- 『ギンナンとイチョウの木【完?】』 作者:もち子 / 未分類 未分類
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全角11774.5文字
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原稿用紙約33.55枚
某アパートに住む中学3年生の藤崎まゆ美は大家の勝手な考えにより、どっかの国の留学生さん・ブラウンと同居する嵌めになりました。
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「あのさ」
「はい。なんでしょう」
「これ、なんて読む?」
●外国人がやってきた。
「……え?」
ぽっかりと開いた口が閉まらない、とでもいうのか。何の前触れも無く、不意に跳んできた何気ない問い。それまでは見向きもしなかった相手のほうに目が釘付けになる。丁度飲み頃だと思って、先ほど淹れておいた熱々の緑茶が入った湯のみを掴もうと伸ばした手の平が、湯飲みに触れることは無く卓上から持ち上げられることすらなかった。
2時だか3時だったか、朝早くから家のチャイムがなっていたのを確認して玄関に出向いてみると、やはりというかまたかよ、と呆れてしまうほど、ここ数週間なんの根源があって通いつめているのかは定かではないが、何か有ると私の部屋に来るという習慣がすっかり定着してしまったお隣さんが立っていた。
「……」
「オハヨ、ゴザイマス」
「ああ‥おはようございます」
にこにこ。満面の笑顔で、私に挨拶をするお隣さんの発した妙な日本語が私の耳に違和感を感じさせたまま、次なる言葉が私の頭上から落ちてきた。
「フシサキ‥マーケットさん。今日ハ、これ。このニポンゴ教えてクダセェ」
日本語はそこそこ出来ているのはわかった。だが、色々ごっちゃになってしまっている上に色々危うい単語を使うので、こちらとしても対応しがたい。強いて言うなれば、私の代わりにこいつの相手を誰かしてください。
よくよく考えてみたら、この人は日本人では無かった。何日か前、つい最近になって大家が白状したので鮮明に覚えている。このお隣さんはどっかの国の留学生で、日本の「萌え」と「侍魂(サムライ・スピリット)」を学ぶために来たというが、既に何かを間違えている気がする。
「さようなら」
「それ、言わないで! おネゲェだから、おスえてぇぇええっ!!」
パニック状態に陥ったのか、数秒前に出来ていた単語すら危うい形で発して大の男が涙流して私の足にすがり付いてきた。こうなることももはや日常茶飯事になってしまったが、妙な日本語を聞き取り対応するだけでも精一杯。
しかし何故、私がこんなややこしい隣人を相手しなければならないのか。大家いわく「藤崎さんは子守り好き」という私に対するイメージが定着しているらしく、場の空気というか流れに流されて、気が付けば無理やり押し付けられていたという話である。言い換えれば、私は大家にこの隣人のお世話係を命じられたのであった。
そもそもこの日本という国はオタク用語の聖地なのかよく判らないが、最近の外人さんは日本の「萌え」に便乗しているらしい。全員が全員というわけではないと思うが、私――藤崎まゆ美は現実に少しだけ疲れていた。
「あのですね。……えーと、ブラウン・ブリテンさん」
「ああっ、フシサキさん。ぜんぜん違います! 僕はブでなく、ヴでっす!」
それになんだ、この妙なこだわり方。というより、発音的にはブもヴも似たような発音なのに何故そこを指摘する!? 箸と橋の違いを指摘するようなものなんだろうか。これは何日何週間たってもいまだに理解できない。
そんなこんなで、私とブラウンさんは一つ屋根の下で暮らしている(ように周囲から観られている)。
「ああ‥それは、ギンナンですよ」
「うーん……デモ、これイチョウしたらギンナンでてきた」
「それは、きっとイチョウの実がギンナンだからですよ」
最近になって熱心に日本語と漢字を勉強しているブラウンさん。主に携帯のメール文を打つときなんかに使う変換機能を利用しています。ちょっと可愛いです。ブラウンさんの言葉は相変わらず通訳しにくい。質問の意味がわからないときもたまにある。だから脳裏で勝手に解釈して答える。それが私の日常。例えば、今の質問はイチョウって変換したら銀杏って出てきて、ギンナンってやったら銀杏って出てきたから、それが不思議に感じたってことなんだと思う。
大家に押し付けられて、なんかもう暴走気味でちゃんとした日本語を理解していないうえに、放送コードすれすれの発言とかわけのわからない言葉を連呼していました。なので最初は、ブラウンさんに「禁句」を教え込みました。ここから数日間はリアルな育成ゲームの始まりでした。飯を与え、遊んでやり、ゲームセンターやお店などにもつれてってやり、大家に報告をして……。だけど相変わらず下ネタと大人の事情に感じては頭がさえているブラウンさん。今もなお健在。
「ふーん。……じゃあ、これは?」
「どれです?」
「これ」
――”強姦”
「……。……これは」
「うん」
「………えーと」
「うん」
寒空の広がる12月だというのに、冷や汗がダラダラと流れてくる。いや、これは冷や汗を通り越して普通の汗見たくなっている。ブラウンさんがいくら勉強熱心に育ってくれたといっても、それってなんか観たことないし……そもそもなんか漢字の見た目的に表に出しちゃいけないような単語の気がする。読めないけど。
「ごう……ごう、……」
「うん」
「………ごうめ?」
「うん。やっぱりムリだたネ」
苦悩の末、出した結果にブラウンさんは満面の笑みを浮かべた。実はこの漢字の意味や読み方を知っていて、わざと私に答えさせようとしていたような。なんにしても嵌められた。
よくよく考えてみたら、ブラウンさんのほうが上なんじゃん……。歳。
* * * *
「えーと‥とりあえず」
「はい」
「下、履いてください」
「無理デス」
「じゃあ、せめてモザイクかけてください!!」
「でも、モザイクのほうがも〜っと無理デス」
引越しセンターですかっ。妙に懐かしいというか、何でこの外国人が某お引越しCMのネタを真似ているのか、などという疑問よりもまず……何故、外国人はすっぽんぽんに成るのがお好きなのか。お風呂上りに全裸で家の中をうろついているとかいう程度ではなく。
あの後、きっちり日本語の勉強をしました。無駄に中学3年生やっているわけではないので、小学校の時に使い込んでいた漢字ドリルとか算数ドリルあたりをブラウンにも与えてみました。人間って案外、数式とかが苦手とかあるじゃないですか。もちろん私は数学のテスト0点でしたけど。それでもブラウンに教えることは出来ます。時は流れて、いつの間にか教える側と教えられる側が逆転していることに気づくのは夕方4時半を上回ってからだった。ブラウンが私に数学を教えていたという事実に多少、愕然と成った。プライドというか、なんとなく。
「それにサ‥君の家、服ナサ過ぎ」
「仕方ないでしょう!? もともと日本男児は小型化が進んでるんだから……」
「にしても、君ってチこいよねぇ〜。牛乳飲んでる?」
見た目的に177センチあたりの背格好をしたブラウンに、このまま150センチで成長期を通り越してしまうのかと密かな悩みを抱えている私が、上目で何度も注意を払ってみても全て無効になる気がする。既に身長差で負けである。
いくら私が日本の常識というものを外国人に叩き込ませようとしても、彼には彼なりの常識があるのだから、他人の私がどうこういう筋合いは元からない、と一度思うと何もかもがどうでもよく思える。私にはいまいちわからないが、こういうものって次第に慣れていくものなんだろうか……。それにしても、この留学生。
「私は、私ですから。他の日本人と見比べないでください。……私だって、気にしているんですから」
「うーん……そんときは、あれだよ。●リーズ・ブート・キ●ンプ」
夕方4時を過ぎると、台詞のあちこちに伏せ字率が多くなるんだ!? ――確かに、世界で下半身のあそこがデカいランキング1位がロシア人だということは聞いたことがあるが、そこまで言わなくてもいいじゃないか。というより、牛乳飲むぐらいで色々大きく成れるなんて聞いたことないぞ。身長はあるけど。
「とにかく、今日はもう寝てください。私は先に布団を敷いてますので」
「イイよー」
「あ、後ちゃんと下とか履いてから来てくださいね」
「うーん。なにもしないよー」
ケラケラと笑いながら、ブラウンは私の問いに答えた。とはいっても、洋画などではよくキスシーンやらベタベタするシーンがメイキングされていることが多く観られる。それはホラーでもギャグでも、少なからず入っている。正直、外人と一緒の布団で寝るのは気が進まない。
今までは、私とブラウン。それぞれ個別の布団で距離を置いて寝ていたが、妙なところで幼い子供の様に駄々を捏ねてブラウンが私と一緒に寝たいと言い出してきた。ただ単に寝るだけならまだ許せますが、未だに成人していない私の中で穢れるのは心だけで充分です。世界の中で、あは〜んなアレの回数がぶっちぎり最下位の日本男児でもいいです。リアルに心と体をけなすことはできません。
それに私だって知ってます。全裸で成人男性(?)でプラス外国人が布団に篭ってすることというのは、アレしかない。
アレ以外の何者でもない。いくらブラウンさんでも、私をホモの道に引き込まないでください。これでも多少の心得は学んでおりますが、リアルと空想では痛さが違います。
「ねぇ、一度でEからスアー」
「マジで勘弁してください」
脳裏で色々と苦悩している私など、ブランさんから見れば可愛いことなんだとか。一回や二回じゃ穢れないから大丈夫だよ、と満面の笑みで答える彼が心なしか怖く感じた。ブラウンさんの好きなリアルな下ネタに付き合うほど、私は体力がありませんし、知識もありません。二次元でのホモだったら得意分野ですが、リアルは専門外ですので、本当マジ勘弁してください。
毎度の様に他愛のない会話をして、実際にいるんだがいないんだか判らない親御の存在を無視しながら、余分に空き部屋がないアパートの狭い部屋の中で相変わらずの一夜を過ごすのでした。
●イチョウの木が枯れるまで
翌朝。彼は期待を裏切らなかった、とでも言うのか。妙に暑苦しさと成人男性特有の体臭が私の鼻を刺激して、なんとも言えずに目が覚めた。
襖側に向けていた顔を元の反対側に向け直そうとして、卵形に身体を縮めるようにもぞもぞっと身体を動かしてみる。すると彼のほうも起きかけてきたようで、もぞっと少し大振りに動くしぐさが見られた。
私は更にもぞもぞっと丸くなり、猫が背中を丸くするような体勢になる。ひとまず布団から出なければ、と脳裏の隅っこで思い浮かべながら腕立て伏せの様な状態を構えた瞬間、身体がぐらっと横に揺れた。
「‥ッ!?」
足の痺れなのか、身体が鈍りかけてきたのか、筋肉痛のどれかは定かではないがバランスを崩した。
そして数秒前と同じ体勢で、まるで洋画のワンシーンを思い出させるような朝の光景が私の目の前に大きく広がる。私の視界前面には、程よく脱力して顔の筋肉が緩みっぱなしでヨダレをたらしてる成人男性(全裸)が、無駄にがちがちしたプチマッチョの腕を私の頭の下に伸ばしている。所謂、腕枕というヤツだろうか。
(……。……どうしましょう。……この状況)
見るからに彼は未だに夢の国に旅立っていて、この腕は意識的なのか無意識なのか、それとも習慣的なものなのだろうか。
寝返りを打ったブラウンのプチマッチョな長い腕が私自身をサンドするように絡み付いてきた。無論、身体の小さい私は意図もたやすく長い腕の中にすっぽりと納まってしまっていた。軽くロールパンにでもなったような気持ちだ。
(……ああっ、体臭がッ! 外人のメタボリックな体臭がァッッッ!!!)
どうでもよいが臭い。中年親父の体臭並に臭い。別にブラウンはメタボではないのだが、この無駄に割れた腹筋を一度でいいから今すぐ蹴り飛ばしたい。本心で強く語れるのも、一種の特徴なんだと威張れる。これは威張っていいと思う。
一見すれば、女好きでヘタレで駄目人間。実際付き合ってみると、子供の様に残酷な鬼畜攻め……なんて上手い二面性を持ち合わせている男だったら今後のネタに使えたのになぁ……。と、内心がっかりきていたが、そんなこと今はどうでもよく感じて、ほんの少しリアルな兄弟もいいなぁ〜っとか思うように成っちゃったりして。
いつの間にか、兄弟の様に暮らしている。というより兄弟という形に似た雰囲気というか感じで、出会ってから数日間過ぎてきた頃から何の迷いも無く付き合ってる。事情を知らない世間から見れば単なる倦怠期なのかもしれないが、他人の勝手な妄想はそのままにしておけばいいと思った。
「………」
ブラウンが二次元どおりの駄目人間じゃなくとも、私は一生貴方をネタにして生きていきたい。――色々脳裏で思い巡らせるだけ巡らせておいて義兄に包まれるようなぬくもりを感じつつ眠る義弟の様な体勢で、いつの間にか眼を閉じてしまった私は……この大きな子供よりも、手が掛かる子供なんだな。
―――数分後。
「づぅわわあぁぁぁぁぁぁあああああああああッッッ!!!!!!!!」
「………ぅぁ〜。おはよー……」
人類滅亡の様に叫ぶ私と虚ろな目をしたブラウンの間には、ひとつのデジタル時計。何処かのお寺で鳴り響く一足先の除夜の鐘に似た雄叫びが高らかに鳴り響く。
「ぬわんずわぐぅおるわあああああああああああッッッッ!!!???」
「……うーん。……遅刻ダネぇ」
目覚まし時計は嘘つかない。とはブラウンの感心のもと、構成された言葉であった。
* * * *
「でも、よかたヨネ〜。今日が日曜で」
「まあ……それもそうですけど」
起きれば春3月。では無く真冬まっしぐら12月中旬。手にはしもやけを覚え、口元は何故か小刻みに震えてまともに舌が回らない。賀正新年の季節が程遠く感じる季節感に見舞われる中、身の回りにあるデパートや小物屋はめでたさと真冬がごっちゃに出ている。これを見る限り正月とクリスマスを同時進行しなければいけないような勢いだ。
「で、何買うの?」
「えー……まずは御節の材料でしょうか。あとはクリスマス用品を少し」
長々と続く気配のない会話を続けながら寒空の下を歩いているはずなのに、周りからは異様な熱気が湧き出ているような感じだ。これがコミックマーケットとか言う三角い建物のあるところだったら季節関係なく蒸し暑いんだろうが、ここは違う。東京都の某所だ。少し枯れ木が目立ってもの寂しいだけだ。決してブラウンは恋人でもなんでもないのだから、はっきりいってむさくるしいだけだ。
「ケーキは?」
「なしです。あまりお金を使うと貧乏になりかねないので」
12月という期間に入ると急にクリスマスシーズンで盛り上がったら1月になる前に大掃除があり御節があって、なんとか一通りの作業が済んだら即効で炬燵にみかんとか年越しウドンとか用いて待機する。12月31日の深夜0時00分を通り過ぎれば準備完了と同時に明けましておめでとう、という感じで続く。とにかく日本人は本国の行事を祝うほかに外国文化を取り入れるほどかなりの祭り好きだ。予算の大半はこれで削られるだろう。
「ケチー」
「ええ。私はケチですよ」
だけど金のことなんて触れないで、この時ばかりは誰もが浮かれてる。クリスマスは恋人同士で過ごすとか、家族みんなで過ごすとか、まあ‥ありがちだ。中学校に通う私の周りでも異変は起きる。プレゼントは何にしようとか、今年のお年玉はどれくらい貯まるのかとか、年賀状核から住所教えてとか。訊かれる事はどれも似たような言葉が多く、聞かれずとも直ぐにわかってしまう。そんな季節でもある。
「ジジ臭いよ。もっと子供ポクしてほしよ」
「子供っぽく振舞え‥といわれましても、いまさら無理ですよ。私だって好きでこうしてるわけではありませんし」
日本にあるものの大半がアメリカ産とか中国産とかインドとか。とにかく日本産のものが少ない。どんなけ外国人大好きなんですか……我が国は。それに、つい最近になって日本の達磨はインドの達磨大師の顔をモチーフにしたものだということが判った。まあ、これについては私の情報の少なさからいえることだが。
「エー。じゃ、なんでソしてるの?」
「そ、それは……。その。……禁則事項ですっ」
小中学校をスライドの様に観ても周りは概観だけ大人びて中身は子供の様な無邪気だ。それは男女各位に言える事だが、かくいう私は童貞という言葉に動揺を隠し切れない。ブラウンは何処をどうとってみても外見ばかり大人びていて、肝心なところだけ子供のままというポジション。
「ムズカシいです。それ、フシサキさん何ですか」
「も、もうっ。あなたには関係ないじゃないですかっ」
私的にはおいしい話ですが、一方の私は生まれながらの童顔で女顔。ゆえに日本男児の平均身長すら越えていないという現実をどうしても受け止められない。仕方ない、仕方ないと思っていてもこれがリアルな現実なんだと毎度の様に感じる。思わぬ身長差で吊りあわない大と小の組み合わせ。外国人特有のでかさというか、見るからに私のほうが悲惨になるというか、背高いブラウンは軽く俯くように頭を少し下げて心配そうな眼差しを私に向けてきた。一瞬だけ保護者の様な態度のブラウンが変に感じてしまったのか、なんなのか判らないが私は顔を背ける。
(……〜〜〜〜――あ〜〜〜〜〜っ、もう!! なんなのよ! この人は!)
訳のわからない感情に腹立たしく感じてきて、何でこんなにも悩まなければいけないのかと疑問に思えば思うほど訳が分からなくなって、挙句の果てには独りで脳内暴走。それとは裏腹に唖然とするブラウンは何かを諦めたような眼を向けていたような。傍から観れば、妙に冷静というか何もどうしようかと悩んでいる外国人と、何がどうしてそんなパニック状態に陥ることになるんだ…と厭きられそうな日本人。という奇妙な二人組みがいる、これで決定。
なにはともあれ、今年も残り少ないと考えると物寂しく感じます。それまで綺麗に紅葉していた木々も色を変えて、毎年恒例の豆電球が枯れ木に花を咲かせた。それもまた今年で終わる。街にある木々の殆どが枯れ木で緑色の葉っぱなど生やしている木は数少ない。
寒空の下、あられの様な雪が舞い降りる12月。今年もまた冬がやってきたのだと実感した。この寒さは1月まで続くんだと思うと体調管理につい力が入るが、それ以前に力を入れなくてはならない予定が山の様に残っている。いくら祭り好きでも少しばかり休みをくれてもいいじゃないか。
「あ‥」
「……なんです?」
不意に夜空を見上げて耳を澄ませば聞こえてくる、サンタクロースのとおる鈴の音が――なんて、この薄汚れた意地汚い社会に、時たま降る潔白な雪。クリスマスは独りで過ごすより、二人で過ごしたほうが楽しい。こんな当てに成らなくて、少しロリコンで、そのうえどうしようもない駄目人間ですが、ブラウンを側においてくれてありがとう。少しだけ心から感謝します。
「ウフフ。な・い・しょ」
「……。……なんですか。それ」
子供の様に無邪気に笑うどっかの国の留学生と、それに厭きれる日本男児。いつもながら理解しがたいブラウンの発言に脱力を覚える私ですら、この日限りは諦めた。無駄な体力を使いたくないという理由と、今日だけは真面目に生きなくていいかな‥という想い。それでは皆様、良いお年を。
●新芽の季節
「明けアセテおめっとうゴザイマス」
「はい‥。新春、明けましておめでとうございます」
元旦1月。狭い四畳半のアパートでも、広々としたマンションでも、ポチでもタマでも、爺ちゃん婆ちゃんも、無事に良い年が迎えられたことと思います。さて、今年の抱負は皆さん決まっていますか? 私はもちろん、決まっておりません。正直、考える暇なんて無かった。
とりあえず12月30日に大掃除をし、年越し蕎麦を作った勢いで御節を作り、もち米を煉って捏ねて、また更に餅を捏ねて叩いて丸め込む。
新年を気持ちよく過ごすため、この日は朝から大忙し。大掃除に新聞紙とハタキとホウキと雑巾、後バケツを用意して古臭いやり方で片づけを始め、次に家庭内の不況な経済を守るため殆ど自給自足で餅を作り、それに引き続いて餅つきをやりました。ブラウンは何か全然やる気が無かったので、お隣の大橋さんと近所の公園で餅つき。
「すみませんね……こんなことまで手伝わしちゃって」
「いいんですよ。いつも藤崎さんにはお世話になってるし、これくらいは朝飯前だよ」
「本当にありがとうございます」
「それじゃ。良いお年を。ごちそうさま〜」
「良いお年を」
(……はッ、そういえば……)
無事に餅つき終了と同時に、その足で次なる作業に向かうため、ここで大橋さんとはお別れ。別れと新年の挨拶を交わして、大橋さんが遠く離れていくのを見送った後に、ほっと一息ついて自宅に帰宅しようと歩みだす。不意に本来の役割を思い出した途端、再び慌ただしく動くはめになった。
元旦1月1日を過ぎれば後はのんびりくつろいでいられると安著してたのに、2日になっても3日になっても私に休みという安らぎの時間は来なかった。
私は学生である。しかも中学生だ。小・中・高校までは義務教育で、嫌でも通わなければ成らないという事実。苦痛に苦痛を重ね日々学業に専念して、時に耐え切れない苦痛に呑みこまれようと余裕だけは最後までとっておく。現実に魘され、遂には日々の宿題に唸りあげる。
義務教育から離れれば、私も単なる家庭的な日本男児にかえる。けれど毎度の様に宿題やら課題の残りやらが重ね重ねに積もり、嫌なものの塊で出来たような山を片っ端から片付けるべく、私は勉強机の椅子に腰掛け片っ端から資料や教科書をひたすら見通し続ける。
「……………」
(……くっそぉ。……やっときゃ、よかったよ……)
後悔しても時は既に遅し。だから学べるときに学んでおけ。今になって父の一言が脳裏に浮かぶ。それもまた泡沫の泡の様に淡く消える。
他の考えを浮かべる余裕などない今の私の脳裏では、数ある数式と今度の予定などが組み込まれていた。後ろを振り返ってみれば、役に立ちそうにもない留学生が、私の部屋で堂々とくつろいでる。あーっ、ムカつく!! ――この時期は、何かと糖分が減り、イライラが高鳴る。
こんな期末試験など今更必死になって勉強してみても、将来に必要性があまりなさそうな知識まで組み込まれているというのに、なぜだかその時期の目的のために必死になる。今はとにかく成績が欲しい。将来性というか、進路に大きく響くとか響かないとかで。
大学生になるとそれほどまで必死にならなそうなイメージはあるのだが、実際はどうなんだろう。現役・大学生(未定)ブランを見る限りでは全てはどうでも良く感じる。というより本当に大学生なのか、それすら謎である。
* * * *
試験予告などが各教科によって強調されてきた頃、私の脳裏では既に大惨事を迎えるような勢いだった。普段から学業など真面目に向きあったことはなく、家に帰れば当然のごとく両親が外出していて不在。そのうえ少しデカイ相手の子守りという家事最大の行事が私にはある。
はっきり言おう。勉強する暇がない。でも、成績は良くしたい。やれば出来ること言うのは大抵、駄目な子供なんだと誰かがいっていたが、まさにそのとおりだ。私がいい例だ。ブラウンがあれにならないのは百も承知の上で、自力で何とかしなければいけない過酷な試練を乗り切ってみせようじゃありませんか。今までも自力で頑張ってきたが長続きせず、何の根拠でそうなるのか‥自分でも不思議なくらい全教科を10何年間繰り返し受けてみても78点留まりで、それより先の点数は見たことがないという奇妙な話。
だが、それも今年で終わらせる。私は心底願った。こうなればいつも以上に猛勉強だ、と意気込んでみる。意気込んでみた勢いでまずは勉強机の椅子に腰掛けて、宿題を減らす時と同じように片っ端から資料や教科書をひたすら見通し続けて、セピア色の薄く長い上下の平行線の間が黒く染まる勢いでノートに数式やら文字やら綴りながら、呪文の様にブツブツと定義などを呟く。
まるでとり憑かれたように勉強机から離れなかった。その分、同居のブラウンは死んだ眼で私を見ている。私にとって今は目の前の残業であり、正直ブラウンのことは空気同然の様に感じていた。彼は彼で私をからかうのが日課らしく、遊び相手がいないということにいじけていたらしい。お前は子供か…心の底で思ったが、あえてここは黙っておこう。
それとは真逆に私は私で学業を優先に考えて、春休みという楽園が来るまでの辛抱だと心に言い聞かせながら猛勉強。力尽きるまでと思ったが、さすがに心が折れてる。とにかく必死に試験勉強を孤独にやり抜き通す事だけを考え、成れもしない徹夜まで毎晩続けた。
指折り数えるように日を重ね重ね続けた。一息入れる頃には、また新たに試験範囲が変更されていたという悲惨な知らせが告げられて、引き篭もりに似た体勢が幾日が続く最中、カレンダーを見れば1月が終わりを迎えようとしていた。気がつけば2月に成っていて、バレンタインという最大のイベントがあるにも係わらず通常の学業も根性で乗り切り、普段どおり部活もし、やっとのことで無事に3月を迎えることが出来た。
春休みという楽園が来るまで、あと少し。期待と少しの不安を抱えながら望んだ試験当日。日々の努力と豊富な知識をフルに回転させて、もう何も後悔はしないと思っていた。なのに何故だ。返された答案用紙から眼が離せない。
全ての力を使い切ったというか、今まで自己の中での平均点を上回るどころか違う方向に行ってしまった赤字を見て、私は言葉を失った。殆ど気合と根性で受けたまでは良かったが、色々現実味のある理由で挫折。
「ただいま……」
「おっカエリ〜」
特に見せる相手もいないからいいだろうと、自宅に帰っても自分以外の人間に見せることなく隠し持っていたのだが、数秒でブラウンに赤点の答案用紙を盗まれた。それを見て笑っている。腹を抱えながら清々しいほどに心地よい高笑いが余計に苛立たしい。
当時の目的とは偉くかけ離れた対象物を片手にして笑いが耐えないブラウンが「コレ記念だから」と言って、いつまで経っても答案用紙を返してくれないので、私はブラウンの夜食用のおかずをうんと不味く作って与えた。案の定、その後のブラウンは私に対して男の本能をむき出しにしてきたが……。
「いてててて……」
「体力ナシねぇ〜」
そして――待ちに待った春休み初日。にしても、身体のあちこちが痛い。なんでだ? ああ、そうか。昨日の筋肉トレのせいか。昨夜は付きっ切りでブラウンの大好きなビ●ーズ・キャ●プ三昧である。結果、私は全身筋肉痛になり、ブラウンは更にマッチョになったという。
「そりゃ‥ここ最近、勉強三昧で机にばっか向いてましたから。筋肉痛で足腰が体調不良を起こす前に首の骨が寝違ったみたいに曲がっちゃってますし。春休みに入ったというのに、このとおり私は動けません」
試験が終わった当日、私は寝違えたみたいに首の骨が曲がる勢いというか、末期症状を感じつつブラウンから珍しく説教を受けた。その後、何週間か動かしてなかった身体を動かすはめになり、伸びていなかった筋肉を無理やり伸ばしてみたらこのとおり。全身が筋肉痛という激痛に見舞われ、なおかつ寝不足と体調不良が止めを刺して、私は今までにない立場におかれているのだ。
「だからさ〜。ベンキョもEケド、たまには運動しなキャだめよ?」
「そうはいいますけど、これでも努力しているんですよ? 毎日牛乳飲んで、ピタゴラスの定義を説いて、底辺かける高さ割る2をして……それから」
「……チョ、待って。途中からオカシよ?」
この会話からは微塵も感じられないのだが、異常なまでにブラウンの手つきが凄い。健全的な意味で。聞くと彼は、日本に留学する前まで母国で医者をしていたらしい。つまりあれだ。ブラウンはどっかの国のお医者様の息子、ということになる。治療までは行かないが、自宅でも出来るある程度の応急処置を彼は私に施してくれた。
ブラウンが傍に付いていてくれて良かった、と初めて心から思えた。彼が留学する前までは敷布団の上にしゃがみ込み、掛け布団を広げて身体全体を覆うようにして独りでNHKの子供番組を眺めながら、残業で帰りが遅い両親が帰ってきてくれるのをジッと待っていた。ろくに電気も点かないで、昼間はいいが夜間はほぼ真っ暗闇の中。振り返っても誰も居ない。小学校に上がる頃には独りぼっちにも慣れたが、時々寂しく感じる。
だけど今は違った。振り向けば、いつでも明るい笑顔でヘラヘラと笑を振りまき、私をからかう様な素振りを見せながらも、心なしか楽しませようとしているようなブラウンの姿が眼に映る。私がこうだと言えば、ああだと返してくれる相手がいることに気づく。――なんだ……これが私へのご褒美だったら、ちょっと嬉しいかも。
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2008/12/22(Mon)20:25:41 公開 / もち子
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■作者からのメッセージ
(本音は)とりあえず12月18日で終わらせようとしました。理由は12月が後残り少ないから、という理由で(笑
自分なりに誤爆の修正や日本語訂正という部分を直してみたのですが、自分が見落としてるだけで他に色々と間違いや日本語を間違えてるかもしれません(汗
細かい指摘等あれば言っちゃってくれても構いません。改めましてよろしくお願いします。
追伸:これでちょっと、ひと段落(?)つけられたかなぁ‥的な。自分的には思ってますが、多分これ続くかもしれません。なんかここまできて元ある方向性というか、なんというか……「クリスマスの奇跡」的な方向になっちゃった感じです(どこらへんが/苦笑
ではでは、ここまでお付き合いくださりありがとうございました(^^)