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『退屈少女とおしゃべり人間、月下に二人(改訂版)』 作者:木沢井 / ショート*2 恋愛小説
全角3155文字
容量6310 bytes
原稿用紙約9.85枚
 おお、寒い寒い。風が吹くだけでこうも変わるものですか。十二月を迎えてからというもの、いよいよ寒さを増していますねぇ。焼き芋やらコンビニの中華まんが猛烈に恋しくなる頃、ふと男女がクリスマス・イブの約束を思い出す季節、冬の到来ですよ。ロマンと悲哀にあふれていますね。
 おっと、それよりもまずは挨拶をば。どうもこんばんは。
「こんばんは」
 今夜はお招きいただきありがとうございます。ところで見て下さいよこれ、ワタクシの吐く息、口から出た途端に寒さで真っ白ですよ。湯気さながらに立ち昇ってる様子なんて見た日にはアナタ、この間の鍋物パーティを思い出しますねぇ。どうです、またやりませんか?
「うるさい」
 あ、そうでしたか。これはすいま、もといすみません。いや駄目ですね、どうもこの癖が抜けきれません。
「静かにできないなら、帰って」
 はあ、ワタクシとしてもその選択は聊か魅力あるものですが、『コンヤシチジニコナケレバドウナルカワカルカチカチカチ』なる怪文書をワタクシ目掛けて紙飛行機で飛ばしてきたのは……いえ、何でもありませんよ。っていうか、こんな所にまでカッターナイフを持ってきてるんですね、アナタ。
「必需品」
 ……あの、質問よろしいですか?
「どうぞ」
 どうもありがとうございます。では失礼して、
 どうして『夜の学校』の『屋上で満月を見る』のにカッターナイフが必要なのか、ワタクシには皆目見当が付かないのですが……ええ、何故にワタクシは哀れみの目線を向けられているのでしょうかね?
「仕方ない。それがオールドタイプの限界」
 ワタクシがアナタの考えを理解するには、宇宙で生活しなくてはならないと?
「必要なら、それもやむなし」
 ふう……いえ、流石に遠慮させていただきます。仮に行ったとしても時が見える自信なんてワタクシにはありませんし、何より、ワタクシにとって空とは行く先ではなく、見上げるためのものですから。
「……高いとこ、嫌い?」
 本音が許されるのであれば、かなり。
「……ふぅん」
 ……あの、その鬼の首をまとめて殺ったような素敵スマイルはやめていただけませんか? っていうか今、もしかしてワタクシはとんでもない墓穴を掘ってしまいました?
「ウダチナヤ鉱山並み」
 二〇〇七年度における採掘中の露天掘り縦坑では世界最大級ですか……いえまあ、確かにアナタ相手に弱点を知らせるというのは、それくらい愚かなこういなのかもしれませんが。
「愚か者、愚か者」
 だからといって、歌うような節を付けられても困りものですが……あの、そちらはフェンスですよね? ドラマでは見下ろしたり飛び降りたりとで有名な。
「ここからの方が、よく見える」
 いえ、だからといってもそんな危ない所、いや、手招きしても無駄ですよ。さしものワタクシも、これっばかりは拒否権の行使を宣言しますので。
「いいから」
 ワタクシの意見はまるっと無視ですか。……膨れっ面を作っても駄目ですよ。たしかに可愛いですが。
「……ケチ」
 そういう問題ではないと思いますが……ええ分かりました、とりあえず話し合いましょうか。和平は交渉から生まれると、彼のトルメキア国王も仰っていることですし。
「……わたし、漫画版は見たことない」(*1
 おや? アナタは映画のみですか? いやいや、確かに久石先生の手がけられた素晴らしい曲の数々をバックにした映像群も素晴らしいものですが、原作には原作の持つ素晴らしさがありますよ?
 ……あの、今度お貸ししますので、それでこの場は勘弁していただくという方向で何とかなりませんか? え、駄目?
「だって、月を見るのに全然関係ないもん」
 ですよねぇ。……分かりましたよ、白旗揚げて覚悟を決めてそちらに行きますので、満月を背後に妖しく笑わないで下さい。アナタがカッターナイフを持ってやると、ちょっとしたホラーより怖いんですよ。
「そう? あたしは楽しいよ」
 そりゃあ、アナタは生粋のドSですのもねぇ。だから、そうやって得意げな顔をされるわけですし。
「うん……っくしゅ!」
 あはは、可愛いくしゃみですねえ。ワタクシの父など、あまりに豪快にやるものなので、よくよく家の者から顰蹙をかっていますよ。
「……うるさい。それにあたしは、女の子」
 ええ、よく存じております。ところで、寒さは平気ですか?
「……まだ、大丈夫」
 そうですか。それは何より……さて、お隣に失礼しまして。いやはや、見事ですねぇ。
「うん、月がきれい」
 ワタクシ、中秋の名月は見逃してしまいましたが、冬の満月というのも見応えがあってよいものです。空気が冷たいせいでしょうかね? 他の季節に見るよりも冴え冴えとしている風合いさえありますねぇ。手段は兎も角、アナタがワタクシを誘って下さった気持ちがよく分かりますよ。ありがとうございます。
「……うん。どういたしまして」
 おや、どうかなされましたか? 見たところ、少々お加減が優れていらっしゃらないようですが。
「気のせい」
 そうですか? ですが一応、寒さが堪えるようでしたら、何か飲み物でも買ってきますが。
「いらない」
 そうですか。少々気がかりではありますが、アナタが不要と仰るのでしたら、無理に勧めずにおきましょうか。
「そうしておいて」
 はい、では肝に銘じておきますとして、そういえば、望遠鏡の類はどちらに?
「……え?」
 え? ――いえ、物真似をしているつもりは毛頭ありません、あの、月を見るというのでワタクシ、てっきりアナタが望遠鏡のような道具を持ってくるものとばかり。
「そんなもの、どこにもない。そもそもあたし、望遠鏡なんて持ってない」
 では、今日は本当に満月を『観に』来たのですか。
「……うん」
 いやいや、お気になさらずとも結構ですよ。ワタクシ、こうやって肉眼で星を眺めるのも好きですし、何より――
「違う、そっちは全然気にしてない」
 はあ、分かりましたが、そのように断言せずともいいように思いますが。
「今日は、喋りたかっただけだから」
 喋る……ああ、確かに言われてみれば、いつものようとは趣も異なりますし、何と言いましょうか、特別な場所にいるような気分さえありますね。いやはや、夜中に学校の屋上から町中を見下ろすなど久しぶりですねぇ。
「……そうなんだ?」
 そうなんです。と言いましても、ご期待に添えられるほどの冒険譚ではございません。何しろワタクシ、小・中ときまじめな学生を貫いてきていますので。それでもよろしければ、お話しますが?
「ううん、それはまた今度でいいから……ねえ」
 はい? なんでしょうか。
「月が、きれいね」
 ええ、そうですねぇ。まさかあれが、単なる鉱物の塊に過ぎないと、いったい誰が思うのでしょう。
「……違う。そういうことじゃない」
 はて、違うとはどうい……お、落ち着きましょうか。何やらどうもワタクシが悪いということになっていますが、その経緯を説明していただかないと本当に何が何やら……。
「夏目漱石の有名な意訳、知らない?」
 夏目漱石? 彼の御仁が外国の作品を翻訳していたという話は聞きませんが。
「漱石は、先生だった。その時の、話」(2*
 ああはい、確かに彼の御仁は中学校で英語の教師を……ああ、そういうことでしたか。
「分かってくれた?」
 ええ、お蔭様で思い出せましたよ。時代というものもあるのでしょうが、彼の御仁も粋な訳文を考えられたものですねぇ。それにしても……まさかアナタ、今回の月見とは、このために?
「うん」
 おや、珍しく素直ですねぇ……いやいや、今はこんなことを言うべきではありませんか。
「ねえ」
 はい。
「月が、きれいね」
 ……ええ、本当に月がきれいですねぇ。
2009/12/14(Mon)10:16:13 公開 / 木沢井
■この作品の著作権は木沢井さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめましてか、もしくはTPOに則った挨拶をば。悩める三文物書きこと木沢井です。

何日か前に道すがら満月を眺めていた時に思い浮かびました。キャラクターが例の『祭り』の二人だったのは、単純に書きやすかったからです。

しかし、今回は実に精神力を消耗しました。具体的に言いますと、ジャンルの部分に『恋愛』と入力する時でしょうか。いやもう、妙に気恥ずかしいことをした気分でしたよ。
果たしてこれが『恋愛』の二文字を関するに値するのか、私には皆目見当もつきません。ですので、感想でも罵倒でも何でもいただければ幸いです。知らないことを知るのはいつでも有意義なものですから。
以上、ここまで目を通していただき、ありがとうございました。

ご指摘がありましたので、脚注を追加させていただきました。
脚注
(*1……徳間書店の雑誌『アニメージュ』にて連載していた漫画作品。全七巻で、映画版はこちらの二巻までの内容で作られている。
(*2……夏目漱石の逸話の一つ。「I love you」を生徒が「我君ヲ愛ス」と訳したのを聞いて「『月が綺麗ですね』と言いなさい、それで伝わりますから」と言ったのだという。
この作品に対する感想 - 昇順
拝読しました。満月を見ながら酒を浴びる水芭蕉です。にゃあ。
なんというか、かんというか、対話の中にある静かな流れのようなものが何だかとても気持ちよかったです。恋愛なのか、そうでないのかはわかりませんが、月を主題にして語られるなんやかやというのは私の好きなところでして(おい)
ちなみに私もアレは映画しか見たことがありません。漫画版は見たこと無いや。
そして月は望遠鏡でみるより、肉眼で見たほうが綺麗だと思います。クレーターぼこぼこで、見てて怖かったorz いや、UFO探しとかするには丁度いいかもしれませんが。
久しぶりの酒にへろへろの猫でした。
2009/12/05(Sat)22:24:200点水芭蕉猫
こんにちはプリウスです。
とても面白いんですが、これってト書きじゃね? と思ったり思わなかったり。
ラスト、互いに「月が綺麗ですね」と言い合っているのを見ると、物語の最初っから二人は両思いだったってことでしょうか。
女の子の告白にしては受け取り手が淡白過ぎるんじゃないかと思いまして。
ガンダムにしろナウシカにしろ、知らない人は完全置いてけぼりな印象を受けました。
夏目漱石の話にせよ、文章中でそれと分かる表現なりがあれば光ると思います。
2009/12/06(Sun)02:40:270点プリウス
こんにちは! 羽堕です♪
 恋愛という気持ちで読むと、確かに少女の不器用さみたいのが出ているように感じて、何だかじれったいような気持ちになりました。それにプラスされて地の文の鈍感さみたいのも、あるのかもなって。
 満月って綺麗ですよね。建物や色々な物の間から見えてもいいし、遮るものなく空にポンとあってもいいですし。見てて不思議と飽きない物の一つではあります。
 ネタ的な部分では、読みとれていない部分もあったかもですが、分かる部分では「確かに」とニヤとさせて頂きました。
であ連載の続き&次回作を楽しみにしています♪
2009/12/06(Sun)12:50:490点羽堕
やるぞーです。名前だけはやる気のようです。
女の子があれですね、長門さんみたいな感じがしました。かわゆいです。
会話だけで進んでいくという構成なんでしょうか。なんだか実験的な香りがして面白いなぁと思いました。恋愛でOKでしょう。あっついのとかドロドロとしたものじゃなくて、こういったさっぱり味で楽しいものもあっていいと思います。
あいらびゅー。をどう訳すか自分も考えてみました。が、どうやらここでは、発表できそうもないものになってしまいました。ああ、情けない。それではー!
2009/12/08(Tue)15:09:510点やるぞー
木沢井さん、はじめまして。天野橋立ともうします。
女の子がかわいいなと思いながら読ませていただいたのですが、実は肝心の夏目漱石のところが分からず、これが告白だというのが読み取れませんでした。いや、それでも十分良い雰囲気ではあるのですが、漱石のエピソードを知らない人が読むと本来の意味が分からないというのはハードルが高くてちょっと残念な気がしました。不勉強なだけと言われると、すみませんその通りなんですが、この文章の中だけでもう少し読み取れるようだと嬉しいかな、と。
ちなみに、僕は漫画アニメ系あまり知らないのですが、幸いナウシカは漫画も読んだ人でした。
2009/12/08(Tue)21:07:530点天野橋立
 こんばんは、木沢井様。上野文です。
 御作を読みました。
 いやいやいや、書き手が照れてどーするんですか。
 読み手を照れさせるのが、書き手の醍醐味っ。
 ……でも、結構甘酸っぱくて、良かったです。
2009/12/10(Thu)21:43:460点上野文
>水芭蕉猫様
 ご感想ありがとうございます。好みであるという評価をいただけて安堵しています。自分でも思いましたが、あまりにも対話に起伏がないものですから。
 望遠鏡では見ない方がいい、ですか。言われてみれば、あれも所詮は鉱物の塊ですからねぇ。遠くから見る分にはきれいでも、目を凝らせば残念な気持ちになるのは同じということですか。
 酒類は私も時々口にしますが、あれはどうも酔う時は酔ってしまうようですね。

>プリウス様
 はじめまして、そして感想及びご指摘ありがとうございます。たしかに台詞だけで構成されているので、ト書きと仰られると返す言葉はございません。もう一つのご指摘に関しては、脚注を付け加えさせていただきます。

>羽堕様
 ご感想ありがとうございます。私も月は好きですので、これからも描写の研究を進めたく思います。
 私自身が淡白な性質なのかもしれませんが、浩助たちのように賑々しく話すよりも、こういったやりとりの方が好きというか、書きやすいんですよ。いえ、よくないと仰るのであれば何かしらの工夫は試みたく思いますが。
 ネタの部分で分かっていただけなかったのは、完全に私の不覚でしたので、こちらは工夫を試みてみました。

>やるぞー様
 こちらでははじめまして。ご感想ありがとうございます。
 長門なるキャラクターに関しては知識が全くないのでまた調べてみようかとも思っておりますが、何はともあれ好評のようで嬉しく思います。
 当拙作は、完全に会話のみで構成されています(そのために『ト書きでは?』というご指摘も……)。もちろん、実験的な要素も含んでおりますので、これからも余裕があったら研究は続けてみたいものです。
 今回は文体といい内容といい、実験尽くしです。特に内容は完全に手探りで行っているものですから、今後似たような拙作を私が登校する機会がございましたら、その際は不備な点を指摘していただければ幸いです。

>天野橋立様
 こちらこそはじめまして。ご感想及びご指摘ありがとうございます。
 当拙作に目を通されて、少しでもいいと思われる点がございましたら幸いです。
 最後の部分が分かり辛いというご意見は他の方々からもきていますので、拙い技術と足りない頭で何とか工夫を試みようと思っております。
 私は映画版のナウシカよりも漫画版の方が好きなのですが、読まれたという方は少ないのでしょうか? もっとも、あの作品は随分と古いものですからねぇ……。
 天野橋立様の御作も、近々拝読しに行く予定です。

>上野文様
 ご感想ありがとうございます。
 いやはや、お恥ずかしい限りです。仰るとおりではあるのですが、どうも私は慣れないこと、始めてやることにはこと腰が引けてしまいますので、はい。パイオニアとは縁遠い人間です……。
 甘酸っぱいとは、またまた望外の評をいただけて嬉しいです。次回があれば、懲りずに照れずに挑みたいものです。
2009/12/12(Sat)10:16:180点木沢井
 はじめまして、コーヒーCUPと申します。以後よろしくお願いします。
 作品、読ませていただきました。主人公の台詞を地の文にして少女の容姿などを一切明らかにせず、ただこちら(読者)の想像力に任せるという手法はなかなか面白かったです。恋愛小説は少女や主人公の動きなどで心情を表すのが常套手段ですが、この作品はあえてそういった動きや、表情を明らかにしてない。それどころか主人公の心情さえ明らかにしてない。なのに、こちらかに自然と主人公の気持ちも少女の気持ちもわかってしまう。上手いですね。
 そしてほんと最後は照れくさくなる。夏目漱石のエピソードを知っていたので、「月がきれいだね」というありふれた台詞が後半、甘いメロディーに聞こえてきました。面白かったです。
 次回作、楽しみにしてます。では。
2009/12/14(Mon)00:33:040点コーヒーCUP
作品を読ませていただきました。う〜む作者の知識が妙な方で使われて一番大事な部分で空回りしていた気がする。実験的で面白いとは思うけど、何度も同じ形式は読みたくないなぁ。では、次回作品を期待しています。
2009/12/20(Sun)19:31:090点甘木
今日は。
いつもながらの調子で、さて、どう結末を締め括るのかなと思っておりましたが、わたくしその漱石の逸話を知りませんでしたので、モヤッとした読後感でした。
知る人ぞ知るエピソードで盛り上がるお話は、冒険的で、シニカルな話に向いていると感じます。
先の感想にもありましたが、今回の作品では、月が綺麗ですね、の意味は作中で説明してしまった方が良かったように思います。
では、また。
2009/12/21(Mon)05:15:230点ミノタウロス
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