オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『クリスマスのあなたに幸福を』 作者:湖悠 / リアル・現代 ファンタジー
全角17353文字
容量34706 bytes
原稿用紙約51.95枚
クリスマス。幸せを無理矢理掴み取るあいつらが帰ってくる。

「会いたい」
 男は静かに呟いた。12月の凍える寒さの中、電灯だけが照らす路地に男は一人で歩いていた。
「雪子……」
 白い息が空へ浮かび上がっていく。その息のように自分も飛ぶことができれば、そうすれば空から彼女を探すことができるのに。男は浮かんでは消えていく息を見つめ、ただそう思った。
 数分の時が流れた。その間男はずっと歩き続けていたが、ついに心が折れ、その場に座り込んでしまった。男の探し求めているものを見つけるのは、字を書いた米粒を砂漠で見つけるようなものだった。
「一億分の一……くそ、やっぱり見つかるわけがないか……はは、僕は何をやってるんだろう」
 男は寂しく笑った。思えばあれから何年経つのだろう。彼女と別れてどれくらいの月日が流れていったのだろう。当然のことながら彼女は住まいを移し、どこに居るのか見当もつかない。もう諦めてしまおうか。男がそう思った時だった。
 突然、男の胸元から何かが滑り落ちた。それは宝石が埋められた指輪だった。約束の指輪。彼女と別れていなければ、あの日、クリスマスに渡すはずだった指輪……。男は慌てて指輪を追いかける。指輪を見た時、また男の心に『会いたい』という願望が蘇った。どうにかして、この指輪を渡したい。どんなものを失っても、せめて、この指輪だけは彼女に。
 指輪は電柱にぶつかって動きを止めた。男は良かった、と指輪を拾う……が、そこで彼はある物に目がいった。電柱に付けられた貼り紙だ。
「なんだこれは?」
 貼り紙には、『あなたの相談何でも受け付けます』と文章が綴られ、その下にマジックペンと思われる太文字で『幸せ屋』と書いてあった。場所は、興福寺という寺の近くと小さく記してある。男は胡散臭さも感じたが……。
「相談を何でも……そうか、そうなのか。なら、僕は相談するべきなんだろう」
 悩んでいた自分の前に突如現れた『幸せ屋』の存在。それはとても、運命じみた何かを感じさせた。そして、男は貼り紙をむしり取り、歩き始めた。






 
『クリスマスのあなたに幸福を』




 1

「真田ぁっ!!」
 狭い小屋に誰かさんの怒号が響く。
「何なのよこれ! 一体どういうつもり!?」
 彼女は一枚の紙きれを俺に押しつけた。これは……俺が手掛けた宣伝用の貼り紙だな。しっかし何だ? 文句のつけようのない出来のハズだが。
「ここよ! ここ見て!」
 指で示された文章を読んでみる。
「『あなたの相談何でも受け付けます』と書いてあるな。で、それがどうした?」
「どうしたもこうしたも、これじゃこの誇り高き幸せ屋がどこかの就職相談センター化しちゃうかもしれないじゃない!!」
 それもこのご時世じゃ結構いいと思うが……まぁいいや。
 俺の名前は真田 幸雄(さなだ ゆきお)。幸せ屋のバイトを務めている。俺がここで働くキッカケとなった事件もあるのだが……長いからまた今度にしよう。そしてさっきから雛鳥のように騒々しく、短く髪を後ろに縛った小柄な彼女は桜井 加奈(さくらい かな)といい、このボロ小屋、『幸せ屋』の店長である。ちょっと電波な事を言うが、本人いわく、本物の魔法使いらしい。が、やることのほとんどが低レベルのマジックに近いので、俺は魔法使いというよりも手品師として見ている。だってやってる事が全て手品なんですもの。仕方がないよね。
 それにしても、幸せ屋について語ろうと思ったが、語るべきことが少なすぎる。一言で表せてしまうのだ、この店は。加奈は幸せを届けるやらなんやら言っているが、要は『何でも屋』だ。ほら、一言で表すことができた。単純なんだ、この店は。
「それにしても客が全然来ないな。まぁ、いつも通りっちゃいつも通りなんだけど」
 加奈は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「フン、それだけこの世の中は幸せに満ちてるって事じゃないの。いいのよ、客が来なくたって」
 嘘つけ。昨日は郵便配達で訪れた奴に笑顔で「いらっしゃいませ!」って言ったくせに。それに今この世界は全然幸せになんて満ち溢れていないだろうに。どっかの誰かの失敗で世界は大混乱中だ。この不幸せな今でさえここには誰も来ない。いい加減店をたたむべきだと思うけどなぁ。
 溜息をつき、キッチンに向かった。なんとなくコーヒーが飲みたくなったからだ。こういう暇な時にはいつもコーヒーを飲んでいる。少し前にこのボロ小屋の物置に放置してあったインスタントのコーヒーを見つけ、暇だったので湯を沸かして飲んだ時以来、その苦味にハマり、最近ではいろんな会社のものを試している。これが今の趣味だな、うん。
「またコーヒー? おっさん臭いなぁ」
 大人だと言え。つかコーヒー飲めないお子様よりは絶対良いと思うぞ。
「加奈、お前も何か飲むか? あ、今日は紅茶を持ってきたぞ」
「砂糖は?」
「ない」と言うと、加奈はそっぽを向いた。
「ならいらない」
 ……ほら、やっぱりお子様だ。
 しばらく、俺のコーヒーブレイクが続いた。香ばしい匂い、そして味わい深い苦味。うん、やはりコーヒーは最高だ。まぁインスタントだけどな。いつかは喫茶店にでも行って、渋いマスターに「ブラック一つ」とでも言ってみたいものだ。本物のコーヒーで静かな休日を過ごす……ああ、なんていいんだろう! 少なくともこんな汚いボロ小屋で安っぽいコーヒーを飲んで過ごす土曜日よりは、遥かに、倍以上は良い休日だ。よし、今度名所を探しておこう。是が非でも行こう。そして手に入れよう。最高の一時を。
「悪い、加奈。ちょっと本屋に――」
 その時、誰かの来訪を告げるベルが鳴った。クソ、なんて悪いタイミングだ! 客じゃなければいいんだが……。
 不安を抱え、静かに玄関のドアを開いた。
「どうもこんにちは」
 そこには、ヨレヨレのコートを着て、頭はボサボサの、30代と思われる男性が立っていた。やばい、これ依頼人っぽい。いや、違うか? 違うっぽい感じにしておこうかっ。
「えっと、ここにはどのような用件で? 就職相談センターは一つとなりですが……」
「いえ、ここであってます」
「あ、もしかしてキノコ狩りですか? 確かにここはキノコが生えてそうなくらい不衛生なとこですが、さすがにキノコは俺の中心部にしか生えていないのでお帰りくださ――」
 その時、俺の後頭部に何か固いものが直撃した。振り返って確かめてみると、どうやら加奈が投げたようだ。
「あんたは何やってんのよ! あ、すいません、新人のバイトなもので……では中にお入りください」
 上手い切り返しだな。さてあとは店長に任せて――。
「あんたもくるのよ!」
 マジですか。え? マジですか? お、おい、行くのかよ!? お、俺のコーヒーラァァァイフゥゥゥッッ!!
 加奈に引きずられ、俺達は狭い小屋へと入って行った。ついでにこの小屋を説明しておこう。この小屋にトイレはない。風呂はなぜかあるのだが、トイレは外にあるものを使わなければならない。おそらく寺のものだと思うのだが、加奈が貼り紙をつけて占拠している。また、風呂だけは立派で綺麗だ。なぜなら俺が毎日掃除しているからである。俺は別にここの風呂には入らないが……不衛生な風呂に女子が入ってほしくないってのが本音だ。それがこんな奴でも、俺の女子に対する綺麗なイメージを崩させたくない。いや、まぁこいつのせいで大分崩れてきてるけどさ。
 ソファに男性と向かい側に腰かけ、話を聞く体勢になった。
「え〜、とりあえず名前をお伺いしてもよいですか? ついでに俺の名前は真田幸雄。こっちが店長の桜井加奈です」
「僕は剛田 雄介(ごうだゆうすけ)と言います。あ……君たちはまだ若いんだね。というか、君が店長……?」
 雄介さんが目を丸くして加奈を見つめた。気持ちはわかる。俺も最初そんな反応だったしな。
 一方加奈はあからさまに嫌そうな顔をしていた。顔に出やすいタイプだからね、こいつ。
「ああ、ごめんなさい」それを察してか、雄介さんは加奈に謝った。「びっくりしてね。君たちみたいな若い人たちが、こんな仕事を……あ、いや悪い意味ではなくてね。結構大変だろう?」
 依頼が多く来れば、そりゃ大変だろう。しかし、俺達はほぼ毎日暇のようなものだ。大変だ、とか、面倒だ、とかは――正直何度も思ったが、本気で折れるほどじゃない。
 ――ふと、自分がこの仕事にやりがいを感じている気がして身震いがした。
「大変とかは言ってられません。仕事ですので」加奈は真面目な顔で言う。「ところで、今回の依頼は……?」
 ハッとしたように雄介さんが顔を上げた。
「そ、そうだった。実は頼みたいことなんだけどね……人を探してほしいんだ。写真もある」髪が長く、目がぱっちりとした女性が映った写真がテーブルに置かれた。「彼女の名前は澤田 雪子(さわだ ゆきこ)だ。連絡が取れなくなってしまってね」
 写真をよく見ると、その雪子という女性はかなり綺麗な顔立ちをしていた。こんな美人を、この人は何故探しているのだろうか?
「何故この人を探しているのですか?」 
 俺と同じ考えに至ったのか、加奈が質問をした。雄介さんは写真を悲しげに見つめ、しばらくしてようやく口を開いた。
「彼女は……雪子は、僕と付き合っていた。一緒に、狭いアパートに住んでいた。……結婚する約束もしてた。それなのに、あの日――」
 そこまで話して、雄介さんは顔を青くして頭を抑え、何かにおびえるように肩を震わせてうつむいてしまった。俺と加奈が同時に駆け寄り、声をかけたが、まるで聞こえないようだった。
 しばらくして、ようやく落ち着いたようで、顔を濡らしていた汗を拭い、雄介さんは再び話し始めた。
「ごめん……少し、というかかなりトラウマでね。12月24日、およそ6年前のあの日、僕は……事故にあったんだ……車に……撥ねられ……」
「だ、大丈夫ですか?」見てられず、声を掛ける。「無理はなさらないでください」
 雄介さんは苦笑いを浮かべ、「大丈夫」と答えた。とてもじゃないが大丈夫そうには見えない。汗はまだ出ているし、顔は青白い。さっき、車に撥ねられたとかそんなこと言ってたな……。事故が起こった時の記憶がフラッシュバックしたんだろうか。
 顔の汗を袖で拭い、また話し始めた。
「その後、僕は井勢季総合病院に入院したらしい。かなり重傷だったようでね。つい二、三日前に目が覚めたんだ。それで、雪子と連絡を取ろうとしたんだけど……彼女は携帯の電話番号を変えていてね。しかも彼女の両親は既に他界して、実家は売り飛ばされていた。僕らが住んでいたアパートも無くなっていた。6年という月日で、僕は色んなものを失ってしまったんだ……」
 俯く雄介さんに、何も声を掛けることができなかった。まるで浦島太郎だ。色んなものが新幹線のように早く変わりゆく現代は、たった6年という月日でこの人のすべてを奪ってしまっていたのだ。6年……この人が探す雪子さんとやらは、その6年をどう過ごし、そして今どう生活しているのだろう。まだ雄介さんを待ちわびているのだろうか。それとも、雄介さんには残酷だが、既に他の人と……。
「雄介さん、良いんですか? こんな事を言うのは悪いと思いますが、6年という歳月で人は十分に変われます。もし雪子さんが見つかったとしても、あなたにとって残酷な現実が待っているかもしれません」
「それでも、良い。僕は彼女とよりを戻したいわけじゃない。これを、これをただ渡したいだけなんだ」
 雄介さんがポケットからあるものを取り出した。それは、小さな宝石が埋められた指輪だった。
「彼女へのクリスマスプレゼントになるはずだった指輪だ。せめて、これだけは渡したい。彼女を傷つけてしまったと思う。彼女を独りにさせてしまっていたから……その詫びとして、渡したいんだ」
 だが現実を見れば、今どう言っていても絶対に心は傷ついてしまう。ただでさえ時代に取り残されているんだ。もし雪子さんさえも失ってしまえば、雄介さんは完全に――。
「わかりました。その依頼、受けましょう!」
 迷うことなく、まったくためらわず、加奈はまっすぐにそう言った。
「あ、ありがとう! あ、依頼料は――」
「お金はいらないです。私たちはお金を集めるためにやってるんじゃありません。幸せを届けるためにやっているのですから」
 なっ! お、おい、またタダ働き!? そんなん嫌だ。今回ばかりはさすがに降りさせてもらうぞ!
「い、いいのかい? でもそれじゃ僕の気がすまない……あ、そうだ、お金じゃなく、物ならどうだい? 今住んでいる小さなアパートにコーヒーメーカーがあるんだ。それを是非!」
 コーヒーメーカー? コーヒーメーカーって、あのコーヒーメーカー!?
「え、いや、私はコーヒーが苦手なのでそれは、」
「是非いただきます!! その礼として全身全霊をこめて雪子さんを探します!!」
 俺は雄介さんの両手をガッチリと握っていた。そう、俺の決意は固まったのだ。
 なんとしてでも、コーヒーメーカーを手に入れるために雪子さんを探し出す!! 
 冷たい視線を送る加奈を無視しつつ、雪子さんの写真を受け取って俺は外へと走って行った。

 2

「――ってなわけで、また人探しだ。よろしく頼むぜ、名探偵啓慈くん」
 俺は市街の小さなオフィスに来ていた。一室は幸せ屋よりも広く、小さな会社の一室ほど。窓際には雰囲気のでる横に広いデスクと社長が座りそうな椅子があった。デスクの前には小さなテーブルと、ソファが二つ向かって置かれており、俺はそこに腰かけている。幸せ屋つってもただのボランティアだ。何か特別なコンピューターなどがあるわけなどない。何のスキルもないただの一般人だ。そんな俺に人探しなんてとてもじゃないが成し遂げられない。しかし、依頼を受けたからにはやるしかない。……そんな困った時には彼の登場だ。
「おい、俺はドラ○もんか? そしてお前はの○太? 困った時にい〜っつでもきやがって。言っとくけどポケットはないぞ? 四次元とか二次元とか、そんなん関係なく俺は三次元の女が大好……って何言わせんだコラ」
 この、気だるそうな目をして髪はぼっさぼさ、なのに顔立ちだけは良い少年は寛坂 啓慈(かんざか けいじ)だ。俺と同い年の高校二年生のくせに、探偵という怪しい仕事をしている。それにも訳があるらしいが、説明するの面倒くさい。――っていうか俺の同い年にはロクなのがいないな。加奈だって同い年だし。
「まぁ、いいじゃん。助けてくれよ。啓慈の慈は慈愛の慈だろ?」
「知るか。それに啓慈の慈は慈愛じゃねぇ。慈悲だ。慈悲を求めるって意味だ。……わかるか? 金がねぇんだよ。最近依頼がめっきりこないから金がはいらねぇんだよ。なのにお前なんかのためにタダ働きなんてできるか」
 その割には何不自由のない生活しているように見えるけどなぁ。冷蔵庫、テレビ、パソコン、水道も完備してあるし、なんかわからないけど風呂まである。……まぁ依頼の料金が高いらしいから、めっきり来なくなっても乗り切れるんだろうな。っていうことは頼んでもOKだな、うん。
「いや、OKじゃねぇから。お前さっきの全部言葉に出してたから。……あのな? 俺にだってけじめがあんの。他のお客と平等に仕事をしなきゃクレームくんだろうが」
「つまりなんか条件が欲しいってことか? ん〜……そうだなぁ、じゃあ加奈に俺がいつもここにお世話になってることを話してやるよ」
 啓慈は目を細めて俺を見つめた。
「それで俺にどんな得があんだ?」
「お前のことを加奈が『キャー! 啓慈くんかっこいいっ!』て言う」
「OK。さっそく作業にかかろうか」
 対応早っ。いつもいつも扱いやすいなぁ〜。こいつ無類の女好きだからねぇ。学校に来る時はいつもと言っていいほど女子と戯れているからな。
 ソファに座っていた啓慈はデスクに向かい、置いてあるノートパソコンを開いた。慣れた手つきでキーボードをいじり、画面をこちらに向けた。
「これはネット友達の時雨っていう奴にもらったソフトでさ・画像ファイルを載せて名前を入力すると、その人物の居場所がわかるって代物だ。だけどこれの困ったところは――」
「待て待て待て!!」額に浮かぶ汗を押さえつつ、両手を上げて制した。「それもろ犯罪じゃねぇかっ!! っていうかその時雨って奴何、ストーカー!?」
「いや、ストーカーじゃねぇって。ただ新しいソフトを作りたかっただけなんだって。だけどこれにも欠点があってな。今回みたいなのは大丈夫なんだけど、女の人の居場所しかわかんないんだよ」
「ストーカーじゃねぇかっ! ってかお前探偵なら警察に通報しろよ!」
「お前、探偵つのはそんないいもんじゃねぇんだぜ? 浮気調査やらを頼まれて破局の原因を作らされる時もあるし、怖い人たちに人探しを頼まれて、探し出したそいつが不幸な目になることもある。俺は警察に知り合いがいるから、事件の調査の端のまた端くらいのものを調べさせられるときもあるが、犯人はお前だ! なんて言えねぇ。ったく、皆夢見すぎなんだよ」
 だからと言ってそんな犯罪まがい、じゃなくてもろ犯罪なことをしていいってわけじゃないと思うが。てかいつもこんな調子で人探しをしてたのかこいつ……。まぁ、でもこれしか方法がない。
 犯罪を見逃してしまう自分の情けなさを痛感しつつ、啓慈に雪子さんの写真を渡し、それをスキャナで取り込んでもらった。そしてさっきのストーカーソフトに画像ファイルを挿入し雪子さんのフルネームを入力し、検索を開始させた。――ついに雪子さんの居場所がわかる。
「どれどれ」啓慈が表示された文章を読み始める。「叉村町に住んでるみたいだ。ここが井勢季市だから、九料橋を渡ればすぐに着く。ってか26歳か。俺の許容範囲にギリギリ入っ――」
「んなことどうでもいいんだよ。ちょっと見せろ。……ん? あれ?」
 ストーカーソフトには、上から順に名前、住所、年齢、そしてその他プライベートなことが記された。俺が気になったのは、名前だった。澤田 雪子という名前で検索したはずだったが、そこには……。
「変わってるな。澤田じゃなく、山木 雪子ってなってる」
 啓慈は無表情でそう告げた。
「つまり、雪子さんは――」
「結婚して変わったんじゃないか? どうする? 幸せ屋さん」
 そう言われても、雄介さんはどんなことになってでも会いたいと言っていた。だとしたら、俺はこの事実を隠さずに伝えなければいけない。……伝えなければならないのだろうか? 真実ほどキツイことはないと思う。雄介さんには、探すことができなかったと言って真実から遠ざけるべきではないのか? それが雄介さんにとっての"幸せ"じゃないだろうか? 幸せまではいかないとしても、まだ"雪子さんを探す"という生き甲斐が残る。ここで真実を伝えること。そして会いに行くことで生き甲斐は崩壊してしまうのではないだろうか? 俺は、雄介さんの生き甲斐を奪おうとしているんじゃないか?
 だが、雄介さんはあくまで雪子さんに会いたいと思っている。指輪を渡したいと思っている。そこにどんな結末が待っているとしても、だ。
「おいおい幸せ屋〜。せっかくタダ――ではなく加奈ちゃんのお褒めのお言葉をもらうって約束したからやってやったんだぜ?」
 啓慈がコーヒーを俺の前に静かに置いた。……俺好みのブラックだった。飲んで気持ちが落ち着いた気がした。
「こういう仕事の先輩から言わせてもらうが、俺達は依頼人の気持ちを尊重するべきなんだよ。そこに私情は挟むな。私情を挟むならそんな仕事辞めちまえ――……なんつってな。お前らはお前ららしくやればいいさ。まぁ、だけど依頼者の依頼には従うべきだ。依頼を承認したからには完遂しなきゃな」
 ……その時の啓慈は、いつも見る啓慈ではなく、一探偵としての啓慈だった。つまり、いつもより大人に見えたってことだ。なんか、かっこよくみえちまった。そんな自分が悔しい、がこいつが探偵をしてきた年数は長い。俺よりも現実を知っている。
 そっか。そうだった。あのバカ加奈が依頼を受けちまったんだ。なら最後までやってやろう。それが雄介さんの意思を尊重することであり、そして――それが俺の仕事だ。
「ん? 行くのか?」
 立ちあがる俺を啓慈が見つめる。
 俺は、小さく微笑みかけ、
「コーヒーサンキュな」
 と言って探偵所の出口に足を向けた。その時、啓慈が俺を呼びとめた。
「あ、一つ言い忘れてたことがあった」俺が首をかしげると、啓慈が続けた。「さっき姓が変わったのは結婚したからって言ったよな?」
「ああ、それがどうした?」
「いや……ただ、事実は思っていることと逆になることもあるってな。そう思い込むことで考えを固めすぎちまうこともある。つまり――だ」
 一瞬、そこにいる啓慈が、別人に見えた。
「逆の可能性も見てみろ。すべてが見えていて、すべてがその事実であると思い込むな。お前はもしかしたら、大事な事実を見落としているかもしれない。そう思い込め。先輩からの、ささやかな忠告だ」


 3

 幸福寺までの道のりがひどく長いものに思えた。自分の足に重りでもついた気分だ。
 なんて言えばいいんだろう。どんなフォローの仕方をしても、まるでフォローにならない。どれも冷たい現実を言うだけだ。
「参ったな……」
 ありのままに言うべきなのだろうが、俺にそんな勇気はない。言った時に、雄介さんの落胆する顔を見るのが怖い。しかし、啓慈が言ってたように、依頼を承認したからには完遂させなきゃならない。 幸せ屋は叉村町にある。井勢季市から九料橋を渡ったすぐ近くにあるので、通うのは意外と苦ではない――と思われるのだが、橋を渡るのが面倒なのだ。橋の始まりと終わりには急な坂があり、行きにも帰りにも坂を登らなきゃいけないのだ。それが非常に面倒臭い。
 ……俺は今その橋の登り坂を上っている。井勢季市から叉村町に向かう場合、叉村町から井勢季市に向かう場合の二倍近くの距離の坂道を超えなければならない。ああ、足が重い。自分の足に重りが付いてるみたいだ……。
 ようやく橋の真ん中までたどり着く。そこから刃根川を見下ろした。刃根川は自殺者が多いためか、川辺に転がる石には川に流された者の魂が入っているという話がある。……川を眺めていると、まるで吸い込まれそうだ。
雄介さんが吸い込まれないことを祈りつつ、橋の下り坂をゆったりと歩いて行った。――もうすぐ、幸せ屋だ。

「そう……ですか。叉村町にいるんですね」
 俺がすべてをありのままに話すと、少し落胆した表情で雄介さんは床を見つめた。
 加奈は何も言わなかった。なので俺も無言。小屋に気まずい沈黙が続いた。
「会いに行くんですか?」
 俺は勇気を出してその沈黙を破ってみた。
「ああ。指輪は渡したいからね。……できればお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「一緒に来てほしいんだ。雪子のところまで」
 切実な願いに思えた。一人で行くにはとても大きな勇気が必要であるから。加奈がしゃべる前に、俺は承諾した。
「では、行きますか」
 雄介さんは頷いて、外へ出て行った。
 俺も行こうと思った時、加奈が俺のズボンの裾をギュッとつかんだ。
「真田。ちょっと聞いてもらいたいことがあるの」
 真剣な表情だった。思えば、雄介さんが来てから加奈はずっとこの表情だ。一体どうしたんだろうか? トイレでも我慢してるのか?
「真面目に聞いてね。あんたっていつもどっかでふざけるから……」
「わかったわかった。それで? どーしたんだよ」
「実は――」


 幸せ屋を出てから、俺はずっとぼうっとしていた。加奈に言われたことがずっと胸につっかえていた。たまにあいつは電波なことを言う。いや、たまにじゃないかもしれない。しょっちゅうだ。だが、今回はいくらなんでも、なぁ。
「もうすぐ雪子の家だ……ん? どうしたんだい?」
 雄介さんが俺の顔を心配そうにのぞきこむ。
「あ、いえ。そうですね。もうすぐ、雪子さんの家です」
 いけないいけない。あまり深く考えるな。あいつの言うことだぞ? そんな事実があるはずがないんだ。だって――ありえない。 
「あ、ここだ」
 叉村町の西に位置する住宅街。その中で一番見た目がきれいな茶色い屋根の二階建ての家にたどり着いた。
「ここに、雪子が……」
 玄関のドアの前へと雄介さんが歩いていく。そして、震える手でチャイムを鳴らした。……何て言うんだろうか? 6年ぶりに再開した二人は、どのような言葉を、どのような顔で交わすのだろうか? 二人は6年前とは少なくとも変わってしまっている。恋人の頃の二人ではないのだ。
 ドキドキしながらドアが開くのを待っていた。しかし、ドアはぴくりとも動かなかった。間が悪かったのか、どうやら留守のようだ。
「そうか、留守か……。もしかしたら家族でどちらかに行っているのかもしれない」
 悲しげに雄介さんは呟いた。何も掛ける言葉が見つからない。
 静かに黙ったまま、雄介さんはどこかへ歩いて行ってしまった。俺が呼びとめようとすると、クルッと振り返り、
「今日はやめておくよ。明日また幸せ屋さんにうかがうから……その時また一緒に来てほしい」
 と言い、寂しげに独りで歩いて行った。一歩一歩が小さく、その姿を見ているだけで悲しさが伝わってきた。……きっと、外出していたことで改めて実感したのだろう。雪子さんの今を。明日、またここに来る。その時には自分の目で現実を見て、そして受け入れなければならない。辛いことだ。
 気づけば10分ほど雪子さん宅の駐車場に突っ立っていた。とりあえず、帰るか。加奈にも報告しにいかなきゃ。
 その時、背中を何かが押した――というよりはぶつかったというのが正しい。俺はその衝撃で前のめりに倒れた。一体何がぶつかったのか……? 振り返って見てみれば、赤い車が一台。そっか、俺車にぶつけられたのか。
 幸いそこまでの衝撃ではなく、どちらかというと倒れたほうが痛かったので大した外傷もなく済んだ。
「だっ、大丈夫ですかっ!?」
 立ち上がると赤い車から一人の女性が降りてきた。雄介さんが俺に見せた写真にそっくり……つまりこの人が雪子さんか?
「す、すいません! よそ見をしていて……怪我はありませんか?」
「あ、ああ。大丈夫です。ちょっと手をすりむいたくらいで――」
「まぁ! 血が出てるじゃないですか!! ほ、本当にすいませんっ。い、今家から救急箱をっ」
 俺の手の傷を見た瞬間、家の中へとすっとんでいった。な、なかなか大げさな人なんだなぁ。
「あっ、どうぞ玄関に掛けててくださ〜い! 私に用があったんですよね〜!」
 家の中から雪子さんの声。ってかいいのか? このご時世に他人なんて信用しちゃって。……なかなか珍しい人なんだな、雪子さんって。
 断るのもめんどくさかったので、俺は雪子さんの家にあがらせてもらうことにした。といっても言われた通り玄関口で座っているだけだが。
 玄関に入り、開いていたドアを閉めた。周りを見渡すと、家族で住んでいるわりにはどこもなにか寂しく、家具類もさして多くはなかった。ただ、玄関のドアの右にかかっていたカレンダーが俺の目を引いた。そのカレンダーはボロボロで、年号を見ると……6年前のもののようだ。
「あ、持ってきましたよ〜。すいませんね、こんなところで待たせちゃっ――ああ、そのカレンダー、気になりましたか?」雪子さんが救急箱を片手に駆け寄ってくる。
「そのカレンダーは私自身の戒めなんです。身勝手なことをして、周りの人たちを不幸にしてしまった私自信の……」
 6年前のカレンダーが雪子さんの戒め? まさか、これは――。
「天罰が下ったんです。私に、神さまからの天罰が下ってしまったんです」話す雪子さんの目が、だんだん潤み始めた。「私は愚かなことをして……そのカレンダーの12月24日にマークが薄く書かれているでしょう? 私の時は、そこで止まってしまったんです。私……私はその日に……、あ、す、すいません……勝手にしゃべって、勝手に、泣いてしまって……」
 雪子さんは手で涙をぬぐい、俺に頭を下げた。
 何も言えなかった。
 その時、俺はあることに気付いた。彼女の指には、俺が想像していたあるものがなかったのだ。啓慈が最後に意味深に語ったセリフ、そして加奈の言った衝撃の言葉が頭をよぎった。
「私は……12月24日、失ったんです……最愛の人を……っ!」
「そ、その人は雄介――剛田雄介さんですか!?」
 雪子さんが目を大きく見開き、俺をじっと見た。彼女はそのまま大粒の涙をこぼし、叫ぶように言った。
「雄介! 雄介っ! そうです、私のせいで……っ! 私が、結婚をしていながら……夫が浮気をして、そして……っ、見返したくて……そんな軽い理由で雄介と……なのに、雄介は私を本気で愛して、いつしか私も雄介を本気で愛して……っ! 離婚を決めて、雄介と一緒になるって決めたあの日、あの日……っ! あ、あああぁぁぁっっ!!!」
「ゆ、雪子さん! お、落ち着いてください!!」
 しかし、俺の声は届いてなかった。雪子さんの泣き声は悲鳴にも近いものになっていく。
「12月24日!! あの日、あの日に……、雄介は事故にあって、それで、それで――」
 その時、息を吞んだ。
 
「雄介は、雄介は12月24日、死んでしまったんです」


 4

 その後、雪子さんが落ち着いたのを確認し、俺はその場を後にした。
 雪子さんは結婚してなどいなかった。6年間の中で、何も変わっていなかった。落ち着いた時に聞いた話では、彼女は雄介さんの墓参りに行っていたらしい。毎日、行っているらしい。
 この6年間、一番苦しんだのは雪子さんだったのだ。
 雄介さんは死んでいた。それは、あの時既に加奈は気付いていた。加奈は言ったのだ。
『あの人からは魔法の類の気が感じられるの。でも、何かおかしいのよ。魔法の気は感じられるのに、生気が感じられない……。もしかしたら――いえ、確実に、あの人は生きていない。あの人は既に肉体を失い、魂の塊になっているわ』
 全然信じられなかった。だって、雄介さんは確かに見えたし、触れたし、それに話せたのだ。あれが死んでいるなんて、到底思えない。
 俺は幸せ屋に戻らず、アパートの自室に戻った。落ち着かなかった。差し込む夕日がいつもと違って見えるほどに混乱していた。俺はこれからどうすればいいのだろうか? 雄介さんはあの話し様じゃ自分が死んでいるとは思っていないみたいだ。……はぁ、なんでおれはこんなファンタジックなことで悩んでいるんだ? いや、っていうか加奈に出会ってからファンタジックなことばかりだ。まったく、俺はこんな悩みをもつためにバイトを――。
 ……まだ愚痴る時じゃない、か。仕事をきちっと果たしてから愚痴るほうが気分もいいし、なんかこう、やったなぁって気がする。俺は仕事をきちんと果たそう。そうだ、俺の仕事は人に幸せを与えることだ。なら、やることは簡単だろ?
 雪子さんの止まった時を動かし、雄介さんを成仏させる。 
 さぁて、幸せ屋のお仕事の時間だ。明日は12月24日。

 幸せを、お届けしますよっと。



 5

 12月24日の正午過ぎ。
 雄介は町外れの墓地に来ていた。墓が木のように立ち並んでいる。
 あまり来たくない場所だ。ここは……悲しすぎる。胸が張り裂けそうになる。
 ここに来たのは理由がある。幸せ屋の真田という店員に、この墓地へ行くようにと言われたからだ。
「一体ここで何があるんだ?」
 雄介は小さく呟き、あたりを見渡した。当たり前だが、辺りには亡くなった人の墓が立ち並んでいる。一体何故真田はここに呼んだのだろうか……?
 ここには初めてくるのだろうか? ふと雄介はそういう考えが頭に浮かんだ。
 僕はここに見覚えがある?
「懐かしいような。いや、これは……」
 一歩一歩、ゆっくりと踏みしめていく。足を進める度に、セピア調の映像が泡のように頭に浮かんでいく。泣いている雪子の顔が、浮かび上がっていく。
 そうか、僕は……。
 歩いている内に、雄介はある墓の前へと近づいていた。彼は、既にその墓が誰のものか知っていた。自分自身の墓であると、既にわかっていた。
「僕は……死んだ。そうだ、僕は死んだんだ」
 あの時の光景が思い浮かぶ。そう、あの時、自分の骨が収められるあの時。
 彼女は泣いていた。
 そこには彼女しかいなかった。
 おそらく他の人もいただろうが、彼には彼女しか見えなかった。
 もどかしい気持ちでいっぱいだった。自分の意識はここにある。なのに彼女に会えない……。自分はここにいる。なのに、会えない。自分は居る。自分は……生きている? 僕は……そうか、僕は生きている。生きているんだ。そう思いこむことで、安堵感が持てた。自分はここにいる。だからまた会えるのだ、と。その過程で、都合の良い記憶にするために色んなことを忘れた。そして6年もの間、記憶の改竄や修復を繰り返し、この世を彷徨っていた。
 彼女にとって、自分が不倫相手だったことも知っていたのだ。だから、姓が変わっているのは離婚したからであることも……心の底ではきっとわかっていたのだ。
 きっと彼女は僕を恨んでいるはずだ。
 雪子は僕になんて、もう……。

「ゆ、雄介……?」
 
 ゆっくりと声の方へ振り向いた。
「雪子!」
 顔が痩せて細くなっていたり、少し目が細くなっていたりもしたが、雄介には忘れることなどできない。どんなに記憶を改竄しても消えることのない顔だった。
 二人は向かい合い、互いに流れた時の長さに涙した。
「忘れているのかと思っていた! 僕のことを、もう、忘れてるのかと思っていた……っ」
「忘れられるわけがないっ!! 大好きだったから!!! あなたが一番っ、この世で一番好きだったからっ!! 毎日、毎日あなたに会いにきてたんだから……っ」
 毎日来ていた――つまり、毎日彼女はここに来ていたのか……? 雄介は驚き、彼女を見つめた。
 自分は、この6年間、ずっと、片時も許さず、彼女を苦しめていたのか? 苦しんでいたのは、僕じゃなかったのか? 彼の胸に、途方もない罪悪感が沸き始めた。
「雪子……ごめんっ」想いは、口から言葉となって相手に向かっていく。「死んで、ごめん……っ。君を一人にしてしまった上に、僕は成仏せずずっとこの世に彷徨っていたっ! 君の気持ちも知らず、成仏するため、という理由で君を探していたんだっ!」
 雄介は一言一言を噛みしめるように、自分自身を戒めるように吐き出していった。自分がひどく醜いものに見えた。
「いい、いいのっ!」雪子は首を横に振る。「会いに来てくれたから……、もういいのっ!」
 雄介は、にっこりと笑った。雪子も、涙で顔を濡らしながら、6年前以来の笑顔を見せた。
「雪子……」
「何?」
「僕のことを忘れて幸せに――なんて言わない。ずっと、ずっと僕のことを覚えていてくれ……他の人を好きになった時も、僕のこと、覚えていてくれ……」
「もちろん! あなたが忘れてって言ったとしても忘れない……! 私は、ずっとあなたを想ってるっ!」
 
「ごめんね、雪子。死んでしまって」

「私こそごめんなさい……っ。不倫なんていう形で……。もっと、もっと良い形で出会いたかったのに」
 
「良いんだ。君は何も悪いことはしていない。だから、これからは何にも縛られないで生きてくれ」

「雄介……?」

「君は、いつも笑っていてくれ……。僕の前に来る時も、いつでも……笑っていてくれ」

 二人はずっとそのまま抱き合っていた。
 光が雄介を包んでも、
「これ……6年前の今日……クリスマス・イヴに渡せなかった指輪……君に……最期に……」
 雄介が光と同化しても、
「――さようなら、雪子……」
 雄介が空へと帰って行っても……地面に落ちた、指輪の入った箱を、ずっと、ずっと彼女は抱きしめていた…………。





「――さようなら……雄介……っ」





 エピローグ


「う〜……」
 12月24日。俺はやることをすべて終え、自宅でのんびりしていた。あとはあの二人次第だ。どう転ぶかはわからないが……あんなに互いの想いが強かったんだ。きっと大丈夫だろう。
 それにしても暇だ。何にもすることがねぇ。一体どうすりゃいいんだこりゃ? 現在は午後5時。クリスマス・イヴに予定がないなんてなぁ……。啓慈でも誘ってどっかいくかぁ? いや、だめだ。あんなやつと過ごすクリスマス・イヴはごめんだ。男二人でそんなムサイことになんかなりたくねぇ。だとすると他に行くところは――ん? 幸せ屋だとか思うか? ははっ、んなわけねーだろ。高校でバリバリ青春を送ってるんだ。メールでも送れば一人や二人……。
 一時間が経った。クソ、皆から返信が帰ってこねぇ。どうなってんだ? まさか皆もう既にパーティーや合コンや彼氏彼女とっ? な、な、なぁぁぁぁ!! くそっ、暇なのは俺だけかっ!? それとも俺邪見にされてる!? いや、まだあきらめねぇ。こうなったら仕方がないが啓慈に電話を……。
『留守番サービスセンターに――』
 なんでだぁぁぁぁ!? あの野郎、まさか俺に何も告げずに合コンを……後でしめちゃる!!
 し、仕方がないんだ。皆がいないから、仕方なくいくんだ。
 俺はメールを加奈に送り、幸せ屋へと向かった。アパートの自室から外へ出ると、寒々しい景色が広がっていた。
「雪が降ってるな……」
 クリスマス・イヴに雪が降るなんてな。なんていうかロマンチックだ。カップルにとっては最高のシチュエーションだろうな。道理で返信こないはずだ。
 あいつもクリスマス・イヴを誰かと送っているんだろうか? ……って、何考えてんだ俺は。あんな奴が誰かとクリスマスなんて高貴なもんを優雅に過ごせるわけねーだろ。あいつは一人だ。きっと寂しがってるだろう。だから俺は行ってやる。行ってあげるだけだ。
 井勢季市にあるアパートから出発し、空からの白い贈り物に困りながらも、ようやく九料橋までたどり着いた。
 あいつのことだからプレゼントとか必要かもな……。でもどーするか。今金ないしなぁ。折り紙で指輪でもやればよろこぶんかな? なわけねーか。くそ、どーする?
「あ……昨日はどうも」
 九料橋の真ん中程で、雪子さんと鉢合わせした。顔を見ると、目の周りが赤くなっている。雄介さんと対面できたのかな。
「昨日は本当にすいませんでした。あんなに取り乱してしまって……。でも、あなたにお話しできてよかったかもしれません」雪子さんはニコりと笑った。「私は、歩いて行けそうです。まだまだ悲しいけど……でも、きちんと許してもらえたし、それに、きちんとお別れできましたから」
 そうですか、と俺も笑顔を返した。
 雪子さんの時が動き始めた。雄介さんはどうなったかわからないが、彼女が未来に向かって歩みはじめられたのなら、すごく良かったと思う。
「あ、そうだ。お礼と言ってはなんですが、どうぞ」
 手渡されたのは、綺麗なガラスの飾りが付けられたネックレスだった。
「え、いえいえ。俺は別に何も――」
「いいんです。これは、私が祖母からもらった幸運のネックレスなんですが、私はもう、身に余る程の幸せを授かったので……。それに、これからは運とかではなく、自分の手で幸せをつかんで行きたいので」
 自分自身で歩き出す、ってことか……。
「……わかりました。そういうことなら、ありがたくいただきます」
 ネックレスをポケットにしまい、頭を下げた。幸運のネックレス、か。なんか俺は"幸せ"って言葉に付きまとわれている気がするな。
「それでは、また」と雪子さんは俺に一礼し、井勢季市へ向かって歩いていった。
 その時、電灯で雪子さんの薬指がキラリと光ったのが見えた。……そうか、雄介さんは指輪を渡せられたんだな。
 
 幸せは、届けられたようだ。

 その後、俺は幸せ屋にたどり着き、加奈を驚かせた。全身雪まみれだったからな。
 加奈は想像通り一人だった。一人こたつの中で過ごすという、寂しいにも程があるクリスマス・イヴを送ろうとしていたようだ。
 雄介さんが置いていったコーヒーメーカーでコーヒーを試飲し、こたつに入って冷えたからだを温まらせた。なんだかんだ言って、コーヒーを飲んだりこたつに入ったりするこの時間が幸せに思える。ハハ、まったく安上がりな幸せだ。だが俺にはこんな幸せがあってるかもしれない。大きすぎる幸せなんて、今はいらない。普通に過ごす今こそ、俺は幸せだ。
 こたつに入ってくだらない会話を交わしていると、加奈が突然立ち上がった。
「今、外で何かが見える……かもしれない」
 ぶっちゃけ外に出たくなかったが、加奈が血相を変えて外へ向かって行ったので、少し、ほんの少し心配になり、俺も外へと歩きだした。
「空……すごい綺麗」
 ドアを開けて外へ出ると、加奈がすぐ近くでそう呟いていた。
 俺も空を見上げた。雪が降り続く中、その中で、空がぼわっと、淡く輝いているのが見えた。雲と雲の間から金銀の光が溢れだしている。その幻想的な景色を前に、俺は口をあんぐりと開けることしかできなかった。
「あの空からは、魔力が感じられる……。暖かい魔力、誰かにやさしく語りかけるような魔力を、いくつも感じる……」
 加奈は夢中に空を見ながら、熱心に話していた。その姿は嬉しそうに話す子供のように見えて、俺はクスりと笑ってしまった。
 空はいつまでも綺麗に輝いていた。俺はいつしかその光が、死者の魂が残していった人々に贈るクリスマスプレゼントのように思え始めていた。
「雄介さんは、成仏できたのかな」
 その小さな言葉に、加奈は笑顔で答えた。
「あの光の中に居るわよ。きっと……」
 
 
 いつまでもその光を見ていたかったが、さすがに風邪をひいてしまうので、加奈共々小屋へと戻って行った。
 こたつに入っている内に、俺はいつの間にか加奈が眠っているのに気付いた。
「まったく……」
 布団をひき、起こさないように加奈を運んでいった。男が居るっていうのに、随分と無防備に寝やがって。
 こう見ると、加奈は幼い少女だ。その寝顔を見て、死んだ妹の事を思い出した。あいつ、毎年クリスマスを楽しみにしてたな……。
 そっと加奈の枕元に、先ほどもらったネックレスを置いた。
「真田サンタのささやかなプレゼントだ」
 そしてこたつに足を突っ込み、いつもより甘味のコーヒーを飲みほした。



「――ハッピークリスマス、幸せ者。お前の未来に幸あれ」


2009/12/26(Sat)00:57:19 公開 / 湖悠
■この作品の著作権は湖悠さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 こんばんわ! 推敲してたらクリスマス終わってしまいました(笑) みずうみ ゆうでございます。
 俺の未完のデビュー作、幸せ屋の続きを書きたいなぁと思っていたのですが、気付けばかなり昔のログに。再び投稿するには年月が掛かり過ぎて今と全然作風が変わってしまっているなぁ、と思ったので、一話完結型で一回だけ登場させよう、と筆を進ませたのが、丁度去年の今日です。
 つまり、去年クリスマスに投稿する機会を逃したので、巡り巡って今年に投稿させていただきました。丁度アカイイトを同時進行していた時に書いたものなので、作風としてはアカイイトに似通っているかもです。
 
 バレバレなオチ、ベッタベタな設定な今作を、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 どうか皆さまにも幸があらんことを。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 真田は、なかなかバイトとは思えない態度のデカさが良いですね。それと宅配にいらっしゃいませとか言ってしまう桜井も、可愛いなとw でも客のこなさは、なかなか生活に関わる域なのかなと思ったのだけど、元々ほとんどボランティア的な活動とは。
 剛田の依頼って、なかなか幸せな結果って思いつかなくて、どうなるのかと読み進められました。啓慈の軽いノリみたいな所は、好きです。そして逆の発想という所で、なるほどなって思えて良いヒントだなって思いました。
 でも剛田については、全然気づきませんでした。だけど剛田と雪子の二人にとって、良い結末だったんじゃないかと思います。幸せ屋の面目躍如という所かなと。
 真田って自分でも気づいていないようだけど、微妙に桜井の事を? なんて所もあって、エピローグまで面白かったです。今回、少し桜井の影が薄かったように感じますが、読み切りという形だとしょうがないのかなと思いました。
であ連載の続き&次回作を楽しみにしています♪
2009/12/26(Sat)14:01:080点羽堕
羽堕さん>>
 真田は無理矢理バイトをさせられている形なので、桜井に対する態度はバカにでかいです。桜井はおバカなツンデレ系女子なのですw 
 去年に書いたので、あまりどういう方針で書こうと思ったのかはあまり覚えていませんが、とりあえずどういう形でもいいから剛田を幸せにしてやろう、と思って書いたような。幸せ屋の話ですからね。バッドエンドは似合わないなぁ、と。
 啓慈は何だかんだで面倒見の良い奴なんです。ってそんな奴らばっかりですがw 
 そうですねぇ。ちょっと気になっている、という感じです。まだ好きという感情ではないけど、でも……という、思春期ならではの感じですね。確かに桜井影薄いですね>< ヒロインなのに(汗)
 
 感想ありがとうございました!
 
2009/12/26(Sat)18:00:150点湖悠
 こんにちは。
 真田が雪子を探すのに、ストーカーソフトという謎のシステムであっさり見つけてしまうと言う点が、ちょっと気になりました。これではほんとにドラえもんのようです。女好きな啓慈のキャラクターはいいと思いましたけども。
 それにしてもこのバイト君は、雄介に墓地へ行くように伝えて後は二人の成り行き任せだったり、もうちょっと苦労して働けよと言いたくなりますね(笑)

 雪子の苗字が変わっていたことについてのトリック(?)はちょっと面白いなと思いました。普通は結婚してしまったんだろうなあと思いますよね。
2009/12/27(Sun)17:32:470点天野橋立
読ませていただきました!
ストーリーがよーく練り込まれている感じで、動きがあって面白かったです。
些細な幸せっていいなーと感じました。
真田は加奈が好き……だろうと思いますよ。どっちもツンデレが入ってて素直じゃないっていう感じかなぁ。
それにしても世界観が不思議でした。何か橋と坂を渡るところが意味深で、うーん、これから先ちょっと変わったことが起きるよという暗示のように感じられたのやもしれません。
エピローグもよかったです。あの空の景色はきれいでしょうねー。ただ、加奈のテンションがやけに静かだったような。魔力を感じ取っていたからか、それとも眠たかっただけなのかw
それではこのあたりで失礼します。よいお年を〜
2009/12/28(Mon)17:31:110点やるぞー
こんにちは。
ファンタジーは苦手な為、普段読まないのですが、タイトルから、クリスマス関連の完結物であろうと思われたので、読み始めました。
最初に『幸せ屋』なんて、胡散臭いけど、ファンタジーだから天使みたいな人とかがでてくるのかと思っていたら、ミステリーみたいに何でも屋や、探偵が出てきて楽しかったです。人探しのソフトは多少ご都合主義っぽくもとれますが、ミステリーじゃないし、クリスマスだし(奇跡の人の祭だし)目をつむれる範囲かな。
真実は見えている事と逆、云々と言っている部分ですが、少ししつこく感じました。名字の件を読者に気付かせる為と思われますが、例えば、意味深な言い方で一言いわせれば充分だったと思います。
全体を通して文章の間合いや、台詞のリズムに、?を感じる部分があったのが残念ですが、雪子との再会シーンで泣いてしまいました。泣けたので、リズムのアンバランスが無ければ号泣していたかもしれないと思うと勿体ないなと思います。
締め括りは、ファンタジー&クリスマスって感じのキラキラを文章に感じられ良かったです。
ではでは、長々と失礼いたしました。良いお年を。
2009/12/28(Mon)20:47:470点ミノタウロス
天野橋立さん>>
 問題のストーカーソフトの場面ですが……流れる感じかなぁ、と甘い考えをしていました。というか探偵がどういう事をやって人探しをするかわからなかったので、知識不足、というのもありましたね^^;
 真田は面倒くさがり屋なんです。面倒見は良いんですが、結構がさつなんですね。
 あのトリックは結構考えたで、お褒め頂き幸いです。


やるぞーさん>>
 そうですね。些細な幸せがテーマなので、そう受け取ってもらえてとても嬉しいです。
 ダブルツンデレって珍しくないですか?w そうでもないですかね。何か両方とも素直じゃないからなかなかくっつきそうにはないですが。
 橋を渡ったり行ったり来たりするのは、モデルとなっている実在の場所がそういう所だからです。場面転換という意味ももちろんありますが、モデルとなった場所はかなり橋が多いんです(汗) 橋を渡らないと何もないような場所でして。でもそんな田舎が大好きなので使わせていただいたという所です。
 彼女は眠たかっただけですw 基本子供なので。

 
ミノタウロスさん>>
 まさに胡散臭さの塊ですよねw 幸せ屋。俺だったら絶対行きません。本当は天使っぽい人とかを出したかったのですが、俺の表現力では無理でした。
 人探しのソフト。本当に申し訳ないです。楽したいがための表現だったので。次回書く時は抹消させとかなければ(汗)
 文章について……全体的に推敲不足だったのでしょうか。改善すべき点が多々ありますね。雪子のシーンそうだったのですか>< うわぁ、もったいない^^; これは次回作で改善しなければっ。
 
 
 ご感想ありがとうございました! 
  
2009/12/28(Mon)22:06:340点湖悠
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
遅れてしまってすみませんでしたorzいやはや、やっぱりクリスマスは誰もが幸せに過ごせるのが一番良い日なのねとしみじみと思いました。一年に一度の大切な記念日、それがたとえどこの国のものでも素敵なものにしたいですね。雄介は、死んでしまっても最後の最後にやりたかったことを成し遂げることが出来てよかったねと思いました。全体的に少々テンポが速いような気がしましたけれど、そんなものは幸せに流してしまえと思います。そして、幸せ屋は幸せという名前がついてるくせに本人達がそんなに幸せに見えないのは何故だろう(おい
2009/12/29(Tue)23:35:230点水芭蕉猫
水芭蕉猫さん>>
 いえいえ! 読んでいただけただけでもみずうみは鼻血ものです!^^
 そうですね……。クリスマスはどの国の、どの人種の、どの世代の人にも笑っていてほしいものです。死んだ人にも、クリスマスを楽しんでもらいたいですね。って、もしかしたら去年の俺はそんな事を考えつつ書いたのかもしれません。多分、違うとは思いますが^^;
 テンポ早かったですね。頑張れば100枚まで引き延ばせたと思えます。次回また書くときには、ゆっくり、そして時には激流な感じで書きたいものです。
 特に真田君が不幸せそうでなりませんねw
 
 ご感想ありがとうございましたっ^^
2009/12/30(Wed)21:44:290点湖悠
作品を読ませていただきました。クリスマスらしいお話で綺麗に纏まっていたと思います。やや御都合主義なツールが出てくるのは無理があるなぁ。物語を短く纏めることと雄介の正体を明かさないためにはしょうがないかもしれないけど、ちょっともったいない感じでした。オチというか設定から降着が早くに見えてしまうけど、物語の流れが良くって違和感なく読めて良かったです。特にキャラがしっかり作られていたから、雄介の依頼を受けてから雪子を探すまでの動きなんかももっと読んでみたかったです。では、次回作品を期待しています。
2010/01/03(Sun)13:22:220点甘木
甘木さん>>
 ご感想ありがとうございます^^
 やっぱストーカーソフトは駄目ですね。力量不足が見え見えという感じで。
 物語を書いてて、自分でも楽しいなぁ、と思っていたので、このキャラでまたいつか書く機会があるかもしれません。その時はまたよろしくお願いします♪
2010/01/04(Mon)10:52:010点湖悠
合計0点
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除