- 『Endless The Moon』 作者:藤倉さくら / ファンタジー 未分類
-
全角3911文字
容量7822 bytes
原稿用紙約13.8枚
遥か昔、吸血鬼として生まれたレイルト・フォルティンネン。月の光をそのまま受けたかのような、黄金色の髪と瞳。美しい吸血鬼は、何よりも月をこよなく愛したという。これは、永遠という時間を旅する吸血鬼の物語。死ぬことも許されず、生きることも許されない。その人生は、あまりに壮絶で、あまりに悲しいものだった。――ボクは、何の為に生まれてきたんだろう。その答えを今宵も月に問いながら、彼は旅を続ける。
-
冷たい秋風が吹く、満月の夜。
ボクは、自分がさっきまで眠っていた古びた棺を見下ろしていた。
風が葉を擦る音しかしない静寂の闇の中。ボクはいた。
此処はとある場所の地下墓地。ボクがさっきまで眠っていた場所だ。
何ヶ月、何十年、いや、何百年、もしかしたらそれ以上眠っていたのかもしれない。
何故目を覚ましたのかは分からない。
…目を覚ますつもりなんかなかった。
だけど、月が、ボクをこの世に呼んだ。
ボクはゆっくりと階段を上がり、地上に出る。
冷たい風が吹きつける。
風の香りと月の姿から、冬の直前だと悟った。
第1話 Written by Rei
ボクはいつもの場所に向かっていた。
まだ魔力がもどっていないので蝙蝠に変身はできない。だから徒歩だ。
目的地はボクが眠っていた場所からさほど遠くない場所にある、街外れの墓地。
途中、街に寄って彼女の好きな白い花を一本だけ買った。
街の様子はボクが眠りにつく前とさほど変わっていなかった。
見覚えのある建物が多少古くなっただけだ。
相変わらず娼婦はウロついてるし、ゴミを荒らす野良猫も変わっていなかった。
花を買った店の店員から日付を聞くと、ボクが眠っていたのは5年〜10年程度だろう。
詳しい年月は分からない。何せ、ボクは日付に興味がない。
だって、そうだろう? 永遠に繰り返すだけの日々に、暦なんか必要ない。
夜を知らせてくれる月さえ存在すれば、あとは何も必要ないのだよ。
頬を撫でる風が冷たい。
ボクは黒いロングコートの前を閉めると、森の中にある墓地に入っていった。
今はもう…誰も訪れることのない寂れた墓地。
やがて、自然に還り、世界から忘れ去られてしまうのも時間の問題であろう場所。
ボクは迷わず墓地の奥に進む。
――…ああ、あった。
「Reeshya」(リーシャ)、と書かれた十字の墓石。
その文字は掠れ、そして森の木々に侵食されているが、何とか読み取れる。
「リーシャ、久しぶりだね。」
ボクはニッコリと微笑むと、彼女の墓に一輪の白い花を置いた。
リーシャ。
リーシャ・アナシスタ。
ボクが最も、愛した人だ。
※
リーシャと出会ったのも、そう――満月の夜だった。
もう、彼女と過ごした日々は何百年も昔のことだが、まるで昨日の事のように
感じる時もある。これだけ長い間生きていると、時間の感覚なんてまるでない。
だけどボクは彼女を失ってから、一度も彼女の顔や声を忘れたことはない。
…忘れるはずはない。ボクの一番愛しい人は、ボクが殺したも同然なのだから。
※
吸血鬼と人間の共存世界。
それは今となっては伝説の話だが、そんな時代は確かに存在した。
ボクの生まれは純血の吸血鬼一族として知られたフォルティンネン家だ。
大昔、吸血鬼界の最高権力者であった父、ラザロア・フォルティンネンと
人間界の初代フランス王家は吸血鬼と人間との共存の誓約書を立てた。
しかし、人間の世界を冒さない変わりに、罪人や不要な人間を「生贄」として受け取る。
両者平等に共存することをここに誓う――…等と書かれた誓約書は、表面上のものでしかなかった。
実際は人間は吸血鬼を忌み嫌い、怯えていた。
何度も人間達は吸血鬼を滅ぼそうと策謀したが、そのどれも成功しなかった。
剣を振り回すことしかできない人間の足掻きなど、ボク達吸血鬼にとって虫を踏み潰す事と同等な位たやすいことだった。
やがて人間は平穏を得るため、吸血鬼との争いを暗黙の了解に避けるようになる。
大人しく生贄を差し出していれば平穏な生活が得られるのならそれに従うのが利口、一部を除く大多数の人間はそう考えたのだった。 吸血鬼が生贄だけでは物足りずに制約を破り、生贄以外の人間を襲ったとしても不幸な出来事として片付けられていた。
しかし、そんな時代も長くは続かなかった。
人間達は100歳にも満たずに死んでいく。
次々に王が変わり、新しい世界に生まれ変わる。
こうして何百年、何千年――繰り返される人間世界の中で、
時代の流れと共に自然と吸血鬼達の力は衰えていき、吸血鬼の最高峰といわれたラザロア・フォルティンネンも
遂に自ら眠りにつく。そしてやがて人間の世界で吸血鬼の存在は薄れ、その存在は「伝説」へと変化していったのだ。
やがて、フォルティンネン家を初めとする残った吸血鬼は貴族として人間の生活の中に溶け込んでいったのだった。
そして、ついに、運命の夜が訪れた。
あの日――美しい満月の夜。
ボクは特に意味もなく屋敷の回りを散歩していた。
フォルティンネン家の屋敷は森の奥深くにあった。
その森は街では一度立ち入ったら出られないという噂があり人間は滅多に近づかない。
しかし、ある日の夜、森の奥にある大きな木の下に1人の女性が座っていたのだ。
ほんとうに、珍しいことだった。
白いドレスを着た、色白の若い女性。
腰まである艶のある栗色の髪。
その身なりから、身分の高い娘だと知れた。
ただ月を見上げているその姿が、とても美しかった。
「何をやってるんだい」
ボクはすぐに話しかけた。
もし彼女を見つけたのがボクじゃなく屋敷の者だったら、完全に「食事」にされていただろう。
「きゃぁ! …びっくりした。 こんばんは。月を見ているの。」
彼女は急に声をかけられたことに驚き、大きな目を一瞬丸くした。
それからニッコリと愛らしく笑うと、またすぐに視線を月に戻した。
「こんなところにいると危ないよ。早く帰ったほうがいい。」
ボクがそう言っても、彼女は特に何も気にしていない様子で月を眺めていた。
「大丈夫。ところであなたは?何しにきたの?」
ようやく、彼女がボクに顔を向けた。
月の光が白い肌を照らす。
「…ボクは、散歩していただけだ。この近くにボクの屋敷があるんだ。」
「そうなの、この近くに住んでいるのね。」
彼女がニッコリと微笑む。
ボクは頷いた。
「君は? 見る所によると、身分の高い者のようだけれど」
ボクが聞くと彼女はおかしそうに笑った。
「私は、リーシャ。王宮の三番目の王女よ。王宮を抜け出してきたの。内緒よ」
口元に人差し指を当て、悪戯な笑みを浮かべる彼女。
彼女…リーシャは、そう、王女だった。
ボクは驚いた。
「抜け出してきたって…いいのかい? 王女の君がこんなとこにいるなんて」
リーシャは頭を横に振った。
「いいの。三番目のあたしのことなんて誰も気にしていないから。 ところで、あなたの名前は?
ねえ、お友達になりましょう。あたし友達いないの。」
彼女が立ち上がり、服についた汚れを払う。
友達になろう、と。
ボクが吸血鬼だと知らずに無知な王女はそう言った。
ボクもニッコリと微笑んだ。
「ボクはレイ、だ。 よろしく、リーシャ。」
これがボクとリーシャの出会いだった。
※
ボクとリーシャがただの”友達”ではなくなるまで、そう時間はかからなかった。
ボクはリーシャの美しい姿と、王女とは思えぬ素直で無邪気な様子に
すぐに惹かれたし彼女も同じようにボクを徐々に受け入れた。
ちゃんとした口約束なんか交わしてなかったけど
ボクたちは互いの存在を何よりも大切なモノとしていた。
毎晩王宮を抜け出してくる彼女と並んで、毎日月を眺めながらいろんな話をした。
そしてある晩、ボクはついに自分が吸血鬼だということを話した。
いつまでも黙っている訳にはいかなかった。
人間の王女と吸血鬼。幸せになれるはずのない恋だったから。
しかし、リーシャは全く表情を変えなかった。
相変わらずの無邪気な笑みを浮かべてこういった。
「そう。でも、そんなの関係ないわ。私は、あなたが吸血鬼であろうとなんだろうと関係ない。レイ・フォルティが好きなんだもの。あなたが私を食べようとしているのなら、別だけどね。」
なんていって、いつものように笑う彼女。
ボクはこの時思ったんだ。
心から愛しい――と。
だけど幸せな時間は長くは続かなかった。
リーシャの父親、つまり王が、リーシャとボクとの密会に気がついたのだ。
…許されるはずがない。リーシャには既に決められた婚約者が存在したのだ。
それに王はその時はまだボクの正体に気がついていなかったが、それも時間の問題だった。
ボクたちは、いつもの場所で、もう逢わない事を誓った。
抱き合い、涙を流しながら、ボクの腕の中でリーシャは言った。
「…愛してるわ、レイ…」
ボクはそっと両腕で彼女の体を引き離した。
「違うだろ、リーシャ。さようなら、だよ。もうボクのことは忘れるんだ。婚約者と幸せになるんだ。」
無理して笑顔を作り、まるで子供をあやすみたいに、ボクはリーシャの頭を撫でた。
それからボクはそっと手を離すと、彼女に背を向けた。
「さようなら、リーシャ。幸せになるんだ。」
ボクは歩き出そうとした。
しかし華奢な腕が、力いっぱいボクの背中を抱きしめた。
「無理よ、無理よ…レイ… あなたと離れるなんて嫌。 あなたと離れるくらいなら、わたしは王女をという身分を捨てるわ…! あなたと一緒にいたい。レイ。お願い、お願い、行かないで…」
彼女の体が震えているのが伝わってくる。
「いや、リーシャ、ぼくたちは、もう―…」
おしまいだ。
そう口にすることは、出来なかった。
その変わりにボクは体を反転させ、リーシャを抱きしめた。
そしてそのまま彼女の唇を塞ぐ。
月の下、お互い涙を流しながら長い長い口付けを交わした。
愛おしくて
愛おしくて
何度も何度も名前を呼んだ。
そして月に誓った。
僕達は永遠に離れる事はないと。
…でも、ボクもリーシャも、どこかで分かっていたんだ。
その誓いが、果たされる事はないと――…
続
-
2009/02/16(Mon)01:45:27 公開 / 藤倉さくら
■この作品の著作権は藤倉さくらさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。