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『銀淵のユエ 上』 作者:祠堂 崇 / リアル・現代 アクション
全角108248.5文字
容量216497 bytes
原稿用紙約337.2枚
日常と非日常。真実の明滅する魔境で、少女は泡沫の希望を信じ抜けるか。
 




 序幕     私の生に終わりを、そして貴方に弾丸を





 暗闇が広がっている。
 明かりの無い密室のような薄暗さではなく、突き破る先すらない開放感を覚えるような、星の無い空。
 緩やかなはずの風が強まる場所に、少女は立っていた。
 淡いブルーのブレザーも、チェックのスカートも、至る所に赤い染みが塗りたくられ、ボロボロに傷んでいる。
 赤く汚れたその手で、紐で胸元に吊るされた小さな銀製のロケットペンダントを握り締める。
「……私、信じますから」
 凛とした声。
 そう思わせる理由は、彼女の言葉に何の迷いも無かったからか。
 あるいは、もはや決まってしまった結論に何かを諦めたからか。
 まだ春も半ばの冷たい風が肢体を撫でて過ぎ去る。
 少女を押すかのように、風は吹く。
「私には、こんな事しか出来ないのかも知れません」
 少女は少しずつ、足を引きずるように、後ろ向きに退いてゆく。

 ゆっくりと。
 それはまるで懺悔のように。
「すぐ下を向くし、言いたいこともはっきり口にしないし、人の話の半分も理解出来ない馬鹿です」
 ゆっくりと。
 それはまるで告白のように。
「正直、私は貴方の事が怖いです。あの人も怖いし、こんな世界があると思うと……怖いです」
 ゆっくりと。
 それはまるで断罪のように。
「どうしてこんな事に巻き込まれなくちゃならないんだろうって、ずっと、ずっと思ってました」
 ゆっくりと。
 それはまるで祈祷のように。
「願うのなら……こんな世界、夢であって欲しいって。あの現実に帰れるなら、その方がマシだって」

 少しずつ、
 少しずつ、
 風の荒ぶ鉄骨の地面の上を、少女は後ずさりしてゆく。
 その終着には何も無い。
 何も、無いのだ。
 広がる地が無い。崖のように、踏み外せば夜空よりも深い闇へ引きずり込まれるように、落ちてゆく。
 そうと分かっていて、少女の足は少しずつ、後ろへと向かう。
 ゆっくりと。
 ゆっくりと。
 全てが無へ還るような闇を背に、少女は前を向く。
 そして革靴の踵が踏むべき地を失い、あと一歩下がれば全てが終わる場所で、
「でも――」
 少女は立ち止まる。
 真っ直ぐと、その先に横たわる姿を見据え、少女はペンダントから手を離す。
 怯え、惑い、逃げるようにして生き延びてきた少女は、そこに在る姿を、その眼を真っ直ぐ見つめる。
「私は、この世界を、真実を知って……決めたんです」
 そこに憂いも怒りも無い。自分の想いだけを伝えるための、真摯な面持ちが在るだけ。
「私が居たあの場所には、私の本当の居場所なんて無いんだと決めつけて……」
 もう、少女はペンダントを握り締めない。
 受け入れるように両手を広げる。
「そうやって逃げてばかりだった私を、貴方は見つけてくれたじゃないですか」
 暗闇の先に居るその存在を見つめる。
「私のする事は……結局、犠牲にすらなっていない自己満足なのかも知れない」
 気付ける人間は、居たのだろうか。
 絶望の淵に立つ少女の脚が震えていることを。
 死を望む勇気なんて、本能の前ではこれっぽちも勝てやしない綺麗事なのだろう。
 それでも、
「でも、貴方は言ってくれましたよね……」
 迷わない。
 選んだのは自分。
 賭けたのは、希望。
「『取りたいと思ったのなら、それがお前の行動だ』って」
 信じたい。
 自分は弱いかも知れない。
 けど、無力では決してないと。
 自分の足でここまで来れたのだから。
 後は、答えなんて簡単に導ける。
「だから……」
 その存在は、気付けたのだろうか。
 厚い雲が風に薙がれて、上弦の月が覗くとき。
 闇を斜に切り払う淡い蒼が、少女の顔を映す。
 そこに映し出された少女は、血塗れで汚らわしく、
 なのに、
「私、貴方に賭けます――」

 優しい微笑みだけは、この世界できっと何よりも綺麗だった。 
「――貴方を、信じ抜けると」

 風が、吹いた。
 少女の体が、後ろへ傾く。
 鉄扉の開け放たれる音。聞覚えがある誰かの怒号。叫び、あるいは祈り。想い。
 もう、遅い。
 少女は星の無い空を仰ぎながら、苦笑した。
 守れなかった約束を。せめて一言ぐらいは謝りたかったけれど。
 何もかもが、もう、遅い。
 唯一見える、闇を照らし浮かぶ月。
 右腕を、伸ばす。
 上弦の月へ、伸ばす。
 けれど、最後まで懲りもせず踏ん張り続けていた両足が地面から離れた時、

 落ちてゆく。
 果てしない絶望へ。
 月を掴むことなんて出来ないと知って、この世で最も美しい愚者は寂しそうに苦笑した。





 この少女に、希望は無いのかも知れない。










                              銀淵のユエ










 第一幕     幸運と幸福の違い、その定理





 まだ冬の名残が北風となって緩やかに過ぎ去る季節、春。
 マジカルアワーを浴びた紫煙の町並みに、溶かすような朝日が降りてくる。
 高層マンションの連なるオフィス街。
 学問建造物や学生寮の並ぶ学園領。
 そして、東の側を埋める居住区にも等しく、山吹色のカーテンが冷えた大地を暖めだす。
 その町の名は、神凪町(かむなぎちょう)と呼ばれていた。
 発展と教育を目的として長い年月の下に建設されて十数年が立つ真新しいこの町は、建設途中によって出来た大きな湖に面した、長閑な町だった。
 まさに自然と科学とが均衡を保たれているこの町では、先の三つの区画に整備された多目的な用途が多い場所で、それだけに広大な面積を持っているとも言える。
 未来的であり、同時に懐古的でもあり、観光客の多くが『ここは良い町だ』と賛辞を贈る事の出来る、素晴らしい町だ。

 ただし、
 それが必ずしも全ての住人に安らぎを与えている訳ではない事実を知る者は、果たして居るのか。



 まだ空が白んで間もない、六時ちょうど。
 いつもの様に枕元に置いてある目覚まし時計が控えめに電子音を奏でる。
 規則正しい音色に反応するように厚手の布団がもぞもぞと動き、中から出てきた白い腕がにゅっと伸びる。目覚まし時計の上にぽんと手を置けば再び静けさが戻るが、彼女は二度寝をせずに上体を起こして背筋を伸ばした。
「ん〜っ……もう朝ですか」
 誰にともなく口にして、成瀬結依(なるせ ゆえ)は目を擦りながら振り返る。
 目覚まし時計の脇に置かれている医療用眼帯を手に取り、ベッド下に綺麗に並べられているスリッパに足をつっかけて立ち上がった。
 ひんやりとした新鮮な空気を吸い込みながら自室を出て、欠伸を噛み締めて廊下を歩く。階段を降りて踵を返し、まずは風呂の脱衣所に在る洗面台へ向かう。
 電気を点け、蛇口を捻る。サー、と流れ出る、まだ冷たさが強い水を両手で掬い取って顔を埋める。
 顔を洗い、壁に吊るしてあるタオルで拭い、脇の小物入れから櫛を取り出し髪を梳き始める。
 背中まで伸びる柔らかそうな栗毛が綺麗な直線を描かれてゆく。
 結依はざっと髪を梳かし終えて櫛を戻し、髪をチェックしようと鏡を覗き込んだ。
 ふと、目に入る。いや、入らざるを得ないモノである以上、それは仕方がないのだろう。
 日焼けを知らない白い肌。東洋の人種と分かる目鼻立ち。自分ではそう思っていないが、それなりに可愛らしい顔立ち。
 しかし、どうしても好きになれないモノ。
 それは、鏡に映る、自分の左眼。
 日本人らしい黒い色をした右眼と違い、左眼は銀色であった。まるで闇夜に煌く満月のような白銀の瞳をじっと見つめ、結依は不意に視線を俯かせる。
 特に、本人は気にするつもりはない。きちんと視えているし、視力自体も両目とも2.0だ。色盲の類も見られず、一種の色違い(オッドアイ)であるだけだ。
 それでも、結依はこの眼を好きになれなかった。
 小さく溜息を零し、消えてしまいそうな声音で呟く。
「学校、行きたくないです……」
 虚ろな視線で、結依は洗面台の電気を消した。


 制服に着替えた結依は一階に降りる。正直言うと、この制服だけは可愛いので嫌いではなかった。淡いブルーのブレザーに、チェック柄のスカート。結依の通う学園は男女共にネクタイで、彼女のは今期一年生の深い赤だ。
 きっちりとネクタイまで締めた結依は左目に眼帯を着け、ダイニングキッチンに提げておいたエプロンを首に掛けた。
 冷蔵庫を開け、昨日の晩の内に用意しておいた下ごしらえに手を伸ばす。
 昨日は挽肉が安かったので、ハンバーグを夕食に選んだ。その時に小さめに焼いたミニハンバーグが入ったタッパーを取り出して、小皿に少し乗せてレンジに入れる。
 ブゥゥゥン、という音がリビングに響く。結依は弁当箱の蓋を開けながら、緑色はどうしよう、と冷蔵庫からレタスやアスパラガスなどを出して完成図をイメージする。
(アスパラガスは……揚げた方が良いかもですね。あとプチトマトも入れましょうか。まだそんなに暑くないですし)
 小物入れなんじゃないかと思うほどのかなり小さな弁当箱に予約で炊いておいた白米を少し詰め、先に熱を取っておく。昨日使った油をフライパンに流して火をかけ、レタスやアスパラガスを馴れた手付きで切ってゆく。
 アスパラガスに小麦粉を薄くつけて、熱せられたフライパンを油が零れないギリギリの角度に傾ける。そこにアスパラガスをそっと投入して揚げ、さっとペーパーの上で油を切る。
 飲み物はいつもの手作り麦茶。今日もまだ寒いだろうから、魔法瓶に熱いのを入れていこう。
 ああしようこうしようと料理を楽しみながら、朝食の分を作る頃には六時半を過ぎていた。
 朝食は白米とミニハンバーグと味噌汁。味見がてらにアスパラガスの天ぷらとプチトマト。続けてレンジで暖めたホットミルクを添えて、席に着く。
「いただきます」
 両手を合わせて小さく会釈し、まずはアスパラガスの出来栄えを確かめた。
「……ちょっと……味気無い、やも?」
 弁当のは塩をまぶしておこう、と結依は思いながらリモコンを取ってテレビを点ける。
 この時間はもっぱらニュースばかり。ちょうど次のニュースに変わる頃だった。
『東京都にお住まいの樋口由紀子さん34歳が何者かに背中から刃物のようなもので刺されての失血死が原因と思われる遺体が、昨夜未明に発見されました』
「……近い、ですね」
 右下のテロップに書かれている町の名前を見て、結依は夜道には気を付けようと思いながら味噌汁を口に運ぶ。
『樋口由紀子さんの所持していたハンドバッグに物色された形跡はなく、警察は被害者と犯人の関係性から捜査を始める模様です。続いては……』
 結依は白米を口に含んで咀嚼しながら、特に頭に入れているという訳でもなしに液晶画面を見る。
 そこに憂いや怒りは無い。
 必要なんてないからだろう。
 自分以外の誰かが死んだり、苦しんだりするというのを、結依は無感になってしまっていた。
 手の届かない場所に居る人間を助けるなんて事は、誰も出来やしないのだと。
 傍から見ればそれは、残酷な女だと思う者も居るのだろう。
 だが実質、結依を突き放したのは、そういった偏見の眼で見る人間達だということも、
 結依はとっくの昔に諦め、受け入れてしまっていた。
 この少女は、感じる事に関しては絶望的なのだろう。
 おそらく、きっとそれは、学園に行けば嫌でも思い知る事になる。
 今日もまた星座占いランキングが画面の上に流れる。
 乙女座は7位。深入りは厳禁、妙だと思う事は回避すべし。ラッキーカラーは銀。ラッキーアイテムはアクセサリー。
 結依はピクリと肩を動かした。
 ほんの些細な興味から見ていた目が、ゆっくりと手元に戻る。
「……銀、ですか」
 今日は、どうせ自分だけは厄日だろう。


 朝食を終え、自室で学生鞄に今日必要な教科書やノートを綺麗に入れ、閉じる。
 よし、と小さく呟いて、結依はスタンドライトの足元に置かれているペンダントを首に掛けた。
 片手の中にすっぽりと入ってしまう小ささの、円の輪郭に平たい形状をしたロケットペンダント。頭部の輪に市販の毛糸を通して結んである。
 胸元で揺れる、装飾の気の極めてないペンダントを一度右手の中に握り締め、瞼を開く。
 一階に降りて、大分熱も取れた弁当に蓋をして薄手の布で覆う。
「えっと……戸締りよし、ガス栓よし、電気よし、……」
 一つ一つをきちんと確認し、全てが終われば登校だ。
 学生鞄と弁当を持って玄関に向かい、革靴(ローファ)に足を差し入れる。
 立ち上がって爪先を地面にトントンと当てて、結依は扉のノブに手をかけた。
「――、」
 不意に、結依は振り返った。
 小窓から朝日が差し込む静かな廊下を見つめること数秒、結依は色の無い表情のまま振り返る。
 忘れ物はない。全てがもう終わっている。
「……」
 彼女に、『行ってきます』を言う必要は無いのだから。


 ◆


 朝日が充分に上がった町並みに、一人の少女が座り込んでいた。
 正確な場所は、変電用の鉄塔の八分目付近に傘のように設けられている鉄骨の床。地面までの距離はおよそ三十メートル。フェンスで覆われた内側はコンクリートで舗装されているので、落ちたら即死だ。
 歳は高校生ぐらいだろうか。しかし学校に通う者がこんな場所に座っているのなら、かなり異様だと言える。
 風体も少し目立つファッションだった。インナーの上から紅蓮の炎をイメージする厚手のジャケット。下は膝上三十センチという見せる気満々な短さのスカートを、大きな革ベルトで巻いている。一応、スパッツを履いているのがせめてもの恥じらいだろう。
 ジャケットと同じ柄のキャップを目深に被っているが、ショートヘアの髪も亜麻色というよりかなり赤みがかっていて、さほど違和感は感じない。
 細い首周りにゴーグルを掛けているのがかなり奇抜だった。水泳用のものではなく、ガラス部分が一繋ぎになっている、まるで戦時中時代の飛行機乗りが使っていたような大きなゴーグルだ。
 彼女の傍らにはコンビニで買ったらしきビニール袋が、飲みかけのコーヒー缶で押さえつけられて緩やかな北風になびく。
 片足を折ってそこに膝を突き、もう片足は宙空にブラブラと揺らしながらという、あまり行儀の良くない体勢でサンドイッチを頬張る少女は、片足をブラブラさせたまま鼻で溜息を吐いた。
「おっそいわねぇ〜……流石にそろそろ出てくる頃だと思うんだけど」
 冷たい風に曝され、少女は首を竦め、肩を震わせる。
「てゆうかあいつは何してんのよ、あいつは。半分はアンタの連絡待ちだっての。あー、寒いっ」
 すると、ジャケットのポケットの中から色気の無い着信音が流れてくる。やっとか、という顔で少女は携帯電話を取り出して、通話ボタンを押すや否や、耳を押し付けて開口一番に辛辣な口調で出迎えた。
「遅い、全体的に」
 電話に出た相手は平謝りの言葉を。次いで一言、出てきました、と。
「んなもんこっちでも目視してんだから分かるわよ。そうじゃなくて感知の方、どうなのよ?」
 慌て気味に返ってくる報告を聞きながら、サンドイッチをまた一口食べ、嚥下する。
「むぐ、ん……成程ね、一応ビンゴとだけ言っときましょうか。……、とてもそうは見えないけど」
 足元に広がる民家の海を見下ろす少女は携帯を肩と耳で器用に挟んで、空いた手で缶コーヒーを取り、啜る。風で飛んでいきそうになるビニール袋は、サンドイッチを持ったままの手の甲で押さえつけた。ますます行儀が悪い。
 不安そうというか、どこか納得いかなそうに尋ねてくる。恐らく、通話の相手もそう思ったのだろう。
「見かけに騙されるんじゃないわよ? こんな短期間の内に学校に潜り込めるのは、相当手馴れてるって証拠じゃない。それにモノも持ってるってんなら、尚更先手を打つしかない。給料泥棒だって怒られたくなきゃ、バレないようしっかり尾行すんのよ?」
 了解の声を聴き、少女は残りのサンドイッチを一気に口に詰め込んでコーヒーで流し込んだ。押さえる物を失ったビニール袋が一瞬浮くが、今度は片足を乗っけた。ここまでくると人には見せられない。
「いい? 見失わない程度に尾行なさい。接触は帰り道。予定の場所へ誘い込んで、出鼻を挫いたトコを叩く」
 分かりました、と。小声だが気持ちの入った素晴らしい返事に、しかし少女の目は眇められてゆく。
「……、そう思うなら早く追いなさいよ。だんだん距離開いてってるのがここからは丸見えよ、バカ」
 言うが早いか、返事もろくに聞かずさっさと通話を切り、ポケットに突っ込む。
 はためくビニール袋にサンドイッチのゴミを入れて口を結び、缶の中身を全て飲み干す。
 小さな吐息。そして、再び折り曲げた膝に肘を置いて、細めた目で見下ろす。
「本当に、あんな子が敵とはね……まったく、ややこしいったらありゃしない」
 狙いを定めるは、ちょうど横断歩道を渡り始めた、学生鞄と小さな包みを持つ栗毛の女子学生。


 ◆


 私立、水伽(みとぎ)学園。
 中高一貫の大きなこの学園が、結依の通う先だ。
 中等部と高等部は敷地自体が分割されているので正門も別々だが、中心を分かつ塀は無いため、中学校と高校がくっ付いたというイメージが分かりやすいのだろう。もっとも、二つの学校がくっ付けば、当然その規模は類を見ない。事実かなりの広さを有するこの町でも、指折りの有名校だ。
 結依は中等部からの繰り上がりであり、馴れしたんだ桜並木の先にある正門へと向かう。
 もう朝練とは無縁の生徒達も登校する時間帯だけに、自分と同じ制服姿があちこちに居る。
 特に意図するという訳でもなしに結依は俯き加減に並木道を歩き、正門前に着く。
 正門前に立っていた竹刀を片手に持ったジャージ姿の中年男性が、結依の姿を見てふと口を開く。まだ見慣れないが、十中八九高等部の体育教師なのは火を見るより明らかだ。
「おい、なんだその髪の色――」
「え?」
 声を掛けられた結依がぱっと顔を上げると、その顔を見た体育教師は一瞬渋面を作ってから、視線を逸らした。
「何だ、お前か……さっさと教室に行けよ」
「あ、はい……」
 脇を素通りする結依は俯きながら胸元のペンダントを握った。
(大丈夫です……)
 自分にそう言い聞かせる。分かりきっている事だが、実際にやられると胸の内のもやもやとした感情は膨れ上がりそうになる。
 そう、分かりきっている。だから割り切らなければならない。
 きっと今の教師は、結依の名前なんて知らないだろう。知っていて渋面を作った理由は、間違いなくこの眼帯のせいだ。
(大丈夫……まだ、大丈夫です)
 胸の内で渦巻く感情を押し殺して、結依は何食わぬ足取りで下駄箱へ向かった。



 高等部の学校構造は、授業棟、文化棟、職員棟と体育館、グラウンドに分類される。
 普段から生徒が授業を受ける授業棟と美術室や理科室といった特殊科目に用いる文化棟が、小さな広場を挟んで立っている。左右から渡り廊下で口の字に繋がっており、体育館は文化棟からまた渡り廊下で行き、職員棟は授業棟から、上空から見れば、卍に近い仕組みをしているのが分かるはずだ。グラウンドはこれらの建造物とは別に、多目的用のグラウンドにテニスコートと野球のコートとでそれぞれ在る。
 新一年生である結依は授業棟の二階を目指す。学年が上がる毎に上の階に行く寸法だ。
 細々とした違いこそあれ、全体の構造自体は中等部とあまり変わらないため、新鮮でありながら馴れた足取りで階段を上り、自分の教室へ。
 教室に近づくにつれて、ショートホームルーム前の喧騒が聞こえてくる。
 心臓の脈動が、自分でも分かる。鞄と弁当を持つ両手にじわりと汗が滲む。
 歩きながらゆっくりと呼吸を整え、結依は特に目立つような動きもなく、つとめて自然に引き戸を開けた。

 ピタリ、と。喧騒が静まり返った。

「……っ」
 どくり、
 心臓の高鳴りが一つ。こっちの呼吸まで止まりそうになった。
 教室にはもうある程度の生徒がおり、いくつかのグループを作って、今まさに思い思いの談笑をしていたのだおろう。
 その視線が、一気に結依に集中する。
 結依が何かを、とにかく何かを言うべきなんじゃないかと口を開いた時にはもう、全員の視線は結依から離れ、また何一つ変わらない喧騒を取り戻してしまった。
「……」
 機を失った結依は黙り込み、扉を閉めて自分の席へ歩く。
「また来たよ、あいつ……」
 不意に、耳に入ってくるのはいつもの会話。
「オレ、中等部から知ってっけど、あいつって、ほんっとに眼帯外さないんだよな」
「なんか噂じゃ事故で眼球自体が無いんだって聞いたけど」
「うげぇ……気持ちワリぃ」
「あれ? でもあたしが聞いたのは何か目の周りに変な色が出来ちゃってるからだったような」
「つぅか本当はなんともなってないんじゃないの?」
「じゃあなんで着けてるのよ」
「ファンションのつもりなんじゃない? 自分は不幸ですぅーってアピれば男が食い付くって思ってんでしょ」
「ばーか、あんな眼帯女なんかに食い付くヤツがいるかよ」
「その辺のモテねぇブサ男なら引っかかるんじゃねぇの?」
「はっ、お似合いじゃん」
 いっそ、わざと聞かせて煽っているのか。
 何を求めているのだろう。こっちだって、こんな眼に生まれたかったなんて、思ってもないのに。
 たくさんだ。結依はそう思いながらも表情にだけは決して出さず、静かに自分の席に着いた。
 まだ、誰かがクスクスと笑っているのが分かる。
 結依はあくまでそれらを頭に入れないようにして、鞄の中身を机に移した。
 彼女の周囲の席には、ショートホームルームまで誰も座らない。



 昔、テレビで見た洋画の中で、『熱したフライパンに手を押し付ける苦しみは永劫で、美女と楽しく話している時は一瞬に感じる』という例えを口にするシーンがあったのを思い出す。あれは確か鮫に襲われる映画だった気がする。
 一日が長くも感じ、短くも感じる。それは、果たしてどちらに取るべきだろうか。
 幾度も胸に提げたペンダントを握り、自分を押し殺しては無感情を装い、気が付けばようやっと五時限目が終わった頃だった。
 はっと我に返るとはこの事だ。授業の内容だけはしっかり記憶しているが、それ以外の――休憩時間や昼休みは特に記憶が覚束なかった。アスパラガスに塩をまぶしたらどんな塩梅なのかを知りたかったのだが、食べた記憶はあっても味は分からなかった。それどころではなかったというのが本音か。
 壁掛け時計を見上げる。時刻は二時半過ぎ。
 六時限目は無いため、あとは掃除をしたら終わりだ。
 やっと終われる。そう思った結依は席を立ち上がり、今日の掃除当番場所はどこか、掲示板を見る。
「――、っ」
 全身が硬直した。
 『成瀬』の名札が貼られてあるのは、二階東側の女子トイレ。
 結依が見つめているのは、自分の名札の隣りにある名前。
 そこには、『佐伯』と書かれてあった。
 自然と、ペンダントに手が伸びていた。
 込み上げてくる不快感を払拭するために、結依は俯く頭を小さく振り、勢いを殺してしまわぬような足取りで廊下に出た。
 不意に、廊下を出た矢先に人とぶつかりそうになって足を止める。
「おっとぉ」
「あっ……す、すみません」
 咄嗟に顔を上げると、そこに居た女性に結依は内心ほっとした。
 黒い長髪を、あろうことかクリップで纏めている若い女性。ティーシャツの上にワイシャツを羽織り、首にホイッスル。下は灰色のジャージという、ちょっとコンビニ行ってくると言わんばかりの格好。履いているのも裸足に直接つっかけサンダルだ。
 長身だがスラッとしており、典型的なモデル体系。右目下の泣きボクロがチャームポイントの姉御肌な美人。
 綺桐弥生(きどう やよい)。結依のクラスの担任である体育教師だ。
 彼女は結依を見るなり、にひっ、とどこか意地悪な子供然とした快活な笑みで返した。
「おーっ、成瀬じゃねぇかぁ。受け取った日誌忘れっぱだったから急いでてよぉ、わりぃーわりぃー」
「あ、そ、そうなんですか……今通った時に教卓の上にあるのを見かけました」
「そっかそっかぁ、教えてくれてありがとなぁ成瀬ぇ。どうだぁ? 華の高校生の気分は」
「あ、はい……その、新鮮なのやら見慣れてるのやらで複雑、ですね」
 微苦笑を浮かべる結依に、綺桐弥生は清々しいを通り越してオッサン臭い豪快な笑いと共に結依の肩を叩く。
「あっはっはっはっはっ! 大半は中等部の繰り上がり合格だからそりゃそうだわなぁ!」
 急にバンバンと肩を叩かれて驚き半分怯え半分の結依にふっと微笑みながら、綺桐弥生は言う。
「なんかあったら言えよぉ? 悩みとか勉強とか、色々相談聞くかんな」
「……っ」
 結依の手が一瞬ペンダントに近づくが、すぐに顔を上げて満面の笑みで返した。
「大丈夫です。毎日が楽しいです。とても、楽しいですよ」
「……、そっか」綺桐弥生はどこか思う所が在るような顔をしてから、また快活に笑った。「ま、気が向いたら言えや」
 今度は優しく、一度だけポンと肩を叩いてから教室に向かう。
 あ、と呟いた綺桐弥生は結依の耳元に手を当てて囁いた。
「勉強っつっても数学だけは勘弁な? この教科だきゃぁガキん頃からどうも苦手なんだよ」
 教室へ入ってしまう綺桐弥生の背を振り返る結依。
「あ、の……先……っ」
「あれぇー? やっちゃんどうしたのー?」
 呼び声は届かず、教室の机を後ろへと動かしていた生徒の声に掻き消されてしまう。
「日誌忘れちまってよぉ。……ちゅーかさ、お前目上を呼び捨てにすなや。やっちゃん『先生』って付けろよなぁ」
 笑い声が聴こえる。
 結依が何となく手を伸ばそうとした時、男子生徒の一人が引き戸を閉めてしまった。
「……」
 虚空に彷徨わせた手は、ゆっくりとペンダントを握る。



 女子トイレに入ると、二人の女子が既に待ち構えていた。
 背を向けていた、可憐な少女は結依に微笑む。
「あー成瀬さん、遅かったね! 千佳、てっきり来ないのかと思っちゃったぁ」
 甘ったるい声に、結依の肩がピクリと強張る。
「え、その……」
 佐伯千佳(さえき ちか)。結依のクラスメイトである彼女は、背中まである亜麻色の髪を綺麗になびかせて振り向く。若干背の低い結依よりさらに小さく、端正な顔立ちに八重歯が覗く愛らしさの目立つ美少女だ。垢抜けていて、無邪気な子供そのものの言動で、その容姿と性格からか男子の人気はとても高い。
 ただし、一部の女子からは黒い噂が絶えないと危険視されている、性格は狡猾の一言に尽きる面を持つ。つまり猫を被っているのだ。それでも男子に本性がばれた事は一度も無いというのが彼女の自慢らしい。
 無論、そんな自慢をされるという事は、結依には本性丸出しで居るという事だ。
「す、すみません……」
 思わず謝ってしまった結依に、佐伯千佳は少しきょとんとし、すぐさま愛くるしい笑顔を見せた。
「やだなぁ成瀬さん、そんな謝らなくたって良いよぉ〜。用事でちょっと遅れただけでしょ?」
「あ……」
 用事という程の事でもない理由で立ち止まっていたのだが、そうだと肯定しようとした結依にずいっと顔を近づけ、男子だったらドキッとすること間違いなしの愛嬌のある笑顔で、いつもの口調で、言った。
「だって『魔女』なんだもんねぇー、成瀬さんは♪」
「――、」
 心臓が握りつぶされるかと思った。中途半端なタイミングで息が止まってしまい、吐きそうになる。
「千佳知ってるよぉー? 成瀬さんがたまに何もない場所をじっと見つめてたりぃ、人がまだ喋ってないのに返事したりぃ……あ、そういえば今日も俯いて何かぶつぶつ呟いてたね。まるで魔女みたいだよねぇーっ♪」
 カラカラと子供のように笑う佐伯千佳。隣りに居る女子も込み上げるように笑みを零す。
 ぁ、と。聴こえもしない声だけが喉のあたりで虚しく出る。
「あっ! もしかして、勉強が上手くいく呪文でも唱えてたのぉ? こないだの小テスト、選択問題だけは全部当たってたんだもんねぇー。いーなー、いーなー……ねぇねぇ成瀬さん。その呪文、千佳にも教えてよぉ」
 腰を折って前に屈み、俯く結依の顔を下から上目遣いで見上げる。
 喉をひくつかせて結依が一歩下がると、佐伯千佳は同じく一歩前に出て距離を開けさせない。
「ねっ? ねっ? 減るもんじゃないんだし、いいでしょぉー? 呪文、教えてよ成瀬さぁん♪」
「……っ」
 囁くようにねだる顔を、結依は凝視する事も出来ずに、視線を横に逸らした。
「……、ふーん」
 興味津々といったふうに笑っていた佐伯千佳の顔が、
「千佳の言うこと、きいてくれないんだ?」
 豹変した。
 ガン!! と短い足が結依の両脚の合間を縫って壁を蹴りつける。それだけで結依は萎縮した。
「そっかぁ〜。千佳の言うこときいてくれないんだぁ、成瀬さんは」
 愛らしい微笑みは嘲りの冷笑へと変わり、見上げているのにどこか上から圧迫するような重圧感を放つ。
 震えて声も出せない結依をじっと見つめること数秒。佐伯千佳は再び天使のような笑顔になる。
「やっぱいいや。暗そうにブツブツ言わなきゃ点数も取れない呪文なんて、千佳出来ない。成瀬さん頭悪いから仕方ないもんね♪」
 足を下ろし、佐伯千佳は振り返って連れの女子からデッキブラシを取ると、結依に投げるような荒さで渡す。
 反射的に両手でそれを掴んだ結依に無邪気な笑顔で佐伯千佳は言う。
「じゃ、あとは成瀬さんで掃除しといてね」
「ぇ……」
「ぇ、じゃないよ。遅れてきたんだから当然のペナルティでしょ?」
 連れの女子を後ろに、トイレのドアに手を掛ける。
 傍らで震える結依を、横目に見遣りながら佐伯千佳は笑った。
「言わなくても分かってるかもだけど、この事センセーにチクったら承知しないからね、卑怯で気持ち悪い魔女さん♪」
 ドアが開き、閉じる音がしても、結依は微動だに出来なかった。
 やがてゆっくりと壁にもたれかかり、右手でペンダントを握り締めて、彼女は震える声で呟く。
「大丈夫……私は、大丈夫……」
 喧騒から逸脱した世界で、結依は小さく、小さく、その呪文を繰り返す。
「私の居場所は……きっとまだ、あるはずですから……」


 ◆


「――つぅ訳でぇ、古文のプリントは明々後日提出らしいから忘れんなよぉ?」
 帰りのショートホームルーム。一見してやる気が有るのか無いのか分からない怠惰な声音で綺桐弥生が生徒に向かい連絡をしている。
 しかし、教室に居る生徒はそのだらけきった連絡にも関わらず彼女の方を見て、きちんと聞いている。
 そりゃあ、バカみたいに騒いでいた男子生徒がリアルチョーク投げを喰らって悶絶する様を見せられては、この態度も頷ける。綺桐弥生という体育教師の凄い所は、横暴では決してないが粗暴さにかけては一級品という事だ。とにかくクビなんて全く恐れない。こらぁ〜そこ静かにしろよぉ〜、と間接的に注意する程度ではなく、うるせぇ黙れ伝わねぇだろうがっ、とチョークを投げてくる。しかも体育教師特有の身体能力に物を言わせた放物線を描かない投擲をしてくるため、その威力も尋常ではない。彼女の前では、義務教育という盾を失った素行問題は存在さえ許されない。
「あとニュースとかちゃんと見てる奴ぁ分かってんだろうけど、最近この町の近辺で通り魔が多発してる」
 そして綺桐弥生の言葉を真摯に聞く理由のもう半分は、彼女は大事な連絡だけは正確に教えてくれるからでもある。
「この町ではまだ起きちゃいねぇが絶対に来ないなんて有り得ねぇ。そのつもりで帰宅部は寄り道厳禁、なるべく数人で固まって帰れ。部活や習い事でどうしても遅くなっちまう奴ぁ親御さんに連絡して車で来て貰え。分かったな? 絶っ対っにっ、一人で帰宅したりすんじゃあねぇぞ」
 以上っ、号令! と必要事項だけをちゃっちゃと伝えて綺桐弥生は委員長に促す。
 シャープなフォルムの眼鏡を光らせて、クラスの委員長である相葉正人(あいば まさと)が号令をする。
 起立、礼、さようなら。暗黙の了解のように統一された挨拶の後、溢れ返るような喧騒が顔を見せる。
 綺桐弥生は日誌や書類を簡単に纏めてそれを小脇に抱え、さよならーと言ってくる生徒達に律儀に答えつつ教室を出る。
 ふと、教室を出る時に綺桐弥生は振り返る。窓際の前から四番目。まだ肌寒い季節には絶好の場所と言えるその席を。
 そこに座る眼帯の少女は、特に誰かと話すこともなく机の中身を鞄に映している。
 帰る方法を模索すべく会話をする生徒達の中で、静かに少女は席を立った。
 後ろの出入り口から出てゆくのを見計らった綺桐弥生は廊下から回り込んで声を掛けようとしたが、
「やっちゃん先生ぇー! ちょっと聞きたい事があるんですけどぉ〜」
 一歩を踏み出そうとしていた所で逆にこっちが声を掛けられて立ち止まってしまう。
 呼んだのは佐伯千佳だった。
「何だよ? 先生今急いでんだけどよ……」
「えーっ、そんな事言わないで聞いてくださいよぉ〜。古文のプリントの件なんですけどぉ」
 言われながら、ちらと廊下の方を見る。
 今まで捕捉できていた華奢な背中は、廊下に出てきた別の生徒達に紛れてもう見えない。
「……」
 ふう、と小さく溜息を零し、執拗に甘ったるい声で話しかけてくる佐伯千佳の方へ向き直った。


 ◆


 学園領を後にした結依は一人、居住区の方へと歩く。
 学園領と居住区は商店街の通りを歩くのが一番の近道となるのだが、結依は居住区の区画線(ブロックライン)となっている、川をまたぐ大きな橋を渡った先で右に曲がった。
 人に、あまり会いたくなかった。
 きっと苦しめる。
 鬱屈した気持ちが膨らんでしまうと、周囲の人が何故か事故に遭う。まるで、綯い交ぜになった鬱憤を無意識の内にぶつけてしまっているようで、結依は怖かった。こんな気持ちで往来の激しい夕暮れ前の商店街なんか歩いたら、どうなるか分からない。
 人に避けられるのは慣れた。
 けれど自分のせいで誰かが辛い思いをするのだけは、我慢がならなかった。
 なら、自分が人と極力関わらなければいいだけの話だ。幸いと呼ぶべきか、結依の些細な挙動が尾ひれがついた噂となって一人歩きしているようで、彼女を知る者はまず近づかないし、話しかけようとなんてしない。そういった意味では、佐伯千佳や綺桐弥生はかなり度胸が在ると言える。
 知らないのだろうか。あるいは知っていて意に介さないのか。
 それでも、誰かが近くにいるだけでも結依は怖かった。
 関われば、周囲の人を不幸にする。
 だから結依は何も感じない事にした。
 希望を諦めて、まるで惰性で日々を過ごす事に、結依は慣れる道を選んだ。
 自分に甘く生きるには、結依は他人に優しすぎた。
 大通りから外れた小道の脇には、小さな公園が在る。ブランコと砂場、ジャングルジムぐらいしかなく、人の気も全くない。
 この辺は社宅マンションが密集する場所で、この時間はあまり人と会うこともない。ここを通り過ぎてしまえば、結依も住む一軒家が広がる地帯へゆける。
 しかし結依は、風に揺さぶられて錆びた音色を奏でるブランコに向かい、腰を下ろす。
 両手で鎖を持ち、足元を見下ろしながら結依は押し殺す作業を始めた。
 自分を、押し殺す作業だ。
 感じるな。考えるな。そう自分に言い聞かせる。
 思えばそれが、目に見えない力となって周りに降りかかってしまう。
 それで良いのか?
 良いわけがない。
 だから結依は殺す。自分を。思う事を。
 決して反発してはいけない。誰も見てくれないこの世界を、結依は受け入れなくてはならない。
 人が怖いから。そして、自分ではない誰かに優しいから。
 結依はブランコに座ったまま前に屈み、両手で顔を覆い隠す。
「……大丈夫」
 呟く。己への呪詛を。
「私が何もしなければ、誰も傷つかないで済む……だから、大丈夫です」
 泣いてしまう事だけは避けたい。だから自分の両目に手を宛がい、自分を戒める。
「私一人で済めば、それで良いんです……」
 風が緩やかに過ぎてゆく。
 空はまだ短い夕暮れの朱を滲ませる。
 ずっと顔を下げたままだった結依は、不意に気配を感じて顔を上げた。
 ブランコ周りの腰の低い鉄柵の向こう側。
 公園を囲む茂みから出てきたと思われる、一匹の黒い犬だった。
 なかなかに大きい。前足をあげて寄りかかられたりしたら、結依なんて押し倒されてしまいそうだ。
 首輪は無い。野良犬だろうか。
 彼我の距離はそれなりにあるが、結依は苦笑を向けた。
「……アナタも、一人ぼっちなんですか?」
 哀しげに見つめ、結依は慰めにもならない微苦笑で犬を迎える。
 犬は微動だにせずにじっとこちらを見つめたまま、時間が過ぎてゆく。
 何か食べられるものでもあればよかった、と結依が見ていると、
「……、」
 徐々に、
 徐々に、
 結依の顔から苦笑が消えてゆく。
 変だ。結依の本能が瞬時にそう悟った。
 ただじっと結依を見つめているだけ。
 それだけなのに、結依は何かが妙だと思う。
 時が止まったように動かない犬が、次第に不気味に見えてきた。
 怖い。逃げよう。
 ついにそんな言葉が頭を過ぎった結依は、鞄と弁当箱の包みを持ってゆっくりと、刺激しないように立ち上がる。
 犬の方を見ないようにして足早に公園を出る。
 社宅で入り組んだ路地を、急かされる気持ちで進む。この路地を通ってしまえば、民家が立ち並ぶ場所に出れる。
 後ろを振り返ると、犬の姿は見当たらない。
 ほっと胸を撫でおろして、結依は振り返った。

 足元に、黒い犬がお座りをして見上げていた。
「――、ひっ」
 ショック死するかと思った。
 後ろへ退こうといた足がもつれ、尻餅を突いてしまう。
 鞄と弁当箱の包みが地面に転がる。
 目の前の黒い犬は、ゆっくりと結依に近づいてくる。
 首筋にざわつく気配を感じ、結依は荷物を放り捨てたまま立ち上がって一目散に逃げ出した。
 黒い犬は結依の背中を見据え、獰猛な牙を剥く。



 無我夢中で走った結依は、社宅と社宅の間にある幅十メートル程の、路地とも言えない場所に辿り着いた。
 ちょうど日陰になっていて、周囲も植え込みのせいであまり見えない。
「はぁっ……はぁっ……!」
 壁に手をついて、荒い息を整える結依。
 今のが何だったのかは分からない。
 だが分かるのは一つ。あの黒い犬は、結依の目にはどうにも違う何かに見えた。
 纏う気配が違う、というべきなのか。とにかく、尋常ではなかった。
 一刻も早く帰ろう。結依はそう思い、周りをきょろきょろと見回してから、歩き出す。
 だが、かなりの速度で走ってきたためか、膝が笑ってしまっている。なんて事のない段差に爪先が引っかかって体勢を崩す。
「きゃっ――」
 結依の体が前のめりになった時、それは同時に起きた。
 スタンッ!! という鋭い音が後頭部らへんで響く。
 振り返ると、コンクリートの壁に、治療で使うような細く長い針だ。
 針はコンクリートで出来ている壁に突き立ち、ビィィィン、と衝撃で羽虫のような音を奏でている。
 一瞬ぼんやりと針を見つめていたが、その位置を考えると背筋が凍った。つまづいて前のめりにならなかったら、頭部に突き刺さっていたからだ。

「……まさか避けられるとはね、なかなか良い勘してるじゃないか」

 どこか楽しげな女の声に結依が振り返る。
 左右の壁の出口、その中心に立つのは、紅蓮のジャケットと朱のスカート、赤みがかった髪に同系統の色合いをしたキャップを被った少女だった。
 キャップのつばを後頭部に回し、目に大きなゴーグルを当てているために顔はよく見えない。
 そして、肩に寄りかからせて担ぎ持っているのは、白銀を基調に所々が黒く装飾された、一見して玩具のような外見を持つ銃だ。銃口に当たる部分は楕円形。針を通したほどの小さな穴が空いており、そこから白煙を燻らせている。
 全長五〇センチはある、猟銃ぐらいの細さを持つ武器を片腕に抱きしめて、紅蓮の少女は笑う。
「結構な立ち回りだったんじゃない? まさかこういう時に限って予定にないルートを通ってくなんて思わなかった。さり気に尾行も振り切られちゃうし……いつからアタシ達に気付いてたわけ?」
 まるで闊歩するように結依との距離を詰めながら、紅蓮の少女は問いかける。
 しかし座り込んだまま震え、結依は呆然と見上げることしかできない。
「べぇつにカマトトぶんなくたって良いじゃない。何だかんだいって避けてんだから、お互い挨拶は済んだってもんよ」
 紅蓮の少女は銃の中腹を持って、銃口に手を当てる。丸くなっている部分を捻ると先端が外れ、それを地面に放り捨てる。銃身の上部は射撃時の風の影響を減らすためのカバーだったようで、外すといくらか猟銃らしいフォルムになった。
 ロックを切り替え、銃身が真ん中で折れる。その中に散弾銃の実包を二つ詰めて、銃を豪快に一回転させて砲身を戻す。
 彼我の距離は僅か三メートル。
 銃口を結依の目と鼻の先に突きつけた。上下二つの銃口が視界を大きく占める状態で、声も出せずにいる結依に紅蓮の少女は問い質す。
「さぁ……【ハイエンド】に潜り込んだ理由を、教えて貰おうかしら?」
「……、ぇ?」
 流暢な日本語だが、その実よく分からない単語が混じっていて意味が理解できない。
 結依は困惑と恐怖が混じった蒼白の顔を向ける。しかし、紅蓮の少女は容赦しない。
「悪いけど、泣きべそ掻いたって隙は見せないわよ? アンタがここに来るって情報は筒抜けなんだからね」
「な、ぇ……っ」
 紅蓮の少女は結依の挙動をしばし見つめ、訝しげな顔をする。
 だが、すぐさま銃の撃鉄を左手で素早く引き上げた。
「言っとくけど、上からは可能な限り拘束して連れて来いって言われてんの。分かる? つまり可能でなければ殺してもいいってこと」
「――、」
 結依の呼吸が止まった。
 殺してもいい。
 目の前の紅蓮の少女は今、確かにそう言った。
 通り魔。瞬時に思い浮かぶ言葉は、思考を鈍らせた結依に立って逃げろと警鐘を鳴らす。
 ばっと背を向けて、クラウチングスタートさながらに駆け出そうと足に力を込めた。
「――、そりゃないわよ御嬢さん」
 紅蓮の少女は呆れたふうに良いながら、銃口を軸足のすぐ脇の地面に向けて引き金を絞った。バァン!! という破裂音と共にアスファルトが抉れ、衝撃が足を叩く。結依は苦痛の声を短く零しながら前のめりに倒れ込んだ。
「そんな逃げ方、罷り通る訳がないでしょう。今どき流行らないんじゃない? モロに当てる気も失せるわ」
 溜息を混じらせながら、今度は銃口を結依の後頭部に押し付けた。
「三つ、数えたげる。長生きしたかったら白状することね。言っとくけど、本気で撃つわよ?」
 硬い感触を押し付けられ、結依は意味も分からずに奥歯を鳴らして震える。
 訳が分からない。ハイエンド、という単語を必死に思い起こすが、そんな言葉聴いたこともない。
 死ぬ。結依はそう思わずにはいられなかった。本物の銃を突きつけられた今、声すら出せない。
「一つ」
 左手で撃鉄を引き絞る。
 自分は死ぬのか。
 何一つ分からないまま、
 何も答えられないまま、
「二つ」
 後頭部に押し付けていた銃口が少しだけ離れる。
 来る! そう思った結依がペンダントを握って目を瞑った。

 紅蓮の少女が三つ目を口に――、しない。

「――!?」
 倒れ伏す結依の向こう側。社宅の壁の陰から不意に姿を現した黒い何かが、跳躍してこちらへ飛んできた。
 紅蓮の少女の顔が弾かれるように上を向く。
 放物線を描いて、凄まじい速度で視界を覆い隠すのは、剥き出しにされた白い牙。
 咄嗟に紅蓮の少女は突き付けていた猟銃を顔の前に構えた。寸でのところで遮った銃身に獰猛な顎が噛み付く。
 その正体は、黒い毛並を纏う狼。
「こ、のっ……!」
 紅蓮の少女は片足を上げて狼の腹を蹴飛ばす。
 吹っ飛んだ狼はダメージなど皆無とばかりに綺麗に着地し、鋭い咆哮を放つ。
 舌打ちをしながら紅蓮の少女は後ろに跳び距離を開く。猟銃を一回転させ、狼をゴーグル越しに睨んだ。
 上体を起こし、結依はその黒い狼を見て驚く。さっき見たあの犬だと思っていた動物が、自分を助けたのだ。
「成程、使い魔(ファミリア)とはね。保険はかけてたってわけかい? 御嬢さん」
 片手で猟銃を構え、その体勢を維持しながら紅蓮の少女が薄く笑う。
 すると黒い狼は少し顔を上げ、紅蓮の少女を見据えて、
「――ハッ……手当たり次第もここまで来ると笑えねぇんだよ、素人が」
 嘲るようにして、喋った=B
 へ……? と結依が素っ頓狂な声を上げ、紅蓮の少女は目を瞠る。
 途端、狼の全身から黒い煙のようなものが噴き出す。
 膨れ上がった煙が狼の全身を覆い、煙そのものが人間のシルエットを創り出してゆく。完全に輪郭が形成されると同時に煙は霧散し、内から姿を現したのは青年だった。
 ワイシャツの上から革ジャンを羽織り、下はダメージジーンズ。足元はブーツ。全て漆黒で統一されており、透き通るような白い肌を際立たせている。シャギーの黒髪と同色の眼を持ち、女と見間違いそうなほど端正な顔立ちをしていた。あまりに人間離れした美貌に、思わず結依は状況を忘れて見惚れてしまう。
 右手を地面に添えた状態で屈み込んでいた青年はその場に立ち上がる。
 対する紅蓮の少女は口笛を吹いてみせた。
「どうやら人狼(ウェアウルフ)だったようね。さすがに見るのは初めてよ」
「見世物根性出したつもりはねぇけどな。御捻りでも強請った方が良いか?」
 紅蓮の少女は口の端を吊り上げ、銃口を頭部に定める。
「鉛で良ければどうぞ!」
 引き金を絞る。撃鉄に穿たれた実包が炸裂し、銃口から無数の弾が吐き出される。
 撃ち時を読んでいた青年は、開いた両手を十字に奔らせた。指先から生じた黒い影が軌跡を描き虚空に爪痕を残し、黒い軌跡に当たった弾丸が火花を散らして四方八方へ飛び散る。
「!?」
 瞠目する紅蓮の少女に、青年は片手をブラブラと振って言う。
「【ハイエンド】の実弾なんざ腹の足しにもならねぇよ、いくつ喧嘩を売り込む気だ」
「32ゲージで火力不足、か……ようやっとエンジン掛かってきたじゃない」
 漆黒の青年が右手を掲げる。
 その手がビキビキと音を立てだした。異様なほど血管が浮き上がり、次第に爪も鋭角に尖ってゆく。まるで獣の掌と化した右手を数瞬見つめた矢先、予備動作も無しに突然前へ踏み込んだ。
 スダンッ!! とアスファルトを抉るような踏み込みで距離を殺し、五本の黒い軌跡を描いて紅蓮の少女を狙う。
 猟銃を両手で掴んで攻撃を塞き止める。青年は自分の体で作った死角から、同じく異形化した左手が紅蓮の少女を襲う。
 遅れて気付いた彼女は両手を振り回すぐらいに振って猟銃で第二打を防ぐ。
「銃を盾に使うなんざ贅沢だな――遅ぇぜ」
 体勢を崩した紅蓮の少女の、がら空きの頭部を上から第三打の右手が降り落ろされる。
 だが、紅蓮の少女はつまらなそうに口を開いた。
「――『ティンカーベル』」
 刹那、猟銃がバラバラに砕けた。
 今度は青年が瞠目する。白銀と黒銀で装飾された猟銃は外装を失い、分離して対の二色に輝く二挺拳銃に姿を変える=B
 左上部から降り掛かる手を目がけ、ろくに見もせずに右手に握る黒い拳銃を発砲した。
 手の平に着弾した弾丸が淡い蒼白の光を放って小さな爆発を起こす。傷は全く受けなかったが、衝撃で右腕が弾かれて青年の体が後ろへ押された。
(魔力錬成弾!? アーティファクトか……!)
「御期待に副えてやるわよ早漏が」
 左手の白銀の拳銃を手の内で素早く回転させ、銃口を青年の眉間へ滑らせる。
 眼前の銃口を捉えた青年は、指が引き金を絞る一歩手前で上体を仰け反らせた。一発二発と弾が空を噛み千切る。青年は前髪に掠める感触を味わいながら、体を横に捻転させて裏拳を振り抜く。
 紅蓮の少女は咄嗟に腕を上げて裏拳を防御する。
 受け止められた右手を開き、力を込める。指先に黒い軌跡が描かれだしたのを見て、押し切られたら頭部が輪切りにされると悟った紅蓮の少女はその場で拳銃を発砲、その反動で体ごと前に屈む。抵抗を失った右腕が虚しく空振りするかと思いきや、折込済みの青年はその勢いで回し蹴りを放った。先を読み違えた紅蓮の少女は両腕を交差させるが防ぎ切れず、後ろへ吹き飛ぶ。
 地面を転がり、すぐに受身を取って拳銃を構える。青年はあえて追撃せず、結依を射角から遮るよう位置を調節して間合いを開ける。
 片膝を突いた体勢で二挺拳銃を向ける紅蓮の少女。
 右手首の関節をコキコキと鳴らして見下ろす青年。
 嵐のような応酬から一変して、互いに機を探るが如く睨み合う。
 もはや目の前の出来事を息も呑むことすら忘れて見ている結依。
 無言の圧力で満たされた異様な空間で、沈黙を破ったのは紅蓮の少女。
「……予定外ね。いいえ、むしろ予定外の状況だからこそかしら」
 少しも視線を外さない紅蓮の少女の呟きに、青年も気付く。
 社宅マンションの中からかすかに人の声が聴こえる。今の銃撃戦の音を聞きつけたのだろう。ここはまだ死角になっているため見られる事はないだろうが、人が来るのは時間の問題なのは確かだ。
「結界さえ張れてればもう少し踊りに付き合えたものを……ったく、アルフレッドのバカはどこで油売ってんのよ」
 苛立ち混じりの呟きを零す様を見て、青年は冗談じゃないとばかりに溜息を吐く。
「おいおい、ここまで踊っといて今更帰るつもりか? 零時の鐘はまだ鳴っちゃいねぇぞ、灰かぶり」
「それは残念、生憎とガラスの靴は趣味じゃないわ。てゆうかあんなの靴擦れ起こすわよ、普通」
 銃口を向けたままでゆっくりと立ち上がり、やがて両手を下ろす。
「悪いけど、民間人を巻き込むつもりはないの。段取りの悪さは謝るわ」
「何が巻き込むつもりじゃねぇだ。逃がすと思ってんのかテメェ……」
 一歩前に出た青年に暗い微笑を浮かべ、紅蓮の少女は振り返りながら小さなカプセルのようなものを放る。
「一流ってのはね、逃げ足のほうから鍛えておくべきなのよ。素人さん」
 空中をくるくると回るカプセルに狙いを定めて銃を一発撃つ。御丁寧に射線の延長上に居た青年は頭を横にずらして避けるが、撃ち抜かれたカプセルが大量の白煙を吐き出す。
 小賢しい真似をする、と青年は渋面を作る。ビル風によって流れてくる煙幕の向こうには、紅蓮の少女は居ない。
「……逃げやがったか」
 と、口に出してみたはいいものの、これで最後の訳がない事は青年も分かっていた。
 撤退を最優先事項にしたという事は、まだ攻める機会は在るという事に繋がるのだから。
 徐々に人の気配を感じた青年は振り返る。運が良いと言うべきか、風下に立つ二人は煙幕の名残の中に紛れてまだ視認されていない。
「おい、立て。ここから離れるぞ」
「ぁ、ぇ……」
 未だに全身を震わせて硬直している結依。青年は背後に気を配りながら捲くし立てる。
「厄介事に巻き込まれんのは結構だが、今お前に捕まられたら打つ手が無くなる。悪ぃが連れてって貰おうか」
 ところが、立つ気がない以前に青年の言葉もまともに理解していない様子の結依。青年は苛立ち混じりに舌打ちをする。
「手間ぁ掛けさせんじゃねぇ! とっとと逃げんだよ!」
 二の腕の辺りを掴んで強引に立たせる。結依が痛みに苦悶の表情を浮かべたが、青年は関与しない。
 不意に結依は胸元に何かを押し付けられた。視線を落とすと、学生鞄と弁当箱の包み。
「あ……」
「落としてくんじゃねぇよ面倒臭ぇ」
 青年は掴む場所を左手首に持ち替え、結依を引っ張るように走り出す。
 後方は完全に慌しくなりだす。
 およそ人間のそれを凌駕した得体の知れない光景。その体現者に引っ張られて、結依は鞄と弁当箱を腕に抱きかかえて走る。
 目指すは居住区。
 既に、空は深い紫に染まっている。



 居住区の中を疾走していた結依は、ついに息が切れてしまう。手首を掴んだままの青年に声を掛ける。
「……あっ、……あのっ……も、もうっ……!」
 気付いた青年は立ち止まり、ようやく手を離す。
 走り通しでガクガクと震える膝に手を突いて、荒い呼吸を繰り返す。
 青年は辺りを見回し、人の気配を探る。この時間帯はやはり学生の往来が激しい。細い路地を巡り、右へ左へと駆けずり回りながらようやく結依が落ち着けたのは、もうじき完成予定らしき真新しい喫茶店の前だった。
 顔を上げる体力もない結依を尻目に、青年は口を開いた。
「……この辺まで来りゃ、さすがに追ってこねぇか」
「あの……、こ、……はぁ……はぁ……」
 声も出ない結依を無視して、青年は懐から紙切れを取り出した。
 手の内にすっぽり収まりそうな小さな紙で、形は長方形。片側に空いた穴から薄紅色の紐が通っているあたり、本に使うしおりのようにも見える。紙の両面には、文字とも絵柄ともつかない黒い模様が描かれている。
 不思議そうにそれを眺めていた結依の胸元に、青年はなんの躊躇いもなくしおりを押し付けた。
 完全な不意打ちだった。ネクタイの中腹よりやや上、つまり胸の谷間らへんに人差し指で押さえるようにしおりを当てる。
 結依が顔を赤らめるより先に、しおりの黒い模様が急激に赤い色に染まり、そしていきなり破裂音を響かせて散る。
「きゃっ……!?」
 続けざまに不意打ちを喰らった結依は尻餅を突く。その様を見てから、青年は呆れた顔で手元に残った薄紅色の紐を眺める。
「何かありゃあ、地べた這いずるわ座り込むわ……とてもそうは見えねぇんだけどな……」
 口をぱくぱくと動かしながら放心状態だった結依は、人の胸に手を伸ばすという所業に対する羞恥心からか、ようやく声を出すことが出来た。
「あのっ……さっきのは、何なんですか!? 今の女の人はっ? 貴方は一体……!?」
 青年は尻餅を突いたまま捲くし立ててくる結依を厄介者でも相手にするかのように見下ろし、溜息を零す。
「まずは立て、こんな状況誰かに見られたら余計面倒臭くなる」
 苛立たしげに指摘された結依はその場に立ち上がり、スカートの汚れを払う。
 青年は結依を尻目に、口を開く。
「とりあえず人気の無い場所に移動する。お前の家は? 家族とか居んのかよ」
「あ、いえ……」何気ない質問に、しかし結依は唐突に現実へ引き戻される感覚を叩き付けられる。「私、一人暮らしです……」
「……へぇ、そうかい。なら好都合だ」
 興味なさそうに青年は言う。
「なら案内しろ。説明して欲しいんならしてやるよ」
 結依は鞄と弁当箱を両腕で抱きかかえて、一歩後ずさる。
 青年はその動きの意味を察して、暗く笑った。
「ハッ……一丁前に警戒でもしてんのか?」
「……」 
 上目遣いに黙り込む結依を一瞥してから、青年は背を向けて歩き出す。
「別に説明しなくたって俺は構わねぇんだぜ? ただし、それでもお前はまた狙われる。何も知らずにビクビクして生活するか、真実を知って対策を練るか、お前の態度次第なんだよ」
「え……?」
 立ち止まり、少しだけこちらを向いた青年は意地悪そうに嘲笑する。
「大体の事情は察した。あの女ぁ、絶対またお前に接触してくるはずだ。無論、お前がやる気が無いんならもう俺が助ける必要はねぇわけだ。そもそも俺が割って入ったのも、ある意味あの女と似た理由でもあるしな」
「どういう、事ですか……?」
「だからそれを説明するっつってんだろうが。案内すんのか、しねぇのか。どっちを選ぶ?」
「……」
 結依は目を閉じた。片手をペンダントに伸ばし、握り締める。
 やがて瞼を開いた結依は、窺うような上目遣いのまま、ただ一つだけ先に知っておきたい事を訊ねた。
「……貴方は一体、どなたなのですか……?」
 青年はきょとんとし、その後しばし考える。
 そして振り向いて歩き出しながら、こう答えた。

「こことは違う次元の一路――俺は【アスガルド】から来た別世界の人間だ……って言ったら、信じるか?」


 ◆


 社宅地帯を抜け、彼等とは反対方面にあたる学園領へ来た少女は、ケアセンターの裏側へと隠れた。どうやら今日はやっていないようで、人気は全くない。建物の壁と塀との狭い場所に落ち着いた少女は、出来る限り手の平で隠せるよう逆手に持っていた二挺の拳銃をくるりと手の内で回転させ、溜息を吐いた。
「ふぅ……まったく、ややこしいったらありゃしない」
 不意に右側から物音がした。反射的に少女は銃を向ける。
「わっ!? ぼ、僕ですよミルネスカさん!!」
 慌てて両手を振るのは、少女より少し年上らしき男性だった。上下スーツに、灰色の猫っ毛。耳にカフスやピアスを付け、手首や腰のベルトにも銀の装飾をした、ホストみたいな格好をした糸目の優男だ。
 だがその姿を見た少女は、何の迷いもなく引き金を引いた。ズドン! と轟音が響き、優男の足元を掠める。
「こんのっ……バカフレッド!! 誰のせいだと思ってんのよ!!」
 えらく御立腹のようで、下手に動いたら逆に当たりそうだと思った優男は身動き一つ取らず頬を引き攣らせる。
「す、すいません……」
「えぇそうねっ、謝って済むから質が悪いっ」
 大きく溜息を零し、銃口をいくらか下げる。
「何が出鼻を挫いたトコを叩くよ……結局逃げてきちゃったじゃないのさ。結界内なら絶対勝てたのに、あの犬っころっ……」
「な、なら結界を張れば良かったんじゃ……」
 再び銃声が鳴り響く。しかも今度は二発。堪らず優男は地面に尻餅を突いて頭を庇う。
「アタシはそういうの苦手なんだっての!! でなきゃアンタみたいな新参者連れてくる訳ないでしょうが!」
「すっ、すいませんすいませんすいませんっ……!!」
 本当になんでこんな男を連れてきてしまったのだろう、と少女は額に手を当て、諦めたようにジャケットの裏側に縫い付けてあるホルスターに拳銃をしまい、ゴーグルを首まで下ろした。
「はぁ〜……違う人を付けて欲しかった。アルベルさんの考えはいまいち分からんわ……」
 立ち上がり、服に付いた土を叩き落としながら優男は歩み寄る。近くで見ると少女と優男の身長差はそれなりにあるが、下からねめつけるように少女は睨む。
「で、今までどこ行ってたわけ?」
「いやぁ、すいません……あれからずっと探してたんですけど、やっと見つけたのはミルネスカさんの走り去る姿でして……」
「……、要するに今の今まで煙に巻かれてたって訳だ。肩でも撃ち抜いたげようか? 労災降りたら良いわね」
「つ、次こそ給料分は働きますんで勘弁して下さい……っ」
 悩みの種が多すぎて怒る気力を使い果たした少女は、キャップのつばを回して前に戻す。
「ミルネスカさんを退かせる程の実力者となれば、やはり【アスガルド】の人間ですかね」
「でしょうよ。どうもアタシ達に感付いてたようだけど……」
「バレてた……って事ですか?」
「でしょうよっ! 分かりきってる質問しかないのかこのタダ飯食らい! アンタも首から上を輪切りにされかけてみる!?」
 め、滅相もないです、と萎縮する優男。
 じろりと睨みつけ、少女は先程の男を思い出す。
 一応は極秘の諜報活動である彼女達の動向を調べ、あのタイミングで攻撃してくる事が分かっていた。接触するタイミングを読まれるだけならまだしも、あの眼帯の少女を上手く利用して結界の無い場所へ誘き寄せたことと言い、
「……情報が洩れてる……アルフレッド、アルベルさん宛に私信入電で打っといて。『内部にスパイ残存の疑い有り』ってね」
「あ、はい。分かりました」
「あの男、良いのは顔だけじゃなさそうね。随分と立ち回りに自信が有ったようだけれど……」
 頭の中で思い描いた美青年は、薄っすらと嘲笑を帯びて鼻で笑う。
「……っ! マジでムカつくわぁあの男。なぁにが『いくつ喧嘩を売り込む気だ』、よっ。喧嘩売ったのはそっちでしょうがっ」
 少女はやり場の無い怒りを塀にぶちまけるが如く何度も蹴りつける。
「あぁーもぉーっ! ややこしいったらありゃしない!! 今度会ったらあの澄ました顔面素敵な形に整えてやるっ!!」
「あはは、グシャグシャに潰したら整形じゃなくなっちゃいますよ」
 なんら悪意のない指摘が横合いから聴こえた。
 人気が無いのをいい事に、常識を逸脱した破壊性を秘める黒銀の拳銃は弾切れを起こすまで撃鉄を打ち鳴らす。


 ◆


「大きい家の割になかなか片付いてるじゃねぇか……」
 青年は玄関を上がって、辺りを見回しながら言った。
 先に上がっていた結依は戸惑いながら一階の奥へと案内する。
「……こっちが、居間です」
 ドアを開けると、フローリングの部屋が広がる。L字型になっており、テーブルを四つの椅子で囲う食事用の場所と、大きい卓袱台の前に三人掛けソファーがある居間にあたる場所。ダイニングキッチンのようで、それは食事用テーブルの手前に設けられている。居間の正面、窓の向こうに庭があり、左手側には障子で仕切って小部屋もあるようだ。
「……、本当にお前一人で住んでんの?」
 青年は少し面食らったのを内心に隠した。女子高生の一人暮らしにしては、随分と大きい。
「は、はいっ……その、貯えがありまして……」
 ビクビクした様子で何とか答えている結依を尻目に、青年は辺りをもう一度見回して口を開く。
「まぁいい……ところで説明するのは良いが、自分の家なんだから着替えてからにしたらどうだよ」
「えっ? あ、はい……分かりました。すぐに戻ります……」
 弁当箱の包みをテーブルの上に置き、探るような視線をこちらに向けながらもそそくさと二階へ上がってゆく結依。
 青年はその背を見て、面倒臭そうに溜息を突いた。切り出すのは構わないが、突拍子もない話題になるのは間違いない。半ば脅されるような形で家宅へ上がり込む羽目になったのを、青年は頭を掻きながら思案した。
 だが、考えたところで何が変わるかは本人にも分からない。青年はソファーには腰掛けず、すぐさま胸ポケットから紙の束を取り出した。
「さて、とりあえず警告ぐらいはしとくか……」
 青年は束ねていた紐を解いて、部屋のあちこちに紙を貼り付け始めた。
 ソファーの底、テレビの裏側、襖の隅、廊下に出てトイレの壁、物置部屋のドア。
 いくつもの紙を貼り付け、玄関の上部に貼っている時に後ろからスリッパの音が聴こえて振り返る。
 淡い水色のワンピースに着替えた結依は階段の途中で立ち止まり、不審そうに青年を見下ろす。
「あの……な、何をしているんですか?」
 青年は紙束を見せながら答える。
「保険だよ、これで家の中に居る限り襲われる事はねぇ。手の届きにくい場所に貼ったが一応言っとく、絶対に触んなよ?」
 襲われる。その言葉を聞いた結依は先程の恐怖を思い出したのか、肩を竦めながら何度も頷いた。
 青年は居間に戻り、結依もそれに続く。テーブルに座る青年と向かいになる椅子に、彼女は慎重な動きで腰を下ろした。
 さて、と青年は呟きながら、結依を見る。
 結依は上目遣いに青年を見つめ返した。よく見ると、ますます端正な顔付きをしている。じっと見続けるのが何だか恥ずかしくなった結依は視線を落とし、ペンダントを握り締める。
「先に言っておく。今から俺が話す事は全て事実だ。勝手に否定をするな。勝手に質問を挟むな。二度は言わねぇ、黙って最後まで聞け」
 まるで脅し文句だ。そう思ってしまうほど青年の口調は高圧的だった。どこか不機嫌そうな声音に、結依は黙って頷く。
「良い子だ」
 青年は両手を組んで口元に置き、ゆっくりと話し始めた。
「最初に結論から言えば、俺やあの女は違う世界の人間だということ……これはさっきのを見てりゃ何となくは分かるな?」
「……、はい」
 瞼の裏に焼き付いた光景が蘇る。
 何の躊躇いなく銃を撃つ少女。狼から人に姿を変える青年。発光と共に爆発する弾丸や黒い軌跡を描く爪痕。全てが結依の常識を拭い去る非日常的な光景だった。実際に起こった出来事だとさえ、未だに実感が沸かない。まるで夢を見続けている気分だ。
 結依はペンダントから手を離し、食い入るように聞く。
「『世界』という言葉は俺やお前が今居る此処だけじゃない。海外とか、違う惑星とかそういう事じゃねぇ。文字通り次元が違うのさ。次元の境目を繋ぎ合わせていくつもの世界は存在し、行き来する事も可能だ。そうやって俺は別世界から、この世界にやって来た訳だ」
「それが……」
 青年は頷く。
「【アスガルド】。この世界じゃ神話における一つの場所として記されているようだが、実在するのさ」
「……」
 青年は結依の視線に気付き、手で隠した口元を薄く歪めた。
「信じられねぇ、ってか……現に有り得ねぇと思うような事実はその目で見たはずだ。何なら狼の姿で話してやろうか?」
「いえ、大丈夫です……」
 椅子の上にお座りをして説明をする黒い狼、という構図を想像した結依は即座に断った。そんなもの見せられたら、納得を通り越して怖い。
 なら結構、とばかりに青年は話を続ける。
「ハイエンド、って言葉を聞いたな? あの女が口にしたはずだ」
 結依は頷く。青年は右手の人差し指を、すっと下へ向けた。
「そもそも、いくつもの世界を行き来するという話には矛盾が起きてる。それならどうしてこの世界の人間は、そういう行き来する手段はおろか、ここ以外の世界が存在する事を知らないのか。答えは簡単、そういった真実を知らねぇ世界が一つでも必要だからだ」
「……?」
 よく分からない、と結依は小首を傾げる。
「この世界は安全弁の役割を担っているのさ。真実を知らずに歴史を重ね、文明レベルの変動をその世界のみで行う場所があれば、仮に文明レベルの超過が原因で他世界が滅ぶ事になった時に公的に被害を受ける理由がない世界を設けておけば=A複数の世界が成り立つバランスを絶妙に取れる。だからこの世界は真実から置き去られた世界、【ハイエンド】という名で存在してる」
 そこまで述べたところで、ちらと結依を見遣る。
 結依は何とも言えない表情で青年を見つめている。小さく口が開いたままになっているのを見て青年は悟る。絶対分かってない。
「……要するに、【ハイエンド】ってのは今お前や俺が居るこの世界の事だ」
 どうも要領を得ていないようだが、一応は信じているようだ。そうでなくては狼になるわ不思議な力で攻撃するわという光景を見せた張本人の前でちゃっかり席について説明を受けている訳が無い。むしろ青年は彼女の図太さに呆れた。普通なら恐怖のあまり錯乱してもおかしくない。
(あるいは……いや、まさかな)
 青年はしばし結依を見つめるが、見られている事に耐えかねた結依が萎縮するのを見て、視線を逸らした。
「で、早めに核心を突いとくべきだと思うから説明しようか。お前が襲われた理由」
 未だに恐怖の対象なのだろう。その話になった途端、結依は怯えた表情をする。
 しかし青年はあくまで意に介さない。聞く耳を持たない訳ではないのは分かっているし、何より興味もなかった。
「先にあの女が何者かを教えておくが、あの女もこの世界……【ハイエンド】とは違う世界から来た事になる。もっとも、俺の居た【アスガルド】とも違ぇ」
 結依は頷いた。いくつもの世界、と既に教えられている以上、違う世界とやらが有っても疑問には思わない。
「まぁ俺からすりゃあの拳銃を見れば一発で分かる訳だが……十中八九、奴は【ミッドガルド】の住人だろうな。あの拳銃から発せられた白く発光する弾丸を見ただろ? あれはアーティファクトと呼ばれる、魔術師が戦闘時に使う代物の一つだ」
「まじゅつ、し……?」
 面食らった表情で結依は思わず聞き返してしまい、慌てて口を噤む。本来なら殴ってもう一度忠告し直すところだが、青年はしなかった。相手は女なので気が引けたのもあったが、確かにいきなり魔術師と言われて『そうなんですか』と頷ける訳がないのは重々承知の上だ。
「信じられないだろうが事実、存在する。俺やあの女が使っていたのが魔術の一種、つまり外の世界から来る人間の大半は魔術師って事になる。俺は一概に魔力と呼んでいるが、そういったエネルギーのようなものを体内に持っている人間が居るわけだ」
 ここまでは分かるか? と訊ねる青年に、急に理解を求められた結依は慌てながら、なんとか頭の中で整理しながら、やがて頷く。
 つまり、【アスガルド】の魔術師である彼は、【ミッドガルド】の魔術師である紅蓮の少女と同じくしてこの世界――【ハイエンド】に来た。そして、【ハイエンド】の人間である結依を紅蓮の少女が襲い、青年が助けた。
 そういうことですか? と訊ねる結依に、青年は渋々と肯定した。要所を分かっているのは良いが、内容を端折られた事が不満らしい。
「それで、だ……お前にとって核心だと思う話題、どうして襲われたか。……お前、心当たり在るか?」
 それを聞いた結依は力いっぱいに首を横に振った。とんでもないとばかりに、首を痛めるんじゃないかと思うほど何度も。
 青年は小さく溜息を突き、疲れたように言った。

「だろうな。確信犯にしちゃ、お前の魔力は異常過ぎる=v

「……、え?」
 結依は一瞬、青年の言葉がよく分からなかった。
 呆然とした表情の結依を見て、青年は素っ気無く答える。
「何も【ハイエンド】の人間だって無関係って訳じゃねぇ。ただ単に真実を知らされていないというだけで、魔力を持つ人間だっていくらでもいる。中には凄まじい魔力を保有する人間だって、いっそ居ない方がおかしいぐらいだ」
 フィルターを掛けたように、青年の声が遠のく。
 そんな錯覚を起こす程、結依は気が動転していた。必死に頭の中に詰め込んでいた情報など、一気に吹き飛ぶ。
「お前も魔力を持ってる。ただ、その保有している魔力の絶対量が尋常じゃない。それこそ安い感知術式なんざ使っても調べようがないぐらいな」
「どういう、こと……ですか……?」
 もはや質問を挟むなという言葉すら覚えていない。虚ろな視線で青年に訊く結依。
 青年は特に心中を察するつもりもなく、まるで他人事のように口を開き始めた。
「俺は【アスガルド】でとある情報を買った。それは、『【ハイエンド】の日本国内に他世界の魔術師が入り込み、何らかの活動をしようとしている』というものだった。俺は急遽この世界に移り渡り、慣れねぇ手つきで感知式の魔術を展開してみたが、あっと言う間に大雑把な場所を特定するに至った」
 青年はどことも取れない場所を見つめる結依を指差す。
「それがこの町さ。別売りで買った情報じゃ、この町はここ数年で地脈に多大な魔力が流れ始めているという話を聞いた。地脈ってのはこの土地に出来ている魔力の通り道だな。自然の成長や地盤建設がし易い土地ってのは総じて地脈に魔力が豊富に含まれているからだ。早い話、この地脈の魔力ってのは数年単位で増大する代物じゃねぇんだ。それこそ数百年っつぅレベルの永い歳月の中で昇華しているが、たった数年で急激に昇華するなんて有り得ねぇ。これが【アスガルド】知れたら騒ぎになるのは間違いねぇな」
 ただし例外が存在する、と青年は続ける。
「人為的に一定の土地の地脈に魔力を流し込めば、あながち不可能な話じゃねぇのさ。つまり俺はこの土地の地脈に魔力を流し込んで何か企んでる馬鹿が居ると踏んだ。恐らくは【ミッドガルド】の連中だとな。ところが違った。魔力を流し込んでいたのは、あろう事か【ハイエンド】の、それも極普通に学生生活送ってるただの女ときた。だから確認のつもりでもう一度感知用の術符を使ってみた所いきなりその術符が弾け飛んだら、正直驚いたぜ。さっきお前に押し付けて起動させたらああなったろ? 普通、術符が弾け飛ぶなんて事はねぇんだ。感知の限界にくると機能が停止するはずなのに、お前は自身を対象に選んだ術符の感知能力を逆手に取って無意識の内に迎撃した≠フさ。それこそ、機能を停止する暇もなく破壊する程の魔力でな」
 まるで深い深い谷底へ落ちてゆくような、そんな感覚までやってくる。
「推測だが、あの女も俺と同じような思惑でお前に接触したんだろうよ。もしもあの女の方が慎重だったら、俺がお前を拘束するはずだった」
 怖い。
 結依はようやくそんな感情に気付いた。
 それは、目の前で起こった出来事ではない。
 自分は普通ではなかったんだという、自身への恐怖だ。
「……まぁ、何にせよ良いカードを配られたのは俺だ。この機は外せねぇ」
 肩を震わせて、結依は俯く。
 人に無い力を持っている。
 そんな事実を突き付けられ、やっぱりそうだったんだという納得をしてしまう自分を、信じたくなかった。
 いくらでも心当たりがあるからこそ、否定出来ない自分を。
 そういった境遇を受け入れる事で自分を保ってきた結依は=A怖さと悔しさがない交ぜになった暗い気持ちで、ペンダントを握る。
 だが、青年はそれすらも意に介さない。
 だから、
「おい」
 不意に声を掛けられた結依は、ゆっくりと顔を上げる。
 その表情を見た青年は、全く気にしないといった態度で口を開く。
「お悩みのところ悪ぃけどな、あの女は勘違いしたままなのは変わらねぇ。どっちみちお前が狙われる可能性はある」
 だからこそ、青年はそんな恐怖に震える結依を真っ直ぐと見つめて、言った。
「当面の状況を何とかするには、お前の協力が不可欠だ」
「……、え?」
 思わず声が出てしまった。
 あまりにも予想外な言葉だったからだ。
 人に無い力を持つ結依を、だからこそ協力が不可欠だと言ってくれる$ツ年に、結依は心底驚いた。
「私が、協力……ですか?」
「当然だろ、成り行きとはいえお前はとっくに巻き込まれてる人間だ。再度接触を起こしてきた時に、お前も理解した上で行動してくれた方が俺も動きやすい」
「……」
 青年は口元に組んだ両手を添えて、呆けた顔の結依を見据える。
「言っとくがお前に選択権も拒否権も無い。俺と協力せずに、あの女を黙らせる方法がお前に在るとは思えねぇけど?」
 どうする? と聞く青年に、結依は少しだけ考えた。
 協力してくれ。そんな事を言われたのは、初めてだった。
 さっきまでの恐怖が嘘のようだった。真新しい色を塗ったように、今は不思議な感覚で埋め尽くされている。
 そして、先程見た光景が現実のものである以上、自分に置かれた現状が事実のものである以上、
「……分かりました」
 結依は、頷いた。
「正直、何が起こっているのかよく分かってないんですけど、どうしようもないわけではないのなら、手伝わせて下さい」
「……そうかよ」青年は伏し目がちに頷き返した。「……で、とりあえず今までの事を踏まえて、何か質問が有るか?」
 もう一度自分の中で得た知識を纏めて、それからふと気になった事を訊ねた。
 ある意味、結依にとって肝心なこと。
「あの、御名前はなんていうんですか……?」
 急にそんなことを、と言いそうになり、しかし考えれば確かに知らないのもおかしい事かと、青年はやがて名乗った。
「……、ナユタだ」


 ◆


「……、やられた。随分と度胸の在る男ね」
 鉄塔の上に座り込んでいた少女――ミルネスカは溜息を突きながら小さく呟いた。
 陽はとうに暮れ、深い群青の空の下で肌寒い風に曝される。
 彼女の背後に腰を据え、ノートパソコンを覗き込んでいたアルフレッドは顔を上げる。
「どうしたんですか?」
 んー? と気だるそうに唸り、ミルネスカは手に持っていた古めかしい双眼鏡をアルフレッドに放るように渡す。
 かなり煤けた外装を持つその双眼鏡は、通常の望遠用レンズとは別に外付けするように青い色のレンズが取り付けられてある。青いレンズはスライド出来るようになっており、『通常の対象物』と『違うモノ』とを見分ける二つの役目を成していた。
 ミルネスカがそのまま渡した双眼鏡には青いレンズが嵌っている。つまり、『違うモノ』の方を見てそう呟いたのだ。
 覗き込んだアルフレッドは、その先に見える光景に眉をひそめた。
 それは、下方に建ち並ぶ民家の一つ。なかなか大きな二階建て一軒家だ。薄い青のフィルターが掛けられたその家は全体が白い霞のようなものを漂わせており、明らかに他の民家とは異色を放っている。
 ただそれは事前に確認済み。気になるのはその一軒家の一階と思われる場所のあちこちに、一際輝く白い点がいくつも見えた。
 そう、彼等が見ている白い霞は魔力で、白い点はその魔力が集約されている何かだ。
「あの点は何ですか? 一階付近のそこら中にありますけど……」
 ミルネスカは交代するようにノートパソコンの前にあぐらを掻いて座り込む。ノートパソコンの脇にはミニチュアのアンテナが天辺に付いた長細い箱があり、そこから伸びた何本ものコードがノートパソコンへと繋がれている。画面に表示されているウィンドウは三つ。日本地図と、この町の地図、そして棒グラフで記された統計表。それらを見比べながらミルネスカは答える。
「簡易起動式の術符ね。あの配置は確か術者の起動コードに反応して閃光と爆音を発生させる、『警報迎撃(スタンサーチャー)』のはず」
「よく一瞬で分かりましたね」
 感心の声でアルフレッドは言った。ミルネスカは画面を見つめたままざっくりと返す。
「初歩中の初歩よバカ。アタシだってこういう体さえしてなきゃ¥o来るわよ、結界一つに手間取るアンタとは違うわ」
 尊敬の笑顔の状態で沈黙するアルフレッドをミルネスカは完全無視する。
「とすると……さすがに手は出せないですねぇ」
 困った、とばかりにリアクションをするアルフレッド。しかしミルネスカは否定した。
「なんか勘違いしてるみたいね。あの程度の即席魔術、しようと思えばいくらでも看破するわ」
「はい……? じゃあ、どうして……」
「アタシがやられたって言ったのは、あの高濃度の外界魔力を利用されたって意味でよ」
「どういう事ですか?」
 キーボードを人差し指で適当に押しながら、ミルネスカは答える。
「あのとんでもない外界魔力のせいで、『警報迎撃(スタンサーチャー)』としてだけで機能するはずの術式を飲み込んで家全体が一つの媒介になっちゃってんのよ。家が銃なら術符は弾丸、本来ならその弾丸だけで効果を発揮するのに、術式効果をもたらす為の術符の配置は家の形状や魔力の流れで変動を起こして、家中の魔力が『警報迎撃(スタンサーチャー)』の機能を受け入れてる。術者が起動コマンドを送ったら最後、高濃度の魔力に当てられて効率が飛躍的に昇華されてる『警報迎撃(スタンサーチャー)』はその膨大な熱量と衝撃波をぶちまけるでしょうね」
 えっ!? とアルフレッドの口元が引き攣った。
「そ、それってまさか……」
 ミルネスカはしれっと頷いた。
「あの家は今、爆弾になってるってこと。それこそ周囲の民家ごと焦土に出来るほどの火力を誇る、ね」
 あまりに平然と答えるミルネスカに、アルフレッドは慌てて振り返った。
「だ、だったら今すぐ何とかしないとマズイんじゃないですかっ? もし起動させちゃったら……!」
「バカ、本当に起動させるわけないでしょ? 脅しよ脅し」
 へ……? とアルフレッドは間抜けな声を出した。
「帰宅ルートを読まれてるのなら駐屯先も割れてるって、いくらなんでもあの色男は気付いてるでしょうよ。身の危険を察したなら普通場所を変えるわ。そうしないどころか、命まで賭けてあの家に入らせないようにするって事はただ一つ、メッセージを突きつけてるの」
「メッセージ、ですか……?」
 ミルネスカは淡い光を覗き込みながら、頷いた。
「『用が有るあら外で聞け』っていう、警告よ。あのバカみたいな濃度の外界魔力を生成する術式方陣でも守ってるんじゃない?」
 溜息混じりにミルネスカはパソコンをシャットダウンさせ、閉じる。
「何にせよこれでアタシ達は後手後手に攻めるしかない。長期戦は受けの方が有利なもんよ。手札をかなり捨てさせられた気分ね」
 立ち上がり、鉄塔の縁に立って渦中の民家を見下ろす。
 一階だけに明かりのついた、大きな一軒家。
 ただ見るだけなら何ら変哲のないその家をつまらなそうに見つめ、ミルネスカは踵を返す。
「アルフレッド、一旦ホテルに戻るわよ」
「あ、はい!」
 慌てて立ち上がり、荷物をバックの中へ片付けるアルフレッドを置いてさっさと帰り始めるミルネスカ。
「日を改めるとするわ、犬っころ。綿密で盛大な猛獣ショーには、道具の用意は大切だもの」
 誰にともなく囁いたその言葉は、風に薙がれて誰にも届かない。










 第二幕     真実、まるで炎にも似た熱





 夜の凍てつく寒さも、朝日に熔かされるようにして淡い春風を送る。
 春爛漫。そんな言葉が相応しい晴天となった。
 桜並木を登校する結依は、周囲の生徒達に紛れることもなく道の片側に寄って一人歩く。
 しかし、その表情にいつもの能面のような暗い色はなかった。
 緊張と不安に少し強張った、そんな顔をしていた。
(大丈夫、なんでしょうか……)
 結依は誰も気付かないような小さな溜息を零し、ナユタという青年との昨晩の会話を思い出していた。


『それで、私は何をすればいいのでしょうか?』
 意を決した顔を向けた結依に、ナユタは答えた。
『何もするな』
『……、はい?』
 あっさりした戦力外通知に、結依は不思議そうというより驚愕めいた表情をする。
 せっかくの意気込みを軽くへし折ったナユタは、面倒臭そうに頭を掻いて続ける。
『正確には、いつも通りの生活を送ってりゃいい。はっきり言ってお前は囮だからな』
『囮、ですか……?』
 どこか納得ともつかない返事をする結依。意味を分かっているのか甚だ疑問のナユタは、しかしツッコむのをやめた。
『これは俺の推測なんだが……敵方はお前の事をどうも、俺の仲間内だと思ってるらしい』

 ――成程、使い魔(ファミリア)とはね。保険はかけてたってわけかい? 御嬢さん。

 あの時、紅蓮の少女はそう言った。つまりナユタが結依を助けたのは主従関係から当然だと勘違いしたのだ。ある意味、ナユタが助けに行ったのも話をこじらせた要因の一つなのかも知れないが、本人は紅蓮の少女がバカをやってる事に少なからず腹が立った。どうして結依が【ハイエンド】の人間ではないと勘違いしたままなのかは知らないが、そんな根本的なミスをする相手を敵に回すなんて馬鹿らしくて仕方が無い。加えてド素人の使役扱いされたのも若干頭にくる。
『当面の目標は二つある』
 一つ目は紅蓮の少女と彼女が口にした、恐らくは彼女の補佐役と思われる者の無力化、出来なければ痛めつけること。
 二つ目は他でもない、結依が【ハイエンド】の人間だときちんと分からせること。
 少なくともお前の無実の証明は一つ目をクリアしなけりゃどうしようもない。ナユタはそう付け加えた。彼の目から見て、紅蓮の少女は完全に結依をナユタの仲間だと誤認している。そんな相手に何を言った所でその場凌ぎで出た詭弁か、センスの無い動揺の誘い方とでも片付けられ、聞く耳を持たないのは必至。抗戦意識を殺がない限り結依の身の安全は保障出来ない。
『だからお前は何もしなくていい。普段のまま、いつも通りに家を出て、いつも通りに授業を受け、いつも通りに帰って来い。むしろ下手に変わった行動を取られるより、昨日の今日で平然と変わらない行動を取られる方が怪しくて向こうもせっついたり出来なくなる』
 何もするなという言葉の意味をようやく知った結依は、不安ながらも頷く。
 よし、とナユタも頷き、席を立った。テレビの傍に寄り、裏に貼り付けられていた何かの紙切れを剥がしだす。
 何をしているのか訊くと、ナユタは素知らぬ顔で答えた。
『効果は充分に出ただろうよ。貼っとく必要はもう無ぇから剥がしとくぜ』
 ヒラヒラと紙切れを揺らして言うナユタに、何の効果が有ったのか知らない結依はそれでも『そうですか』と納得しておいた。
『俺の勘じゃあ、接触は二、三日の内だ。焦るつもりはなくても、後手に回り過ぎれば行動は余計に制限される』
 仕掛けはこちらでやっておく、という大まかな概要に、ナユタはもう一度釘を刺した。
『良いな? いつも通りの生活を続けろ。変に周りを意識したりするんじゃあねぇぞ』


 それだけ言ったナユタはそのまま外出してしまい、結局その意味は教えて貰えなかった。
 ただ、家を出る際の『下準備は一晩で済む』という言葉は、結依も何故か安心してしまうほど自信に満ちた一言だった。
 考えても仕方ない。
 なら、自分は自分の出来ることをするまで。
(私の、いつも通りの日常……)
 恐らく、いや確実に、結依にとってその日常こそが壁である事をナユタは知らないだろう。
 毎日のように、正門で、下駄箱で、教室の前で、何度も何度も、祈るような気持ちで入らなければならない日常。
 それが正常な世界だからこそ、結依は耐え切れなくなりそうになる=B
 それでも、自分がまだ死にたくないと思うのは、きっと――。
(大丈夫……)
 正門を通り、結依はペンダントを一度握り締め、それから意を決して顔を上げた。
(大丈夫です……私の『いつも通り』は、まだ……)
 図らずも結依はナユタの言いつけを忠実に守っていた。
 今日もまた、結依が恐怖する正常な世界は幕を上げる。


 ◆


 左右を占める桜並木は存外広く、中に紛れ込むと外からは全く見えなくなる場所はいくらでも有る。
 そうして茂みに屈み込んでその姿を発見したミルネスカは、怪訝な顔をした。
「……? 普通に登校してるし……」
 隣りで同じように屈み込んでノートパソコンを弄っていたアルフレッドもその姿を見て、眉をひそめる。
「なんか、妙ですね……昨日の事で堪えたんじゃないかと僕は思ったんですが」
「奇遇ね、同じ意見よ。かなり不本意だけど」
「……」
 正門へと入り込んでゆく姿を最後まで見届け、ミルネスカはパソコンの画面を覗く。
「どう?」
「無理みたいです。いくつかの魔力残滓は感知出来てるんですが、関係ない人の魔力ばかりでその色男さんは捕捉し切れません」
「倍率上げても……無理か、やっぱ」
「ですね。これ以上倍率上げるとあの子の魔力まで感知範囲に入ってパソコンが大破しちゃいます」
「敵ながら良い判断ね。あんだけの魔力を撒き散らされたら探り入れんのは不可能に近いわ」
 嫌味ではなく純粋に敵を褒めた。アルフレッドの知る限り、彼女が敵を褒めるなんて事は初めてだ。
「でも、それは向こうにとっても同じなんじゃないですか?」
「でしょうよ。恐らく連中の考えはこうよ、外界魔力を撒き散らして捕捉の利かない死角に罠を張って待ち伏せる。アタシ達が狙いに行くのは……そうね、二日か三日後、少なくとも今日中には来ない。確かに下手に突っ込んでペースを掻き乱されたら、せっかくの準備も台無し」
「成程。なら、罠を張り終えない今日に狙いを付けるつもりなんですね」
 的を射たとばかりに納得してみせるアルフレッドの頭に、踵落としを見舞うミルネスカ。
「いっだ……っ!?」
「バカ通り越して最早アホね、アンタ。とっくに罠張ってたらどうすんのよ? その脳みそは猪と同レベルか」
 涙目で頭を押さえるアルフレッドに、舌なめずりをしてミルネスカは手に持っている物をくるくると回して遊ぶ。
「賢い賭けで一番カッコよく見せる秘訣ってのはね、手札の裏面が全部同じ絵柄だって事を有効に使えるかどうかなのよ」
 その手に持っているのは、市販されている何の変哲もないボールペン。


 ◆


 教室に入った結依を、既に登校している生徒達は囁くように言葉で叩く。
 座り込んだ際、思わず弁当箱を落としそうになって体勢を低めた時、頭の上の何かが通った。見るとルーズリーフの用紙を一枚千切って丸めたもののようで、投げられた方角を見るとつまらなそうにこちらを見ていた佐伯千佳はすぐに女子との会話を再開させた。
 そうしている内に綺桐弥生がやって来て、朝のショートホームルームが始まる。
 終われば十分後に一時限目、今日は社会からだ。
 いつも通り。そう、何ら変わらぬいつも通りの授業風景。
 の、はずなのだが。
(き、緊張してきてしまいました……)
 既に朝の事など結依は覚えていない。それどころか授業の内容すら頭に入ってもこない。
 いつも通りの日常を送れとの命令なのだが、ある意味結依にとっては拷問に近い。何時如何なる場所で襲われるとも思えない日常生活など、緊張しない訳がない。とりわけ結依はそういった喧嘩や抗争とは無縁の人生を送ってきたのだから一入だ。これがヒットマンに背中を狙われる要人の気分なのか、などとこないだ見た刑事モノの番組を思い出している結依。ナユタが見ていたらきっと『そんな事考えて緊張してるお前は充分余裕だよ』、と言われたに違いない。
 忘れてはいけない。結依は何の変哲もない女子高生だ。多少理不尽な扱いに対して慣れてはいるだろうが、命が危ぶまれる状況下にポンと置かれて、そんなプレッシャーに対抗出来るほど素晴らしい精神力は持ち合わせていない。
 しかし残念なことに結依の頑張り方は変な方向へ行ってもそのまま突き進んでしまう傾向に有るらしく、自分で自分を追い込んでる事にも気付かず、とにかく平然を装おうと意地を張ってしまっている。
 そんな彼女は知恵熱や貧血、吐き気などで中等部では屈指の保健室行き常習犯だったことはあくまで余談である。
(い、いつも通り……いつも通り……)
 だんだん頭の中に靄が掛かってきた。果たしてこれを何ハイと呼ぶのかは分からないが、直面しているのか逃避しているのか判別が付かない緊張の視線を彷徨わせてノートを取る姿は、かなり異様だった。横合いから佐伯千佳が不審そうな顔で見ているのも当然気付かない。
「……るせ……成瀬!」
「ふぁいっ!?」
 急に意識を呼び戻された結依が顔を上げると、皺の多い顔をしかめっ面にしている定年間近の男性教師が目の前で見下ろしている。
「授業をちゃんと聞いているのか?」
 恐らくその教師は何かをブツブツと呟きながら授業を聞いてない様を諌めにきたのだろう。ところが結依はナユタとの会話の記憶がまだ抜けきっていなかったようで、周囲に悟られないように徹しようとした。
「え、あっ、は、はい! 勿論です! それはもう完膚なきまでに書き留めてるのですよ!」
 若干上ずった声で両手を握り締めて答える結依に、そうか、と社会科教師は満面の笑みでノートを指差した。
「では、私の授業はそんなに淡白でつまらんのかね?」
 はい? と小首を傾げた結依が自分のノートを見下ろし、硬直する。
 確かにノートには完膚なきまでにびっしりと書き込まれていた。
 『いつも通り』、と。


 一時限目が終わり、社会科教師にこってりと絞られた結依は吐息を零して教室を後にした。
 普段から豪運の結依だが、ドジまでは回避できない。幸運とはそういうものだという事を痛感させられた結依は、生徒達がまだあまり出てきていない廊下を進み、女子トイレへと入る。
 用を足した結依が洗面台の脇にハンカチを置いて手を洗っていると、後ろからシュボッ、という音が聴こえた。
 誰か入っていたのかと何気なく顔を上げると、鏡越しに立っているのは――ナユタだった。
「ふをぅっ!?」
 不意打ち過ぎて凄まじい速度で捻転、個室のドアに背を預ける彼へ振り返る。
「……なんつぅ声出してんだ」
 一方、ナユタは平然とした態度で火を付けた煙草を吹かし、一息吸って天井に向けて吐く。
「な、なななっ、ナユタさん!?」
「呼ばれなくても俺がナユタなのはとっくに知ってる」
 それはそうなのだが、気が動転している結依は頭に飛び込んできた疑問を瞬時に口に出す。
「ど、どうやって入ったんですか!?」
「窓から」
 見ると、窓の内鍵のすぐ横に小さな円形状の穴が空いている。
 恐らく、あの黒い爪痕を使ったのだろう。結依すら気付かないほど俊敏に、音もなく。
 確かにここは一階なので鍵さえ開けば入るのは簡単だろう。ナユタ程の者なら尚更。
 が、肝心な事を結依は切り出す。既にその顔は真っ赤に染まっていた。
「ここっ、女子トイレですよ!? 誰かに見られでもしたら……っ!」
 ん、とナユタは顎で示す。今度は逆方向、トイレのドアだ。
 よく見るとドアの真ん中に小さな紙切れが貼り付けられている。昨日見たしおりに似た形状の紙だ。
「簡易結界のさらに応用版だ。扉や一定の固体のみに効果を付与する術式だからお前の魔力にも反応しねぇ。結界っつぅより、人払いの効果を持つ小規模の領域を作り出す魔術だな。『このトイレには何故か分からないけど、どうしても入りたくない』ってなふうに、人の意識を他所に流すわけだ。一種の催眠暗示に近い……けど、お前に言っても多分理解できないから誰も来ない魔術とでも片付けとけ」
 煙草を一口吸い、吐いた後に続ける。
「変態呼ばわりしたけりゃ好きにどうぞ。俺は連絡のつもりで来ただけだからな」
「連絡、ですか……?」
 不意に自分の中でスイッチが切り替わるような感覚がした。緊張しっぱなしだった結依にとって、連絡という事務的な単語はいっそありがたいものだった。自然と聞き入る体勢が出来ている結依に、ナユタはいつもの不機嫌な顔をして懐から紙の束を取り出す。
「一晩中この校内を探ってみたが、案の定校内のあちこちにコレが貼り付けられてあった」
「それは……」
 ナユタが使っていた、術符という物らしい。ただしナユタの持つしおりの形をしたものとは違い、こちらは正方形をしており、赤い基調に黒い五芒星の絵が描かれている。目を凝らすと五芒星を囲む円の内外にびっしりと黒い文字のようなものが蛇行するように書かれていた。
「連中の術符だな。こいつは【ミッドガルド】流のもんだが、配置からして反転結界を作るつもりだったんだろうよ」
「反転結界?」
「その場所の地形情報を読み取って形成されたもう一つの空間を重ねて作り出す手法さ。領域に踏み入った、指定された対象者だけを擬似空間の側へと引きずり込む。手間がかかるだけの価値が有る大規模な結界魔術だ」
「私達を閉じ込めるための、ですか?」
「だろうな。もっとも、大規模な魔術は比例して必要になる術符の数や詠唱時間ってのは多く長くなるもんだ。この高等部の敷地内を埋め尽くす程の巨大な結界となれば魔術の規模による精密さは計り知れねぇ。だが逆を言えば精密であればあるほど、綻びや欠損に対して敏感であるということ。術式が穴だらけだと多少の誤魔化しじゃどうしようもねぇ。まだ取りこぼした術符はいくつも有るだろうが、こんだけ外しときゃ結界は作れねぇだろうよ。一先ずはここも安心だ」
「そうですか……」
 ほっとする結依に、ナユタは携帯灰皿に煙草の灰を捨てながら言う。
「だから、そう身構えなくていい」
「えっ……?」
「一応近くで見てんだぞ。ガチガチになり過ぎだ、普通にしろっつったけど意識しろとは言ってねぇ」
 あ、と結依は別の理由で頬を紅潮させる。
 面目のなさから萎縮する結依に、回収した紙束をちらつかせるナユタ。
「とりあえずこれで心配の種は減っただろ? 行きは遠目に監視してるし、帰りは付き添ってやる。それでも問題あんのか?」
 ふと、結依は目を瞠るようにしてナユタを見つめた。
 煙草を吹かしていたナユタがその視線に気付き、不機嫌そうにする。
「……、何だよ?」
「あ、いえ……そのっ」
 結依は少し慌て、それから小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。心配して下さっていたんですね」
「あ?」
 今度はナユタが目を瞠った。いきなりそんな事を言われるとは思ってなかったのだろう。
 しばし硬直していたが、すぐさま理解したナユタはさらに不機嫌そうな顔になりながら煙草を携帯灰皿に捻じ込んだ。
「ハッ! おめでたい頭してるようで何よりだよ。せいぜい下手にイジめられて浮いた行動しなけりゃ助かるけどな」
「え……」
 唐突に言われた結依の表情が強張った。
 ナユタは罪悪感どころか、どこか楽しんでいるような目で結依を嗤う。
「言っただろ、近くで見てるって。何だお前、クラス中からハブられてんのかよ。ま、そりゃそうだな。それだけの魔力を保有してりゃ、自分の周りに異質な現象が起きても不思議じゃねぇ。むしろお前を忌避する連中は正常だよ。何が起こるか分からねぇんだからな。異常なのはお前の方だ」
「……、」
 嘲りを受けた結依の右手が、無意識の内にペンダントへ伸びる。
 その時だった。
 次にナユタが口にした言葉が、彼女の手を虚空に止めた。
「そうやって……孤独に曝されても自分の足で立っているお前は、異常ながらに強い証拠だ」
「――!」
 ばっと顔を上げる結依を、ナユタはつまらなそうに睨んだ。
「しゃきっとしろ間抜け。お前に戦えとは言わねぇ。ただ、今出来る事を一つ一つクリアしてけばいいんだよ」
「……」
 驚いた表情のまま硬直する結依から視線を外し、ナユタは新しい煙草を口に咥えてジッポの蓋を上げる。
「お前生きたくねぇのかよ? どうせ死ぬぐらいなら、囮でも何でもやれよ。足掻くだけ足掻いて、それで駄目なら俺でも呪って死ね」
 火を付けて窓へと向かいながら、振り向かずに指を鳴らす。
 それに呼応するようにドアに貼り付けられていた術符が、青白い火を浴びて塵も残さず掻き消える。
 背中をじっと見つめる結依に、窓に手をかけたナユタは苛立たしげな声で言った。
「『一人ぼっちで絶望してます』みてぇな顔してんじゃねぇ。見ててムカつくんだよ、そういうの」
 言った矢先、開け放った窓から軽快に飛び出し、茂みの奥へと歩いてゆく。
 見失うまでその姿を追っていた結依は、手の甲で目元を強く擦る。
 女子がドアを開ける気配。
 結依は振り返った。
 誰かではなく、自分を見つめるために。
(大丈夫です。私は、まだ……)
 先客が結依である事に気付いた女子二人がしかめっ面をする。
 その合間を縫うようにして過ぎ去る結依の目に、邪険への悲哀も恐怖もない。
 形すら朧気な希望しか、見ている余裕はない。





 本日の授業は全て終え、今は帰りのショートホームルーム。
 だらだらと長くはないが、決して短いことはない綺桐弥生の報告を、結依は変わらぬ表情で見ていた。
 既に気の早い生徒が話を聞きながら帰り支度をしている気配もする。本来ならば結依もそうしていただろう。
 ナユタの言葉が、鮮明に蘇る。
 ざわつく気持ちは完全に払拭されてはいないが、そんな感情は一切顔に出ていない。
 ただ静かに先生の話を聞こうとする、いつもと変わらない自然なマイペースさで居た。
「――それから、これが一番重要な話題だからよぉーく聞いてろよ? ……お前にも言ってんだぞ中島ぁ。支度やめて聞け。とにかく聞け。しっかり聞け。今日は白のチョークがたんまり残ってっから額にそれ捻じ込んでやろうかぁ? あぁー?」
 白のチョークを手の内でポンポンと浮かして男子生徒にチラつかせ、書類を見ながら話しだす。綺桐弥生という教師は、基本的に職員会議で纏まった報告内容を頭で記憶し自己流にアレンジして生徒に話すという、相変わらずやる気の有無を問いたくなる行動を取る。そんな彼女が書類を目で追いながら話す内容はただ一つ。中途半端には絶対に聞いて欲しくない、本当に大事な話だけだ。入学式から二週間余りの生徒達でも大分その動作の意味を学びつつあるようで、名指しされた男子生徒もスッと鞄を机の上に乗っけた。
「昨日、通り魔の話しただろ? 多分今夜のニュース辺りでも言うだろうけど、この町で通り魔に遭ってお亡くなりになる事件が一件出ちまった。教育委員会も警察に届出をして、学園領から居住区までの登下校路巡回を始めてるはずだ」
 持っていたチョークで黒板にパトロール時間や行かない方がいい場所などを書き加えてゆく。
「厳重注意が要んのは六時以降だ。PTAでもかなり心配されてるみたいでよぉ、多分部活とか塾通ってる奴とかは親御さんに注意されるかむしろ行かない方が良いって言われっだろうけど、あたしもその意見にゃ賛成だかんな。しばらくは日が暮れる前に帰るよう心がけること。あたしが昨日言った事まさか忘れてねぇだろうなぁ!? 一人で帰らない! 遅くなるときゃ家に連絡! 絶対に夜は出歩くな! 分かったかガキ共っ!!」
 バンッ!! と教卓を叩く綺桐弥生。すかさず生徒達の統一された返事が響き、まるで狙ったかのようにチャイムが鳴る。
「そんじゃー今日はここまで。はい委員長、ごうれー」
 渇を入れた直後、途端に気だるげな声を出して委員長に号令を指示する綺桐弥生。教職歴二年、仕事の腕は玄人級。ヤクザな教師も場末に伏す度胸を持つ姐さん先生は『ふぁい、はよーはら』と眠たそうに欠伸しながら挨拶を交わした。
 彼女が受け持つ生徒達は口を揃えて述懐する。
 ああいう人間は大人には嫌われる。けど子供には好かれる。間違いなく教師は天職だ――と。
 綺桐弥生は、普段は質問の有る生徒が居るだろうと五分ほど教卓の前で日誌の内容を確認したりして立っているのだが、今日は珍しく日誌や書類を纏めてさっさと教室を出て行ってしまう。恐らく、例の巡回に関して何か打ち合わせでもあるのだろう。
 お決まりの面子同士で思い思いに帰り方を話し合ったり、携帯電話を取り出し家に連絡している生徒など、昨日と変わらぬ風景が広がりだす。
 結依は特に話す相手が居ないため、帰り支度を済ませて静かに席を立った。
「なーるせぇー?」
 後ろの扉から出た結依は、横合いから呼び掛けられてそちらを振り返った。
 そこに居たのは、日誌で肩をポンポンと叩く綺桐弥生。その顔は不満というか、薄く怒っている気がする。
「あ、はい。なんでしょう……?」
「お前昨日一人で帰ったろ」
 長々と言葉を飾らない綺桐弥生らしい、核心のみの清々しい糾弾がその口から出た。思わず結依がたっぷり三秒は時間が止まったかのように硬直するぐらいの唐突かつ図星な発言だったぐらいだ。
 脳内フリーズから解放された結依が口をぱくぱく動かして弁解を図ろうとするが、綺桐弥生は持っていた日誌の角で軽く結依の頭を小突いた。軽く、と言っているが実際日誌は厚紙で出来ているので結構痛い。さり気に重ねて一緒に持ってる資料の重量もプラスされて、地味な一撃が頭皮にダメージを与える。
 あぅっ、と短い悲鳴と共に頭を押さえる結依を見下ろして、綺桐弥生は続けざまに言う。
「あ、れ、ほ、ど、一人で帰るなっつったのにお前は……せめて途中まで誰かと一緒に帰れば良いんだからよ」
 涙目でか細く謝る結依に、溜息を吐く綺桐弥生。
「言っとっけど昨日の今日で一人帰らすなんて絶対許さないかんな? どうしてもってんならあたしが送ってくぞ」
 普通であれば同じ女性なんだから……と遠慮するものだが、綺桐弥生が相手ではそんな言い訳も通用しない。なにせ彼女は入学式の一年担当教員挨拶の際の壇上にて、剣道部の部室からちょろまかした木刀を両腕の腕力だけで真っ二つにへし折り、『こうなりたくなけりゃ健全な青春を謳歌しろ、分かったかぁ!!』と言い放つという素晴らしいパフォーマンスで新入生を震え上がらせたほどの人物である。ちなみにパフォーマンスに選ばれた木刀は新品だったらしく、列席で備品を破壊される様を見せ付けられた剣道部顧問の西脇先生(三十四歳男性、独身)がその場に崩れ落ちたというのも鮮烈な記憶として在る。『じ、事前に新品は隠しといたはずなのに……っ』と半泣きで呟いていたのを見ると、恐らく去年もやられたらしい。
 確かにこれほど頼りになる人は居ないだろうが、結依は一線を越えた力の持ち主の顔を思い出した。
「あっ、いえ、その……すみません、昨日は一人で帰りましたが、今日からは付き添って頂ける方がいまして……」
「何? そうなん?」
 あらそう、みたいな顔で綺桐弥生は日誌攻撃第二打の構えを解く。
 結依は断った事と気を遣わせた事とで申し訳なく感じ頭を下げる。
「心配して下さってありがとうございます。多分、もういらっしゃってるかも知れませんので、これで……」
「まー、一人で帰ってくんなきゃ何でも良いや」気負いが過ぎたか、と頭を掻きながら綺桐弥生は微笑を浮かべ、「分かった。付き添いが居ない日はちゃんと言えよ? 意味の無ぇ職員会議するよか、そっちのが遣り甲斐あるし」
「しょ、職員会議は参加された方がいいと思います」
 苦笑混じりに結依は返し、もう一度丁寧に頭を下げて踵を返す。
 その背を見届けながら、綺桐弥生は自嘲気味に小さな吐息を零した。
「ふぅ……給料抜きで教え子に言えるのはなけなしの注意と軽口だけ。教師ってのはつくづく無能の多い職業だねぇ……」


 正門を潜り、桜並木を歩く結依は商店街へ続く道を歩く。この先の交差点を抜ければ橋が見えてくる。
 交差点で信号待ちをしながら俯き加減に佇む結依は、ふと横で同じように立っている三人ほどの女子の固まりが何かを囁き合っているのに気付く。ちらりと見えるネクタイの色が藍色なのを見ると、高等部三年の固まりのようだ。
 ひそひそと話しているのを尻目に、自分の事だろうかと思いつつもぼんやりと足元を俯く結依。
 この時、本人は気付いていなかっただろう。自分の事などと、それが被害妄想であると分かっていてもどうしてもペンダントを握る癖が出てしまっていた今までと違い、結依は少しも気にせず、自然と何も考えないように立っていられたことを。
 ただ、徐々に聴こえてくる会話が分かってくると、さすがにぼんやりと俯いているだけでは居られない内容だと気付いた。
「ほら、あそこの信号機の下に立ってる黒い服の人」
「あー、あそこの? うわぁ、本当だね……」
「でしょ? 遠くても分かるぐらいカッコいいってのはなかなかいないでしょ」
「女の人じゃないよね? どーしよう。男の人だったら私、声掛けちゃおっかなー?」
「あんたいきなり声かけたら気持ち悪がられるってば」
「でも、さっき信号青なってるのに渡らなかったけど、誰か待ってるのかな……?」
「……?」
 少し気になった結依は彼女達の視線を追ってゆっくりと横断歩道の向こう側を見る。
 信号機の下で寄りかかるようにして腕を組んでいるのは、黒髪と同色の服に身を包む美青年。
 ナユタだ。
 あ、と小さく結依が呟く。
 聴こえた訳ではないだろうが、ふと気付いたナユタは不機嫌そうな顔を結依に向けた。
 途端に、女子生徒達の視線が結依に向く。
「……なに? もしかしてこの子のこと待ってるとか」
「なぁんだ、カレシに送って貰うって寸法ですかぁ」
「……ねぇちょっと、この子もしかして……」
 水伽学園で眼帯を付けている一年女子、ときたら一人しか居ないとばかりにまた囁く。
 わざと聞かせているようにしか思えない毒を含んだ言葉を耳に、さすがに結依は俯いた。
 信号が青に変わり、結依はゆっくりと横断歩道を渡り始める。
 やがて渡り終えた結依が顔を上げると、ナユタは結依のその表情をつまらなそうに見てから、さっさと歩き出す。
「行くぞ」
 結依は慌てて追いかけ、彼の傍らに並ぶ。
 ナユタは顔を前に向けたまま結依に話しかける。
「何も変わったことはなかったな?」
「あ、はいっ。いつも通りに出来ましたっ」
 自信満々といったふうに両手で拳を作って答える結依。質問に対する返答としては限りなく不正解なのだが、ある意味そんなド天然をかましてくる辺り、問題はなかったんだなとナユタは内心で勝手に片付けた。
 橋を渡りながら、ナユタは右に曲がって社宅群から抜けようと提案した。あまりこの組み合わせを見られたくないとナユタは思い、結依もちょうど人ごみはあまり通りたくないと思っていたところだ。
 商店街手前で右に曲がり、小道へと入ってゆく。
 こちらは人気がやはり皆無に等しい。昨日の今日で同じルートを通るのは危険なんじゃないかと結依は危惧したが、ナユタはそれはないと否定した。曰く、犯行現場に二度現れるのは死体を確認するためだから、自分から先に逃げた現場に赴く賭けなど体力の無駄に比べて利益が小さいからどうせ来ないとのこと。喩えと経験論と慎ましやかな冗談が入り混じってるせいで、結依は小難しそうな顔で『はぁ……』とだけ頷く。
「今日の内に狙うつもりならお前が学校内に居る時を置いて他にねぇ。やっぱ来るのは明日以降になり得るな」
 そう呟いて以降、後は無言に落ち着くナユタ。
 その無言に、結依は居心地の悪さを感じた。彼の背から『なんで俺がこんな面倒臭ぇことしなきゃなんねぇんだ』と言いたげに苛立つ空気を満遍なく放っているのが感じ取れたからだ。間がもたない結依は思い出したように口を開いた。
「あ、あの……ナユタさん、一つ質問してもいいですか?」
「……、んだよ」
 ぶっきらぼうというより不機嫌の極みであろう無気力な返事をするナユタに、しかし結依は挫けない。ここで挫けてこの緊張感が常のものになってしまうなど、それはそれで耐えられない気がした。
「昨日ナユタさんが仰ってらした、私の魔力が異常だという話……あれはどういうことなのでしょう? 魔力を持つ方だけの特殊な仕組みのようなものがあるのですか?」
「……」
 ナユタはしばし考え込む素振りを見せる。ちなみにどう答えれば良いかを考えていたのではなく答えようか否かを考えていたのだが、襲われる心配の無い帰路は退屈に思ったのかナユタはちらと結依を一瞥した。
 不思議そうな顔で小首を傾げる結依の、正確には眼帯を見つめ、また前を向く。
「……特に複雑な仕組みを持って生まれてくるって訳じゃねぇ。魔力を保有する人間ってのはつまり、体内に有る経絡に魔力が流れているかそうでないかってだけなんだよ。だから構造上は大した区別は無ぇ」
「けいらく……?」
「用語の補足解説をしてやる気はねぇ、辞書でも引っ張って勝手に納得してろ。つか面倒臭ぇ」
 ピシャリと言われた結依は肩を竦めて残念がる。ナユタは周りに人が居ない事を確認してから煙草を取り出して一本咥える。
「ですが魔力が凄いと言われましても私自身あまり人と違う感じはしませんよ? 勉強も運動も人並……いえ、ひょっとしたら悪いぐらいかもです……」
「安心しろ、勉強で魔力に頼る時点でバカの証拠だ。そのぐらい自分の持ってるモンで何とかするんだな」
 火を付けて二度三度と吹かし、ナユタは自分の左瞼の辺りをトントンと指で指す。
「忘れてんのか惚けてんのか知らねぇが、本当に違うと言い切れるか? その左眼を話のタネに入れてもだ」
「えっ……!?」
 唐突に左眼の事を言われた結依はドキリとした。
 記憶が確かなら、左眼が変わっているという事を話してはいない。眼帯を見れば普通、目が視えないか病気を思い込むものだ。
 だがその指摘に理由の有るナユタは続けた。
「度々在るはずだぜ。周りの人間とは違う不思議な力を持ってる、そんな気がするような事が起きてるってよ。予想の範疇だが多分お前自身の魔力は大したことねぇはずだ。稀な事だが、経絡を循環する魔力が滞って体の一部に溜まるケースはそこまで少なくねぇ。お前の場合それが左眼で滞っただけの話さ。つっても大概は少し左右の形のバランスがおかしかったり、その部位が僅かながら人より高い能力を身に付けてる程度なんだが……お前の左眼の魔力はその人間的な変化を逸脱してる<激xルだ。。常識に無いモノを垣間見たり、触れただけで術符を粉砕する程の魔力が左眼に滞ったら、とっくに破裂して内包してる魔力が外へ流れ出てるだろうよ」
「……っ!?」
 眼が破裂するなんて言われ、それを想像してしまった結依は鳥肌を立てて左眼を眼帯越しに押さえる。
「アホか。本当に破裂するんならとっくにしてるだろが」
 睨まれた結依はシュン……、と子犬のように萎縮した。
「先天的なものだろうな。つい最近の事じゃねぇんだろ? 生まれながらにそういう偏った魔力の持ち方をする人間ってのはお前一人じゃねぇ。ただお前は保有してる魔力の絶対量が、次元が違いすぎるぐらいに在るってだけでな」
「あの、すみません。魔力の、ぜっ……何ですか?」
 聞き慣れない単語に控えめな挙手をして訊ねる。普段じゃ訊かれないような内容だったのかナユタは一瞬口をぽかんと開け、それから苛立たしげに頭を掻いて溜息を吐いた。
「魔力の絶対量。魔力を保有してる人間の経絡許容量……要はスタミナみてぇなもんだな。外界に洩れる類の魔力行使をすりゃ当然経絡に循環してる魔力は最終的に底を尽きる。そんなふうに、その人間一人一人に設けられた限界容量が、魔力の絶対量と呼ばれる訳だ」
「な、なるほどです……」
 本当に分かってんのか? という睨みで一瞥をくれ、ナユタは煙草を口に持ってゆく。
「スタミナと例えたけど、回復はすれど実際の体力とは違って限界容量が増えたり減ったりするもんではねぇ」
「そうなんですか?」
「魔力の絶対量ってのはな……言わばその魔術師の『資質』だ。限度を超えた魔力保有は当人はおろか周囲の事物事象にも悪影響を及ぼしかねない危険なモンなのさ。だからこそ経絡を循環してる魔力が百パーセントとして、それ以上の出力を要するにゃ違う手段で補うしかねぇ」
 違う手段とは何か訊こうとして、思い出した結依は咄嗟に口を噤んだ。そう、術符がその一例だからだ。結依自身は詳しく知る由も無いが、そういった学的基準や魔術的履歴に基づいた『魔力行使の応用』こそが魔術の事であり、故に『魔力行使の基礎』に当たる魔力が百パーセントである以上、魔術師一人一人の魔力の限界容量が変動する事はまず在り得ないのだという。
「……まぁ、例外は居るけどな」
 煙草を携帯灰皿に捻じ込みながら、ナユタが小さく呟く。
 聞き逃した結依が『はい……?』と小首を傾げるが、ナユタは黙ったまま歩き続けてゆく。





 高層ホテルの一室を間借りしているミルネスカは、風呂上りの濡れた髪をバスタオルでガシガシと荒っぽく拭く。
 タンクトップにショーツだけというあられもない格好で、ベッドに腰掛けてパソコンを弄っているアルフレッドの脇を何事も無いかのように通過して窓へ向かう。自分が女である事を忘れているのか、男がここに居る事なんて気にもしていないのか、どちらにせよ野郎の目には毒だなぁ、とアルフレッドは理性を働かせるように頭を弱々しく振ってから画面に視線を戻す。
 指紋一つ付いていない大きな窓の前に立ち、眼下に広がる夜景に目を細めるミルネスカ。十二階という高さから見下ろす夜の神凪町は、家々の明かりによって人為的なミルキーウェイを闇に描き幻想めいた綺麗な色を放っていた。
 その景色のどこかに、あの家の明かりも含まれているという事実を遠目に眺めながら、ふと思う。
(【アスガルド】の魔術師が【ハイエンド】に潜伏している可能性在り、ね……)
 与えられたものとしてはどこか不鮮明さを感じるその情報に、ミルネスカは考えるものが在った。
 その情報には大事な単語が二つ欠けている事だ。
 まず、【アスガルド】の何者なのかまでが分からない点。
 【アスガルド】の魔術師、という言い方はあまりにも大雑把過ぎる。何も【アスガルド】で魔術師を抱える組織は一つではない。大小の規模こそあれ、複数の世界が均衡を保つ際の安全弁である【ハイエンド】に潜伏するとなれば、それ相応のコネクション無くしては行えない。何故なら【ハイエンド】はミルネスカ達が腰を据える【ミッドガルド】にとっても必要不可欠な居場所でもある。他世界の住人なんぞに好き勝手に踏ん反り返られるなんて堪ったもんではないと思っているに違いない。現に、均衡とはあまり関わりの無い面≠ノ着手する組織に所属しているミルネスカ達が駆り出されているぐらいなのだから、その安全弁がどれほど重要なのかは痛いほど実感出来る。
 例えばそれが傭兵の類であっても結局は同じだ。あの黒い青年はミルネスカ達と相対しても特段驚いているようには見えず、むしろ『やっぱり来たな』という態度だった。情報が洩れている可能性が有ったにしても、それを知り得るには個人では限界がある。どうしても最終的に行き着く情報源は組織から買う他にない。問題はあの二人が何に所属しているかだ。
 ミルネスカは【ミッドガルド】出身の自分でも知っていそうな大きな組織といえば何か、指折り数えて思い出してみる。
(えーっと……考えられるのは《亜空間管理局》か《ヴァルホルの五席》。後はあのタカ派で有名な《グリッサンド帝国奏団》くらいか)
 咄嗟に出た三つの内、《ヴァルホルの五席》はまずないなとミルネスカは思った。あれ≠ヘそもそも【アスガルド】にこそ重点を置いている節が有る。相当の事が無い限り、慈善事業で正義の味方を気取る組織には見えない。黙認が利になるなら平気でそちらを取る組織だ。
 また、別の理屈で《グリッサンド帝国奏団》も動く事はないだろう。むしろこちらは論外に近い。あそこの総指揮官は『喧嘩を買う側の立場』に立つ事に、執念にも似た拘りを持っている。それに伴い自分に何の実害も無い出来事ならどれ程の大事件が起きたとしても関与しようとしない。あの筋金入りの戦争屋集団が、一番興味の湧かない世界であろう【ハイエンド】絡みで一枚噛んでいるとは到底思えない。
 となれば、消去法で結果的に顔を覗かせるのは《亜空間管理局》しかないだろう。この組織だけは【ハイエンド】の重要性に着目した活動を主な内容にしているだけあって、【ミッドガルド】の不穏な動きにも目を光らせているのは容易に想像できる。
(いっそ運が良かったと思うべきかしらね。五席や奏団に比べたら断然やり易い相手だもの)
 相手が管理局との繋がりを持つ程度なら、勝てない相手ではない。こちらは切り札をきちんと用意している。例の学園のあちこちに仕掛けた術符は、ただの反転結界としての役割の他に、こちら側が優位に立てる秘策を組み込んである。勝機は充分に在る。
 算段を重ねるミルネスカは、しかしもう一つの懸念材料を思考の中に持ち込んだ。
 もう一つ在る、情報に無い大切なもの。
 目的の不鮮明さ。
 魔術師の行動が妙な点。正確には、あの眼帯の少女が普段通りの生活を送っていること。
(……何か、変なのよね)
 そう思うのは、眼帯の少女が普段通りの生活を送る事自体は大した意味もない≠ゥらだ。
 そもそも襲撃を受けておいて、眼帯の少女は今日も学園に来た。長期戦になることを想定しているようには思えないはずなのに、あの眼帯の少女と黒い青年は何故か別行動をしている気がする。安直に考えるなら眼帯の少女はただの囮なのかも知れないが、それにしても放任が過ぎやしないだろうか。
 まるで、眼帯の少女は初めから戦闘に参加する気はない≠謔、に思えてしまう。
「……ねぇ、アルフレッド」
 窓に反射して映る姿を見て、ミルネスカが口を開く。
 パソコンの画面に食い入るように見つめていたアルフレッドは顔を上げる。
「はい、何でしょう?」
「あの眼帯のコさぁ……本当に色男と面識あんのかしら?」
「……、はい?」
 驚き半分の声を上げるアルフレッド。しかしすぐにその問いを否定した。
「繋がりは在るんじゃないでしょうか。でなくちゃ今も一緒に居る理由が無いと思いますし……僕は怪しいと思いますよ」
「……ふーん、あっそ」
 大した質問でもないなと自分で思い、興味なさそうな返事をするミルネスカ。
「それより、これからどうしますか? これ以上長引かせるのは良くないんですよね……?」
「勿論よ。これがまだ個人の範疇ならまだしも、ゴタゴタが続いたら組織間の問題に発展しかねない。決着は明日よ」
「……その、大丈夫でしょうか?」
「は?」
 年上とはいえ組織に入って間もない後輩にそんな危惧をされて腹の立ったミルネスカはじろりとねめつける。
 アルフレッドは慌てて言い繕った。
「あっ! べ、別にミルネスカさんじゃ心配とかそういう事じゃなくてですねっ! あの色男さん強いから、何とかなるのかなと……」
「つまりアタシは弱いって言いたいわけね?」
 滅相も無い! と首を横に振る。その姿を見ながら、ミルネスカは自信満々の笑みで体ごと振り返った。
「アタシを誰だと思ってんのさ? 仮にも真名を持つ魔術師が、そんじょそこらの人狼(ウェアウルフ)如きに負けるわけないわ」
 真名、というのは魔術師が名乗るもう一つの名の方だ。ニックネームとしての意味ではない。人間としての名と魔術師としての名を呼び分けることで敬意を表す他に、真名はその魔術師が好んで行使する魔術体系を表す簡単な記号としても意味合いを持つ。
 ミルネスカが右腕を顔の前に持ってくる。
 彼女の両腕には、黒い刺青のようなものが彫られてあった。肘から手首まで、文字とも模様ともつかない、遠目だとまるで黒い竜が昇っているようにも見えるその刻印を見せ、ミルネスカは口を開く。
「綿密な計算と、アタシが居れば終わるわ。アンタは結界の面倒だけ見てれば良いのよ」
 それこそが、彼女の真名の意味を司るもの。
 アルフレッドは苦笑混じりに、一度だけ頷いた。
「分かりました。結界の波長維持は僕が見ておきますので、お願いします。期待していますね」
 当然よ、とミルネスカは頷き返した。
「……、それはそうとミルネスカさん」
「ん? 何よ」
「そろそろ服着て貰えません? 特に下を」
「大丈夫、アンタの愚息が人狼(ウェアウルフ)になりそうだったら喜んで風穴空けてやるわ」
「……」


 ◆


「わぁ……これ全部が、『あーてぃふぁくと』というモノなんですか?」
 午後六時過ぎ。成瀬宅。
 帰宅してすぐ私服に着替えた結依は卓袱台の上にばら撒かれたいくつもの品を前に目を瞠った。
 そこにあるのは、水晶や星型のピアス、警棒に似た筒や双眼鏡、その他手乗りサイズの小物まで多数ある。中には髪留め用のバレッタや虎柄ロープ、百円ライターや整汗スプレーなど、そこらの店でも手軽に買えそうな物まである。
「元々、アーティファクトってのはさほど特殊な物体じゃねぇ」
 向かいに座るナユタはつまらなそうに答える。
「魔術もアーティファクトも、結局は魔力ありきの代物だ。こいつも術的形状に意味が必要とはいえ、高い魔力濃度を注ぎ込まれて術式効果を保有するに至っただけなのさ。魔力と術的知識さえありゃあ、そこら辺に転がってる石ころもアーティファクトになり得る」
「そうなんですか……、これは何ですか?」
 そう言って結依は転がっていた物を摘む。
 小さな筒のようにも見える。胴体が黒く、丸みを帯びた先端が赤くなっていて、ちょうど口紅に似た大きさと形状を持つそれを手に取った矢先、ナユタは何てこと無いかのように平然と答えた。
「撃鉄に叩かれた時の伝熱で着火して、銃口から出た直後に発光と煙幕を放つ特殊信号弾……まぁ早い話が銃弾だな」
「――じゅっ!?」
 驚いて手の中でわたわたと跳ねさせ、挙句卓袱台の上に落とす結依。弾丸はコロコロと転がってゆき、縁から落ちそうになったところでナユタが人差し指を当てて落下を防ぐ。溜息混じりにナユタは言った。
「んな慌てなくたってアーティファクトはすぐには破裂しねぇよ。術符は術的刻印を書き込んであるだけの使い捨て目的の代物だ。魔力を通すのは次の段階に行うもんだから外装強度なんて考慮に入れてねぇだけで、魔力を注入・圧縮する事で初めて完成するアーティファクトは込められた魔力を可能な限り留めて、留め切れねぇ魔力は外に排出する仕組みになってる。……それ以前に、仮に暴発して困るモンなんざ目の前に広げるか」
「そ、そうですか……」
「つっても至近距離で暴発喰らったら火傷じゃ済まねぇだろうけど」
「そ、そうじゃないんですか……っ!?」
「『すぐには』っつっただろ。術符吹っ飛ばすような奴があと数秒持ってりゃ魔力の送り込み超過で暴発したんじゃねぇの?」
「あの、ぎ、疑問系にされましても……」
「見たいっつぅから見せてるだけで触っていいとは一言も言ってねぇよ。むしろ危ねぇから勝手に触んじゃねぇ」
「え、えぇっ……!?」
 理不尽な言葉攻めにうろたえる結依を無視して、ナユタは話を続ける。
「この程度の創作なら魔力と知識と、必要な時間さえ在りゃ一応俺でも作れる。もっとも、【ミッドガルド】じゃ精巧な物品に魔力を流し込んで元来強力な武器をより強くする技術が発達してるけどな。お前も見ただろ? あの女が使ってた拳銃。魔力錬成弾を射出しても破損しないってことはアーティファクトの証拠だ。機構が複雑な銃器類をアーティファクトに昇華出来る時点で【ミッドガルド】の魔術師だと一目で分かる」
 ナユタは品々を閉店よろしく自分の手元まで掻き集めて没収する。
「アーティファクトの利点はな、それぞれの用途さえ分かってりゃ誰でも使えちまうその利便性だ。魔術の補助の為にある術符だと魔力と知識が要るが、こっちは既に魔力が込められてある上に、大概が見た目通りの効果を持ってる。唯一起動用の魔力をほんの少し込める必要があっから魔力を持たない人間にすりゃただのガラクタだが、その問題さえクリアしちまったら魔力の絶対量は関係なくなる。まぁ、膨大な魔力を注入して初めて効果を発揮する例外的なモンも存在するが、そんなとんでもねぇモン持ち込んでるとは思えねぇ。昨日学園に大量の術符を仕込んでたぐらいだから、結界内に閉じ込めて小規模戦闘に留めるつもりなんだろうよ。どっちにしても、術式を穴だらけにしてやったのを気付いてんのか知らねぇけど」
「……ナユタさん、もしかして」
 ナユタの話をかぶり付きで聞いていた結依の表情が、ゆっくりと強張ってゆく。
 そうだ、とナユタは頷いた。
「これ以上長引くのは連中にとっても良くねぇ。まず間違いなく明日には仕掛けてくるはずだ」
 結依は膝の上に置いていた右手をペンダントに伸ばす。
 不安げな顔で、結依は恐る恐る訊ねた。
「……ナユタさん。大丈夫、なのでしょうか……?」
 ナユタの視線が結依に向く。その表情は、『何だいきなり』と言いたげな不機嫌なものだった。
「私のような素人が口を挟むのはいけないことなのかも知れませんが……銃、とか……撃たれたり……」
 上手く言葉が出てこず、つい俯いてしまう結依に、ナユタは特に気にすることもなしに平然と答える。
「んだよ、ド素人の自覚あったんかよ。つぅかお前なんざに心配される筋合いはねぇ」
「す、すみませ――」
「謝んな、鬱陶しい。お前が謝ったって戦闘は避けられねぇんだよ。たとえ殺し合いになったとしても俺も、どうせあの女も、腹は括ってあるに決まってらぁ。他人の心配してねぇでお前は物陰に隠れてじっとする算段でもつけてろ。しゃしゃり出て撃ち殺されても面倒は見きれねぇぞ」
「は、はい……っ」
 自分は自分の出来ることを。その言葉の重みを再確認するように頷く結依。
 ナユタは黒いリュックの中にアーティファクトを荒く突っ込んで立ち上がる。
「とりあえず今日は早く寝て明日に備えろ。奴(やっこ)さんは戦場に学園を御所望だ。登校してからは特に注意しとけ」
「分かりました。……あの、ナユタさんは今日はどうされるんですか? また出かけられるんでしょうか……?」
「いや、俺もさっさと寝るわ。あのクソ女、校舎内にくまなく術符貼っつけてやがるもんだから昨日から殆ど寝れてねぇんだよ」
 頭を掻きながら溜息を吐くナユタ。さすがに魔術師といえどそういった体の仕組みは常人とまったく変わらないらしい。帰り際に『経絡に魔力の流れが在るか無いか以外に人間と魔術師との間に大した区別はない』と言っていたのを結依は思い出す。
「あの、でしたら泊まっていって下さい。部屋とお布団でしたら用意出来ますので」
 同じように立ち上がる結依に、ナユタはぶっきらぼうに手を振って不機嫌に返答する。
「要らねぇよ、そこのソファ借りんぞ」
「ですが……」
「横になって寝んの慣れてねぇんだよ。飯と風呂は自分で何とかする。俺の事は空気とでも思ってろ」
 言いながらナユタは玄関の方へ向かう。恐らく外食にでも出かけるのだろう。
 リビングを出る間際に立ち止まり、ちらと一瞥しながらナユタは思い出したように言う。
「それから、夜は外出歩くような真似すんじゃねぇぞ。あの女が見張ってる可能性もそうだし、最近通り魔がうろついてんだってな」
「あ、はい、分かりました……ありがとうございます」
 釘を刺しただけだというのに咄嗟に礼を言ってしまう結依に、苛立たしげな視線を一瞬だけ向けてから振り返る。
 ナユタが靴を履いてさっさと外へ出て行ってしまうのを見送り、結依は小さな吐息を零してペンダントを握る。
 逸る気持ちを抑えるように、結依は晩御飯の支度をしようとキッチンへ向かう。
「……、あれ?」
 ふと立ち止まり、結依は不思議そうに天井を仰ぐ。
「何か大事な事を忘れているような……気のせいでしょうか」
 首を傾げてうんうんと唸りながら、リビングへ入ってゆく。


 成瀬宅を出たナユタは、咥えた煙草に火を点けながら空を見上げた。
「……来やがれ魔術師、俺が存分に喰い殺してやるよ」
 雲一つ無い快晴の夜空には、半分の月が昇っている。
 淡い蒼を、目を眇めて見上げるナユタの口元に、嘲笑が浮かぶ。
「賢い賭けで一番カッコいい場面ってのはな、捨て札がただのゴミだと決して思わない心構えが在るかどうかなのさ」
 夜の帳はやがて明ける。
 その時に待ち侘びる戦場を嘲笑うように、ナユタの姿は闇へ溶け込んでいった。










 第三幕     赤と黒、混じる無色、遊戯性に飽いて導かれた解答





 陽光に照らされたうららかな朝。昨日の快晴に続き、今日も殆ど雲の無い気持ち良い天候となった。
 今日が、決戦となる可能性が在る。
 その言葉が重くのしかかる。
 さらに絞るなら、恐らくけし掛けて来るのは授業中だと、帰ってきたナユタは言っていた。
 聞けば結界というのは配置した術符によって図形を描き、その内側で術符同士の魔力基点を繋いで完成させるのだそうで、五芒星や六芒星といった基盤となる陣形に刻印の意味合いとなる術符を加えてさらに道筋を走る魔力の流れを加速化、昇華する事で結界と成す。
 これは魔術師一人が入れる程度の結界であれば基盤の陣形だけで後は術者の魔力を送れば簡単に結界を創り出せるのだが、規模が大きければ大きいほど魔力を全体に行き渡らせるための術式は複雑になってゆき、消費する魔力や時間は比例して掛かってしまう。
 しかも、実は大規模な結界というのはとにかく創ってしまえばいいという話ではなく、形成する瞬間の結界内に存在する『異物としての魔力』に影響を受けてしまう事もあるのだという。異物というのは他でもない、無関係の人間が保有している魔力を差す。結依のような質の問題ではなく単純な量の問題らしく、少量の魔力しか持たない人間でも大勢が動き回っていると術符が結界内部に組み込まれた術式の一つだと誤認してしまい、上手く発動しなかったり不必要な機能が加わってしまったりと、呑み込まないよう設定してある人間の魔力でも充分邪魔になってしまう事が在り得るそうだ。
 唯一の解消法は、建物の中の人間が動かない状況下で、道筋の上で人だかりにぶつからないよう陣形を描き発動させること。
 つまり大半の生徒が教室から出られない、授業中しか機は無いということ。
 要するに六回も緊張しろという注文を受けたわけだが、これは自己の明暗を決する一日となるやも知れぬ結依にとっては、仕方の無いことだと思える。むしろ戦闘どころか殺し合いに発展しかねないのなら、尚更気を抜くつもりはないだろう。
 ダメ押しついでにもう一度言っておく。今日が、決戦となる可能性が在る。
 少し遅い春風が頬をくすぐってゆく。優しい温もりを肌に感じながら、のどかな登校風景に溶け込む結依は、
「はぅあ〜……気持ちが良い朝ですぅ〜」
 完全に今日が決戦の可能性が在るという事実を忘れていた。
 苦手とする学園への登校だというのに珍しくのほほんモードに突入している結依は、正門を通りながら生徒が集中する下駄箱へと向かう。
 こんな日は屋上か外の木陰の下で弁当を広げたいなぁ〜、などと思いつつふと校舎の屋上を見上げる。
「――、」
 本来、この時間の使用は禁じられている屋上に、一つの影。
 遠めでも分かる。ナユタだ。
 のほほんモード続行中の結依が思わず朗らかな微笑を浮かべると、フェンス越しのナユタも微笑みながら親指を立てる。
 次の瞬間、蛇蝎を見るが如き冷たい睨みを利かせてそのまま親指を首の前で横一閃。
 ――注意しろっつっただろぉがこのバカ女!! 間抜け面向けやがってフザけてんのか!!
 確実にそんな台詞を伝えんとしていた。「はぅ……っ!」と慄く結依は逃げるようにして下駄箱へ走る。


 ◆


「ったく、フザけやがってあのバカ女。誰が戦うと思ってんだ……」
 死角に入られて姿を見失ったナユタは舌打ちしながらフェンスから離れる。
 コンクリートの地面はまだ充分な陽光に照り付けられていないため冷たいが、その上に座り込んで煙草を咥える。
 ナユタは背後から微かに聞こえる生徒達の気配を聞きながら、白煙を燻らせる。





 一時限目の英語が終わり、次は古文だと準備をしている結依に、不意に人の気配が近づく。
「なーるっせさん♪」
 甘ったるい声に条件反射で肩が竦み、ぱっと顔を上げる。
 案の定、そこに居たのは佐伯千佳だった。彼女は可愛らしい満面の笑みを湛えて結依を覗き込む。
「さ、佐伯さん……」
 何だろう、と不安になる結依に佐伯千佳は無邪気に言う。
「千佳、ちょっと成瀬さんとお話がしたいなぁ〜って思ってね。これからお手洗いに行かない?」
「あ、その……」
 結依は咄嗟に『出来る限り教室からは出るな』というナユタの言いつけを思い出して、口ごもる。
 しかし結依の都合なんて知ったことではない佐伯千佳は周りに聴こえない声量で脅しにかかる。
「……成瀬さん、これ以上千佳の言うこと聞いてくれないと、どうなるか分かってるよね?」
「……っ!」
 特にドスを利かせた訳ではない。ただ周囲の生徒に遠慮して小声で喋っただけなのに、結依の背筋にゾクリとした悪寒が奔った。
 肩を震わせながら、結依はゆっくりと一度だけ頷く。
 笑顔で顔を上げた佐伯千佳が「じゃあ行こ♪」と振り返る。わざわざ遠い東側トイレへ向かうようだが、結依は黙ってついてゆく。
 廊下を歩く生徒達は、奇異の視線を向けてひそひそと囁く。『あの佐伯千佳』と『あの成瀬結依』が一緒に歩く姿がミスマッチして見えるのだろう。結依は先導して歩く佐伯千佳の背から、何か恐ろしい事が待っている予感を感じるが、それでも追従せざるを得なかった。
 トイレのドアを開け、先に入る佐伯千佳。自然と閉まってゆくドアのノブに手を掛けるとき、奥に数人の気配が伝わる。
 怖い。瞬時にそう悟る。
「早く入りなよ、成瀬さん」
 佐伯千佳の声がドア越しに聴こえる。キーの高い甘ったるい声ではなく、既に冷笑を浮かべた抑揚の無い声に変わっている。
 心臓の高鳴りがもどかしい。ペンダントを握り締め、無謀にも似た祈りは一瞬。
 ドアを開き、結依はトイレへ入る。


 ◆


「――、来たか」
 屋上での四本目の煙草を楽しんでいたナユタは、携帯灰皿に吸殻を捻じ込んで立ち上がった。
 ナユタの視線は屋上出入り口の上に設置されてある貯水タンク。
 その上に姿を現したのは、紅蓮の少女。既にキャップの鍔を後頭部に回し、ゴーグルを目元に装着している。腰周りにいくつものポケットが取り付けられてある皮製の分厚いベルトを二本も巻いており、恐らくあの中に多量のアーティファクトを携帯しているのだろう。臨戦態勢を全身から放つ紅蓮の少女は、微笑を浮かべながら口を開いた。
「ここを戦場にすると分かっていて、よく逃げ出さなかったわね」
「一回逃げてる奴が偉そうに吹いてんじゃねぇぞ」
「ルールは気安く破っていいもんじゃないわ。結界も無しに【ハイエンド】で戦闘を起こす事は【ミッドガルド】に限らず、真実を知る世界では共通の、暗黙の了解ってやつでしょう? アンタが邪魔しなけりゃちゃんと結界に閉じ込められたものを」
 嘲笑をかみ締めて挑発する紅蓮の少女に、ナユタは苛立たしげに睨みつけた。
「……、ムカつく女だ。それが間違いだとも気付かねぇで」
「何ですって?」
「筋違いも甚だしいっつってんのさ。良いから降りて来い。俺の言葉がどういう事か分からせてやるよ」
 右手の指関節をコキコキと鳴らすナユタを見下ろし、紅蓮の少女は機嫌を損ねたように眉を寄せる。
「……獣風情が。調子に乗ってるようね」
 タンッ、と貯水タンクを蹴りつけて跳躍。宙で一回転して軽やかに着地した紅蓮の少女を、ナユタは挑発的に嘲笑う。
「だったらどうするんだよ。足元に何百人と【ハイエンド】の民間人が居る中で、ドンパチやらかす気か?」
「そんな訳ないでしょ。バカも休み休み言いなさいよね。ちゃんとこの校内のあちこちに結界を張る準備が出来てる。しかも、素敵なプレゼントも込みでね。嬲り殺しにされたくなきゃ目的を話して貰おうじゃないのよ」
 紅蓮の少女はジャケット裏側のホルスターから黒銀の拳銃を引き抜いてナユタに突きつける。
 だが、ナユタはつまらなそうに革ジャンのポケットに手を突っ込む。
「そりゃ残念だ。あの術符ならとっくに大半を剥がして機能しなくしてやった。結界は張れねぇぞ」
 それを聞いた紅蓮の少女はしばしきょとんとし、すぐさま不敵な笑みを浮かべる。
「そう。怖いわね、やっぱ後手に回るもんじゃないわ」
「言ってる事の割りにゃ随分余裕そうじゃねぇか」
「えぇ、勿論。奥の手はちゃぁんと用意しといたからね」
 引き金に指を添えた紅蓮の少女。
 対するナユタは、
「……、ハッ」
 嘲笑を口元に浮かべた。
 紅蓮の少女が怪訝な顔をする。ナユタはポケットに突っ込んでいた右手を出した。
「その奥の手ってのは、こいつの事か?」
 ポケットから取り出したのは、朱色のカードの束。以前に仕掛けられていた正方形の術符とは違い、今度は名刺ほどの小ささだ。
「えっ……!」
 それを見た紅蓮の少女の目が驚愕に見開かれる。
 カードの束をポンポンと宙に浮かしてはキャッチしてを繰り返して遊びながら、ナユタが嗤う。
「バカはテメェの方だ。一つ目の結界の術式は囮で、もし剥がされて機能しなくなっても良いように第二の結界術式をカモフラージュしておいたわけか。しかも、こっちの術符は各教室のゴミ箱に紛れ込んどくときた。なかなか着眼点は良いが、相手を間違えたな」
「そ、そんな……! 読まれていたっていうの……!?」
「こそこそと学園内に入り込んでる事ぐらい想像がつくんだよ。バカ正直に一つの結界を破ったら安心だなんて俺が考えると思ったか」
 突きつけた銃口すら定まらずに愕然とする紅蓮の少女の態度を楽しむように、ナユタは宙に舞ったカードの束を五指で掻く。黒い軌跡に切り裂かれた束は一瞬にして発火、地面に落ちるより早く虚空に消えた。
「どうする? また結界無しで戦うか? 出来ねぇよなぁ……? 先に喧嘩を売ったら、ルール違反はテメェになる。そんな不条理な行為、【ミッドガルド】から謗りを受けるだけに留まらず全世界を敵に回すだけだぜ」
 均衡とは無縁の活動をする紅蓮の少女でも、だからといって均衡を破るような真似は御法度だ。
 結界が無くては戦えない。
 打つ手を、失った。
「そんな……くそぅ!」
 その事実に、紅蓮の少女はついに銃を下げた。
「くそっ! 畜生っ……!! こんなことって……二つ目の結界まで破られるなんてっ……!!」
 いきり立つ紅蓮の少女を、敵にすらならない簡単な雑魚だと確信したナユタに、紅蓮の少女は言った。

「じゃあ……三つ目の結界を張ったら、どうすんのかしら?」

 ゴゥン!!
 重い音と共に大気が震え、一瞬の後に空が赤黒い膜に覆われた。
 巨大な膜は校舎全体を包み込み、足元に感じられた生徒達の気配は完全に払拭されている。
 反転結界。指定した対象だけを擬似空間内に引きずり込む魔術。
「――、なっ」
 ナユタは広がる光景を目にし、言葉を失った。
「なーにを驚いてんのかしら。何さ、もしかしてそれ素のビックリ?」
 先程までとは打って変わって自信に満ちた不敵な微笑の紅蓮の少女。
 ナユタが苦虫を噛んだような表情で睨みつけた。
「んな馬鹿なっ! 術符はどちらも殆ど残ってねぇ。こんな大規模な結界、術符も無しにどうやって展開しやがった!?」
 詠唱の類を口にしている素振りもなかった。それ以前に詠唱形式の結界なんて少人数で出来る代物ではない。たった一人の詠唱でこれだけの規模の結界を展開出来るほどの強大な魔力と知識を有する魔術師なら、最初の接触(ファーストコンタクト)で既に勝負はつけられたはず。
「さあ? どうやったのかしらね? アンタの側からじゃ、絵柄が全部同じで分からないでしょうね」
 意味深な言葉を口ずさみ、クスクスとせせら笑う紅蓮の少女。
(何をしやがったんだ……? 何かカラクリがあるはずだ。けど取り零した術符じゃ展開は出来ねぇはず……どうやって?)
 一歩退いて警戒するナユタ。
「ほら、どうしたのよ狼さん? 結界が出来た以上、お互い人目を気にせず本気で戦えるでしょう?」
 銃をくるくると回しながら、紅蓮の少女は嘲笑う。
「もっとも、本気を出せたらの話だけれどね」
「……っ!?」
 反射的に右手に魔力を込めようとしたナユタは、猛烈な違和感を感じて魔力の行使を打ち切った。
 辺りに漂う奇妙な空気。目に視えない力が、右手に込めた魔力の流れを阻害するような嫌な感触がした。
「この感覚は……魔力乱流!?」
「御名答。【ミッドガルド】で雨よりも多発する外界魔力の嵐、それを擬似的に創り出す追加術式よ。どうして【ミッドガルド】じゃアーティファクトが主流になっているのか、ようやく分かったかしら?」
 魔力乱流。
 本来ならば【ハイエンド】や【アスガルド】などでは起こり得ないこの現象は、【ミッドガルド】特有の自然現象として有名である。
 言葉の通り、大気に満ちる外界魔力が風によって生み出された魔力の流れとぶつかって濃度の高い魔力の風になり飛来する現象だ。
 実際、この現象は生命に悪影響を与えるようなものではない。濃度の高い魔力の流れがただ通り過ぎるだけなので、瞬間的に高密度の外界魔力に覆われるだけで済む。むしろ高密度の外界魔力の中に居る間は、魔力行使による消費を少なくし、効率と効果を何倍にも高められるぐらいだ。現に【ミッドガルド】ではこの現象が起きやすい場所に専用設備を建て、高濃度の魔力を電力に変えたりなどして生活に利用している。
 だが唯一、この魔力乱流には恐るべき点が存在する。
 それは、高濃度の魔力が過ぎ去った後に起きる二次災害だ。魔力乱流によって濃度が上がった大気が元に戻る時、大気に含まれる外界魔力の中で高濃度と低濃度の魔力が混ざり合った非常に不安定な空間が出来てしまう。
 そう、その原理が意味する最大の懸念要素は、複雑な濃度の中に居る魔術師は魔術を行使出来なくなる事にある。
 魔術は通常、体外へ魔力を放出する事が前提として多く例を挙げられる。術符や詠唱といった、指定した空間内での人為的操作にも当然魔力は外へ流れ出る。
 これがもし、複雑な濃度の外界魔力で満ちている空間に新しく魔力を放出したら、どうなるか。
 ただでさえ複雑な濃度を余計複雑にし、放出した魔力は性質を変えてしまい本来の持ち主のものとは違う魔力になってしまう。その結果、放出して初めて効果を発揮する℃阮@――つまり魔術が使えなくなってしまうメカニズムを持っているのだ。
 当然、体内で制御した魔力を体外へ放出してから運用する『構築』に属するナユタの黒い爪痕も、ここでは使用出来ない。
(くそっ……! 魔力を外に排出すると不規則に霧散しちまう……!)
 こういった現象の中に居ても使える魔力行使といえば、体内で練った魔力をそのまま体内に残して運用する『強化』だけになってしまう。
「悪いわねぇ、折角の十八番を潰しちゃったのかしら?」
「!」
 回して遊んでいた拳銃をしっかりと握り締め銃口を向ける。
 ドン、ドン!!
 唐突に火蓋は切って落とされる。両肩を狙った銃弾を咄嗟にナユタは屈み込んで横へ移動し回避。すかさず銃口が標的を追うが、ナユタは軸足を地面に付けると同時、体内で練り込んだ魔力を左足に集中させる。
(なっめんな!!)
 紅蓮の少女が発砲する寸前に、スダン!! という音と共にナユタの姿が視界から消える。
「――、そこぉ!」
 黒い影が右の方へ流れてゆくのを捉えた紅蓮の少女は右腕を頭上へかざす。死角から振り落とされた拳は銃把の底で受け止められた。
「……!」
 腕を引き戻そうとした紅蓮の少女。だがジャケットの袖口に指を二本突っ込んで逆側に引っ張って右腕の動きを一瞬封じたナユタは、がら空きの脇腹を狙って左拳を振るう。
 袖を引っ張られているせいで後退出来ない紅蓮の少女は拳銃を手から離してナユタの右手首を掴み、その場で跳躍。掴んでいる手首を軸にして体を捻転させ、ナユタの側頭部に膝を叩き込もうとしたが、
「甘ぇ!」
 ナユタは掴まれている右腕の力をフッと抜いた。抵抗しようとしていれば力の入ったままの右手首で自身を支えて膝をぶち込める算段だったが、冷静に互いの体勢を見極めたナユタの意表を衝いた脱力によって支えを失った紅蓮の少女の体はガクンと落ち、ぐら付いた膝がナユタの眼前で空を切る。
(剛に偏ってると踏んだんだけどね! 柔も心得てるのかい!!)
 空振りしたせいで空中で完全に無防備になった背中へ、ナユタはすかさず回し蹴りで吹っ飛ばす。
 コンクリートに顔面から落ちそうになるのを体を丸めて上手くいなした紅蓮の少女はすぐに起き上がるが、既にナユタは黒い拳銃を踏みつけてこちらを見ていた。
「人の得物を足蹴にしてんじゃないわよ」
「心配すんな、抜くようならもう片方も地面に転がしてやる」
 屈み込んだまま紅蓮の少女は渋面を作る。
「なかなか戦術を心得てるようね。どうやら白兵戦は分が悪いみたい」
「魔力乱流の中とはいえ、体内で魔力を練って集約に留める強化まではどうしようもねぇようだな」
 魔力乱流の影響、それはなにもナユタだけの話ではない。この結界の内側でナユタが魔術を使えない状態にあるならば、目の前に居る紅蓮の少女も同じ状態になっているはずだ。互いが魔力強化しか使えないなら、距離さえ詰めれば殴り合いには慣れているナユタに勝算は在る。
「魔術が使えないなら個人の肉体に頼るしかねぇ。銃ばっか使ってっから遅れを取るんだぜ、女」
「……そのようね」
 ゆっくりと立ち上がり、両腕を少しだけ広げる。
 もう一方の拳銃を抜かない紅蓮の少女にナユタが不審そうな顔をしていると、
「なら、戦法(スタイル)を変えるだけよ。ここから先、懐に飛び込めるとは思わないことね」
「ハッ! 魔術の使えねぇこの状況で何をするつもりだよ?」
「ふふ……」
 くすりと笑う紅蓮の少女。
「……何がおかしい」
 不機嫌に手首の関節を鳴らすナユタを見据え、紅蓮の少女は言う。
「それは残念ね。本当の事を言うとさ、魔力乱流なんて無くても魔術は使えないのよ。使わないんじゃなくて、使えない体なの」
「何……?」
 紅蓮の少女は薄く笑みを浮かべながら羽織っているジャケットの襟に手を掛ける。
「つまるところ魔力乱流の中ってのはね、アタシにとっては御あつらえ向きの場所なワケよ」
 そう言いながらジャケットを脱ぎ捨てる。
 下に着ていたのは黒いタンクトップだけであるため、腕や胸元の露出が上がる。あまり起伏に富んでいない胸や無駄な脂肪の無いしなやかな二の腕ではなく、ナユタの動揺を誘ったのはその両腕。肘から手首までグネグネと巻きつくように描かれている、文字とも模様ともつかない黒い刺青。
 それの正体を知っていたナユタは、目を瞠った。
「その刻印は……! まさかテメェは、兵装召還師(アームズストレージ)!?」
「へぇ、物知りなのね。【ミッドガルド】でもかなりマイナーな希少種族のはずだけれど……知識人は割と好きよ?」
 暗い笑みをかみ締めて舌なめずりをした紅蓮の少女は、広げた両手を胸の前で一気に合わせる。
 パン!! という小気味良い音に呼応するように、彼女の両腕の刻印が白く煌きだした。
「せめて覚えて逝きなさい。アタシの名はミルネスカ=ランフォード」
 踊るように両腕を回して円を描き、ぼんやりと視えるガスのように無色の気体が長く太い輪郭を描く。刻印の煌きが弾けるように消えると同時、輪郭を得た無色透明の何かは爆発的に色を広げる。
 現れたのは、全長三メートル、灰銀の巨大なライフル。丸太のように太い外装を持ち、本来弾を射出するためであろう細い銃身の周りを筒のように伸びた外装が囲っている。銃身の横から左手で掴む突起が付いており、どうやら銃身を脇に抱えて撃つ構造のようだ。銃身の後方はドラム缶ほどの太さに膨れており、そこから伸びる二本の固定台は根元が回るようになっているようで、上下左右に照準を動かせる仕組みなのだろう。
 尚、一応補足しておくが先端の銃口の口径は、ナユタの握り拳など簡単に入るほど大きく――、
「げっ――!」
 ナユタの顔が引き攣る。
 不敵な笑みを湛える魔術師は、もう一つの名を告げる。
「真名は――、魔弾の射手=v
 カシュン、と顔の前に起き上がった照準を右目で覗き込み、十字の中心にナユタを合わせ、
「悪いわね! 擬似空間だからいくら壊しても良いって分かってると、どうも加減出来ない性分みたいなのよ!!」
 楽しそうな叫び声を上げ、引き金を絞る。
 全身で危険を察知したナユタが飛び込むように横へ避けた。
 同時、
 ズドオォォン――ッ!!
 凄まじい轟音が響いた。発射された炸裂弾はオレンジ色の軌跡を描いて銃口から放たれ、ナユタの肩を掠めて西側出入り口の扉に滑り込む。鉄扉を軽々と噛み千切った直後、内側から白い閃光と共に爆風を起こす。遅れて広がる粉塵と煙が破られた扉や窓からもうもうと吐き出された。
 受身を取ってゴロゴロと転がるナユタ。転がるたびに緑色のコンクリートに赤い色が、まるで足跡のように付着されてゆく。起き上がったナユタの右肩から背中に掛けて、服は破れ肉が薄く抉られていた。
「づぅ……っ! あれじゃロケットランチャーじゃねぇか! なんつぅモンをストックしてやがる≠だ……!!」
 白煙に紛れたナユタが立ち上がろうとした瞬間、視界の端にちらと見えた影を捉える。
「流石じゃない! こりゃあ久し振りに心置きなくぶっ放せそうね!!」
 叫んだ紅蓮の少女――ミルネスカは銃身の右側に付いているボルトを荒っぽく引く。薬莢除去機構(イジェクター)で排出された、熱による煙を帯びた空薬莢が落ちる。ゴドン、という冗談でも笑えない音が足元で響いた。ボルトを前に押し戻した際に機構内部で新たな炸裂弾が装填され、ミルネスカは再度ナユタに狙いを定め銃身を横へずらした。堪らずナユタは射角から逃れようと横へ跳ぶが、スライドする銃口が滑るように獲物を追い詰める。
「逃ぃっがすかぁ――っ!!」
 フェンスを背に追い込まれたナユタの顔面目がけて引き金を絞るミルネスカ。
 歯を食いしばったナユタは、真正面から駆け出す。
「良いわね、そういう気持ちの良いバカはもっと好きよ!?」
 獰猛な笑みで引き金を弾く。轟音と共に榴弾が猛スピードで襲い掛かる。
 ナユタは両足に魔力を目一杯に集約させ、ギリギリまで体勢を低くする。
(もっと低く! もっと、――もっと!!)
 鼻先が地面に触れるほど限界まで前傾姿勢に突っ込んだナユタの頭上を75mm特殊焼夷弾が通過。フェンスを紙のようにあっさりと貫いて空へ飛び出し、結界の膜に直撃する。オレンジの炎と煙幕。遅れて爆音が響き、着弾した場所から光の波紋が広がり消える。
「やっば……!」
 ミルネスカは罰が悪そうに舌先を出した。無論、それは結界に当ててしまった事にだ。
 手を突いて上体を起こしたナユタは装填される前に一気に距離を詰める。
 一呼吸待ったミルネスカはライフルをスライドさせて銃身で殴りかかる。ナユタは跳躍、銃身に一度だけ手を突いて飛び越え、拳を作る。
 左へと振るったライフルを盾にし、スカートに差し込んで忍ばせておいた拳銃を引き抜く動作に気付いたナユタは空中で咄嗟に体を後ろへ仰け反らせる。突きつけられた銃口、ミルネスカの拳銃が姿を現すや否や火を噴いた。
 頬に銃弾が掠り赤い筋を作る。直撃を避けたナユタは反射的に右手に魔力を込め、振るった。
 だが、
「無理だってのよ」
 ミルネスカが冷めた視線を向けた。
 空を薙いだ五指から生じた黒い爪痕は、指から出るとほぼ同時にぐにゃりと潰れ、すぐさま霧散してミルネスカに届かない。
 魔力乱流による複雑な濃度の中で、ナユタが体外で構築しようとした魔力は不定形に崩れて『ナユタの魔力』ではなくなる。
「くっ……!」
 空振りするナユタの眉間に拳銃を突きつけ、ミルネスカが冷笑を向けた。
「残念。こっちも転がす暇はなかったみたいね」
「――、」
 目の前にある銃口。指貫手袋から覗く白い指が引き金を絞ってゆく。撃鉄が連動して後ろへ引っ張られ、銃弾を叩く!
「ぅ、――ぁぁぁああああああっ!!」
 ナユタは自分の命を繋ぎ止めるための最小限の犠牲を払う事を即決した。
 眉間と銃口の僅かな合間に、左手を滑り込ませた。
 目を瞠るミルネスカ。一拍遅く発砲、ナユタの左手の平に銃弾が当たり、骨を砕いて肉を貫通する。しかし横から飛び込んだ左手にタイミング良く着弾した為に軌道が僅かにずれ、ナユタの顔のすぐ横へ外れてしまった。
(こいつ……!)
 躊躇無く左手を差し出した眼前の男にミルネスカが心からの称賛と嫌悪を感じた矢先、ナユタは風穴の空いた左手をピッと払う。どぷりと溢れ出た鮮血がミルネスカの顔面に降り掛かった。ゴーグルの御陰で目潰しまではされなかったが、目の前が一転して赤く染まり視界が悪くなる。
「きったないわね……!」
 前方に居ると思い拳銃を連射する。
 手応えはほどんど感じず、横合いへ避けたと読んだミルネスカは左手の甲で素早くゴーグルに付着した血を拭い取る。
 なんとか目視が可能になった視界には、左腕を押さえて背を向け走るナユタを捉える。その先には、東側出入り口。
「逃がさない!」
 拳銃を仕舞ったミルネスカはライフルの銃身を両手で掴み、一気に後ろへ引っ張った。「どぉっりゃあああ!!」という気合の入った声が上がり、半ばバックドロップにも似た動きで銃口をナユタとは逆の方角へ倒す。
 一八〇度回転し、後方に付いているだけに見えたドラム缶のような部分が前を向く=B
 ナユタは走りながら後ろを振り返り、ぎょっとした。今までナユタからは見えていなかったが、そのドラム缶状に膨れ上がった部分の先端にはいくつもの筒が輪のように連なっている。
 ひっくり返した事でドラム部位の下部からガコン、と銃把が飛び出る。人差し指に掛ける引き金と親指で押すボタンの二つが付いており、ミルネスカが押しボタンを親指で潰すと、キィィィン! とつんざく音を立てて連なる輪が時計回りに回転しだし、目に終えない速度に到達。
 そう、それはまさに――、
「風穴で足りないんなら、蜂の巣にしてやるわよ!!」
 回転が最高潮に上がった瞬間、ミルネスカが引き金を絞る。
 刹那、回転する筒――ガトリング砲が連続する発射音を放った。
 チュガガガガガ!! と地面に弾痕の筋を描いて背を向け走るナユタへと襲い掛かる。
 ナユタは獣にも近い咆哮を上げて鉄扉を蹴りつけた。魔力強化の施された一撃で留め具ごと破壊された鉄扉が吹っ飛び、踊り場に着地し更に跳躍。欄干を跳び越えて頭からダイブする。寸でのところで追い付き損ねた弾痕が壁に刻み込まれるが、ナユタには直撃しない。
「ったく、しぶっといわねぇホント……ややこしいったらありゃしない」
 つまらなそうにぼやいたミルネスカは引き金とボタンから指を離す。ゆっくりと回転数を落としてゆく銃口。モーターが完全に止まったそれを両手で掴むと、両腕の刻印が煌き、巨大な兵器は光の残滓を残して瞬時に姿を消す。
 敵を見失ったミルネスカは、黒銀の拳銃を拾い上げ、ジャケットのポケットからハンカチを取り出す。
 それで顔に付いた血を拭ったミルネスカはハンカチを地面に放りながら、口元に笑みを浮かべる。
「どこ行ったって無駄無駄。魔力乱流のせいで強化しか使えないこの状況下じゃ結界を看破する手段はない。魔術も使えなければ魔力を体外へ放出する『構築』も使えない。アンタの攻撃は殆ど死んだも同然。対してアタシの攻撃手段はアーティファクト……既に魔力の込められてある実弾。魔力乱流の中で兵装召還師(アームズストレージ)相手には、アンタの手札が少な過ぎたわね」
 顔を綺麗にしたミルネスカは両手を合わせる。刻印が三度煌き、長く細い輪郭が形成、瞬時に色を得る。
 先程の鉄塊とは違い、平常通りの形状を持つ黒塗りのサブマシンガンを両手に抱える。
「魔弾の射手≠フ力、まだまだ身をもって知って貰うわよ――犬っころ」
 ブーツを踏み鳴らし、闊歩するような足取りで歩き出す。
 ゴーグル越しの狩人の目は、地面に点々と続く血の痕を追ってゆく。


 ◆


 キィ、とドアが軋む音。次いで脇に立っていた女子が小さく「あっ」と呟いた。
 千佳は振り返る。
 開いたドアの向こうには、本当なら居るはずだった成瀬結依の姿が、ない。
「あれ……? 佐伯さん、今そこに成瀬さん立ってたよね?」
 慌てた女子生徒の一人がドアを出て左右を見回し、振り向く。
「居ない!」
「なにそれ! 逃げたわけ……!?」
 佐伯千佳の命令を無視した事への驚愕から、全員を無視したという勝手極まりない理屈に変換した女子達は怒りだす。
 ただ一人、当の千佳だけはどの感情にも属さない遠い視線をトイレの外へと向け黙りこんでいる。
「ふざけやがって、今すぐ捕まえてフクロにしちゃおうよ!」
 誰ともつかない提案に頷く女子達は、既に手に持っていたデッキブラシやホースを放り捨てて外へ出ようとする。
「……いい」
 その時、小さく呟いて女子達を止めたのは、千佳だった。
 ちょうど傍に立っていた女子が「なに?」と聞き返すと、彼女は抑揚の無い声音で言い直す。
「追いかけなくていい」
 その言葉には、まるで諦めにも近いものを感じた。女子達は動揺し互いを見合う。
「で、でも……佐伯さんあの女のこと、気に入らないって言ってたぐらいなのに……いいわけ?」
「うん、そうだよ。成瀬さんのこと、千佳すっごく嫌いだよ」
 伏し目がちに肯定し、しかし次に出る言葉はやはり疲れたような否定。
「だけど今は追いかけなくていい。やる気なくした」
「でも……」
 渋る女子に、千佳は顔を上げる。見上げられた女子の顔から、血の気が失せた。
 千佳がようやく変えた表情は、不機嫌そのものであったからだ。
「千佳がいいって言ったらいいの……千佳の言うこと、聞かないつもりなんだ?」
 そのお決まりのフレーズに恐怖したその女子は、顔を青ざめて首を振る。
「そ、そんなつもりはないよっ! ね、ねぇっ……?」
 思わず逃げ口を探すように周りの女子達に救いを求める視線を送った。当然、頷かない者など一人もいない。
「そ、そうそう……! 佐伯さんの気分が乗らないんなら仕方ないよねっ!」
「やだなぁ佐伯さん……そんな怖いカオしないでよ……!」
 空笑いで誤魔化す女子達をつまらなそうに一瞥して、千佳は歩き出す。
「……どうせ追ったって無理だよ」
 ぽつりと呟いた。え? と不思議そうな顔をする女子達の間をすり抜けて、トイレを出る間際に再び呟きを漏らす。
「多分、追いつけないから……」
 その言葉の意味を上手く理解出来ない女子達を放って、千佳は外へと出て行った。


 ◆


「――、え?」
 ドアを開けて顔を上げた結依は硬直した。
 先に入ったはずの佐伯千佳も、ドア越しに感じていた人の気配も、ない。
 それどころか、今の今まで廊下を歩いていた生徒は一人も居らず、授業前の喧騒すら聴こえてこない。
 結依だけを取り残し、在るべき人々の消失した無音の世界がそこに広がっていた。
「これは……!?」
 結依は駆け出し、廊下の窓から外を覗く。
 外には、赤黒い色合いをした膜のようなものが校舎全体を覆っていた。
 それの複雑な真意を知る訳ではないが、それ自体がどういうものなのかだけは分かっていた。
 結界。ナユタがさんざん口にしてきた魔術だと、結依は驚きの表情で周囲を見渡す。
 取り残された結依はどうすればいいのか分からずにその場でしどろもどろしていると、不意に遠くから甲高い音が鳴り響いた。鉄の鈍器で殴りつけたような、それでいて鋭い音。聞いたことのあるこの銃声は、屋上から聴こえる。
 既にあの紅蓮の少女が来ているのだとすれば、恐らく戦闘が始まっているのだろう。
 迷った結依は、しかしこの場に留まっていても仕方が無いと目の前の階段を駆けだした。
 三階のに辿り着いた時、凄まじい轟音が耳に届いた。まるで爆弾が破裂したような音。上ってゆくと連続する銃声。ゆっくりとその音は近くなってゆく。
 四階と五階の間の踊り場に来た瞬間、鉄扉の外れる音がすぐ頭上でした結依は顔を上げる。
 直後、視界に映ったのは黒い影。
 欄干を越えて落下したその黒い影は着地もままならずに結依の目の前でドシャリと床に激突する。
 結依は両手を口元に当てて血相を変える。
「な、ナユタさんっ!?」
 踊り場に倒れ伏すナユタは全身が血塗れで、床に鮮血を散らす。特に酷いのは、咄嗟に視界に入ってしまった彼の左手。その手の平は赤黒い穴が開いていて、止め処なく血が流れている。タイル張りの溝をなぞる血の筋がゆっくりと結依の足元へと近づいてきて、結依は思わず一歩後ずさる。
 背中から激突したためか、ごふっ、と咳き込んでナユタは身を起こそうとする。
「ナユタさん!!」
 居ても立ってもいられなくなった結依は駆け寄るが、ナユタはいきなり体を起こして結依の手首を掴み、引っ張る。
 「きゃっ!?」という結依の短い悲鳴は頭上から降ってきた銃声によって掻き消された。欄干から伸ばした紅蓮の少女の右腕、そこに握られたサブマシンガンが当てずっぽうながらに踊り場を襲撃する。
 間一髪で結依を引っ張って階段を降りたナユタはさらに下の階へと向かう。
 その間にも、ナユタは苦痛に歪んだ顔で左手を腹に当てて無理矢理にでも手の出血を止めようとする。
 引かれるままに三階へと来た結依はナユタが急に方向転換するのに振り回されるようにして廊下を疾走。そのまま目ぼしい部屋の扉を開けて入り、音を立てないように閉めて内鍵を差し込み回す。
 扉の向こうからは死角になる壁際に背を預けて座り込んだナユタは、荒い息を整えようと深呼吸をする。
「ナユタさん……!」
 呼びかける結依に、苛立たしげに渋面を作ったナユタが口を開いた。
「――! ―――――。―――、―――――――――――――」
「はい……?」
 結依はぽかんと口を開けた。
 ナユタが何かを言っている。だが、何を言っているのか全く分からなかったからだ。
「―――、―――――――――――――――――――。――――――――――――」
 しかも、外国の言葉を使っているという感じではなかった。その言葉自体を、理解出来る気がしないのだ。まるで、『言葉』ではなく『声』としてしか認識出来ていないような、単なる音を聴かされているような虚無感のようなものを覚える。
「――――、――――――――――――――――――――。――――――――――――――――――――――」
 結依の怪訝な表情にも気付かず、ナユタは『声』を発し続ける。
「――、―――――――――――――――?」
 左手を見ながら辺りをキョロキョロと見回し、返事をしない結依をようやくナユタは顔を上げた。


 ◆


「ハッ! やられたぜ。まさか、魔力乱流を使ってくるとはな」
 ナユタは荒い呼吸を落ち着かせるために深く吐息を零す。
 全身から生じる痛みに顔を歪め、ミルネスカに気付かれないか気を配りつつ悪態をつく。
「しかも、兵装召還師(アームズストレージ)とはな。道理で自信満々な訳だ……」
 【アスガルド】の魔術師であるナユタでも、あの両腕の独特な刻印を一目見て思い出した。
 記憶が正しければ【ミッドガルド】には生態的に普通の人間と変わらないが、魔術師として決定的な差異を持つ種族が居る。
 魔術師とは、経絡に保有する魔力を体外で運用する『構築』によって放出された魔力の性質や流れに操作を促して様々な効果に変える、つまり魔術を行使する者の事を指す。中には魔力を体内で運用する『強化』に重点を置いた戦術を好む者も魔術師として分類はされるが、どちらにせよ存在する共通点は、『経絡から体内・体外へ』という一方的な魔力流用が根幹的な動きを成す点にある。
 ところが、唯一その一方的な流用とは違う方法で魔力運用するのが、兵装召還師(アームズストレージ)だ。
 この種族は、従来の魔術師にはどうあっても不可能とされている、『経絡と体内・体外とを行き来する魔力』を運用している。
 早い話が、魔力の消費と回復という循環ではなく、変換された魔素を経絡に取り込んでストックする*op師なのだ。
 屋上で見せた、ライフルとガトリングの二種類を無理矢理くっ付けたような馬鹿げた兵器もその一つだろう。限りなく純度の高い魔素で構築・生成された魔力の塊を、保有出来るだけ収納し、自由に取り出せる。
 その保有限界――つまり魔力の絶対量に相当する分しか収納出来ないが、兵装召還師(アームズストレージ)という種族は総じて魔力の絶対量が高い。あれだけ巨大な兵器を出したなら、と思いそうになるナユタは甘い考えを即座に否定した。あれは恐らく、絶対量の一割も占めていないに違いない。
 何より兵装召還師(アームズストレージ)の恐ろしさは、魔力乱流の中で発揮される。体外へ放出してから運用する『構築』ではなく、一度形状を得ている魔力を再構築してから放出する≠ニいう、順序が違う点から魔力乱流の中でも平然と取り出せる。
 唯一存在する兵装召還師(アームズストレージ)の欠点といえば、兵器を魔素変換して出来た魔力を収納するための経絡を持ち、ナユタ達が行う『構築』の順序――経絡から体外へ放出してから運用する手段――を行えないため、魔術を使いたくても使えない体を持つ事ぐらいか。
 無論、魔力乱流で『構築』と魔術を封じられているナユタからすれば、まさに状況下における天敵と言って過言ではない。
「とにかく、まずはこのウゼぇ魔力乱流を退かさねぇとな。『構築』が使えねぇから傷の修復も出来やしない」
 ズキズキと脈動する痛みに顔をしかめながら、ナユタは自分の左手を診る。
 『構築』による外側からの間接強化で魔力錬成弾の直撃すら耐え得る異形の手を表出させる事が出来ず、生身の状態で弾丸が貫通した手の平は鮮やかな赤に染まっていて、傷口の部分はどす黒い穴が空いている。
 考えようによっては清々しいほど綺麗に貫通してくれたのは幸いだと片付けるべきだろうか。もし弾が手の中に残っていたら、爆発によって手首から先が粉々に吹き飛んでいたかも知れないと思うと、笑えない冗談を噛み締めるように自嘲してみせるナユタ。
 『強化』で血液の凝固作用を促進して血を止められないかと考えるも、そんな繊細な作業は今の状況では出来そうにもない。
「おい、ハンカチかなんか持ってねぇのか?」
 止血に使えそうな布が手近に無いかキョロキョロと見回しながら、傍らに居る結依に声を掛ける。
 ところが返事が返ってこない。今まで煩いまでに人の名を連呼していたのに、と不思議に思ったナユタは顔を上げる。
 結依は膝を突いた体勢でこちらを凝視している。ぽかんと口を開けて、硬直しているのだ。
「おい、聞いてんのかよ。ハンカチとか持ってねぇのか? それとも血なんざで汚したくないってか?」
 軽口を叩くが、やはり結依は困惑したように眉根を寄せる。さすがのナユタも怪訝な顔をしてしまう。
「なんだってんだよ? 俺の言葉が聞こえて――」
 ふと、自分の発言から答えに気付いたナユタは、口元を指差して口をパクパクと動かし、それから耳を指差す。
 『俺の言ってる事、分かるか?』。そのジェスチャーの意味が分かった結依は、首を横に振った。
 堪らずナユタは右手で目元を覆った。
「成程な、『エッダの詩文』が作用してねぇなこりゃあ……そうだよ忘れてたよ、ここじゃそうなるわなぁ……」
 彼が口にしたその名は、他世界に移る際に必要不可欠と公的な指定がされている簡易魔術。
 『エッダの詩文』。魔術、というより魔力行使の範疇に当たるものだ。
 そもそも次元そのものが違う他世界では言語体系自体も違う。【ハイエンド】でいうところの英語やドイツ語といった区別ではなく次元を隔てた言葉であるためか、他世界の人間には『言葉』として認識出来ず、『声』としてしか届かない。それは学べば話せるという物ではない。【ハイエンド】なら【ハイエンド】、【アスガルド】なら【アスガルド】でという枠組みの中でのみ認識が可能で、本来ならナユタも結依の言葉を認識する事は出来ない。
 それを解消するための、というよりは、他世界の者同士の必要最低限での接触を円滑に行うための手段として古くに考案され、一般的に広まったのが言語読解魔術『エッダの詩文』である。
 主な原理は前述した通り、二種類に分けられる魔力行使、『強化』と『構築』を同時に行うというものだ。
 『強化』で『聞く』を、『構築』で『喋る』を、それぞれの性質に変化を加えて自動的に読解させる。この場合は結依が使い方を知らなくともナユタが使えれば、あとはナユタが勝手に読解してしまうだけで会話は成立する。
 だが、忘れてはならない。ここが魔力乱流の中だという事を。
 複雑な濃度のせいで『構築』が行えない今、ナユタは【アスガルド】の言語を結依でも認識出来るように性質変化させて聞かせる事が出来ないのだ。『強化』は機能するため結依の言葉は分かっているが、もはや一方通行で会話にすらなっていない。
 ちなみに結界が創られた後にも関わらずミルネスカとの会話が成立していたのは、互いに『エッダの詩文』を行使していたからだ。ナユタは【ミッドガルド】の言語を、ミルネスカは【アスガルド】の言語を双方が読解して聞いていたので会話になったが、魔力乱流の中に限っては『エッダの詩文』が使えない結依では読解は不可能なのである。
「あー、面倒臭ぇなぁもう……!」
 苛立たしげに頭を掻きながら、ナユタは眼前に並んでいる机の中から覗いているノートと筆記用具入れが目に留まり、ノートを取ってパラパラとめくる。授業内容が書かれているのは最初の数ページで、今学期のために卸した新品なのが窺える。結界の内側の物理的情報を反転した瞬間のものでコピーして擬似空間を形成するので、こういった細部の情報も纏めて持ってきてしまう=Bまぁ実際はこのノートも擬似的に創り出された物体であるので、いくら血で汚そうが破り捨てようが本物(オリジナル)に影響はない。筆記用具入れからやけにデコレーションされたボールペンを取り出す。字の綺麗さからして女子の机なのだろうか。当然そんなこと知ったこっちゃないナユタは適当に開いたページにボールペンを走らせた。『エッダの詩文』の効果で視聴読解が出来るので【ハイエンド】の言葉で書き記せるのは行幸だった。
 ――『結界に付属する追加術式のせいで俺の言葉はお前に伝わらなくなってる。お前の言葉は分かるけどな』
「伝わらなくって……、分かりました」
 どういう事なのかを答えている暇が無いことを察した結依は、ナユタは筆談で話すしかない状況なのだと理解して頷いた。
「でも、ナユタさん……酷い怪我してますっ……これ、ど、どうしたら……」
 血を見て動転しているのか上手く舌が回らない結依に、ナユタはすぐさま筆談で答える。
 ――『痛ぇけど死ぬ程のもんじゃねぇ。身を案じる気があんならハンカチかなんか貸せよ』
 ようやくナユタの要求が分かった結依は、ハンカチを取り出して迷うことなく差し出す。
 躊躇の無さに思わず数秒の間見つめるナユタに、蒼白になった顔を向けてくる。
「……前言撤回だな。今の軽口聞かれてたら、野暮は俺か」
 疲れたように呟く。【アスガルド】の言語を認識出来ない結依は不思議そうに首を傾げた。
 ナユタはハンカチを取ると一振るいして広げ、乱雑に左手にきつく巻いた。こんなもので止血になるほどの軽傷ではないのだが、今の結界さえどうにか出来ればいいのだ。それまでの気休めであれば構わない。 
 右手と歯で器用に縛りながら、何とはなしにナユタは結依が無傷な事に少なからず驚いていた。
 結依のクラスは西側寄りだ。屋上での戦闘を聞きつけて上がってきたとして、教室に居たならば間違いなく西側階段から来ていただろう。そうなれば、タイミング的にちょうどライフルによる爆破に巻き込まれていたはずだ。何故彼女が東側階段から上ってきたのか知らないが、ミルネスカが授業中ではなく休み時間に強引に結界を張った事も含め、奇跡的なまでの豪運だと呆れるほかなかった。 
(……もしかすると、左眼が起因なのかも知れねぇな)
 途轍もない量の魔力を保有する左眼を持つ結依なら、魔術的(オカルト)な豪運を呼び寄せている可能性も捨てきれない。
 もっとも、彼女も反転結界の対象に指定されている点を考えれば、総てが良いように事を運ぶとは限らないのかも知れないが。
 雀の涙と表現してもいい応急手当を施した左手を眺めるナユタを心配そうに見ながら、結依は口を開く。
「これから、どうするんですか……?」
 ナユタは周りに気を配りながら筆談で答える。
 ――『まだ近くにあの女が居るはずだ。やり過ごしてから対策を練る。それまで不用意に物音を立てんな。』
 文面を目で追って、結依は口を噤んでこくりと頷き返す。
 念のためにノートとボールペンを結依に持たせたナユタは壁に背を預け、苛々した様子でこの結界について思案する。
(それにしても……この結界は一体どういう事だ? 術符は二種類とも機能しないレベルで剥がして回ってある。他に術符や刻印の類は見られなかった。けど一人二人でこんな大規模な結界創れる訳ねぇんだ。何か仕掛けがあるはず……)
 しかし、疑ってかかった所で仕掛けが分かるわけではない。むしろ正直に言えば仕掛けが在るかどうかさえ疑わしい。
 それでも考えなくてはならない。この状況下で勝てる見込みは殆ど無い。
(運任せに行っても良いが……)
 左手の他にも負っている傷を痛々しそうに見回している結依をちらと一瞥してから、溜息を零した。
(……今回ばかりは俺一人の首が据えられてる訳じゃねぇからな)
 どうしたものかと悩ませながら後頭部を壁にコツンと当てる。

 直後、壁の向こうでゴツンと金属のぶつかるような音がした。

「――、」
「ブリーフィングは済んだかしらぁ?」
 廊下から遠い声がした。反射的にナユタは結依の居る方へと飛び込んだ。
 同時に、壁の下の方に風通し用として付いている小さな木製の引き戸にいくつもの風穴が空き、ナユタが座っていた場所に銃弾が穿たれる。勢い余ったことと傷の痛みで踏ん張りが利かずに結依を押し倒すような体勢になる。状況云々より至近距離に美貌が迫る事への恥ずかしさから顔を赤らめる結依を無視し、ナユタは結依の手首を掴んで引っ張り起こす。
「ちっ! 逃げんぞ!!」
 言葉の意味が分からずとも、ここから連れて行こうとしている事を理解して結依も自分の足で駆け出す。
 背後でドアがガチャガチャと音を立てて揺れる。
 ナユタは窓の鍵を外して開き、外を見る。
 窓の外には人一人通れる狭さだが足場があり、そこから逃げる事が出来る。しかも縁を渡ってすぐの所に、二階で授業棟と文化棟とを繋ぐ渡り廊下がある。この渡り廊下は屋上部分も歩けるようになっており、三階でも行き来できるよう両端に観音開きになる扉がある。ここから渡り廊下へ移り文化棟へ逃げればもう少し時間を稼げるだろう。念の為に三階で隠れようとしたのが幸いだった。
「ハッ、事前に校舎の構造を頭に入れといて正解だったな」
 自嘲気味に笑いながら、ナユタは外の足場へ跳び越える。腕を仰ぐように振り、『早く来い!』と結依に促しながら先導する。
 結依は戸惑いながらも、窓際にある椅子に向かって「ごめんなさい……」と一礼してから足をかけ、窓を跨ぐ。
 直後、廊下からサブマシンガンが短く響く。ネジ式の内鍵を寸分違わず正確に撃ち抜き吹っ飛ばす。
 ナユタに手を引かれて走る結依は咄嗟に足元を見てしまう。三階という高さは普通の女子高生である結依にとっては決して馬鹿には出来ない高さだ。思わず足が竦みそうになるが、認識出来ない声で何か叱責をしながらナユタが腕を引っ張る。
 渡り廊下の落下防止用の高い欄干の前に来たとき、ナユタは急に立ち止まる。予想外の急ブレーキで前につんのめった結依の腰に左腕を回して、足に魔力を込める。欄干をあっさりと跳び越えたナユタがまた結依の手首を掴んで文化棟へ向かうとき、教室の窓に到達したミルネスカがサブマシンガンを掃射する。
「きゃあっ……!」
「走れバカ! 面倒見切れねぇっつったろ!!」
 欄干に被弾して火花を散らす渡り廊下屋上を疾走し、ナユタは跳ぶような勢いで扉を蹴り破る。
「……? あの子まで居るの? ……まぁどっちでもいいわ!」
 そのまま廊下を走る姿を授業棟から目で追い、ミルネスカはサブマシンガンを机の上に置き両手を合わせる。
「さしずめお姫様を護る騎士(ナイト)ってとこかしら!? 聖騎士団に悩まされんのは【ミッドガルド】でだけで充っ分っ!!」
 ジャケットの袖口から煌々とした光は一瞬、手の内で光の粒子が長く細く輪郭を描き、スナイパーライフルが出現する。
 ただし、革紐を肩に提げて小脇に抱える全長一メートル半もの兵器をスナイパーライフルと呼称していいのかは定かではない。
 着けているゴーグルの右目側に丸いシールを貼り付ける。薄い青に染まる右の視界には、砲身の上部に付属されているサイトポインタから照射された赤外線の点が視える。その赤い点を、廊下を疾駆するナユタの頭に合わせて、引き金を絞る。
「――!」
 授業棟から狙撃しようとしているのを遠目にも感づいたナユタは結依の頭を抱えて床に倒れ込む。
 ドガン!! という音が発せられ、しっかり踏ん張っていたにも関わらずミルネスカが構えていたスナイパーライフルは弾丸を射出した反動で銃口が綺麗に九十度持ち上がり、天井を仰いだ。
 そして、銃声と小さく乾いた音と、バヂュゥンッ!! というつんざく音が総て同時に耳に入ってきた。
 倒れ込み、すぐに顔を上げたナユタは窓ガラスを見上げて顔を強張らせた。小さく乾いた音というのは、窓ガラスを貫通したときの音≠セ。ガラスには親指が通りそうなほどの穴が空いている。ナユタがゾッとしたのは、その穴はヒビも亀裂もない、くり貫いたように完璧な穴であったからだ。音速を超えて射出された弾丸がライフリングによる回転と空気摩擦によって瞬時に高熱を帯びたのだろう。物理的な破壊というより、熱による熔解でこのような綺麗な穴が出来上がったのだ。まるでガラスなんて豆腐と同じだと言わんばかりの、殺傷能力を極限まで追求した弾丸を御見舞いされたナユタは背筋を凍らせる。
 ナユタは屈んだままで結依に『この部屋に入れ』というジェスチャーをする。
 結依は頷き、思わず扉を開けるために立ち上がってしまった。
「なっ、バカっ!!」
「え?」
 言葉が分からない結依は扉を開けながら振り返る。
 窓越しのミルネスカが不可視のサイトポインタを結依の右肩に狙いをつける。
 ナユタは反射的に立ち上がり、結依を庇うように遮る。
 そのまま、また結依を抱きしめるようにして倒れ伏すナユタの頭部に狙いを変えたミルネスカは、
「――、!」
 引き金からその指を離した。
「……!?」
 撃ってこないことに不審な顔をしながらナユタは結依と共に倒れる。死角に入ったナユタは足で乱雑に扉を閉めた。


 ◆


「ちっ……」
 ミルネスカは舌打ち混じりにスナイパーライフルを光の粒子に変えて収納し、サブマシンガンを手に踵を返し走り出す。
 ベルトのポケットに指を突っ込み、そこから術符を取り出した。
 長細く小さな朱色のカードで、端に結わえてある紐の先には挟めるように金具が付いている。その金具を右耳の耳たぶに着け、口を開く。
「アルフレッド、聴こえてる?」
 廊下に出て渡り廊下へと進むミルネスカの耳元に、ノイズ混じりの声が聞こえる。
『――は……こち……ルフ……ド……………こちら……アルフレッド、応答願います』
 徐々にクリアになってゆくアルフレッドの声に、ミルネスカはつまらなそうな声音で返答する。
「アンタ……あの眼帯のコまで連れてきちゃったわけ?」
『え? あ、その……違ったんですか?』
 ミスしたのかと焦るアルフレッド。溜息混じりにミルネスカは首を振る。
「あー……もぉいいわよ、ややこしいったらありゃしない。的が二つに増えただけなんだしね」
 そんなことより、とミルネスカはマガジンを取り出し、光の粒子に戻す。新たに生じた光の粒子が新しいマガジンに姿を変え、それをサブマシンガンに装填して肩に担ぐ。歩きながら素早く作業を終えて訊ねる。
「データの割り出し、ちゃんと出来てんでしょうね?」
 勿論です、とアルフレッドは自信ありげに答える。
『今の戦闘で消費した魔力から、あの色男さんの魔力の絶対量を割り出しておきました。暫定的に、ですが』
「良いのよ暫定的で。アタシが知りたいのは数字じゃなくて比較よ。アタシの魔力の絶対量との、比較をね」
 兵装召還師(アームズストレージ)には魔力の回復という概念が存在しない。あらかじめ生成した魔素を取り込んでストックするという特殊な経絡を持つ彼女は、基本的に消耗戦にもつれ込む事を嫌っている。魔素の変換時に洩れ出た魔力だけを体内に維持して『強化』を行使する事は出来るが、その持続時間は高が知れている。自分の方が有利に立っているからといって闇雲に兵装を召還しては浪費して、という戦いはあまり好ましくないのだ。
 保有魔力が切れた際のために外界魔力を吸収して効果を継続させる上位アーティファクトや、その使い手もよく知っているミルネスカだが、ある理由からそういったものを使わない拘りを持っている。
 そうなれば、消耗戦において気を配らねばならないのは、自分と敵の魔力の絶対量の比較だ。互いに上手く節約した戦いを行うとなれば、魔力の絶対量が圧倒的に多い方が勝つのは当然の定石(セオリー)だ。
 勿論、その比較において勝てる自信はミルネスカにはある。元々、回復が利かない為に空き容量が広くして生まれる兵装召還師(アームズストレージ)の絶対量に勝る者など、余程の天才か化け物の二択しかない。
『魔力乱流のせいで上手く測定は出来ませんでしたが、予測数値は間違いなくミルネスカさんより少ないようです』
「今度こそ本当なんでしょうね? ついうっかりとか言ってたらぶん殴るわよ?」
『だ、大丈夫! ……だと、思います』
「最後付けなきゃ安心出来るんだけどねぇ……」
 落胆の言葉を噛み締めて、ミルネスカは廊下を左に曲がる。


 ◆


 扉を閉めたナユタは起き上がり、その向こうをじっと見つめる。
(……なんだ?)
 奇妙に感じた空白。
 ミルネスカが何故撃ってこなかったのかを、ナユタは不思議に思った。あれほどの隙、突かない道理はない。
(撃たなかったんじゃねぇ……撃てなかったんだとしたら?)
 なんだか押し倒されてばかりだなぁ、といった赤面した顔で起き上がる結依を無視してナユタはその部屋を見回す。
 ここはどうやら美術室だったようで、いくつもの画材やキャンバス、彫刻といった様々な物が部屋を取り囲むように並べられている。
「ナユタさん? ど、どうかしたんですか……?」
 それらの品々を手に取って吟味しながら、ナユタは薄々気付き始めていた。
(そうだよ。そもそも結界に必要なものが術符である理由はねぇ。基盤と刻印、その双方に流れる魔力を加速して展開するのなら、初めから魔力の篭っている物品でも出来る≠チて事じゃねぇか)
 そう。
 例えばそれが、学園内に在っても決して不思議ではない、極普通の物品だとしたら。
 ――『さあ? どうやったのかしらね? アンタの側からじゃ、絵柄が全部同じで分からないでしょうね』
 意味のよく分からなかったあの言葉も、今なら分かる。
 彼女が、【ミッドガルド】の魔術師である≠ニいう、その意味を。
「――、やっぱりだ」
 そうして拾い上げたのは、何の変哲も無いブローチだった。蒼を基調に赤いビーズで蝶の絵が描かれている、精巧とも不細工ともつかない素人の手で作ったのが見て取れるような普通のブローチ。
 ナユタは結依が胸に抱えたままのノートとボールペンを引っ手繰る。
 当惑の表情を浮かべたままの結依を見て、ナユタは伝わらないと分かっていても、口に出して嘲笑を噛み締めた。
「勝てるかも知んねぇぞ。お前の手を借りるぜ」





 渡り廊下を渡り終え、文化棟三階廊下に辿り着いたミルネスカは視界の端に黒い影を捉える。
 教室から出たと思しきナユタは、ミルネスカに気付くとすぐさま向こうへと逃げてゆく。
 その背を見たミルネスカが吹き出すように笑い出した。
「あはっ! そんな逃げ方罷り通ると思ってんのかしら!? 揃いも揃って腰抜けばかりね!!」
 待ちな! と叫びながらミルネスカはサブマシンガンの銃口を扉に向ける。
 ナユタはそれを見て足を止め、振り返った。右手側に階段があるが、彼は降りなかった。否、無視して降りれなかった。
 銃口が突きつけられているのは他でもない、美術室だからだ。
「……」
 血の跳ね返った頬を拭いながら、ナユタは鋭い睨みを利かせてくる。
 ミルネスカは口元を歪める。
「このまま撒こうとするのなら、標的をあの女の子に変えるだけさ。見た所あの子は戦闘にゃ向いてないようね。アンタがお守りしてる様を見ちゃった以上それは分かりきってる事よ。どうする? あの子を差し出して逃げても良いのかしら?」
 銃口をゆらゆらと扉に向けたままのミルネスカに、ナユタは口を開いた。
「一つ訊かせろ」
「却下。あの子を逃がす時間稼ぎの可能性高し。あと五秒あげる」
「テメェには話を聞く義務が在る!」
「却下! 敵前で嘘に動揺して撃ち時を見失うと思ってるわけ!?」
「そいつが【ハイエンド】の、ただの人間だとしてもか!!」
 一喝を飛ばし、ナユタは黙り込む。
 そのままの体勢でしばし考えたミルネスカは吐き捨てるような失笑を向けた。
「……嘘じゃなくて戯言の方だったのね。そんな言葉で茶を濁すなんてどこまでクズなの? 戦場をバカにしてるわ」
「クソアマが……っ!」
 舌打ちしながら渋面を作るナユタ。
 だが、ミルネスカもまた怒りを露わに左手で白銀の拳銃を引き抜いてナユタへ突きつけ、叫ぶ。
「クソはどっちだ犬っころ!! ならどうして【アスガルド】の魔術師であるアンタと行動を共にしてる!? 単身で乗り込んでくるぐらいなら、記憶ないし意識操作で忘れさせる事だって出来るはずよ! 【ハイエンド】の人間を巻き込んでる事が本当だったとして、結果的に干渉を強く持っているのはアンタの方じゃない! もう一度言うわ。アタシは嘘に引っかかるつもりはない!!」
「お堅い性格な事だ。さては聖騎士団の連中じゃねぇだろうな!?」
「冗談でしょ? あんなカタブツと一緒にされちゃ堪んないわ」
「!」
 思わず呟いてからハッと口を噤むミルネスカだが、その言葉にナユタは確信を得た。
「テメェまさか、《反抗勢力(レジスタンス)》の……! つぅことはテメェを差し向けたのはあのアルベル=ヴァンか!」
「ちぃ……っ。いちいち勘の鋭い奴ね……!」
 自分の失言から下らないヒントを与えてしまったミルネスカを、厄介者そうに目を眇めたナユタが小さく漏らす。
「成程な、『【ニヴルヘイム】事件』の英雄が絡んでやがるとは……」
「――、」
 瞬間、ミルネスカの視線が弾けるようにナユタを捉えた。
 何だ、と思う間もなく、ギリ、と歯を食いしばったミルネスカが突然、これまでにない程の激怒を見せた。
「その事件の事を口にするんじゃねぇわよクソッタレ!! 何も知らないド素人が、そんなに死にてぇのかしら!?」
 いきなりの豹変に面食らったナユタが、引き攣った笑みを浮かべる。
「ハッ! 本性表しやがったな……!」
 一歩後ずさるナユタへ突きつけていた拳銃をしまい、睨みつけたミルネスカは扉に手を掛ける。
「刻限はとうに過ぎてる! 望み通りあの子から料理する事にするわ!!」
 ナユタに視線を向けたまま扉を開ける。
 カチン、
 刹那、ピンの外れる音が耳に入ったミルネスカはそちらを向く。
 ピアノ線ほどに細い針金が扉を開けた拍子に引っ張られ、部屋の奥まで伸びる針金が切れた。針金によって支えられていた彫刻が落下し、その下にあった画板に直撃。下に筒を仕込んでいたためにシーソーの要領で反対側に置かれていた何かがこちらに向かって放物線を描いて飛んで来た。
 咄嗟にミルネスカはサブマシンガンを構えて引き金を絞る。
 引き絞ってから、ギクリとした。
 飛んできたのは、青色の表記がなされたラッカースプレー。
「しまっ――!」
 指を離すが一歩遅く、発射された数発の弾丸の内一つがスプレー缶を撃ち抜いてしまう。
 バッと腕で顔を覆ったと同時、抑圧から解放されたスプレー缶は甲高い破裂音と一緒に青い塗料をあちこちへとぶちまける。防いだとはいえ至近距離で爆発を喰らったミルネスカの腕や体が霧状に青く染まり、不意打ちでミルネスカは廊下の壁に背を打ち付けて倒れ込む。
 あまりにも安直なブービートラップ。心理の隙を狙った意表を衝く一撃に尻餅を突いたミルネスカはナユタを見る。
「バーカ。戦えないと分かってていつまでもそこに居させる訳ねーだろ。バカ正直に扉開けてんじゃねぇよ」
 中指を突き立てて、舌まで出して挑発するナユタ。
 ミルネスカはゆっくりと立ち上がる。
 その場にサブマシンガンを落とし、両手を合わせる。
「……、オーライ」
 両腕から生じた光の粒子が輪郭を形成。
 ナユタは、その粒子の規模がやけに大きい事に嫌な予感がする。
 完全な輪郭へ、爆発的に色が芽吹く。
 深い緑の全身を持つ、全長一メートル程の筒状兵器。砲身の途中に覗き窓の在る盾が備えられてあり、まるでストーブの煙突みたいに見えるその兵器は、明らかに肩に担いで撃つ構造を持っている=B
 パンツァーファウスト。
「――冥土に逝くまでブチ殺してやる!!」
 完膚なきまでにキレた眼光が覗き窓越しにナユタを射抜く。
「ちょっ……! 擬似空間だからってテメェそれは無ぇだろうが……っ!」
「うるせぇクソ野郎そんなもん知らねぇわっつーの!!」
 つい先程とは別人と錯覚するまでに鬼気迫る気配を纏うミルネスカが引き金を引いた。
 先端に付いている菱形の弾頭が、ボシュゥン!! という噴射音を発して狭い廊下の中心を綺麗に飛んでくる。
「嘘だろおいっ!?」
 ナユタは魔力を込め、階段の踊り場めがけて頭から飛び込んだ。
 発射口から数メートルの距離に朱色の熱風を撒き散らして飛来するロケットはそのまま視聴覚室のドアに当たって、大爆発を起こした。さっきのライフルのような衝撃が比ではない明確な爆炎が吹き荒れ、廊下の一部が崩壊を起こす。
 粉々になったコンクリートの瓦礫を浴びながら踊り場に倒れたナユタは辺り一面に漂う粉塵に咳き込む。
「げほっげほっ……! あの女マジでバズーカぶっ放しやがった! 頭おかしいんじゃねぇの……!?」
 粉塵のせいでほとんど何も見えない中で、ナユタは全身を叩く鈍い痛みを引きずるように体を起こす。
「急にイカれだしやがって……『【ニヴルヘイム】事件』の英雄っつっただけだろ、なんなんだ」
「だからその話をするなって言ってんでしょうがよ」
 頭上から声がした。ナユタは粉塵に紛れた硝煙の臭いに感づき、顔を上げるより先に体を横へ倒す。
 途端、視界の悪い中で火花が散り、サブマシンガンが火を噴く。ナユタは階段を転がり落ちるように降りてゆく。
 蹴破られた渡り廊下の出入り口から吹く風がゆるやかに粉塵を薙いでゆく。
 その中に立つミルネスカは耳元の術符に手を添えて、呪詛にも似た低い声を出す。
「アルフレッド。予定変更よ……あのクソ犬っころは殺す。必ず殺す。絶対に殺す。アタシ的超最優先事項でぶっ殺す!」
 唐突に飛び込んできた情報に驚きの声を上げるアルフレッド。
『え……で、でもアルベルさんは「可能な限り拘束して連れて来て、身元と目的の確認を優先しろ」って――』
「アルフレッドぉぉぉ……」
 その場に居ないためか彼女よりずっと冷静な提案をするアルフレッドを睨むように、射殺さんとするばかりの視線を虚空に向けた。
「何を正義ぶってんのよアンタ。何? アタシに意見しようっての? 戦えない奴は気楽に言えるんだから良いわよね」
『その……ミルネスカさん。もしかして怒って、ます……?』
 恐々と訊ねてくる声に苛立ち、ミルネスカの目が眇められる。
「良いこと? アルフレッド……アタシは今、吐き出された空薬莢の熱ですら火が付くって話をしてんのよ。それも安酒を頭からぶっかける真似をしたクソッタレは要らない冗談までセットでプレゼントしてくれたわけ。素敵な染色した野郎にイカれてるとまで言われて、一丁前に理性働かせる余裕は無いの。つぅか流れ弾ブチ込まれたくなけりゃゴチャゴチャ言ってんじゃねぇわよ!!」
 はいっ! と答えて通話を断つアルフレッド。
 ミルネスカはギリギリと歯を食い縛って、階段を降り始める。


 廊下を突っ切って、ナユタは曲がり際にちらりとミルネスカの姿を確認してから渡り廊下を走る。
(どうも琴線に触れちまったみてぇだな。何にキレてんのかさっぱり分かんねぇけど)
 授業棟に辿り着いた途端、後ろから銃弾が飛んでくる。慌てて突き当たりを右に曲がって射線から逃れたナユタは一階に降りる。
 それから数秒待ち、廊下に出ている各教室ごとの生徒用ロッカーの一つを思い切り蹴って音を響かせ、一目散に駆け出す。
(ま、あんだけガンガンに我忘れてくれてりゃ上手くいった方なんだろうよ。むしろあんなブラフよく引っ掛かってくれたもんだ。おかげで俺が粉微塵確定の方向に進んでる訳だが、溜飲ぐらいは下げてやるかよ。とにかく時間を稼がなきゃ始まらねぇ)
 ナユタは教室のドアから見えた壁掛け時計を確認する。
 現在は、午前十一時十七分。
 打ち合わせの所定時刻まで、残り十三分。
「げぇ〜……あと十三分間もあんな乱射魔(アッパーシューター)と鬼ごっこかよ。気ぃ続かねぇっての……」
 愚痴を零した矢先、後ろから銃声が響く。
 背後から飛んでくる銃弾が四肢を掠める。あそこまで怒り狂っていたにも関わらず、精度が落ちている気配はしない。それどころか殺すことに迷いが無くなったとでも言うように、こちらに集中している様子が窺える。
 ナユタは突き当たりまで疾走しながら、ちらと文化棟の方を一瞥してから呟く。
「頼むぜ、異常な一般人さんよ」
 やがて、掃射される弾丸に業を煮やしたナユタは野球のランナーの如き鋭角な動きで廊下を曲がってゆく。


 ◆


 廊下から、腹にまで響く程の爆音が轟く。
 まるで建物ごと揺れるような感覚に怯えながら両耳に手を当てて屈み込んでいた。
 徐々に銃声が遠ざかってゆくのを、念の為にさらに待ってから、結依は教卓の影から姿を現した。
 美術室の全容を眺める′笈ヒは、開いているドアの辺りにラッカースプレーが破裂して付着した青い塗料の場所を見て、ナユタさんは凄い、と何となく思ってしまった。あの仕掛けを作る所要時間は僅か十五秒足らずだった。その上、まだ部屋に居る結依に気付かれる前に標的を自分にするため挑発する技術と度胸は結依ではまず真似出来ないだろう。プロというのはあんなにも流れるような速さで作業をこなすのかと、かなりどうでもいい部分を学習してしまう。
「……っ、み、見とれてる場合じゃなかったです! えっと、さっきのページは……」
 閉じてしまったノートをぱらぱらと捲って、ナユタの書き記した言葉を探す。
 探し当てた文面を、結依の隻眼が追ってゆく。
 それを読み終え、ペンダントを強く握り締める。
「大丈夫です……私はまだ、大丈夫……」
 いつもの言葉を唱えて、結依は物音を立てないようにゆっくりと教室を出た。
 埃の舞った廊下を、窓の外から見えないよう中腰で進みながら、結依はもう一度ノートを開いた。


 ――『いいか、これから俺達は別行動を取る。』
 ノートに綴られたそれは、一つの作戦。
 ――『俺があの女を惹きつける。その間にお前がこの結界を破壊するんだ。』
 結界の破壊。初めこそそんな事無理だと申し出た結依だが、ナユタは結依を不機嫌そうな顔で指差してきた。
 ――『お前だからこそ出来んだよ。何故ならこの結界はそもそも術符を用いたものじゃねぇからだ。』
 紅蓮の少女が作り出したこの結界は、術符のように目に見えてそれと分かるモノとは別の代物で形成されている。
 そう。それは他でもない、アーティファクトだ。
 結依は思い出す。アーティファクトとはあらかじめ存在する何の変哲も無い物品に魔力を注入・圧縮する事で変化した性質を保有する特殊な道具に変えた代物を指す。従って、そこら辺に自然にある物品をアーティファクトにすることでカモフラージュが可能である≠ニいう事に繋がる。椅子や机、勉強道具や備え付けの道具など、それこそ学園内にあっても誰も不思議に思わないような物に魔力を込めて簡易的なアーティファクトとして術式に組み込んでいるのだ。
 ましてや彼女はアーティファクトが主流の【ミッドガルド】の魔術師。アーティファクトによる代用術式は不可能ではない。
 しかも、実質の魔力付与の要因となる『構築』で結界と魔力乱流の二種類で別々の性質を持つ刻印でアレンジし、自分に有利な状況を作り出せるよう複雑な図式を描いているようで、ナユタですらどれがアーティファクトなのか特定するには直接手に触れてみるまで分からないほど微少の魔力のみを流し込んでいる。仕掛けを施したのは昨日今日の話ではないというのがナユタの見解だそうだ。恐らく、二種類の術符は初めから両方とも見破られるのを前提の上で貼り付けておいただけの囮だったに違いない。
 ――『術符による結界であったなら勝ち目が無かっただろうよ。展開と同時に消滅して刻印に姿を変えちまう術符はどうしようもねぇが、アーティファクトの場合は別だ。今もリアルタイムで魔力の流れを創りだして陣形を形成しているアーティファクトは、どうしても「こちら側」に持ってこなくちゃならねぇからな。』
 そこで、結依の出番なのだ。
 何しろ彼女が保有する魔力は運用どころか制御すら出来ていないにも関わらず、ただ単に無意識に洩れ出ただけの魔力で術符を破壊し、果ては土地にさえ影響を与えるほどの膨大さを誇る。
 リアルタイムで魔力を加速化しているというのなら、その加速している魔力に異物となる魔力を大量に混入させるとどうなるか。簡易的に創っただけの即席アーティファクトなど水増しされた魔力に耐えられる訳が無く、アーティファクト全体の許容量を超えて結界が崩壊する。
 ただ、それが可能なら今持っているそのブローチに触れれば結界が壊れるんじゃないかと訊ねた結依だが、ナユタは首を横に振る。
 同じアーティファクトでも、役割が違うからだ。
 ナユタはノートに図を描いて手早く説明する。
 結界というのはそもそも、基盤と呼ぶ図形――六芒星等や、神や天使等の象徴的絵画――と、補助として存在する刻印と呼ぶ二種に分類される。
 基盤に流れる魔力を、刻印の補助を受けて加速。その加速された力に性質変化を起こして術式は完成する。
 これが大規模な結界術式だとした場合、とりわけ刻印の方はただのバックアップに過ぎないという事に留意しなければならない。刻印はあくまで補助。基盤を通る魔力の流れや強さを調節しているだけだ。一つ二つ破壊した程度では残りの刻印だけで調節出来るよう仕組みが変動するだけに終わってしまう。
 勿論、複雑な術式を組み込んであれば刻印を破壊して回っても効果自体はあるのだが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。
 ならば手っ取り早く結界を崩壊させるには、基盤を狙う他に無い。基盤に流れる魔力は結界にとっての血も同然。基盤に結依の魔力を混入させさえすればいい。二種類の効果を持つまでの複雑な術式だ、容易に崩れるはず。
 ――『術式の基盤になってるアーティファクトを探せ。そいつを見つけ出せたなら、十一時三十分ジャストに触ればいい。結界が崩壊して「構築」が復活すれば、すぐさま新しい結界に創り変えられる。その準備も既に出来てる。』
 結依は正確な時刻が分からないと困ると、どうしようか悩んだ。彼女は携帯電話を持っていない。
 溜息混じりにナユタは自分の携帯を結依に放る。それからノートに一文を記した。
 ――『良いか、どうしても見分けが付かないと思った時は、感覚に頼れ。これだけの結界に用いられてる基盤だ。お前のその馬鹿げた魔力ならあるいは、術式から洩れ出てる外界魔力と何らかの感覚共鳴を起こすかも知れねぇ。』


 ノートを閉じ、それを胸に抱きしめながら、結依は西側階段を上る。
 どうやらナユタはミルネスカを誘いながら一階へ、それも極力は授業棟で走り回るつもりのようで、文化棟四階へ向かう。反対側の階段は黒焦げになって大破した扉と瓦礫が酷い。西側の階段を使う事にする。
 窓から姿が見えないよう中腰で四階へ辿り着いた結依は、手始めに一番近くにあった書道室へ入る。薄く鼻腔を掠める墨汁の据えた臭いの中で、扉を静かに閉めて周囲を見回す。
「術式の基盤になっているアーティファクト……一体、どこに……」
 キョロキョロと視線を巡らせるが、視界に入る物はどれも極普通に見えるものしかない。壁一列に張られた『初春』と書かれた半紙、古臭い木製の机と背もたれの無い椅子、予備として置かれている真新しい習字用具入れの鞄、どれもこれも、この部屋にとっては何ら不思議に思わない物ばかりで、とても違和感が在る気配はしない。
 しかもナユタは難しい注文も追加していた。それは、基盤を見つけても所定の時刻まで触るな、というものだった。
 結依の魔力を混入させるのは、アーティファクトであれば触れるだけで良いというのがナユタの算段だが、そうなるとその場で触って確かめるという訳にはいかない。その理由は二つある。
 一つ目は、結界が崩壊して元に世界に戻った瞬間にナユタの手による結界をもう一度創り出し、魔力乱流の無い結界に塗り替えるという手順での、タイミングだ。元の世界の生徒達に気付かれない内にすぐさま結界を展開するとなると、やはりナユタと結依の息が合っていなければならない。そのために所定の時刻を予め決めて、その結果として今現在ナユタは囮として逃げ回っているのだ。万が一触った途端に結界が崩壊しては、元の世界に戻った瞬間にうっかりミルネスカの銃弾が生徒に当たるかも知れない。それでなくともこんな戦闘状態がばれてはいけないのもある。
 二つ目は、仮に結界の強度が予想より固かったとして、結依が下手に基盤や刻印に触れると崩壊の兆しを見せる可能性がある。そこで手を離して崩壊を免れたとしても、間違いなく結界に干渉したとしてミルネスカはナユタが囮だという事に気付いてしまう。『構築』が使えない魔力乱流の中でも結界に干渉できる術を結依が持つと知ったら、ナユタなど放って一直線に結依に狙いを定めてくるだろう。
 触らずに、しかし確実に基盤となるアーティファクトを見つけ出し、所定の時刻に触れて結界を崩壊させる。
 たとえ結依でなくとも、それは恐らく大概の人間が匙を投げてもいいぐらいの、不可能に近い無茶な注文だ。
 だが、やらなくてはならない。
 何故なら結依の魔力の絶対量は、他の魔術師より膨大という枠組みを超えている。
 そう、言うなればそれは、魔術師からしても異常である′笈ヒだからこそ、ナユタはこの賭けに出たのだ。
 それが信じてくれているからなのかは分からない。結依にその真偽を探る余裕はないし、資格も無い事は分かっていた。
 だから、結依なら出来るのだと言ってくれたナユタを、信じるだけだ。
 書道室を出て、次は隣りの部屋を目指す。
 美術室、リスニングルーム、理科室。
 四階を隈なく走り回り、違和感のある物品が無いか調べる。
 それでも、結依に識別の技術が在る訳も無く、理科室を出た所で階段を上るか下りるかという選択に迷い、立ち尽くす。
「どうすれば……どうすればっ……!」
 焦燥に駆られる結依。携帯を開く。画面の隅にはデジタル表示で午前十一時二十一分。約束の時間まで、残り十分もない。
 不意に校舎が揺れた。爆発音に、ビクリと体が硬直する。逸る気持ちも手伝ってか、足がもつれて倒れ込んでしまった。
「あ、うっ……!」
 タイル張りの廊下の上を、ノートが滑った。
 上体を起こし、前を見る。
 血に濡れて汚れた、一冊のノート。
 ナユタが残してくれた、結依のただ一つの希望。
 今の自分を繋ぎ止めてくれている、稚拙な希望。
 膝を突いてヨタヨタと歩き、ノートを手に取る。
「分からない……分からないです、ナユタさん……私はどうすればいいんですか……!?」
 答えは返ってこない。
 ノートを強く胸に抱きしめてうな垂れる。
 沈黙の遥か彼方で、銃声と時折くる爆発音。
 異常な世界で、それを上回る異常でしかない結依は俯いて、肩を震わせる。
 無理だ。
 その結論が、頭の中で何度も何度も、生み出されてゆく。
 知識も経験も無い結依に、常識にない不鮮明な『何か』を見つけ出すなど、砂漠の中から一粒の宝石を探すのと変わらない。
 自分が、いかに無力かを思い知らされた。
 正常でも、
 異常でも、
 相容れる事の許されない自分が、
 悔しかった。
 悲しかった。
 どうする事も出来ない。もしかしたら信じてくれているかも知れないナユタの期待にも、応える事が出来ない。
「……わかりません」
 呟いた言葉は、自己の心をへし折るには充分過ぎた。
「私には、出来ません……なにも、できない……!」
 ナユタのように傷つく事も、守る事も、信じる事も、信じさせる事も、
 結依には出来ない。
 無力だから。
 あんなにも最善の無茶を託して、今も鳴り止まない弾雨の中を逃げ回る彼に、結依は応える気力を失った。
 だらりと手が下がり、携帯とノートが床に落ちる。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……っ」
 頬を伝う涙。
 自分は泣いてるという事実に、罪悪感が増す。
 ぐちゃぐちゃになった思考は、その涙や罪悪感が何によるものなのかを定める事も出来ない。
 残り、七分。
 結依はたった一つの可能性も見出せず、赦しを希うように小さく呟きながら両手で顔を覆い、

 そこに、たった一つの可能性が在る事に、気付いた。

「――、」
 左手の指先に触れる、柔らかい生地の感触。
 結依の思考が、止まる。
 放棄でもなく、奪われたのでもない。
 空白。それは綺麗な停滞。ぐちゃぐちゃに汚れた思考を総てリセットし、唯一残った情報を元に、答えを探してゆく。
 その感触が意味するものを、結依は記憶の中にある一つ一つのピースを繋ぎ合わせて、次々と空白を埋めてゆく。

 ――ま、そりゃそうだな。それだけの魔力を保有してりゃ、自分の周りに異質な現象が起きても不思議じゃねぇ。
 ナユタのあの嘲りの冷笑。あの言葉に隠されたヒント。
 つまりそれは、自分の置かれた状況が既に異質な現象の中なら=A『その存在』が順応しないとは限らないということ。
 指先が眼帯をなぞる。その先にある『その存在』。
 ――稀な事だが、経絡を循環する魔力が滞って体の一部に溜まるケースはそこまで少なくねぇ。
 そうだ、思い出せ。
 記憶が確かであれば、そもそも結依自身の魔力は大した事は無い。
 ただし、ある一部分に魔力が滞って溜まると多少の変容は出る事もあるという。
 確かその変容とは、
 ――つっても大概は少し左右のバランスがおかしかったり、その部位が僅かながら人より高い能力を身に付けてる程度なんだが。
 思い出せ。
 思い出せ。
 その次に出た言葉を、思い出せ。
 あの後に付け加えたナユタの言葉。
 それは、
 ――お前の左眼の魔力はその人間的な変化を逸脱してる<激xルだ。

「……、あ」

 その言葉を思い出した結依の記憶が、一気に鮮明に溢れ返る。
 そうだ。
 思い出した。
 結依の魔力は、土地に影響を与えるという前代未聞の絶対量を持つ。
 考えればおかしな事だ。
 それだけの膨大な魔力を持っているなら、結依の左眼は目に見える以上の変化を及ぼしていて不思議ではない。
 確かに結依の左眼は、瞳が白銀色という変わった色をしているが、視力も色の識別も造形さえも問題ない。
 なら、
 もしそれが、後者なのだとしたら=H
 そもそも『視る』という能力自体に、性質的な変化が訪れているのだとすれば=H
 単なる動体視力などの問題ではなく、視えないモノが視える為の眼だとすれば=H
 魔力の絶対量。
 それは、
 ――魔力の絶対量ってのはな……言わばその魔術師の『資質』だ。

「……」
 無意識に、眼帯の隙間に指を差し込む。
「……っ!」
 自分の行為にはっと我に返った結依は指を抜いた。
 忘れてはならない。結依はその左眼を、その左眼こそが視えるモノを、これまでずっと忌避してきた。
 今ここでその左眼に希望を見出すという事はすなわち、自分が正常ではないと認める事になる。
 けれど――、
「……私は」
 ペンダントを握る。
 両手でしっかりと。
 合わせた両手を口元に近づけ、目を閉じて呟く。
 まるで祈るように。
「私は、大丈夫……大丈夫です……」
 逃げてしまっていいのか。
 今やらなくてどうするのか。
 覚悟は――、決まった。
 結依はペンダントから放した手を眼帯に伸ばす。
 恐る恐る外し、そしてゆっくりと、開いた。
「――!」
 左眼に映るその光景に、結依はまず驚いた。
 フィルターを掛けたように薄い赤色の廊下と、空気中を漂う無数の光の粒。
「これが……結界の、本当の姿……?」
 立ち上がった結依は周囲を見回す。右眼には変わらぬ無人の校内に映るが、左眼からは光の粒があちこちをフワフワと浮遊している。両手の中に納まる程の小さな白い光で、緩やかな風になびくように昇ったり沈んだりしていた。まるで季節の風に身を任せて飛ぶタンポポの綿毛のようだ。
 途端、視界の端に眩い光が見えた結依が振り返る。
 向こうから、白い波が壁のように廊下を埋め尽くして近づいてくる。それも、フルスピードで突っ込んでくる車以上の速度をもって。あまりに唐突で、あまりに速すぎる白い波は驚きに立ち尽くす結依へとぶつかる。
「きゃっ……!?」
 咄嗟に両手を交差させて身構えるが、白い波は結依を巻き込んで、しかしそのまま通過してゆく。
 顔を上げると、白い波によるものなのか、浮遊していた光の粒がグシャグシャに千切れて廊下を突き抜けてゆく。車に巻き上げられた枯れ葉のように光の粒は白い波の通過していった先へと流れてゆく。
 それを見つめ、結依は思った。
 この光の粒が魔力だとしたら、
(まるで……)
 まるで、砂嵐のようだ、と。
 我に返った結依は、ノートと携帯電話を拾い上げて、白い波が奔っていった方を見る。
「もしかして、今のが……?」
 結依は思い出す。結界の術式は、基盤を流れる魔力を刻印により補強・加速し全体に行き渡らせるという構造を基本とする。
 この小さな光の粒が魔力なら、あれだけの大きな白い波は、
「……っ!」
 携帯の画面を見る。
 残り、三分。
 結依は形振り構わず駆け出した。
 一瞬のことだったが、白い波は物凄い勢いで上へと奔っていった。
 階段を上ってゆけば五階。その上は屋上だ。
 どちらへ行けば良いのか迷っていると、不意に下から白い波が押し寄せてきた。
 思わず目を閉じそうになるが、すぐさまその波を目で追うと、それは一つの教室へと吸い込まれ、数秒後に向こうへと飛んでゆく。
 そこへ走った。そこは普段使われる事は滅多にない多目的室だ。
 扉を開け、中を見渡す。使われないため椅子を逆さに乗せた机を部屋の後ろへ纏めて置いてあり、黒板側は広々としていた。
 このどこかにアーティファクトがあるはず。結依はそう信じ、部屋中を隈なく探し始める。
 途端に、携帯が単調な電子音を奏でた。
 慌てて画面を覗くと、どうやらアラームが設定されていたらしい。時刻は十一時二十九分。残り、一分。
「どこに……!」
 結依は机の下や教卓の中を必死に探す。魔力の流れに周期性があるとしたら、次の白い波を待ってから探す余裕は無い。
 心臓の高鳴りがもどかしい。
 何か無いか。何でも良い。違和感の在るモノ。それを見極めればいい。
 その時、結依は床に落ちている物に目が留まった。
 後ろへ纏めて置いてある机の脚のすぐ下。丁度廊下からは死角になっている場所に転がっているのは、ボールペンだった。
 何の変哲も無いものだ。もしかしたら誰かが落としていっただけだと思うような、普通の文房具。
 だが、結依にはそれが不思議に感じられた。例えるならそれは、何も描かれていない真っ白なカンバスに、ぽつりと黒い色をした雫を垂らしたような、異物のように感じられる存在。そこに在る事が、どことなくそぐわないような感覚。
 思い出した。
 結依はその感覚を知っている。
 夕暮れ前の公園。
 寂れたブランコ。
 自分を殺す儀式。
 そして邂逅した、
 真実を知る異質。
「――、ナユタさん!」
 残り、五秒。
 結依は、駆けた。
 ノートと携帯電話を放り捨て、
 たった一握りの希望を信じて、
 迷うこともせずに飛び込んで、
 膝を突き、倒れながら、伸ばした腕だけは確かに、
 ボールペンを掴んだ。

 瞬間、廊下から飛来した白い波が、振り向いた結依の左眼へと奔った。


 ◆


 キン、と。
 親指が軽く通る程の太い空薬莢が床に落ちる音が静寂に染み渡った。
 ショットガンを肩に担いだミルネスカは、その先に居るナユタを侮蔑の視線で見遣る。
 昇降口前。
 向こうへと続く廊下の壁にぐったりと体を預けて、傷だらけになったナユタが荒い呼吸をしながら睨んでいる。
 全身の至る所に掠り傷を負ったナユタの足はガクガクと震えている。疲れではなく、血を流し過ぎているのだ。
「かなり痛そうね。むしろその傷でよく立ってられるわ……失血死より先にショック死してもおかしくなさそう」
 そう口にするミルネスカの声色は、罪悪感だの同情心だのは欠片も見受けられない。
 むしろ嫌悪感と苛虐心に満ちた眼だ。
 ゴーグル越しの冷たい視線を見つめ返し、ナユタの口元が歪む。
「ハッ……強化だけじゃ確かにどうしようもねぇな」
「勝てないと分かっていて、導火線に火を付けたのよ? アンタは」
「どデカい爆弾のつもりかよ……笑わせるぜ」
 ドン!!
 軽口を遮るように引き金が絞られた。狙いは大分逸れていたが、ばら撒かれた無数の弾丸の何発かは右腕を薄く抉る。
「がっ……!」
「口の利き方に気を付けなさいよ。状況分かってんの?」
 ジャケットごと皮膚を剥ぎ取るような一撃に、ナユタは左手で押さえる。
「『構築』はつまり魔術が使えず、アーティファクトも持たず、『強化』だけでは無理な相手……八方塞だな」
「分かってんじゃないのさ」
 ミルネスカは狙いを今度こそナユタの腹部に定める。どこへ逃げても追えるように、一瞬の隙も見せず。
(幕が下りるまでは、ってか……バカスカ撃ったおかげで随分と冷静になれてんじゃねぇか……)
 ナユタは刺激しないギリギリの緩やかな動きで壁から離れる。
 寸分違わず銃口はその姿を追う。廊下の中央で立ち止まったナユタは、静かに口を開いた。
「殺しちまっていいのかよ? あのアルベル=ヴァンが死人に口なしって言葉を知らないとは思わねぇけど?」
「安心なさい、大義名分は充分出来てるわ」
 結界。応戦。
 その二つが揃っている今、ナユタを殺す理由は出来ているから問題ない。ミルネスカは私情ごとナユタをすり潰すつもりなのだ。
 そして、ナユタを今ここで殺しても構わないと思えるもう一つの理由が、
「あいつを拘束して帰れば《反抗勢力(レジスタンス)》にすりゃ万々歳って訳な……善にも悪にもなれねぇか」
「誰が善いとか誰が悪いとか、そんなものはただの批評よ」
 銃口を片時も離さず、しかしミルネスカは遠い目をして答える。
「ただ自分がすべきだと思った事を貫き通すだけ。組織も種族も他世界も関係ない。アタシらは今を生きてるんだもの」
「良いね、その考え方は大いに賛同出来るぜ」
 ナユタはジャケットの懐に手を伸ばす。
 ミルネスカが一瞬ぴくりと反応するが、ナユタが取り出したのは煙草である事に気付く。
 断りを入れずに口に咥え、火をつける。
 一息吸い、天井に向けて白煙を吐く。その様を見ながらミルネスカはぽつりと言う。
「吸い収めって事かしら? 疲れた肺にはあまり美味しくないんじゃない?」
「煙草が不味いのは寝起きと湿気てる時って相場が決まってんのさ。運動直後なら尚更美味い」
「つくづく不健康な生き方してるわね。早死にするタイプよ、アンタ」
「いや……」
 ぐしゃりと握り潰した煙草の箱を床に放る。
 白煙を燻らせたナユタが楽しげにせせら笑った。
「今が俺の最期なら遅過ぎるぐらいだな」
「……」
 小さく言葉を探し損ねたミルネスカは、ゆっくりと口を開く。
「アンタほどオモシロい軽口吐ける奴が、どうして【ハイエンド】に来たの?」
「何だよ、あいつ捕まえて吐かせるつもりなら俺に糾弾する必要無ぇんじゃねぇの?」
 質問を質問で返されたミルネスカは、薄っすらと奇妙な感覚を覚えた。
(……なに?)
 この感覚を、以前にも感じた。それも極最近。
 不鮮明すぎる情報。
 ここ数日間の奇妙な行動。
 およそ連携の取れていない二人。
 戦わない少女と接触しようとした魔術師。
(まるで……)
 まるで、二人はそもそも仲間ではないようにも見える♀エ覚。
(そんなまさか……!)
 ミルネスカは手を額に当てて傾いだ心を張り詰めさせる。
 少女が【ハイエンド】の一般人であるという、この魔術師の言葉。
 揺らぐ。
 本当の話なのか。
 または嘘なのか。
 分からない。
 目の前の満身創痍の男が敵である以上、疑ってかかる要素の方が多い。
 だが、もし彼の言葉が持つたった一パーセントの可能性を、自ら捨てる事になったら。
 ミルネスカ=ランフォードが【ハイエンド】の一般人を手に掛けた≠ニあっては、個人による問題を大きく逸脱する事態に陥る。
 その時、ナユタが懐に手を忍ばせるのに気付いたミルネスカははっと我に返り、銃口を突きつけ直す。
「動くな!!」
 ピタリと硬直するナユタ。
 ミルネスカはその動きを見てから、傾いでいた心の天秤が振り切れる感触を確かめた。
 駄目だ。
 信用出来るわけが無い。
 一パーセントの無謀な賭けの為に残りの九九パーセントを捨てて、あっさりと命を落とすような馬鹿を、腐るほど見てきた。
(揺らぐな……)
 覚悟は出来ている。
(一パーセントに負けたら、笑ってこめかみを撃ち抜くつもりでやってきたんじゃないか。揺らぐぐらいなら、嘲笑え……)
 生きる為に死ぬ♀o悟は出来ている。
 ミルネスカは引き金に指を掛け、微動だにしないナユタを嗤った。
「宴も酣、御開きとしましょうか」
 じわじわと指の力を強めてゆくミルネスカ。
 ナユタはその言葉に、小さく笑った。
「なら、せめて最後に素敵な手品を披露してやるよ」
「?」
 不思議そうに目を眇めたミルネスカの前で、ナユタがジャケットの内ポケットから取り出したのは、一枚の術符だった。
 それを見たミルネスカは一瞬言葉を失った。が、すぐに吹き出すように笑い出した。
「ふ、ふふふ……! あはははははは!!」
 滑稽すぎて笑いが止まらない。
 よりにもよって、頼みの綱が術符である事の意味を知ったミルネスカが銃口を下ろした。
「血を失い過ぎて頭がバカになったみたいね! 魔力乱流の中じゃ『構築』も術符による外界干渉も適わないのはさっきから嫌というほど思い知ってるはずでしょ? 何? まさか結界の上塗りでも試そうってのかしら!?」
 完全に勝ち目を失ったナユタの自暴自棄を、盛大に嗤い続けるミルネスカ。
「そもそもそんな術符一枚で結界が創れたら苦労しないわ。アンタがアタシの用意した術符を剥がして回ったように、アタシもアンタが術符を貼って回ってはいないことを既に確認済みよ? どうやってこの状況下で引っくり返してくれるつもりなのかしら」
「すぐに分かるさ」
 簡潔な返答に、ぴたりとミルネスカの嘲笑が止まる。
 ナユタは昇降口の壁に掛かっている壁掛け時計をちらりと一瞥する。
「魔術の使えないこの場所で、無駄な足掻きはしないことね!」
 銃口を突きつけて、今度こそミルネスカは引き金を絞ろうとする。
「魔術? 違ぇな」
 咥え煙草のまま、ナユタが獰猛な笑みを浮かべた。
「――魔法だよ」
 バッと術符を持つ右手を掲げる。
 ミルネスカの指が絞られ、先手を取らせまいと狙った瞬間、

 バン!! と、
 校舎中を取り囲んでいた赤い膜が風船のように破裂した=B
「――、な」
 予想外の事態にミルネスカの指が外れる。
 大気を満たしていた不穏な気配が一気に取り払われ、人間の気配が充満する。
 だがそれも一瞬のこと。
 赤い膜が取り払われたのと全くの同時、ナユタの右手が床に叩きつけられる。
 直後、今度は校舎全体を薄い青の膜が包囲した。
 再び消失する気配。
 ざわつく不穏な感覚の無い、ただの反転結界。
 結界の崩壊から新しい結界の形成まで、その差わずか〇,五秒。
 世界が、一新した。

「そんな……嘘でしょ!?」
 ミルネスカは驚愕して窓の外に広がる膜を見上げる。
 信じられないことだ。結界と魔力乱流の組み合わせは、魔術や『構築』で打開する事は理論上不可能と言える。
 しかし、現にこうして結界は創り返られた。しかも強引な上塗りではなく、こちらの結界が壊れてからの形成だ。
 ミルネスカは耳に着けている通信用の術符に左手を添えて叫んだ。
「ちょっとアルフレッド! なんで結界が崩壊してんのよ!?」
 魔力乱流によるノイズが無くなり鮮明になった彼の第一声は、同じく動揺を隠せない荒げた声音。
『――魔力介入です!! 基盤を適切間隔で巡廻しているはずの魔力に、外から別の魔力を流し込まれました!!』
「なん、ですって……?」
『「隔離戦場(アサルトキューブ)」の限界を突破する程の魔力介入で、他所へ流す暇もなくキャパシティを超えたんでしょう!!』
「でしょうって、バカなこと言ってんじゃないわよ! 発生源ぐらい調べりゃ一発で分かるでしょ!?」
『結界を循環する魔力のみを感知・表示していただけの計器も一緒に大破しちゃってるんですよ!! しかもコードを引っこ抜いて無理矢理シャットダウンさせる暇もありません! 危うくバックアップ用の計器まで破壊されそうになったぐらいなんです!!』
 ミルネスカはそれを聞いて絶句した。
 それはつまり、アーティファクトを大量に導入してまで形成させた結界を、あっさりと破壊されたという事だ。
 しかも術的要因ではなく単なる魔力の混入で、だ。
 恐らくは基盤に接触されたのだろう。無論、この短時間で基盤になっているアーティファクトを特定された事も想定外だが、それ以上にミルネスカは戦慄せざるを得ない。
 魔力そのもので破壊を行うという、前代未聞の手段にだ。
 理論上は否定しない。術符ではなくアーティファクトで結界を形成している以上、基盤に魔力を流し込んで結界全体に影響を与えれば、結界の維持を阻害し、果ては崩壊させることが出来る。
 だが、実際にやれと言われて出来るかと問われれば、まず出来ないと断言するだろう。それはミルネスカに限らず、魔術師全体の総意といっても過言ではない。
 ところが、いざ目の前でそんな方法を成し遂げた人間が居る。それを容易に信じろというのか。大量のアーティファクトによってようやく形成に至っている結界の容量を、さらに上回る魔力の持ち主が、この結界の内側に居るということだ。
 ナユタ以外に結界内に引きずり込まれているのは、ただ一人。
 あの眼帯の少女だけ。
(ふざけないでよ。数十人単位の魔力でもこうはならない……なんて化け物じみた絶対量の持ち主なの!?)
 ただ、ミルネスカが驚愕に全身を震わせたのは、何も結界の破壊だけではない。
 今現在に形成されている、この結界にもだった。
「術符一枚で結界が出来るわけないでしょ!? 基本図式もへったくれもない! こんな結界簡単に創れたら苦労しないわ!!」
 結界はとどのつまり、魔方陣によるものだ。
 それぞれにおける日時や方位、土地の属性など様々な意味を図式に変換して因果律を狂わせる技術が結界と呼ばれる。
 その根本的な図式は決まっており、巨大になればなるほど意味合いが多くなる≠ニ解釈するのが定石(セオリー)となる。
 ミルネスカ達がアーティファクトの代用によって展開した結界、『隔離戦場(アサルトキューブ)』もそうだ。錬金術をベースとした魔術であり、五芒星は小宇宙、つまり『器』を意味する。陰陽が『境界』を意味し、生徒達の分刻みの統制された動きが『魔力循環の規則性』を意味する。他にも教師が生徒に授業を教えるという一方さが『他結界作成妨害の優先度』を意味し、理科室や家庭科室など物を作る場所が『錬金術』を意味することから重複の効果で結界の規模や強度を増幅する。
 このように、一つ一つの意味が重なって術的図式――つまり術式が完成し、結界が展開出来る。
 だというのに、
 ナユタはそれだけの意味合いを必要とする規模の結界を、『面』ではなく『点』で創ったことになるのだ。たった一枚の術符ではせいぜい土地の属性を表す事ぐらいしかできない。方位も日時もない、術式などとは到底言えないデタラメなやり方だ。
 まさに、知識を冒涜した魔術。
「人によっては十数メートル程度の規模を一枚で展開出来るらしいな。つっても術符一枚で意味を探れるほど俺は器用じゃねぇ」
「ならどうやって創ったっていうんだい!? この学園内にアンタの術符は見当たらなかった――」
 そこまで言って、言葉を切った。
 絶句した、というほうが正しい。
 気付いたからだ。
「――、あ」
「さすがに分かるか。ま、そりゃそうだよな」
 ミルネスカは見落としていた。
 学園内に、ナユタが事前に貼った術符は一枚も無い。
 そう、ナユタの術符は無い。
 だが、
 学園内に術符そのものが無い訳ではない≠アとを、忘れていた。
 それはまさしく、
「アタシが囮に貼っただけの術符を、利用したっていうの……!?」
 ナユタは床に叩き付けた右手を上げ、立ち上がってから口元を小さく微笑ませた。
 嘲りの、微笑。
 正解を意味する、返答。
 ミルネスカは愕然とした。
 簡単な話だ。
 例えば一つ目の囮が術符A、二つ目が術符Bと呼ぶとしよう。
 ミルネスカの画策は、術符Aをバレバレの囮とし、裏を掻いた術符Bを忍ばせる。もし術符Bにナユタが気付けなかったならそのまま展開し、気付かれて破棄されていてもアーティファクトによる三つ目の切り札を切るというものだ。魔力乱流の中で真価を発揮する兵装召還師(アームズストレージ)なら、魔力乱流の効果を付属した結界さえ展開してしまえればそれでよかった。
 事実、術符Aの大半を剥がして機能を奪い、さらに隠された術符Bも剥がしてナユタは勝利を確信し、結果としてそれで満足してしまった為にアーティファクトによる結界を見落とし、窮地に追いやられかけた。
 ミルネスカが愕然とした理由は、そこにある。
 恐ろしい男だと、認識を改めざるを得なかった。
 何故なら、術符Aと術符Bは囮であるという事を悟られないために、ミルネスカは二種類の術符を結界が展開出来るレベルで貼って回った=B
 機能しないと分かっている、術式がスカスカな術符などで怪しまれないために。
 それが、仇となったのだ。
 術符Aは大半を剥がされ機能しない。
 術符Bも大半を奪われて機能しない。
 では、
 互いに術式が足りない術符Aと術符Bを合わせて、一緒くたに起動出来るよう配置を調節したとしたら=H
(やられた……!! そんな手段が……っ!)
 不可能ではない。
 術符Aと術符Bは囮でありながら、ナユタが気付かなければそのまま結界を展開出来るようきちんと術式を描いてあった。
 術符同士に足りない術式の『意味』を互いの術符が補強し合い、充分に効果を発揮する事が出来る。
 しかし、やれと言われて出来るものなのだろうか。
 ミルネスカは【ミッドガルド】の魔術師だ。術式体系が異なる【アスガルド】の魔術師であるナユタはどこのどの術符がどういった『意味』を表すのかを理解して剥がさなくてはならない。『意味』が重なったり欠けていたりすれば当然機能しない。【ミッドガルド】の武装集団《反抗勢力(レジスタンス)》が独自に開発したオリジナル性の高い結界、『隔離戦場(アサルトキューブ)』の術式を、ナユタは知っているという事だ。いくつものパターンによる暗号化を見破った上で、知っていると。
(現時点でも『隔離戦場(アサルトキューブ)』の術式パターンは大小合わせて三十通り以上在るのに……!)
「別に難しい事じゃねぇよ」
 苦い顔をしているミルネスカの心情を察したのか、ナユタは煙草の煙を吸って、吐く。
「いくつものパターンが在るっつっても、根元の部分はほんの二、三通りに限られる。これだけ純度の高い魔力で満たされてる土地だ。錬金術をベースに、風水も取り入れてるな? しかも時刻による方角と曜日の混合属性か、なかなかやるじゃねぇか」
「……っ!」
 恐らく今、ナユタが口にしたのはほんの触り程度だろう。
 ミルネスカは完全に目の前の敵を過小評価していた。
 単純に物知りという次元ではなく、組織的な裏の裏まで読むような£m識を持っている。
(何者なのよ、こいつ……!?)
「でもまぁ、かなり賭けに出たのは本音だけどな。錬金術や風水なら齧っちゃいるが、亜流空間術や占星術といった派生する術までは詳しくねぇ。一身上の都合で【アスガルド】の結界術式は嫌っていてな。その分色んな術式体系に手ぇ出してんのさ」
 ナユタの足元には、黒い五芒星の魔方陣が焼き付けられてある。
 それを指差しながら、ナユタは楽しそうにせせら笑った。
「勝ちを意識する余り魔力乱流の効果を付属しようと、術式のルーツ選びが単調になったのが運の尽きだったな。やっつけで展開した不安定な結界だから長くは保たねぇが、『構築』さえ出来れば話は早い」
 言うが早いか、ジュゥウウウウ、という肉の焼けるような音がナユタから発せられた。
 見れば全身から白い煙を出しながら、今まで受けていた痛々しい傷が急速に塞がり、元通りになってゆく。
(自己再生!? 『強化』と『構築』とで両方から細胞を強引に造り替えて癒してる! でも、なんて回復速度……っ!)
 『構築』が使えない体であるミルネスカに限らず、その速度は彼女が今まで見た魔術師の中でも頭一つ抜きん出ている。そもそも傷跡一つ残さず完璧に修復する程の魔力運用自体そうそうお目に掛かれる代物でもないのだ。
「随分ビビッてんなぁ」
 つまらなそうに呟いて煙草を指で弾いて床へ放り、ミルネスカを見据える。
「別に魔力乱流が無くなっただけじゃねぇか。今がまさに、互いが本気でやれるわけだろ?」
 両手を少しだけ広げるナユタ。
「ただ、気ぃ付けろよ」
 ミルネスカが身構える前で、ナユタは暗く嗤った。

「俺の本気は……凶悪だぞ」

 途端、
 ナユタの全身から黒い霧のようなものが発せられる。
 ミルネスカが目を瞠る。
 黒い霧はナユタの右腕に纏わりつき、急速に肥大してゆく。
「構築深層解禁――」
 完全に右腕を覆い隠した黒い霧は、その言葉に呼応するように輪郭をくっきり表した。
 鋭い爪を持つ、獣の鉤爪。
「――『テュールの右腕』」
 その黒い霧の正体に素早く感づいたミルネスカが一歩後ずさる。
(あれは……魔力の具現化!? ただの魔力を視認させる程の濃度だっていうの!?)
 黒い獣の腕を象った己の右手をじっと見下ろしたナユタの視線が、ギロリとミルネスカに狙いを定める。
「!!」
 ミルネスカが反応するより早く、右手を乱雑に振り上げたナユタの口から、酷く落ち着いた声で殺意が放たれた。
「――Talon(鉤爪)」
 ナユタの言葉を理解していたわけではない。
 ただ、背筋に奔った悪寒に正直に従ったミルネスカは横に跳んだ。
 掲げた腕を振るう。
 瞬間、黒い獣の腕が弾け飛ぶように突っ込んできた。
 五つの軌跡を床に刻み、ミルネスカが立っていた先にある壁にぶち当たる。
(じ、冗談じゃないわっ! 魔力そのものでする攻撃≠ネんて聞いた事がない! なんなのよコイツは……!!)
「Charge(突進)」
 再びナユタの声が聞こえそちらを振り向く。
 黒い霧を全身に纏ったナユタが、魔力によって高められた跳躍力と共に突っ込んできた。
 ゴウ! という風を薙ぐ音が廊下に響く。
 ミルネスカは咄嗟にショットガンを盾にして受け止める。しかし、黒い霧にぶち当たったショットガンは中からへし折れ、ミルネスカの体が後ろへ吹っ飛ぶ。廊下を滑ったミルネスカは拳銃を引き抜いて仰向けに倒れたまま数発撃つ。
 ナユタが右腕を横へ振るった。巻き上げられた黒い霧が壁の役割を担い、弾丸を弾く。
「ちっ……!」
 くるりと捻転し、ナユタが二人の合間を遮る黒い霧の壁を蹴り付けた。
 蹴られた霧はブワリと飛び、ミルネスカの周囲に浮遊する。
 何だ、と一瞬分からなかったミルネスカを見定め、霧の腕を失ったナユタの右手が開かれる。
(まずい!)
 その開かれている右手の意味を知ったミルネスカは曲がり角の廊下へ横に転がる。
「――Bite(咀嚼)」
 呟きと同時に右手を一気に握り締めるナユタ。途端、ミルネスカが倒れていた場所に浮遊していた黒い霧がガギン! と鉄のぶつかるような音を放ち爆発した。
 浮遊していた霧が五本の牙となって虚空を噛み砕いたのだ。掠った床がごっそりと削り取られている。
 飛び上がるように起きるミルネスカの右腕の模様が白く輝く。フッと出てきたのは黒い円柱状の手榴弾。金属片と爆風の代わりに大量の煙幕が出る目眩ましの物だ。犬歯でピンを引き抜き、安全装置が外れる音が内部で木霊する。
(態勢を整えなくちゃ……!)
 曲がり角から出てきた姿を現したナユタと後退しながら距離を開く自分の丁度中間点に手榴弾を転がす。
 手榴弾を予想していたナユタが異形の右手を振るう。黒い霧が転がる手榴弾に纏わりつき、
「Seizure(掌握)」
 右手を握り締める。
 黒い霧は手榴弾を覆い尽くし、小さな球体となる。
 直後、ボフン!! という音を立てて球体がバスケットボール程の大きさに膨れ上がり、そのまま静止した。
「逃げようったって無駄だ」
 ナユタが嗤う。
「なっめんじゃねぇわよ!」
 ミルネスカは二挺拳銃を引き抜いて構える。
 すぐさまナユタは右手を開いた。
「Liberating(解放)」
 唱えたと同時に黒い球体が破裂する。
 当然、中にパンパンに圧縮されていた粉塵が廊下に噴出した。
 タイミングを外されたミルネスカが硬直してしまう。粉塵の向こうに居るであろうナユタ目がけて当てずっぽうに乱射する。
 だがナユタは壁に寄って弾丸をかわす。
「ちょこざいな真似しくさってからに!」
 ミルネスカは両手を重ねる。両腕の模様が煌き、現したバズーカを掴む。
「煙ごと焼き払ってやるわ!!」
 煙の向こう。
 ナユタは廊下の真ん中に立って両手を合わせて円を作る。
 その円に黒い霧が収束し、ナユタの前方に一メートルほどの黒い魔方陣が浮かび上がる。
「Howling(咆哮)」
 呟き、目の前に垂直に浮かぶ魔方陣の先に煙越しに居る標的へ狙いを定める。
 すぅぅぅ、と上体を仰け反らせて息を目一杯に吸い込む。
「燃え尽きろ!!」
 バズーカを肩に担ぎ、銃口を粉塵へ向けようとした瞬間、
『ガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――ッ!!』
 ナユタの雄叫びが魔方陣を通過した瞬間、凄まじい大音量となった。
 周囲のガラスを粉々に砕き、床のタイルが吹き飛ぶ。
 強烈な衝撃波が粉塵の真ん中に風穴を空け、銃口をこちらへ向けたミルネスカに直撃した。
「――がっ、ぁぎっ!?」
 頭の中を鉄の棒で殴られたような鈍い激痛が奔ったと思った時にはもう、叩きつけられる感触と共に後方へ吹き飛ばされた。
 床の上に倒れ込み、ごろごろと転がる。衝撃で脱げた赤い帽子が目の前に落ちる。
 帽子を鷲掴みにし、上体を無理矢理起こそうとして失敗に終わる。
 ゴーグル越しの視界がぐにゃりと歪んで、平衡感覚なんて殆ど機能してなかったからだ。
(音? 衝撃? どっちもか!? ま、ずい……鼓膜通り越して三半規管ごと揺さぶられた……!)
 イイィィィイイン、という耳鳴りで呼吸や心臓の音まで聴こえない。あまりに視界が歪むせいで吐き気すら覚える。
 それでもフラフラと立ち上がったミルネスカの眼前。粉塵の真ん中からナユタが悠長に歩きながら姿を現した。
「――っ!」
 踏み込み、ナユタの振るう五指から黒い軌跡が描かれる。頭を下げて避け、アッパー気味に襲う第二撃を背を仰け反らせて避けた。
 グラグラに揺れる頭に心中からの一喝を放ちながら至近距離から銃口を合わせるが、黒い霧を纏わせたナユタの左手が一発二発と防ぐ。捻転させて回し蹴りを放たれ、何とか右腕で防ぐミルネスカ。だが、黒い霧を纏った蹴りは腕をへし折りそうなまでの威力で、堪らず弾かれたミルネスカの体は砕けた窓ガラスを突き抜けて教室へ躍り出た。
(畜生! どうりで魔力乱流の中じゃ押されまくってた訳だ。『構築』一つ取り戻しただけで、ここまで……っ)
 一時的な衝撃だっただけにある程度視界や平衡感覚が治り始める。ガラスの破片の上を何とか足から着地できた。
 それでも、この状態を叩かれたら負ける。本能からそう確信したミルネスカが視界の端から飛んでくる黒い斬撃の軌跡にギョッとして横へ避ける。しかし五つの軌跡は広がるように奔り複数の机や椅子を見事に分断してゆく。上手くその合間に抜けられなかったミルネスカの左脚に薄く切り傷が創られた。
(やばい! やばい、やばい、やばいっ!! もう恥とか情けないとか言ってる場合じゃねぇわよ!!)
 すぐさま窓を開けて広間へと逃げる後姿を、ナユタは足早に追う。
 ミルネスカはあらかじめベルトに忍ばせておいた長く細いワイヤーを引き抜き、先端に付いているフックの重みを利用してカウボーイのように振り回し始める。その視線は、上へ。
 まさか、と思ったナユタの足取りが速くなるより先、フックを投げて三階の足場にある突き出た部分へ引っ掛ける。
 ベルトのポケットからローラーの付いた金具を出してワイヤーに通し、すぐさまベルトに固定する。
 跳躍して距離を縮め、異形化した右腕を振るうナユタ。だが寸でのところでミルネスカの体が勢いよく三階へ上る。ただ、その速度はかなりのものだった。足場に激突しそうになる瞬間に体を逆さにして先に足を掛け、ぐわん、と足を軸に体が起き上がる。不運か狙ってかは知らないが、当然その勢いのままフックだけ外れてミルネスカは静止も出来ずに窓を突き破って教室に転がり込んだ。
「おいおいマジかよっ? 気合入ってんなぁー」
 呆れながら天を仰ぐナユタは他人事のように言って、それでも不敵な嘲笑をやめない。
「小娘風情がナメんじゃねぇよ。現状把握? ブリーフィング? ざっけんな。速攻で喰い殺してやる」


 ◆


 災難続きだ。
 ミルネスカは心底そう思った。
 【ミッドガルド】での紛争や諜報活動を専門としている武装組織、《反抗勢力(レジスタンス)》でも中々の実力者である魔術師でありながら、久し振りに舞い込んだ大仕事は『【ハイエンド】に潜伏中の何者かを拘束しろ』などというお使いめいた内容。兵装召還師(アームズストレージ)である以上必要とされる結界が創れるサポート役は三ヶ月と所属していない新米、しかも戦闘は出来ないヘタレときた。おまけに苦労して創った結界内で圧勝を確信した矢先に結界を破壊されるという在り得ない状況に陥り、今はこちらが追われる身となる始末。《反抗勢力(レジスタンス)》でなくてもいい面倒な仕事で、腹の虫が悪くなる事を思い出し、青い塗料を浴びせられ、全身をズタズタに切り刻まれ、打ち身や擦り傷もこさえて、決死のクライミングまでして、やっていることは逃走劇。仲の良い相棒とダラダラ暇な休日を送っていた数日前がいっそ輝かしく思えてくる。
 教室を出て廊下を全力疾走しながら、耳元の術符に呼びかけるミルネスカ。
「アルフレッド! 今どういう状況か教えなさい!!」
 魔力乱流によるノイズが払拭されたことで、気配から押されていることに気付いたアルフレッドは心配そうな声で答える。
『こちらの結界は完全に再展開不可能です。物凄い魔力を叩き込まれて「基盤」に使われていた五つのアーティファクトは全て大破した模様』
 再展開不可能、という事は新しく基盤を敷き直しても無意味なのだろう。基盤に使っているアーティファクトですら耐え切れない量の魔力が巡ったのだ。補助の為の他のアーティファクトの大半も巻き添えを食らったと考えておかしくはない。
 しかも御丁寧に結界の創り直しに利用されたのは術符だ。『向こう側』に押印の印がある以上、校舎内に居るミルネスカとアルフレッドは隔離された側に居るということ。結界から抜け出すにはナユタをどうこうしなくてはならない。
 当然、戦闘が出来るミルネスカが押されているのでは、結界から出られないと結果を結びつける他ない。
「くそっ!!」
 壁に拳を叩きつけるミルネスカ。
 そして、唯一の打開策であるナユタについて、アルフレッドに問いかける。
「あの男は一体何者なのよ! 『構築』する前の漏れ出ただけの魔力が視認できるなんて、普通じゃないわ!」
『今、バックアップ用の計器で統計と現在の魔力の差異を解析中です』
「急いで! せめて傾向だけでも分かれば対策も立てられるかも知れないっ」
 ミルネスカは階段を上って五階に辿り着き、教室の一つに音を立てないよう入り込んで壁際にへばり付いて座り、息を整える。
 やがて通信が入る。
『ミルネスカさん……』
「分かったの? アレは一体なに?」
 ハンカチを取り出して血を拭おうとしたが、全身に行き渡った傷のどれを拭えばいいのかという状態だけに布の面積が足りなすぎると諦めたミルネスカは、周りの目がないのをいい事にハンカチを唾で湿らせて自分の顔をゴシゴシと擦る。
 それから、アルフレッドは一向に返事をしないのが気になって、追われる緊張と相まって苛立つ。
「ちょっと、聞いてんの? もしもーし? おーいテメェこら、冗談かましてるとアンタもチーズみたいに穴だらけに――」
『そんな……こんなことって……っ!?』
 ふとアルフレッドが言葉を漏らした。その声は遠巻きにも震えているのが分かる。ミルネスカは眉をひそめる。
「何よ……どうしたっていうのよ?」
『……ミルネスカさん。落ち着いて聞いて下さい』
「落ち着いてられたら苦労はないってのよ! 喧嘩売ってんのかしら!?」
『彼は本当に普通じゃないんです!』
 珍しく強い声調で遮られた。
『算出された魔力濃度とその排出量の比率が、結界再展開前のデータの限界値を超えてるんです!!』
「……、なんですって?」
 よく意味が分からなかったミルネスカは、次第にその意味を理解して愕然となった。
 魔力濃度と排出量というのは、すなわちナユタが『構築』や『強化』を用いた際に漏れ出てしまった魔力そのものの濃度と量の事だ。いわゆる魔術行使前後の魔力の残滓だが、これらの濃度や排出量というのは調節できるものではない。当然だ。術式やアーティファクトに込める濃度や量とは別のもの、つまりどうしても外界へ流れてしまった無意識による産物のため、漏れ出た魔力の感知によって『ある数値』の度合いを算出することが出来る。
「うそ、でしょ……?」
 だからこそミルネスカは信じられなかった。
 その『ある数値』は既に算出済みだ。何せ、その数値は一度算出してしまえばどうあっても変わらない数値だからだ。
 漏れ出た魔力の濃度と排出量の比率。行き着く答えは、保有する魔力の限界数値=B
 すなわち、
「魔力の絶対量が、上がってるとでもいうの……!?」
 はい、とアルフレッドは即座に肯定する。肯定、してしまう。
『「構築」を使い始めた地点周辺の魔力残滓の算出数値が限界点を既に超えてるんです! 比率、百パーセント突破。百五……百十……百十五……百二十! まだ上がります!! これ以上の索敵感知はバックアップが持ちません!!』
「そんなの、在り得ないでしょうが!!」
 魔力の絶対量は、言わばその魔術師の資質である。
 『魔術師』という事柄に関する教科書が存在したなら、一番最初に書かれているであろう常識だ。
 保有する以上の魔力を持つ事は不可能。そして、その限界を底上げする事も出来ない。手段でどうこう出来る問題ではないのだ。限界を超える魔力を強引に持つに至ったとして、既に限界まで保有して成り立っている経絡は耐えられる訳が無く、崩壊を招く。崩壊せずに自分が持つ以上の魔力を保有する手段として、魔術やアーティファクトが存在するのだ。
 故に、魔力の絶対量が変動する事は不可能のはず。
「絶対量が上がる魔術師なんて聞いた事ないわよ! そんな化け物が【アスガルド】に居るなんて――」
 そこまで言って、ミルネスカは言葉を切った。
 通信越しのアルフレッドも彼女の発言に気付く。
 居た。
 たった一人だけ。
 いや、たった一種≠セけがそれを可能とする。
 ――ドガン!!
 教室のドアが紙屑のように宙を舞う。中心に蹴り砕いたような亀裂を創り、床に着かずそのまま窓を粉砕して外へ飛んでいった。
 ミルネスカの首が、ゆっくりと回る。
 ゴーグル越しの教室にゆっくりと入ってくるのは、一人しかない。
 部屋へ入り冷めた視線を投げかけてくるナユタを、ミルネスカは立ち上がって警戒しながら、口元に引き攣った笑みを浮かべた。
「……翌々考えれば、肯定はしてないものね」
「あ?」
「人狼(ウェアウルフ)だと言った時よ。そうだとも言わなかったし、違うとも言わなかった」
「……、」
 ナユタは一瞬目を見開き、しかしすぐに不機嫌そうな顔をする。
「気付いちまったか。つっても遅いぐらいだけどな」
「パッと気付く方が無理でしょ? 【ミッドガルド】じゃ噂か与太話だと思ってたもの」
 そこに居る魔術師は、魔術師でもなんでもない=B
 文字通りの怪物だった。
 既存の魔術師達が常識とし、当然だと信じていた絶対的なルール。魔力の絶対量という根本的な力の度合い。
 その優劣(システム)を逸脱した唯一の存在。
「月の満ち欠けで魔力の絶対量が変動する、【アスガルド】伝説の凶獣……」
 言葉にすることさえ寒気がした。
 認める事で積み重なる事実への怯えと共に、この敵は人間でも魔術師でもない存在≠セと認識する事に他ならない。
 限りなく人間に近い獣。
 その名は、
「――魔狼(フェンリル)」
 忌まわしき大罪の原形がそこに居た。
「血族が、生きてたとはね……!」
 悔やむように呟くミルネスカ。
 対するナユタは少しつまらなそうな表情をした。
「チッ……出来れば身元がバレる前にカタぁ付けたかった、俺がそこに居るってだけで災害扱いされる≠ゥらな。【ハイエンド】なら尚更だ」
「フェンリルの血族がどうして此処に居んのさ!? 確か過去に引き起こした大事件で、《亜空間管理局》が拘束したはず――」
 ミルネスカは後に続く言葉を呑み込み、心からの嫌悪を表情に出して睨みつけた。
「……さすがは日和見組織ね、ただ単に庇護下に置いただけで許したっていうの……っ?」
「正確には飼育に近いな。一歩外を出ても俺の正体を知れば石を投げてくるぐらいだ。もっとも、内でも投げるモノが変わるだけだがな」
 特に感じるものなどないと言いたげな冷めた物言いをするナユタ。
 ミルネスカは内心でどうすればいいか考えながら、次々と出てくる策をことごとく潰されてゆくのに歯噛みした。
 彼がフェンリルの血族であるのなら、最初の接触時より強くなっているのは明白だ。日が進み、月が満ちれば満ちるほど彼の魔力の絶対量は増大されてゆく。今日が満月でないのが幸いしたと言いたいところだが、ちっとも嬉しくない。この時期は月が満ちる周期にある。今ここで逃げても、明日、明後日と日を追うごとに強くなってゆく。現時点で既に押されているミルネスカでは相手にならなくなってしまう=Bかといって、月が欠ける周期に入った上ミルネスカでも勝てる頃合いになるのはかなり先になってしまう。ただでさえ【ハイエンド】で長丁場の戦闘は危険なのだ。だからこそミルネスカは知恵を絞って結界の罠を張り巡らせて戦闘を急いだ。
 唯一の勝機であった『構築』封じは、謎の手段によって打破されてしまっている。
 はっきり言えば、勝ち目を失った。
 だが、それで『はいそうですか』と首を差し出すのかと問われれば、冗談じゃない。
 負け戦をしに来た訳ではないのだ。ここまで来て、引き下がれない。ミルネスカにはミルネスカなりの意地が在る。
「それで? まさか勝ったつもりだとでもいうの……?」
「……、」
「ふざけんじゃないわよ。アタシを誰だと思ってんの? “魔弾の射手”をナメてんじゃないわよ!?」
 両腕を合わせ、光の粒子を抱きしめる。
 輪郭を得て、爆発的に色を取り戻したのは、黒塗りのアサルトライフル。
「泣いて命乞いすると思ったら大間違いなのよ!! 満月の時でなければ、人より魔力が多いだけの――」

「もう喋るんじゃねぇよ、ミルネスカ=ランフォード」

 酷く疲れたような溜息が洩れた。
 たった一言で、ミルネスカは息すらつけなくなる。
 なんてことのない抑揚の、必殺の言葉だった。
 手練れの魔術師として、
 組織間の敵対者として、
 他次元の侵略者として、
 細い細い糸の上で互いに突き落とし合うようなギリギリの攻防を過去のものにする、冷たい断言。
 最早、決着などとうに着いている。
 結界を塗り替えられ、魔力乱流を破られ、『構築』を取り戻され、とどめに相手とは最悪の相性。
 結界が崩された時点で、ミルネスカは負けてしまったのだ。
 何より、目の前の男はこの勝機を逃すようには思えない。
 自分がそうであったように。
 イレギュラーを用意する猶予の無かったミルネスカには、玉砕覚悟でも勝てない事が丸分かりだった。
 だからナユタはもう何も言わないし、ミルネスカの言葉も聴こうとしない。
 ただ、
「……黙るのはアンタよ……っ」
 それでも、引き金に掛かる指が抜けないのは、たった一つの意地。自分の為の矜持。
 勝てる勝てないの話ではない。
 負けを認める事だけは許されないし、自分自身が許せない。
「幕引きを勝手に決めるんじゃねぇわよ!! アタシは魔術師、“魔弾の射手”なのよ!!」
「――、そうかよ」
 語調の通りに諦めることにした<iユタの右腕から黒い霧が溢れ出す。
 ミルネスカはライフルを眉間に向けて一発だけタップ撃ちする。
 反射的にナユタは頭をずらして回避した。その隙を突いてミルネスカは扉を開けて教室を出る。
 廊下を走り、突き当たりの階段へ方向転換。ギリギリの所で五本の爪痕が床を裂く。
 階段を上りながら手榴弾を取り出してピンを引き抜く。今度は金属片を撒き散らす殺傷力重視のものだ。
 頭の中で二拍待ってから手榴弾を階段下へ投げる。
 それを読んでいたナユタは床に一度だけ鈍くバウンドした手榴弾をサッカーボールのように蹴って返してきた。ライフルを構えていたミルネスカは焦るあまり引き金を引いてしまう。空中で着弾した手榴弾が破裂し、周囲に金属片を飛ばす。中間点で破裂したためナユタは左頬に、ミルネスカは右肩を掠める。それでも互いの傷口はざっくりと切られ鮮血が垂れる。
 しかし、ミルネスカは舌打ちしながら階段を上る。
 同じ程度の傷を負っても、ナユタの回復速度は尋常ではない。黒い霧が頬の傷に侵入し、すぐさま元通りにしてゆく。
 階段を上る途中でドアノブを撃ち抜く銃声が聴こえ、踊り場に着いた頃にはもぬけの殻。
 それでもナユタはゆっくりと階段を上がってゆく。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
 屋上に出たミルネスカは、中央の辺りで荒い息を繰り返す。
 激戦の痕はまったく無い。結界の再展開により情報が一度リセットされたからだ。空は青い膜が覆っている。黒い文字が歪に走り回っているが、見慣れない記号配置(コード)だ。恐らく、こちらのものをベースに違う術式を書き足したのだろう。
 背後からの暗い嘲笑が耳に届く。
 ミルネスカはゆっくりと振り向いた。
「皮肉なもんだなぁ、“魔弾の射手”さんよ……? 屋上から出る時と戻ってくる時とで、立場が逆になってるなんて笑えねぇ話だ」
 開け放たれた扉のところで背を預けてくつくつと笑い、ナユタは組んでいた腕を下ろして屋上へ出る。
「これでお終いにしようや」
「まだよっ……まだ、終わってなんかない!!」
 ミルネスカは叫び、ライフルを構える。
 ナユタは駆けた。
 横にではなく、正面を切って。
 火を吹く銃口。
 飛来する弾丸。
 ナユタは黒い霧を全身に纏わせる。
 一発、
 二発、
 三発、
 襲い掛かる弾丸を薄皮一枚の危うさで避けて疾駆する。
 頬を掠め、
 二の腕を抉り、
 太股を貫き、
 肩を穿ち、
 距離が縮まり、次第に直撃してゆく。
 だが、
 それでもナユタは止まらない。
 地面に鮮やかな紅を撒き散らし、
 それでも踏み込む力は衰えない。
 一瞬の躊躇が死に繋がる距離で、
 それでも彼は欠片も迷わない。
「――、ハッ!」
 口元に獰猛な笑みを浮かべ、
 黒い霧を右腕に集約させる。
 そして、最後の一歩を踏みしめて、異形の腕を振るう。
 ミルネスカもまた最後の一歩を踏みしめる。
 後ろへ。
 最後の最後で彼女が求めたモノは、退路。
 空振りした右腕から、黒い霧が爆発的に膨れ上がり、視界を塗り潰す。
 目眩まし。
 ここへきて、ただのブラフ。
 気付いた時には遅かった。
 視界を封じられたミルネスカの眼前。
 炎のように燃え上がる黒い霧の激流から飛び出たナユタの、固く固く握り締めた拳が、
「なかなか楽しめたぜ、ミルネスカ=ランフォード」
 深く深く、ミルネスカの顔に突き刺さった。
 ゴシャアッ!! という凄まじい音を立てて、ミルネスカの上体が吹っ飛び、取り残された帽子が宙を舞う。
 ごろごろと地を転がり、手から離れたアサルトライフルは地面に落ちた後、光の粒子となって虚空に消えた。
 地面に倒れ伏すミルネスカは――起きない。
 仰向けに昏倒する彼女を見下ろすナユタは新しい箱の封を切り、煙草を咥えて火を付けた。


 ◆


 ビクンっ、と身体を震わせたミルネスカは意識を取り戻す。
 仰ぐ天には、未だ青い膜が広がる。
 気絶した。その事実を理解したミルネスカはうつ伏せになって身を起こそうとする。
「かっ……ごふっ!」
 気管に入り込んだ血で噎せる。それだけの動作で全身が激痛に悲鳴を上げた。
(アタシ……?)
 気絶の時間すら分からない。一瞬なのか、はたまた長いこと昏睡していたのか。
 手と膝を突き、四つん這いで目の前に落ちている黒銀の拳銃へ腕を伸ばす。
 地面に影が差した。
 誰のものかなど、とうに分かり切っていた。
 ミルネスカは自嘲気味に溜息を吐き、顔を上げた。
 自分の返り血を浴びたナユタが、不機嫌そうに煙草の煙をくゆらせて見下ろしてくる。
 結果は出た。
 悪足掻きに最早意味は無い。いや、拳銃を掴み取る暇さえ与えないだろう。
「……殺しなさい」
 疲れきった声でそう口にする。
 ナユタは指で煙草を弾いて放り、じっとミルネスカを見つめること数秒、
「―――――――、言われなくてもするさ」
 まるでコンビニにでも行くかのような気軽さで、ナユタは殺意を表した。
 黒い霧を右腕に纏わせ、異形の腕を創り出す。
 ミルネスカは尻餅を突いて座り込み、俯いて暗く苦笑した。

「待って下さい!!」

 静寂を破ったのは、少女の声。
 割って入ったのは、二人の合間。
 両手を広げて遮ったのは――結依。
 黒い異形の腕を掲げたまま、ナユタは静止する。
 逆にミルネスカは驚愕の表情をして固まっていた。
 当然だ。彼女は今、敵であるはずのミルネスカを庇っているのだから。
「なん、で……」
 小さく言葉が洩れる。
 ナユタは内心で舌打ちしそうになるのを抑えた。
 結界の崩壊と再展開。かなりの荒技だったため、結依を向こう側に取り残す余裕が無かったことを思い出す。
 それでもナユタは感情の無い顔で眼帯を着けた結依の隻眼を見下ろす。
「退け。そいつは敵だ」
「待って下さい……! これ以上はやめて下さい、ナユタさん!」
 必死に訴えかけてくる結依に、ナユタは苛立ちを隠さずに語調を強めた。
「アタマ湧いてんのか? そいつはお前を拘束して【ミッドガルド】に連行するつもりだったんだぞ。つぅかそれ以前にお前も込みで攻撃されてたのに、今さら助けようとしてんじゃねぇよ。そこを退け」
 結依は退かない。目一杯に頭を振り、顔を上げて涙目の視線をナユタへ投げかける。
 皮肉にも、ナユタとまったく同じ理屈を思い浮かべていたミルネスカは、口を開く。
「なに……やってんのよっ」
 ミルネスカは予想外の闖入者の背を睨みつける。
「負けておいて、情けまでかけられるなんて堪ったもんじゃない! アタシの覚悟をバカにすんじゃねぇわよ!!」
「退けっつってんだろ。今ここで殺さねぇと、こいつは危険過ぎる」
 二人揃って結依を責める。
 しかし、結依は決してそこから動かない。
 罵声も叱責も、慣れている。
 ただ、
「……駄目です」
 譲れない想いは、結依にだって在るから。
「こんなふうに傷つけ合うのが、大事なことなんですか?」
「何だって?」
「命を奪ってしまっては、声は届きません。私はこの人に死んで欲しくはありません! 解決する方法は他にあるはずです!」
 ナユタを真摯に見つめ、訴え続ける結依。
「私の言っていることは綺麗事なのかも知れません……」
 そこでミルネスカは気付いた。
 目の前の少女が震えていることに=B
「でも……私の綺麗事が叶う、可能性は無いんですか!? 本当にこれしか無いんですかっ!?」
 ナユタは黙り込んだ。
 彼女の言い分は稚拙で、愚劣で、勝手で、
 ――そして、正論だ。
 それは決して、ナユタの行いやミルネスカの諦めが不正解という訳ではない。
 選択肢の、数の問題だ。
 ナユタもミルネスカも、殺すか殺されるかの二種類しかないと思っていた。
 戦場を渡り歩き、いくつもの死を見、あるいは自ら死を築いてきた者のみの、『割り切る』という思考。
 しかし、ナユタはようやく思い至る。
 そもそも彼女は魔術師ではない≠ニいうことを。
 彼等のシビアな思考に賛同する義務など、無い。
 何より、それを否定し切る道理がナユタに在るわけではなかった。他でもない結依こそが争いの原因と言っても過言ではない。
「どうなっても知らねぇぞ。それでもか?」
「……はい」
 確かに頷く結依。
 じっと見つめること数秒。ナユタは舌打ち混じりに右腕を下ろす。異形の輪郭はぼやけ、黒い霧は虚空へ霧散した。
 結依がほっと胸を撫で下ろす。
 直後、ミルネスカの怒りがついに爆発した。
「ふざけんじゃないわよっ!!」
 ビクン、と肩を竦ませ、結依が振り返る。
 射殺さんとする剣幕で彼女を睨んで、ミルネスカは怒号を発し続ける。
「なに素人みてぇなこと言ってんのよ!! ガキの喧嘩じゃないわ! 殺し合いなのよ!! それで救った気になってるわけ!?」
「あ、……その……」
「アンタこれがどういう事になるか分かってんの? アタシが一度負けて生き延びたぐらいで諦めるように見える? ナメんじゃないわよ……ナメてんじゃねぇわよ!! ここまでやられてポイ捨てされるなんて許さないわ!! アンタもプロなら感情を口に出すんじゃねぇわよ!!」
 突き刺すような怒りを吐露するミルネスカに結依は怯える。
 脅されるのは耐えれるのに怒られるのは耐えられない。
 まるで大人の内心の怒りには気付かない子供のようだ。それが殊更にミルネスカを苛立たせる。
「何とか言ったら――」
「言えるわけねぇだろ」
 ナユタが遮る。
 結依を睨む視線を、ゆっくりとナユタに向ける。ただの八つ当たりだな、と視線を合わせるナユタは不機嫌に言う。
「一体、何時になったら認めんだよ」
「何をよ……」
 訊いた途端、ナユタは瞬時に一歩を踏み込んで座り込んでいるミルネスカの胸倉を掴み、目と鼻の先まで引き寄せる。
「そいつが【ハイエンド】の、ただの人間だって事をだよ!」
「……!」
「『素人みてぇなこと言うな』だって? 本当の素人だからそういう事が言えるんだろうが! 『プロなら感情を口に出すな』だって? プロじゃねぇからそういう事しか言えねぇんだろうが! 何時になったらその違和感に気付くんだよテメェは!!」
 返された怒りに、ミルネスカの強張っていた顔が、徐々に溶かされてゆく。
 表情は、困惑。そして、後悔。
 可能性が無いわけではなかった。
 『もしかしたら』と思える材料はいくつも出てくる。
 何より、
 初めから意見の噛み合っていない会話をしている℃椏_で、この二人に深い接点などないと思えるのなら、
「……ややこしいったらありゃしない」
 小さく呟き、ミルネスカは胸倉を掴む手を払い除けて再び座り込む。
 うな垂れて、疲れた声で呻く。
「殺しなさい。アタシはやっちゃならない事をしようとしたわ」
「ふざけんな。今さら俺に指図する資格なんざテメェには無ぇ」
 ナユタは即座に拒否した。
「忘れてんのか? ここは【ハイエンド】だ。そもそも俺達の流儀や常識を通用させ過ぎていい場所じゃねぇ=Bそんなに死にたきゃ【ミッドガルド】にでも戻ってテメェで死んで話を終わらせろ。俺は負け犬のアフターケアなんざしねぇよ」
 ふ……、と苦笑して、ミルネスカはバッと後ろに飛び退いた。
 その際に落ちている黒銀の拳銃を拾い上げるのを見たナユタが身構えるが、ミルネスカはすぐさま拳銃をホルスターに仕舞う。
「アタシの負けね……こんな屈辱は久々よ」
 足元の帽子を爪先で蹴り上げて、空中でキャッチする。血で汚れて傷んだ帽子を頭に被り、ゴーグルを首元まで下げる。
 露わになった表情には、燻った熱を抱えながらも終わりを悟る微苦笑が見て取れる。
 ミルネスカは踵を返し、耳元の術符に指を添えて口を開く。
「……退却よ、アルフレッド。……負けたわ」
『ミルネスカさん……』
「感傷に浸ってんじゃないわよ。さっさと支度してとっとと失せるわ」
『は、はい……っ』
 術符から指を離し、ミルネスカは少しだけ振り返ってナユタと結依を見つめる。その表情からは何を思っているのか窺い知る事は出来ない。
 しばし見つめ、しかし何も言わず背を向けて小走りに駆けていき、屋上の出入り口を開けて姿を消した。
 結依は最後までその姿を目で追い、やがてナユタを見上げた。
「終わったん……ですか?」
「……」
 ナユタはつまらなそうに結依を一瞥し、煙草を咥えて火を付けて空を仰いだ。
「チッ……締まらねぇ戦いをしちまった」
 ぼやくナユタの言葉は天に沁み、覆う青い膜は罅割れて消えてゆく。






 ――後編へ。

 
2010/01/14(Thu)23:56:30 公開 / 祠堂 崇
■この作品の著作権は祠堂 崇さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久し振りです、祠堂です。
一応、お久し振りなんです。むしろ姿消してて申し訳ない。

PCの調子悪いと思ったら本人の調子まで悪くなり、静養なんぞしとりました。
挙句の果てにアインさんどっか行っちゃったし……。もう本当に面目ないです。

中途半端に行方を眩ました野郎が復帰なんて、と思ったんです。
けれどやっぱり小説を読み耽るたびに書きたい衝動は募って、また始めてみる事にしました。

『最後までやり抜く』という書き手にとって当然の義務を放棄してしまった者の作品ですが、
読んで頂けたら嬉しいです。
あと批評もして頂けたら嬉しいです。何言われるか思うと不安も在りますが、全部まとめて糧にしたいと思います。

ジャンルは性懲りもなく現代×ファンタジー×アクション(ダーク分含む)です。
女の子が主人公は初めてですが、新境地は創作性には大切なファクターだと信じたいです。
長々となってしまったので、ここいらで。



※長くなってきたため、分割の区切りを第三話終了部分に致します。
この作品に対する感想 - 昇順
拝読しました。初めまして水芭蕉猫です。にゃあ。
タイトルに惹かれて読んでみたのですが、なかなかどうして、興味深い出だしだと思います。
これから彼女がどうなってしまうのか、序章だけではなんとも解らないですが、これから彼女の紡ぐ物語を追いかけてみたいなと思いました。続きをお待ちしております。
2009/10/28(Wed)23:26:350点水芭蕉猫
はじめまして、祠堂様。逃げ送れた敗残兵、頼家と申します^^
作品を読ませていただきました!
おお、冒頭からなにやら激闘の匂いがする少女と、物語の核となりそうなペンダント……この先が楽しみで御座います^^これから彼女自身のことや、ここに至るまでが語られるようなので、ワクワクしながら続きをお待ちしております!!
……因みに、『アイン』は3ならば-completed_04 でお見かけしましたよ♪
2009/10/29(Thu)02:00:490点有馬 頼家
こんにちは! 羽堕です♪
 どこか暗い闇の雰囲気が漂っていて、とてもいい序幕だったと思います。これから少女を含め、どんな展開になっていくのか待ちたいと思います!
であ続きを楽しみにしています♪
2009/10/29(Thu)10:15:180点羽堕
【水芭蕉猫様】
お初に目にかかります、祠堂です。に、にゃあ……?
興味深いとのコメント、ありがとうございます。
どちらかといえば悪癖なんですが、こういう時間軸の分からない序幕って好きなんです。
藤原祐先生の『レジンキャストミルク』に似てる傾向だけに創作性が在るのかどうか……(汗)。
これからも出来る限りの短期アップと完成を心掛けたいと思うので、どうかお付き合い下さいませ。

【有馬 頼家様】
初めまして、祠堂です。
キーアイテムとか伏線回収って面白いですよね。読み返して『成程!』と思うのが好きで。
何が物語の核になるかを、楽しみにしていて下さい。
それと、アインさん発見しました。ありがとうございます。
まさか-completedの方に行ってたとは……そりゃ見つからない訳ですが、彼女にはゆっくりとお眠りなさって頂くしか……(射殺されそうだぁ……)。

【羽堕様】
以前の作品にもコメントを頂いていたので覚えてます。お久し振りです。
ちゃんと最後までやり切れない駄目作者で済みません。
今度こそ頑張りたいです。妄想の限りを尽くしてでも。
2009/10/30(Fri)19:30:190点祠堂 崇
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。このにゃあというのは、前置きなのでお気になさらず。
朝の風景ですね。朝食は和食なのに飲み物がホットミルクとかミスマッチなことこの上ないと思うのです。私は牛乳キライなので、白米に牛乳は合いませんとここに断言します(おい)あとアスパラ揚げるのかー……そうかー……バター炒めもおいしいよ?(おい)とまぁメシに関することは置いておきまして、オッドアイか。あんまり色が違いすぎると、確かに目立つかもしれませんね。私の知り合いのオッドアイの子は似たような色でしたけれど、銀色となるとやっぱり目立ちますよね。そりゃ、好きにもなれません。他にも自分以外のことで心を痛めないとか、色々意味深な描写がありましたね。続きも待ってます。
2009/10/30(Fri)21:38:140点水芭蕉猫
こんにちは! 羽堕です♪
 街としては新しい、何か別の目的もあって作られたのでは? と勝ってに想像しつつ、結依の独り言を呟きながらの登校前の風景は可愛いなと、ちょっと思いました。結依の、のほほんとしていそうな雰囲気と、今の自分になったのは周りのせいだというような悲観的な部分もあって、どんな学園生活をしているんだろうって思ってしまいました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/10/31(Sat)10:11:400点羽堕
【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。成程、前置きですか。可愛いですね、にゃあ。
自分なんかじゃ、それはもう腹の底からの『なぁごおぉ……』とかになりそうです。
一応、結依の料理センスに関しては色々と含みを持たせてますが、半分ぐらいは自分の嗜好です。
……和食とホットミルク、そんなに合いませんかね?(真剣に)

【羽堕様】
レスありがとうございます。
基本的に風景描写は苦手なため、人物と場面を絡めるのが以前からの鬼門でした。
何とか、そのシーンごとの雰囲気だけはきちんと伝わると良いのですが……。
歩くキャラクター作成機とは自負できる気がするんですけどね。難しい……。
2009/10/31(Sat)20:24:250点祠堂 崇
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
和食とホットミルクは合いません。保証します(おい)というわけで、読ませていただきました。最初からぶっとばしていじめっぽいシーンがあっておおうと思わず興奮してしまいました。やはり、最初のあのにおわせっぷりは間違いじゃなかったのですね。やっぱり他人と違う部分のある子はたたかれてしまうのが世の定めというヤツなのでしょうか。そんななかでも、先生だけは少し優しく接してくれるようでよかったなと思いました。こういう心のよりどころがないと、どんなに強靭な心を持っていても折れてしまいますからね。
そして最後のトイレのシーンですが、見ていていっそ清清しいくらいの悪女っぷりの千佳さん。彼女は今後どうなるのか見ものだなと思いました。結依は主人公だから大丈夫だとは思いますが、こういう敵役はどうなるか解らないので(おい
2009/11/01(Sun)00:39:420点水芭蕉猫
こんにちは! 羽堕です♪
 鉄塔の少女は何かの組織に属していて、自分に自信があるからの口調や態度など、謎な部分も多くて由依に、どう接触してくるんだろうって期待してしまいました。
 眼帯ではなくて、度のないカラーコンタクトという手もあったんじゃないかなと、ちょっと思います。弥生みたいな先生は良いですね。由依が、もっと心を開ければ良いんだけど。
 眼帯だけが原因で、クラス中から無視される事はないんじゃないかなと思っていたので、人気のある千佳の影響が大きいんだろうなって、由依を攻撃していまう理由は特にはないのかも知れないけど。私は何かあって、それを解決できればと思ったりもしました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/01(Sun)11:21:460点羽堕
こんにちは!『いじめ、かっこ悪い』頼家です^^
いやはや……気持ちいい程の悪餓鬼っぷりを示す千佳一味。制裁を加えなければなりませんね。
プロローグの非日常的な話から一転。由依氏の日常が描かれているのですが。なかなか重い思いをお持ちのようですね(汗)なぞの少女の動きやら、ペンダント……色々とこれからの物語を彩るパーツが出てまいりましたが、これから如何に物語りは進むのでしょう?続きを期待と共にお待ちしております^^
2009/11/01(Sun)15:22:220点有馬 頼家
【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。くそぅ、いつかホットミルクに合う和食を見つけてやる……。
現代モノ定番の日常というだけあって、(不鮮明ながらも)かなり心情を中心に描く序盤に仕上げました。
こういうなんてこと無い日常っぽさを出すのは大変で、結依の境遇がアクセントになったやもです。正直実験的だったんですが……。

【羽堕様】
レスありがとうございます。
鋭い着眼点ですね。ただし、物語が進めば、あるいは結依が眼帯でいる理由も分かるかも知れません。無論、既にその理由の一端が見え隠れしている訳ですが、それは完成した際にでもお話しましょう。

【有馬 頼家様】
レスありがとうございます。
まぁ分かってる事だったんですが凄まじく悪者扱いされてますね、千佳……(汗)。
いじめ、かっこ悪い。真理です。(きっぱり)
まだ序盤という事もあり、まだ結依の内面は不鮮明にしてあります。
あまり言うとネタバレっぽくなってしまうので、乞うご期待ということで。
2009/11/03(Tue)13:47:000点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 結依が眼帯をしている理由って、目自体を見せたくなかったからなんですね。何となく読みとれる彼女の能力は、完全にコントロールできるようになったら凄い事になりそうだなって感じました。
 紅蓮少女に狼青年、バトってましたね。それぞれにまだ本気を出しきっていなくても、戦い方の特性のようなモノが、しっかり出ていて楽しく読めました。
 結依って何か記憶を失くしているのだろうか? とちょっと思いながらも、それとも備わった能力自体に何か関係しているのか、対立する組織同士やキャラも出てきて面白くなってきました。弥生先生は普通の方なのかな?
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/04(Wed)14:10:000点羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
わお。突然の新キャラ登場にビックリです。この学校付近で出る通り魔って、よもや紅蓮少女か狼青年だったりして。と思ったり思わなかったり。でも、一体何がどうなって紅蓮少女が結依をおっかける理由がよく解らないので、そのあたりの詳しい事情も今後楽しみにしております。そして狼青年が何故結依を助けてくれたのかとか。
あと、私も現在犬系キャラで物語書いてるので、何となく狼・犬系キャラがが出てきたりすると難だかとても嬉しいです。
2009/11/04(Wed)21:57:350点水芭蕉猫
【羽堕様】
レスありがとうございます。
物語的にもようやく小手調べが終わった感じです。
ここからある程度結依を取り巻く世界にスポットライトを当てていくことになるでしょう。
真実は徐々に知るからこそ人間臭い反応が見られるものだと思う自分が居ます。
その時まで、ワクワクして頂ければ……。

【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。
この青年と少女は、『物語』というより『結依』にとってのキーパーソンとなるはずです。
詳しくはネタバレになってしまうので伏せますが、彼等の発言や挙動に注視していると、何となく違和感を覚えるはず。……そういう作品にしたいなぁ……(遠い目)。
犬系キャラですか。今度お暇出来次第、読んでみます。
2009/11/08(Sun)15:30:040点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 狼青年は別世界の人間とは、アスガルドかぁ。なんだか予想外の展開になってきた感じです。そうするとミルネスカやアルフレッド(こっちには猫耳がw)は、また更に別世界の人間なんだろうか、それとも結依がいる政府の人間かとか、色々と想像できる感じですが物語が動いてきてワクワクとしてきます。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/08(Sun)17:07:540点羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
異世界が出てきました。異世界はだいすきです。今後、アスガルドからやってきた彼が一体何を教えてくれるのか、とても楽しみです。アスガルドって獣キャラが沢山いるんですかね? もしそうなら、モフモフ天国で楽しそうだな。
ミルネスカとアルフレッドもどう動いてくれるか楽しみにしています。
2009/11/11(Wed)21:33:010点水芭蕉猫
【羽堕様】
レスありがとうございます。
ね、猫耳じゃないよっ! 猫っ毛なだけだよっ! にゃーっ!!
スポットを当てるペースを考えると、もしかしたら第二幕だけでは収まらないやもです。
勢いで書いてるだけに自信をもって答える事の出来ない自分が悔しいです……。

【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。
異世界を出しました。でも異世界には行かないんです。何故ならジャンルは『リアル・現代』……(泣)。
違う世界だからこそ、違う風習や違う種族っぽさを強調するのはファンタジーの醍醐味ですよね。
2009/11/12(Thu)19:52:000点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 あんな場面を目の当たりにして、少なからずの心当たりもあったらナユタの言葉を信じない訳にはいかないよなって感じです。【ハイエンド】みたいな存在の世界があるって発想は、面白いなって感じました。ある意味では、他の世界が監視しあって守られてる様な。それにしても勘違いで襲われた結依は、たまったものじゃないなって思います。無事だから良かったけど、可哀想すぎる。
 警告って、そういう意味だったのかと思いつつ、まだまだ悶着は続きそうで、この後の展開も期待しています。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/13(Fri)17:28:200点羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
ナユタかっこいい。でもやっぱり傲慢不遜は好きな方では無いな。というわけで、やっぱりアルフレッドさんに一票(おい)アスガルドとミッドガルドで北欧神話ですよね。でもハイエンドって聞き覚えがあんまりないな。『ハイエンド』みたいな存在を信じざるを得ない状況に居る結依って中々過酷な環境にいるんだなぁと思いました。しかもなんかワケが解らないのに狙われてるとか大変すぎです。
警告の意味合いがわかる姐さんすげぇ。私は説明されるまでアルフレッドといっしょにぽっかーんになってました。
2009/11/15(Sun)21:11:170点水芭蕉猫
【羽堕様】
レスありがとうございます。
結依にとって異世界というファンタジーはどんなふうに見えるのか。これは結依にとって大きな選択を強いられる事でしょう。以下ネタバレ。毎回レスして下さってるのに申し訳ない。
結依は果たして『不幸』なのか。それも恐らく読み進めてゆく内に気付けるやも知れません。

【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。
ま、まさかアルフレッドに一票とは……(汗)。アル君、頑張って! 物語は君にかかっているかも知れない!(多分!)
ハイエンドは北欧神話に出てくる単語ではありません。オリジナル、と言えば聴こえはいいのですが、その名にもある程度の意味が含まれているので、全てはまだ言えそうにありません。
ミルネスカはとある事情がためにそういう人付き合いや動きの読み合いの方が上手いイメージです。
だからこそ、腹を割って話す事に慣れてない感じは出せ……てますかね? これから次第?
2009/11/17(Tue)19:50:590点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 腹の探り合いといった感じで、ドキドキとします。ナユタは女子トイレに忍び込む変態だけど、なかなか突き放すようで、温かい言葉を言うなって、ちょっと好きになりました。ナユタの話を読んで、もしかしたら結依にとったら【ハイエンド】よりも相応しい世界(現実)が、あるのかもなって思ってしまいました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/18(Wed)17:00:300点羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
うーん、囮かー。いえ、実は中学時代同じようにクラス中からハブられた私も良い感じに魔力でもあったのかしらと勝手に希望転換しながら読んでおりました(おい)ナユタ、なんだかんだでいいとこあるじゃないですかー。多分、照れ屋さんなんでしょうな。少しだけ好感度があがりました。そしてノートにびっしり「いつもどおり」と書き込む結依って、そういうところが実はダメなのでは? とか思ったり思わなかったり。そしてアル君。がんばれ。超がんばれと応援しておきます。
2009/11/19(Thu)22:58:290点水芭蕉猫
【羽堕様】
レスありがとうございます。
ナユタは変態なんじゃないんです。そういうのどうでもいい子なんです。信じて下さいっ!(汗)
結依の見る視点とナユタの見る視点とで何が違うのか、何が同じなのか、それが分かるのはもうちょい先の予定です。こうご期待。

【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。
うーん……。自分も高校時代は若干ハブ気味でしたけど魔力は無かった気がしますね。
素質が無いんでしょうねっ! 作者のくせに♪ (^д^)ノシ <Ahahaha
多分、結依は天然なんでしょうねぇ……。ダメな所も含めて可愛いと自分は思ってますが。



ちなみにレスして下さってる方々に素朴な質問。
なんか凄い魔力持ってるって知ったら、アナタはどうしますか? 何したいですか?(色んな事出来る設定で)
2009/11/23(Mon)20:30:460点祠堂 崇
拝読しましたー。水芭蕉猫です。にゃあ。
経絡の魔力うんぬんに関しては、うん、まぁ確かにそういわれればそうかなーと思います。私のお仕事の関係上、経絡関係については多少知識がありますにゃ。絶対量がおかしいというのは、多分普通の人より絶対量が多いということでいいんですよね? それなら、きっと治癒能力もハンパなく高いと思うのですが、どうなんだろう。ナユタのお話は、部分部分に解れてて、理解しやすいですが、幾分ぶっきらぼうすぎて、ちょっと冷たいなーと思ったり。女の子にはもっと優しくが鉄則よ!!!(おい
ちなみに質問ですけれど、凄い魔力持ってても、勉強とか運動とかに使うのと、あとは使い魔でも出すとか、それくらいかな。でも、そういうのはリスクも高そうですよね。魔力でどうこう出来るなら文才を伸ばします。まぁ、普通生物は皆、大体ある程度の魔力は持ってるんですけどね。気付かないだけで。
2009/11/23(Mon)21:38:440点水芭蕉猫
こんにちは! 羽堕です♪
 戦闘の前の静けさとでもいのうか、日常でナユタとの下校で、また少し自分の事に付いて知ることが出来た結依という感じなのかな。弥生の武勇伝なんかも、あったりして良かったです。
 いずれはナユタと結依の関係性も変わって来る事があるのかな? と、ちょっと期待したくなったりしました。
 凄い魔力あったら、オゾン層の穴を塞いで、北極と南極の氷を凍らせて、世界中の自動車の屋根の植物を植えて、とりあえず長生きした時に環境問題で悩まないようにしたいですねw
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/24(Tue)12:49:430点羽堕
【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。
はい、その通りです。絶対量がおかしいというのは勿論、その量が、という意味で合っています。
ナユタの目で見ると、その膨大な魔力の絶対量を保有する事が在り得ない、という意味でおかしいと言っていることになります。
人の視点によって表現が違うというのはなかなか描写が伝わりにくいですね、精進したいです……。
ナユタが結依に冷たい理由は、きっと後々に分かる……やも。(毎回確約出来なくて済みません/汗)
・質問の回答:
確かに、凄い魔力はそれだけでも危険が付き纏うイメージは自分もあります。無論、内にも外にも。
とある老人も言いましたしね。『大いなる力には、大いなる責任が伴う』。
……、あのジイさんなんで死んじゃうんでしょうね……。
大体が魔力を持つ、かぁ……。……………、本当に在るんでしょうか? 特に自分(祠堂)は。

【羽堕様】
レスありがとうございます。
静けさを保つ日常というのも、前後で激しいと余計にしんみりした空気に感じるんですよね。
そんな中でのナユタの不機嫌な態度は、様々な意味で結依に突き刺さった事でしょう。
真実を知ったとき、結依がどんな反応をするのか、書いてる自分も楽しくなってきました。
・質問の回答:
おぉ、オゾン層に北極南極……惑星を操りにきましたか(笑)。
でも確かに温暖化なんとかしたいですね。今を生きてる人間だけのモンじゃないですしねぇ、地球は。
もうね、車の屋根と言わずあちこちの建物の屋上にでも生やしたいですよね。
最終的にはユグドラシル的なのとか。ラグナロクが起きちゃうか……。
2009/11/27(Fri)20:27:520点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 ミルネスカとアルフレッドの会話から、【アルガルド】の勢力と考え方などが、少し見えてきて面白かったです。ナユタが実際に、どこへ所属しているのか楽しみでもあります。ミルネスカの大胆さ(振舞いも含め)と物事を冷静に考えられる所が見えてきて、登場したての頃よりも魅力的に感じます。
 重要になってきそうなアーティファクトの説明もあり、またナユタには、まだまだ裏がありそうで続きが、とても気になります。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/28(Sat)14:30:240点羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
ミルネスカさんかっこいいなぁ……何か惚れてしまいそうなくらいカッコイくて、大胆不敵で、素敵さが出ていました。こういうキャラは大好きです。色々な情勢が出てきて、動くぞ、動くぞ! というのが出てきていたように感じます。今回は傍若無人に見えるナユタも頼りがいがあってかっこよく見えて、とても期待できそうです。というわけで、今後への期待と今までを全部ひっくるめてにゃーご。
ところで、魔力についてですが、大体が持ってます。少し魔術をかじっていたことがあるのですが、概ねの物に魔力のようなものがあると思いました。大きな術を起こしたりとかではないのですが、流れのようなものを変える力というのは、概ねの生き物が持っていると思います。
下らないことをつらつら失礼しました。
2009/11/29(Sun)22:06:061水芭蕉猫
【羽堕様】
レスありがとうございます。
ある意味では祠堂の悪い癖でもあるんですけどね。どう考えても連載モノ決定にする悪癖……でも頑張っていきたい……orz
一つ一つの台詞や地文に隠されるキーワード。いくつ気付けるか……気付いても内緒にしといて下さいね(笑)。

【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。
ワァーオ。羽堕さんと言い、ミルネスカさんモテモテですね。アル君の件も含めて嬉しい予想外。
ミルネスカは完全に可愛いより格好良いを主体にしたキャラですからね。心のどこかではモテるのも頷けます。
繋がりや人を惹き付ける仕草やチャームポイント。きっと、そういう何気ないモノも魔力そのものであるのかも知れませんね。でも祠堂は謙遜無しに魔力無い体質なんだと思ってやまない昨今。そう、まるで右手のせいで不幸続きな無能力者(レベル0)のように……。(フラグ乱立キャラではないですが……)
2009/12/01(Tue)20:21:540点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 結依はトイレへと連れて行かれたけど、大丈夫なのか心配です。結依の逆らえない気持ちなども分かるのですけど、どこかで変わってくれる事と期待してしまいます。
 ナユタは相変わらず口と態度は悪いけど、結依(の力)の為に命を張ってくれているのは確かだから、頑張って欲しいです。今回の更新部分では、結界の所から一進一退という感じでドキドキとできました。でも今の所、ミルネスカが一歩リードという感じで、ここからナユタの巻き返しはあるかなど期待しています!
であ続きを楽しみにしています♪
2009/12/02(Wed)14:11:100点羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
結依ちゃん、大丈夫かなぁ。何か酷いことになってないといいですけれど……。まぁ、逆らえない気持ちは私にもよく解りますので、ただただ、何も無いことを祈るばかりです。
ナユタ、今回はちゃんと結依のことを守ろうとしていて、なんだか頼りがいがあってかっこいいですね。それでもミルネスカ姐さんがビジュアル的にかっこよくてだいすきですが!!! ところで、アルフレッドさんの出番はまだですか?(おい
2009/12/03(Thu)21:45:470点水芭蕉猫
【羽堕様】
レスありがとうございます。
戦闘のプロの一進一退は一握りの猪突猛進と九割の読み合い。そう信じてる祠堂です。
ここからの巻き返しは果たして成功するのか、こう御期待っ!

【水芭蕉猫様】
結依は果たして無力なのか。
ある意味今回の裏のテーマにも近い部分を随所に散りばめるために、日常でも結依は居場所がないという事実をアクセントにしてみました。書いてる本人でも思う、千佳ちゃん鬼やなぁ、と。
アル君は……もうちょっと待てば良い味出すはず、です……これ以上はバレがネタするので口チャック。
2009/12/06(Sun)20:26:160点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 千佳が結依を嫌いな(苛める)理由って、今回の場面から単純に嫌いだからだけじゃないのかもと思えて、千佳って何者なんだろう? という疑問と、とにかく怖かったです。
 異世界なのに会話が通じる事について、そう言えば忘れていたけど、なるほどなーという感じで納得できる細かい設定など凄いなと思いました。アームズストレージについては、私は少し整理しながらでしたが分かりやすかったです。とにかく言葉の通じない状況というのは、やっぱり不便ですね。
 椅子に謝る結依は、なかなか可愛いですね。それとアルフレッドの自信なさげな所も、意外に好きだったりします。
 結界、攻略のヒントを得た様なナユタ、結依と協力して是非とも切り抜けて欲しいです! どっちも応援したくなってしまうから、難しい所ではあるのですけどねw
であ続きを楽しみにしています♪
2009/12/07(Mon)01:33:070点羽堕
拝読しました。水芭蕉です。にゃあ。
えぇと、アームズストレージやらエッダの詩文については少々私には難解ながらもどうにかこうにか理解できました。千佳が色々と知っていて絡んでいるのか、それともか単なる偶然なのか、謎がたくさんありました。今後どのような展開になるのか楽しみです。
そして、やっと登場アルフレッドさん!! そしてやっぱり自信なさげアンドミルネスカさんの尻に敷かれっぱなし感満載なところがだいすきです(おい
結依とナユタはこの窮地をどのように脱出するのか興味深いところです。
2009/12/09(Wed)21:38:230点水芭蕉猫
【羽堕様】
レスありがとうございます。
千佳についてはある種の『伏線』だと思って頂ければ。
そこまで壮大な話になるとは思ってないですが、近い内に彼女の言葉や態度がどういう事だったか分かるはずです。回収しきれれば……良いけどなぁ……。
設定を考えるのが祠堂的には一番好きなんですよね。異世界だったら普通こういう弊害がぁ〜とか、異文化コミュニケーションの方法はこういうのがぁ〜とか。
ただ、設定だけ厳かな割に内容ペラッペラじゃ話にならないんですけどね。精進します……(汗)。

【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。
ある程度は史実や現存するモノ(『エッダの詩文』然り)を取り入れると、どうしても設定がさらに細かくなって伝わりにくくなるのも祠堂の悪癖なのやも知れないですね。設定の存在価値を生かしつつ、分かりやすく説明出来る文章。今後の課題になりそうです。
アルフレッドはもう年上じゃなくなりつつありますね。しかも彼は一応成人の設定なのに、描いてる自分が『……後輩キャラ強くなってる?』と感じ始めるほど尻に敷かれております。
アル君頑張って! モブはあまり作りたくない主義なのよっ!!(回収できる伏線が張れなさそうなキャラを除けば)

2009/12/17(Thu)18:32:020点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 ミルネスカはレジスタンスに所属していて上司はアルベルというのか、そして触れてはいけない話題の【ニヴルヘイム】事件と、また少しミルネスカの事が分かって良かったです。それにしてもキレるというのか本性なのか、なかなか手のつけられないミルネスカにも、魅力を感じてしまいます。
 アーティファクトを使った結界の仕組みなどを、ちゃんと理解できていないかもですが、ナユタがしようとした事や結依がしなければいけない事などは分かって、結依視点になった時には一緒にドキドキと出来ました。そして自分自身の為じゃなく、ナユタを想っての行動で眼帯を外してアーティファクトを見つけ握りしめる所まで面白かったです。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/12/18(Fri)12:16:371羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
今回とても面白かったです。ミルネスカの過去話の断片とか、ニヴルヘイム事件がなんなのかは解りませんが、冷静な彼女が何故そこまで感情を揺さぶられたのかとても興味があります。そして相変わらずかわいそうな立場のアルフレッド君。通信兵っぽいことやってますけれど、頑張れアルフレッド。負けるなアルフレッド。未来は君の手にかかっている(おい
それから結依視点に入ってからいっぺんに引き込まれましたアーティファクトがなんたるかは今一歩まだ解ってない私の頭ですが、眼帯を外して魔力を見れる結依が一気に頼れる存在になったような感じですね。ナユタが戦ってばかりじゃなく、これからは結依も戦わなくてはならないような、そんな気配が感じられました。
2009/12/20(Sun)20:50:571水芭蕉猫
祠堂です。
大変長らくお待たせしました。
用事で忙しかったのですが、ちまちま書いていたらこんな量に……(汗)。悪循環なのか自業自得なのか。
言い訳がましいので早速感想の返しをば。

【羽堕様】
レスありがとうございます。
やっぱり結依とナユタ達では物の見え方や理解の仕方が違うというのを意識しなくてはならないので、結依視点は書いててなかなか楽しかったです。
出てこないキャラの名前をぽんぽん出す悪癖直したいですね。おいコラ祠堂自分悪癖多すぎや……。

【水芭蕉猫様】
レスありがとうございます。
ミルネスカの性格は、意外と難産な感じに仕上がっているんですよね。
冷静であり、激情も見せる。まるで子供のような感性の持ち主というのは書き手として遣り甲斐があると思いつつ、結構大変です。揺れ幅を分かりやすく描写技術を磨かねば。
それ以前に凝った設定で理解が難しい説明になる悪癖直さないと……。やっふぅい、課題が多いぜ。

2010/01/14(Thu)23:32:130点祠堂 崇
こんにちは! 羽堕です♪
 囮で使われていた術符を利用しての結界の反転に、ナユタの解禁と戦闘もカッコ良かったです。ミルネスカは一気にピンチという感じですが、どうなるんだろうとワクワクできました。それと結依に対しての1%疑問も出て来たし。
 そしてナユタの正体と、そのモノであることだけで忌み嫌われるような存在という所など、ナユタの苦労も見える気がしました。ミルネスカも絶対に諦めない所は、いいなって。あと満月の時には、更に何かありそでしたしw まさか?! ミルネスカと焦ってしまっただけに、本当にホッとしました。それと結依の言葉は確かに綺麗事なのかもだけど、私はこの展開で良かったなと思います。やっぱりナユタには、なかなか優しい所あるなって。ここまで面白かったです!
であ続きを楽しみにしています♪
2010/01/15(Fri)18:05:441羽堕
【羽堕様】
レスありがとうございます。
前編部分に詰められる行動を一気に終息へ導いた結果となってしまいました。
おかけで文字数が他と違う。明らかに違う。多分ここが一番違う。というか第一幕が短すぎた……。
こっから徐々に伏線回収開始です。無論、まだ張りますけどね。ストーリー上。
何処で何がきっかけになるかは後編にてお楽しみ下さい。
……気付いても出来るだけ言わないでね?(汗)
2010/01/23(Sat)20:12:520点祠堂 崇
合計4
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