- 『真っ白な部屋の中』 作者:らびゅぅスクランブル / 未分類 未分類
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原稿用紙約18.1枚
何もない世界は平和で、やることがない。
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ある晴れた日のこと。心地よい睡魔が襲い掛かる。
猫が丸くなるみたいに背中を小さく丸めて、大きくアクビを欠き漏らす。
「ふわぁあ……」
なんにしたって平和な世界。言い換えれば、ものすご〜く暇な世界。
流す涙は悲しみのためじゃなくて、アクビをしたから流れた涙。
人間同士が争っていた時代もあった。天変地異のアヤカシが居座っていたことも、ただの幻だと思われていた時代もあった。
「眠‥」
だけどそれは昔の人間達が想い落とした創造。
偶然と科学が出来てたどり着けなかった終点地。
古来、地球と呼ばれていた星に生息していた人類はもろいと聞く。もろい文明といくら時間を置いても発達しないところからどのくらい時間(とき)が流れてこうなったのかなんて知らないけど、俺は今あるこの世界でただ生きてる人類。己が何者かなんて興味はない。
昔の人間が言っていた宇宙人みたいな尖がった耳と無駄に発達しすぎた知能を備えた人類は、脳みそまで変形して顔全体がアーモンド型になるなんて思い込んでいたらしい。
もっとも俺はそれを信じたわけじゃない。ただそう教え込まれただけだ。
昔の人間が言っていた『地球』は再び再生を始めて約3億年前の元ある姿を取り戻し、独立の大陸を造り上げたという。
古い歴史ではパンゲアと呼ばれていたが、また新たに浸透し続ける青と緑の星は古来の名残を受け継いでか新人類の生息地をPangaearthと名付けられた。
パンゲヤースそれが正式な新人類の住む星の名前。旧名は地球。
パンゲヤースと呼ばれる星に生息している殆どは数ある惑星のうちから逃げ出してきたという脱獄者や属ばかりである。
昔の人間は相変わらず人間とアヤカシの共存というとファンタジーの中だけの話だった。
ファンタジーといえば空想だの妖怪だの、麒麟や鳳凰なんていうのも居た。何処をどうやったら歴代の小話が詰まっていられる場所が、星の名前が変わるずっと前から根強くたって居られたのか。性もない悪足掻きだと馬鹿に思っていたが、相当の暇人である俺の興味を惹いた。
多分この建物だけが人類の最初で最後かもしれない。俺の唯一の楽しみ。といえば嘘になるかもしれない。なんせこの世界で唯一俺と共に居る建物だから、他に楽しむものなんてない。
相変わらず物静かで存在すらわからないほど俺だけの世界に佇む。気が向けば。なんとなく。これも暇つぶしで。最低限の風が吹かない限り俺は二度とあの図書館には近寄らないだろう。
だが、それもまた一月前までの話だ。
別に存在自体がはっきりしていたわけではないから、残念だという気持ちは全くない。
ただ――ほんの少しだけ手元が空気のようだ。
今となっては全てが笑い話。宇宙人とか人間とかの共存なんて珍しくない世の中だから、今更ファンタジー小説やファンタジー漫画なんて流行らない。
逆に昔の人間を題材にした物語がウケるという。そんな御世代。
俺が一月前まで通っていた建物には時代という最大の流れに汚染された書物達がしっかりと時代にあった文字や文明についても参考書などがズラリと並んでいた。きちんと翻訳されているのもあれば、未だに解読されていない書物も所々あったことを不意に思い出す。
今更思い出してもあてにはならないのだが、無意識に脳裏の中で蘇る古い記憶。過去の古い記憶など引きずっていても性もないことだ。
「はぁ‥」
そう思うと溜息が出る。こんな俺も実は妖怪で、昔の人間が描いたといわれてる西遊記とかモチーフが今のパンゲヤースに近い存在だから、これが今の流行り書物だって友人に勧められたから暇つぶしに目をとおしているわけなのだが……。
「………」
よく判らん。なんてたってこの書物自体昔の人間が使っていた「ヒラガナ、カタカナ、カンジ」というもので構成された形式だから、俺にはいまひとつ理解が出来なかった。
本来ならば古い文明の言葉や書体などは習わずに、今ある文明の成り立ちや経済の流れを教え込むはずなのだが……――おかしい。非常におかしい。
この書物は今の文明用に解読されていないのに「これは面白い」という勧めの言葉を上げられた友人がおかしい。
決して理解できないから眠いとか活字を見てたら眠くなったとかいう程度ではない。
そう、俺は元から眠いのだ。
「――っだァッッ!!」
むしゃくしゃした勢いで本を壁に投げつける。これは単なる八つ当たり。
だだっ広い部屋だけに何もない真っ白な空間で、本が強打したところが壁なのかも実際わからない。
「もう、我慢できん」
相当むしゃくしゃしてた勢いで言葉を投げやりに強める。
たった独りで、だだっ広く狭い真っ白な部屋の中に閉じ込められた「俺」という存在は虚しい程に寂しい。
何がやりたくってこんなことをしているのか、俺という存在は何故独りなのか。
問い詰められても俺には判らないから余計にむしゃくしゃする。
「………」
話し相手も、テレビも、冷蔵庫も、家族も居ない。
小鳥や動物たちも、色鮮やかな空の色も。
流れる川のせせらぎも、音も声もない。完全な『無』の世界。
何があったのか俺にもわからない。
ただ何年か前に友人と交差点の上で「サヨナラ」をいったときが妙に繊細で、記憶の隅にポツリと浮かぶ。だがそれも今となっては遠い過去の記憶。
途切れたままの会話は未だに先を進もうとしない。こっから先の物語がどうしても続かないのだ。
結局、中途半端に途切れたままの会話で――そういえば、俺が前に貸したAVさぁ、お前に返してもらったっけ? それすら覚えてない。応答する声もない。
壁に撃沈した書物を拾い上げる。溜息が出るほど俺はウンザリしていた。
「………暇」
ぽそっと呟く声に連なる言葉はない。
ただ俺の足元に絡みつくのが灰色の指先の様に見えて、最期まで俺を睨みつけるかのようにその人形は傾いていた。
ああ、そうか。――俺があの時、君を手放したんだ。
****
ある日の夜。まだこの星が地球と呼ばれていた頃、いつも以上に強い土砂降りの豪雨が地面を叩きつけていた。そんな放課後の教室で、同じジャンルの同じマニア同士で、いつもと変わらない会話だけでもエンドレスな俺は気の合う友人と今日も某ファンタジー漫画の話題で盛り上がっていた。
俺も友人も弾んでいた。だが楽しんでいたのもつかの間で、どんよりしていた雲行きは更に怪しくなり、更にはカミナリまで落ちた。
「やっべぇーっ。帰んないとじゃん!」
「早くしないと、今夜は台風が近づくって言ってたよ」
「そんなん当てになんねーよ。ていうかお前、傘は?」
「忘れた」
「ふーん……て、即答かよ」
「あはは」
早く家に帰宅しなければならないという非常事態に、学校の下駄箱前でお気楽な会話を交わしながらショートにコント風味。何処に落ちたのかは定かではないカミナリが直球で落ちる時のものすっごい爆音が俺の背後で轟いていた。
一瞬ビビった俺だが、このままではラチが明かないと確信した俺は一か八かで思い切った発言を友人にぶつけてみた。
「よし。このまま強行突破すんぞ」
最初は冗談かと思っていたのだがどうやら友人は本気で傘を忘れていたらい。案の定、俺の手元にも傘は無かったという救いようのない話で、友人は唖然となっていた。
仕方なくずぶ濡れになることを選んだ俺と友人は、傘も差さないで校門を駆け抜けた。俺と友人は半ばやけくそで豪雨の中をビシャビシャと音を立てて駆け出す。いたって普通の判断で、男児なら一度は身体を張るものだろう。
俺と友人は豪雨の中を無我夢中で駆けながら己の中の感覚を頼りに帰り路を急ぐ。
このときの信号が赤だったとか青だったとかは気にせずに突っ走っていた。丁度スクランブル交差点の中央に差し掛かったと思わせる足元の白と紺色の縞々が俺の足元に引かれていた事に気づく。
「ねぇ‥やっぱり、予報は当たって」
「んな事いってる場合じゃねぇよ! とにかく走り抜けっぞ!」
「……う、うん」
俺の背中を追うように友人が後を走る。雨の中じゃなければ多分青春の二文字が輝いていた気もするが、まあどうでもいい。
思い思いに浮かべることも早々あることかもしれないが、この情況じゃあどれも完結には思い浮かべてないだろう。俺もそうだ。
なんとか無事に帰宅。自宅に上がりこんでまず最初にやることといえば風呂だ。
宿題よりも先に風呂だ。
なんぜこんな土砂降りの雨の中を突っ走ったもんだから、制服やら下着のシャツやら諸々がスケスケに成るまでびしょ濡れで、この日に限り一番悲惨だったのが鞄の中身である。教科書や参考書。プリント数枚。グチャグチャのフニャフニャである。
ひとっ風呂浴びてサッパリした後に飲むコーヒー牛乳は格別である。俺は瞬時に確信した。
「ぷっ‥ふはぁ〜〜っ。んー。やっぱり風呂上りはこれに限る」
腰にタオル一枚を巻きつけて、幸福な独り言を漏らすのが俺の快感だ。親父臭い? ま、俺も男だからね。こういうことはしょっちゅうあるさ。
などと脳裏でもまた、別の見えもしない相手に受け答えをする。いわゆる普通の男の子である。
ちゃっちゃか着替えを済ませるために、濡れた素足のまま個人の部屋へ足を突き出す。
この日ばかりは両親が残業のためか、俺一人が自宅の中で動き回る。着替えを探すのにも手間をかけて自分の手元だけを気にしていたら、下のほうがやけに冷気を感じるように思えた。「まさか‥」と思いポリゴンの様にギクシャクした動きで視線を下に向ける。
案の定(というより、思ったとおり)いつの間にか腰に巻いていたタオルが床にズレ落ちていた。全身すっぽんぽん。この状態に俺は言葉を失った。
この日まで俺は普通の人間だった。じゃなきゃこんな破廉恥な状況には成れない筈だ。
急なことで理屈だけで上手く説明が付かないのだが、どうしたことか俺は自分の身体に湧き上がる違和感に気付いたのだ。
最初はそんな違和感になど気付かず、ただ超能力に憧れて見よう見まねで下手なマジックでも出来るような物を宙に浮かすという行為が出来た。
最初は両親も大喜びで、勝手に俺の将来などを想像していたし、結果オーライだ。
その次の日に、俺は空中で物を飛び交わせることも可能にした。この現象は次第にマジック以上のものとなり俺は次々と特技を身につけていった。空間移動。空を飛ぶ。金縛り。さとられ。それをどっからどの時点で気付いたのか、全く……不思議なことだ。
ともかく、俺は魔法以上の力を手に入れた。現実にはありえないことだ。
いや、この世界自体がファンタジーなのかもしれない。俺はそう思った。
折角この不思議な力を手に入れたのだから利用しない手立てはない。俺は早速、友人にこのことを話した。そうしたら……。
「いくらなんでもウザくない? ありえないっしょ」
否定の言葉。今までファンタジーに対する溢れんばかりの感情を語った仲なのに、友人は爽やかに微笑みながら棘のある言葉を放つ。
だが、こんなんで退ける俺ではない。逆に不思議な力の存在を証明したくなった。
悪い奴らを一人残らず懲らしめ、悪人を裁き、心のうちをさとり、この世の中を正当化しようと俺は本当の意味でのヒーローに成ろうとしていた。
最初からそんなはずは無かったが、やっていくうちに心のうちからこみ上げてくる想いに素直に従った。
こんな超人的な俺を見て、友人はまた俺に心を開いてくれたらしい。
「こんな俺でも……友達で居てくれる?」
「当たり前じゃない。僕はずっと君の友達だよ」
俺はこの言葉を信じた。
いつもどおり友人と会話が弾む毎日で、悪い奴らを懲らしめる俺に想いを寄せていた友人。
嬉しかった。
『ずっと友達』――ただ、この言葉だけを信じて。
同じ事を繰り返すうちに俺はある事に気づいた。
最大の悪い奴は、直ぐ側に居る。
****
あれからどのくらい経つんだろ? 俺に裏切られたとばかりに必死に責めて、俺の足元にしがみついていた友人はワンワン泣きじゃくって煩かったよ。
君が最後に言った言葉――忘れはしないさ。絶対に。
もうすっかり忘れられた存在が俺の足元にしがみつく。……しつこいよ。そうそう。今も昔も相変わらずしつこい野郎だったって事も、俺は忘れないさ。
でも……それもいつか消えちゃうけどね。あの建物みたいに。瞬きする暇もなく一瞬で。
あー‥でも違うか。あの建物は勝手に崩壊したのだから。俺のせいではない。
だだっ広く狭い真っ白な部屋の中に閉じ込められた「俺」という存在は虚しい程に寂しい。
俺が望んでいた人生はこんな未来ではなかったはずなのに。――なんで? 俺だけみんなと違うの? ――え。俺は何も‥! 誰もが俺を化け物だ妖怪だと罵り恐れていた。俺という存在はこの地球と呼ばれていた星に相応しくない存在なんだ。俺は瞬時に悟った。
だからそれ以来、俺はなんとしてでも自分に相応しいと思う世界を見つけたいと願った。ビョウキでもなければイジョウでもない。
ただあるがままに俺は生き続けた。もちろん周りの人類は年月を重ねるごとに老化や衰弱といった身体の衰えに加えて、幾度となく変わり行く周りの環境に俺は何度も歴史を観てきた。
だがどれも似たような事ばかり繰り返してるだけで、誰も新たな一歩を改善しようとしなかった。
その結果、人類は滅び湖は底を尽きて草木は枯れ一面砂漠と化したが、一夜にして呆気なく色を失った。元凶は不明。
少なくとも俺のせいではない。俺は神でも仏でもない。
環境に応じた身体に成るべく長寿を試みて、ありとあらゆる世界をこの眼に映し、嫌気がさして俺がこの手を紅く染めながら残りの人類を滅ぼしたのではない。周りが勝手に滅んで逝ったのだ。
結局、最後の最期には独りとなった。
何がしたかったのか自分でもわからない。わかりたくもない。
こんな未来を創りたかったわけじゃない。こんなの本当の未来じゃない。
でも気づいたら俺は死ねない身体に応じていた。変わり果てた環境が、この何もない真っ白な世界を生み出し、ただの人間だった「俺」を変えてしまった。
――確かに、最初は自分の身体に相応しい世界が欲しいと思った。
でも何故こんな悪夢を見なければ成らない。天罰か? 神も仏もあるのか無いのかはっきりしない存在が、俺を罰するために与えたものなのか?
よくはわからない。ただ一つ言える事は俺だけが長生きをしすぎたということ。
そして、だだっ広く狭い真っ白な部屋には「俺」以外誰も居ない。――これが『無』なんだろうか。
完全な『無』の世界。
非常に虚しい寂しさ。
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2008/10/10(Fri)10:33:19 公開 / らびゅぅスクランブル
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