着替えて、あれに乗る準備が万端なんだ?
聞きたいことは山ほどある。しかし、俺が口を開こうとした瞬間に、彼女はそれを遮って言う。
「早く着替えなさい、置いていくわよ!」
それでも、俺の爆発しそうな疑問は、口から漏れ出ていた。
「あのさ、一つ聞いていい?」
「なによ?」
目が点になっている俺に、彼女は眉を顰めてこちらを睨む。
「あれってさ、トナカイにソリだよね?」
「そうよ。故郷ではアレが乗り物で皆普通に乗ってるわ。いわば、ここでいう車みたいなものかな」
そこまで説明は求めてない。短い説明にもかかわらず、妙に長く感じられる。やっぱりこれが受け入れがたい現実だからだろうか。
「で、アレで海越えられるの?」
「当たり前じゃない。トナカイは空だって飛べるし、オーストラリアにだって簡単にいけるわ」
さらっと非現実的なことを言ってのけるリプレ、俺は夢であってくれと祈りつつ頬を抓ってみた。
痛い。やっぱり寝ぼけもしてないし、夢でもないらしい。今ここで自分の顔が見られるのなら見てみたい。
青くなって行く俺の顔を……。
「で、だれが手綱を引くの?」
「私に決まってるでしょ!」
「まじかよ……」
俺は顔を抑えて首を左右に振っていた。その様子を見ていたリプレは不服そうに俺を睨みつけている。背中に刺さる痛い視線でソレがすぐに分かった。
「アレ、ほんとに飛ぶの? それにちゃんと手綱さばけるの?」
「私を誰だと思ってるの。サンクローラアカデミー主席、リプレ・ゼントア・ゲルーデよ。アカデミーではトップの腕だったのよ!」
自信満々に言うリプレに、俺は疑いの視線を向ける。
トップクラスの腕というのはいいとして、いや、よくないが、とにかくここはソリで走った回数を聞かなければならない。一番大事なことは、何より経験とそれに応じた時間だ。それに限る。
「なぁ、あれに乗って走ったこと何回あるんだ?」
最後の一言に彼女は眉を顰めて睨みつけてくる。
「アカデミーの授業で一発合格したのよ。い、一回しか乗ってないことに何が悪いのよ!」
いや、悪い、悪すぎる!
トナカイの手綱引くのも、アレに乗るのもこれが二回目ってどういうことだ?
安全は保障されていないじゃないか。俺を殺す気か。あの余裕は一体どこに行った?
リプレは先ほどとは打って変わって、俺の問いに少し動揺していた。
「すまん、やっぱり一人で行ってくれ……」
とにかく死ぬくらいなら行かないほうがましだ。それにトナカイが空を飛べるわけがない。俺は再び車のシートの上で目を瞑る。
「べ、別にあんたが来なくても、一人で行けるわよ! でも、でも……」
俺は狸寝入りを決め込んだ。
彼女が何を言おうが、絶対あのソリには乗らない。絶対にだ。
「でも、私が付いてきてもいいって言ったんだから、来なさいよ!」
それでも俺は目を瞑ったまま、いや、薄らと片目を明けて、ミニスカサンタのリプレを見ていた。
肩についたフリルにボディラインを強調した胴の赤い服、そしてこの寒い中では見ているほうが凍えそうなミニスカート。
そんな彼女もやっぱり乙女だ。不安もあるんだろう。今にも泣き出しそうな表情をして、俺を見つめていた。
俺は今から約一年前、ちょうどこのクリスマスに赤い手紙をもらっていた。そう、まさにサンタからのプレゼントだ。あの手紙にはこう書いてあった。
『あなたはサンタクロース候補生のトナカイに選ばれました。拒否権はありませんが、嫌なら嫌なりに未来のサンタクロースのために、付き添ってあげてください』
理不尽な一文、それで俺は仕方なくリプレを出迎えた。
それでも約一年間、一つ屋根の下で同じ時間を共有し、同じときを過ごしてきた。思い出すときりがない大変な思い出、腐れ縁か、いや少し違うな。
でも、嫌なら嫌なりに付き添ってやる。それがトナカイの役目だ。
「あんたなんかいなくたって、いなくたって……」
リプレのその口調の最後の方は、今にも泣き出しそうなほど弱々しく車の中に響いていた。俺は完全に目を開けて彼女の顔を見据える。
「わかったよ。仕方がないさ、サンタに付いていくのがトナカイの役目なんだろ?」
リプレは潤んだ目を指で擦りながら、俺の顔を見ていた。
「べつに、泣いてなんかないんだから、それについてきても全然嬉しくないんだから!」
その割には頬を朱に染めて、口がほころんでいる。だが、これ以上は突っ込まないでおこう。
「準備はあのトラックでしてください」
今まで無口だったあの運転手が、運転席から顔を覗かせていた。あのトラックって言うのは、ソリの横辺りに止まっている真っ赤なトラックか。俺は車の外に出て、白い息を吐きながら、トラックに向かって歩き出す。
その横をリプレが歩く。
「あんたの側が良いわけじゃない。ただ、トナカイの世話をするのもサンタの仕事だから」
別に聞いてない事を、彼女はべらべらと喋ってくれる。
「わかってるよ」
横目でリプレを見ると、彼女は頬を朱に染めて睨みつけてきていた。
「かわいいな」
「え?」
俺の一言に呆気にとられて、口を一瞬だけ開く。そのあと、耳まで真っ赤に染めて、地面を見据える。
「う、嬉しくなんか……あるんだから」
最後の方は聞かなかったことにしておいたほうがいいのか?
いや、とにかく心にとがめておこう。俺達はいつの間にか赤いトラックの前に来ていて、リプレは俺に中に入るように促した。
コンテナつきのトラックの中に入ると、専属の女性が待っていた。
真っ赤なリクルートスーツを着た女性、胸のところが微妙にはだけているのが気になったけど、気にならない。嘘、気にはなる。
「あら、あなたがあのリプレちゃんのトナカイさん?」
「ええ、そうですけど……何か?」
困惑する俺に女性はくすりと笑ってから言う。
「可愛らしい男の子ね」
いや、かっこいいとか言ってくれるなら照れるが、それはさすがに褒めてない気がする。それに生まれてこのかた可愛いなんていわれたことはない。
「さあ、こっちに来て着替えましょう」
促されるままに着付け場所までいく俺は、その途中に何度か質問する。
「あのソリって本当にとぶんですか?」
「ええ、もちろんよ。サンタ共和国では、アレが車の代わりにもなってるのよ」
「そ、そうなんですか……」
正直まだ飛ぶのかどうかもわからないものに、うんうんと二つ返事を返す自信はない。
「数時間も乗ってれば、すぐにオーストラリアに着いちゃうわよ」
「え? でもここからオーストラリアって……」
「ええ、かなりの距離があるわね、でも安心しなさい。なんといってもリプレちゃんが手綱を引くんだから」
いや、それが一番の不安要素なんだが……。というか本当にあのソリで行くつもりなんだ。この人達の頭は大丈夫なんだろうか?
そんなことを口にしようものなら、このお姉さんに何をされるかわからない。だから、黙っておこう。
というか、俺って着替える必要あるの?
ふとした疑問に気づいた俺、だが時既に遅し。
さすがはサンタクロースのいる御国、ここまでの計らいも凄く現実離れしているけど、服装においても現実離れしすぎている。雑談を交わしながら、俺は着付け場所に付いていた。そして、ハンガーにかけられている目の前の服を見て、絶望していた。
「さあて、あなたの服を着せるから服脱いで」
このお姉さん、何か危険を感じるが、それよりもここで俺が着替えなければならない理由が全く分からない。というか、目の前に用意された茶色い服に、失意と絶望、そして付いていくといったことに対する後悔の念を、俺は奥歯でぎりぎりと噛み締めていた。
「もう、早く服脱ぎなさい!」
女性の声に嘆息をついてから、俺は恥ずかしがりながらも服を脱ぐ。その仕草を女性にからかわれて、余計に赤面してしまう。
みっともないが姿だが、仕方が無い。わけがない!
こんな服着るのは、いくらなんでも俺のプライドが許さない。
なんせ、目の前にある服は……。
「さて、完了よ」
着終わった俺に、女性は頭につけるためのトナカイの角を押し付けてくる。
鏡に映る俺の姿、それは俺の人生で過去見たことないほど滑稽なものだった。
鼻の天辺に赤く丸い球体を付けられ、胴から首にかけての白い部分をよければ、ふわふわの茶色く染められたつなぎなのだ。丁寧にトナカイ耳付きのフードまで付いている。
クラスの連中には絶対に見られたくない格好だ。ちくしょう、こんなことなら行かなきゃ良かった。
呆然とする俺を女性は入口まで連れ行き、背中を押してトラックから無理やり送り出さす。
「行ってらっしゃい。トナカイさん」
まあ、そういわれても悪い気がしな、いやする。めちゃくちゃ不服だけど、とにかく今はソリに乗らなければならない。
リプレは既に手綱を握ってソリの座席にちょこんと座っていた。その近くにいたあの運転手の男が俺に気がついて近づいてくる。
運転手も、もちろん真っ赤なスーツに身を包んでいる。運転手は俺の目の前で立ち止まり、急にしゃべりだした。なぜかオレの姿には無関心のままだ。
「ソリが地から離れたら、絶対に外に顔を出さないでください」
俺はソリに乗るのが初めてということもあり、運転手は手際よく乗る手順を細かに指示していく。ソリの乗り方から降り方まで、細部にいたるまで全てを教えてくれる。
けど、ソリの乗り降りに細かい指示って必要なのか?
ある程度説明を受けていく内に、その細かな指示や説明の必要性があるのかが分かった。
要約すれば、ソリが空を飛んでもはしゃぐな、騒ぐな、暴れるな。でなきゃ、ソリから落ちるぞって脅しだ。
説明を終えてから、俺はソリに乗り込む。真横にはリプレが待っていて俺の格好を見て笑みをこぼしていた。
「何よ。その格好!?」
「う、うるさいな。着替えさせたのおまえだろ!」
「違うわ! トラックにいたリーセンさんよ。それより、みんなに見せてあげたいわ幸助の晴れ姿」
「冗談もほどほどにしろよ。本気で怒るぞ」
俺が機嫌を損ねたのを見てから、リプレはなぜか楽しそうな笑みを浮かべていた。最初に俺の家に来たときは、もっと硬い表情をしていたのが妙に懐かしく思える。
ふと俺がトラックのほうへと顔をむけると、トラックの前で俺を着替えさせた張本人のお姉さんが笑顔で手をふっていた。
俺は釣られて手を振り返そうとした。その時だ。
「行くわよ!」
リプレは急に声をかけてそりを発進させた。それと同時に急激な加速Gが体にかかる。
急加速に流れる景色、月のない満点の曇り空が俺たちの旅を祝ってくれているみたいだ。ただ、これはトナカイの引っ張るそりだ。トナカイもそりも、どんなに急に走ったって空なんか飛べやしない。
まさか、このままこの滑走路ぐるぐる回るだけなんてことも……。いままでの展開から察するに、ありえる。
だが、そんな俺の予想に反して、お腹の内側をくすぐるような感覚におそわれる。
この感覚、まるで飛行機が離陸したときのような感覚だ。段々と周りの景色が、下のほうへと遠ざかっていく。そうまさしく、このそりは空を飛んでいる。前のトナカイは空中にある見えない道をけって、空を駆け上がっていく。
見る見るうちに、街の明かりが下方へと消えていった。
「とんだ、飛んだんだ!」
俺は興奮気味に言っていた。
闇夜の中、リプレと二人、空を飛んでいく。
急激に上昇していくソリに、俺は興奮を抑えきれずに叫んでいた。
「飛んでるよ! 飛んでるんだ!」
「うるさい! 少し黙ってなさいよ」
リプレに怒鳴られて、意気消沈、でも悪い気はしない。
真夜中に飛び上がる赤いソリは、雪を降らせていた雲をあっという間に突き抜けていた。雲をつきぬけ、それと同時にトナカイは雲の上を駆け出していた。
「幸介、上みてみなさいよ」
雲海を走るトナカイに気を取られていた俺は、リプレの言葉に空を見上げていた。
真っ黒な空の中で、無数に散りばめられた星たちが輝いている。暗闇のキャンバスに輝く星達が、手でつかめそうなほどとても近く感じられる。
オーストラリアに向って一直線に飛んでいくソリの上、心地よい沈黙が流れている。俺とリプレを乗せてとてつもない速度で進んでいるはずなのに、それでも空での上ではゆっくりと感じられる。
「すごい。星空……」
色とりどりに輝く星たちには、とても粗末な言葉、だが、それに見合った言葉が出てこなかったらしい。リプレの呟きに俺は同意する。
「すごいな……」
二人で感嘆の溜息をもらす。
クリスマスまであと1日、プレゼント配布実習の待ち受ける地、オーストラリアでは何が待ち受けているのだろうか。
不安はある。けどそれ以上に二人でいるという安心感がある。
俺はリプレを信じている。
僕は信じている。
サンタクロースの美少女を……。
FIN
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2009/12/28(Mon)13:12:52 公開 / サル道
■この作品の著作権はサル道さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
師走時にクリスマスをテーマとした作品を投稿する。
どうもサル道です。
クリスマス、欧米じゃあそのままのテンションで年越しするらしいですね。だから、今投稿しても、なんら問題ないはず。なんて、言い訳をしてみました。
今回はクリスマスをテーマにということで、自分なりによくありがちなベターな展開を、コミカルに書いてみたつもりです。
恋愛物なんてかけないよ!ってことで、色々考えてました。が、結局ユー○ンの恋人はサンタクロース♪の一フレーズからこんな妄想が出来上がってしまいました。
忙しい時期にこんなくだらない妄想しか書けない私を許してください。
至らない部分もありましたでしょうが、そういうところは指摘していただきたい限りでございます。同時に感想もお待ちしております。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。