- 『REAL TIME−煩わしき業−』 作者:ロザリオ / リアル・現代 ファンタジー
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原稿用紙約11.15枚
限りなく貪欲な人間は、その手を血に染めようとも、果てしなく大きな『業』を求め続ける。ああ、なんて醜い――。
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【プロローグ】
「目立たず静かに、闇に咲く華になれ。さすれば、無駄な血を流さずにすむ。少なくとも、我が流派は、な……」
――これぞ闇華流(ヤミハナリュウ)の由来なり。
感謝している、私は感謝しているのだ。だが。
駄目なのだ。
私の『業』は誰よりも大きく、重く、そして穢れている。
だから、私は。決めたのだ。
血に染まった屍の道を生きると。
『業』に獲り憑かれる前に。
私のようになる前に。
私が、殺してやる。
――私、如月 時雨の時間は、無情にも過ぎ去って行くが。
ごぼ、という音を立てて私の喉からせり上がってきた血は、口の端からこぼれ重力に従って落ち、私の白いワイシャツに赤い染みをつくった。
「ちっ……」
私を苛立たせる要素はただ一つ、情報収集員の大幅な情報の誤りのせいだ。人数わずか八人の小さな暴力団と聞いていたのに、引き受けて行ってみれば数十人の大組織じゃないか。
私に情報提供をした若い新人の女……、名前が思い出せないが、とにかくその女を呪った。
下の階の大量の雑魚共を掻き切って、廃ビルの古ぼけた階段を駆け上がる。右の脇腹の撃たれた一点を中心に、じくりと血が滲む。すでに麻痺した脳は痛覚を受け入れず、ただ私を残酷な殺人鬼へ変えていく――。
「あと何人、だ……」
カチン、と銃の安全装置を外す音が、薄明るい廊下にやけに響いた。曲がり角の向こう側から、私のものではない、誰かの靴の音が小さく聞こえてくる。二人、いや三人か……。
胸の鼓動が早くなり、脳からアドレナリンが大量に分泌される。壁に背を付け、戦闘に備えた。
「女?」
「ああ、そうだ。女一人で、下の奴らを全滅させた」
「はああ? カメラぶっ壊れてんじゃねえのか?」
「いや、正常だ」
まだ、遠い。苛立ちはまだ治まらないが、いたって冷静だ。私は静かに息を吐き出す。
「はっ、もし本当に女一人だったら、半殺しにして犯してやるよ!」
「このサディストが」
「…………」
五、四、三、二、一。
「犯されて、たまるかよ」
――ドカン、ドカン。一番左側のハゲ頭の男の腹と脳天に、放った銃の弾がめり込む。大きく目を見開き、崩れ落ち、動かなくなった。他二人、金髪メッシュの男と眼鏡の男は経験豊富なのか、全く動じず臨戦態勢をとった。
暫しの、沈黙。敵方の一人、金髪メッシュの男が、にやりと笑いを浮かべる。
「ククク……、本当に女だったとはなあ!」
「テメエかよ、私を犯すとかぬかしやがった野郎は」
金髪メッシュの男はサバイバルナイフを鞘から抜いた。一方でもう一人の眼鏡の男は、ハゲ頭の男の懐に手を入れ、財布と銃と金目の物を掻き出している。
ギュッと地面と靴が擦れる音がして、金髪メッシュの男が私目がけて飛び込んでくる。右足を半歩引き、銃を素早く左手に持ち替えた。案の定私の撃たれた脇腹を狙って、サバイバルナイフを突き出してきた。
「死ねよ、女の敵が」
ナイフを持った手首を右手で掴み、引き寄せる。金髪メッシュの男の拳が左から飛んできたが、私は体重を後ろの右足に移動させ難なくかわした。ドスッと鈍い音がして、私の銃を持った左手が鳩尾に入る。そのまま、引き金を引いた。
「ここまでやるとはな」
「……ふん」
私にもたれたまま死んだ金髪メッシュの男を右足で蹴り倒す。眼鏡の男との距離は、約三メートル。ふと、眼鏡の男が眉を顰めて私を見た。
「その頬の花の刺青……、まさか」
「なんだ、知っているのか」
私は無意識に左頬に触れた。五年前、流派を抜け、『掃除屋』に入ったときにいれた黒い花の刺青。
――一瞬。ほんの一瞬だけ、昔を思い出す。なんとも言えない痛みが、胸の奥を衝いた。痛い。
眼鏡の男が一歩、後ずさる。その足音で、現実に引き戻された。
「お、お前、如月時雨……!?」
「だったら何だ?」
眼鏡の男の顔が、蒼白になる。よほど酷い私の噂が、裏の世界には広まっているらしい。冷酷殺人鬼だとか、虐殺マシーンだとか。――そのとおりだから、否定はしないが。
「教えろ、あと何人だ」
「おっ、教えるものかっ!」
眼鏡の男は、私に対して酷く怯えている。とてもムカつく。
「なら消えろ」
言うが早いか、右手の仕込みナイフの刃を立たせ、駈け出した。眼鏡は銃の安全装置を外し、がむしゃらに撃つ。弾は一つだけ私の左肩を掠め、あとは全弾後方の壁に当たった。左手の銃口を眼鏡の男の銃を持った右手首に向けて撃つ。
「ぐああっ!」
二発中一発は外れたが、あとの一発は眼鏡の右手首を貫通した。握力を失い、血が吹き出し、銃が廊下の床に落ちる。目を充血させ手首を押さえている眼鏡の首に向かってナイフを突き出した。眼鏡の男が息を飲む音が聞こえた。
「じゃあな」
首に刺さったナイフを払い、首の肉を裂く。眼鏡の男の左手が私の首に一瞬触れたが、すぐに体と共に落ちた。
頭から血を被った私は、顔をしかめ口に入った血を唾液と一緒に吐き出す。最悪だ。
「……ふーっ」
短時間に人間を殺しすぎると気が狂う、とはよく言ったものだな。私の場合は、殺人衝動が止まらなくなるのだが。
廊下の奥に進むため足を踏み出すと、ピチャリと血が跳ねる音がする。何気に下を見れば、おびただしいほどの血が眼鏡の男の首から流れ出し、大きな血溜まりをつくっていた。
無償に苛立ち、まだ微かに体温がある眼鏡の男の死体を蹴り上げる。首から新血がドプッとあふれ出し、また血溜まりを大きくした。少し、気が晴れる。
「……これはもう、使えないな」
仕込みナイフを凝視した。人の肉や脂などで切れ味が悪くなってしまい、使い物にならない。パチンと仕込みナイフの留め具を外して、後ろに放り投げた。
そして、私の六弾撃てる小型の銃は、あと一発しか残っていない。――次で決めなくては、やられるな。
あと何人か分からないのはムカつくが、とりあえず全部『掃除』する。任務だから。そして帰って新人の情報収集員の女を締めてやる。
時々遠くでガラリとコンクリートの崩れる音がする廊下をゆっくりと歩く。途中から窓も電気もついておらず、廊下は暗闇だ。もう結構な距離を歩いているのだが、廊下と壁以外なにも見ていない。
「怖気づいて逃げたか?」
ありえないことではない、何度かそういうこともあった。本当に、何度かだが。それとも、あの眼鏡の男で終わりだったのか。いや、あの口ぶりでは、その可能性は皆無に等しい。
「……あ?」
――壁だ。行き止まり、通路は他にない。何も考えずに歩いてきたから、見落としたのか。くそっ!
元来た廊下を戻ろうとくるりと身体を翻したとき、微かに、本当に微かだが、光らしきものが目にとまった。もっと凝視してみると、溝のようなものが見える。
試しに手を翳すと、空気がそこから流れ出ていた。もしかすると。
念には念を。周りの壁と、溝付近の壁を交互に叩く。口角が無意識に上がる。――音が全く違う。
「見つけた」
足を前後に大きく開いて、軽く膝を曲げて立つ。
「一回くらい、許せよ」
長く息を吐き、止め、精神統一。後ろの右足に全ての力と精神を集めて、打つ。
――闇華流、大壊(ダイカイ)。
ガシャアッ、と大きな音と足の激痛を伴って、案の定壁の一部が激しく歪み吹っ飛ぶ。壁があったところから、人工の光が私の目に飛び込んできた。暗闇になれた目に、それは少し厳しいが、大きめの立派な机と革張りの高級そうな椅子があるのが分かった。
「…………」
そこに一歩踏み入ると、それほど広くない部屋だということが見てとれた。それにしても。
――不自然だ。人間の気配がしない。銃を片手に構え、机にむかい歩く。ドクン、ドクンと心臓が脈を打つ。ここで奇襲を掛けられたら、私は確実に死ぬな。思わず自嘲的な笑いが漏れる。
だが、机の目の前に来てもなにも起こらない。と、何かの臭いがした。アーモンドの臭い。
「……まさかっ!?」
机の下を覗き込む。――六十歳前後の男が仰向けに倒れていた。
脈を確認せずとも、死んでいることは分かった。瞳孔が開いていて、口から少量の血を流している。それに、何よりこのアーモンド臭。青酸カリによる毒殺だ。
「誰が……」
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2009/03/14(Sat)23:24:14 公開 / ロザリオ
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