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『死者には懺悔も許しもなく』 作者:寝不足 / リアル・現代 ショート*2
全角6022.5文字
容量12045 bytes
原稿用紙約19.85枚
 幽霊に会いたいと思う 切実に、そう願う 人が死ぬのを認めたがらないのは 誰かに永遠に生きていてほしいと願うのは強欲なのだろうか、でも 僕は願わずにいられない
  雨が降っていた。
  去年は晴れていたこと、まじまじと思いだせる。
  喧噪の中、駅のホームに一人で立つ。
  制服のズボンが、雨を吸い肌に張り付く。
  去年は汗で張り付いていた気がする。
「まもなく、二番ホームに電車が……」
  アナウンスに、意識を引きずられ、現実に帰ると。
  目の前に扉があった。
  電車の扉ではなく。
  とても簡素な木の扉が、枠も無いのにそこにあって。
  すぐに電車が来て。

  それは、蜃気楼のように消えた

  ちょうど、三ヶ月前から、僕にはこの扉をよく見かける。
  もう、日常のように感じているが、それは幻覚であって現実に至る所に簡素な木の扉だけが浮いているような奇天烈な街に住んでいるわけではない。
  そう、多分他の誰にも見えないのに、僕にだけは見える。
  冥界への『扉』

  平日の朝なのに、電車内は驚くほど空いている。
  立っている人など皆無と言っていい、座っているのも、自分と同じような学生服を着た数人だけだった。
  市の中心部は反対方向なのだから、それもまた当然のことなのかもしれない。
  そう、当然のことなのだ。

  生まれ出た時から、人間は理不尽を『仕方がないこと』と、受け止められるようにプログラムされている。
  もっともな例は死だと思う。
  確かに、抗う一部の人もいる、が
  大多数は、死を受け入れてしまう。
  僕らがいま揺られているこの電車がいきなりひしゃげ、僕らがいっきにぺしゃんこになったとしても。
  きっと、世間的には仕方のないことと切り捨てられ。
  僕らも、運命なのだと納得してしまうだろう。
  そして忘れ去られる、責任は風化し、記憶は記録になり
  きっと、罪は忘れ去られ、人々はいつも通り普通に生きるのだろう。

  アナウンスで、僕は降りるはずの駅を通り越していた事に気付いた。
  それは偶然と形容するに何の問題も無いような事柄だったが、僕は運命性を感じた。
  そのまま、窓の外を流れる景色を見ながら。
  去年も僕はこうしていたのだろうか、と思った。
  そうだ、まじまじと思い出せる。
  いや、忘れはしないと、僕は決めていたんだ。
  それは、とても希少価値のあるタカラモノだから。
  
  去年の今日、僕は学校をサボった。
  理由は特になかったが、強いて言えば気まぐれだった。
  しばらく会っていなかった祖父に会いたくなったからだ。
  祖父とは、特に疎縁だった訳でもない。
  ただ、僕は忙しかっただけだ。
  友達と遊ぶのに、部活に、勉強に
  会えないのは仕方のないことと、僕はそう思い、祖父もそう思っていると思っていた。
  人気の少ないホームに降り立つと、電車の中ではまるで聞こえなかった蝉の声がうるさく感じられ
  田舎とはこんなにも騒がしいものなのかと、唇を歪めながら、僕は改札を通った。
 

  去年と同じ、人の少ないホームに、去年と同じく、僕だけ降り立つ。
  雨が、ホームの屋根に当たり単調な音を奏でている。 
  寂しさの中に悲しさすら感じ、そして僕は、この静かで孤独な寂しさを
  『仕方のない事』と、背負えるのだろうかと、少し考え立ち止まった。
  結論に至る前に、反対側のホームに電車が入るとのアナウンス音に、聴覚を支配され
  そこに、いきなり現れた古めかしい扉に、目を奪われる。
  それに背を向けるように、僕は改札へと歩く。
 
  ばかみたいな蝉の声と、同じくらいばからしい日差しの中を、僕は腕をぶらぶらしながら歩いた
  平日の昼間に、こんな住宅地を制服でぶらぶらしている僕を、周りの人は奇異の目で見ていたかもしれないが、僕にとってそんな事はどうでもよかった。
  横断歩道を、久しぶりに白い線の間を意識して踏まないように歩いた。
  いつもは、車で来る道のりだったため、自分の好きなように風景を眺めながら歩ける時間はとても楽しく感じられ
  人眼さえなければ、僕はきっとスキップをしていただろう。
  それほどの陽気の中を、僕は腕をぶらぶらさせながら歩いていた。
 
  改札を抜け、駅の建物から出る。
  傘を広げ、雨の中へと足を踏み出す
  誰もいなかった、雨の日は、こんなに孤独なのかとしみじみと思った。
  無音の中に、雨が全てを叩く音が聞こえるだけで
  足を前に出すのを躊躇ってしまうような
  でも、足を止めたら二度と動き出せなくなりそうな
  そんな寂しさを、僕は感じていた
  ふと、足元に敷かれた白線に目が行く
  顔をあげると、また、古めかしい扉が僕の目の前にあった。
  信号が赤だった。

  眼鏡に、傷がつけられたんだ。
  とても、大切で、かけがえのない、代わりのない眼鏡に。
  この、幻覚を僕はそう受け取った。
  『仕方のないこと』だと諦めてしまえるように
  自分だけで、耐えられるように。
  でも、傷つけたのは僕だ。
  自分で自分が、許せない。
  僕は、永遠に自分を蔑み、恨み
  そして、僕はきっと
 
  目的地へ到達する前に、無駄に広い駐車場のコンビニに寄った。
  クーラーがあることの幸せを噛みしめ、だらだらと冷凍品が入っている箱を開ける。
  ふわっと、顔に当たる冷気がとても心地よくて、いつもより時間をかけて物色した。
  ソーダ味のアイスと、宇治金時のカップアイスを、かごに入れずに手で持ってレジへと置く。
  店員と目を合わせず、レジの脇にある季節外れともいえる肉まんを眺めながら、素っ気なく会計を済ませる。
  ぶら下げたビニール袋の中身が溶けないよう、急ぎ足で歩きながら、僕は空を仰ぎ見た。
 
  あの日から、僕は下ばっかりを見ていた。
  現実を直視しないまま、下を向き、思い出に浸る。
  本通りから少し離れただけで、車も通らず、人もいない。
  僕は、思い出の中で寄ったコンビニを意図的に避けた。
  自分は、後悔に満ちた過去を繰り返し繰り返し繰り返す。
  思い出としても、現実としても、同じ過去を繰り返す。
  楽しかった過去に心奪われながら、苦痛な現実を歩き、後悔しながら目的地を目指す。
  僕は進めない。
  ごうごうという水音がした、見れば自分が橋の上にいると気付いた。
  そこから見える、橋の下を流れる川に、扉があった。
  雨のせいで、水かさの増えた川は、茶色い泡を立てながらごうごうと流れていた。
  憎らしかった。
  その扉は、何時でも僕に『お前はここで死ねる』と教えてくれる。
  膿んだ傷に現実を汚されている、そしてその傷は僕自身が付けた物だ。
  ただ、今それが特別憎たらしく思えた。
  償いのために付けた傷だと思った、それは僕が懺悔するために神様が与えてくれたと思った、そしてその先にはあの人がいると思った。
  また、会えるのかと思った。
  傘を畳み、橋の柵に手をかける、握り締めた傘がかすかに震えて鉄骨に当たりカツンと音を立てた。
  その音で、はじけたように、僕は狂ったように叫んで傘をその扉に向かって投げつけた。
  ごうごうという音が、僕の絶叫を嘲るように飲み込み、ごうごうという流れが傘を粉砕しながら飲み込んだ。
  僕は、空を仰ぎ見た。
  空が泣いているようだった、雨は死者が流す涙と聞いたこともある。
  でも、違う、そこに死者はいない。
  雨が、顔を濡らして、頬を水滴が伝った。
  死者じゃないなら何が泣いているんだろうか。
  頬を伝う水滴をワイシャツの襟で拭いながら、まるで僕が泣いているようだと思った。

  いつもなら、一家そろって玄関から入るところを、僕は庭を伝って縁側のほうへと抜けた。
  たぶん祖父は縁側で新聞を読んでるのだから、驚かせようと、喜ばせようとした。
「久しぶり、遊びに来たよ」と、アイスを差し出そうと、考えながら縁側に立った。
  居なかった、今日は中にいるのかと思った。
  靴を脱ぎ、勝手に上がった。
  簡潔に言うと、祖父は今のコタツに座ってテレビを見ていた。
  この暑い中コタツか、と思ったが、僕は言葉を失った。
  祖父が、痩せたような気がした。
  もたつきながら「久しぶり、遊びに来たよ」
  と声をかけると、ビックリしたようにこちらを見て、祖父は笑いながらいった。
「おお、よく来たな。」僕は座り、アイスをテーブルの上に置いた。
  祖父は立ち上がろうとしていた、その動きがあまりに遅すぎて、力無くて、僕は立ち上がり腕を支えた。
  ショックだった、短期間にこんなに弱るものなのかと、僕は絶句した。
  よろよろと台所へと歩き出す祖父の後をついていこうとすると
「お前は座ってていいよ、ばあちゃんに線香でもあげてやってくれると嬉しい」
  回れ右をして、仏壇の前に座ると、僕は少し本気で祈った。
  いままで、ゲーム機が欲しいだの、勉強しないでいい点が取りたいだの、馬鹿らしいことばっかり祈っていた気がした。
  僕は本気で
  全身全霊をかけ、おじいちゃんがこれから健康でいますようにと祈った。
  台所へ行ってみると、祖父は麦茶の瓶の蓋が開けられないでいた。
  そのまま、コップと一緒に持っていこうとしたらしいが、重かったようであった。
  そこで僕は、まだコタツが出されている事の理由に気づいた。
  祖父には、コタツを片づける力が残されていないのだと、気付けた。

  結論から言うと、僕は遅すぎた。
  僕は忙しかっただけだ、友達と遊ぶのに、部活に、勉強に、と
  馬鹿みたいな、あまりに下らない日々を我儘に過ごし、面倒がって会わずにいた間。
  祖父は弱っていたのだ。 
  しかも、気付いた時点でも僕は逃げた.
  年だからと、仕方のないと思い込み、仏に祈り、力になろうとあまりしなかった。
  結果、僕は後悔を背負い、自分を傷つけ、自らに殺意を抱き
  幻覚を見るようになるのだ。

  僕と祖父は、黙ってアイスを食べた。
  今年の夏はどっか行く?夏祭りはやるの?買い物でも行く?野球でも見に行こうか?映画見たいのある?最近面白い時代劇とかある?朝の連続ドラマどう思う?
  そんな、馬鹿みたいな話題を考えていた。
  でも、そんな馬鹿な話ができるような気分では無かった。
「なあ」
  祖父が、何も話さない僕を心配したような顔で見ていた
「学校、どうなんだ?」
「ん?楽しくやってるよ、ただ忙しくて」
  祖父は、きっと僕を気遣ってくれていたのだと思う。
  平日の昼間から来た孫を心配して、学校が嫌になったのかと、いじめられていないかと。
  心配してくれていたのだ。
  僕はそれに嘘をついて、忙しいという言い訳を吐き、会いに来なかった事を正当化した。
「それならいいんだ」祖父は屈託なく笑った。
「それでね、テストで俺クラス1位だったんだ」
  僕は、とりあえず学校の話をしていた。
  平日の昼間から来た事に触れず、祖父は楽しそうに僕の話を聞いてくれた。
 
  雨の中を、とぼとぼと僕は歩いた。
  傘の無い苦痛より、傘に雨粒が当たる音が無くなったことがつらかった。
  去年の僕と、今の僕は同じ目的であったが、目的地が違った。
  人気の全くない、林道の中を歩く。
  祖父に会う、という目的は同じであるが
  今年の僕の目的地は、墓地だった。
  石段を上がる、門の先は、寂しい本堂と墓地だった。
  何も持たずに、ポケットの中に手を突っ込んで、僕は無音の中足音を響かせ歩く。
  そして、一つの墓石の前に立つ。
  ここには、祖父と、祖母がある。
  天を仰ぎ見た、天国なんてない、そんな想像は子供だましだ。
  神様なんてない、仏もない、僕の望みは過去も今も叶えられない
  死ねば終わりだ。
  誰にも会えず、誰にも懺悔できず、誰も許せない。
  そう、だから―

  帰り際に、よぼよぼと玄関に立った祖父が、僕が最後に見た祖父だった。
  肺炎になった祖父は、この田舎の冬に耐えられないだろうと、母の兄弟のいる都会の病院に連れられて行き、生きて二度と故郷を踏むことはできず
  僕は死に際に会う事ができなかった。
  僕は、嘘をついて会えないことを正当化したことも、会おうとしなかったことも、謝れず、祖父は死んだ。
  祖父の家に運ばれてきた遺体を見たとき、僕の心には怒りしかなかった。
  なぜ、連れて行ったのか、どうして死に際に合わせてくれなかった、何故、どうして
  僕は、嘘をついたのか、謝らなかったのか、どうして
  遺骸に触れたとき、その石みたいな冷たさが、全てを凍らせた。
  怒りが、鋭い棘を持った氷になって、僕の世界を傷つけた。
  自業自得なのだ、しょうがないと、永遠に溶けない氷を僕は受け入れた。
 
  ―そう、この氷はおそらく溶けない。
  死者に懺悔はできない、墓石に頭を擦りつけ、謝ったとしても。
  そして死者は許せない、この氷は溶けない。
  空の向こうに、天国は無い、あそこにあるのは無限大の宇宙と、闇だけだ。
  神様なんてない、仏もない、僕の望みは過去も今も、そして未来も叶えられない。
  死ねば終わりなのだ。
  そう、だから、あの扉はきっと非常口なのだ。
  僕は、その罪から永遠に逃げることができる。
  氷は溶かせなくとも。
  そう、死ねば終わりなのだから。

  顔に打ち付ける雨が止まった、僕は、誰かが傘をさしだしてくれたのだと思った。
  違った、雨が止んでいた。
  かすかに、墓石にさした日の光が、雨粒を輝かさせた。
  泣いていると、思った、墓石が、そしてここに眠る人が。
  ぐしょぬれになったワイシャツの襟で頬をぬぐい、手で墓石に触れ、水滴を拭う。
  石のような冷たさの中に、やわらかな温かみがあった。
  蝉の声が聞こえた、僕は空を仰ぎ見た。
  死んだ人間が、天にいなくとも、死ねば終わるとしても、記憶に残る。
  命は人には見えない、でも、人はそれを命と名付けた。
「生きている者は、守るんだよ」
  蝉の声の中、僕は確かに聞いたような気がする。
  幻覚を見るような人間が、幻聴でないと言い張るのは可笑しいが。
  でも、僕はその声はきっと、どこからか響いてくる気がした。
  風化させず、その人がいた記憶を守る、生きていたことを刻む、命あった事を永遠に残し続ける。
  残っている限り、人は存在し続ける。  
  たとえ、死んでいたとしても、存在し続ける。
  だから、そう、僕が聞いたものが幻聴だとしても、僕は進める。
  僕は泣いていた、墓石に手をついて声を出して泣いた。  
  空は晴れていた、きっと、死者は雨を降らすことはできずとも。
  傘を広げることはできるのかもしれないと、思った。
2009/06/26(Fri)23:53:33 公開 / 寝不足
■この作品の著作権は寝不足さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、寝不足です。
僕はこういった本格的な小説投稿掲示板に投稿するのは初めてで
今まで、句読点やスペースに注意した事はありませんでした。
なので、ミスや誤字脱字等多いと思われますが
読んでいただければ幸いです。
個人的にはラストが薄い気がしますが、どうでしょうか?
アドバイス等よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]軽く読めてよかったです。
2009/06/28(Sun)12:25:440点氷島
作品を読ませていただきました。全体を通して散文詩的なイメージが強かったです。文章を印象的なものにする手法として文章を短くしていたのでしょうか、リズムを感じられるのですが時系列を含め個々がバラバラであったように感じました。また背景を含めた描写が少なかったため真っ白い画面の中で主人公が動いているように感じられました。では、次回作品を期待しています。
2009/07/21(Tue)22:55:400点甘木
>甘木さん
なるほど、描写が少なかったですか。
今まで書いたものも見返してみると、描写が少なすぎるような気がしました。
次回作品では改善できるように頑張ります。
2009/07/24(Fri)02:19:050点寝不足
合計0点
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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