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『鬼潜の時 一話、二話』 作者:マサ / リアル・現代 ミステリ
全角26268文字
容量52536 bytes
原稿用紙約86.85枚
現実に潜む鬼。鬼は人間を襲い、徐々に現実の世に姿を現す。現実に存在しえない鬼がどのようにして現れるのか、そんな鬼の伝説を巡る物語。 ※タイトルの「鬼潜の時」は「キセンのジ」とお読み下さい。
 鬼が人間を襲う話を聞いたことがあるであろうか。
 鬼が人間を襲うといっても、鬼が人肉を喰らったり、殺したりすることではない。
 世の中にはもちろん鬼など存在しないが、何故人は鬼を知っているのであろうか。
 日本のある街で、それに関する伝説が存在していた――。


1 鬼発の時

「おはよ」
 俺は欠伸をしながら部屋から出てきた。
「あら今日は早いわねえ、ご飯出来てるから食べなさい」
「うい」
 朝はだるい。だが今日は特別な日だ。
 特別といっても別に宝くじが当たった! とかミサイルが飛んできた! とかそういうのではなく。
「あー母さん」
 欠伸をしながらパジャマのボタンを片手で外す。
「何さーそんなダラシナイ格好して。しゃんとしなさい、しゃんと! 今日から高校生でしょ」
 そう、今日から高校に行くのだ。
「なあ俺の制服、母さんに預けてたよな」
「あーはいはい、今出してくるわね」
 俺の母親はいつもこうやって抜けているとこがある。それに何で入学式の時まで制服が母さんの手中にあるのかが謎だ。
 普通自分のところに置いておくよな。
 朝からだるい。いや、朝だからだるい。俺の寝起きは悪い。だが朝飯は取らないとな、力が出ない。
 普段は登校一時間前に起きることなどないのだが学校の最初くらいは、と思い早起きしてみた。
 うちの朝食はご飯、味噌汁を初めとする和風である。
 今日は時間に余裕があるのでゆっくり食べられる。普段は軽く平らげて味わいもせず学校に出るので、時間あるのはいいものだと実感してしまう。
「ねえカツユキ、これで良かったわよね」
 母さんが制服をこちらに見せながら聞いてくる。
「なあ、それって中学の時のだよ」
「あらやだ、そうだった? どこやったっけー」
「おいおい、何やってんだよ。だから俺が持っとくって言ったんだよ」
 俺の母親の間抜けパワーが今日になって爆発している。いつも肝心な時に抜けてるんだよな。
「あ、そうだわ。お父さんの部屋にあるんだったわ」
「な、何で父さんとこにあるんだよ」
「ちょっと待ってて! 持ってくるわ」
 駆け足で取りに行った。何でまた父さんの部屋に俺の制服があるんだよ。これまた謎だ。
 まさか、母さんが父さんにコスプレさせてるとか。あの母さんだ、何をやらかすか分からん。
 まあいくら何でもコスプレさせる趣味はないか――。父さんの制服姿か、笑っちまうな。
 俺の父親は毎朝六時起きで六時半に出勤している。早く出てるのは一時間半もの長い電車通勤で会社に行くのが理由だ。だが、毎日が大変だ。
 何でそんなとこ働いてるんだよと突っ込んだことがある。何やら大人の事情というもので色々あるらしい。――大人の事情ねえ。
 だから俺が起きる前にいつも家を出ている訳だ。
 と、ゴタゴタした朝であったがその後は家を出るまでテレビを見たりトイレに行ったりのんびりしていた。
「ピンポーン」
「あー、純来たわ。行ってきます」
「あら、純くん高校になってもくるんだねえ。仲良いわねあんた達。気を付けて行くんだよ」
 純は中学からの俺の親友だ。これから行く高校も今までの中学も通学路の途中にあるのでついでに寄ってきてくれる。
 おかげで中学時代は遅刻は一回だ。
 その一回というのは純が珍しく寝坊をし、俺まで寝坊した上、母さんまで寝ていた。あの時は悲惨だったな――。
「おはよ」
「お、今日は珍しく目ー覚めてるみたいだね」
「朝はだりー。今日は七時起きだよ。一時間前に起きれば目は覚めるさ」
 いつもは目をしょぼつかせ、欠伸をしながら挨拶をする。今日は目も頭もすっきりしている。
「カツはいつもギリギリだからね。俺いなかったら何度遅刻してもおかしくないでしょ」
「うるせー今日は朝から母さんに色々間抜けな目に合わされてだりーんだ。八つ当たりさせてもらうぜ?」
 母さんのことを思い出すと少しイライラする。
「お、そんなこと言っていいのかな。もう迎えにこないよ」
「じょ、冗談だって。いつも感謝してるぜ」
「よく言うよ」
 俺の名前は青空勝雪。普段学校の皆からは「カツ」と言われていた。苗字があおぞらなので出席番号も一番だった。
 新しい高校でも一番になる自信はあるが、アイザワやアオキやらが来られたら二番以降になってしまう。
 横にいるこいつは渡辺純。俺と逆で出席番号は最後だ。
 ワダやワタリがいれば最後は免れることができる。
「なー純は高校でもバスケやるんか?」
「そうだね、サッカーも考えてるけど先輩の様子見てから決めるよ」
 純は中一の時はサッカー部に入っていた。中二になってバスケ部に転入したのだが、すぐさま頭角を現しレギュラーを手中に収め、中三ではキャプテンになった。
 途中からバスケ部になったのは練習がつまらなかったかららしい。
「そっかー、俺はバスケ一本! 中学んときは純にキャプテン取られたからな。純もバスケだろ」
「カツも上手かったでしょ。俺いなかったらすぐエースなれるよ」
 純は俺よりも上手いぞと言わんばかりに自信あり気に話す。
「それじゃ張り合いも何もねえじゃんか。俺はバスケやるからな」
 俺は純に敵わないのは分かっているので、それについてはいつも突っ込みはいれない。
「分かったよ。じゃあ先月貸した百円返してくれたら考えてあげるよ」
「まだ覚えてんのか! もういいだろー?」
「じゃあバスケ部入らない」
 純は不機嫌そうな顔を見せる。先月借りたジュース代を今でも根に持っているらしい。
「お、おいおい、分かった。後で返すよ」
「そうやってカツははぐらかすんだよね、いつも」
「分かった分かった! 今返す!」
 純の記憶力の良さは凄い。というか執念が凄いというか。百円くらい良いよな、普通。
 こいつにはいつも頭が上がらない。大した奴だよ。
 中学の時は成績も優秀でいつも上位に顔を出していた。
 俺か?俺はそうだな――って人に言える成績じゃねえよ。体育だけは五だった。典型的な運動馬鹿という奴だ。
 純は成績が優秀な上にバスケのキャプテン。ルックスも格好良く、女子にモテル。本当に大した奴だ。
 そんな純が何で俺と同じ高校に行くかと言うと、純は勉強よりもスポーツの方が好きということでサッカー、バスケ部が全国区の桜山高校に入学したわけだ。
 ――こんな学校も凄いよな。
「お前、彼女は作らんよな」
「急にどうしたの」
 いきなりのことで純は驚いている。
「いや、な、お前って異様にモテるよなって考えてたんだ」
「それよりカツはどうなの? 向田さんに告られたんでしょ。あれはどうなったの?」
「あー、それなんだがちゃんと話してなかったな」

 ――中学卒業式の終了後、友達と別れの挨拶をしていた時。
「あ、あの、青空君……」
「え?」
 後ろから軽く肩を叩かれて振り向くと小さい女子がいた。
「え、あー、ムコウダか。どした」
 向田美月。普段は大人しくて無口なのでクラスでは目立たない子だった。向田とはあまり話したことはない。急に話し掛けられて驚いた。
「あの、青空君、後ででいいんだけど、あのね、校庭の裏に、あの、来て欲しいんだ」
 何か歯切れが悪い。明らかに緊張してるのが見て取れた。
「あー、今でもいいぜ」
「ご、ごめんね」
「いいって。行こうぜ」
 皆とはある程度挨拶を済ませていたので今でも問題はなかった。
「う、うん」
 みんなとバイバイして向田と校庭の裏まで来た。
「……………………」
 向田が黙ったまま喋らない。俺が喋るのを待ってるのか?
「おい、向田黙ったままじゃ分からねえよ」
「あ、え、あの、その……」
 挙動不審だ。向田はいつもこんな感じなのだろうか。
「えっと、あのね、驚かないで聞いて欲しいの。急なことなんだけど……」
 そこまで言って、また沈黙した。
「向田、もっとリラックスしていいんだぜ。もっと落ち着いて話せよ」
「あ、う、うん、ごめんね」
 一息付くと、深呼吸を始めた。すごい緊張の具合だ。深呼吸で落ち着いてくれたらいいんだが。
「青空君ありがとう、少し落ち着いたみたい」
 向田の口調がゆっくりと、落ち着いている感じに変わった。
「おー、それは良かった。それで?」
「あのね、私」
 向田はそういうと一つ息をついた。
「うん」
「一目見たときから、ずっと好きなの……」
「…………」
 体が凍り付いた。――おい、今何て言った? ちょっと待て、ちょっと待て。「スキ」だって? 俺のことか?
 あー頭がこんがらがって来た。落ち着けって向田に言ったのは俺じゃねえか。俺が混乱してどうするよ。
 って待て、スキって言われたんだぞ。落ち着いてなんかいられるか。あー俺はどうすりゃいいんだ。あー――。
「あのあのあのその、そのだな」
 我ながら噛み過ぎだ。相手から見ても明らかに動揺が見えちゃってるじゃないか。
「あ、青空君? お、落ち着いて」
 おいおいおい、今度は俺が落ち着かされてるよ。
「あー、えー、悪い。あの、ちょっと確認していいか。俺のことが好きだって?」
「……うん」
「あー、そっか」
 どうしたらいいのか分からない。俺はどんな返事をすればいいんだ。俺は向田のことを何も知らない。
 ここで簡単に断るのも相手に悪いよな。かと言って、簡単に「はい、付き合おう」なんてのも無理だ。
 じゃあ俺はどんな答えを返せば良いのだ。
「あー、ちょっと考える時間をくれないか」
「う、うん、返事はいつでもいいから」
「そ、そうか。あのな、今すぐには答えが出そうにないんだ。しばらく時間が欲しい」
 俺は慌ててそう言う。
「あ、あのね、それなら、私ね桜山高校に入学するんだ。青空君も桜山でしょ。高校に入ってからでもいいから、返事待ってるね」
 そう言うとそのまま向田は行ってしまった。俺は立ち尽くすしかなかった――。

 ――告白された経緯を純に話した。
「何だ、そうだったの? それは向田さんに悪いよ」
 呆れた顔で俺を見てくる。
「え?」
「だって女の子を待たせるのって男として最悪だよ。例え向田さんが待ってるって言ってくれてても、早く答えてあげなきゃだめだよ」
「そんなもんかな。だがな、実は俺の腹の内もまだ決まってないんだ」
「え!? あれから半月も経ってるんだよ」
 中学卒業式の告白から今日の高校入学式まで丁度半月経っていた。もうそんなに経つのか――。
 純には告白されたことだけ話したが、旅行に行ったりバタバタ忙しくて詳細は話せなかった。
「それがなーあんまり難しいこと考えたくないから、ずっと考えないようにしてたわけよ」
「はぁ、ますます向田さんに悪いよ。さっさと心を決めて返事をした方がいい」
「……そっか」
「カツは恋愛に関しては本当に疎いねえ。告白した方はすぐにでも返事がほしいはずだよ」
 純の言うとおりだ。向田も返事がなくて苦しんでいるかもしれないのに、俺は自分のことしか考えていなかった。
「向田に返事か……あ」
「ん、どうしたの」
「向田の連絡先知らないんだった」
 今になって思い出した。あのときは慌てていた。
「何だ知らないのに、後で返事をするなんて言ったの?」
「だってそんな余裕なんかなかったぜ」
「そっかぁ、俺も知らないからね。俊也あたりなら知っているかもしれない。後で聞いてみるよ」
「おーサンキュ」
 純はけっこう気が利く。こういうところは本当に有難い。
 俺は携帯を持っているんだが純は持っていない。そういえば向田は持っているのだろうか。
 女子の半分は持ってるんだが、大人しい向田だからな、持ってないかもしれない。まあどちらにせよ俊也の情報待ちか。
「向田さんに、自分の気持ちを、向田さんのことをどう思っているのかちゃんと言うんだよ」
「あ、そういや」
「ん?」
 純がこちらを向く。
「向田は何故俺が桜山高に入るって知ってたんだ」
「あぁ、そういえば」
 俺、女子にはどこ行くって言ったことないのにどこからその情報を手に入れたんだろ。
「もしかしたらカツのことが好きだから、ずっと教室の片隅から見てたのかもしれないね」
「え、お、俺って見られてたのか?」
 見られてたかと思うと急に恥ずかしくなった。
「うん、たぶん。俺たちのグループってけっこう声大きいの集まってるし。大声で喋ってるの聞いてたかもね」
「あーそっかー。俺もうるさいからな」
「うん、カツは大声コンテストに出れるよ」
 純は少し笑いながらそう言った。
「おい、嘘だろ」
「うん、嘘」
「おい!」
「あははははは」
 確かに声が大きいのは自覚していた。でもまさか俺の入学先まで聞こえていたとは。今後注意しなくてはいけない。
 純は声抑えて喋ってるもんな。節度がちゃんと守れる奴だ。というか純以外の仲間は俊也初め、全員声がでかい。
 純もその仲間だと回りに思われてたかと思うと少し情けなくなった。今、純に声がでかいと指摘されてそのことに気づいた。
 すまんな純。声に出して謝るのは抵抗があったので心の中で謝罪しておく。

 ――しばらくして学校の前まで着いた。家から歩いて二十分だ。
 自転車ならすぐなんだが、純もいることだし時間も良い頃合に着く。
 玄関の前に生徒たちが集まっている。どうやらクラス発表の張り紙を見ているらしい。
 俺たちもその集団に混ざった。まずは一年何組かだな。
「俺、七組から見るから純は一組からな」
「うん、分かった」
 純と同じなら良いんだが、知らない奴多いと最初やりずらいもんな。そういや向田は何組だろう。
「あ、カツあったよ」
「ん、何組だ?」
 俺は一組の方を見る。
「二組」
「二組か、純も同じならいいけど」
「そうだね……って嘘、俺も二組だ!」
「おー! マジか!」
 思わず飛び跳ねそうになった。マジかよ。
「うん、すごい! また一緒になるなんてね」
「中学でも二,三年は一緒だったからな。すげえな」
「あ、俊也も一緒だ!」
「おいおい、マジかよ!」
 俺と純と俊也が同じだ。――本当かよ。これほどの偶然もないよな普通。でもまた一緒に馬鹿話ができる。
 俊也とは中学三年の時にクラスが同じだった。あいつとも純と同様、仲のいい間柄だった。
 俺たちと同じバスケ部で一,二年の時は補欠だったが、三年の時にようやくレギュラーを掴んだ。ちなみに俺は副キャプテンだった。
 そういえば、向田は何組だろ。
 俺の目は知らず知らずの間に二組の女子の所にあった。
 向田、む――む――む――あ。
「なあ純。あの、俊也に連絡先聞く件はなしな」
「え?」
 向田美月の名前がそこにあった。
「向田さんも二組なんだね!」
 あいつも二組か――。どうしよう。あいつに声掛けられるかな。まだ答え決まってないけど声掛けたら、返事くれるんだって向田は思うのか?
「カツ?」
 純が不思議そうな顔でこちらを見る。
「え、あー、どした」
「ちゃんと向田さんに返事をしてあげるんだよ」
「え、あ、おう、分かってる」
「カツ、思いっきり動揺してるよ」
 純は俺の焦りをしっかりと見抜いている。
「そん、そんな、そんなこたーねーぞ」
 あいつとちゃんと話せるかな。俺、人生で初めて告白されたんだっけ。向田か。けっこう可愛いよなあいつ。
 好きって言われたんだよな。――どう答えればいいんだ。
「向田さんってけっこう可愛いよね。カツ、そんな子に好きって言われたんだよ」
「お、お、おい! お、俺の考えてたことを声に出して言うなよ!」
 考えていたことを見抜かれ俺は驚いた。
「ごめんごめん。カツの顔にそう書いてあったからね、ははは」
「う、嘘だろ!?」
「うん、嘘」
 純はそういうと逃げていく。
「純め、今度は許さねえ、二度もハメやがって! 待てー!」
 と、いつも純にからかわれてしまう俺であった。

「席順は五十音順か。いつも純とは離れ離れだな」
 ――教室に入ると黒板に席順の紙が張ってあった。
「そんな贅沢言わない。同じクラスなっただけでも偶然なんだから」
「それもそうだ。って待て、俺の名前が最初にない」
 一番目に名前がないことに俺は驚いた。
「え?」
「相澤と愛沢がいる。その後ろは愛村。更に後ろが青木か。そして俺……ってなんじゃこりゃ!」
「これ可笑しいねぇ、ははは!アイが三人もいるよぉ。まさか五番になるなんてね!」
 かつて俺は一番から陥落したことはない。まさか高校入学で記録が潰えてしまうとは。だがしかし、五番になるとは出席番号のこととはいえ屈辱だ。
「これは嫌がらせか? 屈辱だぜ……」
 俺は拳を握り締める。
「そんな、屈辱って思うくらい悔しいことなの?」
「小学校から一番という出席番号を守り続けてきた俺にとってみれば五番はものすごい屈辱なんだよ」
「そんなに固執するようなことじゃないと思うんだけどね。まあ残念だったね、どんまいカツ」
 純は呆れたように両手を軽く上に上げる。
「おい、残念と思ってないだろ」
「うん、思ってない」
 純は平然と言ってのける。
「おい!」
「あ、俊也の席はカツの隣だよ」
「お、マジか!」
 俊也の苗字は佐藤だ。席順さえうまく回れば左の席に俊也がくる。男女交互の列か、もしくは男女交互に並ぶとも思っていたが、教室くっきり男女で分かれていた。
「カツ、純、おはよ!」
 声を掛けてきたのは俊也だった。中学の卒業式以来だ。
「お、久しぶりだな俊也! 一緒のクラスだぜ、知ってたか?」
 俺は近づいてくる俊也に話しかける。
「うんうん、外の張り紙みたぜい、俺たちまた一緒だな!」
「俊也久しぶり! また宜しくね」
 純も俊也に挨拶をする。
「高校でも純とも一緒なんてな、マジでびびったぜい」
 俊也は語尾に「い」を付けるのが癖だ。変な癖だなと思って指摘したら、「あー」とか「なー」をよく言うだろと、逆に俺が言い返された。
 俺もこの癖をやめられないからな。
「ねえねえ俊也、カツが出席番号五になったんだよ」
「マジで! アが五人もいるのか、こりゃまたすごい偶然だな、ははは。あ、何だカツって俺の隣じゃないか!」
「おう、宜しくなー」
 高校に来てまでこの三人で集まれるとは思ってもいなかったな。俊也も相変わらず元気そうで何よりだ。
 また三人でバスケ出来っかな。後で聞いてみるか。
 さて、向田は――。
 黒板の張り紙に目をやる。向田は一番奥の後ろから三番目だった。
 来てるか?
 席の方に目を移すと既に座っていた。
 今は一人だな。でもな――。いきなり何て声掛ければいいんだよ。「おー、告白の返事をしにきたぜ!」――無理だ。
 いや、そんなんじゃないな。「おー、告白の返事はまだなんだ。連絡先だけ教えてくれ」――違う。
 いやいや、そうじゃない。まずは挨拶だろ。「おー、おはよ」こんなんでいいよな。
 あー緊張してきた――。し、心臓がバクバクだぜ。
「カツ、どした?」
 俊也が俺に話しかけてくる。
「…………」
「俊也、ちょっとこっちきて」
 純が俊也をどこかへ誘導しようとする。
「え、何々、どした」
「お、おい、純?」
 突然のことで俺は驚く。
「カツ頑張ってね。ファイトだよ」
 純はそういうとガッツポーズを見せる。
「お、ちょっ、待てよ!」
 純は俊也の手を引っ張り廊下へ行ってしまった。
 ど、どうしたんだよ純は。――まあいっか、向田のとこ行くか。
 緊張しながらも向田の席の横まで来た。
「おー、向田おはよう」
「あ、青空君、お、おはよう。ま、またクラス一緒になったね」
「うん、そうだな」
 緊張する口ぶりを見せながらも向田は俺の顔を見ている。俺は見ることができない。理由は簡単だ、向田の目を見るとパニくりそうだからだ。向田はよく見れるなと思ってしまう。
「向田、携帯の番号聞きたいんだが……持ってる?」
「うん、持ってるよ」
 向田はポケットから携帯電話を取り出す。
「そうか、良かった」
 告白の話はした方がいいのか? 向田は待っているんだよな。うん、ここでまだ考えがまとまってないことだけでも話すべきだよな。
「あのな向田、あの告白の件なんだが……」
「え、う、うん」
 向田の顔が少し強張る。
「まだ心が決まってないんだ。だが、すぐ考えをまとめて返事をするから。そしたら連絡するな」
「……うん」
「ごめんな、ずっと待たせてほんとごめん。すぐ返事をするから待っていてくれ」
「……うん」
 か細い、耳を傾けないと聞き取れないような声で返事をした。
 不安と期待を乗せて今の俺の発言を聞いてたのだろう。――残念に思わせてごめんな。
「あ、あのな。俺、出席番号が五番になったんだぜ! 何でこのクラスだけでアが五人もいるんだよって感じだよな!」
 俺は空気を変えたくて新しい話題を出した。
「……そうだね、青空君いっつも一番だったもんね。でも同じクラスになっただけでも私、嬉しいんだ」
 ドキッ――。いきなり俺の心臓の音が耳に聞こえた気がした。
 向田が笑顔になった。その笑顔が可愛くて、つい目を逸らしてしまった。今の心臓の音はなんだったんだろうか。
「そ、そうか。それは良かった」
 言葉が続かない。冷静になろうとすればする程、考えていることがパニックになる。
 あーだめだ、もう限界だ。
「じゃ、じゃあそろそろベルなりそうだし俺行くな。返事決まったら電話するから」
「うん、待ってるね」
 向田が別れ際に笑ってくれた。笑顔がすごい可愛かった。
 良かった。悪い印象は与えなかったみたいだ。向田か、きっといい子だよな。あんな明るい笑顔は悪い奴には出せないよな。
 さっきの言葉が耳を付いて離れない。俺と同じクラスで嬉しい――。どうしてこんなに胸が。
 色々考えながら自分の席に戻ってきた。まだ純と俊也は戻ってきてなかった。
 どこ行ったんだよあいつら。
「カツ、ごめんごめんお待たせ!」
 純が俊也と一緒に戻ってきた。
「どこ行ってきたんだよ、待ちくたびれたぜ」
 向田と話してるのを悟られたくなかったので俺はでまかせを言う。
「そんなこと言って、どうだったの?」
 純は鋭い。
「え、どうって何のことだよ」
「とぼけなくていいぜい、純から話は聞いたからな。どうだったんだよ」
「なんだよ、俊也も知ってるのか…………まあな、向田から連絡先は聞けたぜ」
 チラッと向田の方を見た。――こっちを見ている。
 ドキッ――。まただ。また心臓が高鳴った。
 向田は目を逸らした。
「おい、カツ?」
 俊也の一言で俺は俊也の方に目線を戻した。
「向田さんだね、そうでしょカツ」
「なな、なんでもねえよ! とにかくだ、返事はすぐ連絡するって伝えたから、とりあえずはOKだ」
「向田さんとどんな話をしたの?」
 純の顔は若干にやけている。
「な、何だよ、何も話してねえよ」
「カツ、顔が赤いよ」
 純は立て続けに言葉を重ねる。
「そそそ、そんなこたーねーよ」
 今日の純は絶好調だな。今日だけで何度もいじめられてるな。
「……なあカツ」
 俊也の表情が少し硬くなった。
「ん?」
「……向田のことどう思ってるんだ? 半月前に告白されてるのに未だに返事をしていないって、相手のこと考えなさすぎだぜい」
「……うん、それは純からも指摘されたな。今は反省してる」
 俺は右手を後頭部に当てる。
「本当か? 向田は平気そうな顔してるけど本当は苦しんでるんじゃないか?」
 もっともな指摘を俊也は言ってくる。確かに俺は考えるのが嫌という理由だけで、向田のことはまったく考えていなかった。
 と、そのとき――。
「何で向田のことを考えてやれなかったんだカツ!」
 突然、俊也が俺の胸倉を掴んできた。
「俊也!?」
 純も驚いている。
「な……」
 唐突すぎたので声が出ない。
「お前な、待つということがどれだけ苦しいか考えたことあるか!? 女の子がそんなに強いと思ってるのか!」
 胸倉を掴んだまま、怒りに満ちた形相で俺の瞳の中を覗いてきた。
「…………」
 本当に俊也なのか? そう思わせるような変わりようだった。
 ざわざわ――。周りが何事かと騒ぎだす。
「と、俊也、やめなよ。カツ驚いてるじゃない。そこまで怒ることじゃないでしょ。それに周りが見てるよ……」
「そんなの関係ねえ!」
 俺の顔を凝視する。それは今までに見たこともない恐ろしい形相だった。
「…………」
 教室中が静まっていた。
「わ、悪い、つい熱くなっちまった」
 俊也の怒りに満ちた表情が優しい表情へと戻った。今の俊也とは考えられない変貌ぶりだった。
「でもやっぱり、カツも悪いよ。今日中、もしくは最悪でも明日には答え決めなよ」
「……お、おう」
 声がでなくて、辛うじて一言だけ発することが出来た。俊也の迫力が凄過ぎた。何でいきなりあそこまで熱くなったんだ俊也は――。
「まあいい、カツ。早く答えてやれよ」
 俊也は言葉を吐き捨てるように言い放った。
「……あ、ああ」
「キーンコーンカーンコーン」
 朝のベルが鳴った――。





2 鬼起の時

「青空君、おはよう」
 向田が満面の笑みで挨拶をしてきた。
「お、おう、おはよーお待たせ」
 待ち合わせ時間には余裕で着くつもりで少し走ってきたのだが先に向田が着いていた。
「待たせたか? 悪いな」
 少し息を切らしながら向田に謝罪をする。
「んーん、私も着たばっかりなの。それより青空君走ってきたんだね、ありがとう」
 再び満面の笑みになる。可愛くて俺は見とれてしまう。俺は好きになってしまったのだろうか?

 ――昨日。入学式が終わり学校から帰宅していた。
「さ、さっきは悪いなカツ」
 俊也が下を向き頭を掻きながら俺に謝る。
「い、いや、こっちこそ優柔不断で……」
 さっきの出来事があったので少しビクビクしながら俊也に向かって頭を少し下げた。
「さっきの俊也怖かったねえ、カツ」
 な、何で俊也がいる前でそんなこと聞くんだよ。あんなに怖かったんだぞ。
「……う、うん、そ、そうだな」
 俊也の顔色を窺いながら返事をする。
「あのときの俺はどうかしていたぜい、カツあれは忘れてくれい」
 表情は優しく落ち着いている。いつもの俊也だ。
「まあいいや、俊也は家そっちだったね」
「おう、あ、そういや聞くの忘れてたぜい。二人はバスケ部?」
 俊也が聞いてきた。俺も後で聞こうと思って忘れていた。
「おー俺はバスケだぜ! でも純はサッカー入るようなこと言ってたけど嘘だろ?」
「うん、カツの挑戦を受けないとね。負けるわけにはいかないよ」
 不敵な笑みを浮かべる純。俺を挑発しているのか――。
 純はいつも自信に満ちている。苦手なものはあるのか、たまに疑問に思ってしまう。
「純見てろよ! 高校では負けねえぞ!」
「さて、どうかな?」
 純の表情は自分の勝ちを確信しているように見える。俺も他の奴には勝つ自信はあるが、純にだけは勝つことが出来ない。
「良かった! また三人でバスケ出来るんだな、安心したぜい」
 俊也が安堵の表情を浮かべる。俺も三人で出来ると思うと楽しみになる。
「おー俊也、俺たちに勝てるように頑張れよ」
「はは、精々頑張ってみるぜい。それじゃあまたな」
 俊也は軽く手を振ると別方向の道へと消えた。
「またなー」
 学校を出てすぐ俊也とは別方向に道が分かれる。俊也も電車は使わずの徒歩で通学できる距離だ。
「ふう、俊也一度は切れて怖かったけどその後はいつもどおりだったな。どうしたんだろな」
「…………」
 純の方を見ると下の方を向き、眉間にシワを寄せている。
「純?」
「あ、うん、どうしたんだろうね」
 一瞬、純の顔に陰りが見えたような気がしたがすぐにいつもの表情に戻った。
「そうだ、向田さんのことは考えたの?」
「あー、そうだな答えは決まったぜ」
 俺は入学式中ずっと考えていた。俺の向田に対する思い、今日一日でここまで考えがまとまるとは思わなかった。答えはさっき固まったばかりだ。
「ほんと!? それでどう答えるの?」
「楽しみにしてな、明日報告するぜ」
 俺は口元に笑みを浮かべる。
「もったいぶっちゃって。朗報を期待してるよ」
「おー」

 ――しばらくして家まで着いた。
「じゃあな、さっそく向田に電話するぜ」
 俺は右手を握り、力強く言い放つ。
「うん、頑張ってね! それじゃまた明日」
「おー」
 手を上げて別れた後、家に入った。
「ただいまー」
 居間を見ると母さんがくつろいでいた。
「おかえりなさい、昼ご飯作ってあるから早目に食べなさいね」
「うい、だけどちょっとやりたいことあるからしばらく一人にして」
「しょうがないわね、一時までにご飯食べにくるのよ」
 午前授業の日に帰宅をすると母さんはいつもくつろいでいる。だがいつも家の中は綺麗になっていて、洗濯物は外に干されている。
 料理も出来ているので母さんの家事がどれだけ早いのか一度は見てみたい。
「今日も家事終わってんのか、何したらそんな早くなるんだよ。まあいいや、後で食べに出てくる」
 そういうと俺は部屋に入った。
 部屋を入って向かって左手前にCDステレオ、左奥に勉強机、右奥にベット、ベットの横にテレビとTVゲームが置いてある。
 パソコンは置いてない。母親にねだったことはあるがキッパリ断られた。
「ふう……」
 一息入れベッドに座る。
「あー、緊張してきた」
 携帯を手にし、折り畳まれた上部を開く。
 向田電話出てくれるかな。もう家帰ったかな、まだ掛けるの早いか?
 アドレス帳から向田を選択し、親指を発信ボタンへ持っていく。
「ドックン、ドックン」
 心臓の音が耳元まで聞こえてきた――。
「告白前ってこんなに緊張するのか……」
 向田もこんな感じだったのか? よく向田は告白できたな。
 発信ボタンを押したいのだが指が動かない。
 あーだめだ、押せない! 緊張する、あー、うー情けないぜ――。
 左手で頭を掻き毟る。心臓の音はどんどん速くなるばかりだ。こういう時は勢いに任せるのが一番だ。
 おし、行くか!
 勢いで発信ボタンを押した。
「プ、プ、プ、プ……トゥルルルルル」
 お、押しちまった。で、出るかな。
 この待っている時間というのが長い。心臓の音と電話の発信音が緊張を高める。
「トゥルルル……はい、青空君?」
 向田が出た。その声は意外そうだった。
「お、おー出てくれたか、い、今大丈夫か?」
 心臓がバクバク鳴っている。必死に動揺を抑えながら声を出す。
「うん、大丈夫だよ」
「よ、良かった」
 何が良いのか分からないが、とりあえずそう言っておく。若干パニくっている。
「電話してくれて嬉しい……こんなに早く電話してくれるとは思ってなかった」
「おー……」
 考えてることが真っ白になった。また嬉しいと言われた。そんなに俺と話せて嬉しいのか――。
「青空君、緊張してるでしょ?」
「そそそ、そんなことは……」
 図星を付かれたので噛んでしまった。しまった、と思ってしまう。
「クス、無理しなくていいんだよ。落ち着いてお話して」
「お、おー」
 言われたとおり落ち着けるように深呼吸をする。
「クス、何か前の私みたい。可笑しいね」
 そういえばそうだった。俺が前言ったことを、今度は俺が言われている。
「ははは、そうだったなー。落ち着けって言ったのって俺だったよな? 悪い、俺が動揺してるんじゃ世話ないよな」
「あはは、そうだね」
 向田の声が俺の緊張感を落ち着かせてくれた。まるで魔法が掛かったかのように耳に聞こえていた心臓の音がいつの間にか消えていた。
「あ、そうそうめちゃくちゃ遅くなったんだが、告白された返事なんだけど……」
「う、うん」
 思い切り息を吸い、吐き出す。考えていた答えを思い出し、少し整理をしてみる。
「今日考えて決めたんだが……これから付き合っていこうぜ」
「……………………え?」
 長い沈黙を挟んでから返事が返ってきた。
「俺、向田と付き合ってみたいと思ったんだ」
「…………」
「俺はな、友達からとかめんどくさい付き合い方はしたくないんだ。それなら最初から付き合って、それから相手のことを知っていっても遅くないと思うんだ」
 俺の気持ちは意外と落ち着いていた。向田は沈黙し続けていたが、言葉を続けた。
「だから、折角好きって言ってもらえたことだし……これから付き合っていって、向田のことを少しずつ知っていきたいと思う」
「…………ほ、ほんと?」
 よっぽど嬉しかったのか、待ち遠しかったのか、向田の声は涙声になっていた。
「ああ。半月も待たせて本当にごめん、告白してくれてありがとうな」
「…………」
 電話越しにすすり泣く声が聞こえた。
「ありがとう……青空君ありがとう……返事してくれてありがとう。嬉しい」
 泣きながらでも嬉しそうな声だ。
「ははは、泣くなよ。俺も向田から好きって言われたときは思わなかったんだが、今思えば告白されて嬉しいって思ってるんだ」
 入学式のとき、中学時代の向田のことを思い出していた。積極的に何かをするというイメージはなかったが、班が一緒になった時などはよく相手に配慮した意見を出していた。
 席が隣になったこともあり、物が床に落ちたときなどすぐ拾ってくれたり、シャーペンの芯がなくなったときは何も言っていないのに芯をくれたりと細かいことによく気が付くなと思った。
 自分でもこんなことをよく覚えているなと驚くが、向田にはそれだけ色々助けられていたかなと思い出した。
 好きだからこそ俺に対して優しかったかもしれない。だがそれはそれで嬉しかった。だから俺は向田と付き合おうと思ったのかもしれない。
「……電話してくれて本当にありがとうね。それじゃ、また来週学校でね」
 明日からは土日で学校が休みだ。向田は泣きながら急いで電話を切ろうとしていた。
「あ、待ってくれ」
 俺は慌てて向田を止めた。
「え、な、何、青空君?」
「明日どこか遊びに行かないか?」
「え、え、あ、えっと……あうー……」
 俺でも驚くようなデートの誘いだった。何でこんなに簡単に誘えたのか分からないほど口が簡単に動いた。
「い、いきなりでビックリしたか? わ、悪い。まあ折角付き合うことになったしな、どこか行こうぜ」
「そ、そんな私……で、でも……」
 向田はいきなりのことで動揺している。付き合うと決めたその直後に言われたのだ、無理もないかもしれない。
「い、嫌か? いきなりデートなんて……」
「ん、んーん! 嬉しいんだけど、私ビックリして……」
「そーか……」
「……あ、あの」
「ん?」
 電話越しに深呼吸している声が聞こえる。何度か深呼吸が聞こえた後、話し始めた。
「どこかに行きたいな」
「おー、そうだな……」
 どこに行こう――。デ、デートってしたことないからな。こういうとき純なら機転が利くんだろうけどな、あー何も考えないで喋っちまったなー。俺の悪い癖だ。ど、どこ行こう――。
「学校でも行くか?」
 あー、俺は何言ってやがる! 学校なんて明日休みじゃねえか! 俺の馬鹿馬鹿馬鹿!
「が、学校って、あはは、明日学校は休みだよー、それに遊びに行くのに学校って、あはは」
「そ、その通りだ! ははは……俺何言ってるんだろーな、悪い悪い何でもない」
 や、やばい緊張してる――。変な考えが頭に浮かんでくるぜ。ど、どうしよう。
「あはははは、青空君緊張してるー。緊張してるときの青空君って面白いんだね」
 電話越しに笑っている。
「お、俺ってそんな可笑しいか?」
「うん、可笑しい。でもね……」
「やっぱなー、だから純にもからかわれるんだよなー」
「あのね、でも青空君っていつも周りを良い雰囲気にしてるでしょ。楽しいムードにしてるのはそういう面白いところがあるから、きっと悪いことじゃないと思うんだ。だから悪く思う必要ないよ」
 ビックリした。向田とちゃんと話をしたのはこれが初めてだというのに俺のことをよく見てくれている。純が言っていたが俺をずっと見ていたというのも嘘じゃないかもな。
「そ、そんなこたーねーよ! 皆俺をからかう為に笑ってるだけだぜ!」
「でも、皆悪口は言ってないでしょ? 天然って言うのかな、ムードメーカーみたいなオーラがあるんだよ、青空君には」
「そ、それは褒めてるのか? や、止めてくれよ照れるから……」
 こんなことは滅多に言われたことがないので恥ずかしい気持ちだ。
「あ、あのなー、明日のことだけど……」
 話題を変えたくなったので話を戻すことにした。
「うん」
「行くところは俺に任せてくれ!」
 俺は拳で胸を叩く。
「うん、青空君にお任せするね」
 電話越しでも笑顔になっている向田が見えるような気がした。
「おう、期待しといてくれなー」
「うん、楽しみ」
「あーそれじゃあ明日はどこ待ち合わせにすっかな」
 デートの待ち合わせ場所というのはどういう場所がいいのだろうか。頭に浮かぶのは忠犬ハチ公前だった。しかし、ここは東京ではない。
「ねえ青空君、それだったら駅の噴水のところなんてどうかな?」
 非常にいい所を向田は言ってくれた。そこにしようと俺は決めた。
「あーそんないい場所があったなー! じゃあそこに朝十時待ち合わせでどうだ?」
「朝十時だね……うん、分かった! 楽しみ」
 早いかなとは思ったが向田はすぐ了承してくれてホッとした。
「じゃあまた明日なー」
「うん、また明日ね!」
 明るく元気の良い声で最後電話が切れた。
「ふう……」
 ため息が出る。色々な感情が電話が切れた後込み上げてきた。
「向田とデートか……俺ってそんなガラじゃねえけどな、はははははは」
 いつの間にか顔がにやけている。
 俺嬉しいのかな、はは。向田とデートかー。向田嬉しそうだったなー。あいつ可愛いな――。
 明日は楽しみだが、怖いな――。大丈夫かな俺。
「カツユキー! もう一時回ってるわよー! 早く片付けてちょうだいー!」
 いきなりの母さんの声で体がビクッとなった。
「あ、あー! 今行く!」
 ドアも開けずに大声を出した。
「たく、いい気分に浸ってたのによ……」
 俺は食事が終わっても向田との会話の余韻にしばらく浸っていた――。

 ――現在の時刻は午前九時五十分。
 向田は駅の噴水前で小さい白い手提げカバンを持っている。チェック柄のミニスカート、上は青のブラウス。
 ロングヘアーが風になびいて綺麗だ。その姿が学校で見せていた可愛さとはまた違う美しさを醸し出していた。
 可愛い――。俺は単純に見とれていた。
「あ、青空君?」
 何か恥ずかしそうに向田が聞いてくる。
「あ、あー悪い悪い。か、可愛いなその服」
 向田があまりに可愛かったので照れ隠しをした。
「そ、そうかな?」
「あ、そうそう俺さっき起きたばっかりでさ、まだ飯食ってないんだ。向田は?」
「あ、私もね食べてないの」
 そういうと向田は顔を少し赤らめ、少し下を向く。
「お、それなら丁度いいな。喫茶店行くか」
「私てっきり青空君が朝ご飯食べてきたのかと思ってどうしようかと思ってたんだ」
 恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「向田も朝飯は食うんだなー。俺もさ食べないと力入らんから、今ヘトヘトだぜ」
 走ってきたので空腹には堪えていた。
「グウウウウウ」
 それに答えるように俺の腹が鳴った。
「クス、あははははは! 今のって青空君のお腹の音!? あはは、ほんとにお腹減ってるんだねー!」
 向田が爆笑をしている。こんなに笑う向田をはじめて見る。
「そ、そんなに笑うなよ! 恥ずかしいだろー!」
 そんなくだらない話をしながら俺達は駅前の大通りを歩いていた――。

 ――喫茶店「サブちゃん」。
 駅から歩いて五分程の所にそれがある。小さい喫茶店だが、俺のお気に入りの行きつけの店だ。朝十時から開店しているので少し早くても問題ないはずだ。
「チャリンチャリン」
 喫茶店のドアを開けるとドアに掛かっている鈴が鳴った。
「いらっしゃい」
 カウンターにいるマスターが挨拶をする。
「マスター、お久ー」
 俺が手を軽く上げて挨拶をする。
「おお、カツ君じゃないか! しばらく来なかったから心配したぞ」
 このマスターは山田三郎。喫茶店の名前のサブちゃんというのは自分の名前から取っている。ここ一年常連として通っている俺はマスターと仲が良い。
「あー卒業式終わってから旅行とか行ってたからな。忙しかったんだよ」
「そっか。ところでカツ君、その後ろの子は?」
 マスターが怪訝そうな顔で見てくる。
「あー、あの、そのだなー」
 俺は向田の方を見る。
「これ、か?」
 マスターが小指を立てる。
「な……ま、まあそんな感じだな。昨日から、な」
 向田の顔を見ると真っ赤だ。
「おお、昨日からか! じゃあ初デートって訳だな頑張れよカツ君」
 マスターがにやけながら激励してくる。何か嬉しくない。
「まあそれなりに頑張るよー」
 俺と向田は一番奥の窓際の席まで来て、向かい合って座った。
「ここのハンバーグ美味いんだぜ。俺は腹減ったから早速頼むぜ」
 この喫茶店サブちゃんのチーズハンバーグは価格500円なのだが、常連価格で特別に380円にさせてもらっている。激安の上、チーズのとろける美味さもこのハンバーグの魅力だ。常連だけ120円も安くなるのはボッタクリに近い安さだ。
「うん。青空君ってマスターさんと仲良いんだね」
 向田が笑顔で話しかけてくる。
「おー、もう1年くらい常連で来てるからなー。純とかも常連なんだぜ」
 俺は中学時代、部活が休みの時は必ずと言っていいほど来ていた。夜も九時まで開いているので部活が早く終わったときも飲み物一杯だけでも飲みに寄っていた。小遣いは毎月五千円もらっているがしょっちゅう来ているのでハンバーグでほとんどお金は飛んでしまっていた。お金が無くなったときは冷やかしにだけ寄ることもあった。
「マスターいつものハンバーグお願い!」
「ほいさあ。ところでかわい子ちゃん、名前は何て言うんだい?」
 マスターはにやけながら向田に話しかける。
「え、あ、えっと……向田美月です」
 向田は見るからに緊張している。
「ミツキちゃんか、顔も可愛いし良さそうな子じゃないか。カツ君のどこが良くてOKしたんだい?」
 向田は顔を真っ赤に染める。
「あのなー……告白してきたのは向田だぜ?」
「そ、それはマジかい!? カツ君は顔だけは良いんだが、頼りないぞ」
 頼りないとはなんだ、頼りないとは。
「まあいいや……マスター、向田にもハンバーグお願い!」
「ほいさあ」
 マスターが厨房にいるウエイトレスに合図を入れる。
「え、私まだメニュー決めてないよお……」
 メニューを見ていた向田が不満気な顔になる。
「まあまあ、一回ハンバーグ食べてみな。ほんっと美味しいからさ! あと、常連は500円から380円に安くなるんだぜ。後でマスターに安くしてもらうよう話しておくからよ」
 俺は力強く推し進める。
「え? あうー……分かったー、ハンバーグにするね」
 不満気ながらも渋々了承してくれた。
「何か食べたかったのあったのか?」
 一応向田に聞いておく。
「うー、カレー好きなんだ私。カレーも食べたかったんだけど、青空君がそんなに推すからね。私もハンバーグにするよ」
「朝からカレーねー……」
「クス、そういう青空君もハンバーグじゃない。私も朝からハンバーグはいいと思うな」
 向田は嫌そうな顔から一転、笑顔に変わった。
「ははは、俺も朝からカレー食うぜ! 母さんがな、大量に作っちゃって三日間朝からカレーなんてこともあったぜ!」
「えー! 青空君のお母さんってすごい作るんだね。でもいいなー三日間もカレー食べてみたいよー!」
 羨ましそうな顔で上を見るように口をポカーンと開ける。それを見て俺はからかいたくなった。
「向田」
「カレーかー……いいなー」
 向田の耳に俺の声は届いていない。
「おい、向田」
「え、え、な、何?」
 向田は体全体で飛び跳ねるようにビックリした。その姿が非常に滑稽だったので笑いがこみ上げてきた。
「ク、む、向田、クク、ヨダレ、ヨダレ垂れてるよ……」
 俺は必死に笑いを堪えながら話す。
「う、嘘ー!」
 向田は慌てて手の甲を口元に持っていく。
「あ、あれ……?」
 ヨダレが垂れていないことに気づいた向田が疑問の顔をする。
「ク、クククク……ハハハハハハ、ハハハハハハ! 嘘だよ! 嘘嘘!」
 堪えていた笑いが一気に吹き出した。
「え、え!? や、やだー! 青空君ひどいー! ほんとにヨダレが出てるかと思っちゃったよー!」
 余りに恥ずかしかったのか両手で顔を覆ったり、机を叩いていた。
「ハハハハハハ、悪い悪い! 向田のポカーンとした顔が面白くてさ! ビックリした姿も面白かったぜ!」
「あうー……」
 顔を真っ赤に染めて、両手で覆った。
「チャリンチャリン」
 そのとき入り口のドアが開いた。
「いらっしゃい」
 マスターがカウンター越しに挨拶をする。一人の男が入ってきた。
「マスター、おはよう!」
「おう、亮平君か! おはよう」
「ちょっとマスター聞いてよ、浩介の奴が入学式の入場中に転んだんだよ」
 聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 って待てよ、亮平――?
「りょ、亮平、な、何でこんなとこに来てるんだよ!?」
 俺は知り合いが入ってきたことにビックリした。そのとき、どこかから鋭い視線を感じた。
「こんなとこ、はないだろ……こんなとこは……」
 カウンターにいるマスターが目を光らせてこちらを見ている。その目つきには殺意が込められているような感じがした――。
 こえー、マスターこえーよ――。
 マスターに店の悪口を言うのは禁物であった。悪口を言うたび、マスターから殺気が飛んでくるのであった。
「おおー、カツ! 何でこんなとこに来てるって、いつも来てるじゃん」
 こいつの名前は田中亮平。中学時代、俺や純、俊也たちのグループの一人だった。亮平もバスケ部だったが、万年控え選手だった。運動音痴の癖に三年間バスケ部に在籍をしていた。勉強はそこそこ出来たので運動部だけが自慢の桜山高には入らなかった。
「ま、まあ、そうだな……。りょ、亮平も元気そうだな」
 俺は向田のことは言いたくなかったので焦っていた。向田の方を横目で見ると興味深そうに見ている。
 亮平は俺の座っている横まで来た。
「うん、元気だよ……でだ!」
「で、でだ? 何言ってんだ亮平」
「で、だ! カツ、気になってることがあるんだけど……」
 亮平は何かを言いたげに向田の方に視線を送る。
「……何でカツが女子と一緒にいるのさ?」
 亮平はしかめっ面をして、不満気にこちらを見てくる。
「あー、これは、な…………はあ」
 俺はそういって額に手を当てる。
「何さ何さ? カツが女子と一緒にいるなんて信じられないよ。えっと、確か向田さんだっけ?」
 亮平が確認する感じで向田に話しかける。
「あ、う、うん。え、えっと……田中君だっけ?」
「うんうん。それにしても何で向田さんがカツと一緒にいるのさ?」
 亮平は不満気な顔をしたまま俺の方を見る。
 ここまで言われた以上は事情を話すしかないようだ。仲間には白い目で見られそうであまり話したくなかったんだが止むを得ない。
「あー、昨日からな、向田と付き合うことになったんだよ」
「……ちょ、ちょっと待って! い、今何て!?」
 亮平の不満気な顔が、目を見開いた信じられないような顔に変わった。
「だから、向田の彼氏になったんだって言ったんだよ」
 俺は不機嫌になったので口調が強くなった。
「マジでか……」
 本当に信じられないのか口を半開きにし、どこか一点を見つめている。
「…………」
 亮平は唖然としたまま何も話さなくなった。ここまでのリアクションをされるとどうしていいか分からなくなる。
「亮平、どうした?」
 心配になって俺は話しかけた。
「あ、ご、ごめん。余りに信じられなくてね……まさかカツに彼女が出来るなんて世も末だなって思ってたんだ」
 亮平は我に返った感じで喋りだした。
「おいおい、世も末って……向田が俺に告白したんだぜ? そんな言い方したら向田に失礼じゃねえか」
 俺は苦笑いを浮かべる。
「マ、マジスか……カツが告白されるなんて……」
「ま、まーいいじゃねえか! ほら向田も黙ったままだしよ!」
 向田は下を向き、顔を真っ赤に染めている。
「ご、ごめん、向田さん……」
 亮平が恥ずかしそうに左手で後頭部を掻く。
「う、うん……」
 向田は顔を真っ赤にしたまま、小さい声で返事をする。
「そーいや浩介はどうしたんだよ亮平。そーいえば浩介の奴、入学式でコケタって? ハハ、あいつ馬鹿だなー!」
 亮平がこのサブちゃんに来るときはいつも浩介と一緒だ。だが今日は珍しく一人だった。
「それがさあ、足首ひねって捻挫したみたいだよ。それで学校終わって病院行ったんだ」
「お、おいおいー……入場式のときに転んだんだよな? それで入学式終わってから行ったのか?」
 入学式っていっても2時間以上はあるはずだ。その間我慢してたってか?
「ほっんとに馬鹿だよあいつ……入学式の時に痛そうな顔してたのにすぐに保健室にも病院にも行かないんだからね。式中にずっと座れてたことだけが救いだね」
 亮平が呆れた顔で話す。
「あーあ、何やってるんだか……入院はないよな?」
「捻挫だしね、でも骨折の可能性もあるし松葉杖はありえるかもね。帰るときは本当に痛そうにしてたよ」
 亮平の言うことはもっともだ。我慢していたのだから重傷になっていなければいいのだが――。
「浩介君が捻挫だって? こりゃまた大変なこった……」
 マスターが洗い終わった皿を拭きながらこちらに話しかける。
「まー、捻挫でもあいつはここに来るでしょ。マスターのハンバーグで治してやりなよ」
 俺が笑い混じりに冗談を言う。
「マスターのハンバーグって元気出るからね。カツも頼んだんだよね? 僕にも一つハンバーグ頼むよ!」
 亮平は自分のことを僕と言う。俺らのグループでは唯一で他の四人は全員自分のことを「俺」と言っている。
「そんなにマスターさんのハンバーグって美味しいんだ……私も楽しみになってきたなあ」
 黙っていた向田が口を開いた。
「おう、ミツキちゃん楽しみにしてな。美味しいぜ」
 マスターがカウンター越しに話しかけてくる。
「おー、向田も食べてみたらビックリするぜ! あのハンバーグは絶品だぜ。な、亮平」
 俺は同意を求めるように亮平に話し掛ける。
「何度食べても飽きないからね。あ、ごめん席座らせて」
 亮平はずっと立ったまま話をしていた。
「あー悪い、じゃあ俺向田の隣行くわ」
 向田が奥に詰め、俺が向田が今座っていた所に座った。亮平は座席に座りながら話し出す。
「そういえばさ、向田さんってすごい勉強出来たよね?」
「え、あ、いや、そんなことないよ」
 中学時代、向田はテストでクラストップ争いをしていた。純がテストで毎回一番から三番、それに並ぶように向田の名前が順位表に書かれていた。
「あー、純の順位はいつも確認してたんだけどよ、向田といい勝負をしてたの覚えてるぜ」
「タマタマだよう……」
 向田は恥ずかしそうに首をすくめる。
「そんなに勉強できたのにさ、まあ純は勉強よりバスケなんだろうけど……向田さんはなんで桜山高校を選んだの?」
 今まで俺が気づかなかったことを亮平が指摘する。頭が良いならランクが最低クラスの桜山よりも、むしろ亮平や浩介と一緒でもおかしくない。いや、それ以上だ。じゃあなぜ向田は桜山に来たのだろうか?
「あ、あ、えっと、あの……」
 向田はそういって口を紡ぐ。
「そーだよ、何で向田は……」
 そのとき、向田が俺を見つめてきた。
「む、向田……?」
 ジッと、俺の目を見つめてくる。向田の顔は真剣そのものだ。
「…………」
 ずっと見つめられると段々顔が熱くなっていく。
「お、おい、向田、どうした?」
「……向田さん。カツ、だね」
 亮平が俺たち二人をゆっくり見比べる。
「お、俺? 亮平、どういうことだよ」
 俺には亮平が何を言っているのか全く分からなかった。
「えっとね、青空君」
 向田の真剣な顔が俺に何かを伝えようとしている感じがした。
「私ね…………あのね、私……青空君と一緒の学校に行きたかったの」
 そういうと向田は目線を下に向けた。
「え……?」
 一瞬何を言っているのか理解ができなかった。一緒の学校に――俺と? 向田は頭はいいが運動はそんなにできるようには見えない。じゃあ何で桜山に――。
「カツ、そこまでしてお前と一緒にいたかったってことだよ。それくらい理解してやりなよ」
 亮平が呆れた感じで俺に話し掛ける。
「向田が、俺と……?」
 心臓が一瞬高鳴った。
「あー、で、でもよ。もし俺が向田の告白を断ってたらどうしたんだ?」
 向田は俺と一緒の学校に行きたかった。でも断ったら何にもならないじゃないか。
「私はね、青空君の姿を見ているだけで良かったの……でもね、でも……」
 急に涙声になった。顔を歪ませ、少し下を向く。
「む、向田?」
「でもね、私……本当に嬉しかったの。青空君が電話をしてくれたとき……てっきり振られるかと思ったの……」
 向田は口を右手で覆う。
「だけど、青空君……付き合ってくれるって言ってくれた……本当に嬉しかったの」
 目から光るものが流れ落ちた。
「向田……」
 向田はこんなに俺のことを思っていてくれたのか――。話したことなどなかったのにどうしてここまで思えるんだろう。
「な、何か僕は場違いみたいだね、ちょっと外出てくるよ! じゃあ!」
 亮平が慌てて席を立つ。
「お、おい!」
 さっさと外に出て行ってしまった。
「たく、戻ってくるんだろうな……なあ向田、何でそんなに俺のことを思うことが出来るんだ?」
 俺は向田に疑問をぶつけてみることにしてみた。
「……クス、やっぱり青空君は覚えてないんだね。でも私はいつまでも覚えてる。忘れることなんてできないの」
 涙目のまま、向田は笑顔になった。
 覚えていない? 俺が、何を? 向田は覚えていて、俺が覚えていないこと――。
「何のことだ?」
「んーん、いーの! こうやって一緒にいるだけで私嬉しい!」
 急に腕に抱きついてきた。
「お、お、おい! い、いい、いきなり、な、何やってるんだよ!!」
 突然抱きついてきたので驚いてしまった。女子に抱きつかれたことなどないのでどうすればいいか分からない。
 何でいきなり抱きついてきたんだ? し、心臓がバクバクし始めたぜ――。俺はどうすればいいんだ。どうしたらいいんだ。可笑しくなりそうだ。向田ってあったかいな――。あー気持ちいい。――ほ、本当に可笑しくなりそうだ。
「お待たせいたしました。ご注文のチーズハンバーグをお持ちしました」
「ギャア!」
 俺は悲鳴を上げてしまった。ウエイトレスがハンバーグを持ってきてくれたようだ。
「キャア! ビ、ビックリしたー! いきなり悲鳴上げるんだもん青空君……」
 向田は抱きついていた腕から離れた。
「わ、わ、悪い……な、何がなんだか……」
 俺は完全に混乱していた。
 その後は向田とハンバーグを食べながら普通に会話をしていた――。

 ――亮平も戻ってきて、しばらくの時間雑談をしていた。
 この店には何人か常連の客が来る。ここまでにも二、三人ハンバーグを食べに来た。常連の間ではハンバーグは当たり前だった。常連以外の客は少ないので、マスターはよくやっていけるなと感心してしまう。
 時計を見ると既に一時を回っていた。
「え、もう一時過ぎか……向田、そろそろ出るか?」
 休みの日にサブちゃんに来ればいつも二時間以上いることが多い。
「うん、どこか行きたいな」
 向田は楽しみにするような顔でこちらを見てくる。
「もう二人ともラブラブに見えるんだけど……カツ、そんな可愛い子を泣かせちゃダメだよ」
「余計なお世話だよ、亮平こそ彼女作れよ、ははは」
 俺は馬鹿にするような感じで亮平を笑い飛ばす。
「それこそ余計なお世話だよカツ! 僕ももうちょいマスターと話したら帰るよ。じゃあねー」
「おー、またな。マスターも、また」
 二人に軽く手を上げて挨拶して、向田と店を出る。
「一時かー……」
「青空君、これからどこ行くの?」
 昨日俺はどこに行くか考えた。だが結局どこに行くか決まらないまま今日になってしまった。
「そ、そうだな……」
 やばい。昨日俺に任せろと胸を張って言っておいて、今更決まってないなんて――。
「クス、やっぱり決まってないんだね」
 少し笑われながらやっぱりと言われてしまった。
「そ、そんなこたー……」
「私遊園地行きたいな」
「え、今から!?」
 まるで俺が決められないことを分かっていたように向田が話し出した。遊園地はここから十駅ほど行ったところだ。
「遊園地か……」
 俺は遊園地、動物園、映画館は嫌いだった。理由はアトラクションで遊ぶのは疲れるし、動物や映画を見ることも興味がなかったからだ。
 遊園地、映画館はデートスポットの定番らしいが――。
「何か青空君嫌そうだね……」
 向田が少し悲しそうな顔で俺を見る。
「そ、そんなこたー……」
「クス、青空君って嘘付くの下手だね。嫌だってことが表情に出てるんだもん」
 嬉しそうに向田が笑顔になる。俺はいつも考えていることが表情に出てしまう。純と一緒にいるときもそれで何度からかわれたことか――。
「向田、何でそんな嬉しそうにしてるんだよ……そんなに俺をからかうのが面白いのか」
「そ、そんなことは……」
 そのとき聞き覚えのある声が挨拶をしてきた。
「カツ、おはよう! サブちゃんに来てたんだね」
 声を掛けてきたのは純だった。
「おー純、おはよう。今出てきたとこだぜ」
 純には後で向田の件を報告しに行こうと思っていたので手間が省けた。
「向田さんもおはよう。そして、おめでとう!」
 純が笑顔になり、いきなり拍手をし始めた。
「な、何で拍手してんだよ純……」
「だって、二人きりってことは……そうなんだよね?」
「何のことだよ?」
 純の言うことがいまいち俺には理解できなかった。
「もう、カツは恋愛のことで言葉を濁すと分かってくれないんだから……付き合うことになったんでしょ?」
「あ、あー……そうだぜ」
 俺は頭を掻きながら返事をする。ようやく理解できた。
「向田さん、久しぶりだね」
 純が向田に軽く会釈する。
「カツから話は聞いてるよ、やっと答えもらえたんだね」
 純は俺にこそ結構毒舌だが、女子に対してはいつも優しい。こいつもいい性格してるぜ――。
「う、うん……」
 向田は恥ずかしそうに下を向く。
「ねえ、これからどこか行くんでしょ? 行く場所決まってるの?」
 純がまるで行く場所決まってないような言い方で俺たちに聞いてくる。純はどうやら見抜いているようだ。
「それがなー、まだ決まってないんだ」
「それなら、いい物があるんだ…………ほら」
 やっぱりと言った感じで純が話す。純がカバンから出した物はチケットだった。
「おい、それって……アクミツのライブチケットじゃねえか!」
 アクミツとはあまり売れていないがロックバンドだ。しかし歌唱力に惚れて好きになった。
 しかし、ライブがあることは知らなかった。
「あ、アクミツは私も好きだよ!」
 向田が嬉しそうに笑顔になる。
「マジか、向田も好きなのか!」
 アクミツは売れていないのに目の前にファンがいたことに驚いた。
「うん、あの歌声がとても素敵で好きなんだ」
「そうそう、あの声がすごいよな! そっかー向田も好きなのか、こりゃ偶然だな!」
「う、うんそうだね……」
 向田は何か言いたげだったがそこで言葉が途切れた。
「それにしても純、それどうしたんだよ。しかも二枚も……」
 俺は純が二枚持っていることに疑問になる。
「俺のお父さんがアクミツ好きなの知ってるよねカツ」
「おー、純の父さんとはよく話すからな」
「先週チケット買ったんだけど、お父さん今日いきなり仕事入っちゃったからカツ君にあげろってさ。だからさ、はい、二人にあげるよ」
 純がチケットを俺達に渡してきた。
「マジか! サンキュー!」
 俺は思わぬチケットの入手に飛び上がって喜んでしまった。
「でも、何で二枚なんだ?」
「それがさ、俺興味ないのに無理に誘われたんだ……お父さんいつも強引だからね」
 純は呆れた顔をして、軽く首を横に振る。
「ありがとう、渡辺君」
 向田が満面の笑みになる。
「お、おいちょっと待てよ! これってライブの時間十五時になってるじゃねえか!」
 現在一時半だ。後一時間半しかない。
「大丈夫だよ。桜山ホールだからここから歩いて二十分もあれば着くでしょ。それにしてもここで二人に会えて良かった……チケット無駄になるとこだったよ」
 桜山ホールは桜山高校からすぐの所にある。
「あーそっかそっか。電話くれりゃ良かったのによ」
「だって今カツ、携帯の電源切ってるでしょ。掛けられなかったんだよ」
 純が苦笑いをしながらこちらを見てくる。
「げ、マジか…………あ、マジだわ……すまん」
 朝は急いでいたので、携帯電話だけ持って電源を入れるのを忘れていた。
「でもチケット、マジでサンキューな純! 向田も好きで良かったぜ!」
「いやいや、優柔不断のカツに助け舟だしてあげただけだよ。カツは当日になってもデート行く場所決めかねてるもんねー」
 純が俺をにやけながら見てくる。
「あー、優柔不断は認めるが、そのにやけ顔が何かムカつくな……」
 俺は純を軽く睨む。
「クス、あはははは。青空君と渡辺君のやり取り見てると面白いね」
 向田が口元に手を当てながら笑う。
「……純にはいつも言われてるから慣れてるが、向田に言われるのは何か腹立つな。おい、笑うなよ……だから笑うなって!」
 向田が俺をからかうように笑っていた。
「ははは、カツをからかうのって面白いよね向田さん」
「あはは、そうだね、青空君って面白いね。クスス」
「わ、笑うなって! もういいや、俺行くわ」
 俺は若干いじけながら一人で歩き出す。
「あ、待って青空君! 私も行く!」
 向田が慌てて付いて来る。
「またな純! あ、サブちゃんに亮平来てるぜ」
 後ろを振り向きながら俺は純に挨拶をする。
「そっか、またねカツ、向田さん!」
「渡辺君またね!」

 ――ライブが終わった。太陽が建物の陰に隠れて空が赤く染まりだす。現在は九月なので日が暮れるのが早くなってきた。
 時刻は十八時を回り、そろそろ夕食の時間だ。
 ライブは最高だった。最近溜まったストレスを全部発散できた感じだ。あのロックを思い出すだけでテンションが高くなる。
 帰り道を向田と歩きながら話をする。
「いやー、ほんっとに最高だったな! アクミツ凄かったな!」
「うんうん! あの、マイクを上に放り投げた時はビックリしたけど、綺麗にキャッチしたのは凄かったね!」
「アクミツの得意技だしね、いやーそれにしても、もっと聞いてたかったぜ!」
 興奮は冷めやらない。このまま帰るのが惜しいくらいだった。
「カラオケ行きたいとこだけど、もう日も沈むし……帰るか?」
 少しの期待を込めて俺は向田に話し掛ける。
「うん、そうだね。お母さんに七時までに帰るように言ってあるし、私帰るね」
 期待は見事に砕かされてしまった。
「そっかー……」
 俺は少しうな垂れてしまった。
「あの、青空君、今日はすっごい楽しかった!」
 向田が満面の笑みで話し掛けてくる。
「おー、そっか!」
「うん、サブちゃんも紹介してくれたし、ライブも面白かったし。すごい楽しかったよ!」
 改めて向田の笑顔が可愛いことを実感する。俺はその笑顔に見とれてしまう。
「…………」
「あ、青空君? ど、どうしたの?」
 笑顔だった向田がいきなり恥ずかしそうに顔を赤くする。
「あ、あー、ご、ごめん。た、楽しんでくれて良かった。まあライブは純のおかげだけどな」
「あ、この家私の家だから……またね。今日、誘ってくれてありがとう青空君!」
 一瞬向田の笑顔にドキッとしてしまう。
 まただ。この胸の高鳴りは何だ――。やっぱり俺は向田を好きになったのか?
「おーそっか、んじゃまた明後日だな」
「うん、またね青空君!」
 向田が笑顔で手を振ってくる。
「またな」
 俺は軽く手を上げ、向田を背に歩き出した。
 はー、今日は楽しかったなー。でも今の最後の向田、マジで可愛かったな――。あんな可愛かったっけ。あいつが俺の彼女か――。
 俺は自然とにやけていた。向田が気になり後ろを振り返った。
「あ……」
 向田がまだ玄関の前で立っている――。俺が振り返ると再び手を振ってきた。
「まだいたのかよー! 早く帰れよー!」
 俺は向田に聞こえるように大声を出す。向田は笑顔だけ返し、まだ手を振っていた――。 
2008/10/25(Sat)21:15:42 公開 / マサ
■この作品の著作権はマサさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
第二話を書いてみて……
どうもマサです。ここまで作品をご覧頂いて有難うございます。第一話の感想でのアドバイスなども参考にし書いてみました。カツ、向田、亮平三人のやりとりやデート内容などで頭を悩ましました。
自分なりに頑張りましたが、矛盾点や気になるところがあればご感想頂けると嬉しいです。
第三話の更新日時は未定です。出来次第アップします。

第一話を書いてみて……
初めまして、マサと申します。初めて他人に見て頂く作品なのでビクビク緊張しながらの投稿になります。矛盾している所や分からない部分があるかもしれませんので、そういうところがあれば遠慮なくアドバイスしてもらえたら嬉しいです。
作品は途中ですが、ここまで読んでくれた方は本当に有難うございます。

※修正日付 08/09/26 10/05 10/06 10/07 10/09 10/11 10/19(二話追加) 10/20
※最新更新日時 08/10/25 21:10
未熟者で、何度も修正申し訳ありません。
私の別の作品「人形」もご覧頂けたら嬉しいです。宜しくお願いします。
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