- 『流れた水は戻らずに、しかし留まらす流れゆく』 作者:うぃ / リアル・現代 未分類
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原稿用紙約16.5枚
夏の日の午後。絞まりの無い笑みを浮かべている高校生の友達グループに、言い表すことの叶わないどす黒い感情が浮かんできたのは何故だろうか。
ここで見たのは彼等の姿だったのだろうか。それとも、一年前のこの場所で、同じように過ごした自分と誰かの姿だったのだろうか。
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「今年の夏は海に行こう! 花火もしよう! お祭りにもいこう!
そんで全ての場所でナンパとかしちゃってさ、三日で大方の事は済ませちゃって、最終的にはお互い後腐れなしでお別れってのが最高ですよねー!」
「その言葉に対する突っ込み所を全て挙げていったら会話の歯切れが凄い悪くなるけど、一応全部挙げとくかい?
ほら、過去を振り返るのは良くないってよく言うけどさ、やっぱり反省無くして進歩は有り得ないと思うし」
「なぁに安心しな! お前は黙ってりゃ女が掃いて捨てるほど寄ってくる様なルックスしてる訳だし、後はそこに寄ってきたオナゴ共を俺が口説けば万事解決さ!
それとも何か? 他にも何か、俺に突っ込むような事が有るってぇのかい!?」
何を言っても無駄らしい。彼の頭がおかしいのはこの照り付ける太陽が起こした弊害なのか、それとも本来の彼が持っている頭の悪さなのかが悩みどころだ。
空は白々しく思える程に広く晴れ渡っている。眺めれば一足早く星空さえ見えてくれそうな晴れ空の下で、こんな実現させる気の無い夏休みの予定を立てているのは、それを実行する事なんかよりもずっと楽しい事に思えて口元が綻んだ。
「あ、お前今俺の事をバカにしやがったな!? くそぅ、良いさ良いさ。そっちがその気なら、こっちにだって考えってもんがあるんだぜ!」
「まぁ特に問題は無いと思うけど、一応言うだけ言ってみたら? 君が千の思考をするのなら、その内の一つ位は有益な物も有るかもしれないしね」
彼はふっふっふとわざとらしい唸りをあげて、その笑いが途切れた後、困ったように空を見上げた。そして僕の方に向き直り、この世の全てを悟ったかのような潔い晴れやかな笑みを浮かべながら、
「よく考えたら、なんもねーわ」
親指を上に立てながらの、自信満々の投了宣言を口にするのだった。
「……いや、この発言に不意を突かれたように感じたのは、むしろ僕の用意が足りなかったと言えるね。
危ない危ない、僕は君の事を深く理解してたつもりだったんだけど、どうにも僕は未だに君の能力の全貌を把握できてないみたいだ」
「褒めてんのか貶してんのかはっきりしろよぉ。一々リアクションを取らなきゃいけないこっちの身にもなってみろよなー」
彼はその童顔の頬を膨らまして抗議の姿勢を表した。本人としては可愛らしさをイメージしたのであろうその表情は、残念ながら筋骨隆々な彼の肉体と比べてみると、人体模型の様にアンバランスで不気味さを感じずにはいられない。
「そこは暗黙の了解と言うか、そもそも口にしないからこその美徳だと僕は思うがね。
まぁ良いさ。それにそんな事が判らないのは、君の頭の悪さが原因な訳だし」
「……そこを引き合いに出すのは反則だぞ」
彼は非難がましく僕の事を睨みつけるが、そんな事は何処吹く風である。二年前の高校受験の日、彼は、生涯このネタで僕に弄くり続けられる事が決まっていたのだから。
「何が反則なものかね。君がもう少し頭が良く、尚且つ勉学に励んでいてくれれば、こんな夏休みの公園で限られた時間の予定を立てる事もなかったんだ。
君は、初対面の相手に対して僕がどれ程委縮しているかは熟知しているはずだろう? 知り合いのいない公立校という猛獣の檻の中に閉じ込められた僕が、一体どれ程の労力を払って今の環境に適応したと思っているのだか」
「いや、お前すげー適応力高いじゃん。そりゃぁずっと猫被るのは疲れるだろうけど、そんなの俺が居ようが居まいが変わんねーだろ?」
彼の言う事はもっともではあるが、それでも心の拠り所が有るか無いかで心労の度合は著しく変わるのだ。本性を曝け出せる仲間がいない今の学校では、僕の心の奥にこびりついている廃棄物は、限界値を掠める様な位置にまで溜まってしまっているのである。
そんな僕の思いを知ってか知らずか、彼は 「あっ」 と短い声を吐き出して、目の前でパチンと手を叩いた。その後彼は少し考えるように顎の辺りに手を添えて、すぐにうんうんと二、三度頷いて僕の肩を叩くのだった。
「忘れてた! そういえば、俺もお前と一緒の学校に行きたいと思う理由があったんだった!」
意外だった。
元来直情型ではあるが、面と向かって人を褒めることをしない捻くれ者の彼が、こんなにも真っ直ぐと僕の事を褒めるのは初めてである。
彼は雲のように柔らかな普段の表情を岩のように固め、まるで彫刻刀による切り口の様な鋭い視線で僕の事を見つめてくる。僕が彼を愛する女性であれば心躍る場面であるのだろうが、残念ながら一般的な性癖を持つ男性である僕からすれば、寒気すら覚えかねない程奇妙な状況である。
「お前と一緒にいるとさ、女の子と一緒にいる時間が増えるんだわ! それこそもうね、文化祭とか体育祭とか、まさに青春真っ盛りって感じな高校生活間違いなしだと俺は確信してたね!
……それなのにお前が無駄に頭の良い所に行っちまうから、俺の高校生活は普通にそれなりの青春半盛り程度の物でしたよ」
「まず第一に、人を女の子と喋る為のダシにしないこと。
それに、あと一年残ってるでしょう? まだ来年の体育祭も今年と来年の文化祭も残ってる訳だし、諦めるにはちょっとばかり早いと思うけどね」
彼はその言葉に目を輝かせ、明後日の方向を向いて耳をつんざく様な悲鳴をあげた。 「好きだー!」 とか 「海のバカヤロー!」 とか 「青春のおっぱいー!」 などと叫んでいるが、やはり彼が何をしたいのか僕には判らない。因みに、この近辺に海は存在しない。
一通り叫ぶと彼は満足そうに大きく唇を歪めて、僕の方へ振り返った。そうして今度は悪戯っぽい目付きで僕の事を見つめてきた。
「でもやっぱり、海に行こう」
今までの浮ついた言葉ではない、深奥に芯が打ち立てられた言葉の様に感じた。
表情は依然悪戯っ子がする嫌らしい笑いである。でも、その裏にある決意の様なものが見える気がする。十五年来の付き合いである僕以外には気づかれないであろう、小悪魔のお面に僅かに走った亀裂の奥の本性が。
「なんで?」
出来るだけ気のないように返答をしたつもりだが、恐らくごまかしきれなかったであろう。完璧に近い彼の擬態を見破った僕と同じだけの時間を、彼は僕と過ごしてきたのだから。
「だってさ、こんな事最後かもしれないだろ?」
「本当にどうしたんだい? もしかして、君引っ越しでもするのかい?」
「いや、そんな事はないけど」
彼は何を言うべきか判らないのであろう。腹ただしそうに前髪を託しあげて、暫く僕の喉元を見つめた後、思い立ったように身を乗り出して、
「だってさ、俺達って来年から受験だろ?
いや、俺は別に頑張る気は無いんだぜ!? でもさ、やっぱりお前は良い所行きたいだろうし、やっぱりそうなると時間取れねーだろ?」
背筋に溜めていた緊張を、針で突かれて抜かれた気がした。
「……来年がダメなら、再来年があるじゃないか」
「違う、それは本当に違う」
それは、一度四散した緊張の空気を再び吸い集めるかのような叫びだった。
その表情は、まるで死刑執行を目前にした死刑囚の様に切羽詰まった物だった。僕には何が問題なのかその影すら見えないが、それでも彼には譲ることのできない何かがあるらしい。
「俺達は来年までは高校生だ。でもさ、再来年になったら大学生か社会人かニートだろ?
それじゃぁダメだ。高校生の内の思い出って言うのは、年寄りになってからきっと振り返ると思うんだ」
「まぁ確かに、夏休みに限って言えば、僕等は何も思い出を残してないと言えるかもしれないね」
彼は何度も首を縦に振る。必死に主張しているその言葉はとても幼くて、でも理屈を通して思考する今の僕では、それが正しいのか間違っているのか判らないのも確かだった。
「その時にさ、夏休み何て言う一大イベントに穴が空くのは嫌なんだよ。
あの時は俺も若かったなぁとか、あの夜は激しかったわぁ何ていうお決まりのセリフを吐きたいんだよ! そうしないと、まともに人生楽しんだ気がしねーじゃん!」
言葉は酷くあやふやで、具体的な目標も立ってはいない。しかし彼の訴える姿はその音以上に不思議な信頼感がある。
理屈と道理で進まない事柄では、いつも彼の進んだ道が正しかったのだ。
ならば、今度もそれに乗ることは間違いでは無いんじゃないだろうか。確信は無いけれど、何よりもその方が楽しそうだ。
「まぁ、君の言う事が正しいかどうかは別にして、確かにどうせ夏休みなんだから何かをした方が楽しそうだね」
獲物を目の前にした、猫のような笑顔。
「具体的な予定は任せたよ? まぁなんなら、来年になっちゃっても良いけどね」
「本当か!? いやでも待て。その夏休みのイベントでお前が志望校にいけなかった場合、後で俺はどんな苛めをされるって言うんだ!?」
「……失敬な。僕は自分の力不足を他人のせいにしたりはしないよ。
まぁ良いさ。何か楽しい事があるのなら、それは温めた方が良いだろう? ならさ、僕に一つ提案があるんだ」
人差し指をピンと立てると、彼はそこに視線をやった。指を左右に動かすと視線だけがその動きに追続するのを見て笑いが零れそうになったが、また面倒な事になると思い必死に押し込めた。
「どうせ何か催しがあるのならさ、それまで参加者同士は会わないって言うのはどうだい?
今日一日で参加者だけは決めてさ、それから君が決めた約束の日まで、全員一切の連絡を取り合う事を禁止するってのは」
まさか、一年間その予定が定まらないとは思っていなかったのだ。
その時、僕は笑ってしまえば良かったのだ。そうすればこんな無駄な意固地に固まった約束なんて交わさず、楽しい高校二年生の時間を過ごせたというのに。
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かくして、去年の夏休みの予定は白紙となり、そして白紙のまま終わった。いつ何時であろうと彼が提案した約束に参加できるように暇を持て余した結果は、いっぱいまで詰め込まれた英単語量が更に倍程度になったという物であった。
あの日、彼と交わした約束を脳裏に留めながら、見知らぬ高校生の友人グループに目をやった。あの日の僕達を思い出させる幼い彼等の姿を見て、胸の奥にこびり付いたどす黒い汚れが、剥がれるように浮かび上がってきてくれた。
台風の翌日の天気みたいに穏やかな心持ちで彼等の事を眺めていると、見知った顔が目に付いた。彼もコチラに気づいたらしく、苦虫を噛み潰した様なバツの悪そうな表情を浮かべながら、
「……やべ、実行前の密会は禁止だっけ?」
それは、あの日声を掛けた友人の一人であった。僕の数少ない心を許せる友人の一人で、現状ではあの日約束を交わした彼の次に近しい人間である。
声を掛けるか掛けないか迷った挙句、結局無視をする訳にはいかないだろうと結論付けて振り返ろうとしたその時、
「――規律違反とは、お前も随分ダメな人間になったもんだねぃ! 全く、御父さんは残念で仕方がないよ!」
肩に掛けられた手の感触と、常に吊り上る語尾の強さを懐かしいと思ったのはほんの一瞬で、
「……そういう君は、依然変わらず早計な人間な様だね。
見ていなかったのかな? 彼が僕に一方的に声を掛けただけであって、僕は彼に声をかけていないのだがね」
ふてぶてしいその言葉が、僕等の再開に相応しいと気付いてしまって、
「おー! なんだよ、お前もいるって事は今日が計画決行日ってことか!
まったくさぁ、お前、予定が決まったならせめて連絡くらいはしとけっていう話だよ!」
それに気付いた彼も僕等の方へと向かってきて、
「まぁ良いじゃねーですか! どうせお前等さぁ、毎日毎日図書館通いか家で勉強だろぉ?
ふっふっふ、甘いぜお前等。俺はなぁ、お前等の予定なんて全てお見通しなのだよ!!」
「いや、俺明後日から塾の夏期講習なんだけどな」
冷静な突っ込みにくじける事もなく、彼はコチラに唾が飛んでくる程豪快に笑い飛ばす。
そこまで至って、ようやく振り返った。視線の先には、待ち望んではいないけれど、いい加減もの寂しさを覚える程度には懐かしく感じる彼がいた。
「まぁ良いや! 取りあえず、ようやく予定は固まったから今から行こうぜ!
へっへっへ、このザ・無鉄砲と呼ばれた俺が、生まれて初めて一年も掛けて練り上げた計画だ! お前等もなぁ、泥で作られつつも骨格はしっかりした割と大きめな船に乗った気でいると良いぞ!」
「……突然ぎるとか例えがいまいち判り辛いとか色々訴えたい事はあるけど、まぁ良いでしょう。
それよりも、一年は時間をかけ過ぎだよ。流石の僕も、少しばかり不快感と退屈を覚える長さだった」
辛辣な言葉は出てくるが、それでも唇が歪んでいるのは自覚できる。
あぁすれば良かったとかこうすれば良かったとか、過ぎて行ったものの美しさは離れていくと尚一層際立って見える。しかし今は、手元に触れている光の温かさを誇るとしよう。
照り付ける太陽が、その強さを増していく。それすらも心地よく思える程、僕は心は躍っていた。
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2008/08/26(Tue)23:32:26 公開 / うぃ
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■作者からのメッセージ
続き物ではありません。起承転結の結が消化不良の気もしますが、長編を書く合間の息抜きとして書かせていただきました。
あと、長編物の書き直しと言うのはしてよいのでしょうか? 文章があまり見れたものではないなぁと改めて見て思いまして、内容は変えないから書き直すことは出来ないのだろうかと思ってこんな所に書かせて頂いた次第です。