- 『大きな問題』 作者:時貞 / ショート*2 ショート*2
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全角2270文字
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原稿用紙約6.9枚
でっぷり下腹部が突き出た、まさにメタボの典型といった不健康そうな男が、ソファーにふんぞり返ってグラビア雑誌を眺めている。
時折鼻をほじったり、ボリボリと天パの頭を掻き毟ったり、臍のあたりの毛をむしったりしながら、グラビアの美女を食い入るように眺めていた。
「おい、スーさん。もっとエアコン下げてくんない?」
常人なら寒いくらいの室温ながら、男は額にうっすらと汗を浮かべている。やはり、全身にまとった脂肪の多さが彼に発汗を促すのであろう。
――チッ、この豚マンが!
スーさんと呼ばれた男は内心毒づきながらも、愛想笑いを浮かべてうやうやしく立ち上がると、エアコンの設定温度を二度ほど下げた。冷風が直接彼の首筋にあたり、思わずぞくりと悪寒をおぼえる。
「おお、いーねいーね、こんくらいの温度」
太った男はグラビア雑誌から目を離さぬままそう言って、今度は小指で耳の穴をぐりぐりとほじくり始めた。
――おいおい、きたねえなぁ。その指どこで拭くんだよ。
スーさんがそう思った途端に、豚マン男が声を掛けた。
「わりぃ、ちょっとティッシュ取ってくんない」
ティッシュの箱は、豚マン男の目の前に置かれている。それでもグラビアに集中しているため、人に取ってくれなどと頼むのだ。まったくの面倒くさがり屋である。
スーさんは男に聞こえない程度にひとつため息つくと、またもや愛想笑いをひくつかせながらも立ち上がり、ティッシュを箱から一枚取り出して手渡した。
「一枚じゃないよ、二枚、二枚。僕はとってもキレイ好きなんだから」
スーさんはこめかみに青筋を浮かべながらも愛想笑いを崩さず、丁寧にもう一枚のティッシュを手渡した。
――いつものことながら、ムカつく!
スーさんは、想像の中で豚マン男の顔面をボコボコにした。これまで何度も、頭の中ではこの男を殺害している。それでもこの男からは放れられない。一生を台無しにされるかもしれない。
「はい、お願いね」
豚マン男は、耳垢のついた指を拭ったティッシュをくしゃくしゃに丸めると、スーさんの足元に投げてよこした。まるでコントロール抜群の名投手のように、見事にスーさんのつま先の位置でティッシュ玉は止まる。
――うう、やべえ、このまま投げ返しちまいそうだ。
スーさんは手をギュッと握り締めて何とか自制すると、汚いティッシュ玉を指先で拾い上げ、静かにゴミ箱に入れた。
「うーん、ちょっと何かお酒と食べ物用意してくんない? 小腹がすいてきちまったわ」
「かしこまりました……」
スーさんは内線電話で、ブランデーとオードブルを用意するように言いつけた。
超高級ブランデーと、見た目にも贅沢なオードブルが運ばれてくる。
豚マン男は、ブランデーをグラスになみなみ注ぐとグビグビあおり、オードブルをほとんど手づかみでムシャムシャ食い荒らした。
スーさんは頃合を見計らって内線電話を掛け、オードブルを下げるように頼むと、今度はフルーツの盛り合わせを用意するように言いつけた。
あっという間に消えていく高級フルーツ類。見ると、ブランデーのボトルもほとんど空になっていた。
――この男、ちゃんと味わってんのかよ。いや、絶対味わってねえ。って言うか、もともと味なんてまったくわかっちゃいねえんだ。ただ高い物ってだけで、自己満足して美味いと思ってる大バカなんだ。
「食った。飲んだ。もう全部かたずけてちょーだいな」
スーさんは呆れつつも愛想笑いは絶やさない。
「かしこまりました……」
内線電話で食器類を片付けるように言いつける。そうしているあいだも豚マン男はグラビア雑誌を眺めていたが、突如「おおッ」という叫び声をあげて立ち上がった。
「イイ、イイ、このコ、めちゃめちゃイイ! おいおいスーさん、このコ連れてきてくんない?」
豚マン男は雑誌を広げ、一人の清楚な顔立ちのスレンダー美女を指差した。見るも醜い豚マン顔が、ブランデーの酔いも手伝ってほんのり上気している。
「こ、この女性ですか?」
「そうそう、早く頼むね! 即ゲッチュしたいからッ」
スーさんは特殊な携帯電話を取り出すと、おもむろに通話ボタンを押した。しばらく耳にあてていたが、やがて別の番号へと掛けなおす。それを数回繰り返した後、あきらめ顔で電話を切った。
びくびくした表情で豚マン男に報告する。
「いまは全員忙しそうで、通話に出る者が誰もおりませんね。もう少し経ったら、むこうから連絡がくると思いますのでしばらくお待ちください」
豚マン男は一瞬ポカンとした表情を浮かべると、声高に命令した。
「だったらお前が連れて来い! いますぐだと言っただろうッ」
「えッ? わ、私がですか? しかし、私もこの後の予定がいろいろとございますし……」
「お前の予定? そんなもんはどうだってなる! いいからつべこべ言わずにさっさと行ってここへ連れてこいッ」
「し、しかし……」
「行けったら行け――ッ!」
「……か、かしこまり、ました……」
スーさんは素早く身繕いを済ませると、丁寧にお辞儀をして部屋を後にした。
出る瞬間振り返ると、豚マン男はまたもやグラビア雑誌を眺めながらニタニタ笑いを浮かべている。眼鏡がだらしなくずり落ちそうだ。飲み食いしたばかりのせいか、更にでっぷりと下腹部が膨らんでいるような気がした。
スーさんはエレベーターの前に立つと、大きくため息を漏らしながら呟いた。
「ふぅ――、まったく、我が国の首相は本当にどうしようもねえな。この国も終わりだ」
了
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2008/09/01(Mon)15:43:18 公開 / 時貞
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■作者からのメッセージ
はじめまして。お久しぶりです。今回は短く、ショートx2らしく、という自己規定のもとに書いてみました。至らぬ箇所が多いと思いますので、皆様にご指摘いただけると幸いです。
完全にフィクションです 笑
それでは。