- 『底辺』 作者:shun / ショート*2 リアル・現代
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原稿用紙約9.5枚
高校生の「私」がテストの点に悩み、ある方法で成績をアップしてハブられます。
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たとえば成績が底辺だったとして、君はそれにどんな想いを抱くだろう。
基本的には悔しいとか悲しいとか、嫌なことにつきものの負の感情が湧き上がってくるだろう。
確かにテストで赤点を取って喜ぶ人はいない。誰だっていい成績を取りたいはずだ。
でも、底辺がなければ頂点も生まれない。
そのもののランクを表す図形には必ず底辺が存在するし、三角形だったりひし形だったりはするけれど、一番下に誰かがいるのは決まったことだ。
塾の模試でも成績最下位は存在するし、百人がテストを受ければ百位の人が必ずいる。
そんな訳で、今回の私のテストは赤点だった。
普段より調子が悪かったこともある。勉強していないと言い訳することも出来る。
だが、言い訳して点数が変わるはずもなく、私には溜息を吐きながら答案を見直すことしか出来なかった。
「どうしたのー?」
友人が親しげに話しかけてきて、答案を見た。
右手に持った自分の用紙と見比べながら「あれ? あんまり良くないね」と言った。
「まあ普段は出来てるんだし、気にすることないんじゃない?」とも言った。
その時に友人の答案の点数を盗み見た自分が、後になってたまらなく嫌いになった。
私の点数と然程の差はなかったが、私の方が点数は高かった。
それだけで。
たったそれだけの事で優越感を得ようとする自分が嫌いで、その程度の事にしか固執できない情けない奴に思えてきた。
普段なら出る筈の部活動も休んで、一人誰もいない家の中で座っていた。
あんな点数の悪いテストを親に見せるつもりはなかったので、テスト自体は燃やして捨てた。
だが、テストの点を見たときの悔しさと、友人に対して優越感を抱いたことが、私の精神を苛み続けていて、それっぽっちのことで? と驚かれそうなくらいずっと考え続けていた。
そもそも私は勉強が好きではない。学校も友人と会話するためのものと捉えているし、本業であるはずの学業はオマケでしかない。
そう考えているくせに、テストや授業で成果が出ないと悔しがる。
悔しがるくせに、勉強したり苦労することが嫌いで。
苦労したくないから自分より下の対象に対して優越感を持つ。
まさに底辺だった。学校なんて行っても仕方ないとさえ思った。
そんな頃だった。
パソコンでネットを回っていたら、謎のサイトを見つけた。
検索キーワードは「成績アップ」のみ。それなのに、バグだろうか、サイト名が三行にも四行にもなっているサイトがあった。
親のパソコンでウィルス感染なんてシャレにもならない。そう思ってはいたのだが、その下のサイトを開こうとしたときに手を滑らせてしまった。
「あっ!」
私が声を上げたときには、既にそのサイトが画面に表示されていた。
怪しいタイトルの割にはつくりがシンプルで、一番上に「成績アップ法――おみくじを引いてください――」と黒文字で大きく記されている。
その下には「成績が上がる代わりに、大切なものを失うかもしれません」と書いてあったが、ネットには良くある脅し文句だろうと思う。
この「おみくじ」というのは恐らく、真ん中のボタンなのだろうと思った。何も書いてはいなかったが、それしか表示されていなかったので押した。
数瞬の間を置いて、おみくじの結果が表示された。
『明日のテストでは教科書の五十三ページを』
たったそれだけの一文だったので、溜息より先に笑いが出た。
それで点数が上がれば、それは恐ろしい魔力だろうが、そんなものは存在しない。第一指定されたプログラムの中でどうして占いが出来るのだろうか。
哂ってしまい、その時はあてにもしなかったが、一つだけ気になることがあった。
明日はテストがある。それは確かなのだ。
念のために教科書を確認すると、確かに五十三ページは範囲に入っている。
「まさか……ね」
普段から勉強したことのない私は、その嘘のような文章を信じて、ほんの少しだけ勉強した。
そして翌日のテストでは、
「ねえ、出来映えどうだった?」
「かなり良かったよ」
私がそう答えると、友人は驚いたようだった。
「うそ!」
「勉強したところのヤマが当たったから、絶好調だった」
そう……確かに勉強した範囲は間違っていなかった。五十三ページの英単語はテストでの要であり、それを勉強した私にとって高得点は約束されたようなものだった。
そして思い起こされるはおみくじの奇跡。
友人にも教えようと思ったが、大分前にパソコンを壊したと言っていたから、意味がないと思ったし、結局伝えてはいない。
家に帰ってパソコンを起動する。昨日と全く同じ検索ワードで探すが、どこまで見ても見つからない。私は冗談だと哂ってお気に入りに入れなかった自分を悔やんだ。
だが、それを詮無い事だと諦められるほど私はドライではなかった。履歴からサイトを一つずつ確認していき、ようやく見つけたときにはもう陽は暮れていた。
昨日見たときと全く同じシンプルなレイアウトに、私は心が救われた気持ちがした。早速おみくじを引く。
『明日の授業は無意味なもの故寝るも吉』
おみくじらしい古風な言い回しだ。さすがに授業中に寝ることはしないが、明日の授業は右から左に聞き流していくことにしよう。
そう考えながら私はそのサイトをお気に入りに追加した。タイトルは「底辺」とする。底辺から抜け出したくてこのサイトを開いた自分にはピッタリの題名だと思った。
それから二ヶ月。
私の成績は家のローンもびっくりの右肩上がりに上昇していった。それは常におみくじが勉強するべきことを指示してくれたことと、私がそれに従って理解するまで勉強したことにある。
おみくじは返ってくるテストの点までピタリと言い当て、稀にカンニングすれすれに問題まで全て書いてあったこともある。
そんなこともあってか、私はもうそれ無しでは生活していけないようになっていた。
そして。
私と友人たちとの関係は次第にギクシャクし始めていた。
原因は私の成績。それほど頭が良くなかった私が急に優等生になったのが気に入らないらしく、みんなで私を遠慮がちに避けていた。
そんな中では、あのキッカケともなるテストの日に会話した友人は、私と友好的だった。まだ一緒に話す数少ない友人である。
だから、私はまだ何も失ってはいないと勘違いしていた。たまにあのサイトの黒文字の注意書きに目を奪われることもあるが、まだ自分には友達がいて、幸せなんだと思い、言い聞かせていた。
だから、その日引いたおみくじを見て私は愕然としたのだ。
『あなたはもう大切なものを全て失っています。明日のテストを自力で受けてみれば如何なる意味か分かります』
結果から言うと、そのテストはボロボロだった。
あの日のように赤点をとり、落ち込んで自分の机に座り続けるが、あの日とは違うものを確かに感じ取った。
周りから感じられる視線。中傷と笑い声。
点が取れる人間が堕ちた事を嘲笑う声が、昔の友人たちから発されていた。
そんな中途半端な地獄に身を委ねていると、あの友人がやって来た。
「どうしたのー?」
友人が親しげに話しかけてきて、答案を見た。
右手に持った自分の用紙と見比べながら「あれ? あんまり良くないね」と言った。
「まあ普段は出来てるんだし、気にすることないんじゃない?」とも言った。
そして私は見た。
あの日私が浮かべたような優越感溢れる笑顔が、彼女の顔いっぱいに浮かび上がった瞬間を。
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2009/01/18(Sun)15:49:32 公開 / shun
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■作者からのメッセージ
どうも、この度は初投稿となります。shunと申します。
今回の作品は短い作品で、書きたいことを詰め込んだらこうなりました。
なんていうか、ちょっとダークだけど実際にあることと言うか……。
尚、この小説に登場するサイトなどは実際には存在しません。期待して検索しないようにお願いします。
それでは、気になりました点ありましたらアドバイスお願い致します。