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『ジョビネル・エリンギ3 第一話』 作者:木沢井 / 未分類 ファンタジー
全角121189.5文字
容量242379 bytes
原稿用紙約416.45枚
 大事なことは少ない。人の一生は短いのだから当然のことだと、少年はかつて教わった。それさえ見失わなければ何も恐れることはないと。少年は、自分なりにその言葉を解釈し、やがて青年となった時にはただ一つの指針としていた。何があっても自分の道は自分で選び、進むのだと。
第一話【隻眼の青年】


 頃合いは夜。動かなくても蒸し暑い、真夏の夜だ。
 日は未だ沈まず、その中を各々の仕事を終えた人々が、当たり前のように自宅の扉を開き、温かな、あるいはそうでもない家庭へと戻っていく。
 そんなどこにでもあるような光景の最中、『それ』もまた扉を開いた。
「…………!」
 錆びついた蝶番独特の音に彼女は料理の手を止め、右手を左肩に伸ばす。不安を感じると無意識に肩まで垂らした髪を弄るのは、彼女の癖であった。
「まさか……」
 指先に赤毛を絡ませ、小さく呟いた彼女は足音を忍ばせて居間の方へと向う。
「戻って、来たの?」
 彼女は、今日ほど扉が開閉する音を恐れたことはなかった。
 絡ませたりする程度だった右手が強く、まとめた髪を握る。
「なん、で――」
 鍵は、かけてあった。
 何度も何度も何度も何度も何度も、念入りに確認した上でかけた。壊れたから今日中にと、村の鍛冶屋に新しいものを作らせて。
「…………」
 だというのに、『それ』は手入れの行き届いた戸口に立つ。その右手には、歪に変形したドアノブが握られている。
 皮肉にも、彼女はその光景を見た瞬間に思い出していた。
 目の前にいる『それ』に、鍵など無意味だということを。
「…………」
 古い床板が、ゆっくりと床板が軋んだ音を立てる。
 小さな素足を引きずるように動かし、『それ』が近づいてくる。
 ――逃げなければ。
「…………っ」
 危機感に衝き動かされた時、初めて彼女は自分が足を揃えるような形で床に座っていたことに気付いた。
 知らず知らずのうちに、腰が抜けていたのだ。
「……やっ!」
 必死になって遠ざかろうとする。足が動かないのだと理解し、腕を使って移動するのだが、床板を軋ませながらこちらに迫る『それ』から逃げ切れるほどの速さではない。
 すぐ目の前は壁。窓もなく、扉は向かい側で無情にも閉じられていた。
 逃げ場は、完全になくなっていたのだ。
「……ああするしか、なかったの」
 状況を悟った彼女が震える声で紡いだのは、眼前の存在に対する自己弁護。
「だって、そうでしょう? ああしなかったら、二人とも、あいつらに殺されてたかもしれない、し……」
 自己弁護が、開き直りに近くなった。「ね、ねえ、聞いて?」と、彼女は媚びるような笑顔を浮かべる。
「わ、わたしだってね、本当は、本当はあんなこと、したくなかったの! ……でも、やっぱり駄目なの」
 ゆるゆると歩み寄る者は、一瞬立ち止まる。
「よく聞いて」
 滅茶苦茶な鼓動を抑えようと左胸に手を当て、彼女は少し躊躇い――そして、息を吸う。
「わたしは、貴女が怖いの」
「…………」
 彼女の言葉が発された時、『それ』は立ち止まったまま動かなくなった。
 思い切って吐露したのを契機に、彼女は饒舌になる。
「最初は、貴女のことを知って、ずっと守ってあげたいって、そう思ってたわ。でも、だけど、貴女は、やっぱり皆が言うように“化け物”で、どれだけわたしが庇っても無駄で、それどころか危険だって分かったら……」
 ごくりと、女は唾を飲む。
 ここまできたら、言うしかない。
「誰かに、どこかに押し付けるしか、ないでしょう……?」
「…………」
 長の沈黙を保っていたが、
「ひ……っ」
 『それ』は、不意に緩慢な動作で歩き出す。
 それに驚き、遅れて必死に言葉を探す。
「ち、力になってあげられなかったことは、謝るわ。ごめんなさい。――だからお願い、もうわたしには関わらないで。もう二度と、ここに来ないで」
「…………」
 都合のいいように言葉を繰るが、それは結局、すぐそこにまで迫るものには何の効果も齎さなかった。
「…………」
 戸口に立っていたが、いつの間にかすぐ目の前にいる。
 塗り潰された義眼のような眼が、こちらをじっと見つめている。
 両手が、差し出される。
「…………」
「あ、待っ――」
 絶叫が、壁を貫き村中に響いた。





 広大なるジィグネアル大陸の、南東の端。リグニア王国。
 季節は秋。真夏の照りつける日差しは鳴りをひそめ、穏やかな陽光が降り注ぐ。
 頃合いは昼前。沸き立つ入道雲と入れ違いに空を白く彩る鰯雲が、平地を埋める色づいた森に幾つもの影を作る。
 そんな秋空の下、森を分割するかのように拓き、舗装された街道を一台の三頭立ての馬車が、土埃を上げて進んでいた。
「お客さん方、じきレングスが見えてきますぜ」
 顎鬚を蓄えた男が、向かい合って座っている乗客に声をかけた。乗合馬車だったのだ。
 乗客の数は十人ほど。私営の乗合馬車としては、多い部類に入る。そのためか、御者の表情も心なしか綻んでいた。
(いつかは俺も、幾つもの馬車を持てるような元締めになりたいぜ……)
 などと思いつつ、御者である男は馬達が勝手な方向に走ったりしないよう気を払う。
 何度も往復してきた経験から、森を抜けるまで何秒かかるか、御者は遊び心から数え始める。
(さて、と。十、九、八、七、六、五、四、三――)

 ――赤や黄、緑に囲まれていた視界が一気に開け、陽光が一直線に降り注いでくる。

「っと、惜しい」
 小さく、独り呟く。
 微妙に予想が外れたが、鬱蒼とした森が一気に消えてなくなるあの瞬間はいつも心が弾む。特に今日のような、見事な秋晴れの時は格別であった。
 更に欲を言うのなら、とっくに収穫期を過ぎた麦畑よりは、収穫直前の初夏の麦畑なら最高である。今はむき出しの地面が顔を覗かせているだけだが、あの頃は森を抜けると同時に、くっきりと上下で区切られた青色と金色が目に飛び込んでくるのだ。
「……ま、また来年を迎えりゃあいいか」
 頭を切り替え、御者は仕事の顔に戻す。
 初めは遠くに見えるだけだった外壁で囲まれた町が、徐々に大きくなってきた。
 御者の頭の中では、この後の予定という名を借りた空想が頭をもたげ始めていた。
 馬達の餌や手入れが終わったら、久しぶりに酒でも飲もう。この時期ならぶどう酒は無理でも果実酒ぐらいなら期待できる。故郷の村でも今頃は林檎の収穫が終わっている頃だろう。客席に柔らかい布か皮でもあつらえれば、今よりも客の入りが望めるかもしれない――
(いや、それよりも一度……)
 取り留めのない思考が水泡のように溢れては消える内に、馬車は町の前に着いていた。
 レングスは盆地の底に造られた、人口約二千人の町である。特筆すべき産物は、せいぜい付近の山村が売りに来る蜂蜜が関の山。他の町や村落への行き交いもそこそこで、おおよその生活必需品は自分達で賄えている。大きな争いはないが、飛躍的な発展とも縁のない町。
 要するに、良くも悪くも平均的な行政区画の一つなのである。
「それでは、またのご利用を」
 御者は愛想のよい笑顔を浮かべ、次々と降りていく乗客らに告げていく。次の仕事に繋げるためには、こうした小さな努力が必要なのだ。
「さて、と……んぉ?」
 最後の乗客が降りていったと思った御者だったが、馬車の扉を閉めようとした時、おかしなことに気がついた。
「…………」
 一人、客席に残っているのだ。
(ああ、あの人か)
 誰だったか、と思うまでもなく、御者は即座にその人物のことを思い出す。
「だ、旦那? 寝てるんですかい?」
「――起きている」
 及び腰の御者に、無愛想な返事がよこされた。若者特有の張りと壮年特有の深みが混ざったような、重みのある男の声だった。
 旦那と呼ばれた人物は、声音以上に無愛想な表情をした、容貌鋭い銀髪の青年だった。
 利剣を思わせる眼、厳めしい口元、左眼を覆う眼帯。
 そうした剣呑な要素が肩にもたれせた長剣と混ざり合い、細い顔立ちに感じるはずの脆さや頼りなさを完全に打ち消して尚余る存在感や迫力を感じさせていた。腰掛けていても長身と分かる体躯をマントで覆い、足元には大きなずだ袋を置いている。
(やれやれ、もうちっと周りを気にしてくれたって罰ァ当たらんのに……)
 御者は、一つ前の町から乗った青年が自由騎士か傭兵の類であると、狭い経験から判断していた。他には無法者ぐらいしか、彼の知る『武装した人間』に該当する種類はなかったのである。
(どうして他の客の視線が気にならんのかね、この人は)
 内心ではそうこぼしつつ、男は青年に用件を伝える。
「レングスに着いたんですよ。ほら、早く降りて下さいって」
「……一つ、尋ねるが」
 と、御者の言葉を無視して青年は彼へと隻眼を向ける。
 射抜く――そんな表現が相応しい、鋭い眼だった。
「な、何を?」
 男の自分でも口説かれれば堕ちてしまいそうな視線を前に、御者は応じる。
 下手な女性よりも魅力を感じそうな青年に引き込まれなかったのは、青年が全身から漂わせる厳格な雰囲気を感じたからだ。
「この町には、あの山を越えた先にまで行ける乗合馬車はあるのか?」
 腰を下ろしたまま、青年は御者に問う。泰然としたその姿は、一介の傭兵とは思えないほどの貫禄に満ちていた。
 表情にしてもそうだが、この青年の纏う空気は鋭く、まるで鍛え抜かれた剣のようである。
 盗賊特有の卑しさの漂うものではなく、騎士のような自己への自身からくる堂々としたものでもない。
 只者ではないとしか言いようのない、そんな雰囲気を青年は漂わせていた。
「あ、あの向こうってぇと、アルトパですかい? そりゃあ、まあ……」
「どちらだ?」
 きっかり五秒経ってから、青年は言い知れぬ迫力を感じる声音で問う。考える猶予を与えていたらしい。
 まるで尋問官のような青年を前に、御者は何とか言葉を口にする。
「一応、いないこともないとは思うんですがね……たぶん、名乗り出る奴ァいないと思いますぜ?」
「む、山賊でも出るのか?」
 御者は舌を巻きたくなった。
 真っ直ぐに見据えている青年には、こちらの心が読めるのだろうか。
「いや、実はですね……ええまあ、そうなんです。あの辺に、傭兵崩れだとかいう、盗賊の類(たぐい)が出るんですよ」
 ――嫌な汗が出る。
 射抜くような視線は、依然としてこちらを見据えている。
 決して嘘は吐いていない。吐き通せる自信はないし、そもそもこの青年を納得させるだけの嘘なんて考えもつかない。
「あの……聞いてましたかい?」
「む」
 なんとも素っ気ない返事をすると、青年は立ち上がり、懐から何かを取り出す。
 ――武器ではあるまいな。
 一瞬そう考えたが、実際はもっと穏便なものが出てきた。
「ならアルトパまでとは言わん。この金で行けるところまで、俺の指示に沿って運べ」
 青年が握らせたものは、手垢で少々黒ずんでいるが――
「いぇえ!?」
「む?」
 ここいらでは滅多にお目にかかれない、金貨だった。
「む? どうした、いらんのか」
「……え、え?」
 なら仕方がない――そう言って、青年が手を懐に戻そうとした瞬間、
「わわっ、待った待った!」
 御者は、慌てて青年の腕に縋る。取り繕うためにか、少々品のない笑顔を浮かべて。
(し、信じらんねえ……まさか、こんな田舎であれを拝めるなんてな)
 御者の頭の中で、古ぼけた算盤が忙(せわ)しなく動く。
 金貨をちらつかせてまで急ぐというからには、この青年には何か重大な秘密があるのかもしれない。
 しかし、それに関連する――ひいては、巻き込まれるかもしれない危険性と天秤にかけても、眼前で陽光を反射させる黄金色の貨幣の重みはそれに勝る。
 物珍しさ、というのも事実だが、それよりも御者を動かした理由はこの金貨がリグニア製だということである。
 『武力』でも『政治』でもなく、『商業』によって長きに亘りその名をジィグネアル全土に知らしめる大国、リグニア。国内のみならず国外の市場においても強力な影響力を持つこの国が鋳造した貨幣の信用度は、同じ五大国のそれと比べても比類ないものを誇っている。
 端的に表せば、この金貨一枚で平均的な四人家族の農民は半年近く遊んで暮らせるし、御者程度の人間でも主都に庭付きの家を構えることも不可能ではない。
 それだけの価値と魅力を秘めた輝きが、すぐ目の前に、手を伸ばせば届くような場所に、ある。
「……まあ、待って下さいって。そうせっつかないで下さいよ。俺が断るだなんて、いつ言いましたね?」
「さっきまで、顔がそう語っていたがな」
 うぐっ、と御者は顔を押える。
「む、今のは嘘だ」
「…………」
 顔を押えたまま、御者は沈黙すること十数秒。
「どうやら、乗り気ではないようだな」
「いやいやいやいや!?」
 脱兎もかくや、と思うほどに、御者が青年に縋りつくのは速かった。
「無理せずともいい、俺は別の人間に頼む」
「やります! 是非やらせて下さい!」
 金貨を前になりふり構っていられないのか、御者は正視をためらうような行動に出た。
「どんなに辛くても俺平気ですからぁ、その仕事俺にやらせて下さいよぉ〜」
 その名もずばり、泣き落としである。
「……む、分かった」
 やはり青年も御者の醜態には耐えかねたか、無愛想な表情そのままに頷く。
「……そんかわし、金貨は前払いで頂きますぜ」
「む」
 泣き顔から一転、御者は商売人の顔に戻る。外見は三十を過ぎたぐらいだが、先刻のアレを平然とやってのけるだけの修羅場はくぐってきたのだろう。主に馬車の購入前まで。
「む、受け取れ」
 ちゃら、と黒ずんだ金貨を握り締め、御者は愛想よく笑う。
「へへっ、毎度」

 そんな自らの選択を、御者は途轍もなく後悔することとなるのであった。

「……へへへっ」
 町の出入り口に広げていた小汚い露天商が、怪しく笑う。


 夕日射す林道を、青年だけを乗せた乗合馬車は走る。
 頃合は夕暮れ。天が燃えているかのような夕焼けに対し、空気は僅かに肌寒く、数日前までの夏の日差しを偲ばせる。
「…………」
「どうです、旦那もお一つ」
 夕陽が落とす影の中、鼻歌交じりにレングスで買っていた熟しすぎたを林檎を頬張っていた御者は、まだ手を付けていない三つのうちの一つを青年に差し出す。青年は呼び方に関して特にこだわりを持っていないのか、『旦那』という呼称を訂正させる気配は一向にない。
「美味しいですよ、これ。ちっと食べ頃を過ぎてますけど」
「…………」
 御者が問いかけるも、青年は腕を組んだ姿勢で御者台に腰掛け、ただ遠くを見つめている。こうやってみると、傭兵の血腥(なまぐさ)さからは程遠い、この世の真理に挑まんとする哲学者のようにも見えるのだから不思議なものだ。
(話しかけたってずっとこのまんま、本当に――)
 ――この男は、一体何者なんだろうか。
 そんな疑問が、御者の頭に自然と湧き上がる。
 服装や荷物から判断するなら、やはり騎士や傭兵の類なのだろうが、何故かこの青年が他人に跪く姿は想像できない。むしろ逆に、大勢の人間を束ねる地位に在るように思える。
 それに、先刻感じた学者を思わせる雰囲気の正体も分からない。以前、ふとしたきっかけで知り合った傭兵には、ここまでの知性は感じられなかった。
(……まさか、どっかの貴族か……王様?)
 突飛過ぎる発想だったが、それなら金貨の説明がつくし、正体不明の迫力や知性も血筋や教育によるものなら納得がいく。
(訊いてみる価値は……充分に、あるよな)
 少しぶよぶよした林檎を頬張るのも忘れて耽っていた空想は、より現実味を伴って喉元を通り、口に出ようとする。
 もしも王侯貴族であるなら、一枚の金貨などでは及びもつかない天国の門が、扉を開けて待っている。
「あ――」
「甘いものは、さほど好かん」
 口を開こうとした瞬間、何やら分厚い板で挟んだ紙の束を取り出し、黙って見つめていた青年は、御者に目を向けることなく遮った。
「あ……そ、そうなんですかい」
「む」
 張りと深みが同居した重い呟きを、青年は発する。
「過剰に甘い食物は、健康を害するからな」
「…………」
 どうやら、この青年は健康志向らしい――それが、御者の得た情報であった。
「ところで、何を見ていらっしゃるんで?」
 気まずい空気を察し、話題転換を図ろうとした御者に、青年は「本だ」と答える。
「へえ、これが。……ちなみに、どんな話なんで?」
「聞くだけ無駄だ。お前では理解できん」
 身も蓋もない言い方であった。
「な……! し、失礼ですぜ旦那。こう見えても俺、それなりには字が読めるんですぜ?」
 そう言って、息巻く御者は身を僅かに乗り出して青年の紙束――本を目にする。
「…………」
「…………あのー、旦那?」
 目にした瞬間、御者は数秒間硬直してしまった。
 所狭しと殴り書きされているのは、奇怪な絵らしきものと数字の集合体であった。
「何です、これ?」
「言ったはずだ。見ても、お前では理解できん」
 結局、これ以上見ていると頭痛がしそうなので御者は青年の持っている本を読むのを諦め、仲良く蹄の音を鳴らす馬達に視線を戻した。
「む。その方が賢明だ」


 静寂。そう表現するに相応しい空気が御者を包んでいた。
 ――全ての元凶は、青年の無茶な要求だった。
(……何で俺、こんな所にいるんだろう)
 そう後悔していた矢先、すぐ近くで草むらが揺れると御者は小さく裏返った声を上げた。
(じ、冗談じゃない。こんな所を夜通し進ませるなんて)
 馬車が進んでいるのは平坦な街道ではなく、まだ充分な舗装のされていない山道であった。
 比較的安全な迂回路を利用したい、という御者の提案は、青年によってにべもなく断られることとなった。
「急いでいる身でな。可能ならば夜間も最短距離を進んでもらいたい」
「あのぉ……できるなら――」
「できんな」
 こちらの言いたいことなど、全て分かっているのだろう。青年の言葉は短く、それだけに鋼の意志を感じさせる。
「そ、そう言われましてもねえ、この辺にゃあ山賊が出るんですぜ?」
「知っていて受け取ったのだろう」
「……ぐ」
 取り付く島もないとは、まさにこのことである。
「受け取った以上はそれに見合う働きをしてみせろ。それが商人だろう」
「…………」
 そこまで言われては、引き下がることなどできない。商人にも誇りや面子というものがあるのだ。
「……いいでしょう。それを言われちゃあ俺も引き下がれやせん」
 馬鹿で上等。金貨云々よりも、引き受けた仕事を逃げるようでは自分の未来がない気がしたのだ。
「この俺が、責任を持って旦那を無事アルトパまで運ばしていただきやすっ」
「む」
 頼むぞ。
 今の頷きにはそう込められていたと、御者は疑わなかった。
 それだけで、意味もなく発奮するのだから人間とは安いものだ。
「さぁて! こうなりゃこんな山道、さっさと進んじまいまさァ! あまりにも速過ぎて、流石の旦那――」
「黙れ」
「……すみません」
 御者の気炎は、一瞬にして鎮火されたのであった。
「そうですよね、いくら何でも、今のはちょっと馴れ馴れし過ぎでしたよね」
「違う」
「え?」
「見ろ」
 青年は、そう言ってすぐ目の前を示す。
「え?――ヒィい……!」
 ようやく事態を飲み込んだ御者は、思わず裏返った悲鳴を上げる。
 篝(かがり)火(び)を手に、周囲を取り囲む強面の男達。
 彼らの手にあるのは、伐採用の斧に鉈、錆びだらけの剣、弓矢に棍棒……いずれも、凶悪な武器だ。
 御者の知る職業で、こうした『仕事道具』を持ち歩くのはただ一種類のみ。
(さ、山賊……!)
 最悪の状況で、最悪な集団に遭遇してしまった。
 頃合いは宵の口。薄暗い森はまるで曇天のように星明りも月明かりも枝葉で遮ってしまい、当然の襲撃者の姿を殆ど隠してしまっている。
 そして何より、ここは山の頂上付近だ。
 強引に引き返そう突破しようと距離に殆ど差はなく、逃げ切れる自信はない。
「畜生、最悪だ」
 悪態が口を吐くが、そんなことをしている場合ではない。
 最初の襲撃からどれほど時間が経過しているのか分からないが、山賊達は一気に襲い掛かったりせず、逃げられないよう包囲の輪を縮めているらしい。
 無計画な連中が殆どであるはずなのに、妙に周到な作戦であった。
「…………」
 そんな最中にあって、青年の表情は微塵も揺るがない。この男は、状況が全く分かっていないのだろうか。
 根拠の無い考えだったが、段々と苛立たしさが腹の底から沸き立つ。
 おい、手前――そう怒鳴りつけようとした矢先、青年は御者の襟首を掴んで馬車の中へと放り投げた。
「っ、お!?」
 当然、何の準備も気構えもできていなかった御者は、抵抗する暇もなく背中を強かに打ち、ついでに後頭部も痛めた。
「な、何を――」
 言いかけて、御者は絶句した。
 つい先刻まで自分が立っていた場所には、一本の矢が深々と突き刺さっていた。
「む、中々の腕前だ」
「んなこと言ってる場合じゃあないでしょ!?」
 すぐ近くに矢が刺さったにも拘(かかわ)らず、青年の様子は平時と全く変わっていない。傭兵とは皆このようなのかと、御者は場違いな空想をしてしまう。
「中に隠れていろ」
「ちょ――分かりました」
 そんな最中、青年が言葉短く告げる。その迫力に、御者は一も二もなく従った。
「…………?」
 そんな折、御者の傍に何かが投げられる。青年のマントであった。
「扉を閉めていろ。俺が呼ぶまで開くな」
「…………」
 どこまでも簡潔に用件だけをまとめた言葉は、しばらくの間、御者の耳に残っていた。


 静寂が、再び周囲を包む。
「……声が、やんだ?」
 おそるおそる、床から立ち上がる。
 嵐が通り過ぎるのを待つように必死になって耳を塞ぎ、固く眼を閉じていたこともあってか、御者には外で何が起きたか分からない。
「…………」
 周囲を取り巻く沈黙に、御者は嫌な予感がした。
 詳しい人数は知らないが、少なくとも単独でどうこうできるとは思えない。
(まさか、山賊に殺(や)られたんじゃないのだろうな……)
 扉に手をかけようとした時、更に嫌な想像が頭をもたげる。瞼の裏に焼きついた山賊の姿が具体的な恐怖となり、より一層の現実味を帯びる。
 あまり面識がないとはいえ、知っている人間が無残にも殺されている光景に、思わず吐き気がこみ上げる。
「うぷ、……っあ」
 こみ上げる喉の不快感を飲み下し、何とか考えを別の方向へ反らす。
 もしかして、あの青年は初めから山賊の仲間で、あの金貨は自分を騙すための道具だったのではないか――
「……ないな」
 そうならば、今頃自分は死んでいるし、ポケットに入れていた金貨もなくなっていたはずだ。
(じゃあやっぱり……いや、それはねえって!)
 と、御者が躍起になって怖気をふるう想像を追い払おうとしていた時、
「!」
 御者台の扉が、静かに開いた。
「……む」
「……あ?」
 僅かな明かりを背後に、隻眼の青年は変わらぬ貫禄と重い呟きを伴ってこちらを見ていた。初めて知ったが、左肩にのみ、防具らしきものがベルトで装着されている。   
「……だ、旦那!? 無事だったんですかい? 奴らは?」
「追い払った」
 御者の質問に半分だけ答え、青年は御者台に出ようとする彼と入れ違いに馬車へと入る。
「旦那?」
「む……。少し、疲れた。しばらく休息をとる」
 昼間よりも若干声に張りのない青年は、客席へと乱暴に横たわり、やがて死んだように動かなくなった。
「旦那」
「…………」
「…………」
 何かを言いかけ、御者はやめた。自分もそうであるように、あの青年にも誇りや面子があるのだろう。
「……なるべく、安全運転で行かしてもらいますよ」
 今、御者にできることは、寝息さえ聞こえない眠れる青年を起こさぬよう、ひっそりと馬車を安全そうな所まで運ぶことだけであった。





 *アルバート・フレッチャー著『リグニア史大全[』より一部引用。
 アルトパは、軍事大国ヴァンダルとの国境に程近い、辺境の都市である。
 かつては数多(あまた)ある都市国家の一つであったが、数十年前の“統一運動”と呼ばれる大規模な政策(という名を借りた、大規模な侵略行為、と言う者もいる)が各大国で行われた際、その魅力的な資源を東の商業大国リグニアと西の軍事国家ヴァンダル帝国に狙われた末に呆気なくそれぞれの側から攻め滅ぼされてしまった。
 その結果、軍事力に関しては群を抜いているヴァンダルであったが、資金力で遥かに勝るリグニアが当時行われていた両国合同の道路事業での資金を全面負担することを条件に、公暦一〇八四年に正式に譲渡した。
 ――ここで重要となるのは、リグニアがアルトパ側の意見を一切無視し、ヴァンダルから『競り落とした』ということである。
 この問題は後々に『アルトパ問題』として、未だ両国間の摩擦を生み出す要因の一つとなっている。


「……へえ、そんなことがあったなんて、俺ァ知りませんでしたよ」
 青年からアルトパの歴史を聞かされていた御者は、ぼんやりと丘の上からアルトパの町に目をやる。
 元々は一国の都であったこともあってか、平原の真ん中に造られた、堀と歪んだ円形の壁に囲まれた町の中は立ち並ぶ建築物が所狭しと埋め尽くしている。外縁部分では、畑仕事に勤しむ人々が豆粒ほどの大きさで見える。
「この界隈じゃ一番大きな町、ってぐらいにしか思ってなかったんですが……元は、一個の国の真ん中だったのか」
「む」
 ほぼ一日走り通しだった馬達は一声上げ、休ませろと催促しつつも二人をアルトパの堀の手前まで運ぶ。
「いやぁ、勉強になりました。旦那は何でもご存じですなぁ」
「む、そうか」
 上機嫌な御者を他所に青年はずだ袋の中身を確認し終えてそこにマントを捻じ込み、肩に担ぐ。馬車では身にもたれさせていた長剣は、主の左腰に下げられている。
「助かった。礼を言う」
「なに、この世は持ちつ持たれつでさァ」
 青年の口から初めて聞いた人間らしい台詞に、御者は破顔する。金貨の時に卑しい笑みを浮かべていたとは思えない、見事な笑顔であった。
「旦那は、この町には?」
「数日は滞在する」
 それがどうかしたのか、と青年は問う。
「実はですね、結構な収入も入りましたしこいつも疲れてると思うんで、俺もこの町でしばらく休んでいこうと思うんですよ」
「そうか」
 短く言って、青年は御者の横を通り過ぎる。
「? 旦那?」
「お前とはこれまでだ。……縁があれば、再会もあろう」
 来るな。
 青年が残した言葉には、今度はそんな響きが感じられた。


 入り口に設けられた詰め所では、綿密な検査が御者を待っていた。
 特に時間を要したのが、疫病の有無に関するものだった。
 過去に大流行した流行病が原因で幾つもの都市や小国が滅んだことに端を発し、それ以後リグニアやヴァンダルといった五大国では、旅人や行商人の経路を記録とその確認をするための特殊な手形を発布し、人々や物資の出入りを著しく規制したのであった。
 ましてや、アルトパは国境沿いの都市である。他国から来たという人や物に対しては特に検査が厳しく、一昼夜を過ぎてからようやく入ることが許された、などという事例もあるが、流石にそのようなことは稀だ。
 余談だが、青年を運んできた御者も当然ながら手形を持っており、そこから彼の行き来する土地で流行病がないかを念入りに調べ上げられた後、やっと許可が下りた。


「ふう……」
 御者が町に入るための手続きを終えた頃には、既に昼となっていた。
「ったく、仕方ないにしても堪ったもんじゃねえな」
 不満を口にしつつ、御者は食堂へと行く前に馬車を預けようと、宿場の近くにある停留所に向かう。各区が蜘蛛の巣状に区切られているアルトパでは、宿泊施設も集中している。
「しかし……随分と賑やかな町だな」
 呟いて、御者は周囲を見渡す。
 国境のすぐ近くにあるためか、様々な職種の店が軒を連ねる街路は思っていたよりも賑わっていた。見れば、行商人達も喧噪の中に混ざっている。あれほど面倒な検査があるというのに、よく来る気になったな、と密かに御者は思う。
「まあいい。まずはさっさとお前達を預けて飯でも食うか」
 気を取り直すと、御者は独り寂しく呟く。謎多き青年と別れた今、話す相手は目の前の馬三頭しかいなかった。
「…………」
 ふと、御者は理由もなく悲しさを覚えた。
「……折角、金貨なんて物を手に入れたんだし、嫁でも探すか?」

 ――おうフレディ! お前も結婚したらどうだっ!? 嫁はいいぞぉ。辛さは倍だが、幸せはそれ以上だ!!――

 つい先日、結婚したばかりの同業者の言葉だった。ちなみに、年齢は御者と一つ違いである。上か下かは想像にお任せしよう。
「するにしたって、相手がいないんじゃなぁ」
 ははっ、と乾いた笑い声を上げた御者だったが、
「――っおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!??」
「! おい何だ、危ないだろ!?」
 苦情さえ耳に入らぬまま、御者は首を後ろに捻り、絶叫する面具のような顔で硬直していた。
「……神様ってな、いるもんなんだな……」
 呆然とした呟きは、しかし驚嘆の対象には届かなかった。
「…………」
 藍色の髪が、ゆらゆらと歩調に合わせて踊る。


 頃合は昼前。空は独特の澄み切った色合いだが、秋になってからまだ日が浅いためか、じっとりと汗ばむような暑さがアルトパの町を包んでいた。
「む……」
 その一角、ひなびた食堂の入り口に銀髪の青年はいた。その身を包んでいるのは、機能性と丈夫さだけを優先した旅装と、左肩だけを覆う簡素な防具だけであった。
「ご注文、決まりました?」
「む、そうだな……麦パンを三つ、それと適当に安いのを幾つか頼む」
「あいよ! 毎度ど〜も!」
 愛想のいい店員の声を背中に受けて、青年は食堂の隅の、小さな机に向かう。
 その時だった。
「よォ」
「……む」
 青年が向かう先の隣から、声をかけた人物がいた。
「あんただよ、あんた。そこの銀髪の兄ちゃん」
 その人物は青年が視線を向けると、食べかけの料理を乗せた皿をどかしてそこに肘をつき、白い歯を見せて笑った。服がきつそうなほどの体格の割に、顔立ちは少年のようである。何とも妙な人物だ。もし狼が笑うことができれば、こういう表情をになるのかもしれない。
 腰かけたまま、どこか狼を連想させる童顔男は青年を見上げて言う。
「珍しいねえ、白髪ってのはよく見るけど、あんたみたいな銀髪は初めて見るよ。どっか、寒い所の生まれなのかい?」
「…………」
 馴れ馴れしく話しかけてくる体格のいい童顔男を歯牙にもかけず、青年は奥まった席に担いでいたずた袋を放り、その隣に腰を下ろす。徹頭徹尾、接触を拒む青年の振る舞いに、童顔男は「違うんだよ、変な勘違いとかしないでくれ」と肩をすくめて言う。
「こんなこと言ってもあんた信じそうにないけどさ。実は俺、あんたに儲かる話を教えたいんだよ」
「…………」
 青年が何も言わないのをこれ幸いにと、童顔男はそのまま話を続ける。
「あんたみたいな腕利きっぽい奴を、俺は大勢募集してるんだ。報酬は一日に銀貨コレだけ出す。悪くない話だと思うぜ?」
 童顔男が指で示した金額に食堂の一角がどよめき、それが少しずつ連鎖していく。
「まあ、気が向いたらこの先にある『トムソンの牛亭』って宿まで来てくれ。夕方ぐらいならいつもいるからよ」
 じゃあな、と言って童顔男は席を立ち、そのまま出て行こうとしたのだが、
「待て」
「?」
 青年が、童顔男を呼び止めたのだ。
「どした? やっぱり受けんのか?」
「それはどうでもいい。俺が知りたいことは限られている」
 半ば会話が成立していない状況下、青年は隻眼を真っ直ぐ童顔男に向け、こう言った。
「セネアリスという、銀髪の女を知らんか?」


「――あのガキ、五日くらい前からあんたみたいな奴に声かけてんだよ」
 二人に遠慮してか、会話が終わるまで待っていた店員が、青年の頼んだ品と一緒に伝える。
「噂じゃあ、領主の蔵を狙ってる、なんて言われてるが……まあ、俺は関わらん方を勧めとくな。やるなら止めんが」
「…………」
 青年は店員の話を聞いている様子は微塵もなく、書き込み満載の本を読んでいる。三角や円、矢印が描かれているのは分かったが、それらが単独で描かれていたり組み合わされていたりと、複雑極まりない。
「――飯、置きますんで。ちょっと失礼してもらえます?」
「……む」
 隻眼で店員の姿を捉えた青年は、読んでいた本を閉じる。
「ベス! お客さん相手に何て口のきき方してんだ!?」
「うっせえなぁ、親父の影響だよ」
 厨房からの怒声を軽口で返して、『彼女』は歯茎を見せるように笑う。後頭部でまとめる髪型が似合う、さっぱりした容貌と服装の少女であった。
「…………」
 青年は一言も発さずに皿を受け取り、機械的に食べていた。
「さっき言ってたセネアリスって、誰なんだい?」
 青年の隣に乱暴に腰掛けた店員――ベスは、探るような目つきと口調で尋ねる。
「あ、言っとくけど俺は知らねえから。そんな珍しい名前、一度でも聞いたら忘れられねえしな」
 親父は? いや、知らん、という短い会話を経て、ベスは「だとさ」と笑う。
「――で、話を戻そう。セネアリスってな、あんたの何なんだい?」
「…………」
 青年は陰気臭くも見える表情のまま料理を口に運びつつ、時折匙で掬ったところで固るという、よく分からない行動を繰り返している。
「銀髪がどうのこうのって、さっき言ってたよな? じゃあアレか、あんたの家族とかか?」
 と妙に弾んだ口調のベスを青年は一瞥すると、
「……そうだ」
 短く、煩わしそうに答えて匙を口に含む。無愛想な対応ではあるが並々ならぬ存在感と貫録があり、整った容貌をしている青年は、それだけでも一幅の絵画か、彫像のようであった。
「へえ」
 相槌を打つベスの目は、とても眩しそうだ。綺麗なものを見ているような、憧れに満ちた眼差しだ。
「おいおい大将、まーたベスのアレが始まったぜ?」
「む」
「ち、違……っ!? 何言ってんだよ、トムソンさんっ!」
「まあ、ベスのアレはいつものことだからなぁ」
「いやでも待て、今回は上の……中か、その辺ぐらいか」
「じゃあ、今回は本気かねぇ」
「でも、相手は興味なさそうだぜ?」
「通算十九度目の玉砕か、気の毒に」
「あ、あんたらなぁ……!!」
「…………」
 何が『いつものこと』で、それが『どういうことなのか』に関して青年は興味を持った様子もなく、何故か上げていた視線を料理に戻す。
 彼にとって気を払うべき対象は、主観的には非常に熱過ぎるスープなのであった。


「この街に宿は?」
 青年は思い出したように店員を呼び止め、片付けをさせるついでにそう尋ねた。ベスとは違い、少々気の弱そうな男である。容貌は中の上あたりであるが、悲しいかな額が広い。表情と合わせて見ると、その原因がおぼろげながらに察せた。
「宿屋ですか? あるにはありますが――幾ら持ってるんです?」
無論、所持金のことである。
「クラン銀貨にして一一三枚。銅貨が九六枚。悪銭が十二枚だ」
「ってことは……三〇五〇クランですか」
 旅の傭兵にしては、まずまずの額を蓄えている。
 自作農なら約一ヵ月半、店持ちの商人なら一ヶ月は食べていける額である。ただし、生活水準を上げない場合の話だが。
「ちょっと待ってて下さい」
 そう伝えると、男の店員は一人の中年男性を呼んでくる。先ほどまでベスをからかい、右の頬に見事な一発を喰らっていた宿屋『トムソンの牛亭』の主人、トムソンである。
「いちち……ええと、どうも。トムソンです」
「む、ジークだ」
 作法に則り、青年――ジークも名乗る。
「所持金が三〇五〇クラン、でしたっけ?」
「そうだ」
 はいはい、と応じつつトムソンは左手を上げ――そこで何故か、恥ずかしそうに笑う。
「おっと失礼。つい自分の店かと」
「ほら算盤っ」
 その横から、ベスが慌ただしく食堂の算盤を持ってくる。何故か算盤は、木部の一箇所が不気味に変色していた。
「ったく、ここはお前の店じゃねえんだぞ。……あ、宿屋の話、上手くいくといいな」
「分かってるよ」
 はにかんだような笑顔でジークに手を振るベスを余所に、トムソンは慣れた手つきで算盤を弾く。
「で、滞在予定は?」
「長くても五日だ」
 更に指が動き、最後に人さし指の爪先が机を叩いて硬い音を立てる。終わったようだ。
「それでしたなら……こうなりますな」
「……む」
 弾き出された数字に、ジークの眉が僅かにしわを深める。
「食事付きか?」
「いえ、なしです」
「…………」
 思索を巡らせているのか、ジークは動かない。
 無理もないか、とトムソンは胸中で洩らす。
 宿屋の代金は、ジークの所持金を大きく上回っていたのだ。一泊だけなら可能かもしれないが、それでも彼の懐に暗い影を落とすのは明白であった。
(悪く思わんでくれ。こっちだって生きるのに必死なんだ)
 貼り付けた笑顔で隠しつつ、トムソンは暗い過去を思い出す。
 今を遡ること三十六年前。“統一運動”のうねりにアルトパが巻き込まれたとき、この土地を治めていた王が敗北し、リグニアが派遣した貴族が領主として治めることとなった。
 結果として、吸収されたアルトパは大国の様々な目新しい技術の導入や街道の整備によってリグニア王都に向かう者達の宿場町として栄えた。嘆く者達の声は、多くの喜ぶ者達の喝采で掻き消された。
 その果てに待っていたのが、領主たる貴族が恣意的に、そして際限なくつり上げる税金であるとも知らず。
 一度もこのアルトパから出たことのないトムソンには世の中で何が起こっているのかよく分からなかったが、旅人の話を総合すると“統一運動”で取り込まれた国々はある程度の補強が終わると、徹底的に搾取される、ということである。捕らえた魚に餌を与えて太らせ、それから存分に味わう、ということらしい。
 いくらあのように惚れっぽい町娘の恋に騒ぎ楽しんでいても、誰一人として眼前の地獄からは逃れられない。それを知っていても、そうするしかなかった。
 減税の嘆願書は一度として領主の目に通ることはなく、町から逃げようにも手形が発行されない現状では不可能に等しく、ただただ防衛目的で造られた巨大な壁を呪うばかりであった。
 生き残るにはこちらも金額を上げるしかなく、それができたのはトムソンを含めた一部の職業だけであった。零落していった者達の行方は、町の内部に造られた畑の管理者だけが知っているという。
「――おい」
「……ん――おわ!? こりゃ失礼」
 ぼんやりと喧騒を眺めていたトムソンに、ジークは不審げに言う。
「まだ話は終わっていない」
「はぁ」
 頭を掻き掻き、トムソンはジークに応じた。
「木賃宿で構わん。どこか安い宿を知らんか?」
「や、宿じゃないと、駄目なのか?」
 そこへ、ベスが加わる。視線があっちを向いたりこっちを向いたりと定まっておらず、どうも落着きがない。
「そうだ」
「……そっか」
 断言するジークに、ベスは残念そうに応じるだけであった。
「……ううむ、安い宿……」
「知らんか?」
 思案顔のトムソンは、申し訳なさそうに首を縦に振る。
「この界隈は“統一運動”で取り込まれた場所ですからねぇ。税金も、物価も天井知らずなんですわ」
 安い宿はない、という意味だ。
「む……」
 ジークは、喉の奥で唸る。深く、重みのある声も、今ばかりは心なしか軽減されている。
 とそこに、
「な、なあ」
 風邪かと見紛うばかりに頬を朱に染めたベスが、こう切り出す。
「俺、知ってる、ぜ……その、安い、宿」
「む、それは本当か?」
「あ、ああ」
「――っいかん!!」
 しきりに頷くベスの傍ら、何に気づいてか、トムソンが声を張り上げる。どちらかといえば温和な顔立ちで怒った様子などまるで想像できないはずの丸顔は、ベス以上に真っ赤で、興奮しえているのか呼吸も荒々しい。
「ベス、お前さんが言っているのはあそこだろう? 駄目だ駄目だ! あそこは絶対にいかんぞ!」
「何でだよ」
「……ベス」
 食い下がろうとする彼女に、食堂の主人が妙に切迫した表情で、押し殺した声で言う。
「あそこはな、絶対に駄目なんだよ。そこの旦那に教えてもいいような場所じゃねえんだ」
「親父……」
 彼女が知っているどの父親像にも当てはまらない姿に、ベスは口ごもる。
 そうした姿を目にしがなら、ジークはおもむろに立ち上がる。三人の視線が、そこへ集まった。
「協力に感謝する」
 短く、何ら感慨の感じられない声音で告げると、ジークはベスの横を通って出口に向かう。ここは先払い制なので、既に支払い済みだ。
 商店が軒を連ねる街路に出たジークは、迷いもなく進む。
 真っ直ぐに、来た道を。
「お――――い!!」
 どこかで耳にしたような覚えのある、女の声。
「俺だよ、俺だってば! さっき食堂で喋ってた女!」
「……む」
 そこでようやく、ジークは歩みを止め、振り返った。
 初秋だというのにすぐ後ろで汗みずくになって息を切らせているのは、ベスであった。
「あんた足速すぎ。どこ行ったか分んなかったじゃねえか」
 まったくよ、とすぐさま不満を口に出す彼女を睨むように見つつ、ジークは要件だけを尋ねる。無駄もなければ遊びもない人物である。
 ベスは荒い息を整えつつ、人の好い笑みを浮かべて答えた。
「どうし、ても、あん……あんたに、教えときたかったんだ。……格安の、宿の話」
 ジークの表情が、僅かに動く。
「続けろ」
「……その代りに、と言っちゃあなんだけどさ」
 激しい運動とは別の理由で、ベスは頬を染める。
「えっと……まあ、あれだよ、その、何て言うか」
「早く言え」
 妙に要領を得ないベスへと、ジークは冷淡な口調で促す。ベスは、しまいには熟れたリンゴのように顔を赤らめ、口をもごもごとさせつつ要求を口に出す。
「そんなことか」
 その内容は、ジークにしてみればあまりにも取るに足らない、裏を探るまでもないものであった。『あの店員の残念な頭髪に止めを刺してやってくれ』と頼まれるのならば分からなくもないが、何故そんなことを興奮気味に申し出るのか、まったく理解できなかった。
 それら全ての感慨を先刻の一言でまとめ、ジークは十中八九無害であると判断したベスの要求に答える。
「……いいだろう。分かった」
「! ほ、本当だな!?」
 ぱっと、ベスの表情が輝いた。物足りない要素の多い容姿ではあるが、こうして笑う姿は食堂の看板娘として最適であろう。
「本当だな!? 絶対の絶対の絶対の約束だからな!? 『後でなし』は駄目だからな!!」
「……む」
 喜色満面、今にも踊りだしそうな様子のベスは、弾んだ口調で言う。
「ここから真っ直ぐに行くと、そう遠くない場所に一軒だけ赤い屋根の建物がある。そこが宿さ!」


「赤い屋根、か……」
もっと具体的に説明させるべきだったか、と心の中で呟きながら、ジークはそれなりに多い人ごみの間をすり抜けるようにして歩いていた。
(――提言)
 どこか、としか表現できない場所から無機質な声が響く。確かめたことはないが、ジークだけにしか聞こえない声だ。
(聞こう)
(“疾風の猟犬(ゲイル・ハウンド)”の使用を推薦)
(同意。尚、起動に約十秒間の詠唱を――)
(却下だ)
(……ほう、何故だ?)
 無機物じみた声に混ざり、ひどく人間的な、抑揚のある声が尋ねる。
(一々、こんな下らんことに使う気にはならん。第一人払いが面倒だ)
 そんな時であった。
「……む」
 行き交う人で賑わう街路にも拘らず、空白になっている場所があった。観察してみれば、彼らは意図的にその場所を避けているようだった。
 いずれにしてもその分道幅が狭まり、通行するのに不便であった。
「……む」
 面倒だ。
 考えてみれば、無理をしてまでこの街路を通る必要はない。煩わしいのは嫌いだし、他にも道があるのならば、そちらを行く方が得策であろう。
 そう考え、ジークは踵を返す。
「――お、旦那!」
「……む」
 こちらに歩み寄る男の姿に、ジークは眉を顰める。
 町の出入り口で別れたはずの、乗合馬車の御者であった。その表情は緩んでいるというか高揚しているというか……兎に角、落ち着きがない。
「旦那も見ましたか、あれを」
「見ていない」
 空白の場を示していた御者は、ジークの無愛想な返事に「そりゃもったいない」と言って、自分について来るよう手で指示する。
「凄いものが見れるんですよ。行きましょうぜ」
「興味がない」
 と言って引き返そうと思うのだが、御者はちょうど進行方向上に立っていて、余計な手間を掛けずに通るのは骨が折れそうだった。
「……む」
 振り払えないなら、さっさと応じて済ませよう。
 一言、了承の意を示したジークは御者の頭越しに、街路に空隙を作っている原因を見た。
 無人の店前に立っているのは、年齢にばらつきのある五、六人ほどの男と、辛うじて彼らに囲まれていると分かる小柄な少女であった。その店の売り子でもあったとしても奇妙な話だが、少女は袋を抱えるためにか、両手を組んだ姿勢のまま動かない。
「どうです、凄く美人だと思いません? 彼女」
 まるで少女が自分のものであるかのように、御者の口調は誇らしげであった。
 その少女は、何とも矛盾した雰囲気を感じさせていた。
 小柄なのだが、出る所は出た体つきをしている。袖の先や襟ぐりは余っているのにやたらと窮屈そうな胸元がそれを証明していた。踵近くにまで伸びた異様に長い藍色の髪は、二つに分けて三つ編みにされ、風に揺れている。はっきりと分からないが、整った小顔に収まった大きな瞳の色も、藍色のようだった。
 総括すると、万人が振り返ってもおかしくない容姿の少女なのだが、
「…………」
 人目を引くだけの要素を持ちつつ、存在感が極めて希薄であったのだ。
 目立たない、どころの薄さではない。まるで肖像画や舞台の背景に描かれている人物を思わせる、指摘されて初めて認識できるような希薄さなのである。有体に表すなら、生気を感じさせない、幽霊か何かのようだった。
 そんな少女を取り囲み、男達は口々に下卑た言葉をかけていた。
「――なあ、いいだろ?」
先頭の男が、肩を揺すりながらそう大声で言ってきた。
「…………」
 少女は、一言も発することなく佇んでいる。
「俺達、顔はこんなだけど結構優しい性格してるんだぜ? なあ」
「そうそう」
 げらげらと、品のない笑い声が街中に木霊する。
「…………」
 少女は、一言も発することなく佇んでいる。
「そんなに怖がるこたぁないぜ? さっきから言ってるが、お嬢さんの持ってるその荷物、俺達が運んでやるよ」
「俺達、すげえ力持ちだもんなー」
 げらげら。頭の足りない人間特有の笑い声。
「…………」
 少女は、一言も発することなく佇んでいる。
「だからさ、預けちまいなよ。そうすりゃ誰も困らねえ」
「…………」
 少女は、一言も――
「――おい」
「…………」
 明るいだけの品のない声音から、陽気さが消えた。この手の類は、己の意に沿わないだけで対象を外敵と認識する。
 一連の光景を目にしながら、御者は慌てて隣の青年に声をかける。
「旦那、出番ですぜ」
「む?」
 馬鹿面を並べて大笑する集団を睨むように見つつ、ジークは言葉少なく応じる。
「とぼけないで下さいって。ここであのチンピラをブチのめして、あのお嬢さんと知り合いになりましょうよ」
 下心が丸出しの御者に対し、ジークが放ったのはただ一言、
「お前独りでやれ」
 拒絶の意だけである。
「そんなこと言わずに、一緒に行きましょうよ」
「知らん」
 それでも食い下がろうとする御者の下心も見上げたものだが、やれ「断る」だの「興味がない」だの、挙句の果てには「黙れ」とまで言われては、御者の情熱も水をかけられたも同然であった。
「旦那」
 かに思われた。
「目の前で困ってる人がいるんですよ、助けたいと思わないんですかい?」
「思わん」
 またもや、即答。
 これには御者もすぐには言葉が見つけられず、暫(しば)し悩んだ末にやっと「何故です」という月並みな言葉しか出せなかった。
「この町にはこの町の法があり、暗黙の了解がある。流れ者の俺や外部からの人間であるお前が介入することが得策であるとは思えん。どうしてもあの少女を助けてやりたければ、今すぐにでも詰め所の兵士を呼んでくればいい。俺の意見に納得できんのであれば、代替案を出して実行しておけ。以上だ」
「…………」
 言い返しようのない、理論武装された『何故』への答え。
「違うか?」
「あ、ぅ……」
 御者に、反論できる余地はなかった。
 彼の根底にあるのは、自分が彼女を助け、それを梃子に顔見知りになろうという、あまりにも自分本位で我欲に満ちたもの。本当に助けるべきならば、ジークの言うようにこの町の法に則って兵士を呼んでくるべきなのだろう。でなければ、本当に自分だけでジークを上回る方法を考えるしかない。
「…………っ」
 自分が至ってしまった考えに、御者は歯を食いしばって俯いた。
 つまり、どう足掻いてもジークを引き込むことはできないのである。
「む、ではさらばだ」
 これで安心して、独りに戻れる。
 そうジークが思っていた矢先のことであった。
「――じゃあ、いいです!」
「む?」
 いま一つ脈絡のない発言に、ジークの眉が寄る。
「だ、旦那に頼ろうと思ってた、俺が馬鹿でしたよ! こうなりゃ、お、俺だけであのお嬢さんを助けます!」
「そうか」
 予想していた返答を得られなかった御者はジークに食い下がりかけるが、軽蔑の眼差しを向けたきり背を向ける。
 あからさまに緊張状態にあると分かる御者は、無謀とすら思えるような暴挙に出るのだった。
「…………!」
 少女に絡む男達に御者は何事か言っているようだが、その半数ほどが凄むと急に弱腰になった。
「…………」
 それでも、御者は逃げようとしなかった。
 体格のいい男に顔や腹を殴られ、無様に地面へ投げ倒されてもまた立ち上がりかけ、今度は顔面を踏み付けられている。
「…………」
 その様子を、ジークは曰く難い目つきで眺めていた。
 一体、何があの御者を突き動かしているのか。
(――お前の負けだ)
 棒立ちのジークに、声が自分を誘うように話しかける。
(奴は、ありもしないであろう勇気を振り絞った。我々と違って退ける力も避ける知恵もないのに、だ)
 御者が仰向けに倒れ、動かなくなった。げらげらと、男達がそれを指さして哂(わら)う。
「――――」
(警告。余事に労力を割く必要性皆無)
(行け。それがお前の本質だろう)
 幾つかの声が呼びかけるが、そんなことなど既にジークはどうでもよくなっていた。
「兵隊さん! こっちです!」
「!? ちぃっ! ズラかるぞ手前ら!」
 ジークが下した決断は、御者から目を逸らし、その場から立ち去ることであった。
 




 理解ができない。
 何故、そこまでして人と関わろうとするのかが。
 何故、そこまでして繋がりを求めようとするのかが。
 必要以上の馴れ合いは自分を見失わせ、いざという時の判断を遅らせるばかりだ。
 真に優先させるべきは、己が定めた唯一の目標であって、他事ではない。それ以外にあってはならない。
 あの男は、それを理解していない。
 不用意に他者と交わることが、どれほど愚かしいことかを。
 最後に頼っていいのは誰だ?
 決まっている。
 どんなモノが絡もうと、結局決断をするのは他人ではない。
 自分自身、ただそれだけだ。


 流れる人々の言葉を拾って繋げると、どうやら御者は兵士の詰め所に担ぎ込まれたらしい。
 一方的に殴られるという目も当てられない事態だったが、幸いにも早いうちに気絶させられていたので、それほどの深手にはなっていないのだそうだ。
(驚きを隠せん)
「…………」
 雑踏を突き進むジークの頭に、声が響く。
(……聞こうか)
(お前ならば、彼らを颯爽と助けるだろうと確信していたのだがな)
 ジークの眉に、より深いしわが刻まれる。それを見てしまった老商人が、思わず品物と思しい壷を落としてしまった。
(何故そう思う)
(我々の間に隠し事は成立しない)
 理由はそれで充分だろう、と声は続ける。
(もっともらしい理由を並べ立てていたようだが、お前の本音は、本心はそこにあるまい。偽善者ならぬ偽悪者か、お前らしくはあるが、それだけでは利口とは言えん)
(……下らん)
(下らんことはあるまい。個人の無力さ――お前ならば、尚のこと知っているだろうに)
「…………」
 言い返したかったかもしれないがそれ以上は何も言わず、ジークは進み続ける。視界を流れ去る人々の中に、どれほど孤独を知る人間がいるだろうか。
「……む」
 十字路にさしかかった時、ふとジークの前を希薄な存在が横切る。
 先刻、男達に囲まれていた少女だった。
 ジークは、よくも御者がこの少女を見つけたな、と思う。
 遠ざかる少女の背中はあまりにも細く、彼女を形作る輪郭さえ薄らいで見える。
(趣味……にしては、少々物々しいな)
「む……」
 通り過ぎた瞬間、ジークは気付いた。
 少女は、両手首をそれぞれ物々しい鉄枷で拘束されていたのだ。しかもそれ一つではない。五指は荒縄によって左右と真ん中の三つに分けて縛られ、更に鉄枷は短い鎖で繋がれていたのである。
(それもある)
(?)
 だがジークは、別の点に違和感を覚えていた。
 といっても、さほどのものではない。毎日見慣れた日常の中の、ほんの些細な変化にも満たない違和感だった。
 目算で五人に三人の割合で、往来する人々が少女を意識的に避けている。露骨に、まるで汚らわしいモノでも見るような目で、あるいは何故か罪悪感を感じる目で、少女との距離を空けていく。
 そうしたあからさまな悪意を満身に受けているにも拘(かかわ)らず、少女は気にした様子もなく頼りない足取りで街路を歩いている。違和感の正体は、おそらくそれなのだろう。
 人の中に在りながら、人と隔絶された道を歩む少女。彼女を見るジークの中で、彼女に対する違和感は更に増大する。
(――疑念)
 無機質な、最低限の機能以外を削ぎ落とした声。
(停滞不要。目標地点へ迅速に移動すべき)
(同意)
(同意)
(……む)
 相次ぐ同意の声に、ジークは足を踏み出した。
 その直前、少女の後ろ姿を隻眼に映す。
「…………」
 御者が身を挺してまで助けようとした少女は、まるで何事もなかったかのように幽玄の雰囲気を漂わせていた。
 何故、気持ちが傾くでもないのに、御者はあそこまでして他者との繋がりを求めたのだろうか。
 やはり、理解ができない。


 秋の昼下がりは、あっという間に過ぎていった。
 頃合いは夕暮れ。雲は流れて消え、空は茜色に染まっている。街路での賑わいも、随分遠くになっていた。
「むぅ……」
 露天商さえ見えない宿場街のはずれまで来ると、ジークは独り唸る。
 ジークは、未だに赤い屋根の宿屋に辿り着いていなかったのだ。
(どこが『さほど遠くない』だ)
 恨みがましく、とまではいかないが、ジークの内心は快いものでは当然ない。遠近への感覚に関しては個々人によるものが大きいことは重々心得ているジークだったが、ここまでひどいと思わずベスには悪意があったのではと勘繰りたくなった。
(……何か、抜け道でもあったのだろうか)
 とも考えるが、そもそも考えてみれば屋根の塗装など余程の怠け者でもないかぎりは年単位で塗り替えるはずだ。
「…………」
 彼女が言う『赤い屋根』という情報の鮮度を確かめなかったのは、ジークの落(おち)度(ど)であった。
(行動選択。『戻る』を推奨)
(……む)
 妥当な考えだった。
 これ以上、基になる情報もないまま歩き回るのは利口ではない。あの食堂がいつ頃まで開いているのかは知らないが、ベスに尋ねるだけならばさほどの手間はかかるまい。
(お前らしくもない。以前、躊躇いもなく“疾風の猟犬(ゲイル・ハウンド)”を使用していなかったか?)
(あれとは状況が違う。――そして何より、しつこく推奨したのはお前だ)
 それ以上言葉を交えようとはせず、ジークは一度訪れた食堂へと戻ることにした。
「――おらおらおらぁ! なーに見てやがんだ、ぁア?」
「兄貴が通りなすってんだ! 道を空けやがれ!」
「畜生、あの女ァどこ行きやがった!?」
 その途中、どこかで聞いたような品のない声が耳に障る。
「…………」
 煩わしい。
 その一念しか、ジークの中にはなかった。


 改めて食堂の看板娘から聞き出した情報を元に、ジークは早足で宿屋を探す。
「……見つからんわけだ」
 こればかりは、さしものジークも言葉を洩らす。何故彼女がこの道を知っているのだろうか。
 ベスが示していた道は舗装された表の街路ではなく、複雑に入り組んだ大小の家並みが果てしなく続く隘路であった。
 賑やかな表通りとは異なるその道は家の明かりも乏しく、アルトパの裏の姿をジークに垣間見せていた。
 何の気なしに空を見上げれば、遠くに見えていた太陽は既に見えなくなり、空に浮かぶ雲は淡い赤、青、紫の三色が層を成して不可思議な色彩を生み出していた。
「む……」
 細長い裏通りを吹き抜けた風に、ジークは襟元を締める。
 夏の名残を留めているとはいえ、秋の夕方は冷える。夜になれば、更に冷えることだろう。
(急がねば……)
 昼と夜が入り混じり、そして入れ替わる逢う魔が時の路地に、硬い靴底の音が木霊する。
 暫くして、路地が三叉に分かれた。
(直進、だったか)
 微妙に歪んだ路地は選択肢として非常に際どい部類に入るが、ジークの足は躊躇うことなく歩を進める。
(赤い屋根……仮にそのままであったとしても、これでは判別に難(かた)いのではないか?)
(言うな)
 声を黙らせつつ、ジークは隻眼を一軒の家に向ける。
 周りと比べれば小型の家は影絵のように黒く、色どころか最早輪郭の判断さえもできそうにない。
(何も屋根の色だけで判断するわけではない。宿屋ならば、外観だけでも判別はつこう)
(同意)
(同意)
 頭の片隅で行われる議論に耳を傾けず、ジークは一定速度のまま影絵の町を行く。
(――気配)
(む)
 程なくして、無機質な声が告げる。
(数は……一人、か?)
(詳細不明。極めて曖昧)
(同意。要警戒態勢)
 こちらに迫る、ひどく曖昧模糊とした気配。
「――は――はっ――」
 声。低い。男のものだ。短く繰り返される同じ声は、おそらく呼気。時折微かに、金属の擦れ合う音。
(要情報把握)
(……む)
 今度こそ声に従い、ジークは手早く作業を終えた。
(理解)
(む)
 ――確かに、あれならば全てへの納得がいく。
 この町で見かけた希薄な雰囲気をまとった人間といえば、彼女ぐらいしかおるまい。
「だ、旦那ぁ……!!」
 走って来た人物――満身創痍の御者は、ジークの姿を見るなり泣き出しそうな笑顔になる。
「…………」
 その右手は、三重に拘束された少女の手を掴んでいた。


「……くそっ! あの野郎、逃げ足だきゃ逸品だぜ」
「あの女、すっげーいい乳してたなぁ……」
「どうしやす? 一旦塒(ねぐら)に帰りやすかい?」
「まあ、話を聞けや」
 不甲斐ない子分達を黙らせ、男は余裕を感じさせる笑みを浮かべる。
「どうせあのお嬢ちゃんを連れてんだ、奴はそう遠くまでは逃げられん」
「そっか、じゃあ案外、この近くに隠れてるかもしれねえんスね?」
「おうよ」
 偉ぶった様子で頷いた男は、汚い髭面を撫でながら指示を下す。
「それにこの界隈なら、土地勘のある俺達の方が絶対に有利だ。何人かに分かれて追えば、捕まえんのは難しくねえ」
 その顔は、どう贔屓目に見ても鼠にしか見えなかった。


 詰め所の医務室を後にした御者は、同郷の商人から例の男達が藍色の髪の少女を探していると知って以来、ずっと捜し続け、遂に見つけたらしい。
「……で、あの連中からこちらの人を助けるにゃ逃げるしかないと思って」
「裏路地を走り回っていたのか」
 事情を聴き終えたジークは、視線を横に逸らす。
「…………」
 当事者であるはずの少女は、ぼんやりと無表情でその場に立っているだけであった。軽い放心状態に陥っているのかもしれない。
「旦那?」
「む」
 視線を戻し、ジークは御者の不安げな表情を覗き込む。何を願っているかなど、容易に想像できる。
「お前、俺をあてにするつもりか?」
 図星だったらしく、御者はばつが悪そうに頷いた。
 当然だろう。
 何故なら、御者はジークの冷淡な言葉に軽蔑し、そのまま別れたのだから。
「……詰所へ行く道をふさがれてる今、残念だけど俺じゃあこのお嬢さんを護れそうにないんですよ」
 自嘲気味に、御者は喋る。
「そりゃ、あんたの言ったことにゃ今でも腹ぁ立ててますけどね、それでも俺は旦那に賭けたいんですよ」
「断る」
 そこまで話を聞いた上で、ジークは御者の申し出を断った。
「な――」
「お前の言いたいことなど分かる。そこの娘を助けるという選択をしたのはお前だ。俺ではない」
「……だから、助けないってんですか?」
「当然だ」
 誰かが下した決断は、その当人が責任を負わねばならない。それは極普通で、それ故に曲げてはならない事。
 それを信条とし、この青年は最低限の機能的な関係以外を決して求めようとはしない。
 故にこそ、ジークはどこまでも冷徹になれる。
「目の前で、女の子が危険に曝されてもですか?」
「お前に俺の選択を強制する権限はない」
 故にこそ、ジークはどこまでも非情になれる。
「お前には答えを既に与えている。どうしても助けたいのなら、別の誰かにでも助けを請え」
「…………」
 そこまで言って拒んでいるというのに、御者は尚も視線をジークから逸らさない。山賊の襲撃を受けた時の怯えた様子は、微塵も感じられない。
「――――」
「へ?」
 ジークが、素早く反転する。
「だ、旦那?」
「来る」
 その一言で、御者には充分だった。
「……俺やこの子は、助けてくれないんですね」
「そうだ」
 短く答えている間に、件の男達が騒々しく現れた。何故か人数が減っている。
「よォ兄ちゃん、人様の女に手ぇ出すってなぁ……少々いただけないんでないかい?」
 先頭に立つ、皮膚病の鼠を連想させる男が言った。声も鼠のそれに似ており、甲高い。
 昼間の一件が脳裏に蘇ったのか、御者の顔色が青褪める。
「な、なな何があんたらのだ! あんた達は、ただ、荷物を掠(かす)め取ろうとしてただけじゃねえか!」
 威勢はよかったが、震えている声がどうにも締まらない。
 男達が、一斉に爆笑する。
「だとよ、兄貴」
「はっはは、こりゃ傑作だね。久しぶりに笑いすぎて腹が痛えよ」
 一しきり笑うと、兄貴分であるらしい鼠風の男は御者など話にもならないような声音でいう。
「……お前ら、死にたいのか?」
「――――っ!!」
 平和に暮らしている人間には到底縁のない、血腥い雰囲気。人の命を奪い合う人間だけが醸し出す独特の空気。
 鼠男の兄貴からは、そうした危険なものが漂っていた。
「――待て」
 そんな状況下でありながら、平然と御者の背後で口を開く者がいた。
「俺は無関係だ」
 彼らの知らない銀髪の青年、ジークである。
「はあ? 無関係?」
 一人の男が、鼠男の背後から歩み出る。汚らしい灰色の服と茶色のズボンに窮屈そうに巨躯を詰め込んでいた。兄貴分が鼠なら、こちらはさしずめ熊である。
「あのよぉ、俺らは大事なお仕事の話中なんでよぉ。だからよぉ、無関係ならよぉ、その荷物置いてさっさとどっか行けよぉ」
 言葉の端々から頭の悪さが滲み出ている熊男は、そう言ってジークの肩を掴もうとする。
 が、
「あ、れぇ?」
 伸ばした手が空を切っただけではなく、視界がゆっくりと地面に近づき――
「でぇ!?」
 気付いた瞬間には、夜空に星が瞬いていた。
「……む」
 しまった。
 ジークの呟きから、御者はそんな言葉を感じた。
 刹那の出来事であったために全く分からなかったが、どうもジークはあの熊男を投げ倒したようだ。
「……関わっちまい、ましたね」
「そうらしい」
 ジークがどう思っているかはさて置き、御者は一筋の光明を見出した。
「手前、よくもうちの若いのを!」
 この男がいれば、あんな男達など話にもならない。
 彼女を、護ることができる。
「こうなりゃ、もう容赦はしねえ! 手前らをさっさとぶちのめして、あの女の居所を聞き出してやらぁ!!」
 そう、彼女を――
「ええ!?」
 そういえば、ずっと傍にいるものだと思っていたが、
「うっそぉ―――――!?」
 少女の姿は、どこにもなかった。


 ゆらゆらと、藍色の髪が踊る。
 頼りない歩調は、儚く優美。
 俯く顔は、まるで露に首を垂れる花のよう。
 人の手が僅かにでも加われば、きっと損なわれるであろう――そんな脆さを含んだ少女は、重々たる戒めに表情を曇らせることなく歩く。
 じきに、背後から人が来ることも知らず。


 夕暮れ時の路地裏に、男達の声と足音が木霊する。
「待ちやがれこのクソがぁ!!」
「待てといわれて誰が待つかぁ!」
 程度の低い舌戦を交えつつ、必死に走る御者は隣で平然と伴走するジークに悲鳴に近い声で問う。
「旦那、何であいつらを片づけないんです!? 旦那は強いんでしょう!?」
「お前よりはな。だが、それだけのことだ。それに荷物を抱えて相手をするには数が多い」
 素っ気なく答え、ジークが難なく足元の木箱を飛び越える傍ら、御者は派手に蹴倒しつつ追いつく。
「痛たた……じゃあ、何でその荷物を捨てないんです!?」
「可能ならそうしてやりたい」
 すぐ背後から罵声が飛んでくる最中、ジークの返事はいたって簡潔であった。ちなみにその『荷物』には御者も含まれていることを、おそらく本人は分かっていない。
「奴らは分隊――何組かに分かれている可能性が高い。連中と交戦中に不意を衝かれると不利だ」
「な、何でです?」
「向こうはこちらよりも土地勘があると見ていい。抜け道や分隊を併用されるとこちらが不利だ」
 時折視線を方々に巡らせつつ、ジークは淡々と告げる。
「あの娘がさほど遠くに行っていない今が好機だ。俺が連中と分隊を足止めしている間に、お前が確保しろ」
「……そう、上手くいくんですかね?」
「それはお前次第だ。――物覚えは?」
「そ、それなりには」
 戸惑いながらも頷く御者に、ジークは息を吸い、手早く指示を出す。
「よく聞け。ここを直進し、今通った十字路を含めない三つ目の十字路で右折、六番目の丁字路で左折、二つある階段状の通路は右側へ進め、その先にある歪曲した路地にあの娘がいる。確保できたなら、その道の奥にある角に唯一薄い材質の垣根がある。そこの隙間に身を隠していろ」
「え、えええ!??」
 まず何から驚けばいいのか分からず、御者の頭は軽い混乱状態に陥った。
「覚えたな?」
「一応は……って、あの旦那――」
「急げ!」
「…………!」
 初めて聞くジークの叱声に、御者は遮二無二走り出す。
「っだー、畜生―――!!」
 特に理由もなく、御者は叫んだ。
 兎に角、あの青年については謎だらけだ。


「兄貴、奴らァ二手に分かれたみたいですぜ!」
「あん?」
 鼠男が目を凝らした時には、彼らが追っている方の男が路地の奥へと走っており、銀髪の男が一つ目の十字路を左に曲がっていた。
(あの銀髪野郎、見かけによらず結構手強いからな、あの女と野郎はあっちの連中がいつでも捕らえられるからいいとして、とりあえず当面は奴をどうにかせにゃならん……)
「どうします、兄貴?」
「ん? おお」
 思考を数秒でまとめ上げると、鼠男は決断を下す。
「まずは銀髪野郎だ! あいつを先に仕留めてから、あの女を取り返すぞ!」
 兄貴分の教育が一応の成果を上げているのか、手下達は返事もなくジークの背中へと猛進する。
(じきに曲がり角があるが……ヒヒッ、そこは行き止まりだぜぇ?)
 兄貴分の鼠面が、醜く歪む。
 いかにあの男が強いとしても所詮は単独、数で攻めれば物の数ではない。あの長剣もこうした隘路では武器として機能するはずもなく、むしろ邪魔にしかなるまい。
「おい手前らぁ! 何があっても、あの銀髪野郎を次の角までにとっ捕まえやがれ!!」
 当然、これは罠だ。
 よほどの脚力でもないかぎり、こうした入り組んだ道で相手の追尾を振り切るには直線ではなく、何度か巧妙に曲がらねばならない。あの青年がどれほどの人物か定かではないが、大の男を易々と投げ倒すほどの強者なら知識として知っていてもおかしくはない。
 だが、その先は行き止まり。高い塀に囲まれた袋小路なのだ。
(クヒヒ、さあ早く曲がれ! そこが最期を迎える場所とも知らずに!)
 それなりの速度で彼らの前を走っていたジークが、
(――っよし!)
 角を、曲がった。
「マイク!」
「応ヨ!」
 鼠男に応じた頼りない体躯の男が、素早くジークの後を追う。なよなよとした男だが、閉所では特に手強(てごわ)いナイフ使いである。
「んふふ、もう逃げ場はないよぉん?」
 ぬらつく舌でナイフを舐めつつ、マイクが猟奇的に呟きながら曲がった瞬間、
『!?』
「っぶげ――
 その視界が下顎への強烈な衝撃と同時に、暗転する。
 何人もの血を吸ってきたナイフの出番もないまま、マイクは一撃で昏倒させられたのだった。
「あ、兄貴――」
「下がれ!」
 狼狽える子分を制し、自分の周りに集まらせた鼠男は距離をとりつつ注意深く銀髪の青年が潜む角を窺う。マイクのことなど、既に頭から消えている。


「む……」
 まずは一人、顎を打ち抜いて斃した。
 頃合いは夕暮れ。太陽は既に遠くへ沈み、ただ狭く見える空を赤黒く染めるばかりであった。
 そればかりか、施工主の仕事が悪かったらしく、この辺りの路地は微妙に歪んでおり、向こうの様子がよく見えない。
(だが、それは向こうも同じこと)
(肯定)
 姿は見えないが、気配から彼らの動揺は伝わっている。
(どれ、一つ追い討ちをかけては)
 という声の提言を聞き入れ、ジークはマイクなる男を彼らの視界から完全に見えなくなるよう隠すと、
「――ふっ!」
 呼気も鋭く、打ち下ろした正拳をマイクの顔面へと正確に叩き込む。打撃音、鼻の軟骨が拉(ひしゃ)げる音に、歯の折れる音……姿が見えない分、これらの痛々しい音に彼らの想像力は嫌でも刺激されたはずだ。
 伝わる動揺、恐怖に揺らぐ囁き声、それらを気取り、懸命に抑えんとするのはあの鼠男か。
(逃走の可能性八割九分)
(む)
 信憑性のある数字だった。
 あの鼠男は、見るからに悪知恵の働きそうな男であった。精神的な揺さぶりをかけられたあの状況下でこちらに動揺を伝えまいとするところから察するに、冷静さも持ち合わせている。
(それに臆病だ)
(同意)
 感情に呑まれずに部下をまとめた手腕は評価できる。
 だが、その際に上げた声が、ジークに情報の一片を与えてしまう。
(感情分析。報告、対象が我々に恐怖を抱いている可能性は九割強)
(最高値)
 無論、演技である可能性を無視しないが、いずれにしても彼らが相手をするのでは役不足だ。
 敵わない相手に戦いを挑むほど愚かではないだろう。それだけの勇猛さも備えてはいまい。となれば、次に彼らがとるであろう行動の推測は難しくない。
(逃走、か)
(肯定)
 額を指先でなぞりつつ、ジークは確認する。そういえば、東南に蠢く集団が感じられる。
 圧倒的な戦力差を持つであろう相手から逃避し、その後にもう一方の捜索部隊と合流する――このようなところだろう。
(合流した場合、反撃の可能性有)
(ふむ、あの程度の実力しかない連中でも、数を増やされると厄介だ)
 現時点での反撃はない。
 つまり、彼らに残された選択肢はいずれにせよ『逃げ』の一手のみ。
(……む)
 思考はまとまった。
 何より不本意な状況にあるのだ。これ以上面倒ごとを長々と続けるような真似はしたくない。
 十秒にも満たぬ、流れるような思考を結んだのは、抑揚のある声。
(――さて、体も暖まっていることだし、そろそろ本格的に終わらせるとしよう)
(言われるまでもない)
 選択したのは、可及的速やかな殲滅。
 荷物やマントを足元に置くと息をひそめ、ジークは弓弦を絞るように身を屈める。
 狙いは付けた。――あとは、打ち出すだけだ。
 疾走。地を這うほどに低く、飛ぶように速く。
「ひとまず、向こうの連中に合流する。……あの銀髪野郎、思ってた以上に厄介だ」
 やはり、予測の範囲内であったか。
「――そうか」
「おごっ!?」
 二人目。気付かれるよりも先に下顎を打ち抜き、直後には離脱。
 一斉に八方に目をやる男達。
「手前……どこだ! どこにいやがる!?」
 真っ暗な路地に、鼠男の声だけが木霊する。保たれていた冷静さは、脆くも瓦解してしまったか。
「はぅ!?」
 三人目。金的を蹴り上げて悶絶させる。
 四人目。一人目、二人目と同様に処断。
 五人目。足払いから踵で鳩尾を踏みつける。
 六人目――
「兄貴、どうします?」
「あ、慌てんじゃねえっ」
 残った二人の子分が、弱々しい声で鼠男に助けを求めるのを、鼠男は声をひそめるのも忘れて振り払う。
(目標はあの女だ。正直な話っていうかよく考えりゃ、あの銀髪野郎なんざどーだっていい)
 だが、真正面から戦っても敵う相手ではない。
(……要は、俺があの女を捕まえに行けりゃいいんだよな)
 方針が決まりかけ、鼠男が二人に指示を出そうとした時、
「お――」
「もうお前だけだ」
 鼠男は、追い詰められていた。二人は、とっくにジークによって気絶させられている。
「…………」
 ジークの隻眼は、真っ直ぐに鼠男を見据えている。
 ――直感的に、鼠男は悟ったようだった。
 この程度の人数で敵うはずがないと。
「……あんた、傭兵だろ?」
 現状を考えれば、全く不釣合いな質問であった。意図的に空気を詠まないことで自身を大きく見せようとしているのだろう。そうした悪知恵は働くようだったが、いかんせん肝が伴っていない。脚が震えているのだ。
「だったら分かるはずだぜ、こんな一文の得にもならんことなんてしてないで、それこそ俺らの下で働いてみないか? も、勿論、金は出せる範囲ぎりぎりまでは出すから――」
 ジークの右腕が、振りかぶられる。
「な、何とぞお手柔らか、に!?」
 言うまでもないが、ジークの拳は固かった。


 残りの分隊も全滅させたジークは、御者に前もって伝えておいた場所へと向かう。初めて来る場所なのだが、仕入れてあった知識に抜かりなどない。
「俺だ」
 短く告げると、御者が犬小屋から犬が顔を覗かせるように這い出てきた。
「だ、旦那……あの」
「俺は無事だ」
 予想される質問への回答を、ジークは口にする。
「は、はあ、そうですか……」
「む?」
 御者の様子が、おかしい。具体的に表すと、妙に落ち着きがない。例えるなら、何か隠し事を――
「……言え。何があった」
「…………」
 おおよその察しはついていたが、それでもジークは御者に発言を促す。
 この男には、そうすることへの義務がある。
「……あの、彼女がどっか行っちゃったんです」
「…………」
 御者は、大分悩んだのだろう。
 彼女を護ろうとして急がねばならないはずだったが、ジークの言葉が御者を縛り付けたのだろう。
 だが、それが御者の下した、彼自身の決断なのだ。
「そうか」
 ジークは、おそらく自責の念に駆られているであろう御者に慰めでも叱責でもない、別種の言葉を投げかけた。
「行くぞ」
「……え?」
 涙さえ浮かんでいる御者は、ジークの言葉が理解できずにいた。
「忘れたか、お前がそこにいる理由を。俺がこの路地を迷わず来れた理由を」
 こうした行為は好きではないが、ジークは芝居じみた仕草で自分の頭を指さす。
「この近辺の情報は、全てこの頭にある」


 少女が見つかったのは、そこから暫く進んだ先の路地であった。
「…………」
 蒲公英(たんぽぽ)の綿毛のように定まらない足取りの少女は、背後への気配に驚く様子さえ見せない。
「待て」
「…………」
 ジークが呼び止めるが、少女は無反応。
 距離が広がる。
「む、待てと言っている」
「…………」
 ジークがやや語調を強めるも、少女は無反応。
「……あの、旦那がきつく言うから、警戒してるんじゃないですか?」
「む……」
 認めたくはないが一応考慮し、彼女の前に回り込んだジークが言う。
「確かに、お前に助けを乞われたわけではないし、俺もそのつもりはない。――だが、結果として助かったのなら、一言なりと礼を述べるのが筋ではないか?」
「…………」
 脇を通り抜けるでもなく、少女はジークの前に立っていたが、不意に顔が上がる。
「…………」
「む」
「……え?」
 初めて少女は、ジークを前に臆面もなく、大きな藍色の瞳の焦点を合わせたのだった。
(……何だ、こいつの眼は?)
 密かに、ジークは少女を観察する。
 長い睫毛に縁取られた眠たげな眼は宝石のようなのに、どこか義眼めいた、ある種の生き物臭さを感じさせなかった。
「む」
 塗り潰された、という表現の似合う瞳を向けていた少女は、不意に首を傾け、
「わ た し」
「??」
 微風にさえ掻き消されてしまいそうな儚い声で、数文字を紡ぐのだった。
「あのー……旦那? 今何て言ったんでしょうかね? 何だか、全然聞き慣れない言葉のような気がするんですけど」
「む……」
 御者の言い分は尤もであった。
 少女が口にした発音は極めて平坦な上に、言葉そのものはリグニアから大分北上した先にある国のものなのだから。
(解釈。先刻の言語は『私』を意味し、且つ語尾の抑揚から疑問形である可能性が僅かながらに考慮できる)
(意訳。『私のことですか?』)
(む……)
 眉根を寄せつつ、ジークは律儀に御者の質問に答える。
「異国の言葉で『私』という意味だ」
「異国? ってことはこのお嬢さん、どっか別の土地から来てたんですかい?」
 かもしれん、と簡潔に結び、ジークは少女についての考察を始める。もし彼女が異国から来ていたとすれば、周囲からの冷たい反応や男達の言葉への無反応さについてある程度の説明ができる。
 こうした町は、えてして排他的なものだからだ。
(あの国の言語は……)
 大分錆びついていることは承知の上で、ジークはこちらを無言で見つめている少女にこう言った。
『そうだ。俺はお前に用がある』
「えええ!?」
 御者は驚いた。ジークの放った言葉は、全く聞いたことのない言葉なのだから。
「…………」
 少女が沈黙すること数秒、
「む」
 ジークへの返事は、得られなかった。
 首を傾げていたらしい少女は、じっと見つめていた視線をジークから逸らし、そのまま覚束ない足取りで歩き出すのだった。
「待て――」
 傍からすれば人攫いにも見える言動で、ジークが少女の肩に触れた時だった。
「――っあんた達! うちのミュレに手ぇ出すんじゃないよ!!」
「ひぃ!?」
 驚きすくむ御者を他所に、路地の奥から猛牛のごとく駆け寄ってくるのは一人の太った女性であった。年齢は四十代は確実、後ろで束ねただけの髪は白髪の方が多い。
「……むぅ……」
 次から次へと。
 そんな感慨を込めて、ジークは鼻から息を漏らすのだった。




 ある小国の最期は、次のようなものであった。
 呆気ないものであった。
 誰も、残らなかった。
 大国よりの使者も。忠心満ちる将軍も。年若き王も。
 何も、残らなかった。
 宴の場も。なけなしの食器類も。城内に備蓄された食糧も。
 それらどころか全てへの関心を失ったかのような少女は、薄れた傷痕を朝日で浮き彫りにさせながら歩いていた。
 平坦な道など一つもない。
 狂乱の中で踏み潰され、砕かれて原形も分からなくなったモノ達は鋭い破片となって少女の歩く先に敷き詰められている。
 ――当然、見る間に少女の進む後には朱色の足跡が、所々に同色の水滴を跳ねさせつつ生まれていく。
「…………」
 常人ならば苦痛にのた打ち回ってもおかしくない地獄の中で、少女の表情は僅かなりとも歪まない。
 痛みも苦しさも、感覚が麻痺していては意味がない。
 悲しみも辛さも、感情が摩滅していては意味がない。
 少女の表情を変えられるものは、心を動かすものは、この場にはない。
 風が、吹いた。
 雪降る季節を告げる、重く冷たい風が、纏まりのない藍色の長い髪を弄んで流れ去る。
「…………」
 誰のものとも分からない血で汚れた少女は、意思の感じられない足取りで淡い光の中へと、ゆっくり歩き出した。
 ――貧しいながらも、大国と大国の狭間で利用されながらも、懸命に生き抜こうとした小さな国が、地図の上から姿を消した。
「…………」
 ただ一つ、恐怖と憎しみに満ちた光を残して。





 頃合いは夜。砂金を散らしたような夜空の下に、白く煙を吐き出す一軒の宿屋があった。
 女性――ヒラリー・ランドールに事情を説明するのに一刻、説明するまでに二人は数刻を費やすのだった。
「あっはっはっはっはっ!! なんだい、最初からそう言ってくれりゃあよかったのにねえ!」
「はあ……」
 呵呵大笑するヒラリーに気圧されつつ御者が曖昧に頷いている傍ら、ジークは八人掛けの長机を中心とする部屋を隻眼だけで見回していた。
 幸か不幸か、目的地であった宿屋を営んでいたのは人形のような少女――ミュレの両親であった。
 それはいい。というよりは、大したことではない。
「……むぅ」
 それよりも重大だったのは、『宿屋』と銘打たれている割にはこの建物が小さく、
「げふっ!? ぉえ……っ、母ちゃん、まだ掃除しねえのかよ」
 格安だとか云々以前に、商売する気があるのかと疑いたくなるほどに衛生状態が壊滅的な状態になっていることだった。
 最低限の掃除しか行われていないらしく、机にはまだ怪しい染みが残っており、天井の隅に連なる蜘蛛の巣は埃で白く濁っている。当然、全部が空だ。
(格安というのも頷けるな)
(……む……)
 こればかりはジークも認めざるを得なかった。
「よっくらせ、と」
 激しく咳き込みながらやってきた宿屋の主人ハロルドが、席に着く。
 歳はヒラリーと大差はないだろうが、後退しつつある頭髪を除けば一回り若く見えないこともない。がっちりとした体躯は宿屋の主人よりも海か山の男が似合いそうだ。
「ジークさんとフレデリックさん、だったかい? 娘を助けて下すった恩人だってのに、うちの家内が悪いことしちまったな」
 何言ってんだよ、と笑い合う夫婦にジークは一言、「違う」と告げる。
『?』
「俺は結果としてその娘を助けたが、元々は単に巻き込まれただけだ。感謝するなら、俺を巻き込んだそあの御者に言え」
「そんな……!」
 立ち上がるジークに続き、御者も立ち上がる。
「ジークの旦那がいなけりゃ、俺はとっくに死んでましたよ! あいつらやっつけて、お嬢さんを助けたのも全部旦那じゃねえですか!」
「そうか」
 冷淡に返したジークは御者の表情も知らないまま、宿屋を出ようとする。
「…………」
 やはりミュレは、無言で腰かけているだけだった。
「――まあ、待ちなって」
「……む」
 ジークの足を止めたのは、ハロルドが放った次の言葉であった。
「あんた、あんま金持ってないだろ」
 あまりにも単刀直入な一言に、ジークよりも御者が驚き呆れていた。
「……だったら何だ」
 特に否定もせず、ジークはハロルドへと振り返る。
「なあ、お互いに得できる話をしようじゃねえか」
「…………」
 ハロルドの言葉より、その表情にジークは注視する。
 目つきが違う。
 今目の前にいるのは太平楽な親仁(おやじ)ではない。損得を鋭敏に嗅ぎ分け、利益を生み出す商売人だ。
 昼間の童顔男とは比べようもないその視線に、ジークは耳を傾けてもいい気になった。
「聞こうか」
 黄ばんだ歯を見せ、ハロルドは笑う。そして、ジークの眼光に物怖じすることもなく、こう言った。
「あんたは、偶然うちの娘を助けたんだよな?」
「そうだ」
 否定しようのない事実として、ジークは断言する。それを聞いて、ハロルドは含みのある笑みに切り替える。
 まるで、言質をとったぞ、と言わんばかりに。
「じゃあ、今から俺がすることも全部偶然だ」
「む?」
 訝しげなジークを他所に、ハロルドは隣席のヒラリーと何事か話し始める。
「野菜は……か?」
「……でも、あれが……」
「なに、……なら時間を……」
「そうか……じゃあ、あれを……して……」
「そう。あれを……してだな……」
『…………』
 あれって何だ? 何をするつもりなんだ?
 そんな疑問が御者の中で沸々とし始めた頃、夫婦の会話が終わった。
「計算できたぜ」
「む?」
 得意げなハロルドは、こう切り出した。
「朝晩の飯あり、三泊で九四〇クラン。これが底値だぜ」
「む……」
 この規模の宿屋としては、確かに相場よりも下回っている。
「本当ならこの倍は欲しいところだが、何せ今日は偶然にも人助けをした奴を人助けしたくなってなぁ、そんな奴がいれば是非とも教えてくれねえか? この機会を逃すと、そんな気も薄れてしまうかもしれんとよ」
「…………」
 九四〇クラン。先ほどの条件からすれば、破格とさえ言える金額である。
「……む」
 ――何か一つの決断を下さねばならない時、真っ先に切り捨てるべきものをジークは知っている。
 損得に全く関係のない、感情だ。
「分かった。それで頼む」
「毎度!」
 嬉しげに手を叩くハロルドの表情は、上等な酒で酔った人間のそれとよく似ていた。
「……お宅の旦那さん、いつもああなんですか?」
「まあ、ね」
「…………」
 その頃、ミュレはもそもそとパンを齧っていた。


 頃合は宵の口。肌寒さは感じるものの、それでも冬空の星ほど輝いては見えない。
「…………」
 前から順に無表情、
「…………」
 仏頂面、
「…………」
 気まずそうな顔の順番に、夜の街路を進む者達がいた。
「何の準備もしてねえし、部屋の掃除もせにゃならんから、今のうちにフレデリックさんをトムソンのとこまで案内してやってくんな」
 と言われて、裏路地から表通りに出たミュレ、ジーク、御者の三人である。
(……耐えきれん……)
 正直、御者にはこの重々しい沈黙が辛かった。
 ミュレは何も喋らないし、ジークは『無意味だ』の一言で全て片づけてしまいそうだし、かといってどちらかと二人で話すのは申し訳ない気分になる。
(ここは一つ、俺がこの場を明るくして……!)
 早い話、御者はミュレと喋るきっかけが欲しかったのだ。
「旦那」
 小声で御者が言う。
「いいんですか、ミュレさんと喋らなくて」
「必要性を感じん」
 予想通りの返答。だが、ここで折れるぐらいなら初めからこの難敵に挑んだりしない。
「またまたぁ」
 にやけた表情を作りつつ、ジークを肘で突く。……夕方の連中ぐらいなら瞬殺できそうな視線が返ってきた。
 少し腰が引けるが、御者はもう少し粘る。
「……折角、あんなに可愛い娘と知り合えたんですよ? ちょっとぐらい話したって損はしませんよ」
「得もせんがな」
 愛想など微塵もない返事であった。
「俺には隠さないで下さいよ。本当は旦那だって、女にゃあ興味があるんでしょ?」
「ない」
 実は本気で言っているジークだったが、顔見知り同士での軽口が当たり前の世界で生きる御者には知る由もなかった。
「ま、またまた御冗談を〜」
「嘘ではない」
「……え?」
「む?」
 何やら御者は顔を赤らめ、うーだのあーだのと言い淀んでいる。妙な誤解をしているらしいので釘を刺しておく。
「……言っておくが、男にも動物にも興味はない」
「ど、動物!?」
 そんな、とまで言いかけて御者は口を噤み、何やら呟いていた。
(やれやれ……)
 さっきから自分がとんでもない発言を連発しているのだという自覚もなく、ジークは目の前を頼りなさげに歩く少女を見る。
「…………」
 一度もこちらを確認しないまま、ミュレは異様に長い二つの三つ編みを揺らしながら幾分か静かな街路を行く。
 一般的な感覚から見れば、確かに美しい娘なのだろう、とジークは思う。
 日焼けした者達の中で際立つ白い肌、輝きと艶のある髪と、どこか危うい深みを湛えた藍色の瞳、細身から張り出した胸と腰、小さく整った顔、今にも消えてしまいそうな、儚げな雰囲気――
 これほどまでに、すれ違う者達の心を惹く容姿をしているというのに、ジークが抱いた感慨は一つしかない。
 昼間に感じた、この少女と住人らを分かつ不可視の壁。
(あれは一体、何だったのだろうか)
(該当情報皆無。接触事例のない部類であると認識)
 わざわざ律儀に答える声を無視し、ジークはミュレへの言い知れぬ違和感の正体について、まず方針を定める。結論を出すには早い。まずは情報を集め、それらを蓄積させてきた知識や経験と照らし合わせていくべきだろう。
「……む」
 全てから切り離されているような少女の足が、両隣の宿屋よりも一回り大きな建物の前で不意に止まった。
「ここが、『トムソンの牛亭』か?」
「…………」
 ミュレは何も言わなかったが、代わって御者が肯定する。
「ここまでお見送り、有難うございます」
「…………」
 ミュレに言うと、御者はジークにも同様に述べようとする。
「――いらん」
 言いかけた口のまま、御者は固まる。
「最終通達だ。悪いことは言わん。これ以上俺に関わるな。俺を巻き込むな。――平穏に、人生を終わらせたくばな」
「…………」
 遠ざかる二人の背中が見えなくなるまで、御者は茫然と宿の入口に立っていた。
 距離は、縮まってなどかったのだ。


 ジークが宿に戻ると、そこはかとなく食欲を刺激する匂いが立ち込めていた。
「よぉ、おかえり」
「む。――部屋はどこだ?」
 ハロルドへの返事も素っ気なく、ジークは自分に割り当てられた部屋の位置を尋ねる。
「ああ、それだったら二階に出てすぐ右っ側のだよ。まだ埃臭いかもしれんが、まあそれは勘弁してくれ」
 とハロルドは答える。「で、飯はいつ頃運ぼうか?」
「暫く経ってから頼む」
 これにも簡潔に伝え、笑顔を張り付けたハロルドから燭台を取り、ジークは最後にこう付け加える。
「そうした最低限の用事がある時以外は、決して俺の部屋に入るな」
 ジークは返事を聞く前に、さっさと階段を上がっていく。


 蝋燭に火を灯すと、部屋の一部分が浮かび上がる。
 頃合いは夜。流れてきた雲に星は隠れ、申し訳程度に月が見えるだけであった。
(贅沢は言えんな)
「む」
 ジークが入った部屋は予想以上に広く、窓から程近い机とベッドの配置も悪くない。扉横の棚には花瓶らしきものがあるが、残念ながらそれだけであった。
 ずだ袋をベッド脇に置いたジークは、マントと防具、それを留めていた襷状のベルト、剣帯、そして上着と脱いでいく。
 ――肌着のみの、完成された上半身が露になった。
 余分な贅肉も筋肉もなく、血管一筋に至るまではっきりと分かるその肉体は古傷の痕も生々しく、ジークが歴戦の兵(つはもの)であると明言していた。
「む……」
 解放された左肩の調子を確かめるように、ジークは何度か前後に回す。
(異常無し)
(む)
 ジークは簡単な身体検査を終えると靴紐も解き、ベッドにその身を横たえる。
 実に三ヶ月ぶりのベッドの感触は、あまり好ましいとは思えない。
(意外だな。お前にもそうした嗜好があったのか)
(下らん冗談はやめろ)
 煩わしげな対応とは裏腹に、ジークの右手は敷き布の感触を確かめたりしている。
(……む)
 やはり、素材の質が低いようだ。指先に伝わる布地の感覚は荒く、一般に出回っている品と大差ない。平均的な宿でも、もう少し上等な布を誂えている。
「…………」
 天井を睨むジークの頭は、勝手に思考を展開し始める。
 ――この宿屋に関しては、妙な違和感が絶えない。
 身分の貴賎を問わず、資本が絶対的な力を有するリグニアの、それも“統一運動”後期に取り込まれたこのアルトパ地方にありながら、この宿の粗末さと立地は異常だった。およそ競争社会で生き延びていけるようなものではない。
 だというのに、ランドール一家が経済的に逼迫(ひっぱく)している風には見えない。それどころか、原価割れ寸前の金額まで提示している。
 トムソンという同業者や食堂の主人の態度からして、何かしらの秘密――それも公にできないようなものがあるのは間違いないが、何故かベスは秘密の存在そのものを知らないでいた。通常、そうしたものは全員で共有し、互いに監視し合っているものなのに。
(アルトパ全員の、ではなく一部の人間達が共有しているものだとすれば?)
(可能性大)
(事実と仮定。共通項目の検索――完了)
(列挙――)
(止めろ)
 それを止めたのは、他ならぬジークだった。
(下らん。そんなことを知ってどうするというのだ)
(無知であることは七つの大罪よりも重いぞ)
 声による反論はまだ続く。
(そもそも、我々の主格となるのはお前だ。お前が必要だと認めん以上、働きはせん)
(不要であることは明白だ。二番から六番は停止、七番は俺が指示を出すまで休止。以上)
 何も言い返す間を与えず、ジークはこの部屋において本当の意味で独りになった。
(……下らん)
 人はみな、嗜好や価値観といった大まかな共通項から形成される集団の中で生きている。表層的なやり取りがあったとしても、互いに深く立ち入ることはまずない。
 アルトパが何かしらの問題なり欠陥なりを抱えているのだとしても、それはあくまでもこの町の問題。無縁であると判断した以上、関わるのは愚の骨頂である。
 そう己が下した結論に、ジークは疑念を持たない。
「――――」
 床板の軋む、微かな音。
 即座に身を起こしたジークは、短時間で上着に袖を通す。左手には長剣の鞘を持ち、いつでも抜き放てるよう構える。
(過剰警戒不要)
(……そのようだな)
 無機質な声に遅れて、ジークも足音の主に気付いた。
 気配を殺して扉の前に立ち、静かに開ける。
「入れ」
「…………」
 危うくも盆を持って立っているのは、ミュレだった。
 ミュレは、操り人形のような意思を感じさせない足取りで机に歩み寄ると緩慢な動作で食器を乗せた盆を置く。
 そこまでは、よかったのだ。
「…………」
「む?」
 机の脇に立ったまま、ミュレは動こうとしない。
「どうした」
「…………」
 要求を問うも、まるで反応がない。
「上乗せ料でもいるのか?」
 などとも訊くが、結果は変わらず。
「むぅ……」
 半ばやけくそに近い心境でジークは席に着き、夜闇のせいで尚更不気味な少女の前で一足遅い夕食にありついた。


「まったく、随分とスカした奴だぜ」
「そう言いなさんな。一応あんなのでも久々の客なんだし、贅沢言えないよ」
「やれやれ……」
「ところで、あんた」
「ん?」
「今夜、トムソンさんがミュレに『あれ』を頼みたいらしいからさ、今のうちにミュレの準備をしといとくれな」
「ああ」


「…………」
 ジークは、自分に向けられている一対の視線を最初は無視していた。
「…………」
 かれこれ数分間、無視していた。
「…………」
 兎に角、無視していた。
「……ミュレ、だったか?」
「……ん」
 微かに、ミュレは頷く。微かというのは、彼女が漏らした一文字分の声である。
「何もしないなら帰れ」
 とジークは冷ややかに言ったが、その言葉はミュレの耳を通過したらしく、彼女は机の横で、黙って食べかけの料理を凝視していた。
(むぅ……)
 一応ミュレから害意は感じないものの、ジークはそこはかとなく居心地が悪かった。
 どうやらハロルドに料理を運ぶよう言われていたらしいミュレは、何故か退室を命じられても下がることなくジークの傍に立っている。給仕でもするのかと思って幾つか頼み事をするも石像の如し、まるで動く気配はない。
「…………」
「……食べたいのか?」
 思いつくままにジークが問いかけるも、
「…………」
 ミュレはただ、じっと動かないでいるだけ。
「む……」
 ジークは腕を組み、唸る。
(……分からん)
(ここまで反応がないというのも珍しいな)
(前例なし)
 と、それぞれ異なる呟きを洩らしつつ、ジークはミュレに再び声をかける。
「ミュレ、お前のことだ」
「…………」
(む)
「…………?」
 ジークの言葉に、ミュレは首を小さく傾げた。
「ミュレ」
「…………」
 首を傾げたままのミュレに、ジークは確信した。
 どうやらミュレは、名前を呼ばなければ反応しないらしい。何となくだが、小さな発見をした気分だった。
「ミュレ、お前は食べたいのか?」
「……ん」
 数秒の間を経て、ミュレが発音したのは、やはり文字に換算して僅か一文字だけであった。
「…………」
 そして再び黙り、眠たげな昏(くら)い瞳をジークから食べかけの料理へと戻す。
(……む、二番から六番、この返答に対しどう思う?)
(五番、推測。予想案報告。意味『肯定』の可能性。七割九分)
(六番、推測。予想案報告。意味『否定』の可能性。一割)
(四番、推測。予想案報告。意味『要求』の可能性。五厘)
(この他にも、少数意見が全体で五厘出ているが……一応、聞いておくか?)
(結構だ)
 全ての声を黙らせたジークは、ミュレに再度尋ねる。
「ミュレ」
 ジークに呼ばれて、ミュレは黒水晶よりも無機質な視線を向ける。
「お前は、これが欲しいんだな?」
(――懐疑。その質問の意図が不明。発言の理由を要求)
(黙っていろ)
 返答を待つ間に、また十秒、二十秒と時間が流れていく。どこから入ってきたのか、ミュレの背後では一匹の蛾が蝋燭の周りを飛び回っていた。
「…………」
 蝋燭の火が芯を焦がす音に、ようやく別の音が混じった。
可憐だが抑揚のない肉声ではなく、重たげな鎖の音が。
「……む?」
 荒縄で縛られた白魚のような指が、ジークの袖を握ろうとし、どうにかたどたどしく掴むと、
「……いい?」
 ミュレの小さく、形のよい唇が言葉らしきものを紡いだ。
(今のは……疑問系、だったな)
(肯定)
 どうにかこうにかであるが、ミュレの言葉が少しずつ理解できるようになってきているらしい。
「む」
 短く応じて、ジークは椅子をミュレに譲る。
「……む?」
 ベッドに腰掛けた時、ジークはふと気付いた。
「…………」
 ミュレは、机の横で料理を見つめたまま、動く気配は全くなかった。
「ミュレ、それを食べていいんだぞ」
 ジークに言われて、ミュレは彼に光のない瞳を向けると、食べかけの料理に再び戻す。
(……食べる気はなかった、のか?)
(情報不足。不明)
 と、ジークと声がやり取りをしていると、
「…………」
 緩慢な動作でミュレは椅子に座り、黙々と食べ始めたのだった。
「…………」
 ジークは、この異質で奇妙な少女を思わず凝視した。
 その姿を形作る何もかもが、熟練の職人によって材料から選定され、長い年月をかけて精製された人形のように儚く、愛らしく、そして美しい。
 ――そう、人形として。
「…………」
 ジークは、このミュレという少女に抱(いだ)いていた、ある種の違和感とでも名づけるべき揺らめきの正体を理解した。
 この少女が人に感じさせる儚さや愛らしさは、全て人としてのものではない。厳密に表するのなら、人が人に対して抱くはずの『美しさ』や『愛らしさ』を、ミュレは微塵も感じさせないのだ。
 昔――まだジークが隻眼になるよりも更に昔、ジークは『彼女』と一冊の物語を読んだことがある。
 その物語では、山奥に住む一人の男が寂しさに耐えかねて人形を作り、命を与えて友達にする。
 その人形は男と会話することができたし、また自ら話しかけることもできた。
 男は人形と語り合い、畑を耕し、また共に遊んだ。
 その男は、人形という唯一の友を得ることで、孤独ではなくなったのだ。
 ところがある日、事件は起きた。
 突然男は、狂ったように斧を振り回し、人形を壊してしまったのだ。
 その後、男がどうなったのかは、誰にも分からなかったという。よく分からない物語だったが、子供心に強く印象に残っていた物語だった。
「…………」
 ジークは、絶えず料理を口に運ぶミュレを見ながら思う。
(下らん。あんな作り話など気にかける価値もない)
 何より、いかに彼女が他の人間と異なる雰囲気を漂わせていようと、所詮は他人。彼岸の火事でしかないのだ。
(火事場に飛び込む馬鹿はおらん。関わらんことが賢明だ)
「…………」
「――む」
 ジークが自己完結していると、ミュレがこちらに視線を向ける。
「どうした、ミュレ」
「…………」
 穴が空きそうなほど凝視すること数十秒。ミュレは塗り潰されたような瞳でジークを見つめながら、こう言った。
「……じ ぃ く」
 平坦な、一つ一つの音を繋げた言葉の羅列の正体は、彼の名前らしかった。
「む?」
「じぃく、あう、てる?」
 辛うじて疑問形だと分かる、平坦で文法もどこかおかしい言葉。
「むぅ……」
 前言撤回。まだ未知の領域があったようだ。
「…………」
 無言で、ミュレは首を傾げる。その仕草が「違うの?」と言っているような気がしたので、思わずジークは答える。
「む……いや、俺はジークだが」
「……ん」
 ミュレは小さく頷き、親指と括られた人さし指でジークを指さす。
「これ、じぃく。いい」
「……人を『これ』と言うな」
 と、ジークは切れ味の鈍い鉈のような口調で言った。だが不思議と、それほど不快な気分にはなっていなかった。
「…………」
 今の言葉は無関係だと断じたのか、ミュレは両手を膝に乗せたままじっとこちらに空虚な視線を向けている。
「――おお。ここにいたんか、ミュレ」
 そんな時、扉が慌ただしく開いた。宿屋の主人ハロルドだ。
「お前、もう寝る時間だろう。――いやいや、すまねえな。宿屋ってのは朝から忙(せわ)しなくていけねえ」
「む、気にするな」
 そう言って、ジークは片手を振る。
「そういう訳だ。早く来い、ミュレ」
「……ん」
 ミュレは頷き、ハロルドへと向かう。
「…………」
 ジークは、その小さな背中を静かに見つめていた。
 ――所詮は、彼岸の火事。
 ハロルドがミュレのことで何かを隠しているのだとしても、それは踏み込むべき領域ではないのだ。


夕食を終えたベスは、鼻歌交じりに階段を上る。
(あー! くそ、早く明日にならねえかなぁ〜)
 理由は勿論、昼間に出会った銀髪の青年と交わした約束事。
(あの人、ジーク……さん、だっけか? 恰好よかったなぁ……)
 頭に浮かぶ銀髪の青年のことを考えると、次から次へと妄想が溢れ出る。
(旅人っぽいし、多分だけど恋人とかいねえよな。だ、だったらもしかして! わ、そうだよなぁ〜)
 妄想は尽きず、遂には両足が拙い踊りまで始め出す。身も心も有頂天である。
「……俺、期待しちゃっていいのかも」
 試しに口に出してみる。満更でもない気分が味わえた。
(〜〜〜〜〜〜ッ!! 期待ってお前! ナニを期待してんだっての!)
 勝手に興奮し、勝手に妄想し、挙句の果てには勝手に暴走し出したベスは自分がどこへ向かっているのかも知らずに踊り回り、
「お?」
 ふと、床がなくなったような、奇妙な感覚に襲われる。
 気付けば、奇妙な姿勢で傾いだ体は踊り場にはなく、眼下にはいつも使っている階段。
「おわぁ〜〜〜〜〜!?」
「おぅ!?」
 足を踏み外してしまった者の、当然の帰結として、ベスは階段から、派手に転がり落ちてしまったのだった。




ある少年の最期は、次のようなものであった。
「兵隊さんたちが、言ってたんだ」
 少年の赤茶色の短髪が、月の光を弾いて鈍く光る。
「『アイイロノカミトメノバケモノヲサガセ、ソレイガイハコロセ』って」
「…………」
 少女は、答えない。ただじっと、自分よりも背の低いアルヴァを見つめている。
「答えてよ!」
 無言でそうしているだけの少女に、少年は声を張り上げる。
「“ばけもの”って何なのか分かんないけど、藍色の髪と目ってお姉ちゃんのことでしょ? 違うの?」
「…………」
 少女は、答えない。言葉を持たない人形のように。
「どうして答えないの? お姉ちゃんのことなんだよ」
 それでも、少年は諦めない。
 目の前で十も違わない家族らを失った少年は、その原因であることに間違いない少女への追求を止めない。
「お姉ちゃんが何かしたんでしょ? だから兵隊さんたちが怒って、みんなを殺しちゃったんでしょ?」
「…………」
「?」
 少女に、初めて動きがあった。
「……わたし……」
 いつもと同じ、虫食いのように所々が分からない喋り方で、
「した……しらない……」
 己の無知を、告げる。
「…………」
 今度は、少年が沈黙する。
「もういいよ、お姉ちゃん」
「…………?」
「一緒に死のうよ」
 ぶつかる。重たい何か。
 少女の背中から髪を押し分け、朱に染まった陶器の破片が突き出る。
「安心して」
 刺した張本人が、穏やかな――だが悲しみに満ちた声で言う。
「すぐに、ぼくも逝くから。それにね、お姉ちゃん――お兄ちゃん達が向こうで待ってるから、怖くないよ」
「…………」
 糸の切れた人形のように、少女はその場で崩れるように倒れた。
「だから、お姉ちゃん」
「…………」
 少女の輝きを持たない左目に、喉から下を血で染めた少年の姿が映る。
 その表情は、少女を刺した時と変わらぬ穏やかさを湛えていた。
 倒れたのか、膝をついた少年は少女の隣りに乱暴な動作で身を横たえると掠れた声で言う。
「早く一緒に逝って、謝りに行こうね?」
「…………」
 大事なものが流出していく不思議な感覚に伴い、少しずつ目の前が暗くなっていく――
「…………?」
 はず、であった。
 薄れていった意識は明瞭に。霞んでいった視界は明確に。
 おかしい。
 薄く傷痕の残る両手を、目の前で握ったり開いたりする。
 何の支障もなく、手は動いた。
「…………」
 何度か同じことを繰り返し、少女は使われずに消え去っていった言葉の一片を記憶の淵から拾い上げる。
「……しんで、ない」
 その代わりに、胸の辺りで嫌な気分がした。
 薄く、細長いものが生えていた。
「…………」
 少女はそれを手にかけ、躊躇なく引き抜いた。面積の大半を血に染めた陶器の破片は、月の下では黒く塗り潰されていた。
 少女の瞳と、同じように。
(――「一緒に死のうよ」――)
 少年の言葉が、蘇る。
「……しぬ。いっしょ」
 他のことを、少女は考えなかった。
 ただ、その言葉ばかりが頭の中で繰り返される。
「…………」
 やり方は分かっている。さっき、アルヴァが手本を示したから。
「……ん」
 少女は、繰り返し続けた。
 与えられたやり方を、手本を示した少年と同じようになるまで。
「…………」
 命の絶えた、少年達の隠れ家の中で、
 何度も。





 ――草原を、ひたすら走っていた。
 息を切らせながら、ただ、縺(もつ)れそうな脚を前に前にと、夢中になって動かし続けていた。
 川を越え、幾重にも曲がりくねった道を駆け抜けた先に、見慣れた光景が広がる。
 そして、
「!」
 『彼女』が、広場の真ん中で自分を待っていたかのように、一人で立っていた。
「セネアリス!」
 思わず、歓喜と驚愕の衝動に駆られて『彼女』の名を叫ぶ。
 彼女が微笑む。胸の中で、何か名伏し難い感情が湧き上る。
 ――どうして、忘れることができよう。
 あの髪を、瞳を、着ていたものを、雰囲気を、そして何よりも、あの健康的で生命力に溢れた笑みを、『彼女』の何もかもを。
 万感の思いをこめ、『彼女』へと言葉をかけようとした時、
「…………!?」
 全てが歪み、捩(ねじ)れ、突如として現れた炎によって焼き尽くされていく。
「セネアリス!」
 せめて『彼女』だけでも、と思い、必死になって『彼女』へと手を伸ばす。
 だが、
「――済まないが、其れは出来ない」
 目の前に、黒い影のような何かが――いや、違った。
 誰かが、立ちはだかった。
 頭頂から爪先までを漆黒で覆い、ただ白い貌だけが闇夜の中、揺らぐ炎で照らされていた。
 まどろっこしい考えを抜きにして、悟った。
 これは、自分にとって大切なものを奪っていく者なのだと。
「ふむ……」
 漆黒が立ち割られ、そこから白い手を自分の顎に添える。
「君の方は予定には無かったが……まあ良い、こうして命を散華するも又、一つの美しさだ」
「!」
 黒い人影のような誰かが『彼女』を包んだまま、こちらに手を伸ばす。


 薄明の中でジークは目を覚まし、ゆっくりと身を起こす。銀髪をかき分けて額に手を伸ばしてから、自分が多量の汗を流していたのだと気付いた。
 ――あれは全て夢であり、そして過去の忌まわしい記憶。
 平凡な日常、繰り返される日々の輪を無残にも打ち砕いた、一夜の災い。
「む……」
 額へと伸ばした腕を下ろし、ジークは窓の外に目をやる。何事もないように差し込む朝日が、少しだけ痛かった。
「……これで、何度あの夢を見たか」
 誰にともなく、ジークは呟いた。意味もなく、天井が遠くに見える。
「…………」
 この旅を続けて、もう何年になるだろう――そんな他愛もない感傷が湧き上がる。
 セネアリスに関する情報は一向に得られず、あの村を焼き払い、彼女を攫(さら)った影のような男の行方も、未だに分からぬままだった。
「十一……いや、十二年になるか」
 悪夢には、当然ながら続きがあった。
 あの惨劇の中から、自分を救った一人の男がいた。彼は、気絶していたらしい自分に影のような男が去るまでの顛末を伝えると、最後にこう付け加えた。
(――「で、お前はどうしたい?」――)
 ……正直に告解するなら、驚きよりもむしろ呆れたという表現の方が当時の心境としては正しいのかもしれない。何せ、目が覚めて幾許も経たないうちに――それも、一介の少年に与えられた言葉が『それ』なのだ、まず理解など及ぶまい。
 男によると、自分には大きく二つの選択肢があったらしい。
 これまでの全てを忘れて平凡に生きるか、
 これからの全てを擲(なげう)って復讐に生きるか、
 選ぶまでに時間を要した記憶があったが、選んだ道を躊躇せずに男へ告げたことだけは鮮明に覚えている。
(――「……せいぜい、俺に殺されんようにな」――)
 男の言葉が冗談や誇張ではないことが後に嫌というほど証明されたが、それは別にどうでもいい。
 あの日を境に、何処へともなく連れ去られたセネアリスと再開するためなら、ジークにとって如何なるものも障害たり得なかった。
 男は言ったのだ。セネアリスは生きていると、よほどの想定外な事態が発生しなければ、殺される可能性はないだろうと。
 それさえ分かれば充分だった。
 そこまで知っていることへの疑問より、その事実が自分をあの選択へと駆り立てた。
 傲慢であろうが構わない。
 たとえ、彼女が望んでいなくても構わない。
 ただそれぐらいしか、他に思いつかなかっただけの話。
 結果として左の眼球を失うような事態になったが、それは覚悟あっての選択、恐れも後悔もあるはずがない。
 全ては、自分が選択したのだから。
「…………」
 そして今も、旅は続いている。
(――まだ、投げ出す訳にはいかん)
 汗を拭い、ジークは床に立つ。後で井戸で体を洗わねば。
 男――師匠の下を発つ時、自身に誓ったのだ。
 たとえ、この生涯を賭けることになろうとも、『彼女』を――最悪、あの男だけでも探し出すと。
(その時まで、俺は死ねん――いや、死なん)
 改めて自分の決意を確認し、ジークは椅子の背にかけておいた上着に袖を通す。
 朝日が、何でもないように感じられた。


「…………」
「ああ、帰ってたのかい、ミュレ」
「……ん」
「……ふん、まあまあだね」
「…………」
「ん? まだいたのかい? ああもうミュレ、臭いから裏で体を洗ってきな」
「……ん」


 頃合は朝。鳥達の鳴き声に混じって、扉の向こうから人の声が聞こえてくる。
「おーいジークさんよ、朝飯用意したぜー? で、あと扉開けてくれ」
「む」
 椅子に腰掛け、分厚い本に目を通していたジークは、本を閉じて扉に向かう。
「――おはようさん」
「む」
 お盆を持ったハロルドを中へ招くと、ジークは扉を閉める。別に悪意があるのではない。単に開けっ放しが嫌いなだけなのだ。
「昨夜は、よく寝れたか?」
「む、そうだな」
 その証拠に、ハロルドが朝食を机に乗せた途端、素っ気なく応じたジークは扉を開けて『出て行け』という意思を暗に示した。
「――む、そういえば言い忘れていた」
「何をだい?」
「今日は半日かけて街の中を見て回るつもりだから、昼飯はいらんと女将に伝えておいてくれ。それと――」
 椅子に座り、ジークは言葉を続ける。
「案内役として、ミュレを借りるぞ」
「……ミュレを、かい?」
 若干、ハロルドの表情が歪んだ。過去の失態を咎められた役人の表情に似ていた。
「む? 何か不都合でもあるのか?」
「ああ、いやその、まあ……ほら、ウチは腐っても宿屋な訳だし、ミュレも人手の一人っつーか……ああそう! 人出がいてくれねーと困るんだよ」
「む……」
 ジークは、いかにも不自然で矛盾の多い主人の言動に眉を顰めたが、結局問い詰めないまま、
「では、昼過ぎには戻る。夕食の支度ならそれからでも充分できるはずだ」
 ハロルドに折衷案を出した。仮にこの場で問い詰めたとしても、おそらくはぐらかそうとするか感情的になるだけだろう。いずれにしてもこの関係を崩しかねないと判断した結果である。
「何かとこの町に関しては不慣れでな、短時間でもいいから案内役が必要なのだ」
 これほど信憑性のない台詞も珍しい。
「それに」
「? な、何だね」
 重々しい前置きに、ハロルドは脂汗を浮かべる。ここまで露骨に勘繰っているいる商人も珍しい。
 僅かな沈黙を経て、ジークは口を開く。
「どうせ案内されるなら、若い娘の方が好ましい」
「…………」
 これほど説得力のない台詞も珍しい。
「……っは―――っはっはっはっは!! なるほどなぁ! やっぱしあんたも男なんだなぁ!!」
「…………」
 怪訝な表情から一変、心底愉快そうに笑うハロルドからは、疑念を感じない。
「いいぜ、ミュレに言っとくよ。――でも、絶対に夕方より前には帰ってきてくれよな?」
「む」
 ハロルドはジークの頷きを確認し、揚々と部屋を出ていく。
「…………」
 奥歯に野菜が引っ掛かったような違和感を頭の片隅に残しつつ、ジークは机上の朝食に手をつける。
 温度は、ジークにとって適当なものになっていた。


 朝食を終えたジークは、体を清めた後、食堂を兼ねた居間に現れた。
「朝食の器、返しにきたぞ」
「あら、悪いわねえ」
 食器を洗っていた女将は、ジークから器を受け取り、桶の中に浸す。
「ミュレはどこにいる? 街での案内役を頼みたいのだが」
「ミュレかい? ああ、父ちゃんから聞いてるよ。たしかね……今だったら、部屋にいると思うよ。階段と反対の方に扉が二つあるから、右っ側の方だね」
「……む」
 頷いたジークは、居間を出る。
(階段とは逆の……む、あれか)
 建物の奥へ続く廊下に目をやり、ジークはそちらへと進む。
(女性の部屋へと忍び込む……過去にない行為だな)
(知ったことか。貴様は口を慎め)
 声を黙らせ、ジークは廊下の角を曲がる。
(だいたい、貴様は――)
 そこで、ジークの思考が一瞬途切れた。
「むぅ……」
「…………」
 ジークの前に、手枷どころか一糸纏わぬミュレが、水滴を床に垂らしながら立っていたのだ。
「…………」
色が抜け落ちたかのような白い裸身は、豊かな盛り上りのある胸部から一気に細まったくびれ、そして豊満な下腹部へと線を描き、その曲線は老練の彫刻師でも再現不可能なほどに絶妙で、これ以上ない量感を伴っている。それらに纏わり付く、濡れぼそった藍色の長い髪が、より一層の艶やかさを醸し出していた。
「……ミュレ、服はどうした?」
「……ない」
 と、動揺しているようには全く思えない、平然とした様子でミュレは返す。胸の先端から落ちている水滴が、妙に淫靡だった。
「…………」
 呆然と立つジークを他所に、全裸のミュレはぺたぴちゃと水音の混じった足音とともに部屋へと入っていく。
 扉が閉まった音を聞いた時、ジークは呟いた。
「……普通は、何がしかの反応を示すものではないのか?」
 こればかりは、声も応じる気にはなれなかったようだ。


 ミュレの朝食は、思っていた以上に早かった。
「……準備はできたな、ミュレ?」
「ん」
 宿屋の玄関前で、ジークは再度確認する。その肩には、町を訪れた時のずだ袋が提げられている。何事も自分で管理をしないと気が済まない男なのだ。
「…………」
 衣服を纏い、髪を編み直してあるミュレは重苦しい手械を下げ、昨日と何ら変わらぬ無表情でジークを見つめている。
「む?」
「…………」
 無表情のまま、ミュレは光のない瞳にジークを映している。というか、水晶体に映していると表現した方が相応しい。
「どうした、ミュレ?」
「…………」
 ミュレはただ無言。
(……む。どういうことだ?)
(原因推察。解明――)
 何一つ意思表示を行わないミュレに対し、ジークは数秒間黙考する。
 何故、ミュレは全く動かないのか?
(むぅ……下らんことに時間を費やすのも業腹だ。さっさと訊いて、究明すればいい)
「ミュレ」
「…………」
 暗所に安置されている宝石のような目で、ミュレは目の前のジークを認識する。
「俺が何を頼んだか、知っているな?」
「……ん」
 がくん、とミュレは糸の切れた人形のように項を垂れる。……もしかして、頷いたのだろうか?
「言ってみろ」
 発言を促すも、ミュレは無言。
(法則)
(む)
 そういえばそうだった。
 ミュレは、まず名前を呼ばなくては反応しないのだ。
「ミュレ、言ってみろ」
「…………」
 十秒ほど経ってから、ミュレは口を開いた。
「あんない」
「それがどういう意味か、知っているか?」
「…………」
 再びミュレは首を傾げたまま、動かなくなった。
(……動かんな)
(む)
 このまま待っているのは得策ではないと判断したジークは、ミュレに背を向けて歩き出す。
 すると、
「む?」
「…………」
 自分の足音に、別のものが混ざる。
 振り返ってみた。
「…………」
 こちらを見上げたまま、ミュレが立っていた。忙しなく擦れる金属音は、鎖が放つものだったのだ。
「……わたし、あるく。じぃく」
 訊く前に、ミュレが口を開く。平坦な発音や無茶苦茶な文法のせいで分り辛かったが、よくよく聞いてみれば、内容は先ほどの質問への答えであった。
「…………」
 試しに、ジークは三歩ほど歩いてみる。
「…………」
 頼りなさげ名足取りで、ミュレも三歩分、ジークの後ろを追従する。
「……む」
 それを見て、ジークはおおよそ理解した。
(対象の意思、理解完了。先刻の沈黙及び静止は『首肯』並び『追従』の意である)
(要するに、奴は『分かった。ついてくからそっちで勝手にやれ』と言いたいようだな)
 反応は鈍く、自己主張もしない。
(むぅ……)
 つくづく扱い辛いミュレに、ジークは錆びたナイフのような視線を向け、
「行くぞ。ついて来るんだ」
「…………」
 その後、ミュレは一言も発することはなかったが、それでもジークのすぐ後ろを雛鳥のようについて歩いていた。
(……俺は、奴に道案内を頼むべきではなかったか?)
(時既に遅し。時は金(きん)より高く重い)
 益体(やくたい)のない諺が頭の片隅で湧いたが、それもジークにはどうでもいいことであった。


 頃合は昼前。太陽は既に中天に至り、中心街を往く者達の頭上へと公平に降り注ぐ。
 賑やかに駆け引きを、購買を、雑談を楽しむ者らの集まりを割り裂いて、ジークとミュレの二人は歩を進める。
 両者の間に会話は一切ない。
 元々、ジークは他人との会話を好まない。食事時を除けば、一日中口を開かないこともある。
 そして、ミュレもまた、一切喋り出す気配はない。根本的に受動の人間なのだろうとジークは判断していた。
 率先して説明する気はなさそうなので、ジークは表通りの店を一つ指さす。先日の一件で裏路地の地形はほとんど把握しているのだが、こちらはまだ不慣れだ。
「ミュレ、あの建物は何だ?」
「しらない」
 一文字ではない分ましなのかもしれない――そんな考えがジークの脳裏に浮かんだかは分からない。
「……ミュレ、知らんのか?」
「……ん」
 このように、ミュレはジークが問えば一音以上一文以下で答えてくれる。こともある。
「むぅ……」
 これ以上は何を言っても無駄なので、ジークは会話を打ち切り先へ進む。
 単刀直入に述べると、ミュレは道案内として、まるで役に立っていない。
 何を聞いても「しらない」か「……ん」の二つでしか答えないし、時々ふらりと勝手にジークから離れるし、そもそも案内役として率先してくれるのかと思いきや、ずっと後ろを黙ってついてくるばかりだ。
(……本当に、何なんだこいつは?)
「…………」
 宿を出て以来、手紙一枚分にも満たない言葉しか口にしていないミュレを伴い、ジークは本日の目的地の一つに到着した。
 町の出入り口――の門の脇にある、兵隊詰め所である。
「む、すまない」
「?」
 暇そうにしていた兵士に、ジークは話しかける。彼は欠伸を噛み殺しつつ「どうしましたか?」と暢気に尋ねる。
「この町では、出入りする人間を逐一記録しているな?」
「ええ、まあ」
 何だ、こいつは――そんな目をしつつも、兵士は曖昧に応じる。年齢不詳の、やたらと剣呑な雰囲気を漂わせる人物が来れば、誰であっても警戒するだろう。ジークはジークで、そんな相手の態度には慣れていたので気にしていない。
「それが、どうかしましたか?」
「その記録を見せてもらいたい」
 ジークの物言いは、あくまで単刀直入であった。
 その分、兵士の不信感が募った。眠そうな目つきが、ようやく働く人間のそれになった。
「……えー、どういうつもりかは知りませんが、無関係の方にお見せする訳にはいかないんですよ」
「む、そうか」
 その兵士は、よく教育されていた。威圧的な態度をとるでもなく、ゆっくりと丁寧に相手に沁みこませるように諭そうとする。
 元より通すだろうとは思っておらず、早々と『切り札』を出すことにした。
「?」
 ジークは、懐から『切り札』を取り出し、兵士に見せる。
「ん……? ――ぇおっ!?」
 一瞬、兵士は自分が見せられているものが何なのか理解できなかったようだが、
「少し、お待ち下さいっ」
 慌てて、詰め所の中に駆け込んでゆく。騒々しい会話の断片が、石造りの建物から漏れ聞こえる。
「お、お待たせしました!!」
 一分経つ寸前に、もう一人の兵士を伴って戻ってきた。顔つきは一人目より老けており、肩の階級章などと合わせて考えると上司にあたる人物だと想像できた。
「失礼ですが」
 と前置きをし、上司はまるで老練の鑑定商のようにジークを凝視しつつ、慎重に言葉を選んでいるようだ。
「少々、私どもと一緒に来ていただけますか?」
「構わない」
 鷹揚に頷いたジークは、すぐ背後で古びた案山子のように立っているミュレに声をかける。
「ミュレ。すぐに戻ってくるから、そこで待っていろ」
 そう言って、ジークは詰め所の脇を指さした。そうでもしないと、ミュレは動きそうになかったからだ。
「……ん」
 ミュレが頷いた頃には、ジークと兵士達は詰め所内へと入っていた。
「――あ! おい見ろよー」
 どこからか、幼さの残る声がした。


 町を出入りする人間を記録するというこの方策は、この町だけではなく、五大国やその傘下にある小国でも管理のために用いられている。
 元々は大きな罪を犯した者を追うためのものであったらしいが、中央集権化が進むにつれて管理される平民の数が増えた結果、人々の流れを把握する手法としてこの方策は採用されるに至ったのである。
 窓から、いつの間にか太陽が見えていた。
「……む」
 最後の頁に記載された大商人の記録を読み終え、ジークは本を閉じる。
「い、いかがでした? お望みの記録はございましたか?」
 どこか遜(へりくだ)った兵士の言葉に「む」とだけ答えたジークは、数十冊目の記録を閉じる。
「そっちにはあったか?」
「いえ、私どもの方もありませんでした」
 と言って、上司はジークが調べ終えた記録を本棚に戻してゆく。
 偽名を使っていたり、髪を染めるなどの偽装を行っているのではと考え、決定的な身体的な情報を幾つか提示したのだが、それでもやはり彼女と思しき情報は得られなかった。
 この街に、セネアリスは訪れていなかったようだ。
「あの……」
「む?」
 気まずそうな表情で、兵士がジークに質問する。
「この結果って、もしかして自分達の……その、給金に関係したりするんですか?」
「気に病む必要はない。別にお前達の仕事を調査しに来たのではないからな」
 そう答えると、兵士は胸を撫で下ろし、「あ、じゃあもう一ついいですか?」と尋ねる。
「そのですね、セネアリスという女の人は、どんな罪で追われているんですか?」
「む?」
 ジークの眉根が、深い谷を造る。
「あ、いえそのぉ、貴方みたいな人が追っているくらいなんだから、どれぐらい恐ろしい奴なんだろうかと――」
 一瞬、兵士は背筋に氷を入れられたかのような錯覚に陥る。
「気にするな」
 ジークは、短く告げる。
「では、一体?」
「お前が気にする必要はない。神とは、誰もが知らぬが故に神なのだ」
「???」
 怪訝な表情の兵士を無視して、ジークは足早に詰め所を出る。ちなみに先刻のジークの言葉には深い意味もクソもない。ただ相手を煙に巻くためだけのものだ。
 出る直前、窓の外を見ると、まだ強い秋の日差しが隻眼を射す。
(む、いかんな。大分時間がかかってしまった)
 既に昼食時は過ぎている。いかにあのミュレでも、空腹を感じたりはするはずだ。
「む、待たせたな。ミュレ――」
 ジークの言葉が、途切れた。
「…………」
 ミュレはジークが入っていった時と変わらず、無表情のまま立っていた。
 違っていたのは、
「な、面白いだろ? あいつさ、何やっても動かねーんだよ」「本当だ。よーし、俺もやろっと」「あははは、見ろよ当たったぜ!」「ほらぁ、何か言ってみろよ、この“化け物”!?」「悔しかったらその錘(おもり)壊して俺達も殺してみろよー」「おいやめとけよ、本当に危険らしいぜあいつ」
 何人かの子ども達が、棒立ち状態状態のミュレに横から石や泥の球を投げつけていることだ。
 どのくらい前から行(おこな)っているか分からないが、ミュレの左半分の顔や服、藍色の髪は泥で汚れ、肩の周りには、血が付着していた。
「…………」
 ジークの声に遅れて気付いたか、ミュレはジークへと振り向く。どんな石を投げつけられたものか、左側のこめかみに裂傷があり、顎の先まで血が流れている。赤い血で藍色の髪が白い肌に張り付いて、不気味な色合いを成していた。
「あ! 横に誰かいるぜ!?」「ほんとだ」「“化け物”の知り合い?」「はあ? んな訳ねーよ」
 一人の少年が、残酷な笑みを浮かべる。
「あそこにいんのは、あの“化け物”だぜ?」「そーそー、この町に“化け物”は一匹だけ!」「あいつに友達とかいるはずないもんなー」
 ジークの存在に気付いた子ども達は、口々に好き勝手なことを言い合いながら街角へと走る。その中の一人が、
「死ねっ!!」
 どこで手に入れたのか、卵を投げつけてから他の仲間達の許へと逃げていった。
 卵は緩い放物線を描き、ミュレのすぐ近くにまで来た時、
「――――」
 消えた。
「……ミュレ」
「…………」
 右手に収まった卵を片手で弄びながら、ジークは言う。
「ここに来る途中、小さな川があった。そこで洗うぞ」
「……ん」
 彼の表情は、抜き放たれた刃のようだった。


 広大な面積を持つアルトパのような地方都市では、安全面や衛生面からの事情で、外壁の内側に畑を拓く場合がある。その際に外の川から水を引き、外堀や用水路に転用するのだ。
 そうした畑の脇に、ジークとミュレはやって来ていた。
 外壁沿いを流れる小川の傍は公園のようになっており、市のある商業区画の賑わいとは全く無縁のようだった。
 剥き出しの地面が広がる公園を抜けて川辺まで行く。水面近くを蛙が泳いでおり、底では蟹が二匹、お互いに鋏を振り上げていた。
「ミュレ。座れ」
「……ん」
 川辺でミュレを座らせると、ジークは無遠慮にミュレの体に付いた泥を払い落とす。傷の処置は、清潔さが求められるのだ。
「…………」
 ミュレは胸や腰周り、唇や頬の辺りにジークの無骨な手が触れても、石や泥を投げられていた時と変わらぬ無表情で、ぼんやりと虚空を見つめていた。
「目は閉じておけ」
「……ん」
 と、睫を伏せて顎を反らしている姿は接吻を乞うかのようにも見えるが、そんなことなど気付きもせずにジークは彼女の前髪をたくし上げ、傷口を確認する。ミュレの髪は細く、滑らかな手触りは絹のようだった。
「…………」
 頬や顎にも怪我はあったが、とりわけ額の裂傷が酷い。
 当たり所が悪かったのか、こめかみの傷は意外にも深く、ぱっくりと裂けた傷口からはいまだに真っ赤な血が流れ出ていた。
(む、傷口そのものは小さいな。これなら、簡単な処置だけでも充分だ)
 片手でミュレの柔らかな前髪を押さえながら、ジークは袋から包帯用に持ち歩いている清潔な布と数種の薬草、そして薬研を取り出す。
「ミュレ、……む、そうだ、そのまま押さえていろ」
「……ん」
 言われるままに、ミュレは拘束されたままの両手でぎこちなく額を押さえる。鎖の長さは、そこで限界になった。
 手の位置を微調整してから、ジークは処置を始める。
 まず、布を三枚に裂く。続いてその中の一枚を水で濡らし、傷口の周りを丁寧に拭いてやる。額で水気と血が混じり合い、薄桃色の液体となっていた。
「沁(し)みるか?」
 無言。また失念していたようだ。
「……む。ミュレ、滲みるか?」
「…………」
 沁みる、という言葉の意味が分からないのか、ミュレは何も言わない。とりあえず平気そうなので、ジークはそのまま処置を続ける。
 次に、二枚目の布を折り畳んで作った綿紗の代用品に薬研で調合した傷薬を塗って傷口に被せ、最後に残った布を包帯として幾重にも、少しきつく巻きつける。遠くから見る分には、ちょっとした額あてのようにも見える。
「ミュレ、もう離してもいいぞ」
「……ん」
 ジークが言うと、ミュレは無言で両手を膝の間に置く。感謝の言葉など一(ひと)欠片(かけら)もないが、既にジークは悟っていたので何も言わない。子どもの教育は親の義務であり責任である。よって、何も言わない。
「…………」
 せせらぎに顔を向けたままじっと動かないミュレを見て、ジークは先刻の疑問を思い出す。
「ミュレ」
 呼びかけると、ミュレは微かにだが反応する。
「お前は、この町の人間に何をした?」
 ジークの問いは、単刀直入に続く。
「さっきの連中や町の人間の様子を観察していると、明らかにお前に悪意を持っていた」
「…………」
 ミュレは、ただ無言。
 すぐ脇の川で、蛙がすいすいと泳いでいく。
「あれは異常だ。ミュレ、お前が――」
 ぎゅるるるるるん、と間の抜けた音がする。
「……むぅ?」
 ジークの眉が、顰められる。
(推察。一定以上の空腹感を感じた際、胃腸が発する音と思われる)
(慣用表現での『腹の虫』に該当)
 無機質な声が、杓子定規な解釈と解説を述べる。
(むぅ……)
 よく考えれば、既に食事時を過ぎているのだ。少なからず、ジークも空腹ではあった。
「……む、ミュレ」
「…………」
 薬研を川で洗いながら、ジークは続ける。
「飯に行くか?」
「ん」
「……むぅ……」
 こんな時ばかり即答するミュレに、ジークはすっかり毒気を抜かれてしまうのであった。


 先日訪れた食堂の扉を、ジークは叩いた。時間が時間なだけに人は殆どおらず、看板娘の姿もない。
「……昨日の晩、階段から転げ落ちて寝込んどるよ」
 店主がそう答えてくれたが、その対応はどことなく――ではなく、露骨によそよそしい。
「おーい、客二人だ。奥の席に案内してやれ」
「はーい」
 例の頭が残念なことになっている店員に連れられ(その際、店員から奇妙な視線を向けられてたという自覚は無論なく)、ジークとミュレは向かい合って座る。
「とりあえず奢ってやるから、しっかり食え」
 とはジークの言葉だが、
「…………」
 その本人は、目下渋面を作って眼前の光景を眺めていた。できることなら、自分の言葉を取り下げたいとさえも思っていたりする。
「…………」
(……俺は、まだ疲れているのか?)
(計測。――否定。疲労物質の検出不可)
(睡眠時間に不足は見られず。身体的数値も正常)
(要するに、気持ちの問題だな)
「むぅ……」
 あれよあれよという間に、大量の料理がミュレの小さな口に運ばれ、そして消えてゆく。先日の夕食にしてもそうだが、あんな不自由極まる手で、よく器用且つ素早く動かせるものだ。
(あんな小さな体の、どこに入るん――)
 視界の下半分に細長い物体が見えた刹那、ジークの隻眼が閃く。
「……ミュレ」
 不法侵入を働かんとしていたフォークを自分のそれで抑えながら、ジークは「他人の物を食べようとするな」と低い声で言う。しばらくの間、ミュレは動かなかったが、
「……ん」
 と頷き、ゆるゆるとフォークを戻すと、何も言わずにただ無言でこちらを見つめる。その様子は、飼い主に『待て』と命じられた犬のようだった。
「…………」
 諦めたかと思い、ジークが視線を上げると、
「……む」
「…………」
 ミュレの全てを吸い込みそうな藍色の瞳が、じっとこちらを見据えている。もし睨んでいるのなら、ある意味そこらの小悪党よりも恐ろしい。
 悲しいかな、この状況で彼女の視線が含む意図が読めないほど、ジークは愚かではなかった。
「……む、ミュレ」
「…………」
 ミュレ、という名前に反応し、彼女は空虚な瞳にジークを映す。
「まさかとは思うが、まだ食い足りないのか?」
「……ん」
 時間にして約十二秒間の沈黙を経て、ミュレは突然首を前に倒し、戻す。……頷いた、らしい。
(俺の記憶が正しければ、既に俺の倍近く食しているはずだが……)
(肯定。目測の結果、1.756倍の食物を摂取している)
(下らんことに時間を使うな)
(猛省)
 無意味な行為を戒め、ジークは当面の問題――無言でこちらを見つめるミュレの対処法を考えることにした。
「ミュレ」
「…………」
 ミュレの硝子玉のような目が、ジークから小皿に移る。
「全部はやらんが、それだけならいいぞ」
「……ん」
 一音を洩らし、ミュレはもそもそと小皿に盛られた料理を食(は)む。
「……む」
 結局ミュレは、最後まで「ありがとう」とは言わなかった。
(……本当に、こいつは何者なんだ?)
 自分も、少し冷めた料理を口に運びながら、ジークは取留めのない思考を展開する。
 よくよく考えてみれば、ミュレが変わっているのはなにも言動ばかりではなかった。
 まず目につくのが、髪が異様に長いことだろう。踵ぐらいまでまで伸びた藍色の長い髪を二股に分けた――それでも、やはり太い――三つ編みには、何かしらの意味でもあるのであろうか?
(あるとすれば、個人の嗜好だろうが……こいつに、そんなものがあるとも思えん)
 何気に失礼なジークであった。
(でなければ、何かしらの意味が?)
(宗教的なものとかか?)
(否定。根拠供述、この近辺で外見に固執する宗教が実存した記録は皆無)
(否定支持。我らの記録にはないと仮定した場合でも、この町にはそれらしきものの雰囲気は感じられない)
 故に宗教関連ではない、と結ばれかけたのだが、これに真っ向から反論する声が上がった。
(肯定。根拠供述。六番の供述踏(とう)襲(しゅう)。且つ宗教が外部の人間に知られてはならないものと仮定。その場合、ミュレの髪型には特殊な事情があるものと――)
(否定。供述に具体性の存在を認知不能。理由を説明。三番の供述は殆どが想像の範囲に留まっている)
(四番意見支持。三番の主張は矛盾を抱えている)
 否定を支持する声が多数になりながらも、それでも三番は言い返す。
(反(はん)駁(ばく)。想像なくして真理の証明は不可能)
(否定。それこそ正に不可の――)
(黙れ。そして主題から逸れるな)
 無軌道に思考を展開していくのを制止し、ジークは軽く溜息を吐く。そもそも、髪など気にしても仕方がない。。
(何より不気味なのは――そう、あの眼だ)
 ジークは胸中で呟き、俯くミュレの顔に眼をやる。
 藍色であるはずなのに、全てを黒く塗り潰されたようにも見えるミュレの瞳。彼女を『ヒト』の領域から遠ざける、洞(うろ)のような虚(うろ)の眼(まなこ)。
 古来より『目は口ほどにものを言う』とあるが、ジークはその言葉の意味を痛感した。
 彼が師匠と仰ぐ男の許を発ってからの約五年間、ジークは様々な『目』をした人間――自信に溢れた者、そうではない者、意欲に漲る者や絶望と無気力に浸した者、狂気を漂わせる者や曇りない精神を宿した者――兎に角、職業身分性別を問わずジークは旅の途中でそうした種々雑多な者達を見てきたが、ミュレはその誰とも違った。より本質的に、より根本的に。
 異様に長い髪も不釣合いな手枷も問題にさえならない。
 ――ないのだ。
 ジークは、これまでに多くの浮浪者や奴隷、薬物中毒者といった、光のない目をした人間も見てきたが、彼らはまだ、人間の――あるいは、『私』の範疇に留まっていた。原因が絶望であれ薬物であれ、そうしたものがある以上、彼らにはそれまでの流れがあり、形を成してきたものがある。
 ――ミュレには、それが感じられなかった。
 現在に至るまでに彼女が歩んできたはずの過(これ)去(まで)のことが、全く見えてこないのだ。
 あまりにも無機質で、あまりにも空虚で、あまりにも異質。
(――「何か言ってみろよ、この“化け物”!?」――)
 不意に、ミュレに石を投げていた少年の言葉を思い出す。それと連動して、食堂の店主がとった態度についても考察してみる。
 彼やトムソンの態度から、両者がミュレを嫌悪しているだけではなく、同時にどこか、必死になって隠そうとしている印象を受けた。ハロルドの態度にも疑わしさは感じるのだが、こちらは別種のものに思えたので勘定には含んでいない。
「む……」
 三つの言葉が、ジークの脳裏にある。
 『危険』。『近寄るな』。『“化け物”』。
 他者からの明確な悪意。接触の拒絶。そして迫害。
「…………」
 最早、疑いようはない。
 明らかにミュレは、この町で『何か』をしたのだ。それも、アルトパに住む一部の人間しか全容を知らないことを。
「……あのー?」
 声がするので視線を左に向けると、そこには頭髪が残念なことになっている店員がいた。
「お皿が空になっていますけど、片付けましょうか?」
「む」
 いつの間にか、ジークの皿からは料理が影も形もなくなっていた。
 犯人は誰か分かっている。
「…………」
 何故なら、口元にべったりと食べ残しが付いているから。
「……ミュレ、これで口の周りを拭け」
 ジークはもう怒る気にもなれず、机の隅にあった布巾を手渡してやる。
「……ん」
 やけに素直な応対を見せるミュレに鼻を鳴らし、ジークは席を立って出口に向かう。後ろを見なくても、ミュレが黙ってついてくるのは足音で分かった。これでは“化け物”ではなく犬かカルガモの雛だ。餌付けされて懐く。
(……懐いている、というのは違う気がする)
(同意)
 と、そんな時だった。
「む、すまん」
「……いえ、こちらこそ」
 旅装束の女性と、ジークの肩がぶつかった。身長はジークと殆ど同じか、それより少し高い。女性が首を傾げると、薄紫色の髪が柔らかく肩を流れる。その手には、布に包まれた長大な棒を抱えている。
「それでは、わたしはこれで」
「む」
 それきり会話はなく、ジークはミュレを連れて店を出ようとするが、目の前にある人物が立ちはだかる。
「――なあ」
 食堂の店主が、真剣な表情で告げる。
「ちょっと、今から言う所まで来てくんな」


 二人が連れて来させられたのは食堂の二階――早い話が、経営者である店主一家の居住区であった。
「奥の部屋に入ってくれ」
 と後方から言って、店主は最後に廊下の奥にある、応接間らしき部屋に入るなり鍵をかける。ジークは、拭えぬ不信感から無意識に身構える。
「……さて」
 椅子に座れとも言わず、店主は油断なくこちらを見据えるジークとミュレに話を切り出す。
「あんた、結局行っちまったんだってな?」
「行った、というのは?」
 これは確認。まず予想が外れることはないだろうが、用心しておいて損はない。
「『宿屋ランドール』のことだ」
「……む」
 予想通り。そこから先の内容を予測するのも容易い。
 ここは一つ、嵌めてみるか。
「どこでそれを聞いたのかは知らんが、真実ならばどうなんだ?」
 はぐらかそうかとも考えたが、あえてジークは挑発を混ぜて返す。
「すぐにでも出て行け」
 声量を抑えてはいるものの、感情を隠せない上ずった声。「あんたなら、ここまで言えば分かるだろ?」
「さて、分らんな」
 また挑発。こういう場合は、より神経を逆撫でしてやれば、簡単に怒り出すはずだ。
「…………っ」
 案の定、店主は口の端を引きつらせ、あからさまに言葉に詰まる。このまま激昂してくれるのならばこちらが主導権を握ればよし、ならなければ注意深く観察し、こちらにとって有益な情報を引き出せるよう話を進めればよしだ。
「……言ったはずだ」
 努めて平静な声音で店主は言った。よく堪えた、と自分以外の人間なら褒めかねない。
「俺は、確かに言った。なのに何故、あそこへ行った?」
「お前が言ったのはあの娘に対してだ。俺にではない」
 語尾に込めた、僅かだが明確な嘲り。冷淡な口調に突如として湧いた悪意に、店主の顔がより歪む。
「俺はあくまで、俺の選択にのみ従う。そうでなくとも曖昧で根拠もなく、その上信頼性のない人間から与えられた情報など、聞き入れるにも値せん」
「……どうなっても、知らんぞ」
 見え透いた脅し文句。それは優位の人間が用いるからこそ有効なのだというのに。簡単に詭弁で捻じ伏せられる。
「だろうな、俺とお前には何の繋がりもないのだからな」
 店主はどうあっても自分をランドール家が営む宿屋から遠ざけたいようだが、ここであっさりと折れてやる理由などどこにもない。
「お――」
「善意だとかいう、押しつけがましいものなど俺はいらん。俺を動かしたいのなら、そうせざるを得ない理由を提示してみせろ」
 機先を制し言葉を封殺する。そこから先は、威圧的に応じてみせる。
「そ、れは……」
「言えんのか?」
被せるように一言。本当はもっと感情を露わにしたかったのだろうが、店主の声は小さく、必死に抑えているのだと窺わせる。ひたすらに身を縮め、嵐が通り過ぎるのを待ち望むかのように。
「言えんのなら代わりに当ててやろう。お前がここまでして俺をあの宿から遠ざけたい理由は、宿そのものでも、ましてやランドール家でもなく――」
 既に分かり切っているが、ここは押し切ってしまおう。
 充分に間を溜めて、ジークは告げる。
「この“化け物”。違うか?」
 傍らで佇む少女を、背中越しに指さして。
「……ええい、黙れっ!」
 店主は、ジークの予想とは異なる行動に出た。
「あのな、あんたみたいな流れ者に何が分かる!? 無駄なんだよ、教えたって!」
 それまでの口ごもっていた様子から一変、烈火のような口調でジークに詰め寄るなり、店主は胸倉を掴む。
「だってのに、何故そこまで首を突っ込もうとするんだよ!? お前は単なる旅人の一人だろーが!!」
 感情を剥き出しにしていると聞くだけで分かる語調ではあったが、意外にもまともな論理を伴っていた。
「……だから、何だ?」
 ――まずい。
「……ぉ!?」
 ジークは、素早く店主の腕を逆に掴むと同時に足を払う。抵抗らしい抵抗もできないまま、彼は派手な音を立てて背中から床に叩きつけられた。
「が……っ、て、めぇ……」
 店主は必死になって何事か言おうとしているが、後頭部を強く打ち付けた衝撃で上手く舌が回らないらしい。
「…………」
 真っ直ぐにこちらを睨んでいたかと思うと、店主は動かなくなった。呼吸しているので、死んではいない。
「――ど、どうしたんです……って旦那!? え? こ、これって一体??」
 勢いよく開かれた扉から、例の残念な頭の店員が飛び込んできた。幸いにも、どうやら詳しいやり取りのことは知られていないようだ。
「世間話をしていたら、突然倒れた」
 表情一つ変えず、ジークは堂々と言ってのける。襟元を店主に掴まれていたせいで少々乱れていたが、それも気にせず正す。
「そ、そうなんですか?」
「む。ミュレ、そうだったな?」
「…………」
 ミュレは無反応だったが、元々あてにしていないので問題ない。
「それより、店主を寝台まで運ばねばならん。手伝え」
「あ、はい!」
 何も知らない残念な頭の店員は、店主を気絶させた張本人と一緒にいそいそと右隣の寝室にまで運ぶのだった。


「……行きましたね」
 応接間の左隣で、壁に耳をあてていた女性は静かに呟く。
「申し訳ありませんね、勝手に踏み込んで」
「あ、ああ……」
 承諾ではない。震えた喉から、勝手に声が漏れ出たのだ。
 その様子に女性は薄く笑い、せめてもの情けで話しかける相手を宥めようとする。
「ふふっ、そう警戒なさらないで下さい。元よりわたしは、貴女に危害を加えるつもりなど毛頭ないのですから」
「う、あ……」
 そうは言うが、ついさっきまで眠っていたこの店の看板娘――ベスからすればとても信用できない。
 慎ましやかに微笑んでこそいるものの、女性から立ち上る空気は尋常ではない。何物にも揺るぎそうにもないのに柔軟で一分の隙も感じさせない、剛柔一体の雰囲気。
 それは、先日知り合えた銀髪の青年のそれと、どことなく似ている。
「では、わたしもこれで」
 ベスの喉元に突きつけていた長大な包みを手元で抱えて、女性は優雅に会釈をする。
 何を思ってか、最後にこう付け加えて。
「ご安心下さい。この先私達が出会うことは、まずありませんので」
 薄紫色の長い髪が、柔らかく肩を流れる。




 ある彫刻家の最期は、次のようなものであった。
 楽士の一団が、優雅に時代遅れの三拍子の舞曲を奏でている最中、
「聞いたかね?」
「む?」
 紫煙を燻(くゆ)らせていた自称『紳士』は、隣の肘掛付きの椅子で寛いでいた、顔見知りの老人から話しかけられた。大事そうに傍らに置かれた杖を見ると、異例の長寿で知られるこの男も、やはり寄る年波には敵わないのだなと密かに思う。
「聞いた、とは?」
「シュミットの倅(せがれ)のことだ」
「ああ、あの芸術道楽の。あれがどうかしましたか?」
 シュミットの倅――テレマン・シュミットにまつわる噂は、この界隈では主な話題の種であった。
 かつては子爵の位とそれ相応の領地を有していた名家の嫡男でありながらも芸術の道に狂い、私財を擲って名匠らを囲って早(はや)数年、今では財産と呼べるものなど自身と一張羅の服、かつての庭の片隅に建てられた潰れかけの平小屋、それと彼にしか価値を見出せない(即ち実質上無価値の)『作品』と呼ばれる物だけである。
「また、『作品』を売り込みに来たので?」
「……いいや、違う」
 自称『紳士』から煙草を受け取ると、美味そうに一服してから老人は底意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「あやつめ、とうとう死におったらしい」
「ほう?」
 相槌程度に応じたが、狂人の死にそれ以上の興味はない。
 だが、自称とはいえ紳士を名乗る以上、男には老人の言葉に耳を傾ける義務があった。
「それはまた物騒な。物取りついででなければ、別種の狂人でも現れましたかね」
「うむ」
 意味深に頷き、老人は椅子に立て掛けておいた杖で白亜の床を突く。静かに賑わう憩いの場で、それは大きく感じられた。いそいそとこちらに給仕が駆け寄るところから察するに、呼びつける際の合図であったらしい。
「……何分、又聞きでの話でな、確証の程はないのじゃが」
「神託に次ぐ信憑性ですな」
 この場で最高の葡萄酒を用意させた時よりも得意げな表情で、老人は社交辞令同然の前置きから本題に入る。
「ほれ、あれが二月ほど前に乞食の娘を拾うたと話したじゃろう」
「ええ」
 それは、自称『紳士』も聞き及んでいた。
 他者を『価値の分からぬ愚か者』と罵り、気の触れた猫のように誰一人、自分の傍に近付けようとしなかったテレマンが、街中(まちなか)で乞食同然のみすぼらしい少女を拾い、常に傍らにいさせたという。その理由は方々で噂されているが、推測の域を出たものは一つとしてない。
「曰(いわ)くつき同士、何かしら通ずるものでもあったのでしょうかね」
「さて、の。そこまでは儂も知らぬよ」
 器も含めれば役人の一月あたりの給料にも届きかねない葡萄酒を舐めるように口に含んでいきながら、老人は付け加える。
「何せ、シュミットの倅は頭がどこぞに消え失せ、娘に関してはどこにも姿が見えんそうなのじゃからな」
「はて……?」
 首筋を掻き掻き、自称『紳士』は応じる。
「それはそれは。何とも面妖極まる話でありますな……と、では、有難く」
「うむ」
 老人が持って来させた二杯目を恭しく手にすると、自称『紳士』は優雅に口にする。
「……良い味だ。色も香りも素晴らしい。この風味だと……三十年もの、ですかな?」
「うむ」
 我が子を褒められているかのように老人は相好を崩し、「さのみにあらず」とひけらかす。
「今年のは特に粒も大きく、甘い実が鈴生りじゃよ。ぬしさえ良ければ、後ほど株分けしてやっても良いぞ」
「はっはっは、それは光栄の至り。ところで、来年度のリグニアからの輸入品目に関してですが――」
 これ以降、二人の口からテレマン・シュミットと少女に関する話題が出ることはなかった。





 頃合は正午。秋空は青く、雲は千々に分かれて流れる。
 アルトパの表通りに軒を連ねる露天商に、珍しい客がやって来ていた。
 だが、この客は物品を求めて赴いたのではない。
「セネアリス……? はて、聞かない名前だな」
「そうか」
「わしはリグニア南部を中心に回っとるんで、ここいらの噂話は大体耳にはいるが……うん、やはり初めて聞く名だな」
 顎鬚を撫でつけながら、老境の商人はゆっくりと頷く。
「銀髪か……一応、他の知り合いに会った時にでも訊いても構わんよ。クラン銀貨三枚でどうだね?」
「いや、結構だ」
 そうかね、と少々残念がる商魂逞しい老人に手短に告げ、ジークは背後で大人しく待っていたミュレに一声かけ、次の店に顔を出していく。
「知らん。それより兄ちゃん、後ろの恋人に飾りでもどうだ」
「セネアリス、ね。たしか家(うち)の隣に住んでた婆さんの名前がそれだったな。去年の春に死んだが」
「俺は知らんなぁ」
「申し訳ないが、期待には添えられないよ」
 その他諸々あるが、結果は一つ。
「む……」
 誰一人として、ジークが捜し求めるセネアリスを知る者はいなかった。
「…………」
 歩く傍らに浅く息を吸い、余分な感情と一緒に吐き出す。
 ある意味、当然の帰結である。
 あの男の力を借りて十年以上も各地を巡り、社会の表裏を問わずに調べて回っても未だに掴めないのだ。あんな巡回行商人が知っている可能性など数字にすれば一桁も無い。
 だが、
「…………」
 無意味に等しいと分かっていて、今もああして聞いて回ることをやめようと思う気になれなかった。
(僅かな可能性にでも縋りたがるのは、今も昔も変わらんということか)
 ジークは自嘲気味に洩らし、隣の商店で話をしている五人ほどの集団に話しかける。
「すまないが、訊きたいことがある」
「あん?」
 ジークに応じたのは、五人の中でも特に独特の髪型をした男であった。奇を衒(てら)ったつもりなのだろうが、どう見ても周囲からの視線は珍獣を見る時のそれと同じである。
「誰だい、あんた」
「俺は賞金稼ぎだ」
 無論、これは嘘である。だが、ジークの正体を知らない男達は、各々表情を強張らせる。
「し、賞金稼ぎが俺らに何の用があるんだ?」
 別の男が、ジークの剣呑な雰囲気に圧されつつ言った。
「ある女を捜している。セネアリスという銀髪の女だ。知らないか?」
 ジークも駄目もとで訊いているのだろう。そもそも、まともな対応ができるかどうかさえ怪しい連中なのだ。返答の一つでもあればいい方だろう。
「――む」
 と思っていた矢先、不意に視界が陰る。さっきまで鬱陶しく陽が射していたというのに。
「あのさぁ? 何で俺らが、あんたの質問に答えなきゃいけないワケぇ? しかもロハで」
 ジークを見下ろすように立って言うのは、一際大柄な男である。外見的には屈強な傭兵にでも見え、本人もそれを自覚しているのか、かなり横柄な口調である。
「だいたい、人様にもの訊く時は、もっとレイギっつうの? そーゆーのワキマエねえと駄目だぜ? おっさん――」
 次の瞬間、男は足元に妙な感覚を覚えると同時に、視界が反転していた。
 足払いで重心が不安定になった直後には、男は背中から地面に投げ倒されていた。
「っでぇ!? ……ひぃィ!!?」
「よく聞け」
 魔剣のような目つきをした銀髪の男が、目の前を満たす。周囲のざわめきや仲間の声が、遠くに感じられる。
「俺は、まだ十七だ。おっさんと呼ばれるには、まだ早い」
「……え?」
 と誰かが言いかけ、慌てて口を手で覆った。
 だが、不幸にも投げ倒されていた男には周囲に気を配るだけの余裕などなかった。
「う、嘘だろ!? どう見たって、俺より年上――」
「まだ言うか」
 鋭く風を切り、男の横顔すれすれを何かが横切る。
 冷淡な口調で、ジークは長剣を――鞘に収めたまま――男の顔のすぐ横に突き立ててていた。石畳を打つ音に、周囲の人間が本格的にざわめく。
「……異存は?」
 その中で、ジークの声だけが一際冷たく、そしてはっきりと聞こえた。
「…………っ!!」
 即座に男は、首が捻じれんばかりに振って否定する。前髪で隠れているので、周りにはジークの顔は見えない。
「む、そうか。――もう一度訊くが、セネアリスという女のことは知らないんだな?」
「い、いや知らねえ。そんな名前、聞いたこともねえ」
「む」
 やはりか、とは口に出さず、ジークは長剣を剣帯に戻す。
「お前達は?」
 というジークの問いに、他の仲間も一斉に首を横に振る。傍目には喜劇であるが、本人達は真剣である。
「……む」
『??』
 ふと、周囲に目を向けてみる。
 老若男女を問わず、多くの人間と目が合った。そこで初めて、ジークは第三者の視点に立ってみた。
 表通りでいきなり大男を投げ倒し、挙句の果てにはその一派を屈服させたように見える傭兵風の男。
(いや、『ように』ではないだろう?)
(……黙っていろ)
 まったく、感情を露わにすると碌なことにならない。
(――報告)
(む?)
 無機質な声が、情感の欠片もなく伝える。
(ハロルド・ランドールが指定していた時刻に達した。早急なる帰還を勧める)
 言われてみれば、アルトパの町並みで一際高くそびえる塔から鐘の鳴る音が聞こえていた。この町には異国における『教会』に該当する建物はないので、純粋に時間を知らせるためのものなのだろう。こうした主要都市では、牧歌的な空気よりも生産性を問われ始めている。
 無意味に展開される思考を脇に退け、ジークはずっと後ろで立っていた少女に一声かける。
「ミュレ、戻るぞ」
「……ん」
 何食わぬ顔でその人達を押し分け、相変わらず仮面以上の無表情なミュレを連れてその場を去った。
「…………」
 人ごみに紛れ、愕然としていた人影に気付かぬまま。
「……そんな……」


 ミュレをランドール夫妻の許へ連れて行ってから、ジークは久方ぶりに感じる『独り』を満喫していた。
 といっても、ただ理由もなく歩き回っているのではない。
「む……」
 ジークの隻眼が、僅かに細まる。
 大通りの途中にある、あまり人気のない建物。軒に吊るされた逆五角形の看板には、赤い旗と剣が交差した絵が描かれている。
 それこそが、目指していた場所。
 ジークのように個人で傭兵稼業を行う者達が仕事と情報を求めて集う店、傭兵ギルド[バーソロミュー]。
 国境を越えて展開される最大手ギルドの入口を、ジークはくぐった。
「いらっしゃい」
 民家ほどの室内の奥、受付に座っていたのは四十半ばほどの男だった。ジークを見つめる目は微笑むように細められているが、後ろに撫でつけられた髪の下の、広い額には大きな刀傷がある。
「初めて見る顔だね。未登録者かい?」
「01―0192、ジークだ」
 即答する。最初の数字が登録した場所で、次が登録番号である。
「ふぅん、と」
 男は慣れた手つきで無数のギルド登録者名簿に目を通していくと、不意に口笛を吹く。
「セント・リグーノの百番台か。大したものだね」
 何の気なしに男は言って、穏やかさを湛えた目をジークに向ける。
「それで、要件はどっちだい?」
「仕事だ」
 ここで求められるものは二種類しかない――そうお互いに分かっているが故に、両者の会話は滞りなく進む。
「希望は? ないならこっちで勝手に選ぶけど」
「荒事関連で、明日一日で終えられるものが好ましい」
「へえ、やっぱり君もオケラかい」
 進んで危険な仕事に手を出そうとするのは、昔から無一文か、気のふれた奴と相場が決まっている。男の目には、どうやらジークは前者と映ったらしい。
「うーん……」
「む?」
 右眉の付け根を掻きながら、男はばつが悪そうに説明する。
「ここのところ、君みたいなオケラの傭兵がよく来ててね。殆どの実入りがよさそうな依頼は埋まってるんだよ」
(オケラ……)
(黙っていろ)
 オケラ、という単語について議論していることも知らず「ほら、見てごらんよ」と言って男はジークから見て右側の壁に張られた紙切れに目をやる。
「む……」
 それは、とある依頼への人員募集の張り紙であった。応募者の名前を書き込む欄には、所狭しと汚い字が書き殴られている。何を勘違いしたものか、拇印を押している者もいる。
「……それ、一昨日のやつなんだけど、募集人数どれぐらいか分かる?」
「一人、だな」
 箇条書きされた募集要項にまで進出している乱雑なドーレル何某の名前と重なった部分を、ジークは読み上げる。
「結局、昼から全員集めて話し合いさせたけど全然まとまらなくてね……まあ、最後は入札制って形にして決着をつけさせたんだ」
 そこで籤(くじ)引きといった選択をしない所に、この男の強(したた)かさが窺える。
「……ここまで言えば、多分君なら分かるんじゃないかな」
「そこまで見通しがつくのなら、折れないことも察しがつくだろう」
 遠回しに斡(あっ)旋(せん)できる依頼がないと言われているにも拘(かかわ)らず、ジークは押し通すつもりである。首が回らないのはこちらも同じ、譲り合いの精神など欠片もない。
「そう来ると思ったよ」
 男は、ジークとは対照的な、全く敵意を感じさせない笑みを保ちながら背を向ける。
「確かにネ、君の理想、あるにはあるんだよ。肝心なのは、私が君に回す気がないってことさ」
「む」
 歌うように持って回った説明を続ける男は、ジークの前に一枚の真新しい紙を持ってくる。募集用紙だ。
「まあ、声に出さず読んでみなよ」
「…………」
 言われなくとも黙読し、ジークは眉を顰める。
「これは――」
「言わない約束」
 頬杖をつきながら、男が制する。
「掻い摘んで言うと、これって結構このギルドの今後を左右するんでね。我がギルドの威信を懸ける意味も込めて、選(よ)り抜きの人を送るって決めたんだよ」
「む……」
 唸るジークを見て、男は彼が諦めたのだと錯覚した。
 くどいようだが、もう一度。
 男は、ジークが諦めたものだと完全に錯覚していた。
「む、ではまた来る」
「? ああ、またいらっしゃい」
 何も知らずに、男は気だるげに手を振った。「その代わりと言っては何だがな」とジークは口を開く。
「何かな?」
 気だるげな様子は変わらず、男はジークが懐から取り出した一枚の紙に目をやる。書き込まれた内容を浅く読んだだけで「……ああ、依頼ね」と見抜いた。
「ふぅん、人探しか。何かと物騒なこのご時世だ、難航しているんじゃないかな?」
「でなければこんな場所にまで張り紙は出さん」
 可愛げも愛想もまるっきりない返答に、男は苦笑せざるをえなかった。
「……まあ分かった、後で貼り出しておくよ。銀貨三枚で」
「任せた」
 それ以外には事務的な内容を二、三交わしただけであって、ジークはそのまま[バーソロミュー]アルトパ支部を出る。


「はぁ……」
 夕暮れ時の宿屋『トムソンの牛亭』に、途轍もなく顔色の悪い客が帰ってきた。
 顔色は何をどうすればそうなるのかも分からない土気色で口は半開き、目は釣り上げてから三日放置された魚と殆ど変わらない。
「――うぁ!? どうしたんだいお客さん、今にも死にそうな顔してるけど」
 失礼とは分かっていても、店主――トムソンは驚かずにはいられなかった。
「……ほっといて、くれ……」
 言い返す気力さえないのか、客は足枷でも引きずっているかのような足取りで階段を上り、
「……ぉう」
「!」
 かけるのだが、段差に対して上げた足が低すぎたので、蹴躓いてしまうのだった。
 トムソンは小走りで駆け寄ると、客を抱き起こして顔を軽くはたきながら声をかける。
「ほら、しっかり……まったく、全然大丈夫なんかじゃないな」
「……あー」
 最早、客である男の口から漏れ出るのは応答なのかさえも分からない。
 トムソンは元々、性分である世話焼き癖が高じて宿屋を開いた男である。原因は兎も角として、目の前で(トムソンの主観からすれば)苦しんでいる男を放っておくことなどできるはずがない。ましてや客であるならば何をか況や、だ。
「……本当に大丈夫なのかい? こういうのってあんまり言いたくないんだがな、今にも窓から飛び降りて死にそうに見えるんだよ、あんた」
「……あー、それでもいいかもしれない」
「…………」
 かける言葉も見当たらない。
 一瞬そう思いかけて、トムソンは慌てて首を振る。
「ったく、何があったかは知らんけど、あんたも商人の一人なら気分をさっさと変えなって。でないと儲かる話も逃げてっちまうよ」
「……はぁ」
「?」
 トムソンが肩を叩きながら優しく、だが厳しいことを言ってやると、客は遠くを見るような目つきになって笑う。
「本当に欲しいものっていうのは、全部手から零れてくんだよな……」
「…………」
 商人としての直感が警鐘を打ち鳴らしていた。
 目の前のコレと、関わるんじゃないと。
 そして危うく、それに同意しかけた。
「幸せ……ふふ、幸せって何だろうなー……あの空のどっかに君はいるのかなー……?」
 見えるはずのない空に向かって手を伸ばし、何やら怪しい独り言を延々と呟いている男の姿は、場所が場所なら兵士に連行されてもおかしくはない。
「ああ……だとしたら俺は……」
「……でぇあああ辛気臭ぇ!!」
「?」
 男の様子に見かねてか、トムソンが吠えて肩を掴む。やや遅れて、男が反応する。
「ヘコんだ時ぁ、いい酒といい女! これに尽きるってもんだよな!? な、そう思うよな!? っていうかそういうもんなんだけどな!!?」
「あ、ぁああぁあう……」
 一応同意しているらしいのだが、前後に激しく揺さぶられているのでまともに対応できていない。
「ぃよっし母さん! ちょっくら一杯ひっかけてくるよ!」
「あんまし遅くなるんじゃないよー」
 という間延びした声を背に受けながら、トムソンは御者を伴い欣喜雀躍の思いで夕暮れ時の宿場町に出る。
 思いがけず、不動の金庫番から許可が下りた――内心では、頭上で手を叩いたりしているトムソンだった。


 今日もまた日が沈み、裏路地に連なる家々が影絵のそれと入れ替わっていく。
 頃合は黄昏時。アルトパの町に来てからちょうど二日目になる。
 ジークが、ランドール家の営む宿屋に戻ったのは、まさにその時であった。
「む」
「…………」
 ジークの背後から吹く涼風で、彼女の量感ある二房の三つ編みが揺れている。
 偶然なるかな、意外にも最初にジークを迎えたのはミュレだった。手枷と額の包帯は変わっていないのだが、服装が上質な生地を使っていたりと、妙にめかし込んだものになっている。
「ただいま帰った」
 おかえり、という一言もなくミュレはジークに背を向け、緩慢な動作で歩き出す。
「ミュレ、待て」
 だがジークは、そんなミュレの扱い方を既に心得ていた。
「…………」
 約十秒後、思い出したかのように立ち止まるミュレの前に立ち、ジークは彼女の額に巻かれた包帯の状態を診る。
 二重構造の包帯を越えて血が滲んではいないので傷口は開いていないようだ。
(まだ分からんが、もう一度取り替えれば心配ないな)
(意見支持)
 淡々と言葉を交わし、ジークは結論付けた。
 面倒を看た以上、最後まで責任を持ってやり遂げねばならない――ジークの信条の一つである。
「ミュレ」
「…………」
 すぐ目の前で藍色の大きな瞳を向ける少女に、ジークは無愛想な口調で言う。
「飯を食い終わったなら、俺の部屋まで来い」
「――え?」
 驚きと当惑に満ちた声。
「……む」
 その主は、やはりミュレではない。
「あ、あんた……」
 食堂から顔を覗かせて、半笑いの状態で固まっているヒラリー・ランドールのものだ。
「む……」
 その原因がどうも自分にあるらしいと冷静に考え、ジークは自分の現状の一々を客観的に検証していく。
 自分は何をしている?――ミュレの両肩に手を乗せ、顔を近付けている。
 自分は何と言った?――『後で包帯を取り替えるから自分の部屋に来い』と言った。
 自分は何だ?――ジークだ。
 そしてこいつは?――ミュレ。この宿屋の娘だ。
 結論――
(むぅ……)
 たらりと、ジークの鼻筋を脂汗が流れる。
(……分からん)
 訓練された思考が考えられる数十の項目を平行して考察し弾き出した結論は、
「何をそんなに驚いている?」
「……はい?」
 まさかの、『不明』であった。
「え!? あ、いやまあ」
 逆にこちらが不審に思うほど、ヒラリーは言葉を濁す。
(要詮議(せんぎ))
(だな)
(む)
 声の示す選択に従い、ジークは現状を維持したままで更に問う。
「曖昧でよく分からん。不都合がなければ驚いている理由を話せ」
「…………」
 しばらくの間、神妙な顔つきで何事か呟いていたかと思うと、
「――はっ、なんだい」
「む」
 急にヒラリーは、安堵したように息を吐く。
「驚かさないどくれな。あんたはいっつも真面目な顔してるから、ついつい騙されちまったよ」
 人は、自分の理解の範疇を超えるものを、常識の埒外にあるものを決して認めようとしない。自分の足元を支えている『普通』という土台を、磐石のものにしたいから。
 故に人は、そうした『あってはいけない、あるはずのない』ものに遭遇した場合、自分の理解が及ぶ範囲内のものと捉え、日常の延長として処理する。
 ジークは、そうした一連の心理を心得ていたが、この場において応用することが出来なかった。
 んじゃね、と翻りかけ、「ああ」とヒラリーは思い出したらしい事柄を伝える。
「夕食、昨日と同じくらいに持ってきゃいいかい?」
「……頼む」
 今度こそ床板に悲鳴を上げさせながら食堂に姿を消したヒラリーに、ジークは独り呟く。
「騙した覚えは……ないんだがな」
「…………」
 ミュレだけが、何も変わらずその場に佇んでいた。


「ただいま。スミス、ヴィル」
「あ、おかえりー」
「おかえりなさい。それよか、どうしたんです? レオーネさんが遅くなるなんて珍しいっスね」
「済みませんね。食材購入の際に、少々手間取っていたものですから。……ふふ、初めて訪れる町というのは、いつでも新鮮ですね」
「ねーねー、何か美味しそうなのあった? あった??」
「ああこら、勝手に弄(いじく)んなよ」
「ぶー!」
「スミス、ディノンは?」
「ディノンさんスか? あの人でしたら、明日までには着くらしいです」
「へえ、ディノンさんでも遅れるんだー」
「……まあ、彼とて万能ではないのですし。――それと、二人とも?」
『?』
「昼間出会った、興味深い人について聞きたいですか?」


 頃合は宵の口。月は既に山より離れ、中天に差し掛からんとしている。
 食事を終えたジークは、ベッドに腰掛けるとブーツを脱いで寛ぐ。革製のブーツは年季が入っており、そこから引き抜かれた素足もまた、長年歩き続けてきた旅人のものであった。
 追加で頼んでおいた水桶に浸した布のうちの一枚で足を拭きつつジークは思う。
(……そろそろ、爪を研いでおくべきか)
(鑢(やすり)は袋の中だぞ)
 ずだ袋に手を入れ探していると、扉が音もなく開いた。
「……む」
 過酷な修行時代に培われた感覚によるまでもなく、ジークは誰なのか分かっていた。
「ミュレか」
「……ん」
 ドアの蝶番を軋ませながら入ってきたミュレに手招きし、自分の隣に座らせようとする。人形のような少女はジークを疑いも警戒もせず、言われるがままに従った。
「…………」
 瞬きさえせずに、ミュレはこちらをじっと見つめている。その様子が、何かを訴えているように見えて仕方がない――と最初は思っていたのだが、実際のところこの少女は周囲への関心皆無に等しく、また極めて受動的な人物であると分かってきたので、今はさして苦にならない。
 無遠慮に手を伸ばし、包帯を外す。流れ出ていた血液は既に凝固しており、血止めに用いていた方の布を額に張り付けていた。
「…………」
 乾いた音を立てて剥がれた布を傍らに置き、ジークはミュレの額――厳密にはそこにある裂傷――に顔を近づける。傍から見れば愛する者に接吻せんとしているように見えるその体勢を、どちらも恥じている様子はない。
「む」
 こびり付いた血で汚れているが、傷そのものは瘡(かさ)蓋(ぶた)によって覆われている。あと二日もしないうちに完治するだろうが、やはり念のために傷薬は塗ってやることにした。
「これならじきに治る。もう一度薬を塗っておくから、触るんじゃないぞ」
 応答ないことに頓着せず、ジークは彼女の額についた血を拭いてから薬研と薬草一式を取り出す。
「……む」
 薬草が原形を失うまで擂り潰している最中、視線を感じた。
 作業の片手間に視線の先を辿ると、ミュレは光のない瞳で凝視している。それだけなら先刻と変わらないが、不自然に首を曲げてまでこちらを凝視している理由は気になる。
「ミュレ、俺に何か用か?」
「…………」
 調合が終わる頃になって、ようやくミュレにジークの言葉が伝わったらしい。
「…………?」
 ミュレの対応は、『分からない』だった。それ以外の理由で首を傾げられても困る。
「む、そうか」
 元からさして興味のなかったジークは、枯れ草色をした半固形半液体の傷薬をミュレの裂傷に塗りつけてやる。以前、これを塗られた少女は今にも殴りかからんばかりに苦しんでいたが、こちらの少女は眉一つ動かさない。
「ミュレ、沁み――」
 言いかけて、ジークは改める。
「――痛くはないか?」
「……ん」
 返された言葉は一文字。それまでの間に包帯は巻き終わっていた。
「……む」
 ジークは眉根を寄せ、現状を打破することに決めた。
「ミュレ。ん、では分らん。痛いか、痛くないかのどちらかで答えろ」
 幾つもの言語を適当な文法で一緒くたにして覚えているミュレのことだ、難しい言い回しでは通じないだろう――何の思慮もなく判断を下したジークは簡潔に、数種類の言語で伝える。
「…………?」
 結果は、最早言うまでもない。
「むぅ……」
 左右に首を傾斜させただけのミュレの頭に無意識のまま手を乗せ、軽くジークは溜息を吐く。
(逆に言えば、どの言語でも同程度に理解できるのだろう)
(単にどれも理解しておらんだけだろうが)
 的外れな声の意見を正し、ジークは薬研と薬草の残りを袋に放り込んでおく。配置が気に入らなかったのか、薬研の位置を少しずらした。
「……む?」
「……ぁ……」
 気が付くと、ミュレがこちらをじっと見ている。そこまでは今までと何も変わらない。
 ただ、形のいい小さな唇が開きかけていた。
「……ぅ……」
 窓から入り込む夜風にさえ負けかねない、微弱極まる声。
 ジークのものではない。ならば、答えは一つだ。
「…………」
 ミュレが、何かを言おうとしている。
「だ……」
 口は殆ど動いておらず、表情も彫像か仮面のように変化していないが、こちらに何かを伝えようとしている――ジークには、そう思えた。
「……る……」
 だからか、待つことにした。
「し……」
 辛抱強く、言い終わるのを待つ。
「……さ……」
 そう、辛抱強――
「ミュレ」
「…………」
 眉間の辺りを親指と人さし指で揉み解(ほぐ)しながら、ジークは続ける。
「ありがとう、だ」
「…………?」
 ミュレが言いたいらしい言葉に見当が付いていたジークは、律儀にも解説まで付ける。
「人にいいことをしてもらった時に使う。例えば――」
「…………」
 ジークの指先が、ミュレの額に巻かれた包帯に伸びる。
「誰かに傷の手当をしてもらった時、などだ」
「…………」
 不気味なほどに瞬きすることなくジークを見つめていたミュレは、数十秒ほど口を半開きにしていると、
「あ……」
 最初の一音を発しかけたところで、また固まってしまった。
「ありがとう」
「……あ り……」
「ありがとうだ」
「あり……が……」
「ありがとう、だ」
 ――というジークの根気強い指導の末に、
「ありがとう」
 ひどく平坦で拙いものだが、ミュレは緩々と述べたのだった。
「……だ」
「む?」
「……いい?」
「……む」
 ジークは厳格な父親のように頷くと、
「…………」
「……む……」
 ふと自分の額に手をやる。
(……何をしているんだ、俺は)
 全くもって分からない。
 最後まで責任を持ってやり遂げねばならない――自分にそう課している理由は、尾を引かずに、早く他者との関係を断つためだ。それ以外の理由など、ましてや不要な馴れ合いを進んで行う理由などあるはずがない。
 ダトイウノニ、ナゼジブンハミュレヲココマデチカヅカセテイル?
 声に答えを出させるが、どれも「不明」の一点張り。考えてみれば自明の理だった。
「むぅ……」
 と唸っているジークの横顔に、一対の視線が向けられている。
「…………」
「……ミュレ、どうした」
 すぐ隣で貴族御用達の人形のように座っていたミュレは、例によって抑揚の一切感じられない声で答える。
「しゃべる」
「むぅ……?」
思わず、ジークは唸った。主語が全く抜けている。
「……ミュレ」
 根本的なところから指摘をしたいところだったが、ジークはひとまず堪えて言う。
「それだけでは分からん。もう少し、長く喋ってくれ」
「…………?」
「ミュレ、分かるな? 短く、ではない。長く、喋るんだ」
「……ん」
 眠たげな目を瞬(しばた)かせ、ミュレは約十五秒ほど沈黙していると、瑞々しい花弁を思わせる唇で言葉を紡いでいく。
「わたし、ない。しゃべる。……から、しゃべる。ジーク」
「…………」
 確かに長くなっていた。これまでに聞いたものと比べて、六倍ぐらいに。
(……翻訳)
(了解。……完了。『私は話題を所有していない。故に、貴方が話題を提供せよ』と言っている)
(……む)
 かなり意訳されている。相当無理したのだろうというのが、若干痛む左側頭部を通じて理解した。
(過労厳禁)
 案じている気色など微塵もない声を、ジークは無視した。
「……む、分かった。――それで、俺はお前に、何を話せばいい?」
仕方ない、と思いながらもジークはミュレと話をすることにした。放っておくと、ずっとこの場から動かないような気がしたからである。
そしてそれは、ジークにとって最も好ましくない状況であった。
「…………」
「む?」
 何故か、ミュレは無言。瞬きさえしないのは、あまりにも不気味だった。
「ミュレ」
「…………」
 藍色の瞳だけが動き、ジークに焦点を結ぶ。
「どんなものでもいいんだな?」
「……ん」
 首を倒れさせるような動きに合わせて、ミュレは頷いた。ジークは半眼になって「むぅ」と唸り、国家転覆を狙う犯罪者のような外見とは裏腹に律儀に話題を探す。
(さて……)
 ここで笑い話の一つでも出れば驚くのだが、実利主義者にして他者との接触を制限しているジークはそんな話を持っていなかった。
(……む)
 一つ、思い当たった。
 しばらくして、ジークは口を開く。
「……ミュレ。お前に訊きたいことがある」
「…………」
 じっと見つめたまま、ミュレは微動だにしない――かと思いきや、顔が首に対して角度にして二度ほど傾いている。首を傾げたのだ。
「そう、お前だ」
 一応、意思疎通が成立しているらしいと考えたジークは、さっさと本題を切り出す。この人形のような少女について、あまり考え過ぎるとろくなことがない。
「ミュレ、お前に石を投げていた奴らの言葉――“化け物”というのは、どう意味だ?」
 ジークが尋ねるも、首を傾げたまま、ミュレは石のように動かない。窓から入り込んだ隙間風が、絹糸のような藍色の前髪を微かに揺らしている。
 二十を数えたところで、ジークは己の質問が意味を持たなかったと悟る。
「……む。ミュレ、俺の、質問の、意味、分かるか?」
「…………」
 分かりやすいようにと、言葉を区切りながらジークがゆっくりと訊くと、ミュレは傾いていた首を戻して、ぎこちない動きで頷く。
 すると、
「……わたし、“ばけもの”。……あってる」
「…………」
 ミュレは、拙い言葉で肯定したのだった。
 自分が、“化け物”であると。
「――ミュレ、それは理由ではない。いいか。何故、お前は、“化け物”、なんだ?」
「……わたし……」
 首を傾げて固まるミュレが返答たる片言を発するまでに数十秒を要している間に、
「ちがう。みんな、ちがう」
「…………」
 何かが、ジークの頭の中で目まぐるしく働いた。
 あまりにも異質――周囲からの嫌悪――“化け物”――
「――ミュレ」
 思わず、こんな言葉がジークの口を衝(つ)く。
「お前は、“亜人(あじん)”だったのか?」


 人などまず立ち寄ることのない、山の頂に建てられた古砦。
 そこが、『彼ら』の塒であった。
「くそ……! あの銀髪野郎め、まだ顔が痛みやがる」
 薄暗い部屋で、男は肩を押さえて呻く。
「ムチャクチャ強かったですねえ、あの銀髪」
「へっ!! 剣を抜く度胸もねえ腰抜けだよ」
 無論、強がりだ。
「……じゃあ、ンな腰抜けに負けた俺らって、何ですかね」
「う……っ」
 別の男がぼそりと呟くと、他の男達はその男に合わせて重苦しく「はぁ〜〜〜ぁ」と溜息を吐いたのだった。
「……っておい!? 手前ら何ヘコんでんだっ!」
「だってぇ」
 気付けば、うっかり混じっていた男――遡ること一昨日前、ジークにより完膚なきまでに叩き潰された集団の頭目(別名鼠男)は、慌てて立ち上がるなり子分の奮起を促す。
「俺らは何だ!? 泣く子も黙るダレン山賊団だろーが!! このまま、あの銀髪野郎に負けたまんまでいいってのか!!?」
「兄貴だって負け認めてんじゃ――あぅんっ!?」
「兎に角だっ」
 後頭部を殴られて気絶した子分――ナイフ使いのマイクを無視して、鼠男は拳を握り締める。
「このまんまじゃ後味わりーし、何より銀髪野郎をぶち殺してやりてぇんだよ、俺は!!」
「なら、兄貴だけでやって下(くだ)せえや」
「俺は喧嘩が弱い!」
 言い切った。それも清々しいほどに。
「――弱い、が! ここがお前らと違うんだよなぁ。こ・こ・が」
 と言って、鼠男は指先で自分の頭を小突く。
「頭……? ああ! 頭突きですかい」
「定番のボケはいらん!」
 びしっ! と鋭く指を向けると、鼠男は姑息な人間特有の、やはり鼠(ねずみ)にしか見えない笑みを浮かべた。
「じきに、大頭が戻って来なさる。――そん時に、お前らにも話してやるよ」
 自信たっぷりに語る鼠男は、胸の内でこう呟く。
(俺達を敵に回したことを、絶対に後悔させてやるぜ、銀髪……!!)


 *アルバート・フレッチャー著『人類史大全外伝』の本文及び『サンドラ王国史T』の序章より一部引用。
 亜人【神魔大戦後のジィグネアルに発生した、卑俗なる獣と我らの姿形の混濁にして、新たなる害悪種】
 オーギュスト・ロラン氏は、自らが編集した『フェリュースト公辞典』において、そのように記述しているのだが、人々が亜人と呼称してしまっている種族はそのような、およそ見識の狭い表現の下に括るべき存在ではない。
 背中に一対の翼を持ち、自由自在に空を舞う『翼人(バード)』。
 獣と人の中間のような姿をした――あるいは獣そのものの容姿を持ち、多様な能力を有する『獣人(ビースト)』。
 魚などの海洋生物の性質を持つ『魚人(マーマン)』。
 大きく分けるとこの三種に、小さく分ければ際限なく存在する彼らは、決してヒトに劣る存在ではなく、むしろ対等の存在と看做すべきであると著者は語る。
 しかし、彼らは今もなお亜人と呼ばれ蔑まれ、人前に姿を現すことはしない。
 その原因こそが、五大国第二という広大なる版図を誇り、また東北域全土に普及する一神教[神の属性]を国教とする宗教大国、フェリュースト公国が何百年もの昔に公表し、人々の心底に深く根付かせた『亜人とは穢れた存在である』という印象に他ならない。
 当時の情勢を説明できる資料は少ないが、領土獲得という欲望も手伝ったのであろう。五大国を筆頭とする人々は彼ら亜人を『害獣』の一種として、その悉(ことごと)くを駆逐していったのである。かつて、自身らを襲った未曾有の異変から守るべく手にした技術と知識を、侵略という目的のために使用してしまった結果、住んでいた土地を追われた亜人らは、南方の五大国――人ならぬモノが治める人外魔境、サンドラ王国へと逃げ込む以外に生きる術を見出せなかった。
 それ故に、彼の国に住まう彼らの殆どが人間を嫌っているのだ。人間全てが抱いている――という勘違いから発生した――傲慢さと、彼らが住む自然への背理とも言うべき度を超えた略奪行為への怒り故に。
 人間は彼らを見下し、彼らは人間を蔑視する。
 今もなお、両者の溝は深いままだ。


「……あ?」
 亜人、という言葉に馴染みがなかったようで、首を傾げるミュレ。
「……む、何でもない」
「……ん」
 やはり興味がないらしいミュレを他所に、ジークは思考の回転を早める。
(外見における亜人とヒトの明確な差異は身体的特徴。対象からの検知不能)
(む)
 そうであった。
 今朝、ジークは――全くの予期せぬ事態ではあったが――全裸のミュレと遭遇してしまっていた。
 亜人の特徴は鼻や耳、目などの感覚器官や体毛などに出る。彼女の彫刻のような裸身には、それらしきものは一切見えなかったのである。
(何でも覚えておいて損はせんな)
(黙れ)
 この瞬間ほど己の記憶力を恨めしくも思った者はいまい。
(閑話休題要求)
(ああ。それにだ、仮にミュレが亜人だとしても、あの両親はどうなる?)
 どう見ても、彼ら夫婦も亜人としての特徴を備えていないし、決定的な理由として亜人は人間と交わるのを由としない。ジークが旅の『記録』を掘り返してもそんな極めつけの変り種は一人だけだ。
 追って考えれば、幾らでも可能性は出る。
(――その中でも以上が、特に高確率の可能性)
(む、そうだ。――そして、それらに共通するのは一つ)
(何とも予期せぬ情報だな)
 幾つもの思考が頭の中を巡り、そしてジークは言葉を選んでミュレに問う。
「……ミュレ。お前は自分が、本当の家族ではないと、そう言いたいのか?」
「…………」
 ミュレはただ、無言。
「ミュレ。お前は、あの母や、父と、違うと、言いたいのか?」
「……ん」
 かっくりと頷くミュレに、ジークは歯がゆい思いだった。無口な上に、語彙が乏しいのだ。それも幼児並みに。
「では、ミュレ。お前の本当の家族――む、父と母は、どこにいる?」
「…………」
 十秒、二十秒と時が流れ、そして三十秒が過ぎんとした時、
「ここ」
 とだけ、ミュレは言った。一本だけ伸びた指は、床を指してる。
「むぅ……」
 ミュレの言わんとすることが、ジークには分かった。分かっただけに、不可解であった。
「あのな、ミュレ。『ここ』にいるのは、違う親なのだろう? 俺が訊きたいのは、本当の親だ」
「ここ」
 眠たげに半ば閉じられた瞳にジークを映し、ミュレは言葉を繰り返した。
「ミュレ」
「ここ」
「ミュ」
「ここ」
「…………」
 きりがない。
(何をやっているんだ、俺は……)
 よく考えてみればミュレの両親に関しては疑念への関連性を感じる以上の興味はないし、そもそもの主題ではない。
「……む、分かった」
 押し通すのが面倒になったジークは、そこで食い下がるのをやめる。
「…………」
 ジークの表情から、ゆっくりと父性が消える。薪を失った火が、徐々に勢いを失っていく様に似ていた。
「――喋ったぞ。これで満足したのか? したのなら、この部屋から出て行け」
「…………」
 一転して、ジークは距離を置いた口調になった。やはり、多少の言葉を交わしただけでこちらに踏み込ませるほど、人を信じるつもりはないのである。
「…………」
 できのいい人形のような目をしていたミュレだったが、
「…………」
 何も言わず、そのまま部屋から出て行ったのであった。
「……行くか」
 そう呟いて、ジークはずだ袋からマントを取り出し、身に纏う。
 その瞳と刀身の輝きは、全く等しいものだった。


 頃合いは夜更け。立待月(たちまちづき)は西の彼方にあり、眺めることは最早叶わない。
 その晩、傭兵ビリー・ロングフェローは、居間で上機嫌に槍の手入れをしていた。
「ふ〜んふ〜ん、っふっふっふふ〜んふ〜ん」
 常は堅物で通っている彼に下手糞な鼻歌を歌わせる原因は三つあった。
 一つは、先月の終わりにこの町のギルドで一級戦士であるという認定書が、本拠地であるセント・リグーノから送られてきたこと。
 一つは、一昨年から懇(ねんご)ろになっていた隣の果物屋の次女から、明日の夕食に誘われたこと。
 一つは、ギルドの威信をかけた依頼をこなせと、ギルドの主から直々に書状が来たこと。
(遂にっ、来たっ! 俺のっ、時代っ!)
 小躍りするみたく槍を振り回して柄の握り具合を確かめつつ、ビリーは内心からこの世へ我が世の春を謳う。
(くぅっ、英断してから早六年……長かった、実に長かった)
 名実共に諸国へ轟かす傭兵団に入るも、今ひとつ長いものに巻かれているような自分に疑問を感じて脱退したのが今から六年前。
 流れ着いたこの町でギルドに加盟してからは地道に仕事をこなし、ついに現在の実力とギルド内外の人望を獲得するに至ったのがつい先月のこと。
 それらが一挙に胸中を駆け巡り、熟練の槍使いは感極まって心の汗を拭う。今ばかりはこれは恥ではないと自身に言い聞かせつつ、
「……さて」
 つい先刻まで磨いていた、上半身のみの鎧を素早く装着し、槍を腰だめに構える。
「そこにいる君は、私に何の用があるんだね?」
 その眼光向かう先は、裏路地に面した窓。
(ここまで接近していながら奇襲を仕掛けんとは。何がしかの策か、あるいは単なる騎士道かぶれか……)
 依然としてこちらに敵意を向ける気配の主の意図を読み取るべく、ビリーは全集中力の半分を眼前に傾ける。
 気配は一つきり。薄らとしか感じられない。かなりの使い手に間違いないと思わせる独特の張りつめた空気が、自分と相手との間に充満している。
 その道の人、この空気を指して『殺気』と呼ぶ。
(大した殺気だ――が、ぬるいな)
 総合的に難敵だと見たビリーだったが、それでも己が勝利を――最悪でも敗北の二文字はないと――確信していた。
 敵がどのように戦うのか分からないが、こちらは広い攻撃範囲を誇る槍使いだ。懐に飛び込ませるより速く、武器諸共に打ち伏せる自身があった。
(ふん、わざわざ敵の誘いに乗ってやる義理などない。奴が痺れを切らして、俺がこいつを最大限に利用できるこの部屋に入ったが最後、一瞬にして叩き伏せてくれよう)
 自らによる鼓舞で昂揚させていたビリーの闘志は、しかし噴き出すことはなかった。
「……ぬ?」
 気配が、急に消えたのだ。
(……消えた、だと?)
 ありえない。そんなことがあっていいはずがない。
 『彼ら』ではあるまいに、かような奇妙奇天烈人外魔境の現象を起こせるわけがない。
(しかし、足音さえ絶つとは……一体、奴は何者なんだ?)
 ビリーは心中では首を捻りつつも腰だめに構えた槍を保持し続けている。敵の気配は消えたが、それだけで安心する材料にはならない。
(そう、むしろ逆に敵がどのような行動に出るか、より細心の注意を払い――)
 左脇腹を襲う重い衝撃。やや遅れての激痛。
「――っぐぁ……!?」
 めきり、という肋骨の上げる悲鳴を聞く暇もなく、ビリーは机にふっ飛ばされる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
 いつ、どうやったのかは分からない。ただ、
(このっ、この俺が……)
 自慢の槍を振るう暇さえ与えられずに、自分が鎧の隙間を貫いた一撃によって打ち倒されたことだけは、満足に働いてくれない頭を最大限に活用して理解した。
「ぅ……」
 霞んでいく意識を総動員して、ビリー・ロングフェローは己を襲った人物を視界に収めようとする。
「だ、れだ――……」
「む」
 涼やかな風が、窓から吹いていた。


 酒を酌み交わす二人は、赤ら顔で愉快げに大笑していた。
「何で嘘吐いてまでぇ、他人様が惚れた娘とくっ付いてんだよぉ〜!? もぉ俺男信用できねぇよぉう〜」
「かっはっは! 違いない!」
 泣き上戸だったらしい御者の肩を叩き、トムソンは無責任に同意する。
 それを受けて、御者の涙が増量する。
「トムソンさんまで言わんで下さいよぉ〜。俺、今滅茶苦茶元気ないんですってばぁ〜」
 同意を求める発言であったのに、肯定されると余計に泣き出してしまったが、酒精の回った人間に一貫性を求める方に無理がある。
「はっはっはっはぁ、まあまあまあそんな時もあらぁな」
 言って、トムソンは新たに運ばれてきた杯を満面の笑みで受け取り、
「そうだよなぁ、他人ってのは信用なんねえ! この世で商人が信じていいのは――っばは、金どぅあけさ!!」
 本格的に、話題を脱線し始める。
 しかし、半ば当然とも言えるかもしれないが、御者はそんなことに気付いていない。
「そりゃよ、あの人はカッコいいし頭いいし腕っ節強いし人に媚びないしぃ〜〜〜……」
「そうそう、酒飲んで鍛えた舌もな〜がははは!」
 全然噛み合っていない。二人とも酔っ払っているのだから、ある意味当然とも言える。
「ちょっとぉ、聞いてんですかぬぇ〜?」
「ええ、ええ、分かってますともよ、片想いの相手を取られんのって、胸に響きますよねエ」
 そして、いきなり正気に戻ったりするのだから、尚のこと始末に負えない。
 トムソンは勝手に彼の酒まで飲み干し、落涙のままに机で突っ伏している御者の傷をうっかり善意で抉ってしまう。
「でもま、そーゆー時ってさっさと忘れた方がいいですよん? いつまでも引きずってると、儲けにまで響きすしね」
「分かってますけどもぉ……」
 ついさっきまで「こんちくしょーぅい!!」だのと意味不明な奇声を発していた御者に何を感じてか、とうとう貰い泣きを始めるトムソンは、酔った勢いでこんなことを言い出した。
「よーっし! 本当はこれ内緒なんだけど、あんたにゃ元気になって欲しいから、このあっし、トムソンの名に懸けまして、特別に連れてってやりましょう!」
「な、内緒……?」
「そうともよ」
 安いエールをあおり、トムソンは意味ありげに笑う。
「本当に最高なところでね、嫌なことなんてきれいさっぱり忘れられるよ」


 その銀髪の『旦那』に憧れ想いを寄せる少女、ベスは意外にも謎の女性の恐怖から立ち直っていた。
「畜生〜〜〜……」
 口汚く独り悪態を吐きながら、寝台に横になっているベスは窓の外に広がる夜景を睨む。
 医者によれば、一日ほど安静にしていれば問題ないということだが、彼女からすればそれこそが大問題である。
「本当なら、今日にゃ約束を果たしてもらうつもりだったってのによぉ……!」
 先日の妄想、それによる怪我で動けぬことへの不満と謎の女性の出現がほどほどに入り混じった結果、ベスの中では『よく分からんが、兎に角あの女が悪い』という結論がなされていた。
「覚えてろよ。今度会ったら、絶対に今日の借りは返してやるぜ!」
 と息巻いているベスだったが、急に興奮しだしたからか体が空腹を思い出してしまったので聴覚的に訴えてきたことにより、著しく士気が低下した。
「……まずは、何か食べねえとなぁ」
 情けなく、ベスはお腹に手をあて呟くのだった。
 賄いは、まだ来ない。




 ある一族の最期は、次のようなものであった。
「――お前は、やはり危険だ」
 族長の言葉に、次々と賛同の声が上がる。
「我らと同じく、『外』より迫害されしモノとして迎え入れたが、お前は我らとも違う。獣でも、ましてやヒトでもない」
「…………」
 族長は背後のざわめきを制し、このように続ける。
「お前は、『外』から我らに滅亡をもたらす災いだ」
 再び湧き上がる、同意の声。
「…………」
 それを知ってか知らずか、眉間から左唇の端までを貫く大きな傷を持つ少女は、緩慢な動きで歩み寄ろうとする。
「…………」
 直後、足元に石製の鏃(やじり)が打ち込まれる。
「警告は一度きりだ。次は『喰う』」
 厳格な声音で、“人喰い”を束ねる長は少女に告げる。
「……わたし」
「黙れ」
「わたし、は……」
「黙れと言っている」
 族長の制止も効果なく、頼りなく歩く少女は傷痕の目立つ唇を僅かながら動かす。
「みんな、かぞ――」
「黙れと言っているのが聞こえんのか!?」
 一族と少女の間を、琥珀色の風が駆け抜ける。
「…………っ」
「断じて、貴様は我が一族にあらじ!」
 片手で首を掴まれ、少女は宙吊りにされる。
「最果ての坩堝よりい出(いで)来(き)たりし異形の娘よ! 我が一族を滅ぼさんとする災いの具現よ! 望み通り、去ねとは言わぬ。その血肉を喰ろうて、我が一部としてくれよう!!」
 外界との交流を断ち、人知れず生きてきた一族――その長としての矜持からか、族長の言動は芝居がかっていた。有り体に表すと、余計な間が多過ぎた。
「――――っ!!?」
 結果的に、それが命取りとなった。
「おぉぉおおぉおぉぉおぉおおおおおぉぉおおおぉぉォ!?」
 手首から先を失った右腕を抱え、族長は飛び退いた。
「うぬれぃ! ようやっと本性を現しよったか、この“化け物”めが!」
「けほ……」
 掴んでいるしわだらけの手首を捨て、少女は首を擦りながら咳き込んでいた。
「殺せぃ! あの“化け物”を殺せィ!!」
『オオッ!!』
 群れを成す殺意。殺到する異形の一族。
「…………」
 少女は、悲しさと空虚さの入り混じった藍色の瞳で、それらを目にする。





「そんな……嘘だ」
「嘘なものか。もらう物はもらったんだ。あんたが『最後まで』やったって、止める奴ぁ誰もいねえよ」
「……ほぉ、なるほどなるほど。それは奇遇ですな」
「ま、これも巡り合わせ、ってやつなんだろうね」
「何だ、よかったじゃないか。これで、貴方の望みは二つとも果たされる。いや、それ以上と言ってもいい」
「お、俺……」
「あの野郎に差をつけてやりてぇんだろ? それにあんた高い金払ったんだし、元とらねえと払い損だぜ」
「いずれにせよ、知ってしまったからには既に私達は同じ穴の狢(むじな)だ――なら、つかの間の天国でも味わってはどうだい」
「…………」
「ごゆっくり」


 頃合は朝。空を灰色の雲が厚く覆い、重く湿り気を含んだ空気は秋雨を予感させる。
「……む」
 屋根を叩く小雨の音で、ジークは目を覚ました。
 簡単に体の状態を調べ、異常がないと分かると椅子にかけておいた上着に手を伸ばす。そろそろ肌着を替えるべきかと考えたが、やめることにした。多少不健康かもしれないが、それほど汚くは感じない。
「む」
 ふと、ジークは思い出した。
「……結局、ミュレは何と答えるつもりだったんだ?」
 結局、ミュレが“化け物”と呼ばれる理由――『みんな、ちがう』ということへの説明はされていないままだった。
(まあ、お前が煩わしさ故に追い出したからなのだがな)
(それは分かっている)
 何より、自分が下した決断だ。過去を省みることはあっても悔いることなどない。
 ただ、思い出しただけだ、と片付け、ジークは自分に向けられている視線を辿る。
「…………」
「やはりお前か、ミュレ」
 返事もなく、人形のような宿屋の一人娘はジークへと歩み寄る。歩く度に鎖が耳障りな音を立てるというのに、本人の気配は極めて希薄なのが不気味だった。
「ミュレ、扉ぐらい叩けばどうなんだ」
「……ごはん」
 ジークの言葉と噛み合っていないのも気にせず、ミュレは一単語の呟き、不自由な指先で足元を示す。
 その先は、だいたい食堂の辺り。
「…………」
 おそらく、ミュレはランドール夫妻から『連れて来い』と言われているのだろう。食事云々というのは、たぶん方便だ。
「分かった」
 それを見抜きつつも、ジークはランドール夫妻の思惑通りに進む方を選んだ。怪しむべき点は多かったが、何にしても動かないよりはましに思われたからだ。
「……ミュレ」
「…………」
 ジークは身支度を整えると、背中を向けたミュレにこう言った。
「お前の言う『みんな、ちがう』とはどういうことだ? 何が違うんだ?」
「…………」
 終(つい)ぞ、ミュレが答えることはなかった。


「と、とりあえず、どうしましょう!?」
「落ち着くんだ。まずは使えそうな傭兵達のところへ行け。ここのことは、私が処理に当たるから」
 傭兵ギルド[バーソロミュー]アルトパ支部を統括する男は、常と変らぬ表情で指示したが、他のギルド職員らが全員出て行くと同時に溺れかけた馬のようになっていた。
(び、ビリー・ロングフェローがやられた!? ……くそっ、こんな事態は想定していない!)
 ごくりと、喉が鳴る。
 ビリーはアルトパ支部が抱える傭兵達の中でも並ぶ者のない強(したた)か者だ。本人の腕っ節もさることながら、幾つもの修羅場を潜り抜けてきたその抜け目のなさは、まさに本物の戦士たる証である。
 そのビリー・ロングフェローが――
「何で全裸に猿(さる)轡(ぐつわ)で、町外れの木に吊り下げられているんだ?」
 一々口に出すのも馬鹿馬鹿しいような気がするが、事実は事実なのである。
「……あああ、そんなことはどうだっていい」
 外傷よりも一瞬にして倒されたこと、一晩中屈辱的な恰好で晒し物にされていたことで傷ついた自尊心の方がひどいらしく、ビリーは救出された後も虚ろな顔のまま「俺はもう駄目だ」と延々繰り返しているそうだ。
 はっきり言って、使い物にならない。
「生半可な実力しかない者らでは領主の依頼を果たせるとは思えんし……どうしたものか」
 また、喉が鳴る。
 部屋の外周に沿って歩き回りながら、男は取り留めのない思考を広げたり畳んだりしていた。
 外では、雨が本降りになりかけていた。


 ジークの予想通り、朝食に呼ぶというのは副次的なもので、会うなり朝食と本来の用件を同時に出された。
「……それで、俺にミュレと留守番をしていろと?」
「まあ、そういうこった」
 薄い後頭部をぼりぼりと掻きながらハロルドは応える。
「どうにも長引く話でな、下手すりゃ夕方ぐらいまでかかりそうなんだわ」
「表の看板も『準備中』のまんまでいいからさ、是非とも引き受けちゃくれないかい?」
「条件付でならな」
 と返しても夫妻は顔色一つ変えない。むしろ予想さえしていたらしく、
「飯代込みで千七百五十クランまでなら出すよ」
 こうして具体的な金額を提示してきた。
「もう一つだ」
『?』
 今度は、二人同時に怪訝な表情を作る。
「もう一つってな……何が望みなんだい」
「む」
 味気もなく硬いライ麦パンをよく噛んでから飲み下すと、ジークはこう告げてから水を口に含む。
「ミュレだ」
「ミュレ?」
 ハロルドが首を傾げ、
「ミュレの何を……というか、ナニを望んでんだい?」
 ヒラリーが微妙に的外れな質問をし、
「…………」
 話題の中心的存在が無表情で自分の顔の半分くらいありそうなライ麦パンを食(は)んでいる中、ジークは続ける。
「そいつが“化け物”と呼ばれている理由――それを聞かせてもらいたい」
 夫妻は、その鋭利な眼差しが物理的な硬さを備えているかのように目を背けていたが、やがてどちらからともなく視線を合わせる。
 両者の間で流れる気まずそうな空気を押しのけて、ハロルドが口を開く。
「……その話、どこで聞いた?」
「町(まち)中(なか)だ」
 厳密な場所の特定はしない。たとえ僅かでも、不要であると判断すれば相手に自分の情報を与えるつもりはない。
「その顔だと、さほど知られても困っていないように見えるが」
「まあ、な。……ミュレを一緒に行かした時点で、知られんのは時間の問題だったからな」
 諦念。
 しかし、そう判断するには腑に落ちない暗さの表情だった。
「ミュレ」
「…………」
「後で呼ぶから、部屋で大人しくしてろ」
 例によって一音で応えたミュレは、足音よりも大きな鎖の擦れ合う音を立てながら食堂を後にする。
「……義理の娘への、せめてもの気遣いか」
「どうだろうな」
 曖昧に答えたハロルドは、自嘲気味に笑ってみせた。最早、否定さえもしない。
「あいつぁ、根っからの変わり者でな。何をどう思っているのか、いつも何を考えているのかさえ、俺にも分からんのよ」
「む」
 つかの間、ミュレの姿が頭に浮かぶ。
 風にも掻き消されそうな、儚い佇まい。
 全てへの気力を捨てたかのような眼。
 人形のような、少女。
「……昔から、ああだったのか?」
「あんた……」
「……そうだな」
 遠い目をしたハロルドは、深く息を吸うと「何から話したものか」と呟いていたが、やがて意を決してか、こう切り出した。
「今から二年――いや、もう三年前になるか。俺達夫婦が、まだあちこちを旅していた頃、偶然立ち寄った村で――」


「……あ?」
 汚い身なりの、女の子を見かけたんだ。……ああ、そうだ。そいつがミュレさ。
「…………」
あん時、あいつの恰好には驚かされたもんだよ。着替えや風呂どころか、体を拭いたこともないんじゃないか? って思わず疑っちまったぐらいにな、あいつは汚れていた。
「なあ」
 ぼんやりと独りで突っ立てるミュレに、俺は「どうしたんだい?」って訊いた。ああ、別に深い意味はねーよ。あんただってな、思わず人を助けてやりたくなる時があるだろ? まあ、そんなもんだよ。
 でもな、ものの見事に、あいつは俺達を無視してた。まるでさ、話しかけられたのが自分だって気付かなかったみたいにな。
「お嬢ちゃん。そんな所で、何をしているんだい?」
 そんな俺を見かねてか、この女房が肩を叩いて訊いたんだ。こう、ポンポンとな。
 そしたらさ、ようやっとミュレはこっちを向いたんだ。
 ……なあ、これ以上は本当に言いたくねえんだよ。いや、知らんってあんた……。
 そうかい、分かったよ。俺の負けだ。
 こっから先は、あいつの前で言いたくなかった。
……あの日、ミュレの瞳を見た時、俺は怖くなっちまった。ああ、なんて空っぽな眼をしてるんだろう、って思ってな。
分かるか? ミュレの眼は、表情は、俺達が初めて会った時から、とうに空っぽだったんだよ。他のガキとは全然違う。ずっと見てると、あの眼に吸い込まれそうな気がして、とんでもなく恐ろしかった。
ああ、先を続けるよ。だから睨まねえでくれ
「お嬢、ちゃん?」
「…………」
 ミュレは、何も言わんかった。じっと俺達を見てるだけだ。
「……わ た し」
 そうやって喋るのに、えー……数えてねえからどんぐらい経ったかは分からんが、兎に角ミュレは喋ってくれた。
 そりゃあ嬉しかったよ。変わった奴ではあるけど、何せ今も昔も可愛かったからな。こう、ちっちゃく首を傾げた時とかな。
 あ? そんな話はどうでもいい? ……ったく、あんたも分からん人だな。
 はいはい、戻すよ戻す。ミュレはな、一個だけ俺らの質問に答えてくれたよ。
「ない」
 とだけな。
 親はどこだい? って母ちゃんが訊いたんだがな。


「結局、それ以外はミュレに何を訊いても答えねーから、村の連中に訊いて回ったんだよ。……そしたらな、すごいことが分かったんだよ」
「む?」
 急に声を潜める主人に、ジークは訝る。
「ミュレは、俺らが来る何年か前に――」
 ハロルドの言葉が中途半端なところで寸断される。
 背後を確認して、ジークは理解した。
 いつの間にか、ミュレが三人の前に立っていたのである。
「…………」
 ミュレが現れたことで訪れていた沈黙が、無理矢理押し破られる。
「な、何でもねえよっ!――そうだよなあ、母ちゃん!?」
「そ、そうだねぇ!」
「…………」
 必死になって誤魔化そうとしている夫妻に全く興味が無いのか、ミュレは微動だにせず、ただ出入り口に立っていた。
「な、なあミュレ? どうしてお前、ここに?」
「……あれ」
 拘束された腕のまま、ミュレは窓を指す。
「そと――」
 首だけしか動かさなかったことを、ハロルドは後悔することとなる。
 見れば、外は煙が焚かれているかのような豪雨の真っ只中だった。
「で――ぇ!? あ、がががっ!? あ、か、母ちゃん! 早く洗濯物を!」
「やれやれだよ、何でこんな日に洗濯しちまったんだか!」
 頚椎が不気味な音を立てたハロルドは、怪しく捩れた首のまま慌ててヒラリーを庭へと行かせる。それにやや遅れて、ミュレも続く。
「さて」
 ジークは、ミュレの小さな背中が見えなくなったのを確認してから口を開く。
「……何年か前、どうした?」
「あ、ああ、そうだな。えー……あー、何の話だっけ?」
「お前たち夫妻は、ミュレに関して村中を聞き回り、何がしかの情報を得たのだ」
 まるで自分が見聞きしてきたかのような言い方だったが、首がいい感じに捩れたハロルドはそのことへの無粋な意見などしない。
「……ミュレは、村の入り口に誰かに捨てられてて、それを村の人が拾ったらしいんだよ」
「む、そうか」
 さして珍しくもない事例に、ジークはそれだけ言った。
 リグニアは比較的豊かな国であるためあまり耳にしないが、他国――特に五大国でも北部のベイザント地方や、アルトパのように五大国の領地と化した地域では重税や相次ぐ凶作による赤貧が続いた時には飢えから逃れるべく、多くの末子や年寄りが山や谷の奥に口減らし目的で置き去りにされ、殆どがそのまま死んでいった。
(とりわけ、数年前にベイザントからフェリュースト北方で発生した異例の飢饉の際には、そうして数万もの死者が出たのだというが……ミュレも、その内の一人なのだろうか?)
 などと考えをまとめつつ、ジークは疑問を一つ挙げる。
「お前、ミュレは誰かに拾われた、と言ったな。ならばその親はどうした? ミュレは『ない』と言っていたのだろう?」
「…………」
 ――ジークは、兎に角何事においても鋭い。
 そのことを嫌と言うほど思い知ってきたが、それでもハロルドは中々口を開こうとはしない。
「む、知っているのではないのか?」
「知っては……いるさ」
 歯切れも悪く、ハロルドは応じた。
「知ってはいるが、あんまいい話じゃあねえぞ?」
「構わん」
 と頷くジークに対し、やはりハロルドは気乗りしない表情のままであった。
「あんたは、信用できる人間だって思ってるよ。だから今日のことも頼んだし、話したわけだ。……だからな、余計にこの話はしたかない」
「俺は『聞く』という選択をした時点から、どのような内容であっても最後まで聞くと決めた」
 よく分からない理屈だった。しかし、この男が言うと妙に迫力と説得力がある。
「……はあ」
 そう思わせた時点で、ジークの勝ちだった。
「……まあ、そこまで訊くなら教えるよ。あのな――」
 そこから先のハロルドの言葉は、ジークの予想を外れなかった。
「どういうことかは知らんが、ミュレがその人を殺しちまったらしいんだよ」
「人を」
 眉一つ動かさずに、ジークは呟く。
「……俺だって信じたくなかったし、嘘だって思ったさ。だが村の連中はずっとそう言い張ってるし、しまいにゃ憲兵を連れてくる、なんて話になっててよ、あ、こりゃ放っておいちゃいけねえって思って――ま、うちの娘にして現在に至るわけだ」
 そこで一息吐くと、ハロルドは杯をとって水を口に含む。
「人の噂ってのは、兎に角広がりやすい。特に誰それが人を殺しただのってのはな」
 苦々しい表情だった。行き場のない、本当に当人だけにしか分からない感情を抱えている人間が作る表情だった。
「この町の連中は、たぶん本当のことは知らん。だが、まあ……あいつは、ああいう奴だからなぁ」
「む」
 相槌だけは適当に返しておく。
 言わんとすることは分かっていた。ミュレの外見や言動を考えれば、好感情より悪感情の方が強くなるのが目に見えている。
(某(なにがし)は盲目とはよく言ったものだ)
(黙れ)
「――特にあいつにゃすまんと思ってるがあの手枷だ。本当は外してやりてえが、何せこうした町ってのは横の繋がりがなきゃ生きていれん。『“化け物”なんて呼ばれてる娘を野放しにしている』って思われたら、それこそおしまいだ」
「それであの手枷か」
 さしずめあれは、熊や罪人を閉じ込める檻か。
「ああ、そうだ。せめてもの情けで好きなようにはさせちゃいるが、本当はあいつだって泣きてえはずさ」
 だからっ、とハロルドはより一層強い口調でジークに向かって喋る。
「俺らは今、金を貯めている。多少この宿はぼろっちいが、あんたみたいな奴らにトムソンの宿が使えねえ奴は月に三人は来るから、最低限の生活さえできれば他所様並みにゃ金は貯められる。そいつをめいいっぱい使って、あいつが――ミュレがもっと自由に暮らせる場所で生活するんだ!」
「…………」
 ジークの隻眼にも怯まず、ハロルドは真っ直ぐに見つめている。
「――あんたぁ! そろそろ出かけるよぉ!!」
「おう」
 ヒラリーに応えて立ち上がると、ハロルドはジークに満々の自信を湛えた顔で言ってのける。
「他の連中は兎も角、俺らにゃどんな経緯があったかなんて関係ねえ。今のあいつは俺達の大事な大事な幸せにしてやりたい娘、ミュレ・ランドールだからな」
「……そうか」
 返したジークの言葉は、短かった。


 夫妻が出て行った後の宿屋は、雨粒の音以外に何も聞こえなかった。
「…………」
 窓辺に身を預け、愁(うれ)いを帯びた瞳で雨を眺め――ていれば、多少なりと絵になっていたのだろうが、
「……む」
「…………」
 およそジークの知っている範囲内でだが、ミュレに普段との違いは見られなかった。強いて挙げるなら、額の白い布ぐらいである。
(……さて、どうしたものか)
 一応、ジークには大まかな予定の中に綿密に作り込んだ、計画とでも言うべきものがあった。
 昨晩から練りに練った重要な計画だ。不確定要素は可能な限り取り除いておきたいのだが、
「…………」
「む」
 ミュレと、目が合う。
「…………」
「む……」
 ……合っただけで、ミュレはジークのすぐ脇にあった、鉄の取っ手が付いた水差しから水を注ぐ。
 その様子を見ながら、ジークは思う。
(こいつを、どうするかだ)
「…………」
 時間をかけて一杯分の水を飲んでいるミュレを見て、密かにジークは嘆息する。
 確実に、ミュレだけでは留守番なんて務まりそうにない。警戒心とか云々以前に、目の前で泥棒が金品を物色していても一欠片の関心も示しそうにない。
(充分あり得るな)
(言うな)
 正直、仮に何かの間違いでこの宿に泥棒が入ったとしても、外出時には全荷物を携えるので自分は痛くも痒くもない。が、
(あの夫婦と疎遠になるのは好ましい状況とは思えんな)
 やはり、必要最低限以上の接触や問題は避けておきたい。それらが巡り巡って自分に予測不能の被害をもたらすのは、当然好ましくはないからだ。
(とするなら、ミュレを連れて行く……気にはなれんな)
(同意。対象を同伴した場合、想定された計画完遂の確立が四割強に減少すると予想)
(益皆無)
 危険に巻き込みたくない、という情緒的なものでも遠ざけたいという排他的なものでもない、純粋に完全に利害のみで構築された思考。
(……む)
 結論は、出た。
「ミュレ」
「…………」
 黒目がちな大きい瞳がこちらを認識したのを確かめた後、ジークは言葉短く告げる。悲しいかな、多少なりと会話してきたからか、口を開くべき勘所が身に付き始めていた。
「少し待っていろ」


 ぼんやりと自分を玄関まで見送った――のかは、果たして分からないが――少女と一旦別れを告げ、ジークはある建物に行った。
「はい、いらっ……おお、貴方は」
「む」
 年季の入った算盤を弾いていた受付の中年――宿屋『トムソンの牛亭』の経営者トムソンは、雨に濡れた、急な来訪者に驚きつつも居住まいを正す。数冊の帳簿を脇にのけ、算盤も珠を戻してから応対に移る。
「おはようございます。本日はどのような御用向きで?」
「この宿に、乗合馬車を営んでいる男は宿泊しているな?」
 水滴を銀髪から払い落としつつかけられたのは、半ば断定に近い質問。
 奇妙といえば奇妙な質問だが、この銀髪の傭兵があの男と知り合いであることを考えれば納得はできる。
「ええ、ご宿泊なさってますね」
「外出しているか?」
 問題は、ここから先であった。
「はて、それはどうだか……おおい、誰か朝から出てった人はいるかぁい?」
「昨日お泊りになられた行商人の方々だけですぅ」
 ちょうど通りかかった早朝時の当番である従業員が、受付から乗り出して問いかけたトムソンに応じた。
「だ、そうです」
「鍵は?」
 かかっているのか、と訊かれた時、トムソンの内心に不審の火が灯る。
「……と、仰いますと?」
 何故この男は。そんなことまで訊くのか?
 それなりにこの男の観察はしたつもりだが、およそ無意味なことをする人間には見えない。あの御者を訪ねてきたのも、急ぎであることを暗示するかのような問いかけも、裏があるように思えて仕方がない。
(……待て。急ぎの用だとすれば、一体何だ?)
 真っ先に浮かんだのは自分やその周囲に絡んだものだったが、更に深く考えてみれば利用する側とされる側以外に何も関連がないことに気付く。
(そういえばこの男……奴の言では、『あれ』とただならぬ関係であったはず。――しかし、どう考えてもそこから漏れるとは……いやいや)
 結論を出そうにも判断材料が足りない――そうトムソンが判断するのは早かった。
 ここまでで五秒。そこそこ老獪な宿屋の主は腹の内を仕事用の笑顔で隠してからはぐらかす。
「ここは宿屋ですからね、念には念をと施錠を義務付けております」
「む」
 理解したのか、銀髪の傭兵は重々しく頷いてみせ、
「合鍵を渡せ」
「……は?」
 ますます予想していなかったことを平然と、そして簡潔に述べる。
 何故、という安直な疑問詞を用いるべきか逡巡したが、結局トムソンは使い込まれた言葉に更に手垢を付けることにした。
「何故ですか?」
「急ぎの用だ」
 おそらく、銀髪の傭兵の中ではそれで全ての説明がなされているのだろう。昔見た業物の剣を思い出させる隻眼を、真っ直ぐにこちらへと突きつけたまま微動だにしない。
(……まずい)
 トムソンはこのまま睨み合いを続けられれば絶対に勝ち目がないことを早々と悟り、流れを変えんと懸命に小賢しい頭を回転させて言葉を選ぶ。
「……いえあの、ですね? 確かに、合鍵はございます。ございますが、基本的に……ええ、まあ当方の、関係者以外にはですね、お貸しできないということに」
「客の知人だ」
 トムソンは絶句した。
 知人ではあるので無関係ではない――ということなのだろうが、ここまで躊躇なく言い切られると、言い返す気にもなれない。
 自分にとって不要な接触や繋がりを断ちつつ、利用できる時には最大限に使う。これがジークの処世術である。
 が、かと言ってそう易々と受け入れるわけにもいかない。
「そ、そんな――」
「渡すか渡さんか、どちらだ?」
 そんなトムソンの意地を、ジークは易々と捻じ込まんとした。
「む、う……」
 ジークの媚びた様子など一切ない高圧な態度にトムソンは、交渉の場において比較的優位に立てるはずの『頼まれている側』という立場でありながらも返答に窮し、畏縮してしまう。何だか、憲兵から尋問を受けているような気分だった。
「ええー……はあ」
 結局、数十年にわたって宿屋を切り盛りしてきたトムソンも、ジークの圧力を前に折れざるをえなかった。


「む、邪魔するぞ」
 げんなりとした顔の敗北者など意に介さず、堂々とジークは御者がいるはずの部屋に入る。
「……む」
 直後、鋭角を描く眉が形を崩す。
(宿の主は、何と言っていた?)
(外出者皆無)
(信じるか否かはお前しだいだがな)
 ならば、とジークは迷わなかった。
「奴は、どこへ行った?」
 散乱した部屋の中、ベッドの上が特に乱れていた。


「……あの男が?」
「ええ、間違いなく気付いているかと」
 窓を背に、女は頷いた。
「…………」
 一人が押し黙っている横から、もう一人の男が口を開いた。
「あんた、どこでそれを知った? あの部屋の周りには、誰もいなかったんだぞ」
「人の口に戸は立てられません。耳もまた、少なからずそうでしょう?」
 唇から髪の間から覗く耳へと優雅に指を動かす女に食い下がらんとする男を、別の女が制肘する。
「まあまあ。それぐらいのことを調べられないんじゃ、最初っから見込みなんてないんだしね、あんまり深く尋ねるのはなしってことにしようじゃないか」
「ご理解いただき感謝します」
「……なあ」
 黙っていた男からの問いかけに、女はただ「何か?」と首を傾げる。
「本当に、可能なんだな?」
「それは貴方がたの返答によりけりですね」
『…………』
 あくまでも、主導権を握っているのはこちら――そう陰に陽に主張する女は、三人の男女を見回し、幼子に言い含めるように付け加える。
「無論、そちらにとって不都合なことには目を瞑りましょう。
『わたし達』は、そのくらいの寛容さは持ち合わせていますので」
 誰かが言葉を発する前に、扉が開く。
「――そちらの方は?」
「おお、あんたか。こいつはほら、例の」
 大幅に省かれた言葉は意を余すことなく、新たに加わった男にも伝えたようだった。
「……ああ。はじめまして」
「こちらこそ」
 優雅に会釈すると、女は徐(おもむろ)に立ち上がる。
「では――」
「?」
「どうぞ、お好きなように謀(はかりごと)を」
 出て行く間際に一つ、明言しがたい置き土産を残して。
「お互いの望みが叶わんことを祈りまして――“我らが描く、理想のために”」


 『トムソンの牛亭』で、先日食堂で出会った女と言葉少なく挨拶を交わしたのも束の間に、ジークは一旦宿に戻る。
「…………」
「……む」
 扉を開けるなり出迎えたのは、三重の戒めで両手を拘束させられ、明るさの対極ばかりを眼と表情に詰め込んだ少女であった。
「ミュレ」
「…………」
 返事はまだない。
 ジークは、緩慢に反応を示すミュレに自分の予想を発する。
「もしかして、ずっとそこで待っていたのか?」
「…………」
 聞こえているのかいないのか、判断に苦しむ十数秒が二人の間を流れ去った頃、
「……お と」
「む?」
 より判断に苦しむ返答が、返ってきた。
「ミュレ、何と言った?」
「……きこえた。から」
 まるで噛み合っていない。そもそも合わせる気もないのだろうが、こんな無愛想な人間に接客業など務まるのだろうか、などという自らの性質を棚に上げた思考と並列して、先刻の言葉を解析する。
「む、音か」
 最初の一節が北東の五大国で用いられる単語であることを見抜き、この地方での公用語だった動詞部分と組み合わせれば、後は簡単である。
「……ん」
 ――ジークはまだ、知らなかった。
 それが何を意味するのか、詳細までは特定できないまでも、ジークはミュレの言わんとすることが概ね理解できるようになってきていた。
(それで出迎えに来た、か?)
(まあ、そんなところだろうな)
 適当な所で思考を打ち切ってしまうので自覚に至るまでにはまだ時間を要するかもしれないが、それは動かしようのない事実。
 あの、娘を心底大切にしているらしいランドール夫妻でさえも、時折養女が何を話しているのかさえ分からないというにも拘(かか)わらず、多種多様な言語に通じているジークは多少の時間差こそあれど、まともに意志の疎通ができている。
「ミュレ」
「…………」
「誰か来たか?」
「……ん」
「む、そうか」
「…………」
「ミュレ」
「…………」
「何かあったか?」
「……ん」
「そうか」
 これを意思疎通が成立している状態と見なしてもいいのか、聊か疑問にも思うが、他人には無頓着なジークと何事にも無関心なミュレしかいない今、それについて指摘をする者はいない。
 何もなかった、という辺りから、ジークの思考がつい先刻の部分を引っ張り出す。
(結局、あの男に留守番をさせるのは無理だったな)
(む)
 ジークは、ランドール夫妻からの依頼を御者を言い包めて代行させようと考えていたのだ。
(あの男ならば、夫妻からの依頼を喜んで代行するだろうと読んでいたのだがな)
(いないのでは話にならん)
(至急代案提示)
(同意)
(同意)
(同意)
(提言)
(認める)
 無機質な声が、淡々と告げる。
(かような外見の建物に侵入する者がいる可能性は?)
「む……」
 ふと、足が止まる。
「…………」
 ふよ、と背中に妙に柔らかいものが触れたと思い振り返ると、ミュレが胸を押し付けるような状態で立っていた。立ち止まるのが間に合わなかったのだろうか。
(それはさておき)
 倒壊寸前の垣根から見える、輪をかけて倒れそうな建物。辛うじて塗り替えられた屋根。雑草と手入れなど無縁の木。薄暗くて埃っぽい室内……。
(ないな)
(ああ)
 数秒考えただけでも充分過ぎる要素を並べ立てることができた。これ以上考えては時間の空費になるとジークは判断し、停滞していた足と思考の両運動を再開する。
「ミュレ」
 棒立ちの少女に、ジークは声をかける。かけるべき頃合いを待って、「俺は、これからまた出かける」と続けた。
「夕方までには戻る。それまで一人で待っていてくれ」
「……ん」
 と応えた頃には、ジークの姿は雨中に消えていた。
(さて)
(行くか)
 その足取りに、迷いはない。
 ――ジークが気付くのは、まだ先のことである。


 がちがちと歯は震え、視線は落ち着きなく部屋の隅から隅を駆け巡る。両の鼻腔から情けなく垂れているのは、見紛うことなき洟だ。
 そんなアーサー・ニュートンの顔色を視覚的に例えるなら鯖に青い塗料を数種類ほど満遍なく塗りたくり、然(しか)る後に陰干ししておいたものとよく似ていた。
「もう……駄目だぁ……」
 ……心情的に表そう。
 アルトパのギルド[バーソロミュー]を取り仕切っている男、アーサー・ニュートンは、溢れ出る不安を全く隠せないまでに憔悴しきっていた。
 原因は、二つ。
 一つは、廃人寸前にまで精神的に傷ついてしまっている傭兵のビリー・ロングフェローの代役が、全く現れなかったのである。
 いや、
(……保険をかけておくべきで、あったか)
 厳密には、全員から断られたのである。
 そしてもう一つが、『ビリーならば、何があっても問題はない』という、『二流ゆえの経験への過信』であった。
 アーサーは、何度も名乗り出てきた傭兵らへ念入りに断りの書状を送っていた。それが、多少なりと自尊心の強い彼らからすれば快いものではなかったことが、呼びかけへの応答にありありと出ていた。
『此度はビリー・ロングフェロー殿に一任したが故、我々は一切関与しないことを確約する』
 だいたいそのように書かれた手紙の山に、アーサーは頭痛が悪化していくのを感じた。
(冗談だろう? まさか、これが私の末路なのか……!?)
 曲がりなりにもギルドを預かる身だ、権限に比例してその身に負う責任も増大する。
 依頼の失敗は、請け負った者の失敗だけに留まらないのだ。完遂可能か否かの見極め、適切な人材の選抜、実行時の支援、失敗した場合の収拾案……兎に角、依頼をこなす際には諸々の準備や活動が必要となり、それらへの采配がギルドの責任者には要求されているのである。
 それ故に、今回の事態は重大だ。
「……逃げるか?」
 と、アーサーが最終手段に踏み切るか否かを躊躇っているのを見図っていたかのように、
「失礼する」
「! 君は……」
 雨風を伴い、一人の銀髪の男が訪ねてきた。


「兄貴、マイク達から連絡がありやしたぜ」
「おう。言ったとおりにしてるみてえだな」
「へえ。そりゃあもう」
「あ、兄貴」
「あ?」
「何でまた、大頭がいない時にこんなことを?」
「言っただろ? 全部説明すんのは大頭が戻られてからだとよ」
「はあ……?」
「ま、見ての聞いてのお楽しみってやつだ」
「??」
「兄貴兄貴、こいつ分かってませんぜ」
「……まあいい。お前らは俺の言うとおりにさえしてりゃあ問題ねえんだ。それだけ忘れなきゃいいよ」
『うっす』
(キヒヒ……見てやがれよ銀髪野郎、いやさジーク!!)


 ジークは、ぼさぼさの銀髪やマントの端から水滴を絶えず零しながら呆然とした表情のギルド責任者へと歩み寄る。
「空いている依頼はあるか?」
「え、あ、ああ……あるには、あるんだが……」
 素早く思考を切り替えようと努めつつ、アーサーは銀髪の来訪者の要求に応える。
「……すまない。今はそれどころじゃないんだ」
「む?」
 眉を顰める青年のために、アーサーは凡(おおよ)その説明をする。「まあ、そういうわけなんだ」と締め括ると、銀髪の男――ここでアーサーは、初めて彼の名前を思い出した――ジークは数秒の間を空け、
「俺ならばどうだ?」
「…………!!」
 ある種、アーサーにとって福音とも言うべき内容を告げるのだった。
「き、君が……かね?」
「元より、俺はこの依頼を受けるつもりだった。ここに記載されてある報酬さえ貰えるのであれば、そのロングフェローという男に代わって引き受けてもいい」
 淡々とした、抑揚に欠けるジークの申し出に、アーサーは「待ってくれ」と幾許(いくばく)かの猶予をもらう。
(も、もしかして、もしかしなくてもこれはっ、千載一遇の好機ではないのかね!?)
 今回に限り、金や尊厳は二の次だ。アルトパ領主に、このギルドの実力を示さなければならないこの依頼に賭けられているのは大手ギルド[バーソロミュー]の威信であり面子であり、そして何より、アーサー・ニュートンという男の命なのである。
(――だがしかし、妙な話だ)
 と、僅かに残った冷静な部分が、二つ返事で頷こうとしている自分の肩を叩く。
 話が上手過ぎたのだ。依頼の前日に、担当者が原因不明の再起不能となり、困窮の果てに助けの手が差し伸べられる。
 物語(作り話)ならばあってもいいのだろうが、実際にこんなことがあれば疑うのが常識だ。世の中は、そうそう都合よくできていない。
(……まさか、この男が?)
 完結している関係に割り込み、発生するはずのない利益を生み出さんとしているのがこの男であれば、全てへの納得がいく。
 この土地においては大口の依頼主である領主は依頼さえ果たせば満足し、ギルドにこれまで以上の信頼を寄せ、多くの仕事を与える。
 そのギルドが、依頼を仕損じた場合の損失は大きい。失うものは現在の利益ばかりではなく、将来の利益にまでも及ぶ。そうなれば、傭兵達から造反する者達が現れる可能性も否定できない。
 即ち、ギルドはかなり逼迫した状況に追いやられている。
 そうした者達の誰からも恨みを買わぬよう、むしろ恩意を受けつつ利益を抽出した後、何事もなかったかのように姿を消そうとしている者がいるとすれば?
「…………」
 それが、この男だとしたら?
「…………っ」
 いずれにせよ、断れない。
「時間は大丈夫なのか?」
 真相がどうであれ、今のアルトパ支部は、領主からの依頼をこなさねば今後の活動に大きな支障をきたす、言わば背水の陣の最中である。万が一にでも、ジークが心変わりして踵(きびす)を返されれば――
「……分か、った。私に着いてきてくれ」
「む」
 多くのものを背負う男は、心情的に同じ数だけのものを胸に抱えてジークをギルドの奥へと招く。
 ――これで間違っていないのだ。
 今日が面子を左右する日であることには変わりない。重要視すべきなのはこの一点のみであって、他は切り捨てるしかない。多少[バーソロミュー]の名に傷がついたとしても、そこは回復策を講じておけばいい。
(でなければ、私は――)
「ここか」
 奥にある、所々にこの近辺の地図が無造作に置かれた部屋に着くと、すまし顔のジークがアーサーに問う。
「それでは、改めて依頼の内容を確認しようか」
「む」
 アーサーの呼びかけに不自然なほど威厳に満ちた頷きでジークは応えると、机の上に広げられた地図を見るようにとの指示に従う。
 地図には、アルトパとその周辺の地形が描かれている。
「この、十字が記されている場所が依頼の?」
「本当はバツ印なんだが……いや、まあいい。そうだよ」
 扉脇から指し棒と薄い紙束を持ってきたアーサーは、本腰を入れた説明を始める。
 指し棒が、アルトパに程近い森を示す。
「この西南の森を中心に活動しているんだがね……どうも、ここ暫くの間は壊れた城壁の部分から侵入して、畑の作物や家畜を荒らしたりするらしい。壁の補強をすれば大丈夫なんだそうだが――」
「その暇がない、か」
 至極どうでもよさそうにジークはアーサーが渡した資料から視線を動かさない。
「そう。何故だか頻繁に来ているらしくてね、その都度補修
しかけの部分を壊してしまうから、きりがないんだよ」
「む……」
 前髪を弄りつつ、ジークは黙考する。
「要は時間稼ぎだな」
「その認識で構わない」
 アーサーは半ば投げやりに答えて頬杖をつく。
 他に何か質問は? とアーサーに問われたジークは、数拍の間を置いて、
「始末してはいかんのか?」
 第三者からしてみれば非常に物騒な質問をよこした。
「できるなら、すればいいんじゃないかな?」
 ここまで来ると、既に他人事である。
 それもそのはず、
「依頼主である領主殿も、よもや討伐できるなどとは思っていなかったそうでね。だからこその『時間稼ぎ』というわけなんだが……どうしたね?」
「む」
 突然ジークは、その辺に落ちていた羊皮紙と羽ペンを勝手に使って何やら書き始めた。
「賃金交渉だ」
「は? 君は……待ちなさい。これをどうする気だ?」
「領主と交渉しておけ」
 無造作に置かれていたずだ袋を肩に担ぎ、ジークはぶっきらぼうに告げる。
「俺が単独で残らず始末した場合、賃金を上乗せしろとな」
 端切れに書かれた内容を違わず述べ、ジークは現れた時と同様に唐突に立ち去らんとする。
「待て!」
 無謀だ、と続けてアーサーも立つ。
 状況が状況で忘れていたが、この男の実力は全くの未知数だった。
「分かっているのか? 君が始末すると言っているのは賊の類ではなく、もっと手強くて恐ろしい生物なんだぞ」
「分かっている」
 声を荒げるアーサーに対し、ジークはどこまでも静謐な声で応じる。「その上で、俺は要求している」
「は? それは――」
「もしも」
 言葉が、止められた。
 妙に重々しい空気の溜めを作った張本人は、眼光鋭く不吉な文句を付け足す。
「賃金を確認した際、不足分があれば……相応の抗議は覚悟しておけ」
「…………」
 頷かなければ、その場で斬り殺されてもおかしくない目をしていた――後にアーサー・ニュートンは、酒宴の席で同僚にそう告白したという。


 蹴破られる扉。少し大きくなった雨音。
 床を踏み鳴らす幾つもの足音と、乱暴な喋り声。
「よォ」
 再び現れた、皮膚病の鼠を思わせる男。
「悪いが、一緒に来てもらうぜ?」
「…………」
 そのどれ一つにも、ミュレは関心を示さなかった。


 部分的に雨は上がり、秋独特の柔らかな日差しが、天頂の近くから幾筋もの帯となって町中に降り注ぐ。
 頃合は昼前。農夫らが鋤や鍬を手に汗を流しているはずの畑には、まばらな人影しか確認できない。
「……む」
 その一人が、無残な様相を呈する畑を見渡して一言、
「現れるようになって二カ月ほどか」
「は、はい」
 先日、ジークに手伝いをさせられていた兵士が、恐る恐る応じる。
「この農業区は先月の真ん中から荒らされるようになって以来、誰も野良仕事に来ないんですよ」
「そうか」
 そんなところだろう、とジークは声に出さず、畝に蔓延る雑草の様子から推し量った内容の確認を済ませる。ギルドの責任者から聞き出した情報によれば、そいつらはどう考えても野良仕事に同席できるものではないからである。
「ジーク様」
 およそ傭兵にかけるに相応しいとは思えない、上品な呼びかけであった。自然と、声の主が想像できてしまう。
「! た、隊長」
「君は向こうで手伝っていなさい」
 指さす動作も品よく、詰め所で知り合った兵士の上司は彼に命じた。
「し、失礼しますっ」
 慌てて兵士は居住まいを正し、敬礼の後に水飛沫を飛ばしながら小走りで資材を運ぶ兵士や職人の一団に加わる。
「……そろそろ、現れる頃合かと」
「む」
 先刻まで工具の手配を指示していた上司が、板切れを抱えた兵卒を二人従えてジークに告げる。方々では兵士らが角突合せて、厳格なことで有名な上司の態度を不審に思っていたが、それを確かめる度胸のある者はいなかったようだ。
「そのようだな」
「――来たぞー! 奴らだー!!」
 という伝令よりも、城壁に穿たれた破壊孔から聞こえる、雨音とは異なる水音に、兵士達が一斉に身構える。誰一人として、痛々しい包帯姿でない者はいない。
「私(わたくし)どもは?」
「退け。余計な負傷者が出ては敵わん」
「よろしいんですか? 奴らには槍も矢も、無論剣も効果は望めませんぞ」
「む」
 ジークは、重々しく頷いて歩き出す。協力者がいると四割もの割増料金が発生しなくなるから、という本音は一切語られることはなかった。
(何という方だろう……)
 それを知らずに、上司はジークの背中に年甲斐もなく熱いものを感じていた。真実を知らないということについて考えさせられる瞬間であった。
 破壊孔を抜け、ジークは意外に幅のある堀の縁に立つ。
(あれか)
(捕捉完了)
 ジークの隻眼が、堀を泳ぎ渡らんとするそれらを捉えた。
 茶色の短毛に覆われた、横に並べた大樽三つ分ほどもある体躯。それが三つ、そして更に奥を見れば、先陣に続かんとする数頭ほどの群れが見える。
 息継ぎの度(たび)に空へ突き上げられる一対の牙。
 特徴的な、矢印にも似た目立つ鼻。
 それらを具(そな)えた獣が、堀に仕掛けられた木の壁に阻まれた。
《ブギィィイイイイ――――――――――ッッ!!》
 鳴いた――という表現では生ぬるい。
 先頭で泳ぐ巨大な猪が、吠えた。
 千年前を境にジィグネアルに出現した異質な存在は、亜人ばかりではない。
 ある特定の条件により、動植物の中から『かくあるべき』形質を外れた、『ありえない』ものが生まれるようになってきた。
 あるものは巨大化し、あるものは高度な知能を具え、あるものは神がかった力を振るうようになった。
 自然学者が『変異体』と呼ぶそれらを、人々は理解できぬ腫れ物として、また遠ざけるべき存在として、いつしかこのような名称を付けるようになっていた。
 古の伝承の中で、神と英雄に敵対したモノら、秩序や善、道徳や正義と対を成すモノらの総称、
 魔物と。
「……む」
 にも拘らず、その異様な生物群を目の当たりにするジークは、まるで驚いていない。
「巨猪(ヌラフ)か。食い溜めの時期に餌を求めて、町まで来たか」
 呟きつつ、ジークはベルトから提げていた小袋から素早く五つほどの丸薬を取り出す。
 砕かれた壁の木片が、水流に呑まれていったのとほぼ同時のことであった。
《ブギッ!》
 先頭の傷を負ったヌラフが、鼻息をより荒くする。
 その濁った目が映すのは、ジークが手に持つ丸薬。
「欲しいだろう」
 効能は家畜化された彼らの同胞で実験済みだった。水飛沫に粘質の液体が混じり始めているのが、その証拠である。
 ヌラフ達が堀の半ばを渡りかけた時、ジークが動いた。力を溜めるべく呼吸を整え、弓弦を引き絞るかのように上体を捻り、
「……ふっ!」
 無駄のない、鮮やかな投擲。放たれた二つの丸薬はやや弧を描いて泳ぐヌラフらの頭上を越えて、後方の、対岸にいた群れの辺りに落下した。
《ブギっ!?》
 殆どのヌラフの注意が、丸薬へと注がれる。彼らの食欲を刺激する効能を持った丸薬を奪い合い、巨大な猪が所構わず狂奔する。
《ィイイイイ!!》
 時間にして十数秒程度しかないその間に、
「…………っ」
 ジークは、信じ難い健脚をもってヌラフらの背を踏み台のように扱い、対岸を目指して次々と飛び移っていく。
《ブギィイイ!!》
「む」
 背中に付いた異物を振り払わんと暴れるヌラフにより、危うくジークは水に落ちそうになるが、素早く手をついて持ち直すと再び前進する。ただでさえ濡れたヌラフの背中は滑りやすいというのに、激しく動かれては敵わない。
(奴らは?)
(遂行中)
 無機質な返答。渡りきるまであと二頭。
(認識される確立は二割未満)
(使用に支障皆無)
(使うのか?)
 続々と条件が挙げられていく中、確認の声が上がる。残り一頭。
(む)
 頷いた時、ジークは対岸に辿り着き、おまけとばかりに別の一頭の頭部を踏みつけ、軽やかに対岸へと着地してみせる。
 その直後――
「む――」
《ブギィ―――!》
 猛進するヌラフを、余裕を持って躱す。目的はジークの命を絶つことではあるまい。
 再び吠え、突進しようとしたヌラフを押さえた別のヌラフらが一直線に、あるいは押し合いへし合いの中で揺さぶられながらもジークへと殺到する。その眼に依然として映るのは、抗えぬ香りを漂わせる三つの丸薬。
(どうやら、意識は全てこの丸薬に向かっているようだな)
 巧みに町から遠ざかりつつ、ジークは冷静にヌラフの群れ全体を観察する。
 視覚よりも嗅覚優位のヌラフには、匂いによる誘導が最も効果的だ。無意味に暴走させる心配もなく、効率よく集めることができる。
(……大丈夫なのか?)
 急いで補修作業を行う傍らに、ジークと面識のある兵士が、心配さから骨組みである木の枠越しに様子を窺う。
 が、
「……猪のケツ?」
 彼に見えたのは、何とも微妙な光景であった。
「そこ! 何してやがる!?」
「あ、はい!」
 顔見知りの職人に怒鳴られ、兵士は慌てて自分の仕事へと戻る。
(あんなんで、本当に仕留めれんのかね?)
 数十秒後、ヌラフらが辿る末路を見ることもなく。
 その手段を、知ることもなく。
(気圧、測定完了)
(気温、測定完了)
(湿度、測定完了)
 続々と挙げられる、『測定完了』の言葉。
(さて、やるか)
(む)
 重々しく頷いて、ジークは鋭い隻眼を更に細め、何とも奇妙な構えを作る。
 足を肩幅に開き、右足を一歩後ろへ。半身になったことで前に伸びた左腕は緩く拳を握り、右手は顔の傍で親指、人差し指、中指の三指を束ねて前に突き出す。姿勢だけを見れば、弓矢を放つ直前のようだった。
(ちょうど、いい具合に風もあることだしな)
 薄曇の下、涼やかな、秋の風が頭上を吹き抜けていった。
 ジークが頭に描いたものは――


 光を遮った、薄暗く狭い部屋で、古強者然とした大男が会話を締め括る。
「……合図はこちらで出す。その後は、事前に伝えておいた通りに頼む」
「おお、任せときな」
 もう一人の大男が胸を叩き、凶暴な笑みを浮かべる。こちらは眼前の男に比べ一回り年上のように見えるのだが、その全身からは妙に血腥い空気が漂う。
 荒事を生業とする人間特有の、匂いだった。
「あんたらが俺達の後ろ盾になってくれんなら心強ぇ。よろしく頼むぜ」
「ああ」
 古強者然とした男が、頷く。会話の主導権は、どうもこの男が握っているらしい。
「こちらとしても、やはり現地に通じた人間の存在は有難いからな。大いに役立ってもらうぜ」
「おう。お互い、な。――だがその前に、あんたなりの誠意ってヤツを見せてくれっかね?」
 凶悪な笑みが、若干深くなる。
「ガキの使いじゃねえんだ、只働きってな真っ平だぜ?」
「分かっている」
 示し合わせていたかのように、古強者然とした男は机の上に重たげな袋を乗せる。
「こ、こりゃあ……」
「兵士長時代のお前じゃあ一生かかっても得られん額だ、とだけ言っておこう」
「へへ、へへ……すげえ」
「――ただし」
 興奮に震えるごつい手を、傷だらけの手が制する。
「いきなり全額は渡さん。手付けに三分の一、これだけだ」
「あ? んじゃ残りはどーすんでぇ?」
「当日だな。欲しけりゃそれまでに、それ相応に働くこった」
 圧倒的な迫力を伴い、男は立ち上がる。椅子に座っていた時は同じくらいの背丈であったが、この瞬間に明確な差が生まれた。
 ――絶対的強者と、そうでない者との差。
 無意識に男は、眼前からそれを感じてならなかった。
(こいつ……)
「じゃあ、何かあったら連絡頼むな」
 血腥い男が脂汗を流しているにも拘らず、古強者然とした男は退出する直前、飄々たる風情のまま告げる。
「お互い、上手くやろうじゃねえか。“我らが描く、理想のために”よ」
「…………?」
 その言葉を、終(つい)ぞ男は理解することはなかった。


「……これ、あの銀髪がやったんだよな?」
「お、おお。一人でやったから割り増しがどーのこーのって言ってたし、たぶんそうじゃねえの?」
「……。な、なあ」
「?」
「何でこいつら、矢で射られまくったみたいな傷があるんだよ?」
「……槍とか弓矢でも使ったんだろ」
「あの銀髪、槍なんて持ってたか?」
「……なかった。たぶんだけど」
「弓とか矢は?」
「さあな、あのずだ袋にでも入ってたんじゃないのか」
「じゃ、じゃあ……」
「俺に訊くなよ。知ってるわけねえじゃんか」
「でもよ」
「あ?」
「あの音って、何なんだったんだろうな」
「……だから、俺に訊くなって」


 再び雨が降り始めた頃、[バーソロミュー]アルトパ支部の奥にある部屋に、銀髪の青年が再び訪れる。
「これでいいんだな?」
 証人らの署名を携えて戻ったジークに、アーサー・ニュートンはもはや何も言う気にはなれなかった。
「……約束の報酬だ。上乗せ分もある。受け取ってくれ」
「む」
 喜びと驚きと困惑をまとめて三日間は煮込んだような顔のアーサーから渡された紙幣の詰まった袋と銀貨の入った小袋を、ジークは常と変わらぬ無愛想な態度のまま無造作に真偽や枚数を確認する。
(……信じられん)
 一人で全滅させたこと自体もそうだが、町の兵士達が束になってもまるで歯が立たなかった巨猪(ヌラフ)の群れを相手に僅かな時間で――それも、ほぼ無傷で帰ってきたことにアーサーは驚嘆していた。
(鉄の槍でも貫けず、火矢で射掛けてもすぐその場で消してしまうような猪の群れを相手に、この男はどうして……?)
 色々と考えを巡らせている傍らで、ジークが報酬をずだ袋に放り込んだ。あからさまに、一部が膨らんでいる。
「――む、過不足なくあるようだな」
「あ、ああ。ここで君と揉めるのはご免被りたいからね。細心の注意を払って何度も数えておいたよ」
 少々怪しまれたかもしれないが、アーサーは取って付けたように応じる。
「ところで、ものは相談なんだが」
 む、とジークの眉根が寄る。
 アーサーの瞳が、一度目、二度目にジークが訪れた時とは打って変わって、ぎらついた光を放っていた。
「君、このアルトパ支部で働いてみる気はないか?」
「ない」
 清々しいほどの即答に、何故かアーサーが笑い出すのを見て、ジークはより眉を顰める。
「そう答えるのは分かっていたさ」
 ちょっとした冗談だよ、と言ってアーサーは笑みの七割を消す。
「見たところ、君は一つ処に留まるような人間じゃなさそうだ。どんな人間に、どんな理由に引き止められたって自分の好きなようにやる……そんな、風のような人間を説得できる自信なんて、私にはないな」
「……そうか」
 ジークはさしたる感慨も感じられない呟きだけを残して、速やかに立ち去らんとするが、
「待って欲しい」
「……む」
 それを、アーサーが呼び止める。
「後学のために聞かせて欲しい。君は、一体どうやってあのヌラフの群れを仕留めたんだい?」
 余計な捻りは加えず、あえて真っ正直に訊いてみる。眼前の男が易々と語る確証はないが、下手に小細工を仕掛けるよりは利口に思えたからだ。
「……ただでは答えん」
「一千クランを出そう」
 この頃の銀貨で表せば、五十枚程度にはなる。
「足りんな」
 当然、ジークも足元を見てくる。
「……分かった。一千二百クランでどうだ」
「違う」
「?」
「俺が足りんと言ったのは――」
 ジークの指が、二本で輪を作る。
「位(くらい)――桁だ」
「…………」
 話を聞かせるだけで一万クラン――ぼったくりどころか、これでは詐欺以外の何物でもない。この国で訴え、然るべき所に話を通せば懲役刑は確実である。
 物価は絶えず変動するので断言こそできないが、それでも一般市民の月々での平均的な出費は五千クラン前後。自作農を営む人々でも、三千クラン近くは確実にかかる。
 ここでアーサーは、二つの選択肢を前にする。
 一つは、よくよく耳や目にする詐欺未満の口車である場合。普通、まず間違いなくアーサーはこの選択肢を選ぶ。というかそもそも、他に発生のしようがない。
「…………」
 ごくりと、無意識に喉が鳴る。昔からの癖で、緊張すると必ず一度は出る。
 だが、この男に関しては慎重にならざるを得ない――そう刷り込まされてしまいそうな雰囲気を、ジークは依然として感じさせる。
(もう一つの、可能性……)
 ジークが徹底して秘匿する、虎の子とでも呼ぶべき手段が実在し、そしてそれをジークが本当に一万クランで教えようとしている場合。
「…………」
 その場合、一万クランという法外な金額は実際に請求している可能性と平行して、ジークが自分を試しているという可能性が浮上してくる。
(だとすれば、更にそこから幾筋かに可能性が分岐する)
 それでも構わない――と執着する自分の足元を見て、更に何がしかの要求をしてくる場合。金に困っているというのは全て嘘で、真の狙いは自分を梃子にこの[バーソロミュー]アルトパ支部を乗っ取ろうとしているのでは、などと突拍子もない空想まで湧き出る。
 人を束ねる者は、特に最悪の事態を想定しつつ行動せねばならない。常に数十ないし数百単位の人間の上に立つということは、それと同数の人間を支えねばならないということでもあるのだ。
「…………」
 しかし、そうした理屈をも超えて人を動かすものがある。
 それが――
(たった独りで、十頭ほどの巨猪(ヌラフ)を退けられるほどの知恵か技術、またはそれに準ずる未知の何か……)
 それを、この手に入れられるとしたなら。
「……分かった」
 アーサーはジークに必ず誓うと一筆書かせた上で、指定された金額分の銀貨かそれに順ずる物を用意すると約束する。
(この町で生活している限り、この私の中から、恐れるものはなくなる……!!)
 ――それが、欲というものである。
「む」
 提案を受け入れたジークは、大量の銀貨が詰められた袋が傍らに置かれると、
「連中は猪にあるまじき巨体と知恵を持つが、所詮は動物の延長線だ。魔物と呼ばれていてもあしらうに容易い」
 前置きもなく説明を始める。
「奴らが恃(たの)むのは主に嗅覚だ。ならば囮に何を用いるか――これだ」
「…………?」
 ジークがアーサーの眼前に突き出したのは、例え難い臭いを放つ、指先ほどの丸薬であった。
「……途轍もなく臭いことは分かったが、これは何だネ?」
 鼻声のアーサーが、臭いを払いつつ尋ねる。
「数種類の薬草を潰して丸めたものだ。名前は特にない」
「ふうン――触ってみても、いいかネ?」
「む」
 受け取った丸薬をじっくりと見回すこと十数秒、アーサーは徐(おもむろ)に口を開く。
「これは臭いで誘(おび)き寄せ、食わせて殺すものか?」
「む、違う」
 密かに自信があっただけに、アーサーの表情は見ものであった。
「それも考えたが、毒草など易々と手には入らん。ましてや、嗅覚優位の魔物を欺けるものなどな」
 ジークの言葉には、嘘があった。
 毒物自体は、比較的容易に手に入る。
 人里でもよく見かけるプラムの木に実る青い果肉からは致死性の猛毒を抽出できるし、この地方では手に入らないが、茶葉を乾燥させた緑茶からも毒物は作り出せる。子どもでもその気になれば、その辺の森にある物でも充分に毒薬は作ることができる。
 それをしなかったのは、言葉の通り嗅覚の発達したヌラフを騙せるだけの――安全だと錯覚させるだけの毒物が手に入らなかったからである。森で自生する毒茸や毒草を丸薬に加えたところで、意味を成すはずがない。
 だからこそ、ジークは『あれ』を用いたのだ。
 今まさに、アルトパの兵士達が首を捻っている、虎の子の切り札を。
「……では、どうやって?」
 核心に触れている――そう考えるだけで心が躍るのは、昔と変わらぬ探究心ゆえにだろうか。
「……む」
 主観的に長く感じられる沈黙を経て、ジークは口を開いた。
「この世には」
「?」
「どれほど恋焦がれていても手を出してはならん姫の物語がある。それだけのことだ」
 ジークは席を立つと、呆然としているアーサーを一顧だにせぬまま出て行こうとする。
 雰囲気にはぐらかされた――そうアーサーが気付いたのは数秒後であった。
「そ、それでは答えになっていない! 私は――」
「既に答えた」
 追い縋るアーサーへの対応も冷ややかに、ジークは歩を進める。
「答える気はない、とな」
「――――」
 アーサーは、自分の頭に血が上るのを感じていた。
 確かにジークは、『教える』とは言っていないし、契約書にも書いていない。彼は約束通り、一万クランで改めて『答えた』のだ。
「屁理屈をこねないでくれ。君は一万クランを受け取ったんだ。その時点で、私にヌラフを仕留めた手段を教える義務が発生しているんだぞ。公正な裁きの下でなら、確実に君は罪を背負わされることになる」
 裁き、の辺りでジークの足が止まる。
「そうなれば、君も不都合だろう?」
「……む」
 少々強引な手段だが、こう言われては流石のジークも折れざるを得まい。
 契約は絶対的な力を持つ。反故にされた際に訴えられなくとも、相手の信用を著しく奪うことができるのだ。仮にそうなれば、傭兵であっても致命的である。
 卑怯でもなんでもない。これは正当な訴えである。いかにジークであっても、払い除けることなど不可能な、
「分かった」
 はず、なのだが、
「好きにすればいい」
「……は?」
 単純であるが故に理解に苦しむ台詞と一睨みを残し、結局ジークは去っていった。
 遠くの方で、雷の轟きが聞こえる。


 アルトパ郊外にある、古びた羊飼いの小屋から傷だらけの大男が出ると、薄紫の髪を風にたなびかせた女が待っていた。
「到着早々、ご苦労様です」
「おう。まったくだ」
 言葉少なく応じると、男は大きくのびをし、豪快に上半身の間接を鳴らす。よほど窮屈だったらしい。
「いかがでしたか」
「まずまずの器だったが、奴にはさほど期待できんだろうな。長い間、賊徒として生き過ぎたから錆びだらけだ」
 件の男が小屋の中にまだいるにも拘(かかわ)らず、かなりの酷評を下す。女は薄く笑みを見せて、「では、無価値と?」と確認を求める。裏手の離れた所には、あの男の部下達もいるのだというのに。
「否定はせんが、奴には手を出すなよ。俺達の作戦には、常に土地の人間による助力があった方が望ましい」
「それも、『まずまずの』腕っ節を持った人間の、ですか?」
 男の洞察力は、彼女の意図を違わず汲み取っていた。
「……レオーネ。お前、俺に何か隠しているな?」
「ええ。正確には隠していた、ですが」
 そう答えると、女――レオーネは何の気なしといった様子で語ってのける。
「なに?」
 到着早々から、男――ディノンの苦労は始まっていたのであった。




 ある見世物小屋の最期は、次のようなものであった。
 楽屋に、団長の怒声が響く。
「本当に使えん奴だな、お前は」
「…………」
 古びた硝子球のような眼をした少女は、鼻筋を跨ぐ傷痕を隠そうとするかのように俯いたままであった。団長の方策で、今日もぼれきれ同然の衣服しか身に着けさせられていない。
「一昨日、俺は何と言った?」
「…………」
「命令だ、答えろ!」
 さもないと――と団長は、手にする鞭で少女の傷痕が生々しく残る首筋を撫でる。
「…………っ」
 人形のような少女の顔に、僅かながら怯えた気色が浮かぶ。夜を徹して刷り込んだ『教育』の成果である。そのせいで、新しい傷が幾つか増えてしまったが、団長にしてみれば瑣末なことである。
「怖いだろう」
 肩や鎖骨、その下に見える膨らみに残された痣を口元を歪めて眺めつつ、団長は首を微かに横へ振った少女に続ける。
「それが嫌なら泣け。哀願しろ。己が不幸を客どもに訴えろ。こちとら、金にもならんお前なんぞ全然いらんのだからな」
「…………」
 怯えた表情のまま、少女は団長に縋るような視線を送る。むず痒さを堪えているような笑顔を維持した状態で団長は、再度少女に脅しをかける。
「嫌だろう? ならお前がしなけりゃならんことは一つなのだよ――ミュレ」
「…………」
 団長に促されるまま、ミュレと呼ばれた少女は一歩前に出る。
「そう、いい子だ――なぁ!!」
「ぁ――」
 直後、その視界が反転する。
「喋るな。このまま絞め殺すぞ」
 語気も呼気も荒く、団長は組み敷かれたミュレをぎらつく眼で見る。
「この先、どうせ客前に出しても大して喋れんのだ。――ならば、舌なぞ大していらんよなぁ」
「こぁ、ふぁ……」
 満足に身動きできない状態から無理矢理に下顎を掴んで開かされることに恐怖を覚えたらしく、ミュレは懸命に首を捩(よじ)ろうとする。
「なぁに、心配はいらんよ」
 鞭の柄の下部を団長が捻ると、そこが外れて親指ほどの刃が蝋燭の光を反射する。
「ちょっとこいつで、舌の先を切り取るだけだ。血も大して出んよ」
 言葉にもならない呻き声を上げるばかりの少女に、団長はそれまでとは別の欲求を感じる。
「……そうさなぁ」
「…………?」
 行きつけの店が潰れて行き場を失っていた欲望の捌け口を求めていた団長は、ミュレをその対象にと定めた。
「何なら、こっちで――っ痛(つ)ぁああ!!?」
「…………」
 歯形のついた親指からいまだに流血するのも厭わず、団長はミュレの横っ面を殴り飛ばす。
「…………っ」
「手前、よくもやりやがったなァ……!!!」
 壁に叩きつけられて苦しそうにしているミュレの首を掴み、団長は憎しみに燃える眼で睨みつける。
「畜生、畜生……手前、“化け物”の分際で、誰のお陰で人間らしい生活ができてたと思ってやがんだ、あぁあ!?」
「…………」
 団長は酸欠寸前で苦しむミュレなどお構いなしに、途中から意味を成さなくなった罵詈雑言を吠えまくる。
「…………」
「殺してやるっ!! 手前なんざ、手前みてえな“化け物”なんざ、この俺が――」
 楽屋から上がった声は、一つきりだった。





 薄暗い部屋の中で、強面の男達がひしめいていた。
「……さて、と」
 背後で扉が閉まるのを確認すると、鼠男は後ろでの姿勢でいやらしく舌なめずりをする。
 眼前で椅子に縛り付けられているのは、頭に布袋を被せられている、起伏に富んだ体つきの少女。
「外してやれ」
「へい」
「…………」
 袋を取り外された少女の額で、藍色の髪が流れる。
 恐怖も怯えも藍色の瞳に映さない少女は――紛れもない、ミュレであった。
「悪いねお嬢ちゃん。こんな所まで来てもらっちゃってよ」
「…………」
 鼠男の耳障りな声にも、ミュレは表情どころか眉一つ顰めない。焦点の有無も定かではない眼球は、男達に捕らえられた時と変わらず宙空に視線を固定していた。
「あん? どうかしたかよ」
「…………」
 ミュレが睨んでいると勘違いした一人の男が、鼠男の背後から進み出る。鼠男が「おい」と制肘しようとするが、男は聞き入れようとしない。
「何を言ってんですかい兄貴。こんな小娘なんぞに舐められてるとあっちゃあダレン山賊団の名が廃りやすぜ」
 単に自分の思い通りの態度をとらないミュレに対し制裁を加えたがっているだけなのだが、それを知りつつも鼠男の他に止めようとする者はいなかった。
 大多数が、愉しみにしているのだ。久方ぶりの――それも、滅多にお目にかかれない極上の若い娘を“食える”ことを。
「そうだろう、お前ら!?」
 その言葉に、殆どの男達が吠えるように同意する。
「……ったく、お前らなぁ――」
「あんまり、兄貴の手を煩わせちゃ駄目だよォ?」
 鼠男の言葉を遮ったのはなよなよとした声と、銀色の軌跡を描いて男の喉に突きつけられた一本のナイフ。
「分かってるよねぇ?」
 男は、一も二もなくマイクの問いかけに頷いた。それでも、錆び一つない刀身は、揺らぐことなく喉と顎の境目を往復している。
「ま、マイク……冗談、だよな?」
「君は出過ぎたとこがあるからねぇ……どうする兄貴、殺しとこうか?」
「そ、そこまでしなくていいぜ」
 本気で殺しかねないマイクの性格を危惧した鼠男は、なるべく威厳のあるように言い聞かせる。当のマイクはと言うと、「……分かったよ」と理解を示すものの、残念そうであった。
「…………」
 ミュレが、それら一連の流れを前にしても一切表情を動かさない様子は、一種喜劇的であった。
「いいかお前ら、何べんでも説明してやっからよぉく聞け」
 耳障りな甲高い声が、少女にも状況を理解させる意味も含めて長広舌を振るう。
「この嬢ちゃんは、あの銀髪野郎をここまで連れてこさせる餌だ。いくら奴が強かろうと、ここは俺らの塒だ。戦うのにこれ程うってつけの場所はねえ」
「な、なるほど」
「……似たような話をどっかで……え? ああいや、何でもねえですはい」
「で、問題となるのが銀髪野郎をどう呼び寄せるのかってぇ話で――」
「だからこのおっぱ――娘を使うんすね!?」
 ようやく理解した一人が、勢いよく挙手する。
「そうさ」
 自らの頭脳をひけらかすことの出来る機会を得て、鼠男の顔が醜く歪む。病気ではない。不適に笑ってみせたのだ。
「あのさえねぇ野郎を使ってやろうかとも考えたんだがな、はっきり言ってありゃ使い物になりそうにねぇ」
 微妙に的を射ているだけに、御者のことが偲ばれる。諸々と。
「だが、その点じゃこの嬢ちゃんは申し分ねえ。俺が調べてたところ、こいつは銀髪野郎とは親しい間柄にあるようだし、それに――」
 ぐきゅるるる、と妙に間の抜けた音が部屋中に木霊する。
『?』
 だが、それ以上に男達の関心を引く事態が発生した。
「…………」
 誘拐されてからというもの、瞬きさえしていなかったかもしれないミュレが、不意に立ち上がったのだ。
「お、おい。何だってんだ?」
「…………」
 状況を飲み込みきれていない鼠男が戸惑っていることにもやはり興味を示すことなく、ミュレはある一点で視線を固定する。男達の後ろにある扉を見つけたらしい。
「…………」
「おいおいどうした、ションベンでもしたくなったかよ?」
「あ、それ俺だ」
「汚ねえ! さっさと行ってこいやゴルァ!」
「兄貴、足ぐらいなら斬ってもいいでしょ?」
「なあ、今のうちに揉んどこうぜ」
「ああ、ちょっとぐらい罰当たんねえよな」
 ミュレが動いたのをきっかけに、男達もどさくさに紛れて好き勝手に動き出した。大頭がいない時の彼らなど、概してこのようなものである。
「……ああもう何でも構わねえから! 兎に角このガキを捕まえとけ!」
『うぃーっす!』
「…………」
 ミュレは迫り来る彼らになど興味を示すことはなく、空腹を満たすべく扉を開けようとする。
 鉄の枷と鎖が、ぶつかり合って甲高い音を立てる。
「あ、兄貴、兄貴ぃ〜〜〜〜〜!!!」
『!!』
 先ほど用をたしに行っていた一人が、血相を変えて飛び込んできたのである。


 アルトパの中央に移築された領主の屋敷裏――現在の役所で、机を打つ音が怒声と合わさって木霊する。
「……納得しかねますね!」
「と、言われましてもなぁ」
 いかにもやる気のない役人を前に、アーサー・ニュートンは沸点を更に上回る。頑丈な机を強打したことで、拳骨からは血が滲んでいる。理知的な外見からは想像もつかない様相であった。
「提示なされた条件では、今回は――」
「前回は同条件で認可されましたぞ! そこまで渋られるのであれば、その理由をお聞かせ願いたいものですな」
「……ああ」
 秋の頭だというのに二重顎の間に溜まった汗を拭う役人は、鼈(すっぽん)のごとく食い下がるギルド責任者を非常に鬱陶しく思いながらも答えることにした。
「事前にでございますね、貴方の仰る『被告人』――つまりジーク様より、当方が不起訴処分と断ずるに相応しい理由をご説明していただいておりましてね、それで今回は取り下げということに――」
「納得すれば、罪をも見過ごすと? それが殺人であっても、貴方は同じことが言えるのですか?」
 再び熱を帯び始めたアーサーに、役人は露骨に嫌そうな顔をする。
「殺人、ですか。人殺しの狗どもを束ねる貴方から、よもや然様なる金言が聞けようとは……この私、聊かながらも驚天動地の思いを隠せませんな」
「誤魔化さないでいただきたい」
 その分、言葉にも冷ややかなる響きが混ざるが、それでもアーサーは引き下がらない。
「この契約書をご覧になっていただきましょう。一度や二度、三度でも足らん。穴が空くほどご覧になって下さい」
「と、仰られましてもなぁ」
 しきりに薄紅色に染まる窓の外に視線をやりながら、役人は煩わしさを全面に押し出しつつ言葉を返す。
「ジーク様は、私どもに充分な説明をなさって下さいました。全てをアーサー・ニュートン氏に明かさぬことを前提にと、念入りに」
「…………」
 そこでアーサーは、ジークがここで用いた『手段』を理解した。
 いつの時代であろうとも、役人に黙って言うことを聞かせられる最良の手段はこれしかない。
(賄賂か)
 しかし、そこで再び思考は詰る。賄賂は同時に最良の口を割らせる手段でもあったが、金額を詐称し、どれほどの額を受け取ろうとも「足りない」の一点張りで、結局喋らないという役人が殆どで、払い損にしかなり得ない可能性が高い。
「公正さの前には必ず私利私欲が先立つか。――まったく、実に貴方がたらしい」
「お褒めいただきどうも。――さて」
 これ見よがしに、役人は机の上にあった書状を読み上げる。
「不当に人を陥れ、また『一点の汚れもない善良にして、勤勉な』役人を糾弾せんとする行為が立派な罪だというのは貴方でもご存知でしたかな?」
「……ええ」
 そろそろ本格的に追い出しにかかろうとしていたことは分かっていた。これ以上この男を相手に粘っていても利益が出ないだろうし、本当に罪状を捏造されて今後の活動に支障が出ては本末転倒だ。
「結構結構、っひっひっひ……」
 太った両手を組み、役人は嫌悪感の拭えぬひき笑いをする。
「君、アーサー・ニュートン氏がお帰りだ」
「はい」
 それまで扉で控えていた若い書記が、アーサーに合わせて扉を開く。
 背後で無遠慮に扉が閉まると同時に、アーサーは大きく舌打ちする。
(まさか、ここまで根回しを……いや、当然か)
 悔しがっていても仕方がない。こうした勝負は、抗い難い強大な力を先に味方に付けたものが勝つ。それだけの話で、今回はその勝負に負けただけ――それだけの話である。
(そう、それだけの――)
 ふと、そこで足が止まる。忙しそうに小走りしている中年女性が、横目で不審そうに見つつ足早に去っていく。
「……ん?」
 抗えぬ、強大な力――
(まさか……いや、やはりそうなのか!??)
 そうだとすれば、辻褄は全て整合する。
 たった独りで巨猪を十頭も仕留められたのも、その手段を明かすことをあれほど遠回しに、そして頑なに拒んだ理由も、そうなのだとすれば説明できるのだ。
(そうか、奴は――)
 このジィグネアルにおいて、常識を覆す超常の力を有するモノは四つ。その内の一つは、とある個人を指し表しているものなので、実質は三種である。
 一つは、獣から特異な進化を遂げた魔物。
 一つは、ヒトに等しき進化を遂げた亜人。
 そして、一つは凡夫には理解できぬ叡智を以って一軍をも破るとされる人種。
(奴は、魔導師だったのか……!?)



 荒れる呼吸を一心に抑え、壁と壁の間から街路を注意深く窺う。
「……はぁ、はぁ……」
 頼れる人間は、一人しかいない。今もどこかで、自分を探している連中がこの町にはいるはずだからだ。
「畜生、矢なんか使いやがって……」
 左肩に手を当て、掠れた声で唸るように洩らす。ご丁寧にも、きっちりと心臓の辺りを狙ってきていた。奇跡的にも致命傷だけは免れてきたのだが、他にも数箇所ある傷のことを考えると言葉にし難い恐怖がどこからかやって来る。
「頼む、届いてくれ……お願いだ……」
 詳しい知識なんて持っているはずないが、そこは自分の体だ、これ以上は動いてくれそうにないことぐらい悟っている。
 だから、今は未知数の可能性に賭けて、祈ることしかできない。
(俺なんかじゃ駄目だ、あんたじゃないと、あの人を――)


 光の帯は既に薄れて曇り空に消え、再び冷ややかな秋雨がアルトパとその一帯に降り注ぐ。
 頃合は昼過ぎ。飲食業を営む者達が昼食時を過ぎても景気よく声を張り上げる中を、ジークは陰鬱な雰囲気をより強める仏頂面で歩いていた。
 が、
(まさか、あそこまで喰らいつくとはな)
(む、だがそのお陰で見込み以上の利益が出た)
 その内心は、普段よりも上機嫌であった――と言えるかもしれない。
(はったりと口先だけで二千クラン……申し訳なさはあるが、騙し騙されはこの世の常だからな)
(同意)
(む)
 声が示したように、ジークはアーサーに教えるつもりなど毛頭なく、最初から追及を断ち切るつもりだったのである。一万クランというのは、手っ取り早く諦めさせる口実――でもあったのだ。
 中には、アーサーのように用意してのける人間もいる。契約書なり念書なりを用意し、念入りに周りを囲ったつもりで。
 それが、既にジークの用意した二重目の罠とも知らず。
 ジークは、最初から大金など望んでいない。あるに越したことはないとはいえ、大金をばら撒いては無駄に目立ちかねないし、不用意な他人との接触も危惧される。
 だからこそ、ジークは受け取った一万クランの八割を使用して役人の目を曇らせられる。あくまでも狙いは、自分への追求や関心を断ち切ることに限るのだ。
(――とはいえ、あの男の様子から察するに、相当しつこいと思うぞ。それこそ、傭兵らを動員して我々の捜索を始めるとかな)
(意見指示。演算結果、可能性六割四分五厘)
(む……)
 微妙な数字だが、『危惧すべき可能性』の範囲に入る。
(どうする?)
(今日は早めに宿に戻る。補給が必要な物資は明日にでも宿の夫妻に集めさせ、人知れずこの町を出るぞ)
(――質問)
(む?)
(“世界を見渡す秘匿の鳥(スパルナ・アディアーヤ)”を使用?)
(……場合によっては使用する。――三番)
(把握済)
(理解)
 今のところ思い当たる懸案事項を一通り片すと、ジークは何事もなく歩き出すが、
「へへ、旦那、旦那」
「む」
 片眼ばかりが大きく、もう片方が斜視になった老人が話しかけてきたのだ。
「あんた、ジークってんだろ?」
「……何者だ」
 みすぼらしく、怪しいことこの上ない老人の質問を無視し、少々強めにジークは問いかける。端々どころか、全面に警戒心が表れている。
「けへ、そりゃあこいつを見りゃ分かるこって」
 ジークの威圧に恐れた様子などなく、老人はしわくちゃの上着の内から震える手である物を摘み出した。
「旦那、あんたに宛てたモンだとよ。――なぁに、毒針なんぞ仕込んじゃいないだろうさ」
 指先の震えが伝わってカサカサと細かく揺れているのは、質が悪いと一目で分かる茶色の紙を丸めた物であった。
「受け取んなされ。さあ――さあ!」
「む……」
 徐々に声を張り上げる老人が人目を引き始めるのを嫌ったジークは、拭えぬ不信感を心中に留めたまま受け取る。
「けへへへ、それじゃぁ、わしぁここいらで――」
 老人はしわに囲まれた口をもごもごと動かしながら、人ごみの中に埋もれていく。ミュレとはまた違った意味で人から嫌な顔をされているのがよく見えた。
「…………」
 そんな老人に視線を向けていたのも束の間、ジークは乱暴に丸めてあった紙を広げ、
「――――」
 即座に、表情を変えた。
 紙には、短い文がたった三つ、辛うじて読める程度の字体で書いてあった。
 『すぐ左の路地。助けて 金貨』と。
 まだ乾ききっていない、独特のぬめりを伴った血で。


「そ、そんな話は聞いていなかったぞ!」
「ああ、他の連中にゃ喋んなって言っといたからな」
「な――何故だ? わしも同じく秘密を共有する者だ、知る権利があるはずだろう?」
「だから教えてやっただろ、今。――お前には、あのバカを連れて来ちまった前科がある。本当なら同じように消されるところだが、お前は古株の一人だから今回は目を瞑ってやる。が、今後は情報を教えるとしても一部だけだぜ。今度はどこで、何を、誰に漏らすか想像もつかんからな」
「ぐ……」
「恨むんなら、酒癖の悪い自分でも恨むんだな」
「…………」
「ま、安心しな」
「……何をだ」
「これからお前が口を固くしてくれんなら問題ねえさ。いつも通りに戻るよ。何せ、アレが表に出ちまったら最後、俺達は確実に共倒れだ」
「……分かっている」
「それが嘘でねえと祈ってるぜ」


 物々しい手紙の送り主は、大通りの脇に伸びる路地の少し奥でジークを待っていた。
「あァ、来てくれたんですねぇ、旦那ァ」
 掠れた声で男は言い、無理に笑ってみせようとする。
「……お前」
 御者は、見るも無残な姿で背中を壁に預けていた。最後に別れてから二日ほどしか経過していないはずなのに、その姿は数年間は独房に投獄されていた囚人を思わせる。
 眼には光がなく、全体的に蒼白な顔色となっている。身に着けた上着は先刻の老人にも劣らぬほど汚れており、体の所々には不器用に包帯――かと思ったが、左袖を破ったものであった――を巻いている。
 巻かれた布を越えて染み出ているのは――紛れもなく、血であった。
「あの爺さん、ちゃんと約束……守ってくれたん、ですね」
「喋るな」
 すぐにジークは御者の傍らに跪き、脈を取る。
(む――)
「あァ、もういいんですよぉ、旦那ァ」
 眠る前のような声で、御者はジークが感じ取っていたことを告げる。少し前までの迫り来るモノへの恐怖が今や薄れて、どこか穏やかな心地だった。
「何となくだけど、『分かる』んですよ。――ですから、聞いて下さい」
 弱々しい呼吸に交ぜて、御者は続ける。
「……俺、知っちゃったんです。あの人――必死にあいつらが隠してる、ミュレさんの……秘密を」
 御者が喋る傍らで、ジークの頭脳は他に類を見ないほどの回転をしていた。
 ランドール夫妻、食堂の主人が躍起になってミュレの『何か』を隠そうとしているのは良く知っている。だがそこまでだ。必要以上に深く踏み入るということは、自分との境界線を踏み越えることにしかならないからだ。つまりそれは、逆の意味も持ち出す。
(――これで裏が取れた)
 声が告げる。
 彼らがミュレに関して何かを隠し事をしているのは明白であったが、それは具体性を大きく欠いた曖昧模糊たるもので、推測の域に留まり続けていた。
(いざ耳を傾けん。勇気持ちたる臆病者の見聞きせしことを――さて、誰の言葉だったか)
(奴の真似はやめろ。不快だ)
 珍しく感情の一部を露呈させつつも、ジークは御者の言葉に神経の大半を割いて集中していた。
「あいつらぁ、俺が逃げようとすると、何人も何人も……人、出して、消しにかかりやがった……」
 御者の言葉をジークが拾って組み立てていくと、次のようなものになった。
『俺はミュレの秘密を知ってしまった。俺はそのことを隠すことはしたくなくて、旦那に知らせようと思ったが、すぐに追っ手が来ると思って、まずは急いで宿屋に戻り、いりそうな物だけ持って隠れることにした。でも、向こうも馬鹿じゃなかった』
「……自信はねえですけど、矢を射ってきたのは傭兵か何かだと思います。狩人じゃ、あんな正確に人は狙えませんぜ」
 勝ち取った情報を伝えられたことが誇らしいのか、御者の掠れた声には嬉しげな響きがあった。
「旦那ァ」
 自らその響きを消して、御者はジークに呼びかける。
「色ボケた話だたぁ自覚してますが、聞いてください」
 浅い呼吸の最中に右腕が持ち上がるも、腕は力なく垂れた。
「ミュレさんを、お願いします……」
 深い悔恨の涙を流しながら、御者は今度こそジークの袖を掴み、力を振り絞って願いを口にしようとする。
「俺、どうしても、ミュレさん……でも、やっぱり、俺……俺、あんなの……」
 どこを見ているのかも定かではない眼で懸命にジークの姿を探し、懸命に残された時間を充てるべき言葉を選ぶ。
「旦那ァ」
「む」
 無愛想な口調から初めてジークの総意を読み取れたことに御者は自分で驚きつつも、最期の言葉を紡いでいく。
「耳を……」
 ジークは、それに従った。
「――――」
「む――」
 ジークの眉が、僅かに動いた。
「旦那ァ」
 耳打ちを始めてから十数秒後、一度も名前で呼び合うことのなかった二人は、次をもって別れの言葉とした。
「あんたの手で、今度こそ、ミュレさんを……まっとうな、道 に――」
 それに、ジークはただ一語をもって応じた。
「――――」
 御者には、それで充分であった。


「……おい、嘘だろ?」
 男がその一言を発するまでに、随分と時間がかかった。
「か、頭ぁ……」
 年甲斐もなく、鼠面の子分が泣きついてきた。
 その背後に見えるのは、ここ数十年は見ていない光景――虐殺の現場であった。
「アナバぁ!」
 下っ腹に力を込めて男は子分の名を呼び、その胸倉を掴み上げる。
「手前こりゃどーいうこった!? 今度は俺様に隠れて何をしてやがったんだ!?」
「が、がしら、苦、し……」
「言え!! 何やらかしたら、俺の子分どもがこんな目に遭うんだ!?」
「はぁ、はぁい! 言います、言いますぅ!!」
 気管支炎にかかった鼠のように喘ぎながら、アナバと呼ばれた男は掴み上げられた状態で、事の顛末を打ち明ける。
「あの女なんです! あの女が、あの“化け物”が、これを全部やったんですぅ!」
「……なにぃ?」


 御者の遺体は、人知れずジークによって路地裏の奥――町に住む誰からも忘れ去られて久しいことが窺える、草木だらけの広場に埋葬されることとなった。
「…………」
 ジークは、買ってきたシャベルでを手に、ただ機械的に穴を掘っていた。
 土が積み重なる。
 広場の地面には苔が覆い被さり、湿り気を含んでいた。もう少し掘ると、草木の根が固く絡み合ってジークを阻む。
 土が積み重なる。
 濃緑の地面が削られて、黒土が徐々に顔を覗かせていく。
 土が積み重なる。
 初めて、ジークが地面を削っている最中に、
 音が、重なる。
「おンや、先に狩(が)られていたが」
 訛のある、特徴的な声。野太い、男の声。
「ぐそぅ、これで金貨(ぎんが)はお前のものがぁ」
 使い込まれた弓を提げ、髭もじゃの男が一本きりの道から現れた。毛皮の上着と消音性に優れた、これも動物の革から作られた靴。
 それらを目にすることなく、ジークはこの男が何者であるかを看破していた。
「……この臭い、狩人あがりか」
「おほっ、やっぱ分がっがぁ」
 ジークの陰気な声音を気にした様子もなく、獣臭をまとう男は歯茎をむき出しにして笑う。「だどもなぁ」
「俺、いっご前ン日がらそいつ探しとったんだが……お前、俺より後と違うん?」
「…………」
 ジークの無言を、男は肯定と見做した。
「そいつを弱らせたんは、俺だぞ」
 ほれ、ごいつでな、と男は右手の弓と、左手で掴んだ数本の矢を見せる。将兵が己の手柄を誇る様に似ていた。
「ただの矢でねえぞ。昔(むがし)、俺が獣(げもの)をば狩(が)ってた時に使(つが)ってた、とっておぎの矢だ」
 四方を建物に囲まれた広場は薄暗いにも拘らず、鏃を彩る紫は妖しいぬめりを帯びていた。
「トリガブトやらギノゴやらをごちゃ混ぜにして、そっから……ぐひひ、まあ秘密ってやつだ」
 どうやら、その紫色の塗料こそが男が自慢げに語っている、矢における特筆すべき項目であるらしい。
「本当なら、俺があの化げ猪どもを狩(が)ってたはずなんだ。だのに、ビリーの野郎がそれをがっ攫っちまって――」
 突如として、男の言葉は断たれた。
 原因は、男の左手首に深々と突き刺さった、木の葉とよく似た形状を持った小刀。
「っぐ、ぉおおあああ!?」
「……利き手を狙わんかっただけ感謝しろ」
 右腕を伸ばした姿勢のまま、ジークは残った手で最後の一掬いを終える。
「てめ、手前ぇえええよぐもぉおおおおおおおおおお!??」
 吠えつつも迅速に矢を番えんとしていた男の声が、途中で別種のものになる。
 言葉を考える暇(いとま)すら与えない激痛と、体から離れていく感覚。
「何、を……」
 怯えを含んだ声は、男が前のめりに倒れた後から発された。
「む、驚くようなことではない」
 対するジークは、胸の前で手を組ませた遺体を穴の底に横たえると、静かな口調で答えてやる。
「毒薬に精通しているのは、何もお前だけではない――それだけのことだ」
「嘘だ、ごんな、早ぐ効(ぎ)ぐやつなんて、俺――」
 見識の狭い男だ――無表情の裏で、ジークは標本の種類を識別するように呟く。
「こんな人間に……」
「?」
 顔面の筋肉が強張り、眼球が辛うじて動く程度にまで麻痺した男は、徐々に近付く足音の主を探ろうと、必死になって五感を働かせる。
「――ひ……っ!?」
 その直後、
「お前にも、報いを受けてもらうぞ」
 男は、
「やめ、ろ……やめろ……! 冗談は、よ……よし、て……ぐれェ……!!」
 投槍のように構えられた、シャベルの先端が、
「…………」
 真っ直ぐに自分目掛け、
「待って、ぐ――」
 突き出されるのを。


 急に人や物の往来が増えて賑やかになり出した町の一角で、二人の徒弟が休憩がてらに手近な木箱に腰掛けて言葉を交わしていた。
「そっか、そろそろあれの季節なんだよな」
「おう」
 あれ、という単語だけで、もう一人のにきび面は理解しているようだった。それほど馴染みのあるものらしい。
 来月――十の月に催される、この地方最大の祭とも言える大収穫祭。
 元々はアルトパの住民達だけで楽しんでいたのだが、いつの間にやら人から人へと伝播し、他所からも露天商や舞台設営を買って出た職人らが付近の町から集まった末に、現在みたく『大』という語が付属するようになったのだという。
「楽しみだよなぁ。いつもの屋台のおっちゃん、今年も来るかな」
「来るんじゃねえの? あの人まだそんな年食ってるようにゃ見えねえし」
 荷馬車で領主の屋敷前にある広場へと運ばれていく材木を横目で見つつ、にきび面は続ける。
「それよりも、あのケチの鑑みてえな親方が、その日俺らに休みをくれるのか? そっちの方が問題だぜ」
「だよなぁ」
 話しかけてきた方、左眉に黒子のある少年が応じた。
「俺らの仕事って、絶対に祭とは関係ないって思うんだけどな……」
「ああ」
「――そう思ってるようじゃ、まだまだ独立は遠いな」
『!?』
 慌てて振り向いた二人は、いつぞや拳骨を喰らった時よりも大きな衝撃を受けていた。
「お、親方……」
「そう。君達の、“ケチな”親方だ」
 声音こそ和やかだが、ちっとも目は笑っていない。
「え、あ? その……」
 必死で取り繕うとするにきび面を制し、親方は踵を返す。
「ほら、いつまでも商品に座っているんじゃあない。時間も含めて勿体ないだろう」
『はい……』
 最早口癖と化している説教を耳に、鍛冶屋の徒弟二人は、項(うな)垂れて店の奥に戻っていく。
「…………」
 普段よりも増量した人ごみの中で、一人の少女が異様に長い髪を柳葉のように揺らめかせて歩いていることも知らず。


「…………」
「……む」
 白目を剥いて気絶している男を、ジークは冷ややかに見下ろしていた。途中で顔面から地面へと矛先を変えたシャベルを引き抜くと、自分よりも大柄な男を軽々と担ぎ上げる。
「安心しろ。ただの麻酔だ」
 誰にともなく、ジークは呟いた。
「俺は無意味に殺しはせん。――お前らの同類になど、誰がなるものか」
 その呟きに込められている感情も、向けられている対象も、知る者はいなかった。
「…………」
 ジークは、振り返る。
 シャベルが一本、傾いた状態で黒土の上に突き立てられていた。
「……む」
 弔いや哀悼の言葉もなく、ジークは即席の墓標に背を向け、歩き出した。
 頃合は夕暮れ。空は薄い青から深紅へと纏う衣の色を変えながらも、しかし悠然と変わることなく天にある。
 一人の人間が最期を迎えるには、嫌になるほどの上天気であった。


 締め切った部屋に、男が入って数分が経過していた。
「報告はどうした?」
 男が問う。
「それが……」
「ないってぇのはおかしな話だな」
 言葉を濁らせる別の男に対し、奥に座していた老人が口を開く。
「三十人近い傭兵が丸一日かけて素人一人捜せんとは実におかしいとも。――そんなことは、起こり得るのか?」
「……おそらくは」
 老人の横に座っていた口髭の目立つ男が応じる。
「まったく……重要な祭事を控えるこの時期に、なんて面倒なことが起こるのやら……」
「嘆いても何も変わらんだろーが」
 女性のぼやきに釘を刺した男に、老人が同意しつつも諭す。
「かといって、座視で片付けるわけにもいかんだろう」
「分かってる」
 老人に噛み付かんばかりの勢いで、男が返す。
「幸いにも、息子からは町を出たって話も領主ン所に行ったって話も聞いちゃいねえ。奴はまだ、この町のどっかにいるはずだ」
「まあ、この町は入り組んでこそいるが大して広くもない。時間をかければいずれ捕まろう。――それまでは引き続き、捜索の方は頼むぞ」
「はい」
 老人の横にいた男が、深く頷いた。後ろに撫で付けられた髪の生え際には、刀傷が目立つ。
「皆の者よ。重ねて言うが、これから先の儂らは極めて重要な時期に入る。【翻る剣の軍勢(レ・コンキスタ)】の連中が来月の祭りまでは殆ど動かぬ以上、発生する問題事は全て儂らが片付けねばならぬ」
 故にこそ、と言葉を切った老人は、白く濁った右目を脇に向ける。
「余事を口外せず」
「…………」
 続いて正面を過ぎ、
「有益な情報を共有し」
「…………」
 左奥の隅を撫で、
「外敵の報告はいち早く」
「…………」
 最後に、二人の夫婦を収める。
「管理を、徹底せねばならぬな?」


 扉と内装に大小の損傷が見られる以外、宿屋の一家は何も変わった点は見られなかった。
「……む」
 というジークの感想は、広間を通る際に間違いであったと書き換えられた。
「ミュレ」
「…………」
 生気なく開かれた眼に、ジークの横顔が映る。
「お前、手枷はどうした?」
「…………」
 答えはなかったが、それを疑問に思うほどジークは学習能力に欠けていない。
 ミュレが質問に対し即答した場面は極稀であったし、またこの質問は即答した場合と符合しない。
(つまりは返答待ちか)
(そうなるな)
 ミュレは語彙が乏しいため、意志表示にも時間がかかる。
 そんな彼女とのやり取りにすっかり慣れていたジークは特に急かしもせず、ずだ袋から本を取り出して読み始める。どの頁(ページ)もやはり、傍からすれば意味不明でしかない記号や数式、そしてそれらへの書き込みで埋め尽くされている。
「…………」
 ジークは、記された内容を幾重にも思考の中で反復させる。
 細密画を思わせる記号や数式の集合体をごく短い時間で組み立てた直後に白紙へと戻したかと思えば、次は別の数式と記号を凄まじい速さで組み立て始める。
 これを数十度、幾つも配列を変えながら、しかしジークは同時に別のことに考えを巡らせる。
 ――思えば、不思議な気分である。
 人とのかかわりを制限して以来、傍に人がいるのを苦痛にすら感じていたのだが、ミュレといる時間は意外なほど苦にならない。
(――不備なし)
(む……)
 終了を告げた声へ無愛想に返すと、ジークは隻眼を無口な少女へと向け、
「む……」
 そして思いきり眉を顰めた。
「…………」
 ミュレは無言のまま、さして美味しくもなさそうにパンを齧っていた。思えば、朝も同じものを食べていた気がする。案外、彼女の好みなのかもしれない。
「ミュレ」
「…………」
 ぶっきらぼうな呼びかけに、少女の眠たげな眼が動く。
「俺の話を聞いていたか?」
「…………」
 十五秒程度経つと、ようやくミュレに動きがあった。
「…………?」
「…………」
 首を、傾げたのだ。
「……あのな」
 思わず、愚痴っぽいものが口を衝く。
「俺の、話を、聞いて、いたのか?」
「…………」
 嫌味なほどに言葉を区切り、幼子に寝物語(ねものがたり)を聞かせる程度の早さで言ってやると、ようやくミュレは傾げるのをやめた。
「…………」
 ただ、それだけの話であった。
「ミュレ」
「…………」
 緩慢な仕草で、少女はジークに顔を向けるなり、
「……いい?」
「いらん」
 食べかけのパンを差し出した直後に断られた。
(わけが分からん)
 呆れつつも、ジークは再びパンを齧り出すミュレへと話しかける。
「お前、手枷はどうした?」
「…………」
 齧ったパンを、咀嚼する動きが止まった。
(む)
「……わたし……」
 抑揚のない、辛うじてそうだと一人称が呟かれたのは、約十二秒後のことであった。
「こわ……れ、た」
「……む?」
 ジークの眉間に皺が寄ったのは、言うまでもない。
「壊れた、だと?」
「……ん」
 緩慢な動作で、ミュレは顎を引く。
(む――)
 ジークの中では、つい先刻まで数式を弄り回していた思考が、今度はミュレから得た情報を矯めつ眇めつしていた。
(材質からして、あれが壊れるとは思えん)
(同意)
(外れた、というのも考え難い話ではあるな……)
(老朽化していた可能性有)
(む)
 些事ごときに考える時間を割くのも勿体ないので、恐らくそれだろう、とジークは無理矢理に結論付け、じっとこちらを見つめている(らしい)少女に目をやる。
「…………」
 ミュレは、ただ無言。既にパンは食べてしまったらしく、口元に痕跡を残すばかりであった。
「……ミュレ」
「…………」
 僅かだが、反応を示す。
「口の辺りにパン屑が付いている。取れ」
「……ん」
 呟きじみた返事の後、ミュレは物理的に重い腰を上げる。肢体は成熟しているというのに、その動作は極めて拙い。
「む……?」
 そんなことはジークにとってどうでもよかった。
 彼女の行動が、解せなかったのである。
(何故立つ必要がある?)
(不明)
 口元に付着しているパン屑など、その場で払ってしまえば済むというのに。
(鏡でも見て確かめるつもりか?)
(だとすれば彼女への認識が変わるな)
 などと無意味に思考を遊ばせていたジークの隣にミュレがさしかかったその時、
「…………」
 頬へと伸びる彼女の細く小さな右手を、ジークは反射的に捉えていた。
「――ただいま――って、何だいこりゃ!?」
「おいおい、見事に壊れてんじゃねえか……」
 玄関の方で声が聞こえるが、ジークは関心を持たない。
 軽く少女の手を払い、すぐさま問い質す。
「何のつもりだ」
「…………」
 瑞々しい花弁を思わせる唇を半開きにしたまま、首を傾げていたミュレは、「……ない」と不意に、理解し難い単語を洩らしたのだった。
「む」
 目と鼻の先にまで顔を寄せる少女へと、ジークは言う。
「パン屑が付いているのはお前の口だ」
「…………」
「ちょ……ええとあんた達!?」
 何故か微動だにしないミュレを見て驚きの声を上げたのは、やはり彼女であろう。
「……おかえり」
「おう、ただいまミュレ。――つーかな、あんたもちったぁ慌てるとかしねえのかよ?」
「む、何故だ?」
「何故って……ま、今はいい。とりあえず、何で扉があんなことになってんのかだけ説明してくれ」
「む、実はな――」
 実はも何も、ついさっきまで外出していたジークが知っているはずがない。言うまでもなく、全てがでまかせである。
「…………」
 結局、ミュレの唇の端にはパン屑が残留したままであった。


 とうに陽は西の果てに沈み、アルトパのある盆地には一足早く闇の帳が下りていた。
 頃合は夜。月は既に中天。中秋ゆえの過ごしやすさはあるものの、窓から入り込む、山からの風はやはり肌寒く感じる。
「……うー、寒い寒い。誰ぇ? 窓開けっぱにしてたのさぁ」
「あ、悪い俺だ」
「何やってんのさぁもぉ〜」
 それなりに上等な宿屋の一室の雰囲気には似つかわしくない、無邪気な会話であった。
「ほう、それじゃあ明日にでも仕留めるのか」
「ええ」
「レオーネさんが出るまでもねえんじゃねっすか?」
 レオーネとディノンの会話に、肘掛椅子に体を預けている筋骨隆々の童顔男が口を挟む。件(くだん)の窓を開けっぱなしにしていた男でもある。
「だって、どこの牛の骨ともしんねーような傭兵一人を殺るだけなんでしょ? そんなくっだらねえ仕事、俺とかチビで充分っしょ」
「チビって言うな筋肉バカー! 牛じゃなくて馬だよー!」
「んだと……!?」
 椅子から立ち上がった童顔男は、窓辺で胡坐をかいていた子どもと一触即発の雰囲気を作り出すが、
「いい加減にしろ馬鹿とチビ」
『……はい』
 ディノンの一喝と一睨みにより、呆気なく鎮火させられたのであった。その様子に、レオーネが笑う。
「ふふっ、仲がよくて結構ですね。――ですが貴方達の出番は来月です。それまでは、」
「不要な行動は極力控えろ、でしょ? 分かってますよ。俺だって、そこまで間抜けじゃないですってば」
 わざとらしく肩をすくめる童顔男の言に、傷だらけの大男が鼻で笑う。
「だといいがな」
「? ――! やべ……」
 理解するまでに数秒を要した童顔男の顔色が、青から赤、そして最後は真っ白になった。
 最終的に、自分自身で証明してしまったのである。
「レオーネが気付いてねえわけないだろうが」
「っすよねぇ……つかレオーネさん、いつから、どーやって知ったんすか?」
「四、五日前ですかね」
「……殆ど初日じゃねっすか」
「問い詰めても貴方ならしらばっくれると思いましたので。ちなみに手段は……まあ、秘密ということにしておいて下さい」
「はあ……」
 曖昧に頷きつつ、童顔男は視線を横に流す。今目を背けた人物が犯人であろうというのが、概ねの推測だった。
「――おい、そろそろ話を終わらせろ」
 ディノンが会話を中断させ、一通りの注意事項を告げる。
「明日レオーネがやることも、来月の計画に必要な下地作りの一環だ。各自手を抜くことなく、それぞれに課せられた任務を怠らんように。邪魔者は取り込むか消すか、判断は各々に任せたいが、スミス、ヴィル。どんな事情があろうとも、お前らが勝手な判断で行動することは許さん。以上だ」
「ええ」
「おうっ!」
「はーい!」
 異口同音に放たれた、承諾の返事。
『“我らが掲げる、理想のために”』
 誰かが音頭をとるまでもなく、四人の声は揃った。


「……よぉ」
「何さ?」
「やっぱり、考え直すべきじゃねえのか? これ、ある意味みんなへの裏切りになるじゃ――」
「……なんだ、そんなことかい。ちっと予定が早まっただけじゃないか、気にすることじゃないよ」
「そんなことって、お前な」
「そうだろうに? あいつらの話じゃ、あたしらようやっとあの腐れ貴族どもと手が切れるってんだ。そうなりゃ最後さ。遅かれ早かれあの子はいらなくなるよ」
「だからって、そりゃまずいだろ」
「あんたねえ……」
「……なんだよ」
「あの子のこと快く思わない連中、どんだけいると思ってんだい? そりゃ何人もあの子の世話ンなってんだろうがね、連中は結局最後にあたしら諸共切り捨てるよ。所詮は、金に眼が眩んでる連中さ」
「…………」
「……ま、そんな連中だって大事なご近所様、同じ町の住人だよ。腹の底さえ見えてる分にゃあ可愛いもんさ」
「……やはり、そうなるか」
「だから、さっきからそうだと言ってんじゃないかい。こればっかりは仕方のないこったね」
「そうか。……そう、だったな」




 ある娼館の最後は、次のようであった。
「う、嘘……」
 鍵束を持っている女が、口と鼻を手で覆うのも忘れて呟く。
「顔を抉られて、そっから十日も飲まず食わずだぞ、なのに何で、何で――」
「…………」
 暗闇の中、拘束具で四肢を封じられた少女の、目隠しされていない左眼が彼女ら二人の驚愕した顔を映していた。
 甲高い絶叫が、吐き気をもよおす地下室内で幾重にも木霊する。
「何で生きてやがるのよぉおまえぇ―――――!??」
 鍵束を持った女の金切り声は凄まじく、後半にいたっては最早叫び声と一体化していた。
「…………」
 髪を乱暴に首筋まで刈られた少女の目は、確かにこちらを、真っ直ぐに見つめていた。
 その顔は眉間の辺りから下唇の左端まで鼻梁を跨いで赤黒く太い線が引かれていた。幼さの残る容貌が乾いた血糊で汚れた様は、言葉にできないおぞましさと、倒錯した情動を伴っていた。
「ねえ見た!? 見たよねあいつ!? 今はっきりとあいつわたしら見たよね!??」
「……馬っ鹿じゃない。生きてるわけないでしょ」
 松明を携えた女が、縋りつかれる煩わしさを隠し鼻で笑う。
「さっき自分で言ったじゃん。そんな状態で生きてる奴なんてね、どっこにも、いやしないのよ」
「で、ででも、さっきあいつ……?」
 現実逃避からか、松明を持った女に食い下がるが、彼女はそれを本人諸共に払い除ける。彼女を宥(なだ)めることより、自分の精神を落ち着かせることに重きを置いた行為だ。
 大きく息を吸い、胸の奥に渦巻く不快感と一緒に怒声を吐き出す。
「はぁ!? 何言ってんのあんた!?」
 何を言っているのかさっぱり分からない。だいたい、あんな血だらけの状態で生きてる人間なんているはずない。
「お前目ぇ腐ってんの!? アレどう見ても死んでんじゃん!!」
 金切り声で、松明を持った女が鍵束を落とした女に怒鳴る。
 何故なら、彼女には断言できる最大の理由があったからだ。
「あの時見ただろ? あたしがあいつの顔ナイフで抉ったとこ!??」
「え、いや……だって」
 くそ、本当に頭の悪い女だ。生きてる奴とゴミの違いも分からねえのかよ。
「あいつ、さっき動いて――」
 そこで、彼女の●●が飛んだ。
「…………」
 そこで彼女が気絶できなかったのは不運だった。
「は、ははは……」
 冗談じゃない。何だよこれ。
「…………」
 無理やり引き千切った拘束具を身に纏った少女が、驚愕の表情のまま固まっている●●をじっと見つめていた。よくよく見知った●●の主は、ついさっきまで怒鳴り合ってた彼女のものであった。
 ――逃げないと。
 他者を蹴落とす時以外には滅多に働かない頭が、無意味に回り始める。
 まずいあれはまずいいやいやそれ以前に何であっさりとあれが外れてんの? 絶対外れないだろあんなのていうかそもそもあいつどうやってあれ壊したんだよ今まであいつずっと何も抵抗してなかったじゃんだからエスメラルダが――
 思考が空転する。一度に過度の情報が押しこまれたため、頭が余計なことを次から次へと無意味に流し続けるのだ。
「…………」
 一歩、少女が前に出る。
「あ、あたしは悪くないんだ! えええ、エスメラルダが、エスメラルダがあんたのことが気に食わないからって――」
「…………」
 程なくして、彼女も友人の後を追って逝った。

後編へつづく
2009/05/02(Sat)23:43:54 公開 / 木沢井
■この作品の著作権は木沢井さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
これが初投稿作品となる木沢井です。
確実に独り善がりな部分があるでしょうから、感想や質問、ご指摘などありましたなら、どうぞご遠慮なくなすって下さい。むしろ当方は、そうした意見を幅広く求めています。

>コメントして下さっていたお二方
操作ミスでうっかり消してしまい申し訳ありません……。ですが、お二方のご意見、ご感想は今後ともしっかりと反映させていくつもりです。

2/24 5と6の一部を修正しました。
3/4 続きを更新しました。
3/9 続きを更新しました。
3/10 更新部分を修正しました。
3/24 続きを更新しました。その後、加筆修正もしました。
4/2 続きを更新しました。10の最終部の一部を加筆修正しました。
4/4 続きを更新しました。
4/28 続きを更新しました。
5/3 諸々の都合から上下編に分けました。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんにちは、木沢井様。上野文です。
 御作を読みました。
 金貨の価値を説明するには、今回の方が非常にわかりやすくて良いと思います。
 興味深かったです。
2009/01/27(Tue)12:43:530点上野文
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
今さらですが、仕事を請け負う時に名前ぐらい聞くんじゃないだろうか?とちょっと思いました。そして御者視点で物語が進んでいってるので戦闘シーンが読めなかったのは残念です。青年の強さの秘密なども、これから分かっていくんだろうと思うので楽しみにしたいと思います。異世界の中で食べ物を表現をするのは難しいなと思いました。私だけかもですが菓子パンというのが世界にあってないように少し感じました。
では続きも期待しています♪
2009/01/27(Tue)16:46:380点羽堕
>羽堕様
ご指摘ありがとうございます。たしかに菓子パンはあの場にそぐいませんので修正しておきました。
名前に関しましては……まあ、御者が抜けていた、ということにしておいて下さい。
2009/01/28(Wed)00:41:110点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
街の景色や雰囲気と共に世界観も見えてきて良かったです。ジークの目的も分かり、また謎の声たちなども登場して、どういう事だろう?と謎な部分もあって良かったと思います。そう言えばベスとの約束や赤い屋根の宿屋は、どんな所かなど想像してしまいました。
では続きも期待しています♪
2009/01/28(Wed)17:06:040点羽堕
>羽堕様
そう思っていただけて光栄です。
長編ゆえ、謎な部分(まさにあの声たちなど)は鬱陶しいぐらいに引っ張ってしまうでしょうが、その辺は飽きさせぬよう努力します。
2009/01/29(Thu)00:09:240点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
ちょっと頭を使ったチンピラの撃退をしていて良かったと思います。ミュレって名前だったのかぁ、それに突進してくるマダムと面白いことになりそうです。今回は視点が、ころころと変わっていたので、もう少し絞った方が読みやすかったです。
では続きも期待しています♪
2009/01/29(Thu)16:50:240点羽堕
>羽堕様
感想ありがとうございます。戦闘場面は得意ではありませんが拘りたいので、そう思って下さって光栄です。
が、どうにも拘りが強すぎるんでしょうね。両者の心理状態を細かく書きたがるためか、仰るように視点が変わり過ぎてしまいます。
ジークならある程度、人の心が読めるでしょうし、工夫を凝らしてみた上で今夜更新します。
2009/01/29(Thu)17:39:590点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
3はジークに絞った感じになっていて私は読み易かったです。今回は、なんだか怪しい(ミュレを拾って育ててるのかな?)宿屋の夫婦の雰囲気が出ていて良かったです。それにミュレとジークの少しほのぼのとした遣り取りも面白かったです。あの謎の声の多さにも驚かされつつ、そろそろ事件の気配がしてきて、この後の展開を待ちたいと思います。
では続きも期待しています♪
2009/01/30(Fri)17:37:180点羽堕
>羽堕様
鋭い方ですね、と感想のほうには返させていただきます。ミュレとジークは、人間と動物の触れ合いを意識して書いてみているため、『少しほのぼのとした』という感想は身に余る光栄です。
僭越ながら質問なのですが、現在段階までで『ジーク』という人物(もしくはキャラクター)にどのような印象を受けられますか? もしあるのでしたら、どうか忌憚のない意見をお聞かせ下さいませ。
2009/01/31(Sat)01:00:020点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
街の中をミュレと歩く事で、色々と分かる形になっていて読みやすかったです。ジークは兵士達に対しての切り札もあったりと、また謎の部分が出てきた感じです。それにベスの部屋で盗み聞きしていた女性も気になりますね。ジークについては眼帯の下の眼がオーバーテクノロジー的な物で、それをくれた師から色々と教わったのかなと、セネアリスを探すことを第一に考えていて、それ以外の事は正しくてもセネアリスに関係なければしない、セネアリスに繋がるなら悪にでもなるって感じでしょうか。でも今回はミュレについて知ろうとする所から、ミュレに何かを感じてるのかも知れないなと思いました。と妄想も大分ふくんでますがw
では続きも期待しています♪
2009/01/31(Sat)11:27:390点羽堕
>羽堕様
お答えいただき光栄です。そして妄想上等です、ともお答えしておきます。……オーバーテクノロジーか、その発想はありませんでしたねぇ。ジークというキャラクターに関しましても、そのような認識で概ね間違っていません。ちなみに私は『超人臭い人間』として捉えています。
それにしても、謎謎謎……と出し過ぎてすみません。一応殆ど回収できる予定ですが、現時点でこれだと流石にこれは改稿した方がいいかもしれませんね。
2009/02/01(Sun)01:20:490点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
ジークを知っているような四人組?の登場やビリーは可哀想ですが、ジークが横取りしちゃうのならしょうがないかwなど、街の今後を左右する依頼の内容は、なんなんだろうと思いました。でも、やはり色々と書きたい事や盛り込みたい事は、あるのでしょうが、最後にどっとだすよりは少しずつでも消化して貰わないと私の頭では忘れてしまいそうです。各冒頭に出てくる人の死に様には、やっぱりミュレが関係しているのかな、ジークに言葉を教わる温かい感じとはかけ離れていてこれからどうなるのか楽しみです(本当に亜人なんだろうか)。今回のテレマンについては第三者が語る感じが好きでした。
では続きも期待しています♪
2009/02/01(Sun)12:20:040点羽堕
>羽堕様
ありがとうございます。テレマンの話だけ、ちょっとだけ違う『死』を意識してみました。おそらくそうした意味では彼もビリーに負けず劣らず不幸だと思いますね。
次回から、少しずつ明かします。まだまだ先は長いのですが、これからも詠んでいただけるよう推敲に推敲を重ねていくつもりです。
2009/02/01(Sun)21:27:200点木沢井
 こんばんは。はじめまして。
 ごめんなさい、今日は時間が無いので一言だけ書かせてください。
 読ませていただいて思ったのですが、失礼ですが、「………」という台詞が、ちょっと多すぎるのではないでしょうか。沈黙は言葉ではありませんから、鍵括弧で処理するのには限界があると思います。単なる「………」からは、いかなるイメージも伝わりません。沈黙なら沈黙で、その沈黙の場の雰囲気を文章で描写するのが小説だと思うのですが、いかがお考えになりますでしょうか。
2009/02/02(Mon)00:43:040点中村ケイタロウ
>中村ケイタロウ様
 こちらこそはじめまして。
 そうですね、やはり今にして思えば、考えや意図なく「…………」を使っていました。無言であるにせよ、雰囲気や情景描写で存在感を表すことは可能です。そのことを失念していたことを深く恥じています。
 ご指摘ありがとうございました。早速改善に取り組んでみます。その他にも、おかしいと思われた点がございましたら、どうか遠慮なくお願いします。
2009/02/02(Mon)14:16:330点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
更新のスピードが凄いなと羨ましく思いつつ、異形の一族まで滅ぼす力があるとは、あれがミュレだとしたら、どれだけの力があるのかなと思いました。最初は愛されているのに「化け物」と拒絶される理由は、やはり真の力のせいなのだろうか?これが一番の謎なんだろうかなどと思ったりします。ジークが問いかけてミュレの反応に「そうか」と答える所は笑ってしまいましたw鼠男に捕まったミュレはどうなるんだろう、てか鼠男の方が心配だったり。アーサーも色々と考えすぎて結局失敗してる感じでジークって男に厳しいなぁと。あと“我らが描く、理想のために”意味深な言葉だなと思いました。レオーネとディノンなる人たちも登場して、どうなるのだろう。
では続きも期待しています♪
2009/02/02(Mon)20:40:140点羽堕
>羽堕様
 更新が早いのは、下書きの七割くらいができてるからで、近々本来のペースに落ちる予定です。実際はあれこれと考えてしまうため平均よりも遅いと思われます。(特に今がヤマ場でして……)
 ミュレの力は後々まで尾を引きますが、ヒントはこれからも出していきますので、どうか地味な彼女にはご注目を。
 レオーネとディノンとあと二人ぐらいは、実はかなり重要なポジションにいたりします。この二人の合言葉“我らが〜”などについては明かす予定です。
 さて、最後にですが、ジークは一応誰に対しても厳しいつもりですが……まあ、ミュレに関しましてはお好きなように想像なさって下さい。
 物語もそろそろ佳境、愛想の悪い主人公とヒロインに、今しばらく付き合っていただけると幸いです。

2009/02/03(Tue)00:02:450点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
鼠男とマイクのやり取りで小物だなぁって感じの鼠男が良かったですね、こういう奴ほど長生きするんですよね。役所でアーサーが最後に思い浮かべた4つの存在の4番目をあの場面で出した方が読む方としてはスッキリします。御者の耳打ちも、この文量でまだ秘密な部分を出されると流石に……この話を聞いてジークのミュレに対しての態度や考えが’変わるか’’変わらないか’って大事な気がするので御者の話の内容は読者も知ってた方がいい気がしました。ミュレは自力で戻れたのですね(自力?とは違うのかな)。私の読解力がないようで、たまに名前を伏せての会話文などコレって誰?という状態になって少しフリーズしたりします。ミュレとジークが登場してる部分だけでも、しっかり理解出来るように頑張りたいと思います。
では続きも期待しています♪
2009/02/03(Tue)16:31:230点羽堕
>羽堕様
ご指摘ありがとうございます。今回のものと次回のものは特にややこしいため、そうした意見をいただけると本当に助かります。四番目の存在については書き加えておきますが、御者の耳打ちについては次回で明かします。たしかにミュレの秘密は、ジークの心境に影響を与えますでしょうからね。
名前を伏せている部分は、一応喋り方で分かるかな、と思っていましたが、やはりその辺が物書きとして甘いのでしょうね。少々時間がかかるかもしれませんが、工夫してみます。
残りあと三話、ジークとミュレの行く末や如何に、というところで質問ですが、今回で退場と相成ったキャラクター、御者ことフレデリックはどのように感じられますか?
2009/02/03(Tue)18:00:580点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
ほぼ不死身の存在なのかぁと驚きつつ娼婦にとっては、あっけない最期だったんだろうなと思いました。最初は「●●」としていて、その後の文章には「生首」と出てくるのですが伏せ字にした理由がイマイチ分かりませんでした。それと御者については物語のシリーズを通して冒頭と他の町へいくエンディングに、ちょっと出てくるような名脇役的な存在になるのかなと思っていたので、こんな形で死ぬキャラだとは思ってなかったです。
では続きも期待しています♪
2009/02/04(Wed)16:46:150点羽堕
 こんにちは、木沢井様。上野文です。
 御作の続きを読みました。
 ……更新が早すぎて、追いつくのに今日まで掛かりました。
 御者は、人間臭くて愛嬌があって、かなり良いキャラだったと私には感じられました。
 多分、意図的に書かれてるんでしょうが、ジークとミュレに隙が無さ過ぎて感情移入に難がある分、彼の退場が惜しいです。
 辛いことも書きましたが、物語としてのペース配分、展開ともに面白く、よい小説だって思います。
 これだけ書くのは大変なことだと思います。頑張ってください。
2009/02/05(Thu)12:17:360点上野文
>羽堕様
ご指摘ありがとうございます。伏字じゃなくなっている部分は単純なミスでしたので後日訂正しておきました。それと御者は、たしかに名脇役的なキャラクターにしたかったのですが、ああでもしないとジークの心に影響を与えられないと思ったので、あのような結果を迎えさせてしまいました。そういう意味では、彼は私の予想以上に自らの役割を全うしてくれたと思っています。

>上野文様
このような長ったらしい拙作を現在まで読んでいて下さり光栄です。
考えなしの投稿をしてしまい、申し訳ありませんでした。やはりこうした場に投稿する際は、量や時間のことも考慮した上での方がいいのでしょうか? 新たな課題として考えてみます。
御者は……ジークやミュレだけだとあまりにも人間味に欠けてしまったり、ご指摘のとおりに隙がなくなってしまうと思ったのでかなり人間臭く、そして読者の視点から物語を見やすくしてみようといった理由で作った……ような記憶があります。最終的には私の手を離れて、見事に一番大事な役割を果たしてくれたと思います。
身に余る光栄ですし、辛いことではありません。私は自分の推敲が穴だらけだと自覚していますし、現に穴は多々あります。ああしたご指摘はありがたく、そして今の私には最も必要です。
大変であることは否定しません。ですが、彼らを描いたり想像したりすることは、私の中では一、二を争うぐらいに楽しく好きなことです。

近日中には更新します。どうか皆様、もうしばらく彼らの物語に付き合って下さいませ。
2009/02/05(Thu)23:11:400点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
御者の残した言葉が、そんな事だったのかという感じを受けてしまいました(あくまで物語の中ではという事です)。殺されたという事は御者は、もっと大切な秘密を知られたと殺した側の人間に思われたという事なのだろうか?などと思ってしました。鍛冶屋の親方とも、どんな会話がなされるのか楽しみです。あと鍛冶屋の風景は、よかったです。
では続きも期待しています♪
2009/02/07(Sat)10:48:040点羽堕
>羽堕様
殺した側の思惑は7〜8ぐらいに書いてあった気がしましたが……あれでは説明が不足し過ぎていましたか。ジークに関しては、まあ面倒な奴なので、ということで。
鍛冶屋の面子は必要に駆られ、サウナに十五分ほど篭って捻り出しました。最初はつまらない端役でしたが、「ケチな」という言葉を付けたあたりからよく動いてくれている、と自分では思っています。
最後にですが、8の一ヶ所を手直ししてあります。
2009/02/08(Sun)01:42:250点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
そう言えばベスとの約束ってありましたね。一体どんな約束だったのか楽しみです。ロイの鍛冶屋としての技量についての想いなどは良かったです。今さらですが一つの話が完結するまでの間に名前のある登場人物が多いような気がします。例えばですがトーマス以外の徒弟にも名前があったりすると、私だけかもですが色々と混ざってしまったりします。各話の冒頭部分の殺される人の様も、一度きりの登場ならば名前を伏せる書き方でもいいのかもと思いました。私の読み込み不足の部分もあったので申し訳ありません。
では続きも期待しています♪
2009/02/08(Sun)10:46:500点羽堕
はじめまして、頼家と申します。
大変な意欲作のようなので、一先ず今回はプロローグ(?)から第一話(?)まで読ませていただきました。出だしのキーパーソンと思える人物の登場シーンの謎に満ちた感じや、一話目の一般人と主人公(?)の言動や表現での対比がしかっりなされ、それぞれがそれぞれの領域を侵さない表現がなされていたのに感心するとともに、勉強させていただきました^^続きを読んでまた次回書き込みさせていただきます。
2009/02/08(Sun)14:37:550点有馬 頼家
>羽堕様
ご指摘ありがとうございます。やはり無関係な人間の名前が多すぎると不便でしょうか。冒頭の連中は名を伏せてみた方がいいかもしれませんが、鍛冶屋の場合は顔見知りというか家族同然の暮らしをしているわけですし、互いに名前で呼び合わないのもどうだろう? などと思いがちになってしまいまして……いっそのこと、そうした会話の台詞の部分を削ってしまった方がいいのかもしれませんね。
以前も言いましたが、ロイは数少ない、成功したと思えるキャラクターでしたので、少なからず愛着があります。

>有馬 頼家様
こちらこそはじめまして。
どのような詰まらないものにも学べる点はあるのですね。そう思っていただけて光栄です。
何か不審に思われたこと、誤字脱字、質問等ございましたら、どうかご遠慮なくお願いいたします。
2009/02/08(Sun)17:01:380点木沢井
 こんにちは、木沢井様。上野文です。
 御作の続きを読みました。
 ロイ親方の登場やお鍋のエピソードは、上手くバランスとってきたなあ、と。
 ただ、ベスはここで役を割振るなら、序盤でもっと印象付けるか、中盤で使いようがあったと思いました。
 必要な名前を絞るのも、テクニックの内だと思いますよ。
 ストーリーに絡まない登場人物にスポットライト当てても、読者の視点と印象が分散して、勿体無いですから。興味深かったです。
2009/02/10(Tue)12:54:510点上野文
>上野文様
ご指摘ありがとうございます。やはり名前は絞るべきですか……その辺が無頓着でいけませんねぇ。
参考になりました。早速取りかかってみます。
余談ですが、できればどのような点が興味深かったのかを教えて下さったら、もっとありがたいです。
2009/02/10(Tue)16:23:540点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
ベスの約束って可愛らしい物でジークの不可解に思う様と対照的で良かったです。謎の声の中には人の恋愛感情なんかに詳しい奴とかいないのが残念ですwビリーも復讐と依頼をしようとしてるようですが、なんだか「何か事を起こそうとする人たちの視点」が多すぎる気がしました。マイクの「な・に・を――だってぇえ?」は冷静にゆっくり言っただけなのか、怒りを爆発させて言ったのか分かりませんでした。’次の瞬間には極限にまで広げる’などと前の文章にあったので怒っているのかと思ったのですが、だとしたらすぐに冷静にジークに問いかけているような雰囲気は変かなと思ったりしました。
では続きも期待しています♪
2009/02/10(Tue)16:46:120点羽堕
>羽堕様
ご指摘ありがとうございます。
客観視してみますと、どうも私はあれやこれやと好き勝手に詰め込みたがるようですね。唐突過ぎるのもどうだろう、と思わなくもないですが、やはり過ぎたるは及ばざるが如し、ということでしょうね。
恋愛感情に関しては「鏡に向かって罵る」というのがヒントです。
2009/02/10(Tue)18:12:010点木沢井
こんばんわ、冒険談が主食の頼家です。
3まで読み終えたので、今回は一先ずここまでの感想をば……。ジャンルは私の好物の一つで、色々勉強させていただきながら読ませていただきました^^洋風ファンタジーなので、親しみやすく読みやすくまとまっていると思います。『傭兵』という響きで、某漫画『ベル●ルク』の主人公のようなイメージを持ったのですが……どうやら主人公はもっと若いようですね^^;モデルは、傭兵だからやっぱり王道、中世のスイス人傭兵部隊ですか?寡黙のようで脳内で喋り捲る主人公に弱冠戸惑いましたが、少女の出会いを経て、今後物語がどう進んでいくのか、ドキドキワクワクしております^^……話は変わりますが……他の作家様方の『(名前)登場人物の数』の件、私も耳(目かな?)が壊れるくらい痛く読ませていただきました(汗)。その点に関して、現在私も作品の雰囲気と相談しながら四苦八苦しております^^; では、また読ませていただき、次回感想を書きたいと思います。更新のほうも期待しております^^
頼家
2009/02/14(Sat)02:46:390点有馬 頼家
>有馬 頼家様
ご感想ありがとうございます。何か学べるような要素が塵程度でもあったのでしたら幸いです。
脳内の声の正体については、かなり引っ張ってしまいます。というか、現在その部分を製作しています。続きを読まれた際に『これは引っ張りすぎだろう……』と思われましたなら、どうか遠慮なくお願いします。
 今日か明日には更新できるはずです。
2009/02/14(Sat)17:44:300点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
神父の元々の性格が、どういった物だったかでも変わるのですが、あいうキレかたをされるのが私なんかは一番、怖いなぁと感じたりします。ジークの中の謎の言葉は脳の再分化利用と言った感じなのかなと思ったりしましたが、少しジークの謎に近づけたので嬉しかったです。マイク達との決着もどうなるのか楽しみです。
では続きも期待しています♪
2009/02/15(Sun)09:30:480点羽堕
>羽堕様
ご感想ありがとうございました。ジークの過去の話を挿入することに無理があったのではと気にしていましたが、そのように思っていただけて光栄です。
10でジークの秘密は六割くらいは曝け出させるつもりなので、引き続きお読み下されたら幸いです。
余談ですが、神父の性格は本当にあんな感じの人間です。趣味の金儲けと特技の奴隷商人との裏取引を、人格者の仮面で隠しています。自分で書いていて、つくづく嫌な奴だなとは思っています。



ここで今更かもしれない質問ですが、『ミュレ』というキャラクター(人間?)に対し、どのようなイメージを持たれていますか?
2009/02/15(Sun)18:54:580点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
純粋な力での実力と頭を使った駆け引きとで追ってを追い払うなど読んでて楽しいですし、また次にはマーロウ達のように実力のある追っての登場で、また追われるなど展開としは嫌いではないのですが、少しパターン化してしまっているように感じました。あと細かいのですが「ジーくは素早く背後を」と一か所なってました。それと『ミュレ』は、今回の物語の中で中心的な存在で、大きな秘密もありそうだなという感じです。ジークと触れ合っている時のキャラ的には、可愛らしい感じを受けるのですが、ミュレが人などを殺す描写も読んでしまっているので怖くもあるかもです。
では続きも期待しています♪
2009/02/18(Wed)10:56:530点羽堕
>羽堕様
お褒めに預かり光栄です。そして誤字の指摘ありがとうございました。
パターン化してしまっているのは否めませんが、進行の都合上そうせざるを得ませんでした。一応、逃走劇は次で終わらせます。
ミュレに関しては『可愛らしさ』と『怖さ、不気味さ』を追求してみたかったので、そのような感想をいただけて嬉しく思います。
2009/02/18(Wed)11:43:520点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
そういえば能力の名前らしい単語って、いくつか出てたなぁと思いつつ、今回は“世界を見渡す秘匿の鳥(スパルナ・アディアーヤ)”という力を使ったのだろうか?この後で説明があるといいなと思います。マーロウって言う事や考えてる事はカッコイイのになと思いましたw
では続きも期待しています♪
2009/02/19(Thu)18:02:530点羽堕
>羽堕様
感想ありがとうございます。説明はギッチリと行う予定なので、少々嫌になるかもしれません。
マーロウもその場しのぎ的な理由で作ったキャラクターでしたので、そうした感想をいただけて光栄です。(だけど外見に関しては落胆するかと思われます。


現在、最大の山場を迎えています故、しばらくこちらの方の更新は滞るかもしれませんが、ご了承下さい。
2009/02/19(Thu)18:29:130点木沢井
(5までですが)続きを読ませていただきました。
ジークは、密かに子煩悩のようですね(笑)村の子供ABCに傷つけられたミュレを優しく(?)治療する辺りなんかは、ほのぼのとしたあったかみを感じました^^表現法としては、ミュレの異国(か異人)感を、台詞を片言にしたり、簡単な単語を使うだけで表したりという工夫が、特に活きていたと思います^^ただ、身のほど知らずにも個人的に気になった点を上げさせて頂くとすれば、台詞に対する地の文の量が少ない事でしょうか。読解力が微弱な私には、あらゆる人物が一気に話しているように感じ、少しこんがらがってしまいました^^;特にジーク独特の()を使った台詞を入れると、地の文が一話内に極端に少ない気がしてしまいました。あくまで、個人的な感じ方であり、私のようにやたら地の文が多いとそれはそれで問題だと思います(涙)。……よって、作者様や他の読者様がOKであれば、まったく問題ありません。
何を言いたかったのか、意味不明になってしまいましたが^^;それでは、また続きを読ませていただきたいとおもいます^^山場、頑張ってください!
頼家
2009/02/21(Sat)03:46:110点有馬 頼家
>有馬 頼家様
感想ありがとうございます。5でのジークとミュレのやりとりはそれなりに練り込んでいたつもりでしたので、純粋に嬉しく思います。ミュレに関しては、兎に角「可愛らしさ」と「異質感」を全面に出したかったので、そうした感想をいただけて光栄です。

ご指摘ですが、むしろ地の文が多過ぎたように思っていましたが、「あらゆる人物が一気に話しているように」というご指摘があった以上、ありがたく参考にさせていただきます。これが投稿している理由でもあるのですから。

声援(?)ありがとうございます。悪戦苦闘の最中ですが、ここを乗り切れば大分楽になるかと思います。
2009/02/21(Sat)09:01:310点木沢井
二日酔いと休日の勢いを借りて、やっとこ七まで読み終え、感想を書かせていただきます。頼家です^^
大変な分量で、ただただ感嘆いたします。ジークの追っている(?)謎の女性や、ミュレの生い立ちに関するジークの考察と、物語はいよいよ核心に迫っていくようですね。相変わらず彼等の周りでは、絡んでくる輩が多いく、前途は多難のようですが……と、一つになったのですが、『ジョビネル・エリンギ3』という題名に『3』とあるということは、1、2があるということでしょうか?この作品に繋がりがあるのなら是非拝見したいと思っております^^では、次回までには更新に追いつけると思います。
頼家
2009/02/21(Sat)12:43:370点有馬 頼家
>有馬 頼家様
このような分量だけで中身の薄いハリボテ拙作をここまで読んで下さり、真にありがとうございます。

……その質問はいずれ来るだろうな、と予想していました。質問への答えは『イエス』です。私はこれまでに、二つの『ジョビネル・エリンギ』を書いてきました。が、『1』は既存のゲームとのクロスオーバーなのでこちらには投稿できませんし、その続編で、若干オリジナル色を強めた『2』に関しては肝心の原稿を、何年も前に読んで下さっていた先輩に渡してしまったので、といった事情から書けそうにありません。繋がりに関しては、根本的な設定を共有しているだけなので、前作と前々作は読まれなくとも問題ありません。スッキリはしないかもしれませんが。
2009/02/21(Sat)19:03:390点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
ビリーとマーロウのライバル関係って、互いに自分の方が上だと思ってるあたりが、第三者から見ると「どっちもどっち」と言う感じで面白いですね。アーサーも感じていた通りジークは魔導師なのかなど、だんだんと確信にせまっているのかな?と思ったりします。
では続きも期待しています♪
2009/02/25(Wed)17:05:550点羽堕
>羽堕様
ご感想ありがとうございます。
時間がないので簡潔にお答えしますと、実際の両者の実力は(ベクトルが多少違えど)ほぼ同等です。ただ、ビリーが最終的にはマーロウをうまく出し抜いたりするので、評価としてはビリーの方が上、ということになっています。
一応、流れとしては次くらいから一気に核心に向かわせる予定なので、その先触れみたいな感じでもビリーの部分は書きました。実力不足ですみません。
2009/02/25(Wed)20:12:470点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
ここからが佳境という所なのかなと思いました。ランドール夫妻、主にヒラリーからミュレと街の関係は、だいたい分かった気がします。ここにきて感情を爆発させたようなジークは、どんな事を考えているんだろう?と思いました。ミュレを手放すという行為をしたランドール夫妻も、どうなってしまうのだろうと、この後の展開が楽しみです。
では続きも期待しています♪
2009/03/04(Wed)16:52:330点羽堕
>羽堕様
ご感想ありがとうございます。説明が長すぎたり展開に無理があったのではと恐々たる思いでしたが、そのような感想をいただけて嬉しく思います。
お察しの通り、ここからが佳境です。ジークの感情やランドール夫妻のこと、そして肝心のミュレのことも含めて、全てが慌しく動き出します。……ああ、今回の更新部分が一番の難産だと思いきや、まだもう一山あった。
次はいつになるか分かりませんが、努めて執筆にあたる所存です。はい。
2009/03/04(Wed)17:42:550点木沢井
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
レオーネが自分の力を見せしめる為の生贄にビリーとマーロウは、なってしまうのだろうか?なんとも可哀想な役回りだなと思いつつも、しょうがないかと思ったりしました。傭兵も意外と自由の効かない職業だなと。‘飛び掛ってきた二人’とあるけど、女性であるレオーネを少し見下した感じだったし、特にプライドの高そうなビリーがマーロウと同時に襲いかかる事はないと思ったし、マーロウはこんな時でもビリーの失脚を狙うような気がしました(二人のいがみ合いって根が深そうに感じたので)。
では続きも期待しています♪
2009/03/09(Mon)16:45:040点羽堕
>羽堕様
ご感想及びご指摘ありがとうございました。最後の部分は作りが甘くなっていて申し訳ありませんでした。早速訂正に当たりたく思います。
彼ら傭兵に関しては、私の空想が多分に含まれています。自由に転戦することはなく、どちらかというと本当にサラリーマンに近い形式で働いていますね。
2009/03/09(Mon)17:27:110点木沢井
こんにちは!加筆修正部分を読ませて頂きました♪
今回の方が、ビリーとマーロウの長所と短所が見えて、またそれぞれの心の動きもありスムーズに読めました。またレオーネの只者ではない感じも出ていて良かったです。
では続きも期待しています♪
2009/03/10(Tue)18:49:470点羽堕
>羽堕様
いつもご感想とご指摘、ありがとうございます。即興で作った部分もあったのでおかしな部分はなかったかと不安に思っていましたが、そう言ってもらえて嬉しいです。
レオーネは比較的重要なポジションにいるキャラクターなので、そうした感じをこれからも維持できるよう努めてみます。
2009/03/10(Tue)23:21:440点木沢井
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 ジークがある意味で自分自身と自分の言動について自問自答する所は、ジークをより知る事ができて良かったと思います。
 これからミュレを救いに行く事になり、レオーネ達もいるし、どうなるか楽しみです。ハロルド
はヒラリーよりも性質が悪いなって感じました。ミュレやヒラリーの為と言いつつ、結局は自分の為なんだろうなと思える所が。キャラ的には別に嫌いではないんですけどね。
 あと‘利用すれどもも寄らず’も が多い?‘利用されれども寄らせず’れ が多い? あと「ミュレやあの男やに」は「ミュレやあの男に」かなと思います。
では続きも期待しています♪
2009/03/24(Tue)17:06:340点羽堕
>羽堕様
ご感想及びご指摘、いつもありがとうございます。後で調べてみましたが、文法的にはやはり間違っていましたので訂正しておきます。
ハロルドは自分のためなら平気でプライドとかを捨てられるタイプなんでしょうね。まあ元来、夫婦共々あくどいキャラクターに設定してあるので、そうした感想をいただけて光栄です。
個人的に一番面倒だった部分も無事(?)乗り越えられましたし、残る部分は比較的楽に話を進められそうです。

ところで、3/23の分まで読まれた方に質問なのですが、この時点で『ジーク』というキャラクターにどのような印象を抱かれているのか、教えてもらえないでしょうか?
2009/03/24(Tue)18:20:470点木沢井
こんにちは! 加筆分、読ませて頂きました♪
 ビリーって実力はあってもナルシストぽくて、ちょっと嫌な奴だなと思ってたのですが、今回の部分で、そこまでプライドの為に維持を張る奴だったのかと、格好良く見えてしまい好きになりました。レオーネの実力というよりは、そっちの方が印象に残ったかもです。
 一つ「言葉を失っていない者は」これは二つの意味でとれるので「言葉を失わずにいられる者は」とかハッキリ書いた方がいいと思います。
 ジークについては無理に人間らしい部分を排除しようとしてるように感じてたので、やっとほんの少し本当のジークという部分も見え隠れしてきて嬉しい感じです(子供時代・過去のジークも少ししか出てきていないので)。良いとか悪いではなくて今の所は感情移入して読むタイプの主人公ではないんだろうなと思います。ここから、また変わってくるのかなとも思いますが。
では続きも期待しています♪
2009/03/25(Wed)16:37:040点羽堕
>羽堕様
ご指摘ありがとうございます。早速直させていただきます。
ナルシストっぽいという評をいただいたように、ビリーにとって一番大事なものは、『自分こそがナンバーワンである』というプライドなんですね。独力で勝ち取ったものですし、そこだけはきっと譲れなかったのでしょう。ただのやられ役で終わらせるはずが、思いもよらない出世を遂げましたね。
慧眼が見抜かれたように、ジークは人間らしさを少しでも削ぎ落とそうとしています。なので本音を引っ張り出すのが難しい難しい……どうしてこんな主人公にしたのやらと、過去の自分に愚痴りたくもなります。しませんけれど。

質問にも答えていただきありがとうございました。次はユーレイ噺とあわせて更新したく思います。
2009/03/25(Wed)17:27:230点木沢井
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 カーロフを殺したのもミュレなんですよね? なんだかミュレという存在は凄まじいなぁと感じました。一瞬、首飾りじゃなくてカーロフの落とされた腕を持って「これカーロフ、の?」って言ってるのかと勘違いしてしまいました。
 てっきり捨てられるという行為にミュレは怒り? を感じて我を忘れるのかと思ってたのですが、自分に向けられる敵意に対して反応してるんだなと感じました。
では続きも期待しています♪
2009/04/02(Thu)17:28:040点羽堕
>羽堕様
ご感想ありがとうございます。ええ、“化け物”と呼ばれるくらいですからね。
落とされた腕、ですか……不謹慎かもしれませんが、そちらの方が面白かったかもしれませんね。
一応、次回から締めに向かいます。そんなミュレに救いはあるのか? レオーネがどう動くのか? そういえば山賊ってどうなったのか? その辺あたりにご注目下さい。
2009/04/02(Thu)18:37:260点木沢井
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 それぞれに動きがあり、もう衝突も寸前といった感じでワクワクしてきますね。どんな戦いが繰り広げられるのか楽しみです。
 それと今回、意外な程、頭の切れるアナバが面白かったです。中途半端に頭が切れる分、アナバの運命を考えると何だか可哀想になってきます。いや、もしかしたら大逆転があるかもですがw
では続きも期待しています♪
2009/04/04(Sat)10:35:230点羽堕
>羽堕様
ご感想ありがとうございます。そう思っていただけて光栄です。
アナバは頭脳と口先だけで生きてきてますからね、ある意味マーロウより大した奴ですよ。屑ですけど。そんなアナバですが、もう少しだけ見守ってあげてください。
下準備は大方整いました。後は本当の山場が一つ二つです。
2009/04/04(Sat)23:14:360点木沢井
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 三者三様といった感じで上手く話が回っていて良かったです。
 番号ごとに口調や性格の違いはあるなと思っていましたが、三番の特徴などより細かくあって、なるほどって感じました。
 動き出した街中で一番最初にジークと会ってしまうあたりアナバは、やっぱり可哀想だけど、しょーがない運命なんだろうなって、なんか納得してしまいましたw
では続きも期待しています♪
2009/04/29(Wed)10:54:280点羽堕
>羽堕様
ご感想ありがとうございます。それぞれの動きには頭を痛めましたので、そう仰っていただけて嬉しく思います。
少しだけ明かしますと、番号は二番から七番までありまして、その中で三番が「確率的に一番低い可能性を一番高い可能性として扱う」役目を主に担っています。多角的な視点と思考を獲得するにあたり、やはり微妙に個性というか、特性のようなものは持たせてあります。
本当のことを言いますと、アナバ主体の場面はもう少しだけ引っ張ろうかなと思っていたんですが、直感に従ってジークと遭遇させてみました。さあ、彼の行く末やいかに? などと書いている本人が一番楽しんでしまった場面だったので、少しほっとしています。
最近浮かんだ疑問なのですが、この作品は「ファンタジー」のみとなっていますが、他に何かジャンルを付け加えるとしたら何でしょうねぇ?
2009/05/01(Fri)00:07:300点木沢井
 こんばんは、木沢井様。上野文です。
 御作を読みました。
 ジャジャーン! げっ、関羽!?
 失礼しました。なんとかゆうか、引きの部分が横山三国志の場面を彷彿とさせられて。
 今回、最初から読み直してみたのですが、敵役組織の事情が丁寧に綴られていて、はっとさせられるところがありました。ビリー、アナバ、マーロウ、それぞれがそれぞれの思惑で動いていて、彼らの行動が、こう、とても面白いです。
 「ファンタジー」以外にジャンルつけるなら、「アクション」が無難ではないでしょうか。

 あと、ひとつだけ。
 作品が300ページを超えると、ログが不安定になるそうです。
 紅堂さんから「分割して欲しい」という申し出を受けた投稿者さんがいましたので、どうか考慮してください。
 続きを楽しみにしています。
2009/05/02(Sat)19:57:350点上野文
>上野文様
 ご感想およびご指摘ありがとうございます。 書いた本人が言うのもなんですが、よく最初から読み直されましたね。いや、大変嬉しい話ですが。ジークが関羽と被るか否かはさておき、たしかにアナバに「げぇ!?」とかいう台詞は、悲しいかな似合ってしまうんですよね。
 何せ主人公とヒロインが無愛想で隙がないものですから、そうなってくると脇役とか敵役だとかで遊ぶしかなくなってくるんですよ。御者にしても然り、ビリーやマーロウにしても然り。あと、三国志つながりでの余談ですが、上野文様が仰る「それぞれがそれぞれの思惑で動いていて」という部分、そこは北方謙三氏の三国志を(語るのもおこがましい話ではありますが)意識してみたりしています。あれだけ魅力のある人物を幾つも描き表せるのだから凄まじい話ですよ、ええ……。
 ううむ、やはりページ数が多過ぎて問題になりましたか。近日『上・下』とでも分けておきます。
 ジャンルに関してのアドバイスもありがとうございます。次回からは、その銘に恥じぬ展開を巻き起こす予定でございます。
2009/05/02(Sat)23:13:350点木沢井
昨日は、私の作品にコメントいただきありがとうございました。
貴作をここまで読み終わりました。後半も、近々読ませていただきたいと思います。
段々、ジークが人間らしくなってきて、嬉しいです。
ミュレは……、そうですね、以前読んだ、「暗行御史」という漫画に出てくる春香というキャラクターをちょっと思い出しました。でもそれよりも、もっと不思議ちゃんですね。
うーん、続きが楽しみです。
文体は、会話の部分が、ちょっと迂遠かな、と思いましたが、そのほかは、引っかかりがなくて、読みやすいと思いました。
それと、私は固有名詞を考えつくのが苦手なので、その点、木沢井様の才能がうらやましいです。
では、後半も読みましたら、感想をコメントします。
2009/05/24(Sun)10:40:160点千尋
>千尋様
 こちらでは、はじめましてですね。ご感想ありがとうございます。
 ミュレは色んな意味で不思議ですからね。時々私やジークも困惑することもしばしばです。「暗行御史」、ですか。名前は存じていますが、読んでみたことはありませんので、近々当たってみようかと思います。
 固有名詞は語感から考える時と、地図帳や人名事典などと睨めっこしながら考える時の二通りがあります。どちらかというと後者が多いので、たぶん才能ではないと思います。
 会話については、もう少し砕けた感じを心がけていきたく思います。ご指摘ありがとうございます。
2009/05/24(Sun)18:10:570点木沢井
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