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『「二人の英雄と七人の道化師と」第1話』 作者:空条嬢一 / ファンタジー アクション
全角11409文字
容量22818 bytes
原稿用紙約34.1枚
果てのない世界、アース。この世界に存在する三つの種族、ファンタジア、アルカディア、ハビリスのうちファンタジアとアルカディアは現在戦争状態に陥っている。そして、ファンタジアの英雄ゼロとアルカディアの英雄イヴ。敵国同士で交じり合えるはずがない二人が、互いを認め、自由を求め、幸せを願い、一緒に旅をしていく物語
暗闇に立つ一人の道化師。その手にある数奇なる玉。それを軽快に上にあげながら、一人、道化師は踊りだした。
 楽しそうに、陽気に、何に笑っているのか分からない。
しかし、道化師は笑う。
 そして、唐突にも、その道化師は喋り出したのだ。





ある歴史の話をしよう。果てを誰も見たことのない世界、アース。その世界には四人の神が創り出した一つの種族が存在した。ヴァン神族と呼ばれる種族であった。
四人の神は、そのヴァン神族を神と崇めるため、さらに種族を創り出した。ファンタジア、アルアカディア、ハビリスである。
ヴァンは天を、ファンタジアは海、アルカディアは大地、ハビリスは森をそれぞれ支配することを決めた。
神はこの三つの種族にあるモノを授けた。ファンタジアには神秘なる力の源の「ウォルナ」を与え、独自の研究により、魔法を生み出した。アルカディアには神の持つ技術「アーティファクト」で今日までの機械文明の礎を創り出した。そしてハビリスには自由の「ガデス」によりアースの発展と繁栄を導いた。彼らは共にアースのため、共存の道を歩んでいた。
 ヴァン神族は他の種族を嫌った。全種族平等ではなく、自分たちこそが最高の種族である。その思いを実現させるために他の種族へとある戦争を持ち掛けた。全種族が自分たちの力で創り上げてきた象徴とも呼べるモノの覇権を争うというものだった。ヴァン神族には「フレア」と呼ばれる太陽。ファンタジアには知識の源の「ミーミルの泉」。アルカディアの大地豊穣の「ガイア」。ハビリスにおける世界樹と言われる「ユグドラシル」がある。これを賭けた戦いであった。
それが「第一次ジェノサイド」である。それはヴァン神族以外の全ての種族が協力し戦ったため、ヴァン神族は滅亡し、終止符を打たれた。
しかし、ある問題が起こった。ヴァン神族の象徴である「フレア」を支配するものが無くなってしまったため、「フレア」が暴走を始めたのだ。その「フレア」をファンタジアのある英雄の命と引き換えにしてファンタジアの支配下に置くことに成功した。しかし、「フレア」と「ミーミルの泉」を支配下に置いたファンタジアは残りの二つまでも支配下に置こうとアルカディア、ハビリス両種族にも戦争を仕掛けた。これが「第二次ジェノサイド」である。その戦争でもアルアカディアとハビリスの同盟軍は「フレア」を再び、ファンタジアの支配下から解放することにも成功した。しかし、いつ「フレア」が暴走するとも解らない。そのためにもファンタジアとアルカディアは戦争を繰り広げ始めた。ハビリスは戦争に参加の意向を示さなかった。
 これは、ある二人の物語。
世界の果てを見届ける物語。






ファンタジアの治める領地の中枢となる都市バーディミアン。君主であるエリオット十二世の居城を中心に、歴史的な建造物が数多く、周りを囲む城壁は高く、虫一匹入る隙間もない。都市にいる人々の顔にはいつも笑いが絶えない。今日は一ヶ月に一度の祭り、感謝祭の日。その賑やかな町中を何の目的もなくフラフラと歩いている男が一人。
男の名はゼロ。腰まで伸びた黒の髪。体を全て覆い尽くすようなマントを纏っている。マントのフード部分にはネコのぬいぐるみが入っている。
「せっかくのお祭りだろ?楽しもうぜ」
ぬいぐるみのネコは喋り出した。しかし、ゼロは何の驚きも見せない。それがゼロにとっては当然のことだから。ぬいぐるみのネコは祭りだ、楽しもう、と言い続けている。ゼロが話を無視しているとポケットから陽気な音楽が鳴り出す。取り出したものは「フォトン」と呼ばれている球体であった。
フォトンとは通信手段として発達した機械であり、特定の人物へメッセージを送ることができる。発信者の名前を見るなりゼロは露骨に嫌な顔を示した。フォトンからメッセージが浮かびだす。それはいつも見慣れた文だった。ゼロはメッセージを読み終えると、ある場所へと向かった。
 居城・ヴァルハラ。ファンタジアの最重要拠点である巨大な城。その城の王座の間にゼロはいた。マントは外さないし、頭も下げていない。普通の人間と接するように自国の君主と対面している。王座の間にはエリオット十二世とその側近、カルヴァンが立っている。周りには親衛隊も数人。エリオット十二世は王座に座りながらゼロを見下ろしている。先に口を開いたのはエリオット十二世だった。
「ゼロ。貴公にウォーランド高地にて進軍中のアルカディア兵の討伐を命ずる」
「また討伐か、ちゃんと報酬は払えよ」
その言葉の後、ゼロの首筋に剣の切っ先が向けられていた。カルヴァンが王座の横からここまで一瞬で近づいていた。鋭い眼光でゼロを睨みつける。ゼロは取り乱すこともなく、切っ先を見つめていた。
「貴様、毎度のことながら言葉を弁えろ。なぜ跪かない。愚弄しているのか?」
切っ先は依然として、首に突き付けられたままだった
「カルヴァンよ、別に良い。ゼロは特別だ」
「しかし、国王」
「彼に強要してはいけないよ。彼の前で地位など関係ない」
その言葉で剣を鞘にしまい、不服そうに下がっていく。
「頼んだぞ。ゼロ」
「わかっている」
ゼロは一礼もせず、帰って行った。



 ゼロはバーディミアンから目的地のウォーランド高地を目指す。ぬいぐるみはゼロにある提案を申し込んだ。
「別に急がなくてもいいだろ?あそこに行こうぜ、ベルニカ。なぁ、行こうぜ」
ベルニカ。バーディミアンとウォーランド高地の真ん中に位置する工業都市。ファンタジアでもなくアルカディアでもない、ハビリスの領地。このベルニカはアース三大娯楽都市と呼ばれるほどで、種族に関係なくこの都市で有意義な時間を過ごしている者は多い。確かに、今回の任務開始時間までは余裕がある。たまの息抜きと思いゼロは行くことを了承した。
 三大娯楽都市だけあってか、日付が変わろうとも全く輝きを失っていなかった。カジノやバー。そびえ立つホテル。通称「眠らない街ベルニカ」の入り口である大橋でゼロはぬいぐるみに話をしていた。
「いいか、今夜泊まるホテルの名前とお小遣いだ。あんまり使うなよ。ちゃんと時間には帰って来い」
「わかっているって、安心しろ。倍にして返してやる」
信じる理由のない言葉を吐きながらぬいぐるみは夜の街に溶け込んでいった。ゼロは当てもなく歩き始めた。

 集合時間になってもぬいぐるみは現れなかった。どこかの路地裏で野良犬やらに噛まれているのではないかと思い探し回ったが結局見つかることはなかった。ぬいぐるみの行きそうな場所も探したがいなかった。あるカジノでは大勝した後に何処かへと消えていったぬいぐるみを見たという情報もあった。ダメもとではあったが大橋のほうまで足を運ぶことにした。ぬいぐるみの性質上、決していないと思った。
 しかし、ぬいぐるみはゼロの予想を簡単に裏切った。大橋にいたのだ。それも様子がおかしかった。小さな女の子に抱きかかえられている。銀色の短い髪が夜の闇で一層目立っている女の子は黒いワンピースと真っ黒な靴だけを身に着けていた。その、全てを黒で包んだ少女はやけに美しかった。最初はそれしか思えなかった。そして、少女の腕の中で全く動かないぬいぐるみ。
「どうしたんだい、おまえ。ご主人様はいないのかい?」
少女はぬいぐるみを撫でながらそう言っていた。そして、ゼロが近づいたのに気付いたのか、そっとゼロのほうに向き直った。
「そのぬいぐるみ、俺のなんだ」
「あ、すみません。そこに落ちていたから。でも持ち主が見つかって良かった」
少女の手からゼロの手へとぬいぐるみが移動する。少女はゼロを見ながら笑っていた。
「ありがとう、えっと」
「あ、申し遅れました。イヴと申します」
「イヴ。お礼に今から食事でも、どう?」
「いえ、そんな大層なことしていませんから。お礼だなんて」
「コイツは大切な奴なんだ。お礼は絶対にしたい」
「そうですか、でも今日は遅いからまた明日にでも」
その後、お互いのフォトンの自分のナンバーを交換し、別れ際イブから一言。
「よかったら名前、教えてくれますか?」
「ゼロだ」
少女は小さく微笑み、また質問した。
「変わった名前ですね。そのぬいぐるみにはあるのですか?」
「こいつのほうが変わっている。ジブリール」
「本当に。面白い名前ですね」
イヴが笑うと、ジブリールはゼロの腕から飛び出し、イヴの目の前に立った。
「面白い名前とは失敬だな。この名前には誇りを持っているのだよ」
イヴは目の前のぬいぐるみが喋りだしたのに対して驚きを隠せないでいた。ゼロは素早くジブリールを持ち上げて口を塞いだ。
「ちょっと変わっていてさ、意思を持っているのだよ。コイツは」
「本当に面白いですね」
それから二人は程なくして別れた。あの後、イヴはジブリールのことをそれ以上聞こうとはしなかった。かなり珍しい生き物だが、召喚獣と間違えたのだろう。そのほうがゼロにとっても、ジブリールにとってもかえって都合が良かった。イヴもベルニカのどこかで泊まっている。観光客だろうか。この街では別段、女の子が一人で歩いていても違和感はない。ゼロは帰り道、ジブリールにこう問いかけた。
「お前さ、約束くらい守れよ。何であんな所にいた?」
「野良犬との死闘の後、大橋で寝ているところを彼女に拾われたのだ」
ゼロは心の中でやはり、と思った。
「顔はかわいかったなぁ、でも胸が全くなかった。残念だ」
「は?」
ジブリール曰く、彼女・イヴの胸はまったくないらしい。つまり「ぺったんこ」という事らしい。




 それから二人は毎日のように連絡を取り合った。他愛のない話や日々の出来事を話し合った。暇なときは一緒にベルニカの街で遊んだりもした。ベルニカの街が昼から夜に変わるまでずっと二人で。
「今日は楽しかった。また、明日会える?」
ゼロのその言葉にイヴはすぐには返事をしなかった。時間をおいてからゆっくりと口にした。
「明日は、ちょっと用事があるから、もし会えるなら電話するね」
「あぁ、わかった」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
そして、二人は別れた。その後すぐにゼロのフォトンに連絡が入る。今回の任務の総司令官からであった。





 ウォーランド高地。すでにファンタジアの魔法使いや騎士たちは最前線にて陣を整えていた。ゼロはいつものように、どこにと決めることなく自由に座っている。この地へと出向く命令は出ているが、基本的に自由に戦えば良いと言われているからだ。
ファンタジアという種族は魔法を使う事に長けている。しかし、種族の全員が使えるわけではなく限られた素質のある者だけ使う事ができる。素質のある者は幼い時より魔法を習うために「アカデミー」に入学し、一人前の魔術師に成るために修練する。そして、ファンタジアのために戦う。使う事の出来ない者には、それぞれが自由に生活することができる。商業、工業、農業、自由だ。しかし、魔法が使えなくてもファンタジアのために戦う事もできる。それが「騎士」だ。基本的な剣術や武道を覚え、騎士の試験に受かることができれば、誰でもなれるのだ。もちろん、魔法を使える者も「騎士」になる道を目指す者も多い。それが「魔法騎士」である。魔法騎士になれるのはほんの一握りのエリートだけである。
 今、このウォーランド高地での総司令官がその魔法騎士である。名前はローラン。最年少で魔法騎士の名誉を授かった。ローランの命令で全ての兵が動き隊を形成する。その動きは鮮やかで一糸乱れぬ陣形となった。
「アルカディアはどうなっている」
ローランは側近の一人に話しかけていた。ローランのいる本陣はウォーランド高地の全てが見渡せる高い場所に設置されている。そこから側近は双眼鏡であたりを見渡している。
「見えました。前方、十里もありません」
「よし、進め!アルカディアを討つぞ!」
ローランは立ち上がり、剣を空高く突き出し、進軍を命じた。その令により、ファンタジアの兵は隊を乱さぬまま一気呵成に攻め込んだ。
 アルカディアも戦闘態勢に入ったのか、空母も数機、空を飛んでいた。そこから投下される飛行型マシナリー。地面を駆り進んでくるのは最新型の兵器「EP‐29」と呼ばれている人型のマシナリー。飛行型には有翼獣を召喚し応戦する魔術師。遠距離魔法を駆使しながらも撃墜していく。地上では騎士とEP‐29との戦闘が各地で起こっていた。
アルカディアは空母からの爆撃や大砲からの攻撃で優位を保っている状態だった。ファンタジアは幾人も重ねた大型魔法陣で応戦するもアルカディアの大量兵器の前に押され気味である。
「加勢しないのかい?ゼロ」
「まぁ、そろそろだな」
重い腰を上げ、一機の空母に向かい飛ぶ準備を始めた。地面に手を置き、直径一mの丸い魔法陣が完成した。それは小さくも緑色に光っていた。
「掴まれよ、ジブリール」
背中に光り輝く翼を創り出し空高く飛び上がる。瞬間、あまりの速さに空へ向かう一筋の光ができた。空母の目の前まで近づいたゼロは空母に手を添えて詠唱を唱えた。
 空母が大きな爆発を伴い、墜落していった。燃えながら鉄の塊と化していく空母からは残りの飛行型マシナリーも出撃してくる。しかし、その全てが出撃してから間もなく爆発した。ゼロの放つ灼炎系魔法の最下級の威力が内部にまで及んでいた。
「ゼロが現れました。すでに空母一機を破壊しています」
進軍中のアルカディアの最後列にいるドルン中将は早々にゼロを討つ手配を始めた。
「残りの二つの空母もゼロに向かわせろ。何としても倒すのだ!」
その令を受けた空母はゼロに向かい舵をとった。雄叫びにも似た機械音を鳴らしながら目指すは空に浮かんでいる敵国の英雄。しかし、その英雄はまったく怯える事もなく逆にこちらを倒す気でいる。
「ジブリール、片方任せたぞ」
「はいよ」
フードから出たジブリールは空母に向かい飛んで行った。ゼロも空母に向かい再び魔法陣を描く。再び、緑色の魔方陣。そして四角、また一瞬で魔法陣が現れた。空母からはすでに何発かのミサイルがゼロに向かい飛んできている。それでもゼロは逃げようとはしない。ミサイルが魔法陣に当たる直前に、魔法陣から大きな風が生み出された。その風は空母に向かい一直線に進んでいった。ミサイルを爆破しつつ風は進んでいく。風は徐々に姿を変え竜巻のように螺旋を描き、空母を切り刻んだ。その中にいたマシナリーも切られた衝撃で爆発を起こす。その爆発がさらなる爆発を引き起こし空母を破壊した。
 ジブリールのほうも空母を爆発させることに成功しゼロの元へ戻っていった。地上ではファンタジアの兵が歓声を上げていた。本陣でもそれは同じだった。握手をする者もいればゼロに向かい拍手をする者もいる。しかし、ローランだけは素直に喜んでいなかった。 



一方、アルカディアのドルン中将は苦悶の表情を浮かべていた。空母を三機も失い、戦況は不利になるばかりであった。空からの攻撃が無くなったファンタジアはここぞとばかりに攻め続けている。EP‐29も次々に破壊され徐々に兵士も少なくなっていく。
「私も出るぞ、このまま負けてなるものか!」
「ドルン中将、伝令が届きました」
「なんだ!申してみろ!」
伝令は持ってきたフォトンに記されている文面を読み始めた。
「こちらにリオール型空母一機と四足型マシナリー『SP‐31』二十体。さらに例のアノ兵器も送ったとの報告です」
「本当か!これで勝機が見えてきたぞ!」
彼の言う勝機とはリオール型でも、SP‐31でも無い。名前すら知ることのないアルカディア史上最強の破壊兵器である。
 ゼロは空を旋回しながら地上の様子を見ていた。あきらかにこちらが攻め勝っている。こうなれば時間の問題であろうと思い、帰ろうとしたゼロを大きな影が覆う。上を見上げると新たな空母が浮かんでいた。それは先程の空母よりも明らかに大きなものだった。
「何でこんな所にリオール型が来るんだよ」
リオール型とは、アルカディアの作っている空母の大きさを示すもので、シャーレン、リオール、ガルキメニス、と三段階に別れている。これはいわば中型の空母である。そして、そこから新たなるマシナリーが投下され始めた。
「おい、あれ『SP‐31』だろ?試作機でも無いようだが、どうなってるんだ?」
ジブリールは投下されていくマシナリーに違和感を覚えた。確かにSP‐31は未だ戦場での出撃例は聞いたことがなかったから当たり前だが、ゼロは投下されていった地上のほうが気になっていた。
「おかしい、あれほど攻めていたウチの兵達の進軍が止まった。ジブリール、兵達の最前列を見てくれないか?」
ジブリールの首根っこを掴んで地上に目を向けさせた。そこを見たジブリールはこう言った。
「変なのがいるぜ。どんどんコッチの兵を倒してく」
地上ではファンタジアの兵はたったひとつのマシナリーを相手にしていた。そのマシナリーは人型で頭部を守るヘルメット以外は、ろくに装備も付けていない。だが、誰一人そのマシナリーを止める事が出来なかった。
「ええい!情けない。私も出るぞ!」
戦場の様子を聞いたローランは痺れを切らし戦場へと赴いた。止めようにも一気に本陣を飛び出し、前線まで向かったのだ。ローランの魔法属性は風。通常、全ての魔術師は地、水、火、風のどれかに属することになる。それは自分との相性や才能により影響するものでそれは生涯変えることはできない。
 風を操り、何よりも速く最前列へと向かうローラン。すでにSP‐31により、兵達は列を乱し、個々に応戦していた。しかし、SP―31の力は圧倒的で一対一では勝ち目は皆無だった。ローランは進みながらもSP―31とも戦う。ローランは圧倒的な魔法と剣術で薙ぎ倒していった。そして、最前列のマシナリーの前までたどり着いた。
「俺が相手だ!こい!」
ローランは剣で斬りかかった。しかし、その兵器は避けようともせず、受け取ろうともせず、ただその身でその刃を受けた。その兵器の体には当たったが、切れることは無かった。ローランは再び力を込める。だが結果は同じだった。ローランは一歩下がり魔法陣を描き始める。兵器はその魔法陣が描かれる前にローランの鳩尾に蹴りを入れた。軽い蹴りだったがローランは、後ろへと吹っ飛んだ。甲冑にもひびが入りしばらく動くこともままならなかった。近づいてくる兵器の存在を感じ、すぐさま立ち上がり、新たな魔法陣を作る。それは「召喚魔法陣」で、自身に一体だけ従う事が許されている召喚獣を呼ぶため自分で決めた詠唱を唱えることにより姿を現す。
「数多の風を纏い、形ある物を切り続けよ。マエストラーレ」
翡翠の色をした獅子が魔法陣から現れた。大きな雄叫びを上げながら天を仰ぐ。その獅子の体毛は刃で形成されており、重なり合うたび金属音が響く。一気にその兵器に噛みかかろうと口を大きく開け突進した。噛み切ったかに見えたが口の中には何もなかった。その兵器は背中に機械の翼を展開させ大空高く飛んでいた。その翼は大きく拡がり無数の光を放っていた。そして、その光は突然、無数の光線を打ち出した。その目標はローランとマエストラーレ。
一瞬の出来事だった。その光は召喚獣を強制帰還させるほどの威力を持っていた。地面にできた無数の穴。黒く焦げており、かすかだが火薬の匂いもする。ローランは大量の血を流し、倒れ込んでいた。意識はあり、天を見上げその兵器を睨んでいた。召喚獣が召喚師の意思に関係なく消えることを「強制帰還」と言い、召喚師の体力や魔力が極限まで減らされてしまうと起こる現象である。それは召喚師の死が近いことも意味する




 光の放たれていた時、ゼロとジブリールは驚愕していた。
「おいおいマジかよ、レイまで搭載しているマシナリーがあんなに小型化になるのか?」
光粒子のエネルギーにより開発された兵器・レイ。光による攻撃のため回避以外で逃れる術はない。
「このままだとローランの奴、死ぬな。助けに行くか」
腰に携えている剣を抜き再び翼を拡げてその兵器に向かって行った。
 兵器はゼロの存在にいち早く気付き、立ち向かうべく照準をゼロに変えた。両者は空の戦場で刃を交える。兵器はレイの応用を使い剣の形に固定させていた。
「落ちろ!」
水色の魔法陣を描き、数多の水弾を創り、発射させる。しかし兵器は全てを弾き返した。兵器はすかさず反撃の準備に出た。何処から出したのかわからないが、その兵器の周りに数百とも見える小型のミサイルが出現していた。兵器は手をあげ、ゼロに向かい手を下した。すると、一斉にゼロに向かいミサイルが動き出す。
「アイツ、いつの間に出したんだよ?」
ミサイルが飛び交い、爆発が起こる空を飛び続けているゼロ。ジブリールは振り落とされないようにフードに掴まっている。止むことのないミサイルの雨。兵器は次々とミサイルを飛ばしていた。回避するだけで精一杯のゼロの目前で強烈な発光が起こる。ミサイルの中に一つだけ閃光弾が混ざっていた。その隙にミサイルはゼロを直撃し大きな爆発が起こる。二発、三発、四発と止まないミサイルは次々とゼロに襲い掛かった。
 兵器はミサイルを撃つのを止めた。爆煙で覆われたターゲットの生死を確認するためだ。曇っていてよく見えない。しかし、生命反応は感じない。死んだと思ったのか、兵器はミサイルを消した。現れた時と同じように何所にも収納される訳でもなくパッと消えていったのだ。腕に固定化したレイも消えかかっていた時、わずかに生命反応を感じた。完全に煙が晴れ、ゼロはいた。
「守護方陣・玉」
ゼロの周りには玉状の結界で覆われており、まったくの無傷だった。
守護方陣とは、その名の通り防御するための魔法陣である。これを使っている最中は攻撃することは一切できない。攻撃に移る際の予備動作でさえできない。それ程、この魔法陣は神経を使うのである。
「ジブリール、用意はいいな」
「あぁ、ばっちりだぜ」
守護方陣の内部でジブリールはゼロの右腕に乗っかる。ゼロは笑い、ある詠唱を唱えた。
「竜の森よ、住人であるゼロの声を聞け」
守護方陣が解放された瞬間、突風が巻き起こる。その中心を見据えた兵器の目の前にゼロが現れた。右肩に乗るジブリール。そこから先はゼロの腕ではなかった。真紅の鱗を身に付け五本の指から伸びている大きな爪は特徴的だった。
「紅竜・ヴルメリオ」
天高く掲げたその爪は紅い軌道を描き、兵器のヘルメットを目掛けて一気に振り下ろし、切り裂いた。
兵器の顔が徐々に明らかになるにつれ、ゼロは目を疑った。それはよく見てきたヒトだった。
「イヴ」
その兵器はイヴだった。
あの幼い、子供のようなイヴだった。
ぬいぐるみを抱えた小さな少女。
それがゼロの目の前にいる。何も分からなくなったゼロは動けなかった。






 ベルニカのホテルの一室。ゼロはベッドに横たわり天井を見つめていた。頭を過ぎるのはイヴとの今日までの出来事。久しぶりの感覚がイヴとの間にはあった。自分を一人の男として見てくれた。英雄とか、最高峰の魔術師だとか、そんなくだらないことを気にせずに一緒にいることが出来た。それだけで嬉しかった。だが、イヴは敵。それも俺と同じように種族から期待されている英雄。
 フォトンに連絡が入る。イヴからだ。出ようか迷っているとジブリールが勝手に出てしまった。数回、言葉を交わした後にジブリールがゼロにフォトンを強引に渡した。小さな声で一言。
「自分の思いを伝えろよ。何も進歩しないぞ」
ゼロはフォトン越しにいるイヴのことを思った。そして、何も考えずにジブリールからフォトンを受け取った。
「なに?」
何も考えていなかったから、こんな言葉が出てしまった。イヴは時間を置いてこう言った。
「あの、よかったら、またあの場所で会えますか?」
ゼロは返事に戸惑っていた。二人は所詮、敵同士。分かり合えるわけがない。そう、思っていた。
「いいよ、会おう」
「じゃあ明日、また」
その言葉でフォトンの連絡は切れた。心の中で否定していたはずなのに、いいよと返事をしてしまった。なぜかは自分でも分からない
「情けない顔だな。見てられん」
自分でもわかっていた。何とも情けない顔をしている自分に、鏡を見ていなくても気付く。
「けどさお前、昔言ったよな?覚えているか?」
「何を?」
「自由になりたいって。いつか自由に世界を回りたいってさ。あの娘となら行けるんじゃないの?」
それは、古い記憶だった。毎日が戦いの繰り返し。嫌になった日常。いつしか忘れてしまった、当たり前に思っていた生活。この世界のこと。旅をしたい。それも一緒に歩いてくれる隣人と。
「イヴが?どうして」
「お前と彼女は、何となく境遇が似ていると思ったからだよ。それだけだ」






 
 時は少しだけ遡る。ベルニカにてイヴがゼロと出会う少し前。ホテルの一室にイヴはいた。
「いいか、イヴ。今回の任務、君はバックアップを担当してもらう」
「え?」
「最新型の試作も兼ねての進軍だ。君の力を使ってしまったら意味が無い」
なら、呼ばないで欲しい。イヴはそう思っていた。自分は戦いたくない。戦争なんて尚更だ。けど、この国に生まれ、兵器として生きてきた自分はこうするしか道は無い。それが全ての根底にあった。
「もしものために、SP‐31と共同で動いてもらう」
SP‐31がいるなら、私など要らないであろう。次第に嫌気がさしていた。
「まぁ、まだ時間もあることだし。この街でゆっくりと遊ぶのもいいだろう」
そう言って指揮官は部屋の外へと出て行った。
 窓の外より、ベルニカの街を見下ろす。夜なのに昼間のように明るい場所。私的にこの街に来られたらどんなによかっただろう。
 自分に約束された自由など存在しない。
 あるのは破壊の限りを尽くすためにある「今の自分」
 勝利などどうでもよかった。
 ただ、自由が欲しかった。





 早めに部屋を出たのにイヴはもう、大橋にいた。その顔はどこか思いつめた表情をしていた。
 イヴはゼロを見て一言と、深く頭を下げた。
「ごめんなさい。騙すつもりは無かったの」
ゼロにとって、それは過ぎたことだった。今更謝られてもしょうがなかった。
「そのことはもういい。俺も話したいことがある」
頭を上げたイヴにゼロは手を差し出した。
「俺には夢がある。この世界を自由に回ること。だから、俺と一緒に行かないか?」
イヴは目を丸くしていた。数秒後、理解した後に、こう言った。
「種族を裏切るの?それに、何で私なの」
「ただ、俺と同じ感じがしたから」
その言葉にイヴは驚きを隠せなかった。
「無理やり戦わされて、戦場なら何処でも行かされて、殺したくない奴を殺して、それが嫌いだった。できるなら、何もかも忘れて自由になりたい。けど、一人じゃ辛いと思って、何も出来なかった。そんな時、イヴに出会った。楽しかった。イヴとこの街で遊んだことが。久しぶりだった、こんな感覚。たとえ、イヴが敵だとしても、そうでなくても、俺はイヴと一緒に世界を回りたい」
全て話し終えた後に、イヴは泣いていた。正確には、涙を流しているだけだった。顔色一つ変えずに。
 自分と同じ。その言葉が一番胸に響いていた。イヴは機械だが、感情を持っている。
 誰もが注目し、つねに最強と言われ、慕われ続けていた。けど、それは恐怖によるものでしかなかった。
 いつか自分は壊れ、使い物にならなくなってしまう。そうなればおしまい。いつしか敵ではなく、その恐怖と戦っていた。
 そんな時に、ゼロに出会った。ゼロとはすぐに仲良くなれた。自分のことを知らないからか、気軽に相手をしてくれた。これが普通なのだとその時初めて思った。
「もう一度言う。一緒に来てくれるか?」
「うん。私でよければ、どこでも行くよ」
返事はすぐに返した。もう決まっていたことだから。
ゼロと一緒にいよう。自分と同じ境遇だからこそ、自分を理解してくれる。それがあれば充分。イヴはそう思っていた。自由にもなれる。夢に見た世界がそこにはあった。
2009/08/20(Thu)00:50:33 公開 / 空条嬢一
http://ncode.syosetu.com/n6300h/
■この作品の著作権は空条嬢一さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも「二人の英雄と七人の道化師と」作者の空条嬢一です。これから二人の旅が始まるわけです。ゼロにとってもイヴにとっても初めての経験。誰かを意識しながら毎日を過ごす。それだけで二人は幸せだと感じています。
とりあえず、今回はここまで。ご精読ありがとうございました。また次回。
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