- 『のっぺらぼうの男 (読みきり)』 作者:湯船ゆきと / ショート*2 異世界
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原稿用紙約4.95枚
顔を何度も書き換える、自分の顔を持たないあわれなのっぺらぼうの男の話。
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「俺のこの真っ白な顔に顔を書いてくれないか」
のっぺらぼうの男は言う。
テレビドラマに出てくるあからさまな泥棒がそうするように、顔に風呂敷を巻きつけ、サングラスをし、
マスクをして。確かにそれは怪しい格好ではあるが、そうしないよりはましだ。のっぺらぼうの男は、生
まれつき顔がないというだけで多くの差別とからかいを受けてきた。もううんざりだ。自分の顔がほしい。
そう思っていた。
***
街中のとあるバーで、サラリーマンの男が酒を飲んでいた。テーブルカウンターに一人。仕事の重み
を苦痛に重い、深いため息をつく、普通のサラリーマンだ。
「俺のこの真っ白な顔に顔を書いてくれないか」
その声を聞いて、サラリーマンの男は隣を見た。そこには、顔に風呂敷を巻きつけ、サングラスをし、
マスクをした男が座っていた。おかしいな、とサラリーマンの男は思った。ついさっきまで隣に人なんてい
なかったはずだが。
のっぺらぼうの男はそっとサングラスやマスクをはずして見せた。それを見たサラリーマンの男は腰を抜か
しそうだった。のっぺらぼうの男は右手に持つペンを差し出した。サラリーマンはそれを受け取った。
「……このペンで、おめえの顔に顔を書けって言うのか?」、そう訊くとのっぺらぼうはうなずいた。
「本気かよ、おい。これは夢じゃないよな」サラリーマンは手を抓ってみたが確かに痛みを感じた。
「本当だ。すべて」
のっぺらぼうの男は鏡で顔を見てみた。へんてこな顔だった。サラリーマンの男は酔っ払っていて、ふる
える手で顔を書いていたから、稚拙な絵になることは当然だった。
「これじゃだめだ」
のっぺらぼうの男は肩にかけていたカバンから消しゴムを取り出し、それでおごしごしと顔を擦った。す
ると、それまでそこにあった稚拙な顔が消えていった。
また、のっぺらぼうの男はのっぺらぼうになった。
***
街の通りに絵を売る絵描き師がいた。並べられた絵はどれも美しいものだった。ヨーロッパの建築物、
透き通った海の絵、美しい顔の絵。
「俺のこの真っ白な顔に顔を書いてくれないか」
のっぺらぼうの男は、絵描きしにいった。美しい顔の絵を指差して、それから右手に持っていたペンを
差し出した。
「この絵みたいな顔を書けばいいんですか?」絵描き師は訊ねた。のっおえらぼうはうなずいた。
「今までたくさんの絵を描いてきましたが、人の顔に絵を描くことは初めてですよ」
絵描き師は顔を書きながら言った。
のっぺらぼうの男の顔には、美しい顔が描かれた。いかにも外国の美男子という顔だ。
「ねえ、あなた彼女いるの?」
町を歩いていると、見ず知らずの女たちになんどもアプローチされた。
もちろんのっぺらぼうの男も男なので、何度かそういった女と寝た。今までそんなことはできなかったから、
心いくまで楽しんだ。いろんなプレイの仕方を学んだ。美しい顔のおかげで、どんなやり方をしても嫌がら
れなかった。それは至極のときであった。
しかし、いつしかそれも面倒になった。なぜなら寄ってくる女はみな軽い女ばかりだったからだ。のっぺらぼ
うの男はまじめな男だったから、まじめな女を求めていた。しかし、そんな女とは一緒になれなかった。
だから、のっぺらぼうの男は顔を消した。
また、のっぺらぼうの男はのっぺらぼうになった。
***
本当の顔とはなんだろう、とのっぺらぼうの男は考える。自分もずいぶん前までは顔があったような気が
する。いつからだろう、のっぺらぼうになったのは……。
<完>
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2009/06/21(Sun)21:09:34 公開 / 湯船ゆきと
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■作者からのメッセージ
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