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『平城京エイリアンズ・第一話「ミカと僕の夏休み」』 作者:中村ケイタロウ / リアル・現代 未分類
全角16889.5文字
容量33779 bytes
原稿用紙約49.85枚
「僕」と「お姉ちゃん」と家族が住む「日本で一番古い街」を舞台にした連作シリーズの第一話です。SFではありません、基本的に。今のところ全7話を予定しています。遷都1300年の来年には書き上げたいけど……。
   第一話 ミカと僕の夏休み


 畳にうつぶせになり、麦茶のグラスをコースターに置いてノートを広げた。セミの声がかたまりになって押し寄せてくる。
 エアコンの無い母屋にあって、この奥座敷は少し涼しい。日は差さないし、縁側のガラス戸を開けておくと夕方にはひんやりした風が入る。
 とはいえ、Tシャツには汗がにじむ。
 離れの二階にある自分の部屋には冷房もパソコンもあるのに、わざわざこの座敷にノートとペンなんか持ってきたのは、八年前のミカのことについて書こうとしているからだ。
 真っ赤な髪のミカ。
 黒いスリップを着て窓辺に座り、手を振っていた。
 中学校の最初の夏休みだった。僕はこの座敷に寝転がって問題集を広げていた。
 そして今、同じ姿勢でペンを手に、どこから話をはじめていいのか僕は考えあぐねている。
 これが父なら、古本家の口承史を神代にまでさかのぼって書き始めるだろう。「そもそも当家は、古くは『布留素』と書いて『フルモト』と訓じ、物部氏の流れを汲む石上神宮ゆかりの一族である。鎌倉時代よりこの地に移り、室町時代には山科言継卿の命により正親町天皇に眼鏡と栗羊羹を献上し、なんたらかんたら、むにゃむにゃむにゃ――」
 だけどそんな古い話をしてもしかたがない。(ちなみに、今書いた由来はでたらめ。本当はごく普通の商家だ。明治までは米屋だったらしい)
 とにかく僕は、この国で最も古いこの街の、この古い家に生まれ、智弘と名づけられ、そして、八つのユネスコ世界遺産と、少々風変わりな父と、京都人の母と、智香子という四歳上の姉に囲まれて育った。
 古本智弘なんて、それこそ古臭い名前で子どものころはすごく嫌だった。学校でのあだ名はずっと「フルホン」だったし。
 確かに、この姓の上に家業も古書店とくれば、他の呼び方をしてくれと言う方が無理というものだろうけど。
 グラスの中で、氷がころりと鳴る。なぜか僕は自分のことばかり書いている。ミカについて書こうとしているのに。
 ミカ。
 あの夏のミカ。
 テレビの中から出てきたみたいに非現実的だったミカ。直視できないほどまぶしかった彼女の肌。異質で、涼やかで、歯切れのいい関東人特有のアクセント。
 彼女のことは何も分からない。名前も「ミカ」としか知らない。いつどこで生まれて、どうしてここへ来たのか。どこへ行ったのかも。
 十三歳だった僕よりミカの方がかなり上だったのは確かだ。でも当時の僕には、ミカも十六歳の姉も同じように「大人のお姉さん」にしか見えなかった。
 職業からするとミカは十八歳以上だったはずだ。今の姉ぐらいか、もっと若かったのかもしれない。
 ならミカもまた、今の僕の友人たちと同じような「女の子」だったのだろうか。例えば――ドイツ語クラスの武田さんみたいな。
 そう思うと歯がゆい。
 歯がゆくて、悲しい。


 背後でふすまの開く音を聞き、僕はペンを置いてノートを閉じた。
「バイトもしゃんと暇そうやなあ、あんた。夏休みやのに」
 けだるい声で姉が言う。顔が見えないのをいいことに、僕は嘘をつく。
「暇ちゃうし。レポート書いてるねん」
「ねえ、ビッグナラ行ってアイスクリーム買うて来てや」
「今これ忙しいねん。自分で行ったらええやろ」
「でもわたし、メイクして着替えやんと、こんな格好で出歩かれへんわ。美人行員ていう世間の評判を裏切ることになるやん?」
 冗談にしても照れずによく言えるものだ。顎の輪郭が親父そっくりな癖に。
 たしかに町内のオッサンオバサン連中には「えらい別嬪さん」で通っている姉だ。遊びに来た友達もたいてい「お前の姉ちゃん、お前に似てるのにめっちゃ可愛いな」なんて言う。「町内の」という枕詞がつくレベルの美人ではあるらしい。身内の僕には判断しにくいけど、まあその程度なのだろう。
 でもいま開いたふすまから僕を見下ろしている姉は、『三笠女子高校学園祭1998 STAFF』とプリントされたよれよれのTシャツの裾をつまんでぱたぱたさせている。見たくもないのに白いお腹がちらちらする。ブルーのハーフパンツも高校の体操着だ。たしかどこかのタグに『3-Aフルモト』というマジックの字が残ってるはずだ。高校どころか某国立女子大学もとっくに卒業し、地方銀行に勤めて三年目になるのに。
 着古しただるだるの部屋着で厚い眼鏡を光らせた休日仕様の姉は、コンタクトとメイクとメゾソプラノの声で「きれいなお姉さん」に擬態した出勤日とは別人格だ。ガリ勉少女のころと何も変わらない。
「そのままで行ったらええやん。誰も見やへんて」
 僕が言うと、姉は目を細くして眼鏡のブリッジを押し上げた。レンズ越しの姉の視線は、冷たい感じがして少し怖い。
「そんなレポートこそ、誰も見いひんて。そのレベルの大学で、真面目に書く子なんておるん? どうせ先生もろくに読まへんやろ」
「なんやねんバカにして。国公立がそない偉いんか」
「そんなこと一言も言うてへんもん。あんたが変なコンプレックス持ってるからそんな解釈するねん。まあ、国公立の方がレベル高いのは客観的な事実やけど」
 今日の姉は妙に頭に来る。僕は立ち上がった。
「うっさいわ、性格ブス。そんなんやから二十五にもなって彼氏のひとりも出来やへんねん」
 骨ばった肩を表座敷に押し戻すと、僕は音を立ててふすまを閉め、元の場所に寝転がった。
 姉は何も言い返さなかった。「あと一ヶ月は二十四やもん!」とか「カレシおったもん去年まで!」とか「美人は性格ブスでもええねんもん!」とかいう反撃を待っていたのに、物音ひとつしなかった。
 悪いことを言っただろうか。ああ見えて傷つきやすい人だから。
 思えば姉の態度はあれで普段通りだったのかもしれない。ミカのことを思い出していた僕のほうが、いつも以上に姉にいら立っていたのかも知れない。
 あんな姉でも、嫌いじゃない。口にするのは気持ち悪いけど、ある意味でただひとりの大切な存在にはちがいない。でもだからこそ、姉がミカを嫌悪し否定していたことは、あのときの僕には悲しすぎた。
 彼女がいなくなったのは姉のせいじゃない。それは分かっているけれど。
 八年前の九月二十三日、激しい台風が盆地を襲った、そしてその次の日、ミカは一度だけうちへ来て両親と話し、それきりどこかへ消えてしまった。たぶん街を去ったのだ。ああいった仕事は、あちこちを転々とするのだろうから。
 今はどこでどうしているのだろう。
 母が好きなテレビのサスペンス物では、あの手の仕事の女性がヒモみたいな男に食い物にされているのをよく見かける。ステレオタイプに過ぎないとは思うけど、そんな場面を目にするたびに僕はかすかな痛みを感じるのだ。
 その痛みのことを、ミカのことを、ペンを手に、僕はまだ一字も書けない。


 いつしか光は赤みを帯びはじめている。
 麦茶の氷が融けて、名残の泡のようなものが水面を漂っている。グラスで屈折した光がノートに模様を描いていた。
 僕は畳に寝転がる。
 ガラス戸を開け放った縁側の外に、小さな坪庭が見える。京都の料亭なんかにあるような行き届いたものではない。祖父は丹精したらしいけど、父も母もろくに手入れをせず、今では枯れかけた松の老木のほかに、小さな石灯籠と、汚れた染付の火鉢が無造作に置いてあるだけだ。
 坪庭は、三方を縁側と渡り廊下に囲まれ、北側だけは黒い板塀が立ててある。ここからは見えないけれど、塀の外は自転車も通れない狭い路地だ。そしてその路地を挟んで隣の敷地に、かつてはミカの住むアパートが建っていた。
 戦前の木造建築で、むしろ二階建ての長屋と呼ぶべきだったかもしれない。父が言うには棟木が駄目になっていたらしく、大きく波打った瓦屋根のそこかしこから草が生え、春には花さえ咲かせた。壁の漆喰はあちこち剥がれて黄土色の下地が見えた。
 それでも、建った当時はモダンな建物だったのだろう。軒が浅く、ガラス窓に鎧戸の付いた半洋風で、パリの裏町のような風情も無くはなかった。もっとも鎧戸はほとんどが壊れていたし、割れたガラス窓を段ボールで塞いでいる住人もおり、半世紀を超えた荒廃は隠せなかった。
 でもそんな中で、二階のミカの窓は美しかった。鎧戸が壊れて開きっぱなしになってはいたけれど、ガラスは一枚も割れていなかった。レースのカーテンが揺れていた。
 暑い夕方、真っ赤な髪のミカが下着にTシャツやスリップ一枚といった格好で窓枠に腰掛け、携帯電話で話したり、缶ビールを傾けたり、煙草を吹かしたり、スイカの種を路地に飛ばしたりしていた。
 そんな様子がこの奥座敷から間近に見えることに気づいた夏休み、僕は暇さえあればここに来て、彼女が出てくるのを待つようになった。
「何も待ってへん。涼しい部屋にいるだけや」
 と自分に言い訳しながら。どきどきしながら。
 そして彼女が姿を見せると、その姿をポラロイド写真のように目に焼き付け、部屋に飛んで帰るのだ。
 ミカがあの部屋に住んでいたのは、三か月か、ひょっとして二か月にも満たなかったかもしれない。その間に何度も遊びに行ったような気もするし、一回だけだったようにも思う。全てはあやふやだ。
 狭くて、古い部屋。大きな鏡。何に使うかさえ分からない、色鮮やかな物。そこにいるだけで罪悪感を覚えた。
 ミカは友達や。友達の家に行って何が悪い?
 たしかにそうだ。だけど僕は、自分の後ろめたさや恥ずかしさにちゃんと理由があることを知っていた。高校生の姉に、顔をしかめて吐き捨てられるまでもなく。
 でもミカは全然悪くなかった。
 僕だけは分かっていた。
 あの猛烈な7号台風に屋根瓦の半分を吹き飛ばされて以後、アパートは住む人も無く急速に朽ちて、野良猫の巣窟となって姉を喜ばせたりもしたけど、三年前に取り壊された。
 そのあとに新築されたのは、市の伝統的景観保全条例に基づき、以前のアパートよりもずっと純日本風に見える立派な二階建てだった。格子戸の中は小奇麗な和風カフェで、「ブレンド大和茶雑穀白玉ぜんざいパフェ」とかいうものが大阪のテレビで紹介されて、今ではガイドブック片手に観光客が出入りしている。
 伝統って何なんだ、と思わないでもない。
 無邪気な観光客がどこへ逃げようとしたって、そこも二十一世紀だ。一千幾百年の歴史の堆積の中にまどろむこの廃都にも、よそと同じだけの時が流れている。
 千年変わらない風景もある一方で、僕が生まれてからたった二十年あまりの間にも、いろいろなことが少しずつ変わった。
 ミカも消えた。アパートも朽ちた。
 そして僕らの記憶は、忘却と錯誤と混同の大鍋の中でおじやになってゆく。元の形では二度と取り出せない。


 表座敷から、ふすま越しに電子音が聞こえる。
 きらきらとした人工的な音のショパンが、同じ旋律を三回繰り返して止まった。
 と思うと、同じメロディーがまた始まる。
 うるさい。僕は僕はペンを放り出すと障子を開け、どこにいるか分からない姉を大声で呼んだ。
「お姉ちゃん、携帯鳴ってんで!」
 答えは無い。
 音はもう一度鳴ってようやく止み、それきり沈黙した。
 何も書けやしない。ぬるくなったグラスを手に、僕は障子を開けて土間に降りた。
 裸足のままひたひたと歩く。日の差さない土間の三和土(たたき)は夏でもしっとりと足の裏に冷たい。この感触が子供の頃から好きだ。
 わが家が建てられたのは明治の中頃だそうだ。間口が狭く奥行きが長い、古典的な商家。京都で言うところの「ウナギの寝床」だ。その細長い家の玄関から裏口までまっすぐに抜けているのが、「通り庭」と呼ばれるこの土間だ。
 うちではいまだにこの土間に台所がある。時代錯誤というか和洋折衷というか、大型冷蔵庫や電磁調理器やステンレスのシンクがかつてカマドがあった場所に並んでいる。
 屋根裏まで吹き抜けになった薄暗い台所には、むかし煙抜きに使っていた天窓があり、そこからスポットライトのように夕空の色が降ってくる。
 その光の中に姉がいた。
 冷蔵庫の前にほんの少し猫背で立っていた。
 輝きが眼鏡に映って表情が見えない。雑なポニーテールと、黒いTシャツの肩の直線的な輪郭が、陽光と暗がりのコントラストの中でちりちりと金色に光っている。
「お母さん聞いて。わたし知ってるねん。今回のことだけと違うんよ。この子、あの人の部屋へも遊びに行ってやってんで」
 嫌悪の表情もあらわにそう言ったのは、現在の姉ではない。八年前の姉だ。思春期の気難しい少女の不寛容な潔癖さを物語るように、つやつやした黒い髪をきつく二つに結び、白く輝くレンズの奥に眼差しを隠した、十六歳の姉だ。あの台風の翌朝のことだ。
 あのころの僕は姉が怖かった。
 レンズ越しの眼に、すべて見透かされているような気がした。ミカに対して抱いていた未知の感情や渇望も、一足先に大人になりつつあった姉に感じていた、胸苦しく、悩ましい厭わしさも。
 ばたんと冷蔵庫の扉を閉じて、姉が僕を見た。
「智弘、あんた何アホみたいな顔してんの」
 レンズの角度が変わり、二十四歳の姉の、きょとんとしたような円い眼が見えた。
「……え?」
「あ、ごめん。あんたはほんまにアホやし、しゃないやんな。それより晩ご飯どないする? 何も無いみたいよ」
「……何か買うて来るんちゃうの」
「誰が? お母さんもお父さんも、今朝から水曜まで姉小路のお祖母ちゃんとこやで。聞いてへんかったん? 何べんも言うてたやん。見てみ? シャッター下りてるやろ? 店は休み。うちら二人しかおらんの。あんたなぁ、そんなぼーっとしとったら、社会で通用しやへんで」
 アホが伝染るわ、とでも言わんばかりに姉はくるりと僕に背を向けた。
 たしかに僕はぼんやりしている。ミカのことを書き始めてから、目の前のことがうまく入ってこない。
「わたし外食するわ。こんな暑いのに、何もよう作らんし。シャワー浴びて来る。連れて行って欲しいんやったら、六時半までにあんたも着替えとき」
 プレファブの浴室がある裏庭へ出て行こうとした姉に、僕は声を掛けた。
「お姉ちゃん」
 姉は目を細めて振り返った。
「なによ」
「さっき表の部屋でお姉ちゃんのケータイ鳴ってたで。三回ぐらい。ショパン」
「ショパン……ほんま?」
 姉の目が大きくなり、サンダルを鳴らして表座敷へ飛んでいった。
 やがて、一オクターブ高い作り声で「うん、うん」と電話の相手に答えながら、姉は早足で土間を通り抜け、離れの自室へ消えた。


 氷を入れたお茶を手に奥座敷に戻ると、たったあれだけの間に、光の色と影の形が全く変わっていた。
 ペンを手に、橙色に染まった庭を眺める。
 ほとんど真横から当たった夕日が、隣の和風カフェの壁の微妙な凹凸を浮かび上がらせて、もやもやとした影の模様を描いていた。坪庭はもう薄暮に沈んでいたが、どういう光のいたずらか、松の古木だけは燃える夕映えの中にあった。
 そうだった。
 ちょうど、こんな季節のこんな時刻だった。
 僕はこの奥座敷で、彼女が窓に現れるのを待つともなく待ちながら、残り少ない夏休みの間に宿題を終わらせようと問題集を広げていたのだった。
 知らず知らず宿題に集中しすぎていた僕は、ミカがとっくに窓辺に現れて、逆にこちらを見下ろしていたのに気づかなかった。
 目の前の縁側に何かがぽつりと落ちて、僕は計算問題から眼を上げた。小さな紙飛行機だった。複雑な模様が印刷された紙。
 お金?
 ――じゃない。宝くじだった。
 顔を上げると、数メートル先に黒いスリップ姿の彼女がいた。アパートの二階の窓に座り、夕陽に染まった両脚を外にぶらぶらさせて、僕に手を振った。
「サマージャンボよ。一億円当たってるわ」
 うわっ。しゃべった。しゃべりよった。しゃべらはった。
 跳び上がるように身体を起こした僕を見て、彼女は笑った。
「別に逃げなくていいよ、フルモト君」
 名前を呼ばれて凍りついた僕を見て、彼女はさらに愉快そうだった。
「フルモト書房の子だから、フルモト君でいいんでしょ?」
 見ていたつもりが、見られていたのだ。
 彼女は僕の名を知っていた。彼女は大人で、女で、下着姿で、二階からこちらを見下ろしていた。僕は完全に負けていた。
 逃げることを禁じられた僕は、顔を熱く火照らせて下を向くしかなかった。たぶんこの人は何もかも知っている。全部あの窓から見ていたのだ。僕がいつも彼女の姿を見ていたことも。もしかしたら、部屋の中でしていたこともみんな。
 畳を裏返して隠れたかった。
 もちろん、言葉をかわしながら彼女をまともに見る勇気なんて無かった。眼の隅で捉えたのは、炎の色をしたショートボブの髪。レースつきの黒いスリップ。露わな肩と腕と脚は、西日にきらきら輝いていた。
「ねえきみ、おしゃべりしましょうよ。見るだけじゃつまんないでしょ。あたしも、いつも見られるばっかじゃつまんないな」
 そんなことを、彼女は言ったと思う。僕はますます赤くなった。
 じっとうつむいて黙っている僕に、ミカはあれこれ話しかけてきた。内容は忘れた。理解する余裕が無かったのだろう。ただ、関東弁の裏返った抑揚と、リズミカルに飛び跳ねる蓮っ葉な子音だけが耳に残っている。
 彼女は始終くすくすと笑っていた。
「あたしミカ。ミカっていうの」
 あの窓は、どのあたりにあったのだろう?
 戸や窓の少ない、べったりとした隣の壁。二階の換気扇の辺だろうか。しかし、今の和風カフェは路地から少し後退して建てられている。
 ミカが座っていた場所は、正確にはただの空中になってしまったのだろう。
 正確な、空中?
 八年も経てば、太陽系そのものがもう元の場所にはいないのだそうだ。キャンプの夜に武田さんが星を見ながらそう教えてくれた。
 だとすれば、同じ空間なんてもうここには無いのだろう。
 定位置を失ってしまった記憶は、宙に浮き、おぼろげで、頼りない。
 ミカと親しくなったことを、僕は両親にも姉にも隠そうとした。このあたりではまだ町内の結びつきが強い。ミカの職業のことはみんな知っていただろう。お嬢さん育ちの母や、潔癖で意地悪な姉が、僕が彼女と行き来することに眉をひそめるであろうことは目に見えていた。
 坪庭と路地を越えて言葉を交わしたりお菓子を投げあったりしていたのだ。浮世離れした父ならともかく、母や姉が気づくのは時間の問題であるはずだった。
 僕はびくびくしていた。
 母がいつ「あんまり気安うにさしてもうたら御迷惑よ。ああいう仕事の人はね、昼間に休まはるの」などと京都的婉曲語法で言い出すか。
 ラケットを持った部活帰りの姉がいつ「普通の男の子やったら、同級生の女の子に興味持つもんやと思うねんけど」などと言い出すか。
 でも、二人とも何も言わなかった。ただレンズの奥からちらりと僕を見下ろす姉の眼差しの中に、僕は時々ひやりとするような鋭いものを感じて身体をすくめていた。
 一九九八年八月。ノストラダムスを信じるならば地球最後の夏休みが終わっていったけれど、あの台風の夜まではそんな毎日が続いた。


 ちかちかと二、三度またたいて、土間の蛍光灯が点く。障子が少し開き、光が差し込んできた。
 僕は顔を上げた。
 草花模様のインド綿のゆったりしたワンピースを着た姉が、濡れた髪にタオルを当てながら顔を出し、いつになく和らいだ声で言った。
「もうちょっとしたらご飯食べにいくよ」
「ああ」
「ともひろ、今日はなんか、ぼんやりしてるな」
 横に首を振って、僕はノートを閉じた。
「昔のことを考えてるねん」
「昔って。あんた何歳よ」姉はくすくす笑いを漏らす。「あんたに昔なんてあるん?」
「二十世紀の話や」
「そうか。それは昔やな」
 姉は障子を大きく開けて、上がり口に腰を下ろした。
「ここ、涼しいなあ」
 姉はそのまま上半身をごろんと倒し、ずっと運動をしてない割には引き締まった腕を、するりと畳に投げ出した。
 姉が伸ばした指先は、僕の膝の数センチ先まで届いた。二の腕の内側のほくろが見えた。
 最近姉とは、食卓での会話でなければ土間で立ち話ばかりだ。こんな近くに一緒にいるのは久しぶりだった。
「智香子のチカは、地下鉄のチカ」と姉がつぶやく。「地下組織のチカ」
「何それ」
 姉の小さな顔を、思わずまじまじと見つめてしまう。何か言いたいことでもあるんだろうか?
 僕の視線に姉は反応しない。眼鏡もコンタクトも無くて焦点の定まらない瞳が、ゆらゆらと天井を泳いでいる。姉は、裸眼では栗羊羹と携帯電話を間違えてほっぺたをベタベタにしてしまうほど――信じられないだろうけど実話だ――目が悪い。僕の表情は見えないはずだ。
 まだ水気の残った黒い髪から、石鹸とシャンプーの匂いが立つ。父親似のほっそりした頬は風呂上りの余熱で紅く上気し、そこだけが母に似てふっくらとした唇は、言葉が出る直前のように少し開いたままだった。
 仰向けになると少し眼が吊り上がって、いくぶん幼く見える。僕の姉じゃなくて、見知らぬ少女みたいに。
 こんなときには、僕ですら思う。
 姉は、たしかに美しい。
「お姉ちゃん……」ため息のような声が漏れる。綺麗や。「……でも、なんでなかなか彼氏できひんのかな」
「何をしみじみ言うてるねん」
 そう言って顔をしかめた途端、見知らぬ美少女は消えた。
「お父さんみたいなこと言わんといて」
「親父がそんなこと言うん?」
 虚ろな眼を天井に向けて、姉は苦笑する。
「言う言う。しょっちゅうや。彼氏おらんのか。結婚しやへんのか。好きな男もおらんのか。どんな男や……」
「結婚して欲しいんやろか。して欲しないんやろか」
「両方やろ? 微妙な心理やねんわ」と姉は鼻で笑う。「条件があんねんて。下品な男はあかん。本も読まん男は話にならん。東京人とは絶対結婚させへん、別れさす、とか」
「もしほんまにそうなったら、お姉ちゃんどうする? 『東夷(あずまえびす)とは結婚ささん』とか、親父もそのときだけは京都の伯母さんと仲良うなって言い出すで」
 姉の円い目がこっちを向いた。あまり見えてないはずだけど、僕の眼をじっと見て、口元をふっと緩ませた。
「駆け落ちしよかなあ」
「かけ……」僕の舌は空転した。「駆け落ちするほど好きな奴がおるんか? 銀行やめるんか」
 姉はちょっと眉を上げた。
「例えばの話よ。今は別にね、誰もおらんよ。でも、もしもそうなったときは、智弘、あんただけは、わたしの味方してな」
 腕を持ち上げ、僕に手を伸ばそうとする姉から顔をそむけ、僕はノートとペンをつかんで立ち上がった。
「もう……メシ食いに出かけるやろ。着替えてくる」
 僕は表座敷に飛びこんで、後ろ手でふすまを閉じた。
 駆け落ち? あほやろ。
 僕は座布団に座って座卓に頬杖をつき、電源の入っていないテレビを睨む。
 どんだけあほやねん。
 本も読まないような男と結婚するなんて、僕も許さない。下品な奴と親戚付き合いをするのも御免だ。いけすかない東京男に兄貴風を吹かされるのも真っ平だ。
 だいたい、姉ちゃんは虫が良すぎる。
 ミカとのことがあったとき、自分は母と一緒になって僕を責めたくせに。
 あの台風の翌日の夕方、初めてうちを訪ねてきたミカが、奥座敷で泣きながら両親に謝っていたことを、僕は忘れられない。僕と姉はこの表座敷にいて、このふすま越しに耳をそばだてていた。父親は、慰めるような優しい口調ではあったが、もう僕と会わないようにミカに求めていた。姉は制服のままで「こんな汚らしい話、聞きたくもない」とでも言いたげに顔をしかめて腕を組み、レンズを通して冷たい眼で僕を見下ろしていた。
 あれ以来、僕はミカの声を聞いていない。
 お姉ちゃん、僕は死んでも味方なんかしやへんで。関ヶ原の向こうに駆け落ちなんて本気で考えるようやったら、泣いて詫び状を書くまで裏庭の土蔵に閉じ込めたるからな。
 柱時計が六時半を打った。


 眉だけ描き、コンタクトをつけてくるくると大きな目になった姉は、洗い髪とワンピースの裾を夕風になびかせ、ミュールのかかとを鳴らして軽快に歩いてゆく。
 西の空にはまだ少し赤味が残っているけれど、木造やモルタルの二階家が連なる街には人通りも少ない。時折自転車や軽自動車が通る他は、深夜のように静まりかえっている。
 酒屋の角から、ひときわ狭い路地に入る。
 小さなネオンや行灯看板がぐしゃぐしゃと頭上に突き出しているこの界隈は戦前の遊郭で、かつての色気がまだかすかに漂っている。モルタル塗りのフィリピンパブやスナック、焼き鳥屋、神社、普通のプレファブ住宅などに混じって、明治大正の妓楼や置屋がぽつぽつと残っている。ほとんどは営業をやめたり、カラオケスナックや料理屋に商売替えしているが、たまに風に乗って三味線の音が聞こえたりすることもある。
 僕はこんな時間にこんなところを歩きたくない。姉が好んでこの路地を通るのは、野良猫が多いからだ。
 案の定、商店街への曲がり角で立ち止まり、姉は人格が変わったみたいに無邪気な声を上げた。
「わあ。見てみー、ほらともひろ、ニャンコやで」
 ピンク色の箱のような建物の前の、黒地に黄色で「ヤマトミュージックホール」と書かれた電飾看板の陰で、黒い子猫が遊んでいる。姉はもうすっかり夢中で看板の横にしゃがみ込み、「ニャー。ニャーやんか。ニャー言うてみ」などと言い始めた。
 姉の頭上の壁には、白熱電球で照らされたガラスのショーケースがあり、思い思いのポーズを取った茶髪のヌードダンサーたちのポスターが貼ってある。
 蝶ネクタイをした白髪の客引きが僕らに気づいて、アーチ型の入り口からこっちをうかがっていた。
「早よ行こうや、お姉ちゃん」と僕は小声で言う。
「ニャンコちゃん、おなかがすいてるの?」姉は僕には答えず、何故かウソくさい標準語で猫に言う。「ごめんね。なにも食べるもの持ってないの」
「行こうって」僕は姉の肩を人差し指でつついた。「何してんねんな。こんなとこにおったらスカウトされるで」
「されるやろか」猫に手を振って立ち上がり、姉はにやにやと僕を見た。「お金いただいて人様にお見せできるほどのカラダとちがうけど。なあ?」
「知らんわ。いっぺんお金払って医者に見てもらえ、頭を」
「兄さん、ちょっと、ちょっと見て行きなはれ」
 後ろから、老人のがらがら声がした。
「騙された思うて、まあ、いっぺんだけ。美女勢ぞろいだっせ」
 いつの間に近付いてきたのか、僕の背中に蝶ネクタイをした客引きの男がいた。にこやかだけど、蛇の目をしている。
 姉の肩に手をかけて揉むようにしながら、黄色い歯が二本だけ残った口で、爺さんは言った。
「アベックさんでも二人で仲良う見て行かはったらよろしがな。県警さんがやかましいさけ、大きな声では言われんけど、うっとこは本番ショーやってまんねや。兄さん、コレ見てから二人で遊びに行ってみぃ、そら兄さんもガンガン、姉ちゃんも燃えまくりやでェ。えっ? どないだっ?」
 僕と姉は半開きの口で一瞬顔を見合わせ、同時にお互いの腕をつかみ、後ろも見ないで猛ダッシュした。
 走りながら、姉はキャハキャハと痙攣的に笑う。
 明るいアーケード商店街まで出ると、二人でスポーツ用品店のシャッターにもたれて、息を切らせながらまた顔を見合わせた。
「せ……せやから……」息も絶え絶えに僕は言う。「言うたやないか……」
「ひゃっ、ひゃっ」
 両手で僕の腕につかまってずるずると座り込みながら、姉は涙目で苦しい息をしながらひくひくと笑いつづけた。
「おもろ……おもろかったな。うひゃ、ひゃひゃ」
 僕は笑えなかった。
 姉は忘れているのだろう。あれがミカのいた場所なのだ。


 髪を紅く染めた踊り子は、おそらく関ヶ原の向こうにある故郷から、この国で最も古い都市へ、どのようにしてたどり着いたのだろう。そして、なぜ僕と親しくなったのだろう。僕にとって彼女は女だったけど、彼女にとって僕は男ではなかっただろう。僕は「近所の可愛い子供」だったのだろうか?
 確かなのは、彼女は淋しかったのだということだ。
「メロンがあるんだけど、来る? お客さんにもらっちゃったんだけど、ひとりじゃ食べきれないのよね」
 ある日、ミカはそう言って窓から僕を手招きした。僕はすごくどきどきしていた。僕らの関係が坪庭を越えるのは初めてだった。テレビで見るような世界の入り口で、僕は答える声も言葉も持たず、ぎこちなくうなずいた。
「ま、あんまり男の子を招待できるような部屋じゃないんだけどさ」
 僕が子供で、ミカが大人だったのだけど、彼女の孤独や悲しみを、僕は理解はできないなりに強く感じ取って、彼女を楽しませたいといつも願っていた。
 僕は彼女に何を話したのだろう。姉との喧嘩のことや、ゲームやアニメのことや、学校でのことや、父の影響で興味を持っていた古代史のこと。当時の僕の話題といえばそんなところだった。今思えばどれも彼女にとって面白い話だったとは思えない。けれどミカは楽しそうに見えた。喜んでくれていると思っていた。
 もし、今の僕が、あの時のミカと知り合っていたら、どうだっただろう。
 僕には彼女と話すべきことが何も無いかもしれない。ひょっとしたら身体も売っていたかもしれない彼女を、僕は別の世界の人間だと考え、心のどこかで軽蔑や恐れをいだき、心を惹かれることもなかったかもしれない。あの時は神秘的な宝物のように見えた彼女の脚や胸の谷間も、単なるだらしなさとか、下品で過剰なセックスアピールとしか思えないかもしれない。
 今の僕は、彼女と歩くのを恥ずかしいと感じるだろう。一緒にいるところを友人に――たとえば、ドイツ語クラスの武田さんに――見られたくないと思うだろう。
 もちろんミカは何も悪くなかった。彼女は優しくて素敵な人だった。でも、現在の僕は、それに気づくことができるだろうか。
 ただ遺跡や田園風景を見せたいがために、彼女を強引にハイキングに連れ出したことを、僕は長い間後悔していた。そのせいで彼女が去ることになったのだと思っていたから。
 でも、ちがう。
 台風のことがあろうが無かろうが、彼女は遠からず僕の前から消えてしまっていただろう。
 むしろあの暴風雨の一夜のおかげで、僕らはどんなに記憶が遠ざかっても消えない貴重な印象を得たのだ。あのことがあったから、多分ミカもまだ僕のことを覚えているはずだ。それは、それだけで価値がある。仮に今もし彼女と再会したところで「あの時の子?」「懐かしいね」と言い合うだけで、たぶんそれ以上仲良くはなれないだろうけど。


 姉は上機嫌だった。ラーメン屋にでも行くつもりにしていたのに、思ったよりずっといい店に連れて行ってくれた。私鉄の駅前にあるビルの三階で、広いガラス窓からは世界遺産の五重搭がライトアップされて目の前に見えたし、暗く沈んだ森の向こう、遠くミカサの山に出ずる月も仰げた。そしてイタリア料理のセットは二千八百円もした。姉は南米産のワインを一本とグラスを二つ頼んだ。
「さっきはおもろかったわぁ。死ぬかと思った」と、姉はまだ言っている。「あんたも、もう多少は飲めるんやろ。飲むやんな?」
「少しは飲めるけど……金は無いで」
「知らんの? うち給料けっこう高いねん。明日も休みやし、家帰っても誰もおらんし、たまにはお姉ちゃんとキョウダイの盃を交わすのもええやろ?」
「先天的にキョウダイやろ、盃なんか交わさんでも」
 でも二人でボトル一本を空けるころには、姉は足元もおぼつかないほど酔ってしまっていた。クレジットカードで支払うときにサインする手も怪しげで、近所だからと思って三千円しか持ってきていない僕をひやひやさせた。なにが「多少は飲めるんやろ」や。
 駅前の大通りはまだ車が多かった。酔った姉は広い歩道をふらふらと、家ではなくて公園の方へと歩いてゆく。
「どこ行くねんな。帰ろうや」
「散歩しょ、散歩。楽しいで、夜の散歩ぉ」
 公園は鬱蒼として暗い。人がほとんど消えた世界で、昼間とは比較にならないほど活発な有蹄獣たちが湿った土を踏み、草を食む音も気味が悪い。女の子が暴漢に襲われたという噂も聞く。報道で見かけないから嘘だろうと思いつつも、心配になって姉の手首をつかんだ。姉は振り返りもせず、見るだに歩きにくそうなミュールで危なっかしく僕を引っ張って行く。ぎゅううううう、と何かが軋むような有蹄獣たちの鳴き声が、いたるところから長々と聞こえる。枝分かれした角を振り、光る目で侵入者を見る。夜の公園はもう公園じゃない。森だ。彼らの縄張りだ。
 黒々とした木々の影に囲まれて歩く。青白くライトアップされたフランス様式の博物館を左に見ながら夜の森を抜け、老舗の料理旅館の前から坂を降って池のほとりに出た。
 少し明るく、人通りもあるので僕はほっとした。土手も柵も無い池に姉が落ちないように手をつないだまま、僕らは水の周りをぐるりと歩く。姉がようやく足を止めたのは、南岸に置かれたベンチの前だった。ここなら家も近い。僕は手を離した。
 姉はベンチにぐったりと座って、対岸の木立を越えて聳え立つ、ライトアップされた五重塔を睨みつけた。
「上から見やがって。ユネスコが……世界遺産がそないに……そないに偉いんかテラオアキラ……」
「ええ大人が、何をぶつぶつ言うてんねん」
 喧嘩を売るにも相手が悪い。相手は十五世紀からあそこに立っているのだ。
「トモちゃん……」姉は悲しげに眉をひそめて、唇に手を当てた。「……吐きそう。池に吐いていい?」
「あほ。あかんて。県立公園やで」
 僕は姉の隣に座り、片手で彼女の髪をまとめて、汗で湿ったワンピースの背中をさすってやった。ブラジャーのホックらしきものが指に引っかかるけど、まあ、気にしない。
 しかし、こんなところを友達に――たとえば、武田さんに見られたら、嫌やな。
 姉は深い息を吐いて、円い眼をぱちぱちと瞬かせた。
「……あんた、意外と手馴れてるな、女の触り方」
「おかしな言い方しやんといてくれ」
「あの純粋やったトモちゃんが……」
「トモちゃん言うな」
「あたしの可愛いトモちゃんが……」
「せやから、やめろや」
 乱れた髪の間から、険しい眼でじっと僕を見ながら、姉はふて腐れたみたいにあひる口を突き出した。ぜんぜん可愛くない。夜の池畔では、なんだか妖怪じみている。月も高くなった。ほとんど満月に近い。
 涼しい風が、生臭い池の匂いを含んで吹く。夏が終わる。
「お姉ちゃん、失恋したんか?」
 何気なく口にした瞬間に、僕は舌打ちせんばかりに後悔した。僕はアホや。それを言うてどうする。ほんまに当たってたらどうするねん。
「あんたは昔から、うちのことが嫌いやってん」ぽつっと吐き出すように姉が言う。「うちのことなんか愛してへんねん。そういう子やねん」
「お姉ちゃん」僕は姉の背骨の上で手を止めた。「アイス買うて来たろか?」
 姉は鼻をすすった。
「うちは今、バリバリ君のレモンコーラ味以外のアイスは食べたくない少女やねん」
「そしたらそれ買うたるから」
「ここら辺では売ってへんねん。見たこと無い。弁天町の駅前のコンビニやったら、確実にある。こないだ見た」
 弁天町? 大阪環状線の駅だ。ここからだと、どうしても一時間弱はかかる。
「わざわざ大阪まで出やんでも、この辺のどっかに……」
「じゃあ、どこにあるんよ」姉は涙声だった。「知ってるん? 言うてみいよ。どこにあるんよ。絶対無いわ」
 僕も今では、八年前の姉の気持ちがある程度理解できる。
 少なくとも、あの時の姉の立場に立ってみようと試みることはできる。
 下着姿でしばしば窓に現れるミカを、たぶん男の子の手にさえ触れたことの無かった十六歳の潔癖な姉が、どんな目で見ていたか。弟がふらふらと彼女に近付くのを見てどう感じたか。
 何千もの家々の屋根を剥ぎ、たたなづく青垣山の木々を薙ぎ、国宝の伽藍を大破させ、電車の架線柱を引き倒したあの7号台風の夜、風雨の中で警察や消防団が僕を探しているとき、姉がどんなに胸を痛めていたか。朝になって、二十キロも南の郡部の町で僕らが見つかったという知らせを聞いたとき、一睡もしていなかったらしい彼女が、僕とミカに対してどれほど激怒したか。
 分かっている。こんな姉でも、僕のことを思ってくれているのだ。深く強く。
「うちはなあ……うちはもう大人やねんで、トモちゃん……」
「ほな行くで、姉ちゃん。大人やったら大人らしいせんかいな」
 がらがらに空いた区間快速は、暗闇の中を激しく揺れながら突っ走ってゆく。キンキンに冷えた車内には、モーターのうなりと、ビールの空き缶が床を転がる音。シートには誰かが捨てたビッグコミック・スピリッツ。姉は僕の手を握り、僕の肩にもたれて、満足そうな笑顔で眠りこけている。シャンプーとオリーブオイルと酒の匂いがした。彼女の吐息で肩が湿って――いや、よだれだろうか――そこだけ蒸し暑い。
 虚無みたいに暗い府県境の渓谷を飛ばしてゆく車窓から、小さな通過駅が見えた。蛍光灯に照らされた駅名を読み取るには速すぎる。薄暗い無人のプラットフォームに並んだベンチが、リズムを刻むようにつぎつぎと窓を横切った。
 あとで目を覚ましたとき、姉はたぶんバリバリ君レモンコーラ味のことなんて忘れているだろう。そして、どうせ僕が怒られるのだ。「なんで大阪なんか連れてくるんよ」とか「空気読まれへんの。普通そんな酔っ払いの言うこと真に受ける?」とかなんとか。
 なのにどうして僕はこんな電車に乗っているのか。
 なんだか分からない。なんだか分からないけど、お姉ちゃんが、僕にどうしてもそうして欲しがったから。
 理不尽に怒りたいなら、怒ってもいい、いつものことだ。
 でもまあ、早いとこ誰かみつけて、ちゃんと抱いてもらってくれ。アホでも東京でもハゲでもヤンキーでも、それで姉が幸せならもう仕方がない。土蔵にも閉じ込めないし、父の説得も手伝おう。それで結局うまくいかなくて姉が帰って来ても、僕はかまわない。
 大阪市内の最初の駅に着き、ほろ酔いの学生や休日出勤の会社員や労働者やキャバクラ嬢がどっと乗ってきた。大スポを片手にしたサラリーマンが隣にどっかりと腰を下ろすと、姉は顔を上げ、重たげにまぶたを開いた。
 明らかに何が起こっているのか分かっていない顔の姉は、白い指で口角の小さな泡をぬぐい、充血した険しい眼で僕を見た。
 お姉ちゃん、愛してるがな。愛してるっちゅうねん。あほか。


 嵐は、日が暮れるにつれて勢いを増していった。
 飛沫混じりの風はドアの無い無人駅に吹き込んで渦を巻き、待合室で身を寄せ合っている僕らを濡らした。もはや電車が来ないのは明らかだった。
 風音はまるで何十人もの男たちの叫喚だった。木造のベンチの隅で、ミカは僕をかばうようにしっかりと抱いていてくれた。ミカの胸は柔らかくて温かく、ブラウスは汗と香水の匂いがした。彼女が腕に力を込めると、大きく開いた襟の間のふわふわした肌に、僕の頬が触れた。
 僕らを照らす灯りはただ一つ、駅前に立つ背の高い街灯だけだった。
 駅前広場に植わった木は、すでになぎ倒されてバス停のベンチに覆いかぶさっていた。交通安全運動の旗やポリバケツはもちろん、ブリキの看板や物置小屋のトタン屋根までもが、夢のようにきりきりと舞っていた。小屋のような駅舎は軽々ときしみ、ゆがみ、持ち上がる。もう飛ばされる。何度もそう思った。
「すごいわね。わたし、世界がこんなふうに終わる気がするの」
 ミカが言った。つぶやくような声だったけど、密着した胸郭から耳に直接響いた。どこかでガラスが割れる音がした。
「ノストラダムスの予言って知ってるでしょ? 一九九九年、七の月。もうすぐよ。あと二百八十一日」
 ミカは落ち着いた声で、将来の夢を語るみたいに話した。僕はうなずき、彼女の胸のふくらみを顎に感じた。
「世界が滅びるの。きっとこんなふうに」
 駅前広場で、大きな白いものが揺らいだ。
『差別の無い人権のまち ○○町』と書かれた高さ四メートルはある看板が、身をよじりながら街灯に倒れかかってゆくのが見えた。最後に見たのは、雲まで照らすような青白い電気の火花だった。街灯が消え、暗闇の中で轟音が響くと、遠くに見えていた農家の明かりも全て消えた。
 光の無くなった世界で身を縮めた僕を、ミカは強く抱きしめた。
「ミカ……」
「ごめんね、ちがうのよ」と耳元でミカが言う。「あなたはちがうの。あなたの世界はまだ終わらないわ。あなたは独りじゃないから。優しいご両親も、美人のお姉さんもいるもの」
「あんなん、美人ちゃう。ミカは美人や……ミカの方が好きや」
「ありがとう。あたしも、あなたのこと好きよ」
 ミカは小さなため息みたいに笑って、手探りで僕の髪を撫で、額にキスをした。
「でも、すぐに分かる。きっと、明日分かる。大好きなお姉さんと一緒にいられることが、どんなに素敵か」
 でも僕は額に覚えたての感触に夢中だった。身体中が熱くなり、きつくミカに抱きついた。ミカ、ミカ、今日から、僕にはミカがいる。僕らは二人だ。二人でどこへ行こう。何をしよう。僕にはミカがいる。もしもこのまま帰れなくなったとしても――。
 明け方に地元の消防団に発見されるまで、温かい腕と胸の中で夢うつつの僕は、唇へのキスを待ちつづけていた。


(第二話へ続く)
2013/02/10(Sun)10:42:30 公開 / 中村ケイタロウ
http://home.att.ne.jp/blue/nakamu1973/index.html
■この作品の著作権は中村ケイタロウさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
長編を終えた後の息抜きに軽めのものを書こうと思ったのですが、とらえどころの無いものになりつつある気がします。もしアドバイスがあれば、ご面倒ですがよろしくお願いいたします。また、方言に分かりづらいところがあればご指摘ください。
(08年8月28日 第一話up)
(09年3月14日 一部修正・推敲しました)
(09年10月25日 一部修正・推敲しました)
(13年2月10日 こっそり推敲)
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■みなさんがこの作品にお寄せ下さったご感想の一部が手元に残っておりましたので、ここに載せさせていただきます。もし問題があるようでしたら、どうかご指摘ください。

■こんにちは!読ませて頂きました♪
優しい文章だなと思いました。雰囲気もそうですが、描写の細やかさで戸惑うことなく物語に入り込めました。登場人物も普通の人々なのに、魅力的に思えます。方言は、最近TVなどでもよく耳にするので、私は特に分かりづらく思う事はありませんでした。ミカと智弘のような関係では、全くないのですが、私も昔、あんなに遊んだのに最近、全然あってない幼馴染とかいるので会いたくなっちゃいました。いつもアドバイス頂いてるのに、感想のみごめんなさい。でも、この後の物語が楽しみです。
では続きも期待しています♪
2008/08/28(Thu)21:25:15 0点 羽堕

■>羽堕さま
 ありがとうございます。いえいえ、ご感想をいただけただけでもとても嬉しいです。ほとんどの投稿に目を通して感想を書いていらっしゃる羽堕さんには、常々頭の下がる思いです。
 登場人物が魅力的と言ってくださったのがいちばんうれしかったです。僕なりの「キャラ萌え小説(ちょっとちがうか)」を書くつもりだったので。でも「優しい文章」とおっしゃっていただけたのにはちょっと驚きました。自分では全くそういうふうに思っていなかったんです。僕の人格のなせる業でしょうか(断じて違う)。お言葉は嬉しいんですけど、今後あまり甘ったるいものになりすぎないように気をつけたいとも思います。

 方言については、そうですね、たしかに我が地方の方言はメディアによく出ていますね。県出身者の中には、27時間しゃべり続けるツワモノもいたりして。でも地域的に特殊な表現もあるので、意識して書いていきたいです。「おとろしい」「ほたえる」「てんごする」とかになると、さすがに通じにくいと思うので。

 ではまた。ご感想まことにありがとうございました。
2008/08/29(Fri)22:19:31 0点 中村ケイタロウ

■こんにちは。おお、中村さんの新作、とウキウキしながら読ませていただきました。

前作の時点でも思っていましたが、たくさんの知識に溢れる中村さんなのに、柔らかくて素直な文章を書かれているので驚きました。主人公が思い出話を語るストーリー展開も話に入りやすくて。するすると流れる話の中に、ミカさんの存在が良いアクセントになっているのかな、と感じます。

勝手な話ですが、今回の小説は、前作よりも私の好みだなぁと感じております。好きなんです、こういう話。地方で、古い町で、馴染みの人がいて。この小説との関連があるわけでないですが、『少年H』とかが好きな私には、何処か似たような雰囲気を感じまして(例えに他の小説を挙げてすみません)、個人的にもうこの入りだけで1点を入れさせていただきます。

1話では、ミカさんとの思い出よりも、主人公とお姉さんのやり取り(アイスを買いに行く話とか、夜の散歩などなど)を楽しませていただきました。ミカさんとの思い出のシーンは、ドラマの世界から切り取って出てきたようで(という言い方だと失礼に聞こえますが、良い意味です)、身近に感じられるお姉さんの存在の方が今回は良く思えました。

個人的に、お姉さんと電車に乗っている時の描写(ビールの空き缶やビッグコミックスピリッツ)、蝶ネクタイをした客引きとの会話、「ブレンド大和茶雑穀白玉ぜんざいパフェ」の辺りで伝統って何だろうと思うあたりがすごく良かったなと思います。どこもかしこも好きになってしまいそうなので、あえてここ! と断言できないのが本音でもありますが。それと、ミカさんや姉に対して感じとる思春期の僕の心理描写には、中村さんらしさが出ているなと思いました。爽やかなエロス、というと何だか嫌な響きになってしまうのかなぁ? それでも、それがまた素敵なんだと思います。

ぐだぐだだらだらと、意味の無い感想をすみません。続きも期待してお待ちしています。
2008/08/30(Sat)11:07:04 1点 目黒小夜子

■読ませていただきましたー(『図書館〜』では感想が尻切れトンボになってしまって申し訳なかったです)目黒さんのコメントにありました「あえてここ!と断言できない」のには大きく同意いたします。何色って表現できるかっていったら微妙なんですが、全体的にその柔らかな茶色がかったような色合いを感じて(人それぞれなんでしょうけども)、またけして汚らしくない猥雑さも感じて、こうやってわけのわからん表現しかできないあたりが情けなくもありますが、いろいろなものが相反しているような感じも受けたりして、要は続きを楽しみにしていますということです(笑)「ほたえる」とか「てんごする」っていうのは、いまの若者あたりは使うのですか?おじさんおばさん年齢あたりから使うのかなという印象がありますよね。
第一話であるせいか、やや描写が多すぎるように感じました。仕方ないことかもしれませんが、ちょびっとだけね。きっとどんどん面白くなるんだろうなと思います、楽しみにお待ちしていますね。
僕、ええな(笑)
2008/08/30(Sat)11:44:29 0点 ゅぇ

■こんばんは、中村ケイタロウ様。上野文です。
 御作を読みました。
 なるほど、前作でのやり残し、というか、愛情をこのように昇華されましたか。
 キャラ萌え小説とは、えらく違う気がしますが(w
 主人公の、故郷の町と家族に対する閉塞感、裏腹な愛情などが緻密に描かれて、とても面白かったです。ではでは、また〜。
2008/08/30(Sat)22:19:31 0点 上野文

■>目黒小夜子さま
 こんにちは。ご感想と評価ありがとうございます。評価、ちょっと甘くないですか?(笑)
「知識に溢れる」というのはゴカイですけど、文章については柔らかく素直に書こうと努めているつもりなので、そう言っていただけるとうれしいです。ただ、今回もちょっとだけありましたけど、必要ならミョーな言葉も使って行きたいですね。
『少年H』は、まだ読んだことがないんです。確か、戦争中の神戸が舞台でしたっけ? 神戸は空襲と震災で激変しましたが、僕の小説の舞台の街にはまだ多少は1940年代の名残りがあると思います。ちょっと本筋から逸れますが、東京や大阪などの大都市を見ていると、戦災による風景の破壊が僕たちの文化や心にもたらした傷はとても大きかったし、その後遺症は今でも大きいのではないか思ってしまいます。本文中でも書いたように、場所が失われてしまうと記憶の力は半分以上消えてしまうと思うからです。「日本で一番古い街」は、戦災や大災害にはほとんど遭っていなくて幸運でした。
 ところで、ミカのシーンはドラマの世界から切り取ってきたよう、とおっしゃるのは、たぶん正しい解釈だと思います。お姉さんは身近で、いつも近くにいるけど、ミカはそうじゃないんです。ミカに関する智弘の記憶がどこまで正しいかも、実は怪しいものだと思います。また、ミカの話す言葉も、現実に東京の方が話している言葉よりも、ドラマや小説の言葉に近いだろうと思います。実際、子どものころの僕は、関東の言葉を生で聞くと、「テレビの言葉や」と、非現実的に感じたものでした。今でも多少はそう感じます。
 夜の電車や客引きのシーンを気に入ってくださったのは、すごくうれしいですね。自分でも気に入っています。客引きの話す言葉は中高年の方が使う方言に近づけたつもりですが、わかりにくくなかったでしょうか。
 そして、「爽やかなエロス」のことですが――そう言っていただけるならOKかな、と安心しました。ありがとうございます。嫌な響きじゃないですよ、言う人にもよるかもしれないけど(笑)。実を申しますと、僕は最近までそういうエロティックな要素は出来るだけ排除して文章を書くようにしていたのですが、身体で感じる感覚をもっと文章に取り入れなければならないと思ううちに、少しずつこういう路線になってきたように思います。もし「爽やか」が消えていたら、容赦なく指摘してください。

>ゅぇさま
 おひさしぶりです。ご感想ありがとうございます。
「柔らかな茶色がかったような色合い」を感じてくださって喜んでおります。実際、この小説の場面に存在するいろいろな風景や物が、そんな色をしているはずだと思うんですよね。それから、「汚らしくない猥雑さ」「いろいろなものが相反している」というご感想も、うれしいです。そう感じていただけたのだとしたら、舞台を現実の都市に持ってきた意味があったかなあ、と思います。
「描写が多すぎる」というご意見については、僕としてはこれくらいが適正だと(あるいは、ちょっとあっさりしすぎとすら)思うのですが、たしかに「多すぎる」と思われる方もいらっしゃるでしょうから、今後の参考にさせていただきたいと思います。ありがとうございます。
 ただし、今後どんどん面白くなるか、という点については、うーん、どうでしょうか。盛り上がっていくようなものにはならないかもしれないです。長編ではなくて連作ですし……。ご期待に沿えなかったらごめんなさい。
 ところで「ほたえる」「てんごする」についてですが、おっしゃるとおり、五十代以下の方が使うのはほとんど耳にしないと思います。僕も使いません。もっと京阪神から遠い都市化していない地方では、まだ使うかもしれませんね。でも、今後は若い子だけじゃなくておじさんおばさん、お年寄りも出てくる予定ですので、「でんねん」「まんねん」「あんじょうしとくんなはれ」などのように、ひょっとしたら「ほたえる」「てんごする」も使うかもしれません。
「僕」よかったですか? 残念ながら「僕」は「僕」であって、僕じゃないですけど(笑)

>上野文さま
 ご感想ありがとうございます。「とても面白かった」とのお言葉、励みになります。
 そうなんです、おっしゃるとおり、この小説は前作の副産物みたいなものです。前作には土に根ざした部分が薄かったので、こういうものになったのかもしれません。
「キャラ萌え」と言ったのは確かに言葉のあやみたいなものですが、でも僕自身の書く姿勢としては、本当にそういう部分もあるんですよ。見た目は随分ちがうでしょうけど。キャラも地味だし(笑)。
「裏腹な愛情」は、ご指摘の通りこの小説で書きたいイメージの一つです。なんていうか、愛情ってけっこうそういうものだと思うんですよね。

2008/08/31(Sun)02:26:47 0点 中村ケイタロウ

■作品を読ませていただきました。取っつきやすい出だしですんなりと作品世界に入りこめました。住居の説明などは丁寧でメチャクチャイメージが浮かびやすいですね。そのせいで木造家屋・下町的家屋・下町的雰囲気を嫌悪する私にはちょっと辛い(私は東京の浅草とか池袋など下町的雰囲気を持った地域は嫌悪していますから。古い家が集まる地域なんて自治体がまとめて取り壊して第2種再開発してしまえばいいのに)。莫迦なグチはおいて、感想に戻りましょう。方言に関しては違和感がありません。東日本の人間としては大きなくくりとしての関西弁としか感じませんので、方言が出ることによって地域性を打ち出せるのならどんどん出していいんじゃないですか。方言によって作品がまさに自分の所属する地域とは別なんだと異国情調のようなものを感じられていいですよ。ただ、主人公もお姉さんもキャラとしては面白く頭では理解できるけど、感覚的には私と相容れない人間のようで同期はできなかったです。
2008/08/31(Sun)23:24:05 0点 甘木
合計 1点
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]おもしろかったです。
2017/02/16(Thu)13:54:560点Hippie
合計0点
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