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『矛盾恋愛』 作者:椎名めぐみ / リアル・現代 恋愛小説
全角9892文字
容量19784 bytes
原稿用紙約32.9枚
 第1話【事の予兆はシンクロシニティ】





 昔々、遠い昔。どこかの国の行商人。
 旅行く先々で行商人は、自慢の商品を携えて声高々に言います。
『さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい! なんでも貫く最強の矛と、どんな衝撃も防ぐ無敵の盾!』
 右手に矛を、左手には盾を。魅力的な言葉と共に掲げられたその二つの周囲には、自然と人だかりができたとか。
『ほら、今買っとかないと後悔するよ!』
 行商人がそう言うと、人々は慌てて買い求めます。矛だけではなく、盾だけでもなく。人々は必ず、二品一対で買っていきます。
 何物にも負けない矛と盾。それらを両手に帰ってゆく人々の表情は、とても晴れやかであったとか。
 ――ところが、そこにはどちらかしか買えない少女が一人。
 少女は悩み込んだ挙句、困った末に言いました。
『それで、これはどっちが強いの?』

 ***

 2009年、日本。近代的な街並みには、けたたましい喧騒。
「鋒原!」
 自分を呼ぶ声がして、鋒原は後ろを振り返った。
 鋒原 光16歳、高校二年生。
「よ。何やってんだよこんなとこで」
 高校生男児には不釣合いな程に綺麗な肌、毛先が愛らしくハネた少し長めの茶髪。
 そしてその顔立ちの良さは、どこを探しても並ぶ者無し。
「何って……」

 時を同じくして、やはりけたたましい街並みの中。
「かーおちゃーん」
 少し恥ずかしい呼び名に照れ臭そうにしながら、その女性は後ろを振り返る。
 縦妻 香織、16歳。高校生活二年目の春。
「一人なんて珍しいね。何やってるの?」
 ショートカットの栗毛は愛らしすぎる程に愛らしく、女性の中でも少し低めの身長にとても良く似合っている。
 しかしてその整った顔立ちは、周囲の異性の目を惹くには充分すぎて。
「何って、」
「あー、デートかな?」
 友人Aがそう言うと、香織は頬を赤くした。

「デートの待ち合わせだけど。健全な高校生男児なら当たり前じゃん」
 光は、腕時計をトントンと指で叩きながらそう答えた。
「……、相変わらずお盛んなことで」
 友人A´は呆れたように視線を逸らした。
「まあ、お互い楽しもうじゃないか。お前も当然デートなんだよね?」

「バカな事言わないでよ!! そんな事する訳無いじゃん!!」
 香織は頬を真っ赤にして、デート疑惑説を否定する。
 友人Aはそれが面白いといった風に笑った。
「そんなに必死になって否定しなくても良いのに」
「いきなりバカな事言うからでしょ! 今日はただ参考書買いに来ただけだから!!」
「分かってますってば。香織がデートなんてする訳無いじゃん。頭のネジが数十本狂ってて男嫌いなんだもんね」
 友人Aは香織の肩をポンポンと叩きながら、笑った。
「……、ただちょっと苦手なだけだってば」

 鋒原 光16歳。その容姿に見合った性格で、幼少の頃から異性に振られた事など一度も無い遊び人。
 縦妻 香織――同い年は、小さい頃から数多に受け続けてきた異性からの告白を、一度もOKした事の無い鉄壁女。 

 交わる筈の無いこの二人が出会うのは、あとほんの少しだけ後の話で――。





 第2話【奇跡は意外とおこりうる】





「ねえ、今度どこか二人で遊びにいかない?」
 ――鋒原 光は、こと女に関して遠慮を知らない。
「もう。私彼氏がいるの知ってるでしょ?」
 何故なら、自分は女性から愛される人間だと理解しているからだ。
「別に良いじゃん、遊びにいくくらい。何なら俺と付き合っちゃっても良いしさ」

「縦妻さん、俺と付き合って下さい!」
 ――縦妻 香織はなびかない。いかなる誘惑にも、どんな口説き文句にも。
「あ、あの……ごめんなさい。付き合えません」
 何故なら、興味が無いからだ。そうやって異性を避ける内、いつしか本当に異性との付き合いが苦手になってしまったのも事実だ。

 ――鋒原光と縦妻香織は、絶対に仲良くなれない。ましてや付き合うなど、想像の中で思い描く事すら難しい。

 ***

「香織ー。この前の塾の話、電話入れときなさいよ」
 香織の母、彩乃は言った。
「あ、そうだった。ありがとお母さん」
 香織は、大学受験に向け学習塾に通う事を考え始めていた。そこで、前々から勧誘の電話の来ていた赤羽ゼミナールの体験講習を受ける事にした。
「お母さーん、赤羽の電話番号わかる?」
「その辺にパンフレットあるでしょ」
 彩乃は電話台のあたりを指差した。
「ありがと」
 香織は赤羽ゼミナールのパンフレットを左手に持ち、受話器を頭と肩で挟むと右手で電話番号をダイヤルし始めた。
 一つだけ。ここで予め言わせてもらうと、香織は注意力の足りない人間ではない。普段からおっちょこちょいな部分がある訳でもないし、徹夜明けの朝でもない。
「もしもし」
 電話に出たのは、若い男。その後に「赤羽ゼミナールです」と続かなかったのを香織は少しだけ不思議に思ったが、そのまま続けようとした。
「あの、以前からお電話いただいていた縦妻ですが」
 香織がそう言うと、電話の向こうの男は怪訝そうに「はい?」と聞き返してきた。
 予想外の応答。瞬間香織は言葉を失い、頭の中で現状を理解しようとした。――とは言え、この状況で考えられるのは間違い電話ぐらい。
「あの……、赤羽ゼミナールさんですか?」
 電話の向こうの男は、少し黙った。
「……いえ、鋒原です」
 電話の向こうの男、改め鋒原光は、億劫そうな声でそう言った。しかし、この現状を飲み込むと光は、電話の声が若い女である事から興味を持ち直した。
「間違い電話?」
 光は優しく、気さくに笑いながら話しかけた。
「そ、そうみたい……です。ごめんなさい」
「いやいや、全然。むしろ俺こういうのって結構好き。どこの誰とも知らない相手と偶然関わりを持つっていうさ」
 言うまでも無いながら、光の場合のそれは異性相手に限る。
「は、はあ……」
 香織は戸惑った。ただ普通に間違い電話でしたで電話を切らせてくれれば良いのに、相手の男が何故か話しかけてきたからだ。
「どこに住んでるの? 高校生? あっ……いや、いきなりこんな事聞くのって失礼すぎるかな。はは」
「………………」
 香織は無言を返した。そして、悪気がある訳では無かったが、突然今の状況が怖くなり、
「ごっ、ごめんなさい! 間違い電話でした!」
 そう言って、一方的に電話を切った。
「ツー……、ツー」
 光の耳には、電話の機会音が寂しげに繰り返る。
「クソッ!」
 光は、苛立ちを隠す事なく受話器を放り投げた。


 夜、鋒原家。
 光はまだ、昼間の間違い電話の事が気になっていた。これも何かの縁、もし相手の女が美人だったら取り逃がしたのは悔しすぎる。昼間はお互い何も知らなすぎたから警戒されたが、向こうの女も自分の顔を見れば仲良くなりたいと思うに決まっている。光は、冗談でも何でも無く本気でそう考えていた。
「光ー。電話空いたわよ」
 ――鋒原光は麻雀に興味がある。
 だからこの時、自分の携帯電話でなく家の電話を使うに至ったのは、自分の携帯電話は今麻雀のゲームを起動していたからである。
 そして、一つだけ。ここで絶対に言っておかねばならないのは、光は香織の電話番号を控えていないということ。間違い電話であったし、普通に生きていれば二度と関わる事も無いであろう相手。そんな番号を控えておくのも気持ち悪いと思ったし、別にその必要性も無かったから。
 ――だから、この結果は偶然である。

「はい。縦妻です」

 一瞬、光は受話器を落としそうになった。唇が痺れ、頬は震える。
 女友達の元に掛けるつもりだった光は、この信じられない出来事を夢か幻のものなのかとも。
 光は、香織の元に間違い電話を掛けた。一体、どういう確率で奇跡が重なればこういう事が起こるのだろうか? 光は神という概念を特別信じている訳では無かったが、この出来事を神の仕業で無いとするなら、宝くじで一等当てる方がどれほど簡単か。
「もしもし? どなたですか?」
 香織の声で我に返ると光は、小さく笑った。

 ――これが、鋒原光と縦妻香織の初めの出会い。まだまだ互いの事など何も知らない、受話器越しに言葉を交わしてみただけ――。





 第3話【運命の糸は手繰り寄る】





(縦妻……)
 翌日、光は間違い電話の相手の事を考えていた。顔どころか、下の名前すら知らない。そんな相手の事を気に掛けるなんて、光は自分で自分の事をおかしく感じていた。
(……会ってみたいな)
 それは、勿論恋愛感情からくるものではない。ただ、単純に胸をくすぐる好奇心。
(まず、市外局番をダイヤルしてないのに電話が繋がったって事は、少なくとも市内に住んでるって事か?)
 光は、北海道札幌市に住んでいる。
(札幌市在住、名字が『縦妻』……)
 そう考えると案外絞られるように思われたが、そもそも年齢が分からない。それでは探す範囲が広すぎる。
(………………)
 結局、もう一度電話してしまうのが一番手っ取り早い。今度は一応番号を控えてある。
(でも、それやったら完全にストーカーだよな……。向こうは俺の事なんか何とも思ってないだろうし。顔見てもらえれば別だけど――)
 そうして、答えの出ない自問自答を繰り返しながら光は、その日眠りについた。


 翌朝、光は学校に向かって自転車を漕いでいた。朝の通勤ラッシュで道路が騒がしい時間帯だが、光はそういう喧騒が嫌いで普段からなるべく避ける様にしていた。
「いや、いるいるそーゆー奴! どんな暑くてもワイシャツのボタン一番上まで閉めてんだって」
 信号待ちで自転車を漕ぐのを止めていると、すぐ傍の連中の会話が聞こえてきた。
「大体、クラスに一人は『あー、こいつはワイシャツのボタン一番上まで閉めてそう』ってキャラの奴がいて、あとそれ以外にも二人ずつぐらいは人知れず一番上まで閉めてる奴がいるんだよな」
「あー、分かる分かる! 大体そんな感じの割合に落ち着くんだよね」
(…………なんだこいつら……)
 光は、意味不明な会話で盛り上がっている男子生徒二名を心底気持ち悪く感じていた。
「あと、女子はスカートとかね。たまにいるよなー、何が何でもスカートは膝下を守る奴」
(………………)
 光は、とりあえず引き続き話に耳を傾ける事にした。
「実際これはほとんどいねーけどな。せいぜいクラスに一人ずつくらい?」
「まあそれぐらいいれば良い方だろうな。俺らのクラスもみんなスカート短いし」
 光は、それは別に良いだろと思っていた。
「あ、縦妻とか! あいつは絶対スカート短くしたりしねーよな」
(!)
「あー、縦妻。あいつ相当美人なのにスカート短くしてくれないからなあ。縦妻以外で誰か女子二十人ズボンにしても良いから縦妻はミニスカにして欲しい」
「いや、縦妻がミニスカートにしてくれるんだったら俺ワイシャツのボタン一番上まで閉めるよ」
 そんな事を話しながら、二人の男子生徒は楽しそうに笑った。
(縦妻……! 高校生?)
 二人の男子生徒は詰襟の学生服を着ている。
(くそ……、さすがに校章は見えないか)
 ボタンに刻まれた校章までは見えなかったが、香織の通う高校では男子は詰襟だという事は分かる。
(この辺りで詰襟の高校っていうと、北高、古川、丘玉……)
 信号が青になり、二人の男子生徒は自転車を漕ぎ始めた。
(縦妻……)
 勿論、彼らの話している「縦妻」が間違い電話の相手と同一かどうかは分からないが、とりあえず光は男子が詰襟の高校に通っている女生徒に絞る事にした。





 第4話【問いの答えは神のみぞ知る】





「お前、縦妻って奴知ってる?」
 それ以来光は、仲の良い友達にそれとなく聞いて回るようにしていた。今、同じ部活の東間という男に質問したので八人目。
「縦妻? ……縦妻って、縦妻香織?」
 光は、困った様に口を尖らせた。
「……下の名前は知らないけど、多分そいつ。……知ってんの?」
 部活動の帰り道、光と東間の二人は肩を並べて自転車を漕いでいた。
「ああ」
 東間は頷いた。
「小中と同じ学校だったしな。つーか、普通に有名人だぜ」
「有名人?」
 光は思わず繰り返した。
「ああ。超がつく程の美人で、小中学校と九年間通してもダントツ。今も普通に他校で話題になるってさ。……つーか、お前が今まで香織の事知らなかったって事に俺は驚きだよ」
(………………)
 光は無言を挟んだ後に、
「彼氏とかは?」
 と、訊いた。
「あー、ダメダメ。香織はどうにもなんねーよ。今まで何十回告白されてきたのか知らんが、とにかく一度もOKしないんだから。今じゃもう、周りも諦めてて手は出せないってさ」
 ――あの日、電話越しに言葉を交わした時の事が光の脳裏に蘇る。光は不満気に眉間に皺を寄せた。
「俺でも? 無理?」
 光は真顔でそう聞いた。すると東間は答えに困り、言葉を詰まらせてしまった。
「あー……。いや、多分無理だとは思うけど……お前も普通の奴じゃないからな……」
 光は真剣な目つきで東間を真っ直ぐ見据えながら、答えを待った。
「う〜……ん、それはお前らが実際に会ってみないと分からないな」
「………………」
 そもそも、光は香織の事など何も知らない。だから、「もし俺が告白しても無理?」という質問は仮定中の仮定の話で、まだ光は香織の事など好きでも何でも無い。光を突き動かしているものは好奇心と、あの間違い電話に何かを感じたからだ。

『実際に会ってみないとわからない』

 その東間の言葉が、いつまでも光の中に残っていた。
「……そいつ、今どこ通ってんの?」
 その問いに、東間は「北高」と答えた。





 第5話【人の感情はねじれあう】





 今、鋒原光に正式的な彼女はいない。とは言えそれは成り行きではなく、光が意図してそうしているのであって、その気になれば彼女の一人や二人すぐに出来てしまうだろう。そうしないのは、彼女を作ってしまうと色々と行動に制限が掛かるのと、他の女子の寄り付きが悪くなるからである。
 しかしその結果、女友達の数は極端に多い。光は休日にはそれら一人ずつと遊びにも出掛けるし、互いに家を訪れたりもする。無論、これだけ異性から人気の高い光がわざわざ「美人じゃない」女子と仲良くする理由は特に無く、女友達のほとんどは他の男子生徒が羨む様な美人ばかりである。
 ――その中の一人に、類家 真央という女がいた。
 真央は光の友人達の中でも特に容姿が優れていて、学校が違う事もあり光は重宝していた。今でも一週間に二回は会っているし、光が家を訪れる回数も多い。……しかし、そもそもなるべく秘密裏に会うようにしている事と、学校が違う事とで光は真央が普段学校でどういう生活を送っているのかをほとんど知らなかった。
 類家真央は、言ってしまえば少し頭がおかしかった。一人称が「まぁ」である事は周囲から白い目で見られる原因となっているし、以前学級日誌に『魔法のエンピツ』と称して自身の恋愛談を書き記した時には学年中がその存在を知る事となった。
 そういう事をするのが「頭がおかしい」と判断する根拠なのではなく、「こういう事をすれば周囲がどういう反応をするか」を考えられないのが真央の決定的欠陥である。だから、友人と呼べる人間がほとんどいなくなってから慌てて自身の行動を改めたものの、それは既に遅すぎて、今では同じように周囲から拒絶されている連中と仲良くするしか真央には残されていなかった。
 そんな頃に、真央は光と知り合った。その頃には既に真央の外見的性格には修正がかかっていて、またそういう真央の過去を知る機会も特に無かったので、光は真央の内面についてしっかりとは知らぬまま付き合いを始めた。
 変な行動をしない真央は一女性として素晴らしく魅力的で、光はとても気に入った。多くの時間を二人で過ごし、メールや電話などもどれだけ繰り返したか分からない。二人は正式に彼氏彼女の付き合いを交わした訳では無かったが、やっている事はそれとほとんど違い無かった。

 ――しかし類家真央は、自分が美人だという事を客観的に理解していた。

 これが何よりも厄介であり、最大の問題である。長く二人の時間を過ごしてきた真央は、自身の容姿からして当然光も自分の事を愛してくれていると信じ切っていた。付き合わないのは、その方がお互い気楽に会えるからだと考えていたし、それらを疑う事など微塵も知らなかった。
 結果、自分は光の女友達の中でも群を抜いた存在であり、光に一番愛されているものだと信じ込んでいる。だから真央は、光が他の女性と会う事を許さない。それに対して怒る権利が自分にはあると考えているからだ。とは言え、実際に光が他の女子と遊んでいるのを目撃してもその怒りを爆発させる事は出来ない。そんな事をして光に嫌われてしまうのだけは避けなくてはならないからだ。
 だから、そういう時は真央は張り裂けそうになるまで胸の底にストレスを溜め込み、一人でいる時に爆発させる。人形の類を引き裂いたり、兄が昔使っていた金属バットでコンクリート塀を力の限り殴り続けた事もある。
 ――けれど、光はそれを知らない。光の認識では真央は、普遍的な性格をした美女なのである。


 ***


「うそ−!? そんな事あるの!?」
 詩織は思わず声を大きくした。ある朝の教室、青川詩織と縦妻香織は机越しに向かい合って話している。
「う……、うん。この前ちょっとね……」
 香織は少し恥ずかしそうに顔を俯かせる。
 香織は、あの日の間違い電話の事を友人の詩織に何となく話してみていた。ただ、世間話をするようなつもりで。
「すっごー……。そんな事ってホントにあるんだ」
 詩織は目を丸くして驚いている。
「えっ、その相手の人の名前とか聞いてないの?」
 詩織がそう聞くと、香織は恥ずかしそうに口を尖らせた。
「あ……えっと、確か鋒原……って言ってた。多分だけど……」
「ええ!? 鋒原って、鋒原光くん!?」
 詩織は再び声を張り上げた。
「えっ……、下の名前は知らないけど」
「うそーっ、その人超有名人だよ。ジャニーズ顔負けのイケメンだって皆話してるんだから」
「いや、顔とかは別に……どうでも」
 香織は顔を赤くした。
「なーに言ってんの。そんな事があったんなら、もしかしたら光くんも香織の事意識してくれてるかもよ?」
「ちょっ……! だからそんなんじゃ無いってば!!」
 香織は怒りすら感じさせる程に否定した。
「まあまあ。香織も男嫌いを直すチャンスじゃん。光くんに仲良くしてもらいなさいって」
 そう言って詩織は笑いながら香織の肩を叩いた。香織はその手を叩き落とすかのように払い、詩織は今度は香織の腰回りに抱きついてじゃれ合う。そうして、二人は馬鹿馬鹿しくも楽しそうに笑っていた。

 ――そんな二人の会話を、真央は教室の隅から睨む様にして見ていた。





 第6話【偶然は二人を引き寄せる】





 五月二十日、夜。光は自宅で携帯の液晶画面に向かっていた。
 ――各学校には、学校公認の公式サイトの他に、非公認に経営されるクラスホームページというものが必ず存在する。そこにはクラスの生徒達のプロフィールや日記が掲載されており、クラス内、またはクラス同士の交流の為に利用されている。
 同時に、それはまた他校の生徒や一般人も自由に閲覧出来る為、本名をフルネームでは記載せずに下の名前だけ、もしくはニックネーム等を用いている場合もある。
 ……とは言え、一学年320名、内約160名の中に『縦妻香織』という同姓同名の二人がいたりなんて事は無いだろうし、また『香織』と下の名前だけの場合でも、せいぜい該当者は二人や三人程度だろう。
 ――光が、学級サイトを一つずつチェックし始めてから約二十分。
 札幌北高校二年七組。その、在籍生徒プロフィール一覧。
 『32 たてづま かおり』
 そのクラスでは、平仮名ながらもフルネームを記していたのがとても良かった。漢字で下の名前だけ書かれるよりはこちらの方が断然良い。
(……たてづま、かおり……)
 光は、プロフィールへのリンクをクリックした。

【HN】かおり
【趣味】音楽
【職業】女子バスケットボール部のマネージャー。全然役に立てない……。
【とにかく主張したいこと】もうちょっとで大会! ほんのちょっとでも役立てるようにがんばりたい!!

 それは、良く言えば要点がまとまっていて、悪く言えばただ簡素だった。
 日記ページの生徒名一覧から香織の項目をクリックしても、何も表示されない。恐らく、このプロフィールもクラスメイトに頼まれてさっさと作ったものなのだろう。光はそう考えた。
(こういう事にはあまり興味無いのか。それにしても、女バスのマネージャー……)
 男子バスケットではなく、女子バスケット。光はそれに対して非常に好印象を抱いた。
(……縦妻香織、か……)


 ***


 ――体育館の広い天井に、バスケットのボールが浮かぶ。
 それは綺麗な弧を描いて空を飛び、そのままバスケットのゴールのネットを揺らした。
「ナイッシュー!!」
 コートの外の一年生達が館内に声を響かせる。
「調子良いな、光」
 東間は光の頭を叩いた。
「大会前だからな……」
 光は、そう言うとあっという間に東間のマークを引き剥がした。
 フリーになって、味方からパスを貰って、打つ。その一連の流れからは、表現し難い気迫が感じられる。
「……やっぱレギュラーともなると気合いの入り方が違うな」
「別に……」
 光のそっけない応答に、東間は小さく笑みを浮かべた。
「そーいや、一回戦の相手どこだったっけ?」
「……北高」
 光は、マークマンの東間と向かい合いながら答えた。
「それは、お前の気迫と何か関係あるのかな」
 ――東間は、右手でパスを受け取った。その次の瞬間にはもう左手が添えられ、流れるかのようにしてシュートを放つ。
 光は高く跳び上がり、そのボールを豪快に叩き落とした。
 声援を送る一年生達の方から、わっと歓声が湧き上がる。
「……別に、何も」





 第7話【その日は着実に近付いてくる】





「ウッソ。今年って男女同じ会場でやんの?」
 東間は驚いたように目を丸くした。
 部活終わりの帰り道、光と東間はいつものように肩を並べて自転車を漕いでいる。――いつものように、と言うのは光が女友達と会わない日の事に限るが。
「ああ。と言うか、隣接してる体育館だけどな」
「…………。ふーん、それであんなに気合い入ってたわけね」
 東間は可笑しそうににやけてみせた。
「別に……」
 光は目線を逸らした。
「まあ、じゃあとにかく当日はなるべく俺の傍にいろよ。香織を見かけたら教えてやっから」
「ああ」
 光は、なるべく無関心を装いながら答えた。……高体連まで残り一週間。


 ***


「か、香織ちゃーん。これ、補充お願い」
 汗が垂れる髪、一目で分かる程に濡れたユニフォーム。
「あ、はい! すいません」
 北高女子バスケットボール部三年、西本はポカリのタンクを香織に手渡した。
 それを受け取った香織は急いで水飲み場の方へと走り出し、その背中が見えなくなってから、西本はその場にどさりと崩れ落ちた。
「に、西本さん大丈夫ですか?」
 一年生が傍に駆け寄る。
「……あ、い、いや全然。単純に疲れちゃっただけ」
 西本は笑顔を作り、平気である事をアピールした。
「……ちょ、ちょっと気合い入りすぎ……」
「彩……」
 三年、村山 彩子はまるで死人のように西本の横に倒れ込んだ。
「……そりゃ気合いも入るよ。最後の大会だもん」
「そ、そうなんだけどね」
 彩子は仰向けになって笑った。
「……私達、恵まれてるよね」
 少しだけ呼吸の落ち着いた西本が、唐突に切り出した。
「どうしたの? いきなり」
 彩子は体を僅かに起こした。
「……親とか先生たちとか、本当にたくさん応援してもらったなーって……」
「うん」
 恐らくは汗だろうが、西本の目元から垂れる水滴が彩子には涙にも見えた。
「支えてくれる一年生達もいるし、マネージャーもいる」
「……うん」
 体育館の扉を開いて、香織が駆け込んでくる。
「これで頑張れなきゃ、嘘だよね」
 西本は立ち上がり、崩れたユニフォームを整えた。
「……うん」

 ――高体連まであと六日。
2009/06/02(Tue)06:36:02 公開 / 椎名めぐみ
■この作品の著作権は椎名めぐみさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。
この作品に対する感想 - 昇順
 椎名さん初めまして。春野藍海(ハルノアオミ)と申します^^勝手ながら、椎名さんの作品を読ませていただきました!
 正直言って……光、好感度大ですw笑 ちょうど同じ年ごろなので、微笑ましくて「青春」オーラがふわりと感じさせられました。最初の書き出しが、これからどんな展開につながっていくのかがすごく気になります。
 ただ、もう少し、情景描写や人物の心情を書けばもっと、椎名さんの世界観が読み手に伝わる気がします。それが、もったいないなぁと思いました。私も、とかく言える奴じゃないんですけど……今言った部分で悩みながら何度も推敲したりしてるので。お互いに頑張っていきましょう!!^^
 これからも「矛盾恋愛」の続きを楽しみにしています。
2009/05/31(Sun)16:26:260点春野藍海
拝読しました。全体的にやや淡白且つ、描写が少々不足している部分が目立ちますが、「青春」という空気感はあたり一面に充満していて心地よかったです。惜しむらくは、人物がどういう人間なのか漠然としか書かれていないということでしょうか。ともあれ、徐々に関わっていくような感じがヒシヒシとしてこれから面白くなっていくのかなと思いました。
2009/06/01(Mon)21:21:090点水芭蕉猫
>春野藍海さま
 春野さん初めまして。読んで頂けた上に感想まで書いていただけて、本当にありがたく思っています。
 光が好印象というのは正直意外で、女性の方からは反感も買ってしまうのかなとビクビクしながら書いていた節があるので心底ほっとしています(笑)
 情景描写等が不足しているとのことですが、もう何の反論も無い程にその通りです……。この部分をどうにか改善できるよう、続編の執筆に尽力したいと思います。
 この度は本当にありがとうございました。


>水芭蕉猫
 水芭蕉猫さん初めまして。拙作を読んで頂き、その上ご意見まで頂けて本当に嬉しく思っています。
 やはり描写不足が目立つようですね……。本当に何とかしなくてはいけません。常に意識しなくてはいけない部分なのですが、どうも気が付けば描写不足に……必死で改善します。
 人物の内面的な要素については作者はあまり口出しせず、各人の「行動」だけを記し、そこから読者の方に読み取って頂く……というスタンスをとりたかったのですが、それにしても描写が足りなすぎたようですね。この先善処していきたいと思います。
 今回のご意見をしっかりと自分のものとしつつ、続編の執筆に尽力してゆきます。
 この度は本当にありがとうございました。
2009/06/02(Tue)06:47:010点椎名めぐみ
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