- 『ただいま。』 作者:ライラック / 未分類 未分類
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全角4370文字
容量8740 bytes
原稿用紙約14.45枚
バクバク、モグモグ、ガリガリ、カシャカシャ、ゴク、ペロ、ハムハム、クンクン、モグ、ゴックン。
「っんとに、よく食うなあ、くま」
「ワン」
僕の名前はくま。空き地にひとり暮らしをしている。いま、食べたのはよくあるドッグフード。目の前にいる少年が毎日もってきてくれるので、たすかっている。
「そろそろ寒くなるからなあ。ほんとは家に入れてあげたいけどウチじゃ飼えないんだ、ごめんな」
「ワン」
家に入ると寒くないのか。僕の、この家は寒いが。この少年は何を言っているのだろう。
「おっおい、ついてくんなよ。家には入れられないんだってば」
「ワン」
別に入る気はないんだ。ただ、君の言うことが気になってしまって、食事も喉に通らないから。
「いやいや」
「ワン」
あれ、僕の言ってることが分かるのかな、そんな人間はじめてみるけど。
「とにかくダメなんだよ。言うことをきけないなら…」
「ワン」
しかたない、こっそりついていくことにしよう。ドッグフードをもってきてもらえないのは困る。
「ただいま」
「くぅーん」
ただいま……? ただいまって、なんだろう。この少年は誰と話しているのだろう。
「また、あの空き地に行っていたのね、わかってるね、ウチでは犬は…」
「え? なんでわかったのさ」
「あきれた。うしろを見てごらん」
「あ……。言っただろ。ついてきたらダメだって…!」
「ワン」
バレちゃった。また明日ドッグフードは貰えるのだろうか。まあ、とりあえず、今は戻ろうか。僕はあそこで暮らしているのだから。
「ただいっ」
いいかけて僕は止めた。暮らしているところを目の前にしたら言うものだと思ったけど、けど、なんか 違くて。あの少年と同じはずなのに、どうしてだろう。言う気にならない。いくら考えても、わからないかなあ。今日はもう寝ようかな。
「くまっ!」
「ワン」
よかった。今日ももってきてくれた。もう、お腹が空いて仕方がないよ。食べながら、少年の話を聞いていた。
「今日、算数で分からない問題があったんだ。でも、先生に聞いたら、出来た。ほんとは自分一人でやりたかったけど、先生は、わからないことは人にきけばいいんだよって言ったんだ。くまに算数の話しても分からないと思うけどね。2-1は?」
「バクバクモグモグ」
誰がワンなんて言うか。僕は賢いんだぞ。それくらい分かるさ。だけど、ただいまって、いつ言うんだろう。それが分からなくて困ってるんだ。
「食べることに夢中かよ。まあ分からなくて当たり前だと思うけど。ほら、もう終わったかい。もう僕は帰るからね」
「ワン」
分からないことは聞けばいい、か。でも、僕はずっと独りで、ずっとここにいて。誰に聞けばいいんだろう。もう、分からないことがいっぱいになっちゃった。今日もまた眠ろうかな
夢を見た。誰かと一緒に走る夢。夜の道、夜なのにキラキラしている。夜の道、どうしてか、それがすごく懐かしく思える。夜の道、誰かが言った。「星がきれい」夜の道、やさしくほのかなその光がうれしくて。夜の道、僕らはせーのでジャンプした。
朝がくる。生まれてからなんどめかの朝がきた。夢を見たのだって、いつぶりだろう。僕は何かを思い出せそうな気がする。なつかしい何か。けど、それが何なのかまでは分からない。だけど、それはあたたかくてやさしくて。今日はそれを探しに行こう。もう、じっとなんかしていられないから。夢にでてきたのは誰だったんだろう。
僕は歩き出した。どこに向かうのかも分からずに。だけど、知りたいことがたくさんあるから。やっぱり人に聞こう。
知りたいことは人に聞けばいいんだ。そのことをあの少年は教えてくれたから。だけど、人に聞くなんてはじめてだな。僕は賢くて何でも独りで分かったから。うまく聞けるかなあ、そう思うと顔を上げて歩いていたはずなのにいつのまにか僕はうつむいて足を止めてしまった。怖くなってしまったのかもしれない。
そうしていると、声が聞こえたんだ。
「どうしたの」
その声は、やさしくてあたたかくて、はじめて聴く声なのにどこかなつかしくて。
「はじめまして、お久しぶりです」
って僕は返事した。
「何か困っているの? 私でよければ力になりましょうか」
「あの……」
僕はおそるおそる事情を説明した。そうすると、こう言われたんだ。
「…私に付いてきて」
迷ったけれど、僕はついて行くことにした。随分、長い間同じ歩幅で歩いた。何か思い出せそうな気がした。
「そういえば、名前をまだ聞いてないわね」
「名前? 僕の名前は…… くまって言うんだ。呼ぶのは、あの少年だけだけど。それに変な名前」
「では、これから私も、あなたをそう呼ぶわ。あなたはもう独りではないのよ。それに、名前を変だななんて思わないで。それは、あなたがはじめてもらったプレゼントよ」
「もうすぐ着くよ」
「着くってどこに?」
「前をみてごらん」
「あ……」
そこには、たくさんの犬がいたんだ。みんな仲良く遊んでる。なぜだかとても懐かしいその光景を前にして、僕は何か言いたくなった。けど、なんて言っていいのかわからず、そこで僕は足をとめた。
僕がそこで立ち尽くしていると、気付けば、そこにいたみんなが僕の目の前まで来ていた。
「はじめまして、僕はポロン」
「わたしは、チョコ」
「俺は…」
立て続けにいろんな声がきこえる。それを、僕を連れて来た犬が止めた。
「はいはい、少し待ちなさい。自己紹介はまず、この子からでしょう」
そう言って僕に鼻を近づける。
「僕は、そのえーと、名前はくま。それで、ずっと向こうの空き地でずっと独りでいたんだ。食事には困らなかったけど、今、話せるようなことはなにもない」
「…わかった。話はゆっくり聞きましょう」
誰かが言った。
そこから僕は、ひとりづつ、たくさん話をした。ポロンはこう言った。
「ずっと独りで平気だったの?」
「うん。大丈夫」
と僕は返した。
「平気とか大丈夫って言葉は、そうじゃないときにしか出てこない言葉だよ」
チョコはこう言った。
「好きな場所ってある?」
「僕はずっと同じ所にいたから」
と僕は返した
「そう。私はね。ポロンのとなりよ」
コロはこう言った。
「なにか悩んでるの?」
「うん」
と僕は返した
「それは考えてるって思いなよ。似ているようで違うから。答を出そうとする姿勢が」
レオはこう言った。
「くまは強いの?」
「多分。賢いし、ずっと独りで生きてきたし」
と僕は返した
「独りで生きた強さは強さじゃないよ。強がりとは全然ちがう。寂しいって思う弱さを受け入れよう。弱いところもぜんあわせて、ひとりの自分だから。そう思えるのが強さだと思うよ」
ココはこう言った。
「成功に近道ってあると思う? あったら教えて欲しくない?」
「そうだね、僕もそう思う」
と僕は返した
「だよね。だって絶対に通りたくないから。欲しいのは頑張った先の成功」
サクラはこういった。
「僕には夢がある。くまにもある?」
「…考えたことなかったよ」
と僕は返した
「そうなんだ。でも、夢は大切だと思うよ。生きる力さ。けど、僕はこう思うんだ。夢だけ見てちゃいけない。それで、夢を捨てちゃいけないって」
ベルはこう言った。
「失敗するのってこわい?」
「そりゃ、できればしたくないよ」
と僕は返した
「私はこう思うわ。失敗するのは当たり前。成功したら男前」
僕はこう言った
「ただいまってどんなときに使う言葉か分かる……?」
「その答はもう少ししたら分かるさ」
とみんなが返した。
話している内にあたりはすっかり暗くなっていた。
「くまっ! 君も一緒に来いよ」
ポロンの声が聞こえる。
「行くってどこにさ」
「まあ、とにかくついて来なよ」
僕らは、夜空を駆け抜けた。やさしくほのかに光る星々に照らされながら。似ている。けど、どこか違う。あの時、独りで見た夢とは。僕は、一緒に走るみんなの名前と顔を知っている。たくさんのいろんな話もした。何かが変わる、何かが分かりそうな気がしてきた。
「さっきの質問の答、わかってきたんじゃない?」
チョコが走りながら言った。
「もう少しで、わかりそうな気がするよ」
僕は答えた。
そして、僕らは、せーので星空にむけてジャンプした。
……もしかしたら、ただいまを言うのは家っていう場所ってわけじゃないのかもしれないな。そう思った。
次の日の朝、僕は元いた空き地で目を覚ました。しばらくすると、あの少年がまたやってきた。そして、こう言った。
「なあ、くま。僕、引っ越しすることになったんだ。もう会えなくなるんだ。寂しいけど、お別れしなくちゃ。けど、くまは独りだから、もっと寂しい思いをするんだろうな。ごめんな」
「ワン」
僕は、少年が言い終わるのが早いか、走り出していた。もう、分かったことがたくさんあるんだ。それを伝えたくて。少年は僕の後ろをついてくる。きっと、僕は言える。そう信じて、走り続ける。行こう、あの場所へ。
しばらくすると、懐かしい声が聞こえてきた。
「おかえり」
これはポロンの声。
「おかえり」
これはチョコの声。
僕は、息を吸った。そして、心の底から、ついに言えたんだ。
ただいま。
独りでいることは強さじゃない。ただいまを言うのは場所じゃない。僕はもう、独りじゃない。こんなに大切なことに僕は今、気付いたんだ。
「そうか。こんなにたくさんの友達ができたんだな。よかったな、くま。僕は君が独りでいたから、友達になろうと。それは、僕だって、実は…… いや、そうじゃない。くまが今、教えてくれたんだ。僕はこれから、くまに負けないくらい、ただいまと言える場所をたくさん作って見せるからな。寂しくなんかない。くまも僕も、独りじゃない。だから」
だから……
「またな」
そういって、さよならを思った。本当はもう会えない。そんなことは分かってた。
「また、ひとつ分かったよ。出会いと別れは同じ数だけある。そして、どちらも独りでいては分からない。思えば、大切なものはずっと、目の前にあった」
僕はみんなに言った。すると、
「大切なものは失いやすい。けど、それは嘆くことじゃない。やさしく抱きかかえるための理由になるんだよ」
そう、みんなが教えてくれた。
僕は独りで賢いつもりでいたけれど、まだまだほんとは分からないことだらけだったんだ。けど、もう心配いらないよ。みんながいる。ただいまを言える場所が僕にもできた。いつでも、あたたかい、この場所をいつか離れる時が来ても、僕は哀しまない。いつでもあたたかく、おかえりを言ってくれるから。だから、僕も大きな声で言うんだ。
「ただいま」
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