- 『白紙少女』 作者:掛水 蓮 / 恋愛小説 SF
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全角2869.5文字
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原稿用紙約9.35枚
一冊のノートが紡ぐ、不思議な恋愛物語。SF×コメディ×シリアス、様々な要素を含んだものになると思います。
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page.1「白紙少女」
――大きな瞳、澄み切った肌。俺はもう、君の事が好きで好きでたまらない。
「好きです! 付き合って下さい!!」
俺は一心不乱にそう叫び、彼女と顔を合わせるのが照れ臭くて頭を下げた。
少し沈黙が流れた後、彼女はこう言う。
「……ごめんなさい。私、好きな人がいるから……」
――いつもここで醒める夢。カーテンの隙間から差し込む光に目を覚ますと、俺はベッドから転げ落ちていた。
(これで五十六回目……)
五十六回も同じ内容の夢を見せられ、“夢の神様”も手を抜いているな、などと少しSFじみた事を考えながら歯を磨く。
(……でもまあ、五日市さんの顔見れたから良いか……)
俺はハブラシを口につっこんだまま部屋の中を歩き、勉強机の椅子に腰を下ろす。
机の上には写真立てが一つ飾られていて、その中には一枚の写真が収められていた。
――五日市 美保《いつかいち みほ》。その綺麗な黒髪は道行く男性の目を惹き付け、その文句のつけ様の無い顔立ちは並み居る男達の心を鷲掴みにしてしまう。かくいう俺もその一人で、彼女を一目見た時からすっかりその虜だ。
「………………」
気付けば、俺は今まで何度も見た筈のその写真に見入ってしまっていて、慌ててスクールバッグを背負い上げる。俺は急いで部屋を飛び出し、後ろ手に扉を閉めた。
と思えばもう一度扉を開き、机の上の五日市さんを眺めた。
(…………。かわいい…………)
俺は今度こそ扉を閉じ、学校に向かった。
「よっ! キョースケ」
学校へと向かう通学路。新クラスメイトの小塚が俺の肩を叩いた。
「なんだよ小塚。テンション高いな」
俺がそう言うと小塚は「見破られたか」と言わんばかりに表情を弾ませ、俺の肩に腕を回した。
「五日市さん、好きな人いるらしいぜ!」
「!!」
小塚は悪代官ばりの笑みで、俺の顔を覗き込む。
「キョースケちゃ〜ん。君の事かもよ?」
俺は一瞬胸の高鳴りを感じたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「…………んな訳ねーだろ」
これは謙遜でも照れ隠しでも無く、本心だった。あの五日市さんが俺の事など好きな訳が無い。
「んな事わかんねーじゃんかよ〜」
小塚は不満そうに声のトーンを下げる。
「ねーって」
「もしそうだったら?」
「一週間ラーメンおごる」
「二週間」
小塚は右手の人差し指と中指を立ててそう言った。
「別に何でも良いって。どうせありえねーから」
「だーかーら、そんなんわからねーじゃん! 五日市さん、意外と性格重視かもしれないし」
「お前、ぶっ飛ばすぞ」
そんな会話を繰り返している内に俺らは学校に着き、それぞれ新しくなった下駄箱の元へと向かった。
「でも五日市さん、誰の事好きなんだろ……」
正直、死ぬほど気になって仕方が無い。
「だから、きっとお前だって」
「……それはもう良いっつーの」
しかし、溜息を一つついて下駄箱の中に手を伸ばした俺は、驚愕した。
『お話ししたい事があります。放課後、屋上に来てください 五日市 美保』
「……小塚」
「何?」
「二週間ラーメンおごるかも」
***
数学の時間も英語の時間も物理の時間も、含み笑いが止まらない。
(あ、あの五日市さんが…………!!!)
初めて彼女に出会った時から、ひたすら彼女の事だけを想い続けてきた。それが今日、遂に報われるかもしれない――!
そう考えただけでもう、ワクワクとドキドキが止まらない。一分一秒、とにかく少しでも授業が早く終わってくれる事を願っていると、退屈な授業がいつもより余計に長く感じられた。
(あああ〜……もう無理!! 早く放課後になれ〜!)
――それから約四時間後。帰りのSHRの終了と共に俺は教室を飛び出した。
(屋上! 屋上! 屋上!)
緊張と興奮で胸は爆発寸前、唇は乾き掌が湿る。ギイ、と鋼鉄製の扉を開き俺は、太陽の照る屋上へと足を踏み入れた。
(…………)
屋上にはもう五日市さんが立っていて、俺は彼女と目が合った。彼女は少し驚いた様な表情を見せ、俺はそれを可愛らしく感じていた。
ゆっくりと、平然とした歩幅で彼女の元へと近づく。二人の距離が近づくにつれ、彼女は顔を強張らせた。
「五日市さん……これ、手紙…………」
俺は制服のポケットから彼女の手紙を取り出し、目の前に差し出す。すると彼女は目を大きく見開き、慌てて俺の右手から手紙を奪い取った。
「嘘っ……! これ、下駄箱の中に入ってた……!?」
嫌な予感が、頭の中を埋め尽くす。
「いや、あの……何て言うか、クラス替えしたばかりで下駄箱の位置が変わってたから……その、間違えました……」
一瞬で、全てが崩れ落ちてゆく。
「ごめんなさい!!」
そう言うと彼女は屋上を飛び出し、階段を駆け下りていった。
――誰もいなくなった屋上で、俺は暫く呆然とした。
その帰り道、俺は廃人の様に生気を失っていた。今にも崩れ落ちそうになる体をなんとか支えながら、少しずつ家への道を歩いてゆく。
「ただいま〜……」
誰もいない家の扉を開くと、閑散とした空気が俺を出迎える。俺は真っ直ぐ自分の部屋へと進み、ベッドの上に飛び込んだ。
「…………」
……ただ黙って横になっていると、部屋の中に沈黙が流れる。俺はそれが例えようも無く嫌で、両手をベッドに叩き付けた。両手がベッドを捉えるとボフンと羽毛が弾み、その感触はとても心地が良かった。
そのまま、五分は経ったのだろうか。俺は腕の疲れを感じて体を起こす。
(宿題、やんなきゃな…………)
青いキャンパスノートを机の上に開き、シャープペンシルを握る。俺は、気を紛らわせる様に宿題に取り組む事にした。
機械的に並ぶ数式を眺める事で、少し気が楽になる気がしたからだ。
三分後、集中は途切れ俺は宿題のプリントを放り出した。頬を机に突っ伏し、五日市さんの写真を眺める。
白紙のノート、右手に握ったシャープペンシル。
気付けば俺は、真っ白なページに五日市さんを描き写していた。
長いまつ毛、くりくりとした瞳、優しく微笑む口元――。俺は丁寧に、丹精に、それらをキャンパスノートの一ページへと描き写していく。
どうしてこんな事をしているのかと聞かれても、恐らく明確な答えは存在しない。ただ体の動くままに、俺は右手を動かした。
頬の皺や指先に至るまで、俺は細部まで本物そっくりに描き上げる。線の量が増すにつれて五日市さんに命が吹き込まれていく様で、その作業は言い様も無く楽しかった。
――それから、一体どれ程の時間が経ったのだろう。最後に右目を描き終えた時、キャンパスノートの中では確かに“五日市 美保”が微笑んでいた。
一滴の涙が頬を伝い、そしてそれはノートの中の彼女の瞳に落ちた。
その瞬間、ノートは眩い光を放った。
「!!」
俺は、ノートと俺の間に両手を挟み、声を上げる。
「おっ、おいなんだよこれ!!?」
その光は益々大きさと明るさを増し、俺は目を瞑った。
――目を開くと眼前には、裸の女性が立っていた。
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■作者からのメッセージ
読んでくれてありがとうございます!
たった一話書いただけですが、物凄い心労に襲われています。
ですがそれだけ心を込めて書いてるという事ですので(多分)、是非楽しんで読んで頂ければと思います。
未熟な箇所等、もしお気づきの点がございましたらどんどん突っ込んでやって下さい。