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『俺たちの叫び声と笑い声』 作者:悠湖 / お笑い ショート*2
全角18407文字
容量36814 bytes
原稿用紙約59.85枚
これは色んな男たちに降りかかる不運や幸運の物語。
 -登場人物は俺しかいない-


 いいか、諸君。驚かないで聞いてほしい。
 俺は今、何やら大変な陰謀に包まれているかもしれない。
 これは罠なんだ……都心部における、怖い人たちの罠なんだ……。

「あ、おにいさん! ちょっとうちの店寄ってかない?」
 ま、また来やがった!! これでもうかれこれ7回目だぞ!? な、何なんだよ、全く。
「あ、いえ、俺興味ないんで……」
 俺は足早にその場を立ち去る。
 ――もうわかっただろうか? 俺は、今……。



 モーレツに風俗の勧誘にあっているんだッッ!!!



 ……あれ? 何? この空気。
 いや、だっておかしくね? さっきも言ったけど、7回も勧誘されてるんだぜ? 
 前までこの道を通っても、虫が寄ってくるだけで、他の人間が俺に近寄ることは無かったというのに。
 ――これは陰謀だ。きっと陰謀なんだ。よくわかんないけど、とりあえず陰謀なんだっ!
「あ、おにいさ――」
 きやがった!! 明らかに風俗店やってそうな店員がきやがった! ど、どうする!? このまま逃げ続けても何にもならんっ!
 俺の推測(当たる可能性3%)では、きっとさっきから話しかけてきやがってる奴らはグルだっ!
 ええい! グルだ! そうに違いない! 明らかに店の種類違うとか、なんでグルになってんの? とか、そういう質問、意見、感想は、一切受け付けねぇっ! とにかく、あいつらは何か企みがあるんだ!
「ん? なんだい? 僕(の体)に何か用でも?」
 フ、フン。どうだ? あえて一人称を僕と言っている、この高貴な感じ。このオーラ。この厚き壁。きっと相手に威圧感をあたえるに違いな――。
「あっはは、何言ってるの。にいさんったらしらばっくれちゃって」
 と、目の前の勧誘者は笑いながら俺を見つめた。
 あれ? なんか威圧感全くあたえてなくね? あっれ、おっかしいな。逆に相手から威圧感をあたえられてるんだけど。
 い、いや、だめだ! このまま空気に流されちゃだめだ! 
「い、いえ。俺はかれこれ26年純情なので。ではっ!」
 俺は走った。馬刺しにされそうになって、ようやく脱走できた馬のように……って何だ? このネガティブな例え。
 しかし、一体どうなっているんだ? まさか、俺の方が変なオーラを出しているというのか?
 い、いや、そんなわけあるまい。俺に出せるのはつばと涙と40円(現在の財布の中身)くらいだ。
 だが、さっきの勧誘者の言葉を思い出すと、俺がオーラを出しているというのもハズレではないかもしれない……。
 いや、オーラじゃなく、俺の態度が問題なのかもしれん。
 い、いや、違う、違うぞっ。きっと、きっと――。
「俺の顔がイケメンになったからに違いない」
 いや、あえてツッコんでほしい所だが、この際俺しか登場人物がいないのでどうでもいい。
 でも“ラーメン、つけ麺、僕イッケメーン説”を出すと、さっきの説が全く成り立たんな。
 まさか、俺の体のどこかに、“ヘーイ! イッツウェルカーム!!”みたいな部分でもあるのか?
 いや、もちろん英語の意味は全く違っているのだろうが、俺しか登場人物がいないので仕方が無い。
「あっ、おにいさん、ちょっと寄ってかな〜い?」
 ワーオ、9人目。しかも何か顔怖ぇぇ〜! 何あれ? ヤクザじゃん。
 あ〜〜!! 一体何だっていうんだっ!! なんで皆同じようなセリフしか言わないんだ! いや、単に風俗勧誘セリフがこれぐらいしかないからかもしれないけど。
 まぁ、落ち着け俺。ここはさっきの失敗を踏み越し、新たな失敗――じゃなくて! 成功に導くんだ!
 そして、そんな俺が言った一言がコレだ。
「なんだチミは。ミーの体に惹かれたのかい?(注:26歳サラリーマンのセリフです)」
 どうだ? かなり破壊力あるだろ? 効果はばつぐんだよな! てか言った俺自身すっげぇ恥ずかしいんだよね。
「あ、ああ、ごめんねおにいさん。疲れてるんだね。悪かったよ」
 お! 成功だ! やったぜ! なんかすっげぇ可哀想なものを見る目だったけど、結果オーライだ!
 だがこの策は次には使えないな……。いや、なんというか自分自身の精神保持のためにもさ。
 む〜、しかし本当に何でこんなに話しかけられるんだろうか。もしかしたら俺の考えすぎ? いやいや、でも周りの人間はそんなに話しかけられてないぞ?
 まさか、俺の顔が“風俗通ってそうなオッサン”に見えるのか……?
 いや、悔しい話だが、“ラーメン、つけm(以下省略)”よりも有力と思われるな……。
 っていうか、こんなことやってて終わるのか? なんか永遠ループしちまいそうだ。
「おっ、いいねぇおにいさん」
 ちっ、祝10人目なんですけどっ! まったくめでたくねぇ。クジの3等くらいめでたくねぇ。
 っていうか何が“いいねぇ”なの? その言葉は何? 何なの? 何が目的? 金? 体?
「す、すいませんね。俺純情派26歳なんで――」
 ノーマルな受け答えで走り去る俺。あ、なんかクールでアダルトだね。そしてルー大柴だね、さっきから。
 
 さて、どれくらい走っただろうか。なんか疲れた。
 文字数もいい加減限界に来ている。そろそろ謎を解かなければ。
 ――一体何故俺は風俗にここまで勧誘されなければならないのか。
 パッとしなくて、冴えなくて、モテなくて、彼女居ない暦=生きている年数で、万年窓際で、財布は折り紙で、朝ごはん歯磨き粉という俺が、何故こんな目にあってしまうのか。
 いや、なんか逆に俺の生い立ちの方が気になる感じだが、登場人物は俺しか居ないので放っておく。
 あ、でも彼女居ない暦ってのは違うか。だって俺“脳内彼女※”居るし〜。(※妄想上の彼女のことです)
 あ〜もうなんかトイレ行きたくなってきた。と、思ったところで、ちょうど目の前にトイレがあった。なんて軽い展開なのだろうか。この展開考えた奴はきっと低脳だ。
 ――トイレに入り、便器の前までたどりつき、俺はようやく謎が解けた。
な、なんてこった……。そ、そういうことだったのか。
 あの勧誘者の声が鮮明に蘇った。
『おっ、いいねぇおにいさん』
 嘘……だ。うそだっ!!! これは夢なんだっ!


 まさか、ここまでひっぱっといてッ――。
 ここまで俺に被害妄想をさせて――。
 ここまで俺に恥かかせといて――。

 そのオチが――。

 
「あら?」
「あららら?」
 ん? なにやら後方からピンク色には到底たどり着かないような太い声が聞こえたぞ……?
 恐る恐る振り向いて見ると――振り向かなければ良かった、と思う光景が広がっていた。
「あらお兄さんったらヤダわぁ」
「中々良い顔してるじゃないのぉ。もう胸がキュンッってきちゃった」
 これが女の子だったらどれだけ良かったことか……。
 あれだよね。最近のニューハーフさんって結構顔が女に似てる方が多いじゃないっすか。だから俺も最近はニューハーフの方とでもいっぱ……いや、健全なお付き合いをしてもいいなぁ、と思い始めていたんだ。
 でもコレ何!? 青髭がすっげぇ見えるし、なんか髪みじけぇし、ってか肩幅でかいし!! ってかゴツイんですけど彼女ら!! いや、“彼女”なんて呼んじゃっていいのかなぁ、コレ? “兄貴”って呼んだほうがいいんじゃね!?
 逃げたい。今すぐにでも逃げたい。しかし入り口は5人程の兄貴に封鎖されている。
 やべ、変な汗が出てきた。なんかこの人たちに物理的にも精神的にも食べられそう。
「あら? お兄さん……」
 こ、今度は何だ? どこに視線を――。
 え? 股間? おいおい、いきなり股間って。俺は今バトルモードには――ってああああああああぁぁぁぁああ!!!!
「もぉ。誘ってるのならこんなところじゃなくてもいいじゃない」
「お兄さんったら意外とだ・い・た・ん」
 やべ、目が血走ってる。兄貴たちの目が色んな意味で血走ってるぅ!!
「ち、違います! これは――」
 しかし俺の言葉は兄貴たちには届かない。何かいつの間にか凄く密着されている。
 やばい、息が臭い。ってか息が届くほど近づかれてる? ――ギャアアアアアア!!!
「お兄さんに色々教えてあげるわね。もうシャバには戻れないわよぉ」
 い、嫌です! そっち側には行きたくありません!! 俺は――ってか臭い! 息が臭い! 何かイカ臭い! 息がイカ臭い!!
 こ、こんなことになるなんて……俺は想像なんてしてなかった!!
「さぁ、お楽しみタイムをはじめるわよぉっ!」
 そう言って兄貴が俺の――。

  
 

 いいか、諸君。これは都心部の陰謀に巻き込まれた俺の悲しい記録だ。
 どうかこの記録を見てる諸君には伝えたい。
 
 ――社会の窓は、閉めておこう。

 
 
 ◆◇◆◇◆◇

 
 

 -強盗犯になってやる!-


 どっかの童話に、こんな話があった気がする。
 ――お人よしの主人公が、踏まれ蹴られ、そして騙され、裸になって死んでいく話。
 どっかのアニメに、こんな話があった気がする。
 ――心優しい少年と犬が、希望の現れる前の絶望に破れ、天使に連れて行かれた話。
 どっかの誰かさんがこんなこと言ってた。
『結局この世界、ズルイ奴が勝つんだよ!』
 違う!
『いい奴なんて生き残れるものか!』
 違う!
『よく思い出してみろ? どっかの神さまだって、良い事して殺された。どっかの外交官だって、良い事して職を失った』
 …………。
『この世界はな、所詮悪い奴が勝――』
 そ、そうだよね! この世界はずるい奴が勝つんだよね!
『え?』
 そうだ、そうなんだ! この世界に勝つには負の感情が必要なんだっ! 
 どんな良い事した人だって、結局自分には返ってこなかった!
 俺はやってやるぞ……自分が幸せになるために!
『あ、あのー、やるって何を?』
 銀行強盗さっ、他人を殺しても、恐怖に陥れてでも、俺は生きてやる!!
『お前、さっきと言ってる事全く違うじゃねぇか!! お前それでも主人公?!』
 悪いな、心の声さん。誰だって、どんな主人公だってダークサイドに堕ちちゃうんだよ。
 ダー○ベーダーを見てみろよ。エピソードシリーズではアイツ主人公だったんだぜ?
 よっしゃぁ! 俺はやってやるぜっ! ライトセーバー振り回してやるっっ!!
『……あれ? これ俺のせい?』


 と、いうわけで、今俺は銀行の前に居る。
 俺の私生活はもうボロボロなんだ。財布の中身もボロボロなんだ。
 親は死んだ。脳内彼女にさえ逃げられた。俺は独りだ。
「やってやる……今の俺は誰にも止められない。二次元の萌えっ子が来たとしても止められない。メイドさんが来たら……止まるかもしれない」
 中途半端な意気込みを小さな声で発し、俺は顔にマスクを付け、サングラスをかけた。
 笑って、いいともーー!!
 ……いや、なんかやってみたかっただけだ。
 俺は銀行内に入って、辺りを見渡した。
 ――なんか、サングラス掛けて、マスクして、銃もったオッサンが居た。
「あ、俺お腹痛くなっちゃった」
 とりあえず、銀行から抜け出すことにした。
 ――って先客かよっ!! まさかの先客だよ! 居るとは思わなかったよ! そしてこんなにあっさりと逃げられるとは思わなかったよ!!
 ……とりあえず110番しとこっと。
 地図帳を手にし、次の銀行へと急ぐ、が、お腹がすいてきた。
 仕方がない。腹が減っては戦はできぬ、だ。コンビニでおにぎりでも買おう。
 財布を確認する。ああ、良かった。ちゃんと百円玉が二枚入ってる。
 辺りを見渡し、横断歩道を越えた辺りにコンビニを発見した。
 
「いらっしゃいませー」
 店員の声が響く。なんかめんどいので、少し場面を省略したが許してほしい。
 さ〜って、どのおにぎりを買おうかな〜。
 …………。
 視線を感じる。誰だ? 何だ、この視線は。妙に冷たいぞ?
 振り向く、と店員が目を細めて俺を見ている。
 ん? なんだ、俺なんかおかしいところでもあるか? 頭は完全に二次元だが、他はまったくおかしいところなど……。
 なんか、さっきから目の前が暗いな。おまけに口元はあたたか――。
「ああああぁぁぁぁぁっっっっッッッ!!!!」
 俺サングラス&マスク装備はずしてないじゃん!! 何やってんの! 俺ェッ! お茶目なんだからっ、もう〜――ってよくねぇよっ!!
 ど、どうする? この格好じゃまるで強盗だ。いや、まぁ強盗しようと思ってんだけどさ。
 しかも大声上げて、店員驚いてるよ。驚いてるっていうよりはひきぎみだよアレ。
 どうにかしてこの場をごまかさないと、が、がんばれ、俺っ!
「ナイフ買うの忘れてたぁ〜あ〜やっべ〜!」
 オレェェェェェェッッ!!!! もっとマシなこと言えよ、オレェェェェェェッッ!!!
 なんかマイナス効果じゃん!! 明らかにオレ強盗じゃん! なんか、強盗グッズ買い忘れたぜ、テヘ、みたいな空気じゃん!
 ど、どうする。いやもちろん決まってる。 
 ――この空気から離脱する。
 さっさとおにぎり買って、ここから出よう。
 俺は昆布のおにぎりをつかみ、レジに出す。
 あ、財布さいh……。
 その時、俺は思った。
 ――今のこの絵図、まさに強盗の直前みたいじゃん!!
 店員の顔を見ると、あらまぁ、真っ青。
 俺はにこやかに財布をとりだす。サングラスとマスクつけてるから全然意味ないけど。
「あ、あたためます……か?」
 お、おい!! なんか警戒してね?! まだ警戒してるよこの子!
 しょうがない、ここは和ませる一言でも言っておこう。
「いいともっ!」

 空気が凍った気がした。

「あ、ありがとうございました……」
 コンビニを出ると、さっきの店員のかぼそい声が聞こえた。
 なんか、俺可哀想なことしちゃったな。そして可哀想な人間だな、俺。
 まぁ、気を落とさずに、さっさと次に行こう。
 
 着きました。ごめん、もう道とかめんどいから省略したわ。でもいいよね? わかってるよね?
「今度こそやってやる……俺は誰も止められない、今ならメイドさんにだって止められない。猫耳娘……になら止められるかもしれない」
 またまた中途半端な意気込みで、銀行内に入った。
「オラァ! 手ぇ上げろォッ!」
 入ったら、銃を持ってグラサン掛けたおじさんが居たよ☆
 ――ってまたかよっ!? え、何? 今シーズンなの? 今強盗シーズン!? 強盗が旬な季節っすか!?
 なんだよチクショウ!! 皆どんだけ落魄れた生活送ってんの!? 自慢じゃないけど俺もね!!
 ど、どうする!? この状況っ。なんか俺空気読めてないみたいじゃん。何コレ、だぶってんじゃん。
 ――そんな状況を打破するために、銃(300円で買ったエアガン)を構え、俺が言った言葉はこれだ。
「オラァ! 手ぇ上げろォッ!」
 俺のバカァァァン!! もう、お茶目なんだからっ♪ ――ってちげぇよ!!
 何開き直ってんだよ、俺!! 先客の方が言った言葉とまんまじゃん!! こんなんじゃ先客の方と命をかけた口喧嘩になっちゃうよ!
 って、あれ?こっち近づいて来てる? なんか近づいてきてない?
 やばい、やばい、マジでやばい。父さんの会社が倒産したときよりやばい。っていうかこのダジャレやばい。
 ああ、なんか怖い顔してるよ。やばいよ。グラサンしてるから分かりにくいけど、きっと怖い目つきだよ、あの人。
 そして、彼は言った――。
「その銃、どこで買ったんすか? かなり良さ気じゃないっすか、デヘヘ……」
 オタクかよぉぉぉっっっ!!! まさかの銃オタクかよっっ!!! やべ、にやけてる。この銃見てにやけてるよ、キメェェェェ!
 どどど、どうしよう……。まさかト○ザラスで買ったなんて言えない。子供のバカにするような目と、大人の冷たい目を掻い潜って買ったなんて、とても言えない!
「あ、こ、これ? ちょっとガンショップでね」
「え、そうなんすか? ああ、やっぱそうっすよね。かっこいいっすよ。何円だったんですか?」
 300円とはとてもいえない。
「え、ま、まぁウン十万くらいかなぁ」
「え!? マジっすか! さすがっすね。僕もそんくらいして困りましたよ〜。まさかこんな事に使うとは思ってませんでしたけど」
 じゃあ、何に使おうとしてたんすか。っていうか、部活の会話じゃね。中学生の会話じゃね、コレ。
「あ、じゃあ強盗頑張って。俺違うとこいくから」
「わかりました。お互い頑張りましょう」
 握手をしあい、僕達は別れた……。
 それぞれの道に、ゆっくりと歩いていく。
 その道が汚い道だとしても、
 
 僕らには、それしか道がなかったのだから……。


 
 声の出演:主人公 石田 あき――。
 
 
 

 ――あ、すんません。まだオチてないっス。なんかスタッフロール流れてるけど、エンディングじゃないっス。
 


 と、いうわけで、また新しい銀行に向かってるわけで。
 あれだ。何回もああいう展開が続くと、今回もいるんじゃね? って期待しちゃうよね。
 いや、期待してどうするんだろう。ついに頭おかしくなっちゃったかな、俺。
 さて、ようやくたどり着いた。ここで終わりにしよう。決着をつけるんだ。
 俺は誰も止められない、今ならメイドさんにも、猫耳娘にも、スク水っ娘にも……あ、スク水っ娘には止められるかもしれない。
 またまた中途半端な意気込みで、銀行の自動ドアの前に立った。
 って、今頃気付いたけど、自動ドアの前に立っちゃったら自動にドア開いちゃうよね。だって自動ドアだもん、仕方が無いよ。
 ――ってやっべ〜、ドア開いちゃった。心の準備できてねぇよ〜。やっべ〜、皆すっげぇこっち見てる。え? 何? そんなに俺の体が魅力的――……なんかむなしくなってきた。
「おっらぁぁ!! 命欲しかったら手ぇ上げろ〜!! 命欲しい人手ぇ〜あっげてぇ〜」
 銀行の中に居る人たちは全員手を挙げた。
 その人たちを見て、俺は失敗したなぁ、って思った。
「オウワァ、何デスカ!? アナタハ!?」
 困惑した黒人男性一人確認。
「何? 何ナノヨ!? アナタ何スル気デスカ!?」
 ……汗をかいた黒人男性一人確認。
「オゥ! 何テコッタ! コンナニ日本ハコワイ所ナンデスカ!!」
 ……帽子を被った黒人男性一人確認。
「モウイヤダヨ! 折角日本にフィリピンパブアサリにキタノニ!!」
 ……タンクトップの黒人男性一人かく――ってちょっと何コレェェェェ!?
 何で黒人ばっか!? いや違うよ? 俺は肌で差別するとかそんなんじゃないよ? でも何これ、ここはアメリカの銀行ですか? なんか日本人一人も見つからないんですけど。コレは一体どういうことですか? 説明してくれよ、ワトソン君。ってか最後の一人はフィリピンにいきなさい。そうだよね、佐藤先生(俺の初恋の先生)。
 もうね、何が嫌ってね、皆サングラス掛けてるの。何か従業員までサングラス掛けてんの。俺一瞬間違ったかな〜って思ったね、流石に。人生を間違ってる俺が見つけた間違いなんだから、コレは相当間違ってるってことだよ諸君。
 ってか俺もサングラスかけてんじゃん、何これチョー奇遇ぅ〜。……どうか奇遇であってくれ、とその時ネロに祈った。
「え〜、っと。とにかく、皆さんはそこに固まって座っててください」
 ――何故か敬語になってた。
 黒人の皆さんは震えながら指示に従ってくれた。っていうか俺も震えてた。
 もう〜、どうしよ。なんか怖いからさっさとお金とって逃げちゃおっかな。マジで。
「あの〜、従業員の方〜、俺の声がするほうまで駆け寄ってきてくださ〜い」
 まぁ、従業員の人ならそこまでも怖くないだろ。さっき見た感じでも、そんなに怖い人じゃ――。
「呼ビマシタカ?」
 ――とても後悔した。なんか体格が凄くて、キレた目してて、もう、食べられてしまいそうだった。――いっそ食べて欲しかった。
「あ、あのですね、か、か、金を出してほしいんだよね〜。ゴラ」
 ちょっと強気になってみた。――涙が出そうだった。
 俺の震えた声を悟ったのか、従業員はニヤっと笑う。
「オタク、コウイウノ初メテデスカ? 初体験?」
 あの、頼みますから変な誤解を招きそうな言いまわしをするのは止めてください。その、裏事情的に危ういので。
 とりあえず、頷いてみた。
「オウ、ソウデスカ。実ハ、僕モデース」
 ……へ?
 一体何のこと?
「ム! モウ“サツ”ノ野郎ガキヤガッタゼ」
 固まっていた黒人の皆様方が動き出す。
 へ? 何? いや、確かにサイレンの音は聞こえるけど、え? 何この状況は。
「ホラ、オ兄サンモ、早ク」
 よく分からないけど、なんか皆様方が壁に爆弾仕掛けてるよ? あれ? 何かヘリの音がしてきたんだけど。天のお迎え?
 やっべ、やっぱ悪いことってするもんじゃないなぁ。ちゃんとコンビニに行って、腐りかけでも良いから食料を調達するべきだった。
 ああ、何でだろ、今更涙が――。
 ――涙が吹き飛ぶ程、大きな音がその場に響いた。
 もう、俺の頭は真っ白。目の前も真っ白。お先真っ暗。
「サテ、行クゾ、愉快ナジャパニーズ」
 なんか分からないけど、従業員の方に腕を引っ張られる。俺は抵抗もせずにその人に従った。
 ああ、よく分からないけど、きっとあの黒人の皆様方にも天のお迎えが来ているに違いない。ってかもう混乱して何が何だか分からなくなってきた。
 
 何かわかんないけど、いつの間にかヘリの中に居る俺。チラッっとやらしい視線を送るような具合で窓を覗くと、なんか街がちっちゃくなってた。
 ヘリを見渡すと……あれ? 何で女性従業員の制服が――まぁいいか。
「あの〜、俺これからどこへ連れて行かれるんでしょうか?」
 俺が恐る恐る質問すると、従業員さん……なのかなぁ、今は。まぁ、とにかくあのゴツイ人が、親指をグイっと立てて、
「我ラ大盗賊団のアジトサ」
 ってにこやかに答えていたから、もうどうでもいいや――、

「ってんなわけあるかぁぁぁぁ!!! 俺は一体どうなっちまうんだぁぁぁぁ!!」

 ――と叫ぶのは怖いので、心の中で叫んでおくことにした。



 〜その後〜


 今、俺はかの有名なカジノに来ている。
 俺の周りは、明らかに高そうな服を着た奴らでいっぱいだ。
「さ〜って」
 タバコに火を付け、その場を歩いていく――が。
 綺麗な女性に止められた。あ、禁煙っすかココ。なら看板に書いてお――あ、書いてあるし。
「チッ」
 俺は舌打ちをしてタバコをしまった。
 ――あれからニ、三年経つだろうか。俺は随分と変わったものだ。
 友人は増えたし(業界の方の)、彼女は戻ってきたし(脳内の)、サングラスも新調した。俺は、生まれ変わったんだ。
 さ〜って、今日も夜の銃……じゃなかった、鉄の銃をふるって暴れ周りますかね!
「オイ、ロベルト」
 決意した俺に、友人が話しかけてきた。
「ロベルトじゃねぇ、コードネームはロールパンナ、略してローパンだ。このいやらしい響きがなんとも良い――って何言わせんだっ!!」
「オ、オマエガ勝手ニ言ッタンジャネェカ……マァイイヤ。ソロソロ時間ダゾ」
 時間……そうか、任務か。
 よし、行くとするか。
 俺らのロマンを手にする場所へ――。
『コチラスク水奪取隊! 作戦成功!』
 無線に連絡が入る。奪取そうか、成功したか。
「ちゃんと代わりは置いてきただろうなぁ!」
『アア! チャント“ブルマ体操服”ヲ代ワリニ置イテキテヤッタゼ!』
 隊員のほほえましい限りの声を聞き、俺は銃を握った。
「それじゃ、こっちも土産をもってきてやんないとなぁ」
 俺はカジノの景品に目をやった。
 俺が狙うもの、それは――。
「ローパン! 作戦開始ダッ!」
 照明が一気に消える。光と対になるように、客の声が広がっていく。
 さて、行きますか。
 景品の中からあるものを掴み、俺はその場から逃げ出した。
「逃がすか!!」
 暗闇の中、俺に気付いたのか、警備員の一人が銃を出した。オイオイオイ、外国じゃそんなことも許されてるのかよ。――嫌ってほど知ってるけどさぁ!!
 警備員が発射するまえに、俺の銃が火を噴いた。……警備員が力なく倒れる。
「安心しろ、麻酔銃だ」
 俺はニヤッと笑った。――手に金色のスク水を掴みながら……。


「我ら、“世界萌え保存会”は、誰にも止められないぜ!!」

 そう、俺らは今日も行く。
 世界の“萌え”を盗む盗賊団として――。



 ◆◇◆◇◆◇



「プ〜ン……プ〜」
 ――という蚊の声で俺は目を覚ました。
 何で蚊という生物がこの世に存在してるんだか……わっかんないぜ。
「プ〜ン……」 
 ああっうるせぇっ!!
 俺は我慢の限界を感じ、体を勢いよく起こし――……ッ!? 何だ? 体が、重いッ!
 とりあえず、上半身をゆっくりと起こしてみる。なんだってんだ、これが金縛りってやつなのか!?
 上半身を起こし、状況を確かめてみ――、
「プ〜ン、プ〜――って、あれ? 起きちゃった?」

 
 ――目の前に、蚊の格好をしたオッサンが居た。


 
 〜蚊ぐっばい。〜


 
「いっや〜、いつ起きるかわかんなくて心配だったんだよね〜」
 そのオッサンは、蚊の口と思われる長い針をさすりながらそんなことを口にしていた。
 あまりに奇妙なおっさんの姿。頭から触覚が生えており、鼻に蚊の口を付け、ランニングシャツにだぼだぼのトランクス、そして背中には二枚の羽。
 とりあえず、一つだけわかったことがある。――これは夢だ。ああ、夢としか思えない。そういえば最近蚊が良く出没してたからな。俺の記憶の中に存在していた蚊のイメージが夢になって現れたのだろう。
 ……いや、でも何でオッサン? 蚊のイメージが何故オッサン? 俺蚊にオッサンのイメージを透写したことはないぞ? むしろオッサンをイメージすることこそ遠慮したいくらいだ。
 あ、でもあれか。最近オッサンが良く出没してたから……いやいやいや、どんなシュールな世間だそれは。少なくとも高校生である俺の周りのオッサンは、教師と父しかいない。こんなおっさんみたこともない。
 っていうか何で電気ついてんだ? ――いや、夢だからだ。そうだ、夢だからなんだ。深く考えるな。深く考えたら、俺は夢の世界を長く味わうことになっちまう。――ってか夢だとしても何で俺こんなシュールな夢みてんだ? 俺の頭がシュールなのか?
 まぁいい。夢ってのは、夢と気付けば案外すぐに目が覚めるもんなんだ。そうさ、そういうもんだ。
 ――よし! 寝よう! 夢の中で寝よう! なんか全て上手くいきそうな気がする。
「あれ? 何で寝るの? ねぇ、おい、ちょ、マジありえないんですけど〜。何コイツ〜マジありえねぇ〜」
 うるさい。お前のその格好こそマジありえねぇ。顔と格好のギャップが激しいんだよ。何でそんなコスプレしてんだよ。どうせならもっとフォローできるコスプレしろよ。
「あ〜、いいもんね〜。そんなことしちゃうなら、俺こうしちゃうもんね〜」 
 俺がオッサンを無視して寝ていると、オッサンが俺の髪の毛を掴んできた。
 何だコイツ! 激しくウゼェぞ!! しかも何で現代ッ子ぽいしゃべり方してんの!? なんかウザさ倍増なんですけど!
「起きろってぇ〜、早く起きろよ〜」
 しかも何か痛いし。なんか夢なのに痛覚あるし。もしかしてコレ現実――……いや、俺、あきらめるな。現実で髪の毛つかまれてるなら説明が付く。そうだ、きっと母が掴んでるに違いない。寝ていて無防備な俺の髪の毛を引っ張――どんだけ最低な親ッ!?
 と、とにかく、コイツをどうにかしないと、俺は現実に帰れないようだ。
 つか、コイツウザくね? さっきから思ってたけど、なんかボコしたくなってきた。
 腕動くかな……。とりあえず、力いっぱい殴ってみよう。どうせ夢だ、大丈夫だろ――。
「ったく、はやく起き――ぶぐうわええええええええぇぇぇっっっっ!!!!」
 ――オッサンは、天井に届くんじゃねぇかなぁ〜って思うくらい高く飛び上がり、勢いを失わずに壁へ吹っ飛んでいった。
 壁にぶつかったとき、鈍い音がその場に響く。もう、なんかこう……頭つぶれたんじゃね? 的な音ね。
 さすがにもう起きないだろう――永遠に。そう思って、俺は瞼を閉じて現実に戻る準備を――。
「ぐぼっ、ぐぇほっ、ぐぁはぁっ……け、けっ、や、やるじゃねぇが」
 なんと、オッサンは立ち上がっていた。なんつー生命力だ。前世はゴキブリじゃねぇの?
 な〜んて思う俺に、オッサンはゆっくりと近づいてくる。まずいな、あの攻撃をくらって立ち上がるなんて……俺は無事眠ることができるのか?
「ぐぼぉっ、へ、へへ、俺にとっちゃ、こ、こんなの屁でもな――がはっ! げほっ、ぐぶぁぇぁぁ!!」
 ――とりあえず、安心して眠れそうなことは分かった。なんか血吹いてるし。
 さて、さっさと寝るとするか。
「お、おい、まてって、寝るなって。も、もうマジで頼みますよ。ほんと、眠らないでください」
 オッサンが肩をゆすってくる。鬱陶しい。頼むから寝させてくれ。
「わ、わかりやした。こうなったらあっしの正体をあかしてやりやす」
 ……何で中途半端な敬語? 
 っていうか正体ってなんだよ。見たまんまじゃん。『変態なオッサン』で十分通ると思うよ、ウン。
「お教えしやす。実はあっし、宇都宮虻方っていう蚊神なんです」
 ――は? 何? WHAT?
 蚊神? え、コレどう読む――じゃなくて、コイツ何言ってんの? つまりあれだろ、蚊の神さまってことだろ? 何で名前に“虻”をつかってんだよ。虻に謝って来い。
 何となく目を開けて、オッサンをもう一回見てみる。ごめん、ほんとただ蚊の格好しただけのオッサン。
「あ、そうだ。それじゃこれ紹介しやすね」
 そう言って、オッサンはなんか蚊の尻尾らへんみたいなところを探り始めた。そして取り出した――。
「コレ、カスウ(蚊吸う)ノートっていいやして。ノートに名前を書いた奴は、蚊に襲われるんですわ」
 どこのデ○ノート!? お前どこの死神だよッ! 今すぐ集○社に謝って来い!!
「これあなたに授けますわ。どうか力にしてください」
 力に――ってこれどう見ても普通の大学ノートなんだけど。大学ノートの題名のところに『カスウノート』て書かれてるだけなんだけど。
 ノートを開いてみる。……いや、なんていうか、シールが貼ってある。多分、オッサンを元にしたシールだと思うんだけど――って、このシール全ページに貼ってあるし! 何この無駄なクオリティ!? そのクオリテイをノート本体に使えよ!!
「さぁ、さぁ。あ、そうだ、ペンを渡しときますね」
 なんかペン渡された。ってかオッサンの血ですっげぇ汚れてるんだけど。なんか生暖かいし。
 俺は、『どうしよっかなぁ〜』なんて迷う時間もなく、ある名前を書き、それを渡した。
「はいはいはい。わかりやした。中身はプライベートのために見ないでおきやすね。そんじゃ、蚊よ! そいつのところに行ってこ――ってウバァァァァッッ!!」
 どっから発生したかわからないが、蚊が大量に現れ、オッサンを包んだ。
「ちょ、名前俺ぇぇぇっっ!? そ、それはないでしょ――つかなんでコイツら神さま襲ってんの!? 俺お前らの神だぞ――痒ッ!! すっげぇ痒い!!」
 ――さて、寝るか。なんかよくわからないが、蚊はあいつにしか襲っていかないようだ。音もここまで届かないし、快適だ。
 俺は瞼を下ろした。 



 朝。俺は鳥のさえずりではなく、蚊の羽ばたきで目を覚ました。
 ううん……最悪な目覚めだが、どうやら日は昇っているようだ。ちょうどいい。
 しっかし何か疲れてる気がするな。しかも、何か天井の色一部変わってないか? こんな真っ赤だったっけ?
 なんか思い出せない記憶があるような――いや、きっと気のせいだ。そうに違いない。
「プ〜ン、プ〜……」
 くそ、蚊がいやがる。そもそもこの蚊のせいで俺は目を覚ましたんじゃないか。
「プ〜ン……」
 ああっうるせぇっ!!
 ってか何か重みを感じるんだけど、これって俗に言う金縛りか?
 くそ、負けねぇぞ! 俺は金縛りになんて負けない! 今起き上がって――。
「プ〜ン、プ〜――って、あれ? 起きちゃった?」


 ――目の前に、蚊の格好をして顔が真っ赤に腫れたオッサンが居た。
 ん? 見覚えが――ってまたてめぇかぁぁぁぁっっっ!!
「いっや〜、いつ起きるかわかんなくて心配だっ――ぐぶえぇぇぇわぁぁぁぁああ!!」
 思いっ切り顔面を殴ってやった。そして、俺はため息をつく。

 
 

 ――俺の悪夢はまだまだ終わらなそうだ……。




 -カツサンド-


 仕事が終わり、俺は数人の同僚と供に飲食店へと向かった。
 いつもそこで上司への愚痴やこれからの意気込みを言い合い、一日を終えていく。俺たちにとってなくてはならない憩いの場だ。
 今日もいつもと同じように一日を終えるつもりだった。
「はい、かんぱーい!」
 同僚の一人が乾杯の音頭を取る。その声を皮切りに、同僚たちが次々にビールを口に運んでいく。
 だが俺はそんな気になれなかった。ストレスからなのかよくわからないが妙な胸焼けを感じていたからだ。
 皆いいなぁ。俺もお前たちみたいに飲みたいぜ。
「あ〜れ〜? 健吾は飲まないの〜?」
 赤い顔をした女性が俺に絡んできた。ついでに健吾とは俺の名前だ。
 まったく、こいつはもう酔っちまったのか。
「沙織、お前少し酒は控えた方がいいんじゃないか? ただでさえ酔いやすいんだから」
 開始早々酔っているこの女性の名は沙織。俺の同僚であり、彼女だ。
 いつもの彼女はおしとやかというか、天然というか……まぁ、可愛いのだが、酒を飲むとどうももう一人の自分が目覚めてしまうらしい。
「うっさ〜い! 健吾もほら、早くのめのめ〜。そんなんじゃ男として成長できないぞー!」
 と、こんな具合にどこぞやのオヤジのようになってしまう。いや、これは一応まだマシな方で――。
「おいおい健吾、こんなところでイチャイチャ――」
 そう同僚が冷やかそうとしたときだった。
「うっせぇ!」
 その場に沈黙という名の重い空気が走った。ついでにさきほどうっせぇ、と咬ましたのは何を隠そう沙織嬢である。
「イチャイチャして悪いか〜? てめぇ彼女いないからって健吾に嫉妬してんじゃねーぞ? あぁ?」
 すいませんでした、と同僚は身を縮めて謝罪し、トイレへと行ってしまった。可哀想に、彼は初めてここに来るから沙織のコレを知らなかったんだ。
 いつもは違うんだ。いつもなら、健吾く〜ん、と俺に駆け寄ってきてはコケるようなドジっ子なんだ。それが何故ここまで急変してしまうやら。酒とはまったく怖いもんだ。
「さぁ、健吾。さっさと飲め〜。おいしいぞ〜酒は」
 未成年に酒を誘うオッサンかお前は。まぁいい。胸焼けも収まってきたしそろそろ飲も――。
「おお、君たちもここで飲んでいるのか〜!」
 ブブッ!! ぶ、部長!? ゲホッ、ゴホッ、やべ、驚いてむせちった。
 酒屋の入り口に、丸々と太り、ちょび髭を生やし、今にもスーツがはちきれてしまいそうな立派な腹を蓄えた我が社の部長――つまり俺達の上司が居たのだ。
 ってかなんで部長がここに!?
「いやぁ、君たちがここに飲みにきていると聞いてね。私も飲みにきたのさ」
 飲みにこなくていいっての!! 俺らのやわらかいお酒の会が堅くなっちまうじゃねぇか!
 ってかやべーよ。さっきまで騒いでた他の奴らもなんか黙りこくっちまったよ。完全KYじゃねぇか、この部長。
「ああ、ああ、楽にして。いつもここで上司に対する愚痴をもらすんだろ? 私にもどうぞ愚痴をもらしてくれ」
 その大半がアンタに対する愚痴なんですけどどうでしょう? ってかあんたぐらいしか気に入らない上司は居ないぞ? 言っとくけど絡みにく上司ナンバーワンはあなただぞ? 部長。
 あぁ。台無しだ。もう帰るか。まさか部長の前で部長に対する愚痴を漏らすやつはどこにも――。
「ああ、じゃあ聞いてくださいよ部長〜。ある部長がね? アタシの体によくボディタッチしてくるんですよー。もう勘弁してくださいって感じで」
 ――その愚痴をもらしていたのは、沙織だった。
 待て、まず待とう。そのボディタッチ部長ってのは目の前の部長だぞ? ってかお前確信犯だろ? 顔すっげぇ笑ってるよ、なんか勝ち誇ったみたいな顔してるよ。
 ああ、やばい。これにはいくらなんでも部長が黙っていな――。
「な、な、何!? そそそそんな部長がいるのか!! 許せんな! あとで私が叱っておこう!」
 ――誤魔化したぁぁぁ!! なんか自分やってねぇよ的空気をかもしだしながら誤魔化したよこの部長!! これには俺を含める同僚全員が驚きまくり&リアルに引き気味だよ!!
 おいおい、沙織もこれは想像範囲外なんじゃないか? コレ大丈夫な――。
「ええ本当ですよね! 女性の敵です。いや、人類の敵ですよ!! もう私の目の前で自害して欲しいです!」
 利用してる!!! 相手が知らんぷりしたからって何かいいように利用してる!! そして遠まわしに部長に死ねって言ってるよこの人!!
 やっべ、部長超汗かいてんじゃん! 汗かきすぎて、ふやけたジャガイモみたいになってるよ部長!
「そそそうだな! 女性の敵であるそんなやつなんて死ぬべきだ!」
 なんか遠まわしに自殺宣言してるよ部長!! もう良いんだ部長! 必死さは伝わったよ部長!
 やばい、ここらへんで終わりにしておこう。これ以上は見てて辛い。
「ぶ、部長が来てくださったことだし、改めて乾杯の音頭でもとろうぜ?」
 なんとか目で語りかけて全員を納得させた。さすが、分かってるなお前ら。
「それじゃ、かんば〜――」
「ちょっと待ってー」
 ――また沙織だった。おい、今度はなんだ――ってこいつ既に3杯も飲んでる!?
「あのー、質問なんですけどー」
 やばい。3杯はやばい。ってか沙織の顔やばいよ、りんごだよ。熟れたりんごだよ、これ。
 ってか質問って何だよ、誰にだよ。頼むから部長には――。
「やっぱ会社ってコストは削減するべきじゃないですかー。なのに、部長のそれって、カツ――」
 ストーーーーップ!! はいストーーップ!!
 俺は間一髪のところで沙織の口をふさいだ。
 ここで説明するが、部長はカツラだ。それは皆わかってるんだ。それくらいにわかりやすいカツラなんだ。むしろ、俺カツラでーっす、と俺たちに語りかけているような気さえ感じてしまうほど、まったくもって逆効果なカツラなんだ。むしろカツラとしての役割を果たしていない、カツラとして――ああ、もうめんどくさい!!
 とにかく本人は気づいてないけど皆はカツラだと気づいているというベタなパターンなんだ。もう、逆にこっちが謝りたくなるくらいなんだ。
「ん、ん? さささ、さっき彼女は何を言いかけたのだね?」
 やっべ小学生でもわかるくらい激しく動揺してるんだけど。
 ああ、っていうかさ。
「おい、バカ。どこに会社のコスト削減の話からカツラの話へ移り変わる超展開を見せる意見を言うOLがいんだよ。まぁここにいるんだけどさ」
「いや、我慢できなかったのよ。あのズレは我慢できなかったのよ。人間として、あの陰毛頭は我慢できなかったのよ」
「お前そこは抑えろって。皆そういう気持ちを抑えていきてんだよ。たとえ裸の王様がいたとしても、服を着てるって言わなきゃいけないときが人にはあんだよ」
 なんとか小声でカツラのズレについて議論をする。こんな小さな議論をするのはどこを探しても俺たちぐらいだろう。
「ん? ななな何だね? ず、ず、ズレがどうとか」
 やっべ、どんだけ耳良いんだよ、この陰毛頭――じゃなくて部長。
「あ、いや、やっぱ俺たちと部長が立場が違うから主観とかずれてるよなぁ、って」
 なんとか誤魔化せた……――と思ったのだが、部長の顔はまだ汗だらけで、しかも物凄い不安そうな顔をしている。
「あ、あの、さ。さっき君たち、カツとかなんとか言ってたよね? あ、あれって一体……」
 まずい。さすがに部長も気づき始めているようだ。まぁ、気づかないほうが頭の具合を心配してしまうのだが。
 どうする? もし部長が俺たちにカツラが気づかれていることを察してしまったらまずくないか? 彼の精神的に。
 そしてもしかしたらだが、それで部長の機嫌を損なうことになってしまったらどうだ? 俺たちの給料に関係してしまうんじゃないか?
 いや、もしかしたら考えすぎかもしれないけど、有り得る話だ。……どうする、どうするんだ俺!
 ――その時、俺の目にあるものが留まった。それは、店のメニューだった。
「沙織は……か、――カツサンドって言おうとしたんですよ」
 一瞬、場の空気が凍った。いや、凍るなよ。やめてくれよ、変な汗出てきたよ。
 俺の目に留まったのは、メニューに書かれていたカツサンドだった。いや、もう俺も成す術が無かったんだ。もし他の方法があれば、俺だってこんな意味不明なことを口走りたくはなかった。
「い、いやでもカツサンドておかしくない? なんでカツサンド? 私のどれがカツサンドなんだ?」
 し、しまった。確かにそうだ。どこがカツサンドだよ。じゃがいもにしか見えねぇよ、コレ。
 もう仕方が無い。愛する沙織を助けるためだ。ここは俺に任せておけ!!
「沙織は、その、ぶ、部長がカツサンドを持ってるように見えたんですよ!! ほら、部長っていつもカツサンドばっか食べてるじゃないですか! お手製の!」
「いや、私食べてないし!! 私いつもお手製のハムサンド食べてるだけだし!」
「いや、でも部長と言えばカツサンドじゃないですか! 何か、こう……カツサンドじゃないですか!」
「どこがカツサンド!? え、どこらへん? 私のどこらへんがカツサンド!?」
「カツサンドって高貴なイメージじゃないですか! 俺たち庶民には食べられないような、そう、強いて言えば部長にしか食べられないような!」
「いや、カツサンドこそ庶民じゃない? ってか君が抱く庶民ってどれだけ位低いの!?」
 まずい、なんか会話がかなりカオスになってきた。そして俺の頭も、じゃがいもの顔もカオスだ。
 ってか実際ものすごく心苦しい。もうどうすればいいのか分からない。
 くっ、俺の言い訳が通用するのもここまでか。――そう思ったときだった。
 同僚であり、親友である祐樹が俺の肩をたたく。その祐樹の目は、俺に任せておけ、とでも言いたげに輝いていた。
「部長、少し良いですか?」
 そう言って立ち上がった祐樹に、皆の視線が集まる。
 祐樹、頼んだぞ――。
「部長は、ずるいと思うんです。俺は」
 うんうん、なんか良くわからないけど真剣さは物凄く伝わるぜ。
「私がずるい?」
「そうです。部長は現実から逃げ、カツ――ぶごおおおぉぉぉぉっ!!」
 祐樹は鼻血を吹き上げながら倒れた。どうやら鼻にジョッキが当たったみたいだ。
 ついでに、投げたのは俺だ。
「け、健吾君! 君は一体何を――」
「すいません! 思いっきり手が滑って、思いっきり祐樹にジョッキを投げてしまいました!!」
 クソ、祐樹の野郎……状況を悪化させただけじゃねぇか。あの時の目は一体なんだったんだよ。
 ってかカツラくらい自分の思い出のアルバムの中にしまっておけよ。後で心に輝くメモリーになるぞ、多分。
「というか、祐樹君は何を言おうとしたのだね? 確か――」
 まずい、部長が本格的にカツラのことを気にし始めている! なんか頭かいてるけど、それ逆効果だから!! あぁ、ちょ、ずれが半端ないことに!!
 くそ、祐樹め。良い置き土産残していきやがって! 仕方ない、ここは俺が治めてやる!
「ぶ、部長! 祐樹は、“部長はずるいです。カツサンドばかり食っていて! 僕たちはパンの耳でがんばっているのに!”と言おうとしてたんです!!」
「いや、だから食べてないし!! ってかどんだけカツサンドにこだわるの!? 他に食べたいものは無いの!? なんか涙出てきたよ。あまりにも健気で涙がとまらないよ!!」
 そう言って、部長はうつむいて泣き始めた。
 おいおい、マジで泣いてるよ、この部長。これには俺を含める同僚全員が驚きまくり&リアルに引き気味だよ。
 まぁ、いい。これで何とか解決した。これで良い。これでピンチは――。
「そ、そうだ、泣いてるわけにもいかない! 君たちに注文をしてあげよう!」
 そう言い、部長が思いっきり頭を上げたときだった。
 ――その勢いが凄かったのだろうか、それとも……。
「あ、あ、あぁぁ……」
 俺たちは皆口をぽっかり開けていた。
 部長の頭には、あるべきものが無かったのだ。
 では、部長の頭にあるべきものはどこへいったのか? それは――。
「むにゃ……あれ? 何これ。なんか濡れてるんだけど、海草?」
 沙織の手の中に、一房の“海草”が握られていた。
 部長や俺、そして同僚たち全員に旋律が走る。
「えっと、ご注文は――あ、あぁ……」
 そんな空気の中に、勇敢に入ってきた店員の顔も青くなる。
 そんな哀れな店員に、俺はこう言った。
「――カツサンドをお願いします」


2008/09/30(Tue)18:13:52 公開 / 悠湖
■この作品の著作権は悠湖さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは、悠湖です。
これは……ショート集ですね。ギャグの。
自分的には某番組をイメージして作ってみました。それぞれの話はつながっていないようで、でも何かつながりがありそうな気がする。いや、実際ないんですけどね(汗
これからシリアス系なども追加できたら追加したいです。
それでは、酷い文かもしれませんが、評価をよろしくおねがいします。


 9月30日 最後の日、カツサンドを修正。
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