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『魔術と覇術 第一章 完』 作者:神楽時雨 / 異世界 ファンタジー
全角32405.5文字
容量64811 bytes
原稿用紙約96.55枚
 暗い…どこまでも暗く深い森の中、時折小さな光が浮かぶ。蛍火のような儚き光は、弾きあう金属音とともに発生している。
そして聞こえてくるのは人間の荒い息遣いと草木が風によって揺れる風音。
 幾度も打ち合っている二人の人間は対照的なまでに体格が違う。片方は長身で横幅もある男性で、手に持っているのは刃渡りだけでも大人一人分はあるだろう片刃の剣。もう片方は身長はおそらく150もないであろうどう見ても子供…いや、女の子という表現が正しいだろう。あわよくば然るべき教育を受けさせるべき年代であろう少女の手には、身丈ほどもある十字架をあしらったと思しき型の両刃の剣を半ば引きずるように持ち、向かってくる巨漢の人物の一撃を上手い具合に後方へとそらしている。
 何度か打ち合った後、男は不意に距離を開けると、おもむろに片手のみで紋を結び単独詠唱を開始する。普段はよく火を起すために用いる呪文だが、男の詠唱はそれに呪焔を含ませた詠唱であった。
『われ四聖の元素に願い請う者なり。火の聖に願いしは永久に消えん魔の炎、敵を滅ぼす炎呪なり!』
 男が手を前に翳すと、周りの大気から槍の形に集約された紅蓮色の物体が現れた。
 負けじと小柄の人間も十字架の形をした剣を地面に突き刺し両手で印を結び詠唱を始める。しかし少女の詠唱は男とは違い、詠唱前にポケットから1つの小瓶を取り出し地面へと落としてからの詠唱だった。
 少女の呪文は単独ではなく媒介式。単独と違い即興性には劣るものの、安全性、信頼性、何より身を守る術としては最良の選択法であった。
『四聖がうちの水の木や、我不足なり爪と盾、攻め守らんと張る祈り。常世生ける者たちに、今こそ力貸し与えたもう!』
 やや長めの詠唱を早口で唱え、聖霊との契約を結ぶ。
 そして男から炎で形作られた槍が無数に飛んできたが、刹那の間で少女の張った木の障壁が槍の進行を食い止めた。
 男は苦笑いを浮かべつつも2発目の詠唱を頭に入れながら断続的に槍を放ち続ける。
 そう…男は考えていた。以前、少女の姉を殺した時もこんな状況が起きていたからだ。その時男が障壁を築き、女が攻めるという展開であった。
 そして男は四聖のうち二聖の混合魔法で相手の攻撃を看破し止めをさすことが出来た。今回も同じパターンになりつつある。
 相手は媒介式だが、こちらは単独しか聖霊契約をしていない。魔力消費は相手よりは少ないが混合魔法に転化されると一気にこちらの不利になる。
 よって男が取る方法は1つだけ。量より質に絞った一撃必殺一点突破だ!
 複数に散らせていた槍を収束し、巨大な一本の槍へと変え相手の木の障壁へと照準を合わせる。これなら木属性である障壁も一撃で粉砕できるだろう。もっともそれ以前に相手の木の障壁は今までの攻撃ですでにあちこちボロボロになっているので、これだけの攻撃を食らったら炭すら残らないかもしれない。
「恨むなよ小娘…」
 男は小さな呟きとともに巨大な槍を少女の障壁へ向かって放った。
 巨大な炎の槍は、炭となりつつある木の障壁をそれこそ塵芥にしてその奥にいるであろう少女へと迫る。
 そして、もはや人の出入りはないと思われていた深き森の中、一瞬だが巨大な光が空へと昇った。

 始まりは四百年前まで遡る。
 世の中は魔術師と呼ばれる術者と覇術士と呼ばれる術者が数多く存在していた。昔からの掟で術者の家庭に生まれた子供は、体のどこか一部分に魔術師か覇術士としての刻印を刻まれる。
 魔術師とは、西洋を主に信仰が厚く、『四聖』つまりは四大元素や四大聖霊と呼ばれる精霊たちと会話しその自然の力を借りて物事を行う者達の事である。
 覇術士とは、東洋や中東を中心に信仰が厚く、『五行』と呼ばれる自然そのものの力を利用して力を得る者達の事である。
 一時期は互いの信仰心の違いからしばしば衝突することがあったが、一昔前の忌まわしい大戦以来、両国ともに敵対している術士の技、技法を研究するようになり、二種類しかなかった術士はさらに多様な力を経て広がり、そして普及していった。
 東洋では陰陽道といわれる五行には無い光と闇、陰と陽といった自然界の中でもさらに特異な性質の力を得るといった術士の集団が現れるようになった。
 西洋では四聖や五行といった非科学的な力に頼らず、人間たちの手で生み出した人工的な力による暮らしを目指すという錬金術師という者達が現れ、世界には今や数えられないほどの術者達で溢れ返っていき、いつしか魔術師、覇術士という存在は薄れ、そして吸収されていったのだった。

 物語はその忌まわしき大戦の三年後の物語である。

 一人の少女が一面に咲き誇るラベンダー畑で無邪気に走り回っている。すぐ後ろには犬が寄り添うように後を付いていく。その光景は端から見れば微笑ましい光景にも思えるが、ラベンダー畑の真ん中ではそんな少女の姿をまるで無視した重苦しい空気が周囲を満たしていた。
 ラベンダー畑の真ん中にそびえ立つ一本の樹齢三百年以上もの巨木は、心地良い日陰とやさしい雰囲気を周囲に醸し出すのだが、その下に用意されているテーブルイスに鎮座する二人の老貴族はそんな雰囲気を一蹴してしまうほどに重々しく、そして圧倒的なまでの存在感を周囲に満ちさせていた。
「では…こちらとの交渉は決裂…そう受け取っても差し支えないかな?」
 先に場の雰囲気を変えたのは、向かって右側にいる禿頭が目立つ小太りの老人だった。眉をひそめて怪訝そうな顔を見せてはいるが口元にはかすかに笑みが見て取れる。
 向かい側に座っているいかにも『紳士』という風貌の白髭の老人はさも当然とばかりにフン!と鼻をならして当然だと告げた。禿頭の老人とは違いその顔つきには目に見えて怒りの表情が読み取れた。
「遠路はるばる覇術協会の頭目が来たと思えば『共に結託して魔術と覇術を今一度普及させよう』などと、裏を返せば貴様らの軍門に下り手助けしろ。とそういう思惑なのだろう?」
 そう…、今目の前に座っているこの二人こそが三年前の『覇魔大戦』と呼ばれる百年戦争のおり、両協会の中心人物とされた大頭目なのだ。
 察しが早い。と口では言わないが、禿頭の老人は返事の代わりに小さく指を振ることで、その考えが多少違うということをアピールした。
「軍門下れの云々の件は間違いだが、我々としては今一度、魔術と覇術を世界に認めさせることこそが必要と判断したわけだ。君とて人生の半分以上を費やしてきた秘術が、改造され、卑下され、無視され、そして忘れ去られていくのは耐えられまいて?」
 禿頭の老人は横に置いてあった鞄から数枚の書類らしき紙束を取り出して老人へと手渡した。
 最初は疑った目つきで書類を眺めていた老人であったが、幾枚目かの書類に目を通すたびに、その目は次第に悲しみと怒り、そして憎しみへと変わっていった。
「覇術の…この書類に嘘偽りは?」
 苦虫をかみ殺したような顔で発せられた押し殺した声は、目の前の覇術協会の頭目ですら冷や汗を掻き生唾を飲ませるほどの威圧感であった。実際にその瞬間だけは小鳥たちの囀りや風の音草木、木の葉の一枚に至るまで完全に動きを止めた。
「ない。私も道中確認しながらこちらへ来たが、その書類どおりのひどい有様さ」
 テーブルの上に両肘を置き、腕を組みながらこちらを真剣な眼差しで見つめてきた。先程と違って人をからかう様な雰囲気は微塵も感じない。
「どうだい?書類に書いてあった場所のひとつはここのすぐ近くの領地だ。近いうちに私の部下たちが制圧にかかるが試しに見学にでも来ないか?東洋では百聞は一見にしかず。っていうことわざがあってね?文で見るよりも実際に目で見たほうが説得力があるという意味さ。すぐにとは言わない。返事は来週の月曜、場所はフリキンス領内にある嘆きの橋でってことでよろしく頼む。共に目指すものは同じであることを。我がライバル〈イグニール・フォン・ギルバード〉伯爵」
 告げて禿頭の老人は似合わない山高帽を目深にかぶり、席を離れ去っていった。
 ギルバードと呼ばれた老紳士は、目の前の老人の姿が完全に見えなくなるのを見送ってから深いため息と共に女性の名を呼んだ。
「アイシャ」 そう口から出た言葉と相手が姿を見せるのはほぼ同時。背後のラベンダー畑から不意に出現したアイシャは周りの空間に溶け込むようなラベンダー色の装束にみを包んでいる。
「お父様。奴は何を手渡した上での共闘、見学などという腑抜けた言葉を投げかけてきたのですか?」
 ギルバードは、アイシャの言葉に無言の沈黙を決め込みながら渡された書類の中から一枚をアイシャに見せた。
 手渡された文書を読んでみるアイシャ。自国の文字や近隣諸国の文字程度ならある程度理解できるが、彼女は覇術士を嫌悪し文字を読むことすら嫌っていた。文書の文字は一部分だけ覇術士の使用する東洋の文字になっているがそれ以外はアイシャでも読める自国の文字へと変換されていた、恐らくはお父様が直してくださったのだろうとアイシャは思う。父の、ギルバードの得意分野は文字による言霊術で世界の文字を研究し読めない文字はないとまでされた人だ。書いてある文字を訳するぐらい訳ないだろう。
 内容は見ていて胸糞が悪くなるような最悪の内容だった。
「近くの領土で覇術士と魔術師の集団が共闘して国を乗っ取った!?」
 アイシャの驚きと共にギルバードが苦々しい顔つきをする。アイシャにとっては魔術師が覇術士と共闘などという話が信じられないことであり、ギルバードにとっては魔術師が山賊めいた行動をとっていることも怒りの種であった。
 アイシャはしばらく書類に書かれていた内容を唖然と眺めていたが、不意に書類を握りつぶすと「信じられん!」と呟く。
「内容もそうですが如何せん国を乗っ取るという行為が理解できない。高尚なる魔術師が覇術士などと手を組むなど!これでは魔術師としての威厳と格が地に落ちてしまうではないか?!」
 そこまで言ってアイシャはふと気づいてギルバードを見つめる。
「まさか…!?」
 アイシャの呟きにギルバードは小さく頷く。
「戦争の生き残りの魔術師、その中には四大聖霊との高尚な会話をこなせるだけの水準に達している術士たちもたくさんおった。覇術士連中とて同じだ。ゆえに互いの術を研究し新しき技法を身に付けた者たちとておったのだ。それらが戦時中行方をくらまし、あまつさえ覇術士の連中らと密接に会合し、力を高めていったのだとしたら?」
 簡単な推測だ。とギルバードは鼻を鳴らし言葉をつなぐ。
「これはおそらく、その者達の新らしき新宗教の設立とでもいうのだろう。魔術師や覇術士のローブを身に纏っているのは我々への挑戦のつもりか?いい度胸だ…」
 国を1つ潰してでも成し遂げたい目標でもあるのだろうか?とアイシャは思う。だがその考えを無駄な事だと結論付け、頭を振る。
 彼女にとって師であり親でもあるギルバードの言葉は絶対だ。彼女にとって父が敵と言ったなら敵、仮に以前己の背中を任せ、共に戦った仲間だったとしても、父の敵に回り衝突しようとするのなら、それは殺すに値する敵でしかなくなる。
 アイシャにとって敵とは己に牙を向け、父に牙を向ける輩以外の何者でもないのだ。
 魔術師としては珍しい探究心が無く、父の高みを見届けるのが己の生き甲斐であると自覚している。それがアイシャのアイシャたる根源であった。
 ギルバードは数ある書類の中から魔術師だけを抜き取るとそれらの人物の顔をじっと見つめる。
「彼らも自分の目標があっただろうに、くだらん事で思想を壊し先代の成果を蔑ろにするとはけしからん!」
 続く言葉はアイシャにとって運命を変えることになる一言だった。
「各地にいるAランクの魔術師をできる限り集めろ。覇術士の連中にいいように使われるのは御免だが我々は奴等とは別に異端狩りを開始する。」
 告げた言葉はアイシャの胸に強く響いた。威厳ある声音、拒否権を与えさせぬ絶対遵守の迫力。ギルバードが本気なのは誰が見ても明らかだった。
 恭しく頭を下げるアイシャを尻目に先程までラベンダー畑で戯れていた少女と犬の名を叫ぶ。
「フェイト!ヘルガ!」
 叫びは最初にヘルガに届いた。ヘルガはラベンダーの海に寝転がっていたフェイトを鼻先でつつくと一目散に主の下へと走り出した。
フェイトもヘルガの行動のすぐ後にギルバードの元へと駆け寄っていく。
「ヘルガ、貴様の使命は何だ?」
 ギルバードの言葉にヘルガは犬の身ながら人の語で答えた。発せられる言葉は重く、しかし力強さを感じさせる声だった。
「我は器なる運命の『モノ』を守り抜く。ただそれだけだ」
 その言葉にギルバードは重く頷く。そしてフェイトを見つめ同じ事を問うた。
「私は器なる者。お父様の夢を叶える願望器であり絶対的な命題を超えうる存在」
 ギルバードはフェイトの顔を見ながらさらに言葉をつなぐ。
「ゆえにお前たちは対となり、来るべき時にてその役目を果たしてもらう。そのための存在であることを忘れるな」
「「主の望みのままに」」
 一転してあどけなさの消えた少女と人語を介する犬は、共に片膝を付いて目の前のギルバードへと敬愛をこめて頭を下げた。
それを見たギルバードは身を翻すと、無言を決め込んだままアイシャたちの元を離れていった。

 ギルバードの姿が見えなくなると、アイシャは先程までとは違うやさしい目つきでフェイトとヘルガを交互に見つめる。
 お父様はあんな言い方をしていたが、心の本音を言い出せないのはわかっている。
 フェイトとヘルガは、父が戦争時に失った亡き息子と母を媒介にして生み出した禁忌中の禁忌、『人体練成』の産物だ。
 覇術士の肉体強化を主体とする術式と錬金術という新しいジャンルの技術を応用し祖体の再構成を図り、東洋の陰陽道でもっとも個人の魔力が上がる日を選ぶ。さらには魔術の基礎である四大聖霊との永続隷奴による契約という離れ業を用いて完成された術式を使用して作り上げた『人造人間』
「しかし…」
 媒介として己の髪の毛と血、そして片目を失ってまで実行し、成功されたと思われた二人は、哀しいかな『記憶がない』状態だった。
「記憶がない二人をみてお父様がどんな気持ちだったかはわからない。しかし、二人のことを思っているのは間違いない」
アイシャは二人を抱きしめるとそっと頬に口づけする。愛しみをこめた口付けを二人は、いや、一人と一匹はくすぐったそうに受け止めた。
「いってらっしゃいませ御姉様」
 フェイトのその言葉に苦笑いを浮かべながらアイシャはギルバードの後を追って身を翻した。
「戦争なんてもうたくさんだ。お父様の苦しみは私が晴らす!」
 アイシャの胸の中には、父の所業の成就と平和な世界の中でもう一度元に戻った母と弟と四人で暮らすことを、己の知らぬうちに望んでいたのだった。

 戦争…それは負の象徴の出来事にして歴史の分岐点、大きなものになるほど規模は広がり近隣諸国の歴史にまで支障をきたす。
 世界とは、そうやってたやすく書き換えられ、後世の人たちにまで負の惨禍を語り告がせる。
 それは人という身で生きる限り起こりうる障害であり、避けて通ることはできない事象である。
 真紅の覇術装甲服を身に纏っている初老の男、覇術協会の最高責任者にして前大戦時『煉獄の穿孔』と異名を取っていた男、ギルバートと対を成し、幾度となく視線と死線を交わし合っていた覇術士中最強と謳われた男。『刹那 燈紅(せつな とうこう)』という名を持つ覇術士は戦争についてそう考えていた。
 今、燈紅が眺めているのは先日ギルバートに渡した書類に書かれていた国の一角、最も都市とは離れている村である。
 見渡す限り牧場しかないように思われるが、よく見れば家の付近に覇術士や魔術師の装甲服に身を包んだ男たちが身を潜めている。
「どう思うかね?」、燈紅は背後に控えている共に連れて来た新米の覇術士たちに対し問いかけた。
 一人の覇術士が手を挙げて意見を述べる。「敵の装束から見分けるのは簡単、しかし魔術しか覇術士か判断するのは早計かと…」
 なぜ? 「敵味方が入り乱れている場合、服装で判別する事ができます。しかし相手は二系統の術士の混合部隊。素性も知れませんし、もしかしたらあの服装も我々を欺くためにわざと服装を取り換えている可能性があります。」
 その覇術士の言葉にうんうんと大きく頷き、「正解だ」と答えた。
「よって我々は魔術師が来るまでは見張りと索敵を主に行動する。一点突破が覇術士の基本だが頭を使った行動がなければ突破できん道もあることを知るには良い機会だ。せいぜいこの久々の戦いで実力をつけることだ」
 燈紅の言葉に新米術士は一斉に己の持ち場へと戻っていった。
 その後、ギルバート達魔術師の一団が到着するまで六日かかり、諸所の役割を決め配置に着くまでにさらに四日と、計十日間の下準備と共に、乗っ取られた国への侵入、異端狩りの作戦は決行された。
 これは後に忌まわしき大戦の再来になる事件でもあった。

 ここで話は一旦作戦決行の一ヶ月前に遡る。
 乗っ取られた国の元の名前は『ブリテン』。刀工と魔術師、覇術士が密接に関係し、武具職人の聖地とまで言われた都市であった。その技術は最近普及し始めた錬金術の工程とよくにていて、刀工が鍛え上げる武具に媒介式で使用する素材を術式と共に練りこみ、魔術師や覇術士が術式を唱えながら刀工が武具を打ち刀身や防具の装甲に満遍なく循環させて魔術的、覇術的防御を底上げさせる。そういう技法が国内で編み出された。
 無論この術式は職人内の秘法とまでされ、一般公開はもちろん国外への流通もされてはいない。魔術師や覇術士とて国内では敵対することを禁じられ、厳しい管理下の元、刀工と共に己の技法を磨くことに精進していた。
 つまりはブリテンとはどこの所属にも属さない閉鎖的な共和国ということになるのである。
 無論、国外へ出回らない防具の使い道としては国内の防衛、近隣諸国への牽制の意味も込められている。
 魔術師や覇術士、それに一般の騎士団にとってさえもブリテンの技術力は他の国々の追々を許さないほど上を行き、迂闊に近寄れば全滅もありうるまでに強いと知っているために近寄らない。
 今ではどこの国でも魔術師、又は覇術士のお抱え部隊が存在し、一般の騎士団の存在が蔑ろにさえされている国すらある。
 魔術師とは孤高であれ。覇術士とは強者であれ。国によっては両方の術者を抱えている部隊もあるようだが余程の大国でもない限りそんな無茶はしないのだ。
 なぜなら争いの火種と部隊の維持費がひどくかかる。魔術師も覇術士も己の研究に貪欲であり、尽きることの無い探究心は常に金に困る。国の予算とて無限ではなく以前両方の術者を抱えた国が経済破綻したという話すらある。
 その点を含めて刀工を主流としたブリテンは異質であり他の国から見ても深い意味で強い国であったのだった。

 
 歴史が深くそれでいて秘密の多いブリテンが、燈紅とギルバードの会合があった日からおよそ一ヶ月程前、何者かの集団によって突然壊滅的な打撃を受け、乗っ取られたという報告が来た。
 突然の出来事だったが、燈紅としてはブリテンの乗っ取りよりも、あの技術力の塊ともいえる装備で身を固めている魔術師、覇術士の部隊を突破したこと。
 そして後続から来た連絡でわずか数十名、しかも全員魔術師あるいは覇術士の装束で身を固めた集団だったことに驚きを覚えた。
 元々燈紅としては自分の力、敵として見ていた魔術師連中は己の研究対象として見ていた為に、その行動には関心を抱いた。
 燈紅の関心はその後の報告に更なる拍車をかけることになる。各地で同じような手口で村や国が被害を受けていると連絡が来たのだ。
 ことごとくその国自慢の精鋭覇術士部隊、魔術師部隊を全滅させ、しかもそれを行ったのは知る限りの情報ではたった三人、覇術士の装束姿をしている2mは超えるであろうフルフェイスの大男と、魔術師の装束を身に着けている大男の腰ぐらいまでしかない銀髪の少女、そして金色の髪と赤褐色の鋭い眼光が特徴的の170cmを超える程度の蒼い騎士服に身を包んだ青年。どこの地区から送られてくる情報も同じような特徴の人物が目撃されており、同一人物の信憑性は高いと判断された。
 燈紅はしばらく間をおいて状況を整理してから、魔術師のギルバードへ集めた情報の“一部”を改竄して渡した。燈紅自身が考えた作戦は六割方成功。
 そして魔術師が到着し準備が整い異端狩りが開始された今現在、燈紅は目を付けていた三人の内の一人と対峙していた。 
 ギルバードは思慮深い。 彼を知る魔術師たちは揃って同じ事を口にする。
 非凡な才能を持つ者が十日かけて完成させる術式をわずか一日で完成させ一段階上の術式に作り変える。
 万物の文字情報に精通し、読解できない文字は無く、その域に達するまでわずか十八年という歳月で上り詰めた男。
魔術師は彼の二つ名を『統一(スペルマスター)文学者』と呼び、覇術士はギルバートの事をその戦闘スタイルから
『黒文字(スペルデビル)の悪魔』の異名をとることになった。
 彼にとって魔術とは知識であり先代からの尊き遺産である。彼とて先代から受け継いだ秘術を学び発展させた土台があってこその今の地位である。
 物事にはゼロに至るまでの過程が存在するとギルバートは考えていた。
 今回の事件に際し、彼も独自に調べ上げた結果、前大戦時からたびたび幾人かの魔術師が覇術士と密会していた事が発覚した。その内の一人を捕まえ拷問したところ 『ある場所へ行くための秘術がブリテン他幾つかの国に隠されているらしい』と魔術師は吐いた。
 真偽の程は定かではないが、アイシャの拷問に耐えかねた上での自白は信憑性が高いとギルバートは思っている。
 ゆえにその後の行動は極めて迅速かつ隠密に事が運ばれる形となる。
 各魔術支部への伝令及び人員の召集、敵戦力の千里眼を用いての調査、他累々の作業を五日で済ませて六日目で覇術士達と合流し四日かけて処々への人員配置及び異端狩りの術式を全魔術師に配布した。
 ギルバートには夢がある。あの日を取り戻す事。その悲願、禁忌を犯してまで手に入れた神への挑戦。そしてその結末を知り、彼は己を知った。
 どんなに言霊術を会得しても、四大聖霊の永続隷奴の契約を行ってさえも、憎き覇術の術式を用いて錬金術師共の技巧を駆使してさえも、彼の挑戦は後一歩届かなかった。
 そんな彼にとって、捕らえた魔術師の吐いた秘術とはある種の希望でもあった。
 今まで数百年にわたり他国との交流をできる限り避けて築いてきた強国。そこに根付く秘術の神秘。
 ギルバートは興味を、探究心を掻き立てられ、そして己がやはり魔術師だという事を思い知らされた。
「ギルバート様!」
 傍らにいた昔なじみの老魔術師がそんな感慨に浸っていたギルバートを現実へと引き戻した。
「先程から術士たちの攻撃を突破してくるブリテン側の兵士が一人いるとの情報を手に入れました。風体からして覇術士の言っていた例の三人組の一人ではないかと…」
 老魔術師はそれだけ伝えるとマントを翻してその場から滑るように移動して術式を放っていく。
「例の三人…か。知っているとすれば魔術師の女だが、果たしてだれであろうな?」
 ギルバートは自らも戦線に立つべく媒介式の術式を展開していく。

 アイリスにとって戦とは生きる術であり本能であった。
 彼女はギルバートの実娘ではない。かつての大戦時、激戦区で拾った騎士見習いであった。
当時まだ最愛の妻と子は生きていて、その二人とダブって見えたのかもしれない。それとも彼女の中にある根源的な魔術回路に目をかけたのか、アイリスは瀕死の重傷を負って倒れているところを保護され、なし崩しで家族になった。
 中東出身のアイリスは、人種差別が厳しい西洋で虐げられてきたが、ギルバートの妻はアイリスの長い黒髪をやさしくなでながら
「長くて美しい黒色。ブラックパールのような輝いていてとても綺麗。瞳は燃えるような紅蓮なのね?」
 と笑いながら迎えてくれた。鋭い眼光で萎縮されると思っていたアイリスは、彼女の奥にある器の大きさと圧倒的な存在感に圧倒された。
 騎士とは忠節に重んじ義理を貫き誇りと恩を剣として主を守る。
かつてブリテンに集った、王を守る13人の騎士達が口にし、実行していた契りの言葉。
誓いは呪となり行動は言葉となる。
 アイリスは13人の騎士のようになりたく、己が主をギルバートと定め、中東出身の彼女は己の名を本国の言葉で
『謝謝』(ありがとう)という礼節の気持ちを込めたアイシャへと名を変えギルバートの傍付となった。
 幾たびの戦場を抜け、ギルバートの下で魔術師としての修行を行い、そして彼女は魔術師でありながら騎士としてもその名を世に馳せた。
 付いた字は『ルビーバレット』 ギルバートと並び称されるまでに特化した専攻分野は速度。
 つまりは術式の即時展開と己にかける護身術式による速度付加。
それにより生み出されるのは、戦における重要部の1つである即時展開と速攻。相手の出方などはこちらへの対応を万全にしてから行われるもの。
 ならばそれすらも与えぬほどの速度で接敵し粉砕し勝利する。
 戦の世ならばそれすら対応できる兵もいるだろうが、こと魔術師対策に特化している覇術士の連中にとって、それは不意を付き幾多の戦場を走破するにたる脅威となった。
 そして今、『彼女』は紅蓮の眼光を軌跡として描きながら敵軍の中を、まさに亜音速とも呼べる速さで駆け抜けていった。

 
(部下の記録にあった三人のうちの一人、よもやこのようなモノだとは…)
 燈紅の目の前には記録にあった三人のうちの魔術師?と思われる少女が浮いていた。
 いや、正確には張り付けられていた…。無数の茨で、その身を巨大な十字架とも取れる大剣に縛りつけ、移動用の術式であろう陣の中心に立ち?こちらと相対している。
 その目は虚ろで、片側は髪と眼帯に隠れて視認する事はできない。
「君が最近他の国の親衛隊を荒らして回っている三人組かな?」
 燈紅は警戒を怠らずに気軽な口調で声を掛けて対話を図る。もしも会話ができるならいろいろと聞き出してから研究材料としても使える事だろう。
 しかし彼女の目線は相変わらず一定と定まっておらず、まるで何かを探すように周りを見ている。
 そう……まるで<円を描くように…陣を形成するかのように>
 気づいた時には一歩遅かった。
 かつて煉獄の穿孔とまで謳われ、覇術士最強の二つ名を持つ刹那燈孔は、先手を打たれた少女の眼前で地に膝を付けられていた…。
 術式がわからない! 燈紅の顔に軽く汗が浮かぶ。辛うじて致命傷は避けたものの腕を一本持って行かれた。
「話し合いは無理のようだな」
 わずかに血を含んだ口調で告げてから、燈紅は身を起こし戦闘体勢を整える。
いくらわからなくても相手の攻撃の瞬間、燈紅の周辺で僅かに魔力磁場が発生した。おそらくは空間圧縮の類だろう。
 報告では残り二人が接近型の人間だったので、彼女は後衛支援に特化した魔術師なのだろうと頭の隅で決め付けていた。
 目の前の少女はせわしなく視線を動かし若干の困惑と肯定にも似た仕草をはじめる。
 茨は彼女の周りを包むように形状を変え、球状へとその形を変貌させる。
「燈紅様。ここは我々が!」
連れて来ていた新兵二人が己に掛けた術式付与で強化した肉体で雄雄しく武器を振り上げ突進していく。
 無論己に掛けていたであろう術式は肉体強化、二人が手にしているのは長刀と破砕槌。どちらも肉体加護を受けた状態で繰り出せば普通ならば胴は断たれ、身は砕けるであろう一撃だ。
 燈紅が一撃をもらったところを見て目の色を変えて突出する二人は、彼女の身を茨から引きずり出すのを目的とした一撃であった。
 ゆえに次の反撃を考え、手は自然と浅くなる。
 茨は長刀の一撃を受けて幾本か斬れ、破砕槌の一撃で盛大にたわみ、吹き飛ばされる。
 はずであった。
 しかし二人の一撃をいともたやすくいなし、受け止め、そして巻きついてきた茨に二人の対応は遅れ、次の瞬間にはその身を包まれ、球体の中に引き込まれていった。
 燈紅が次の動作に入るまで数秒、その数秒の間の出来事だった。

 アイシャは騎士として、そして愛する父を、崇高なる魔術を世に知らしめるため。
 全ての思いを剣に乗せて戦場を舞っていた。
 己の剣技は東洋と西洋の剣舞を元に、そして魔術師として術式も付与するための陣を描くような、そんな神がかり的な動きを実戦で使えるように徹底的に研究した戦闘法であった。
 その姿はまるでここが戦場では無いかのように華やかで、敵味方問わず一瞬魂を奪われ、手を止めてしまう。
 それほどまでに見ていて美しいと思えてしまう舞であった。
アイシャは目の前に陣取っていた一団に向かい潜り込むように切り崩しにかかる。
 一度円を描くような一閃の後は腰に挿していた短刀を用いての双刃の舞、騎士服を身に纏っているとは思えないほどの小回りの利いた動きに敵は翻弄され、気づいた時にはアイシャの攻撃準備が終わる。
「双刃の舞。『桜』」
 東洋伝来の舞を中心としたアイシャの術式は、媒介式とも護身術式とも違うオリジナル。『舞踊換装式』という。
 書いて字のごとく、アイシャの舞と術式をリンクさせ、遠方に仕込んである武器庫の陣から己の用いる物を念じ取り寄せる物体転移の術式である。
 ギルバートも似た術式で書物などを取り寄せる事があるが、完全戦闘型のアイシャは、攻撃の最中からでも別の武器に一瞬で換装する事を可能にした術式を練り上げた。
 騎士に憧れ、そして父、ギルバートに追いつくために身に付けた型の究極系の片鱗である。
 勢いに乗ったアイシャは、舞の途中で型を変更し、即席の術式の陣を完成させると短刀を地面に突き刺し腕を虚空へと突き出した。
 すると、アイシャの突き出した腕の肘までが空間に消えていき、引く動作と共に引き出されたのは長い柄の戦斧。
 そのまま体を回す遠心力で振り回された一撃は数人の敵を巻き込み、地面に当たった戦斧の重さを軸とし、人間離れした動きで複数の敵を切り裂いていく。
 魔術的加護の無い剣戟は、覇術士にとっても魔術師にとってもある種の畏怖を生ませる事ができる。
 戦斧の一撃で深手を負った敵は呻きながら仲間を見るが、アイシャの周りの者達は、皆一様に地にひれ伏し、血反吐を吐いて横たわっている。
「情…通り…史…。これで…界は変わる」
 小さく呟きながら絶命した敵兵の呟きに気づかないまま、アイシャはなおも術式の舞で敵陣を疾走していくのだった。
 
 世界とは、戦いの歴史だ。
 それこそが諸悪の根源であり、技術こそが歴史の汚点である。
 進みすぎる歴史と技術は、どこか一箇所に収束されて滅びるさ宿命にある。それが根源の渦で見つけた答えだった。
ただ1つの例外はなく、どんな世界にも必ず存在するという根源の渦。そこにただ1つある秘宝により一度世界は姿を変える。
 そして今、その時が来たのだ。

 かつてブリテンと呼ばれた国、初めてこの世界に来た時の事、この世界の法則は今までの世界とは似て異なる性質を持ち合わせていた。
 そう…皆が皆、生きていないのである。
 言葉を用いての理解ではなく、もっと根源的な部分での性質、世界に居る人たちは全て合わせて一固体であるかのように同調し、そして規則正しく暮らしている。
 違和感が生じたのはこの世界に来て二年後。
 当時『覇魔大戦』などと呼ばれていた戦争が終わろうとしていたとき、唐突に船の秘宝が震えだした。
 もとより世界と同格と呼ばれていたこれらの秘法が震えだすという事は、この世界にとって危機が迫っているといえなくもない。
 もしくはどこかで秘宝に触れた、もしくは近づいた人間が居る事になる。
 俺は各地にトリニティを派遣し、情報を集め、そして一番怪しいとされるブリテンを拠点に定める事にした。
 この世界に現れてから早三年の月日が経とうとしている中、ブリテンは未だ未開の国であり、伝説の絶えない国でもあった。
 早々に数十の精鋭を揃え、ブリテンを襲撃、三日後にはこの国の玉座を手に入れることに成功した。 
 この世界の中では最高クラスの技術力だったらしいが、系統の違う術式には疎いらしく、看破は容易だった。
 そしてこの世界の核と呼ばれていた物に対面しようという時に再び異変が起きた。
 それは世界が震えるのではない。人が作り出す所業。
 『戦争』である。
 この国で生け捕った兵たちに装備を当て、送り出させ、トリニティのうち二人を前衛、一人を護りに付かせた。
 そうして整えられた布陣。しかし世界の震えは着々と大きなものになっていったのだった。

「へえ〜? あんたが俺の相手ってわけかオッサン?」
 呪文飛び交う中、平然とギルバートの仲間を斬り倒してきた騎士とおぼしき風貌の男。
 先程の老魔術師の言っていた男であろう。 それなりの速度で術式移動を行っていたのだが、それでも追いつかれたという事は…
「私の後ろで戦っていた者達はどうした?」
 ギルバートの言葉に?を浮かべながら背後に目をやりながら肩を竦める。
「さあ? なんか手品みたいな事してた人達なら全員吊るして来たけど?」
 ギルバートは術式の発動を警戒しながら男との間合いを少しずつ離して攻撃の準備を始める。
 しかし騎士の男も飄々とした足取りだが確実にこちらへの間合いを詰めていく。
「ねえ知ってる? この世界には秘密があるんだ」
 ギルバートとで無知ではない。夢物語は頭の片隅に無念と共に残っている。
「世界は『輪廻(サイクル)』しているという事だろう? そんな非科学的な理論は魔術師には必要の無い知識だ」
 そう、ギルバートは覇魔大戦の間、四年ほど世界を廻った事がある。
 その輪廻を司る世界の理を具現化した物が安置されている場所があると聞いたからだ。
 世界には必ず『冥府』と呼ばれる機関が備わっている。すなわち生と死を司り、時に罪を流し、純真無垢になった魂をランダムで新しい肉体へと受肉させる所。
 探求者たちはその余りにも突拍子も無い理論と過程を卑下し、『有り得ない存在』として認識していた。
 しかし、当時最愛の妻子を失ったギルバートは、冥府にて洗い流される妻を、子を救おうとあらゆる知識を得ていった。
 そして完成させた蘇生の術式『人体練成』
 結果は語るべくも無いが、確信した事があった。
「ごめんなさい…」
 記憶を失くした筈。そう、術式は失敗し、変わり果てた姿の二人だったが、妻だったはずの少女はこちらを見て涙を流して呟いたのだ。
 そして気づいた。冥府は確かに存在する。記憶が消されていく妻の魂を呼び戻す事に成功したのだと! 
 そして知った。
 よみがえった妻の肉体は可能性的に転生後の受肉した肉体元のだろうと。消去と再生が入り混じり、不意に見せる幼さと大人びた雰囲気はそのせいなのだろうと。
 だからだ。知っているが彼は否定し続ける。間に合わなかった自分から逃げるため、たとえ誰を騙す事になってもそれだけは守り通す。
 僅かに残った希望『冥府』と呼ばれる物がこの世に存在するなら、今度こそ妻を元に戻してみせる。
 たとえこの身を犠牲にしても。
「貴様達は魔術師の誇りを踏みにじる行いをした。魔術師とは孤高であれ! その理を忘れた愚者共は異端として処理する! それが魔術協会の総意だ!」
 ギルバートの威厳ある声に怖気づくかと思いきや、目の前の青年は目を丸くしてこちらを見ている。
「だれが魔術師の誇りを踏みにじったの? 別にこの国の連中に試作型のローブの試験を行いたいって着せて外出しただけっしょ?誇りも何も捕虜なんてそんな扱いで充分じゃね?」
 青年の言葉にギルバートは怒りを覚えた。
「じゃあ貴様達は何だというのだ!? 理由もなく他国を襲う山賊まがいの集団が何を望む!」
 青年は笑みを濃くしてしたり顔で告げた。 
「この世界の中心。『冥界』を頂戴しに」
 そしてギルバートは答えに辿り着いたのだった…。

 かつてブリテンと呼ばれていた国があった。国の中心には初代国王である妖精王『アーサー・ペンドラゴン』を模した銅像と巨大なの時計塔。そして背後には国の象徴である古城がその姿を悠然と現し続けていた。
 城の中、かつて先代ブリテンの皇帝が座していた場所には今、一人の女性が腰掛けていた。
 姿こそ東洋の服装だが、腰まである髪の色は赤、瞳は色濃い金色をしていた。眼光は鋭く口元には不服そうな色が見える。
「つまりは、この世界にある秘宝の秘密はどこの世界にでも存在する魂の転生機関と?」
 女性の言葉に、前に片膝をついていた四人の部下と思われる女達は一様に頷く。
 向かって右側に座していた青髪の女性は、代表格の立場らしくブリテンに保管されていた秘宝の詳細を目の前の女性に説明し始めた。
「内包されている性質は、どこの世界にも存在する輪廻の輪そのものです。それだけでも十二分に秘宝としての価値はあるとは思いますが、深くまで調べると世界を創る壊すといった概念武装ではない事が判明しました」
 そう言って彼女は手元から幾つかの紙片を滑らせると玉座に座る女性の元へと紙片を振り展開させる。
「その紙に書かれている内容通り、この世界の人間は数千年前に一度絶滅しています…」
 きっかけは世界に流れ着いたときの違和感だった。
 まるで全員が一固体で在るかのごとく脈動し生きている。見ていて気持ちの良いものではなかった。
「その理由は?」
 これでございます。と次は隣に座していた片眼鏡を装着した女性が、図にしたものであろう紙を広げて説明を始める。
「私達はこれが人間の魂をサイクルさせる何かを司っていたのでないか? そしてそれが何らかの力、理由で暴走したからこそ本来失われたはずの生命が復活し形を保っているのではないのか? その際魂はこの秘宝を通して一つにまとめられ、そして分けられていったからこそ、この世界の違和感ではないかと」
 一固体として感じていた違和感がそれだとすると気になるのは船の秘宝達の脈動。
「秘宝の震えはどう説明する?」
 女性の言葉に更に隣の四人並んでいる中では一番背の小さい女の子?が口を開いた。
「その点についてはちょっと深刻だね。内部構造のうち転生、あぁつまりはだ。生を得る生誕機関。死んだ魂を内包する冥府機関。内包した魂を浄化する、まあ解りやすく言えば罪やその魂の記憶を消去して新しくする浄化機関。そして消去された純真無垢な魂の転生先を決める転生機関。その内の転生機関に問題が発生していてね? ぶっちゃけ転生機関が抜き取られてる」
 指折りしながら説明する少女の言葉に玉座に座っている女性は目を見開き口を開ける。
 しかし二の句を付かせないうちに四人目の片目の女性が小さく呟く。
「正確には浄化機関が半分と転生機関丸ごとです。この世界でいう始祖五行の契約者や最上位の四大聖霊と契約した術者。はてまた創造主でも無い限りはこんな芸当神掛かってもできやしません。まあ強い思いに秘宝が応えたか、元々長い期間耐えられないまがい物の秘宝だったのか? いかんせんにも輪廻の輪の崩壊、そして秘宝の損壊と世界の存在が壊れ始めた事に対しての秘宝なりの警告でありましょう」
 四人の言葉を受けて、玉座から半立ち状態だった女性はため息と共に深く玉座に腰掛けた。
「これでいくつ目だ葉月」
 玉座から投げられた声に片目の女性が平坦と「まあ軽く見積もっても五本の指では収まりませんね?」と応える。
 苛立ったのは代表格らしき青髪の女性で
「葉月よ! なにを悠長な事を言っている。王がこれまで渡った世界の中で手に入れた覇の証は僅かに三つ! 渡った世界はその十倍は在ろうかというのに五本の指などではない! 両の手の指と言え!」
 玉座からはさらに深いため息が洩れた。
「鶴よ。頼むから現実を教えないでくれ。泣きたくなるから」
 哀しい声に四人は笑い、そして真剣な話に戻る。
 もちろん議題はこの世界の今後の在り様についてだ。
「まあそろそろこの世界とも分かれるわけだが、秘宝はあきらめよう。壊れてるし暴走すると危ない」
 外の様子も激化しているみたいだしと付け加えて先を促す。
「まあ世界は在り様に言えば盤面上の駒ですから。もしかしたら別の世界と融合されていつの間にか新しい世界が生まれるとも限らないわけですし、外の兵達もトリニティを下げさせて脱出の準備だけ済ませればいくらともなりましょう」
 玉座に座したままの王は、四人にそれぞれ指示を与えると軽く目を閉じる。
「失くした者が蘇るか…。 ふっ感傷だな。振り返らないと決めたのだ何をいまさら」
 かつて七つの世界を統べたといわれる伝説の王族『神崎 真理』は、この戦争の終着点をただ一重に見据えるのだった。

 こと戦において城壁とは最後の壁だ。
 一番戦場から遠い位置でスタートしたのはアイシャ率いる魔術騎士団のメンバーだった。
 それぞれが二聖の混合魔術を習得し、ギルバートほどではないが最低一つの四大聖霊と永続隷奴の契約を結んでいるエリート部隊であった。
 元の生まれが騎士家庭である者が多く、それゆえ魔術よりも剣術主体といえる実動隊であった。
 先の斬り込みの後のアイシャの言葉
「走れ! そして斬れ! 理を蔑ろにした罪をその身に刻み込んでやれ!」
 騎士達はその言葉に応じるように魔術師の服装をした兵士達を斬って捨てた。
 むろんその中に味方は含まれてはいない。彼らとて敵味方の区別ぐらいはつく。
「覇術士どもに遅れをとるわけにはいかん…先に出る!」
 作戦開始からおおよそ二時間。接敵による戦闘開始からおよそ一時間弱、騎士達は三十を超える覇術士、魔術師の集団に囲まれ術式の渦中にいた。
 そんな現状に痺れを切らせたアイシャの言葉に、一団は驚きと敬意を込めて叫んだ。
「「御武運を、我らがルビーバレット!」」
 騎士達の言葉とアイシャの走り出すのは同時、一瞬の刹那。身を縮めたアイシャは手を前に突き出し術式を展開させる。
「我統べるは風の源、求めるは剛風! 得りしものは神風!」
 叫ぶと同時突き出した手が空間に消える。はるか遠方より取り出したるは元来作業用として使われる大型の螺旋槍。
 それを風の術式付与で強引に取り出すと、遥か前方に見えるブリテンの城壁へと照準を合わせる。
「過ぎ去りしは爪痕! 我、すなわち爪牙なり!」
 術式が開放され、アイシャの周りに言葉通りの剛風が吹き荒れる。次いで見るのは突風、そしてアイシャは叫ぶ。
 最後の術式発動の言葉
「神速の舞 轟陣!」
 後方へと吹き荒れる風に全員が飛ばされぬように身を固め、前方の術者たちはアイシャに対し術式による妨害を始めようとする。
 しかし一瞬後には剛風により全員空へと投げ出された。
 アイシャの永続隷奴の契約霊は風。四大聖霊である『火、水、土、風』の中でも扱いが極めて難しい部類の術式である。
 螺旋槍による一点突破を成し遂げたアイシャは、一人敵中心地とも呼べる城壁付近に向けて駆け出し始めたのだった。

「やるじゃんおっさん!?」
 移動しながらの剣戟はアイシャの舞を真似しているかのような動き。次いで来る拳闘術は覇術士のそれ。
 ギルバートは不思議に思った。魔術師でもない、覇術士でもなければ剣術の型には騎士の動きさえない。
「貴様はいったい何者だ? ブリテンの軍を突破し国を乗っ取ったのはなぜだ」
 術式を放つ傍らの問いかけに、目の前の青年は欠伸をかみ殺したような顔と口調でさっき言ったとおりとだけ告げた。
「すでに手中に収められている宝具と同じ名を冠する世界の中心『冥界』。原理や用途はわからないけど手に入れれば世界を統べる事ができるとまで言われているまさに神秘! それがブリテンにあるっていうからわざわざ太守様の言いつけどおりに国ごと手に入れたっていうのにこれだもんな?」
 言ってわざとらしく肩をすくめる。
「いきなり戦だよ? 二年掛けて下調べまでしたから近隣諸国はしばらく襲ってこないしある程度の時間は稼げると踏んで捜索隊編成したのにあっさり見つかるし。ああもう! 考えれば考えるほど馬鹿らしくなってきた!」
 絶え間なく続くギルバートの術式を紙一重で避けながら青年は髪をぐしゃぐしゃと掻き乱して不意に止まる。
 そしてそのままギルバートの放った術式を一太刀で断つと切っ先をギルバートに向けたまま小さく笑い始める。
「クックックック〜! 痺れるぜ…下調べの段階で前大戦でいろいろと名を馳せた術師どもを狩ってきたがあんたは飛びっきりの上玉だ。殺す前に教えとくけど俺の名はトリニティが一人『アーカイブ』頼むから十分は持たせてくれよなぁ〜!?」
 一瞬の後ギルバートは風の術式付与、アーカイブは純粋に脚力によるスピードで戦場から、人の視界から姿を消した。
 驚きは両者の口から、それに伴う緊張はギルバートから。
「術式付与で加速した私と同格のスピード! しかも奴は純粋に脚力によるスピードで私に追いついている」
 一方
「やるね〜。俺ってばトリニティ最速の宝具だってのに、どうもこの世界の住人って人間離れしすぎてる感があるなぁ〜」
 無論二人の心の中での考えだが両者ともに口元には若干の笑みが見て取れるのであった。


 古い洋館の中、ギルバートの屋敷の一室でフェイトとヘルガは深い眠りについていた。
 フェイトとヘルガはよく夢の内容が酷似する。ギルバートの話では魂の浄化の折、二人の魂が半ば混ざりかけたからではないかとのこと。
 退化してしまった自身の頭では深く理解できないが、己の記憶が昔という自分ヘルガという息子と二つの記憶から構築されて存在しているという。
「二人でひとつ」
 ヘルガは私を守るなどといって最近は特に離れなくなった。
 アイシャのような騎士ではなく、まだ理解しきれていないが自分の息子だというのに…
 なぜだろう?
「時々見せる遠い眼差し」
 憐れむとも慈しむとも違う、哀しいとでもいうような表情。
 それを見たとき、私はヘルガを人間だ。感情を持つ人なんだと認識し、それと同時に彼を「息子ではないのではないか?」と考えてしまうのだ。
 そして夢。何も考えない程に深い眠りにつくと見るあの不思議な夢。
「…げて。 お願い!」
 断片的に映し出されるのは、傷ついた騎士甲冑を身に纏い十字の大剣を背に背負っている少女とおそらくはその主であろう若い王様の姿であった。
 絵本で見たことのある宝剣『エクスカリバー』を腰に挿しているから、きっとアーサー王なのであろうその人は、にこやかな笑顔で少女と隣にいた若い男に対して早く行くようにと手振りで諭す。
 背後に敵の気配を感じ取ったのであろう二人は身を強張らせるが、アーサー王は静かに頭を振って二人を突き飛ばす。
 すぐ後ろは壁であったが、二人がぶつかると撓んだ様にその体を包み込んで姿を隠した。
 見れば水の上級精霊が三体、二人の体をシャボンのような気泡で包み込んでいる。
「…よ…来は…平和…だといい…」
 細かい内容は雑音が混じっているのか聞き取れないが、アーサー王は一度だけ目を伏せると後ろを振り向き先ほどとは違う真剣な表情で剣を抜き放つ。
 そこで視界は一変する。辺りは暗く、周りには木々が生い茂り月明かりさえも遮断している。
 しかし時折見えるのは、連続して飛び散る火花と一瞬だけ見える二人の人影。
 十字の大剣と巨大な片刃の剣がぶつかり合う剣戟で木々は傷つき、二人の攻防が激しいものだと知る。
『あれは誰だろうか?』
 フェイトは夢の中でそんな疑問を口にする。見た限りでは十字の剣を携えているのは先ほどアーサー王が逃がしていた少女のようだけど、あの時よりも若干年上のような気がする。
 男の方はフードを被っているのか顔はよく見えないがとにかく大きい。二人とも騎士なのだろうか?
 そんなフェイトの目の前で不意に二人が距離をとる。
 ついで始まるのはギルバートが唱えるのと似たような呪文の詠唱
「我は乞う。永続隷奴の契りにおいて、祖が名主なる我の問いに応えその力を我に与えん!」
 巨躯の男の呪文に応えたのは一体の火竜。
「我は乞う。四聖を司る思いの化身。汝、永続隷奴の契りに従い我に力を!」
 少女の周りの空気が変わり、周りの水分が凝結して固まっていく。そして己の周りに甲冑のように漂わせている背後、生まれるのは水竜。
 急にフェイトの耳から雑音が消え、周りの詳細な音まで聞き取れるようになった。
「この世界はお前達が創ったということらしいが、それも先代アーサー王が生きていた頃の話。これからの世界の理は我ら覇術士の人間が創り、基準となっていくであろう!」
 大男が叫んだ言葉に小柄な少女は気性荒く反論する。
「たわけ! 始祖五行の契約を破棄してまで魔術の道に染まりおった異端者が何をほざくか! 世界を創るということがどれほどの大儀であるかも図れずに大言豪語しおって!」
 これは過去なのだろうか?
 フェイトは話の流れから昔話に出てきた一説を思い出す。
『アーサー王には幾人の中から選ばれたとても強い騎士達が付いていました』
 そうだ。アイシャがああなりたいと言っていた13の騎士達だ!
 目の前にいる少女は13の騎士達の一人なのだろうか?
「ふん! 円卓の騎士団などと言っていたわりに歯ごたえのなかったものだ」
 男の言葉に少女は背の十字架の大剣を構えることで応えた。
「一つ聞こう。なぜその歯ごたえのなかった我らにここまでの消耗戦を強いられたのか解るか?」
 一変して冷静になった少女の口調に男はうっと口ごもる。
「教えてやろう。世界不変の業を貫くために我ら円卓の騎士団は世界のあらゆる流通を網羅し管理してきた。覇術士の物資の流通ですら我らの手の中にあったのだ。ただそれらのバランスが貴様らの反乱に乗じて乱れ狂った」
 男も手に持っていた剣をもう一度握りなおして姿勢を正す。
「それだけの事だよ。管理者がいなくなれば物資が乱れ、届かず持久戦になる。お前達は自分達でなるべくしてなったというだけの話だ」
 そしてもう一つ。と彼女は十字の剣を男に向けるとある一言を告げた。
「貴様らが倒したという先代アーサー王の真名はランスロット」
 その言葉に男は驚きの表情と剣を握る拳に力を入れた。
「我ら円卓の騎士団の内、もっとも偽装に長け、剣聖の二つ名を持つ騎士王にして私のただ一人の姉君だ!」 
 男は突如として臨戦態勢を取り彼女をにらみつけた。
「それでは貴様が!」
 少女は十字の剣の中心を持ち力を入れる。すると剣が真ん中から割れ、一振りの剣が姿を見せる。
「当代騎士王にして円卓の騎士団を統べる長! 私がアーサー王だ!」
 十字剣から出てきたのは金色に輝く一振りの剣、それがなんなのかは男にすら解る。
「馬鹿な! 我らの手中にあるはずのエクスカリバーがなぜここに!?」
 男の驚きに少女は元に戻した十字の剣を持ち上げ突きつけた。
「知れた事、我ら円卓の騎士団の内ランスロットと私の持つエクスカリバーは夫婦剣! 銀縁の蒼剣と金縁の紅剣は世界を創った覇者の証にしてこの世の理だ! 覇者になりたくば我を倒して奪い取るが良い!」
 アーサー王と告げた少女は十字の剣を下段に構えて直進してくる。
 それに対し、男も剣を上段から振り下ろす。
 一瞬の光…響き渡る剣戟音!

 目を開ければ屋敷の天井。横にはヘルガが寝ている。なんら変わり無い、いつもの屋敷内だと解る。
 しかしフェイトは夢の内容を鮮明に記憶している。一言一句動きの詳細な動作まで再現できるほどに生々しく覚えているのだ。
 普通の夢ならば覚めて数分もすれば思い出せなくなるであろう記憶の残滓なのに、今日の夢は普通とは違った。
 おそらく昔の自分よりも前の、他の誰かの記憶が混ざっているのかもしれない。内容はよく解らないが世界の理とはギルバートが探していた物なのではないのだろうか?
 ふと脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。十字の剣に縛られた少女。そして崩れ落ちる地面と反転する空。消えていく人達。
 そして彼女の身体は静かに輝き始める…。
 

 戦闘は当初の予定よりも熾烈を極める結果となっていた。
 原因は魔術師、覇術士に対しての対術式用に特化された敵の服装であった。姿形は一見する限り従来使用されている装備品なのだが、敵から放たれてくる術式の軽減、もしくは無効を促す呪が掛けられているせいで双方共に持久戦を強いられる結果となった。
 圧倒的な兵力差の決め手となった装備品。それが今回の戦闘の中で燈紅とギルバートの両名が手に入れ、そして研究したかった目的の一つでもある。
 明確な野心は両術師ともに尽きることの無い探究心。戦時においても両局ともに分析は絶やさない。
 なにせ相手は少数である。相手が謎の集団であっても、こちらは魔術師、覇術士の二面総力戦。しかも人海戦術で攻めたとして、勝つことあれ負けることはない。そう考えて挑んだ戦でよもやここまでの疲弊をすることになろうとは下の者達は思ってもいなかったのである。
「情報よりもまずは殲滅を優先させろ! 相手があのブリテンを破った連中だということを忘れるな!」
 一つの部隊を引いていた覇術士がそんな事を言った直後、不意にその部隊が暗闇に包まれる。
 原因は巨大な影。頭上に見えるのは巨大な壁。
 そう、それは国を守るために『覇魔無効』の加護で造られた、ブリテンという国を取り囲む『城壁』だった。
「うわあぁ!」
 眼前に迫る巨大な石の壁に覇術士達は肉体強化と武器強化で応戦するも、城壁に掛けられている術式によって強化は消され、ただの投擲となった武器は、いかに屈強な人間が投げたとしても国の外壁を砕くことは叶わず、小規模の地響きと共に一団は壁に潰された。
「とりあえず目の前の一団は潰せた。しかし多方面に展開している残り九つの内四つは侵入を許すしか手は無いな」
 先程と同じ要領で二つに割った城壁を素手で持ち上げる二メートルを超える大男は、照準を次の一団へと定めて投げつける。
 彼こそがトリニティの三人目であり国の守護を任された男であった。
「命中確認。しかしこの国が不可侵を貫いていたのはいささか気になることだ。私のような系統の違う力だけの存在具現者ですらこの国の中では力が制限される」
 そんな術式が存在するなら世界に覇を唱えるだけの力があったのではないか?
 主はなにも言わなかった。ただこの世界の違和感の謎、震えた宝具の謎を究明するための鎖国ブリテンの侵略行為を行い真実を突き止めた。
 その結果が今になるが、男は現状に満足していた。
 己が認めた相手としてその存在を託した主の言葉だ。たとえ間違った思考、行動に至ったとしても我々は傍に付き従い勝利を捧げるだけだ。
 それが今回の戦だということ。そしてトリニティが受肉し、役割を果たし主に貢献するまたとない機会だ。
 ゆえに男は役割を果たす。
 己の名『テキスト』の名の下に。


 ありえない現象は時として狂気へと人を導く。
『異界』 そうとしか思えない惨劇を繰り広げているのは覇術士達が攻め込んでいた西側の城壁からおよそ五キロメートルほどの位置、戦闘開始から早十時間が経とうとする頃だった。
 円周型に人が集まり一定の広さを保った状態の陣が形成され、色は覇術装甲服の緑とその者達の鮮血に彩られた赤緑の舞台が出来上がっていた。
 中心に立つのは赤く染まった茨に身を包む十字の形をした剣を持つ妖艶な女性。目の前には左腕を庇いながら右手両脚を発光させた状態で息をついている禿頭の初老。
 無論、覇術士最強と言われている刹那 燈紅である。
 先程の攻防のあと、一方的な攻撃展開を最初に打破したのは燈紅であった。
「五行参の型攻系の章! 白紋発動! 我得るは土! 我求むは火! 龍紋ここに得たり! 敵滅ぼせしは破壊の力! 天地ここに至りて千変万化!」
 傷ついた両手で韻を組み、両足に力を込めて大地を鳴らす。
 地脈から得られるのは五行のうちの二つ、土と火だ。
 魔術師の四聖、火、水、土、風の内『火』『水』『土』は五行でいう三属性に当たる。
 太古の昔、まだ覇術とも魔術とも編み出されていなかった当時の先人達は『火』『水』『木』『金』『土』を初代『五行』と名づけた。
 元々覇術でいう五行とはこれであり、魔術はそれの派生ともいえる術式なのだ。
『木』『金』の二属性を『風』として扱えば根源的には同じ意味になる。
 二つで違うのはそれぞれが敬い召喚具現化させる力の形である。
 基本的に覇術士では地脈、龍脈、水脈など、自然界に流れているエネルギーを得て力と化す。
 一方魔術師は自然界に存在している『精霊』という、目に見えないが実体化している<存在>の持つ力を借受ける形で術式を発動させている。
 ギルバードやアイシャのような特例も存在するが実質的に覇術士、魔術師はその二系統で区分され、力を行使するのだ。
 覇術士中最強と呼ばれている燈紅の力は、その二人と同レベルの異質ぶりだった。
 燈紅の周囲の地面が砕けて砂塵が舞い、燈紅と目の前にいる球体となったままの茨を包む。
「少しばかりお遊びが過ぎるぞ小娘が!」
 砂塵が収まると、燈紅の服装が一瞬のうちに変化していた。色鮮やかだった赤は熱を帯び、淡く陽炎を漂わせている。
「五行参の型攻系の章、白紋発動! 我纏うは大地の鎧と怒りの拳! 薙ぎ払うは森羅万象、一切無に帰すと知れ!」
 二匹の龍が闘気と共に燈紅の背後に浮かび、戦闘態勢をとる。
「参る!」
 一瞬後、まさに刹那の姓通りの速さで、燈紅は球体との間合を詰め、凄まじい拳圧をもった正拳突きを打ち当てた! 球体は勢いを殺しきれずに大きくたわみ、そしてはるか後方へと千切れた茨をばら撒きながら吹っ飛んでいく。
 一撃! 筋力強化で当てたときは軽くいなされた茨が受けきれなかった衝撃を千切れることで外へと逃がす。そうする事でしか防げなかったのだ。 
大きく息をつく燈紅の眼前、茨の触手は時折見せる微動の動きのほかモーションを起こさない。
 殺してしまっただろうか? ふと燈紅は頭の隅にそんな考えを宿らせる。
 最悪、五体が残っていれば研究資料にはなる存在と認定したので本気の一撃を見舞ってみたが、やはり片腕の痛みが初手の威力を殺してしまった。
 だからだろうか。 頭の隅に浮かんだ言葉は次の瞬間にはなかったことになる。
「…ぁ。…ぁぁぁ。…ぃいゃだ」
 球体の中、僅かに風にのって流れてきた言葉らしき音に燈紅は再び臨戦態勢をとる。
「…ぬ…ゃだ。…死ぬ…やだ」
 目の前の球体は細長く形状を変え、少女を縛り付けていた十字架が茨の下から生えてきた。茨は十字架の上にそびえ立つ形で形状を変化させている。
「ろす…。さなくちゃ…死ぬのはイヤ! 私は誰? 世界? 違う!」
 少女のように聞こえていた声は一変して大人びた女性の声へと変化する。
「主の願いは私の願い」
 茨が再び形状を変え、中にいるはずの少女を見せようと開き始める。
「ちっ! あまり使いたくは無いがこれもやむなし。脳だけでも持ち帰れれば良しとしよう」
 燈紅は地面に手を当てる。「我、地により力を得し! 我、力を持って技と成す! 敵を穿つは地の矛に火の剣! 我、眼前に敵は無し!」
 アイシャのような術式の陣は必要ない。得た力を地に返し、地脈と融合させて地面の一部の成分を武器化する。
 かつてブリテンで作られた術式付加の武器とは違い、術者のレベルが高いほど、返した力の度合いが高いほど、地は応えてくれる。
 あとは念じた通りの形を具現化して地面から取り出す。
 これだけでもかなりの時間を要する作業だが、燈紅はそれを一瞬でやり遂げる。
 地面に手を埋め込み、持ち上げるのは地面にある金属質と遥か地下に眠る地脈の力を利用して作られた一対の手甲。そして嵌めると同時、地脈の力で負傷した腕を回復させた。
 両拳を合わせて甲高い音を打ち鳴らし、先程と同じ要領で一瞬で間合を零に詰める。
 いや…詰めた! どちらがではない、『両者が』だ!
 目の前でさっきまで地面に生えていた大剣をぶつけてきたのは、茨を体中に巻いた妖艶な女性だった。
「…!?」
 一瞬の思考停止を見逃すはずもなく、相手の…恐らく正体は先ほどの少女であろう女は強引に力で燈紅を押し負かした。
 ぐっ! と呻き声を上げて両者共に先程までと同じ立ち位置まで戻された。
「その姿は!?」
 大人びた姿に茨の触手が巻きついてまさに『妖艶』としか表せないような姿を見て、燈紅の周りにいた者達が一斉にたじろぐ。
 口を開くのは女性の方が早かった。
「私はファイル…トリニティの長にして主の頭脳。この世界の仕組みは理解。主の離界までの残りの時間、トリニティが参神があなた達の相手になりましょう」
 彼女の言葉を最後に、この戦闘は激化の一途を辿る事になった。

 最初に見たときは『驚き』と『違和感』があった。
 アイシャは一人、誰よりも早く城壁を突破しようとしていた。
 先程まで身を委ねていた螺旋槍も風の加護による暴風も今はない。
 今では城門突破用の螺旋槍など必要ないからだ。理由は簡単で『目の前にあった城壁が消え失せている!』
 罠か? と思ったが、次の瞬間その考えは意味無きことと知る。
「たすけてくれぇ!」
 どこかの覇術士の部隊だろうか? 懸命な叫び声が聞こえてくる。ここより丘一つ向こうからのため、声だけで状況が掴めないが、続く轟音で状況が芳しくない事を感じ取った。
「新手の固定砲台か? 急ぎ破壊して活路を開かねば!」
 速度を上げ、アイシャは一息に丘の向こうへと駆け上がる。
 そして彼女は驚きと消えた城壁の真実を直視した。
 無残に荒らされた農場のあちらこちらに、敵味方入り乱れての死体の山が出来上がっていた。それも復元不可能なまでに潰された状態で。
 さらに辺りに散らばった破片が城壁のものだと悟ると、アイシャはとっさに上を見上げた。
 頭上、丘を越えない程度の高さで、平面に薄くスライスされた城壁が部隊に向けて発射されている。
 先程の消えた城壁の正体はこれだったのだ。しかも発射しているのは砲台などではない生身の人間。
 魔術師に見えない体躯から、アイシャはその男を覇術士の系統だと推測した。
 今まで見てきたどの覇術士と比べても桁違いの腕力だとアイシャは自己分析する。
 そしてその考えをすぐに捨てた。理由は目の前で対応した覇術士の行動からだ。
 覇術士も各々が持っている個々に強化した槍や砲筒で迎撃しているが、覇術士特有の地脈による龍紋光は、城壁に近づくにつれ輝きを失くしていき、ただの投擲へと成り下がる。
 結果は悲惨。僅かに欠けこそしたものの破砕するには威力が足りずに迎撃していた一団へ大量の瓦礫と共に城壁が降り注ぐ。
 そこから導き出した答えは一つ。
『あれは壊せない』 元来ブリテンが最強といわれていた由来は、その国特有の装備品による攻撃力のほかに魔術及び覇術の術式を無効化する唯一の術式を独占していたからだ。
 今目の前で見せられた光景こそがその術式の片鱗なのであろう。
 そして触れた時点で解除される術式ならば、あの男は純粋な腕力で城壁を投げているのだ。
 当たれば死ぬ! が、道さえ作れれば!
 ゆえにアイシャは城壁の内へと侵入するため、疾走しながらの舞を踊る。
 両の手には先程まで構えていた短剣二本を捨て無手に。走る、駆けるといた動作よりも見た側にとっては捉えられないように素早く、しかしその動作を全て視界に捉えられるような矛盾したスピードでアイシャは舞っていた。足運びだけで舞を作る動きは湖の上を歩くような繊細な足運びに見える。
 目の前の大男、テキストは一人の小兵がまっすぐ自分に向かって疾走してくるのを確認していた。
「愚かな。人間とは根源的な恐怖を前にすると自暴自棄になるというが…」
 まったくもってわからん。とテキストは片手で城壁を少し厚めにスライスすると目の前に動いているアイシャに向けてありえない速度で打ち出した。
 それをアイシャは目視で捕らえながら今まで歩んできた軌跡の一部を利用して術式を発動する。
「我統べるは風の源、求めるは剛風! 得りしものは神風!」
 先程打ち捨てた螺旋槍を今度は自分の目の前にかつ複数台召喚し、素早く次の術式を展開させる。
 唱える言葉は先程とは違う術式。
「目の前を穿つは光の一撃!」
 加速を選ばずに後続を近づかせるための道を作る。それがアイシャの考えた選択と術式だった。
「敵を駆逐しろ! 流星の舞 輝陣!」
 もはや螺旋槍は武器と呼べる代物ではなかった。術式によって凄まじい勢いと威力を持った槍は一直線に向かってくる城壁と激突。
 生まれるのは激音と破砕音、そして暴風がアイシャのいる位置から男のいる城壁の向こう側まで駆け抜ける。
 その暴風が巻き起こした土煙は瞬時にアイシャの疾走により掻き消される。
 消えた土煙の周囲には粉々に破壊された城壁と螺旋槍の残骸。
 結果として生まれたのは三つ。
 城壁のアイシャへ直撃と螺旋槍が作った城壁まで続く一本道。そして周囲を見れば術式で無効化しても殺しきれないほどの勢いで撃ち込まれた複数台の螺旋槍による城壁の破砕跡。
 さらに
「まさか内側まで入られようとは、参神の恥を晒してしまったな…」
 テキストの背後、先程までとはうって変わった紫のローブ姿で詩篇を構えるのは紅き眼光でこちらを見据えるアイシャの立ち姿であった。
「これで城壁付近においての術式による威力軽減及び無効は無くなり、後続部隊の進路も確保できた」
 アイシャは手に持っていた栞程度の大きさの詩篇を複数指に挟むと頭上高く放り片手で印を結んで術式を発動させる。
「風の揺らぎに感謝し身を運ぶは木の葉の如し。四聖に祈りしは風の加護、揺れ動きしは一陣の神風なり!」
 ローブがはためきアイシャの周りに円を描くように風が纏わりつく。
 その姿を見てテキストは過去に戦ってきた他国の兵士達とは一線を引く相手だと判断する。
「主の命は離界までの間の時間稼ぎだが、ここを突破されては主に被害を被る。すまぬがここで朽ちてもらう」
 テキストは静かに、だが圧倒的なまでの威圧感を持ってアイシャの前に対峙する。
 両者共に無手。しかしアイシャは風の周りに先ほど放った詩篇を展開させている。それが何を意味するのかはテキストには解らない。
 先手はやはりアイシャからだった。
「ゆけ!」という一声の号令。次いで口から出るのは詩篇に描かれた数字と文字。
「ゼクス! ドライ! ヌール! ツヴァイ!」
 風と共に四枚の詩篇がテキストへと刃のように飛び掛る。
 何を出すかと思えば他愛の無い紙の一閃。所詮警戒していてもこのレベルなのか。
「ふん!」
 テキストの巨体からは想像出来ないような速度で打ち出された正拳。
 その一撃の風圧で飛んできた詩篇全てが四方へと逸らされる。
「無駄だ! ちんけな術式で打ち出される攻撃など我が肉体に傷を付ける事はできん!」
 逸らされた四枚の詩篇は二枚は下へ、二枚は上方左右に飛んでいく。
 アイシャは再び声を上げる。
「ゲート! グレイプニル!」
 宙に舞う四枚の詩篇が光を放ち、瞬時に詩篇から複数の鎖が放たれテキストの五体の動きを封じ込める。
「これは転移の術式か!?」
 舐めきった油断が生んだ大きな隙、そこをアイシャは見逃さない。相手は幾多の国を壊滅させ城壁を素手で投げるような規格外の相手なのだ。
 おそらくは父ギルバードや覇術士の刹那燈紅レベルの実力は持っているだろうと判断できる。
 驚きと共に体を動かそうとするが、四枚の詩篇から放たれた鎖の量はすでに手足といわず体全体に巻きついて離れない。
 詩篇も術式が発動した位置から少しも動きが無い。
「捕縛完了…」
 アイシャの呟きと共に更に宙から六枚の詩篇がテキストの頭上を徘徊し始める。
「問う。貴様は何者だ? 覇術でも魔術でもなくまさに身一つで城壁を持ち上げる力、三人という少数で国を壊滅に陥れる実力。言え! 貴様のいう『主』とは誰のことだ!?」
 アイシャの言葉に対し返答は一言。
「1と0」
 意味不明な単語。それが何を意味するのか、そしてなぜ…彼は笑っているか?
 言い知れぬ悪寒が背中を駆け抜ける。
 危険だ…。 捕縛しているこの状態ですらこの男は存在自体が危険な因子なのだと本能が告げている!
 ゆえにアイシャの判断は一瞬。残りの札を全て用いての捕縛陣を展開、男を鎖で繭のように縛り上げる。
 相手は一部の隙も無いほどに鋼鉄の鎖で固められている。逃げることも反撃することもなんなら息さえも満足にすることができないであろうこの状況下においても、彼女の背筋を駆け抜ける悪寒は強まるばかりである。

『コードを確認』

 繭の中からくぐもった声で聞こえた明らかに異質な声色に、アイシャの警戒心はより一層高まる。
「何を言っている!?」
 アイシャの質問に応じる答えは出ず、更にくぐもった声が一定の音質と音量で聞こえてきた。

『術式のパターンを確認…完了。転移性の術式、座標固定…完了。これより空間の切り離しと術式の解体作業に入る』

 告げられたメッセージを理解する前に衝撃がきた。
 奴を締め上げていた最初の四枚の詩篇にヒビが入った音だった。理解より早く衝撃がアイシャの身に襲い掛かる。
「がっ! 術式破壊によるフィードバック現象か!」
 術式の破壊により持ち主に起こりうるフィードバック。それは時に五感に、時に肉体的ダメージとして返ってくる。
 アイシャに襲い掛かる衝撃は詩篇に起こり得た現象の再現。つまりは肉体にヒビを入れられたかのような激しい痛み。
 身体をくの字に折り曲げて痛みに耐えようとするが、四枚それぞれの詩篇に入れられたヒビはなお彼女の身を引き裂くがごとく広がり、遂に彼女は両膝を付いて痛みに耐える。
 そして終端は突然訪れた。一瞬の発光と共に、最初に大男を縛り付けていた四枚の詩篇が光の粒子となり風に呑まれて消えていく。
 周りに展開していた詩篇は男を縛り付けるだけの力を失くしたかのように辺りに舞い落ちる。
 嫌な静寂がしばらく続き、アイシャの身に着けていた鎧が衣擦れと共にガシャリと音を立てて緊張を破る。
 目の前には僅かにふらつきつつも剣を杖にして身を起こすアイシャと力なき詩篇から流れ出た鎖にくるまれた参神と名乗っていた大男。
 動きは無いが先程と同じ事をされては身体が持たないと判断してアイシャは即座に術式を解除、通常使用の武器庫として周囲に展開させる。
 目の前の男は動かない。先程の術式の破壊で力尽きたのか、何か策があり体力を回復させているのかはわからないが、今止めを刺さずに後手に回ればおそらくは己の負けであろうとアイシャは実感している。
 ゆえに好機は今この時!
 アイシャは杖にしていた剣を持ち上げ、渾身の力で振り上げ男の首へと振り下ろした…

  鳴ったのは高らかな金属音、洩れた声は一言
 「なっ!?」
 アイシャの振り落とした刃は眼前、未だ動かぬ男の首に当たるなりその根元から砕け散ったのだ!
 驚きは驚愕に、そして油断は致命的な隙を生む。今のアイシャはまさにそれだった。
「ぬん!」
突如目を覚ましたテキストは地面に手を付き、それを軸に身体を回転させた。その勢いは激しい渦となり、油断と隙の刹那の間にいるアイシャの鳩尾を強打しその細身の肢体を遥か後方へと吹き飛ばした!
「かはっ!」
壁にぶつかり、肺の空気と共に血を吐露しながらアイシャは床へと両膝を屈して倒れこむ。
『くそ、何本逝った!?』
 素早く己の身体に神経を張り巡らせて事故の損傷度を確かめる。
 あの一撃で少なくともアバラは三本、いずれかの臓腑も損傷を受けている。
 そんなアイシャの眼前、先程とはうってかわってテキストは悠然と身体を起こしてこちらを見下す。
 その瞳に感情は無く、ただ目の前に倒れている自分を『物』としてしか認識してないかのごとく無遠慮な視線をぶつけてくる。
 そしてアイシャは見た。
 黒き眼光の向こう。己ではない別の誰かを、フェイトと同じぐらいの年の少女の姿を。
 その後の攻防は無惨としか言い用がないものであった。
 アイシャの手の内はことごとく無力化され、手にした剣の全てが相手に触れた瞬間に砕け散るという始末。
 攻めているのは圧倒的な手数でアイシャなのだが攻撃が無力化されている時点でその攻めは苦し紛れの『逃げ』にも見えた。
 そう、まるでこちらに近づかないように必死に剣を振り回す道化のような…
 黒き眼球に光は無く与えられた命令をこなすだけの戦闘人形と、かたや打つ手なしの状態にもかかわらず必死に剣を振り間合を取り引かぬ意志を見せつつも目には絶望、驚愕、悲壮を露にしている道化のような魔術師。
 誰の目にも結果は明らかだったが、アイシャはあきらめない強い意志を見せる。
 手を上へと翳し、ローブ内にある詩篇全てを空へと舞い上げる。そして放つのは己の持てる最強の攻撃!
「我、求むは風の加護。舞いしは桜、散りしは花弁、幾星霜の輝きの下へ! 穿ち貫け! 星塵の舞!」
 そこから生まれるのは幾枚の詩篇の砕きと発動した術式から放たれる力の力のぶつかり。
 宙に飛ばした詩篇は全部で五十三枚、その内術式発動までの一瞬で破壊されたのは十四枚。
 残りの詩篇がもたらした効果は二つ。
 轟音と破壊、それも断続的に続くもので、目を開けるのも困難な中に一人『テキスト』だけが呆然と立ち尽くす。
 とっさの判断もできないほどの多重攻撃。一撃が入らなくても二撃、三撃と連続で穿てばいずれ処理が追いつかなくなると踏んでの全力攻撃だ!
「流水、岩を穿つ! 貴様が朽ち果てるの先か私の武器庫が空になるのが先かいざ勝負!」
 もはや聞こえないほどの轟音で撃ち出されていく武器類、もはやこれが無くなればアイシャに戦う力はなく、敵の攻撃を防ぐ手立ても残されていないが、もはやそんな考えも浮かばない。
 星塵の舞は彼女の所有する武器庫の全てを使って打ち出す対燈紅用に考えた秘密兵器だ。これで倒せないなら彼女はギルバートに追いつくことなどできないだろうと考えていた。

 結果は現れた。両者にして最悪の結果とも言え、そして幸運とも取れる結果がまさに『現れた』
 星塵の舞が終わり、詩篇は全て砕け風に吹かれ消え、そして眼前には山となった鉄屑の破片と人の形をしたオブジェが佇んでいた。
 相手がこちらの手の内を分析して破壊する能力だとすれば、手数を増やし相手の処理容量を破壊できるだけの速度で攻撃をぶち込む!それが速さを極めたアイシャの攻撃。その一端である。
 唯一の誤算だとすれば
「片腕を持ってかれたか、『核』の防御に回すだけの力しかもはや残っておらぬが貴様を潰すには足りるであろうか?」
 相手が『神』と最初にそう名乗り、そしてその言葉が真実だった事だ。
「あぁ…くうぅっ!」
 片膝を付きもはや彼女には余力は残っておらず、目の前にそびえ立つ金属のオブジェが放つ言葉にただ圧倒されている。
 状況は彼女には不利に見えるが、オブジェが歩き始めた途端、その身が、正確には足が崩れ落ちる。
「予想よりも損傷が激しいか…、しかし時は満ちた。もはや離界は止められん」
 目の前の鉄塊が音を立てて崩れ、後に残るのは蒼色の玉。それも宙に浮く形でその場に佇んでいる。
「主の離界の時が来た以上ここで貴様達を相手にする必要も無い。貴様を潰せぬのが心残りだがいずれこの世界の崩壊とともに朽ち逝く存在、是非も無し」
 耳に直接語りかけてくる異様な感覚、発信源は目の前の蒼玉であろうが、もはや驚く気力すら彼女は持ち合わせることができない。
 それを見定めるかのように蒼玉は一瞬の発光と共にその姿を消した。
 そしてそれはアイシャにとって、生かされ見逃されたというこの上ない決定的な敗北の瞬間を得た瞬間でもあった。
 嗚咽すら搾り出す体力も、見逃されたという屈辱感も、今自分が敵陣の真中で倒れ伏そうとしている事さえも、今のアイシャにとっては感じることができない。
 全ての原因は術式終了時に起こった魔力枯渇と幾枚かの詩篇の破損によるフィードバックのせいであった。
 彼女の姿は、美しかった黒髪が白髪へと変わりつつあり、目は虚ろですでに前を見ていない。
 倒れ伏す間のアイシャの眼前、もはや見えてない視線の先には、同じように何も見えていないフェイトの姿がぼやけて映し出されていた。
 同じ頃、他の場所で戦ってたギルバードと燈紅の場所にいた神と名乗っていた2人も、傷だらけでしかし闘志をたぎらせている相手から急に興味をなくして背を向ける。
「離界の時刻だ。秘密は破棄、参神は各個に牽制をしつつ撤退、テキストは…損傷中破、核は無事、女術師と交戦しこれを撃破。しかし戦闘続行不可速やかに回収」
 ファイルと名乗っていた女の言葉に、燈紅は脳裏にギルバードの愛弟子であるアイシャの顔を思い浮かべた。
 彼女ほどの術師が負けた相手、実力的にはギルバードや自分の方が強いことはわかっているが、あれと同格、あるいは以上の相手に手傷を負わせ戦闘不能まで追い込んだというのか。
 末恐ろしい娘だと思う。ゆえにここで潰れてくれるとありがたいのだが。という燈紅の考えは一瞬で消し去る。
『離界』という単語は先程もファイルが口走っていたが、逃げる準備が整ったということだろうか?
 だとしたら非常にまずい。目先に標本が、モルモットが存在するというのにそれを見逃せというのか!
「すまないがここから逃がすわけにはいかんのでな! おとなしくしてもらうぞ生娘が!」
 燈紅の放つ怒声がファイルに届く寸前、目の前に一人の優男が立ちはだかる。
 優男はなにかのボロ布にくるまれた人間を肩に担いでおり、僅かに反抗しようとしているのか身じろぎして逃げ出そうとしている。
「うるせぇ…なっと!!」
 見かけによらない力で強打された布の中にいた男はそれだけでピクリとも動かなくなる。
 それを背負いなおすのと燈紅が懐に飛び込むのは刹那の差。発光した抜き手の形の右腕が優男の背後、背中を向けたファイルの心臓を狙い繰り出される。
 しかしその攻撃は不意に止まる。いや…正確には落とされた。
「だから煩いんだよおっさん」
 頭上からの優男の声と、先程は気づかなかったが腰に吊るしてある細剣の鍔がなる音は同時、次いで聞こえる音は何かが地に落ちる音と立ち去るために歩き始める二人分の足音。
「ぬおぉぉっ! きさまぁあぁ!」
 うずくまる燈紅はしきりに殴りつけようとした手を抱え込む。
 落ちた音の正体は肘から先、燈紅が殴りつけようと発光した状態の右腕が、地脈による加護を無視して切り落とされた。
「必要な人材の確保は?」
「なんか素早くて強いおっさんが四聖契約結んでたからちょっと本気出して潰してみたよ? テキストが負けたって本当の話?」
 立ち去り行く二人の会話に耳を傾ける間もなく、燈紅は周囲にいる部下達に一言命令を発する。
「作戦は中止! プランをBからCへ、目の前の二人を倒し、魔術師共を一掃しろ!」
 その一言が後世の歴史に残る覇魔大戦の続きとなる戦闘終了と戦闘開始の合図であった。

第一部 完







 




2010/07/10(Sat)18:52:38 公開 / 神楽時雨
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■この作品の著作権は神楽時雨さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
おひさしぶりです。
唐突ですが、今回が一部の完結となります。
逐次更新できない状況下に置かれてまして、覗いてくれた人には感謝の気持ちでいっぱいです。
中途半端な終わり方ですが、とりあえず一部! という事で納得してくださるとありがたいです。
新作と追記もがんばってるのでとりあえずこの辺で失礼します!
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
フェイト達と敵対する者達の目的もチラッと見えてきて、これから過去の大戦と同じような戦争が起ころうとしているなど、だんだんと物語は進んでいるように感じれました。これから、どうなっていくのか待ちたいと思います。
では続きも期待しています♪
2008/12/13(Sat)10:46:240点羽堕
[簡易感想]続きも期待しています。
2008/12/25(Thu)17:29:100点羽堕
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
そろそろ術を使ってのバトルという感じの展開で、これからどうなっていくのか楽しみです。ギルバートの実力や、アイシャも出てくるのかな?そのへんも待ちたいと思います。
では続きも期待しています♪
2009/02/01(Sun)14:22:390点羽堕
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
覇術士最強とも言われる燈孔に先手をとり優勢に戦いを続ける少女は、その描写からも不気味さを感じれました。そしてアイシャの戦闘スタイルも分かり、これからの物語が楽しみです。
では続きも期待しています♪
2009/02/23(Mon)17:09:480点羽堕
[簡易感想]続きも期待しています。
2009/03/08(Sun)10:10:500点羽堕
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
トリニティを派遣した人物が彼という事なのだろうか?ギルバートもまた追い詰められてしまうのか、これからの展開を待ちたいなと思います。あと、やはり必読【利用規約】の中にある『小説の書き方(正規表現)の[必ず守って欲しい事の欄]』が守られていない所が少しあるので、合わせた書き方のが読みやすいと思います。
では続きも期待しています♪
2009/03/13(Fri)10:18:250点羽堕
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
結構視点が変わるので、だんだんと話が見えなくなってきて分からなくなってきたかもです。真理の物語とクロスさせるのは面白い試みだとは思うのですが、話が複雑になりすぎているように感じました。これからの展開を待ちたいなと思います。
では続きも期待しています♪
2009/03/14(Sat)09:56:210点羽堕
[簡易感想]続きも期待しています。
2009/03/25(Wed)16:38:380点羽堕
構成上の話ですが、最初のほうで設定を解説しすぎですね。
最初の方にあまり詰め込み過ぎると読者から見る気を奪ってしまうと思います。

それとあまり凝りすぎても、窮屈なので、もう少し息継ぎの出来る場面があっても良いと思います。
もう少し肩の力を抜き、読んでる側に飽きさせない工夫が必要かと。
2009/03/26(Thu)18:32:560点むぬ
羽堕さんもむぬさんもご指導ありがとうございます。
読んでいて確かにと思いました。
自分の視点ではなく読む人の視点をも考えながら作品を作るよう気をつけます。
これからも指導宜しくお願いします

2009/04/09(Thu)20:14:250点神楽時雨
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 アイシャは敵陣へ一人乗り込みどうなるのか心配ですが楽しみです。
 この世界の理にしばられないトリニティのアーカイブと、この世界の理のほとんど全てをしっているようなギルバート、この勝負の決着も楽しみです。
 もう少し文量のある更新だと、感想がつけやすいです。
では続きも期待しています♪
2009/04/10(Fri)17:40:410点羽堕
[簡易感想]続きも期待しています。
2009/04/19(Sun)15:05:030点羽堕
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 フェイトとアーサー王の関係や、ファイト自信に起きている変化など、とても興味深い部分ではあったので、これから今までの物語と、どう交わっていくのか楽しみです。
では続きも期待しています♪
2009/05/02(Sat)13:41:070点羽堕
こんにちは! 羽堕です♪
 三者三様の戦いが繰り広げられているという感じで、それぞれに凄まじい力を持っているといのうが伝わってきました。ここからはトリニティ達の反撃といった所なのだろうか? ときたま場面転換についていけなくなる時があるので、もう少し視点を絞っていってもいいのかなと思います。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/08/04(Tue)14:43:350点羽堕
But when it comes right down to it acyclovir probably won't make much of a dent in the overall rate of cesarean sections for all women. http://www.wesojourn.org/car-rental.html car rental vdbkt
2009/11/21(Sat)04:57:011Abberley
こんにちは! 羽堕です♪
 燈紅とファイルの争いも一進一退といった感じで、ここから、またどうなるか分からないですね。そえはアイシャとテキストの他対価も一緒で、ここで止めを刺せるかどうかドキドキとします。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/12/28(Mon)13:40:460点羽堕
http://www.phentermine-hcl.org/ phentermine pills 9302
2010/01/24(Sun)08:48:301mylifeuncut
こんにちは! 羽堕です♪
 圧倒的なテキストの前に、奥の手を使ったアイシャの攻撃が通じるのか、どうか楽しみです。どこからが今回の更新された部分か分かる様な記号や(続き)など表記があると助かるなと思いました。
であ続きを楽しみにしています♪
2010/03/09(Tue)17:16:150点羽堕
合計2
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