- 『聖母の柩―赤色の炎―』 作者:コーヒーCUP / ミステリ ミステリ
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全角37631.5文字
容量75263 bytes
原稿用紙約110.15枚
高校三年生の楠野と彩原は後輩の矢原から半年前に退学していった清野真里亜の訃報を告げられる。清野は自殺を遂げていた。しかし、その自殺にはいくつのも不審点があり、実に不可解なものだった。 清野真里亜はそもそも本当に自殺だったのか。他殺ではなかったのか。他殺だとすれば、誰がどうして、自殺だとすれば彼女はどうして、そんな選択をしたのか。
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【聖母の柩―赤色の炎―】
二〇〇八年・冬 十二月四日 火曜日 午後五時
四階の窓から外を眺めると木を見下ろせる。夏だったら緑の葉がついている木も、この時期になると葉は地に落ちて枝だけとなり、なんとも可哀想な姿となる。
逆に空を見上げる。昨日の天気予報でもちゃんと言っていた通り、今日ははっきりとしない天気だ。灰色の分厚い雲が空を覆っていて、いつ雨が降るかも分からない。朝からずっとこの天気だ。鞄に折り畳み傘を忍ばしてはいるものの、帰る時まで雨が降らないことを祈ろう。
僕は静かな放課後の廊下を歩いていた。テスト一週間前となった昨日から全部活動は休止となっていて、何時もは聞こえる吹奏楽部の演奏や野球部の掛け声は聞こえない。校舎は静まりかえっている。
これがつい一時間ほど前なら、テスト一週間前など気にしないで校舎に残って遊んでいた生徒たちの騒いでいていた声が聞こえたかもしれない。ただ今となれば流石に静かだ。
校則で持ってくるのを禁じられている携帯電話を取り出し時刻を確認したら、もう五時を過ぎていた。これはまずいな。
僕はついさっきまで自習室に篭っていた。というのも別にテスト前だから真面目に勉強していたわけではなく、そこで本を読んでいただけだ。今はその読んでいた本を図書室に返しに行く途中。
本を読むんだったら図書室で読めばいい。小学校時代からの友人であるクラスメイトはそう言う。しかし残念なことに、それは出来ない。
僕はこの高校に入学してからずっと図書委員で、そのお陰で図書室に知り合いが多い。よく喋る人もいれば、まったく喋らない人もいるし、普段はあまり喋らないけど喋りだしたら止まらない人、熱心に宗教関連の本を読んでいる人、漫画ばかり読んでいる人……様々な人たちがあの教室にはいて、多くの人を僕は知っている。だから、読書に集中できない。
しかし自習室なら人がいるときは稀だし、いたとしても静かだから集中できる。あそこは僕が唯一集中して本を読める場所だ。
図書室の扉をゆっくりと開ける。ここはエアコンがついていて、入った瞬間に温風が感じられた。
室内を見渡すと十人近くの生徒が席について本を読んでいた。いつもならもう少し多いが、流石にテスト一週間前となるとまっすぐ帰宅する人がいるみたいだ。
扉の前で室内を見渡していると声をかけられた。
「楠野(くすの)先輩、丁度良いところに。こっちに来てください」
声のしたカウンターの方を見るとカウンター内で立ち上がって手を振っている後輩の矢原君がいた。鳥の巣のようなボサボサの髪の毛は寝癖なのか天然パーマなのかさえ分からない。メガネをかけていて、インテリ系の風貌だ。
「君の良い所というのは僕の悪い所じゃないかい」
そう愚痴りながらカウンターに近づく。カウンターの中には漫画を片手に持った矢原君が笑顔でいた。
「いやいや、先輩にも関係のあるお話なんですよ。悪い所だんてひどいなぁ。心に傷が出来ちゃいましたよ。どうしましょう癒えないかも知れません」
「安心して。君の心は傷なんてつくほどデリケートじゃないから」
そう返すと矢原君の声が少し大きくなった。
「本当にひどいなぁ。鬼ですか、いや悪魔だ。僕ほどデリケートな人間がどこにいるというんですか。ああ、皆さん、ここに悪魔がいます! 塩を撒いてください、塩をっ!」
彼は顔を両手で覆い泣きまねを見せた。塩を撒いても悪魔は逃げないだろう。疫病神やナメクジじゃあるまいし。
「分かったから。僕が悪かったよ、ゴメンゴメン。で、話って言うのは何なの」
泣きまねをしていた矢原君が両手を顔から放す。さっきの笑顔とは違い、急に真顔になっていた。
「本当に悪いと思ってますか。それと、ゴメンは一回で十分です――まあ、この事は借りにしておいてあげましょう。それで話というのが」
なんで借りにされなければならないのかと講義しようとしたところで、カウンターの奥で扉の開く音がした。カウンターの奥には隣にある図書準備室に繋がる扉がある。
扉の中から出てきたの、校則違反のロングヘアーの金髪に、黒いヘッドフォンをして上のフレームのないメガネをかけた女子だった。
彼女は扉を閉めるときつい眼つきで僕らを睨んできた。メガネをかけているせいで少し分かりにくいが、彼女は鋭く尖った目をしていて睨まれるとすごく怖い。
「君たちは図書委員だろう、違うかい? どうしてそれなのに『図書室で静かにする』という最低限のマナーを守れないんだ。ああ分かった、馬鹿なんだろう。迷惑防止条例を知らないのか。まったく……」
出てくるなり長々と嫌味と愚痴を言ったのは、我らが図書委員副委員長である彩原七色(さいはらにじ)だ。僕と同じクラスでこの図書室の〈主〉と呼ばれている。
「いや彩原先輩、やっと出てきてくれた。さっきまでノックをしても出てこないから中で倒れてるんじゃないかと心配してましたよ」
「あのノックをしていたのは君か。矢原君、私がここに篭っている時は集中したいときだ。あまり邪魔をしないでくれ」
集中していたのはいいがそれでもノックをされたんなら出てくればいいのに。まあ彼女にそんな常識を求めるのが間違いかもしれないけど。
「なんだ楠野、言いたいことがあるならはっきり言うといい。私は何を言われたって気にはしないさ」
僕は大きく首を横に振って、何でもありませんよと彼女に伝える。その返事に彼女は満足したようで頷いた。気にしない、なんていうのは嘘だ。彼女はかなり根に持つタイプの人間だ。
「いやいや先輩たち、今日は結構真剣な話をしにきたんですよ」
矢原君はそう言うとポケットから小さな写真を出してきた。彩原がそれを素早く手にとる。そこには短めの黒髪の学生服を来た女子が写っていた。彼女には見覚えがある。
「清野君じゃないか」
彩原が思い出したように呟いたので僕も思い出すことが出来た。彼女は清野真里亜(きよのまりあ)だ。半年前までこの学校の生徒で、たまに図書室に来て彩原と話していた記憶がある。ただ彼女は半年前に急に退学をしてこの学校を去った。
矢原君は口を一文字にして目を伏せ残念そうな顔をしていた。そんな彼に彩原が訊く。
「彼女がどうかしたのかい?」
目を伏せていた彼が彩原と目を合わせた。
「亡くなりました」
短く、それでもはっきりと彼はそう答えた。僕は驚きのあまり阿呆みたいに口を開けてしまう。横目で彼女を見ると特に驚いた様子も見せず矢原君を見つめている。彼女だってきっと信じられないくらい驚いている。驚いていないように見えるのは、それが外見で表現できないほど驚いているだけだ。
そして写真を彼に返すとつけていたヘッドフォンを外して首にかけた。そしてゆっくりとカウンターに右手をついて左手で額を押さえる。
「彩原……」
僕が心配して声をかけようとしたら右手の平をこちらに突き出してきた。静かにしろ。右手がそう言っている。
「頼む……少し黙っておいてくれ」
その声は今まで聞いたことの無いくらい悲しそうで、涙をこらえているような少し震えた声だ。彼女が強がりなのは知っていたが、こんな時まで強がらなくても。
そんな彼女にかける言葉もなく僕はただ立っていることしか出来なかった。いつの間にか知らないが図書室にいた生徒たちはほんとんどがいなくなっていた。
図書室には完全な沈黙が訪れいる。少し強い風が窓を揺らす音が室内に響くと同時に、彩原が口を開いた。
「詳しく話してくれ」
図書準備室はもう図書室に置くことのなくなった本やこれから置く本を保管している部屋だ。しかし多くの場合は図書委員たちの雑談の場となる。中には友人を連れ込んでここで遊ぶ委員もいるし、携帯ゲーム機などを教師に見つからないようにここでやる委員もいる。けれどそれを注意する者はいない、暗黙の了解というやつだ。
本棚で壁を覆われていて電気をつけないと真っ暗な室内。教室の真ん中に円形のテーブルがある。雑談はここで行われる。
僕と矢原君と彩原はそこに座っていた。矢原君から詳しい話を聞くためだ。僕は彩原のように清野さんと親しくなかったものの、何度か言葉を交わしたことはある。彼女が亡くなったと聞いて無視は出来ない。
清野さんは名家のお嬢様であった。清野病院という大きな病院の院長の一人娘でよく学校では「お金持ち」と評されていた。それに成績優秀で美人という事で男子からもてていた。それのせいか女子には敵が多かったようだ。
あまり親しくなかった僕が言うのも変かもしれないが彼女は良い人だった。図書委員の仕事を手伝ってくれたこともある。だからこそ彩原と仲が良かったのだろう。
そんな彼女が退学をしたのは今年の七月。一学期の期末テストが終わると同時に彼女は誰にも何も告げずにこの学校から消えた。
こんな結果になるとは思っていなかった。当たり前だ。こんな結果になるなんてどうな賢人でも想像できるものか。
なんで彼女が退学をしたのかは謎に包まれていた。難病を抱えたとか、妊娠しただとか、はてまた殺されたという噂まで出た。しかし退学以降も彼女と連絡は取り合えたらしい。しかし彼女に会ったという人はいない。
そして現在、僕らは突然矢原君から彼女が死んだことを教えられた。
「一週間前に川の近くで見つかった焼死体はご存知ですか?」
彩原は腕を組んだまま頷いた。僕も知ってるよと答える。一週間前、この近所の河川敷で車が燃えているという通報があった。
消防隊が駆けつけた時、車はかなり激しく燃えていたそうだ。十分ほどかけて何とか火を消し止めたものの、その車の中から一体の焼死体が見つかった。その死体はかなり傷ついていて、腹部から下腹部の辺りまで何回も刺された形跡があったそうだ。それに死体は真っ黒焦げで外見だけでは性別さえわからない状態だったらしい。
その燃えていた車は元々その場に放棄されていたナンバープレートの外されていた車だった。
僕らが何故それを知っているかというと近所の事件だからというもあるけど、一番大きな理由は第一発見者が同じ高校の生徒だという事だ。
その生徒は河川敷を毎朝早くにマラソンをしていて、その時に燃え盛る車を発見した。その時は随分と驚いたろう。
そういえばその発見者は矢原君と同じ二年生だった。
「先輩たちの察しの通り、僕は第一発見者と知り合いでしてね。その彼から情報が回ってきたんですよ。まあ彼が言うには、回された、だそうですけど」
矢原君は、失礼な話ですよねぇ、と僕らに同意を求めてくる。彩原は無視したが、僕は首を横に振った。恐らくはその発見者の言ってることのほうが正しいだろう。どう考えても矢原君が何らかの手段を使って、発見者から情報を聞き出したんだ。
矢原君は僕らの返答が気に食わなかったようで、ふんっと鼻を鳴らした。
「もう良いですよ。とにかく、その焼死体が清野真里亜さんだったんです」
「よくもそんな死体が彼女だと判断できたな。日本の警察が優秀なのは知っていたが」
彩原も死体の状態は知っていたらしい。しかし矢原君は彼女の言葉に首をかしげた。
「優秀なんでしょうかね。死体が彼女だと分かったのは遺書が見つかったからですよ」
「遺書?」
僕が聞き返すと彼はポケットからさっきの写真を取り出した。
「残念ながら死体はこんな綺麗な顔は保っていません。そりゃあ、ひどかったそうです。それでも死体の身元が判明したのは清野先輩のご両親が捜索願いを出していたのと、先輩の部屋から遺書が見つかったからです」
矢原君の話を整理するとこういうことだ。一週間前に発見された死体だけでは警察は身元不明としか言いようがなかった。刺し傷などから他殺と自殺、両方の面から捜査していたら、清野真里亜の両親から連絡があった。
あの死体は娘かもしれない。電話で清野さんの父親はそう告げた。
清野真里亜は学校を退学したその後すぐ、行方不明となったそうだ。いい歳の娘が行方不明になったのだから両親は心配して捜索願を出した。しかしそれは四ヶ月も前にだ。
この行方不明騒動は十日前に解決していた。姿を消していた清野が突然、家に帰ってきた。家族は安心しただろう。なんたって行方をくらましていた娘が帰ってきたのだから。
しかし彼女は三日後、再び行方をくらました。
そしてつい先日、家族が彼女の部屋から遺書を見つけた。そこには『自分は死ぬことを決めた。河川敷の近くで』と記されていたそうだ。
後日、通報を受けた警察が彼女と死体の歯形を調べたら一致したそうだ。
「これが大雑把な事件の全体像です。遺書が見つかったことで警察は自殺と断定したそうです」
僕たちはしばらく黙ってしまった。あまりにも信じられない話ばかりだ。彼女が行方不明になっていたことさえ僕らは聞いていない。
彩原は腕を組んだまま何かを考えている。首にかけているヘッドフォンから少しだけ音楽が聞こえてきた。彼女は常に音楽を聞いている。なんでも聞いていないと落ち着かないらしい。聞こえてくる音は静かなものだ。ピアノの音色だと思う。
「彩原先輩、どう思いますか?」
矢原君に訊かれて彩原が組んでいた手を解いた。
「不思議だがそれが事実なら、どう思うこともできない。ただ、残念なだけだよ」
「なんで彼女の腹部に刺し傷があったと思いますか?」
立て続けに質問する矢原君を彩原は横目で一瞥した。
「さあ、どうしてだろうね?」
2
二〇〇八年 四月二十七日 金曜日 午後五時五十五分
彩原七色はカウンターの中で大きく体を伸ばした。時刻は午後六時前。そろそろ図書室を閉めなければいけない。彼女は椅子からゆっくり立ち上がって、物静かな図書室を眺めた。今はもう彼女以外は、ここには誰もいない。
今日も貸し出し者なし。彩原はカウンターの引き出しから図書日誌を取り出して、今日のところにそう書き込んだ。同時に返却者もなし。続けてそう書き込む。
図書委員の仕事はこの日誌を書き込むこと。何月何日で何年何組の誰がどういう本を借りたかという事をその日誌に書く。
しかしここ最近は本を読む生徒も少ない。そのせいだろう貸し出し数は減ってばかりだ。
彼女は小さく溜め息をついた。窓の外を見るとまだ明るい。六時前だというのに運動系の部活の掛け声が聞こえてくる。
たまには運動もしなくちゃ体がなまるよとつい最近、楠野から言われたことを彼女は思い出した。余計なお世話だと言い返しておいたが、それは彼女も気にしていたことだ。彼女が運動する時いと言ったら体育の授業くらいなもので、それ以外は読書ばかりだ。
最近、体重計に乗っていない。いや乗るのを恐れている。
ブンブンと激しく首を振る。そして首にかけておいたヘッドフォンを頭につけようとしたところで図書室の扉が開いた。こんな時間に誰だと思いながら扉の方を見ると、見覚えのある顔がそこにいた。
「あらナナイロ、やっぱりあなたがいた。良かったわ」
黒髪のを耳までしか伸ばしていなくて、その前髪には二本の髪留めを二本している。少々細めの少女だ。
「なんだ清野君か。こんな時間にどうしたんだい?」
清野真里亜だ。彩原はその顔を久々に見た。彼女はいまどき珍しい図書室常連客。常連客といっても一冊の本を二週間近くかかるので、図書室に来るのは最高でも二週間に一度。それ以上の間が空く時だってある。
清野は学校指定の茶色の鞄の中から、じゃじゃーんという効果音を自分の口で言いながら一冊本を取り出した。
「本日は返却にまいりましたわよ、ナナイロ」
片手に持った赤い表紙の本を見せてくる。彩原はまたため息をつきたくなった。何でこうタイミングが悪いのか。
折角書いた日誌を付け直すのも面倒だがそれも図書委員の仕事だ。彩原はそう割り切り、そして日誌に書いた。返却者もなしという文字を消して「返却者一名・三年五組清野真里亜」と書き込んだ。
そして清野に本を元の場所に戻すように指示をしたら、予想外なことに彼女から苦情がきた。
「毎回思うの。棚に本を戻すくらい、委員がやればいいじゃない。接客サービスがなってないわ」
「……清野君、私はさっき日誌を書き終えて帰ろうとしてたんだ。しかしそこに君がきた。そして本を返すというじゃないか。私は折角書いた日誌を消して、書き直した。これに対する感謝の念は君のはないのかい」
彩原は怒りたかったが、声を抑えてあて冷静に言う。ここで怒ったら、また接客サービスがなってないなどと言われるに決まっている。
清野は図書室のいくつもある椅子のひとつに腰掛け、だめねぇと馬鹿にしたように言った。
「お客さんには逆らわない。これは接客の基本よ」
「いい加減我慢できなくなってきた。図書室を今後も利用したいんだったら、早く本を棚に戻して帰りたまえ。じゃないと、怒るぞ」
脅す様に声を低くして言ってみたが、清野はたちまち笑顔になった。会心の笑みだ。
「あら、私はナナイロが怒った姿見てみたいわ」
「その呼び方はよしてくれ……」
彩原は頭を抱えたくなった。最後の最後でこんな厄介な客人がくるとは予想外だ。
清野は彩原の事を「ナナイロ」と呼ぶ。彼女のことを下の名前で呼ぶ人間は少ない。しかしその多くが「にじ」ではなく「ナナイロ」と呼ぶ。なんでも「にじ」というのは呼びくいらしい。それに「ナナイロ」の方が可愛いらしく聞こえるそうだ。
「そんなにツンツンしなくてもいいのに。久々に会ったんだから」
「できれば会いたくなかった」
きっぱりそう言うと清野はクスクスと小さく笑った。
「ナナイロはそういう捻くれた所が似合うわ」
「まったく君は失礼だ。私のどこが捻くれてるというんだい」
「ふふふ、教えてあげる。そういうところよ」
付き合ってられんよと愚痴こぼすと彩原は清野が持っていた本を奪い取り、その本が置かれていた元の棚に戻した。確かにこれも図書委員の仕事といえばそうなのだろう。
「ありがとうね」
「どういたしまして」
彩原は清野の隣の席に腰掛ける。清野は肘を突いて、その手に顎を乗せていた。
「何か最近、体がすっごくダルイのよねぇ。それに眠いし」
「君はいつだってそう言っている。この間、三月に会ったときもそう言っていた。その時は体が重いの、と言っていたが」
彩原はそういうことを覚えるのは得意だった。いや、本人は覚える気など無い。ただ、頭の隅にずっと残っているだけなのだ。わざわざ会話を覚えようなどとは思っていない。
「君はきっとナマケモノだ。一日二十時間ほど寝なくちゃいけないんだ」
「あら心外ね。どういう意味かしら」
「そのままの意味だよ、君」
清野は少しだけ顔を膨らませが、彩原は知らんぷりをする。
彩原はとても不思議だった。何故、そこまで会わない清野とこんなにも親しく出来るのかと。自慢話にもならないが、彼女自身はあまり人付き合いは得意ではない。なのに、清野とだけはそんなに会ったことが無くても会えばじゃれあえる。楽しく話せる。気が合うのだろうか。
清野としばらく無駄話をしている彩原はある事に気づいた。
「清野君、君、熱でもあるのかい。顔が少し赤いぞ」
彼女が訊くと清野は一瞬、しまったという顔をしたがすぐに「大丈夫よ」と笑顔で誤魔化した。勿論、彩原がそんなことを見逃しはずが無い。
彩原は自分の前髪を上げると、彼女の額に自分の額を当てた。
「……熱いじゃないか」
清野の額は確かに熱かった。しかし彼女はそれをまだ誤魔化そうとする。
「気のせいでしょ」
気のせいなわけがない。彩原は額を離すとすぐさまカウンターの中の置いてあった自分の鞄を持って、近くに置いていた図書室の鍵を握った。
「帰るぞ」
彼女はそう言いながら素早く図書室の窓の鍵を開いていないかチェックし、そういう所は閉めていった。座っていた清野が、ええっ、と声を上げたが、彩原は目を鋭くして彼女を睨む。馬鹿言うな、と言う様に。
「まだ喋ろうよ」
「馬鹿言ってないで帰るんだ。風邪でもひいてるんだろう。体がだるいのはそのせいだ」
彼女は窓の開閉チェックをし終えると、清野の肩を数回軽く叩いて急かした。清野はブツブツと何か文句を言っていたが、彩原は聞かないようにする。
最後に図書室の電気を消して図書室から出る。廊下では清野が両手に鞄を持って待っていた。外から鍵を閉めて、一応本当に閉まっているかを手で引いて確かめる。
閉まっていることを確認すると彩原は鍵をポケットにしまった。
「君の家は『佳澄駅』の近くだったよな」
彩原は一度だけ清野家に行ったことがある。それで清野家の場所を知っていた。
「そうよ」
佳澄駅はこの学校の最寄り駅である新見駅から二駅はなれた場所だ。彩原は一瞬どうしようかと迷ったがすぐに決めた。
「私は職員室に鍵を戻してくる。君は校門で待っててくれ」
「えっ?」
清野が驚いて疑問の声を上げる。
「私が責任を持って君を送って帰る」
彩原はそう言うと職員室に向かって走り出した。背中から、えっちょっと、という清野の声の声が聞こえてきたが気にしてられない。
彼女は息を切らしながら職員室に入った。やはり楠野の言うとおり、日頃からもう少し運動すべきだったと後悔しながら。まさか階段を駆け下りただけでこんなに息が上がるとは彼女自身、まったく思っていなかった。
彼女は図書室の鍵を適当な先生に渡して、狩野山(かのやま)先生に渡して下さいと頼み、職員室から出た。狩野山先生は図書室の鍵を担当してくれてる先生だ。
彩原は急いで靴を履き替えて、校門に向かった。さっきまで明るかった空が、どんどん暗くなってきた。急がないといけない。
校門のところで清野が退屈そうに彩原を待っていた。
「待たせた。じゃあ帰ろう」
「わざわざ送ってもらうほどじゃないわよ」
「五月蝿い。病人は病人らしくベッドで寝るのが一番なんだ。もし君が帰る途中で倒れたりしたらどうするんだ? 可能性はゼロじゃないだろう。いいかい」
彩原が喋り続けようとしたら清野が彼女の口を手で抑えた。
「分かりましたぁ。もう五月蝿いのはどっちよ。だから捻くれ者なんて呼ばれるの」
まだ言うかと反論したが口を抑えられていて上手く喋れない。
清野から手を離されて、まずした事は財布の中の残金確認だ。佳澄駅までは二百二十円だったことを記憶している。彩原が確認すると彼女の財布には五百円玉一枚と十円玉が二枚と五円玉が一枚入っていた。
彼女は無駄ない財布にお金を入れないようにしている。そうやって出費を最低限に抑えている。だから今は財布の中にこれだけしか入っていない。それでもこれで佳澄駅までの大服の料金は何とかなる。
最寄り駅である新見駅までゆっくりと歩きながら向かう。彩原はいつもより少しだけ歩くペースを緩めた。病人である清野を気遣ってのことだ。
新見駅には十分ほどでついた。その時には既に日は暮れていて、もう真っ暗だった。
「ねえ本当にいいの。私なら大丈夫よ。ナナイロの家はこの近くでしょ」
清野がまだしつこく遠慮してきた。確かに彼女の言うとおり、彩原の自宅はこの駅から徒歩五分程度のところにある。今ならすぐにでも家に帰って、お菓子でも食べれるだろう。
しかし彼女はそうしない。
「私は熱を出している友人を放っておけるほど薄情じゃない」
清野は彼女のその言葉が嬉しかったようで、ありがと、と小さな声で呟いた後、じゃあお言葉に甘えるわ、と彩原と帰ることを決めた。
彩原は佳澄駅までの切符を買いながら、ふと思った。何故私はここまでしてるのか。彼女の頭の中でその疑問が膨らんでいくが彩原自信、ちゃんと答えはわかっていた。これは贖いなんだと。過去に犯してしまった罪を今必死で償おうとしてるのだ。
償いきれるのか。どこから彼の声が聞こえてきた気がする。心の中に、彼が未だに住みついている。そしてまた訊いてくる。償いきれるのか。俺が許すと思ってるのか。
うるさい、静かにしててくれ。心の中にそう怒鳴りつける。分かっているさ、こんなものじゃたりないと言うんだろう。分かってるから――。
「ナナイロ、どうしたの?」
彼女はそこで我に返った。目の前に清野の心配そうな顔がある。やはり少しだけだが赤い。
「切符買うんじゃないの。いきなり怖い顔して止まったかビックリしたわ」
「えっ。あ、うん……すまない」
彼女はどういっていいから分からなかったので、とりあえず謝っておいた。清野はそれでも不思議がっていて首をかしげた後、変なのと言った。
何を考えてる、私は――彩原は心の中でそう自分を罵った。今は清野を無事に家まで届けるのが先だ。考察をしてる場合じゃない。
彩原は切符を買うと清野とともに駅のホームに向かう。ホームでは夕方のわりには人がそんなに多くなくて、二人は電車が車での間、ベンチに座って待っていた。
「君はもう高校生なんだから体調管理くらい、ちゃんとしたまえ」
「はは、お母さんみたいなこと言うね」
そういった会話をしているうちに佳澄駅に止まる電車がきたのでそれに乗った。夕方という時間なのに電車は意外とすいていて彩原と清野は椅子に腰掛ける。
「すいてて良かったわね」
清野はすいていることを喜んでいた。彼女が言うには、いつもはこんなにすいていないのだという。今日は乗るタイミングがよかったみたいだ。
電車の中では極力、会話を控えた。すいているといえど他にも乗客はいて、喋っていると迷惑になるからだ。これは二人とも気にしていることで清野も「昔からそう教育されてから」と言っていた。清野家は名家で、人様の眼をよく気にかけるらしい。
しかし清野が小さな声で話し掛けてきた。
「最近さ、お肌がカサカサなのよ。なんっていうか、冬場の乾燥してるときみたいに」
彩原も小声で言い返す。
「肌の手入れもできてなのか、君は。それじゃすぐにオバサンになってしまうぞ」
彩原は肌の手入れの仕方やお勧めのハンドクリームなどを清野に教えた。清野は彼女の話を、信じられないというような顔つきで聞いていた。
「ナナイロって……意外に女の子なのね」
その言葉が少し頭にきた。意外に、とはどいういう事だ。
「失敬な奴だよ君は。人が丁寧に教えてやってるのに。意外にとはどういう意味だい」
すると清野がふふんと鼻をならした。
「そのままの意味だよ、君」
清野が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。彩原は悔しくなり、小さく舌打ちをした後、もういいと拗ねてそっぽを向く。さっき自分が図書室で彼女にいった同じ言葉を返されてしまった。
とんだ不意打ちだ。
しばらくすると電車は佳澄駅に着いた。二人は下車して、すぐに改札を出た。しかしそこで清野が彩原にもういいと言った。
「もういいって事はないだろ。ここまで来たんら最後まで付き合おう」
「だから大丈夫だって。人の心配するより、自分の心配して。いい歳の女の子が夜遅くまで外にいちゃダメよ。襲われたらひとたまりもないわよ。ナナイロ、ひ弱だし」
「私の方こそ大丈夫だ。それにそれをいうなら君だって危ない。大体、まだ六時過ぎだ。いまどき、小学生でも外で遊んでる時間だ。襲われるわけが無い」
「あのねぇ、ナナイロそういう事じゃない。心配してくれるのはありがたいけど、そこまで迷惑はかけれない」
「私は迷惑だと持ってない」
こういう言い争いが約三分ほど続いた。彩原としてはちゃんと清野を家まで送り届けなければならないという使命感を持っていたし、清野はもうこれ以上は迷惑をかけたくないと思っていたので、話はこじれにこじれた。
しかし意外なことに、先に根をあげたの彩原だった。
「本当に大丈夫なんだね?」
「だから、何回言わせるの。大丈夫だって」
大丈夫と連呼する清野を見ながら、彩原は思考をめぐらせる。確かに彼女の言うとおり、熱は少ししか出ていない。倒れるほどの熱でもない。大丈夫なのだろう。
しかし、彼女はどこで何が起こるか分からないことをよく知っている。風邪だからといって甘く見ているとえらいことになる。
それでも、本人が断っているのに付いていっても仕方が無い。ここはおとなしく引き下がった方がいい。彩原は頭の中でそう決断した。
「なら……私は引き下がる。ただ、気をつけて家に帰りたまえ」
彩原がそう念を押すと清野は素直に頷いた。
「じゃあ、ありがとね。また今度、お礼するわ。バイバイ」
清野が手を小さく振って彩原に背を向けて歩き出した。彼女はしばらくの間、人ごみの中を歩く彼女を見つめていたが、すぐに切符売り場に向かった。そして新見駅までの切符を買う。
改札を抜けてホームで電車を待っているのが、少々苦痛だった。なにせ人が多くて暑苦しかった。それに清野のことが気になっていた。
たかだが熱でそんなに心配する事はないかもしれない。大袈裟だろう。しかし、病気を馬鹿にしちゃいけない。ほんの少しの熱でも、思考は狂う。狂った思考は、何の役にもたたないどころか、物事を悪い方向へと進ませる。
ホームで列に並んで待っていると、アナウンスがなった。もう少しで新見駅に向かう電車が来るそうだ。彼女は鞄の中から一冊の本を取り出した。
電車が到着して、それに乗り込む。混んでいたせいで行きしなとは違い、立たなければならなかった。狭いと感じながらも彼女は文庫本を開く。そこには文字で作られ世界が広がっていて、彼女はそこに身を投じた。
3
二〇〇八年 十二月十七日 金曜日 午後三時
「おお、寒っい」
僕は隣にいる彩原を横目で見た。僕の寒いという言葉に同意はしないが彼女もそうとう寒がっている。黒いニット帽をかぶって、赤い手袋をしていて、いつも通り、ヘッドフォンもしている。
僕らは今、清野さんのお墓に向かっていた。テストも終わったことだし、墓参りに行こうと彩原が言い出したのだ。断る理由も無いので、僕も行くことにした。
十二月も中旬になると流石に寒さも本格的になってきた。僕もニット帽でもかぶってくればよかったと後悔している。
にしても、大きな墓地だ。僕は周りを見渡した。辺り一面お墓だらけである。墓地なのだから当然か。清野さんのお墓はこの中にある。彩原はちゃんと調べてるんだろう。
墓地の真ん中に一本の少し広い道があり、それで墓地の奥までいける。僕らは今、その道を歩いている。彩原はまるっきり無言だった。話し掛ける話題も無いので、僕も黙っている。
清野さんの死を知ってから、彩原はおかしい。期末テストも思ったより力が出せなかったらしいし、図書室で本を読んでいても、どこか上の空だ。かなり彼女の死がショックだったらしい。
あの人にあんまり無理させないで下さい。ついこの間、テスト期間中にもかかわらず沙良ちゃんのお見舞いに行ったときに彼女に言われた言葉だ。
沙良ちゃんとは彩原の知り合いの小学六年生の女の子で、長い間入院している。ども彩原とは腐れ縁らしい。
「人の心配は無駄にするくせに、自分が心配をかけてる事に気づいてないんです」
彼女はこうも言っていた。流石は腐れ縁だと思う。よく彩原の事がわかっている。
しばらくすると彩原が、ここだと小さく言って立ち止まり右に曲がった。すぐそこに、清野君のお墓があった。さっきまで誰かがきていたのか、真新しい二束の花束とお饅頭が供えられている。
「誰か来てたみたいだね」
「らしいね。どうやら入れ違いだったみたいだ」
彼女はそう言いながら鞄の中から、一本の缶ジュースを取り出して、それをお墓に供えた。同時に数珠も取り出して、目を瞑って手を合わせる。僕も目を瞑って手をあわせた。
しばらくの沈黙。僕は清野さんに心の中で、ゆっくり休んでくださいと言っておいたが、彩原はなんと彼女に話し掛けたのだろうか。
拝むのをやめて目を開けた。お墓は綺麗だったから、恐らく花を供えた人が掃除もしていったのだろう。
僕より少し遅れて彩原も目をあけた。
「……清野君のご両親でも来ていたのかな。掃除までされている。供え物もしてあるし……何もすることが無い。もしも汚れてたら掃除をしてやろうと思っていたんだが」
その必要も無いらしい。お墓はピカピカだ。
何にもすることがなく、僕らは黙って立っていた。いつもの彩原ならこんな状況になったら、早く帰ろうと言うだろうが今日は言わない。まるで清野さんとの別れを惜しんでるようだ。
しばらくすると彩原が墓の前でしゃがみこんで、墓前に置かれた二つの花束を凝視した。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない」彼女は立ち上がり「帰ろうか」と提案した。
本当に何もないのか。そう訊こうと思ったがやめておいた。訊いたところで答えてはくれないだろう。彩原がもと来た道を歩き出したので、僕もその後を追う。
彩原さんの自殺は本当に不可解だ。
警察は自殺と判断したらしいが、なぞはいくつも残っている。まず、彼女の失踪だ。学校を辞めてすぐに彼女は行方をくらませた。それも四ヶ月もの間だ。一体どこで何をしていたのか。
そして失踪から帰ってきたと思うと、三日後に姿を消して自殺。その自殺もおかしい。彼女の腹部から下腹部にかけて、何箇所もの刺し傷があつて、凶器と見られる包丁も真っ黒焦げになりながらも車の中から見つかった。
車の中には燃えやすくするためか、ガソリンか何かが撒かれていたらしい。おかげで彼女の死体はひどい状態で検死も大変だったらしい。
そして死体発見の一週間後に、清野さんの両親の通報で死体が清野さんと判明。遺書も見つかったことで警察は自殺と断定した。
しかし、何かすっきりしない事件だ。
ゆっくりとした足取りで歩いていたら、前にいた彩原が突然振り返って僕の方を見てきた。
「な、なに?」
「寄りたい場所がある。付きあってもらってもいいかい?」
どこだろうかと思ったがとりあえず頷いておいた。彼女はありがとうと礼をして、また歩き出した。
「ねぇ、どこに行くの?」
「清野君の家だ」
短く返ってきた答えに思わずえっと声を漏らしてしまった。清野さんの家? そんなところに行ってどうするんだろうか?
墓地を出てしばらく歩いていたらタクシーが停まっていた。彩原がタクシーに近寄り、運転手に話し掛ける。すぐに後部座席の扉が開いた。どうやらタクシーに乗って清野さんの家に行くらしい。
彩原が先に乗って続いて僕が乗る。
「お客さん、どこまで?」
運転手が訊いてきたので彩原が清野さんの家のある町名を答えた。
運転手さんがアクセルを踏むと、車は発進した。彩原は窓の外を眺めている。邪魔をして悪いと思いながらも声をかけてみた。
「清野さんの家で何をするの?」
「……彼女が学校を辞める前、私は彼女に本を貸した。それを返してもらおうと思ってね。それと」彼女はそこで言葉を区切ったが、すぐに続けた。「彼女が何で、何で死んだのかを知りに行くんだよ。いや……確かめに」
僕は大きく目を開けた。彼女の死を確かめに行く? どういうことだろうか。それはつまり……清野さんは自殺じゃないといいたいのか。
彼女はそれだけ言うと、それ以上は何も言わなかった。窓の外を眺めて、何かを思い出しているようにおし黙った。
僕は何も喋るべきじゃないと思い、彼女から目をそむけて反対方向の窓の外を見た。運転手が反対の窓を眺めている僕らを不思議そうにバックミラーを通して見ていた。
4
二〇〇八年 五月六日 日曜日 正午
ゴールデンウィークの最終日、彩原七色は清野真里亜と共にある大型スーパーの中を歩いていた。学生の二人にとっては今日がゴールデン・ウィークの最終日であるが、世間ではこの後間だ続く。そのせいかスーパーの中はいつも以上の人がいた。
彩原はクーラーのきいたスーパーの中で少しだけ汗をかいていた。その汗を手の甲でぬぐった。
「……暑い」
彼女は鞄の中から扇子を取り出してそれを開けた。無地の扇子で、中学のときに父からもらったものだ。
それで顔を仰ぐと少しだけ涼しくなる。クーラーは効いているものの、彩原はこの慣れない空気に少しだけ緊張していた。休みの日にスーパーに行ったりはあまりしない。
スピーカーから流れる静かな音楽、人々の話す雑談、店の店員が叫ぶ宣伝……それらが全てが必要以上にうるさく感じる。今すぐに大音量でヘッドフォンで音楽を聞きたいが、清野がいるのできない。彩原は友人と遊んだりする時は音楽を聞かないようにしている。
それでも、少しで良いから聞きたい。それだけで気持ちはかなり静まると思う。
前方では清野が楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いている。両手には今日買ったものが詰められた袋を下げている。
今日はそもそも、清野が彼女にこの前のお礼がしたいから何か奢ると言って、彩原をこのスーパーに連れ出したのだが、午前中は清野の買い物につき合わされただけだった。
何度も文句を言ったものの、全て受け流された。今はもう文句をいうどころか、何か小言を言う元気もない。彼女は完全に疲れきっていた。どこかに座りたい。
扇子をパタパタと揺らす。汗はおさまったものの、まだ少しだけだが暑いとは感じられた。小さくため息をつく。今日は精神的にも色々と疲れた。普段、彼女はファッションなどには気にかけない。しかし今日は清野が洋服店などで「ナナイロにはこれが似合うわよ」などと言われて、色んな服を試着さえられた。
どの服も自分には似合わないと彼女は思ったのだが、店員や清野は似合ってるよと煽ってきた。彼女としては勘弁して欲しいという気持ちで一杯だったので服を買わないと主張した。なら私が買う、と清野が言い彼女曰く「一番似合っていた」という買った服をくれた。
失礼な話しになるがありがた迷惑である。その服の入った袋が今、彼女の手にある。少しだけ重い。
しかし、買ってもらった後、彩原はやられたと感じた。奢ってもらった以上、今日は付き合うしかない。途中で帰るわけには行かない。
そんな訳で今も彼女たちはこのスーパーの中を歩いている。彩原から言わせれば何をそんなに買うものがあるのか。
扇子を閉じて鞄に閉まった。さっきから扇子を仰いでいる若い女というのが珍しいのか、行き交う人たちが妙に彼女を見て、煩わしくなったからだ。それに暑さも段々と収まってきた。どうやら場に慣れてきたようだ。
ある有名チェーン店のラーメン屋の前で突然、清野が足を止めた。そして後ろを歩いていた彩原を振り返る。
「ねぇ、お昼はここにしない?」
赤い暖簾が垂れ下がっている店の扉の前で、清野は済ました顔で彩原に尋ねた。
「随分と……こってりとしたものを。私は、もう少しサッパリした物が食べたいんだが」
彩原はその店に入ったことが無かったが、噂は少しだけ聞いていた。とんでもなく辛いラーメンを売っていると随分前に後輩である矢原君が言っていたのだ。彼女としては今は熱い食べ物は避けたい。同じ麺類なら、冷やしうどんなど冷たいものを食べたかった。
「と言っても、ここ以外は全部混んでるわよ。ナナイロ、人多いの嫌でしょう」
確かに清野の言うとおりで、先ほどからスーパーの中にある飲食店は人であふれていて、中には店の外で並んでいる店まであった。
こってりして熱いのも嫌だが、人ごみも嫌だ。今日は厄日だ。彼女は心の中でそう愚痴った。
「……分かった。この店でいい」
最悪の場合は何も食べなければいいのだ。あるいはサラダ位はあるだろうから、それだけ食べればいい。とにかく油っぽいものだけは勘弁して欲しい。
二人が店に入ったとたんに、いっしゃいませという声が店内に響いた。耳をふさぎたくなるほどの声だった。
入り口の近くにあったレジ係りであろう女性店員がカウンターの席を進めていたのでその指示に従い、カウンターの席に二人で並んで座った。
店内は中々静かだったが、客はそれなりにいた。その証拠にテーブル席は満席だ。
彩原は近くにあったメニュー表を手にとり、何か食べれるものがあるか探した。清野もメニュー表を覗き込んだ。
「ここは激辛ラーメンがおいしいってきいたことがあるわ」
そんなものは今食べれない。普通のラーメンでさえ無理だ。
「冷し中華とかが良いんだけどね」
「冷し中華ならメニュー表にも書いてあるわ」
清野がメニュー表のある部分を指でさした。そこには『店長オススメ! 激辛冷し中華』と目立つように赤で書いてある。そこまで激辛にこだわる必要も無いだろうと愚痴をこぼすと、それがウリなんでしょうと返された。
「ナナイロ、今日は文句が多いわ。いつも多いけど、今日は特に」
「私は普通にしてくれと要望してるだけだ」
「あなたに普通なんて言葉は似合わないわ」
清野は近くにいた店員に冷し中華を二つと注文した。店員が厨房に向かって「冷し二つ!」と叫ぶ。
待ち時間の間は清野は先ほど買っていた雑誌を鞄から出して読み始めたので、彩原も文庫本を取り出して読み始める。やはり読書をしていると落ち着く。
清野が読んでいたのは音楽雑誌で、彼女がファンだというアーティストが表紙を飾っていた。清野も音楽は聞くものの、最近の流行の曲などではなく、オーケストラなど好んで聞いている。だから清野が好きだというそのミュージシャンもあまり知らない。
君も少しは聴きなよと楠野に薦められたことはあるが断った記憶がある。
「……ナナイロ、あなた、彼氏とかいるの?」
雑誌から顔をあげて清野が突然そんなことを訊いてきた。特に驚きはしない。今まで何度も同性の友人たちから同じ質問はされている。そして訊かれた回数だけ、同じ答えも返している。
「いないよ」
短い返事だと思うだが、彼女にしてみればそれ以上返しようの無い質問なのだ。
「なぁんだ、期待はずれ」
清野は彩原の答えに実につまらなそうな顔をして、雑誌をテーブルに置いて腕を組んだ。
「高校生活も今年で終りなんだよ。彼氏くらい作りなさいよ」
「必要ないね。君こそどうなんだ?」
彩原の質問に清野の顔が曇った。どうやら、してはいけない質問だったらしいと彩原は察し、答えなくてもいいとすぐに言った。
今まで何度も同じ質問をされてきた。その度に彼女は君はどうなんだと尋ねてきた。興味があったわけではない、ただ一方的に質問を受けるのもフェアじゃないと思ったからだ。質問をされた友人たちの多くは「私もいない」や「現在募集中」という回答を返してくる。数人は「いる」という返答を幸せそうな顔でしてくる。
だが、清野の反応は今までの誰とも違っていた。質問にショックを受けていうるようだ。
「……私はついこの間ふられた。大学生の人と付き合ってたんだけどね。結構、いい男だったの。去年の十二月ごろから付き合ってたんだけど、一ヶ月くらい前に彼、急にいなくなった。大学もやめてて、一人暮らししていたアパートからも姿を消してた。携帯もつながらなかったし。彼の友達の人に尋ねても教えてくれなかった……。彼は私との繋がりを知らない間に全部断ち切っていたわ。それも必要上にね。よっぽど、私と別れたかったんでしょうね」
彼女はどこか遠くを見るような目つきで屋上を見上げながら淡々と話した。よっぽど悲しかったのだろう。途中から言葉が途切れ、鼻をならしていた。
「けどね……もういいの! 私も彼のことを忘れることにした」
彼女が無理やりに作った笑顔を彩原に向けた。彩原はなんと言葉をかけようかと必死で考えたが、どれだけ考えてもかけるべき言葉は出てこなかった。彼女はもういいと言ったが、そんなはずはない。今の清野の顔は今まで見てきた数多くの彼女の表情の中でも、一番悲しそうで、悔しそうで、泣きそうなものだった。
彩原自身は恋愛というものをほとんどしたことはなかった。初恋はしたが、見事に散った。それ以来は片想いでさえしてない。だから彼女にとって清野の気持ちは、今現在、最も理解できないものだった。
だからこそ、言葉はいくら捜しても見つからない。なんとか元気付けてやりたいとは思うが、それができない。その無力に腹がたつ。
少し沈黙が訪れた。二人とも口は開こうとしない。彩原に関しては、開けないという方が正しいだろう。
「……ゴメンね、変な話ししちゃって」
清野がらしくもなく申し訳なさそうに謝ったので、彩原は大慌てで手と首を同時に横に振った。
「私こそ、変な質問をしてしまって、ごめん」
「ううん。私が先に質問したんだから」
お互いに謝りあっていたところに女性の店員がお盆に二つの冷し中華を持ってきた。お待ちどうさまですと機械的にいいながら、二つをテーブルに置くと、再び機械的にごゆっくりどうぞといい去っていく。
置かれた冷し中華を見て彩原は仰天した。表面が赤いのだ。冷し中華というとスープは透明、麺も透明に近いはずなのに、このれは赤い。これが『店長オススメ! 激辛冷し中華』ということか。本当に辛そうだ。一体どれだけの香辛料を入れているんだろうか。
隣では清野がその異様な赤さに驚いている。小声で、なにこれ、と呟いたのがちゃんと聞こえてきた。
せっかく注文したのだから食べなければと思い、彼女はレンゲでスープを少しだけすくって口に運んだ。これだけの行動でも緊張する。
口に含んだ瞬間、叫びそうとまではいかないが、とんでもない辛さが襲ってきたので彼女は急いでコップの水を喉に流し込んだ。
突然、清野が立ち上がって何も言わず走ってトイレに入っていった。彼女の冷し中華を見てみると、少し食べられた痕跡がある。どうやらあまりの辛さに耐え切れず、吐こうと思ってトイレに駆け込んだらしい。
彩原自身も辛いものは得意ではなく、正直、食べるのを止めたいが勿体無いので食べ続けた。
しばらくすると口元をぬぐいながら清野が戻ってきた。顔色が尋常じゃないくらい悪い。流石に心配になって大丈夫かと問うと、心配ないわと嫌でも心配してしまう声で返してきた。
清野はその後、慣れたのか普通に冷し中華を食べていた。彩原も水を飲みながら、なんとか食べた。食べながら清野は「最近、なんか体中が痒いのよね」と頬をかいた。
「虫さされかい? もう夏だからね」
「うん。あぁ、痒い。そしてからぁい」
「辛いのは分かる。しかし……味は悪くない」
彩原の言葉に清野が頷く。味は悪くない。辛くて、さらに味まで不味かったら救いようが無いがここ冷し中華は辛さの中にも旨みがあった。それがなければ二人とも、ここまで食べれてはいないだろう。恐らく一口食べただけでリタイアしていたはずだ。
「ねえナナイロ、この後どうする?」
「まだ遊ぶ気かい」
「勿論。せっかくの休日なんだし、遊びまくりましょう」
彼女はそう言いながら、また頬をかいた。お好きにどうぞというように、彩原は両手を方まで挙げた。
5
二〇〇八年 十二月十七日 金曜日 午後四時
タクシーの料金を半分ずつ払って車から出ると、目に入ってきたのはドラマでしか見たことのないような黒い、槍が何本も立って並んでいるような門扉だった。自分の家の門じゃ一人しか一回に入れないが、この門なら二人並んで入れるだろう。
門の向こうには白い洋風の家、というより屋敷が建っている。これが清野さんの家だ。父親が病院を経営しているとなると、家も自然と大きくなるのか。
「大きいね。流石は清野家だ。名家なだけはある」
隣に立ってただその大きな家を見つめていた彩原に話し掛けると、彼女は口では返事をせず、ただ黙って頷いた。表情が硬い。まだ何かを考えているのだろうか。
いきなり清野さんの家に行きたいなんていうのだから、この家によっぽどの用事があるんだろう。
彩原は見つめるのをやめると門の隣に設置してあったインターホンに近づいて、それを押した。しばらくするとインターホンから「はい」という年配の女性の声が聞こえてきた。僕は彩原に近づいて、インターホンのカメラに入る。客人が二人いるということを伝えなければならない。
「すいません、私、彩原七色と申します。あのぉ、真里亜さんの同級生だったんです」
彩原が手短に自己紹介した後、僕も急いで最低限の自己紹介をした。
「ああそうなんですか。しばらくお待ちください」
インターホンでの会話が途切れて数秒後に、門の向こうの家から少し老けた顔の女性が出てきた。どうやらあの人が清野さんのお母さんのようだ。
彼女は内側から門を開けて僕たちにぺこりと頭を上げた。
「生前は娘がお世話になりました」
僕と彩原は同時に首を振った。とんでもない。僕は清野さんとそこまで親しくはなかったし、何か彼女の役に立ったことも無い。それなのに自分よりもはるかに年上の人に頭を上げられると困ってしまう。
「こちらこそ、仲良くさせてもらってました」
彩原がお返しにといわんばかりに頭を上げたので僕もそれに続く。清野さんのお母さんは、いえいえと恐縮した。
「それで今日は仏壇に手をあわせたくてきたんですけど」
頭を上げた彼女が良いですかと清野さんのお母さんに訊くと、彼女は勿論ですと笑顔で答えてくれた。娘も喜ぶと思いますと付け加えて。
門を通されて家に入る。外見だけではなく中もすごい。玄関だけでもかなりの広さを有している。それなのに並べてある靴はそこまで多くも無い。初めて目にする豪邸という奴に圧巻しながら僕は「おじゃまします」と小声で言い靴を脱いで家にあがらせてもらった。
奥に通されてある部屋にたどり着いた。畳の部屋で、僕は入った瞬間に洋風の家にあるんだなという単純な感想を持ったと同時に名家だもんなという自分でもよく分からない解釈もした。
その部屋に仏壇があった。静寂で電気も点けられていなくて暗いこの部屋に、まるで僕たちを待ったいたかのように、それはずしんと存在感を示していた。窓から雨が地面の打つ音が聞こえてきた。どうやら降ってきたみたいだ。
彩原はしばらく立ったまま仏壇を見ていたが、すぐに正座して鈴(りん)を鳴らして手を合わせた。僕もそれにならって手を合わせる。さっきから彩原にあわせてばかりだ。
合掌を終えた彩原が正座をしたまま、後ろに立っていた清野さんのお母さんに体を向けた。彼女も正座をして、彩原と向き合った。
「わざわざありがとうございます。きっと、真里亜も喜んでるとおもいます」
「そう言っていただけるとありがたいです」
彩原と清野さんのお母さんが談笑をしだした。話題は主に清野さんのことだ。僕は二人の会話に耳を傾けながら、彩原が何をしにきたのかを考えている。まさか本当に仏壇に手を合わせるだけのためにきたわけじゃあるまい。いや、それでもおかしくは無い。彼女としては清野さんは友人で大切な存在だったのだから。
しかしそれでは彼女がさっき言っていた「確かめに行く」の意味が通らなくなる。
清野さんは何故死んだのか。そもそも、自殺なのか、他殺なのか。自殺とすればどうして死を選んだのか。そして他殺とすれば、誰にどうして殺されたのか。
彩原たちの会話を聞いていると、どうやら清野さんのお母さんは万理(まり)という名前らしい。自分の子供に似た名前をつけるのが、子供のときからの夢だったそうだ。娘の名前を真里亜としたのは、全て一緒じゃ娘が大きくなったときに嫌だと感じるだろうと考えたから。
彩原が相槌を打ちながら万理さんの話を聞いている。彼女はどうやら午前中にお墓参りに行っていたらしい。掃除をしたのも供え物をしたのも彼女だそうだ。
万理さんは娘のことをひたすら喋り続けている。本当に真里亜さんを愛してたんだろうな。だからショックだったろう、彼女が死んだと聞かされたときは。子供が死んで悲しまない親なんていないと思う。子供の死で人生を変えた人だってたくさんいる。子供とは、親にとっては特別な存在なんだろう。
「そういえば、清野君の部屋はどうなってるんですか?」
彩原が万理さんにそう尋ねると彼女は少し複雑そうな表情をした。
「ああ……ずっと、そのままにしてあるわ。どうも、あの部屋に入るのかが怖くて」
「そうなんですか……」
「ええ。あそこが一番、娘の死を実感させられるんです」
よくテレビで死んだ子供の部屋を何年もそのままにしてある家を見る。きっとあれと同じなのだろう。部屋に行くのもいやだし、ましてや部屋を片付けるなんて出来ない。定期的に掃除して、そのままにしておく。
「もしよろしければ……見せていただけませんか?」
僕は彩原の発言に驚いて目を見開いた。何を言ってるんだ、彼女は。そんなの無理に決まっているだろう。例え友達といえど死んだ娘の部屋に入れてくれるはずが無いじゃないか。考えたら分かるだろう。
僕が彩原に無理に決まってるだろうと言葉をかけようとしたときに、万理さんが「いいですよ」と答えた。
「いいですよ。あの子、よくお友達を部屋に入れてましたから」
僕はその予想していなかった答えにあ然としていたが、彩原は即座にお礼を言った。そして部屋から出て二階へ案内されて、階段を上がってすぐのところに扉が見えた。
白い綺麗な扉。そこに『真里亜』という字が彫られたかまぼこ板が飾られている。
「これね、あの子が小学生のときに図工の時間に作ったものなんです。本人が随分と気に入っていて、ずっと使っていたんですよ」
懐かしそうに万理さんが語る。彼女は部屋に入るのが嫌らしく、ごゆっくりどうぞとだけいうと階段を降りていった。彼女の背中を見届けた後、彩原が何の躊躇もなく扉を開けて部屋に入る。
室内はいたってシンプルなものだった。正面に観音開きガラスの窓があり、部屋の隅にはシーツなどが整えられた綺麗なベッド、その横には高さが僕らの身長ほどある本棚、そしてベッドと少し離れた場所に勉強机がある。
机の上も整理されていて、教科書などが机上に乗っているという事は無く、全ての教科書類は机の本棚に直されていた。清野さんは学校を辞めても教科書は捨てなかったらしい。名残惜しかったのか。ただ捨てなかっただけか、それと捨てる暇など無かったのか。
彩原はしばらく部屋全体を眺めていた。壁にはポスターなども貼ってなくて、円形の時計だけが静かに時を刻んでいる。主がいなくなった後も、この時計はずっとこうして動いているんだろう。
僕は例え亡くなっていても、女性の部屋を無闇にいじる事などはできず、扉の近くで突っ立っていた。対して彩原は清野さんの勉強机にそっと手を置いて、ただ黙っていた。その姿はそこにいない清野さんに話し掛けているような、少し悲しげなもので、見ていて辛くなった。
「なあ彩原……」
「楠野、ちょっと質問していいか」
僕が彼女に質問しようとしていたのに、逆に質問されてしまった。
「君は、清野君の死にどう思う?」
彩原は僕の方を見ずに、清野さんの机の椅子に腰掛けた後、引き出しを一つずつ開けていった。その行動に呆気にとられたものの、僕は彼女には何も言わず、質問に答えることにした。彼女は少し非常識な所もあるが、死者を冒涜するような事はしない。だから、引き出しを開けていったのにも何か意味があるんだろう。
「どう思うって……確かに不思議ではあるけど、自殺なんじゃないかな。僕はあんまり清野さんと親しくなかったけど、彼女は他人から恨みを買うような人じゃなかったはずだよ。嫉妬はあったとは思うけど、それが殺意までになるとは……」
僕の回答に彼女は小さく一度頷いた。
「そうだ。清野君は恨まれるような人じゃなかった。殺される理由は無い……はずだよ。少なくとも、私たちの知る限りはね」
そう、彼女の言うとおり。あくまで僕たちの知る限りだ。もしかしたら僕らの知らないところで清野さんが誰かに強い恨みを買っていたのかもしれない。世の中には色んな人がいるし、僕らも清野さんの全てを知っていたわけではない。
想像したくは無いけど、彼女に裏の顔があったのかもしれない。
彩原はそれ以降は何も言葉をかけてこず、僕も彼女にかける言葉もなく、静寂が部屋を包んだ。その間も彼女は清野さんの机を色々と調べていた。もしかしたら、彼女は知ろうとしているのかもしれない。あったかもしれない、清野さんの裏の顔を。
もしそんなものがあったとしたら、それを裏付ける何かが部屋の中から出てきてもおかしくは無い。彼女はそれを探しているのか。
しばらくの間、机を調べ続けた彩原は次に本棚へと足を運んだ。そういえば、本を返しにもらにきたと言っていた。もしかして彼女が探しているのはそれなのか。
本棚には丁寧に本が並べられていた。参考書や教科書、文庫や新書などがちゃんと大きさごとに分けられてある。机の上も綺麗だったが、こっちも綺麗だ。彼女が綺麗好きだったのか、万理さんか誰かが彼女が亡くなった後に、部屋を片付けたのか。
本棚に並べられていた本を彩原は手にはとらず、ずっと見つめていた。そして一冊の文庫をゆっくりと取り出した。少し古いのだろう、カバーが痛んでいるし日焼けもしている。表紙だけ見ても、何の本かは分からなかった。
「それが清野さんに貸してた本なの?」
彼女が力なく、ああと呟いた。そして表紙をなでた後、適当にページを開く。
一瞬、栞か何かが落ちたんだろう思った。本を開いた途端、何かが床に落ちたのだ。しかしそれは栞ではなく、四つに折られた白い紙だった。彩原がそれを拾い、折りたたまれていた紙を開いた。
同時に、彼女の顔から表情というものが消えた。顔色が見る見るうちに悪くなっていき、そのまま硬直する。
どうしたんだろうか。彼女の傍に寄って、持っていた紙を覗き込んでみた。
そこにはたくさんの人名が書かれていた。苗字は書かれていなくて、全て下の名前だ。男の名前もあれば女の名前もある。一体、これがどうしたっていうんだろうか。少なくとも僕にはサッパリ分からない。
どうしてこの紙を見て彩原はショックを受けているんだ。これが何を意味している?
「楠野……」彼女が小さな声で僕の名を呼んだ。「今から、私は君にあることを話そう」
「あること?」
「そうだ。だから、もしも私の話しにおかしなところや、矛盾点が有ったら遠慮なく言ってくれ」
あることとは何だと問おうとしたが、その前に彼女が口を開いた。
「清野真里亜の死についてだ」
雨が窓を打つ音が静かに室内に響く。そんな中、彼女はゆっくりと話し始めた。
彼女なりの推理を。
6
清野万理は少し驚いていた。というのも、娘の死後にこの家にわざわざ来たのはあの二人が初めてだったからだ。娘の死はあまりあの学校には知らせていない。真里亜の友人たちには悪いと思うが、そうすることしかできなかった。
自分以外は誰もいない居間。そこにあるのは自分という存在と、娘の仏壇。そして外の雨の音しか聞こえない静寂。できれば、できることなら、ここに生きている娘がいて欲しかった。
ほんの少しでいい彼女の声が聞きたかった。笑っている顔が、怒っている顔が、拗ねている顔が、見てみたい。よくした親子喧嘩もしてみたい。
どうしてこんな結末を迎えてしまったんだろうか。どうしてこんな結末しか迎えれなかったんだろうか。方法は確かにたくさんあったろう。平和的に解決する方法であって、たくさんあって。何故、私はそれを捨ててしまったんだろう。
お前はいつまでそうしているつもりなんだ。昨晩、夫からそう言われた。いつまでと訊かれても、分かるわけは無い。いつまでもというのが、回答かもしれない。娘の死の悲しみは、恐らく自分が死ぬまでこの胸で激しく波打ち続けるであろう。
分かっているつもりではある。いつまでも悲しんでてはいけない。ちゃんと娘の分まで生きなければいけない。そう理解しているつもりではある。
今、あの部屋にいる二人は何をしているんだろうか。彼女は彩原と名乗った少女と、楠野と名乗った少年が、娘の部屋で何をしているのかさっきからずっと気になっている。部屋に入れたのは、娘への贖いの気持だった。彼女の死はそこまで多くの友人たちには知られなかったんだろう。葬儀だって親族だけで静かに行われたのだ。
あの子だって、友達と話したいに違いない。そう思って部屋に入れさせたが、本当にそれが良かったのかは分からない。
あの部屋で万理は娘の遺書を見つけた。そこに書かれていた今でも忘れないし、これから年老いていって決して忘れる事は無いだろう。
しばらくすると、階段から人が降りてくる音が聞こえた。
「万理さん」
彩原と名乗った少女が居間に入ってきた。さっきより顔色が悪い気がする。楠野という少年は彼女の背中に隠れるようにしていたが、僕は先に失礼しますというと、お邪魔しましたと言い残し、家を出た。
扉まで出迎えようかと思ったが、それはできなかった。目の前にいる少女の威圧に気圧されてしまったのだ。
「万理さん、少しお話したいことがあります」
彼女はそう言うと万理の目の前まできて、座りましょうと静かに言い、正座をした。万理はよく分からないまま、彼女に従い正座をして目の前にいる少女と向き合った。
何か嫌な予感がする。
「お話しって言うのはなにかしら」
なるべく優しい声を出す。しかし目の前にいる少女はさっきとは違い、すぐには返答しなかった。じっと、まるで睨みつけるかのように、万理を見ていた。その視線が怖くて、背中や手の平に汗をかいた。嫌な汗だ。
「真里亜さんについて、お話があるんです」
長い間黙っていた少女が口を開けて出した言葉、万理が聞きたくはないことだった。真里亜について。
しかし、あくまで平静を装う必要がある。彼女は無理矢理笑顔を作って見せた。
「あの子がどうしたのかしたら?」
「……あなたは」少女はそう言うと一度黙り、俯いてしまった。まるで言っていいのか迷っているようだ。「あなたは……殺したんですか」
沈黙が、訪れた。
今、目の前に座っている少女が何を言ったか、ちゃんと万理にも聞き取れていた。しかしそれは聞きたくない言葉だった。
「殺したって……何を言ってるんですか」
「事件はまず燃えている車の発見が始まりです。燃えていた車から、死体が発見されました。その死体は、一週間後に真里亜さんだと分かりますが、それまでの間はどこの誰かも分からないものでした。なにせ死体の損傷は激しいものでしたから」
少女は急に真里亜の事件に着いて話し始めた。怒鳴って止めてやりたいが、今は大声を出す気力も出せない。目の前の少女に恐怖を感じている。
そんな万理に遠慮などしないで、少女は話を続ける。
「車というのは事故対策で燃えにくいものになってきています。それなのにその車は非常に良く燃えていた。なんでも車内にガソリンが撒かれていたそうです。死体にも不思議なことが起きていました。下腹部に、刺し傷があったそうです。そしてその凶器の包丁も車から見つかりました。死体の損傷はそれだけではありませんでした。当然ですよね、なんたって燃えていた車の中に死体はあったんですから一時は性別さえわからなかったという話です。しかし、警察はそれでも身元を突き止めた、死体発見の一週間後に。何でそれができたか。通報があったからです。あれは娘かもしれないと、真里亜さんの父親から。そして現に、死体は彼女でした。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか。何で通報までに一週間もかかったんですか?」
ひたすら事件のあらすじを話していた彼女が話を止めて、質問してきた。何故一週間も通報にかかったのか。少し体が震えている。大丈夫、落ち着け。この質問は警察にもされた。あの時と同じで良い。
「それは遺書を見つけるのに時間がかかったからですよ」
「本当にそうなんですか。それはおかしいでしょう。真里亜さんが失踪した後、彼女の部屋を調べなかったんですか。遺書は部屋にあったと聞きましたけど。そもそも、何故一度目の家出のときは捜索願を出し、二回目は出さなかったんですか」
「あ、あなたは何が言いたいんですかっ!」
つい我慢できなくなって声を張り上げてしまった。大人気ないと分かっている。しかし、これ以上彼女の話を聞いているのに耐えられる自信は、万理の中には微塵も無かった。
「言いたい事はたくさんあります」
「ならはっきりとおっしゃってくださいっ! 私が誰を殺したって言うんですかっ。私はあの子を殺してなんかしてないわ。私は……私は、真里亜を……あの子を愛してたわ。殺してなんかいません」
そうです。万理の叫びにも彩原はあくまで冷静に答えた。
「そうです。あなたは真里亜さんを殺してなんかいない。だって、彼女は自殺したんですから」
「じゃあ、あなたは私が誰を殺したっていうんですかっ!」
万理は叫びながら立ち上がった。できることならこのまま走って逃げたい。それができればどれだけ楽なんだろうか。しかし彼女はそこから逃げる事はできない。座っている少女の話を最後まで聞かないといけない。
どれだけ苦しくとも、彼女が何を知っているのか、どこまで勘付いているのか、万理にはそれを知る必要があった。
「……分かっているでしょう」少女は真里亜の仏壇へと目をやった。「あなたが殺したのは清野真里亜じゃありません。けど……あなたは殺したんですよ。あなたかどうかは分かりませんけど、少なくともあなたは知っているはずです。……清野真里亜に子供がいたことを。そして、その子が殺されたことを」
時間が止まったような感覚に襲われる。けど、時間が止まるはずは無い。ちゃんと今も、時間は進み続けている。けど、万理の中では止まっていた。彩原の言葉を聞いた途端、彼女は全てがばれていることを悟った。
どうしてこの子はこの事を知っているんだ。なんでだ。知るはずが無いだろう。真里亜の妊娠は清野家が一族の力を集結させて隠し通してきたんだ。
体が震えている。肩の震えが止まらない。寒気がしてきた。万理は知らない間に一歩、そしてまた一歩と退き続けていて、気づけば居間の壁に背中が当たっていた。
「私は初めて真里亜さんの死を聞いたときから、あることが不思議でならなかったんです。それはですね、彼女の自殺の方法です」
無常にも彩原は話を続けた。それがまるで使命だといわんばかりに。しかし、彼女は決して万理のほうは見ないで、あくまで真里亜の仏壇を見ていた。そこにいないはずの、でもいるかもしれない、真里亜の幽霊と話すかのように。
「彼女は焼身自殺をした。それがどうも不思議でならなかったんです。なんで、そんな苦しい方法をとったんでしょうか。そもそも、何で彼女は車なんかを燃やして、そこで死んだんでしょうか。何故、清野君は燃え盛る車の中、自分を刺したんでしょうか。何で彼女は、車なんかを自らの柩(ひつぎ)に選んだんでしょうか」
彼女の口からあふれ出る疑問の数々。それの答えを万理は知っている。
「変な言い方になりますが、自殺と聞いて思い浮かべるのはリストカット、そして首吊り自殺、飛び降り自殺、最後に飛び込み自殺。この四つが自殺の方法としては有名です。しかし、真里亜さんは焼身自殺を選んだ。実はこれが私の中で謎だったんです」
「や、やめて……」
口からこぼれる言葉は情けないもので自分でも嫌になる。けど、やめてほしい。それ以上は話さないで欲しい。
「私は四月に彼女と会いました。その時、彼女は少し熱を出していたんです。だから、この近くの駅まで送りました」
万理は彼女の言葉を聞き、四月に真里亜が熱を出して帰っていたことを思い出した。あの時、真里亜は風邪だと思うといっていて、万理はその言葉を疑わず彼女に家にあった風邪薬を飲ませた。
「その時、電車の中で彼女は私にこう言ったんです。肌がカサカサしていると。まるで冬場のようだと。その時は気にもとめませんでした。そして五月、私は彼女と遊びに出かけました」
彩原はゆっくりと立ち上がり、万理の傍に寄ってきた。万理としては逃げたかったが、後ろには壁しかなくて逃げようにも逃げれなかったし、何故か逃げてはダメな気がしていた。
万理の目の前に立つ少女の顔は、苦痛でゆがんでいた。まるで涙をこらえているかのように。
「ラーメン屋に入ったんです。そこで私たちはすごく辛いラーメンを食べました。今でもあの味は覚えてます。ラーメンを一口食べると、真里亜さんは急いでトイレに駆け込んでいきました……あの時も気にはとめませんでした。けど、おかしいんですよ。私は辛いものが嫌いです。だけどあのラーメンはトイレで吐くほどのものじゃなかった。現に私も彼女も食べきりました。吐きそうになったラーメンを普通は最後まで食べませんよ。じゃあ、なんで彼女はあの時にトイレに行ったのか。あれは……つわりだったんじゃないでしょうか。肌がカサカサになるもの、痒くなるのも妊婦には良く見られる現象です。更に彼女は三月にも、体が重いと愚痴ってもいました……」
どうしてだろう。どうしてこんなことになってしまったんだろう。頭の中の整理がつかず、万理は耳を両手で塞いだ。もうどうなって構わない。今はもう、この少女の話を聞きたくない。
「真里亜さんは妊娠していた。恐らく、あなたがたはそれを六月ごろ知ったんでしょう。きっと真里亜さんはずっとそれを隠してたんです。だってもし妊娠を告げたら親になんて言われるか彼女は予想していた。間違いなく、おろせといわれに決まっている」
少女は真里が耳を塞いでも話を続けた。耳を塞いでも聞こえるように、さっきより声を大きくしている。万理は何の効果も無いと分かっていながらも両目を強く瞑った。
「だから彼女は妊娠の事実を隠し続けた」
その後も少女は話を続ける。万理は気を失うんじゃないかと思うほど、精神的に参っていた。
7
清野家を出た僕は何をどうして良いかも分からず、雨が降っている中、傘もささずにアスファルトの道を歩いていた。先に帰っておいてくれ。清野さんの部屋で話を終えた彩原にそう言われたから、彼はそれに従い、素直にあの家を出た。
彩原はきっと、自分の推理を万理さんに話しているんだろう。
清野君は妊娠していたんだと思う。そう彩原が言った時には驚きのあまり言葉を失った。彼女はいきなり何を言い出すんだ。
僕が声を出せなかった間、彼女はひたすら自分の考えを喋り続けた。清野真里亜が妊娠していて、それを親に隠していたという事。彼女自身が清野さんと遊んでいた時に彼女のとった行動をつわりだと断言した。
僕の頭の中には未だにさっきまで彩原としていた会話がリピートされている。
「清野君は妊娠を隠し続けた」
喋り続ける彼女に初めて意見がいえたのこの言葉の後だった。
「ちょっと待ってよ。妊娠なんて隠しとおせるものじゃないでしょう」
僕の意見に彩原は小さく首を振った。
「不可能ではないよ、楠野。最近のニュースじゃ子供が産まれる時まで親に妊娠を隠していたなんてこともあった。親も娘の妊娠には気づかなかったそうだ。こういう事例がある以上、隠しとおす事は可能なんだろう」
そりゃあそうかもしれないが、そういうのは特殊な例だろう。普通は娘が妊娠していたら親は気づくと思う。けど、妊娠って外見じゃおなかの膨らみくらいしか特徴は無い。もしかしたら、隠しとおす事はそう難しくも無いのか。
「けどね、妊娠だってそうずっと隠しとおせるものじゃない。彼女はあるとき、親に妊娠がばれたんだ。それが六月、彼女が学校を辞める少し前の話し。親は娘に子供をおろせというが、娘は拒んだ……それにそれはもう無理だったんだろう」
彼女が言わんとしていることは分かる。清野さんがもし妊娠いていたら、彼女の死体から赤ん坊が出てくるはずである。それが出てこなかったという事は、彼女は出産をしたという事になる。十一月に子供が生まれると仮定したら、子供ができたのは一月頃。そして妊娠に六月に気づいたとすれば、それはもう法的にはおろすことはできない。
母体保護法だ。その法律では妊娠中絶が出来るのは満二十二週までと定められている。清野さんは六ヶ月間妊娠を黙っていた。六ヶ月というと、約二十六週。もう中絶は出来ない。
しかし清野家は諦めない。
「子供を産ませるわけにはいかない。しかし中絶はもう出来ない。さあ、どうすればいいかと親は頭を抱えた。そして思いついたんだ。産まれて来る子供を、殺せば良いと」
僕は唾を飲んだ。そんな発想、狂ってるとしか言いようがない。どうしたら殺そうなどと思うのか。
「いやでも、どうしてそこまで親は子供を産ませたくないんだ? 清野家は病院を経営する程の名家だろう。経済的に問題はないはずだけど」
「名家だからこそ、その名を汚すようなことをしたくないんだよ。娘がどこの誰かも分からない男の子を身篭った、しかも十八歳でだ。世間の目は厳しいだろうな。名家というのはそういうのにひどく敏感なんだよ」
確かにそんな感じがする。よくドラマとかでお金持ちの子供たちが大人相手に礼儀正しくしているシーンが描かれていることがあるが、あれは親から教育されたこと。名家というのは、人様の目を随分と気にする。
「そこで清野家は自分の家で経営している病院に、密かに娘を入院させた。そこで出産させるつもりだったんだ。そして事実、きっと清野君は子供を産ませたんだろう」
「……ねえ彩原、それはおかしい。密かに入院させるくらいなら、いっそ無理矢理子供をおろさせればいいじゃないか。何も生まれてから殺す必要なんて無い。同じ違法でも殺人と母体保護法では」
言葉を続けようとしたが彩原が手首を振って、僕の意見を否定した。
「違うんだよ……確かに無理矢理子供をおろす事も出来ただろう。けど違うんだ。それをすると子供はおろせるかもしれない。けど確実に、母体を傷つけてしまうんだ」
「えっ、けど君の話しが本当だとしたら清野さんの両親は悪人だよ。悪人が娘の体のことなんて気にするかな」
その疑問にも彼女は違う、違うんだと首を振る。どこか苦しそうなその姿は僕の疑問を全て自分の推理で否定できてしまうことを悲しんでいるようにも見える。
「清野君は一人娘だ。他に兄弟や姉妹はいない。親が考えたのは多分、娘より何より跡取なんじゃないかと思う」
「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ何、他に兄弟がいたら清野さんを傷つけてでも子供をおろさせたっていうのかっ」
興奮のせいか語尾が強くなってしまった。彼女は僕の言葉を否定せず、だからと言って肯定もしなかった。
「仮定の話はしても仕方ない。次に進むぞ……清野君は入院させられ、無事出産したんだろう。彼女はきっと親たちが自分の子を認めてくれたと思っていたんだ。しかし親たちは、それを裏切る。産まれてきた子供を、どういう風にかは分からない。今じゃ知るすべも無い。とにかく、殺した」
話しがあまりにも浮世離れしている。そんな馬鹿なことあってたまると否定してやりたいが、この状況でこの推理を一番否定したいのは彩原自身で、彼女それが出来ない。僕は何とか否定できるところは無いか、彼女の推理が間違っていないかを気にしながら話を聞く。
「それが十一月の話。清野君がどういう経緯で自分のこの死を知ったかは分からないが彼女はきっと気づいたはずだよ。自分の親たちが殺したんだと言う事を」
その時、彼女はどう感じたのだろう。まだ十代といえど母親になりたての彼女は、産まれてすぐ殺された子を思い、何を感じたのだろう。嬉しかったはずだ、自分の子が生まれて。けどその幸せを一瞬で壊された彼女は胸に何を秘めたのだろう。
「十一月、ひとまず清野君は極秘入院か退院し、世間からは家出少女の帰宅と受け入れられた」
「なあ彩原、清野さんの親は名家の誇りを気にて彼女を極秘入院させて、子供を殺しまでしたんだろう。そんな親が子供が家出したなんて普通はいえないよ」
「妊娠より、家出のほうがまだ可愛いもんだろう。家出は帰ってくればそれでおしまいだ。けど妊娠は違う。その後、ずっとその子が生きている限り引きずるんだ。それは、清野家にとっては大きなダメージだろうな……」
ダメージとか、名家の誇りとか、そんなもののために孫を殺すのか。人道的にそれはどうなんだ。そこには何も無いのか。どんな形で産まれて来ようと、清野さんが産んだ子は、彼女の両親からすれば孫だろう。
愛情が湧かなかったのか。血が繋がっていたのに……。
「清野君は退院した後、すぐにまず準備をした。自殺の準備だよ。多分、退院する前か大雑把な計画は立てていたんだと、思う」
大雑把な計画? 自殺に何を計画する事があるんだ。
「楠野、ここからが重要なんだ。よく聞いてくれ……清野君は自殺した。しかしそれはただの自殺じゃない。れっきとした復讐だったんだよ」
「復讐?」
オウム返しになってしまったが彼女は頷く。そしてまた苦しそうに、そうだと肯定する。
「楠野、君は……自殺と聞いたらまずどういう方法を想像する?」
自殺ときいて思い浮かべるもの。まず首吊り自殺。次に飛び降り自殺。最後に、飛び込み自殺。瞬時に思い浮かべるのはこの三つだろうか。
それを彼女に伝えると、私もそうだと返された。
「それとリストカット。その四つが変な言い方になるが、セオリーだ。けど清野君はその三つではなく、あえて焼身自殺を選んだ、わざわざ、車なんかを柩に使って……」
そこまで彩原が言った所で僕は衝撃を感じた。頭の中を稲妻が駆け抜けるような感覚する。どうして清野さんは焼身自殺なんかしたのか。しかも車の中で。それが分かった。
ようは彼女にとって車は本当に意味で柩だったのだ。彼女は下腹部を刺していた。何度もだ。何でそうしたか。妊娠の痕跡を消すためだ。自殺したら警察に刺胞解剖をされる。その時に妊娠の痕跡があってはいけなかった。
それは、彼女が両親を思っての行動だ。もし彼女の妊娠が警察にバレたら、彼女の両親の罪は一気に露見する。彼女はそれを阻止すべく、自らを刺した。
しかし、それだけで痕跡が消えるかどうか彼女は不安だった。だから、車という柩を用意した。自分が死んでも、その後自分の体を壊す存在が必要だった。そのために車という柩の中で火葬する必要がある。清野さんは恐らく、そう考えた。
そして彼女の計画は成功した。警察は予想通り、あまりの死体の破損具合に一時は性別さえわからなかったという。そして下腹部の傷。これにより清野真里亜は他殺体にも見える。そうなると彼女の両親は楽だ。殺人者から、一気に被害者遺族とまでなれる。これで完全に、名家の誇りは守れる。
しかし結局他殺ではなく自殺に終わった。けど……僕には理解できない。どうしてそこまでして清野さん自身まで誇りを守ろうと、両親を守ろうとしたのか。だってそれらは間違いなく、彼女の子供を殺した存在だ。どうして彼女はそれを庇ったんだ。
「彼女は復讐を用意していた。それが遺書だ」
呆然としていた僕に彩原が次から次へと論理を投げかける。もう否定は出来そうになかった。たしかにあの疑問は気になるが、それさえ彩原は解決させた。
そう、その疑問こそが復讐なのだ。
「清野君は両親を恨んでいただろう。当たり前だね、子供を殺されたんだから……けどきっと、彼女が一番辛かったのは、子供を殺されたことじゃない」
「……そんなわけ無いじゃない。よく聞くだろう。子供を失うほどの悲しみは無いって」
「いや、ある。そして今回がそれだ」
彩原がさっきの白い紙を目の前に差し出してきた。そこには人名が書かれている。さっきは一体それが何なのか、分からなかったが今は分かる。それはきっと清野さんが生前に考えていた、子供の名前の候補だ。恐らくはこの書かれている名前の中から、選ぶつもりだったんだろう。
「ここまで……ここまで彼女はまだ産まれていない子供を愛していた。分かるだろ。彼女が一番悲しんだのは、子供の遺骨さえ手元に戻ってこない現状だ。親としてここまで悲しい事は無い。だから彼女は、それを仕返した。自分の親に。それが通報まで空白の一週間の謎だ」
衝撃が体の中を稲妻の如く貫いた。彼女は親に同じ思いをさせるため、自分も死んだ。子供の死を味あわせるために。勿論、それは彼女の自殺の目的の一つでしかない。彼女が死んだのは本当につらかったからだ。
清野さんはきっと遺書にこう書いた。
『自分は死ぬことを決めた。河川敷の近くで。警察には通報しないでください。私の骨は、あなたたちにはあげません』
実際は知らないが似た様な内容が清野さんの遺書には書いてあったろう。親はそれを一部切り取り、自殺したという部分だけ警察に見せた。勿論、筆跡は清野さん本人のものだ。
親は通報するまでの一週間、ちゃんと娘の意思を理解したのか通報しなかった。娘の悲しみを自分たちも理解しようとした。それが彼らなりの贖いであったはずだ。
しかし彼らは一週間しかその状況に耐えられなかった。自分の子が死んだという事実を知っていながら骨すら自分たちの手元に返って来ないと言う現実に、一週間しか耐えられなかった。それは親が子を愛していたからこそなる復讐。
清野さんはもしかしたら、子を失うつらさを苦しさを悲しさを、両親に伝えようとしたのかもしれない。彼女は赤い炎に包まれながら、両親がこの大切に気づくこと願ったのかもしれない。
ただそんなことは……やっぱり僕には理解できない。
「私は……」
彩原が天井を見上げた。
「私は……信じたくない。こんなこと、信じたくない」
彼女の頬に一滴、雫がゆっくりと流れていく。
8
二〇〇八年 十二月十八日 金曜日 午後五時
「嫌な話しですね」
図書室のカウンターの中で僕の話しを聞いた矢原君の開口一番の言葉。今日も図書室には結構な人数の生徒がいる。彼らに聞こえないように小さな声で、情報提供者の彼に一応は清野さんの死の真相を教えた。
カウンターの中、僕と彼は向き合うように椅子に座っていた。いつもは本でも読んでいるのだが、今日はそんな気はしない。
彩原は隣の図書準備室に篭っている。彼女の知り合いからさっき、今日は様子がおかしいと教えられた。どうしてか理由を知ってるかと訊かれたが、知らないと騙した。彼女の知り合いと言う事は、清野さんの友達かもしれない。そんな人に教えられない。
彩原が黙ってるのだってそういうことだ。傷つく人間を減らしているんだ。知らないほうがいい真実もあるのよ――。僕らが一年生の頃、当時三年生の先輩がこう教えてくれた。彼女はその教えを守っている。
「それで清野先輩のご両親は?」
僕は首を横に振る。彼がそうですかと残念がった。
「どうせなら罪を償えばいいのに。そっちの方がいっそ楽ですよ」
彩原が一体どこまで万理さんに真実を教えたかは知らない。けど、彼女だって自首を考えているだろう。清野さんの両親だってきっと彼女を愛してた。だからこそ、警察に名乗り出たんだ。
愛しているならきっとこの現状に苦しんでいるだろう。僕もできることなら自首して欲しい。彩原が言っていた。物証なんて何も無いから、彼らに残された道は黙っているか自首のどちらかだと。どっちを選択したって結局は苦しむ。それが罰だろう。
彩原は彼らの自首を望んでいる。それが清野さんのためだと思っているんだろう。僕もそれを願う。彼女はそうしてほしいからこそ、万理さんに真実を突きつけた。そして「第三者が真実を知ってるぞ」という現実を見せしめた。精神的に自首へ追い込んだが、彼女に出来るのはそこまでだ。あとは本当に彼ら次第なのだ。
「彩原先輩はかなり落ち込んでましたね」
「そりゃそうだよ。仲良かったんだから」
「ですね……。じゃあ楠野先輩」
そう言うと彼は急に立ち上がって僕の腕を掴み、立ち上がるように促した。よく分からないが指示に従うと、両手を肩を乗せられ、真剣な顔を向けられた。
「落ち込んでる彩原先輩を今慰められるのは楠野先輩、あなただけですよ。わかってるでしょう。僕はここにいます、図書室の事は忘れて、慰めてきてあげてください」
「えっでもさ……」
嫌というわけでは無い。慰めれるものならそうしてやりたい。けど、そうできる自信が無かった。彼女のあの落ち込みようは異様だ。慰めるのには時間が必要だろう。
「言い訳はいいんですよ。誰か傍にいてあげないといけないんです。それができるのは先輩ですよ。僕が行っても仕方ないでしょ? 行きましょうか? 横取りしちゃいますよ?」
「何が横取りなんだよ。そんなこと行ってる彼女に愛想をつかされるぞ」
「大丈夫ですよ。穂乃香は優しい」
穂乃香とは矢原君の年下の彼女のことだ。ちなみに彼はその彼女にベタ惚れである。図書室でもたまにイチャついている。そう言っても矢原君が一方的に、だけど。
けど、そんなのはどうだっていい。
彼の言う通りだ。彩原を一人にさせたくない。強そうでしっかしてそうな印象が強い彼女だが、どうしようもない位心が弱いのだ。けどそれは優しさだと僕は思う。他の誰より人の気持ちを理解しようとする。悪い癖だと本人が言っていた事があるが、そんなことは無い。
けど、その癖のせいで彼女が多く傷ついてきた事は事実だ。今もそうだ。
図書室を矢原君に任せて僕は準備室に入った。いつもノックしろと言われているが、どうせしたって返答は無いんだ。だから黙って入った。準備室には一切明かりが着いていなかった。
暗闇の中、彼女テーブルの椅子に腰掛けている。いつもなら音楽を聞いているのに、本を読んでいるのに、今日はただ座っているだけだった。僕が入ってきたのを見ても文句も言わない。いつもなら口うるさく、嫌味を口にするのに、今日はしない。
扉を閉めるとは一気に無音になった。僕は彼女にどう声をかけていいか分からず、黙ってしまう。これじゃ慰めるなんて到底無理だ。
「こんな感じだったよ……」
彩原がいつもよりはるかに覇気の無い声で呟く。
「こんな感じだった。清野君と最後に会った日も、こうだった。彼女もノックもせず入ってきてね……どうして私は、その時に気づいてやれなかったんだろうね……友達だったのにね」
彼女から目を背けたくなる。彼女はいつもこうだ。何から何まで自分のせいだと思ってしまう。そうじゃないって言っても聞かない。塞ぎこんで落ち込んで、その孤独に溺れる。見ているこちらとしては悲痛でしかない。
「彩原、清野さんは妊娠がバレないように振舞っていたんだろう。だったら気づかないのも仕方ない」
「じゃあ……じゃあ何だっ!」
彼女が目の前のテーブルを力いっぱい拳で叩いた。大きな音が響く。彼女がこうやって感情的になるのは何度か見た事があるが、やはり驚いてしまう。
「じゃあどうして私は気づいたっ。知らなくて良かったのに、何で知ったっ! いつもそうだ。いつだって……いつだってそうだっ! 私が事実を知るのは、いつもいつも、何かが起こった後だっ。それじゃあ、手遅れなのにっ!」
彼女がまた手を振り上げたので急いで駆け寄りその手を掴む。運動もろくにしない華奢な体じゃ、そんな強い力を加えると簡単に怪我をしてしまうかもしれない。彼女が抵抗するが力は僕の方があるので、飽きられめて力を入れるのをやめた。
「あのさ彩原また今度お墓入り行かない?」
何を言っていいかも分からない。だから僕は、今僕らがしたほうがいいと思うことを彼女に提案した。清野さんはきっと彩原にこんな悲しんで欲しくは無いと思う。彼女はまた彩原と笑顔で話したいだろう。
「この前はほんの少ししかしなかったじゃん。今度またしようよ。話したいこと、あるでしょ?」
振り上げた手を掴んでいるせいで僕は彼女の後姿しか見れない。それでも彼女が頷いたのは分かった。それを確認して掴んでいた腕を放す。
「彩原、まさかその時に泣き顔で行くわけ? きっと清野さんに笑われると思うよ」
だから今泣いておいたほうがいい。そう言いたかった。彼女が深く俯く。そして小さな嗚咽を漏らした。強がりで、泣き虫。それも彼女の特徴だ。
僕は彼女の横に立って、彼女の泣き声を聞いていた。ぎこちない手つきで、俯いていた彼女の背中をさすり、どうかまた元気になってと願う。
9
二〇〇八年七月四日 金曜日 午後五時三十分
彼女が入っていたことに気づいたのは気配だった。準備室のテーブルの椅子に座りながら、いつも通り本を読み音楽を聞いていた。視覚と聴覚という五感の二つのを使っていた彼女が、こっそりとなるべく音をたてずに入ってきた清野真里亜に気づいたのは、扉付近に気配を感じて、それで顔を上げたからだ。五感と第六感の活用。
見つかった清野はあっちゃーと声を上げる。
「ナナイロ、意外と鋭いよね。体育の時はのろまの癖に」
本人が学校生活おいて一番気にしていた事をいわれたので彩原は清野を本気で睨んだ。
「あら怖い。目で殺されそう」
「……目で殺すの意味が違うだろう」
「ふふ。そんなこと無いわ。本来の意味で殺されそうよ」
着けていたヘッドフォンを外し首にかける。
「あのな清野君、ここは一応図書委員意外は立ち入り禁止だ。しかも図書委員の皆にも言っているが入るときはノックをしろ」
色々と説教でもしてやろうかと思ったが予想外のことに清野が頭を下げて、ごめんなさいと謝ったので怒る気が失せてしまい、もういいと誤魔化した。
「あのさ、ナナイロ……私、学校辞めるの」
一瞬、何を言われたかは分からなかった。ただすぐに理解して、どうしてだと理由を問う。
「家の事情でね……それで今日は、お別れの挨拶に来たの」
彼女があまりはっきりと説明しないことから彩原は、言いたくないのだと察した。だから問い詰めもしなかった。その事を十二月になって後悔するなど、流石の彼女も想像していなかった。何が何でも問い詰めておけば、もっと別の未来が用意されていたかもしれない。
「そうか……」
「うん。だからナナイロ、今まで色々ありがとうね。四月に送ってくれたことは本当に感謝してる。五月に一緒に遊んだのは永遠の思い出だ……ホント、ありがとう」
彼女がまた頭を上げる。彩原は持っていた文庫を閉じると、立ち上がって彼女の傍に立つ。そしてその本を差し出した。差し出された清野は怪訝そうな顔をする。
「私からの餞別だ、受け取ってくれ」
「けど読みさしでしょ。読まなくていいの?」
「あのな、君」
これから言う事が恥ずかしくて、彩原の顔は自然と赤くなった。彼女はは照れ隠しに頭を掻きながら、早口で言う。
「今生の別れってわけじゃないだろう。また会うとき、返してくれ。だから私はその本の続きも読みたいし、君にもまた会いたい。これは再会の約束だ。受け取れ」
言った自分の顔はどれほど赤くなっているだろうと彼女は心配した。そんな彼女の顔をまじまじと見つめていた清野はははっと大声で笑う。
「ナナイロ、顔真っ赤だぁ。はははっ!」
「も、もういいっ!」
笑われて更に赤くなった顔。彼女はあまりこういう事を言うのに慣れていない。清野は腹を両手で抑えて、大声で笑っている。彩原、ぎゅっと拳を強く握りしたが、瞬時に冷静になり拳をといた。
しばらくして清野は笑い収まったが、まだ小さく笑っていた。それでも差し出された本を受け取ると、胸に抱いた。
「分かった、約束よ。また会おう、捻くれ者のナナイロ」
「まだ言うか……」
清野が無言で右手を差し出してきたので彩原はすぐにその手を握り返した。そして握手をした後、そのまま合図をしたわけでもないのに指切りをした。嘘ついたら、針千本のーます。
お互いにその指を放すのがつらかった。それでもゆっくりと、ゆっくりと指を解く。
「じゃあ、またね」
「ああ、またな」
泣かないように絶対に無理をして作った笑顔で清野は準備室を出ようとした。扉の前で一度立ち止まり、彼女を見つめる。そして優しく微笑んだ。これは作ったような笑顔ではなかった。
「バイバイ」
小さく手を振って彼女が出て行く。その背中に向かって彩原が手を振り返した。
それが彩原七色が聞いた最後の清野真里亜の姿であり、最後に聞いた声である。彼女が再び清野真里亜の顔を見るのは十二月の初め。後輩である矢原春風が彼女の訃報を届けに写真を持ってきたときである。
〈赤の章〉――彩り、終了。
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2008/08/20(Wed)23:56:40 公開 / コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
ストレートでライトなミステリが書いてみたいなぁということで書いたのがこの作品です。昨年の十二月ごろ思いついたもので、一度50枚程度のものに仕上げたんですが満足が出来ず、加筆と訂正をしていたら量が倍となってしまいました。読んで下さった方、お疲れ様です。そしてありがとうございました。
ライトにしようと思ったのに明るくも軽くも無いものになってしまい、その辺は残念です。
この作品は探偵役のキャラの名にちなんで七部作にしようかなと思っています。勿論、取り扱う「事件」は一つ一つ違うもので、登場人物(ワトソン役と探偵役)だけ同じにしようかと考えています。どうなるか分かりませんが。
ちなみにこの作品の最後の方、図書準備室での楠野と彩原の会話。あの中で彩原が叫ぶ言葉は、自分自身がミステリ小説を読んでいて時々思うことです。探偵役の嘆きを書いてみました。
今冬にでもこの作品の二作目『女神の剣―青色の瞳―(仮)』を投稿したいと思っています。そのときも是非宜しくお願いします。