- 『虹色七重奏 第一話』 作者:袴田寺五郎 / お笑い 未分類
-
全角2998文字
容量5996 bytes
原稿用紙約10枚
音大生・赤井裕也が一人暮らし始めた広大な洋館。だがしかし、そこには既に愉快な先客たちが居た。さて、彼は同居人たちとどのような大学生活を送るのだろうか……
-
第一話、奇妙な同居人
音大生・赤井裕也が古びた門の取っ手に手をかけると、錆びついた扉は軋みを上げながら多少の抵抗を試みながらも、渋々彼の道を開けた。
「……うわぁ」
取っ手のザラついた感触のみが、彼にそう言わせたのではない。
目の前に広がる光景が、彼にそのような嘆息を絞り出させたのだ。
「ホントに、ここに住むのか……」
裕也の目の前には、一軒の洋館。
しっかりとしたレンガ造りで三階建てのその大きな洋館は、当時作られた時代を鑑みると、最新の建築技術を継ぎこまれた、一級品の豪邸と呼ぶにふさわしいものだった。
が、しかし。
その洋館は、かろうじでかつての形を保っているものの、外観は恐るべきものとなっていた。
レンガの壁にはいたるところにツタが這い、窓に付随する鎧戸はことごとく破損し、窓ガラスも割れてこそいないようだが、ほとんどのものに傷やヒビがあり、無傷のものを見つける方が難しかった。
この洋館をして、幽霊屋敷と呼ぶ他ないだろう。
その大きさも相まってか、裕也はやはり、その屋敷から不気味なものを感じざるを得なかった。
裕也が音楽大学へ進むと決めた時、意外にも両親は全く反対しなかった。
それどころか、彼の夢の後押しさえした。
二人とも彼と同様、音楽家の道を志したが、その半ばで夢を諦めたという。
幼いころから彼にヴァイオリンの指導を受けさせていたのも、その夢を継いで欲しいと思ったからかもしれない。
そして勉強の甲斐あってか、実家から離れた音楽大学に合格が決まったのだが、その際下宿の候補として挙がったのが、偶然近くにあったこの洋館である。
もともとこの洋館は裕也の祖父が建てたもので、今現在、名義上は裕也の父のものとなっている。
家賃もいらず、光熱費も親が負担してくれる。そのかわり、現在はどうなっているか分からないというのが、この洋館を使用するにあたって、父から最初に受けた注意だった。
その条件を聞いた瞬間、裕也は即断した。
無論、そこに住むという事を。
どうなっているか分からないと言っても、まさか住めないほどではないだろう。
「甘かった……」
下見もしなかった裕也も悪いが、まさかここまで荒れているとは思わなかった。
父の話だと、数十年前に要所要所に補強を施したというため崩れはしないだろうが、これではまるで廃墟である。
これから大学卒業まで、ここに住むというのか……
裕也はとりあえず、門の横に積み上げられた自らの荷物を運び入れるべく、庭一面に広がった背の高い草を掻き分けながら、玄関を目指した。
「ふー……終わった」
ひとまず最もマトモな部屋を掃除し、そこに荷物を運びいれると、元から部屋にあったベッドに腰を降ろす。
元々大勢の食客を抱えていたらしいこの家は、入って見てみると外見以上に広く感じた。
一人で住むには、贅沢すぎる広さだ。
最初は雰囲気故に幽霊でも出るかと思ったが、入ってみると何のことはない、ただの古い館である。
「住めば都ってやつかな」
まだ初日ではあるが、住んでみるとそれほど不便はしなさそうだ。
「……さて」
あれから半日かけて片付けを終え、少し暇を感じ始めた裕也はダンボール箱の中から黒いケースを取り出し、そのケースの中から、さらにヴァイオリンを取り出す。
弓毛を張り、構えると、思いのままに弾き始める。
誰の曲を演奏するでもなく、感情のままに弓を操る。
弓毛が弦をこする度に、弦は裕也の感情を音として表現する。
だんだんと曲調は激しくなり、弓も激しく動く。
洋館の周辺は住宅地であるが、この部屋から辺りの民家にこの音が届くことはないだろう。
部屋中が音で、彼の感情で満たされていく。
そして、やがて曲はフィナーレへと至る。
全ての感情を絞り出すかのように激しく弓を操り、音を奏でる。
「いやー、お見事です」
裕也が弓毛を弦から離すと同時に、賛辞と共に拍手が聞こえてきた。
「久々に来た方がどんな方かと思いきや、まさか音楽家とは」
いつの間に忍び込んだのか、裕也の目の前には一人の少女が立っていた。
彼と同い年か、少し年下と言ったところだろうか。
紺の着物に、ピンクの帯を締め、長い髪を赤いリボンで括っている。
「たとえこの人に聞こえないとしても、同じ音楽家として拍手を送るのが礼儀ですよね、やはり」
聞こえない?
「あのー、どちらさまでしょうか?」
疑問に思った裕也がそちらを向いて呼びかけると、少女は目を見開いて驚いたような顔をする。
「……えと、私ですか?」
「はい、あなたです」
自らを指さす少女に、裕也はそう返す。
「……もしかして、見え、ちゃってますか?」
見えてる?
なんのことだろうかと裕也が首をひねると、壁の向こうから声が聞こえてきた。
「玲花さん、どうですかな、彼の腕前は」
燕尾服を着た、割腹の良い初老の男性がいきなり部屋に入ってきた。
……壁をすり抜けて。
「なっ、なっなっなっ、なんだアンタァ!?」
突如叫んだ裕也の大声に、男性は思わず耳を押さえる。
「うるさいですねぇ……いや、もしかして、アナタ」
品定めするかのような視線を裕也に投げかける男に、少女が声をかける。
「あの、緑谷さん、どうやらこの方には、私たちが見えているようです」
それを聞いた緑谷と言う男は、急に瞳を輝かせた。
「なんと! おお、ついに現れたのか、請い焦がれた我らが見える音楽家!」
芝居めいた動きで、感動を体全体を使い表現すると、男性は裕也に抱きついて来た。
「感謝する、若者よー!」
「うわぁ!?」
裕也が身構え、男が突進する。
――が。
「……え?」
彼の体には、微塵の衝撃もかからず、ただ風が撫でたかのような感触が肌に残るのみであった。
「おお、これは失礼、ついつい体を失くしたことを忘れてしまった」
体を……失くした!?
「それにしても、ようやく私たちが見える音楽家さんに巡り合えるなんて……ああ、今日はなんて素晴らしい日でしょう」
浮かれ舞い上がる二人を前に、裕也は思考を展開させる。
体を失くした?
見える人と見えない人が居る?
物をすり抜ける?
これらの事柄に該当するものと言えば一つしか無い。
が、まさかそんなものが本当に存在するとは考えられない。
「な、なあ、アンタらってさあ……」
嬉しそうにステップを踏む少女と男性に、恐る恐るといった感で裕也は話しかけた。
「ん?」
「なんですか?」
二人同時に首を裕也の方へ向ける。
「もしかして、その……幽霊、とかだったりする?」
その問いを、否定してくれた方がいくらマシだったか。
ただの物取りの不法侵入者だと言ってくれれば、どれほど良かったか。
だがしかし、その裕也の問いに、目の前の二人はしばらく互いの顔を見合わせ、裕也の方に向き直ってこう答えたのだ。
「無論だ」
「そうですよ」
あ、やっぱり……
裕也はまるで何かが抜け落ちたかのようにその場に倒れこむと、そのまま彼の意識は闇の底へと沈んでいった。
「ぬ!? だ、大丈夫かね、キミ!」
遠くから、そんな低い声が聞こえてきた。
「大変だ……すぐに青山さんを呼ばなきゃ!」
少女の声も聞こえてくる。
周りがにわかに騒がしくなるのにも構わずに、彼の意識は、徐々に深く深く底へと沈んでいった。
-
2008/10/28(Tue)17:55:01 公開 / 袴田寺五郎
■この作品の著作権は袴田寺五郎さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
初めまして、私、袴田寺五郎と申します。
以後、読者諸兄にはどうかお見知り置きを……
下まで読んでくださった方、ありがとう御座います。
上のすっ飛ばしていきなりあとがきまで来た方。
下らないと思われたならすぐに戻ってしまうため、なかなかいらっしゃらないと思いますが、まあ、少し読んでいただけるだけでも私は非常に幸せで御座います。
さて、少々コメディタッチでお送りしますこの「虹色七重奏」、こんな拙文でも、読んでほんの少しでも楽しんで頂ければ、それもまた幸せで御座います。
では、最後の最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございました。