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『会話ができるひと。』 作者:六六 / ショート*2 未分類
全角1910文字
容量3820 bytes
原稿用紙約6.5枚
 俺は君と、会話ができた。 それだけだった。
 

蝉が、鳴いていた。
「お、来たねマイブラザー」
 いつものようにやってきた君に、オレはちょっとお茶目に笑ってやった。そのとき俺の頬を伝った汗は、どうやら暑さのせいだけではないらしい。
「――今日、話ってのはさ、お別れしに来たんだ」
 ゆっくりと言葉をつむぐと、ふと、君が何かを感じ取ったのがわかった。俺の腕を掴む君の手に、僅かに力が入ったように思えた。
 身体全体に染み渡らせるように深く深く息を吸い込んでから、静かに吐き出す。これから俺がしなければならないことを思うと、俺の腕を掴む君の健気な力ですら、酷く儚く、悲痛なものに感じた。
 掴まれた腕が、痛い。
「君と、な」
 途端、電流が走るようにびりびりと君の体が震えた。たった一言だけれど、その言葉は君にとって自分のこれからを意味する、とても残酷なものだったに違いない。
 どうして、と君は言ったのだろう。それから、悪あがきにも似た言葉が後から後から溢れてくる。そのどれもが道筋のない、めちゃくちゃで形にすらなっていないものだったけれど、俺の心を深くえぐるには十分すぎた。
「そう、言わないでくれよ」
 目を伏せる振りをして、揺れる視界を半分隠した。その面積を少しでも狭めて、零れることを防ごうとしていた。下唇を噛み締めて、少しでも笑っているように見せようとした。
 それらの悪あがきが、一体君にはどう見えていたのだろうか。惨めないきものに、見えなかっただろうか。
「俺にも、ようやく念願の新しい家族ができたんだ。あ、写真、見る?」
 明るく振舞え。明るく声を発しろ。俺の中で、何かが命令してくる。しかしその命令に逆らうように、懐から写真を取り出す手は強張り、震えていた。
 怯えているわけじゃない。辛いわけじゃない。なのに、君と目を合わせることはどうしてもできなかった。
 腕は不思議と痛くなくなっていた。なのに、
「かわいいだろ? 俺の、」
 痛かった。
「大切な、家族だ」
 正直な気持ちのはずなのに、言葉にすることが難しい。ああ、辛いのだ。怯えているのだ。いくら否定しようと、今それはただの強がりにしかならない。
 指に挟んだ写真もろとも震える腕。写真に焼き付けられた黒く長い毛、小さな体、黒くて大きな瞳。歯を見せて、笑っているように見えた。
 俺は、この子を守るために。
「苦しめたくないんだ」
 ただ、その一心で、
「この子を」
 今、君と向き合っている。
 君の声が消えた。俺の腕を掴んだまま、写真を見つめている。まじまじ、というか、じい、というか。言葉に表すことが難しい、そんなちょっと妙な顔つきで、君は写真を見ていた。
「君なら、わかってくれるよね」
 少しだけ、期待をこめた言葉だった。しかしその期待というのには、真逆の二つの意味があったように思える。
 失いたくない、と、守りたい。


 ……君は、後者を選んだ。
「…………ごめんね」
 少し、何を言えばいいのかと考えた。結局、ありきたりで薄っぺらい言葉しか浮かばなかったけれど。
 嬉しいとは違う、かといって悲しいとも違う不思議な感情が、俺のなかで交差していた。もっとも近いものを挙げるとすれば――それは、懺悔。
「今まで、ありがとう」
 ひらり、と手をかかげた。俺の精一杯の笑顔は、悲しいことに泣き顔と紙一重だったろうと思う。君はちらりとそんな俺の顔を見やってから、俺の腕を掴んだまま顔を伏せた。
 君は強い。俺より小さなその体の、どこにそれほどの覚悟を持ち合わせているのだろう。友のために死ぬ、という覚悟が。
「――――ばいばい」
 俺はかかげた手を力なく振った。目を、固くつむる。
 そのまま、振り下ろす。










「……だって、さ。怖いじゃん」
 てのひらと、さっきまで君が掴んでいた腕に残ったのは、君の残骸。それから、少しの俺の血。
 ちらりと嫌な感じがしたけれど、それの意味を再認識したとき、それをふき取ってしまうのが怖くなって、俺はそのままライターを手に取った。
 無意識のうちに、もう、忘れようとしていたのかもしれない。本来、これは日常的に起こりうる出来事であるのだから。それが、俺と君の場合少し違ったというだけであって、本当ならばこれだけの苦しい思いなんてしなくてすんだのだ。
 だが、だとしたら、今ようやく零れ落ちて顔に跡をつけていったこれは、一体なんだと言うのだろう。
「フィラリア、とか」
 火がついた線香から、甘ったるい臭いがしてくる。黒くて小さなミニチュアダックスが写ったその写真をポケットに突っ込んで、俺は立ち上がった。
 君がいたそこは、やっぱりかゆかった。







(蚊と)会話ができるひと。
おわり

2009/03/10(Tue)11:14:45 公開 / 六六
■この作品の著作権は六六さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ご無沙汰しております。六六です。
害虫と会話できるというのは、きっと辛いのだろうなと思って書いてみました。
犬好きなのに虫(しかも蚊限定)と話ができちゃうかわいそうな人です。
前回書いたお話がオチがわかりにくくなってしまったので、今回はオチのわかりやすさを優先してみました。
ただ、ちょっとオチが読み易くなってしまった感が…;

批判やご指摘、ご意見、アドバイスなど御座いましたら言ってやって下さると幸いです。
ここまで目を通していただき、有難う御座いました。
この作品に対する感想 - 昇順
六六さん、はじめまして。春野藍海(ハルノアオミ)と申します(^^* シンプルな題名に惹かれて作品を読ませていただきました。
非常に面白い題材だな、と感じました。ギャグチックになりがちな『虫と会話できる』ということを、哀愁漂うタッチで描かれているのが素晴らしいと思います。
次の、六六さんならではの作品を楽しみにしていますね!
2009/03/10(Tue)12:15:480点春野藍海
こんにちは!読ませて頂きました♪
正直‘(蚊と)会話ができるひと。’まで全然、分からなかったです。来た人物(実際は蚊でしたが)を殺そうとしているのは冒頭の方から分かったのですが、てっきり浮気相手を殺そうとしているのかと思いました。それも少年(ブラザーで写真の中も小さな体とあって引っかかってしまいました)とか、ちょっと知られてはいけないような関係が存在しているからなのかと。なので最後で、やられたって感じで楽しかったです!
では次回作も期待しています♪
2009/03/10(Tue)17:03:461羽堕
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