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『ば ら』 作者:河鳥亭 / リアル・現代 童話
全角1975.5文字
容量3951 bytes
原稿用紙約5.45枚
『グリム童話集』「児童の読む聖者物語」中「ばら」を近代小説風に再話した小品です。手元にあるかたは原案となったお話をご参照ください。

   ば ら



 私は山間の貧しい家に育った。父は私のだいぶ幼い頃に出ていったので、記憶はほとんどない。私にとって家は母のいるところであり、大きな箪笥やふすまや棚やソファに囲まれていて、いつもやわらかな光に包まれた場所だった。そこへときどき男の人が入ってきて、ニコニコしながら私をだっこした。それが父だった。

 物心ついたときには、父はいなかった。あとで大人たちからきいた話をまとめると、戦争が終わって帰還したあと、人が変わったようになり、仕事もせず、なけなしの金で酒ばかり飲んでいたが、二年も経たないうちに姿を消して、二度と帰らなかったという。なかには別の女をつくって出ていったという大人もいたが、いずれにしても父にほとんど愛着のなかった私にはあまり関係のないことだった。

 弟はまだ生まれたばかりで、手がかかったから、私は生活のために必要な仕事はすべてこなさなければならなかった。母の苦しみがどんなものだったか私には察するにあまりあるが、あの頃、母の泣いている姿などは一度も見ていない。私たちに隠れてひとり泣いていたこともあったかもしれないが、私はそうは思わない。母は父の出征していた頃からそうしていたように、茣蓙を編む仕事を続けたし、小さな畑で作物を育てたり、家の軒下には「旅の宿」などと書かれた看板を出して、たまに通りかかる商人や旅行者を相手に細々と宿屋を営んだりして働いた。暮らし向きは少しも良くなることはなかったが、それ以上悪くなることもなかった。

 弟が一人であちこちへ走り回れるようになると、母は彼にも仕事をさせた。体の弱い私のかわりに、明るいうちは森にたきぎをとりにいかせ、日が暮れてからは家の手伝いもさせた。姉の私もそうだったように、弟も働くことをとても楽しんだ。毎日森へ行ったり谷で遊んだりできるのだから、楽しいはずなのだ。

 夏のある日、弟もたきぎ集めにだいぶ慣れてきた頃だったが、いつになくたくさんのたきぎを集めて帰ってきたことがある。その量は普段の倍以上で、それぞれの束は藁縄できちんと結わえられており、ろくに縄を結ぶこともできない弟が一人でやったとはとうてい思われなかった。それで、どうしたのかと母がきいた。弟は嬉しそうに話した。
「森のなかでね、小さい子に会ったよ。とっても感心ないい子でね、たきぎを拾うのを手伝ってくれたの。縄の結び方も知っていて、教えてくれたんだよ」
 母はあまり感心しなかったらしく、働いているときのいつもどおりの堅い顔をしたままだった。
「どこの子なんだい」
「わからない。さよならをしたら森の奥のほうへ歩いていったよ」
「森に子どもなんかいやしないよ。誰か大人の人に手伝ってもらったんだろう」
「ちがうよ、小さい子だったよ」
 母は、そう、と言って軽くうなずき、弟を家に入れたが、本当にしてはいなかった。

 次の日も、その次の日も、弟はその「小さい子」に会ったといい、きれいに束ねられたたくさんのたきぎをもってきた。私もその子どもに会ってみたくて仕方がなかったが、母が行かせてくれるはずもなかった。それどころか、母はまだ弟が子どもに会ったということを本当にしず、あまりその子と遊ばないようにと弟にいってきかせた。弟が言った。
「だけどね、お母さん、その子はね、しばらく来ないのだって。それでね、これが咲いたらまた来るよって、ぼくにこいつをくれたのだよ」

 弟はつぼみになっているバラを一枝とりだして母と私に見せた。母はそれを小さな花瓶にさして、弟の寝ているところの窓辺に置いた。

 それから何日かたったが、弟はやはり小さい子には会わなかったらしい。拾ってくるたきぎの量は減った。けれどもせっかく教わった藁縄の結い方は心得ていて、いつもしっかり結わえて持ってかえってきた。

 ある朝、弟が起きてこないので私が呼びにいくことになった。私は弟の肩をゆすって起こそうとしたが、だめだった。私は母を呼んだ。母は私と同じように弟の肩をゆすったあと、額や頬や首をさすり、それから聞いたことのないような声で、おお、おおと泣き始めた。私はよくわからずに彼の顔をのぞきこんだが、それはとても優しそうな、楽しそうな、かわいらしい顔だった。弟は二度と目を覚まさなかった。私が母の泣いているのを見たのはこのときが初めてだった。

 そのとき、私は何かとてもいい匂いを感じた。ふと窓辺を見ると、花瓶にさしておいたバラのつぼみが、元気よく咲いていた。
「あ、お母さん、バラが咲いている」
 思わず私は叫んだ。母はいったん顔を上げて、やわらかな朝の光をまるで自分自身が出しているかのように咲いているそのバラを見た。見て、また、おお、おおと言いながら、泣いた。ずっと泣いていた。

                  了

2008/10/24(Fri)00:50:13 公開 / 河鳥亭
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■作者からのメッセージ
「〜しず」や「本当にしない(信じない)」など、古い言い回しを使ってみたくて使いました。どんな印象を受けるかは、読んでくだすった(「くだすった」も古い用法)方々からのご意見ご感想をお待ちします。
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