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『善と悪』 作者:猫舌ソーセージ / ショート*2 未分類
全角1384文字
容量2768 bytes
原稿用紙約3.95枚
善な行いをすると不幸な目に遭い、悪な行いをすると幸せになれる世界のお話。
 老婆が杖をつきながら歩く。その後ろを少年がつける。ひと気がなくなった所を見計らって少年は後ろから老婆を突き飛ばした。老婆は咄嗟の事に体勢を崩し、頭からコンクリートの地面に激突した。老婆は数秒間痙攣した後、全く動かなくなる。どす黒い血が地面に川を作っていく。少年は老婆の体を探り、財布を見つけるとそれを取ってその場を去ろうとした。
「何してるんだ!」
 少年の背後から人影が現れた。少年が振り向くと、スーツ姿の男が老婆に駆け寄る。
「大丈夫ですか! 聞こえますか! ……くっ、脈がない」
 男は老婆へ必死に声を掛けたが、すでに事切れていた。
「馬鹿じゃないの」
 少年はそう呟くと、踵を返し歩き出そうとする。それを男は少年の腕を掴み止めた。
「なんだよ?」
 男を少年は睨みつける。
「……ふざけるな、こんな事が許される筈がない! どうしてだ、なんで殺した! 痛まないのか! 心が!」
 男は自分の胸に拳を当て少年に訴える。しかし、少年は冷めた目で男を見つめ、素早くなんの躊躇もなく、腰に身に付けていたダガーナイフを取り出し、掴む男の腕に突き刺した。
「ぐあっ!」
 男は激痛により少年から腕を放す。その隙を狙って少年は逃げ出した。

 少年の名は柊 勇気。物心付いた頃から、あらゆる悪さをしてきた悪童である。多くの犯罪を行ってきた勇気だが、ただの一度も捕まった事はない。捕まえようという人間がいないのだ。この世界は悪さをすればする程幸せが手に入り、逆に良い行いをすればする程不幸になるように出来ている。それは、人間が作ったルール、仕組みという訳ではない。りんごを持った手を離せば地面にりんごが落ちるのと同じように、ごく当たり前の現象である。

 勇気に腕を刺された男、新藤 啓二は善人である。善人であるが為に、今までに多くの不幸を体験した。良い行いをすれば必ず不幸が訪れる。そんな世界のルールに数多くの人々が善人を辞め悪人へと変貌していった。だが、啓二はそれでも善人である事を貫き通す。何があっても悪事を働く事は正しくない。その信念の元に。

 腕の痛みを堪えながら、啓二は妻と子の待つ自宅へと戻る。啓二にとって唯一安息の地だった。今日までは――。

 部屋に転がる妻と子の遺体。全身にナイフで刺された傷跡があり、血だまりが出来上がっていた。啓二はその光景を見て、膝から崩れ落ちる。悪事を働いた少年を捕まえようとした善の行い。その代償がこれだった。
「……なん……で……。こんな……こんな世界……間違っているだろぉっ!」
 強く両腕を床に叩きつける。愛する妻が殺された。愛する子が殺された。啓二の信念が揺らぐ。今までは良い行いをしても、不幸は自分の身に起こるだけだった。だが、今回は自分の愛する者の死によって不幸が訪れた。正しい行為が本当に正しいのか、啓二にはわからなくなっていた。正しい行為をして愛する者が死ぬのなら、それは正しい行為ではないのではないか。悪事を働いてでも家族を守るべきだったのではないか。自分のエゴによって家族が殺されたのではないか。本当の悪は自分なのではないか。啓二の信念の壁が――壊れた。

 世界には、善人は数える程しかいなくなった。その善人達の全てが独り身である。善を貫き通す為には、孤独でなければならない。

 ――善を貫き通す為には、愛を捨てなければならない。
2008/09/02(Tue)14:00:30 公開 / 猫舌ソーセージ
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■作者からのメッセージ
初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。どれくらいぶりになるでしょうか。実は、重度の欝病になってしまいまして、ずっと顔を出せずにいました。今もまだ完治はしていないのですが、文章を書く事が意欲につながり、良いリハビリになるとの事で、なんとか文章を書こうという所までは復帰できたので、投稿しました。これだけの文章を書くだけで、毎日一時間(が限界)一週間かけて書き上げました。早く昔の元気だけが取り得の私に戻りたいです。感想などお待ちしています。
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