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『昼休み』 作者:六六 / リアル・現代 未分類
全角4135文字
容量8270 bytes
原稿用紙約13.45枚
  
 
 僕は、彼にナイフを突きつけていた。
 僕ら以外に誰も居ない学校の屋上、澄み切った青空の下。雲は無い。ちょっと背の高い木も、まさかこんな所までは届かない。太陽を遮るものは他に探そうにも見当たらず、おかげで容赦なく僕らを照りつける。僕はちらりと、今日は人を殺すのには向かない天気だなと思った。
 目の前に、まさに只今からその刃を突き立てる相手。今、僕は仰向けに倒れる彼の上に跨り、動きを封じている。もちろん、ナイフの切っ先を彼の喉元に真っ直ぐ向けたまま、だ。油断はしない。するつもりもない。ここで油断して何かしらの動揺を誘われ、うっかりターゲットを逃がす犯人を安っぽいドラマなんかでよく見かけたものだが、もちろんそんな先輩方の二の舞を踏むつもりもない。
 そうだ、いつだって彼を殺せる。ちょっとでも彼が抵抗しようものなら、この銀色に輝く刃がすぐさま彼の喉を突き破るだろう。それどころか何のきっかけも無く、思い出が走馬灯のように駆け巡ることさえ許さずに、今から一秒後、一瞬先、もしくは今まさにナイフをちょっと横に滑らせれば、僕は彼を殺せるのだ。しかし僕はあえてそうしない。それは何故か。
 ――まだ、“その時”ではないからだ。
 「なあ、なんでだよ」
 彼が喉の奥から絞り出すような声で呟いた。僕の眼を、真っ直ぐ見据えている。
 なのにともすればそれは、誰かに向けて発せられた言葉ではないようにすら聞こえる。そう、まるでひとりごと。
 「俺ら、友達だろ」
 知らない、そんなこと。
 僕は少しも表情を崩さずに(そうしたつもりだが実際彼にどう見えていたかはわからない)、ただ、彼の眼を見つめ返してやる。彼もまた、その取り繕ったような汗ばむ笑顔を僕に向けたまま続けた。
 「なあ、それ。……しまってくれないか」
 「なんで」
 随分と久しぶりに言葉を発した気がする。そのせいか、自分でも笑ってしまうくらいぎこちない発音になった。
 数秒間を置いても答えをよこそうとしない彼に、僕は追い討ちをかけるかのごとくもう一度問う。
 「ねえ、なんで」
 今度は、さっきよりも上手く言えた。
 「怖いからに、決まってるだろ」
 今度は、すぐに答えが返ってきた。
 情けないほどに震える声。よく耳をこらすと、がちがちと奥歯が鳴る音が聴こえた。……その怯えきった顔を、真下に見下ろす。なんて惨めな人だろう、と思った。
 火傷しそうなほど熱されたコンクリートの地面を背に、彼はひたすら泣きそうな声で言う。
 「俺を殺して、それからお前はどうするんだ。俺という自分のクラスメイトを殺した残虐な殺人犯として、一生世間から批判を受け続けるんだぞ。それでいいのか?」
 『世間なんて、どうせ僕には関係ない。それ位の事を気にしてるなんて、君も随分と小さい人間だな』
 そんなちょっとだけ耳触りの良い言い回しの台詞が一瞬にして頭に浮かんできたが、言葉にするのは止めた。“僕”は、そんな言葉の似合う人間ではない。
 「構わない。僕は、今から君を殺す。……それだけだ」
 言って、にぃと口端を歪めてみる。うん、こっちのほうがしっくりくるな。 
 「なんで……なんでだよ……俺はお前を信じていたのに」
 「なんで僕を信じたのさ」
 吐き捨てるように僕が言うと、途端、彼の眼が見開かれる。驚愕と絶望が入り混じった、酷い顔だった。
 まるで、大切な友達に裏切られたみたいな。
 「僕は、君に信用される覚えはない」
 「……」
 「ましてや友達になった覚えもない」
 「……」
 「だから、君を殺そうが裏切ろうが、僕の自由だ」
 言って、刃先を皮膚が傷つかない程度に喉に押し付ける。するとその刃先が一瞬、僅かに押し返されたような気がした。それとほとんど同時に、ごくりと唾を飲む音が聞こえた。
 そろそろ終わらせよう。そう思って、僕がナイフの柄を持つ指にさらに力を入れたときだった。
 「――――そうか」
 さっきとは打って変わって、寂しげな、落ち着いた声。
 突然、恐怖と驚愕と絶望とに彩られていた顔がみるみるうちに穏やかな笑顔へと変わって行く様を、僕はただ何を思うわけでもなく、じっと見ていた。いや、何も物思わなかったわけではない。ひとつ、思ってはいた。
 凄いな、と。
 「俺は、友達のつもりだったよ」
 静かに彼は言った。今まさについさっきまで親友と思っていた者からナイフを突きつけられている人間のものとは到底思えない、そんな穏やかな表情をしていた。
 そして、この辺りからが彼の、僕の、最後の時間となるだろうと悟る。
 「お前の、友達であるつもりだ。今も。これからも」
 「……こうして裏切られたあとでも?」
 「ああ、もちろん」
 「僕が君を友達だと思っていなかったとしても?」
 「ああ」
 一寸の迷いも無い答。真っ直ぐな眼。ああやめてくれ。やめてくれ。僕に、今更になってそんな些細な情を植えつけないでくれ。僕の決意を鈍らせないでくれ。
 ……なんて。普通の人間なら思うところだろうか。
 残念ながら、僕にそんな思いはちっとも巡ってはくれなかった。僕の頭にあるのは、彼を“殺す”ことだけ。
 “これ”を終わらせるためにも。いや、もうすでに終わる時間は近づいていた。終わらせなければ、いけないのだ。
 「――でも、そろそろお別れなんだ」
 短くそれを伝えると、彼は微笑んだ。
 「……ああ」
 「楽しかったよ」
 「俺もだ」
 僕は一度ナイフを彼の喉から遠ざけ、大きく振り上げた。
 陽光に照らされさらに輝きを増したナイフを、彼に真っ直ぐ向けたまま肩の回る限りに、上へ、上へと。
 「じゃあ」
 「じゃあ」
 僕は彼を見下ろしていた。彼は僕を見上げていた。僕らは、一緒に小さく笑った。
 「また、後で」
 
 
 
 
 かしゅん。
 何かがこすれるような音がした。そしてそれに重なるように、昼休みの終わりを告げるチャイムが重々しく響きわたる。――誰も居ない屋上に。
 下の階に続く階段へと繋がる扉は、無造作に開け放たれていた。







 「なーんだかなぁ……」
 「え、ダメだった? 僕」
 「ダメだったわけじゃないけどよぉ……なんかリアリティに欠けるよなーと思って」
 とあるのどかな町の、とある小さな中学校の、とある三年一組の教室にて、只今現在進行形で数学の授業が行なわれていました。教室にいる生徒たちは、各々ある程度ふざけながらとりあえずは真面目に授業を受けていました。
 そんないい感じの雰囲気の教室の中に、とある二人の少年がいました。
 一人はスポーティーな短めの髪。腕に黒いリストバンドをつけていました。
 一人は長めの前髪を七三気味に分けて、眼鏡をかけていました。
 他の生徒たちからはなんとなく授業を受けようとする意志が伝わってきましたが、どういうわけだか、彼らからはそんな意志がこれっぽちも伝わってきません。席が隣同士であるのをいいことに、二人の会話は続きます。
 かしゅん、かしゅん。
 「まあ、これオモチャだしね」
 「それもそうだけどよ。ていうかお前さ、あのときの、実は結構痛かったんだけど」
 「え、ホント? だってこれオモチャだよ?」
 「いや、だからこそこの痛みはなんだよ。――なに目ェ泳がせてんだオイ。合わせろ、目を」
 「無理。石になるから」
 「あ、何だっけそれ……なんか髪の毛が蛇で、女で……」
 会話の一端で、実際会話内容とは一切関係の無い妖怪の名前で悩むリストバンドの少年の頭上から、
 「……メデューサでしょ」
 「そうそれだ!」
 声が降ってきました。
 「――……あ」
 思わず顔を上げて、悩み苦しんでいた問題への答えを導き出してくれたその人を指差したところで、少年は固まりました。目の前には、数学の教科書を開いたまま笑顔で彼をみつめる一人の女性教師。
 その顔は満面の笑みなのにも関わらず、どことなく凄みを帯びているような気がしました。笑顔のまま、彼女は楽しそうに問います。
 「二人とも、授業は聞いていましたかー?」
 「…………」
 さっきまであれほどしゃべっていた二人も、彼女の威圧感ある声に押し黙ってしまいました。視線は自然と足元の上履きへと逃げ、額からは冷や汗が滲み出てきます。
 すっかり縮こまった二人を見て、女性教師はひとつため息をつきました。それから教科書を閉じ、くるくると丸めて、
 「いて」
 「あいた」
 ぱこんぽこんと立て続けに二人の頭を叩きました。
 「まったくもう……さっきだってチャイムが鳴って大分経ってからそっと教室に入ってくるし。気付いてたのよ? だけどわざと気付かないフリしててあげたの。教師のお思いやりにも気付いて欲しいわ」
 「……恐縮です……」
 頭上から聞こえ続ける呆れたような声に、眼鏡の方の少年はうつむいたまま、小さく小さく返事を返すことしかできません。
 「で? 一体何してたのよ。毎日昼休みになると、あなた達二人とも屋上で何かこそこそやってるみたいだけど」
 今日こそは教えてもらうわよ、と女性教師は二人の男子生徒に迫ります。最早授業なんて完全にそっちのけにされてました。正式に、教師の手によって。
 二人の生徒は軽くうつむいたまま、顔を見合わせました。見合わせて、しばらく見合わせて――――いひ。妙な笑い声を発しました。
 それから、眼鏡の方の少年がさっき慌ててポケットに突っ込んだものを取り出しました。ぎらり、と鈍い煌き。
 ナイフでした。
 そして彼は素早くそれを手のひらに刺します。かしゅん。抜きます。かしゅん。抜き刺し。かしゅんかしゅん。
 「……オモチャのナイフ?」
 女性教師は小首を傾げました。
 それは、刃がプラスチックでできていて、それが柄の中に引っ込む仕組みになっているオモチャのナイフでした。柄の中に仕込まれたバネが伸び縮みして、柄の内側をこする音がします。
 眼鏡の方の少年が笑顔のまま答えました。
 「はい。コレを使って遊んでいたんです」
 「こんなもの、何の遊びに使うのよ」
 訝しげな女性教師のその問いに、二人は笑って答えました。



 「親友に裏切られた人ごっこと、親友を裏切る人ごっこ!!」


2008/10/04(Sat)22:42:46 公開 / 六六
■この作品の著作権は六六さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして。六六(ろむ)と申すものです。緊張と不安で一杯です……。
役者さんって、演技をするときどんな気持ちなんだろうと思ってこのお話を書いてみました。
ドラマや映画などを見ているとき、いつも役者さんってすごいなあと思っています。

ご指摘や批判など御座いましたら、教えてやってくださると幸いです。
まだまだ未熟者ですが、どうかよろしくお願いいたします。
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