- 『雪乃さんのバレンタイン(前編)』 作者:鋏屋 / リアル・現代 異世界
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全角4750文字
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原稿用紙約14.75枚
この物語は『セラフィンゲイン』のサイドストーリーです。本編を読んでない方にでも読めるように書いたつもりですが、用語とかは判らないかもしれません。出来れば本編のあらずじや登場人物辺りをさらりと一読していただけると助かります。
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雪乃さんのバレンタイン(前編)
前衛の黒衣の剣士の太刀が龍族特有の堅い表皮に弾かれた瞬間、巨体に似合わない俊敏さで大きな前足を振るう。
弾かれた太刀を流すように側面に構え直し、体をひねって直撃を免れた黒衣の剣士だったが、さすがに体長15mのセラフの一撃を全て受けきることは叶わず、ヒットした衝撃で吹っ飛ばされた。
「シャドウ―――っ!!」
後方で構えていた白衣の女はそう叫び、直ぐさま呪文詠唱に入る。
『しまったっ! 私のミスだ。タイミングを見誤った―――!』
そう心の中で毒づきながらも凄まじいスピードで呪文を詠唱し、最後の発動条件である呪文名を叫ぶ。
「メテオバースト――――!!」
高々とワンドを掲げると同時に、正面で自分たちを睥睨するセラフの頭上に火球が出現する。直径3mほどの球体の中は、この世に存在する全ての物を燃やし、溶解し、蒸発させる灼熱の地獄の業火。凄まじい高温のせいか、周囲には陽炎のように空気が揺らいで見える。
その膨大な炎エネルギーを凝縮した弾が、次の瞬間、対象物の努吼とともに逆落としに降りかかった。
閃光と衝撃、爆音と熱風。瞬時に超高熱にさらされた空気が、爆発的に膨張し周囲に大きな渦を作り、同時に肺まで焦がしそうな熱風が辺りを席巻する。
爆炎系、または燃焼系に大別される魔法では最高位の呪文『メテオバースト』
レベル30を超える魔導士の特権とも言えるそれを、平然と唱える白銀の魔女。
少し大きめの瞳には、知性の色をたたえ、されどその顔立ちは『美人』と言うよりまさに『美少女』と評した方がふさわしい表現だろう。
幼さを残した愛くるしい表情とは裏腹に、その少女はこの世界では最大級の『暴力』を振るった。
灼熱の業火は爆心地に大きなクレーターを残し、出現した時と同じように速やかにその勢いを失っていき、しばらくして消滅した。中心にいたであろうセラフは影も形もない。 少女はそれを確認するよりも早く、先ほどとばされた黒衣の剣士の方に走り出した。しばらくして、大きな岩の影で蹲る彼を発見すると、さらに急いで駆け寄る。
「シャドウ! 大丈夫っ!!」
蹲る彼の傍らに跪き、そう必死に呼びかける。
「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと間抜けな避け方をしただけだ……」
彼はそう言いながら上半身を起こして少女に笑いかけた。その彼の反応に安堵し、少女は深い息を吐いた。
日頃彼女の通り名である絶対零度の魔女『プラチナスノー』からは、ちょっと想像できない仕草だった。
「ごめんなさいシャドウ。タイミングを見誤ったわ。魔法を行使するのが遅すぎた……」
そう謝罪しながら、スノーはシャドウに右手を差し出した。
「いや、アンタのせいじゃないさ。結果的にスノーのおかげで俺はこうしてデッドしなかったんだしな……」
そう言ってシャドウはスノーの右手を掴み、起きあがろうとした。
その時、少しバランスを崩したのかヨロッと足がもつれ、シャドウはスノーにもたれ掛かった。
『えっ? えっ?? ええっ!?』
いきなりの状況にスノーは慌てた。さらにシャドウはダメージが残っているのか、自分に体を預けてくるので、それを支えようとするスノーは丁度シャドウと抱き合うような格好になってしまい、ますます動揺する。そして耳元に近づいたシャドウの口から、さらにそれを加速させる言葉が……
「いつも助けてくれて、感謝しているよ、スノー……」
その言葉と同時に、背中に回ったシャドウの腕に力が入った。
「俺はスノー……いや、雪乃の事が……好きなんだ……愛してる」
『あ、あ、あ、あの……コレって……告白―――――!?』
高鳴りすぎる鼓動で心臓が口から飛び出そうなほどだ。頭の中が真っ白になっていくのとは反対に、その自分の鼓動が相手に悟られるんじゃないかと、そういうところだけ妙に冷静に考えている自分がいた。
「あ、あ、あの、シャ、シャドウ……そんなこと言われてもっ……ほ、ほら、み、みんな見てるし―――」
と言いながら周囲を伺うが、さっきまで一緒に戦っていたメンバーの姿がない。この状況が全く理解できないスノーは混乱する頭で状況を整理する。
『一体どうなってるの? さっきまで戦っていたはずなのに……いきなりこんな場所で告白されるなんて! ―――でもコレってチャンスかも……』
恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちの狭間でオーバーロードしかける頭の中には、自分の都合のいい妄想しか浮かんでこなかった。そしてつい言葉に出た本音。
「あ、で、でもララ―――マリアさんが……」
自分とは正反対の破天荒な女性が脳裏をよぎる。彼の傍らにいつもいる女性には、自分は絶対勝てない気がする。彼はいつも『虐げられている』と言っていたが、端から見た2人は他の人が入り込めない何かがあるように思えてならない。
「マリアは関係ないよ、俺は雪乃が好きなんだ……」
その言葉にスノーは天にも昇るような気持ちになり、自然にシャドウの背中に回した手に力が入った。
「わ、私も、シャドウ……いえ、カゲチカ君のことが……」
スノーは自分の気持ちを伝えるべく、一世一代の勇気を振り絞る。
『言うのよ、雪乃っ! セラフィンゲインは平等に勇気が試される場所でしょっ!……ちょっと違う勇気だけど……』
「好き―――――」
「雪乃様、お目覚め下さい」
あれ? この声は――――?
「雪乃様、起きてください、雪乃様!」
「……美由紀さん?」
そう言って雪乃はベッドから上体を起こした。
「まだ夢の中でございますか? 雪乃様」
そう言いながら雪乃専属の世話役兼お部屋係の美由紀はクスリと微笑み、ベッド脇のカーテンをあけた。
「ロマンティックな夢だったんですか?」
カーテンをフサ掛けにまとめながらそう聞く美由紀の言葉にびっくりする雪乃。
「み、美由紀さん? 私寝てる時に、なにかその……」
恐る恐る聞く雪乃に美由紀はニッコリと微笑みながらこう答えた。
「ええ、お布団をこうぎゅーっと抱きしめて『好きーっ!』って……雪乃様にもそう言える方が現れたのですねぇ……もしかして、前にお屋敷にいらしたあの方ですか?」
その美由紀の言葉に雪乃は耳まで真っ赤にして俯いた。
さ、最悪だわ……
「あ、あの美由紀さん。このことは秘密に……くれぐれも、その、在志野さんには……」
「はいはい、言わないでおきましょう。さあ、早くしないと講義に遅れますよ。お召し物は用意しておきますので、お顔を洗ってきてください」
そう言って美由紀は部屋を後にした。
「はぁ……それにしてもリアルな夢だったなぁ」
夢の内容を思い出すと、また鼓動が高鳴ってくるのを感じて布団に顔を押しつけた。
「欲求不満なのかな……私……」
そう呟きながら、雪乃は枕元にある杖を持ってゆっくりとベッドを降りた。
昨日見た夢のせいで、午前中の講義もいまいち集中力が欠けてしまう雪乃だった。
「どうしたの雪乃? なんか今日は『心此処にあらず』って感じじゃない?」
午前中の講義が終わり、学食で昼食を取っているときに同じ学部の同級生、北野森のりすがそう声を掛けてきた。のりすは雪乃が入学してから知り合った友達で、何かと目の不自由な雪乃を気に掛けてくれる親友だった。
「ちょっと夢見が悪くて……」
いや、むしろ良すぎたと言った方が……
「へ〜、夢ねぇ……」
そう呟きながら、のりすはナポリタンを口に運んだ。
「よっぽどの夢だったんだね。雪乃がお弁当忘れちゃうぐらいだったんだもの。どんな夢だったの?」
のりすの言葉にスペシャルオムライスを運ぶ手を止めた。思い出してしまうと、また鼓動が高鳴り顔が熱くなる感じがした。
「ちょっと言えないの」
そう答えるのが精一杯だった。そんな雪乃の変化にピンときたのりすはすかさずツッコミを入れる。
「……さては男ね」
「いや、で、でもアレは夢だし、彼があんなこと言うわけないし……」
その雪乃の反応に、のりすはにんまりする。
「やっぱりなぁ、雪乃わっかりやすいなぁ〜」
のりすの言葉に雪乃は自分がカマを掛けられ、見事に引っかかった事をさとった。
や、やられた……
いつもの自分なら、こんな誘導尋問めいた言葉に引っかかるわけはないのだが、どういう訳か今日は物の見事に引っかかってしまった。やはり夢の影響が出ているようだ。
「ねえねえ、誰々? 私の知っている人? その人イケメン? つっても見えないから判らないか……この大学の人? もう告白したの?」
のりすの『告白』という言葉に反応して、さらに鼓動が早くなる。
「そんな告白なんて絶対無理っ! 第一私なんて彼は興味ないかもしれないし……きっとただのチームメイトとしか見てないだろうし……」
「チーム? 雪乃、なんかサークルでも入ってたっけ?」
まずいっ! 体感ゲームのチームだなんて、のりすには言えないよ〜
「あ、い、いや、個人的にやってる、お、楽器関係でちょっと……」
「ふ〜ん、雪乃楽器なんかやってるんだ。何やってるの?」
ヤバイ、ヤバイよ〜、とっさに出ちゃった。楽器!? 何言ってるのよ私は!?
「わ、私は、キ、キーボードよ。そ、そう、キーボードを担当しているの。ほ、ほら、目が見えなくても鍵盤に印付ければ弾けるし……」
ゴメンナサ―――イっ! 『猫踏んじゃった』しか弾けませ〜んっ!!
「あ、そっか。じゃあ、その彼は?」
ええっ!? カゲチカ君!? カゲチカ君が楽器!? だ、ダメだ、カゲチカ君が楽器を弾いている姿を想像できないよ〜
「か、彼は……ギター……そ、そう、ギターを、ひ、引いているのよ」
バカバカ私のバカ――――っ!!
あ、あり得ない……カゲチカ君がギター……今ちょと想像しただけでも右手に安綱握ってるし……
「へ〜、格好いいじゃない。会いたいわ〜」
神様っ! 今日だけはカゲチカ君が学食に現れません様に……
しかし、そんな雪乃の願いは甲高い自分を呼ぶ声に消し飛んでいったのだった。
「あれ〜? 雪乃じゃない」
ああぁ! あの声はマリアさんだぁ……彼女がいるって事はやっぱり……
「カゲチカー、雪乃がいたよ〜っ!」
マ、マリアさん、よ、呼ばなくて良いから……
「あ、あれってマリアさんじゃない? 雪乃知り合いなの?」
と、のりすが雪乃が聞いてくる。
「えっ? マリアさん知ってるの?」
「知ってるも何も、この大学のミスコン2年連続ダントツ優勝の人でしょ。でもそれを全く鼻に掛けずに我が道を行くっていうあのスタイルに女生徒の大半があこがれているのよ。今じゃ隠れファンクラブもあるのよ」
知らなかった……
確かにセラフィンゲインでもあの容姿だし、リアルでも相当綺麗なんだろうと思っていたけど、そんなオプションまで付いていたなんてっ!?
「もしかして彼女もその音楽活動に参加しているメンバーな訳?」
「え、ええ、まあ似たような物かと……」
ダメだ、もはや収拾つかない所まで来ている気がする……
そこに、今の雪乃が今一番聞きたくない声が掛かった。
「ゆ、ゆ、雪乃さん。ま、ま、また学食で、で、デスカ?」
カゲチカ君――――!! ああ、なんてタイミングの悪い……
しかもあの夢のせいで妙に意識してしまい、声を聞いた瞬間、またあの不可解な鼓動の高鳴りが復活してきてしまった。急速に顔全体が熱くなっていく。
ヤバイよぉーっ、顔が見れないよ―――っ!! 実際には見えてないんですけど―――っ!
もはや後戻りの出来ないところまで来ている雪乃の心情をあざ笑うかのごとく、何も知らないマリアと智哉は雪乃達のテーブルへとのんきに歩み寄ってくるのであった。
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2008/12/22(Mon)19:00:33 公開 / 鋏屋
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■作者からのメッセージ
読んで下さってありがとうございます。
この物語は『セラフィンゲイン』の白銀の魔女こと『プラチナスノー』世羅浜雪乃のサイドストーリーです。本編の雪乃のイメージとは少々異なっておりますが、本編がシリアスムードに染まりつつあるので、ラブコメ色を出したくて創ってみました。
つーか、突然書きたくなってしまいました。
雪乃が智哉に好意を寄せるというのははなから考えていたのですが、恐らく本編ではさわり程度にしか出てこないでしょうし……
作者である私の暴走と思い軽くスルーしてください(笑
出てくるキャラは本編と被りますが、本編には出てこないキャラも出てきます。普段冷静沈着な彼女ですが、普段は普通の女の子という所を伝えたくて書いてみました。その辺りのギャップを楽しんでいただけると幸いです。
ホントは季節柄『雪乃さんのクリスマス』にしようかとおもっていたのですが、どうやら間に合いそうにありません。彼女にとってハッピーになるのか、それとも最悪になるのか……こうご期待です。
鋏屋でした。