- 『ライン』 作者:きるぎの / ミステリ サスペンス
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全角3020文字
容量6040 bytes
原稿用紙約9.35枚
内気な少女、あかりとその兄、麻生。そして2人の幼馴染であるあきらと水希。それぞれを強く想っているはずの4人の願いが、衝突する。
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まるで空のようだ、とあかりは思った。
「大丈夫だよ、行ってこい。」
そういう兄の姿は、優しくて、父のようで、"この人がいなくなったら私は死んでしまうな"そう確信した。兄の言葉はとても力強い。けれど私の心はとても弱くて。大丈夫、大丈夫、誰も私のことなんて気にしちゃいない……。しっかりと自分に言い聞かせるように唱えることで、やっと足が前に進む。
「行ってくる。」
兄に伝えた。自分自身にも。
玄関にいくと、ピンクのスニーカーが目に入った。あかりのお気に入りだ。きのう誕生日だったあかりが、兄にねだって買ってもらったもの。それまで履いていたくつは、足のさきのところにいくつも傷がついていて、かかとが少し破れていた。色も白だったはずなのに、ドロで黄ばんでいた。朝、見るたびに少し悲しくなったそれは、今は玄関のすみっこが住処だ。くつ箱はない。あかりと兄の二人暮らしなのでくつ箱は必要なかった。
真新しいスニーカーを履く。いつもより、良い気分だった。
行こう、そう思ってドアに手をかける。ドアノブをひねるとカチャ、という音がした。続けて、兄の声がした。
「気をつけて。」
「うん。じゃあね。」
クスっと笑って、あかりは家を出る。兄の心配が心地よかった。
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あかりと麻生の住んでいる地域は田舎で、学校へいくためには山道を歩かなければならない。家でもたもたしていたせいもあってか、辺りに人影はない。終業式なのに遅刻かも……、と、少し心配になった。走ろうか、とも思ったが麻生に
「山道で走ったらダメだ。」
といつもきつく言われているのを思い出し、やめた。たしかに道はデコボコで、こけたりしたらすごく痛そうだ。走るのは諦めて、小走りにする。
そういえば、明日から夏休みかぁ……。学校ないから嬉しいなぁ。夏祭り、水希さんも来るよね。楽しみだな。
"水希さん"というのはあかりの兄である麻生の友達だ。いつも「麻生!あかりちゃん!遊びに行こうぜ!」なんて言って家に押し掛けてくる。あかりに親しい友人が少ないのを知ってか知らずか、休日はいつものけ者にしないで遊んでくれる。あかりにとってはもう一人の兄のような感じだが、麻生にとっては親友という部類に入るのではないだろうか。そうだったら嬉しいなぁ、あかりは思う。麻生が今日は午後から授業だと言っていたから、多分、水希が迎えに来るんだろう。
もうすこしかな。もしかしたら、途中で会うかもしれない。
「あかりちゃん!」
あかりを呼ぶ声に気づく。思ったよりも考え事に集中していたらしい。もしかしたら、もう何度も呼んでくれていたのかも知れない。
「あかりちゃん?」
あわてて声のするほうへ振り向いた。聞きなれた声の主は、やっぱり見慣れた姿をしていた。
「林、くん。」
幼なじみの名を呼ぶ。少しぎこちない。彼もそう思ったのか少し困ったような顔をしてから、笑った。とても優しい笑顔だった。麻生が空なら、彼は雲だな。ふわふわしていて、柔らかそう。
「あきらでいいのに。」
前までそうだったでしょ、とあきらは言う。あかりは胸がきゅっと痛むのを感じた。
そうだ。少し前まではそうだった。あかりは、あきらくん、と彼の名を呼んでいた。彼を嫌いになったわけじゃない。ただ彼とあかりは『学校』という空間で、同等の立場ではなくなってしまったから。変わってしまった関係と共に、あかりも変わらなければならない気がした。それまではただ何も考えていなかった。だからあきらと呼べた。けれど今はもう、呼べない。
だれにも秘密だけれど、彼、林 あきらはあかりの理想だった。あこがれでもあった。
「わかった。でもさ、学校でさ、ちょっと恥ずかしい。」
「そう?」
「そうだよ。恥ずかしいよ。」
恥ずかしくて、みじめだよ。
ふと出かかった言葉を呑みこむ。
「うーん。わかった。」
名案だ、と言わんばかりの顔であきらはあかりに耳打ちした。突然なくなった距離におどろいた。
「三人でいるときに呼んでよ、名前。」
「……わかった、三人ね。」
二人じゃなくて、三人。
たらしだなあ、私の幼馴染は。
つくづく思う。そんな笑顔で近づかれたら誰だってドキっとしてしまうだろう。クラスの女の子が騒ぐのも無理はない。きゃあきゃあうるさいなあといつも思っていたのだが、どうやら自分も例外ではないらしい。ドキドキした。
でも、それでも、あわい勘違いや期待をしないのが救いだと思う。だってあかりは知っている。
あきらにとっての1番は麻生。何よりも、彼は麻生を優先する。恋愛感情じゃない。"心の底からの憧れだよ"そういっていたあきらを思い出す。きれいな笑顔で、麻生へのことばをあかりへ伝えた。それは誇らしくもあり、すこしやけるものでもあった。
あかりとあきらは、学校へと進んでいく。
「明日から夏休みだね。」
「麻生さんと遊べるかな。」
「夏祭り一緒に来る?」
「行く、行く、行く!」
「お兄ちゃんに言っとくよ。」
あかりがそう言ったとき、あきらは少しだけ眉をひそめた。片眉が少しだけ釣り上がる。あきらのクセだ。なにか隠し事をしているとき、不愉快なとき、あきらの眉は少しだけ釣り上がる。
「水希さんも来るね。」
そういえば、あきらは水希のことがきらいだったな。言葉にこそしないけれど、水希と話すとき、いつもより冷たくなることをあかりは知っている。
多分、うらやましいんだろう。あの二人、仲が良すぎるんだもの。
「来るよ。それがどうしたの?」
何も知らないふりをする。
「楽しみだなと思って」
彼は"優しい"から何も言わない。それをわかった上で聞いたのだけど、あかりは少しだけさみしくなった。あかりは水希のことをしたっているから、嫌いだと告白されても困る。けれど、それでも、彼のなかの嫌な部分を、彼の口から聞きたいなあと思った。あかりは今まであきらの不満や悩みを、一度だって聞いたことがない。
かつん、
あきらが道ばたに落ちていた小石を蹴った。
かつん。
あかりも、自分の前に転がってきたそれを蹴った。小石は脇道に反れて、見えなくなってしまった。小鳥の鳴き声が聞こえる。
「鳥が、鳴いている。」
「きっとお腹がすいてるんだよ。」
なおも鳥は鳴き続ける。
「……飛ばない鳥って、アリかな。」
あきらはあかりをみるでもなく、ただ前を見て呟いた。
答えることができない。ただとまどう。急にどうしたのだ。あきらは何を考えているのだろう。何を思っているのだろう。
あかりは突然の質問に、何も言うことができなかった。それはもしものときにさえ、自分が何もできないことを暗に指摘されているようで。あかりはやるせない気持ちになる。
「…………さあ。」
やっとのことで言葉を紡ぐ。
ああ、なんて気のない答えだろう。自己嫌悪。
「……急に言われたって、分からないよね。ごめん。変なこと言って。」
あきらは微笑みながら言った。いつものたおやかな彼の笑い顔をみて、安心する。
山道を抜けた。学校はもう遠くない。
ふと、ある重大なことに気づく。
「そういえば、家を出るの、遅かったんだった……。」
あかりはさあっと血の気が引くのを感じた。
「……僕も。」
「…………。」
「走ろうか。」
その言葉を合図に、あきらとあかりは一斉に駆けだした。風が髪を弄び、頬をなぶった。
あきらの浅い息遣いが聞こえる。
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2009/03/31(Tue)11:12:17 公開 / きるぎの
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■作者からのメッセージ
ミステリとサスペンスの間をかいくぐってみたいです。
でもどちらかというとミステリ寄りになるかな……。