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『梅の噺〜序、1、2、3』 作者:askaK / 時代・歴史 ファンタジー
全角39016.5文字
容量78033 bytes
原稿用紙約113.5枚
 一度己の胸を刃物で貫き命を失った娘、梅。しかし梅は何故か黄泉の国よりよみがえってしまう。梅のことを跡継ぎを作るための道具としてしか見ていない父、己と血のつながらない梅のことを憎悪する母、そして唯一彼女に愛情を注いでくれる亭主、俊八。悪霊でもなく妖怪でもない、起きあがりとして現世に復活した梅は、果たして天神となるのか、鬼となるのか――。 齢八百年の白狐と、若く孤独な呪術師影臣の珍奇な旅の途中の物語。

 黒と赤。闇と紅。浮かぶのは、その二種の色のみである。真っ赤に染まった、梅の花が、ちらりと浮かんでは闇へ沈む。黒と赤が交互に入り乱れ、乱れて飛んで、やがて消えて行く。
 漆黒の闇、という言葉がある。黒うるしを塗ったような純粋な黒のみに包まれた闇のことだ。未だかつて、漆黒の闇を彼女は見た事がなかった。夜になろうと空には月が浮かぶ。例え月のない夜であろうとも、微かに人の目はどこからか光源を探し当てて物を見ようと努めるものだ。
 しかし、今彼女は、紛う事なき漆黒の闇に包まれていた。何も見えぬ。何も感じぬ。恐怖より先に、疑問が浮かんだ。これは一体どういうことなのだろうか、と。己の置かれている状況を理解することができない。自分の姿さえ見えない闇の中、上も下もわからない。
 もがくこともなくただ浮遊していると、それからややあって、ふと、遥か彼方前方に光源が見えた。色は瞭然としない。細々とした光であるが、この漆黒の闇の中では、確かに浮かび上がっている。それが何であるのかはわからない。だが、何もないこの闇の中において、彼女にはそれ以外に目指す物はない。
 体は浮遊しているような感覚だ。地に足は着かない。もがこうにも手足の位置がわからない。――いや、体がないのだ。どこに四肢があるのか、胴があるのか、頭も顔もどこにあるのか。しかし、彼女は確かに此処に存在している。体のない場合の移動の仕方を彼女は知らなかったが、光の方に意識を集中させると、だんだんと光が近付いてくるのがわかった。そうではない。自分が光の方へ近付いているのだ。
 耳を澄ませる――今は耳も存在しないためこの表現は正しくないかもしれない。とにかく、意識を光に集中させた。――と、不意にその方向から人の声らしきものが聞こえた。誰かと、誰かが、意見を交換している。否、激しく言い合っている。口論をしている。
 ――お前さんはいつもそればかり、世間体ばかりを気にして!
 ――お前に言われるようなことではない。
 ――一度だって己の娘を愛したことがあったかい?
 ――それを言ったらお前だってそうだろう。
 ――私は違う。私は己の娘ならば愛す。だが、そこの小娘は私のややではなかった。
 ――貴様が跡継ぎを産まぬからだ。
 ――どこの馬の骨とも知らぬ女に現を抜かすような男と、ややを作る気にはなれなかっただけのことだよ。
 ――口ばかりは達者な……。
 漆黒の闇を抜けて光源に辿り着くと、視界は淡い橙の色に包まれた。重力を感じる。体がある証拠だ。手の平の先、指先が、動いた。息をすることができる。胸の辺りが窮屈だ。帯を締めすぎているのかもしれない。
 ゆっくりと、瞼を持ち上げた。ぼやける視界の先に、小さくゆれる橙の炎。細い黒の灯台の上に油を布いて、そのさらに上に火が灯されていた。これが、この場の唯一の光源だ。辺りは暗い。今は夜なのだろう。
 彼女は、そっとその火に手を伸ばそうとした。あの漆黒の闇の中で追い求めた光は、これだろうか。
「俺には、店を守るという義務がある。そのためには跡継ぎが必要だった。そして産まれたのは娘一人だ。婿養子を取らねばならぬ。この屈辱がわかるか」
「なんだい、あたしの所為だっていうのかい? ちっぽけな絹屋をとって店を守る義務だなんて、笑ってしまうよ。いっそ婿養子、俊八の方があんたよりはずっと出来た男だ」
「貴様――!」
 闇の中では遠くに聞こえた声が、今は限りなく近かった。彼女は火にかざした手を己の胸の前でまとめて、その声の方を向いた。中年の男と女だ。そしてその二人の間でやきもきしながら仲裁に入ろうとする若い娘がいる。
「こんな時にお二人とも、おやめくださいまし……! お嬢様がお亡くなりになったというのに……!」
 娘の金切り声が響いた。
 そうか、誰かが死んだのか、と彼女は漠然と思った。なんとなく血の臭いがするのも、部屋の空気が悪いのも、その所為だ。だが、誰が死んだのだろう。何故死んだのだろう。何故人一人死んで、あの中年の男女は言い争いをしているのだろう。そして自分はどうして此処にいるのだろう。
 ありとあらゆる疑問が頭の中で渦を巻く。考えても結論は見いだせず、仕方がないので彼女は目の前にいる三人に問うてみることにした。
「あの……」
 己の口から出た言葉は、初めて聞く声によって紡がれた。高くなく、かと言って低くもなく、しっとりと柔らかい女の声である。
 その声に聞き覚えがあるのか、三人の人間は同時に振り返り、腰を抜かした。男はどすんとその場に尻をつく。女はそれに縋る形でその場に膝をついた。娘は震える膝に力を入れてなんとか立ってはいるものの、一歩も歩けそうにはない。三者の視線は皆同じ、彼女にまっすぐと注がれている。
「あの……どうしたんですか?」
 何がおこったのか全く把握できずに、彼女には問いかけることしかできなかった。娘の膝からついに力が抜け、その場に倒れ込んだその少女は、青ざめた顔で、呟く。
「お嬢様……」
「お嬢様……?」
 先ほどこの少女は、「お嬢様がお亡くなりになったというのに」と金切り声で叫んでいた。お嬢様というのは、そのお亡くなりになったお嬢様のことだろうか。
「梅、お前……!」
 次に叫んだのは、中年の男であった。梅、というのは人の名前であろう。男の視線の先には、彼女一人しかいない。
「梅……それ、私のこと?」
 がくがくと顎を震わせている中年の女は、先ほどまで言い争っていたことなど嘘のように、男の腕をしっかりと抱きしめていた。そしてやはり青ざめた顔で、彼女の方を見上げる。
「お前、死んだんじゃ、なかったのかい……っ?」
 裏返ったその声は、とても冗談を言っているようなものではなかった。彼女は目を丸くする。
「死んだ……? 私、死んだの……?」
 驚いて胸に手をやると、着物ががちがちに固まっていることに気が付いた。何だろうと思って視線を落とせば、丁度心の臓の辺りが黒褐色に染まり、凝結している。今は乾いているが、これは血の痕だ。
 よく見れば、手のひらも、足下も、全てが黒の褐色に染まっていた。これだけの量の血を流して、生きているわけがない。ならば、確実に己は死んだのだ。――では、どうして自分は此処にいる?
 女は目線を彷徨わせた。怯える三人の人間、血に濡れた畳、灯台の上で揺れる明かり、安物ではない壷の飾られた床の間、その上に転がる刃物。目に映るものは何もかも真新しく、新鮮だ。何一つ記憶には残っていなかった。
 自分は誰なのか、自分は死んだのか、ならばどうして今此処にいるのか、此処はどこなのか、死んだとしたら何故死んだのか、何のために此処に立っているのか。
 疑問ばかりが渦巻いて、結論などその片鱗も姿を見せてはくれない。女はただその場に呆然と立ち尽くした。漆黒の闇の中から彼女は光を求め、蘇りを果たしてしまったのである。


 峠を越えて、以前誰が通ったのかもわからないような山道を下ると、遥か彼方先の方に海と、人里が見えた。夜の野宿を終えたばかり、昇る朝日がきらきらと海面に反射し、人里は白光りしている。それでも確かにそれが里であるとわかったのは、遥か彼方離れているにも関わらず、人の声のようなものが風に乗って聞こえてきたためである。港町の朝は騒々しい。
 それから何刻かかけ、足場の良くない道を下ると、ようやくその町に辿り着く事ができた。まもなく太陽は南中しようとしている。以前人里を抜けた時より七日七晩歩き続け、ようやく辿り着いた人の町であった。七日間の野宿生活を終え、久しぶりに人の作った料理にありつけるかもしれない。――などと思う彼は、人間ではなかった。人里に下りる時は大概人の形をとってはいるが、その実体は人間ではない。人に忌み嫌われる妖怪の類いと、人に狩られ食われる獣の類いの丁度合間に位置している。狐、という生き物だ。
 狐は得意の変化で手に入れた僧の格好で人里の土を踏みしめると、思い切り空気を吸い込んだ。どこからともなく、美味しそうな魚を焼く香りが漂ってくる。
「……賑やかな町だな」
 狐の隣に並んだ男が、小さくそう呟いた。狐は、何も酔狂で七日七晩森の中を歩き続け、人里を訪れたというわけではない。そもそも狐自身は本来森の中で生活する生き物なので、人里を目指して旅をする必要などないのである。それでも狐が森を彷徨いこの港町に降り立ったのには、理由があった。
「本当に。これだけ人がいりゃぁ、何か面白ぇもんでも見れるんじゃないですか、影臣(かげおみ)様ぁ?」
 狐は人語で話し、隣に並んだ男に笑いかけた。人語を操れるのは化狐の中でも徳の高い証である。何しろ狐の齢はほぼ八百年。細かい年齢は、百を越えた辺りで数えるのを諦めてしまったのでよくわからない。その上、世にも珍しい純白の毛皮を持つ白狐であった。故に、人語を扱い、大概の物には変化することが出来、たまに妖術も使う。しかし、その徳の高さと知能の高さは決して比例しない。
「しっかも、海の近くですから、本物の魚が食べれますよぅ。あたしが木の葉を魚に変化させた奴ぁ、焼いても焦げた葉っぱの味しかしませんでしたからねぇ。今度こそほんとの魚肉が食べられますぜ!」
 目を爛々とさせて告げたが、隣の男はにこりともしなかった。七日七晩道なき道を歩き続けたというのに疲労の様子一つ見せずに、賑やかな町の中を歩いて行く。黒の袴に腰には二本の刀。一見武士にも見えるこの男の職業は、しかし人を斬ることではない。
「ちょっとぉ、置いて行かないで、影臣さまぁっ」
 僧の姿で跳ねると、頭に被った深い笠が上下して前が見えなくなった。視界が暗くなる。「かげおみさま、かげおみさま」と男の名前を呼びながら暗闇の中を走っていると、突如誰かにぶつかった。
「うわああああ!」
 ぶつかった誰かが、大声で悲鳴をあげる。そんなに強くぶつかってはいないはずであるが、狐は慌てて姿勢を正した。衝突した青年は、混乱したように、悲鳴を何度もあげている。「うわああ」とか「たすけてくれ」とか散々町の中で喚いた後、息を切らした。頭がおかしいのだろうか、と狐は思った。それほどまでに、騒がしい。
「だ、誰か、助け、てくれ!」
 男は息を整えながら、金切り声で叫んだ。狐は笠で前の見えない状態のまま、首を傾げる。
「なんだ、どうした? 何があったんだ?」
 男は、「ああ、お坊様!」と狐の化けた僧にすがりついた。前方が見えなかったため、狐は自分が誰かにぶつかってしまったのだと思っていたが、どうやら、ぶつかってきたのはこの男の方らしい。彼は声を引きつらせながら、狐を僧侶と信じて縋った。
「あ、ああああ、あっちの方で、でで、出たのです!」
 おや、と狐は思った。すっかり怯えた口調で告白するこういう人間を、狐は八百年の生涯の中でも何度も見たことがある。化狐と呼ばれる妖怪変化としての血が騒いだ。自ずと笑いがこみあげてくるが堪え、澄まして僧侶のふりをする。
「何が出たんだい?」
 狐はわざとらしく神妙に問うてみた。男はがくがくと顎を震わせながら、僧に縋る。
「お、女です……女であります! か、顔のない、女であります!」
 予想通りの答えに、狐はにやりと笑った。これだから人間は面白い。
「ほ〜う? それは……」
 狐は一瞬で顔の細胞を組み替えて、ゆっくりと深く被った笠を持ち上げた。
「こんなんだったかい……?」
 そして笠を脱ぎ捨てると、そこには顔のない僧侶の姿があった。男の目がみるみる見開かれて行く。唇がわなわなと震えた。足から力が抜けてしまったのか、どすんと男は土の上に腰を落とす。そして、全身を震わせて、叫んだ。
「っぎゃああああああ!」
 男は、魔物から逃げるかのように、土の上を這いつくばって逃げて行った。その姿を見送るこの爽快感が堪らない。狐は、大声で笑った。
「……鳳(あげは)っ!」
 笑う狐を諌めるように、前方を歩いていた影臣という男が振り返る。彼は渋い表情で狐を睨みつけた。狐は笠をかぶりなおしてふつふつと笑う。
「あいつ、狸か狐に化かされたんですぜ。あたしらが最初に覚える変化は、顔なしの女ですからね。これが反応良くて、なかなかやめられねぇんだ……!」
「余計なことをするな、鳳」
「ちょっと悪戯しただけじゃないですか。そんな怖い顔しなすんなって」
「貴様これ以上余計なことをしたら、悪霊もろとも黄泉の国へ送ってやるぞ」
「えええ、それだけは勘弁を!」
 狐は縮こまった。
 この影臣という男、その実は祓い屋を生業としている。一見武士のようにも見えるが、腰に差した刀の一本は人を斬るいわゆる刀剣であり、もう一本は妖怪を斬る宝剣である。後者では人を斬ることはできない。
「僧侶に化けたなら、僧侶らしくしろ。人心を惑わすな」
「僧侶つったって、ただの僧侶じゃありやせんぜ。行脚修行で有名な、虚無僧だ! 影臣様は諸国を旅するお方ですから、旅をすると言ったら、虚無僧でしょ!」
「……狐の頭は所詮その程度か。まあ、前の花魁に比べれば幾分ましだがな……」
「だって影臣様だって男ですから? やっぱり一緒の旅するなら綺麗なおなごの方がいいかなーって」
「結局お前はおすめすどっちなんだ?」
「どっちがいいです?」
「どっちでもいい」
 影臣は大きく溜め息を吐いて、踵を返した。彼は町を港の方へ下って行く。狐は慌てて彼の後を追った。
「待って待って、影臣様っ置いて行かないで!」
「……着いてくるなら大人しくしていろ、鳳」
 鳳、というのは影臣がこの白狐に付けた名前であった。狐にもともと名前はない。そもそも名前を付ける必要がないからだ。しかし、影臣がそう呼ぶならばと狐は喜んで従った。今では鳳という呼び名にも慣れたものである。
 風に乗って、潮の香りが町に充満する。海を渡って来た行商人や、行商人を求めて他の町からはるばる尋ねて来た者、そしてこの町を構成する人間で、道は溢れ帰っていた。少しでも気を緩めれば、すれ違う人と肩が触れそうになる。
 前を歩く影臣とはぐれぬよう、鳳は彼の着物の裾を掴もうとした。しかし、思うように手が届かず、危うく体の重心がずれて転びそうになる。慌てて体勢を戻し、道の上でよろめいていると、すれ違おうとした女とぶつかった。
「おわっ」
「……あ、ごめんなさい……」
 ぶつかったのは、鳳の方である。しかし、女は嫌な顔一つせずに柔和な笑顔で謝って、去って行った。ふと、その笑顔に何故だか冷たい物を覚える。齢八百年の研ぎすまされた野性の勘とでも言おうか。あまり、心地の良くない気配を感じた。
「なんとも、幽霊みたいな女だな……」
 鳳が口の中でぽそりと呟くと、いつのまに足を止めていたのか、狐の隣に立った影臣がわずかに眉をひそめた。
「……気配がないな」
「はい?」
 彼の呟きを聞き取ることが出来ずに、目深に被った笠を持ち上げて聞き返すと、影臣はぱちんと鳳の顔をひっぱたいた。そういえば、先ほど町人を化かすために顔から目鼻口を取り払ってしまし、そのままにしていた。慌てて再び笠を被り直し、その下で細胞をいじって顔を形成する。
「……あの女、この世の物じゃないぞ」
「……ほおっ?」
 他の人間と寸分違わぬ顔を作り笠を持ち上げると、影臣は袖口の中で腕を組んで、道の先の方を睨みつけていた。彼の視線を追って、鳳も同じ方向を見やる。――呉服屋だ。色とりどりの着物を並べた店頭に、店番をしている中年の女と、先ほど鳳と衝突した幽霊のような女が談笑していた。
 白い肌に、黒い髪、桃色の小袖がよく栄える。他の若い娘と比べても、なかなか端正な顔かたちをしており、髪に差した赤の簪が揺れるたび、妖しげな色を醸し出した。
 それから間もなくして、幽霊のような女は店番に会釈すると、呉服屋から去って行った。特に何を買うわけでも、品定めするわけでもなく、単に世間話をしただけであった。つまり、あの呉服屋と女には元から関わりがあるということで――
 鳳がそう思った時には、影臣はすでに動いていた。人波に逆らうことなく上手にその呉服屋の前まで辿り着くと、店番の女を伺う。
「失礼。――あれは、どこの何という娘です?」
 店先から番頭台に戻ろうとしていた女はふと足を止めて、影臣の姿を見るや訝しげに眉をひそめた。服を求めるわけでなく、娘を出自を求めてやってくる客など稀なのだろう。鳳は親愛なる影臣に助け舟を出してやろうと、軽い足取りで、彼を後ろからせっついた。
「なんだなんだ、積極的じゃねぇかっ。――いやぁね、番頭さんよ、このお侍さん、今の娘に一目惚れしちまったらしいんだ。商品のことじゃなくて悪いけれど、教えてやってくんねえかな」
 我ながら、よく出来た言い訳だと思った。しかし何が不満だったのか、影臣はぎろりとこちらを睥睨する。鳳の軽い口調が気に食わなかったのかもしれない。それでも素知らぬ顔で番頭の女に「ね」と促すと、女はにやりと笑った。
「なんだ、そういうことかい……」
 その笑みに少しも怪しむ様子はない。女は値踏みするように影臣の姿を頭のてっぺんから足先まで眺めて、ますます笑みを濃くした。
「お侍さん、あんたどこから来たのか知らないけど、あの娘はねぇ、ここらじゃ一番大きな反物屋の一人娘だよ。海の向こうの布も、陸の奥から運んで来た布も取り扱っていて、その質がいいからうちでもご贔屓させてもらっているけれど……残念なことに、前の冬に婿養子を取って婚儀をあげたばかりさ。優しくていい子だったんだけど、ちょいと来るのが遅かったねぇ……」
 何が可笑しいのか、女はけたけたと笑った。
 影臣は腕を組んで無言のまま何かを考え込んだ後、「失礼」と静かに会釈して、呉服屋を後にした。鳳もその後を追って、「失礼っ」と声高らかに挨拶する。険しい顔の侍風体の男とやけに高揚した僧侶の取り合わせに女はきょとんとしていたが、とりとめて気にしない。わらじを引きずるようにして歩いて行く影臣のすぐ後ろに立って、鳳はちらりちらりと通り過ぎて行く商人たちを眺めながら「ふーむ」と声をあげた。
「影臣様。あの番頭の女、少しもあの娘に怪しんじゃいなかったようですな。他の町人たちも、娘を見てぎょっとした様子はありませんし……誰もあの娘の正体には気付いてねぇみたいだ」
「正体も何も、本当に反物屋の一人娘なんだろう。それが町を歩いていたところで誰も怪しむわけもあるまい」
「へ? でもだって、あれはこの世の物じゃないって言ったじゃないですか。鬼か悪霊か、そういう類いの何かじゃないんですか?」
「……あれは一度死んで蘇った奴だな……いわゆる起きあがりって奴だ。もとは生きた人間故、死んだことを知らなければ怪しむこともない……」
「へえ、ってことは、町の奴らは誰も、あの娘が死んだことを知らないってことで?」
「そうだな、本当に誰にも気付かれぬうちに死んで蘇ったか、あるいは誰かがあの娘の死を隠蔽したか……。今後の展開次第で鬼にも天神にもなりうるぞ。気になるな……」
 だんだん遠のいて行く娘の後ろ姿を眺めて、影臣が呟いた。妖怪退治、悪霊退散を生業としているはずの影臣であるが、実はただのお節介者だと鳳は思っている。相手が妖怪であろうと悪霊であろうとはたまた人間であろうと、彼にとってはあまり重要なことではないのだ。何か悶着のありそうな状況に遭遇すると、放っておくことができない性分なのである。
 今回も、見えなくなりそうな娘の後ろ姿を追う彼の目にお節介魂の片鱗を見て、鳳はくすりと笑ってしまった。
「……なら、行きますか」
 なぜ笑う、と影臣は眉根を寄せて、しかしそれでも頷く。
「……行こう」
「あいよう、合点だ!」
 そうと決まれば、娘の姿を見失ってはいけない。鳳は足首をバネにしてぴょんと飛び上がると、器用に人ごみをかきわけて娘の後を追った。風のように走り抜けて行く僧侶の姿に、町人たちは何事かと目を丸くする。背後から「鳳」と自分を諌める声が聞こえたような気もしたが、どうせすぐに追いつくだろうからと無視をした。影臣は鳳と違って滅多な事のない限り、走ったりはしないのであるが。
 山を越えて七日七晩、久しぶりに事件の予感がする。鳳は自分の胸が高鳴るのを感じていた。

 港町を越えて少し行くと、町を囲む山間部に出る。深く生い茂る木々の間に細い道があり、それは山の麓の小さな鳥居に続いていた。その昔は朱色に塗られていたのであろうその鳥居は、雨露に濡れてところどころ色もはげ、みすぼらしい茶色をしている。
 鳥居をくぐった女は、その奥にある神殿の前で静かに合掌し、目を閉じた。それは時間にすればわずか数秒足らずのことであったろう。鳥居同様に雨風にさらされてところどころ崩れ落ちそうになっている神殿に、さして捧げる祈りもないのか、女はすぐに目を開いて手を下ろした。
 神殿の脇には、小さな梅の木が立っていた。女の背丈とさして変わらない高さの、細い樹木である。今は冬も終わり、そろそろ春の巡ってくる頃合いだ。丁度梅の木は花を咲かせる時期であり、細い枝の先に、ぽろぽろと赤い梅の花が咲いていた。
 女は静かにその梅の花に手を伸ばした。小首を傾げて、まるでその花がこの世界で最も愛おしいものであるかのように、丁寧に丁寧に撫でる。花びらの輪郭をなぞり、散ってしまうことのないように優しい手付きでその感触を手に馴染ませていた。女は小さく口の中で呟いた。
「赤い、梅の花……」
 それは吐息に混じり、言葉というより呻きに近かった。人間の耳であれば、聞き逃してしまうところであったろう。しかし、女の後ろに気配もなくすぅと立ったそれは、人間ではない。
「梅の花……? 梅の花がどうしたって?」
「えっ……?」
 女は突然背後から聞こえた声に反応してくるりと体を反転させ、そして思っている以上に近接した位置に僧侶の姿をした鳳が立っていることに驚いたようであった。びくりと体を震わせて、ただただ目を丸くしている。鳳は笠を脱いでまじまじと女を見つめ、目を細めた。
「梅の花の咲く姿が見たくて、向こうから戻ってきちまったのか? それとも、黄泉の国への手向けは、梅の花がいいのかい?」
「よ、黄泉っ……?」
 鳳が一歩近付くと、女は反射的に一歩後ろへ下がろうとした。しかし、彼女の後ろには今、細い梅の木が立っている。背中と木の幹がぶつかり、それ以上は後退りできずに女は震える瞳で僧侶を見上げた。鳳は鼻と鼻の触りそうになるほどの近距離で、女を見下す。
「お前……この世のもんじゃねえだろう?」
「そ、んな……」
 その瞳の奥には確かに恐怖がうごめいている。それは音も気配もなく突然現れた僧侶に対する恐れなのか、彼の言葉に対するおののきなのか――おそらく、両方だろう。
「わ、たし……そんな、なにも……」
「誤摩化そうたって、そうはいかないよ。あたしゃ、徳の高ぁい白狐だからね。見ればすぐにわかるのさ!」
「狐っ……?」
 まさか僧侶の正体が妖狐であるとは思ってもみなかったのだろう。女はますます瞠目する。
 見ればすぐにわかるなどと見栄を切った鳳は、気配でおかしいとは気付いたものの、実のところ、その実体までは読み取ることはできなかった。しかし、自分が絶対の信頼を置くあの祓い屋の男が「この世の物ではない」と言い切ったのだから、間違いはない。そしてこの世の物ではないものは、あの世に戻るのが筋である。
 鳳はがっしりとその女の腕を掴んだ。この世の物ではないわりに、生きた人間と酷似している感触がした。が、そんなことに構っている暇はない。
「さっさと、あの世に戻りな……」
「は、離してっ……!」
「あの世に帰れば離してやるさ。さぁ、成仏するんだ、さもなくば……」
「やめ、てっ……! 本当に、私、何がなんだか……!」
 僧侶の姿をしているものの、ただの化狐でしかない鳳は、霊の成仏のさせかたなど知るはずもない。なので、力任せに脅して魂を送ってやろうなどという荒療治に出た。そしてそれは当然、通用しない。
「いや、やめてっ……!」
 腕を掴まれた女は、いやいやと何度も叫んで暴れる。そのたびに背中に当たった梅の木が揺れて、花が一輪そのまま風に乗って枝から離散した。
 強情な、と鳳は心の中で呟く。祓い屋の男は、この女のことを「起きあがり」と言った。ということは、一度は冥土の途を辿っているはずなのである。ならば逝き方は己自身でわかるだろうという実に短慮な考え方で、女を揺さぶった。しかし、一向に女は現世を離れようとはしない。
「くっそー……こうなったら少し痛い目を見てもらうぞ……狐妖術、」
「鳳、やめろ」
 鳳の瞳が不穏な光を宿し、それを見た女を震撼させたのと、ほぼ同時であった。歩いて山道を上ってきたその男が、ようやく鳥居の下に、到着した。
「影臣様……」
 狐にとって、その男の言葉は絶対だ。なので、発動させようとしていた妖術を喉の奥に飲み込んで、鳥居の方に「どうして」と首を傾げて見せた。すると影臣は腐って今にも倒れそうな鳥居に体を預けて、腕を組む。
「その女、自分の状況を理解していないんだろう。――離してやれ」
 影臣に言われては仕方ない。鳳は静かに、女の腕を解放してやった。女は安心したのか、梅の木に背を預けたままずるずるとその場に座り込んでしまう。反物屋の娘というだけあって眩いばかりの綺麗な着物を着ていたが、それが木の根の周囲のこびりついた泥の上に重なった。
 影臣は鳥居から離れると、女の手を取ってそっとその体を支えてやる。一瞬体を触れられた時、先ほどの鳳の記憶が蘇ったのか表情を強張らせたが、影臣の手付きに悪意が込められていなかったため、安堵したようにそっと立ち上がった。
「娘、名前は?」
 影臣は仏頂面で、しかしそれでもなるべく計らって優しい声で問う。女は俯いた。
「梅、と申します。申す、そうです……」
「うん?」
「本当に、何も覚えていなくて……」
 けれども、周囲が梅と呼ぶから、と女は消え入りそうな声で続ける。影臣は「そうか」と答えて、梅を境内の端のわずかに段差になっている石畳の上に座らせた。そして自分はそこには座らず彼女の前に膝を着くと、中腰になって彼女の顔を覗き込んだ。
「一度冥途を辿ると記憶をなくしてしまうのは、仕方のないことだ。魂は転生する。転生後に前世の記憶を持たぬよう、冥途で一度記憶は消去される」
 だから気に病むな、と彼が言うと、梅は静かに頷いて、不思議そうに目を瞬かせた。
「……あの、あなたは一体……?」
 梅の疑問は至極当然のものだ。突然現れた狐といい、その後現れた男に至ってはその正体もわからない。ひょっとしたら彼も妖怪変化の類いではないかと疑う瞳に不快の色は浮かべず、影臣は淡々と答えた。
「俺は影臣と言う。さきほどは、この白狐が失礼した」
 鳳は影臣の後ろでぴょんと飛び上がると、梅の座っている石畳に腰掛けて、ぐいっと彼女の顔を覗き込んだ。
「影臣様はなぁ、悪霊退散を生業にしてんだ。下手に隠し立てしたって通用しないよ」
「鳳」
 全く懲りた様子を見せない狐の頭を、ぽかんと影臣が叩く。へろっと鳳は舌を出して見せた。鳳にしてみれば、影臣が来た今、ほんの冗談のつもりであったが、梅には通用しない。彼女は怯えたように己の体をぎゅっと抱きしめた。
「悪霊……? 私、悪霊なんですか……っ?」
「別にそういうわけじゃない」
 影臣は苦りきったように鳳を睨みつけて、ふうと一息吐いた。
「梅、本当に何も覚えていないのか?」
 自分の名前を呼ばれて、梅は黒真珠のような瞳を彷徨わせた。「悪霊退散を生業にしている」という男をどこまで信用していいのか、迷っているのだろう。それでも影臣がじっと真剣な眼差しを注ぎ続けると、やがて観念したように梅は目を伏せた。
「……ある日、目が醒めて。私は畳に寝ていて……。私の父という人と、母という人と、屋敷の女中さんが、口論をしていました。起きあがると、私の着ている服はべっとり血に染まっていて……私の記憶は、そこからしかありません」
「血に染まってたってことは、死んですぐに起きあがったんだな。町の連中が、あんたの死を知る前ってことか」
 鳳が口を挟むと、特に厭うこともなく梅はこくんと頷いた。彼女が蘇ったのは、今から三日ほど前のことだという。すなわち、彼女は三日分の記憶しか持ち合わせていない。そのわずかな記憶の束を解いて、梅は悲しげに続けた。
「父は、私が死んだことを隠したがりました……何故なら、自刃であったからです……」
 梅の父は、遠い国にも松上屋というその名を馳せるほど高名な反物屋を営んでいた。何より自分の店の看板が大切であった。世間の醜聞に晒されることは堪え難い苦痛であった。よもや一人娘が自刃したと知れればどのような噂をたてられるかわかったものではない。彼は、娘の死よりも名折れとなることを恐れた。それゆえに、梅が起きあがった当初は恐れおののいたものの、厳格な態度を戻すまでにそう時間はかからなかった。
 ――いいか。お前は死んでなどいない。松上屋の娘であった頃の記憶を取り戻し、今まで通りに振る舞うんだ。
 起きあがりでしかない娘のことを気味が悪いと思うほどの関心もなかったのである。ただ、死を隠蔽できることに胸を撫で下ろしていた。
 一方、梅の母は、実母ではなかった。梅の実母は、父にしかわからない。妾ですらなく、どこの女に孕ませたのかわからぬ娘であったが、子供を作り難い体質であった父にとっては、唯一の己の子供であったため、跡取りという意味では重宝されていた。だが、由緒ある家柄から嫁いで来たという母は、気位ばかりが高く、己の存在が邪険にされているのではないかと梅に辛く当たった。
 ――死んでも尚、つきまとうつもりかい……? 私のことを母だなんて思うんじゃないよ。あまり近寄らないでおくれ。気味が悪い。虫酸が走る。
 世間体を気にして養子として松上屋に置かれていた梅には、実母ではないとは言えその女しか母と呼べる存在がない。その唯一の母に、梅は憎悪の眼差しを向けられていた。
 起きあがった梅に、松上屋のことや自分の地位、町のことや商売のことなどを一通り教えてくれた屋敷の女中は、起きあがりという存在そのものが恐ろしいのか、なるべく梅と二人きりになることは避けていた。悪意はないだろう。それが自然の反応だ。そして、彼女は時折、梅に哀憐の眼差しを向けた。まるで、その瞳は――
「……ひっでぇ連中だな。あんた、起きあがらない方が良かったんじゃないの?」
 話を一通り聞いた鳳は、明瞭に言ってやった。おそらくそれは、女中が哀憐の眼差しを向ける度、言いたくても言えなかったことだろう。一度自刃して死んだにも関わらず蘇ってしまった人間に対して、「死んだ方がましだ」などと、通常の感覚の持ち主なら言えまい。――言ってすぐに影臣から肘鉄砲という無言の制裁を食らった鳳は、鳩尾を押さえてうーんとその場に転がった。つくづく容赦ない。
「――それで? 覚えているのは、それだけか?」
 影臣は強要するのでなく、さらりと軽い調子で尋ねた。すると梅は緩やかに首を横に振る。
「いえ……自分のことで覚えていることはほとんどないのですが……」
「……というと?」
「俊八さん――夫のことは、よく覚えています。とても優しい人で、婿養子になるために松上屋に来てくれました。それから……」
 梅は言いながら、ふと視線をあげた。その目線の先には、彼女が触れようとしていた、梅の花が咲いている。
「それから――赤い、梅の花」
「赤い梅の花?」
 鳩尾の痛みからようやく解放された鳳は、梅の言葉をそのまま反芻する。どういうことだ、と彼女の顔を覗き込むと、女は再び俯いた。
「自分でも、よくわかりません……。とにかく、真っ赤に染まった梅の花」
「ふむ……」
 影臣は膝をついたままの姿勢で己の顎を撫でて、そのまま黙り込んだ。その頭の中では様々な思考が飛び交っているのであろうが、いかんせんあまりにも手がかりが少ない。彼は険しい表情のまま、問いかけた。
「それで……梅、お前はどうしたいんだ?」
「え……?」
 きょとんとした梅に、再び柔らかく問う。
「失った記憶を取り戻したいのか、それてもいっそ全て忘れてしまいたいのか……」
 聞いた話の中だけでも、梅の記憶は凄惨なものであった。何もかも忘れて安らかに眠りたいのか、あるいはきちんと思い起こしてけじめをつけたいのか。
 梅はしばらくの瞬きの後、きゅっと口元を引き締めた。迷いのない証である。
「私は……記憶を、取り戻したい」
「……それで、いいのか?」
「ええ。……だから、このお社まで来たんです。この赤い梅の花を見れば、何か思い出せるんじゃないかと思って」
 そう言った梅の目には哀愁が漂うが、決して弱々しい決意ではなかった。自分が何者なのか、何故ここにいるのかもわからずにただ彷徨うことに嫌気がさしたのだろう。彼女はもとより、記憶を取り戻そうとしていたのだという。
 「そうか」と呟いた影臣は、またもや顎に手をあてて、深く考え込んだ。この男の本業は「祓い屋」であるが、だからと言って無闇に浄霊を行ったりしない。数多の試行錯誤と、一瞬の除霊作業が彼の仕事の配分であった。ここ数年彼と行動を共にしている狐にも、考え込む祓い屋の姿は見慣れた光景である。
 どうしたものか、と考えていた影臣が顔をあげ、そして何かを言おうとしたその時、社の入り口である鳥居の麓から、不意に声が響いた。
「梅、こんなところにいたのか……!」
 鳳は顔をあげ、その方を見る。人の気配はなんとなく感じていたから、さほど驚きはしなかった。けれども、その男が梅の知り合いだとは知らない。誰だ、と首を傾げると、颯爽と男は石段に座った梅の前に立ちはだかって、手を差し伸べた。
「まったく……町へ出たきり帰ってこないから、心配したんだ」
「俊八さん……」
 俊八――確か先刻、梅は自分の夫のことをそう呼んだ。
 この男が、と鳳は梅の隣に腰掛けたまま、まじまじと男を見つめた。背の高い美丈夫で、きつい瞳をしているが、とろけるような優しい声色で話す。名家松上屋に婿入りしたとだけあって、気品の感じられる立ち振る舞いをしていた。
「梅……この人達は?」
 俊八は梅を囲んでいた鳳と影臣を交互に見やって不思議そうに問う。梅は差し伸べられた俊八の手を取り立ち上がってから、「ええと」と口籠った。起きあがりである自分の正体を確かめに近付いて来た祓い屋と化狐だ、とは言い辛いのであろう。先ほどの話によれば、梅はよほど俊八のことを慕っているようであった。
「……旅をしてこられたそうです。それで、少し、お話を……」
 細い声で言い繕った梅の言葉に、「ふうん」と答えた俊八は疑う様子は見せない。その代わりに、石段の上に腰掛けた鳳とその場に膝を着いている影臣の姿を見下して、渋面を浮かべた。
「……行こう。あまり汚い旅人と関わるものじゃない」
「……汚いっ?」
 失敬な、と鳳は喚きそうになるが、影臣に口を押さえられ、止まった。確かに、七日七晩山を越えて来た彼らの見てくれは客観的に見て、小汚い。名家の一人娘と関わり合うべき身分ではないことは明確であった。俊八には、金を持たない旅人が由緒正しい家柄の娘にたかっているように見えたのかもしれない。彼は梅の手を引き、影臣達には何も告げずに踵を返した。ちらりと影臣の表情を伺うと、「しょうがない」と諦めたようで、それ以上梅を追おうとはしていない。
 鳳は何となく、去って行く二人の方向を見て聞き耳をたてた。鳥居を越えて町の方へ向かう俊八の声は、やはり柔らかい。
「どうだい、少しは何か、思い出したかい……?」
「いいえ、何も……」
「そうか……」
 その口調から、俊八は己の妻が一度死んで蘇ったことも、そして彼女が記憶を失い、取り戻したいと思っていることも知っていると思われた。知っていて尚、彼女のことを丁寧に扱う。非道な仕打ちを見せつける両親とは大違いだ。
「でも、全てのことを忘れても、私のことを覚えていてくれたことは、本当に嬉しかったよ」
 遠のいていく二人の声を、狐の聴力でもってして必死に聞き取るが、その語尾はほとんど風に紛れて聞こえなかった。ただ、その声質が柔らかいことから、何も記憶のない妻のことを励ましているのだということだけがわかる。
 一人と一匹の取り残された小さな社は、やがて人気がなくなると、静かに風の吹き抜ける音しか聞こえなくなった。春先のまだ冷たい風が頬を擦る。鳳は石畳の上にあぐらをかいて脱ぎ捨てた笠を拾うと、くるりと手の中で回した。
「……優しい旦那ですな」
「……うむ」
 鳳は二人の去って行った方を眺めて笠をかぶりなおすと、頬杖をついた。もうこの場には影臣しかおらず、他に見ている人間もいない。わずかに変化を解いて白い尾を表出させると、楽な体勢をとってぱたぱたと尾を左右に振った。
「あの娘、両親には恵まれなかったようですが、いい旦那を見つけたんだな。幸せそうで何よりだ」
「いや……どうだろう」
「うん?」
 ぱたぱたと振る尾の動きを止めて、鳳は瞬く。地面に片膝を着いたままの決して楽ではないであろう体勢を崩すことも忘れ、影臣は難しい顔をしていた。彼はこめかみに辺りを押さえて社に咲く赤い梅の花を見上げる。
「本当に幸せならば、何故、自刃する必要がある?」
「まぁ、それはそうですが……あれじゃないですか、両親からの卑劣な行いに耐えきれなくなって、とか」
「そんなものは今更だろう。むしろ、それだけ苦痛な日々を送っていたのなら、夫の与えてくれる束の間の幸福がより輝かしく思えるはずだが」
「はぁ、なら……なぜ?」
「さあ……今の時点では何とも言えぬが、ただ――」
 影臣はようやく立ち上がると、膝についた泥を片手でぱっぱと落とした。彼は袖の中で腕を組み、鳥居の先の方を睨む。厳しいその瞳には何が映っているのか。
「――ただ、あの男、血の臭いがするな」
「血の臭いっ?」
 鳳はぴんと尾をまっすぐ立てて、軽く跳躍した。四つん這いになって影臣の隣に立つと、彼と同じ方向を睨みつける。しかし、臭うのは社に生える梅の樹の香りばかりだ。
「……あたしは何も感じませんでしたけどねぇ。さすがですね。狐より鼻が利くなんて」
 しみじみ感心したように告げると、「阿呆かお前は」と何故か呆れられた。どうして賛辞を述べたにも関わらず罵られなければならないのか、鳳にはさっぱりわからなかった。
「……とにかく、二手に分かれるぞ」
「へ?」
「俺があの男の方を尾けるから、お前は梅の方を尾けろ。何かわかるやもしれん」
「はぁ……」
 鳳は四つん這いになったまま、釈然とせずに影臣のことを見上げる。祓い屋の本業は悪霊退散、しかしそれは本来他者より依頼を受けて報酬との交換として行う物である。今日は鳳の知る限り、誰からも依頼など受けてはいないはずだった。それなのに――
「記憶を、取り戻してやるんで?」
「取り戻すべきか否かは、先に梅の過去を知ってから判断する」
「ほお」
「出来る事なら、除霊など行いたくはない。自然に成仏できればそれが一番いい」
「……随分、優しい祓い屋だなぁ」
「何か文句でもあるのか?」
「ありませんとも!」
 鳳は再び完全な人の形を取ると、影臣以上の長身の男となってぐいと胸を張る。
 影臣は、八百年生きてきた鳳の長い生涯にて出会った中でも、最も強大な力を持つ呪術師だ。その力故に人を殺めたこともあるという。力故に人間とは必要以上に親しい関係を持てないのだともいう。
 初めて出会ったのは、今から二年昔のことだった。彼は二十三かそこら、狐から見ればまだ生まれたての赤ん坊であった。しかし、彼の内に秘める強さと脆さという不安定な魂の強さに、魅せられた。
 影臣は、八百年生きてきた鳳の長い生涯にて出会った中でも、最も強大な力を持つ呪術師だ。そして、最も優しい心を持つ呪術師だ。
「あたしはね、あんたのそういうところが好きなんだから!」
 意気揚々と言い放つと、影臣は不服そうな顔をした。からかわれていると思ったのだろう。事実、からかいの心がないと言ったら嘘になる。けれども、その言葉に偽りはない。
 風が吹いて、社の周辺の木々をざわめかせた。吹き抜ける風はやがてこの境内にも達し、細い梅の木をも揺らす。一輪の赤い梅の花が、風の力に負けて宙に舞った。ひらりひらりと舞い堕ちて行く鮮やかな赤は美しく、いっそ不気味ですらあった。


 ――梅を尾行し、彼女の周囲を調べろ。
 当代一――と鳳は思っている――の祓い屋影臣から特令を受け、三日が経った。周囲に何か不穏な動き、あるいは少しでも気にかかることがあればすぐに伝えるようにと影臣に言われ、梅の後を尾け続けているが、変わったことは特に起こらなかった。
 一日目は子猫に化けて屋根の上や軒下から彼女のことを追い、彼女の実家である反物屋が予想していた以上に立派であったことに驚嘆した。
 二日目は梅の部屋にかかっていた掛け軸に化けて彼女のことを観察し続け、夜になって仕事から戻ってきた俊八の優しい手に翻弄されていく彼女のことを見てとても気恥ずかしい心地になった。
 そして三日目の今日はというと、梅は夕方から外出するようであった。なんでも港町に大きな船が辿り着いたらしい。港にて市場が開かれ、同時に祭りが催されるそうだった。毎年恒例の行事となっているらしく、市場に出店するために梅の家、松上屋もてんてこ舞いだ。そして梅も、大した手伝いこそ出来ないが、看板娘としてその店先に立つことになったという。
(祭りか……)
 掛け軸に化けたまま、一連の話を伺っていた鳳は、心を弾ませていた。昔から、賑やかな所が好きな性分である。影臣と出会う前から、お祭り騒ぎを聞きつけては人に化けて何気ない顔をしてよく紛れていたものだ。――よし、今日はそれで行こう。
 普段祭りに参加したいなどと言っても、影臣はあまり賑やかなところを好まないために、良い顔をしてはもらえない。だが、今回は梅の監視という大切な役割のため、仕方なく行くのだ。絶妙な口実を得た鳳は、部屋から誰もいなくなったことを確認するとすっと変化を解いて、窓から外へ飛び出した。間もなく、祭りの準備のために人々が港に集まる頃だ。
 空は昼間の温もりを残したまま、明るい朱の色に染まろうとしている。春先の空は、美しい。

 日が沈み、提灯に火が灯される。港町に店を構える人間は、一斉に店を閉めて、露店を開いた。どこよりともなく、明るい異国情緒漂う笛の音が響く。それに合わせて踊り狂う人間に、酒屋の者が酒を振る舞った。今朝ひきあげたばかりの魚の焼ける香ばしい臭いが祭り全体を包み込む。
 行き交う人は、皆よそ行きの豪勢な着物を纏い、自分こそが一番だと言わんばかりに胸を張る。誰に見せつけるつもりなのだろう。自分の店と競合する他の店に圧倒的な差を見せつけているのか、あるいは異性の目を引くためか。おそらくは、その両者が混在している。鳳も、賑やかな祭りの最中、初めて遭ったのであろう男と女が連れ添って暗闇に消えて行くその後ろ姿を何度か見かけた。
 そしてかく言う鳳も、何度か酒の入った男に闇の方へと誘われた。というのも、祭りに行くなら男に化けるよりも女に化けた方が得をする、と長年の経験から結論付けた鳳は無邪気な美女に変化していたためである。絶世の美女に化けてしまうと、男共は逆に手を出し難い。それよりも、下町風体の愛らしさの相見えるくらいの若い娘が程よいのである。
「そこの可愛いお嬢さん、お酒は飲めるかい?」
 酒屋の隣の露店に並べられた異国の石を物色していると、やはり声をかけられた。鳳は顔を上げ、幼い顔に少しだけ妖艶さを含ませて、笑う。
「飲める」
 祭りでは、多弁な女よりも少し寡黙すぎるくらいの方が好まれる。ただ相槌を打ってにこにこと笑っていれば、それでいい。男たちは酒やら食い物やらを次々に振る舞ってくれた。そして闇に引きずり込まれそうになったところで、すぅと闇に同化してしまえば問題ない。狐だからできる芸当だ。
 もちろん、狐の妖術を使えば、こんな面倒なことなどせずとも酒やら肴やらを盗むことは容易いのであるが、それでは折角祭りに来た意味がなかった。まずは、楽しみ、それから腹を満たす。
 ――という次第で、鳳はすっかり祭りの空気に飲まれ、本来の目的を忘れかけていた。
 夜も更け、満月にはまだ足りぬ丸い月が、南中しようとしている。商人たちは露店の経営の傍ら酒を飲み始め、誰もかれもが陽気だ。鳳は男を五人ほどたぶらかしたところで満腹になり、重くなった腹を擦ってこっそりと港を抜け出した。
 食った食った、と快く人気のない道を目指す。もとより町の人間のほとんどが港へ出払ってしまっていたから、港を抜ければどこも静寂に包まれていた。
 鳳は屋敷の立ち並ぶ通りまでくると、屋敷と屋敷の間の猫のみ通るような細い路地を通り抜ける。屋敷の裏側へ出ると、港町を囲む山の麓に辿り着いた。道はない。木々がひしめきあい、暗色の影が広がっている。
 ここまでくれば、誰もいないだろう。そう思った鳳は、体の一部のみ変化を解いた。ずっと人間の形を取っているのにはそこそこの気力が必要となる。しかし今のような満腹の時には、気力などいれずに虚脱していたい。そこで、尾の部位と耳の部位、そして四肢の先など末端から力を抜いた。ゆっくりと変化を解いていく。――と、不意に、声がした。
「……鳳、さん?」
 驚愕のあまり、飛び上がりそうになった。
 鳳が変化を解いたのは、誰もいないと思った故である。まだ祭りは続いているというのに、こんな暗闇にくる人間などおるまい。よしんばいたとしても、狐の五感で探り、人間が近付けば気配で気付くはずであった。それなのに、全く気付かなかった。――愕然としながらその声の方を見やって、納得する。そこに立っていたのは、生きた気配を持つ人間ではない。
「……梅」
 屋敷と屋敷の合間から、幽霊のような女が立ってこちらを見ていた。通常であればぎょっとするところであるが、生憎鳳は彼女の正体を知っている。それどころか、彼女をこの三日間監視し続けていた。しかしそんなことはすっかり忘却の彼方へ置いて来てしまった鳳は、「なんだ梅か」と安堵して、まだ完全には変化の溶解けていない状態で樹の麓に腰掛ける。太い根の上に腰を下ろして、左右に尾を振った。
「突然声かけられたら、びっくりすんじゃねえか」
「あ……ごめん、なさい」
 その場で硬直していた梅は、おそらく鳳と同じかそれ以上に驚いていたようであった。初めて狐が変化を解く姿などを見たのだから当然と言えば当然だ。その上、三日前初めて出会った時に実力行使で梅のことを除霊しようとした姿も重なって、梅は警戒を解こうとはしない。屋敷の間でまだ少し怯えながらこちらを伺っている彼女を見て、しかし鳳はけろりとしていた。
「あんた、こんな人気のねえところで何してんだ?」
 狐は、過去の失態などすぐに忘れてしまう。故に、梅に「黄泉へ戻れ」と強要したことなどすでに覚えていなかった。ただ今疑問に思うのは、何故松上屋の看板娘をしていたはずの梅が、誰も通らないような暗闇にいるのか、である。
 梅は問われて初めて気が付いたとでも言うかのように、はっとして辺りを見回した。そして何故ここにいるのだろうかと己でも判然としないのか、両手を胸の前で合わせて戸惑う。
「……私は、何を、しているんでしょう……」
「……自分で、わかんねえの?」
 ええ、と頷いた梅は、背後にそびえる港の方角をちらりと見やった。風に乗って異国の笛太鼓の音が響いてくる。
「そろそろ祭りも終盤となって……やることもないから、好きにしろと父に言われて……気付いたら此処に来ていました。――何かが、あるような気がして」
 彼女はどこか遠い所を捕えて憂いを帯びていた。何故か、鳳の背中にぞくりと冷たい物が走る。気配のない人間とは、ふとした瞬間に恐ろしい気がしてしまうものだ。
「……記憶、取り戻したのかい?」
 気を取り直して問いかけると、梅は悲しそうに首を横に振った。まあそうだろうな、と鳳は思う。鳳は梅に三日張り付いていたが、特に過去を思い出したような様子はなかった。
 二人の間に沈黙が広がる。満腹になって少し眠気も訪れ心地良い鳳は沈黙を厭わなかったのであるが、梅は気まずく思ったのか目線をさまよわせ、何やら話題を探していた。
「……ええと、あげはさん、は」
「名前はねえから白狐でいいよ」
「え? でも、影臣さんは、鳳って……」
「あれは勝手に影臣様があたしに付けた名よ」
 折角提示してくれた話題を遮って、狐は欠伸を漏らした。影臣に鳳と呼ばれることに抵抗はなくなった。しかし、他の人間には滅多に呼ばれないため、若干の違和感がある。
 すみません、となぜだか恐縮したように謝った梅は、きょろきょろと辺りを見回した。
「今日は、影臣さんと一緒ではないんですね」
「んー、ああ、だって影臣様は、あんたの旦那の方を尾けてるからね」
 ふわふわと心地良い眠気に誘われて、鳳はもう一つ欠伸を漏らす。久しぶりに美味い物をたらふく食べたためだろう。自分が重要なことを口走ってしまったことになど気付かない。
「……はい?」
「ちなみに、あたしが梅に尾く係」
「……それ、私に言ったらまずいことじゃないんですか……?」
 恐る恐る梅に問われる。うん? と首を傾げた鳳はしばし、何がまずいのかさえわからなかった。が、やがて、確かに尾行というのは相手に気付かれていないからこそ意味のあることだと気付き、顔面蒼白になる。しまったと思うが、発してしまった声は、戻らない。
「ああああ、まずいのか、そうか、まずいのか! うわぁ……頼む、忘れてくれ!」
「忘れてあげたい気持ちはありますけれど……」
 飛び上がって己の頭をかきむしる鳳の姿に目を丸くして、梅は小さく呟いた。そんな声はもう、鳳の耳には届かない。
「あああ……しまったなあ……。せっかく今度こそ、影臣様のお役にたてると思ったのになぁ……」
 その場にしゃがみこんで鳳は土の上にのの字を書いた。感情表現豊かな鳳の落ち込み方は、やはり明け透けである。慰めるべきなのかどうなのかと逡巡している梅の葛藤など露知らず、「それもこれも」と言って鳳は顔をあげた。
「もとはといえば、ぜぇえんぶ、梅っ! あんたのためなんだ!」
「えっ、私……っ?」
 鳳は足をバネにして勢いよく立ち上がると、まだ屋敷の合間に立ち尽くしている梅に近接し、彼女の鼻に白い毛で覆われた人の手のように見える物を強く押し当てる。
「そうよぅ。あんたが影臣様の前に現れちまったからいけねえんだよ。あの人はねえ、あんたみたいにうじうじ迷ってる奴を放っとけないんだ。いいかいっ? 影臣様に、か、ん、しゃ、しなよっ?」
「は、はいっ……」
 目を白黒させながら梅が頷いたのを確認し、はあと鳳は溜め息を吐いた。全身よりだらりと脱力して、再び木の根の上に腰掛ける。
「あの人はお人好しすぎるんだ……誰に頼まれたわけでも、何の報酬のあるわけでもねえのに、いっつもいいいっつも、自分から厄介事に突っ込んでいって……」
 ぶつぶつと呟く鳳は、己が計画をこともあろうか標的に喋ってしまったことを棚に上げ、影臣に責任を転嫁する。そもそもこんな厄介なこと、やらなければいいのにと。
 それを聞いていた梅は、くすりと笑った。その音を拾って鳳はきょとんとする。顔をあげると、柔和な笑みが見えた。
「鳳さんは、影臣さんが大好きなんですね」
 あれ、と思う。そういえばこの女の笑う顔を、初めて見たような気がした。
「あったりめえよ。影臣さんはね、あたしの命の恩人なんだから」
 とりあえず、好きか嫌いかで問われれば迷うべくもないその答えを返して、鳳はふんぞりかえった。「命?」と首を傾げた梅はまだ、屋敷の脇に立っている。いつまでも立たせているのも可哀想だなと思い立ち、鳳は自分の隣に座るよう指し示した。最初は警戒していた梅も、狐のとんだ間抜けた部分を見たためか、今度は警戒することなく鳳の隣に腰掛ける。なんだかそれが嬉しくて、鳳は尾を左右にぱたんと振った。
「狐はね、千年生きると天狐になれるんだ。だが、大概の狐はそんなに長生きできない。何でかわかる?」
「さあ……」
 突如己の身の上話を始めた鳳を邪険にはせず、梅は純真のままに答えた。それは確かに、ただの人間に狐のなんたるかのわかるわけもないだろう。
 天に住まう狐は齢千年を越え、神の域に達した天狐と呼ばれる。しかし全ての狐がそれになれるというわけではない。狐が狐として生まれた時に、道は二つに別れる。一つはただ「狐」という一生を送り寿命を全うして死ぬ道。そしてもう一つは天狐となるために妖怪変化となることを選んで化狐として生き続ける道――。
「天狐になりたい狐ってぇのは大抵欲が深くて人を化かすのが好きだ。だから、大概が人間に捕まって、殺されちまう。中には妖怪やら悪霊やらを退治することで生計たててるような奴もいるからね。……で、あたしも数年前に、ついに殺されそうになった」
 鳳は何度も、人の手に囚われ殺された同志を見てきている。しかし己はあんなへまはしない。何と言っても徳の高い白狐だ、人間などに殺されるものかと思って八百年、その時始めて死を覚悟した。
「でもそれがひっどい男でね、普通に殺してくれればいいものを、焼きごてでじわじわ背中から焼きやがって」
「焼きごて……っ?」
「で、その時助けてくれたのが影臣様よ」
 今でも鳳は、あの瞬間を克明に思い出すことができる。長すぎる生涯の中で、いちいち覚えていることなど疎ましく、大方のことは忘れてしまうのだが、影臣と出会った瞬間だけは忘れられなかった。神か仏だと、真面目に思った。
「今でもあたしの背中には、焼きごてで焼かれた火傷の痕が残ってる。それが黒くて蝶の形に似ているから、あげはと影臣様は呼んだ」
 それからというもの、鳳は影臣と行動を共にしている。というよりも、鳳が影臣にまとわりついていると言った方が正しいか。別段、影臣に一緒に来いと誘われたわけではなかった。しかし、影臣は来るなと拒むこともしなかった。
「……なによりね、あの人は寂しいお人なのよ。あまりにも呪力が強すぎて、ひとりぼっちなんだ」
 祓い屋という職業を生業としながら、妖怪変化の類いである化狐を連れて歩く彼の心情は、鳳には伺い知れない。けれども、四六時中隣にいることで、時折彼の見せる憂愁の色を誰よりも間近で感じていた。
「――例えば、ここに小さな木が生えているだろ?」
 鳳は、自分の座っている木の根の隣にひっそりと芽を出した苗木を指差した。今は夜だが朝が来れば差し込む日光の方向へと必死に枝を伸ばすのだろう。まだこの木は赤子だ。
「この木が育つには、何年、何十年、何百年もの月日が必要だ。けど、影臣様が片手をかざして念をこめる。途端にぐんと樹は育ち、何百年もの樹齢を持つ」
「何百年っ?」
 目を丸くした梅に、そう、と鳳は首を縦に振った。
「それが、例えば人間相手にも出来ちゃうわけよ」
「そうしたら、その人は……」
「もちろん死ぬね。――あの人は片手で人を殺せる」
 時を操る呪術師、と呼ばれているそうだ。いわゆる呪術を使う人間として、一通りの技は全て習得しているが、彼の本領はそこでは発揮されない。こればかりは修行うんぬんでどうにかなるものにあらず、生まれ持った力であるという。そして、それは、禁忌なのだそうだ。本来、人は時を操ってはならない。それは神仏のみに与えられた特権であった。
「だから、あの人は、孤独な人なんだ。誰か人間と、添い遂げることはできない」
 彼の持つ力は、人としての禁忌を犯している。故に、彼は人間と共にはおれない。鳳にはよくわからないが、彼はそれを掟として自分に課しているようであった。
「孤独な……人……」
 生前の記憶はまだよみがえらないはずであるが、何か思い当たる節でもあるのかどうなのか、梅は苗木をぼんやりと見つめて呟いた。
 確かに、この梅という娘も孤独な人間であることに違いはなかった。どうにも影臣は、こういう人間に弱い。己と重ねて見てしまうのかどうなのか、救いの手を差し伸べずにはおれないのだ。
 遠くから祭りの喧噪が響く。町の中を反射して届くその音は、ここまでくると歪んで聞こえ、侘しささえ醸し出していた。神妙な顔で俯いた梅を見て、鳳はぱんと手を打つ。彼女を鬱々とさせるために話したわけではなかった。
「まっ、あたしが嫁入りするのは影臣様って決めてるから、恋仇もいねぇし、好都合だけどねっ」
 拍子抜けするくらい明るく言い放つと、梅は猫騙しをくらったかのように唖然としていた。そして、ようやくその言葉を理解すると、「へぇ」と言って微笑む。
「鳳さんは、本当に影臣さんが大好きなんですね……鳳さんは、女?」
「さぁね」
「さぁ?」
「どっちでもいいって影臣様が言うから、どっちでもいいんだよ」
 あっさり言って、鳳は頬杖をつく。「そうかなぁ」と梅は苦笑しているが、鳳としては心の底からどちらでもいいと思っている。狐にとって嫁入りすることに、人間の持つような意味はない。女であるとか男であるとか、そういうことは関係がないのだ。――が、それを説明してやる気はない。
「まぁ、知らなくてもいいってことよ」
 さらりとはね除けて、鳳は黒目勝ちの目をまっすぐ梅に注いだ。
「……世の中には、知らなくていいことがたくさんある。それ以上に、知らない方がいいこともたくさんある」
「ええ……」
「梅、あんた、本当に自分の過去を知りたいの?」
 突然、核心をつく。
 物事を知ることにより、得る物と失う物がある、とは鳳の尊敬する影臣の言葉だ。彼は、多くを知り過ぎたのだという。故に、梅の記憶を取り戻すのか、という鳳の問いに対してこう答えた。――取り戻すべきか否かは、先に梅の過去を知ってから判断する。
 梅はそっと腰掛けていた木の根から立ち上がる。そしてよろよろと屋敷の側まで歩いて行き、木製の外壁に手をついた。彼女は悩んだ挙げ句、笑顔を選んだ。
「……知りたいです」
 その笑顔はまっすぐ紛うことなく鳳に降り注がれて、
「ありがとう」
 朗々とした御礼の言葉とともに、梅は去って行った。
 胴は人間、末端は狐という半人半狐の状態で放置された鳳は、尾をゆっくり振りながらきょとんとする。狐には、彼女の笑顔の意味も、ありがとうという謝礼の意味も、いまいちわからなかった。苦悶しているはずなのに、何故笑う? 感謝される謂れも無いのに何故お礼を言う? ――人の心はわからない。
 鳳は、ぽりぽりと頬をかいて、夜空を見上げた。
「お礼、言われてもなぁ……」
 空にはぽっかり丸い月が浮かんでいる。もう二、三日すれば完全なる満月を迎えることになるだろう。折角祭りをやるならば、満月の日にすればいいのに。
 ざわざわと風向きが変わった。それまで海の方向から吹いていた風が、不意に山から流れてくる。風の臭いが変わる。潮の香りが、甘い香りに変わった。この香りはなんだろう。
(……梅の花?)
 記憶に新しいその臭いを嗅ぎ取って、鳳は後ろを振り返った。香りは丘の上の方からだ。狐は四つん這いになって、坂を上る。道なき道をゆくが、もとは野性の狐であった。山道が苦手ではない。
 そこからさして遠くもないところに、山の木々の少ないぽっかりと開けた空間があった。月光がきらきらと差し込む。その中央に、小さな木が生えていた。雪のように白い花が咲き乱れている。――白梅だ。
 鳳は四つん這いのまま、ゆっくりとその樹に近付いた。おそらく臭いの元はこれだろう。しかし、何故こんなところに白梅があるのだろう。周囲に樹は生えていない。この白梅のみが一本空へ向かって枝を伸ばしている。野生で育ったものではないだろうと思われた。だとすれば、一体誰が何のために植えたのだ?
 きと、脳裏に梅の言葉が蘇った。――そろそろ祭りも終盤となって……やることもないから、好きにしろと父に言われて……気付いたら此処に来ていました。――何かが、あるような気がして。
 何かがあるような気がして。何かとは、何だろう。ひょっとしてひょっとすると、この白梅のことではないのか。梅は、この木を意識のどこかで思っていたのではないだろうか。
 ――とそこまで考えて、ふと、気付いた。鳳は辺りを見回す。梅は、どこだ?
 はっとして飛び上がり、鳳は慌てて山を下った。一瞬で四つん這いから人の形に変化する。迅速に屋敷と屋敷の間の細い道をすりぬけて町の中へと飛び出したが、人気がない。遠くの祭りの方もそろそろ沈静化してきたのか、がやがやと片付けている音が聞こえてくる。
(し、しまったぁ……!)
 鳳は両手で頭を挟んだ。
 梅を尾けろと影臣は言った。しかし、鳳は祭りの陽気にあてられてその役目を一瞬忘れたどころか、彼女の姿を見失ってしまった。それどころか、その役目をあてがわれたことを、梅本人に告げてしまったという大失態も侵している。
(うわぁあぁ、かげおみさまにっ、おこられるっ!)
 鳳は首を右へ左へと激しく振った。梅はどこだろう。早く見つけ出さなくてはならない。
 ぴょんと宙に跳躍し、狐は走り出した。まだ先ほど別れたばかりだ。そう遠くへは言っていないはずと自分に言い聞かせながら――。

 まずは、祭りも終わった港へ向かった。しかし、酔客ばかりの喧噪の中、梅は見つけられない。絡んでくる酔っぱらいどもをなんとか躱して松上屋の露店を見つけることはできたのであるが、店を畳んで布が汚れぬよう必死にかばう使用人の姿と、店主の姿しか見つけることはできなかった。梅は、此処にはいない。
 はてさてそれなら何処へ行ったものだろうかと考えて、鳳は町へ戻った。そうだ、祭りにいないのならば、松上屋、梅の実家の方へ帰っているのではないだろうか。
 今度こそ宛は外れていないと思われた。鳳は港から続く急斜面を登り、町を軽快に走り抜ける。松上屋は港からそれほど遠くはなかった。しかしながら、少し入り組んだ小道の先に、その店を構えている。
 酔っぱらって嘔吐している人間を避け、嫌な物を見せられたと眉を顰めながら辿り着いた店に、明かりはなかった。まだ使用人達は誰も帰ってきていないらしい。鳳は背を伸ばして中の様子を伺おうとする。と、ふと、人の気配を裏口の方から感じた。
 おそらく、ただの人間では気付けなかっただろうと思う。こそこそと話し合う男女の声がしたのだ。狐の耳は、人間のそれよりも大分発達している。鳳は抜き足差し足で店の裏側に回ると、勝手口から中を覗こうとした。が、厨房に置かれた壷が邪魔でよく見えない。ならば窓側から、と思って暗闇の中を移動していると、不意に誰か人と衝突した。
「わっ!」
 思わず声を出してしまい、慌てて口を塞ごうとすると、それよりも先に誰かの手で口を塞がれる。呼吸ができない。混乱する。誰だ、何だ、と暴れそうになると、脳に直接声が届いた。
(静かにしろ! 鳳っ!)
 音の空気伝達を省いて直接脳に語りかける、精神感応の技だ。これが使えるなんて、相当な術士かあるいは高等な妖怪である。
(影臣様っ)
 そして、鳳は頭は悪いが単純な力の換算から言えば、高等な妖怪であった。伊達に八百年生きてはいない。精神感応くらい、お手の物である。
 暗闇の中目を凝らせば、そこには身を屈めた影臣の姿があった。静かに、と目で訴えてくる影臣に答えて、鳳はぐっと息を呑んだ。家の中から、男と女の声が聞こえてくる。
「今、誰かいなかったか……?」
「気の所為じゃないかい? 祭りの喧噪だろう」
 二人は顔を見合わせて、ふうと息を吐いた。どうやら中にいる誰かに、気付かれずに済んだようだ。
 鳳は人の形の変化を解いて狐に戻ると、なるべく縮こまった。窓の高さからこちらが見えてはいけない。影臣も外壁に背中を這わせ、小さくなっていた。
(鳳、なぜお前がここにいる? 梅は、どうした?)
 精神感応で、至極尤もな問いかけをされた。鳳は目を潤ませて、許しを請う体勢を取る。
(見逃しちゃいましたっ)
 怒られるかな、呆れられるかな、とさまざまな予測が飛び交う中、影臣の反応は淡白であった。表情一つ変えずに、意識は完全に屋敷の中の方へ集中している。
(もとより期待しておらん)
 うっ、と鳳は言葉に詰まった。そんな、と情けない心地にならずにはおれない。それは確かに粗相したのは狐であるが、あまりにも冷たいではないか。いや、怒られなかったから、優しいのか。
(じゃあじゃあっ、影臣様こそこんなところで何してるんです?)
 仕返しとばかりに鳳は影臣の太ももの辺りを鼻先でつついた。それを見下ろす影臣の目は、やはり冷たい。
(俺は俊八を追っている。今、中に男と女がいるだろう。男の方が、俊八だ)
(あ、そか)
 影臣が鳳と同等の失態をするわけもない。彼はきちんと理由あってここにいるのだ。
 鳳は外壁に体を寄せて、耳を立てた。中で何が行われているのか、目で見ずに察知しようと努める。
「……そろそろ祭りの終わる頃だよ」
「なら、俺も戻らねばならん」
 男は俊八だ。なら、女は誰だ? 鳳は必死に耳を研ぎすます。
「あの起きあがりに気をつけて」
「なに、心配には及ばん。では行ってくる、お稜」
(お稜? 誰?)
 名前を聞いても、鳳にはわからなかった。誰ですか、という意味を込めて影臣の脇腹に額を押し当てると、影臣からは素っ気ない返答。
(稜。梅の母だ)
 ――返答の仕方は素っ気ないが、内容は甚だしい。鳳はえっ、と声をあげそうになるのを必死で堪えた。祭りの日に、家において明かりも灯さずこんな暗闇で、俊八と梅の母が一体何をしているというのだ。
 ふと、部屋の中が静かになった。声は聞こえぬが、確かな衣擦れの音がする。人と人とが触れ合うような些細な物音と、そして気配で感じ取ったのは、恐らく、接吻。
 どういうことだ、と目を丸くする。鳳が教えを請おうと影臣を見上げると、彼は俊八が去って行ったのを確認してから、腕を組んで頭を外壁に預けた。
(俺が俊八に張り付いていた三日間、なんとなくその素振りはあった……しかし、こうもあからさまな逢瀬は初めて見た)
(え、ということ、は)
 ぐちゃぐちゃとこんがらがる思考を整理して、鳳は必死に彼に付いて行こうとする。
(梅の夫と、梅の母が、実は情人同士である、と……?)
 影臣の頭が縦に動いた。それは人間界では肯定の意味を表している。
 なんてこった、と鳳は瞠目した。ぐらりと視界が揺らぐ。木刀で殴られたような衝撃があった。
 鳳はたった三日ではあるが、ずっと梅のことを観察していた。梅は純真な心を持つ娘であった。父に道具として扱われ、母に疎まれ、それでも健気であった。そんな彼女がただ一人支えにしていたのは夫である俊八だ。他でもない、俊八なのだ。それなのに、と鳳は俯く。
(あんまりじゃねぇか……。そりゃ、梅の自刃する気持ちもわからなくはない)
 これで梅の自刃した理由は明らかになった。と鳳は思った。いくら血が繋がってないとは言え母と、夫が情を通わせ合っていたなどと知れば、それは自刃もしたくなるだろう。しかし、隣の男の表情は瞭然とはしていなかった。
(いや……まだ、腑に落ちんな)
(……何がです?)
 俊八と稜は確かに接吻を交わしていたのだ。これ以上の証拠など見つかるまい。何が腑に落ちないというのか。安易にそう思ってしまう鳳と違い、影臣は思慮深い。
(これはそもそもの疑問なのだが、何故自刃した人間が起きあがるのだろうかと)
(それはまぁ、そんなこともあるでしょう)
(確かに、ないとは言えん。だが、珍しい……。起きあがる連中は、何かしら未練があって起きあがる。しかし、自ら命を絶った以上、また現世に戻ってきてしまっては意味がないのではないか)
(はあ……まあ、それはそうかもしれませんけれども)
(それに、あの稜という女……。気にかかるな)
(何がです?)
(俊八は仮にも婿入りした松上屋の女将を、稜と呼んだ)
(実は情人だったからでしょう。他に人がいるところでは女将と呼んでいるんじゃないですか?)
(それはそうだろうが……気にかかる)
 影臣は、一人屋敷の中に取り残された稜の方を伺った。彼はゆっくりと地面を這い、中から見えぬように移動する。そっと勝手口の方へ回らんとし、家の外壁をぐるりと回ると、ふと、そこに気配のない人間が立っていた。
 影臣を後ろから追っていた鳳は、そこに立っている女の姿にぎょっとする。何度も同じ経験を繰り返しているが、なかなか慣れない。本当に、彼女は幽霊のようだ。
「梅……」
 影臣は彼女を見上げて何も言わない。代わりに鳳が、彼女の名を呼んだ。
 名を呼ばれてはっと振り返った梅は、そこに四つん這いになった影臣の姿と、完全な狐の姿に戻った鳳を見つけ、一瞬泣き崩れそうな表情を見せる。が、すぐに踵を返し、決してその顔を誰も見せぬようにと俯いて、走り去って行った。彼女からは、やはり生きた気配がしない。
「梅の奴……見てやがったのか」
 鳳の呟きに、
「まずいな……」
 影臣の呟きが重なる。
 まずいって何がですか、と鳳が問いかけようと顔をあげると、すでに影臣は動いていた。滅多に俊敏な動きを見せない影臣であるが、いざという時は鳳の思考など着いて行くことさえできない。勝手口から屋敷の中に侵入した影臣は、一瞬で稜の意識を奪っていた。鳳が急いで彼を追って勝手口をくぐると、厨房に転がる稜の姿があった。――催眠の術というそうだ。
「これで半日は目覚めん」
 影臣は短く吐き捨てた。鳳は一見死骸のようにも見える横たわった女の肢体に鼻を近付ける。その体は暖かく、落ち着いた鼓動の音が聞こえた。
「えと、で、これ、どうするんで?」
「化けろ」
「は?」
 影臣はすたすたと足早に再び勝手口をくぐる。慌ててその後を追いかける鳳を止めて、彼は転がった稜を指し示した。
「俺が戻るまで稜に化けて、俊八を探れ」
「は、影臣様は?」
「俺は、梅を追う。どちらも気がかりだが、俺は一人しかおらん……。頼みの綱はお前だけだ、鳳。頼めるな?」
 そう言い放った影臣の顔は背後に背負った月明かりのため、逆光でただの黒い影にしか見えない。しかし、彼の発する気迫は闇の中でも確かに伝わり、鳳の背筋を踊らせた。怯えからではない。一種の躍動感のようなものが、胸の内から沸き上がる。
「合点! 任せてくださいな!」
 言った時にはすでに、鳳は稜の形をそのまま真似ていた。服もその髪型も、何一つ紛いない。その姿を確認し、満足そうに笑みを零した影臣は、何も言わずに走り去って行った。彼の行く先は決まっている。悲しみに暮れているであろう梅の元だ。
 一人取り残された鳳は、今の自分の姿をそのまま映したかのような稜の傍に屈み込んだ。とりあえずこれを何とかしなくてはならない。半日は眠っていると影臣が言ったのだから、目を覚ましてしまう心配はないだろう。
 鳳はそっと目を閉じた。稜の姿が薄まり、見えなくなっていく。いや、実際にはそこに確かに存在しているのであるが、その存在を知覚できないように計らうことは容易かった。――すなわち狐の妖術は、使い道を誤りさえしなければ、万能であった。



 梅、と呼ぶ優しい声とともに柔和な笑みが浮かぶ。梅はそれしか知らない。その笑顔の他に亭主の表情を知らない。
 黒と赤、赤と黒、いくつにも入り交じって襲いかかってくる色の嵐に飲み込まれそうになる。何が起こっているのか、自分自身でもよくわからない。
 彼女はただ走っていた。どこに向かおうとしているのか、理性では判断しきれない。ただ、がむしゃらに足の向かう方へと走っていた。赤と黒の色の氾濫に飲み込まれて溺れてしまうことを恐れ、それから逃げるように走っていた。
 彼女はいつのまにやら人里を抜け、見た事もないような山道を上っていた。樹の枝や乾いた木の葉が着物の裾から中に侵入して、くるぶしの辺りを傷つける。しかし痛みはあまり感じない。感じるはずもない。何故なら彼女は一度死んでいる。
 振り袖で上るには決して適していない険しい山道を上ると、拓けた丘に出た。月明かりが、眩しい。その中央にそびえ立つのは。
 ――白梅の木。
 月明かりを反射して、優美に輝くその白梅は、いっそ神秘的であった。
 何故だろう、ひどく寒い。感覚を忘れたはずの体が、寒さにうち震えている。
 梅はそっと白梅の樹に近付いて、その細い幹に手を差し伸べた。ごてごてしたその肌触りに、覚えがある。
 黒と赤、赤の前は白、白く清楚に輝くそれは、梅の花――。
 ――俊八さん、この梅の花を私たちは見守りましょう。
 己の声を、遠くで聞いた。


 稜に化けて、俊八を探れ。
 影臣から密令を受けた鳳は、その責任感に歓喜しつつも、少々困惑していた。
 影臣が梅を追って松上屋を出て行ってからおよそ半刻もしないうちに暗澹としていた屋敷の中には明かりが次々に灯された。港の方に露店を出していた店の者が次々に帰還したのである。
 店の者に稜が二人いると気付かれては大事なので、呪による眠りに落ちた本物の稜は鳳の術により、人の目に映らぬようになっていた。そして鳳の化けた稜は、何食わぬ顔をして店の中に立っている。ただ、立っている。そう、立つことしかできない。――鳳の困惑はここにあった。
 露店に出し、売れ残った商品を丁寧に風呂敷に包んで次々に運び帰ってくる奉公人たちは、稜の姿を見ると何を言う事もなく頭を下げた。そして風呂敷に包んだ反物を店の奥へと運び入れて行く。しかし、鳳はこれに対して何をすればいいのかがわからない。八百年の長い歳月の中で、狐は反物屋の女将に化けたことは一度もなかった。
(……この女、普段何してるんだ?)
 澄ました顔で奉公人たちを見守りながら、つぅと冷や汗が背を伝うのを感じた。これだけ如実に化けたのだから、外見より狐であるという正体が露見することはなかろうが、こんな調子では怪しまれても仕方がなかった。実際に、幾人かの奉公人は部屋の中央に突っ立っている稜を見て「いかがなさいました?」と声をかけてきている。「何もない」と不機嫌そうに答えると、触らぬ神に祟りなしという風に奉公人たちは逃げて行ったが、訝しく思ったことだろう。
 広い屋敷の中央に立ち尽くしていると、なんとも頼りない心地になる。何も支えはなく、不安だ。
(……あ、そうだ。突っ立ってるからいけないんだ。せめて、座れば……)
 ようやく、気付いた鳳は、ゆっくりとその場に正座した。すると、突っ立っているよりは身の置き所が確かになり、落ち着く。が、部屋の中央に正座している女将の姿を見て、やはり奉公人たちは訝しんでいるようであった。――確かに、こんなところに鎮座していては、忙しく後片付けをしている彼らの動線を乱し、意識的に邪魔をしているみたいではないか。
 なら、一体どうすればいいんだ、とますます混乱が深まる。いっそ奥の部屋に篭って寝てしまおうか。しかし、それでは影臣から言い付かった「俊八を探る」という役を果たせない。
 などと鳳が途方に暮れていると、不意にそれまでの奉公人たちとはまるで貫禄の異なる低い声が響いた。
「稜……なにをこんなところで座っている」
「え」
 顔をあげると、質の良い絹の上衣を纏った中年の男が険しい顔つきでこちらを見下ろしていた。女中が彼に走りより、その上衣を肩からはずし、しまう。この屋敷の中では誰もが彼には口答えをしない。何故なら、彼がこの店の主であるからだ。
(梅の、父親だ……)
 鳳は彼を見上げて、しかしどうすることもできなかった。この女は普段、夫のことを何と呼んでいるのだろうか。呼称すらわからなければ、かける言葉も見つからない。どうしようとますます窮していると、その様子から何を感じ取ったのか、男はさらに眉間の皺を深くさせた。
「気分が悪いから、此処に残ったのではなかったか……? こんなところに出てくる余裕があるのなら、何故手伝いに来ない?」
 鳳は目を丸くした。同時に、そうか、と納得もする。店の女将であるはずの稜が、町を起こして行われていた行事に参加しないなどおかしな話である。稜は、――真実なのか仮病なのかは別として――具合が悪いという名分で、この店に残っていたのだ。
「え、あ……」
 そんな名目は露程も知らなかった鳳としては、どうにかしてこの場を切り抜けねばならないが何も思い浮かばない。今更ではあるが具合が悪そうなふりをするべきか、あるいは大分回復したのだと気丈に振る舞うべきなのか。こんな時、影臣ならどうするのだろうか。狐の脳みそでは生憎良案など思いつきはしない。
 目を白黒させながら口を噤んだ稜を前にして、ますます店主は険しい表情を浮かべた。まずいな――と鳳が口元をひくつかせていると、玄関から清爽とした声が届いた。
「母上、あまり無理をなさいますなと言ったはずです」
 母上、とはこの場合、稜の姿をしている鳳のことを言っているのであろう。何故ならそこに立っていたのは、俊八であったためだ。慣れない呼称に戸惑いながらも、鳳はそちらを見上げる。露店の後始末を見届けたのであろう、最後尾のその男は丁度屋敷に上がってくるところであった。
「俊八」
 鳳は彼の名を呼ぶ。普段稜が彼を何と呼んでいるのかは不明であったが、婿養子のことを呼び捨てても決して不自然ではないであろう。実際周囲の人間達も、その呼称に関して疑問を呈している様子はなかった。
「父上。母上はよほどこのたびの露店が気がかりであったようで……先刻私が様子を見に戻って参った時にも、気丈に出迎えて下さいました。――さあ、母上、奥の間へ戻りましょう」
 早口に稜のことを庇った俊八の真意は見えない。鳳はちらりと店主の顔を伺った。店主であるこの男も、まさか義理の息子である俊八と、己の妻である稜が通じているとは夢にも思っていないに違いない。
 「さあ」と繰り返して俊八が手を差し伸べてくる。鳳は「ああ」と答えて彼の手を取った。傍目には、義理の母を支える出来た婿養子という風体に見えることであろう。此処にいる誰もが、二人の真実を知らない。
 鳳は俊八に身を任せ、彼に黙って従った。俊八は奥の間――恐らく、稜と亭主の寝室――に入ると、稜の姿をしている鳳を畳の上に座らせる。そして後ろ手で襖をぱたんと閉めると、音もなく鳳の隣に腰を屈めた。彼は声を潜め、例えこの部屋に誰が隠れていようとも聞こえない程度、囁くような声色で、鳳に耳打ちをする。
「一体何をしていた。あんなところであのように怪しまれたのでは、せっかくの計画を無に帰す可能性があるぞ」
(計画……?)
 鳳には、さっぱりその言葉の意味がわからない。先ほどの二人の逢瀬の様子から、稜と俊八が実は情人同士であるということは判明していた。しかし、彼らが何を計画し、何を企んでいたのかなど知らない。
 仕方が無いので「いや……」と適当にごまかすと、俊八ははぁと大仰な溜め息を吐いた。そしてやはり誰にも聞こえぬようにと耳元で囁く。
「何が不安なのだ。確かに梅が起きあがったことは、予想外だったが、幸い彼女は何も覚えていない」
 鳳は、さして賢くもない頭で必死に考えた。計画、というのはどうやら梅に関係があるらしい。幸い彼女は何も覚えていない――ということは、生前の彼女には、知られたくないことを知られてしまっているということだ。そこまで考えて、鳳は稜の声色を真似た。
「でも、不安じゃないか……。いつ、あの女、記憶を取り戻してしまうか……」
 すると、ふんと俊八は鼻先で笑った。その笑みは卑屈に歪んでいる。
「何、案ずるな」
 それは、梅や店に来る客に見せる爽やかな好青年とはまるで別人だ。人は笑み方一つでこうも変わるのか。
「記憶を取り戻す前に、再び殺してしまえばいい。――今度こそ、起きあがることなど出来ないよう、確かにその息の根を止めてみせる」
 ぞくりと、胸の奥が戦慄した。
(なん……だって……?)
 鳳は硬直した。――今、何と言った? 再び殺す。誰のことだ? 今度こそ起きあがることができないように、息の根を止める。誰の息の根を止めるというのだ?
「……では、怪しまれぬよう、俺は戻る」
 そう告げて、俊八は何事もなかったかのように、好青年の笑みを浮かべた。そして、部屋を後にする。ぱたんと彼の閉じた襖の音が、やけに乾いて聞こえた。
 ――再び殺してしまえばいい。
 奴は、確かにそう言った。再び、ということは以前、彼は殺したのだ。誰を? 決まっている。一人しかいない。
(自刃じゃ……なかったのか)
 鳳は身震いした。何故自刃した人間が起きあがるのだろうか、と影臣は言った。彼のその疑問は、正しかった。自刃した人間は恨んで亡霊にこそなれども、起きあがりはしない。起きあがったのは、自刃ではなかった証だ。
(梅は、殺されたんだ。自分の夫と、母親に)
 鳳の脳裏に浮かぶのは、梅の無邪気な笑顔だ。本当に過去を知りたいのかと問うたら、知りたいです、ありがとうと、邪気の無い笑顔でお礼を言った。彼女は知らないのだ。まさかこんな残酷な過去が自分の身に降り掛かっていようとは。
 影臣は言った。彼女に過去を知らせるかどうかは、その過去を先に知ってから判断する、と。彼はいつでも正しい。こんな過去、彼女に知らせるわけにはいくまい。あの罪の無い笑顔を、どうしてこれ以上傷つけることが出来ようか。
(……はやく、影臣様に知らせなきゃ!)
 そうとなれば、いち早く影臣に真実を伝えなくてはならなかった。梅の死因は自刃ではない。殺されたのだ。夫と母の裏切りは、ただの密通では終わらなかった。彼らは梅の命を狙っている。
 鳳は寝室の障子を荒々しく開くと、屋敷の外へと転がり出た。人の姿では大した速度は出ない。狐は宙に跳躍し、そのままふくろうの姿へと変化する。暗闇の中からどこへ行ったのかもわからない影臣を探すのであれば、夜目の利く動物の力を借りるのが最善の策である。
 鳳の化けた大梟は、空高くへと舞い上がった。夜風を体に受け、流されぬようにと羽を広げる。町の中に、影臣の姿は見つけられなかった。ひょっとしたら梅を追い、町の外に出てしまっているのかもしれない。
 ばたばたと騒がしく飛び回る梟に、人々はさして興味を示さなかった。誰もそれが狐であるとは気付かない。


 ――俊八さん、この梅の花を私たちは見守りましょう。
 梅が、初めて彼と出会ったのは、梅の咲き誇る春先のこと、この光り輝く白梅の麓であった。
 俊八はこの町の人間ではない。遠くの町から反物を運んで来た、行商人の一人であった。若く凛々しい顔とは裏腹に、時折少し寂しげな面影を見せる青年であった。梅は、彼と初めて出逢った日のことを二度と忘れないと心に誓っていた。誓っていたのに、忘れてしまった。全て黄泉の国へと置いて来てしまったのだ。
『あなたは、誰?』
 まだ肌寒いこの季節に、俊八は上衣の一つも纏わずに、この白梅の麓に立ち尽くしていた。そしてこの梅を見上げて、慈しむ表情を見せた。
『港の先より、船でやって参りました……俊八と申します。貴女は……松上屋の、お梅殿ですね』
『ええ、どうして私のことを……?』
『綺麗な娘御がおられると思って、気にかけていたからです。……この梅は、人為的に植えられたものですか?』
『……。私が、数年前に植えたものです』
 それが、彼との出会いであった。あなたの名前を同じ、梅ですね。あなたによく似て清廉としている。そう言って微笑んだ彼のその顔を、一生忘れないと思った。暗闇の中に一つ光が灯されたように、それは梅の心の支えとなった。
 それから何度か、この白梅の下で彼との逢瀬を繰り返した。行商人である彼は、反物の仕入れの度に、松上屋を訪れた。それは不定期で、次にいつ来るのかということは梅にも、俊八自身にもわからない。またご縁があれば、と言って別れて、その度に梅は彼に再び出逢えることを祈った。自分の家でありながら、松上屋の中で優遇されない梅の居場所は、彼の隣にしかなかった。
 春が過ぎ、夏が来て、秋が巡り、冬を越え、再びやってきた次の春。雪解けの季節はもう過ぎたというのに、この白梅は雪を恋うかのような純白の色に染まり、ひらひらと舞った。俊八と出会ってから、季節が一巡りをした。次にいつ出会えるともわからないその人と、もう離れたくはないと思った。そんな矢先の出来事であった。
『松上屋の主人と……お梅殿の父上と、お話をした』
 白梅の下で、彼は言った。梅はただ彼の言葉を聞いた。彼が何を言おうとしているのか、予測ができなかったのである。
『お父上は、婿養子を欲しがっておられた。松上屋には未だ跡継ぎがないと嘆いておられた。そこで、私が、言った。私はこのような行商人をしているが、実は北の町の商屋の息子である、と。三男であるためその店の手伝いの傍らに船を繰り出し度々この地を訪れている。――良ければ跡を継がせて頂けないかと』
 夢のような話であった。ふわりふわりと舞う白い梅の花弁が、天国を思わせる。一度だって自分の人生に好機があると思ったことなどなかった。報われない人生に慣れてしまい、それが平生であった。そんな自分に、こんな幸福が訪れていいのだろうか。果たして罰が当たることはないのだろうか。
 梅は感極まって泣いていた。その涙を、俊八がすくった。梅はその時に、告げたのだ。
「俊八さん、この梅の花を私たちは見守りましょう」

「……梅!」
 己と白梅しかいない、この神聖な場所に、余所者の声が響いた。息を切らしながら、丘の上でしかとこちらを見ている。この男は確か――影臣と言ったか。
「白梅……」
 男は荒い息の合間に、ぽろりと呟いた。彼が煌煌と輝くこの白い花弁を見て何を思ったのか、梅にはわからない。ただ、梅の目に映る白の輝きは、あまりにも美しく、黄泉においてきた記憶を引き寄せるには十分の魔力を持っていた。ひらひらと花弁が舞うように、彼女の過去が降り積もる。
「この樹の下で、俊八さんと、未来を語り合った……」
「梅」
 影臣が草を踏みしめ、さくさくと音をたてて近付いてくる。その顔は何を恐れているのか、ひきつっているように見えた。梅は降り積もる過去を一つも逃さぬようにと胸の前で手を重ねる。
「夫婦となってからも、いくども、いくども、ここで語り合った。――そう、あの日も」
 ひらりひらりと、最後の記憶が舞い落ちる。あの日――梅の生前最後の時は、此処で途切れた。母からの憎悪を受け、父には何の関心も持たれず、そんな日々から抜け出すように逃げ出して来たこの神聖な場所で、俊八と出会ったのだ。
「私は、いつもと同じ笑顔で……でも、俊八さんは、笑っていなかった」
 どうしたの、と問うより先にきらりと光る得物が見えた。刃渡り一尺にも満たぬ短刀は、本来女が護身用に持つ脇差しのような物。どうして彼がそれを持っているのだろうかと不思議に思うより先に、生物として危機を察知し体が勝手に逃げた。しかし、この狭い丘の上で、逃げ切れるわけもない。
「そう、そうだ……俊八さんが、刀を……刀で私を……」
 胸を劈く鈍痛と、吸っても吸っても空気が体に満たされぬあの苦痛。痛みと驚きとで頭の中が混乱し、ただ目の前にある白い梅の花に縋った。自分はこの木がまだ苗だった頃から知っている。きっとこの白梅ならば、何とかしてくれるに違いない。――助けて。
 梅は胸を押さえた。
 しかし、嗚呼、白い梅は救いの手を差し伸べてはくれない。伸ばして触れた白の花弁が染まる色は紅。純白の色が、鮮やかな赤に染まって行く。赤い、視界が赤い。赤が黒へ飲み込まれて行く。続く道は永遠の、漆黒の世界だ。梅が漆黒の闇に飲み込まれる寸前、最後に見た物は、赤い梅の花だった。
「赤い……梅が、染まる……赤い、赤い……!」
「梅、落ち着け。記憶に、触れるな!」
 影臣が、梅の肩をつかむ。すぐ隣にいるはずの彼の声は、遠く聞こえた。全ての記憶が合致する。嗚呼、嗚呼。思い起こされる赤の記憶。そうだ、己は……殺されたのだ。自刃したのではない。この場所で胸を刺されてこの神聖なる白梅を、穢れた血の色に染めたのだ。
 ――上空から突如、巨大な鳥の羽音が聞こえた。旋風を巻き起こし、巨鳥が舞い降りる。まっすぐこの神聖な場所へと舞い降りてくる。
「影臣様っ、大変だ!」
 何故か、巨鳥は人語を話した。ふくろうの形によく似ている。しかし、ふくろうにはない美しい白の毛並みをしていた。まるで、この白梅と同じ、神聖な純白だ。
「稜と俊八だ……! あいつらが、やったんだよ……! 二人で組んで邪魔者を排除して……多分、店を、松上屋をぶんどる気ぃだったんだよ!」
「……なんだと?」
 ――そうだ。
 梅は覚醒した。あの男は、嘘をついたのだ。梅のことを愛していると、嘘をついた。梅の心の闇につけ込んで、取り入ったのだ。梅のことを愛してくれる人間なんて、一人もいない。それなのにあの男を信じたがために、梅は身を滅ぼした。――あの男は、嘘を吐いたのだ!
「ああ……っ!」
 梅は頭を抱えてその場にうずくまった。死して蘇ってから、この体に生きていた時のような感覚はない。それなのに何故だろう。今、梅は燃えるような熱さを感じていた。胸の内、刺されたあの傷から炎が噴き出すように、熱い。体中を包み込んで行く。
「梅……! どうしちまったんだ、影臣様っ、梅は一体……っ?」
 巨鳥が早口に鳴いた。梅の耳にはそれすら雑音としてしか捕えられない。胸の内を渦巻く黒と赤が怒濤のように押し寄せて来て、彼女のことを飲み込んだ。途端、体が重くなる。空から見えない手で地面に押し付けられているかのように、重い。
「あああ……憎い、あの男が、憎いっ!」
 梅は、その手の重みを払いのけるようにして立ち上がり、よろよろと前へ進んだ。視界が血のような紅に染まっている。はあと吐き出した息は、蒸気をはらんでいるかのように高温であった。脳が、沸騰する。――歪む赤の視界の中に、巨鳥の姿を捕えた。邪魔だ。視界を遮る物は何もかも、邪魔だ。
「梅っ……」
「くそ、鬼に変化してしまったか……。鳳、下がれっ!」
 男の声は梅の耳には聞こえない。ただ、目の前にいる巨鳥を退けようと、手を振り回した。生前では有り得ないほどの力が出た。一振りで、目の前にある樹を一本なぎ倒してしまった。
「うわぁっ……!」
 巨鳥は間一髪のところで梅の腕を避け、空高く舞い上がった。
「影臣様っ!」
 不安そうに鳥は地上の男の名を呼ぶ。男は何故だか悲痛な面持ちで、梅のことを見ていた。――邪魔だ。己の行く手を遮る物は、排除する。
「どけえええええっ!」
 梅は、その男に向かって突進した。先ほど樹をなぎ倒した時と同じだけの力があれば、こんな男の一人や二人、簡単にはねとばせるはずであった。しかし、いかなる力であろうか、男は腰に差していた短い刀を鞘ごと片手に握り締め、梅に応戦してきた。不思議な力が働いている。目に見えない何かに、押されているような気がした。
「梅、正気に戻れ……!」
「どけっ……! あの男を、あの男を、殺しに行く……!」
 男の手に握る刀は、一般の武士が持っているそれとは似ているようで、違っていた。金色に光る鞘は、まるで今しがた油を塗り磨かれたばかりであるかのように、眩い光を放っている。男がぐっとその刀の鞘を握る手に力を込めると、ますます鞘は煌煌と輝いた。あまりの眩しさに、目を開けていることができない。梅が思わず目を瞑ると、その隙を見計らって男は梅の体を後ろに突き飛ばした。
「目を覚ませっ!」
「あぁあっ、やめろ……! 私は、あの男を、殺しに……!」
「違うだろうっ! それほど憎い男なら、何故夫婦になろうなどと思ったのだ!」
「めお……と……?」
 遠い幕を一枚隔てた向こう側から聞こえてくるようなくぐもった声であるが、その男の叫びは、今度こそ確かに梅の耳に届いた。
 男は輝く金色の刀を片手に、梅のことを見下ろしていた。その顔には苦渋や悔恨や、悲痛、ありとあらゆる感情が溢れている。その瞳に吸い込まれそうになり、ふと、梅は脱力する。依然として体は煮えたぎるように熱い。しかし、目の前の男をなぎ倒そうとは思わない。
「梅……憎しみと、悲しみを、混同するな」
 男は諭すように呟いた。
「憎しみと、悲しみ……」
 男の言葉をゆっくりなぞって、梅はその瞳を見つめた。その男の瞳には、嘘がない。緋色に染まった視界の中でも確かにわかるほど、誠実な色をしている。
 梅は、その場に膝から倒れ込んだ。熱い。四方八方から炎を浴びせかけられているようだ。
「そうだ……憎んでいたんじゃない……。愛していたんだ……」
「そうだろう……」
 ――梅殿は、美しいな。こんな港町に置いておくには、惜しいぐらいだ。
 ――またご縁があれば、いつか会えることもありましょう。
 ――必ずやまた出会い、二人でこの梅の花を眺めることを約束する。
 思い出は、皮肉にも、美しい。梅の視界は、もう鬼の目と化した瞳に映る赤の世界でしかないのに、思い出の梅は純白だ。ひらりひらりと雪のように舞い落ちる。梅の頬を伝う、涙のように。
「――私は、彼を、愛していた」
 黄泉の国へ向かう道すがら、記憶は魂を浄化するように、ゆっくりゆっくり削られて行く。殺された瞬間のことを忘れ、俊八に裏切られたことを忘れ、父を忘れ母を忘れ、己のことも忘れ、最後に残った記憶は、俊八と出会った時の震えるほどの感動であった。
「起きあがってでも、また会いたいと、願っていた……」
 生きていて良かったと、生まれて初めて思った瞬間であった。
「ただ、それだけだったのに……!」
 それなのに、梅の体は熱い。地獄の業火に焼かれるこの痛みと苦しみは、起きあがりである彼女の肉を焼き腐敗させ、鬼の化身とさせるだろう。火は点いてしまえば最後、もう二度と鎮めることはできない。
 ゆっくりと、影臣の手が動いた。彼は握り締めていた金色の刀の鞘を抜く。研ぎすまされた刃は、月の光を受けて銀色に輝く。
「影臣様、何を……っ!」
 頭上を飛び回る巨鳥が喚いた。焦りと驚きを交えたその声に、まさか命乞いをしてくれているのか、と梅は意識の端で思う。こんな女のことを愛してくれる人など、誰一人いなかったのに。
「梅は……もう、人間ではない」
 影臣の声は低かった。――そう、梅はもう人間ではない。起きあがってしまったその時から、この運命はもう定まっていた。だから、悔いなどない。
「……鬼になってしまっては、こうするしか手だてがないんだ」
 そう呟いて影臣は、抜き身を振り下ろした。梅が苦しむことがないよう、確実に急所を狙って斬りつける。
 すまない、と遠のく意識の中で、影臣の声を聞いた気がした。すまないことなど何もない、と思った。影臣は、鬼になった己をもう一度黄泉へ送り返してくれた。おかげで、梅は、生涯でたった一人心から愛した男を、自らの手で殺さずに済んだ。幸いにも、思い出は美しい。裏切られた悲しさよりも、殺された苦しさよりも、彼と出会ったあの瞬間は、美しかった。
 土の上に横たわった梅の死骸は、白い梅の樹の合間から、月の光を浴びていた。彼女は最期に、散りゆく淡い梅の花を眺めていた。ひらひらと風に乗って、彼女の命とともに舞い落ちる。もう二度と、黄泉の国から戻ることはない。魂は浄化され、転生の時を待つ。次に生まれた時には、愛してくれる人間に出会えることを祈りながら――。
2009/10/13(Tue)18:06:58 公開 / askaK
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■作者からのメッセージ
 いっそ思い出の中だけで生きて行ければいいのにと思うことがあります。

 こんにちは、askaKです。
 久しぶりにファンタジーでも書いてみようかと思ったのですが、どんなに頑張っても何も浮かびませんでした。
 なので、その昔執筆した物を小説に直してみて、ファンタジーの練習をしてみようかと思い立ち、投稿させていただきました。
 もともと三十分そこらの劇用に書き下ろしたものなので、大した長さの話ではありません。恐らく次の更新で終わりです。最後までお付き合いいただければ嬉しいです…。

10/09 2を投稿。誤字脱字修正。
10/13 3を投稿。誤字脱字修正。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 梅の起き上がりから物語は始まっていて、それぞれの関係も何となく掴める事が出来ました。記憶をなくしているような梅が、どうなってしまうのか期待しています。。
 狐の位置づけは面白いなって思いました。妖怪と獣の間、そこには人間も入るのかもしれないけど、やっぱり人ではない存在だから、それに鳳の性格も好きです。影臣とは、ある意味いいコンビと、もう思ってしまいました。
 影臣って、まだまだキャラとしては見えてこないのですが、表には出さないけど優しい人物なのかなって、今回の最後の方で思いました。そして梅が、どうして自刃したのか、うーん、続きが待ち遠しいです。一か所「気ゆんrはほぼ齢八百年。」となってました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/10/07(Wed)10:16:350点羽堕
千尋です。
 非常にしっかりとした文体と構成で、安心して読み進めることができました。
 そっか〜。のっぺらぼうって、初等変化術だったのか……w 鳳なんて、雅な名前をつけてもらった割には、徳があるんだかないんだか分からない白狐、いい味出してますね。
 強くて繊細な男ってのは、かなりどストライクです! 影臣の今後の男ぶりに期待しております!
2009/10/08(Thu)08:10:580点千尋
 台風のため一日休暇をいただきました。突然の休日って何をしていいかわからないですね…。

羽堕様
 コメントありがとうございます。
 もとが劇の本なので、最初の起きあがりの部分のみで梅の境遇を表現しなければならず、このような形になりました。若干説明臭い箇所がありますが、補正が難しいところです…。
 鳳は、人間よりも人間臭い狐、影臣は人間離れした人間、というコンセプトで描いています。どうしても物語そのものよりもキャラクター同士の関係性に重点を置いて描きたくなってしまう癖があるもので、話が置いてきぼりをくらわないよう注意していきたいものです。
 そして凄まじいタイプミスをそのままアップしてしまったようでもうお恥ずかしいとしか言い様がありません。次の更新の際に訂正致します…。ひいい。
 どうもありがとうございました!

千尋様
 コメントありがとうございます。
 劇の本を元に直したものなので随分と駆け足な文章になってしまっているのではないかと不安でしたが、安心して読み進められたとのお言葉に、こちらこそ安心しました。笑
 のっぺらぼうというと、某スタジ○ジブリの平成狸合戦ぽんぽこの狸たちが一斉に化けるシーンを思い出します。あれを見て以来、狐やら狸やらというもののすっかり虜になってしまいました。笑
 鳳を中心に回る物語ですので、影臣は実はそれほど出て来ない可能性もありますが、続きもお付き合い頂ければ幸いです。ありがとうございました!
2009/10/08(Thu)11:59:000点askaK
こんにちは! 羽堕です♪
 梅にとっては辛い方向へと話が進んでいますが、物語としては面白い展開になってきたなと思います。 それにしても心の拠り所の夫の裏切りは、どれほどのものだったのか、そして梅の未練は何なのかドキドキします。
 それと鳳に尾行など探られたら、たまったものじゃないですねw 自分の持ち物一つ一つを、じっくり本物か観察しようかなと考えてしまいました。
 人と違った力を持ってしまう事での孤独や寂しさを影臣が克服して、人に優しくできるきっかけとなる人物もいたのかなと、ちょっと妄想してしまいました。すいません。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/10/10(Sat)13:15:180点羽堕
askaK様、はじめまして!登竜門の敗残兵、頼家と申します。
 作品を読ませていただきました^^素晴らしい完成度!『時代物はかくあるべし!』といった作品ですね^^
私も歴史ファンタジー物の小説(らしき物)を書いているのですが、言い回しやら描写まで、雲泥の違いでございます。……ああ、ますます続きを書く意欲が萎えてしまった(T T)
 主人公影臣もさることながら、やはり鳳の存在が物語を大きく引き立ててますね^^非常にキャラクタの使い方が巧みです。これからも梅に纏わる因縁がいかなるものか、とくと拝見させていただきます!
あらゆる面で勉強させていただきました、有難うございます!期待に胸膨らませながら続きをお待ちしております。
                     頼家
2009/10/11(Sun)00:08:550点頼家
だれがなんと言おうが。
2009/10/11(Sun)00:10:231頼家
千尋です。
 鳳……。ドジっ子にもほどがあるぞー!!w いやでも、そういうウッカリ八兵衛的な役回りがきっちりはまっていて、影臣とのバランスがすごくいいですね。
 影臣の力は、ほんとに神の領域ですね。ここまですごいと、確かに人間社会に交わって生きていくことは難しいだろうなあ。おせっかい的祓い屋は、影臣の精いっぱいの人間との関わり方なんだろうな、と思いました。そうやって、自分が人間であることを再確認しているんじゃないか、と。 それにしても、相変わらず本当に文章が上手くて感嘆してしまいます。
 続きも楽しみにしています!  
2009/10/11(Sun)09:12:500点千尋
羽堕様
 この度もコメントありがとうございます!
 鳳に尾行されるのも大変ですが、鳳につきまとわれるのも面倒臭いと思います。笑 それでもつきまとわれて影臣が拒絶しないのは、彼が孤独であるから、ということになっとります。過去にいろいろあった話はまた別の機会にでも投稿できれば…嬉しいな、とか…こっそり野望として抱いていたり。
 物語の展開としてはありきたりなもので、読む人の予想を裏切ることのない単純なストーリーかと思われますが、その分細部に徹底して執筆していきたいと思っております。ご感想ありがとうございました!

頼家様
 はじめまして。コメントありがとうございます…!
 いえいえ、すばらしい完成度だなんてとんでもないです。時代物を書き始めたくせに、さしてその時代を調べずに書いている物で、詳しい人に見られたら矛盾だらけだろうなと思います。まぁ、そこはファンタジーということで、と甘い考えすら抱いておりますが…。
 私はキャラクターの個性を引き出すのが苦手で、気付くと皆同じキャラになっていたりするのですが(笑)そう言って頂けると嬉しいです。最後までキャラ同一化が起こらんようがんばっていきたいと思います。
 ポイントまでどうもありがとうございました。誰か何か言っているのでしょうか、と可愛気のない疑問を抱く私ですが、これからもどうぞよろしくおねがいいたします。頼家様も歴史ファンタジーを執筆中とのこと、お互い楽しく書き上げましょう。頼家様の作品を楽しみにしております。

千尋様
 コメントありがとうございます!
 鳳は間違いなくうっかり八兵衛ですね。余計なことばかりしているように見せかけて、実はそうでもないという。笑 それに対してこの話の黄門様は、印籠以上に強い力を持っていますから、一人間として諸国を行脚できる本家の黄門様よりもブラックです。ご指摘通り、彼は人間にお節介をすることを、自分が人間である最後の意味であり頼みの綱にしております。いつものことながら的確なご感想、嬉しいばかりです…!
 いえいえ、感嘆していただけるようなものではございません。駆け足な描写ばかりなので読み辛いのではないかと思っておりましたが、少しでも読みやすく感じていただけたのなら、光栄です…。
 ご感想ありがとうございました。
2009/10/11(Sun)10:24:240点askaK
こんばんは、このところ夜型と昼型の間を往復している木沢井です。おかげでもう眠いような眠くないような。
 それはさて置きまして、最初に投稿された時から拝読していましたが、登場人物の心象や心境がダイレクトに物語と絡んでいる分、前作よりもますます自然に、楽しんで読ませて頂いています。それにしても、劇の台本まで書かれているとは驚きました。実際に演じているものを見られたら、登場人物の心境などもある程度分かっているのでさぞかし面白いでしょうね。
 いっそ思い出の中で、ですか。たしかに、世の中には知らなくていいこと、知らない方が幸せなことはたくさんありましょう。梅のことはああする他なかったと思う反面、やはり切ない気分にはなります。
 前作の面々にしても、今作の影臣や鳳にしても、askak様は魅力溢れるキャラクターを上手く描かれていて羨ましく思います。特に鳳、彼(彼女?)は話を進めたり場の空気を変えたりと、よく活かされていますね。こちらの凸凹コンビもいいなぁ……。
 今回の最後の場面、まだ先があるのでしたら、仰るように少々駆け足ではないかと思いました。でも影臣の視点だったと考えるのでしたら、あそこは手を加える必要はないのかもしれません。大したことないのに偉そうなことを言ってすみません。
 以上、鳳(あげは)を鳳(おおとり)としばしば読み間違えてしまう木沢井でした。続きも楽しみにしています。
2009/10/13(Tue)23:26:060点木沢井
こんにちは! 羽堕です♪
 俊八のように優しい笑顔の裏で、自分の為なら何でもするというのは、やっぱり怖いです。
 それと今回、梅の気持ちがすごく伝わってきて、面白かったです。梅は、やっぱり憎しみや復讐の為に起き上がったんじゃないと思っていたので、ただ会いたいという純粋な気持ちが切なくて良かったです。ここから、どのような〆になるのか、期待しております!
であ続きを楽しみにしています♪
2009/10/14(Wed)12:28:030点羽堕
こんばんは、頼家です^^
続きを読ませていただきました!いやー、安定感。やはり、素晴らしいですね……今回は特に色のコントラスト(?)が非常に丁寧に描かれ、こう言っては失礼にあたるかもしれませんが感心いたしました。確かに30分の劇との事で、余りにもあっさり真相が解ってしまった感はありましたが、その分心の動きや動機がしっかりガッツリしかもドラマティックに書かれていて大満足です!非常に勉強に為りました^^
では、続きをお待ちしております。
                     頼家
2009/10/14(Wed)22:51:200点有馬 頼家
木沢井様
 こんばんは、コメントありがとうございます。
 劇の本と言いましても趣味の範囲内ですから、大したものではございません。しかし劇と小説は表現の仕方が根本的に異なりますから、直すとなるといろいろと勝手が違うのだなと今更のように痛感致しました。仰せの通り、最後の梅のくだりは駆け足すぎましたね。加筆修正しようかなぁと思った次第でございます。
 思い出は美化されていきますからね。妄想と事実の間をふわふわさまよっているような、そんな感じです。思い出の中で生きて生ければいいのに、とはよく思いますが、単なる現実逃避というやつです。まぁ時には現実逃避も必要なのでしょうが。
 キャラクター描写は正直それほど得意ではありません。特に独白のシーンになると、どのキャラも同一化されるという不可思議な事件がたびたび起こります。が、少しでも魅力的に感じて頂けたなら幸いです…。木沢井様のように個性溢れるキャラを描けるよう精進していきたいです。
 そもそも鳳なんて常用される漢字ではありませんから、どうぞお好きに読んでやってください。時々、実はあげはだったんだと思い出して下さればそれで何ら問題ありません。
 とにもかくにもコメントありがとうございました。今夜はどうぞごゆっくりお休みくださいませ。

羽堕様
 このたびもコメントありがとうございます…!
 優しい笑顔の人間ほど、裏が深いような気がしてしまいます。本物の笑顔と嘘の笑顔を見分けられる能力がついたらいいのにと思う今日この頃です。
 梅の心理描写は丁寧にしようと心がけたつもりですが、後で読み返すとどうにも駆け足になっていた感が否めません…。復讐のために蘇るのと、会いたいという慕情で蘇るのとではどちらの方が想いが強いのだろうということを考えながら執筆致しました。
 この話も次回で締めくくる予定です。最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。

頼家様
 こんばんは、この度もコメントありがとうございます!
 細かい所を見れば見るほどあちらこちらへぶれている話でございますが、元の本があるため、ある程度骨子はしっかりしているのかもしれません。…が、おっしゃる通り、真相の暴かれるのがあっさりしすぎております。書いている方としてはそういう物だと思って書き進めていたためあまり気にならなかったのですが、確かに小説にしては何のひねりもない物になってしまったかもしれません…。
 今回は色彩感を意識して執筆したため、その点に気付いて頂けて、私も大変満足です。まだまだ未熟な点も多々ありますが、最後までお付き合い頂ければ光栄です。どうもありがとうございました!
2009/10/14(Wed)23:26:350点askaK
千尋です。
 梅の人生全てが切ないですね。物語の進行上、もう少し“ため”みたいなものがあると、より盛り上がるかな、という気もしましたが、そういう技術的なものを抜きにしても、人の琴線に触れることはできるのだな、と改めて感じました。
 でも、やっぱり愛の力って強いですね。愛によって鬼になった者は、やっぱり愛によって救われるんですね。真実も、幸せも、相対的なものかも知れないけど、その人にとってはやっぱりただ一つだけだから。
 もともと劇用というので、つい舞台をイメージして読んでいるのですが、今回特に、梅が鬼になり、また黄泉に還っていく場面では、(ちゃんと観たことはないですが;)能っぽいな、と思いました。
 影臣の祓いが、調伏という感じでなく、救いに力点がおかれているのが、よかったです。やっぱり影臣は神様っぽいな。でも、本当の神様は、(たぶん)心が苦しんだりしないから、大丈夫、影臣はまだ人間だ!
 続きも楽しみにしています!
2009/10/15(Thu)07:10:550点千尋
 こんばんは、askaK様。上野文です。
 御作を読みました。
 「HEY、梅チャン、YOU、ヤッチャイナヨ!」と私なんどは思ってしまいました♭ いやあ、因果応報でしょう。外道にはさくっと人誅を!
 とまあ、そういう感情をわかった上で、影臣さんは止めたんでしょうが。
 ……梅さんの場合、復讐しても、彼女自身の心が救われなさそうですし。
 もともとが劇用の脚本だからでしょうか、山場への導きがうまく、うならされました。背景描写も美しく、良かったです。鳳と影臣さん、いいコンビですね♪ 面白かったです。続きを楽しみにしています!
2009/10/15(Thu)22:23:040点上野文
千尋様
 毎度ご丁寧なコメントありがとうございます!
 全く然り仰せの通りでございます。元本が三十分に凝縮しなくてはならずあちらこちら削った名残とは言え、あまりにも駆け足過ぎたなと思います。そのぶん劇表現の感情の起伏をそのまま描写したので、少しでもその盛り上がりが伝わったのなら、一安心です…。
 そうですね、真実が幸せとは限らない。知ることが幸せとは限らない。今の話はそれを軸として執筆致しました。
 影臣は神仏並みの力を持ってしまった人間、という悲劇の主人公です。笑 ご指摘の通り、神ではなく人間でいたいがため、力でねじふせないことをモットーとしています。
 ちなみに、梅の鬼に化けるシーンはまさに能をイメージして演出しました。般若の面をかぶって踊るシーンがあったり…。
 的確なご感想ありがとうございました! 最後までお付き合い頂ければ光栄です。

上野文様
 ご感想ありがとうございます!
 そうですね、復讐したところで梅にとって解決にはきっとならなかったことでしょう。梅の視点で描いた話なので彼女を取り巻く人間は外道に見えますが、実際にどこまで報いればいいのかもわからないですし…。
 背景描写は力を入れたポイントなので、お言葉大変嬉しいです。
 不完全な箇所はまだまだ山のようにありますが、最後まで少しでも楽しんで頂けるよう、精進していきたいと思います。
 ありがとうございました!
2009/10/16(Fri)21:55:050点askaK
こんばんは、遅ればせながら頼家です^^
かなり前に読み終わっていたのですが、てっきり感想を書いていたものと思い込み、感想が遅れてしまいまして、まことに申し訳御座いません^^;
一先ず作品の完結、お疲れ様でした!非常に丁寧に描かれた時代物の作品で大変勉強させていただきました♪最後の終わり方……恨みを晴らす晴らさないには賛否両論御座いますでしょうが、私は個人的には、彼女に「つまらない人間を殺す事でその手を汚させない」っという判断を下した影臣さんは、心優しい『人間』であるとホッとしました^^
このシリーズの続き、または新作。心よりお待ちしております!!
             頼家
2009/10/29(Thu)02:29:590点有馬 頼家
作品を読ませていただきました。キャラが立っている割に情景がやや霞がかかっているようだなと思ったら劇用のシナリオが元でしたか。変な書き方ですがキャラが立ちすぎて地の文が食われているような印象を受けました。でも、キャラが良いから面白くて一気に読めたんですけど。
たぶんこの作品は御一新以前の世界が舞台(架空世界かもしれませんが)だと思うのですが、会話の中に「〜です」と表現するのはいただけません。「〜です」は「〜でげす」と同じで幇間か非常に身分の低いものしか使わない言葉です。御一新後は普通の人も使うようになりましたが。せっかくの時代感が「〜です」の為に一気に興醒めします。「〜です」ならば「〜でございます」と改めた方がいいと思います。では、最終回を期待しています。
2009/11/01(Sun)15:32:240点甘木
合計1
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