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『 鞄の小僧さん_第二話』 作者:鳩 / ファンタジー 異世界
全角13454文字
容量26908 bytes
原稿用紙約42.9枚
≪水が出たぞー!!!≫
≪ここも埋まるぞ! 逃げろ! 逃げろ!!≫
 一筋の光を目指して、男たちがいっせいに駆け上がる。地獄に垂らされた蜘蛛の糸に群がるように、我先に地上へと、
出口に殺到する。ここは町外れの炭鉱跡、元は石炭を掘るための炭鉱だった。が、捨てられて既に久しい。
今は魔鉱となって危険な顎(あぎと)を地上に晒している。

 俺の名はラスキー、山を二つ超えた町で町医者をしている。止むに止まれぬ事情で、今は服役しているのだが…。
それにしても、此処は酷い現場だ。廃坑から魔石を掘るようになって暫くたつ、らしいのだが…
地下、二百メートルまで掘り進んだ廃鉱は炭が出なくなって捨てられたらしい。
元々、過酷な条件で運営される炭鉱は、多くの労働者の命を削ることで成り立っていたそうだ。

 最も条件の悪い炭鉱は外から弾き出された片輪や異人、罪人の一族が集められ、人外の扱いをうけて、
廃坑と伴に、地の底に沈んだ。地下に掘り進めば土は落ちる。添木や天張りで鉱路の壁や岩盤を支えるが、
時には地盤が丸々崩落する。劣悪な炭鉱では添木も支給されない。鉱夫たちは他所の炭鉱から添木を盗むか、
廃材を使うか、何しろ命がかかっているのだ。廃材に己の命を託し、掘り進んでは埋まる命が積りゆく…。

『またか…こう何度も続くようだと、さすがにきついな』 医者というものは便利なもので、大抵、どこに行っても
医者として身を立てられるようだ。幸いなことに、こんなに劣悪な環境でも、医者は医者としての働きを期待される。
この廃坑は既に石炭の産出は期待できない。しかし、積もった怨みは新たな資源をこの『地』にもたらした。
そう、『魔石』の採掘だ。元々、資源が取れる所はエネルギーの流れに関係するところが多い。
地脈が流れるところでは地下資源が豊富に産出されるのだ。其処に生き埋められた人々の恨みと執着が積もるのだから…
何も起こるなというほうが無理かもしれない。

「おーい、先生。出番だぞ!」
「あいよ…」
 ラスキーは診療鞄一つで穴から救出された囚人を診る。自分も囚人なのだが、医者として囚人を手当て出来るので、
穴に入れられるようなことは無い。魔鉱の管理人は囚人達にポンプを担がせ、今、避難して来た穴にもぐるように
指示を出す。もちろん、水を出して魔鉱を再開させるためだ。
囚人達は抗う気力も無いのか、光のない瞳で管理人をチラリと窺う…と、粛々と、穴に入って行った。

「こいつはダメだ…。こいつはまだ…いける」
 負傷した囚人を選別して、ラスキーは管理人に仕事の報告を終えた。回復の見込みのある囚人は部屋に戻って寝かされる。
見込みが無ければ、ボタ石よろしく(ただの石ころ同然に)、捨てられる。囚人を手当てする気など元々無いのだ。
医者としてのラスキーの仕事は囚人の『選別』。まだ使えるのか使えないのか…。
道具として見られる『人間』の現実が此処にはある。

 炭鉱の仕事には事故がつき物だ。崩落や爆発、今回は地下水が浸潤して穴を埋めてしまった。
もぐった囚人は戦慄しながら仕事を続けているのだろう。
ポンプから水がくみ上げられ、穴の反対側に水溜りが広がっていく…。

『酷い顔してんな…』 ラスキーは水溜りに移った自分の姿に辟易した。灰色の髪に、灰色の瞳。
もともと、痩身でパッとしない風貌だが、ここまで酷くは無かった。囚人服は垢と泥にまみれて雑巾よりももっと酷い。
医者として特別扱いされてはいるが、それでも毎日、芋が一欠け回ってくる程度だ。
『何でこんなことになったのか…』 考えることなどとっくに放棄した頭だが、考えてるうちは現実を逃避できる。

----
「小鳥さん、見てみて〜♪」
「大分、上手くなったようじゃの」
「えへへ♪ ミチル様にも負けないよ〜」

 ここはとある町のとある鞄屋の二階。中天を過ぎて傾いた日差しが窓から差し込んでいる。
陰陽に分けられた、日の当たらない部屋の隅には、ミシンの備え付けられた小ぶりな作業台が置かれている。
部屋の中央を少し外れて、見るからに頑丈で無骨ともいえる作業台が鎮座する。
日に焼けた表面を晒したそれは、おそらく、何年も動かされていないだろう。階段を見通せるその配置によって、
二階に居ながら、一階の来客をも臨める。もちろん、店の入り口にはベルが着いているのでドアが開けば分かるのだが。

「若先生は大丈夫かな?」
「まあ、不幸に首まで浸かってはおるが…死にはすまい。あやつは"不幸"に魅入られておるからの」
「"死神"には人気無いのかもね〜」
「"不幸"が手放さんうちは大丈夫じゃろ…」
 二階の作業台には髪も目も真っ黒な、十二歳かそこらだろうか…幼さの残る小僧が座っている。
相手をしているのは、これまた、貫禄のあるオウム様だ。
小僧に対面する椅子の背に留まり、人語を喋って、小僧を教え諭しているかのようだ。

「昨日は崩落で、今日は水没って…若先生が居るから事故が起こるんじゃないの?」
「まあ、酷い環境じゃが…こうも連続で事故が起こらんでもよさそうなもんじゃが…」
「さすがは若先生だね!」
「ふ〜む。一度、調べてみるか…」
 小僧とオウムの間には占い師が使う水晶球が置かれている。どう見ても鞄屋には不釣合いなものだが…
小僧は占いも出来るのだろうか、水晶球には不幸に打ちひしがれた痩身の青年が映っている。
代々この町で町医者をしている一族の末、ラスキーだ。

「魔女様はどうしてるかな?」
 小僧は水晶球をさするでもなく、なでるでもなく、手を行ったり来たりさせてはいるが…白濁して何も映らない。
「むー!…」
『パサッ』 とオウムが羽を振るわせた。何処かの洞窟だろうか…、ぽっかりとあいた岩の窪みに生活の跡がある。

「…出かけとるようじゃな」
「むー!!!」
自分で水晶球に映せないのが、なんとも悔しいようだ。小僧が手をかざして頑張れば頑張るほど、水晶球は濁って暗くなる。
「まだまだじゃな」
「はぁ…。ミチル様もまだまだ遠いか…」
「あれでも"遠視の魔女"じゃからな」
 オウムはわが子を慈しむかのように、柔和な眼差しで小僧を見やった。

----
『長い長い夢を見ているようだ…』誰かに足の裏を蹴られたらしい。その前にも散々声を掛けられたのだろうが…
覚えていない。重たい頭を気だるく上げると、鉱夫の子供と目が合った。8才位だろうか。
子供は直ぐに逃げ出してしまった…が、そういうのにも、もう慣れた…。

 この現場には二種類の人間がいる。廃坑の元鉱夫で今は囚人を管理する立場にある『鉱夫』と、
鉱夫として働かされる囚人と。長い間、社会の最底辺として暮らしてきた彼らは、不具者や混血も多い。
血を保った異人もいない事は無いのだが…小数だ。極限の状況で相手を選んでいる余裕など無かったのだろう。
片輪だろうが異人だろうが、働いているもの同士、くっつかないと飯が食えない。

 そんな彼らにも『最底辺』の労働から開放されるときがやってきた。廃坑になって仕事がなくなったのだ。
元々、社会から弾かれて炭鉱で働いていた彼らに他の仕事などあるはずも無い。神の情けか、世の無常か。
村の人口が半減したあたりで廃坑は魔鉱となった。中央から管理者が派遣され、彼らは仕事にありついた。
囚人を道具として使う魔鉱の鉱夫として。

「先生、うちの子を見てくれよ」
「あぁ…こりゃダメだ、片方の目はいかれちまってる」
「あいつらの目を引っこ抜いて、見えるように出来ないかね?」
「馬鹿いうな…人形の顔にボタンをくくるのとは違うんだぞ」
「そんなもんかね…もったいないね、あんなに余ってるのに…」
 どうやら坑夫の連れ合いに起こされたらしい。背中に瘤が出来たその女は、炭鉱で働いていたのだろう…。
栄養状態が悪いので子供は直ぐ死ぬし、五体満足に育つことは稀だ。五、六才から下の子の面倒を見て、
十を待たずに炭鉱で働き始める。

『目が余ってる』 積み上げられた囚人の死体を指して、その女は言い放った。確かに、彼らは『最底辺』から開放された。
『囚人』という新しい『最底辺』が出来たことによって、彼らの状況は楽になった。差別されてきた人間は、
差別の仕方を良く心得ている。人間以下の扱いは、畜生以下となるのだろう…。

「魔具士の先生に目玉を作ってもらえりゃ別だがな…」
「もったいない。石と目玉なら石をもらうよ」
「だよな…」
 魔石を加工する専門家に魔具士がいる。ここの管理者も中央から派遣された魔具士だ。魔具士なら、
魔石を加工して目玉の代わりを作ることも可能だが、魔石にも格がある。目玉に加工できるような上等な魔石が手に入れば、
庶民は一生を遊んで暮らせるだろう。片目でも、遊んで暮らせるなら…両目が揃って坑夫を続けるよりもずっと良い。

「ここの石はなかなか良質だよ。なにせ、一等が出ることもあるからな…」
「当たり前だよ。私たちの命を肥やしにしてるんだから!」
 女は笑いながら言いのけた。坑夫と同胞の命であって、囚人の命ではない。
かつてボタ山を積んだように、囚人の死体を積み上げている。ボタ山はくすぶる様に赤く聳(そび)えたが、
積み上げられた死体もやはり、くすぶるのだろうか…。

「先生、ちょっと来て頂けますか?」
「はいよ、なんかありましたかい?」
「ちょっとご相談したいことがありまして…」
 ラスキーは声の相手を振り返ることなく、詰まれた死体を眺めている。
この現場で馬鹿丁寧な敬語を使ってくる奴は一人しかいない。中央からお越しの『管理者』様だ。

----
 一応の囚人であるラスキーも管理者様には逆らえない。魔鉱を結構な深さまで下ってきた。
地下と言えども、何百メートルともなると、潜水病のような症状が出る。百メートルかそこらの深さでしかないのだが、
頭痛と眩暈でふらついて来た。もっとも、今日は芋すら口にしてない、ラスキーのふらつきは別の原因かもしれない…。
先を行く魔具士様は、さすが、人外のものらしい、変わった様子は見られない。

「先生に診ていただきたいのはアレです」
追いつく前にアレと言われても困るのだが…。
水が出る炭鉱は壁や足元が生き物のようにグチャグチャしてる…初めての経験だ。

 これでも先行した囚人が必死に排水して、ようやく通れるようになったのだろう。天井が崩れてこないか、
壁から水が出やしないか、恐る恐る足を進めると開けたスペースに出た。
休憩用に(地下百メートルで休憩もないだろうが…)確保された作業場だろう。
この先は這い蹲(つくば)らないと進めないような、狭い鉱路が続いている。

「さてと、どれを診ればいいのかな?」
「アレです。出来ればアレを無傷で取り出したい」
溺死して間もないのが『アレ』だろう。排水用のパイプを持って先行した囚人達が傍らで指示を待っている。
水が出たのはここよりも上層だ。逃げるまもなく臨終しただろう……それは、頭の半分を魔石に食われていた。

--二へ続く--

人通りの少ない路地をあどけない少女が歩いている。ここは、とある鞄屋の在る、とある町を管轄する都市ニネベ。
艶のあるブロンドをおさげにした少女はピョコピョコといった調子で歩く、その様子に迷いは無い。
日は中天に差し掛かり、街路樹の影も短く歩道を掠(かす)める程度。道は複雑に交差している、観光客は迷うに違いない。
右手に神社を認めた少女は、売店のアイスに心を奪われた。昔は贄(にえ)を売買する場所だったのだろうが…
今は参拝”客”のために、売店が境内を占めている。都市化した国家と宗教の関係は難しい。

「あらっ、みっちゃん。暫く見なかったけど元気にしてた?」
「お父様と国境の視察にいってきたの! 美味しいくるみパンを頂いたわ」
「そうかい! さすが将来の魔法使い様は違うね! あたしなんて生まれてこのかた、ニネベを出たことも無いのにさ」
「おば様、それはとっても幸せなことかもしれませんわ。田舎暮らしは繊細なおば様には酷かもしれませんもの」
「あらあら、みっちゃんにはかなわないわね! 今日はどれにするんだい?」
「久しぶりだから、抹茶のアイスを頂こうかしら。ニネベ意外では珍しいみたいなの」
「そうなのかい。まあ、抹茶は貴重だからね」

国体と呼ばれる一族を祀(まつ)り、この国は体制を維持してきた。神社は一族の墓である。
その神社の直ぐ側に、この国を動かす組織の拠点が点在している。政治を動かす官僚、経済を統括する財界、
軍事を采配する士官、そして、それらを裏から掌握している国体、国体の主管として魔女協会も居を一にする。

「お嬢様!」
顔を青くして、官僚然とした男が駆け寄ってきた。びっしりと汗を書いている。辺りを探し回ったのだろう。
少女の到着が遅いので、魔女協会からお迎えが来たようだ。

「あら、ヤスダじゃないの。お元気?」
「”お元気?”じゃないですよ! 長老達がお待ちです。急いでください。」
「どうして年寄りのくせにせっかちなんでしょう! せっかくのアイスを堪能する間もないじゃない」
「まあまあ、みっちゃん。ヤスダさんを困らせちゃダメよ」
「おばさま、ヤスダを困らせてるのはあたくしじゃなくて、長老達ではなくって?」
「お嬢様…私にどうしろと…」
「ほらほら、みっちゃんも、お仕事でしょ? いい子にしなきゃだめよ」
「まぁ! おば様にはかなわないわね。ヤスダ、後で部屋までアイスをお願いね」
「畏まりました。ささ、急ぎましょう」

売店のおばちゃんに見送られながら、少女は男と神社へ足を進めた。魔女協会への抜け道が神社脇にあるのだ。
通り抜けた先に、明らかに兵士と分かる体格をした職員が門番然と立ちふさがっている。

「ミチル様、お召し物が」
「はいはい」
めんどくさそうに少女が手をかざすと、町娘の洋服が黒いローブにさっと変化する。

「”望遠の魔女”、長老会に拝謁したく存じます」
札がめくれるようにして、門番が立ち消えた。黒いローブを着た魔法使いが道端に蹲(うずくま)っている。
「”望遠の魔女”様、ご登院を歓迎いたします。ヤスダ様、ご苦労様でした」
「相変わらず陰気な人たちね。わたくしの前でまで人として振舞うのだから」
恭しく頭を下げて去ろうとしていたヤスダも、蹲っていた魔法使いも、顔を上げて『ニヤッ』と笑った。
自らを嘲笑するような笑いを貼り付けて、全く同じ顔立の二人が立ち消えた。

「まったく! 趣味が悪い!!」
町娘から、誰がどう見ても魔女と分かる格好に戻ったミチルは、見上げるような建物、魔女協会の塔の前に佇んだ。
「何とかと煙は高いところが好きって言うけど、上る身にもなってよね」
ぶつぶつ文句を言いながらミチルは箒を取り出した。ローブは空間に細工したポケットが付いているらしい。

「あんまり行儀はよくないけど、まぁ、急げって言ってたしね♪」
弧を描くように飛翔したミチルは、窓から協会に登院した。
----

「今日も一日ご苦労さん」
ここはとある町のとある鞄屋の二階。日は傾いてあたりは薄暗く、半袖シャツに作業用エプロンでさらされた
二本の腕は、心地よい冷たさを風に感じさせられる。

『明日はどうしよう…』店の看板を『closed』に裏返し、鞄屋の小僧はブツブツと思索に入っている。
黒い髪に黒い瞳、外見からすれば十歳位だろうか、小さなエプロンは汚れて、いかにも職人といった感じだが
全体に漂う幼さはどうしょうもない。店に入って悩めばいいのに、可愛い頭を傾けて主日の過ごし方を考えている。
ここは小さな町だ。主日ともなれば皆、店を休んで思い思いに過ごしている。

『久しぶりにピクニックもいいかな…』頭を上げると、店の看板にぶつけてしまった。
『そうなると、パンとチーズとハムとを買って、ハーブティーもミルクもいいな…』
夕飯の買出しをついでに、小僧は町へ繰り出した。
----

「どうだい? 小僧さんは見つかったかい?」
「出来る限り手は尽くしてるんだがな…如何せん行き先が分からん」
「そうか…こっちもいつまで持つか、正直分からんぞ」
「無理は承知している…が、無理をしてでもこいつは逃したくない」
「まあ、気持ちは分からんでもないが…」
廃坑の元休憩所に男達がつめている。ここは龍の背と呼ばれる連峰の裾野。古くから炭鉱として開発された
村の廃坑だ。今は魔坑として、主に囚人の受け入れと魔石開発に使われている。

「しかし、言い方はアレだが…何処まで育つんだろうな」
「見ていて気持ちのいいものではないな。何時までここに縛っていられるか…私としてはこのままの状態を
固定する方法があれば、一番いいんだが」
「難しいだろうな。人としての領域はとっくに超えちまってる」
魔石の採掘をしている時に事故が起こった。まあ、鉱山事故など掃いて捨てるほどあるんだが…事故の結果、
これまでに無い上等の魔石が発見され、魔石が人を食った。
人の専門家である医者のラスキーと、魔石の専門家である魔具士の管理者が魔石に食われた”モノ”を観察している。

「なあ、先生。あんたアレをどう見る?」
「意思を持った魔石は現在のところ確認されていない」
「だよな…はじめは俺も魔石が人を回復させてるんだと思ったんだが、いよいよ”ヒト”に近づいてきやがった。
アレがここから出ようとしたら…止められる自信は無いね〜」
魔石に食われた”元人間”は醜く膨れて、坑道を狭めている。もともと休憩所は少し開けた坑道でしかない。
男達が十人も体を横たえれば一杯になってしまうほどのスペースなのだ。

頭の半分ほどを占めていた魔石は膨れた体に埋まって確認し辛い。暫くは坑道の壁に顔を埋めるようにして
土を食っていたのだが…そのうち体が混ざってきた。事故処理で坑道に溜まった水を抜きに来た作業員をたいらげると
腐乱死体のように膨らんで、その後は球根のように腰を落ち着けている。坑道の水をあらかた飲み終えたころには
皮膚が裂けて、血管が植物の根のように坑道に張り出してきた。

「無責任だが…私にも無いな」
「おいおい、あんたはここの管理者だろ。手が後ろに回っちまうぞ」
「お前みたいにお気楽になれればいいんだがな…私も」
「深刻ぶっても仕方がねえ。早いとこ小僧さんを見つけな。何とかできるとしたらアイツの飼ってるオウム様位だ」
肥大する魔石と元ヒト。土を貪り、水を飲んでいるうちはいいが…どっちに転ぶか分からない。
魔坑を出て人を襲うか、魔坑に沈み大地に帰るか…。球根のように見えるそれは芽を出さないだろうか…。
日差しを求め、枝を伸ばせば世界が広がる。人を二人も飲み込んだ。人は案外、美味しいのかもしれない。

「サンプルは死んじまったみたいだな」
「それはいいニュースだ。あれほどの石が魔法生物の出来損ないとして破棄されるのは忍びない」
「こっちとしても助かる。切り離した先まで増殖されちゃ迂闊に手が出せないからな」
根のように張り巡らされた血管をラスキーが切り始めた。成長のスピードを少しでも緩めるためだ。
サンプルとして切り取った肉片はただの土に戻ってしまった。魔石と元人間の化学反応は分からないが
魔法生物になった訳ではなさそうだ。それなら手の出しようもある。

「全部きっちまわないでくれよ。腹をすかせた人間は何をするか分からんからな」
「食べ過ぎて際限がなくなる前に、教育できればいいんだがな…」
「さすが! インテリは発想が違うね。で、石の方はどうよ」
「今のところ変化無し! 粗悪な石は腹の中に溜まってるみたいだがね」
管理者が印を結んで右手をかざした。右手から青白い光が発し、魔石を美しく照らし出す。
球根の頭は藍のように深い光を、腹の中からは白っぽい光がぽつぽつ漏れてくる。

「等級が高いほど、石は青く深く輝き返す。腹の中には五級位か…粗悪だが数は多いな」
「ほー。こいつに食わせれば土くれから魔石が出来るってことか?」
「精製の手間が省けるかもしれんな…。まあ、どうやって腹から取り出すかは別だが」
「五級とはいえ、あんだけあれば一財産だよな?」
「取り出して精製すれば三級位にはなるだろうな…まあ、医療用なら十分使えるぞ」
「アレが目玉や内臓になるわけか…逃がすわけにはいかなくなったな」
「ははっ! 先生もようやくアレの価値が分かってきたか。逃げ出して隣国の手に渡ってみろ。
魔人や天使を相手に戦争するのと大差なくなるぞ」
「ははは…。ちと、シャレにならんな…。」
拍手を打って、ラスキーは球根を拝んだ。嘲笑しかけた管理者も…襟を正して手を合わせた。

--三へ続く--

「相変わらずね、ミチルさん!」
『めんどくさいのに捕まったな…』ミチルは気付かない振りをして、入ってきた窓から廊下へ飛び降りた。
声をかけてきた相手を無視して、階上へと歩みを速める。
ここは国の中枢を担う魔女協会の本部、魔女の塔。ミチルもミチルを呼び止めた相手も勿論、魔女である。

「ミチル! ちょっと、止まりなさいよ!」
「…あら、殺戮の魔女様、ご機嫌麗しく」
ミチルは大仰に振り返る、と恭しく頭を垂れた。”殺戮”と呼ばれた魔女様は顔を真っ青にして怒っている。
フードを頭からすっぽりと被ったミチルは、身内意外には見分けが付かないだろう。
殺戮と呼ばれた魔女もやはり、黒いローブを纏っている。こちらはフードを垂らしているので顔があらわだ。
赤い髪に茶色の瞳が印象的な魔女様だが、ミチルと同じ年頃だろうか…背格好は似たようなものだ。
相手に分かるようにため息をついて、ミチルはその場を立ち去ろうとする。

「ちょっと、こっちの用事は済んでないのよ!」
「申し訳ないけど後にしてくださる? 長老会に呼ばれているものですから」
「だから! その前じゃないと意味が無いのよ!」
殺戮の魔女がミチルの腕を掴んで歩みを止めようとする。が、ミチルは止まらない。
捕まれた腕をその場に残して、その歩みは緩めない。

「望遠の子よ、良くぞ戻られた」
「お母様!」
ミチルの行く手に魔女がいる。赤い髪に紫の瞳。淫婦を思わせる肉体の美しさはローブの上からでも
十分、男を狂わせる…。女の盛りで時が止まったそのお方は、ミチルを呼びつけた張本人だろう。
ミチルは跪くと魔女からの指示を待った。殺戮の魔女はミチルを追い越して、魔女の袂に駆け寄ると、
ミチルの腕を投げて寄越した。ミチルの正面にマネキンのように右腕がバウンドして転がった。

「望遠の子よ、そなたの声を聞かせておくれ」
「”深遠”の方様、遅れて申し訳ございません。はるばるご足労頂きまして、面目次第もございません」
「そんなに畏まるな、望遠の子よ。なに、今回お前を呼んだのは我ではない」
「…と、申されますと」
「まあ、楽しみにしておるが良い。それはそうと腕を付けてはくれんかな。わが子の粗相を濯ぐ機会を我にくれぬか」

深遠の魔女の真意は測りかねるが…目上に対する礼儀は知っている。
ミチルは言われるがままに、もげた右手を拾い上げた。黒いローブがぼんやり光り、茨の刺繍を濃く照らす。
枝を伸ばした醜い茨は、右手を飲み込み、右手を作る。光りが落ち着いたころには、元の通りに右手が生えた。
茨の蕾が一つ膨らみ、色鮮やかな開花を匂わす。ミチルのローブには、所々、赤いものが散見される。

「何度見てもそそられる。茨に包まれる無力な雛よ」
深遠の魔女は屈み込み、ミチルのローブから一番大きな蕾を摘み取った。暫く眺めると、殺戮の魔女に投げて寄越す。
受け取った魔女は小さく震えている。

「お前も偶には痛みを知りなさい。丈夫な体は精神を愚鈍にしがちだ」
「お母様…」
殺戮の魔女はミチルを睨みつける。感情の無い瞳で見つめ返されたその子は、逡巡した後、蕾を口にする。
「オカァアサマァッ」必死に悲鳴をかみ殺して、少女が痛みに耐えている。腕をもがれた痛みなど、この子は
経験したことが無いのだろう。憎悪を瞳に宿らせて、少女は母のお気に入りから目を離さない。

「望遠の子よ、行きなさい。長老達がお待ちかねだ」
「深遠の方様、失礼いたします」
ミチルは階上へと歩みを進める。一歩踏み出すごとに意識が遠ざかる。”長老達”がお待ちだと…。
長老”達”がお待ちだと。同じ魔女にも序列が存在する。名を与えられ、席を与えられ、位を与えられ、魔女は上へと
上り行く。ミチルは”望遠”の名を持った”三席”の魔女だ。”殺戮”の魔女は”主席”の魔女である。
席を返し、位を得れば長老と呼ばれる。”深遠”の名は能力を現しているのではない。位の体言なのだ。

「よっ、ミチル!」
「お姉さま!」
魔女の塔の最上階、長老会への回廊で影が待っていた。黒いローブは一層暗く、それだけで対象を魅了する。
”西”の位を有した魔女が右手を上げてミチルを迎える。なんとも軽い挨拶だ。

「窓から入ってきたんだって? おかげで”深遠”に先を越されたよ」
「お姉さま。おかしいの…深遠の方様は長老”達”がお待ちだって」
「だから私が来たんじゃないか。”東”の母様もいらっしゃる。存分におやり。骨は拾ってやるから」
「お姉さま…」
処断されるのだと思っていた。長老会に出頭して、罰を受けるのだと。その為には深遠の魔女一人で十分だ。
魔女になって、私は何もしてはいない。戦果を上げることも、国威に資することも…。

「罪人みたいにフードを被るな。晴れの舞台だ、陽気にやりな」
「でも、私、何もしてない…」
「まあ、あれだ…欠員が出た」
「棚ぼたですか!!!」
「う〜ん。ありていに言えば…そうだ」
「お姉さま〜ぁ」
複数の長老が出席するとなると、叙席か叙階だろう。叙席は長老二人で十分だ…。とすると叙階か…。
困ったことになった。道理で”殺戮”が仕掛けてくるわけだ。戦争向きで能力も十分な彼女は自分が選ばれないのが
耐えられないのだろう。席次からいっても”首席”の彼女が”三席”の私よりも先に位を与えられるはずだ。
しかも今、私はデバイスを持っていない。”望遠”に現される遠視の能力。術に使用する水晶球を無くしてしまった。
…ありていに言えば役に立たない。だから処断されると踏んでいたのだ。

「欠員って何ですか? 緊急で埋めないといけない位の方なんですか!!」
「空けるわけには…いかんかな〜。空くのは…あれだ」
「アレってなんですか!?」
「…”西”の位だ」
「姉さま?」
「まあ、そういうことだ」
「そういうことって、どうゆうことですか!!!」
ミチルの声は街の果てまで響き渡った。

----

「…………」
「…………」
重たい空気が場を支配する。
ここは国家を動かす行政機関、その中でもわりかし力を持っている協会の中枢、魔女協会の会議場。
その中でも位の高い魔女の合議、長老会…ありていに言えばお偉方が集まっての会議が開かれている。

「…さて、お歴々…この場をどう収めましょうか」
「…………」
「東の方様、何とかなりませんか?」
「さあ…私とて西の方様のご意向を無視するわけには参りませんので…」
「…………」
「南北のお二方は如何ですか?」
「如何と申されてもなぁ…」
「我らも困りますわよねぇ…」
「…………」

魔女にとって序列は在ってない様な物だ。そんなものは実力の過多からみれば瑣末なものだから…しかし、
役所には序列が必要だ。魔法士の国家試験に合格し、国に認められた魔女の弟子になったものは、
自動的に魔女協会の会員にもなる。魔女の序列には席次と位が在って、長老と呼ばれる魔女は必ず位を保有している。
位が無ければ正式な弟子は取れない。席次とは魔女の弟子がその働きや能力を認められて一つずつあがっていく、
まあ、昇進試験のようなものだ。三席(末席)から始まって、一席(首席)に上がったものから、長老会の合議を経て、
基本的に全会一致で位を授けられる。
中々芽が出ずに協会を脱退して(時には破門されて)下野するものもいるが…野良猫と一緒で名前は失う。

「西の方様、今回の件は取り下げて頂くわけにはいくまいか?」
「深遠の方様、私は何も難しいことは言っていない。”望遠”に位を譲りたい。それだけじゃないか」
「西の方様、それだけと申されては我々としても立つ瀬が無い。なんとか矛を収めてはもらえぬか?」

魔女はエリートである。しかし、己の欲望にも正直だ。
国のために尽くしたいと思うなら官僚になるか軍隊に入るだろう。国を変えたいのなら政治家を目指してもいい。
そんな中、国に在って特別に力を持っている特殊団体が魔女協会なのだ。移り気だが脅威とも呼べる力を持つものたちを
国家は野放しにはしておけない。掌握できないほど癖の強い集まりと、事を起こさないために、彼らは盟約を結んでいるのだ。
自由を保障する代わりに、国との衝突をしてくれるな…と。

「長老会に申し上げます。私、”望遠”は、己の至らなさを存じております。また、三席の者が位を頂くなど
我らの慣習にはございません。謹んで辞退させて頂きたく存じます」
ミチルは一切の淀みなく、朗々と言い切った。場に混乱をもたらしている西の魔女とは大違いだ。
ミチルはドロシーを姉と慕っている。だから可能なのかもしれない…対峙する相手が”深遠”なら、こうはいかないだろう。

「大体、”西の魔女”と言えば四方の要、魔女としての能力は勿論、天使に対峙できるだけの力を持たねば…」
長老達が沈黙のままに首肯する。ミチルの言ってることは最もなのだ。ドロシーが有している位は”西”の一字。
”西国の魔女”や”東風の魔女”といった位ではない。その一大事だからわざわざ『東西南北』の四方の代表格が
駆けつけたのだ。

「長老会は我と事を構えるか?」
「…………」
ドロシーは挑発的に言ってのける。東、南北の長老はあきれてため息をつくばかりだ。
長老会の議長として、立会いを担わされた”深遠”にすればたまったものじゃない。

「西の方様、何故”望遠”なのですか? 順当にいけば西偏の魔女がいいところでしょう」
西偏の魔女にはミチルに喧嘩を吹っ掛けた殺戮の魔女が内定している。長老会の意に反して、西の魔女が留保しているため
正式には叙階されていないが…。殺戮の魔女は”深遠”の弟子でもある。

「貴方でもわが子が可愛いか? 深遠の魔女よ」
「口を慎め、怨嗟の魔女! そなたの非礼は東の方様の面目にも関わるぞ」
魔女の系統は派閥の一様態。西を授かり、弟子を育て、東に移った長老は、ドロシーとミチルの師匠でもある。

「弟子の不徳は師匠の不徳。深遠の方様、”東西”と事を構えるおつもりか?」
「…………」
南北の長老が凍りつく…。歴代の”西”を相手に戦うなど…国替えをして、逃げ出したほうがまだましだ。
深遠の魔女は唇を噛みしめて怒りをこらえている。

「不躾な言い方で申し訳ない、だが、わが子はそんなにバカではない。”怨嗟”の子よ」
「はい、お母様」
師匠の問いにドロシーが襟を正す。

「”望遠”は”西”の器か? ”殺戮”ではダメなのか?」
「……私は最果てを目指します。そのためには”望遠”が必要です」
「…………」

「そうか…」
長老会の空気が変る。無理を通す道理があるのだ。
四方の合意は”深遠”を動かした。深遠の魔女もすっかりトゲを抜かれたようだ。

「失礼な発言をお許し願いたい。あなたはやはり”西”の一字に相応しい…」
「お分かり頂けて光栄だ。”始原”の意向を伺いたい」
「取り次ごう…」
深遠の魔女は長老会を退席した。長老会は全会一致。その結果は魔女協会のトップ、始原の魔女に伝えられる。
四方の魔女とミチルは今回の当事者だ。利害関係が無いとされている深遠の魔女が立会人として協会を代表する。
…ありていに言えばトップにお伺いを立てにいったのだ。

ドロシーは仕事をやり終えた顔でミチルに微笑みかけている。自らの勝利を確信しているようだ。
対してミチルは…青を通り越して、顔色が紫になってしまった。

「まあ、がんばれよ! なあに、何とかなるって」
「無理です…無理ですわ、姉さま!」
「あなた達、お二方に笑われましてよ…」
『ハァ』といった感じで東の魔女が弟子達をたしなめる。南北の魔女達は心底、ホッとしているようだ。

「”西”が新しくなるか…しっかり頼みますよ、望遠の方様」
四方の魔女が口々にミチルを祝している。まるで同格の魔女と接するように。
しどろもどろになりながら、ミチルは丁寧に辞退を伝える…が、誰も意に介さない。
長老会として決定したことだ。ミチルの意向など無きに等しい。

部屋のドアがノックされる。深遠の魔女が決定を運んできたようだ。
場の全員が席を立つ。フードを被り、印を結んで場に列する。
ミチルは末席で跪き。四方の魔女は姿勢を正した。

「”始原”の言葉をお伝えします」
首には協会を象徴する紫のストールが掛かっている。
「名に相応しく”我”を捕らえよ」
それだけを言うと、深遠の魔女はストールをたたんでフードを外した。四方の魔女も姿勢を楽にして椅子に腰掛ける。

「我らが”母”は手ごわいぞ」
深遠の魔女の言葉に四方の魔女が同意する。
「わが子よ、心して掛かりなさい」
東の魔女は鷹揚に言ってのけた。

--四へ続く--
2009/09/06(Sun)22:56:38 公開 /
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■作者からのメッセージ
表現のまずさ、誤植は直しますのでご指摘いただければ幸いです。
読んでいただきまして、心から感謝申し上げます。
この作品に対する感想 - 昇順
作品を読ませていただきました。全体を通して物語の展開が早く、場面展開も早いため状況を完全に把握する前に次の場面に移行してしまった印象があります。もう少し一場面ごとの描写を増やしもう少しペースを落としても物語の面白さは損なわれないと思いますよ。1の冒頭部分で「廃鉱」になったような表現が何度も出てきてのですが、これは一度だけでも十分だと思いますよ。あと「片輪」という表現が出てきているのですが、これは出版コードの差別・不快表現なので使わずに書き換えた方がいいです。では、次回更新を期待しています。
2009/09/28(Mon)00:08:550点甘木
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