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『届かないラヴレター』 作者:白い子猫 / 恋愛小説 未分類
全角10503.5文字
容量21007 bytes
原稿用紙約35.6枚
純粋で哀しい、友情と恋の物語です。
――目を瞑り思い出すのはあの景色。広々とした大地に降り積もる雪。
  真っ白い雪の上に点々と続く四つの足跡。きっとどんなに祈っても戻らない。
  あの頃には戻れない……

STAGE 1
 あれは私たちが小学校六年生のときのこと……
「ほら、進也!はやくはやくっ!」
 私は学校が終わるとすぐに教室を飛び出した。友達の森崎進也を連れて。
 私は新村瑞穂。スポーツが得意な女の子って感じ。
 森崎進也は私の幼馴染の男の子。ちょっと馬鹿だけど明るくていいやつなんだ。
「ちょっと待てよ瑞穂。まだ美雪も千博も来てないだろ?」
 進也が私を呼び止める。
「ここにいるよ。私も千博君も」
 校庭の木の陰から美雪と千博が出てきた。
 月影美雪はおとなしくて物静かなかわいい女の子。夕咲千博はクールで頭のいい男の子だ。
 二人とも私の大切な友達。私達四人はいつも一緒にいた。どんなときもいっしょだった。
 星空の下、四人でキャンプをしたり、海に行って泳いだりもした。
 どんな時も一緒に笑ったり、泣いたり、ケンカしたりもしたけれど、私達、四人の絆は誰よりも強かったと思う。

 ある日、私達は近所の山に探検に来ていた。雪が高く積もっている。
 提案したのは進也だった。冒険好きで、好奇心旺盛な進也が「雪山探検をしよう!」といったのだ。
「うわー、すごく積もってるね」
 私の言葉に千博がつぶやく。
「ここで迷ったりしたらアウトだな……」
 皆は笑った。進也があきれたように言う。
「馬鹿だなー。近所の山で遭難してどうするんだよ!」
 皆もそう思っていた。よく知ってるこの山で、遭難なんかしないって。心配ないって。
 夕方になった。日が暮れて、暗くなり始めた山道を私達は少し急いで降りた。
 急いだのがいけなかった、かも知れない。
「瑞穂! 転ぶなよ!」
 普段よく転ぶ私に進也がふざけたように言った。うるさいよ! と進也に言い返そうとしたときだった。
「わ……っ!」
 二月の終わりごろだったと思う。夕陽で少しとけて、脆くなった雪が崩れ、私は斜面を滑り落ちてしまった。目に映った空には星がきらめいていた。
「瑞穂!」
 進也が、美雪が、千博が、私を呼んだ。
 冷たくてやわらかい雪の感触を体中で感じながら、私は斜面を落ちていった……。

――瑞穂……瑞穂……
「あれ?」
 私は不思議なあたたかさと、皆の声で目を覚ました。
「瑞穂! よかった。大丈夫か? 寒くないか?」
 声をかけてきたのは進也だった。千博も、美雪もいる。皆ほっとしたような表情だ。
 ここは、あの山の斜面の途中。平らなとこでひっかったらしい。
「ねえ、誰か、助けを呼んでくれたんだよね?」
「あ」
 誰も連絡していない。と、いうことは、このままだと私達は……
 ふと、私は自分の体を包むあたたかさを思い出した。自分の体を見てみると、誰かのコートが肩にかかっている。
 進也を見てみる。薄いトレーナー姿。コートを着ていない。
「進也、これ……!!」
 私は慌てて返そうとした。だけど進也は受け取ろうとしない。
「いいって。俺、馬鹿だから風邪ひかねーし。で、持ってんのも邪魔だから、瑞穂が着てろ」
 にやっと笑って、そう言う進也。
「でも、これからどうするの?」
 美雪が心配そうに言う。進也は下を覗き込んだ。一番下の地面までは少し距離がある。
 もしもうまく降りられなかったら、命を落としかねない。
 それなのに……あいつってヤツは!
「えっ? ちょっ……」
「進也君?!」
 進也は何のためらいもなく斜面に踏み込んだ。やわらかい雪が崩れる。
 そして、進也は冬の澄んだ空気の中を勢いよく滑り、見事に着地して見せたのだ。
「……しょうもないヤツ」
 千博はそうつぶやくと雪の上を滑り、進也の横に着地した。案外運動神経がいいらしい。
「瑞穂! 美雪! おりてこいよ! 失敗しても絶対俺達が受け止めてやるから!」
 進也がそう呼びかける。千博も微かに笑ってうなずいた。
「行こう。美雪」
 私は美雪の返事を待たず、思い切って斜面に飛び出した。一瞬が永遠のように感じられた。
 冷たい感覚の中で気絶しかけた私を誰かが抱きとめる。
「瑞穂、大丈夫か?」
 私は進也の腕の中にいた。ちょうど美雪もおりてきて千博の腕の中に飛び込む。
 千博の手を借りて美雪が立ち上がった。こうして私達は無事に山を降りられたのだった。
 そして、私達四人はすっかり暗くなった道を歩いて帰った。また降り始めた雪の中を。
 その新雪の上に転々と、私達の足跡が残る。
「あー、びっくりした。もうこけるなよ、瑞穂」
「わかってるよ! 私だって転びたくて転んだんじゃないんだから……!」
「瑞穂、進也、こんなところでケンカするなよ。近所迷惑だ」
 千博が苦笑しながら言う。美雪が笑っていった。
「でも……ちょっぴり楽しかったな」
「楽しかった?! おい、美雪……」
 私達はお互いに顔を見合わせて笑った。楽しかった。楽しくて、楽しくて、幸せだった。
 あの時はまだ、知らなかったんだ。私達の絆が強くなったあの日には、不安なんて欠片ほどもなかった。
 だけど……

STAGE 2
 時は流れ私達は中学二年生になった。私達は相変わらず仲良しだった。
「キャンプ?」
 その冬、美雪がある提案をした。四人でキャンプに行こうと言うのだ。
「うん。三年生になったら受験でしょ? だから今のうちに行っておきたいなぁって」
「そうだな……」
 千博がうなずく。進也はもうすでに目を輝かせている。キャンプとかが大好きなやつなんだ。
「どこ行くんだ? どこのキャンプ場に行く?」
「小さい頃行った山のキャンプ場、覚えてる? ちょっと遠いけど、あそこにしない?」
「…………」
「どうした? 瑞穂、何か元気ないな。いつもなら真っ先に計画に加わるくせに……」
 進也が心配そうに聞いてきた。私は黙っていた。
 なんだか、不安なのだ。危険な気がする。私はなんとなく……なんとなく行きたくなかった。
 ぼんやりしていたら、不意にひんやりとした手が私の額に触れた。
「きゃあ!? 何すんのよ!」
「えっ? いや、ぼーっとしてるから熱でもあるんじゃないかって……」
 進也が慌てたように言う。心配してくれていたらしい。
「……ごめん」
「え、あ……謝らなくても……。平気。大丈夫だから」
 私はにっこり笑ってみせた。不安を隠して。
「じゃあ、いいよね。冬休み。楽しみだなぁ」
 美雪が珍しくはしゃいだ声をあげた。千博もその隣で笑っている。
――美雪、ちょっと変わったよな……
 私は思った。美雪は小さい頃から少し変わった。前よりも少し明るくなった。
 小さい頃はおとなしいだけで、あまりしゃべらなくて気弱だった。
 私達ともあまりしゃべらなかった。だけど最近はよく笑うようになった。
 私はそんな美雪が大好きだった。優しくて明るくてかわいい美雪。
 もちろん、千博も大好きだった。クールで知的な男の子。
 でも、私が一番好きなのは……
 皆の声を聞いているうちに、私の不安は消えていた。

 そして冬休み。私達はキャンプに出発した。長期休暇を利用しての旅行は初めてだ。
「わー! 雪がすごいよ!」
「本当だ。すごーい!」
「瑞穂、今度は転ぶなよ?」
 バスの中で、皆で笑いあっている時間。すごく幸せだった。

「あー! 着いた! キャンプ場!」
 宿泊施設に着くと私達のテンションはさらに上がった。きれいなペンションはそのままだった。
「あ……美雪も瑞穂もあんまりはしゃぐと危ないから……」
 千博が呼びかける。でも、そんなのおかまいなしだ。
「ってゆーか、寒ーい!」
「寒い、寒い!!」
 私と美雪ははしゃぎながらペンションに向かって走っていった。

「……ったく………」
 千博はあきれたように溜息をつく。
「まぁ、たまにはいいだろ。お前も少しリラックスしろよ。早く行こうぜ!」
「……ああ」
 進也に言われて千博も走っていった。

 一日目の夜。私は美雪と練る準備をしていた。
「ねえ、瑞穂…」
 美雪が静かに訊いた。
「私達、いつまでこうしていられるのかな」
「どういうこと?」
「私達だっていつまでも子供じゃないもんね。大きくなったら……そんなに簡単には会えなくなるのかなぁって……」
 美雪はすっと下を向いた。相変わらずの綺麗な顔。
「……大丈夫だよ。きっと、変わらないものだってあるんだから」
「たとえば?」
「千博の気持ちとか?」
「え……っ?!」
 美雪の顔が赤くなった。やっぱりな、と思った。
「好きなんでしょ? 千博のこと」
「……ばれてたんだ」
 美雪がそう言う。私は笑った。
「大丈夫だよ。美雪の気持ち、ちゃんと千博に届いてる。それに、私達、ずっと一緒だよ。それも変わらないよ」
「……そうだね」
 美雪が微笑んだ。優しくてあたたかい微笑みだった。
「そろそろ寝ようか。明日は探検に行くって進也が張り切ってたから」
「うん。お休み、瑞穂」
 私は部屋の電気を消した。月の光が差し込んでいて少し明るい部屋。
 真冬の冷たい空気が私の頬をなでる。
――私達だって、いつまでも子供じゃない
 それは私もわかってる。気づかないだけで、私達は少しずつ成長しているんだ。
 進也もそうだ。小学校の頃は私と同じくらいの身長だったのに、今では十五センチくらい違う。
――でも、私達の絆だけは……変わらないよね?
 そんなことを考えているうちに、私は眠りについていた。

STAGE 3
 次の日の朝、私は進也にたたき起こされた。
「きゃああっ! 何で進也がここにいるのよ!? ここ、女子の部屋でしょ?!」
 私は枕やら何やらを進也に投げつけた。だってあいつ、私のおでこをはたいてたたき起こしたのだ。
 挙句の果てに『いい加減起きろよ。遅刻魔、瑞穂』なんていうから、顔が真っ赤になってしまった。
「だってお前が起きないからって、美雪が呼びに……わっ!」
 進也が言い返す。千博がくすっと笑った。
「ほら、ケンカはその辺でやめて……行こう」
「あ……」
 私と進也は顔を見合わせ、頬を赤く染めた。

 私達は山道を登っていた。ひんやりとした空気が気持ちいい。
「ふふっ、何か二年前を思い出さない?」
 美雪が笑っていった。
「そうだな。あの時はほんとにびっくりした。」
「うん。私、本当に死ぬかと思った……」
 六年生の冬。斜面を滑り落ちた私を助けに来てくれた皆。あの時と同じメンバーで今、山道を登っている。
「……俺達、変わってないな」
 千博がぽつん、といった。少しシュールな雰囲気になる。
「……あー! もう! やめやめ! ねっ? 暗い雰囲気は無し! 楽しもうよ!」
 私ははしゃいでくるりと後ろを振り向いた。そのとき足が滑って私は転んだ。
「おいおい、何も転ばなくても……また落ちるぞ」
 進也が苦笑する。それにつられて美雪も千博も笑った。
 しばらく歩いていくと、洞窟にたどり着いた。
「ねえ、もしかして探検って……」
「もちろん、ここだぜ!」
 進也が張り切って言う。千博が溜息交じりに言う。
「俺はいやだっていったんだけど……」
「いいから! 行こうぜ!」
 ……仕方がない。私達は進也の後についていった。

「わぁ、結構広いね」
 私達は懐中電灯で周りを照らしながら歩いた。
「……? 美雪? 大丈夫?」
 千博が美雪に聞いた。美雪は無言で首を振り、千博の手をぎゅっと握った。
「やだ。ここ怖い……」
 美雪の声は震えていた。もう入り口からはだいぶ離れていて引き返せない。
「ねえ進也……あっ!」
 手が滑って私の懐中電灯が地面に落ちて壊れた。それが、ものすごい音を立てて壊れたのだ。しかも洞窟の中なのでよく響く。
 その音に驚いた美雪が思い切り悲鳴を上げ、千博の手を離し、逃げていってしまったのだ!
「美雪! 待って! 走ったら危ない!」
 千博が慌てて美雪を追いかけて走っていった。そして、少し先の方でガシャン! という大きな音がした。
「千博!」
「千博! 大丈夫か?!」
 その音は千博の懐中電灯が壊れた音だったのだ。進也のライトだけだからかなり暗い。
 私と進也は慎重に、だけど急いで進んだ。千博と美雪は無事だろうか……

 しばらく行くと千博がうずくまっていた。立とうとして、もがいている。
「千博! どうしたの? 大丈夫?」
「俺は平気。ちょっと転んで……美雪を追いかけようとしたんだけど、足をひねったみたいで……」
「わかった! 私が美雪をおいかける! 進也は千博をお願い!」
 私は走り出した。足の早さには自信がある。
「いた! 美雪、美雪!」
 美雪は私の声に気づいて立ち止まった。その瞳は涙で潤んでいる。
「ごめん、美雪。びっくりさせちゃって……」
「ううん。私こそごめん……」
 美雪は自分のライトで足元を照らしてくれた。
「私、小さい頃に穴に閉じ込められたことがあるの。かくれんぼしてて、隠れてたんだけど……
 ふたみたいので閉められちゃって、真っ暗な中に何時間もいたんだ。それ以来、暗いところが怖くなっちゃって……」
「そうだったんだ」
 そのとき進也の声がした。
「瑞穂、美雪! よかった、二人とも無事だな?」
 千博は進也の肩につかまっていた。その姿を見て、美雪はまた泣き出しそうになった。
「千博君、ごめんなさい。私のせいで……」
「平気だから、泣かないで? 美雪は大丈夫?」
 千博は優しく微笑んで言った。
――優しいな。千博……
 本当はすごく痛いはずなのに、美雪の心配してあげられるなんて。
「……じゃ、帰るか。千博、大丈夫か?」
 進也が訊くと千博はうなずいた。
「美雪、ごめんな。俺が洞窟探検だなんていわなけりゃ……ほんと、ゴメン」
「ううん。私こそゴメンね。せっかく楽しかったのに……」
 私達はお互いに笑って見せた。そして、ゆっくりと山をおりていった。
「なぁ……瑞穂」
 帰る途中、千博が私に話しかけてきた。足を引きずりながらゆっくり歩く千博。
「なぁに?」
「美雪さ……何か変わったと思わないか?」
「……思うよ。前より明るくなったよね?」
「……俺、少し不安なんだ」
「何が?」
 弱気な千博はあまり見ない。何が不安なんだろう?
「少しずつ、何かが変わって言ってるようでさ……このままだと、俺たち……」
『いつか離れ離れになったとき、つらい思いをするんじゃないか……』
 千博はそういって目を伏せた。
「怖いんだよ。俺だって……いつまでも一緒に居られないことくらいわかってる……だけど……」
 私は笑ってしまった。千博、美雪と同じようなこと言ってる。
「大丈夫だよ、きっと。私達、いつまでも友達でしょ?」
 私が笑ってそういうと、千博もほっとしたように笑ってくれた。
「そうだよな……不思議だ。瑞穂が大丈夫だって言うと、本当に大丈夫なきがしてくる」
 千博がそういって笑った。私はそんな千博の笑顔が見れてうれしかった。
「おーい瑞穂、千博! 早くこいよ!」
「おいてっちゃうよー?」
 少し遠くを歩いている進也と美雪が私達を呼んだ。
 千博が行こうか、といって少し歩く速度を上げた。私もそれを追いかけていった。

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎる。洞窟探検や星の観察、寝る前の会話……
 たくさんの思い出を作って、キャンプ最終日の夜。明日のバスで私達は帰ることになっていた。
 私は寝る前に外に出て星を見ることにした。真っ黒い空に星が散らばっている。満天の星空だ。
「瑞穂」
 急に声がして、振り向くと進也が横に座った。一緒に空一面の星を見上げる。真冬の空気に磨かれた星。
「どうしたの?」
 私は進也に訊いてみた。進也は星空を見つめながら言った。
「瑞穂……俺さ……お前のこと好きだ。たぶんずっと小さい頃から……」
「え……?」
 何をいきなり、そう聞こうと思ったのに途中で言葉が迷子になった。 
 だから代わりに言ってしまっていた。一番、素直な気持ちを。
「私も……進也のこと好きだよ」
 顔がぱっと赤くなるのを感じた。進也の顔も赤い。そこでやっと迷子の言葉を見つけた。
「どうしたの?いきなり」
 進也は笑って……そしてちょっぴりシリアスな顔でこう言った。
「何かよくわかんねーけど……今言わないと一生いえない気がしたんだ」
「何言ってんのよ」
 私はシリアスな顔をしている進也の肩をたたいた。 
「ほら、帰ろう?美雪や千博が心配するし、寒いから」
「……そうだな」
 進也もやっと笑ってくれた。私達は歩いて帰った。幸せだった。お互いの気持ち、伝えられて。
 そのとき私達は信じていたんだ。何も起こりっこないって。これからも幸せに生きていけるんだって。
 本当に信じてた。何も起こりっこないって。でも実際は違ってた。
 運命は……残酷だった。

 STAGE 4
 帰りのバスの中。私達はキャンプの余韻に浸っていた。千博の足の怪我も治ってきていた。 
 私の隣に進也が座っていた。だんだん眠くなってきて、私はうとうとしていた。
――大好き……進也……
 ぼんやりとそんなことを思っていたときだった。
 いきなりバスが大きく揺れた。次の瞬間、頭に、体中に激痛が走った。
 重い衝撃、痛み、息苦しさを一瞬に感じ、すべてが闇に飲み込まれた。
 すべての感覚が消えた。痛みも、苦しみも、視覚も。
 ……後は覚えていない。記憶が飛んでいる。 確かなことが一つわかった。わかりたくないけれど、わかってしまった。
 私は死んだんだ。あの事故で。

 事故が起きた瞬間、進也はハッとした。ものすごい悲鳴と衝撃。事故がおきたのだとわかった。
 そして隣にいる瑞穂を見た。目を閉じている。
「進也! 逃げるぞ!」
 千博が叫んだ。美雪も千博の後を追う。
 『助けなければ』進也は思った。瑞穂は眠ってるんだ。外に連れて行かなくちゃ。
 事故で火が発生していた。少しずつ、迫ってくる炎。
「瑞穂、大丈夫だからな。行くぞ!」
 進也は瑞穂を抱き上げた。まるで人形のようだ。力が抜けている。
「瑞穂、大丈夫だ。すぐ……外に出してやるから……!」
 進也は必死に進んだ。迫ってくる炎から大切な人を守るために。そして、千博と美雪の待つ外に出た。
「進也!」
「進也君!」
 千博と美雪が進也に駆け寄った。二人とも無事だ。
「……瑞穂?」
 千博が瑞穂の異変に気づいた。
「……うそだろ……」
 進也は恐る恐る瑞穂の手首を握った。呼吸を確かめる。
「そんな……」
 美雪はその場に座り込んだ。
「瑞穂……おい、起きろよ。遅刻魔 瑞穂……! いつまでも寝てんじゃねえよ!!」
 進也は瑞穂の体を揺さぶった。
「瑞穂……瑞穂……! 頼むから起きてくれ! 瑞穂……死ぬな、死ぬなよ瑞穂ッ!」
 進也は冷たくなり始めた瑞穂の体をきつく抱きしめた。
 千博が呆然とその様子を見ている。美雪はその光景を否定するかのように何度も目をこすった。
「何度だって……何度だって呼ぶから……っ! 瑞穂……目を覚ませぇっ!」
 進也の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。美雪が声をあげて泣く。
「いやだ、いやだよぉ! 目を開けてよ、瑞穂!」
 サイレンの音、人々の叫びと、燃えていくバスの音。その中で、千博、美雪、進也は大切な仲間を失ったことを痛感した。

 私は感じていた。見えていた。みんなの様子が。それが何よりつらかった。
 美雪の泣き声、千博の表情、進也の叫びが、見えるのが、聞こえるのがつらかった。
 ちゃんと感じていた。進也があのバスから助けてくれたこと。本当に……本当にうれしかった。
 ねえ進也……もうどこも痛くない。苦しくない。大丈夫だから……
 そんなに悲しまないで。
 ごめんね。美雪。ずっと一緒だって言ったのに。私、嘘ついちゃった。
 千博もごめん。私、大丈夫だよって言ったのにね。
 ……進也、ごめん。ごめんなさい。あなたの気持ちに応えられなくてごめんなさい。
 もっと側に居たかった。やりたいことも伝えたいこともいっぱいあった。話したいことも行きたい場所もいっぱいあった。
 それなのに……ごめんなさい。あなたの気持ちに応えられなくて……本当にごめんなさい
 ごめんなさい

 STAGE 5
 私が死んだ次の日、葬儀が行われた。
「あの時、私がキャンプに行こうなんていわなければ……!」
 美雪が泣き叫ぶ。その肩をそっと千博が抱く。
「大丈夫……美雪が悪いんじゃないよ……大丈夫……」
 そういって慰める千博の目にも涙がたまっていた。
「…………」
 進也が一人でどこかに行こうとした。
「どこいくんだ?」
「……悪い。少し……一人になりたいんだ……」
「……わかった」
 進也は一人で歩いていった。私はそれを追いかけた。

「ねぇ、千博君……大丈夫かな。進也君……」
 美雪が不安げに千博に訊く。
「進也君、瑞穂のことが好きだったんだよ……」
「あぁ。俺も知ってた。だけど……今、俺たちはどうしてやることも出来ない……」
 千博は美雪の手をぎゅっと握った。
「……今は、一人にしてやろう……」
「……そうね」

 進也が行ったのは学校の教室だった。今日は十二月三十日。もうすぐ一年が終わる。
 わたしは進也に向かい合うようにして立っていた。
「……嘘つき」
 進也がつぶやくように言った。
「瑞穂の嘘つき……何で……何でお前が死ぬんだよ……ずっと一緒だって言ったくせに……。ばか瑞穂……」
 ごめんなさい。私は謝ることしか出来なかった。
「簡単に……簡単に死んでんじゃねぇよ……!」
 進也はその場に座り込んだ。そのまま話す。一緒に行こうと思っていた場所、話したかったこと、伝えたかったこと……
 伝わってきた。進也が私のことを思ってくれていることが……それがとてもうれしかった。
 それと同時に悲しかった。もう、進也のそばにいることが出来ない。進也が私のこと、こんなに思ってくれているのに……
――ごめんなさい。
 私はひたすら謝った。悲しませて、苦しませて……本当にごめんなさい。
 私の目からも涙がこぼれた。その涙がうつむいている進也の手の甲に落ちた。
「え……?」
 進也は何かを感じたかのように辺りを見渡した。
 ……そっか。涙は、あたたかさは感じるんだね……。
 わたしはそっと彼に抱きついた。
――ありがとう……大好き……進也……
 すると進也はわたしのほうを……前を向いた。
「瑞穂……なのか?」
 わかってくれた。何となくでも私だってわかってくれた。
「泣いてばかりじゃ……ダメだよな……?」
 進也がそっと、つぶやくように言った。穏やかで、優しい声だった。大好きな進也の声だった。
 大好きだった進也の声……もっとそばで聴いていたかったな……
「俺……ほんとに……お前のこと大好きだった。守ってやれなくて……ごめん……ごめんな……」
 進也は何度も何度も涙を拭った。
「瑞穂……今までほんとに……アリガトな……。俺……俺は……お前のこと大好きだよ……」
 彼はもう一度ぐいっと涙を拭った。そして……やさしく微笑んだ。
――そう。その笑顔が見たかったのよ……。
 私もそっと微笑んだ。

――大好きだから……大好きな人だからいつも笑顔で居てほしい。
  誰かを恨んだり、いつまでも涙をこぼしたりするのではなく、
  自分の夢をしっかり見つめて、前を向いて歩いて行ってほしい……
  大切な……世界で一番大切な人だからいつも幸せで居てほしい……それが私の一番の願いだ。

「俺……頑張るから……お前に恥ずかしくないように生きるから……見守ってて……くれるか?俺のこと、美雪も千博も……」
――うん……見守ってるよ。皆のこと……。いつまでも……
 実際に私の姿が見えるわけではないと思うけど、進也は私の言ったことがわかってるみたいだった。
「瑞穂…じゃあな……愛してる」
――ばいばい。進也……私も愛してるよ……
 私は大好きな人に別れを告げて私が行くべき場所に向かった……

「あ」
 進也が学校を出ると門のところに美雪と千博がいた。
「何で……わかったんだ?」
「何となく……私のカンよ」
 美雪が微笑んだ。まだ涙の乾いていない目から、涙が一粒こぼれた。
「……何してたんだ?ここで」
「……秘密だ」
 進也は空を見上げていった。
「美雪。いい加減に泣くの、やめろよ」
「え?」
「美雪も千博も……あんまり泣くな。俺も泣かないようにする。瑞穂が……悲しむから」
「……わかった」
 進也は美雪と千博に笑いかけた。その頬に最後の一滴の涙がこぼれて、光った。
「……帰ろう」
 そう言うと進也はもう一度空を見上げた。そして微笑む。
――じゃあな……瑞穂……

 LAST STAGE
――私の大切な人、進也へ
  進也元気?私は元気だよ。みんながどうにか立ち直ってくれてよかったよ。
  本当はもっともっと皆と一緒に居たかった。やりたいこともたくさんあった。
  進也は私の将来の夢知ってたよね?私は学校の先生になりたかった。確か進也もそうだったね。
  私はもう夢を叶えられないけど、進也は叶えてね。絶対。
  そしたら……私がいつか生まれ変わったときに進也が担任のクラスになれるかもしれないから
  ……なんて思いながらすごしてるよ。
  進也、忘れないでね。私はずっと、ずーっと進也のことが大好きです。
  たとえ生まれ変わっても、進也に好きな人が出来ても、この気持ちは変わらない
  だから進也もちょっとだけでいいから私のこと覚えていてね。
  進也……今まで本当にありがとう。ばいばい。
                                        新村瑞穂より

 私は届くはずの無いラブレターを書いた。もう二度と会えない愛しい人に。
 私はその手紙をそっと引き出しの中に押し込んでその場を立ち去った……
 私が一番好きだった人の幸せを願って……
2009/09/01(Tue)13:04:33 公開 / 白い子猫
■この作品の著作権は白い子猫さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここまで読んでくださってありがとうございます。今回は恋愛小説にしてみました。
恋愛になりきっていない気もするし、何となく、不完全な気がします。
何より、王道な感じになってしまった気が……
進也と瑞穂が中心で、美雪と千博の人物像が少し薄くなってしまいました。
はじめ、「瑞穂と進也は結ばれて……」と、言うようなハッピーエンドにするつもりでした。
が、そうなってしまうと、内容がさらに薄っぺらくなってしまう気がして……
語り手である瑞穂が死んでしまう、というストーリーになりました。
また、千博と美雪の話とか、三人のその後とかを番外編として書いてみようかな……
などと考えています。
コメント、アドバイスなどをいただけるとありがたいです。
何はともあれ、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんばんは、白い子猫様。上野文です。
 御作を読みました。
 うーん。悲劇とか、死とかやると、書き方次第で逆に印象が弱くなるのです。
 泥すすって、痛みと嘆きで胸裂かれそうになりながらも、微笑む人の方が、強く見えませんか?
 そういう意味で、書き手が逃げたような印象を受けてしまいました。
 と、辛いことも書きましたが、これまでの投稿作に比べ、登場人物たちの心情が繊細に綴られていて良かったと思います。次回作を楽しみにしています。
2009/07/31(Fri)00:06:150点上野文
上野文様。度々アドバイス、ありがとうございます。
まだまだ私も未熟なため、書きにくくなると逃げの姿勢が入ってしまいます。
その点も改善しながら、これからも頑張っていきたいと思います。
2009/07/31(Fri)09:00:470点白い子猫
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