- 『おでん』 作者:戸井田 康 / 恋愛小説 サスペンス
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全角8440.5文字
容量16881 bytes
原稿用紙約28.7枚
バイト先の社員に恋をした少女は、その事を隠しながら、自分のおかれている状況を相談した。その社員には同棲している彼女が板が、彼も、次第に彼女に引かれていった。相談したその夜、彼に連れて行ってもらった場所には、美しい景色が広がっていた。
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会いたくても、会えない人がいます
それは、二度と会うことの出来ない恋人です。
本当の初恋の人でした。
私は高校二生の時の事でした。
私はその時、ごく普通の高校生でした。
その高校は女子高でした。
最近は女子高って少なくなっているのですが、
当時は女子高は沢山ありました。
女の子ばかりの中で、皆、早く、彼氏を作って
処女を失くたがっていました。
わたしも、その中の一人でした。
中にはお金で処女売る子もいました。
でも、わたしはそんな事をするつもりはありませんでした。
恋人が出来ました。
四つ年上の大学生でした。
友達に紹介されて付き合いはじめました。
軽い気持ちで始まった、幼い恋でした。
彼はとても背が高く、綺麗な目をした
優しいお兄さんという感じの人でした。
一目でわたしは彼を気に入りました。
わたしは一人っ子でした。だから、わたしには兄弟がいません。
わたしはずっとお兄さんが欲しいと思っていたから。
彼はロックバンドのヴォーカルをしていました。
メタルとも、パンクともいえないただただ激しい演奏をするバンドでした。
アマチュアでしたが、まあまあの人気がありました。
わたしと付き合いはじめた頃から彼のバンドの人気は
上がっていきました。
わたしが彼らの女神だとは思っていません。
丁度彼らの上昇期と重なっていたからだと思っています。
やがて、いつも彼のライブには女の子が殺到するようになりました。
甘いマスクと、優しい声で、激しい音を出すバンドのライブハウスは女の子でいつも一杯でした。彼女たちの熱気で息も出来ないくらいでした。
わたしはいつもライブハウスの最前列で彼の演奏を見ました。
所謂、彼女席です。
ライブハウスの最前列で彼のファンに押しつぶされそうになりながら彼を見詰めていました。
自分の男がステージの上で注目されているということは、とても、気持ちの良い事でした。
そうして、ライブハウスに群がる女達をみながら、優越感に浸っていました。
そうして、わたしは彼にのめり込んでいきました。
わたしは彼の言いなりになりました。
そのうちわたしは彼のバンドの手伝いや、バンド活動の資金を作るため
アルバイトをさせられました。
彼の車に乗せられ連れて行かれたところは
郊外のファミリーレストランでした。
今からそこで働けといわれ、
嫌も応もなしにわたしは働き始めました。
バンドの人気が上がり、彼の回りにグルーピーが屯するようになると
彼のわたしに対する態度が変わり始めました。
可愛い年下の高校生の恋人から、体とお金を持ってくる便利な女のような扱いなりました。
変わったというより、彼が本当の姿を現したといったほうが正しい表現だと思います。
彼が心の奥深く隠していた暴力的な感情が、わたしに向かってくるようになりました。
少しでも、気に入らないことがあると、彼はでわたしに手をあげるようになりました。
彼は、顔以外のところ殴りました。
彼がわたしを殴っていることが、わからないように。
わたしは我慢しました。
自分の男が人気のあるロックバンドの中心人物である事が自慢でしたし
わたしの友達も、同じような扱いをされていたから。
いつの日か、彼といることが苦痛になっていきました。
彼の事が好きだと思っていたことが勘違いだと思うようになってきました。
実際、心は彼から離れていきました。
でも、そんなこと彼には 言えません。
彼が、ほかの女の子と寝ているのはわかっているし
わたしの事も、体とお金の為だけに付き合っているのも
わかっていました。
そのころからわたしは、レストランでの、仕事を覚え、バイトが楽しくなってきました。
何より、その店での、社員の人がわたしにとても優しくしてくれたからです。
その人は、彼より三つほど年上で、ホールの責任者、わたしの直接の上司になる人でした。
彼には一緒に暮らしている彼女がいました。でも、
彼がわたしの心の中でだんだん大きくなっていくのを
感じていました。
いつの日か、いつも、彼のことばかり考えるようになりました。
本当はあの人の彼女になりたいと心の底から思っているのですが
そんなことは、たとえ、想像でも、考えてはいけない事と何度も自分に言い聞かせました。
彼に一緒にくらしている人を紹介されたことがありました。
そんな人とは本当は、会いたくありませんでしたが、どんな人か、会ってみたいという思いもありました。
お店に入ってきた彼女は
優しく、素敵な彼に、ふさわしいとても素敵なひとでした。
彼がわたしに彼女を紹介してくれました。
今まだ見たことのないような素敵な笑顔のひとでした。
まるで、大きな花が咲いたような笑顔でした。
わたしに、
「彼、おっちょこちょいだから、フォローよろしくね」
ってわたしに、言いました。
きっと、わたしを見て、心の底に押し殺していたわたしの気持ち見透かしているようでした。
わたしは恥ずかしくて、その場から消えてなくなりたくなりました。
わたしなんて、彼女に比べればただの世間知らずの子供でしかありません。
わたしと比べようのない素敵なひとでした。
短い時間しか、彼女と話せなかったけど、
わたしは、彼女をとても好きになりました。
わたしは兄弟がいないから、
お姉さんと思ってもいいですかと
厚かましくも、お願いしてしまいました。
彼女は優しく笑って、頷いてくれました。
わたしはそれから、彼女をあ姉さんと呼ぶようになりました。
わたしはそうしているうちに高校を卒業しました。
美術の専門学校に通う事にしました。
絵を描くことが好きだったわたしは
イラストでくらしいけたらいいなと思ったからです。
そのレストランでのアルバイトは勿論、続けていました。
大好きなあの人がいる店です。そこで彼に会い働くのが
わたしの生きがいになっていました。
バンドマンとはまだ続いてました。
でも、彼とは別れたくて、別れたくて、ありませんでした。
その頃はバンドの人気も落ち、
一時あった、メジャーデビューの話も、いつのまにか立ち消えになっていました。
大勢いた、女の取り巻きも、いなくなって、
わたし一人になりました。
バンドは解散寸前で、彼の態度も激しくなっていきまし。
わたしも限界にも彼との関係に限界がやってきました。
あの人にお願いしました。
相談したいことがあるって言いました。
あの人は
「今日、時間ある。仕事終わったらいいところに、連れて行ってあげるよ」
あの人がわたしの目を見ていっています。わたしに断る理由なんてあるはずありません。
早く、店が閉まるのを心待ちにして、その時間が来るのを待っていました。
そんな日に限って、なかんか、閉店時間が過ぎても、最後の客が帰りません。
わたしはやきもきしながら、その最後の客が帰るのを待ちました。
やっと、その客が帰りました。
あの人はレジを清算し、店の中を点検しています。わたしはトイレの鏡で
化粧を直しながら、あの人の作業が終わるのを待っていました。
心は騒ぎます。ただ、わたしが心の奥で、期待しているような事があるわけがないのは知っています。
でも、期待せずにはいられなかったんです。
何年もそのことを心の奥で、押し殺しながら、思っていました。
でも、それは思ってはいけないことです。
わたしの大好きなお姉さんを裏切る事になるからです。
でも、でも、思わずにはいられなかったのです。
「お待たせ。おわったよ、さあ、行こうか」
あの人がわたしを呼びます。
わたしはトイレの中で期待してはいけない期待に震えました。
「乗って」
あの人はわたしを車に乗せました。
あの人の車です。何度か乗せてもらった事はあったのですが、
他に何人か乗っていましたし、仕事の用で、他の店舗に行くだけでした。
今は違います。
二人きり、いつもお姉さんが座ってる助手席に座っています。
憧れの彼女席です。
車は走り出しました。
車は市街地を抜け、街の中心部を通り抜けて行きました。
田園地帯に入り、そこも通り抜けると、
巨大なコンビナートが立ち並ぶ、工場群を見ながら、海に向かいました。
「海を見せたいのかな」
わたしはあの人の横顔を見詰めながら、そう、思いました。
あの人は、まっすぐ前を見て車を運転しました。
車は防砂林の松が立ち並ぶ海岸に着きました。
防砂林の中に車がとまりました。
あの人が言いました。
「さあ、着いたよ」
あの人は歩き出します。
わたしも、あの人の後ろをついていきました。
波の音が聞こえます。
波の音を聴きながら、あの人の後ろをついて歩きました。
砂浜にはいりました。
二人分の砂を踏む跫が夜の海岸波の音と重なりました。
月の明かりに照らされて、波頭が光っています。その上に、満点の星空が広がっていました。
きっとあの人は、この幻想的な風景をわたしに見せたいんだなと思いました。
実際、その風景はとても美しいものでした。
真夜中の、月明かりに照らされた海岸に大好きな人と二入きりで、佇んでいました。
あの人は海に向かって歩いています。
あの人が立ち止まりました。
あの人は、徐に、わたしの方に振り返りました。
わたしは、あの人の隣で立ち止まりました。
あの人は、わたしの体を、引き寄せました。
わたしの体に電流が走ります。
あの人の次の行動に期待したからです。
頭の中に、その瞬間、いろいろな思いが走り抜けます。
抱き寄せられたら、とか、キスされたらとか、
勝手な想像をして、体が火照り、顔が赤くなりました。
あの人はまごまごしているわたしを引き寄せ、両肩を掴むと
わたしを、後ろに向かせました。
「なに、なんですか」
わたしは、あの人に尋ねました。
あの人は、黙って指で指し示しました。
そこには、夜景が宙に浮かんでいました。
わたしたちが住んでいる街は、海から十キロ、山からも十キロのところにあり、
すこしづつ、位置が高くなっていました。それで、この、海の近くから夜景を眺めると
宙に浮いているように見えるのでした。
そのことは、理屈ではわかってもいて、他の場所でなんどか見てはいたのですが、
これだけ、本当に空に浮いているように見える夜景を見たには初めてでした。
わたしは空に浮いている夜景に見蕩れました。
わたしは、いつまでも、それを見蕩れました。
気付くと、あの人はまだ、空を指差しています。
指差しながら、何か、小さな声で囁いています。
わたしは耳を澄ましました。その声は、
「おでん、ほら、おでん」
と、囁いていました。
わたしは、それが、何を言っているのか、解りませんでした。
でも、宙に浮いている夜景を見続けていると、あのひとの言っていることが解りました。
「おでん、ですね。あれ」
そして、わたしは、大きな声を上げました。
「すごい、本当におでんだ」
そうです。宙に浮いている夜景の中におでんがあったのです。
夜景の後ろに小さな山がありました。その山の上にテレビの電波塔が建っていました。
夜景の中心にこの街で一番高いビルがそびえていました。そのビルの真後ろに、その電波塔あります。
長方形のビルの上に、三角形の電波塔、その真上に、まん丸の満月がありました。
長方形が、さつま揚げ、三角のこんにゃく、まん丸の卵、まるで、宙に浮いている巨大で、美しく、幻想的な
おでんが、そこにありました。
「きみに、このおでんを、見せたかったんだ」
あの人はそういって、笑いました。
わたしも、あの人の方を振り返って笑いました。
宙に浮いた巨大なおでんの下で、わたしは、あの人に自分の置かれている状況を話しました。
いつの間にか、わたしは泣いていました。泣きながらわたしは話ました。
あの人はわたしの頭を子供にするように撫ぜてくれました。
わたしの頭を撫ぜながら、なんども頷きながら、話を聞いてくれました。
わたしは、あの人に抱きしめて欲しかったのですが、そこまではしてくれませんでした。
一通りわたしの話を聞いて、はわたしの頭を撫ぜながら、言いました。
「きみは、その人と、別れたいんだね。逃げていちゃ、だめだよ。ちゃんと話をして、わかってもらわないとね」
自分でも、そう思っていましたから、あその決意をする勇気が欲しかったのです。それを今、貰いました。
わたしは、泣き止んでいました。
「そうですね。話しています」
わたしは、そういって、また、おでんにみとれました。
わたしはまたおでんを見ました。卵の月はすこしづつ動いていき、もうおでんの形は壊れてしまいました。
それでも、わたしは、宙に浮く夜景を見続けました。
だって、もっと、もっと、あの人を独占したかったから。
この時が終わってしかったら、二人きりでこんな素敵な所ですごせるなんて、もうこないと思ったからでした。
あの人も、わたしの隣で、寄り添っていてくれました。
明け方近くになり、
「そろそろ、帰らないとね。あいつも心配するから」
あの人が言いました。
「そうですね。ごめんなさい。わたしの為に、こんなに長い時間、つまらない話をきいてもらって」
わたしがそういうと、あの人は、
「ううん、僕も、楽しかったよ。また来ようね」
あの人はそういいました。わたしは
「わたしが、いまの彼と別れられたら、またこの場所で報告しますから、必ず、聞いてくださいね」
わたしは、また会おうねといわれたことがうれしくて、思いっきりの笑顔でいいました。
帰る時間になりました。わたしはまた、あの人の車の助手席に乗り、部屋まで送って貰いました。
車から降り、あの人の車が見えなくなるまで見送りました。
わたしの幸福な時は終わりました。
部屋に帰ると、わたしの彼が苛苛しながらわたしの帰りを待っていました。
部屋に入るなり、彼はわたしを殴りました。
「今の時間まで何をしていたんだ」
わたしを殴りながら、彼はわたしに詰問しました。
殴られながらわたしはいいました。
「もう、分かれましょう。もうわたしは嫌よ」
彼はわたしの言葉に激昂して更に殴りました。
わたしの右目に大きな痣が出来、唇が切れ、血が流れました。
それを見て、彼は殴ることを止めました。
わたしは血を流しながら彼を睨みました。
「もっと、殴りなさいよ。わたしは怖くないから。気が済むまで殴りなさい。それで、気が済んだら、ここから出て行って」
彼はそれを聞いてまた、わたしを殴ろうとしまして、手をあげました。彼は、わたしの顔を目を見詰めました。彼は上げたその手をゆっくり下ろし、黙って部屋から出て行きました。
もう彼は、戻ってきませんした。そうするのが、彼のずたずたのプライドを守る精一杯の方法でした。
わたしは次に日、仕事を休みました。痣や傷だらけの顔であの人と会いたくなかったからです。
それに、こんな顔をあの人に見せたら、とても、心配するに決まっているから。
家にいると、店から電話がかかってきました。店長からでした。
店長は、電話に出たわたしに、明日から仕事に来なくて良いといいました。
わたしは何のことかわかりませんでしたが、わたしとあの人のことそして、いままでの彼の事を
ある事、ない事、言い触らした人がいて、それを店長は鵜呑みにしたようです。
あの人は猛烈に抗議をしたようですが、店長は聞く耳を持たず、わたしへのクビの決定は変わりせんでした。
わたしは素直にその仕事も、あの人の事もあきらめました。あの人に迷惑をかけたくなかったからです。
わたしは、暫く、ぬけがらのようになりました。それからわたしは誰にも会わずに部屋の中に篭るようになりました。
仕事を辞めてから一月が経ちました。
わたしの部屋に友人が尋ねてきました。あの店で少ない友人の一人でした。
彼女はわたしの部屋に入ると同時に、
「あなたの大事な人、死じゃったよ」
と言いました。わたしは、はじめ、彼女が何を行っているのか、理解できませんでした。
「え」
わたしは聞き直しました。彼女はもう一度言いました
「あの人、死んの」
わたしは彼女に詰め寄って言いました。
「どうゆうコト、いったい何があったの」
彼女は話始めました。
わたしが店を辞めさせられた後、あの人は店長にわたしの首を撤回させようとしましたが、
店長は、益々、あの人と、わたしの中を疑い、今度はあの人を攻めました。
それで、あの人は店長を殴ってしまったそうです。
人を殴ったことなんてない人なのに。殴った後、彼は店を飛び出し手行ったそうです。
それからすぐ、あの人は、車を飛ばして、カーブを曲がりきれずに大型トラックと正面をしたのだそうです。
即死でした。
わたしは自分の部屋を飛び出しました。あの人の部屋に向かったのです。
あの人のマンションには、あの人の本当の大事な人、わたしの大好きなお姉さんが、まだ、住んでいる筈でした。
わたしは、走りました。あの人のとお姉さんのことを考えながら。
あの人の部屋が見えてきました。わたしは階段を駆け上がりました。
わたしのあこがれた部屋。そのマンションのドアをわたしは叩きました。
奥から、返事がしました。お姉さんの声でした。
ドアが開きました。
お姉さんはわたしを見て、少しだけ驚いた様子でした。
わたしは、お姉さんの顔を見詰めました。
わたしは、何も言えませんでした。
お姉さんは黙って、わたしを優しく見詰め頷きました。
「いらっしゃい」
お姉さんはそう言ってわたしを中に入れてくれました。
「こっちよ」
そう言って、奥に案内しました。
一番奥の部屋、日当たりのいい部屋入りました。
「あの人の部屋よ」
その部屋には沢山の本とコンパクトディスクが置かれていました。
本棚の中段に、写真が立て掛けてありました。
あの人の写真でした。となりには花が飾ってありました。
はじめて、私の目から、涙が出ました。
もう、止まりませんでした。わたしはその場で突っ伏して、泣きました。
あの人の部屋は、懐かしいあの人の匂いで、満ちていました。
お姉さんはわたしの隣に座って、優しくわたしを抱いてくれました。
声を出して泣きました。お姉さんはそんなわたしの頭を小さな子をあやすように
撫ぜてくれました。わたしはお姉さんに縋って泣きました。
いつまでも、いつまでも、声をあげて泣きました。
どのくらい、そうしていたのでしょうか、気が付くと辺りは暗くなっていました。
「すこしは気がすんだ」
お姉さんはわたしの顔を覗き込んでそう言いながら、わたし涙を拭いてくれました。
わたしはしゃくりあげながら小さく頷きました。
「それなら、二人の大事な人の為にお線香をあげてやって」
その時、はじめて、あの人の写真の隣に線香皿があのに気が付きました。
わたしは、あの人の為にお線香を上げました。
お線香に火をつけるとわたしの目から涙がまたでてきました。
いつまでも、あの人の写真に向かってわたしにお姉さんは、そっと声をかけました。
「あなたに、見せたいものがあるの」
お姉さんはわたしに、手紙を渡しました。
「あの人の手紙、あなた宛よ」
わたしは驚いて、その手紙を見詰めました。
「あけて、読んで御覧なさい」
わたしは言われるまま、それの封を開け手紙を広げました。
それには、
”○と△と☐”が縦に並んで描いてありました。
「これ、おでんよんね」
覗き込んでいたお姉さんが言いました。
「そうですよね。これ、おでんの事ですよね」
わたしも言いました。
お姉さんとわたしは、顔を見合わせて笑いました。
泣きながら笑いました。
「あの人と、おでんを見にいったのね」
おねえさんは笑いながらわたしに言いました。
わたしは大きく頭を縦に振りました。
「わたしも、見たわ。あの人、気に入った女の子にあれを見せたがるのよね。
あのひとあなたの好きだったのよ、だぶん、わたしと別れるつもりだったのよ」
わたしは驚いて、おねえさんを見ました。
「そういうこと」
おねえさんは、そう言って、笑いました。
「あのひとは、もう、永遠にわたしのもの」
わたしはあの人のマンションを飛び出しました。
口の中で、何度も、何度も、
「ごめんなさい、ごめんさい」
と、繰り返していました。
わたしは、あの人に向かって、謝っていたのか、
お姉さんに向かって謝っているのか、わたしにも解りませんでした。
あれから、おねえさんとは会っていません。
わたしは、毎年、あのおでんを見に行きます。
それを見ながら、思いっきり泣きます。
そこで、一年分泣きます。
泣くだけ泣いて、その年の、生きる力を充電します。
おでんを見ているときだけ、
あの人はわたしだけのものです。
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■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。