- 『鬼灯堂』 作者:hige / リアル・現代 ミステリ
-
全角6336文字
容量12672 bytes
原稿用紙約19.15枚
謎の本屋「鬼灯堂」が学校で噂になっている。なんでも、その本屋に行くと、願いが叶うらしい……
-
目次
第一話 鬼灯堂
第二話 経験の値
第三話 猿の手
第四話 パイクロフトの真実
第五話 こっくりさん
第六話
第一話 鬼灯堂
■―――文章に顕著に現れる他著者の影響。よってその傾向は物語の未来を読むのに重要な意味を持つ。―――■
ねぇねぇ、知ってる?
ほら、あの古本屋の本を手に入れると願いが叶うんだって。……ん?どこの話かって
鬼灯堂の話よ。
ほら、何時も閉まってる、あの街角のさ。……え?知らない?夕方になるとたまに開いているらしい。でね?
幸せにはなりにくいの……
―――そんな、件だった。
高校生というのは常に刺激に貪欲だ。どんなに下らない事でも、噂はすぐに広るようにできている。
何をやっても不完全燃焼、そんなお年頃。だからこそ少しでも面白い匂いがするとソレを逃すまいと過剰に飛びついてしまうのだ。
でも、それもだからこそその話題のあり方はかけ流し。熱しやすく、また冷めやすく、忙しなく新しい熱(わだい)が流れては消えてゆく。きっと早送りされる青春を高校生は一倍速で過ごしているに違いない。……だから、そんな中でも根強く留まり続けるこの話題はとても異色だった。
「鬼灯堂」
いつも閉まっている街角の古本屋、なんでもソコに行くと願いが叶う本が置いてあるらしい。ただし幸せになりにくい、そんな話。
怪談というには緩過ぎ、夢というには少し現実寄りに重すぎた。どのような偶然か、そんな適度な固さと重さを兼ねて備えたこの話題、どうやら本気になる生徒が現れ始める。
なるほど信じてしまうほどの絶妙な均整である。望みと現実が程よく混ざったそれは、私達高校生の大好物だったのだ。しかもこの街の古本屋というところ、巧妙に噂が半分現実として食い込んでいる。なんとも性質が悪い話である。
しかし、なるほど。私も信じているわけではないがわくわくする。
そう、高校1年の女子、八代美奈(やしろ みな)は心の中で微笑んだ。
八代美奈―――彼女は高校生になってからカラオケやボーリングといったところに行った事がない。興味がないわけではない。純粋に、ただ行く機会がないのだ。
別に彼女の自己主張が弱いわけではない、むしろ強烈だ、彼女と親しい友人達は言うだろう。八代自身、変人と呼ばれても強く否定できないほどの濃厚さは持っていると自覚していた。
だが、彼女は少し人見知りである。そう、それもまた八代自身も自覚していることだった。だから友達を作るのが遅かったのだ。
そう、ただ友達を作るのが遅いだけ。遅いといってもそれは他と比べてみても3日4日といった僅かな差でしかない。別に生きていく上ではまったく問題はない。そこまで急ぐ必要もないだろう。いままで小学校、中学校とやれてきたのだから。そう、八代は思い、特に慌てることはなかった。
……だが、誤算。
高校生。彼女達は異常にスムーズに流れる。八代という少女は、何かに急かされるように集まり、それだけでなく急速に固まってゆく女子校生のコミュニティーに入りそこねてしまったのだ。
まるで瞬間接着剤である。思っている以上に彼女達は強固に、粘着的に繋がり、隙間を塞いでいた。
みんな早送りされる人生を上手く立ち回るものだ、と八代は感心した。高校生は、どこうにも当てはまらない変なトコだ。恐らく、人生の中で一番。そのとき、そう八代は肌で感じていた。
幸い八代は内弁慶と言うだけで付き合いが苦手なわけではない。遅れながらも数人の友達は出来た。ただグループに入り損ねてしまったので、八代は昼休みの昼食の時などに一人でいることが多かった。
そして今は昼休み、いつもならば一人で昼食をとっているころである。
しかし珍しいことに今日は八代の隣に女子がいた。
「で、八代はどう思う?この噂」
机を挟んで正面にいる少女は、そう、話を続ける。先ほどからその今話題の「鬼灯堂」の話をしていた少女。
整った顔立ちに、眉の上と腰の中ほどでぴちりと一直線に切りそろえられた長髪。こんな髪型、そんなもの姿が美しく出来ているから許されるのだ、と八代は思った。
性別問わず誘惑されるような現実味の無い蟲惑な色香を纏っている。着物を着せたらさぞ似合うことだろう。
名前は瓦藍(かわらあい)と言う。八代の数少ない親友だった。
「いや、面白いし、夢があっていいんじゃないの?」
「だから、夢とかじゃなくて絶対に本当なんだってばぁ。もう、なんで信じないのよぉ」
そしてこの瓦藍という少女もまた、この噂を本当に信じている生徒の一人だった。だが、それもしょうがないことだと八代は思う。もともと小学生の頃こっくりさんに取り付かれたのだと真面目に話す、少々変わった子であった。
「あはは、分ったってば。でもさ、なんで望みが叶うのに幸せになりにくいの?」
その八代の質問に藍は少し困った顔をする。なんだか、一つ一つの表情にやはり色気がある。喋り方さえも含めて恐ろしいほど完璧で魅惑的なのだ。その気のない八代でさえ油断すると新境地に足を踏み入れそうになる。そんな話題とは関係ないことを八代は思った。
「あれじゃない?多分副作用みたいな。人を呪わば穴二つとかさぁ」
「それじゃ意味がないでしょうよ、折角100万円手に入れたのに、そのために100万円を払うなんて馬鹿馬鹿しい」
そのお金以上の価値があるからお金を払うのだ。等価交換、±0は意味がないではないか、そんな理窟。理系選択の八代はやはり面倒くさい性格をしていた。
その答えに「う〜、この屁理屈女ぁ、うんこうんこぉ」、と藍は矢代に気付かれない程度にぼやいく。姿形と比較し、素晴らしいほどのギャップである。男子の幻想を打ち砕くかのような呟きであった。
「う〜……でも違くないよ。古本屋はあるし。絶対願いが叶う本はあるんだよぉ」
なんだそれは。と八代は思った。でも、口に出して否定なんてしない。別に、あってもいい。そう、彼女も思うからだ。だが、悲しいことに八代は現実寄りの人物だった。心から信じ込めるほどロマンチストにはなれないのである。
別に彼女自身、UFOやら幽霊やらを否定するほどではない。だから、いつも思うのは一言。あったら、いいじゃない。小学生ならば生意気発言、だが高校になれば立派な一つの人格。
素晴らしい。順調に捻くれ、卑屈に育ってゆく自分を八代は自覚した。
「じゃあ、藍だったらなにを願うの?」
「お金」と間髪入れず藍。その即答に八代はすこし怪訝な顔をする。キャラと台詞が一致しなかったからである。
「夢がないわね」
「じゃぁ、八代は?」
その答えを、八代は少し考える。そして一言
「……お金、かな?」
やっぱりそれしかないのか。と八代は落ち込んだ。こんなことでは夢見る乙女なんてものには一生縁がないだろうかと本気で悩む。
「乙女ならここで白馬の王子様とか答えるのかしらね……」
「夢見すぎだよぉ、それただの気持ち悪い子。現実見なきゃ」
キャラクターに合わない発言だと思いながらも、その通りだ、と八代は少し笑う。
「そういえば藍、乙女になるためには三つの条件があるとかいってなかったっけ」
「ドジ属性、周りの友達が不細工、処女」
辛辣で毒舌だ、と八代は中ほど爆笑する。藍との会話は、外向けに演出しているのではないかと思うほど角ばっていて、内容が薄く激しい。きっと彼女は頭がいいのだ。八代はそんな藍との本音の見えない会話が大好きだった。
「そういえばさぁ、最近学校に来ない人、いるよね」
「誰?それ」
「上の階のB組の先輩だよ。名前なんていったかなぁ……そうそう、岬先輩だ。私は思うのだよ、彼はきっと鬼灯堂と関係があるの」
「ああ」
聞いたことがあるな、と八代は喋りながら誰だっただろう、と検索を掛ける。
「岬先輩ってあの茶髪で不良の?絶対サボりでしょ」
そう、たしかそんな人だった。解像度の悪い顔が朧気に再生される。印象の薄い中肉中背、唯一髪の毛を茶色に染めていたという一部が強調して思い出される。
「あ、この人冷たっ。人間じゃないよ。心配とかないのかなぁ……今どきグレて学校サボるなんてそんなノスタルジックよろしくな人間いないよ?」
「ノスタルジックて……高校サボる人間なんて今でもいるでしょうが」
「それは気持ち悪いオタクか苛められっ子」
そっちの方がよっぽど酷い発言だ、と八代は思った。
「岬先輩はね、きっと鬼灯堂にたどり着いたのだよぅ。そして先輩は願いを叶えると同時に帰らぬ人と……」
「あんたの脳内どんなファンタジー?」
「夢見る乙女ファンタジー」そう、真顔で答えた。
さすがに耐えられなくなって八代は爆笑する。
「メルヘン大好きよね、あんたって。実は脳味噌の代りにお菓子でも詰まってるんじゃないの?ミルクチョコレートとか」
「いまさら何をいってるのよぅ。はぁ。現実大好き人間の八代ちゃんにファンタジーの良さが分るわけなかったなぁ……」
「何処が面白いのよ?」
「もう、夢見る主人公が良いんだよぅ……なんか程よくムカつけて。読んでいるとなんか変な中毒性があるの」
その楽しみ方はなんかとてもファンタジーに失礼だ。と、八代は思ったが、あまり意味がないので口には出さない。
考え方が、なんとなく深いところで藍と私は似ているのかも知れない、と八代は思う。
ファンタジーと言えば奇跡。ヒロインが主人公のキスで目覚めるシーンはお約束であった。その王道は、姿を変えつつも今のファンタジーに、主軸に据えはしないけれどもエッセンスとして香りを強く残している。
そして、「いつから私は奇跡を望まなくなったのだろう」。なぜかそんな哲学を八代は思った。サンタクロースはいない、神様さえ私個人を助ける為に現れない。
告白すると、高校生になってから八代は子供の頃の真直な自分に憧れていた。
物事の裏を読み取るようになるのは12歳。そのうち、裏こそが本質であることを知る。裏、裏、逆説で球体を作ることでしかその物事の批判を消し本質を伝えられない。逆ベクトルに意味がバランスをとり打ち消され合い、方向性と力を失い残る0。よって、自身が確固たる意思を持っているのなら、裏など見てはいけないのだ。
それでも……物事には全て裏がある。
―――それじゃあ、願いが叶うということ。その裏に隠されるもの……それは、なんだ?
「………」
「お〜い」
その声に八代はハッとした。目の前にはなにやらニヤニヤした友人の姿がある。
いけない、と思った。よくあることなのである。そういう性格なのか、思考がよく飛び火して広がって収集がつかなくなる。このまま行くと、将来自分は哲学者になってしまうのではないだろうか。と八代は思った。
「ファンタシィ八代」
むかつくあだ名を付けられた。
E■E
ソフトを起動する…(介入)…方向性を決める…(意思)…読者限定…(閲覧可能)。自分自身の行動を規制する。しかし介入はする。出来る限り方向性を修正する。(Enter)
願いを叶えるわけではない
願いを叶えるわけではない
願いを叶えるわけではない
ならば何をする。
三度度答え、一度問われる。その前回の三度の問い、願いを叶えろというものか。
願いを叶える依り代は過去より数多ある。
「変身物語」然り「千一夜物語」然り「イソップ寓話集」然りよって数多。
数多の本、本、本。本に願いは誠寿する。
中に誠寿し可能。
ならばならばならば。―――ここにある願いの叶う店、ソレは何だ?
その答えは簡潔にして至純な滑稽譚。
よって店主は答えなかった。
E■E
人の噂も七十五日という。しかしこの高校生において始終五日といったほうがしっくりくるだろう。終わりから始めへと次のサイクルへ移行する五日間。形あるものは崩れる。怠惰だが忙しく流れる。地球が崩壊し始めているのに、のんびりと談笑するぐらいのことは成し遂げるのではないだろうか。この高校生と言うコミュニティー。
実際のところ「鬼灯堂」の噂は長持ちした方だ。
だが、噂は噂。話題である。実体験であったはずの戦争だって忘れ去れるのに、ただの噂話が残るものか。嘆かわしい。
ああ真実の到来、本々現実に起こる怪奇というものは架空の物語と感覚的にそう変わりない。現実感が希薄で真実味がないものなのだ。
つまり瓦藍はしっていた。現実に在る怪奇。例えば「こっくりさん」というものが現実に存在することを―――
八代美奈は信じなかったが、確かに存在するのだ。
超常、非常、異常。あったらいいな、があってしまう。瓦藍にとってもはや「鬼灯堂」の噂は事実以外のなにものでもなかったのだ。
瓦藍が断言する理由は単純である。
例えば、とある回想に飛ぶ。
古書、古書、古書。その過去の部屋の本棚には数多の古書がならんでいる。うろ覚えの回想の中、その古書のみがはっきりとしていた。
別に彼女、瓦藍はオカルトに興味があったわけではない。いうならば人並み、そのときの流行に乗る程度のものだった。
そう、瓦藍が本物の「こっくりさん」にであった理由はこの偶然にも作られた環境、祖父の死後、趣味だったオカルトな古書がどうやら値打ち物のようで処分に困るからと部屋の本棚に置かれたことだった。
ずらりと並ぶ本、好奇心で手を出すのは当然の結果である。
瓦藍は何気なく右から三冊目の本を取り出した。厚さのわりに確りとした重量感がある。
黄ばんだ表紙に書かれている作者名は「不思議庵主人」、題名は擦り切れて読むことができなかった。
不思議庵主人、―――その名は妖怪博士として親しまれた井上円了のペンネームである。それが見間違いでないのならば、そこに在るはずの題名は「妖怪玄談・狐狗狸の事」題名こそ怪談話に見えようが、事実そこに書かれるのは夢の欠片もない、その物理的、心理的に証明された怪奇の「裏側」。ファラデーのソレである。
だが、裏側もあればその表側もある。むしろ裏側は影で浮かび上がるのは常に表側。その表側、過去を占い未来を答える、それこそが噂としてながれる本質にして「建前」だ。
何故だかは分らない、瓦藍が取り出した古書の中身はあるべき内容と「事件」は真逆の表のものだった。
……さて、怪奇は起こった。
実際に彼女がその「こっくり」を行ない、何が起こり、何を摂られたのかはまた別の話である。だがしかし、現実でないソレは、確かに起きた。それこそが大事なのである。
さてここで回想が終わるのだが、この回想のスタッフロールが過ぎたころにある残り糟。その古書、色々とあり売り出すことになったのだが、なにせ古書である。本々そのような知識を持っていなかった彼女を含める家族、どこに売るべきなのか迷う。
そのときであった―――とある店の店主が彼女の家に訪問しにきたのは。その店主は言った。
「ここにある本、全てを買い取りましょう」と。上品に笑いながら。
取り出したアタッシュケース。途方な金額であったことは言うまでもない。だがしかし、一番の不思議はそんなところではない、それならば彼女は断言しないだろう。買い取った所が問題なのだ。
「――――――」
そろそろ回想の音声は擦り切れ、止まり。どうやらフィルムも古くぼやけてしまっている。唯一映写機に残る感想が映し出された。
それは彼女の地元の古本屋。
潰れたと言われる街角の……
続く(一話後半へ)
-
2008/12/11(Thu)23:30:58 公開 / hige
■この作品の著作権はhigeさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
どうもです。随分昔、違うペンネームで投稿させていただいていたものです。大した文章書けませんが、指摘、感想お待ちしております。